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【事件名】大学教授の“セクハラ”発言名誉毀損事件(2)
【年月日】平成15年11月26日
 東京高裁 平成14年(ネ)第2768号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成12年(ワ)第13124号)

判決


主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、金200万円及びこれに対する平成12年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを5分し、その4を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決の1項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成12年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は、原判決別紙記載2の掲示の要領により同記載1の文面の謝罪文を掲示し、同記載3の掲載の要領により同記載1の文面の謝罪文を掲載せよ。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
(5) (2)につき仮執行の宣言
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は、控訴人が、被控訴人の設置する女子大学文学部の非常勤講師として在職中及び離職後に同大学文学部の女性教授の発言により名誉を毀損されたと主張して、被控訴人に対し、民法715条の使用者責任に基づく損害賠償金(慰謝料)1000万円の支払を求めるとともに謝罪文の掲示及び掲載を求めた事案である。原判決は、控訴人の主張する上記教授の名誉毀損発言があったことについて立証されていないとして控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が控訴したものである。
第3 前提事実
 以下の事実は当事者間に争いがないか、証拠(各項末尾掲記)により容易に認めることができる。
1 被控訴人は、キリスト教の精神に基づく学校教育を行うことを目的とする学校法人であり、清泉女子大学を設置している。
2 控訴人(A)は、昭和51年に清泉女子大学文学部国文学科を卒業し、昭和54年に聖心女子大学大学院文学研究科修士課程日本文学専攻を、昭和57年に早稲田大学大学院文学研究科博士課程特別研究生日本文学専攻をそれぞれ修了した者であり、昭和54年から都立高校講師を、平成元年から平成8年まで城西大学非常勤講師を、平成5年から平成11年3月まで清泉女子大学非常勤講師をそれぞれ務め、また、平成4年に設立した教育施設Bの代表者として、その経営及び教育に当たっている。
3 清泉女子大学文学部国文学科(平成9年度から「日本文学科」となる。)には、教授Cが勤務している。
4 清泉女子大学において非常勤講師として国語科教育法を担当していたDは、平成9年4月から、当時3年生であった三十数名の女子学生に対し、繰り返し学外での面会を求める、手紙を出したり電話をかけたりする、学外で酒食を共にする、学生の体や髪に触り、首に手を回すなどのセクシュァル・ハラスメントを重ねていた。控訴人は、平成9年6月ころから、D講師によるセクシュァル・ハラスメントについて被害学生らの相談を受け、その精神的な支えとなっていた。同年10月ころ、被害学生らが被控訴人の学生課に被害の事実を申し出たにもかかわらず、被控訴人が適切に対応しなかったとして、控訴人は、同年12月、当時の清泉女子大学学長Eと面会し、上記学生らの被害の実情について申告した。被控訴人は、平成10年1月、対策委員会を設置し、同年2月、被害学生らの申立てを受け、D講師から事情を聴取し、同月20日、D講師が被害学生らの申立内容を事実であると認めたことを発表するとともに、控訴人の関与は正当かつ必要なものであったことを認め、D講師との非常勤講師委嘱契約を更新しないことを決定した。D講師は、同年3月、被控訴人を退職した。(甲10の1、23)
第4 争点
1 C教授の控訴人に対する名誉毀損行為(争点1)
(控訴人の主張)
(1) C教授は、清泉女子大学内において、以下のとおり発言を反復継続した。
ア 平成10年3月14日ころ、国文科研究室等において、助手及び学生等に対して、「Aが学生と一緒になってセクハラの申立てをして優秀な教官をくびにしたのよ。自分が専任になりたくてあんなことをやったのよ。Aと学生が、ないセクハラをでっち上げて、事を大きくして。」
イ 平成10年4月ころ、国文学科会において、教員に対して、「Aさんの論文だって全然だめだ、論文にもなっていない。Bに清泉の学生をむりやり引いて、高額な金銭を取っている。研究論文が全くなっていない。」
ウ 平成10年5月7日ころ、研究法演習7の授業において、4年生に対して、「A先生は自分の学校を経営しているから良い論文が書けていないんです。国文学者たるもの、研究に専念しなければだめなんですね。学園をお辞めになればもっといい研究者になれるのに。」
エ 平成10年6月20日及び同月27日ころ、日本語教員養成必修授業において、多数の学生に対して、「A先生という一人の講師と今の4年生の学生たちが、ないセクハラをでっち上げ、事を大きくして優秀な教員のくびをきりました。」
オ 平成10年7月16日ころ、研究法演習7の授業において、4年生に対して、「何もなかったのにセクハラを針小棒大にでっち上げて、A先生という一人の講師とあなたたちの学年の一部の学生たちが、ないセクハラをでっち上げ、A先生が事を大きくして、優秀な教員のくびをきりました。」
カ 平成10年10月ころ、日本語日本文学科の授業において、2年生に対して、「A先生をくびにしてやる。」
キ 平成10年12月ころ、日本語日本文学科の授業において、2年生に対して、「A先生は大学と問題を起こした悪い先生だから、私がくびにした。」
ク 平成11年6月5日ころ、日本語文法の授業において、4年生に対して、「朝日新聞なんて全部うそっぱちよ。卒業生と卒業生の講師があんな記事をでっち上げたのよ。私は被害者よ。セクハラなんてなかったのよ。」
ケ 平成11年6月10日ころ、研究法演習7の授業において、4年生に対して、「セクハラなんてなかったのよ。私だってあの卒業生をかわいがって清泉に(講師として)入れてあげたのに、私を裏切って。」
コ 平成11年6月17日ころ、研究法演習7の授業において、4年生に対して、「あの卒業生のあの人、論文だってろくに書いてないし、大学院だってまともに出てないくせに、家がお金持ちだからってやりたいことやって。」
サ 平成11年6月26日ころ、日本語文法の授業において、4年生に対して、「私の授業がこんなに筒抜けなんてひどい。セクハラはなかった、絶対になかったのよ。」
シ 平成11年10月2日及び同月9日ころ、日本語文法の授業において、4年生に対して、「あなたたちも学校からセクハラについての手紙が来たでしょう。でもあれも全部嘘、針小棒大に事を大きくして。全部卒業生と『婦人公論』を書いた人が悪いのよ。皆で私を悪者にして、私は時代の生け贄にされた。」
(2) C教授は、上記(1)のとおり発言を反復継続することにより、控訴人が事実無根のセクシュァル・ハラスメントをねつ造したとの印象を学生及び教職員に与え、控訴人の名誉を毀損した。
(被控訴人の主張)
(1) 控訴人の主張(1)のイないしオの事実は否認し、その余の事実は知らない。
(2) 口頭の発言は、表現内容が消散しやすいから、一般に権利侵害性が低い上、特に雑談や世間話といった私的な会話は、聞き手に真摯なものと受け取られるおそれが少ないから、類型的に社会的評価を低下させるものではなく、実質的違法性がないというべきである。
 また、大学の内部機関である学科会議の場では、発言、討論の自由が最大限に保障されるべきであるから、会議での発言については、発言内容の是非はあるにせよ、法的な評価にはなじまない(司法審査の対象とはならない)ものであって、名誉毀損は原則として成立しないし、大学の授業においては、一般に学問的な評価の自由は保障されるべきであるから、C教授が学問的評価を述べている場合には、名誉毀損は成立しない。
 仮に、控訴人が主張するような発言があったとしても、具体的事実の指摘がないものもあり、これらの発言が控訴人の社会的評価を低下させるものではない。
 なお、控訴人は、C教授の発言について、発言場所、発言相手、発言内容について合理的な理由なく内容を変遷させている。被控訴人に著しい不利益を与える主張の変遷は、被控訴人の防御活動を無にし、訴訟上の信義則に反するものであって、故意又は重過失によって防御対象を拡大させて訴訟を遅延させる場合に当たるから、時機に後れて提出されたものとして却下されるべきである。
2 被控訴人の責任(争点2)
(控訴人の主張)
(1) 被控訴人はC教授の使用者であり、C教授の名誉毀損行為は被控訴人の事業の執行についてされたものであるから、被控訴人は、民法715条に基づき、控訴人に対し、C教授の名誉毀損行為により被った損害を賠償し、被害回復措置を採る義務を負う。
(2) 控訴人は、C教授の名誉毀損行為により著しい精神的苦痛を受けたのであり、これに対する慰謝料としては、1000万円が相当である。
(3) 清泉女子大学内における控訴人の名誉を回復するための措置としては、同大学(省略)内の掲示場所に謝罪文を掲示させるとともに、被控訴人が定期的に発行している学報「おとずれ」に謝罪文を掲載させるのが相当である。
(被控訴人の主張)
(1) 控訴人の主張(1)については、被控訴人はC教授に対し授業中にその内容と全く無関係な第三者の名誉を毀損する発言をすることを職務として許容していないのであるから、C教授の行為は、被控訴人の事業の執行についてされたものとはいえない。
(2) 同(2)及び(3)の主張は争う。
3 大学教員の教育の自由の反射的効果としての免責の抗弁(争点3)
(被控訴人の主張)
 およそ大学教員の大学内における発言、とりわけ教員間の相互批判並びに授業における発言については、大学の設置者は、高等教育機関としての大学の本質及び学問の自由、教授の自由の保障(憲法23条、26条)にかんがみ、条理上、当然に発言の自由を尊重しなければならない。
 そこで、大学設置者は、大学教員の授業中、会議中等の発言については、個別に介入したり、あるいは発言内容について事前に指揮命令することはできない。したがって、大学教員の使用者たる大学設置者は、大学教員の教育の自由の保障の反射的効果として、その発言内容に関しては、仮にそれが違法なものと評価されても民事上の責任を負うものではなく、免責されるべきである。
 控訴人が問題とするC教授の発言等は、いずれも大学教員であるC教授によりその勤務する清泉女子大学内でされたものであるから、被控訴人は、責任を負わない。
(控訴人の主張) 
 高等教育機関である大学の研究者には教授の自由が保障されているが、「教授」すなわち「大学で教える」教育内容とは無関係に何を言っても構わないという自由が保障されているわけではない。C教授の発言は、控訴人及び被害学生の人格を攻撃するものであり、教授の自由によって保障される類のものではなく、被控訴人は、免責されない。
4 選任監督上の注意義務の履行による免責の抗弁(争点4)
(被控訴人の主張)
 C教授は、昭和44年から清泉女子大学文学部国文学科で教鞭をとってきたが、日本語学文法研究論分野の専門家として、研究歴も大学教員として遜色のないものであり、授業及び研究指導にも熱心に取り組んできた。したがって、被控訴人は、C教授の選任について相当の注意をしたというべきである。
 また、被控訴人は、平成10年4月、控訴人からC教授の発言に関する報告を受け、C教授から事情を聴取した。C教授は、控訴人を非難する発言をしたことを否定したが、E学長は、C教授に対して発言を慎むように注意した。被控訴人は、平成10年5月、控訴人からC教授の発言に関する報告を受け、C教授及び同人の発言を聞いたという学生から事情を聴取した。C教授は、控訴人を非難する発言をしたことを否定したが、E学長は、C教授に対して発言を慎むように強く要請した。被控訴人は、平成10年12月24日、控訴人から「C教授が『控訴人には問題があるから大学を辞めさせる。』と発言していた。」との抗議を受け、平成11年3月、C教授の発言を聞いたという学生から事情を聴取し、同年4月3日、同月17日及び同月19日の3回にわたり、C教授から事情を聴取し、弁明の機会を与えた。C教授は、その際、控訴人を非難する発言をしたことを否定しつつ、意図的にしたものではないにせよ授業中に不適切な発言をし、学生に誤解されたのであれば遺憾であるし、E学長からの呼出しに応じなかったことについては反省するなどと述べ、今後このようなことを繰り返さないと確約したため、被控訴人は、C教授が何らかの不適切な発言をしたものと判断し、平成11年5月13日、被控訴人の調査に対するC教授の非協力とセクシュァル・ハラスメントに関する被控訴人の措置等に関する不適切な発言を対象として、C教授に対する訓戒の措置をとった。したがって、被控訴人は、C教授の監督について相当の注意をしたというべきである。
(控訴人の主張)
(1) 被控訴人の主張事実のうち、被控訴人が平成10年4月及び同年5月に控訴人からC教授の発言に関する報告を受けたことは認めるが、C教授が控訴人を非難する発言をしたことを否定したことは否認し、その余は争う。
(2) 被控訴人は、C教授が控訴人に対する名誉毀損行為を継続していることを知りながら、これを防止する措置をとらなかった。なお、被控訴人は、同年3月以降のC教授の名誉毀損行為について、調査公表して再発を防止する義務を怠り、平成11年5月にC教授を訓戒するにとどめた。被控訴人は、同年6月に至って、C教授に対する訓戒の措置をとった旨発表したが、その後もC教授が控訴人に対する名誉毀損行為を継続していたことからすると、被控訴人がC教授に対して採った措置は、不十分なものでしかなかったというべきである。
第5 当裁判所の判断
1 前記第3の前提事実及び証拠(省略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人は、キリスト教の精神に基づく学校教育を行うことを目的とする学校法人であり、清泉女子大学を設置している。
(2) 控訴人は、昭和51年に清泉女子大学文学部国文学科を卒業し、昭和54年に聖心女子大学大学院文学研究科修士課程日本文学専攻を、昭和57年に早稲田大学大学院文学研究科博士課程特別研究生日本文学専攻をそれぞれ修了した者であり、昭和54年から都立高校講師を、平成元年から平成8年まで城西大学非常勤講師を、平成5年から平成11年3月まで清泉女子大学非常勤講師を、それぞれ務め、また、平成4年に教育施設Bを設立し、その代表者として経営及び教育に当たっており、平成10年には日本ペンクラブの会員となった。
(3) 被控訴人は、就業規則(乙19)を定め、次のとおりの規定をおいている。
 第46条 教職員が次の各号の1に該当するときは、これを懲戒する。ただし、教員については、教授会の議を経て行う。
 1 職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき。
 2 本学の名誉を著しく毀損し、又ははなはだしく道義にもとる行為があったとき。
 3 服務の規律に違反し、又は勤務成績が著しく不良のとき。
 4 故意又は過失によって、本学に重大な損害を与えたとき。
 第47条 懲戒は、前条に該当する行為があったときは、次の各号により行う。ただし、反省の念が明らかな場合は、懲戒を免じて訓戒にとどめることがある。
 1 戒告 文書をもって戒め、始末書を提出させる。
 2 減給 1回の額が平均賃金の1日分の半額以内、総額が一賃金支払期における賃金の10分の1以内を減ずる。
 3 停職 始末書を取り、2週間以内出勤を停止し、その期間の給与を支給しない。
 4 免職 予告期間を設けず即時解職し、退職金を減額又は支給しないことがある。ただし、この場合は、所轄労働基準監督署長の認定を受けるものとする。
(4) 清泉女子大学非常勤講師として国語科教育法を担当していたD講師は、平成9年4月から、当時3年生であった三十数名の学生に対し、繰り返し学外での面会を求める、手紙を出したり電話をかけたりする、学外で酒食を共にする、学生の体や髪に触り、首に手を回すなどのセクシュァル・ハラスメントを重ねていた。控訴人は、平成9年6月ころから、被害を受けた学生らの相談を受け、精神的な支えとなっていた。被害を受けた学生らは、同年10月ころ、被控訴人の学生課に上記セクシュァル・ハラスメント被害の事実を申し出で、さらに、控訴人は、同年12月、E学長と面会し、学生らのセクシュァル・ハラスメント被害の実情を申告した。被控訴人は、平成10年1月、F学長補佐を委員長とし、G教務部長及びH学生部長を委員とする対策委員会を設置し、同年2月、被害学生の申立てを受け、被控訴人に対する要望事項を記載した申立書(乙1)を受け取り、D講師から事情を聴取した。対策委員会は、同月20日、D講師が被害学生らの申立内容を事実であると認めたことなどの事実経過を、申立てをした学生らに説明し、同月26日、日本文学科(国文学科)の専任教員に一連の経過を説明した。また、被控訴人は、D講師との非常勤講師委嘱契約を更新しないことを決定し、D講師は、同年3月、被控訴人を退職した。
(5) 清泉女子大学文学部日本文学科(国文学科)教授であるC教授は、平成10年、被控訴人において、次の科目を担当していた。
@ 日本語基礎演習A 1年生対象
A 日本語学概論T 1年生対象
B 日本語文法2 1年生ないし4年生対象
C 日本語学演習 2年生ないし4年生対象
D 研究法演習 4年生対象(卒論指導)
(6) C教授は、平成10年3月14日ころから平成11年10月までの間、清泉女子大学内において、以下のような発言をした(以下、これらの発言を総称して「C発言」といい、個別に「C発言ア」のようにいう。)。
ア 平成10年3月14日ころ、日本文学科(国文学科)研究室などにおいて、I講師及び事務職員らに対して、「Aさんが学生と一緒にセクハラ申立てなんてして」、「あんなことでっちあげよ。学生たちとAさんが、でっち上げて、Aさんが扇動したのよ。」(甲125の1)
イ 平成10年4月、大学内において、教員に対して、「控訴人が自ら経営するBに清泉の学生をむりやり入れて、高額の金銭を取っている。」との趣旨の発言(甲34、35、102、142、弁論の全趣旨)
ウ 平成10年5月7日ころ、授業において、4年生のJらに対して、「A先生は自分の学校を経営しているから良い論文が書けていないんです。国文学者たるもの、研究に専念しなければだめなんですね。学園をお辞めになればもっといい研究者になれるのに。」(甲142、25)
エ 平成10年6月20日ころ及び同月27日ころ、日本語学概論の授業において、学生に対して、「A先生という一人の講師と今の4年生の学生たちが、ないセクハラをでっちあげ、事を大きくして優秀な教員のくびをきりました。」(甲24、60、61、142、25)
オ 平成10年7月16日ころ、研究法演習7の授業において、4年生のJらに対して、「何もなかったのにセクハラを針小棒大にでっち上げて、A先生という一人の講師とあなたたちの学年の一部の学生たちが、ないセクハラをでっちあげ、A先生が事を大きくして、優秀な教員の首を斬りました。」(甲142、25)
カ 平成10年10月ころ、日本語日本文学科の授業において、2年生に対して、「A先生をくびにしてやる。」「大学と問題を起こしたからくびにしてやる。」(甲10の6及び7)
キ 平成10年秋ころ、日本語日本文学科の授業において、2年生に対して、「A先生は大学と問題を起こした悪い先生だから、私がくびにした。」(甲10の6)
ク 平成11年6月5日ころ、日本語文法の授業において、4年生に対して、「朝日新聞なんて全部うそっぱちよ。卒業生と卒業生の講師があんな記事をでっち上げたのよ。」、「私は被害者よ。セクハラなんてなかったのよ。」(甲59)
ケ 平成11年6月10日ころ、研究法演習7の授業において、4年生に対して、「セクハラなんてなかったのよ。私だってあの卒業生のことをかわいがって清泉に(講師として)入れてあげたのに、私を裏切って。」(甲59)
コ 平成11年6月17日ころ、研究法演習7の授業において、4年生に対して、「あなた方も知っているでしょう、あの卒業生のあの人、論文だってろくに書いてないし、大学院だってまともに出てないくせに家がお金持ちだからってやりたいことやって。」(甲59)
サ 平成11年6月26日ころ、日本語文法の授業において、4年生に対して、「私の授業がこんなに筒抜けなんてひどい。セクハラはなかった、絶対になかったのよ。」(甲59)
シ 平成11年10月2日及び同月9日ころ、日本語文法の授業において、4年生に対して、「あなたたちも学校からセクハラについての手紙が来たでしょう。でもあれも全部嘘、針小棒大に事を大きくして」、「全部卒業生と『婦人公論』を書いた人が悪いのよ。皆で私を悪者にして、私は時代の生け贄にされた。」(甲59)
(7) 控訴人及び学生の被控訴人に対する報告、要請、これに対する被控訴人の対応等は、以下のとおりであった。
ア 控訴人は、C発言アを聞いたI講師から知らせを受け、平成10年4月1日までに、当時のK理事長、E学長、F委員長、G教授、H教授らに電話をし、あるいは面談をして、C教授がC発言アをしたことを伝えた。
イ E学長は、平成10年4月13日、C教授から事情を聴いたが、C教授は、自分がC発言アのような発言をするはずがないという態度であった。
ウ 清泉女子大学教職課程担当の一教授が、平成10年4月22日、23日ころ、講義の際、学生らに対し、自分は学生らがD講師からどのようなセクシュァル・ハラスメントを受けたのか承知しておきたいので各自D講師から受けた被害の内容を書いて提出するようにと指示した。学生らは、不本意ながらこの指示に従い、各自の被害を書面に書いて提出したが、被害学生らは、改めて被害の状況を想起し、報告させられたことにより大きな精神的衝撃を受け、このことを同年5月に控訴人に訴えた。控訴人は、同月、F委員長に上記の経過を報告し、抗議した。
エ 控訴人は、その後平成10年6月にかけて、C発言イないしエがあったことを受講していた学生らから聞いて、これをF委員長らに報告した。
オ 控訴人は、平成10年6月末に、学生らの作成した陳述書(すべて片仮名で記されている。甲30の1ないし3)をF委員長に渡した。平成10年7月6日及び同月9日、Lほかの学生らが、同年3月から6月までの間のC発言及び上記ウの一教授の行為についてF委員長に申立てをした。これに対し、F委員長は、調査の上対処すると答えた。
カ F委員長は、上記のとおり学生らの申立てを受けて、上記ウの一教授を問いただし調査した。その結果として、平成10年7月末ころ、F委員長から学生らに対し、同教授の謝罪があったことが伝えられ、その後間もなく同教授の謝罪文も示された。
キ E学長は、平成10年8月10日、C教授と面談したが、その際、C教授は、C発言をしたことを否定した上、今後とも問題ある発言はしないと述べた。被控訴人は、C教授に対して何ら措置を採ることはなかった。
ク E学長は、平成10年8月15日ころ、控訴人に対し、C教授の申立てに基づいてBとM女子大学との関係を確認するためにM女子大学学長に電話したことを告げた。控訴人は、平成10年9月30日、学長室において、C教授の申立てを受けたというE学長、N学長補佐、F委員長、G教授、H教授から、控訴人が授業に絡んで学生をBに勧誘したことの有無及び学生とBとの間の金銭の支払の有無について確認調査を受けた。その結果、控訴人には何ら問題がないことが確認された。
ケ 控訴人は、平成10年11月から12月にかけて、対策委員3名に対し、被控訴人がC発言に対する適切な対応をするようにと繰り返し訴えた。
コ 平成10年12月末ころ、Jほか被害を受けた学生により清泉女子大学ネットワーク(以下「ネットワーク」という。)という組織が結成された。
サ O弁護士は、控訴人代理人として、被控訴人に対し平成11年1月24日付け申入書を送付し、控訴人につき平成11年度の非常勤講師委嘱を更新しないことは一方的な雇い止めであり、控訴人が学生らのセクシュァル・ハラスメント被害の申立てに協力したことに対する不当な報復であると主張した。これに対し、被控訴人は、同年2月9日、代理人の柳沼八郎弁護士と共に控訴人代理人弁護士との協議に応じ、被控訴人の対応等を説明した。
シ 平成11年3月8日、J及び控訴人がF委員長にC発言を報告し、翌9日及び10日、C教授が控訴人を非難する発言をしている旨の学生作成の陳述書(甲10の1ないし8)を提出し、被控訴人が対応することを要望した。F委員長は、この報告及び問題提起についてE学長に報告し、早急に対応するよう要望した(甲9)。
ス 平成11年3月12日、E学長及びF委員長は、国文学科4年生全員に対し、D講師のセクシュァル・ハラスメントの件及びその後の件について、被害申立てをした学生ら及びその学生らを支持した控訴人の正当性を明言し、学内の教員の発言によって学生らが精神的苦痛を受けたことに対するおわびをした。
セ 被控訴人のK理事長は、平成11年3月15日の卒業式当日、卒業生に対し、在学中のセクシュァル・ハラスメント問題について、学内に不適切な発言があったことを認めて謝罪し、卒業生らには非難されるところはない旨、及び発言した教授には法的手段をK理事長の責任において採ることを約束する旨表明した。
ソ 平成11年3月23日ころ、ネットワークが、K理事長、F委員長に要望書を提出した。同月30日、K理事長が、ネットワークに対して、同日付け「要望書への回答」と題する文書(甲2)をもってC教授に対する措置を採ること、学生と控訴人の申立てが正当であること、及び控訴人への名誉回復に努めることを表明した。
タ F委員長は、平成11年4月6日、3年生及び4年生に対するガイダンスにおいて、セクシュァル・ハラスメント事件について申立てをした学生の行為は当然のことであり、控訴人の行為も全く正当なものであったなどと話をした。(甲3)
チ 被控訴人は、平成11年3月以降繰り返してC教授を調査に呼び出していたが、C教授は、これに速やかに応じなかった。E学長及びK理事長は、同年4月3日、同月17日、及び同月19日にC教授と会った。その際、C教授は、控訴人を名指しで非難したことは否定したが、「学生たちは自分の身を隠していながら優秀な教員を辞めさせたというような趣旨の話は何らかの機会にしたかもしれない。意図的ではないが授業中に不適切な発言があったなら遺憾である。理由はあったが、学長の呼び出しに応じなかったことは謝る。」などと述べた。
 被控訴人は、同年5月13日、C教授あての文書(乙18)で、@被控訴人の呼び出しに応じなかったこと、A内容は確定できないものの何らかの不適切な発言があったことについて訓戒の措置を採ったことを確認した。
ツ 控訴人は、清泉女子大学講師を離任するに当たり、大学広報誌「おとずれ」に寄稿することになったところ、E学長は、平成11年4月27日、控訴人の寄稿原稿について、控訴人の社会的評価、経歴、研究業績などの部分を削除し、前文を加筆しようとしたが、控訴人が抗議したため、その寄稿は、元の原稿どおり、5月20日に発行された「おとずれ」(乙5)に掲載された。
テ 平成11年5月22日、「『セクハラの訴え 教官が非難』 清泉女子大」などの標題で本件に関する記事が朝日新聞に掲載された(甲4)。そこで、被控訴人は、学長名の平成11年6月1日付け告示書(乙2)に、この記事が掲載される事態になったことの責任を痛感する、一部教員の何らかの非難発言により2年前の学生の人権に関わる事件の申立てをした学生及びこれをサポートした非常勤講師の正当性と名誉が傷つけられることになったことについて、理事長と学長は3月に学生と非常勤講師(控訴人)にわび、非難発言をした2名の教員には訓戒の措置を採ったことなどを記載して、これを学内に掲示した。
ト 平成11年6月28日ころ、控訴人は、同月中のC発言クないしサについてF委員長に報告をしたが、被控訴人は、格別の対応措置を採ることはなかった。
ナ 平成11年8月、婦人公論に控訴人の執筆した「検証・清泉女子大学セクハラ事件のすべてー学生たちの叫びを聞いてくださいー」が掲載された。被控訴人は、同年9月1日、同窓会幹部に対する説明会を開くとともに、同月末日ころ、全卒業生にあてて、セクハラ発言とその後の不適切発言についての訴えに対する対応を説明し、キャンパスセクハラ防止のための措置を採ることを表明した挨拶文を発送した。
ニ 被控訴人は、平成11年9月18日ころ、ネットワークから、C発言が続いているとの報告及び被控訴人がこれに何らかの対応をするようにとの申し入れ(甲21)を受けたが、被控訴人は、これ以降控訴人やネットワークの報告、申し入れに対する対応はしなくなった。
 E学長は、平成11年9月30日、C教授と面会した。その際、C教授が、「婦人公論」の控訴人の文章に対する怒りを述べたところ、E学長は、C教授に対し、学生への話は慎重にしてほしい旨を述べた。
ヌ 文部省(当時)は、平成11年3月30日、「文部省におけるセクシュァル・ハラスメントの防止等に関する規程」(文部省訓令第4号)を制定し、同年4月1日から実施することとして、各国公立大学長等に通知したが、この通知を各公私立大学長あてにも通知して、同通知書の趣旨を踏まえ、啓発活動の実施や相談体制の整備等セクシュァル・ハラスメントの防止等に積極的に取り組むことを依頼した。
 同訓令には、次のとおり定められている。
(監督者の責務)
 第4条  職員を監督する地位にある者(以下「監督者」という。)は、次の各号に掲げる事項に注意してセクシュァル・ハラスメントの防止及び排除に努めるとともに、セクシュァル・ハラスメントに起因する問題が生じた場合には迅速かつ適切に対処しなけばならない。
 1 日常の執務を通じた指導等により、セクシュァル・ハラスメントに関し、職員の注意を喚起し、セクシュァル・ハラスメントに関する認識を深めさせること。
 2 職員の言動に十分な注意を払うことにより、セクシュァル・ハラスメント又はセクシュァル・ハラスメントに起因する問題が職場に生じることがないよう配慮すること。
 (甲12、93)
ネ 被控訴人は、平成11年10月1日付けで、「セクシュァル・ハラスメントの防止等に関する規程」を定め、「セクシュァル・ハラスメント防止委員会」を設置した。(乙12)
 以上の事実を認めることができるところ、上掲証拠のうち、甲第10号証の1ないし8、第15号証、第23号証ないし第25号証、第30号証の1ないし3、第59号証ないし第64号証は、いずれも原審において、清泉女子大学の学生であった者が何らかの不利益を受けることをおそれて匿名で作成した陳述書等として提出されたものであり、原審においては、その証拠能力の吟味を経られないとしていずれも証拠能力を否定されたものである。しかしながら、当審における証人Lの供述によれば、甲第24号証は平成10年度に4年生であったLが作成したものであり、甲第25号証(甲142号証)及び第64号証はJが作成したものであること、また、甲第10号証の1ないし8はJほかが平成11年3月9日及び10日にF委員長に提出するために学生の一人がワープロで記載して作成したものであること、甲第30号証の1ないし3は平成10年7月にF委員長に提示するために学生が作成したものであること、甲第59号証ないし第64号証は平成12年5月から7月ころまでの間に学生が作成したものであることがそれぞれ認められ、かつ、これらの各陳述書の記載は、C教授の講義を受講した学生らが、自ら直接その体験したことなどを記載したものであり、いずれも証明力のあるものとして採用することができる。(甲31、47、52、131、142、183)。
 なお、控訴人は、C教授が平成10年4月ころ、国文学科会において、教員に対して、「Aさんの論文だって全然だめだ、論文にもなっていない。」、「研究論文が全くなっていない。」との発言をしたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
 ところで、被控訴人は、上記各陳述書中のC発言のされた日時、場所についての記載には客観的な授業の実施状況や教室の使用状況と矛盾するものが少なくないと主張し、これに沿う記載のある書証(乙13、14)もあるが、C教授は、特に研究法演習については日時等の変更を自由にしていたものであるから(弁論の全趣旨)、上記乙号証の存在によりC発言の日時及び内容についての上記各陳述書の信用性が失われるものではない。また、被控訴人は、控訴人がC教授の発言の場所及びその内容等について主張を変遷させているというが、C教授の発言の場所及び内容についての控訴人の当審における新たな主張は、C教授が前記C発言と同旨の内容の発言を他の機会にも頻繁に繰り返していたことの事情として主張するものと解される。
2 C発言の名誉毀損該当性
 前記認定のC発言は、控訴人が、事実無根のセクハラ事件をねつ造したこと(C発言ア、エ、オ、ク、ケ、サ、シ)、講師の立場を不正に利用して自己の経営する教育施設Bの利益を図っていること(C発言イ、ウ)、学歴(研究歴)及び学問的業績に乏しいものであること(C発言ウ、コ)、清泉女子大学講師としての適性がないこと(C発言カ、キ)などを内容とするものであり、清泉女子大学における講義(演習等を含む。)、又は教員室等大学構内において、控訴人が講師として所属する同大学の学生、教員又は事務職員に対してされたものであるから、研究者、教育者である控訴人の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損する事実の摘示又は意見ないし論評の表明に当たるものである。
 なお、C発言ウ、カ、キ、コは、控訴人は学歴(研究歴)及び学問的業績に乏しい、又は清泉女子大学講師としての適性がないというものであり、これらが純粋に学問的観点からする学者、研究者に対する評価、批判としての発言であるならば違法性がないというべきである。しかし、上記各発言は、上記各証拠からうかがわれる前後の脈絡からは、控訴人に対する反感に基づく単なる人格攻撃というべき発言が繰り返される中で発せられたものであることが明らかであり、その状況にかんがみれば、これらを正当な学問的評価、批判と認めることはできず、いずれも違法な名誉毀損発言に当たるというべきである。
 また、C発言の中には、控訴人の名を明示せず(C発言サ)、「卒業生の講師」(C発言ク)、「あの卒業生」(C発言ケ、コ)、「婦人公論を書いた人」(C発言シ)と表現しているものがあるが、その発言がされた状況から、いずれも控訴人を対象にした発言であることが明らかであり、C発言を聞いたLほかの学生らも、これらの表現が控訴人のことを指すものであると理解していた(証人L)のであるから、控訴人に対する名誉毀損行為というべきである。
 C発言は、いずれも口頭の発言であるが、口頭の発言であることにより違法性がないということにはならない。また、上記の摘示された事実又は意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であること、又は行為者において同事実を真実と信ずる相当の理由があることについては、何らの主張立証がない。
3 被控訴人の使用者責任
 被控訴人は、C教授に対し授業中にその内容と全く無関係な第三者の名誉を毀損する発言をすることを職務として許容していないのであるから、C教授の行為は被控訴人の事業の執行についてされたものではないと主張するが、C発言は、清泉女子大学における講義時間中の教授としての発言、又は大学構内における教員としての発言であるから、C教授の被控訴人の教員としての行為と密接に関連するものであり、被控訴人の事業の執行につきされたものというべきである。
 そうすると、被控訴人は、被用者であるC教授が違法なC発言をしたことについて、使用者として責任を負うものというべきである(民法715条)。
4 免責事由
(1) 被控訴人は、大学の設置者は、高等教育機関としての大学の本質及び学問の自由、教授の自由の保障にかんがみ、条理上、当然に大学教員の発言の自由を尊重しなければならず、大学教員の教育の自由の保障の反射的効果として大学教員であるC教授の清泉女子大学内でされた発言内容に関しては民事上の責任を負わないと主張する。
 しかし、高等教育機関である大学の教員に教授の自由が保障されているというのは、教員の学問的な見解の表明として他の者の学問的業績等を批判することについては法的責任を問われないというものであり、講義の際の発言についてはその内容のいかんを問わず一切責任を負わないと保障されているわけではない。C発言の内容は、その学問的批判や見解の表明と評価し得るものではなく、控訴人及びセクシュァル・ハラスメントを受けた被害学生らの人格を攻撃し侵害するものであり、学問の自由、教授の自由によって保障されるものということはできないから、C発言をしたC教授には不法行為が成立し、その雇用者である被控訴人は民法715条の使用者責任を免れるものではない。
(2) 被控訴人は、C教授の監督について相当の注意をしたから、使用者としての責任を負わない旨主張する。
 そこで検討するに、確かに、被控訴人は、被用者で大学教授であるC教授の講義の内容自体に介入することは差し控えなければならないであろう。そして、C発言に関する控訴人及び学生らの報告や要請に対する被控訴人の対応は前記1認定のとおりであるところ、被控訴人は、C発言イについては、前記認定1(7)のクのとおり対応し、適切な措置を採ったものと認めることができるけれども、被控訴人は、C教授が名誉毀損に該当するその他のC発言を継続していることを知りながら、これに対する適切な措置を採っていたものということはできない。なるほど、被控訴人は、平成11年6月までにC教授に対して訓戒の措置をとったが、その訓戒は、@被控訴人の呼び出しに応じなかったこと、A内容は確定できないものの何らかの不適切な発言があったことを理由とするものであって、およそC教授の控訴人に対する名誉毀損の発言に明確に対処したものであるということはできない。それゆえに、現にC教授は訓戒後もC発言クないしシの発言を繰り返しているものであるといい得るところ、被控訴人は、同月以降、特に控訴人の執筆した「検証・清泉女子大学セクハラ事件のすべてー学生たちの叫びを聞いてくださいー」が婦人公論に掲載されてから後は、控訴人及びネットワークの報告や申し入れに全く対応することがなくなったことは前記認定のとおりであって、被控訴人が前記就業規則所定の懲戒権を適切に行使するなど何らかの適切な措置を採ったものと認めることはできない。
 以上によれば、被控訴人は、使用者としての監督義務を尽くしたということはできず、民法715条所定の責任を免れることはできない。
5 損害賠償額
 本件に現れた諸般の事情を総合考慮すれば、控訴人がC発言により名誉を毀損され被った精神的苦痛を慰謝するために必要な額は、200万円とするのが相当である。
6 謝罪広告 
 控訴人は、清泉女子大学内における控訴人の名誉を回復するための措置としては、同大学(省略)内の掲示場所に謝罪文を掲示させるとともに、被控訴人が定期的に発行している学報「おとずれ」に謝罪文を掲載させるのが相当であると主張する。しかしながら、被控訴人は名誉毀損発言をしたC教授の所属する大学を設置している学校法人であり、民法715条の使用者責任による損害賠償責任を負うものであるが、民法723条の謝罪公告は「他人の名誉を毀損したる者」に対して命じられるのであるから、被控訴人に対してC教授による名誉毀損についての謝罪を命じることは適当ではない。加えて、上記1で認定した事実、とりわけ、C発言は、いずれも大学における講義、又は教員室等大学構内において、学生や教員等の限られた範囲の者に対し口頭でされたものであることを考慮すると、名誉回復のため謝罪広告を命じなければならないものとまで認めることはできない。
7 よって、控訴人の請求は、被控訴人に対し、民法715条に基づく損害賠償金200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年7月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、当裁判所の上記判断と異なる原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第20民事部
 裁判長裁判官 久保内卓亞
 裁判官 大橋弘
 裁判官 長谷川誠
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