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【事件名】街路灯デザインの不正競争事件A(2)
【年月日】平成15年12月25日
 東京高裁 平成15年(ネ)第3072号 営業行為差止等請求控訴事件、同年(ネ)第4456号 同附帯控訴事件
 (原審・さいたま地裁平成7年(ワ)第2203号 営業行為差止等請求事件)
 (平成15年10月28日 口頭弁論終結)

判決
控訴人・附帯被控訴人 A
控訴人・附帯被控訴人 株式会社タカノ
両名訴訟代理人弁護士 白石道泰
同 児玉隆晴
同 高橋信行
同 山崎純一郎
被控訴人・附帯控訴人 株式会社関東ライティング
訴訟代理人弁護士 西村健三
(以下、控訴人・附帯被控訴人らを、それぞれ、「控訴人A」、「控訴人タカノ」といい、併せて「控訴人ら」という。また、被控訴人・附帯控訴人を「被控訴人」という。)


主文
 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
 当審における訴訟費用は、控訴費用及び附帯控訴費用を通じて10分し、その2を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 上記控訴人ら敗訴部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
(3) 本件附帯控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 原判決主文第2項中、控訴人らに係る部分を次のとおりに変更する。
 控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して、599万5880円及びこれに対する平成8年3月末日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 本件控訴をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審を通じて、控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要等
1 控訴人タカノ及び被控訴人は、いずれも、商店街等に設置する街路灯等の販売等を業とする会社である。控訴人Aは、元被控訴人の従業員であり、退職した後、控訴人タカノに入社した者である。
 被控訴人は、控訴人タカノが、控訴人Aほか、被控訴人の従業員を次々と引き抜き、既に成立するか、あるいは成立がほぼ確定するかしていた、被控訴人と商店会(複数)との街路灯の設置販売契約を、破棄させたり、成立を妨げさせたりした上で、被控訴人の街路灯に類似した商品をそれら商店会に販売した、として、控訴人らに対し、不正競争防止法、合意に基づく競業避止義務違反等を理由に、損害賠償等の支払を請求した。商店会に対しては、売買契約の債務不履行に基づく損害賠償を請求した。
 なお、当初の被告には、控訴人らのほか、控訴人A以外の被控訴人の元従業員らも含まれており、また、控訴人らに対する当初の請求には、損害賠償のほか、営業活動等の中止も含まれていた。しかし、控訴人A以外の元従業員に対する訴え、控訴人らに対する損害賠償以外の請求に係る訴えは、いずれも、原審の段階で取り下げられた。
 原判決は、控訴人らに対する請求を一部認め、その余を棄却した。
2 被控訴人がした請求及びその原因の概要は、以下のとおりである。
(1) 控訴人タカノ及び同Aが、被控訴人の商品である街路灯(その形態は別紙1(昭和タイプ)及び5(サッカーボールタイプタイプ)のとおりである。以下、それぞれ、「被控訴人商品1」、「被控訴人商品2」という。)と形態が類似する街路灯(その形態は別紙3及び4のとおりである。以下、それぞれ「控訴人商品1」、「控訴人商品2」という。前者が昭和タイプである被控訴人商品1に、後者がサッカーボールタイプである被控訴人商品2に、それぞれ対応する。)を販売したことによる、商品主体混同行為(平成11年法律第33号による改正前の不正競争防止法(以下単に「不正競争防止法」という。)2条1項1号、同法4条)に基づく損害賠償請求
(2) 控訴人Aが、被控訴人の取引先情報等の営業秘密を漏洩し、控訴人らがそれを用いて営業活動を行ったことに基づく損害賠償請求(不正競争防止法2条1項7号、同法4条)
(3) 控訴人らが、被控訴人を誹謗中傷する内容の虚偽の事実を告知し、その信用を毀損したことに基づく損害賠償請求(不正競争防止法2条1項11号、同法4条)
(4) 控訴人タカノが、被控訴人の取引先を奪うことを目的として、その従業員を引き抜き、街路灯のデザインを盗用し(不法行為)、控訴人Aが、被控訴人との間で取り交わした誓約書(以下「本件誓約書」という。)に定められた競業避止等の義務(以下、原判決と同様に、その内容を、「本件競業避止義務」という。)に違反して、被控訴人在職中に獲得した取引先情報を利用して(不法行為ないし債務不履行)、控訴人らが、被控訴人の取引先への営業活動等を行い、これを奪ったことによる、違法競業行為に基づく損害賠償請求
(5) 被控訴人の取引先(商店会)に対する、売買契約の債務不履行ないし商品主体混同行為(不正競争防止法2条1項1号)に基づく損害賠償請求(本件では、控訴及び附帯控訴のいずれの対象にもなっていない。)
3 原判決は、
 (1)の請求を、被控訴人の街路灯の形態は、特別顕著性がなく、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に該当しない、また、出所の具体的混同の危険もなかった、として排斥した。
 (2)の請求を、被控訴人の主張する「営業秘密」には、その具体的内容が明らかでないものがあり、また、その秘密管理性、有用性及び非公知性の主張・立証もない、として排斥した。
 (3)の請求を、被控訴人が主張する、控訴人らのなした誹謗中傷は、そのような誹謗中傷自体が認められないか、事実に反したと認めるに足りないか、損害との因果関係が明らかでないか、のいずれかである、として排斥した。
 (4)の請求を、街路灯の販売が、商店会の役員等に対する多数回にわたる訪問説明、彼らとの良好な人間関係の形成等、長期間の地道な営業活動を要するものであること、本件誓約書における競業禁止期間が6か月と比較的短期間であること、代償措置(説明会等、業務進捗の節目毎の奨励金の支給)があることを理由に、控訴人Aが本件競業避止義務を負うことを認めた上で、一部(原審被告春里商店会(以下「春里会」という。)との契約)について同控訴人の違法な競業行為の存在を認めて(控訴人タカノについては、故意による債権侵害の不法行為がある、とした。)、部分的に認容した。
 一部(原審被告双柳商工会(以下「双柳会」という。)との契約)については、形式的には本件競業避止義務違反はあるものの、義務違反の程度は極めて小さく、損害との間に因果関係が認められない、として排斥した。
 その余の商店会(藤塚橋通り商店会、藤塚大通り商店会及び赤沼地区振興会)との関係では、具体的な契約が成立しておらず、控訴人らの債務不履行ないし不法行為がなければ利益を取得できたとの関係が認められないとして、排斥した。
 (5)の請求を、被控訴人商品1及び2の形態は、「商品等表示」に該当せず、また、春里会及び双柳会との間に確定的な契約が成立したとはいえないとして、排斥した。
4 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 当審における控訴人らの主張の要点
1 春里会との工事請負契約の成立の蓋然性について
(1) 被控訴人と春里会との間で工事請負契約が締結されることが予定されていた、という事実はない。
 この事実の存在を前提に、控訴人らの違法競業行為の成立を認めたのは、原判決の誤りである。
(2) 原判決は、被控訴人と春里会との間で、平成5年6月18日付けで作成された器具註文書及び工事註文書による合意(以下、原判決と同じく「本件合意2」という。)について、「原告は、前記のとおり、被告春里会との間で、器具註文書等による合意(本件合意2)に至っていたところ、前記認定事実及び弁論の全趣旨に照らすと、これらの合意は、これに対応した補助金の交付が確定した後、被告春里会が原告に対し街路灯設置工事(街路灯購入及び設置工事)を発注する旨を意味するものと認めることができるから、原告は、この街路灯設置工事を請け負うことによって、相応の営業利益を得る高度の蓋然性があったものと認められる・・・」(判決書44頁4行目〜10行目)、としている。
(3) しかしながら、上記器具註文書等が、原判決認定のとおり合意(本件合意2)の成立を意味するものであったとしても、原判決の上記の認定からも明らかなとおり、上記器具註文書等は、停止条件付き売買契約書でも、停止条件付き請負契約書でもない。しかも、当時、被控訴人と春里会との間には、上記器具註文書等のとおりの工事請負契約が締結される状況は存在しなかったのである。
 原判決が認定しているとおり、街路灯設置の補助金交付の手続は、
 「i 市町村は、事業予定年度の前年9月に、商店会に対し、街路灯設置事業実施の有無についてアンケート調査を実施し、商店会は、実施計画がある場合には、その年の10月頃までに、参考見積書等を提出する。
 ii 市町村は、その年の11月頃までに、県に対し、県の各市町村に対する予算の参考資料として、商店会から提出された上記参考資料等を提出する。
 iii 県は、各市町村に対する予算を決定する審査中で、上記補助金助成の対象とすべき商店会を選別した上で予算組を行い、翌年(実施計画年)3月頃に、県議会へ予算案を上程し、議会において審議の上、これを可決承認する。
 iv 市町村及び県は、当年4月頃ないし5月頃にかけて、補助金の額等について協議を行い、当年5月頃には、対象商店会に対してヒヤリングが実施され、県は、当年8月頃に、各商店会に対し補助金交付の内定通知をする。
 v 内定通知を受けた商店会は、当年9月頃に、正式な補助金交付申請書類一式を作成し、申請手続をする。
 これに要する書類の内容等は、県が指定しており、街路灯設置計画図、見積書、道路占有許可証、会員名簿等が必要とされる。これらの書類の現実の作成に当たり、申請事務を代行するのは、原告(判決注・被控訴人を指す。)のような当該商店会に対する営業活動を続けてきた業者である。
 県は、当年10月頃に、対象商店会に対し、補助金交付の正式決定を通知し、商店会は、その後、業者との間で街路灯設置のための工事請負契約を締結する。
 そして、一般的には、正式決定通知受領後45日以内に、街路灯設置工事が着工される。」(判決書27頁22行目〜28頁21行目)
 というものである。これによると、器具註文書を作成してから工事請負契約の締結までに、1年以上かかることが明らかである。
 埼玉県及び同県所在の市町村は、「街路灯設置に要する費用のうち、各3分の1相当の補助金を支出するものとされて」おり(判決書27頁17行目〜18行目)、商店会の中には、この取扱いを悪用して、設置費用を水増しした見積書を作成し、商店会等が本来負担すべき3分の1の費用の支出を免れたりするところもあった。この事実は、平成5年11月ころ表面化し、埼玉県は、事実調査が完了するまでの間、平成6年度以降に実施を予定していた街路灯設置のための補助金制度の実施を見合わせることにした。これにより、春里会は、平成6年度において、自己負担なしには街路灯設置工事を発注することができなくなった。
 このような状況の下では、器具註文書が作成されていたからといって、被控訴人との間の工事請負契約が締結されることが予定されていたとすることはできない。
2 違法競業行為について
 原判決は、控訴人Aが本件競業避止義務を負うとする、平成7年7月25日までの間に、控訴人Aが営業活動をした回数を特定していない。
 また、同日以降の行為については、他人に指示して競業行為をなさしめたとしても、本件競業避止義務違反に該当しないことは明らかである。
3 当審における被控訴人の主張に対する認否
 当審における被控訴人の主張のうち、判決の引用部分は認め、その余はすべて争う。
第4 当審における被控訴人の主張
1 被控訴人商品1及び2の形態の特別顕著性等について
(1) 埼玉県地方の商店会において、被控訴人商品1及び2は、著名な商品表示であった。
 被控訴人は、多数のデザイナー、営業部員等を擁して、独自性のある街路灯を開発し、少なくとも埼玉県地方においては、多額の人件費をかけて、ローラー作戦ともいうべき営業展開をしてきた。その結果、平成3年から6年ころにかけては、同地方において、60%から70%のシェア(市場占有率)を保持していた。
 したがって、被控訴人商品1及び2の形態を冒用する行為は、本来自ら行うべき商品開発努力、営業上の努力や宣伝活動を省き、費用や時間の節約を図った、アンフェア(不公正)な行為であって、仮にそれによって混同が生じないとしても、著名表示のグッドウィル(顧客吸引力)にフリーライド(ただ乗り)するものであることが明らかである。このような控訴人らの行為は、不正競争防止法2条1項2号に該当する。
(2) 特別顕著性についていえば、本件における商店会等の役員は、常日ごろ街路灯に興味を持ち、注目しているから、他の街路灯と比較的差異が少ない形態であっても、特別に顕著であると認識するものである。
2 違法競業行為について
(1) 原判決は、双柳会について、「・・・原告の被告双柳会に係る上記営業成果は、ほとんどその全てが、被告A、B(判決注・被控訴人の元従業員であるBを指す。以下「B」という。)、C(判決注・被控訴人の元従業員であるCを指す。以下「C」という。)及びD(判決注・被控訴人の元従業員であるDを指す。以下「D」という。)以外の担当従業員によって築かれたものと認められるのである。
 iv そうすると、被告Aは、本件競業避止義務に形式的に違反するものの、本件競業避止義務の目的に照らせば、義務違反の程度は極めて僅少であると評価するのが相当であり、そうであるとすれば、このような被告Aの本件競業避止義務違反と原告の主張する損害(被告双柳会関係)との間には、相当因果関係の存在を肯定するに足りないとみるべきである・・・」(判決書42頁22行目〜43頁5行目)、と判断し、藤塚大通り商店会、赤沼地区振興会及び藤塚橋通り商店会については、「・・・本件3商店会(判決注・藤塚大通り商店会、赤沼地区振興会及び藤塚橋通り商店会を指す。)については、結局、原告は、本件合意1、2のような段階にまで、その営業活動が進捗するに至らなかったものである。
 以上の事実関係のもとにおいては、原告は、本件3商店会については、被告タカノらの債務不履行ないし不法行為がなければ利益を取得できたこと、すなわち、損害を被ったと認めることは困難というべきである。」(判決書43頁20頁〜26行目)、と判断した。
(2) しかし、被控訴人は、双柳会については、平成3年4月18日以降、多額の営業費用を投じ、60回以上も営業活動をして、街路灯照明器具註文書を作成している。他方、控訴人AやDは、被控訴人在職中も退職後も、同商店会を訪問している。
 藤塚大通り商店会、赤沼地区振興会及び藤塚橋通り商店会についても、被控訴人の取引先であり、控訴人Aは、被控訴人在職中、上記各商店会に対する営業活動に従事するなどし、あるいは、東関東営業統括課長として、それらに対する営業状況を把握していた。
(3) 控訴人タカノは、被控訴人の取引先を横取りする意図で、控訴人Aら被控訴人の従業員を引き抜いている。そして、控訴人Aは、前記のとおり、被控訴人の営業活動を把握し、自身が退職した後も、Dらをしてスパイ活動をさせ、被控訴人の契約を横取りしたものである。
 控訴人らの営業活動は、被控訴人が多額の営業経費を投じるなどして行った営業努力の成果、例えば営業情報等を利用している。このような営業情報等が、競業避止義務の関係で保護されるのは当然である。取引先情報を利用した元従業員の競業行為が、不法行為に該当するとした事例もある(東京地判平成7年5月9日)。営業の職務として営業員が回った得意先の情報を、営業員が個人として自由に利用できるとするのは、極めて不当である。
 控訴人Aの営業回数などとは無関係に、違法競業行為の成立が認められるべきである。
3 損害額について
(1) 原判決の損害額の認定について
 原判決は、損害額の認定において、被控訴人商品の原価を基に、水増し請求の不法性が除去され、確実に補助金交付が行われる程度の代金額を、粗利益率40%として算定し、これに利益率20%を乗じて、被控訴人の損害額を認定している。
 しかし、20%の利益率では、商品の開発、通常の営業活動に係る経費を考慮すると、経営が成り立たない。20%の利益率は、低廉すぎるので、被控訴人は、40%の利益率で損害額を算定して請求したものである。控訴人タカノがしたように、他社の営業成果にただ乗りした場合でなければ、20%の利益率では、利益が出ない。採用すべき利益率が20%を下るなどということは、およそあり得ないことである。
(2) 附帯控訴で請求する損害額
 原判決の採用する利益率を採用して算定する。
ア 双柳会
 昭和タイプ類似の街路灯40基(甲第13号証の1、第18号証等)
 18万5000円×20%×40基=148万円
イ 藤塚大通り商店会
 サッカーボールタイプ類似の街路灯50基(甲第26号証の2、第52号証)
 18万円×20%×50基=180万円
ウ 赤沼地区振興会
 サッカーボールタイプ類似の街路灯50基(甲第26号証の2、第53号証)
 18万円×20%×50基=180万円
エ 藤塚橋通り商店会
 昭和タイプ類似の街路灯を使用したシンボルタワー2基(甲第51号証)
 見積金額185万4000円
 185万4000円×20%=37万0800円
オ 小計 545万0800円
カ 弁護士費用 54万5080円
キ 合計 599万5880円
(3) 以上により、被控訴人は、控訴人らに対し、連帯して、上記4商店会関係の損害賠償金合計599万5880円及びこれに対する平成8年3月末日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うよう、求める。
4 当審における控訴人らの主張に対する認否
 控訴に係る控訴人らの主張のうち、補助金受給の手続の流れはおおむね認める。街路灯設置費用についての、県及び各市町村の分担割合はおおむね認める。補助金の不正受給は、控訴人Aが、被控訴人の指示に反して、安易に商店会に迎合してなしたものである。平成5年11月ころ、補助金の不正受給の事実が表面化したこと、これにより、県が平成6年度の補助金制度の実施を見送ったことは知らない。
 その余の控訴人らの主張は争う。
第5 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人らに対する被控訴人の請求は、原判決の認容した限度で理由があり、その余は理由がない、と判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「第3 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における控訴人らの主張1(春里会との工事請負契約の成立の蓋然性)について
(1) 控訴人らの主張は、要するに、県や各市町村の補助金の支給が受けられなくなった、あるいは商店会の負担が実質的に零になるような額の支給が受けられなくなったという状況の下では、器具註文書等が作成されていたとしても、街路灯の工事請負契約の締結に至る高度の蓋然性があるとは認められない、とするものである。
(2) 本件合意2の成立(平成5年6月18日)に至るまでには、被控訴人の担当営業員が、断続的ではあるものの、昭和63年ころから、まず商店会の役員等の主立った構成員を訪問し、街路灯設置の必要性・設置した場合の利点等を説明し、その気運を、商店会の構成員全体に広げるなどしており、また、本件合意2の成立後、街路灯設置に対する補助金の受給のための申請手続も、上記担当営業員が補助していた(甲第5号証の1ないし4、第6号証及び第7号証)。
 一方で、春里商店会の中で街路灯設置の気運が醸成され、設置自体についてはある程度確定的な意思決定がなされ、他方で、被控訴人がその気運の醸成に大きく寄与し、街路灯設置の本契約に係るものではないにせよ、これに至る過程のものとして、器具註文書等が、被控訴人と春里会との間で作成されて、本件合意2が成立し、さらに、被控訴人は、その後も、街路灯設置を実現すべく、補助金の申請手続を手伝うなどしていたものである。また、この間、被控訴人の担当営業員、ひいてはその雇主である被控訴人自体と、春里商店会ないしその主立った構成員との間には、一定程度以上の良好な関係が形成されてきた、と認めることができる。
 このような状況の下では、被控訴人が、春里会から、街路灯設置を請負う高度の蓋然性があった、と優に認めることができる。
(3) 被控訴人と春里会との間の器具註文書には、「2.助成金が確定するまで着工いたしません。」との文言がある。たとい、春里会が、現実には、補助金を多く受給して自己負担を零にすることを意図していたとしても、上記文言から、そうならない場合に街路灯の設置を白紙撤回することを考えていた、とまでは認めることはできない。このことは、同註文書の「3.助成金の変更の時は別途協議とします。」との文言からも、裏付けられるものである。埼玉県も、街路灯設置のための補助金制度そのものを廃止したわけではなく、単に、その支給を当面凍結したにすぎないから、平成6年度中の設置が困難となったとしても、契約の成立の高度の蓋然性がなくなったとはいえない(なお、被控訴人は、平成7年度の年度末、すなわち平成7年3月末日からの遅延損害金を請求しているものではない。)。
 現に、控訴人タカノは、春里会との間で、平成8年2月29日、街路灯設置の工事請負契約を締結しているのである(甲第57号証ないし第62号証、乙第1号証、弁論の全趣旨)。
2 当審における控訴人らの主張2(違法競業行為)について
(1) 甲第21号証(さいたま地方裁判所平成7年(ワ)第1274号事件におけるBの証人尋問調書の写し)には、Bの供述として、次のようなものがある。
 「原告代理人・・・
 それで、あなたと、Dさん、Cさん、又はAさんが関東ライティング時代に営業を担当していた地区以外で、あなたがタカノに在社中に、どのくらい契約が取れたんでしょうか。EさんとFさんを除いておっしゃってください。
 私の場合だと、一件か二件くらいです。
 あとは、関東ライティング在社中に回っていたところということですね。
 そうです。
 Aさんという方は、あなたが上司として仕えるようになって、非常によく動かれる方でしょうか、そうでない方でしょうか。
 タカノに移ってからは、そんなに動かなかったと思います。
 そうすると、あなたたちを指揮されていたと、そういうことですか。
 そうです。
 あなたたちが努力して取れた契約については、だれの手柄になったんでしょうか。
 一応、上司であるAさんですね。」(同号証12丁)
 この供述から、控訴人Aは、控訴人タカノにおいて、Bらの上司として、同人を指揮する立場にあったものと認めることができる。
(2) 原判決は、
 「Bは、被告タカノの従業員として、原告退職後6か月が経過する平成7年9月15日までにおいて、被告春里会に対し、同年4月4日を始めとして14回ほどの営業活動を行ったものであり(なお、その後も多数回にわたる営業活動を行っている。)、被告Aの原告退職後6か月が経過する同年7月25日まででみると、合計10回ほどの営業活動を行ったものである。」(判決書35頁20行目〜25行目)、
 「被告Aは、被告タカノの従業員として、原告退職後6か月が経過する平成7年7月25日までにおいて、被告春里会に対し、同年5月11日、Bとともに1回の営業活動(その内容は、補助金申請関係の書類整備である。)を行い・・・」(判決書36頁25行目〜37頁2行目)、
 「更に、被告Aは、被告タカノにおいても、B、D及びCの上司の立場にあり、その上司であるE部長の指示に基づいて、Bらに指示をして、上記の被告双柳会、同春里会に対する街路灯設置に関する営業活動を行わせていた。」(判決書37頁7行目〜10行目)
 と認定している。
 要するに、原判決は、控訴人Aが、Bの営業活動を指揮する立場にあり、Bの行った営業活動は、控訴人A自身が行ったものと同視できることを前提として認定しつつ、控訴人AとBの営業活動の回数を認定しているのである。
 当裁判所が引用した控訴人Aの本件競業避止義務違反の認定に、欠けるものはない。
3 当審における被控訴人の主張1(被控訴人商品1及び2の形態の特別顕著性等)について
(1) 被控訴人は、商品主体混同行為(不正競争防止法2条1項1号)の主張に加え、同法同条同項2号に係る主張をしている。
(2) 本件証拠上、被控訴人商品1及び2の形態が、商品等表示として「著名」であったと認めるに足りる証拠はない。
 かえって、原判決が認定した、被控訴人商品1及び2に類似した形状の街路灯が、被控訴人以外の業者によって設置されていること、埼玉、千葉、東京及び栃木に所在する、極めて多数に上ると推認される商店会において、平成3年度から平成7年度までの間に、被控訴人商品1を購入した商店会は34であり、被控訴人商品2を購入した商店会は98にとどまること、の各事実は、被控訴人商品1及び2の形態の著名性を否定する方向に働くものである。
 (乙第9号証の1ないし11)
(3) 被控訴人は、被控訴人商品の開発にかけた費用が多額であること、また、その販売のため、強力な営業活動を行ってきたことを主張する。しかし、開発にかけた費用の額の多寡と、被控訴人商品の商品等表示としての著名性との間に、直接の関連性はない。また、営業活動の程度・範囲は、確かに商品等表示の著名性と関連する要素ではあるものの、結果としてどの程度流通(本件の場合設置)されているかの方が、より重要な要素である。
 また、被控訴人は、商店会の役員等は、この種街路灯に興味を持っており、これらの者の間では、特別に顕著な形態であった、と主張する。しかし、そのような者たちが、一般的に、街路灯に特に興味を持ち、注目し、微細な差異についてまでこれを顕著と認識できる、と認めるに足りる証拠はない。
4 当審における被控訴人の主張2(違法競業行為)について
(1) 被控訴人の主張は、要するに、控訴人タカノが、当初から、被控訴人の取引先(商店会)を横取りする意図で、控訴人Aら被控訴人の従業員を引き抜き、控訴人Aとともに、被控訴人が多大な費用と労力を費やしてなした営業努力の結果(営業情報等)を不当に獲得し(B、Dらによる情報窃取活動等)、これを利用しつつ、被控訴人の取引先を横取りしたものであり、これらは、控訴人Aらが、取引先を訪問した回数と無関係に、違法な競業行為と認められるべきである、とするものである。
(2) 被控訴人のいう営業努力の結果(情報等)の具体的内容は、必ずしも明らかでない。しかし、結局、街路灯の設置を希望する商店会がどこであるか、どの役員(構成員)が、街路灯設置を決定するに当たり、中心的役割を持ち、影響力を持っているか等の情報が主たるものと認められる。また、厳密な意味での営業情報ではなくても、商店会の役員等と個々の営業員の人的な関係(相互に面識を有する、営業員と商店会構成員との間の良好な人間関係が、会社と商店会との契約の成立に有利に働くことは、経験則上明らかである。)も、被控訴人のいう営業努力の結果ということになるのであろう。
 しかし、これらの情報ないし一種の人脈を保護する、ということは、すなわち、退職従業員に、被控訴人の取引先に対する営業活動をさせない、ということに尽きる。そして、この保護は、誓約書(甲第1号証)3条(「在職中に私が貴社の営業として訪問した得意先について、退職後六ヶ月は貴社の得意先として尊重し、私個人又は貴社と同業他社の従業員としての営業展開は一切致しません。」)に定められた義務の遵守により、図られるべきものである。控訴人Aに、この3条に定められた義務違反が形式的にはあるものの、それが極めて軽微であることは、原判決説示のとおりであると認められるから、被控訴人主張のような種々の事情をもってしても、控訴人Aに、違法な競業行為があったと認めることはできない(なお、控訴人Aが、東関東営業統括課長として、埼玉県全域について営業を管理把握していたか否かについて、これを推認させる証拠(甲第28号証・さいたま地裁平成7年(ワ)第1274号事件における被控訴人代表者F本人尋問調書)があるが、反対趣旨の証拠(甲第30号証・上記事件における控訴人A本人尋問調書)に照らし、事実と認めることはできない。)。
 もし、被控訴人が主張するような、上記営業情報、営業努力の成果を利用して、被控訴人の取引先を奪うこと自体が違法であるとすると、それは、上記誓約書の3条による退職従業員の営業の自由の制限の制限、すなわち、「貴社の営業として訪問した得意先」、「退職後六ヶ月は貴社の得意先として尊重し」とのしばりを空文化し、過度に営業の自由を制限することになるものであって、相当でない。
(3) 被控訴人のこの主張は、控訴人らは、当初から被控訴人の取引先を奪うことだけを目的としていて、動機の悪性が高く、控訴人Aの、被控訴人在職当時の怠業行為も含めて、行為態様も悪質であり、これにより、被控訴人が多大な費用と時間をかけて構築した有形無形の営業努力の成果が奪われ、代表者の死亡・被控訴人の倒産という深刻な結果を生じたこと等を列挙し、これらを総合して、控訴人らの競業行為の違法性を強調するものでもある、と理解することができる。
 この主張の中には、控訴人Aが、Bらに働きかけ、被控訴人の文書の写しをとらせたり、控訴人タカノへの移籍を勧誘したりするなど、事実であると認めることのできるものもある。
 しかし、原判決が判断したとおり、双柳会の関係では、控訴人Aの本件競業避止義務違反の程度が極めてわずかであって、その義務違反と被控訴人の主張する損害との間に因果関係が認められず、また、藤塚橋通り商店会、藤塚大通り商店会及び赤沼地区振興会の関係では、器具註文書の作成にすら至っておらず、さらに、藤塚橋通り商店会については、補助金申請時期に被控訴人の社員の訪問がなかったために、同商店会は控訴人タカノに工事を発注した、という事情もある。そうすると、被控訴人の上記主張が、部分的にせよ、仮に事実と認められるとしても、少なくとも違法競業行為という法律構成によっては、控訴人らに、損害賠償義務を認めることはできない。
5 結論
 以上検討したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないことが明らかである。そこで、これらをいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担について民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 阿部正幸
 裁判官 高瀬順久 
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