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【事件名】新聞記事の歯科医師信用毀損事件(2)
【年月日】平成16年9月16日
 名古屋高裁 平成15年(ネ)第896号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・名古屋地裁平成13年(ワ)第3560号)

判決


主文
1 原判決の控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 主文同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、歯科医である被控訴人が、控訴人において発行する日刊新聞「サンケイスポーツ」に、奥歯の痛みで被控訴人の開業する歯科医院を受診した患者の前歯4本を切断し、これにより保険医療機関の指定及び保険医登録の取消処分を受けたかのような印象を与える記事(本件記事)を掲載され、歯科医師としての社会的評価を著しく低下させられるとともに、歯科医院を休業に追い込まれたとして、控訴人に対し、不法行為に基づき、損害賠償金(逸失利益、慰謝料等3億4500万円の内金1億円)及び遅延損害金(不法行為後の日である平成13年9月13日から民法所定の年5分)の支払を求めたところ、控訴人は、@本件記事は、奥歯の痛みで被控訴人の治療を受けた患者が、被控訴人に対し、被控訴人から歯槽膿漏でないのに、そうであるとして前歯4本を切断されたとする内容の損害賠償請求訴訟を提起した事実を報道したにすぎず、被控訴人が主張するような印象を読者に与えるものではなく、また、被控訴人は、既に保険医登録等の取消処分を受けた事実等を広く報道され、社会的評価は著しく低下していたから、本件記事の掲載により新たに社会的評価が低下したとは考えられない、A仮に、社会的評価を下げるとしても、本件記事の内容は、上記のとおり訴訟提起等の事実を報道したもので、公共の利害に関わる事実であり、かつ、専ら公益を図る目的があり、真実であるから違法でない、B仮に、違法であるとしても、本件記事を掲載した新聞は、静岡県等以東の地域でのみ販売され、a県に居住する被控訴人の患者に影響を与えることはない上、被控訴人の歯科医院は、本件記事掲載前に、保険医登録等の取消処分により既に業務を停止するなどしていたから、その後の休業及び廃業は本件記事の掲載と相当因果関係がないなどとして争った事案である。
 原審は、@本件記事は、訴訟提起の事実にとどまらず、被控訴人が歯槽膿漏の治療と称して悪くない前歯4本を切断したらしいとの認識を読者に生じさせかねず、社会的評価を低下させる、Aまた、本件記事の内容(歯槽膿漏の治療と称して悪くない前歯4本を切断したとの事実)が真実であるとは認められず、真実であると信じることについて相当な理由があったことの主張、立証がない、B休業損害及び逸失利益は、本件記事の掲載と相当因果関係を認めるに足りず、慰謝料及び弁護士費用(合計90万円)が損害として認められるべきであるとして、不法行為に基づく損害賠償金90万円及び遅延損害金(不法行為後の日である平成13年9月13日から民法所定の年5分)の限度で被控訴人の請求を認容したため、控訴人が、これを不服として控訴した。
2 争いのない事実等、争点(争点に対する当事者の主張を含む。)は、3において当審における控訴人の追加主張を、4において上記追加主張に対する被控訴人の反論をそれぞれ付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1、2のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2(2)の「ア 事実の真実性」、「イ 公共利害性」、「ウ 公益目的」について、これらに対する当事者の主張部分も含めて「ア 公共利害性」、「イ 公益目的」、「ウ 事実の真実性」の順に順序を入れ換える。)。
3 当審における控訴人の追加主張
(1) 原判決は、本件記事が、患者である大学院生の訴えの内容が真実なのであろうとの印象(被控訴人が歯槽膿漏の治療と称して悪くない前歯4本を切断したらしいとの印象)を生じさせかねないとするが、新聞記事が人の社会的評価を低下させる事実を掲載する場合、それが確定事実として掲載されるか、係争中であり未確定の事実として掲載されるかによって、読者の印象や当該記事により生ずる社会的評価の低下にも著しい相異があり、当該事実が裁判で係争中である場合は、当該事実の存否は将来、判決によって決せられるのであって、掲載当時には確定していないことを意味するのは周知の事実であるから、新聞において、人の社会的評価を低下させる事実をめぐる訴訟提起の記事を読んだ読者は、対立当事者の主張が直ちに真実である旨の印象を抱くことはない。また、原判決は、本件記事の前日に掲載された山陽新聞の記事(患者である大学院生が被控訴人に対して訴訟を提起した旨の記事)について、その体裁及び表現からして訴訟提起の事実を全面に出した内容であり、本件記事とは読者に与える印象が異なると判示するが、山陽新聞の記事においても、被控訴人が、水増請求などにより保険医登録の取消処分を受けていることが掲載されるなどしていて、本件記事と異なる印象を与えるものではない。そもそも、訴訟に関する新聞記事において、それに関連する事実を掲載することは極めて多く、仮に、それが、読者に対し、訴訟の結果を予想させることになったとしても、当該記事が訴訟の結果について断定した表現を用いていない限り、訴訟提起等の存在を読者に印象付けるにとどまると判断されるべきである。
(2) 本件記事における真実性の証明対象は、訴訟が提起された事実及びその内容に限定されるべきであるが、仮に、原判決が説示するように、本件記事が、読者に対し、被控訴人が提起された損害賠償請求訴訟の内容(歯槽膿漏でないのに、そうであると称して悪くない前歯を切断した)が真実であるらしいとの認識を生じさせるとしても、大学院生が被控訴人に対して提起した損害賠償請求訴訟の第1審では、大学院生の下顎前歯4本が、治療を受けた当時、切削を要する虫歯であったか否かが争点となったところ、被控訴人は、大学院生に対して、虫歯でなかったのに、歯槽膿漏であるとの虚偽の説明をし、治療内容も説明せずに前歯を切削した診療契約上の義務違反があると認められている上、大学院生との訴訟と争点が類似している別の訴訟においても敗訴していることなどからすると、被控訴人がそのような治療を行ったことは真実である。
4 当審における控訴人の追加主張に対する被控訴人の反論
 本件記事は、被控訴人が奥歯の痛みに対する治療として、オリジナルな治療と称して前歯4本を切断したとの読み方以外あり得ないから、真実性の立証の対象は、「被控訴人が、奥歯の痛みに対する治療として前歯を切断し、かつ、それをオリジナルな治療と称していた」ということである。しかし、大学院生が、被控訴人に対して提起した損害賠償請求訴訟においても、奥歯の痛みに対する治療として前歯を切断されたなどと主張していないことは明らかであるから、本件記事が真実であるとは認められない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本件記事の記載内容は、保険医登録等の取消処分を受けた被控訴人が、損害賠償請求訴訟を提起されたとの事実及び当該訴えの内容の概要を摘示するものであり、提起された訴訟の内容に照らせば、歯科医師としての被控訴人の社会的評価を低下させるものといえるが、摘示された事実は、公共の利害に関わる事実であり、専ら公益を図る目的をもってなされたもので、かつ、真実であるから、違法性が阻却され、控訴人に不法行為は成立しないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 本件記事の掲載による被控訴人の社会的評価の低下について〔原判決争点(1)〕
(1) 本件記事が読者に与える印象について
ア 被控訴人は、本件記事の記載内容は、あたかも、被控訴人が奥歯の痛みに対するオリジナルな治療として奥歯とは関係のない前歯4本を切断するなどという明らかな医療過誤を起こしたかのような印象を読者に与え、これにより被控訴人の社会的評価を低下させたと主張するので、まず、本件記事の記載内容が、読者に対していかなる印象を与えるものといえるかについて判断する。
イ 新聞記事が特定人の社会的評価を低下させるか否かを判断する前提として、当該記事が読者にいかなる印象を与えるかの判断は、一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するのが相当である(最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決民集10巻8号1059頁)。そして、一般読者は、新聞報道について、必ずしも精読をするとは限らないが、さりとて見出しのみを読んで報道内容を理解するのが通常であるともいえず、むしろ、見出しによって記事に対する関心を寄せた上で、リード文(前文)及び本文の記述を通読するのが通常であるといえるから、新聞記事のうち、見出しや特定の記述(リード文や本文の一部)を独立して取り上げてその部分のみを評価の対象とするのは相当でなく、一般読者が、それらを含めた記事全体を読んでどのような印象を受けるかという観点から判断すべきである。
 そこで、本件記事について判断するに、まず、見出しについてみると、白黒反転文字を使用して、「奥歯痛くて受診したら」という大見出しが本件記事上部左端から右端にかけて横書きで記載され、それに続けて、同見出しの右端寄りから本件記事下端にかけて同じく白黒反転文字を使用して「前歯4本を切断!!」と、上記の横書きの大見出しの左端から本件記事下端にかけては白抜文字を使用して「歯槽膿漏の新治療だって」という大見出しが、いずれも縦書きで記載されており(本件大見出し)、また、上記縦書きの大見出しの間には、横書きのやや小ぶりの中見出しで、上下に「aの歯科医」、「24歳大学院生かみつく」と記載されている(本件中見出し)。
 ところで、歯科治療においては、疾患を有する部位の歯自体を治療するのが通常の読者の一般常識であり、奥歯の治療のために前歯を切断するのは、いわば荒唐無稽な治療であるといえることに加え、本件大見出しの中に「歯槽膿漏の新治療だって」との見出しがあることをも合わせて考慮すると、一般読者が、本件大見出し及び本件中見出しの内容、配列及び文言から、被控訴人が主張するような「奥歯の痛みに対する治療として前歯を切断された」と理解するとは考えにくく、むしろ、aの大学院生が、奥歯が痛むので(地元の)歯科医院で受診したところ、歯槽膿漏と診断され(奥歯の痛みの原因が歯槽膿漏であると理解する可能性も全く考えられないではないが、上記のとおり、疾患を有する部位の歯を治療するのが通常の読者の一般常識であるといえるから、むしろ、前歯部分か、あるいは、前歯部分を含めた歯ぐき全体の歯槽膿漏であると理解するのが通常であると思われる。)、当該歯槽膿漏の新治療と称して痛みのなかった前歯を切断されてしまったとして、歯科医に苦情を述べているかのように理解するのが通常であると解することができる。そこで、次に、このような理解と関心を寄せた読者が、リード文及び本文の記述を通読した場合にどのような印象を受けるかについて判断する。
ウ 本件記事のリード文には、「b市の大学院生(24)が、歯科医のм誤診媒で前歯4本を失ったとし歯科医に対し、慰謝料など500万円の損害賠償を求める訴訟を起こしていたことが、25日までにわかった。」として、本件記事が訴訟に関する記事である旨の記述があり、本文においても、「『青春を台無しにされた』と、患者の大学院生から訴えられたのは・・」として上記損害賠償請求訴訟の被告の紹介(被控訴人の実名が記述されている。)から始まり、次に「訴状によると・・という。」として、訴えの内容の概要について記述した上、最後には、「(歯の切断は)治療上の必要があり、患者の同意を得て主張していきたい。」との被告(被控訴人)の弁護士のコメントと、「悪くもない歯を切断され、許せない。青春を台無しにされた」との原告の大学院生のコメントを紹介するなど、本件記事は、全体として上記大学院生が被控訴人を被告として損害賠償請求訴訟を提起したことに関する記事であると容易に理解することができる。次に、訴えの内容については、「訴状によると、・・奥歯の痛みを訴えて・・受診したところ、ひどい歯槽膿漏(しそうのうろう)と診断された。」との記述は、奥歯の痛みの原因が歯槽膿漏であるかのように理解できないではなく、「その後、『オリジナルな治療をする』と持ち掛けられて、・・下前歯4本を根元から切断された」との記述、殊に、「奥歯の痛みを訴えた患者の前歯を抜くという『オリジナルな治療』を施した」として、奥歯の痛みを訴えた患者の前歯を切断することがオリジナルな治療の内容であるかのような記述、さらには、「治療も経営姿勢も、かなりм荒っぽい媒病院のようだが・・・。」との論評部分の記述をも合わせて考えると、奥歯の痛みの原因である歯槽膿漏の治療のために前歯を切断したと理解する読者の存在も全く考えられないとまではいえないが、「奥歯の治療として前歯を切断した」との直接的な表現がないことや、上記損害賠償請求訴訟の双方当事者からのコメントは、前歯の切断が治療の必要に基づくものか否かとの観点からのものであって、治療する部位が異なるとの観点からのものではないこと、前記のとおり、疾患を有する部位の歯自体を治療するのが通常の読者の一般常識であるといえることをも踏まえると、そのような読み方をもって一般読者の普通の理解の仕方であると認めることはできず、むしろ、「大学院生が、奥歯の痛みを訴えて受診したのに、異なる部位である前歯が真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿漏と診断され、新治療と称して説明もなしに前歯を切断された」との訴えであると理解するのが一般読者の普通の読み方であるというべきである。
 〔なお、仮に、被控訴人が、本件記事は、単なる訴訟提起の事実のみならず、被控訴人が明らかな医療過誤を起こしたかのような印象(奥歯の痛みに対するオリジナルな治療として奥歯とは何ら関係のない前歯4本を切断した)を与えるものであると主張すると解したとしても、本件記事の本文中には、今回の訴訟とは別に、被控訴人が、二重の保険請求や医療報酬の水増請求をしたとして、本件記事が掲載される約2か月近く前に保険医登録を2年間取り消されているとの具体的な事実が記述されており、加えて、上記した論評部分の記述(「治療も経営姿勢も、かなりм荒っぽい媒病院のようだが・・・。」など)がなされていることをも踏まえ、各記述を関連付けて読むことにより、上記訴訟提起の事実のみならず、大学院生が主張するような治療を被控訴人が現実に行ったのではないかとの印象を抱く読者もないではないと思われるが、一般読者において、損害賠償請求訴訟が提起されている記事を読んで、直ちにそこで主張されている医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を抱くことは通常考えにくく、むしろ、当該訴訟提起者の言い分として理解するのが通常であり、上記本文中の記述を前提としても、一般読者において、医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を抱くことが普通の読み方であるとまではいえない。〕
エ 以上によれば、本件記事は、一般読者に対し、「大学院生が、奥歯の痛みを訴えて受診したのに、異なる部位である前歯について、真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿漏と診断され、新治療と称して説明もなしに前歯を切断された」として、治療をした被控訴人に対し、損害賠償請求訴訟を提起している印象を与えるにとどまり、それ以上に、そのような医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を与えるものではないというべきである。
(2) 被控訴人の社会的評価の低下について
ア 上記(1)のとおり、本件記事は、被控訴人が、歯槽膿漏ではないのに歯槽膿漏であると称して歯を切断する治療をしたとして、損害賠償請求訴訟を提起されているとの印象を一般読者に与えるものであるが、このような明白な医療過誤を理由に損害賠償請求を受けているとの事実は、医療過誤の成否にかかわらず、開業歯科医にとって社会的評価を低下させるものというべきである(なお、被控訴人が保険医登録等の取消処分を受けた事実についても、同様に開業歯科医にとって社会的評価を低下させるというべきである。)。
 控訴人は、本件記事が掲載された時点で、既に保険医登録等の取消処分を受けた事実は広く報道され、また、本件記事と同じ内容の記事を掲載した別の日刊紙がa県下を含む地域で多数発行されていて、被控訴人の社会的評価は既に著しく低下していたから、本件記事の掲載によって新たに被控訴人の社会的評価が低下したとは考えられないと主張するので、以下、この点について判断する。
イ まず、証拠(甲32、34、乙5ないし11、13)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 被控訴人は、平成元年、c市内にある甲大学歯学部を卒業し、d県下の歯科医院に勤務した後、地元a県に戻って乙大学歯学部附属病院に勤務した後、平成4年、A歯科医院を開設した。
(イ) a県は、被控訴人及びA歯科医院が県の監査を拒否し、また、A歯科医院が診療報酬を、付増請求、振替請求及び重複請求して、合計175万1761円を受け取っていたなどとして、平成10年7月1日、健康保険法に基づき、被控訴人の保険医登録及びA歯科医院の保険医療機関指定を同日から2年間取り消す処分を行い、この事実は旧厚生省のホームページに掲載された。また、同月3日には山陽新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び中國新聞の各紙も「診療報酬不正請求」、「保険医登録を取り消す」等の見出しをつけて上記事実を掲載し、a県を含む地域で販売された。
(ウ) 本件記事の対象とされた大学院生の損害賠償請求訴訟提起の事実は、本件記事が掲載される前日の平成10年8月25日、山陽新聞(朝刊)の紙面に掲載された。なお、同記事の見出しは、黒の太字で「歯科医に賠償求め提訴」、その右横に約半分の大きさの白抜き文字で括弧を付して「健康な前歯4本切断された」というものであった。
ウ 以上の認定事実によれば、まず、被控訴人が、診療報酬の不正請求等を理由として保険医療機関指定及び保険医登録の取消処分を受けたという事実は、本件記事が掲載された当時、既に旧厚生省のホームページのみならず、複数の日刊紙上で報じられていたのであるから、被控訴人の社会的評価は、既に従前よりも低下していたといわざるを得ないが、さらに、スポーツ紙であるサンケイスポーツに掲載されることは、より広い読者への情報の伝播可能性を高めたともいえるから、なお、社会的評価を低下させるものというべきである。そして、平成10年8月25日の山陽新聞の記事は、本件記事と同一事実を報道するものであるが、一地方新聞におけるものであり、かつ、本件記事と1日違いで掲載されたものである。また、既になされた上記取消処分に関する報道は、本件記事とは直接には関係がないから、本件記事が掲載されたサンケイスポーツの販売地域(北海道を除く東日本)において、本件記事の与える印象が、既に広く社会に知れ渡っていたとまでは認めることができない。
 したがって、本件記事が掲載された当時、被控訴人の社会的評価が既に著しく低下していたとはいえず、本件記事の掲載によって新たに被控訴人の社会的評価は低下したというべきである(なお、被控訴人は、本件記事における実名報道を問題にするものの、名誉毀損とは別の不法行為を主張するものではないから、それは、被控訴人の社会的評価を低下させる一事情であるにすぎないというべきである。)。
3 抗弁の成否について〔原判決争点(2)〕
(1) 民事上の不法行為である名誉毀損においては、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的でなされた場合には、摘示された事実が真実であると証明されたときは、当該行為に違法性はなく、不法行為は成立しないと解すべきであるから、以下、この点について判断する。
(2) 公共利害性及び公益目的性について〔争点(2)ア、イ〕
 本件記事は、前記のとおり、大学院生が、奥歯の痛みを訴えて受診したのに、異なる部位である前歯について、真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿漏と診断され、新治療と称して説明もなしに前歯を切断されたとして、歯科医師である被控訴人に対し、損害賠償請求訴訟を提起しているというものであり、また、被控訴人は、診療報酬を付増請求や重複請求したなどとしてa県から保険医登録を取り消されていることも前記のとおりであるところ、一般に、歯科医師は、歯科医師法等により規制された治療行為を行うとの活動を通じ、社会に及ぼす影響は少なくなく、治療行為の適否や医師のモラル等に関する問題は、歯科治療を受ける患者ないし一般国民にとって関心事であり、必ずしも軽視できないものであるから、本件記事は、公共の利害に関する事実であると認められる。
 また、本件記事は、若干揶揄的な表現を含むものであることは否定できないが、上記の事情からすれば、専ら公益を図る目的で掲載されたものであると認められる。
(3) 事実の真実性について〔争点(2)ウ〕
 証拠(乙4)によれば、乙大学大学院生は、平成9年12月上旬、右奥歯の痛みを訴えて被控訴人が経営するA歯科医院で診察を受け、後日、左奥歯の治療のために通院したところ、下の前歯がひどい歯槽膿漏であるので、先にオリジナルな治療をすると言われ、治療方法及び内容について事前に説明も受けず、かつ、その同意も求められないまま下顎の前歯4本を根元から切断されたので、乙大学歯学部附属病院で切断された前歯の診断と治療を依頼したところ、歯槽膿漏は認められず、前歯4本の切断は通常では考えられない治療であるとの説明を受けたなどとして、被控訴人に対し、診療契約の債務不履行に基づき慰謝料500万円の損害賠償を求め、少なくとも平成10年8月25日までには、丙地方裁判所に訴訟を提起していたことが認められる(また、a県が、被控訴人の診療報酬に付増請求及び重複請求等の事実が認められるとして、平成10年7月1日、健康保険法に基づき、被控訴人の保険医登録及びA歯科医院の保険医療機関指定を、同日から2年間取り消したことも前記認定のとおりである。)。
 したがって、本件記事の内容は真実であると認められ、以上によれば、本件記事の掲載について違法性は阻却され、不法行為は成立しないというべきである。
第4 結論
 以上によれば、被控訴人の本件請求は理由がないから、これを一部認容した原判決は取消しを免れない。よって、原判決のうち控訴人の敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所民事第1部
 裁判長裁判官 田中由子
 裁判官 佐藤真弘
 裁判官 山崎秀尚
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