判例全文 | ||
【事件名】錦絵「東京開化」複写事件 【年月日】平成16年9月28日 大阪地裁 平成16年(ワ)第6772号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 平成16年7月20日) 判決 原告 A 被告 株式会社つくばね舎 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 第1 当事者の求めた裁判 1 請求の趣旨 (1) 被告は原告に対し、金527万5000円及びこれに対する平成16年6月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 (3) 仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨 第2 当事者の主張 1 請求原因 (1) 当事者 ア 原告 (ア) 原告は、「浅井コレクション」の名の下に、1万余点の錦絵(浮世絵)、肉筆絵巻等の歴史的・美術的・資料的価値のある文化財を所蔵し、これを研究するとともに、それら文化財の写真映像、画像を印刷物・テレビジョン放送・ビデオテープ・レーザーディスク・CD−ROM・DVD−ROM等に利用することを希望する者に所蔵品写真を有償にて貸与し、その使用対価をもって上記コレクションの維持運営を行っている。 原告は、上記所蔵文化財の利用に対応する目的で、「浅井コレクション所蔵品映像利用規定」(以下「利用規定」という。甲1)を定め、利用者から上記文化財映像、画像の使用申込みを受けた場合、原告所定の申請書により申込手続を取らしめ、利用規定を遵守する約定の下に、上記文化財映像、画像の利用を許諾している。また、原告は、所蔵文化財の写真フィルム又は印画を貸与して利用料金を徴収する方法によるのみならず、写真フィルム等の貸与専門の代理人を通じて間接的に上記写真フィルム等の貸与及び利用料徴収を行う方法により業務を遂行することもある。利用者が原告所蔵文化財の写った写真を既に所持し、あるいは他より入手し、又は既印刷物の複写等により原告所蔵品写真映像を利用したい旨申し出のある場合、原告は写真フィルム等を貸与せず、許可書の交付及び利用料金の徴収のみを行う。 (イ) 原告は、錦絵「東京開化名勝京橋石造銀座通り両側煉化石商家盛栄之図」(別紙錦絵参照。三代安藤広重画。以下「原告所蔵の『東京開化』」という。単に「東京開化」という場合には、その所蔵先を問わず、同題名を有する錦絵を指すこととする。)を所蔵している。 イ 被告 被告は、教育図書の編集・制作・出版、教養図書の編集・制作・出版及びそれらに付帯する一切の業務を行うことを目的とする株式会社である。 (2) 原告と神奈川県立歴史博物館との競争関係 神奈川県立歴史博物館は、原告と同様、幕末・明治期の錦絵(浮世絵)等を所蔵し、利用者の求めに応じ所蔵品の写真を利用させ、その対価を徴収している。したがって、原告と神奈川県立歴史博物館とは競争関係にある。 (3) 虚偽事実の流布 被告は、別紙書籍目録1記載の被告発行単行本(以下「本件単行本」という。)の表紙カバー全面に、同目録2記載の株式会社講談社(以下「講談社」という。)発行の書籍の82、83頁に掲載されている原告所蔵の「東京開化」を複写して利用したが、その原作品の所蔵先につき「神奈川県立歴史博物館蔵」との虚偽の表示をした。 本件単行本の表紙カバーに掲載された錦絵と、神奈川県立歴史博物館所蔵の「東京開化」の錦絵とは、別の版により制作されたものと考えられ、両錦絵は絵柄はほぼ同一であるものの、色彩は明らかに異なっている。 (4) 信用の毀損 浅井コレクションは、錦絵の蒐集・研究家として著名な原告の祖父Bにおいて蒐集・研究され、その規模において我が国最大であるのみならず、その所蔵品に優品が多いこと及び独自の優れた研究があることで定評がある。原告も、浅井コレクションを相続した後、同コレクションの発展に尽力し、その知名度を高めてきた。原告所蔵の「東京開化」は浅井コレクションの中の白眉であり、日本史事典、教科書、教材、NHKテレビ放送に利用された「東京開化」のうちのほとんどが原告所蔵の「東京開化」であった。 一方、神奈川県立博物館所蔵の「東京開化」は、色彩、摺りともに原告所蔵の「東京開化」に劣るところから、印刷物やテレビ放送に使用されることはほとんどなかった。 前記(3)の結果、浅井コレクションを知る多くの関係者が、原告が著名な錦絵コレクションを維持できず、神奈川県立歴史博物館に売り渡したと誤信したことは疑う余地がない。 その結果、我が国最大級の錦絵コレクターとして、維持費の捻出に苦しみつつも、日本が世界に誇る文化財を後世に伝えるべく1万点に及ぶ大コレクションを自費で維持、研究してきた原告の信用が毀損された。 (5) 過失 被告は、別紙書籍目録2記載の書籍の82、83頁を複写するに当たり、その錦絵の所蔵先を、同書籍の出版元である講談社に照会しなかった。仮に照会していれば、講談社から、その「東京開化」の所蔵者が原告であること、及び複写使用につき原告の許諾を得べきであることを告げられたはずである。 (6) 損害 被告による上記(3)記載の虚偽事実の流布の結果、原告には次の損害が発生した。 ア 財産的損害(不正競争防止法4条) 平成8年の1年間の、原告所蔵の「東京開化」に係る写真使用許諾申請件数は12件であった。しかるに、被告が本件単行本を発行した平成8年の翌年以降、申請件数は、年間平均5件程度に減少した。 これは、本件単行本が全国の公立図書館を中心に販売されたことにより、「東京開化」の写真を使用しようとする者が神奈川県立歴史博物館に対して使用許諾を求め、あるいは、原告所蔵の「東京開化」が原告所蔵品と知っていた者は、同博物館に原告所蔵の「東京開化」が売却されたものと誤信して同博物館に使用許諾を求めるに至った結果である。 許諾申請件数が減少した結果、平成9年から平成15年までの7年間に、次のとおり原告の得べかりし利益が失われた。 (12件−5件)×7×3万5000円(利用規定による、3枚続き絵の場合の料金)=171万5000円 イ 信用毀損による損害(主位的には不正競争防止法4条、予備的には民法709条) 被告の信用毀損行為による原告の損害額は、300万円を下らない。 (7) パブリシティ権侵害と不当利得 ア 原告所蔵の「東京開化」は美麗であり、顧客吸引力に優れている。このことは、出版物に掲載され、NHKテレビ番組で利用された「東京開化」のほとんどが、原告所蔵の「東京開化」であったことにより裏付けられる。 前記(3)の被告の行為は、原告が所有する有名な錦絵の顧客吸引力にフリーライドしたものであるから、原告がその所有物について有するパブリシティ権を侵害する行為である。 イ 原告の祖父Bは、原告所蔵の「東京開化」を自費で購入・維持・研究し、原告は承継人として、原告所蔵の「東京開化」を自費で維持してきた。他方で、本件単行本において、原告所蔵の「東京開化」が背中表紙を含めた表紙全面を被うカバーとして使用された結果、本件単行本は書棚においても一段と人目を惹き、その結果販売促進に絶大な効果を発揮したことは疑う余地がない。 本件単行本の定価は2800円であり、その発行部数は2000部であるから、本件単行本の売上高は560万円と計算されるところ、この10%に当たる56万円は、被告が原告所蔵の「東京開化」を法律上の根拠なく利用したことによる不当利得に該当する。 (8) 被告による原告の債権に対する侵害 ア 原告と講談社の間では、別紙書籍目録2記載の書籍に原告所蔵の「東京開化」を掲載する目的で、同「東京開化」の利用許諾契約が締結されていた。 被告がこの錦絵を複写使用した際に、「所蔵元の了解を必要とすること」を認識していたことは明らかである。 その結果、原告の講談社に対する債権が被告により侵害されることとなった。 イ 原告に発生した損害は、前記(6)ア記載のとおりである。 (9) よって、原告は、被告に対し、@虚偽事実の告知行為による財産的損害につき不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求として、又は債権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求として171万5000円、A虚偽事実の告知行為による信用毀損損害について、主位的には不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求、予備的に民法709条に基づく損害賠償請求として300万円、及びB民法703条に基づく不当利得して56万円、の合計527万5000円及びこれに対する平成16年6月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 2 請求原因に対する認否 (1) 請求原因(1)について ア 請求原因(1)ア(ア)の事実は不知、同(イ)の事実は否認する。 イ 請求原因(1)イの事実は認める。 (2) 請求原因(2)について 請求原因(2)のうち、神奈川県立歴史博物館が錦絵を所蔵している事実、及び利用者の求めに応じて所蔵品の写真を利用せしめている事実は認めるが、対価を徴収している事実は否認する。なお、被告自身は、原告と競争関係にない。 (3) 請求原因(3)について 請求原因(3)のうち、被告が、本件単行本の表紙カバー全面に、別紙書籍目録2記載の書籍の82、83頁に掲載されている「東京開化」を複写して使用した事実、及び原作品の所蔵先につき「神奈川県立歴史博物館蔵」との表示をした事実は認めるが、その原作品を原告が所蔵している事実、及び「神奈川県立歴史博物館蔵」との記載が虚偽であるとの事実は否認する。神奈川県立歴史博物館も「東京開化」を所蔵しており、被告はその事実を記載した。 (4) 請求原因(4)について 請求原因(4)のうち、浅井コレクションの知名度等は知らない。神奈川県立歴史博物館所蔵の「東京開化」が色彩、摺りともに原告所蔵の「東京開化」に劣るとの事実、原告が「東京開化」を神奈川県立歴史博物館に売り渡したと誤信する者が存在するとの事実及び原告の信用が毀損されたとの事実は否認する。本件単行本の表紙カバーはデザイナーによって手が加えられているし、版画は極めて類似したものが複数存在するのが常識であるから、本件単行本の表紙カバーを見て原告所蔵品と考える者は皆無のはずである。 (5) 請求原因(5)について 請求原因(5)のうち、被告が講談社に所蔵先を照会しなかったとの事実は否認する。被告が講談社に確認したところ、同社から所蔵先不明との回答を得た。被告は、所蔵先を調査し、神奈川県立歴史博物館が「東京開化」を所蔵していることを確認した。 (6) 請求原因(6)について 請求原因(6)の事実は否認する。また、許可申請件数が減少した理由は、博物館等の広報努力の結果、使用料が低額又は無料の博物館等に利用許諾を求める者が増えたためと思われるから、原告の損害と被告の行為との間に因果関係はない。 (7) 請求原因(7)について ア 請求原因(7)アについて、争う。講談社が出版した本に掲載された写真等について、原告がパブリシティ権を有することはないし、その他、原告が何らかの権利を有していることはない。 イ 請求原因(7)イについては不知。なお、発行部数は3000部である。 (8) 請求原因(8)について 争う。 3 被告の主張 (1) 前訴の既判力 本件は、原告が被告を相手方として大阪地方裁判所に提訴した平成14年(ワ)第2522号損害賠償請求事件(以下「前訴」という。)における原告の請求と同一の事件内容である。原告は、前訴の第一審で本件と同一内容の請求が一部しか認められなかったことを受け、大阪高等裁判所に控訴した(平成14年(ネ)第3824号損害賠償請求控訴事件、平成15年(ネ)第516号同附帯控訴事件)。しかし、前訴第二審は、被告の附帯控訴に基づき、原告の勝訴部分を取り消した上で原告の請求を棄却するとともに、原告の控訴を棄却した。原告は更に上告受理申立てを行ったが(平成15年(受)第1227号)、受理しない旨の決定により、前訴の判決が確定した。 本件訴訟は、前訴の既判力に抵触するものであるから、原告の主張は失当である。 (2) 消滅時効 本件単行本の表示カバーに掲載されたのが原告所蔵の「東京開化」であるとしても、原告がその事実を知ったのは、遅くとも平成11年3月19日である。 被告は、原告に対し、平成16年7月20日の本件口頭弁論期日において、上記時効を援用する旨の意思表示をした。 4 被告の主張に対する認否等 (1) 被告の主張(1)について 争う。前訴の訴訟物は、原告所蔵の「東京開化」の所有権侵害行為に対する損害賠償請求と原告の名誉毀損に対する損害賠償請求であったから、前訴と本訴では訴訟物を異にする。 (2) 被告の主張(2)について 争う。被告の行為が継続している以上、損害は日々新たに発生している。 また、原告は不当利得返還請求権も行使しているところ、同権利の消滅時効期間は10年である。 理由 1 請求原因(1)について 甲第1号証、第3号証の1ないし3、第6号証の1、2、第7号証の1ないし4、第8号証の1ないし3、第9、第10号証の各1、2、第11ないし第13号証の各1ないし3、第14号証の1、2、第15号証の1ないし3、第16号証の1、2、第22号証の1ないし3、第24号証の1、2、第27号証の1ないし4、第28号証の1ないし4及び第42号証によれば、請求原因(1)ア(ア)及び(イ)の事実が認められる。 請求原因(1)イの事実は、当事者間に争いはない。 2 請求原因(2)について 請求原因(2)のうち、神奈川県立歴史博物館が錦絵を所蔵している事実及び利用者の求めに応じて利用せしめている事実については争いがない。 そして、甲第4号証の1ないし4、第19号証、乙第6号証及び弁論の全趣旨によれば、神奈川県立歴史博物館が、その所蔵する作品の写真資料の利用を許諾していること、その際には一定の料金を徴収していること、同博物館は、「東京開化」と題する錦絵を所蔵していることが認められる。 3 請求原因(3)について 請求原因(3)のうち、被告が本件単行本の表紙カバー全面に別紙書籍目録2記載の書籍の82、83頁に掲載されている「東京開化」を複写して使用した事実及び原作品の所蔵先につき「神奈川県立歴史博物館所蔵」との表示をした事実は、当事者間に争いはない。 上記争いのない事実と上記1認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、別紙書籍目録2記載の書籍の82、83頁(甲第3号証の2)に掲載されている「東京開化」は、原告所蔵の「東京開化」であることが認められる。そして、甲第3号証の2と甲第19号証(原告が提出した神奈川県立歴史博物館所蔵の「東京開化」のカラープリント)及び乙第6号証(被告が提出した同「東京開化」のカラープリント)とを対比すると、神奈川県立歴史博物館所蔵の「東京開化」は、原告所蔵の「東京開化」とは色彩、摺り等において顕著な相異があることが認められる。 以上によれば、被告が、本件単行本において、表紙カバーに使用した「東京開化」の原作品の所蔵先を「神奈川県立歴史博物館蔵」とした表示は真実に反するものであるというべきである。 4 ところで、不正競争防止法2条1項14号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争としており、同号所定の不正競争というためには、虚偽事実の告知・流布をした者とそれによって信用を害される「他人」との間に「競争関係」があることが要件として必要である。 これを本件についてみるに、錦絵等のコレクションの維持、運営を行っている原告と教育図書の編集・制作・出版等を行っている被告との間に、需要者や取引先を共通にするような競争関係があるとは一般的には解し難いし、具体的な競争関係の存在を裏付ける事実の主張立証もない。 原告は、本件単行本の表紙カバーに使用された錦絵「東京開化」の原作品の所蔵先として表示された神奈川県立歴史博物館が原告と同様の活動を行っていることをもって、競争関係の存在を主張するようであるが、同博物館は虚偽事実の告知・流布をした者ではないから、原告主張のような事実は不正競争防止法2条1項14号の「競争関係」の根拠となるものではない。 そうすると、原告と被告の間には、不正競争防止法2条1項14号所定の「競争関係」が認められないから、不正競争防止法に基づく原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。 5 原告は、信用毀損による損害に関して、予備的に民法709条に基づくとの主張をしているので、この点について検討する。 後掲証拠によれば、次の事実が認められる。 原告は、被告を相手方として提起した当庁平成14年(ワ)第2522号損害賠償請求事件において、被告が本件単行本において原告所蔵の「東京開化」を複製利用しながらその所蔵先を「神奈川県立歴史博物館蔵」と記載したことについて、誤った紹介は原告に対する名誉を毀損する不法行為に該当するなどと主張し、前訴第一審は、平成14年11月21日、被告の原告に対する不法行為の成立を肯定し、慰謝料として12万円、弁護士費用として3万円が相当であるとする一部認容判決を言い渡した(乙第1号証)。しかるに、前訴第二審(大阪高等裁判所平成14年(ネ)第3824号損害賠償請求控訴事件、平成15年(ネ)第516号同附帯控訴事件)は、平成15年3月28日、本件単行本において原告所蔵の「東京開化」の所蔵先を誤記した行為が原告の名誉を毀損したと認めることはできないから、損害賠償の請求は理由がないとの判断をして、被告の附帯控訴に基づき前訴第一審原告勝訴部分を取り消した上でその部分の原告の請求を棄却するとともに、原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(乙第2号証)。原告は更に上告受理申立をしたが、最高裁判所は、平成15年10月23日、上告審として受理しないとの決定をし(乙第3号証)、これによって上記控訴審判決が確定した。 以上の事実が認められる。 上記認定事実に基づき、前訴における原告の請求原因と、本訴における原告の請求原因を対比すると、確かに前訴においては名誉毀損行為であることを理由とする民法710条に基づく損害賠償請求権が、本件訴訟では信用毀損行為であることを理由とする民法709条に基づく損害賠償請求権が訴訟物となっているが、被告が本件単行本において原告所蔵の「東京開化」を「神奈川県立歴史博物館蔵」と誤って記載したことによって、我が国最大級の錦絵コレクターとしての原告の評価が毀損されるという損害を被ったことを理由として賠償請求をしている点で実質的に同一であるから、前訴と本訴とでは訴訟物が同じであるといわざるを得ない。 そうすると、原告の被告に対する、信用毀損を理由とする予備的請求は、前訴の確定判決の既判力により、棄却を免れない。 なお、被告は、本件のすべての請求について、前訴の既判力に拘束される旨主張するが、前訴の訴訟物は、原告所蔵の「東京開化」の所有権あるいは名誉権の侵害を理由とする損害賠償請求権であるのに対し、本件訴訟におけるその他の訴訟物は、不正競争行為であることを理由とする不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求権、パブリシティ権侵害であることを理由とする民法703条に基づく不当利得返還請求権及び債権侵害であることを理由とする民法709条に基づく損害賠償請求権であるから、訴訟物が同じであるということはできず、被告の主張は失当である。 6 請求原因(7)について (1) 原告は、原告所蔵の「東京開化」のパブリシティ権が侵害された旨主張する。 (2) 甲第3号証の1ないし3、第5号証の4、第21、第22号証の各1ないし3、第25号証によれば、原告所蔵の「東京開化」は明治7年の作品であり、また、現行著作権法の下では美術の著作物(著作権法10条1項4号)に該当し得るものであることが認められる。 (3) それ自体有体物であるが、同時に無体物でもある美術の著作物の原作品については、その所有者は、有体物の面に対する排他的支配権能を有するにとどまり、無体物である美術の著作物自体を直接排他的に支配する権能はないから、第三者が有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく、顧客吸引力など無体物としての面における経済的価値を利用したとしても、その利用行為は所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和59年1月20日第二小法廷判決・民集38巻1巻1号参照)。 また、美術の著作物において、顧客吸引力など、物の無体物としての面における経済的価値については、著作権法が一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、その反面として、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、当該権利の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を明確にしているところである(最高裁平成16年2月13日第二小法廷判決・民集58巻2号311頁参照)。そして、保護期間満了後等著作権法による保護を受け得ない美術の著作物については、公有に帰したものとして、自由にこれを利用し得るものと解されている。 以上のような所有権の排他的支配権能の及ぶ範囲及び著作権法の趣旨、目的に鑑みれば、原告所蔵の「東京開化」が顧客吸引力を有しているとしても、有体物としての面に対する所有権者の排他的支配権能が侵害されることなく、また著作権が消滅した後にまで、所有権者であるにすぎない原告に、法令上の根拠のない排他的使用権を認めることはできず、また、そのような解釈は国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することとなりかねない。 したがって、本件においてパブリシティ権の存在を肯定することができないから、原告の主張は失当である。 (4) なるほど、保護期間満了後の美術の著作物であっても、原作品の所有者に対価を支払って原作品の利用の許諾を求める例は幾多もあり、また原告のように、利用に関する特約として再利用の場合でもその都度更に対価を徴収する例があることは十分考えられるところ、原作品を複製したものを更に複製等した行為に対して対価を徴収できないとすれば、原作品の所有権者はそれだけ原作品によって収益を上げる機会を奪われ、経済上の不利益を被るということはできよう。 しかし、これは第三者が著作物を自由に利用することができることによる事実上の結果にすぎないから、第三者が正当な権限なく利得したということはできない。原作品の所有権者が、著作権保護期間内は著作権等に基づき複製等を許諾する権利を有し、原告の主張するように同期間経過後は所有権者がパブリシティ権に基づき同権利を有するとするならば、著作権法が著作物の保護期間を定めた意義は全く没却されることになる。 7 請求原因(8)について (1) 甲第1号証、第2条の1、2、第3号証の1ないし3、第31ないし第34号証及び弁論の全趣旨によれば、原告と講談社との間では、原告所蔵の「東京開化」について、別紙書籍目録2記載の書籍に掲載する目的で、利用許諾契約が締結されたこと、利用許諾契約に適用される利用規定(甲第1号証)には、利用者の許諾目的外利用や再利用に関する規定(4項)や無断複写を禁ずる旨の表示をすべきこと及びその方法に関する規定(9項)などはあるが、利用者の利用結果を無断で複写等する者がいた場合にまで利用者に責任を負わせる旨の規定はないこと、被告は、原告及び講談社に無断で別紙書籍目録2記載の書籍の82、83頁を複写し、これを本件単行本の表紙として利用したこと、以上の事実が認められる。 (2) 債権の相対性からすれば、債務者以外の第三者の行為を債権侵害として不法行為責任を問うためには、侵害行為の違法性の程度や、加害者の故意・過失について特段の考慮を必要とするというべきであり、債権侵害による不法行為が問題となる態様としては、債権の帰属を侵害した場合、給付を侵害することによって債権が消滅した場合、給付を侵害したが債務者に損害賠償債務が残る結果債権が消滅していない場合、債務者の一般財産を減少させる場合などが考えられる。 しかるに、前記(1)記載の認定事実によれば、そもそも原告が講談社にもいかなる債権を有しているのか不明である。被告は講談社にも無断で複写行為を行ったのであるから、講談社としては、原告に対し、そのような無断複写行為について利用許諾契約上の債務不履行責任を負うことはない。仮に講談社が被告に対して複写行為を許諾していた等の事情が認められ、その結果原告が講談社に対して債権を有することがあり得たとしても、被告の無断複写行為によって、当該債権の帰属が侵害されたり、当該債権が消滅したり、講談社の一般財産が減少したりするということはできない。 したがって、原告の講談社に対する債権を被告が侵害したと認めることはできず、原告の主張は失当である。 8 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 中平健 裁判官 大濱寿美 別紙書籍目録 1 書名 「史料が語る 明治の東京100話」 出版元 株式会社つくばね舎 著者 C 外28名 発行年月日 平成8年3月31日 版型 A5版 総頁数 334頁 定価 2800円 発行部数 2000部 2 書名 「錦絵幕末明治の歴史」E 出版元 株式会社講談社 著者 D 発行年月日 昭和52年8月5日 版型 A4版 総頁数 139頁 定価 2000円 発行部数 14000部(推定) (別紙錦絵「東京開化名勝京橋石造銀座通り両側煉化石商家盛栄之図」は省略) |
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