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【事件名】“アラジン”ストーブ商標事件(2)
【年月日】平成16年8月9日
 東京高裁 平成16年(ネ)第1627号 商標権不存在確認等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成13年(ワ)第4044号)
 (平成16年6月30日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 A
訴訟代理人弁護士 妹尾修一朗
被控訴人 有限会社アラブジャパンインタープライズ
訴訟代理人弁護士 江崎正行


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙第1商標目録記載の商標権につき、控訴人からの1991年9月10日付け譲渡を原因としてされた、ヨルダン・ハシェミット王国通商産業省商標登録事務所同年12月23日受付の被控訴人名義の商標権移転登録の抹消登録手続をせよ。
3 被控訴人は、原判決別紙第2商標目録記載の商標権につき、控訴人からの1991年9月10日付け譲渡を原因としてされた、ヨルダン・ハシェミット王国通商産業省商標登録事務所1992年2月5日受付の被控訴人名義の商標権移転登録の抹消登録手続をせよ。
4 被控訴人は、原判決別紙第3商標目録記載の商標権につき、控訴人からの1991年9月10日付け譲渡を原因としてされた、ヨルダン・ハシェミット王国通商産業省商標登録事務所1992年2月15日受付の被控訴人名義の商標権移転登録の抹消登録手続をせよ。
5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 控訴人は、ヨルダン・ハシェミット王国(以下「ヨルダン国」という。)において登録されたいずれも指定商品を「オイルストーブ及びオイルバーナー」(商品区分第11類)とする原判決別紙第1商標目録ないし第3商標目録記載の商標(以下、それぞれ「本件商標1」ないし「本件商標3」といい、併せて「本件各商標」という。)の商標権者であった者であるが、本件各商標について控訴人からの移転登録(以下、それぞれ「本件移転登録1」ないし「本件移転登録3」という。)を有する被控訴人に対し、本件移転登録1については、移転登録の原因となった商標権譲渡契約(以下「本件契約」という。)を代金不払いの債務不履行を理由に解除したとして、原状回復請求権に基づき、本件移転登録2及び同3については、本件商標2及び同3の商標権に基づき、各抹消登録手続を求めている事案である。
 原判決は、本件移転登録1については、被控訴人に代金不払いの債務不履行を認めることはできないから本件契約の解除の効力はなく、本件移転登録2及び同3については、控訴人は本件商標2及び同3を被控訴人に譲渡したものであるから、これらの商標権を有しないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
 当事者の主張は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の2及び「第3 争点及び争点に対する当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
(1) 原判決3頁下から2行目の「〔英文部分が原本〕」の次に「、甲1−1はその写し」を加える。
(2) 同4頁5行目の「解除の成否」の次に「並びに本件商標2及び同3についての譲渡契約の成否」を加える。
(3) 同7頁18行目の「本件契約条項違反と」を「本件契約の上記第3条違反を指摘するとともに」に改める。
2 控訴人の主張
(1) 原判決は、平成3年9月30日、霞ヶ関公証役場の所在する飯野ビルの喫茶店において、被控訴人代表者Bが、控訴人に対し、現金20万米ドルを、100米ドル紙幣2000枚で支払ったと認定したが、事実誤認である。原審における被控訴人代表者尋問において、Bは、2万米ドルずつをゴムバンドでまとめて渡したと供述するが、銀行の帯封による束ではないので、受け取る者は枚数を数える必要上、その所要時間は少なくとも1時間半以上を要する作業であり、また、2万米ドルの束は、甲34、甲36−1〜3の写真のとおりであって、このような札束の授受を、昼間、来客が繁く来店し、人目の多いビル内の喫茶店内で行うことは、現金取引の常識上、また、経験則上、あり得ないことである。
(2) 本件契約締結当時、被控訴人代表者Bは、控訴人とアラジン社との間において、「FUJIKA」商標について紛争があったことを熟知していたものであり、このことは、被控訴人からフジカ社にあてて送信した1990年(平成2年)10月3日付け及び1991年(平成3年)8月22日付け各ファクシミリ文書(甲5、6、以下、それぞれ「甲5ファクシミリ文書」、「甲6ファクシミリ文書」という。)により明らかである。甲5ファクシミリ文書及び甲6ファクシミリ文書のBの署名は、原審における被控訴人代表者尋問の結果によりBの自署によるものであることが認められる甲13の署名と同一の筆跡であることが明らかである上、甲5ファクシミリ文書の「FROM:********」の署名がBの自署によるものであることは、原審における被控訴人代表者尋問において、B自身が認めているところである。また、甲35−1、2によれば、甲6ファクシミリ文書の右上段に「TO:」の次に訂正した「FUJIKA」の文字は、Bによるものと認められる甲10−2の本文の4行目の「FUJIKA」の筆跡と一致していることが認められる。
 原判決は、Bのパスポートの写し(乙19−3、4、乙20−1〜5)により、Bは、甲5ファクシミリ文書が送信されたという平成2年10月3日はアラブ首長国連邦のドバイに、甲6ファクシミリ文書が送信されたという平成3年8月22日は、ギリシャのアテネに滞在していたと認定したが、上記パスポートの原本の提出はなく、コピー技術の進歩した現在において、上記書証は全く証拠価値はない。
3 被控訴人の反論
(1) 平成11年4月8日付けのフジカ社から被控訴人にあてて送信したファクシミリ文書(乙22)には、同年3月11日の被控訴人代表者の訪問を感謝し、商談を積極的に進めたいとの希望が記載されているが、被控訴人が本件契約の代金20万米ドルを支払わないことに関する記載は全くない。加えて、控訴人は、被控訴人のアラジン社との間の訴訟費用の請求に対し、平成10年9月29日の会談で1万5000米ドルを支払うことを承諾し、同年10月13日、これを被控訴人に送金しているのであって、控訴人の主張は、これらの事実関係と符合しないものである。
(2) 平成元年3月16日当時、控訴人は、「FUJIKA」商標が控訴人名義で再登録できたことを知っていたことが明らかであり、それから2年余り後の平成3年9月当時において、アラジン社から商標権を取り返すために本件契約を仮装する必要はないから、控訴人の主張は全く理屈に合わないものである。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する請求は、失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1ないし3のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決8頁10行目〜11行目の「FUJIKAの商標等10種類」を「10の『FUJIKA』関連商標」に、9頁15行目の「通産省」を「通商産業省」に、19行目の「乙28ないし37」を「乙28ないし35」に、11頁1行目の「フジカ社」を「FUJIKA」に、5行目の「保証」を「補償」にそれぞれ改める。
(2) 同12頁下から3行目の「知り、」の次に「控訴人と被控訴人は、」を、13頁2行目及び20行目の「通産省」を「通商産業省」に改め、2行目の「JOINT REQUEST」の次に「(乙25)」を、21行目〜22行目の「通知」の次に「(乙12)」を、下から3行目の「被告は、」の次に「本件契約第5条に基づき、」を、14頁7行目の「乙26」の次に「、以下『乙26契約書』という。」を、14行目の次に行を改め「被控訴人は、乙26契約書に基づいて、本件商標2及び同3について、本件移転登録2及び同3の手続をした。」をそれぞれ加える。
(3) 同15頁21行目冒頭から16頁5行目末尾までを「2 本件は、ヨルダン国において登録された本件各商標について、控訴人が、被控訴人に対し、本件移転登録1については、移転登録の原因となった本件契約の解除を主張して、原状回復請求権に基づき、本件移転登録2及び同3については、本件商標1及び同2の商標権に基づき、各抹消登録手続を求め、被控訴人は、本件移転登録1については、上記解除の効力を争い、本件移転登録2及び同3については、控訴人は本件商標2及び同3を被控訴人に譲渡したものであると主張している事案である。そして、本件契約第8条は、『本契約に係わるいかなる紛争も日本の裁判所において適用される法律に従い決定され解釈される』と規定するところ、上記解除は、本件契約に係るものであり、また、本件商標2及び同3の譲渡契約は、上記引用に係る原判決の判示(「事実及び理由欄」の第4の1(3)エ(ア))のとおり、本件契約第5条に基づくものであるから、上記解除及び上記譲渡契約の成立及び効力についての準拠法は、法例7条1項により、日本法である。」に改める。
(4) 同16頁19行目の「JOINT REQUEST」の次に「(乙25)」を加え、20行目〜21行目の「『商標権譲渡契約』が締結された(上記1(3)エ(ア))こと」を「乙26契約書が作成された(上記1(3)エ(ア)、(イ))こと、及び被控訴人は、乙26契約書に基づいて、本件商標2及び同3について、本件移転登録2及び同3の手続をした(上記1(3)エ(イ))こと」に、17頁10行目の「反するものであり、」から14行目の「また、」までを「反するものである。」に、同末行の「被告から原告にあて」を「控訴人から被控訴人にあて」にそれぞれ改める。
(5) 同21頁7行目冒頭から16行目末尾までを削る。
2 控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 控訴人は、原判決が授受を認定した20万米ドルの現金は、100米ドル紙幣2000枚を2万米ドルずつゴムバンドでまとめたもので、銀行の帯封による束ではなく、受け取る者は枚数を数える必要があり、その所要時間は少なくとも1時間半以上を要する作業であり、また、2万米ドルの束は、甲34、甲36−1〜3の写真のとおりであるから、このような札束の授受を、昼間、来客が繁く来店し、人目の多いビル内の喫茶店内で行うことは、現金取引の常識上、また、経験則上、あり得ないことであるとして、原判決の20万米ドルの授受についての認定は、事実誤認であると主張する。確かに、甲36−1〜3によれば、新札でない2万米ドルをゴムバンドでまとめた束は、同写真に撮影されているとおりのかさを有するものと認めることができる。しかしながら、原審における被控訴人代表者尋問において、被控訴人代表者は、20万米ドルの現金を2万米ドルずつゴムバンドでまとめてA3の大きさのハンドバッグのようなプラスチックバッグに入れて持参したと供述しているところ、上記かさの2万米ドル10束を上記バッグに入れることは十分可能であると認められる。そして、2000枚の紙幣を数えることにそれほど長時間を要しないことは当裁判所に顕著であり、この程度の紙幣の授受を、昼間、ビル内の喫茶店内で行うことが、現金取引の常識上ないし経験則上あり得ないことであるとまでいうことはできず、控訴人の上記主張は、原判決の認定を左右するものではない。
(2) 控訴人は、甲5ファクシミリ文書及び甲6ファクシミリ文書によれば、本件契約締結当時、被控訴人代表者Bは、控訴人とアラジン社との間において、「FUJIKA」商標について紛争があったことを熟知していたことが認められると主張する。しかしながら、甲5ファクシミリ文書及び甲6ファクシミリ文書のBの署名を原審における被控訴人代表者尋問の結果によりBの自署によるものであることが認められる甲13の署名と対比しても、これを真正に成立したものと認めることができないことは、上記引用に係る原判決の判示(「事実及び理由欄」の第4の3(2))のとおりである。控訴人は、甲5ファクシミリ文書の「FROM:********」の署名がBの自署によるものであることは、原審における被控訴人代表者尋問において、B自身が認めているところであり、また、甲35−1、2によれば、甲6ファクシミリ文書の右上段に「TO:」の次に訂正した「FUJIKA」の文字は、Bによるものと認められる甲10−2の本文の4行目の「FUJIKA」の筆跡と一致していることが認められると主張する。確かに、原審における被控訴人代表者尋問において、被控訴人代表者は、甲5ファクシミリ文書の「FROM:********」の字が自分の字であることを認める趣旨の供述をしているが、上記尋問結果全体の趣旨によれば、被控訴人代表者は、甲5ファクシミリ文書の成立を否定しているものと認められ、上記一部の供述のみをとらえて被控訴人代表者が甲5ファクシミリ文書の成立を認めたものということはできない。また、甲6ファクシミリ文書の右上段に「TO:」の次に訂正した「FUJIKA」の文字は、手書きによるものであるが、ブロック体による特徴のないものであり、甲10−2の本文の4行目の「FUJIKA」の筆跡がBによるものであるとしても、これと対比して甲6ファクシミリ文書の上記「FUJIKA」の文字がBによるものであると認めることは困難である。さらに、控訴人は、Bのパスポートの写し(乙19−3、4、乙20−1〜5)について、パスポートの原本の提出はなく、コピー技術の進歩した現在において、上記書証は全く証拠価値はないとも主張するが、ヨルダン国弁護士C作成の2002年(平成14年)12月18日付け証明書(乙20−1〜5)及び原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、上記パスポート原本は、有効期間が経過したため返還し、現在、Bは所持していないこと、上記パスポートの写しについて、上記ヨルダン国弁護士は原本と相違ないことを証明していることが認められるところ、これらの記載に何ら不審な点はうかがわれず、信用するに足りるものと認められる。
 以上のとおり、控訴人の甲5ファクシミリ文書及び甲6ファクシミリ文書に係る上記主張は、理由がない。
3 結論
 以上によれば、本件移転登録1については、被控訴人に代金不払いの債務不履行を認めることはできないから本件契約の解除の効力はなく、本件移転登録2及び同3については、控訴人は本件商標2及び同3を被控訴人に譲渡したものであるから、これらの商標権を有しないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第2部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 岡本岳
 裁判官 早田尚貴
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