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【事件名】「読売新聞」の自民党議員名誉毀損事件
【年月日】平成15年12月26日
 東京地裁 平成13年(ワ)第20940号 損害賠償等請求事件

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告訴訟引受人は、原告に対し、2000万円及びこれに対する平成13年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告訴訟引受人は、原告に対し、別紙(1)記載の謝罪広告を、別紙(2)記載の掲載要領で、被告訴訟引受人の発行する読売新聞朝刊全国版社会面広告欄に掲載せよ。
3 訴訟費用は被告訴訟引受人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、被告(脱退)(以下、単に「被告」という。)が平成13年8月22日発行した読売新聞朝刊に掲載された別紙(3)の原告に関する記事(以下「本件記事」という。)により、原告の名誉が毀損されたと主張して、原告が、被告訴訟引受人(以下「引受人」という。)に対し、不法行為に基づく損害賠償及び原状回復のための謝罪広告の掲載を求めた事件である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 原告は、平成2年2月、衆議院議員に初当選し、その後平成8年10月に2期目の当選及び平成12年6月に3期目の当選をし、現在、衆議院議員である。
イ 被告は、日刊新聞の発行等を業とする株式会社であって、発行部数1000万部を超える、我が国で最も発行部数の多い読売新聞という名称の日刊新聞紙を発行している。
引受人は、平成14年7月1日、会社分割(新設分割)により、東京都中央区所在の土地の賃貸に関する営業を除く被告のすべての営業を承継した。
(2) 本件記事の掲載
 被告は、平成13年8月22日付け読売新聞朝刊において、「中国人女性入国審査/K議員(自民)側が口利き/職安法逮捕の容疑者依頼で客室係を通訳扱い」「入管職員も甘さ認める」との見出し(以下「本件記述@」という。)の下に本件記事を掲載した。
 上記見出しに引き続く本件記事のリード部分には、「警視庁公安部に職業安定法違反容疑で逮捕された主犯格の自称団体役員、M容疑者(58)が、自民党のK議員衆議院議員(57)に対し、中国人女性が通訳として入国できるよう法務省の入管当局への働きかけを依頼していたことが21日、関係者の話で分かった。同議員の私設秘書が入管当局に出向いて相談した後、通訳としての在留資格が認定されたという。」(以下、「本件記述A」という。)との記載がされている。
 さらに、本件記事の本文中には、「M容疑者は一昨年末、かねて知り合いだったK議員に対し、中国人女性が通訳の在留資格を取得できないか、などと相談。この後、K議員の私設秘書が法務省の担当部署に行ったり、問い合わせをしたりしていたという。」(以下、「本件記述B」という。)との記載がされている。なお、本件記述Bにいう原告の私設秘書とは、A(以下「A」という。)を指す。
2 争点
(1) 本件記事が原告の名誉を毀損するか
(原告の主張)
ア 本件記事によって摘示された事実の確定方法
 本件記事によっていかなる事実が摘示されているかを確定するに当たっては、記事の記述のみならず、記事前後の記述や、その他の事情を加味し、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として、本件記事が事実を摘示するものであるか、また、事実が摘示されているとして、どのような事実が摘示されているとするかを認定すべきである。
イ 本件記事によって摘示された事実
 本件記事は、本件記述@ないしBが読者に与える以下の(ア)ないし(ウ)の印象を総合すれば、原告側が職業安定法違反の容疑で逮捕された容疑者の依頼で、中国人女性の入国審査において、客室係を通訳扱いにして入国させようとして「口利き」したところ、この「口利き」により、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)の職員が甘い審査をして中国人女性が違法に入国した旨印象付けるもので、原告の名誉を毀損する。
(ア) 本件記述@によって摘示された事実
 本件記述@は、原告が、職業安定法違反容疑で逮捕された容疑者の依頼によって、自ら又はその秘書を通じて、単なる客室係であって、通訳としては到底通用しないような中国人女性を、それと知って入国させるべく、入国審査に政治家としての影響力を行使して「口利き」し、この結果、東京入管職員も甘さを認めるほどの違法行為が行われたとの事実が存する旨読者に印象付ける。
(イ) 本件記述Aによって摘示された事実
 本件記述Aは、本件記述@とあいまって、原告が、M(以下「M」という。)から、語学力が客室係のレベルでしかない中国人女性を通訳として入国できるように法務省の担当部署及び東京入管(以下、併せて「入管当局」という。)に働き掛けるように依頼された上、このような依頼を受けて、原告の私設秘書が、入管当局に出向いて相談し、その結果、本来在留資格が認定されるはずのない中国人女性が通訳として在留資格を認定されたとの事実を読者に印象付けるものである。
(ウ) 本件記述Bによって摘示された事実
 本件記述Bは、本件記述@及びAとあいまって、Mが、原告に対し、本来在留資格が認められるはずのない中国人女性が通訳として在留資格を取得できるように働き掛けをするように依頼し、原告がこの依頼を受けて、私設秘書に命じて法務省の担当部署に働き掛けをしたとの事実を読者に印象付けるものである。
(引受人の主張)
 以下のアないしウに述べるところから明らかなように、本件記事は、全体として、「原告が中国人女性の入国審査に当たって、職業安定法違反で逮捕されたM容疑者の依頼を受け、その私設秘書が入管当局に口利きをした。その後、中国人女性は通訳としての在留資格を認定されて入国したが、この取扱いについては、入管当局も、審査が甘かったと認めている。原告の政治団体は、M容疑者から寄付を受けたことがある。」ことを報道するものにすぎず、原告の国会議員としての職務に関連する行動及び交際について、客観的に報道したものであって、それ自体原告の社会的評価を低下させるものではなく、見出しも本文記事に対応した公正かつ相当なものである。
ア 本件記述@について
(ア) 本件記述@は、中国人女性の入国審査において、職業安定法違反容疑で逮捕された容疑者の依頼を受け、原告が「口利き」をしたこと、東京入管では客室係を通訳として扱い、中国人女性を入国させたが、このような取扱いについては東京入管職員も甘さを認めていること、以上の事実を摘示するにすぎず、原告が主張するような事実を摘示するものとはいえないことは、以下のaないしcに述べるとおりである。
a 本件記述@には、中国人女性の日本語の能力についての記述はない。なお、本件記事の本文中には、「この女性達の日本語能力は不十分だった」との記述があるが、読者は、本文を読む前に見出しを読み、その意味を理解するものであるから、見出しの摘示事実を確定するに当たっては、見出し自体の表現のみによって行うべきであり、本文の記述を斟酌することは相当でない。
 のみならず、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)が客室係として就労する者の入国を認めていないのは、単純労働という労働の実態に基づくものであり、対象者の日本語能力によるものではないことからすれば、本件記事は、客室係として勤務する中国人女性を、通訳として入国させたが、客室係が通訳に当たることは、入管法が予定しているものではないことをその内容としているものというべきである。
b 本件記述@には、日本に入国を認められた中国人女性が通訳としては到底通用しないことを原告が知っていたとの記述はない。客室係を通訳扱いしたのは、東京入管であり、そうであるからこそ、「入管職員も甘さ認める。」との記述となったものである。
c 本件記述@には、東京入管が中国人女性の入国を認めたことが違法であるとの記述はない。「甘さ認める」との表現は、法令の規定を弾力的に、又はやや緩めに適用したことを自認したことを意味するものであり、東京入管の採った措置が違法であるとまで述べたものではない。したがって、読者は、「甘さ認める」との記述から、在留資格を認定した東京入管の措置について、これが違法であったとまでの認識を抱くことはないというべきである。
(イ) 本件記述@には、原告に関連して「K議員(自民)側が口利き」という記述がある。口利きとは、相談事や交渉などで両者の間に入って連絡や調整をすることなどとされており、この言葉の意味自体に名誉毀損的な意味合いはないし、また、本件記述@全体をみても、一般読者の通常の読み方においては、原告が違法又は不適切な職務執行を求めて口利きをしたとは理解されない。したがって、本件記述@の「K議員(自民)側が口利き」という記述は、原告の社会的評価を低下させるものではない。
 さらに、上記記述は、事実を記述したものではなく、対象者の行為についての筆者の評価とみなされるべきものである。
イ 本件記述Aについて
(ア) 本件記述Aは、Mが原告に対して、中国人女性が通訳として入国できるよう入管当局へ働き掛けてほしいと依頼したこと、これを受けて、原告の私設秘書が入管当局に出向いて相談をしたこと、その後に通訳としての在留資格が認定されたこと、以上の事実を摘示するものであり、原告が主張するような事実を摘示するものとはいえないことは以下のaないしcに述べるとおりである。
a 本件記述Aは、Mを主体として記載しており、原告が指摘するように、「原告が・・・依頼された」との形式ではないし、依頼の内容についても、本件記述Aにおいては、「中国人女性が通訳として入国できるよう法務省の入管当局への働きかけを依頼していた」と説明されているだけで、中国人女性の語学力が客室係のレベルしかないとの事実は、本件記述@及び同Aを通じて摘示されていない。
b 本件記述Aにおいては、原告の私設秘書が入管当局に出向いたことと在留資格が認定されたこととは、時間の先後を示す語で結びつけられたにすぎず、私設秘書が入管当局に出向いた結果、在留資格が認められたとの因果関係を示す記述はされていない。しかも、本件記述Aにおいて、原告の私設秘書の行為は、入管当局に出向いて相談したと記述されているにとどまる。
c 本件記述Aにおいては、Mが原告に対してどこまで事情を明かして入管当局への働き掛けを依頼したかについては記述されていない。すなわち、本件記述Aは、Mが原告に依頼したのは、通訳として入国できるようにとの趣旨であったとしているのであって、それを超えて、本来在留資格が認定されるはずのない人間を入国できるようにしてほしいと依頼したとは記述されていない。
(イ) 本件記述Aの原告に関連する箇所は、「M容疑者(58)が、働きかけを依頼」との部分と、「同議員の私設秘書が入管当局に出向いて相談した」との部分であるが、前者については、前述したように、Mを主体とした記述となっており、原告の行為として記載されていないから、原告に対する名誉毀損を構成しないし、また、原告がMの計画を知っていたとか、その計画に賛同したなどの記述はされていないのであって、積極的な関与がないまま、単に「依頼された」と報じられることによって、原告の社会的評価が低下することにはならない。さらに、後者は、違法ないし反社会的行為をしたと記述するものでも、また、原告側が「相談」をするに際し、Mの計画を知った上で、これを援助ないし助長しようとしたと記述するものでもなく、これによって、原告の社会的評価が低下することにはならない。
ウ 本件記述Bについて
(ア) 本件記述Bは、Mが一昨年末(平成11年末)、原告に対し、中国人女性が通訳の在留資格を得られないかと相談したこと、その後に、原告の私設秘書が法務省の担当部署に行き、あるいは問い合わせをしたことを事実として摘示するにとどまり、Mの原告に対する依頼の内容が原告主張のようなものであったことを摘示するものではない。すなわち、本件記述Bは、Mから原告に対する依頼の内容については、通訳の在留資格を取得させるとの限度にとどめており、Mが中国人女性の資格や経歴、あるいは日本において従事する業務の内容について、どのように説明したかについては述べていないのであるから、本来在留資格が認められない中国人女性が通訳として在留資格を取得できるように働き掛けることを依頼したとの事実を摘示したとはいえない。
(イ) 本件記述Bのうち、原告に関連する部分は、「M容疑者は・・・相談」との部分及び「K議員の私設秘書が、・・・していた」との部分であるが、これらが、原告の社会的評価を低下させるものではないことは、イ(イ)に述べたところと同様である。
(2) 政治的言論による名誉毀損に関する主張立証責任
(引受人の主張)
ア 本件では、衆議院議員である原告の職務に関する報道が原告に対する名誉毀損を構成するかが争点となっているのであるから、公務員に対する名誉毀損の成否の判断基準が問題となり、この判断基準の観点から原告と引受人との本件訴訟における主張立証責任の分配も決せられるべきである。
イ 表現の自由と本件言論
 表現の自由は、憲法21条1項により保障されており、判例においてもその優越的地位が認められている。その根拠は、表現の自由の果たす社会的機能から、表現の自由が国民主権の制度的基礎として重要な権利であると考えられていることにあるから、政治的言論は、表現の自由の中でも、最も強く保障される必要がある。いわゆる北方ジャーナル事件判決(最高裁判所昭和56年(オ)第609号昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)においても、政治的言論が表現の自由の核心であることが認められていると解される。
 本件記事は、@ 原告は衆議院議員であるのに対し、被告は報道機関であること、A 国会議員の活動には、国会内の活動だけでなく、官庁や有権者に対する活動も当然に含まれるところ、本件記事の内容も、原告の国会議員としての活動に直接関係するものであること、B 国会議員の活動は、国民の正当な関心の対象であるから、本件記事の内容に照らせば日本全国に配布することも相当であることなどからして、政治的言論として、強く保障される必要があるということができる。
ウ 政治的言論に対する制約基準の在り方
 上記のとおり、政治的言論に対しては特に強い保障を与えなければならないが、一方で限界もあることは明らかである。しかし、政治的言論が民主政治と直接にかかわり、政治的言論に対する制約が民主制の制約につながりかねないことから、政治的言論に対する名誉毀損訴訟においては、私人から提起される通常の名誉毀損訴訟とは異なり、より厳格な判断基準により審理すべきである。
 具体的には、規制目的の正当性や、規制目的が正当であってもその目的を実現することが憲法上どの程度必要とされているか、あるいは規制が最小限度のものであるかを判断し、その判断においては、裁量又は比較衡量の基準を用いることになる。
 しかし、結果の予測可能性の観点から、問題となる人権が憲法の中で占める地位を重視し、高い価値を有する権利については、高い保護を与えることが必要であり、表現の自由に対する制約については、規制する目的が表現の自由と同様か、又はそれ以上の価値を有すること、規制しない場合に重大な害悪の発生が具体的に予見されること等が必要と解すべきである。
 本件訴訟においては、本件記事が政治的言論であるのに対し、原告が守ろうとするのは原告の人格権(名誉権)(以下「名誉権」という。)であるところ、名誉権は私的利益であり、国会議員は他の国民と比較して、国民や報道機関から強い批判にさらされることを甘受すべきであるから、名誉権が公的利益に転化することはないし、名誉権が他の国民よりも強く保護されることはない。
 そうすると、本件訴訟における対立利益は、表現の自由と国会議員の名誉権であるところ、前述の北方ジャーナル事件判決は、「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、」「その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきである」と判示していることからみても、政治的言論と名誉権とでは、政治的言論が優先すると解すべきである。なお、同事件は、出版物の事前差止めの合憲性が問題とされた事件であるが、上記判示部分は、事前差止めの訴訟類型に限定されず、一般的に適用されるものである。
エ 価値の序列に基づく制約基準の在り方
 以上主張したことからすれば、政治的言論は名誉権に優先するから、名誉権が優先するとの例外を証明する責任は、これによって利益を受ける者が負うべきであり、原告が「一般的には優先する政治的言論を制約すべき特別の事情があること」を立証しなければならないと解すべきである。
 そして、これまで名誉毀損の成立を阻却する要件として、公共の関心事・公益目的・真実性又は相当性の3要件が掲げられてきたが、表現の内容が公共の関心事であることは、公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現においては原則的に満たされている。そうとすれば、表現の自由が優先すると主張する者が公共の関心事であることを立証した場合には、名誉権が優先すると主張する者が、残りの2要件のいずれかが存在しないことを証明すべきである。すなわち、政治的言論を行った者が公益目的を有していなかったこと又は政治的言論の主要部分が真実ではなく、かつ、これを真実であると信じるについて相当の理由も存在しなかったことを立証すべきであり、その立証がなければ、名誉権の侵害はないと判断すべきである。このことは、北方ジャーナル事件判決の趣旨にも沿うものであるし、これ以後の最高裁判決と矛盾するものでもない。
(原告の主張)
 引受人の主張は争う。
(3) 本件記事によって摘示された事実の真実性について
(引受人の主張)
ア 原告が、職業安定法違反容疑で逮捕された者から、客室係として就労する者が通訳に認められる在留資格で入国できるように入管当局に働き掛けをすることの依頼(以下「本件依頼」という。)を受けた事実(以下「本件摘示事実@」という。)について
 Mが、客室係として就労する中国人女性を通訳に認められる在留資格、すなわち、「人文知識・国際業務」(以下「国際業務」という。)の在留資格で入国させ、旅館又はホテルに紹介する事業(以下「本件職業紹介事業」という。)を始めるに当たり、原告に入管当局への働き掛けを依頼した事実は以下の(ア)ないし(オ)に述べるところから明らかであり、依頼の内容が客室係として就労する者が通訳に認められる在留資格で入国できるように入管当局に働き掛けをすることであったことは(カ)に述べるとおりである。
(ア) Mの自白
 Mは、同人に対する職業安定法違反等被疑事件の取調べにおいて、検察官に対し、原告からも協力してもらって、入管当局へ陳情、折衝を重ねた旨を供述している。原告が、本件職業紹介事業の遂行者であるMから何らかの形で依頼、相談を受けない限り、これに協力することはあり得ないから、上記供述は、Mから原告に対する本件依頼の事実を直接述べるものといえるが、その内容は合理的で、他の証拠とも整合し、その信用性は高い。
(イ) 「他の政治家の関与」の虚偽性
 原告は、Mが本件職業紹介事業を始めるに当たり、Mから政治家に対して本件依頼がされた事実、すなわち、政治家又はその秘書が、Mの依頼に応じ、入管当局に問い合わせ、紹介などの働き掛けをした事実自体は認めている。原告は、Mが働き掛けを依頼したのは原告ではなく、A議員(以下「A議員」という。)という別の政治家であると主張するが、A議員の秘書であるF(以下「F秘書」という。)は、本件職業紹介事業への関与を否定していること、Mは、「国際業務」の在留資格による中国人女性の入国が始まる前から、法務省入国管理局入国在留課(以下「法務省入国在留課」という。)及び東京入管の係官に対して原告の協力を得ているということを告げているのに対し、他の政治家の関与について誰かに話した記憶はなく、A議員の名前については、平成12年4月に東京入管に着任したO首席審査官(以下「O首席審査官」という。)にも告げていないのであり、MがA議員に上記依頼をしたというのは不自然であること、Mの職業安定法違反等被疑事件の捜査段階における供述中にも、A議員の関与を認める供述が記載された調書は存しないことからすると、原告の上記主張事実は存しないというべきであり、上記主張に沿うMの供述は、およそ信用し難い。そして、Mがこのような虚偽供述をすること自体が、原告をかばう目的を持っていることを推認させ、実際には、A議員ではなく、原告が、Mから本件依頼を受け、その依頼に応じた関与をしたことを推認させるものといえる。
(ウ) 本件職業紹介事業に関する原告の「事後的関与」
 一方において、ある案件に、継続的に、かつ、深く関与している特定の政治家がいる場合、他方において、その案件の当初の段階で関与した政治家がいるとすれば、特段の事情がない限り、それは同じ政治家であることが推認される。これを本件職業紹介事業についてみると、原告は、平成12年4月以降、以下に述べるように、本件職業紹介事業に折に触れて関与している。原告が、平成12年4月以降、本件職業紹介事業について、Mの依頼を受け、様々な関与をしていたことは、平成11年末ころ、原告がMから本件依頼を受けていたことを推認させるものである。
a O首席審査官の着任に伴う在留資格認定の「滞留」と原告事務所の関与
 平成12年4月、O首席審査官の東京入管への着任に伴い、中国人女性の在留資格の認定手続が一時滞留した際、Mは、O首席審査官に対し、原告の名前を出し、原告とじっこんの間柄であることを強調している。また、Mは、O首席審査官から行政書士をつけて在留資格の認定申請をするよう指導され、AからE行政書士(以下「E行政書士」という。)の紹介を受けた。さらに、Mは、そのころ、O首席審査官に対し、原告との勉強会をしてほしいと要望したことがあった。
b 瀋陽市にある日本総領事館への訪問
 原告は、平成12年9月、Mの依頼で、中国人女性が日本に入国する際のビザを発給している瀋陽市にある日本総領事館に赴き、ビザの発給担当者を同席させて、ビザに関して質問をした。この際、原告の私設秘書であるG(以下「G秘書」という。)は、「国際業務」の在留資格により入国し、日本の旅館又はホテルで就労することを希望する中国人女性の面接のための出張(以下「第6回ミッション」という。)の構成員として、Mの費用負担により、東京から北京までMと行動を共にした。
c 平成13年2月以降の関与
 平成13年2月以降、「国際業務」の在留資格で入国しようとする中国人女性に対する法務省入国在留課の対応が厳しくなったため、Mは、原告に対し、法務省等への問い合わせを依頼し、これを受けて、原告が電話で、G秘書が法務省入国在留課に赴いて、問い合わせをするなどした。
 さらに、平成13年4月3日には、原告は、Mの依頼を受けて、衆議院議員会館(以下「議員会館」という。)において、「K先生を囲む会」を開き、原告、M、本件職業紹介事業により中国人女性を雇用した旅館又はホテルの経営者らのほか、法務省入国在留課のI課長(以下「I課長」という。)及び同課の担当者、原告の秘書であるC、G秘書が出席した。この会合において、原告は、I課長に対して、「国際業務」の在留資格による入国を認めるべきであること、入管法の柔軟な解釈をすべきであることなどを発言した。
 その後、原告は、以前から面識のあった全国旅館生活衛生同業者組合連合会のW(以下「W」という。)に、「国際業務」の在留資格で入国している中国人女性の旅館又はホテルにおける労働実態等の調査を依頼し、Mは、本件職業紹介事業の問題の解決をWに依頼することとなった。
(エ) 当事者の動機等
a Mの動機
 客室係の業務を行う外国人を入国させることは、一般に難しいと考えられていたことからすると、Mは、本件職業紹介事業を行うために、政治家に働き掛けを依頼して客室係として就労する予定の中国人女性が入国できるようにする必要があり、それまでも原告に様々な依頼をしていたというMと原告との関係や、原告の外国人の就労問題に関する後記bのような考えからすれば、Mには原告に本件依頼をする動機がある。
b 原告の政治的信条
 他方、原告は、従前から、中国等から労働者を受け入れて日本で働いてもらうべきであるという考えをもっていた上、有権者からの陳情を大事にし、法律制度の解釈等を変えさせるために行政に働き掛けることは正しいとの政治的信条を持っており、Mの依頼は、何らその政治的信条に反するところはなかった。
(オ) 本件職業紹介事業以前の事情
 原告は、従前から、Mの依頼を受けて、Mの知人に対してAを紹介し、Mが「研修」の在留資格で入国した中国人を財団法人日本経営者協会(以下「経営者協会」という。)のあっせんにより一般の企業に受け入れてもらう事業(以下「研修生受入事業」という。)を行おうとしていた際に、M及び経営者協会のN理事長(以下「N理事長」という。)に対し、経営者協会に労働大臣の許可が下りるように労働省の労政課長を紹介し、研修生を受け入れる企業を紹介し、国際観光旅館連盟のH専務理事(以下「H専務理事」という。)を紹介するなど、様々な便宜を図っていた。
(カ) 依頼の趣旨
 従来、客室係や配膳係などの単純労働を行おうとする外国人が、通訳に認められる在留資格である「国際業務」の在留資格の認定を受けることは困難であったこと、Mが、本件職業紹介事業を構想した当初から、「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性は、客室係などの業務に従事することが想定されていたことからすれば、本件依頼の内容は、客室係として就労する者が通訳に認められる在留資格、すなわち、「国際業務」の在留資格で入国できるように入管当局に働き掛けることであったといえる。
イ Aが、平成11年末ころから平成12年にかけて、原告の秘書であった事実(以下「本件摘示事実A」という。)について
(ア) 私設秘書の意義
 公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律2条においては、国会議員に使用され、政治活動を補佐する者が私設秘書とされており、同条を参考にして私設秘書に当たるか否かを判定するならば、国会議員の意を受けて、単なる手足ではなく、一定の裁量を持って事務を遂行する者に当たるか否かが実質的に判断されることになり、例えば、雇用関係がなくても秘書に該当する場合もあり得るものというべきである。
(イ) 原告の秘書としてのAの行動
a Aが、平成8年10月まで、原告の私設秘書であったことは原告が認めるところであり、同人は、ある時期、原告の事務所において、ナンバー3の地位にあった。原告事務所においては、幹部秘書であれば、原告に断りなく自分の判断で依頼者に対して便宜を図ることができる立場にあり、Aもそのような裁量を有していたが、その出勤状況は、自分で来たいときに来るというようなもので、肩書も種々使い分けていた。
b 以上のようなAの地位や行動は、平成8年10月以前と以後で変わらない。すなわち、Mが、平成9年春ころ、知人から取引先の紹介を依頼され、その紹介を受けるため原告事務所に行った際、原告は、「Aちゃんがいいかな。」と言ってMにAを引き合わせたが、このとき、Mは、Aから同人の氏名の横に原告事務所が肩書され、連絡先として原告事務所が記載された名刺(以下「本件名刺」という。)を受け取り、Mは、Aを、原告の私設秘書であると認識し、研修生受入事業を行う際、Aと共に仕事をすることとした。実際にも、Aは、本件名刺を使用して、研修生受入事業の営業を行ったほか、本件職業紹介事業に関連して、入管当局に赴いた際にも、本件名刺を使用し、自らの連絡先が原告事務所であることを当然の前提として、原告の秘書として行動している。以上のようなAの行動からすれば、Aは、平成11年末ころから平成12年にかけて、原告の私設秘書であったか、少なくとも入管当局との関係においては、私設秘書として原告の意を受けその政治活動を補佐する行動をしていたといえる。
ウ Aが、本件依頼に応じ、入管当局に問い合わせ、紹介などの働き掛けをした事実(以下「本件摘示事実B」という。)について
 Aは、本件依頼に応じ、入管当局に以下のような問い合わせ、紹介などの働き掛けをした。
(ア) Aは、本件職業紹介事業に関し、平成11年12月、法務省入国在留課のS補佐官(以下「S補佐官」という。)に会いに行き、どのような要件が備われば「国際業務」としての在留資格が認められるかの問い合わせを行った。この際、Aは、原告事務所の者であると名乗り、本件名刺をS補佐官に手渡した。
(イ) その後、Aは、Mを連れて法務省入国在留課に行き、さらにM自身も数回、同課に赴き、折衝を行った。Mは、Aに同課担当者を紹介してもらうことによって便宜を図ってもらおうとしたものであり、Aのこの行為はMへの法務省担当者の紹介に当たる。
(ウ) その後、MとAとは、法務省入国在留課からの紹介と法務省の他の部署からの紹介とを受けて、東京入管に赴いて、S首席審査官(以下「S首席審査官」という。)、I統括審査官(以下「I統括審査官」という。)と会い、就労可能な在留資格で中国人を入国させるための詰めの協議を行った。Aは、この際にも原告事務所の者であることを示す本件名刺を使っていた。
(エ) 前記アに述べたように、Mから原告に本件依頼があり、上記(ア)ないし(ウ)に述べたようにAが行動しているのであるから、このAの行動は、原告に対する本件依頼に応じて行われたものであるということができる。
エ ウの結果、通常の入国審査と対比すると、担当者が甘さを認めるような入国審査が行われた事実(以下「本件摘示事実C」という。)ついて
(ア) 「国際業務」の在留資格による入国の一般的困難性
 本来、「国際業務」の在留資格は、通訳など明示された9つの類型か、その他これらに類似する業務に従事する場合でなければ認められないものである。客室係や配膳係といった単純労働を行う外国人には在留資格は付与されず、このような業務に従事する者が、「国際業務」の在留資格により入国することは、一般的に困難である。
(イ) 従前と異なる解釈の採用
 本件職業紹介事業により入国した中国人女性たちは、客室係等の単純労働に従事していたし、日本語のレベルは、通訳業務に耐えないものであったが、「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性が、客室係等の業務を行うこと自体は、Mの意に反したものではなく、中国人女性が採用される当初から想定されていたことであり、Mは、中国人女性を「国際業務」の在留資格で入国させ、客室係等の業務を行わせるために本件職業紹介事業を計画したものである。そのために、Mは、入管当局との折衝の中で、入管当局が、客室係や配膳係は単純労働であると解釈していたのに対し、何度もレポートを出すなどして、旅館における業務内容の特殊性に基づき、客室係の業務も「国際業務」に当たるとの「解釈」を一応認めてもらい、その結果、客室係として就労することが予定された中国人女性が、「国際業務」の在留資格で入国できることとなった。このような解釈が、従前の解釈運用とは全く異なったものであり、中国人女性の入国に際して行われた在留資格の審査が格段に緩やかな甘い審査であったことは、上記のような折衝が必要であったことや、通訳として長年の実績を持つ者が驚がくしたことからも明らかである。
(ウ) O首席審査官の着任による在留資格認定の一時滞留
 Mの申請により、平成12年3月に「国際業務」の在留資格が認定され、同年4月ころから、中国人女性の入国が始まったが、同月、O首席審査官が東京入管に着任したのを契機に、在留資格の認定手続が一時滞留した。これは、O首席審査官が「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性が従事する業務の「国際業務」該当性に疑問を持ち、実際は単純労働ではないかと考え、在留資格認定が一時滞留したことによるのであって、このことからも、「国際業務」の在留資格による中国人女性の入国審査が、従前の解釈運用とは全く異なった、格段に緩やかな審査であったことがうかがえる。
(エ) 「国際業務」の解釈以外の「甘い」点
 他にも、在留資格認定証明書交付申請書の提出から、在留資格の認定まで、2週間ほどのわずかな期間しか要しなかったこと、愛知県や石川県で就労する者も含め、すべて東京入管が申請を受け付け、在留資格の認定を行っていることなどの点でも、「国際業務」の在留資格による中国人女性の入国審査については、甘い審査がされたということができる。
(原告の主張)
ア 本件摘示事実@について
(ア) 原告は、平成12年5月ころになって、初めてMから中国人のホテル、旅館スタッフが「国際業務」の資格で入国していることを聞かされたのであって、原告が、Mから、平成11年末に、入管当局への働き掛けを依頼されたことはない。また、中国人女性の「国際業務」の在留資格による入国の審査が政治家の圧力によって歪められたこと自体が根拠のないことであるが、仮に、Mから影響力を及ぼしてもらいたいとの働き掛けがあったとしても、それは法務省に影響力を有するA議員の秘書に対してであって、原告又はその秘書に対してではないことは、以下に述べるとおりである。
a Mは、原告が代表者をしていた後援会の一員であり、原告は、Mから平成11年1月22日、12万円の政治献金を受けたことや原告がMと何回か会ったことはあるが、特別に親密ではなく、古い付き合いというわけでもない。
b そもそも、平成11年末には、本件職業紹介事業は計画段階にあったにすぎず、この時期に、Mが原告に対して、中国人が通訳に認められる在留資格で入国できるように、入管当局への働き掛けを依頼するはずがない。
c さらに、現職の国会議員である原告が、実態が客室係であるにもかかわらず、その実態を隠して通訳に認められる在留資格を得て中国人を入国させるなどという、誰が聞いてもすぐにおかしいと考える話を相談されて、たやすく協力しようとするはずはない。
d 原告は、経歴上、労働政務次官を務めたことはあるが、法務省とは何の接点もない。利に聡いはずのMが、入管当局との折衝が必要になるという時期に、法務省とは何の接点もない原告に何かを依頼することはあり得ない。他方、A議員は、元大蔵事務次官の経歴を持つ大物官僚で、大臣経験者で衆議院法務委員長も務めている。実際、同議員の政策秘書であるF秘書がMと共に法務省入国在留課を訪れている。
(イ) 引受人が指摘する原告の「事後的関与」も、原告が本件依頼を受けたことを裏付けるものとはいえない。
a 平成12年4月に、MがO首席審査官に対し、どのような行動をとったかは知らないが、Mの行動は原告とは無関係であり、また、原告がMに対して行政書士を紹介したことはない。
b 平成12年9月に、原告が中国に赴いたことは事実である。原告は、後援者の一人の計らいで中国山東省咸海市市長から招待を受けたものである。Mも同時期に中国に行き、原告と共に瀋陽市にある日本総領事館に赴いているが、これは、かつて原告が同人から、原告が中国に行く機会があれば中国の企業を紹介するので声を掛けてほしいと依頼されており、原告がMに連絡したところ、同人から、ぜひ瀋陽市にある日本総領事館に立ち寄ってほしい、自分たちの事業が順調に行われていることを見てもらうために中国の公司の者を紹介したいとの申し出を受けたことによるものである。原告は瀋陽市で同人と落ち合い、秘書と共に瀋陽市にある日本総領事館に赴いたにすぎない。
 原告は、日本総領事館を訪問した際、総領事館員に対し、日中両国の友好関係や経済貿易面での協力や人材交流のさらなる発展に力を尽くすとの趣旨の発言を行ったが、原告はビザについて発言したことはない。
c 平成13年3月ころ、Mから中国人の紹介を受けた旅館又はホテルの経営者から、原告の事務所に対して、「国際業務」の在留資格で入国し、上記旅館等で雇用されている中国人の在留資格の更新ができないことにつき何とかしてほしいとの依頼があった。原告はMから事情を聞いたところ、法務省出身者が関係している団体とMの本件職業紹介事業とが競合するため、上記団体がMの本件職業紹介事業を潰そうと圧力をかけているとのことであった。そこで、原告は義憤を覚え、法務省入国在留課のI課長を呼び、問いただしたが、同人は、この件については調査中であるとの理由で詳細の説明をしなかった。
d 原告は、平成13年4月3日、旅館、ホテルの経営者らの要望が強いことから、これら経営者を議員会館に呼び、I課長に事情を話させることにした。その席で、同課長は、実態調査の結果、「国際業務」の在留資格で入国した中国人が単純労働ばかりしているという傾向があり、実情について調査中なので詳しく言えないと回答した。官庁OBの活動に詳しく、また厳しい目を向けている原告としては、支持者からの訴えを受けてこのような会合を持つのは自然である。もし、原告がこのとき既に、「国際業務」の在留資格で入国した中国人が客室係として就労しているという実態を知っていたのなら、到底このような会合を開けるものではない。被告提出にかかるPの陳述書(乙44)によれば、上記会合において、原告が法務省職員に対し、「そもそも法務省はちゃんとした調査をやっているのか。」と述べたというのであるが、このような発言からすると、少なくとも原告がこの時点まで「国際業務」の在留資格で入国した中国人の労働実態が客室係にすぎないなどということを全く知らなかったとしか考えられない。仮に原告がこの時点で「国際業務」の在留資格で入国した中国人の労働実態が客室係であることを知っていたら、満座でこのような追及をするはずがない。
e 前記cに述べたように、原告がMから事情を聞いた際、原告は、全国旅館生活衛生同業者組合連合会顧問のWにも同席してもらっていた。Wは、平成13年4月末ころ、数軒の旅館やホテルに直接赴き、就労中の中国人がどのような仕事をしているか調査したところ、そのほとんどが客室係などの単純労働に従事しているらしいことが判明した。Wの報告を受けて、原告はI課長に実態につき尋ねたところ、同課長は、原告に対し、資格外労働をしているのが実態で、これは組織的犯罪であり、もう自分の手を離れている、これらの中国人は通訳としての業務をする前提で入国しているのに、ほとんど日本語ができないようだと指摘した。原告はこの指摘を受けて、Wに中国人の本格的な調査を依頼した。Wは、直ちに100名近い中国人と面接して調査したが、ほとんどの者が単純労働に従事している上、日本語が理解できない状態であった。
 原告は、この結果を聞いて驚がくし、Mを呼び出し、問いただした。Mは、自分はそのようなことは知らない、単純労働に就労させたのは旅館の責任で、日本語ができない者を紹介したのは中国の公司の責任であるとの言い訳に終始した。
(ウ) 証拠の欠如
 証拠上、Mから原告に対して本件依頼が行われた事実の真実性の証明ができていないことは、以下のとおりである。
a 本件記事を執筆したという甲(以下「甲記者」という。)の陳述書(乙47)によれば、捜査幹部は被告の記者である同人に対し、Mが原告に相談したことは認めている、入管の審査が通ったのはM自身も驚いていたと思われると話したと記載されている。しかしながら、Mが具体的にどのように捜査官に話しているのか、そもそも相談とはどういう内容だったのか、相談の時期も不明であって、到底これによって本件摘示事実@を認定することはできない。
b Mの職業安定法違反等被疑事件の捜査段階の供述調書の中には、「この時点での最大の難関が、これまで単純労働とされてきたホテルスタッフに入国管理局が就労資格を認めるのかどうかであり、私は、K議員からも協力してもらって、平成11年12月中旬あたりから、入国管理局へ陳情、折衝を重ねた結果、「人文知識・国際業務」という在留資格での可能性があることが分かった。」との記載部分がある(乙62)。しかし、Mはその調書の正確性につき異議を述べているし、ここにいう「協力」が「相談」と同じことなのか不明である。また、この供述部分からは、いつ、どこで、誰が、誰に対して、どのようなことを話して、その結果、具体的にどのような指示がされたのかなど、具体的な状況は何一つ明らかではなく、上記供述調書は信用できない。
イ 本件摘示事実Aについて
 Aは、かつて原告の秘書であったが、業務上の失態により、平成8年10月末日をもって原告との雇用関係を解消されており、平成11年末から平成12年にかけて、原告の私設秘書であったという事実がないことは、以下のとおりである。
(ア) Aが平成11年末から平成12年にかけて、原告の私設秘書であったという事実は、原告及びAが一致して否定している。
(イ) Mは、本件訴訟の証人尋問において、Aと知り合った当時、同人が原告の秘書ではないかと考えていたが、同人が株式会社エイアンドエム(以下「エイアンドエム」という。)の代表者となったときに、同人が原告の事務所を辞めていたことは認識していたと供述しているし、職業安定法違反等被疑事件の捜査段階においても、司法警察員に対して同趣旨の供述をしている。
 なお、Mは、上記刑事事件の捜査段階において、司法警察員に対し、原告からAを原告の私設秘書であるとして紹介されたと供述したようだが(乙62)、Mは、本件訴訟において、具体的状況を明らかにした上でこれを否定しており、上記捜査段階での供述の信ぴょう性は薄い。
(ウ) 本当の原告の秘書であれば、必ず氏名の上に「秘書」という肩書が付された名刺を使用しているが、Aが使用していた本件名刺には秘書の肩書がない。同人は、この名刺を用いて相手方に、同人が原告の秘書であると誤認させていたものと思われる。なお、原告は、Aに対し、原告事務所が肩書された本件名刺を使用しないように厳しく注意している。
(エ) 甲記者は、本件記事作成前に、原告事務所に電話し、「Aという秘書の名前は聞いたことがないか。」と質問したところ、電話に応対した者が「自分はアルバイトで勤めてから間もないので、私自身は名前は聞いたことがない。」という趣旨のやりとりがあった「かもしれません。」と供述している。Aが原告の秘書であるかどうかは、本件記事の重要な部分の一つであって、この点について原告の事務所のスタッフがどのように回答したかは、甲記者の記憶に最も鮮明に残るはずの事実であり、「かもしれません」というのは理解し難い。また、「Aという秘書の名前は聞いたことがないか」という質問からして不自然である。もし、同記者がAを原告の秘書であると信じていたのなら、「秘書のAさんにお願いします。」と言えば済むはずである。実際は、「秘書のAさんにお願いします。」と言ってみたが、「そんな秘書はいない。」と回答されただけと思われる。なお、Aは平成8年10月に原告の事務所を退職した後も、原告の事務所に足を運ぶことがあったが、これは、支持者の一人として、原告の事務所に出入りしていたにすぎない。
(オ) もし、Aが、Mによる本件職業紹介事業に係る入管当局に対する問い合わせの際に、原告の秘書であったとするならば、Mに対する起訴事実の経緯として無視できないものであったはずであり、雇用主であるはずの原告事務所に対し、身分事項の照会がされていたはずであるが、そのような照会は一切無かった。このことは、捜査当局が、平成11年末ころ、Aは原告の秘書ではないことを認めていたことを意味する。
(カ) 甲記者は、経営者協会のQ常務理事(以下「Q常務理事」という。)から、Aは原告の秘書であったが、研修生受入事業に専念してもらうため、平成12年7月1日付けで秘書を辞めてもらったとの話を聞いたなどと述べるが、上記取材結果は、@ 同常務理事は、甲記者の取材に対し、原告は、Mと同行して3回も中国の瀋陽に行っているという明白に事実と異なる事実を告げていること、A 同常務理事が作成した「M事件の経緯」と題する書面には、Aが原告の秘書である事実は記載されていないこと、B もし、経営者協会が平成12年7月1日まではAが原告の秘書であったと考えていたならば告訴状にもそのような記載になるはずであるのに、経営者協会のMに対する告訴状(乙3)によれば、「Aや被告訴人は、関係省庁に影響力のあるK衆議院議員と昵懇の人物」と記載されていることからすれば、およそ信用できない。
(キ) 甲記者の捜査幹部に対する取材結果は、捜査幹部がどのような根拠でAを原告の秘書であると判断したのかさえ明らかではなく、証拠としての価値がない。また、捜査幹部の言い回しを慎重に検討すれば、同幹部は、少なくとも、形式上は秘書の身分を有していないとの認識を有していたことが明らかなのである。
ウ 本件摘示事実Bについて
(ア) アに述べたように、原告は、Mから本件依頼を受けた事実はない。したがって、Aが原告に対してされたという本件依頼に応じて、入管当局に、問い合わせや紹介などの働き掛けをした事実もあり得ない。
(イ) イに述べたように、Aは、原告の秘書ではないから、原告がAに指示して、Mの依頼に応じて、入管当局に働き掛けるなどさせることもあり得ない。
(ウ) Aが原告の秘書であろうとなかろうと、既にMは、平成11年9月30日、株式会社B興産をエイアンドエムに社名変更し、同社をして経営者協会と「研修生受入事業に関する業務委託契約」を締結させている。遅くとも、これ以降、Mは、Aと密接に協議し、行動を共にしているのであるから、Mがわざわざ原告に依頼し、原告からAに対して法務省に赴くよう指示してもらうという迂遠なことをする必要は全く存しない。
(エ) 被告提出の証拠からしても、原告がMから受けた相談に従い、原告がAに対して、客室係として就労する者を通訳に認められる「国際業務」の在留資格で入国できるように入管当局に働き掛けをするように指示したことを裏付ける証拠はない。捜査幹部がそのように想像したというだけのことである。
エ 本件摘示事実Cについて
(ア) 中国人が「国際業務」の在留資格で入国できたのは、中国人の日本語能力につき、しかるべき証明書があり、中国人旅行者の大量渡航に備えて、中国人スタッフを迎え入れる必要性を背景に、行政当局がその裁量に基づき、「国際業務」という在留資格を合理的な範囲内で解釈したということがあったからである。実際には、「国際業務」の在留資格で入国した中国人は、専ら客室係等の単純労働に従事しており、しかも、大部分が日本語能力に欠けるものであったが、それは、後日実態を調査して判明したことである。入管当局の入国審査自体は、合理的な裁量の範囲内にある行為である。国会議員の圧力がなければあり得ないことではない。
(イ) 通常の入国審査であっても、語学能力は書類審査に基づくのであり、書類審査により語学能力を判断した中国人の入国審査が特別に甘いものであったという証拠はない。
(ウ) 甲記者の陳述書(乙47)によれば、入国審査が甘いのではないかと捜査官に追及された入国当局の職員が、「結果としては、そういわれればそうですが」と答えながら、「裁量の範囲内であった」と弁明していると捜査幹部から聞いたというのであるが、入管当局の誰が、具体的にどのような言葉で、捜査幹部が話したような内容を供述したのか、全く明らかではない。何という名前の、どういう地位にある捜査幹部が、具体的にどのような言葉で、何を根拠に、いつ、いかなる者の供述調書を参照して、それを甲記者に伝えるまでどのように正確に記憶を保持しながら、同記者に伝えたのかも全く明らかではない。このような、又聞きによるあやふやな供述をもって事実を認定することはできない。
(エ) そもそも、原告のように大臣経験もなく、法務省とは経歴上何の関連もない者が、入国審査の方向性を左右できるわけがない。このようなことは衆議院法務委員長を務め、大臣経験もあるA議員のような、いわゆる大物代議士が関与してもできるものではない。いわんや、そのようなことが原告に可能なはずはなく、まして原告の秘書が問い合わせや紹介をしたからといって、審査の方向性が変わるなどということは、到底あり得ないことである。
(4) 本件記事によって摘示された事実を真実と信じるについての相当の理由について
(引受人の主張)
ア 本件記事執筆前の取材の概要
(ア) 取材担当者
 本件記事の取材は、主として警視庁記者クラブに所属する甲記者が行ったものであるが、同記者は単独で行動したものではなく、取材の開始から記事執筆に至るまで、同クラブの乙キャップ(以下「乙キャップ」という。)の指示を受け、また、同キャップに取材経過を報告しながら取材対象の選定をし、取材に当たってきたものである。また、本件記事の取材には、甲記者以外の警視庁記者クラブ所属の記者や、地方支局の記者も従事していたのであり、その意味で本件記事は、被告の組織を十分に活用して初めて作成し得たものである。
(イ) 甲記者の取材
 甲記者は、警視庁公安部の警部以上(職制では係長以上)の捜査幹部4名から情報を収集するほか、警視庁公安部による記者発表の際にも、プレスリリースを入手し、担当官から口頭説明を受けるなどの取材活動を行っている。また、同記者は、法務省入国在留課及び東京入管に対して取材したほか、中国人女性を受け入れる側の経営者協会のN理事長及びQ常務理事並びに国際観光旅館連盟等を取材した。さらに、同記者は、議員会館及び地元の原告事務所に電話取材し、Aが秘書であるかどうかについて確認を求めたが、折り返し返事をする旨の回答を得たものの、返事は得られなかった。
 これとは別に、甲記者は、原告の政治資金収支報告書を入手し、Mから原告に対する献金があることを確認した。
(ウ) その他の記者による取材
 警視庁記者クラブの乙キャップは、丙社会部次長を通じて「警視庁公安部筋」の情報を聞き込み、これを甲記者に伝達した。
 被告の金沢総局においては、県警キャップである丁記者(以下「丁記者」という。)と、同総局輪島通信部の戊記者(以下「戊記者」という。)が、石川県輪島市にある旅館「D」と加賀市にある旅館「R」の経営者を取材したほか、石川県観光推進室に取材した。
 さらに、警視庁記者クラブ所属の己記者は、警視庁公安部の捜査責任者、法務省入国在留課及び東京入管に取材するほか、本件記事を掲載する前日には、庚記者が法務省入国在留課に、辛記者が議員会館にある原告事務所に、それぞれ取材を行った。
イ 取材結果と本件記事
 上記の取材の結果によれば、本件記事によって摘示された事実を真実と信じるについて、相当の理由があったことは、以下のとおりである。
(ア) 取材内容の信頼性等
a 以上に見たとおり、甲記者の取材における最も重要な情報源は、警視庁公安部の捜査幹部(4名)であるが、この取材結果を疑うべき理由は存在しない。これらの捜査幹部は、警部以上(職制では係長以上)というそれなりの地位を占めており、さらに本件捜査の全体を知り得る立場にあった。これらの捜査幹部が、意図的に甲記者をミスリードして情報操作をしたり、あるいは同一の記憶違いをすることは考えられない。
 特に、甲記者は、公安部担当記者として、毎日、公安部の捜査官と会って取材しているのであり、相当の信頼関係が醸成されているのであって、長期にわたって築き上げてきた信頼関係の中で明らかにされる事実は、基本的に十分信用できると判断されるべきものである。
b さらに、甲記者及び取材を担当した記者は、決して警察からの情報だけに依拠したわけではなく、できる限り、事情を知る関係者にも取材をしてきた。この点においてその取材には、「当然に確認すべき資料に当たっていない」という瑕疵は存在しない。
 なお、甲記者らは、本件記事掲載までにAや東京入管職員には取材をしなかったが、これは、捜査の決着がつくまでにこれらの人物に当たるならば、口裏合わせや証拠隠滅等の弊害が予測されたために、あえて取材しなかったものである。
 また、甲記者らは、原告に取材していないが、これは直接的には、証拠隠滅や捜査妨害等の懸念によるものである。平成13年8月21日には、議員事務所で取材記者が待機し、原告又は責任ある者のコメントを求めたが、結局これを得ることはできなかった。もっとも、仮にコメントを得られたとしても、本件記事の内容において修正が必要とされる箇所が出てくるとは考えられないから、原告のコメントがないことは名誉毀損の成否とは関係がないというべきである。
c さらに、被告の取材は、複数の記者が参加して、それぞれの持ち場で取材するという方法で行われているのであり、これによって個人的な思い込みや見落としは可能な限り排除されることになる。
 また、甲記者を始めとする取材記者は、取材内容を刻々とキャップやサブキャップに報告し、情報を共有化するとともに、その指示を受けている。このようなやり方を取ることによって、キャップは取材の全体像をつかむことができると共に、取材が足りないところには取材記者を投入することが可能となるのである。
(イ) 本件摘示事実@ないしCについて
 上記(ア)に述べたように、本件記事の執筆に当たってされた取材の結果は、信用するに足りるものであり、この取材結果から、被告が本件摘示事実@ないしCを真実と信じることには相当の理由があることは以下に述べるとおりである。
a 本件摘示事実@について
 原告の秘書と信ずべき(この点はbに述べる。)であるAは、法務省入国在留課や東京入管に働き掛けをしているが、このような行為を秘書が議員本人の了承のないところで行うことは考えられないという常識に照らして考えれば、秘書がそのような行動に出たのは議員本人が了承しているからであると推定できること、議員本人である原告が了承しているのは、そのような行動をすることの依頼をMから受けたためであると考えるのが、もっとも自然であること、まして、Mは、直前には、原告に対し、研修生受入事業を進めるために労働省の担当者を紹介するよう求めているのであるから、中国人女性の入国審査を担当するのが法務省であるからといって、原告に対して役所への紹介を依頼しなくなるなどということは考えられないことなどに、Mが原告に対して相談したことを認めているとの趣旨の警視庁幹部からの取材結果と併せ考慮すれば、被告が本件摘示事実@を真実であると信じるについて相当の理由がある。
b 本件摘示事実Aについて
 甲記者に対し、経営者協会のQ常務理事は、原告が、労働省にMを紹介するに当たって、名刺の裏に「審査の便宜を図って欲しい」旨を書き込み、Aと経営者協会のQ常務理事が、これを持って労働省に行ったと述べており、この事実は、明らかにAが原告の私設秘書であることを示すものであり、被告がそのように理解することが合理的なことは明らかである。
 また、丁記者及び戊記者の取材に対し、「D」と「R」の経営者は、「K議員の秘書を名乗るAを信用した」と述べているが、「議員秘書」を名乗る者が名刺を出さないということは考えられないところであり、さらに、議員秘書でもない者が、議員本人の了承もないところで「議員秘書」と名乗る名刺を配るということもあり得ないから、結局において、Aは原告の秘書であると考えるのが合理的であり、仮にこれが認められないとしても、被告においてそのように考えるについては相当の理由があるというべきである。
 さらに、甲記者が経営者協会のN理事長やQ常務理事から聞いた話は、「Aには2000年7月に正式にK事務所の私設秘書を辞めてもらい、協会の非常勤嘱託として採用した」というものであって、非常に具体的であり、頭の中で作り出せるような話ではない。また、同人らは、Aの前歴についても、「K議員と同じく元々は通産省にいて、ノンキャリア職員だったが、Kが政治家になるということで、通産省をやめてK事務所に務めた」と非常に詳細に述べている。これらの点を考えれば、同協会のN理事長らの話は、Aから原告とのこれまでの関係を確認し、それを前提として「正式にK事務所の私設秘書を辞めてもらう」ことにしたものと理解することができるのであり、それまではAが原告の私設秘書であったと考えることに相当の理由があったことは明らかである。
 なお、Aの地位についての取材に対する原告事務所の対応は、「回答をする」といいながら、理由も示さないまま事実上回答を拒絶したものであり、「Aの問題については聞かれたくない、触れられたくない」という態度であることを推認させるものである。このことは、直ちにAが原告の私設秘書であるという結論を導くものではないにしても、以上に述べたようなAが原告の秘書であることを示す十分な情報が存する中において考えれば、上記のような原告事務所の対応は、「Aが秘書であることを否定はしていない」と理解されてもやむを得ないものである。
 したがって、本件摘示事実Aについても、被告がこれを真実と信じるについて相当の理由があったというべきである。
c 本件摘示事実Bについて
 石川県観光推進課に対する取材で明らかになったように、中国人女性は一斉に帰国したのであり、これだけの数の「不法入国」が、外部から何らの影響力も受けないところで行われたとは考えられない。そして、そのような影響力として最も自然に考えられるのが政治家の影響力であるというのも常識的な判断である。本件でも、一斉帰国という現実を前提にすると、入管当局の職員が「K議員の秘書が来た」と述べているという警視庁幹部からの取材結果が極めて自然なものとして理解できるのであり、これを疑うべき理由はないというべきである。
 したがって、本件摘示事実Bについても、被告がこれを真実と信じるについて相当の理由があったというべきである。
d 本件摘示事実Cについて
 中国人女性が一斉に帰国したという事態は、そもそもの入国が不正常なものであったとした考えられないところである。そのような事態が生じた原因を外部に求めれば政治家の働き掛けであり、これを内部に求めれば入管当局の甘すぎる審査ということになるであろう。このような認識が入管当局にあるからこそ、この問題を取材されたときに一般論でしか答えないという対応になることも、その限りでは理解できるのである。
 したがって、本件摘示事実Cについても、被告がこれを真実と信じるについて相当の理由がある。
(原告の主張)
ア 引受人は、取材をした上、本件記事を掲載したと主張するが、その取材の際に作成されたはずの取材メモを一切開示していない。本件訴訟で主張されている取材内容が、本当に本件記事執筆前にされたものか、後から主張しているだけのものなのか確認のしようがない。取材メモ自身に信ぴょう性があるか否かはともかく、その取材メモさえ提出しないのであれば、引受人の主張の信ぴょう性を疑わざるを得ない。
イ 引受人は、警視庁公安部の捜査幹部や捜査官から取材したと主張するが、その実名を明らかにしない。また、これらの捜査幹部や捜査官がどのような確認をし、どのような客観的証拠により引受人主張のような情報を被告に与えたのか、一切明らかにしておらず、信用できない。そして、被告は、捜査幹部や捜査官から取材した結果をそのまま無批判に信用して記事にしている。
ウ 本件記事掲載当時には、Mは起訴されており、捜査は終了していた。しかし、原告はこの段階でも警察の取調べを受けていない。したがって、Mの犯罪自体はもとより、それに関連する重要な事情についても、原告には関係がないと捜査当局が見ていたことが明らかである。また、違法行為があるのであれば、東京入管職員も逮捕されたはずであるが、東京入管職員は誰も逮捕されてはいない。
エ 被告の取材結果が、仮に引受人の主張のとおりだとしても、「国際業務」の在留資格で中国人を入国させることについて原告や原告の秘書が働き掛けをした直接的証拠は一つも存しなかった。
オ 本件記事の執筆に先立って、Aに対する取材がされた事実はない。なお、原告事務所の職員は、被告記者からの問い合わせに対し、原告の秘書にAという者はいないと回答しているが、このことは記事では紹介されていない。
 また、Mに対する取材はできなかったとしても、Mの刑事事件の弁護人に対して取材が可能であったと思われるが、被告がこの弁護人に対して取材をした事実はない。
 さらに、被告は、経営者協会のN理事長やQ常務理事に対し、取材をしたというが、これらの者は、原告に対し敵対感情を持つ者であって、その供述内容の信ぴょう性は著しく低い。実際にも、N理事長らはMと原告が瀋陽に3度行ったと供述しているが、そのような事実はなく、被告は、N理事長らが虚偽の事実を話していることに気付くことができたはずである。
カ 原告に対する取材について
 原告が新聞記者の都合に合わせて取材に応じなければ、原告は、不利益を受けて当然ということにはならないし、折り返しの電話を義務付けられるものでもない。
 また、被告の記者は、取材対象者である原告に対し、取材に先立って資料を提供しておらず、そのような取材によって、適正な言い分が聞けるものではない。このため、原告が、資料も示さず、質問事項も明らかにしない新聞記者の取材申込みに慎重になるのは当然のことである。特に、本件記事には、性質上、何ら緊急性がないから、きちんと期間をおき、必要な資料を提示して、原告の言い分を聞いてから記事を公表することに何ら障害はなかった。原告は、他の取材に対して説明する義務はないと発言したことは事実であるが、原告としては、きちんとした資料が示され、十分に記憶を喚起した上で、冷静に言い分を述べる機会が与えられていてもなお説明しないと言っているわけではない。
 さらに、原告が瀋陽にMと一緒に行っていないのも事実である。原告は、後援者である華僑の友人の計らいで中国山東省咸海市市長の招待を受けて中国に行った際に、Mの誘いを受けて、同人と共に瀋陽市にある日本総領事館に立ち寄っただけである。
キ 捜査妨害との主張について
 被告は、原告に取材しなかったのは、捜査妨害になりかねないと判断したからだとするが、Aが原告の秘書であるかどうかを尋ねる程度で捜査妨害になるはずがない。また、MやWに言い分を聞く機会及び方法はあった。
 また、Aに接触することは捜査妨害になるとの主張も、Aは、Mと共に、エイアンドエムを運営していたのであるから、捜査機関から取調べを受けるのは当然であり、Aは既にMの容疑を認識していたのであるから、Aに接触しても捜査妨害にならないことは明白である。
第3 争点に対する判断
1 本件記事が名誉毀損行為に該当するか
 原告が、平成13年8月22日付け読売新聞朝刊に、本件記述@ないしBを含む本件記事を掲載したことは当事者間に争いがないことは前記のとおりである。
 本件記述@ないしBを含む本件記事がどのような事実を摘示するものであるのか、そして、本件記事によって摘示された事実によって原告の社会的評価が低下するか否かは、本件記事を読んだ一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきであるので、以上の見地から、これを検討する。
(1) 本件記事によって摘示された事実
ア 本件記述@について
 本件記述@は、「中国人女性入国審査/K議員(自民)側が口利き/職安法逮捕の容疑者依頼で客室係を通訳扱い」「入管職員も甘さ認める」という本件記事の見出し部分であり、これを一般読者の普通の注意と読み方を基準にみると、本件記述@は、中国人女性に対する入国審査に当たり、職業安定法違反の容疑で逮捕された者からの依頼で、原告側が政治家としての影響力を行使して、何らかの働き掛けを行ったため、入管当局が、本来であれば通訳には該当しない客室係をする者を通訳扱いにして入国させたこと、このような取扱いは、東京入管職員も甘さを認める、緩やかで、妥当性を欠く取扱いであったことを摘示するものと認めるのが相当である。
 以上の認定に対し、原告は、本件記述@は、通訳扱いを受けた中国人女性が通訳として通用しない者であることを原告が知っていたことまで摘示するものであると主張するけれど、本件記述@は、原告の認識については何ら触れるものではなく、原告が上記事実を知っていたことを摘示するものとは認め難い。さらに、原告は、本件記述@は、入管当局の取扱いが違法なものであったことまで摘示するものであるとも主張するけれど、「甘さを認める」という表現は、通常の審査と比較して緩やかで、妥当性を欠く審査が行われたとの印象を与えることは否定できないが、それが違法なものであったとまで摘示するものとは認め難い。
 他方、引受人は、まず、「口利き」とは、相談事や交渉などで両者の間に入って連絡や調整をすることを意味するにすぎず、また、「口利き」という記述は、事実を記述したものではなく、対象者の行為に対する筆者の評価を記載したものであるなどと主張する。確かに、本件記述@に引き続く、本件記述A及びBの記載を総合して本件記事を熟読すれば、本件記述@は、原告の私設秘書が入管当局に相談を行い、問い合わせをしたことを具体的事実として摘示しており、本件記事は、これらの事実をもって、本件記述@において、原告側の「口利き」と表現したものであることが理解できるが、一般読者の普通の注意と読み方を基準にすると、一般読者は、まず本件記事の見出し部分である本件記述@に目を止め、「口利き」という記載をその後に引き続く「客室係を通訳扱い」、「入管職員も甘さ認める」という記載を併せ読んで、「口利き」の意味を理解するものとみるのが自然であるから、本件記述@の「口利き」という記述は、入管当局が上記のような取扱いをするに当たって、原告が政治家としての影響力を行使した何らかの働き掛けをしたことを意味すると理解すると認めるのが相当である。また、引受人は、本件記述@は、中国人女性の日本語の能力については何も摘示していないとも主張するけれど、「客室係を通訳扱い」という記載は、「入管職員も甘さ認める」という記載とあいまって、本来であれば通訳には該当しない者が通訳扱いを受けたとの印象を与えることは否定し難い。
イ 本件記述Aについて
 本件記述Aは、「警視庁公安部に職業安定法違反容疑で逮捕された主犯格の自称団体役員、M容疑者(58)が、自民党のK衆議院議員(57)に対し、中国人女性が通訳として入国できるよう法務省の入管当局への働きかけを依頼していたことが21日、関係者の話で分かった。同議員の私設秘書が入管当局に出向いて相談した後、通訳としての在留資格が認定されたという。」というリード部分の記述であり、これを前記基準によってみると、本件記述Aは、これに先行する本件記述@とあいまって、警視庁公安部に職業安定法違反容疑で逮捕されたMが、原告に対し、中国人女性が通訳として入国できるよう入管当局への働き掛けを依頼したこと、原告の私設秘書が入管当局に出向いて相談したこともあって、本来であれば通訳には該当しない客室係をする者に、通訳に認められる在留資格が認定されたことを摘示するものと認めるのが相当である。
 以上の認定に対し、原告は、本件記述Aは、Mから原告に対する依頼の内容が、語学力が客室係レベルでしかない中国人女性を通訳として入国できるように働き掛けることにあったことまで摘示するものであると主張するが、本件記述Aは、Mの原告に対する依頼の内容やMが依頼に当たって原告に説明した事情などについては何ら触れるものではない。そして、前述のとおり、本件記述@が、通訳扱いを受けた中国人女性が通訳として通用しない者であることを原告が知っていたことまで摘示するものとは認め難いことをも考慮すると、原告の私設秘書が入管当局に相談したこともあって、本来であれば通訳には該当しない客室係をする中国人女性に通訳に認められる在留資格が認定されたことが摘示されているからといって、一般読者が、依頼の内容までもが原告が主張するようなものであったとの印象を抱くとまで認めることは困難である。
 他方、引受人は、本件記述Aは、原告の私設秘書が入管当局に相談したことと中国人女性に在留資格が認定されたこととの因果関係を示す記述はないと主張する。しかし、一般に、客室係としての業務に従事する者には通訳に認められる在留資格が認定されるはずはないことに、本件記述@の「口利き」という記述が政治家としての影響力を行使したとの印象を与えることを考慮すると、本件記述Aが一般読者に、原告の私設秘書が入管当局に相談したことが、上記のような在留資格の認定が行われたことに相当の影響を与えたとの印象を与えることは否定し難い。
ウ 本件記述Bについて
 本件記述Bは、「M容疑者は一昨年末、かねて知り合いだったK議員に対し、中国人女性が通訳の在留資格を取得できないか、などと相談。この後、K議員の私設秘書が法務省の担当部署に行ったり、問い合わせをしたりしていたという。」という本文の記述であり、これを前記基準によってみると、本件記述Bは、Mが、原告に対し、一昨年末(平成11年末)ころ中国人女性が通訳の在留資格を取得できないかと相談し、この相談を受けて、原告の私設秘書が法務省の担当部署に行き、問い合わせをした事実を摘示をするものと認めるのが相当である。本件記述Bが、Mの原告に対する依頼の内容が、本来在留資格が認められない中国人女性が通訳に認められる在留資格を取得できるように働き掛けることであったことまで摘示しているという原告の主張を認め難いことは、上記イに述べたところと同様である。
 以上アないしウに認定説示したところによれば、本件記事は、原告が通訳に認められる在留資格で入国した中国人女性が通訳として通用しない者であることを知っていたことや、語学力が客室レベルでしかない中国人女性を通訳として入国できるように働き掛けることを依頼されたことを摘示するものとまでは認め難いものの、原告が、職業安定法違反容疑で逮捕されたMから、客室係をする者が通訳に認められる在留資格で入国することができるように入管当局に働き掛けをすることの依頼を受けたこと、上記依頼を受けて、原告の私設秘書が入管当局に対して相談、問い合わせなどを行うなどして、原告が政治家としての影響力を行使した働き掛けをしたこともあって、本来であれば通訳には該当しない、客室係として就労する中国人女性に、通訳に認められる在留資格が認定されたこと、上記在留資格の認定は、通常の審査と比較して緩やかで、妥当性を欠くとの事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示するものというべきである。
(2) 本件摘示事実による原告の社会的評価の低下
 以上(1)に説示したところを前提として、本件記事が、原告の社会的評価を低下させるか否かを、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると、本件記事によって、妥当性を欠く上記のような入国審査が行われた背景に原告の政治的影響力を行使した働き掛けがあったこと、しかも、それが、職業安定法違反容疑で逮捕された者の依頼を受けてされたものであったことが摘示されていることからすれば、本件記事によって、原告の働き掛け自体が違法又は不当なものであるとの事実が摘示されていなくとも、原告が政治的影響力を行使した働き掛けをしたこともあって、妥当性を欠く入国審査が行われたとの事実が摘示されること自体、すなわち、妥当性を欠く入国審査が行われたことに、原告が政治家としての影響力を及ぼしたと摘示されること自体が、原告の社会的評価を低下させることは否定し難い。まして、それが、上記容疑で逮捕された者の依頼を受けてされたものであるなどといえば、一般読者が、原告の政治家としての活動にも適正を欠いていた点があったのではないかとの印象すら受けるものというべきであって、これによって、原告の社会的評価が低下することは明らかである。
2 本件摘示事実の真実性及び本件摘示事実を真実であると信じるについての相当の理由についての主張立証責任
 本件記事の掲載が、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであることは、本件記事の内容自体から明らかであり、かつ、原告もこれを争うものではないので、本件摘示事実の重要な部分が真実であることが証明されたときは、本件記事の掲載には違法性がなく、仮に、本件摘示事実の重要な部分が真実であることが証明されなくても、被告がこれを真実であると信じるについての相当の理由があるときは、本件記事の掲載には故意又は過失がなく、いずれにしても不法行為は成立しないものと解される(最高裁判所昭和37年(オ)第815号昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁)。
 この点につき、引受人は、本件記事が表現の自由の中でも最も強く保障されるべき政治的言論にかかわるものであることを理由に、原告が、一般的には名誉権に優先する政治的言論を制約すべき特別の事情があること、すなわち、本件摘示事実が真実ではなく、かつ、本件摘示事実を真実であると信じるについての相当の理由も存在しないことについての主張立証責任を負担すると主張するが、独自の見解であって、採用することはできない。
3 本件摘示事実の真実性
 本件記事によって、原告が、平成11年末ころ、職業安定法違反容疑で逮捕されたMから、客室係として就労する者が通訳の在留資格で入国することができるように入管当局に働き掛けをすることの依頼を受けたこと、上記依頼を受けて、原告の私設秘書が入管当局に対して相談、問い合わせ等を行うなどして、原告が政治家としての影響力を行使した働き掛けをしたこともあって、本来であれば通訳には該当しない、客室係として就労する中国人女性に、通訳に認められる在留資格が認定されたこと、上記在留資格の認定は、通常の審査と比較して緩やかで、妥当性を欠くものであったとの事実が摘示されていると認められることは前記1に説示したとおりであり、本件記事にいう私設秘書がAを指すことは当事者間に争いがない。これを前提とすると、原告は、本件摘示事実を構成する以下の4点、すなわち、@ 原告が、職業安定法違反容疑で逮捕されたMから、平成11年末ころ、客室係として就労する者が通訳に認められる在留資格で入国できるように入管当局に働き掛けをすることの依頼(本件依頼)を受けた事実(本件摘示事実@)、A Aが、平成11年末ころから平成12年にかけて、原告の秘書であった事実(本件摘示事実A)、B Aが、本件依頼に応じ、入管当局に相談、問い合わせを行い、これが原告の政治家としての影響力を行使した働き掛けといえる事実(本件摘示事実B)、C その影響により、本来であれば通訳に該当しない、客室係をする中国人女性に、通訳に認められる在留資格が認定されるという、通常の入国審査と比較して緩やかで、妥当性を欠く入国審査が行われた事実(本件摘示事実C)につき、その重要な部分が真実であることを証明すれば、本件記事の掲載は違法性を欠くものというべきである。当裁判所は、真実性の立証対象となる本件摘示事実@ないしCは、以上の@ないしCの事実であると判断するものであるから、以上の判断を前提として、本件摘示事実@ないしCにつき、真実性の証明があるか否かについて検討する。
(1) 本件摘示事実@の真実性
ア Mによる本件職業紹介事業の計画と政治家に対する依頼
 証拠(乙41、証人M)及び弁論の全趣旨によれば、Mは、平成11年12月ころから、中国人女性等を就労可能な在留資格で入国させ、旅館又はホテルに紹介する本件職業紹介事業を行うことを考えるようになったが、本件職業紹介事業を実現するためには、客室係として就労することが予定された中国人女性等を「国際業務」の在留資格で入国させることが必要であったが、このようなことは、当時の入管当局の入管法の解釈に照らすと著しく困難であったこと、そこで、Mは、政治家の入管当局に対する影響力を利用するため、特定の政治家(証人Mは、この政治家がA代議士であって、原告ではないと供述するが、この供述部分が信用し難いことは、後記のとおりである。)に対して入管当局に対する働き掛けを依頼したことが認められ、原告も、本件職業紹介事業のために入国し、旅館又はホテルで就労していた中国人女性等に「国際業務」の在留資格が認められたのは、政治家の力で行政に穴が開けられた結果であることは認める供述をしていることをも考慮すると、Mが、特定の政治家に対し、本件職業紹介事業を実現するために、客室係として就労することが予定された中国人女性等が「国際業務」の在留資格(「国際業務」の在留資格と具体化しないまでも就労可能な在留資格)で入国できるように入管当局に対する働き掛けをすることを依頼したものと認めることができる。そこで、Mが上記依頼をした特定の政治家が、原告であったと認めることができるかどうかについて、以下において検討する。
イ 当事者間に争いのない事実に加え、後に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 本件職業紹介事業以前からの原告とMとのかかわり
a Mの父は、原告の選挙区内の町会の幹部として、古くから原告と面識のある者であって、M自身も平成10年には、原告の後援会に入り、会費の支払(政治資金の寄付)もするようになり、自分の友人から取引先を増やすために会社の紹介を依頼された際に、原告に対しその紹介を依頼し、これに応じた原告からAを紹介してもらうような関係にあった(乙2、証人M、原告本人)。
b Mは、平成11年夏ころから研修生受入事業を計画していたが、この計画を進めるためには、研修生の一般企業へのあっせんを行う経営者協会が、労働大臣の許可を得る必要があることが判明した。Mは、同年11月25日、原告に対し、経営者協会が上記許可を得られるように、労働省の担当者を紹介してくれないかと依頼をしたところ、原告は、直ちに労働省労政課長に電話をした上、自分の名刺に添え書きをして、Mに交付し、M及び経営者協会のN理事長を労働省の労政課長に紹介した。その後、MとN理事長は、労政課長と面会することができ、翌平成12年の4月には経営者協会は上記許可を取得することができた(乙7、証人M、原告本人)。
c Mは、経営者協会に上記許可が下りた後、原告の私設秘書であるG秘書に対し、研修生を受け入れてくれる会社を紹介するよう依頼し、G秘書は、原告の了解を得た上で、Mに受入先企業を紹介し、一緒に訪問するなどした(証人M、原告本人)。
(イ) 本件職業紹介事業に係る原告とMとのかかわり
a Mは、研修生受入事業の実現に向けて準備を進めている時期に、原告事務所を訪問した際、原告の机の上に置かれた国際観光旅館連盟のH専務理事の名刺に目を留め、原告に対し、研修生の受入先を確保するために、H専務理事を紹介してほしいと依頼し、原告は、Mに対し、H専務理事を紹介した(証人M、原告本人)。Mは、H専務理事から、旅館やホテルにおいて、外国人を受け入れるとすれば、在留期間が1年間の研修生よりも在留期間の長い就労可能な在留資格で入国した者の方がよいとの示唆を受けたことから、中国人女性等を就労可能な在留資格で入国させることを考えるようになり、このような在留資格で入国させた中国人女性等についての雇用の需要を探るために、旅館やホテルに中国人観光客対策アンケートを開始した(証人M)。
b 客室係として就労することが予定された多数の中国人女性等が通訳としての在留活動をする者に認められる「国際業務」の在留資格を認定され、入国を開始した後である平成12年4月、東京入管にO首席審査官が着任し、同首席審査官の着任に伴い、中国人女性等の在留資格の認定手続が一時滞留した。このとき、Mは、O首席審査官に対し、原告がバックについていることを誇示するために、原告の名前を出して、挨拶をした(証人M)。
c Mは、上記bのように在留資格の認定手続が滞留した事態を打開するために、O首席審査官と折衝を重ねる過程で、東京入管の管轄外の在留資格認定申請がされていることに気付いた同首席審査官から、行政書士を代理人として申請書を提出するよう要請された。そこで、Mは、Aに対して、行政書士を紹介するよう依頼したところ、Aは、行政書士会で国際部長であるE行政書士を原告事務所において紹介した(乙65、証人A)。
d Mは、上記bのように在留資格の認定手続が滞留した時期に、O首席審査官に対し、原告及びI衆議院議員を交えた勉強会を開くことを提案したが、O首席審査官から法務省本省と話をしてほしいと言われ、本省からも必要がないとされ、勉強会が開かれることはなかった(乙6、証人M)。
e Mは、原告が中国山東省咸海市市長から招待を受けて、平成12年9月に同市を訪問すると聞き、本件職業紹介事業のバックに原告がいることを誇示したいと考え、同年7月ころ、原告に対し、Mが本件職業紹介事業を行うために必要な中国人女性等の就労ビザが申請されていた瀋陽市にある日本総領事館に行くことを提案した。原告は、これに応じて、同年9月16日、咸海市を訪問した帰りに、北京市において、原告の私設秘書であるG秘書を同行して東京から来たMと落ち合い、瀋陽市にある日本総領事館に行き、総領事館員から瀋陽の情勢について説明を受けるなどした(甲15、甲23、証人M、原告本人)。
 なお、G秘書は、上記訪中に際し、「国際業務」の在留資格により入国し、日本の旅館、ホテルで就労することを希望する中国人女性等の面接のための第6回ミッションの構成員として、Mの費用負担により、東京から北京までMと行動を共にした(甲23、乙39)。この点につき、G秘書の陳述書(甲23)には、第6回ミッションの構成員として訪中したことを否定する記載部分があるが、G秘書の旅費をMが負担している事実をも考慮すると、乙39号証に照らし、前記G秘書の陳述書の記載部分は信用することができない。
f 平成13年2月ころ、「国際業務」の在留資格による中国人女性等の入国に関する法務省の対応が厳しくなったことから、Mは、原告に対し、上記在留資格で入国ができなくなった原因を調査するよう依頼し、原告は、これに応じて、法務省に電話を掛けて問い合わせたり、G秘書を法務省入国在留課に出向かせるなどして調査をした(甲20、甲25、証人M、原告本人)。
g その後、原告は、Mの依頼により、平成13年4月3日、「K先生を囲む会」を議員会館で開き、この会には、「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性等を雇用している旅館又はホテルの経営者らのほか、法務省から入国在留課のI課長以下3名の担当者が出席した(乙44、乙62、証人M、原告本人)。原告は、この会合の席上、「国際業務」の在留資格で入国した者が、少し単純労働をしているにすぎなければ、入管法の規定を杓子定規に解釈しない方がよいとの趣旨の話をするなど、入管当局に同法の柔軟な解釈を求める発言をした(乙44、乙62、原告本人)。
h 原告は、gの会合の後、全国旅館生活衛生同業者組合連合会の顧問をしているWに依頼し、「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性等の勤務実態について、実態調査を行った(原告本人)。
(ウ) Aの行動
 Aは、Mに頼まれて、平成11年12月ころ、在留資格について調査するため、法務省入国在留課に赴き、このとき対応したS補佐官に対し、Aの氏名の横に原告の事務所が肩書され、連絡先として原告の事務所が記載された本件名刺を使用して自己紹介した上、「国際業務」の在留資格が認定されるための要件について質問をし、その説明を受けた。その後、Aは、Mが、客室係として就労することが予定された中国人女性等を「国際業務」の在留資格で入国させるために入管当局と交渉を重ねる際にも、度々Mと同行し、その際も本件名刺を使用した(乙35、証人M、証人A)。
ウ 以上の事実によれば、Mは、原告の後援会の構成員であり、原告は、平成10年ころから、同人からの依頼に応じて、同人の知人に取引先を紹介することに協力したり、研修生受入事業の実現のために労働省の労政課長を紹介したりして、Mの依頼に好意的に接していたことが認められる。しかも、本件職業紹介事業に関しても、Mは、原告から紹介を受けた国際観光旅館連盟のH専務理事の示唆により、本件職業紹介事業を行うことを思い立ったこと、Mは、東京入管の首席審査官の交替時に、中国人女性等の在留資格の認定手続が滞留したときに、原告がバックについていることを誇示するために原告の名前を出したり、原告及びI議員を交えた勉強会を開くことを提案したりして、本件職業紹介事業について原告の関与があることを示唆しているばかりか、原告の事務所において、Aから、在留資格の認定申請を代理してもらう行政書士の紹介も受けたこと、原告は、Mの求めに応じて、平成12年9月、同人と共に、Mが本件職業紹介事業を行うために必要な中国人女性等の就労ビザが申請されていた瀋陽市の日本総領事館に赴いていること、原告の私設秘書であるG秘書が、Mの費用負担により、第6回ミッションの構成員として訪中していること、平成13年2月ころから「国際業務」の在留資格による中国人女性等の入国に関する法務省の対応が厳しくなった際には、Mの要請を受けて法務省に問い合わせたり、「K先生を囲む会」を開催し、法務省入国在留課のI課長らを出席させ、旅館又はホテルの経営者の前で在留資格につき杓子定規に判断しない方がよいなどと発言した上、Wに中国人女性等の勤務実態について実態調査を依頼するなどして本件職業紹介事業に関与し、継続的かつ積極的にこれを支援する態度を示してきたものと認めることができる。しかもAは、同人の氏名の横に原告事務所が肩書され、連絡先として原告事務所が記載された本件名刺を使用して、本件職業紹介事業の実現のために、入管当局を一人で、又はMと共に訪れ、「国際業務」の在留資格が認定されるための要件について質問をしたり、Mが、客室係として就労することが予定された中国人女性等を「国際業務」の在留資格で入国させるために入管当局と交渉を重ねる際にも度々同席したりしているのである。
 以上に認定した事実関係に加え、Mが同人に対する職業安定法違反等被疑事件の捜査段階において、検察官に対し、原告からも協力してもらって、入管当局へ陳情、折衝を重ねた旨供述していること(乙62)をも考慮すると、Mが客室係として就労することが予定された中国人女性等が「国際業務」の在留資格(「国際業務」の在留資格と具体化しないまでも就労可能な在留資格)で入国できるように入管当局に対する働き掛けをすることを依頼した政治家は、原告であると推認するのが相当である。
エ 以上の認定に対し、原告は、Mが上記認定のような依頼をしたことがあったとしても、それは原告ではなくA議員に対してであると主張し、証人Mは、平成11年12月末に、名前を明らかにできない現職の国会議員に依頼したと供述し、証人Aは、その国会議員はA議員であり、A議員の秘書であるF秘書と平成12年1月ころに行われた東京入管における打合せに同席したと供述する。
 確かに、A議員の秘書であるF秘書は、Mと入管に行ったことを認める陳述書を提出しているが(乙66)、乙66号証によっても、F秘書が客室係として就労することが予定された中国人女性等が「国際業務」の在留資格(「国際業務」の在留資格と具体化しないまでも就労可能な在留資格)で入国することができるように入管当局に働き掛けることまで依頼されていたことは認定できないし、前記イに認定したとおり、原告は、以前から後援会のメンバーであるMから様々な依頼を受け好意的に接していたことや、本件職業紹介事業に関しても、Mは、平成12年4月に東京入管の首席審査官が交替し、中国人女性等の在留資格の認定手続が滞留した際に、A議員の名前ではなく、原告がバックに付いていることを誇示するために、原告の名前を挙げていること、平成12年9月には、原告が本件職業紹介事業のバックに付いていることを誇示する目的で、瀋陽市にある日本総領事館まで原告に同行してもらったこと、平成13年2月ころ、「国際業務」の在留資格による中国人女性等の入国に関する法務省の対応が厳しくなったときも、原告に相談し、協力を求めていることからすれば、客室係として就労することが予定された中国人女性等が「国際業務」の在留資格で入国できるように入管当局と交渉を始めた当初だけ、原告ではなくA議員に対して入管当局への働き掛けを依頼したというのは著しく不自然であり、原告の上記主張に沿う趣旨の証人M及び同Aの供述部分はいずれも採用し難い。本件記録を精査しても、他に前記イの認定を左右するに足りる証拠はない。
(2) 本件摘示事実Aの真実性
ア 私設秘書とは、公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律に規定されているとおり、国会議員に使用され、その政治活動を補佐する者をいい、国会議員が給料を支払っているか否か、あるいは秘書として常勤であるか否かにかかわらないものというべきである。
 そこで、以上のような見地から、Aが、原告に使用され、その政治活動を補佐する者であると認めることができるか否かを判断する。
イ 当事者間に争いのない事実に加え、後に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) Aが平成5年から平成8年10月末日まで原告の私設秘書であったことについて当事者間に争いがなく、その間、Aは、秘書として、原告事務所において上から3番目の地位にあり、その地位に相応した処遇を受けていた(乙72、乙73、原告本人)。
(イ) Aが、原告に私設秘書として採用されたのは、Aが顧問をしていたS貿易のR会長から、秘書として適切ではないかと推薦を受けたからであり(原告本人)、R会長は、原告の有力な後援者で、Aは、平成5年から平成8年10月末日までの間も、その後も、S貿易の顧問として継続的に顧問料を受け取っていた(証人A)。
(ウ) Aは、平成8年10月以降も、原告の事務所に自由に出入りすることができ、原告も、平成10年ころ、Mから同人の知人に取引先を紹介することを依頼された際、「Aちゃんがいいかな。」と言って依頼事項に対応する者として、Aを紹介しており(証人M)、平成8年10月以降も、Aと原告ないし原告事務所との関係が途切れたわけではなかった。
(エ) Aは、上記(ウ)のMの依頼に応じた原告の引き合わせでMと初めて会った際、M及びMの知人と名刺交換をしているが、この時、Aの氏名の横に原告事務所が肩書され、連絡先として原告事務所が記載された本件名刺を交付しており、Mは、Aが原告の私設秘書であると考えていた(証人M)。
(オ) Aは、本件名刺を、(エ)で認定したとおりMに渡したほか、以下のとおり、多くの人に対して交付し、原告事務所の者であると名乗っていた(証人A)。
a 平成11年12月、法務省入国在留課のS補佐官に対して、自己紹介した際。
b 平成12年1月、東京入管において、S首席審査官及びI統括審査官に面会した際。
c 東京入管において、O首席審査官等の担当者に会った際
d 本件職業紹介事業に関連して、中国人女性等の受入先として交渉していた旅館又はホテルの経営者や、経営者協会の職員等に面会した際(証人甲)。
e 平成11年11月ころ、研修生受入事業に関連して、Mと共に、瀋陽関東国際経済技術人材交流合作公司の駐日事務所の代表であるTと会った際(乙14、乙41)。
ウ 以上の事実によれば、Aは、平成8年10月以降も、原告事務所に出入りし、本件職業紹介事業に関連してMと共に入管当局と折衝を重ねていた平成11年末から平成12年にかけての期間を含め、原告の事務所の者であると名乗り、頻繁に本件名刺を交付しており、本件名刺の交付を受けた相手方をして、Aが原告の秘書であると認識させるような、秘書同然の活動をしていたものというべきである。平成8年10月末日までは原告の私設秘書であったことに争いがないAが、その後も原告の事務所の者であるとして、秘書同然の活動をしていたとの事実が認められる以上、平成8年10月末日以降にAが原告事務所を退職したとか、上記活動がおよそ原告の知らないところで原告に無断で行われていたなどの反証のない限り、Aは、平成8年10月以降も原告の私設秘書であったと推認するのが相当である。
エ そこで、上記反証について検討する。
(ア) 原告の供述について
 原告は、Aには、業務上の失態があったため、平成8年10月の総選挙後原告の秘書を辞めてもらったと供述する。しかし、上記イ(ア)に認定したように、Aが原告の秘書として原告事務所において上から3番目の地位にあったことからすれば、混乱が生じないように対外的にAが秘書を辞めたことの通知ないし挨拶を行ってしかるべきところ、原告又はその事務所はこれを行っていないし、退職金の支払もしていない(原告本人)のであり、本件記録を精査しても、Aの退職を裏付ける証拠は見当たらない。しかも、上記イ(ウ)に認定したように、その後も、Aは、原告の事務所に自由に出入りし、原告も、Mからその知人に取引先を紹介することを依頼された際に、「Aちゃんがいいかな」などという親近感ある表現で、Mに上記依頼事項に対応する者としてAを引き合わせているなど、原告のAに対する対応は、不祥事で退職をさせた者に対する対応としては、不自然であるとの感を免れない。これらのことに、原告は、かつて、新潮社の取材に対して、Aが秘書であることを否定し、本件訴訟では認めている同人に対する給料の支払さえ否定するような対応をしたことがあること(乙67、原告本人)をも併せ考慮すると、原告の上記供述部分を直ちに採用することはできない。
 また、原告は、原告の秘書には、秘書の肩書のある名刺を使用させており、本件名刺とは体裁が異なるし、Aが本件名刺を使用していることを知って、今後使用しないように厳しく注意したことがあるとも供述する。確かに、現在原告の秘書を務める者が使用している名刺は、いずれも氏名の横に「衆議院議員K」と肩書され、氏名の上には「秘書」という職名も肩書されているが(甲17ないし甲19の各1、2)、本件名刺の体裁がこれと異なるというだけでは、上記ウの推認を覆す反証足り得ないものというべきである。そして、Aによる本件名刺の使用を注意したとの点については、仮に、Aが原告に無断で本件名刺を使用していたとすれば、それは、原告事務所の信用にかかわる重大な事柄であるにもかかわらず、原告は、Aに対し、どこにどれくらいの名刺を交付したか、名刺を何枚程度作成したかなどを確認しておらず、また、残っている名刺を回収しなかったというのである(原告本人)。しかも、原告の供述によっては、Aに注意をするに至った発端すら具体的に明らかにされていないことや、証人Aの供述中には、かかる注意を受けたことをうかがわせるところが全くないことをも考慮すると、上記の点に関する原告の供述部分も直ちに採用することはできない。
(イ) 証人Aの供述について
 証人Aは、当初、平成5年の総選挙後に原告の秘書となり、平成8年10月の総選挙後、原告の秘書を辞めており、本件名刺はこの間に作成されたもので、これが残っていたので軽い気持ちで使用したと供述していたが、反対尋問において、本件名刺には「衆議院議員K事務所」と記載されており、上記期間中は原告が落選中であったことと矛盾するとの追及をされると、平成5年の総選挙前から秘書をしており、そのころに作成したものであると供述を変遷させ、さらに、本件名刺に記載された議員会館の部屋番号が平成8年10月以降に原告が使用している部屋の番号であることが明らかになると、改めて陳述書(甲16)を提出して平成8年の当選後に事務所を辞める際の挨拶回りのため作成したと陳述し、当法廷での供述を訂正しているのであって、証人Aの上記供述及び陳述書の記載部分は、供述の核心部分で、明白な虚偽の供述を含む変遷を重ねている点において、信用することができないだけでなく、上記イ(オ)に認定したように、Aの本件名刺の使用態様が手元に残っていた分をたまたま使用したというようなものではないことに照らしても、およそ信用することができない。
(ウ) Vの陳述書(甲26)について
 さらに、原告の秘書であるVは、本件における原告本人尋問後、原告がAに本件名刺を使用しないように注意した際の具体的事実関係を記載した陳述書を提出しているが(甲26)、これは、原告本人尋問終了後に原告がその尋問で十分に説明できなかった点を後から補充する形で提出されたものであり、その提出時期だけからみても、この陳述書を採用することはできない。
(エ) 甲記者の取材に対する原告事務所の対応
 最後に、原告は、甲記者が原告の議員会館にある事務所に取材したところ、応対したアルバイトの女性から秘書であるかどうか分からないとの回答を受けた旨の証人甲の供述は信用し難く、実際には、「秘書のAさんにお願いします。」と言ってみたら、「そんな秘書はいない。」と回答されただけと思われると主張する。しかし、上記主張事実を認めるに足りる証拠はない上、仮に、原告の事務所の者が、Aは原告の秘書ではないと答えたとしても、Aが原告の秘書であるか否かは、実際にAがどのような活動を行っていたかにより判断されるべきものであるから、このことは上記ウの認定を左右するものではない。
 以上に検討したところによれば、上記ウの推認を覆すに足りる反証はなく、Aは、平成11年末ころから平成12年にかけても、原告の私設秘書であったと認めることができる。
(3) 本件摘示事実Bの真実性
 Aは、平成11年12月、在留資格について調査するため、法務省入国在留課に赴き、このとき対応したS補佐官に対し、本件名刺を交付した上で、「国際業務」の在留資格が認定されるための要件について質問をしたほか、その後も、Mが、客室係として就労する中国人女性等を「国際業務」の在留資格で入国させるために入管当局と交渉を重ねる際に、度々同行し、その際も本件名刺を使用したことは既に認定したとおりである。
 (1)で認定したとおり、原告がMから平成11年末ころ本件依頼を受けた事実(本件摘示事実@)が、(2)で認定したとおり、Aは原告の私設秘書である事実(本件摘示事実A)が、いずれも真実であると認められることからすると、Aの上記活動は、Mの原告に対する本件依頼に応じてされたものであると推認するのに十分である。
 そして、(1)アに認定したところに加え、証人Mの証言によれば、入管当局は、従来、客室係の業務は単純労働であり、その業務に従事する者には、「国際業務」の在留資格はもとより、在留資格そのものを認めていなかったことが認められることからすると、客室係として就労することが予定された中国人女性等を「国際業務」の在留資格で入国させるようなことは、政治家の入管当局に対する働き掛けないし後押しがあって、初めて実現が可能なことであったものということができ、Aの上記行動等を通じて、原告は、政治家としての影響力を行使した働き掛けを行ったものと認めるのが相当である。
(4) 本件摘示事実Cの真実性
ア 「国際業務」の在留資格
 「国際業務」の在留資格は、外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事する活動をすることが認められる在留資格であり(入管法第2条の2、別表第一の二)、入管法第7条第1項第2号の基準を定める省令(以下「基準省令」という。)によれば、通訳など基準省令に明示された9つの類型の業務か、これに類似する業務に従事するのでなければ、「国際業務」の在留資格は認められず、通訳の業務に従事する者が「国際業務」の在留資格を取得するためには、3年以上の実務経験又は大学卒業の資格を有していることが必要であり、これを証明するための文書を提出することが求められている。
イ 本件職業紹介事業に伴う中国人女性等の入国審査にかかわる経緯
 後に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) Mは、本件職業紹介事業を行うために、人手の必要な客室係や配膳係の業務に従事する者に「国際業務」の在留資格を取得させたいと考えていたが、従来、入管当局は、上記のような業務は単純労働であるとの見解の下に、これらの業務に従事する者には、「国際業務」の在留資格はもとより、在留資格そのものを認めていなかった(証人M)。
(イ) Mは、上記(ア)のような入管当局の見解に対し、何度もレポートを提出し、旅館における業務の特殊性を強調し、旅館というのは、シティホテルのようにフロントで鍵を渡せばフロント業務が終了するというものではなく、客室や食堂等での接客サービスが重要であり、かかる業務を中国人観光客に対して行い、又はこれらの業務を担当する日本人スタッフと中国人観光客との間の意思疎通に協力することも立派な国際業務であるなどの見解を説明するとともに、「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性等の受入先として予定している旅館等から入国審査に当たって提出すべき雇傭契約書や招聘理由書等についても、東京入管の担当者と打ち合わせを重ね、書式、内容等について了解を得た結果、多数の中国人女性等が「国際業務」の在留資格を認められて入国し、石川県等の旅館に雇傭されることになったが(甲8、甲13の1ないし4、乙62、証人M)、この中には、10人、8人といった多数の中国人女性等をまとめて雇傭する旅館又はホテルもあった(甲3、6)。
(ウ) 当初は、Mが本件職業紹介事業を行うための中国人女性等の在留資格の認定申請が認められないことはほとんどなかったが、平成12年4月に東京入管の首席審査官が交替し、O首席審査官が着任したときに、上記在留資格の認定手続が滞留し、同年10月ころからは、在留資格の認定がされないケースが増加した(甲7、証人M)。そして、平成13年2月以降に行われた東京入管の実態調査によれば、Mが本件職業紹介事業を行うために入国させた中国人女性等は、「国際業務」の在留資格を得て入国したものの、実際には、日本語の能力が低く、旅館又はホテルにおいて通訳としての業務に従事することなく、客室係や、場合によっては、接客に携わらないバックヤード業務と称される単純労働に従事していることが明らかとなり、「国際業務」の在留資格で入国した中国人女性等は、同年6月ころまでに、ほぼ全員が中国に帰国した。
ウ 上記アに説示した入管法の規定及び基準省令の規定に照らすならば、そもそも、中国人観光客に対して客室や食堂等で接客サービスをしたり、これらの業務を担当する日本人スタッフと中国人観光客との間の意思疎通に協力することが、通訳等基準省令が掲げる通訳等の9つの類型の業務又はこれに類似する業務のいずれかの業務に該当すると解することは、法令の解釈として必ずしも妥当なものとは解されない。しかも、東京入管においては、一つの旅館又はホテルが10人、8人といった多数の中国人女性等を一度に雇傭している実態を雇用先である旅館又はホテルから提出される雇傭契約書などから把握できたはずであり、中国人観光客の入国の状況と対比すれば、このような多数の中国人女性等が、従来、通訳の業務に含まれるものと解されていたフロント業務の延長といえるような業務に従事するなどということは著しく不自然であることは、容易に認識し得たものというべきである。また、実態調査の結果によれば、「国際業務」の在留資格によって入国した中国人女性等のほとんどは、日本語能力が低かったというのであり、仮に、「国際業務」の在留資格の認定申請に当たり、3年以上の通訳の実務経験又は大学卒業の資格を証明する文書が添付されていたとしても、東京入管においては、在留資格の認定申請がされている中国人女性等が極めて多数に及んでいることからみて、その日本語能力が基準省令の定める要件に該当するかどうかについても疑問を抱いてしかるべきであったというべきある。これらのことに、Mが本件職業紹介事業を行うために「国際業務」の在留資格で入国をさせようとしていた中国人女性等の在留資格の認定申請が、当初はほとんどすべて認められていたにもかかわらず、東京入管の首席審査官が交替した時点で認定手続が滞留し、その後、認定がされないケースが増加していったなどの事情も考慮すると、Mが本件職業紹介事業を行うために、「国際業務」の在留資格により入国させていた中国人女性等に関しては、通常の入国審査と比較して緩やかで、妥当性を欠く入国審査が行われていたものと認めることができる。そして、客室係として就労することが予定された中国人女性等を「国際業務」の在留資格で入国させるようなことは、政治家の入管当局に対する働き掛けがあって、初めて実現が可能になったこと、原告が私設秘書であるAを通じてかかる働き掛けを行ったことは既に認定したところであることからすれば、この働き掛けの影響もあって、初めて、上記のような入国審査が行われたものとみるよりほかはない。
(5) 本件摘示事実の真実性
 以上(1)ないし(4)に認定説示したように、本件摘示事実@ないしCは、いずれも、その重要な部分において真実であることが証明されたものということができるので、本件記事の掲載には違法性がないものというべきである。
4 したがって、その余の争点を判断するまでもなく原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 

東京地方裁判所民事第25部
 裁判長裁判官 綿引万里子
 裁判官 澤野芳夫
 裁判官 横地由美
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