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【事件名】「ウルトラマン」の著作権確認事件(2) 【年月日】平成15年12月10日 東京高裁 平成15年(ネ)第1532号 著作権確認等請求控訴事件(本訴) (原審・東京地裁平成13年(ワ)第12140号) 平成15年(ネ)第1898号(反訴) (口頭弁論終結日 平成15年11月28日) 判決 控訴人・被控訴人・反訴被告 株式会社円谷プロダクション(以下「1審原告」という。) 同訴訟代理人弁護士 又市義男 同 南かおり 被控訴人・控訴人・反訴原告(以下「1審被告」という。) 同訴訟代理人弁護士 山崎順一 同 毛野泰孝 同 新井由紀 同 三輪健志 同 平岩利文 主文 1 1審原告及び1審被告の各控訴をいずれも棄却する。 2 1審被告の主位的反訴請求を棄却する。 3 1審被告が日本以外の国において別紙第二目録記載の各著作物についての独占的利用権を有することを確認する。 4 控訴費用(反訴に関する費用を含む。)はこれを2分し、その1を1審被告の負担とし、その余を1審原告の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 【1審原告の控訴の趣旨】 1 原判決主文第2項ないし第4項を次のとおり変更する。 (1) 1審被告は、1審原告に対し、1000万円及びこれに対する平成10年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 1審被告が日本以外の国において別紙第二目録記載の各著作物(以下「本件著作物」という。)についての著作権及びその利用権を有しないことを確認する。 (3) 1審被告は、日本国内において、第三者に対し、本件著作物につき1審被告が日本国外における独占的利用権者又は著作権者である旨を告げてはならず、また、本件著作物に関して日本国外において1審原告と取引をすることは1審被告の独占的利用権又は著作権を侵害することになる旨を告げてはならない。 2 訴訟費用は第1、2審とも1審被告の負担とする。 【上記控訴の趣旨に対する1審被告の答弁】 1 1審原告の控訴を棄却する。 2 控訴費用は1審原告の負担とする。 【1審被告の控訴の趣旨】 1 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。 2 上記取消部分にかかる1審原告の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は第1、2審とも1審原告の負担とする。 【上記控訴の趣旨に対する1審原告の答弁】 1 1審被告の控訴を棄却する。 2 控訴費用は1審被告の負担とする。 【1審被告の反訴請求の趣旨】 (主位的反訴請求) 1 1審被告が日本以外の国において本件著作物についての著作権を有することを確認する。 2 訴訟費用は1審原告の負担とする。 (予備的反訴請求) 1 1審被告が日本以外の国において本件著作物についての独占的利用権を有することを確認する。 2 訴訟費用は1審原告の負担とする。 【上記反訴請求の趣旨に対する1審原告の答弁】 1 1審被告の反訴請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は1審被告の負担とする。 第2 事案の概要 1 本訴請求事件は、1審原告が1審被告に対し、1審原告は本件著作物の著作権者であり、1審被告に対して著作権の譲渡又は利用許諾をしていない旨主張して、@1審被告が代表者を務める会社が、本件著作物の著作権を有し又は利用許諾を受けているとして後記警告書を日本国内の会社に送付したことにより1審原告の業務が妨害されたことを理由として、不法行為又は不正競争防止法2条1項14号、4条に基づく損害金1000万円及びこれに対する不法行為の後である平成10年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払、A1審被告が日本において本件著作物についての著作権を有しないことの確認、B1審被告が日本以外の国において本件著作物についての著作権及び利用権を有しないことの確認、並びにC不正競争防止法2条1項14号、3条に基づき、1審被告が、日本国内において、第三者に対し、「本件著作物につき1審被告が日本国外における著作権者又は独占的利用権者である旨を告げること」及び「本件著作物の著作権に関して日本国外において1審原告と取引をすることは1審被告の著作権又は独占的利用権を侵害することになる旨を告げること」の各差止めを求めた事案である。 原判決は、@1審被告が日本において本件著作物についての著作権を有しないことの確認、A1審被告が日本以外の国において本件著作物についての著作権を有しないことの確認、並びにB1審被告が、日本国内において、第三者に対し、「本件著作物につき1審被告が日本国外における著作権者である旨を告げること」及び「本件著作物に関して日本国外において1審原告と取引をすることは1審被告の著作権を侵害することになる旨を告げること」の各差止めの限度で、1審原告の本訴請求を認容し、その余の請求をいずれも棄却したのに対し、1審原告及び1審被告が、それぞれその変更を求めて本件控訴を提起した(なお、1審原告は、当審において、1審被告が日本において本件著作物についての著作権を有しないことの確認を求める部分につき訴えを取り下げた。)。 反訴請求事件は、1審被告が1審原告に対し、本件著作物の著作権の譲渡又は独占的利用許諾を受けた旨主張して、同著作権又は独占的利用権を有することの確認を求めた事案である(反訴請求事件は、当審において提訴されたものである。)。 2 争いのない事実等並びに本件の争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり当審における追加的な主張の要点を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要1、3、4」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決2頁19行目の「以下「本件契約書」という。」を「以下「本件契約書」といい、これに基づく契約(成立に争いがある。)を「本件契約」という。」と、同8頁12行目の「ジャンボーA」を「ジャンボーグA」とそれぞれ改める。)。 3 当審における1審原告の追加的な主張の要点 (1) 本件契約書の署名について ア 検乙3(そのタイ国裁判所公印付写しが検乙6である。以下、単に「検乙3」という。)及び検乙4(そのタイ国裁判所公印付写しが検乙7である。以下、単に「検乙4」という。)について 検乙4の漢字の署名がAのものであるからといって、その下部の欧文字の署名が当然Aの署名となるわけではない。献呈者が献呈本に署名をするに際して、2種類の署名をするというのは不自然である。現に、甲68は、昭和58年にAが献呈本に署名したものであるが、ここには「A1」の英文の署名のみがされている。献呈本の同一頁に書体の違った2つの署名がされていることは、むしろ1つは真正な署名ではないことを示すというべきである。検乙3についても同様であり、その下部の「A1」の署名がAのものであるからといって、その上部の欧文字の署名が当然Aの署名となるわけではない。また、検乙3、4については、1審原告や裁判所の求めにもかかわらず、1審被告は原本を最後まで提出しなかった。さらに、検乙4の上段中間部にある写真は、同献呈本には本来掲載されていないものである(甲26)。加えて、検乙3、4と同一のコピーは、タイの訴訟においても1審被告から提出され、1審原告のタイの代理人弁護士がその原本を確認しているが、その際、同原本の「A2」及び「A3」という欧文字の署名は、その他の署名部分と違った色のマジックペンで書かれていた(甲30)。したがって、検乙3、4にある「A2」及び「A3」という欧文字の署名は、Aの真正な署名ではあり得ない。 イ 乙5について 同一の案件に関する契約書である甲10と乙5のAの署名は著しく異なっているところ、Aの真正な署名であることに争いのない乙6及び乙7の署名と、甲10の署名は同一であるが、乙5の署名は全く異なること、甲10と乙5の各署名は、1審被告も認めるように、ほぼ同一の時期にされたものであることからすれば、乙5の署名がAの署名であることには当然疑いが生じる。 ウ 甲8、28について 甲8は、タイの科学警察の法廷鑑定人が、本件契約書及び乙5にある「A3」の署名(これらは、Aの署名ではないと1審原告が主張している署名である。)と、Aの真正な署名であることに争いのない対照資料上の署名とを、それらが記載されている文書の原本に基づいて対比検討し、本件契約書及び乙5にある署名は、対照資料にある署名の作成者と同一人物によってされたものではない、と判断したものである。そして、甲28は、その鑑定人がタイの法廷において鑑定理由を詳細に証言した証言調書である。その内容によれば、甲8及び甲28の鑑定書が文字の一般的特徴を対比しているだけのものでないことが明らかである。 エ 甲3、4について 甲3、4では、昭和45年(1970年)から平成3年(1991年)までの21年間の期間におけるAの署名を、入手可能な範囲ですべて列挙しているため、時の変化に従って、Aの署名の形態が変化している。しかしながら、本件契約書が締結されたとされる昭和51年(1976年)前後の時期におけるAの署名を対象として比較検討すれば、筆跡の真正の鑑定としては十分であり、全期間の署名を比較する必要はない。また、本件においては、比較すべき署名相互の外形上の違いが著しいものであり、外形上の比較検査をするだけで十分であり、筆順、筆圧などの質的要素を検査する必要はない。 (2) 本件契約書の当事者の表記について 本件契約書には、1審原告の住所も「Tsuburaya Productions Co., Ltd.」という名称も記載されておらず、1審被告がよりどころとする記載は、契約書の本文中に後で挿入したとされる「prod.and」の語のみである。記載内容の明確化を重視する国際契約書において、このような記載に基づいて1審原告が契約当事者に含まれることはあり得ない。Aがサインを1審原告代表者として行うのであれば、そのサインの上段又は下段に「Tsuburaya Productions Co., Ltd.」という1審原告の名称を記載するのが当然なのに、本件契約書にはそのような記載はない。本件契約書では、その末尾に「A4」と「PRESIDENT」の語がタイプされ、その右側に日本語で円谷エンタープライズの住所、会社名及び代表者名がスタンプで押捺されており、この体裁によれば、「A4」と「PRESIDENT」の語の間にされている署名は、円谷エンタープライズのためになされているものと解するほかない。なお、Aは、従前から種々の契約書を作成していたから、契約の当事者が誰であるか、またその記載をどうすべきかについて、十分な知識を有していた。 本件契約書では、「prod. and」の表示が後に挿入されたものであり、このように契約書原文に後に挿入された場合には、訂正印又は訂正のためのイニシャルを挿入箇所に押印又は記載するのが、契約書作成の常識であるのに、そうされておらず、1審被告からAに対する本件契約書の再作成の要求もない。本件契約書には、円谷エンタープライズの代表社印と同様の印が押印されかつ署名がされているが、英文契約書に印鑑が押印されることや、押印に加えてさらに署名することは、不自然である(Aは英文契約書にはサインのみをしており、代表社印を押印することはない。)。 1審原告が「Tsuburaya Prod.」ないし「TSUBURAYA PROD.」の名称の使用を開始したのは、昭和60年末ころからであり、それまでは「円谷プロ」という日本語の表記どおりに、英文表示も「TSUBURAYA PRO」という表記を使用していたものである。このことは、昭和54年に日本で劇場用映画「ウルトラマン怪獣大決戦」が公開された際に、1審原告が関係者に配布した記念品のパーカー・ペンに「TSUBURAYA PRO」と記載されていること(甲69)、1審原告が昭和60年に発足させた会員組織「円谷プロファンクラブ」の同年発行の会員証には英文では「TSUBURAYA PRO FAN CLUB」と記載されていること(甲70)、及び同年6月発行の円谷プロファンクラブ創刊準備号には、英文で「TSUBURAYA PRO. FAN CLUB.」と記載されていること(甲33)から明らかである。したがって、昭和51年にAが本件契約書に「prod.」という語を使用することはあり得ない。 Aの著書(甲39の3)では、「いわば“攻撃の会社”がエンタープライズといえよう。それに対して、「円谷プロ」は“守備の会社”だ。・・・“攻撃の会社”エンタープライズと“守備の会社”円谷プロが一定のバランスを保って進んでいくのが理想である。」と記載されており、Aが1審原告と円谷エンタープライズとを明確に峻別する意識を有していたことは明らかである。 (3) 本件契約の対価について Aは、1審被告に対する債務など全く負担していない。そもそも、契約書(乙7、8)の作成時とされる昭和49年10月や昭和50年2月の時点では、1審原告は何ら経済的に困窮していなかった。「Aウルトラマンを語る」という題名のAの著書(甲37)では、1審原告は、1960年代末には昭和41年(1966年)からの第1次怪獣ブームが終わり多額の赤字を抱えていたが、昭和45年(1970年)頃からの第2次怪獣ブームにより昭和45年、46年と大幅な黒字となり、昭和46年には赤字がすべて解消されたこと、その第2次怪獣ブームは昭和50年3月の「ウルトラマンレオ」の放映終了とともに終了したことが記載されている。したがって、上記時点において、1審原告及びAは1審被告の金員を着服したり、1審被告から金員を借用する必要が全く存在しなかったから、そのようなことはあり得ない。 乙7の契約について、1審被告は、「Aが台湾のフー・ロン・フィルム社に、被告制作映画@のオリジナルフィルムを1審被告に無断で3万米ドルで売却し、その代金を着服したが、フィルムが既にフー・ロン・フィルム社に渡っていたので、やむを得ず契約書(乙7)にサインした。」旨主張する。しかしながら、上記契約書4条には、代金支払条件として、調印された当該契約書の受領と引き換えに1万ドルを支払い、残りの2万ドルは台湾での検閲を通ったときに支払うことが明記されているから、契約書の調印前にまず契約代金を支払い、その後で契約書に調印したという主張は、契約の明文に反する内容である。台湾のフー・ロン・フィルム社は、実績のある台湾の映画代理店であり、契約書の調印なしに代金を支払うことは考えられない。また、上記契約書1条では、対象の映画が「Giant Vs. Jambo‘A’」と表記されているが、「Jambo」という表記は1審被告独自の呼び方であるから、同契約書は1審被告が作成したことが明らかなので、これを1審被告が作成したものではないとの主張は事実に反する。 乙8の契約について、1審被告は、「対価の12万米ドルは、Aにそのまま貸与した。」旨主張する。しかしながら、このような高額の金員の貸与について借用証等の書類が何ら作成されていないというのは不自然である。まして、1審被告の主張によれば、Aはそれ以前に着服行為を繰り返していたというのであるから、なおさらである。なお、1審被告は、「Aは、被告制作映画Aについて、乙8の他にも、これを8万米ドルで無断で台湾の会社に売り、同金員を着服した。」旨主張するが、1審被告がその証拠とする乙121は、香港のサザン・カンパニー社宛の書面であるから、これにより台湾の会社に売却したことを立証できないし、さらに、1審被告は、その台湾の会社の名称さえ明らかにできていない。 1審被告は、上記各金員について、「Aが大恩あるBの息子であり兄弟のような付き合いだったので、書面にしなかった。」旨主張する一方、「返済期になってもAは上記金員の返済ができなかったので、その返済交渉のために昭和51年3月2日からAと交渉し、その際に同行者のCがAに対して、刑事責任を問うことも考えている旨発言した。」とするが、契約書も作らないほど親密な者に対してこのような言動が行われるという1審被告の主張内容自体、矛盾している。 1審被告は、「本件契約書締結の対価として、上記各着服金員の他に、被告制作映画@、Aに関する日本国内における権利を1審原告に帰属させた。」旨主張する。しかしながら、1審原告は、「ハヌマン・アンド・ザ・セブン・ウルトラマン」の日本上映に際して昭和54年に1審被告に別途500万円を支払っているから、1審被告の上記主張は事実に反する。 また、仮にAが1審被告に対して債務を負担していたとしても、あくまで債務者はA個人であるから、1審原告自身が本件契約を締結する動機にはならない。A個人の債務の返済のために1審原告の著作権の独占的利用権を1審被告に譲渡するような行為は、明らかな違法行為である。当時、1審原告は、東宝が60パーセントの株式を所有し過半数の役員を派遣していたことから、完全な東宝の管理下にあったものであり、一方、Aはわずか15.5パーセントの1審原告の株式を所有していたにすぎない。また、Aは一戸建ての自宅その他の資産を有していたから、まずその資産から自らの債務を返済するはずである。 なお、本件著作物は昭和51年当時から高い価値を有していた。現に、本件契約を締結したとされる日の直後に、円谷エンタープライズは香港のコマーシャル・テレビジョン・リミテッドに対して、香港における「ウルトラセブン」の再放送権を許諾している(甲44)。このことは、「ウルトラセブン」の価値が高く評価されていることを示すものである。A自身、本件著作物の海外における価値を非常に高く評価していた。同人の著書「怪獣」(甲39の2)では、昭和47年12月の時点において、Aが将来における映画作品の商品化事業に大きな期待を寄せていたことが述べられている。同人の平成5年の著書である「Aウルトラマンを語る」(甲37の3)においても、同旨が述べられている。 (4) 本件契約書中の作品名及び制作本数について 本件著作物の内容を熟知しているAが不正確な表記をすることはあり得ない。すなわち、1審原告における作品の制作に当たっては、作品の企画段階から社長が報告を受け、企画案を検討し、最終的に社長の決定を得て撮影に入るという業務体制が取られており、1審原告作品のタイトルの決定は社長決裁事項となっていたから、社長の立場にあったAが本件著作物の表記や本数を間違えることはあり得ない。 また、1審原告及び円谷エンタープライズは、作品の二次放送権の許諾に際しては、その制作本数に応じて許諾料を請求しており、1審原告のような映画制作者にとって作品の制作本数は、間違える余地のない重要なものである。特に、「ウルトラセブン」においては、49本が制作されテレビ放映されたが、その後、第12話につき、制作意図に反した誤解を生じ、被爆者の神経を逆なでするものとしての批判を浴びたため、日本国内においては第12話は欠番とされ全48話でテレビ放映されている事実は、Aや1審原告社内はもとより、ウルトラマン視聴者の間でもよく知られている事実であるから、Aが「ウルトラセブン」の制作本数を50本と表示することは、全くあり得ない。 さらに、本件契約書第1条1.1項の「ジャンボ」との表記及び同条1.2項の「セブン・ウルトラマン」との表記は、1審被告がタイにおいて常に使用しているものである。1審原告は、前者の作品を「ジャンボーグA&ジャイアント」と、また、後者の作品を「白猿ハヌマーン&ウルトラ6兄弟」又は「ウルトラ6兄弟vs怪獣軍団」とそれぞれ呼んでおり、上記の表記を用いたことはない。本件契約書には、「ウルトラマン1」や「ウルトラマン2」のように「ウルトラマン」に算用数字をつけてウルトラマンの作品を表す表記も用いられているが、これについても同様である。これらの事実から、本件契約書の作成者が1審被告であることが明らかである。 (5) 1審被告による20年以上の権利の不行使について 原判決は、「被告は、昭和59年(1984年)ころ、原告から「ウルトラマンZOFFY」のフィルム提供を受けて「ハヌマン・アンド・ザ・イレブン・ウルトラメン」を制作した。被告は、その頃、上記フィルムの配給をポー・ウォー・フィルム・カンパニーに許諾するに当たり、同人に対して本件契約書を提示した。」と認定し、この提示が本件契約書に基づく権利行使であるとする。しかしながら、1審被告自身、本人尋問の際に、平成8年までは本件契約書を他の者に見せたことはないと、明言しているのであるから、上記認定は不当である。そもそも、本件契約書には「ウルトラマンZOFFY」という作品名は記載されていないのであるから、「ウルトラマンZOFFY」に基づいて1審被告が作成したフィルムのライセンスに際して、1審被告が相手方に本件契約書を提示するのは不自然である。 なお、円谷エンタープライズと1審被告は、昭和59年3月10日に「ウルトラマンZOFFY」についての再放映権許諾契約を締結している(甲40)が、「ウルトラマンZOFFY」は、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」、「帰ってきたウルトラマン」、「ウルトラマンA」、「ウルトラマンタロウ」、「ウルトラマンレオ」等の本件著作物を主とするウルトラマン作品の名場面をピックアップした作品である。1審被告がわざわざ「ウルトラマンZOFFY」のタイにおける配給権の取得に際して、対価として8000米ドルを支払い、その期間を5年間に限定したことは、1審被告が本件契約書により本件著作物の海外における独占的利用権及び著作権を取得したことがないことを示す事実である。 そもそも、1審被告が本件著作物についての独占的利用権を取得したというのなら、他の者のウルトラマンの利用はすべて1審被告の権利を侵害することになるのであるから、それらに対する差止請求等をするはずであるが、1審被告はそのような措置を講じていない。この点について、原判決は、「タイ王国では、平成6年(1994年)以前は、著作権法違反に対する取り締まりが厳しくなく、権利行使をしても、実効性がなかったものと認められる。」として、1審被告が差止請求等をしなかったことは不自然ではないとしている。しかし、著作権侵害に対しては、まず民事上の差止請求及び損害賠償請求を行うのが、どこの国においても当然の常識である。タイ王国の1978年著作権法では、当然のことながら、このような手段について何らの制約もない。同著作権法の罰則規定が死文化しており実効性がなかったとの1審被告主張が事実に反することは、タイ弁護士の意見書(甲59)からも明らかである。 (6) 本件著作物に関する1審原告の契約締結の状況について 本件契約書の内容と矛盾抵触する契約が、昭和41年以降、1審原告又はその授権を受けた者により、次のとおり多数締結されてきている。@昭和41年(1966年)、東京放送と米国ユナイテッド・アーティスト社間の、「ウルトラQ」及び「ウルトラマン」についての日本以外の全世界における独占的利用権許諾契約、契約期間は20年間(甲9)、A昭和45年(1970年)、円谷エンタープライズとタイのプラサーチャイ・カンパニー・リミテッド(チューティープ氏が代表者)間の、タイにおける「ウルトラセブン」の再放送権許諾契約、契約期間は3年間(甲41)、B昭和47年(1972年)、東京放送と米国ユナイテッド・アーティスト社間の、「帰ってきたウルトラマン」についての中南米諸国等における独占的利用権許諾契約、契約期間は15年間(甲42)、C昭和48年(1973年)、円谷エンタープライズとタイ・ブリン社間の、タイにおける「ジャンボーグA」の再放送権許諾契約、契約期間は3年間(甲43)、D昭和51年(1976年)、円谷エンタープライズと香港のコマーシャル・テレビジョン・リミテッド間の、香港における「ウルトラセブン」の再放送権許諾契約、契約期間は9か月間(甲44)、E昭和55年(1980年)、1審原告と東京放送との間の、「帰ってきたウルトラマン」についての再放送権を含む海外販売権を東京放送に許諾する覚書(甲45)の作成、F昭和56年(1981年)、円谷エンタープライズとアルゼンチンのテレフィルム社間の、ラテンアメリカ等における「ウルトラセブン」の再放送権許諾契約、契約期間は10年間(甲46)、G昭和59年(1984年)、円谷エンタープライズと1審被告間の、「ウルトラマンZOFFY」についての,タイにおける配給権許諾契約、契約期間は5年間(甲40)、H昭和60年(1985年)、円谷USAインクとターナー・プログラム・サービス・インクとの間の、「ウルトラセブン」の英語版等についての、米国、オーストラリア、その他の英語圏等における再放送権許諾契約、契約期間は15年間(甲47)、I平成2年(1990年)、1審原告が東京放送の子会社である株式会社日音に与えていた商品化権の終了確認契約(甲48)、J同年、1審原告とウルトラコム・インクとの間の、本件著作物を含む1審原告制作作品についての日本以外の国における代理店契約、契約期間は10年間(甲49)、K平成5年(1993年)、中国本土での本件著作物を含む1審原告の作品450本の放映開始(甲37)。 上記各契約は、いずれも相互に何ら矛盾しない自然な流れであるが、仮に、本件契約が存在すると、これらはすべて本件契約違反となってしまう。まず、上記DないしKは、本件契約書の作成日以降の契約であるから、すべて本件契約違反であることが明らかである。また、本件契約書では、過去に遡ってネガフィルムの製作時点から1審被告に対して独占権を許諾することとされている(2条)から、上記@ないしCも本件契約違反となる。このように、上記各契約をすべて根底から覆すような本件契約を、Aが締結するはずがない。なお、本件著作物の中でも最も人気の高い作品の1つである「ウルトラマン」は、昭和41年(1966年)に米国ユナイテッド・アーティスト社に20年間の独占権が許諾されていたため、その期間が終了するまでは、どこにもライセンスされていないという事実が、上記@からKの経緯から明らかであり、このことは、1審原告及びAが上記@からKのすべての契約を遵守していたことを示すものである。 原判決は、上記@、Iの契約のみを取り上げ、これを検討している。しかしながら、上記両契約は、いずれも1審原告と東京放送との間の契約に基づくものであり、これらに違反することは、実質的には、1審原告の東京放送に対する契約違反に他ならない。本件著作物はすべて東京放送の資金提供に係る作品であり、1審原告にとって東京放送は最大の取引先である。このような最重要の取引先との契約に違反するような本件契約を、1審原告が締結することはあり得ない。さらに、上記@及びI以外の契約については原判決は何ら判断していない。また、ユナイテッド・アーティスト社は、昭和47年(1972年)、東京放送との間において、「帰ってきたウルトラマン」について15年間の独占的契約(上記B)を締結しており、ユナイテッド・アーティスト社から東京放送に対して、ほぼ毎年ロイヤルティ報告がされているから、これらの事実によれば、昭和51年(1976年)当時においても、ユナイテッド・アーティスト社が本件著作物について依然として大きな関心を有しており、ユナイテッド・アーティスト社との間の昭和41年(1966年)締結の契約も依然として実効性を持った契約として存続していたことが明らかである。 (7) 東宝と1審原告との関係について 昭和51年当時において、本件著作物は1審原告のほとんどすべての財産なのであるから、本件著作物について本件契約のような契約を締結することは、「重要ナル財産ノ処分」に該当するものとして取締役会の決議が必要であるから(商法260条2項)、Aは、取締役会決議なしに本件契約を締結する権限はなかった。また、1審被告も、本件契約書の作成を秘密裡に行ったという主張はしていないから、Aが秘密裡に本件契約書の作成を行う理由はない。 本件契約書締結日とされる昭和51年当時における1審原告の株式所有状況は、東宝が1万2000株(60%)であるのに対して、Aはわずかに3100株(15.5%)のみである。1審原告の取締役10名のうち、東宝からの出向者が6名であり、代表取締役2名のうち、A以外の1名は東宝からの出向者である。監査役2名のうち1名は東宝からの出向者である。東宝は、1審原告の設立時から1審原告に対して代表取締役1名を派遣してきた。1審原告の株主総会及び取締役会は、いずれも東宝の会議室において行われ、1審原告の代表者印は東宝が常時保管していた。要するに、Aには、通常の型どおりの仕事以外の職務権限は何ら与えられていなかった。このような立場にあるAが、大株主である東宝の意向を無視して、本件契約書を締結するはずがない。 (8) 1審被告の供述等の信用性について 昭和51年3月2日から4日までの会合に立ち会ったと1審被告が主張する人間のうち、AとCの両名は既に死亡しており、「先生」という人物はそもそも何者か不明であるから、要するに、1審被告の主張は、1審被告本人の供述のみに基づくものである。したがって、その信用性を厳しく検討する必要があるところ、以下のような疑問点に照らせば、その内容を信用することはできない。@1審被告は、同月3日、4日の2日間にわたって上記「先生」が1審被告との会合に立ち会ったが、お互いに紹介はなく、その人物の名前も何も知らないと述べるが、2日間にわたり相当な時間、極めて重要な話題について話し合った人物について、何も知らないというのは不自然である。しかも、その「先生」が本件契約書のドラフトを作成したというのであるから、その人物は著作権についてかなりの知識を有しており、かつ英文契約書に精通した人物でなければならず、渉外弁護士かそれに準じた立場の人物であるはずであるが、このような人物が、契約の交渉及び締結に立ち会った際に相手と互いに紹介し合うこともしないというのは不自然である。A本件契約書の草案に著作権者の記載が抜けている事実が判明した際に、著作権者の住所・名称等をきちんと入れて契約書を作成し直すことをせずに、本文中にただ「prod. and」という語を挿入しようというのも、極めて不自然である。1審被告の説明によれば、「先生」のみならず、1審被告に同行したCも、タイの著名大学であるタマサート大学法学部卒業というのであるから、十分な法律知識を有していたはずである。B同月3日及び4日は、水曜日及び木曜日であり、円谷エンタープライズの営業日である。当時の円谷エンタープライズの事務所は、社長室が会議室を兼用しており、社長室には受付カウンターを通っていくようになっており、受付カウンターには社長のアシスタントと経理のDが常駐していた。1審被告の説明によれば、そこにタイ人2名と「先生」が来訪し、同事務所で同月3日は2、3時間、翌4日は2時間ほど会合を持ち、上記Dが常時保管していた円谷エンタープライズの代表者印をAが直接押印したというのであるから、上記Dが同事実を知らないことはあり得ないところ、同人は、そのような事実の存在を否定している(甲36)。C1審被告は、同月2日に1審原告会社においてC立会いの下でAと交渉したと陳述しているが、東京入国管理局の回答(甲96)によれば、Cは同月3日に日本に入国し、同月13日に出国しているから、上記陳述は事実に反する。D1審被告は、Aとの交渉に先立ちその秘書であったEを通じて電話でアポイントをとり、同月2日に1審原告オフィスでEに会い、同日の夕食にEが同席し、同月3日及び4日に円谷エンタープライズの社長室の前でEに会い、同月4日の夕食にEが同席した旨主張するが、Eは、昭和50年(1975年)12月に結婚退職しており、それ以降は1審原告オフィスにも円谷エンタープライズにも行ったことがないから(甲97、98)、上記主張は事実に反する。E1審被告は、タイ訴訟において、Aが昭和51年3月4日に1審被告の面前で本件契約書に署名した後、本件契約書を円谷エンタープライズの封筒に入れて1審被告に渡してくれた旨証言し、封筒を証拠として提出しているが(甲99)、同封筒には、「東京都港区六本木2−2−5新赤坂ビルディング8F・9F」と印刷された住所がマジックペンで抹消され、その下部に「東京都港区虎ノ門5丁目13番1号虎ノ門40森ビル9階」という住所が押捺されているところ、円谷エンタープライズが後者の住所に移転したのは、昭和57年12月1日であるから(甲100)、昭和51年に甲99の封筒が使用されることはあり得ない。 4 当審における1審被告の追加的な主張の要点(本件契約の内容について) 確かに、本件契約書の表題は、「LICENSE GRANTING AGREEMENT」であり、契約条文中にも「license」の語が使用され、権利の譲渡・移転を意味する「assign」や「transfer」等の語は使用されていない。しかしながら、本件契約は、その内容を検討すれば明らかなとおり、通常の著作物利用権許諾契約とは全く異なる特異な契約である。すなわち、本件契約書により付与(grant)された権利が日本を除く全世界における期限の定めのない独占的権利であり、付与(grant)される権利範囲には、映画の著作物に関わる著作財産権の実質的にすべての支分権が含まれ、さらに、これらと並んで、著作権そのもの、商標権及び第三者に対する譲渡権も記載されており、かつ、それらについての全対価を受領済みとするものである。 このように、本件契約は、本件著作物の利用に関わる、日本を除く全世界における独占的かつ包括的な権利を、著作権の全存続期間にわたって、将来における対価支払義務なく、確定的に付与(grant)することを内容とするものであり、したがって、権利付与後において、付与者である1審原告は、原著作者として著作者人格権を当然に行使し得ることを除いて、日本国外における本件著作物の利用に関して著作財産権を行使する余地がない。また、1審被告は、1審原告の同意なしに全利用権を第三者に譲渡できるのであるから、本件契約は、この点において対世的効力を有するものであり、物権契約性を有する。 このような特異な契約について、契約書の表題や条文中に「License」の語が使用されているからといって、それが利用権許諾にとどまるとするのは相当ではない。契約当事者の意思を合理的に探究すれば、本件契約の内容は著作権の譲渡と解すべきである。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、1審原告の1審被告に対する本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり補正付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。 1 原判決の補正等 (1) 原判決13頁5行目の「乙2、4ないし10、」を「乙2ないし10、」と改め、同8行目の「121、」の次に「122、」を加える。 (2) 同14頁14行目の「3月2日」を「3月2日ころ」と、同行目の「上記フィルム」を「上記エ、オ記載の各権利」と改める。 (3) 同16頁3行目の「原告」を「F」と改め、同6行目末尾の次に「相手方から」を加える。 (4) 同20頁12行目の「Gは、」から同14行目の「他方、」までを削除し、同行目の「原告から」を「同月ころ、原告から」と改める。 (5) 同22頁5行目末尾の次に「ここで登場した「ウルトラマン・ミレニアム」は、1審被告が新たに制作したキャラクターである。」を加える。 (6) 同23頁25行目の「すると、」の次に「1審原告ら及び1審被告において」を加える。 (7) 同26頁23行目の「14」の次に「、原審証人H」を加え、同27頁2行目の「乙12の5」を「乙12の6」と改める。 (8) 同28頁23行目の「証拠」から同29頁2行目末尾までを削除し、同29頁12行目の「そのことのみで、」から同13行目末尾までを「証拠(原審証人H、同G)によれば、同人らが会ったのは、1審被告がGをHに紹介するなど儀礼的な場面にすぎなかったと認められるから、そのことのみで、直ちに、1審被告及びGが1審原告に対し本件契約に違反しているのではないかとの苦情を述べたり、また、法律上の権利行使をしなかったことをもって、不自然であるということはできない。」と改める。 (9) 同30頁24行目末尾の次に「なお、1審原告は、A個人の債務の弁済に代えて1審原告の本件著作物についての著作権の独占的利用権を譲渡することは極めて非常識なことである旨主張する。しかしながら、Aの前記1の(1)エ、オ記載の債務負担行為は1審原告の代表者としての行為と評価できないわけではないし、仮にそうではないとしても、1審原告と円谷家ないしその承継者としてのAとの間の密接な関係を考慮すると、Aが自己の債務の支払に代えて上記本件著作物についての独占的利用権を譲渡したことは不自然なことではないというべきである。」を加える。 (10) 同31頁6行目冒頭から同32頁12行目末尾までを次のとおり改める。 「前記1認定のとおり、本件書簡は、平成8年7月23日、1審原告会社代表取締役のIが同社取締役会の承諾の下にこれに署名した上、Gに交付したものであり、その際には、1審原告及び1審被告双方が公証手続という慎重な手続を履践している。また、その内容は、前記争いのない事実等記載のとおり、本件契約書の内容を全面的に肯定した上、1審原告とウルトラコムとの間の契約が本件契約に違反したものであることについて謝罪する趣旨のものである。このような事実は、本件契約書が真正に成立したものであることを裏付ける事情というべきである。 1審原告は、「本件書簡は、1審被告がタイ王国を含む周辺5か国の代理店となれば、本件契約の内容は不問にするとの1審被告からの申し出を1審原告が受け入れ、その申し出の内容を前提とした上、1審被告の信用回復の目的で作成されたものにすぎない。」旨主張する。確かに、前記1認定の事実によれば、1審原告が本件書簡を作成した動機には、1審被告との間で、1審被告をタイ王国を含む周辺5か国の代理店とする契約を締結して、本件契約書に基づく権利主張を止めさせるために、1審被告の要請に応じて、1審被告の名誉信用を回復するという目的があったものと認められる。しかしながら、本件書簡は、1審被告との間で、1審被告をタイ王国を含む周辺5か国の代理店とする旨の契約や本件契約書に基づく権利主張を止める旨の契約が未だ成立しないままの状況下において作成されたものであるから、本件書簡が1審原告主張の上記前提の下に作成されたと認めることはできない。 なお、証拠(甲13)には、「1審被告は、1審原告が1審被告との間で1審被告をタイ王国を含む周辺5か国の代理店とする契約を締結すれば、本件契約書に基づく権利主張を止めることを了承していた。」旨の記載があり、原審証人Fもその旨の証言をし、1審原告は、それを裏付ける証拠として、Gが記載したとする、タイ王国を含む5か国の位置関係を示す手書きの地図(甲19、25)を提出する。しかしながら、本件書簡の作成当時、1審原告が本件契約の有効性を争う姿勢を未だ示していなかったことからすると、1審被告が相当な理由もなく、自己の本件契約上の権利を縮小するような上記提案を受け入れたとは考え難いことであるばかりでなく、前記1(2)認定のとおり、当時の1審被告の側が送付した文書にも、1審被告の側が上記の提案を認めていた旨の記載があるものはなく、かえって、前記1(2)ケ認定のとおり、Gは東南アジア5か国に限らずその他の国のウルトラコムのライセンス内容についても1審原告に開示を求めている。また、原審証人Gは、上記地図を記載したことを否定しており、上記地図はタイ及び周辺国の位置関係を正確に示すものではないから、それをタイ王国人であるGが作成したことについては、疑問があるし、仮に、それをGが作成したとしても、上記地図の作成のみをもって直ちに1審被告が上記の提案を認めていたものと認めることはできない。そうすると、1審被告がタイ王国を含む周辺5か国の代理店となれば本件契約書に基づく権利主張を止めることを了承していた事実を認めることはできない。 (また、1審原告は、本件契約書が1審原告によって作成されたものではないことを前提として、本件書簡における1審原告の意思表示は錯誤又は詐欺に基づくものである旨主張するが、本件契約書は1審原告らと1審被告との間で真正に作成されたものであるから、1審原告の上記主張はその前提を欠き、理由がない。)」 2 当審における1審原告及び1審被告の主張に対する判断 (1) 本件契約書の署名について、1審原告は、「献呈者が献呈本に署名するに際して、2種類の署名をするというのは不自然である。現に、甲68は、昭和58年にAが献呈本に署名したものであるが、ここには英文の署名のみがされている。したがって、検乙3の上部の「A2」及び検乙4の下部の「A3」の各署名は偽造されたものである。」旨主張する。しかしながら、献呈者が献呈本に漢字と欧文字等2種類の署名をすることもあり得ることであり、それが直ちに署名の真正性を疑わせるほど不自然であるということはできない。甲68に1種類の署名がされている事実のみをもって、他の場合もすべて同様でなければ不自然であるということは到底できない。 また、1審原告は、「検乙3、4と同一のコピーは、タイの訴訟においても1審被告から提出され、1審原告のタイの代理人弁護士がその原本を確認しているが、その際、同原本の「A2」及び「A3」の各署名は、その他の署名部分と違った色のマジックペンで書かれていた(甲30)から、同署名は、Aの真正な署名ではあり得ない。」旨主張する。しかしながら、上記甲30は1審原告のタイ訴訟の代理人弁護士が作成した陳述書であり、中立的な立場の者が作成した陳述書とはいえない上、その内容も、両文書の上記各署名が異なった色のインクで書かれたものと思われるとするのみで、具体的な色等の状況は述べられていない抽象的なものといわざるを得ないから、直ちに採用することはできない。 さらに、1審原告の指摘する甲8の筆跡鑑定書及び甲28の証言調書についても、原判決3の(4)記載のAないしDの事情(原判決25、26頁)に照らせば、これのみをもって、直ちに本件契約書の署名がAの署名ではないと断ずることはできない。 (なお、1審被告の主張の有無は別として、本件契約は1審原告代理人の円谷エンタープライズと1審被告との間で成立したと解する余地もあるところ、この解釈を前提とした場合には、前記認定のとおり、本件契約書の円谷エンタープライズの代表取締役印は、円谷エンタープライズの真正な印章によるものと認められるから、本件契約書は当時円谷エンタープライズの代表取締役であったAの意思に基づいて作成されたことが推認される。したがって、上記のケースでは、本件契約書の「A3」の署名の真正の問題は、本件契約の当事者が1審原告及び円谷エンタープライズと解した場合ほど重要なことではないという背景事情にも留意すべきである。) (2) 本件契約書の当事者の表記について、1審原告は、「昭和54年に日本で劇場用映画「ウルトラマン怪獣大決戦」が公開された際に、1審原告が関係者に配布した記念品のパーカー・ペンに「TSUBURAYA PRO」と記載されていること(甲69)、1審原告が昭和60年に発足させた会員組織「円谷プロファンクラブ」の同年発行の会員証には英文では「TSUBURAYA PRO FAN CLUB」と記載されていること(甲70)、及び同年6月発行の円谷プロファンクラブ創刊準備号には、英文で「TSUBURAYA PRO. FAN CLUB.」と記載されていること(甲33)から、1審原告は昭和60年末ころ以前は、「Tsuburaya Prod.」ないし「TSUBURAYA PROD.」の表記を使用せず、「TSUBURAYA PRO」という表記を使用していたことが明らかである。」旨主張する。なるほど、上記各証拠によると、1審原告が昭和60年末ころ以前に「TSUBURAYA PRO」という表記を使用していたことは認められるけれども、1審原告が上記時期以前において自己の表記方法を上記のとおり統一しており、「Tsuburaya Prod.」ないし「TSUBURAYA PROD.」の表記を使用していなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない(Fの陳述書(甲35)もその内容を裏付けるに足りる客観的な証拠がないから採用できない。)。 また、1審原告は、「Aの著書「怪獣―ウルトラマンが育てた円谷商法」(甲39の3)では、「いわば“攻撃の会社”がエンタープライズといえよう。それに対して、「円谷プロ」は“守備の会社”だ。・・・“攻撃の会社”エンタープライズと“守備の会社”円谷プロが一定のバランスを保って進んでいくのが理想である。」と記載されており、Aが1審原告と円谷エンタープライズとを明確に峻別する意識を有していたことは明らかである。」旨主張する。しかしながら、上記記述はAの1審原告及び円谷エンタープライズに対する経営方針の違いを分かりやすく説明したにすぎず、前記認定の上記両会社の密接な関係を何ら否定するものではないばかりでなく、証拠(乙12の6)によれば、同著書には、「エンタープライズの社員が、プロの仕事をしてしまうこともあり、・・・その社員が仕事を一貫して仕上げるのに必要なら、一向にかまわない。」との記載もあることが認められるから、直ちに1審原告の上記主張のようにいうことはできない。 (3) 本件契約の対価について、1審原告は、「Aの著書(甲37)の記載から、乙7、8の作成時とされる昭和49年10月や昭和50年2月の時点において、1審原告は経済的に困窮していなかったことが明らかであり、1審原告及びAは1審被告の金員を着服したり、1審被告から金員を借用する必要が全く存在しなかったから、そのようなことはあり得ない。」旨主張する。確かに、証拠(甲37の1)によれば、A著「Aウルトラマンを語る」には、「第2次の怪獣ブームが起きることによって赤字でドン底をはい回っていた円谷プロは昭和44年の決算でわずかながら黒字に転じる。・・・昭和45年、46年と大幅な黒字が続き、それによって当初無理だと思われていた赤字解消5年計画も、わずか3年で達成できたんです。新会社の円谷エンタープライズのほうも、ちょうど同じ頃、軌道に乗りだし・・・会社スタート後、2年間の赤字は、3年目にして解消することができたわけです。」との記載があり、1審原告及び円谷エンタープライズの経営は、昭和45、6年当時、順調に推移していたことが認められる。しかしながら、証拠(甲37の2、乙13の3)によれば、昭和49年に製作された「ウルトラマンレオ」の視聴率は、シリーズ途中で1桁台まで落ち込んでしまったこと及び同年発生のオイルショックが、1審原告の経営に多大のマイナス影響をもたらしたことが認められ、これらの事実によると、A及び同人経営の1審原告は、昭和49年10月や昭和50年2月当時、経済面で苦しい立場に陥っていたものと容易に推認することができる。 また、1審原告は、「円谷エンタープライズは、本件契約を締結したとされる日の直後に、香港のコマーシャル・テレビジョン・リミテッドに対して、香港における「ウルトラセブン」の再放送権を許諾していること(甲44)、Aの著書では、同人が本件著作物の海外での価値を高く評価していたこと(甲37の3、39の2)によれば、本件著作物は昭和51年当時から高い価値を有していた。」旨主張する。しかしながら、上記証拠から、当時本件著作物がどの程度の客観的価値を有していたかを的確に認定することは困難であるから、1審原告の上記主張をたやすく採用することはできない。 (4) 1審被告による権利の不行使について、1審原告は、「1審被告は、円谷エンタープライズとの間で、昭和59年3月10日、「ウルトラマンZOFFY」についての再放映権許諾契約(甲40)を締結し、8000米ドルを支払っているが、「ウルトラマンZOFFY」は主に本件著作物の名場面を集めた物にすぎないから、上記許諾契約締結の事実は、本件契約が成立していないことの根拠となる。」旨主張する。しかしながら、本件著作物以外の著作物が含まれる映画の許諾契約に際して、許諾料が新たに支払われたとしても不自然とはいえないし、8000米ドルという対価の額に照らせば、1審被告の主張するように、上記金員は技術料等の実費の趣旨で支払われた可能性も否定できないから、1審原告の上記主張を直ちに採用することはできない。なお、原告は、実費としては上記金員とは別に270ドルが支払われている(甲103)旨主張するが、このように低額な実費が支払われたとしても、それ以外に実費の支払がないと直ちにいうことはできない。 (5) 本件著作物に関する1審原告の契約締結状況について、1審原告は、「本件契約書の内容と矛盾抵触する契約が、昭和41年以降、1審原告又はその授権を受けた者により、多数締結されているところ(甲9、37、40ないし49)、本件契約が存在すると、これらはすべて本件契約違反となってしまうから、本件契約が締結されたはずがない。」旨主張する。確かに、上記証拠によれば、1審原告の主張する本件著作物に関する許諾契約が締結されたことが認められる。しかしながら、当時1審被告はAと親しい間柄にあったこと、Aは代理人の立場で被告制作映画@、Aについて権利を許諾し、その代金を1審被告に交付していなかったこと、1審原告は当時多額の債務を負担しており、Aは上記代金を返済できない状況にあったこと等のAの当時の状況によれば、1審原告の指摘する点を十分考慮しても、Aが本件契約を締結する動機はなお十分にあったといわざるを得ないから、1審原告の上記主張も採用することはできない。 (6) 1審原告は、「本件著作物は商法260条2項所定の1審原告の「重要ナル財産」に該当するから、Aが本件契約を締結するには取締役会の決議が必要であり、同人には上記決議を経ることなく本件契約を締結する権限はない。」旨主張する。ところで、代表取締役は、本来株主総会又は取締役会のした意思決定に基づき各自会社を代表して内部的及び外部的な業務執行行為をする権限を有するから、本件においては、代表取締役が上記決定を経ることなくした対外的な取引行為の効力を問題にすれば足りる。これは、本件契約の成立当時の商法上の取締役会の権限についての「会社ノ業務執行ハ取締役会之ヲ決ス」との規定を前提としても同様である。そして、代表取締役が取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を、上記決議を経ないでした場合でも、原則として有効と解すべきであるから、仮にAが本件契約を締結するに当たり、取締役会の決議を経ていないとしても、原則として、本件契約は有効というべきである。したがって、1審原告の上記主張は理由がない。 (7) 1審被告の供述等の信用性について、1審原告は、「円谷エンタープライズの事務所の受付カウンターに常駐していたDは、本件契約書が作成されたとされる日に1審被告を含むタイ人らが来たことを否定している(甲36)。」旨主張する。しかしながら、甲36は、本件契約が成立した昭和51年から27年間も経過した後の平成15年になって作成された陳述書であるところ、上記Dが、来訪者が外国人であるからといって、遠い過去の事実を正確に記憶しているとは考え難いことであるから、上記証拠は、1審被告らの上記来訪の事実を否定する根拠とはならないというべきである。 また、1審原告は、「1審被告は、昭和51年3月2日に1審原告会社においてC立会いの下でAと交渉したと陳述しているが、東京入国管理局の回答(甲96)によれば、Cは同月3日に日本に入国し、同月13日に出国しているから、上記陳述は事実に反する。」旨主張する。しかしながら、現在から25年以上前の時点における入国日時の記憶が数日程度ずれたからといって、そのことから直ちに1審被告の供述及び陳述記載の信用性が否定されることにはならない。むしろ同月3日にCが日本に入国している事実は、上記信用性を裏付ける事実というべきである。 さらに、1審原告は、「1審被告は、Aの秘書であったEを通じて交渉の予約をとるなどしたと主張するが、同人は、昭和50年12月に結婚退職しているから(甲97、98)、上記主張は事実に反する。」旨主張する。しかしながら、上記主張は当審の審理も終局段階になってから1審原告の求釈明に応じて簡潔にされた主張にすぎず、その内容もさして重要な意義を持つものということはできないから、そのような些細な点において記憶違いがあったとしても、1審被告の供述及び陳述記載全体の信用性が否定されることにはならないというべきである。 また、1審原告は、「Aが本件契約書に署名後、本件契約書を入れて渡してくれたと1審被告が主張する封筒(甲99)に記載された住所は、円谷エンタープライズが昭和57年になってから移転した住所であるから(甲100)、1審被告の主張は事実に反する。」旨主張する。甲99がタイ訴訟で提出された証拠と同一の書証であるか否かは明らかとはいえないが、仮にそうであったとしても、些細な点にすぎず、そのことによって、1審被告の供述及び陳述記載の信用性が否定されることにはならないというべきである。 (8) 本件契約書の円谷エンタープライズ名下の印影について、1審原告は、上記印影が、円谷エンタープライズの真正な代表者印の印影と異なる可能性が高い(甲102)旨主張するが、甲102によれば、両印影を1000倍に拡大しても、両者はほぼ合致していることが認められ、このことはむしろ、本件契約書に円谷エンタープライズの真正な代表者印が押印されたことを裏付ける事実というべきである。 (9) その他、1審原告はるる主張するが、前記認定のとおり、本件契約書に円谷エンタープライズの真正な印章が押印されていること、及び1審原告が本件契約書の内容を全面的に肯定する内容の本件書簡を作成していることは、本件契約の成立を強く推認させる事実であり、1審原告の主張する細かな点をすべて考慮しても、本件契約の成立についての結論を左右する事実とはいえない。 (10) 本件契約の内容について、1審被告は、「本件契約の内容は、通常の著作物利用権許諾契約とは全く異なる特異なものであるから、本件契約は、著作権の譲渡契約であると解釈すべきである。」旨主張する。しかしながら、1審被告が主張する点を十分考慮しても、なお、本件契約書の標題及び条項中に「ライセンス」の語が一貫して用いられていること等の原判決指摘の事実によれば、本件契約は、本件著作物の独占的利用権の許諾を内容とするものであり、本件著作物の著作権の譲渡を内容とするものではないと解するのが合理的であると判断せざるを得ない。 3 結論 以上によれば、1審原告の1審被告に対する本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があり、その余は理由がないから、原判決は相当であって、1審原告及び1審被告の各本件控訴は理由がないから、これを棄却することとする。また、当審における新たな請求である反訴請求については、主位的請求は理由がないからこれを棄却することとし、予備的請求は理由があるからこれを認容することとする。よって、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第3民事部 裁判長裁判官 北山元章 裁判官 清水節 裁判官 沖中康人 |
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