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【事件名】派遣社員情報持出し事件
【年月日】平成15年11月13日
 東京地裁 平成12年(ワ)第22457号 損害賠償等請求事件
 (中間判決の口頭弁論終結の日 平成14年9月19日)
 (終局判決の口頭弁論終結の日 平成15年9月1日)

判決
原告 日本人材サービス株式会社
原告訴訟代理人弁護士 中村治嵩
同 石橋克郎
同 中島泰淮
被告 ハンドハンズ株式会社
被告 B
被告 A
被告ら訴訟代理人弁護士 若山保宣
同 西村浩一


主文
1 被告らは、原告に対し、各自6269万円及びこれに対する被告ハンドハンズ株式会社については平成12年11月3日から、被告Bについては同月8日から、被告Aについては同月6日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その3を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
4 この判決のうち第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
1 被告らは、本判決末尾添付の中間判決の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対し、面会を求め、電話(FAX・Eメール等を含む。)をし、若しくは郵便物を送付するなどして派遣社員契約を締結し、又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
2 被告らは、被告らを来訪し、又は被告ら宛てに電話(FAX・Eメール等を含む。)若しくは郵便物により連絡をしてくる本判決末尾添付の中間判決の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣名簿スタッフ名簿」記載の者に対し、派遣社員契約を締結し、又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
3 被告らは、その保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿及びこれに基づいて被告らが作成した被告ハンドハンズ株式会社の登録派遣スタッフ管理名簿を廃棄せよ。
4 被告らは、原告に対し、連帯して1億6069万8595円及びこれに対する被告ハンドハンズ株式会社については平成12年11月3日から、被告Bについては同月8日から、被告Aについては同月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告及び被告ハンドハンズ株式会社(以下「被告会社」という。)は、いずれも、会社、法人、団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。原告は、原告の元従業員(取締役)であった被告B(以下「被告B」という。)及び被告A(以下「被告A」という。)が、被告Bの設立した被告会社に対し、原告の営業秘密である派遣労働者(以下「派遣スタッフ」という。)の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為)、被告会社が被告B及び被告A(以下この両名を「被告Bら両名」ということがある。)によるこの開示行為が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用した(同項8号所定の不正競争行為)と主張して、被告らに対し、同法3条に基づきこれらの情報により知り得た派遣スタッフに対し勧誘行為を行うことの差止め及び派遣労働者名簿等の廃棄を求めるとともに、主位的に同法4条、5条1項、予備的に民法44条、415条、709条、719条、商法254条3項、254条ノ3、266条1項、266条ノ3に基づき損害賠償を求めている。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 原告は、昭和60年6月15日、会社、法人、団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告会社は、平成11年3月19日、上記の原告の目的と同じ目的で設立された株式会社であり、原告と労働者派遣事業の分野において競業関係にある。原告の取締役営業副本部長の地位にあった被告Bは、被告会社を設立し、設立と同時に代表取締役に就任した。また、原告の取締役営業部長であった被告Aは、被告会社営業部長に就任した。その後、平成12年8月28日、被告Bは被告会社の代表取締役を退任し、同日、被告Aが被告会社の代表取締役に就任した。
(3) 原告は、平成11年2月ないし5月当時、同社に氏名等の情報を登録していた本判決末尾添付の中間判決(以下「中間判決」という。)の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」(以下「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」という。)記載の各人について氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また、原告は、そのころ、中間判決添付の別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」(以下「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」という。)記載の各企業について、名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等の事項を内容とするリストを作成して管理していた。
 他方、被告会社は、平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフとして登録した中間判決添付の別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載の各人について原告と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また、上記期間内に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は中間判決添付の別紙「被告顧客(派遣先)名簿」のとおりであり、これらの派遣先事業所について、被告会社は、原告と同様の事項を内容とするリストを管理していた。
(4) 被告会社に登録している派遣スタッフ及びその派遣先事業所のうち、原告会社のそれと重複するものは、被告B及び被告Aが原告在職中に知り得た情報を「手控え」と称する手帳に書き留めていたものを、被告会社が入手することにより知り得たものである。
2 争点
(1) 原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に、原告会社において、当時、派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、営業秘密として管理されていたか(争点1)。
(2) 被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し、被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用したか(争点2)。
(3) 原告の損害(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に、原告会社において、当時、派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、営業秘密として管理されていたか)及び争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し、被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用したか)についての当事者の主張は、中間判決の「事実及び理由」欄第3、1、2記載のとおりである。
2 争点3(原告会社の損害)について
(1) 原告の主張
ア 被告らの不正競争行為によって、被告会社は、別表A−2「被告ハンドハンズ株式会社の不正競争による売上高及び得た利益集計表」記載の合計金額1億5455万3530円の利益を受けたというべきである。これを詳述すれば以下のとおりである。
(ア) まず、原告の派遣先事業所に関する情報の不正取得との関係では、平成13年12月14日現在の被告の派遣先との契約82件は、すべて「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の原告の派遣先事業所の情報と一致しており、上記82件の契約はすべて不正競争行為によって獲得したものであることが明らかであるところ、現在においてもこれらの契約は続いているものと考えられる。
(イ) 次に、原告の派遣スタッフに関する情報の不正取得との関係では、被告会社設立日(平成11年3月19日)以降被告会社が初めて募集広告を出した平成12年8月30日までの被告会社派遣スタッフは原告から不正競争行為によって引き抜いた原告に登録していた派遣スタッフである。その後独自の派遣スタッフ募集活動を開始してからでも平成13年12月14日時点で被告会社に雇用されている半数の派遣スタッフが原告から侵奪した登録派遣スタッフであり、さらに現在でも約20名の原告に登録していた派遣スタッフを雇用し続けている。
(ウ) 以上の事実からすれば、被告らによる原告の保有する営業秘密の不正取得及び使用により被告会社が現在でも継続して経済的利益を受けていることは明らかであるが、損害の性質上、その額を具体的に立証することは困難である。
 そこで、民事訴訟法248条の趣旨に照らし、不正競争防止法5条1項によって原告の損害と推定される被告の利益としては、@平成12年8月(被告会社が自ら営業所を開設し募集活動を開始した時期)までの被告会社の売上は、原告から侵奪した派遣先事業所、派遣スタッフに関する情報によって得た売上であるから、被告会社の売上からその変動経費を控除したいわば限界利益というべきものが原告の損害と推定される被告会社の得た利益として認められるべきであり、A平成12年9月以降についても、基本的に上記の限界利益が原告の損害と推定される被告会社の得た利益と認められるべきであるが、この間の売上については被告会社の営業努力等の寄与も否定できないところであるので、不正競争行為の寄与率は3年間でゼロまで逓減するという前提に立つこととし、上記の方法によって算出された各月ごとの限界利益を平成15年8月までの3年間にわたり均等償却計算し、算出された額の合計額が原告の損害と推定される被告会社の得た利益と認められるべきものである。
 以上により計算される被告会社の利益は別表A−2「被告ハンドハンズ株式会社の不正競争による売上高および得た利益集計表(平成15年8月再計算版)」記載のとおり、1億5455万3530円である。
イ したがって、上記の被告が受けた利益1億5455万3530円に弁護士費用614万5065円を加算した1億6069万8595円が不正競争防止法4条に基づき被告らが負担すべき原告の損害額である。
 また、原告の取締役であった被告B及び被告Aの行為はそれぞれ、不法行為、取締役の忠実義務・善管注意義務違反、雇用契約上の付随義務違反に該当するところ、原告には少なくとも前記金額を下回らない損害が生じたというべきである。
 以上より、原告の損害賠償請求についてまとめると、原告は、被告ら各自に対し、主位的に不正競争防止法2条1項7号、8号、14号、同法4条、5条1項に基づき1億6069万8595円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告会社については平成12年11月3日から、被告Bについては同月8日から、被告Aについては同月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、予備的に、被告会社に対しては民法709条、719条、被告B及び被告Aに対しては、民法415条、709条、719条、商法254条3項、254条ノ3、266条1項にそれぞれ基づき、被告ら各自に対し上記の金員及び遅延損害金の支払を求めているものである。
(2) 被告らの主張
 原告の主張は否認ないし争う。
 原告らの主張する損害は、以下のア、イに述べるとおり、被告らの不正競争行為との間に因果関係のないものであるし、仮に因果関係があるとしても後記ウにおいて述べるとおり、原告の主張する損害額は認められない。
ア 派遣スタッフの自由意思
 派遣スタッフは、日常的に複数の派遣会社に重複登録しており、提示された派遣先・派遣条件を選択して、特定の派遣会社からその派遣先に派遣されることになる。そして、どの派遣会社から派遣されるかは、派遣スタッフの純然たる自由意思であり、自己の希望する派遣先・派遣条件を選択するのである。また、派遣スタッフは、派遣中であっても、他社への重複登録をわざわざ解消するものではなく他社から別途の派遣先・派遣条件が提示されることも少なくない。派遣スタッフは、派遣中の派遣先・派遣条件と新たな提示を比較して、よりよい派遣先・派遣条件であればそれを選択し、別の派遣会社から、その派遣先へ行くことになる。
 そして、よりよい派遣先・派遣条件を提示することは、派遣会社の最も重要なサービスであり、そのなかには派遣会社の営業マンがどういった人物であるかという点も含まれる。原告には、社会保険にすぐに加入できない、派遣スタッフのフォローが足りない、人材サービスの評判が悪いといった問題があったことに加え、原告の中心的人物で派遣スタッフと接点を持っていた被告Bや被告Aが原告を辞めて被告会社に移ったこともあり、派遣スタッフが被告会社を派遣会社として選択することも十分あり得ることである。したがって、派遣スタッフの移籍は、同人らの自由意思に基づくものであり、派遣スタッフの移籍と被告らの行為との間には因果関係はない。
イ 派遣先の自由意思
 派遣先企業は、良質なスタッフを良い条件で獲得するために、複数の派遣会社にオーダーを出している。派遣先企業からすれば、よりよい条件で良質のスタッフが供給されるのであれば、どの派遣会社かにこだわるものではない。そして、派遣会社の営業マンは、派遣先と派遣スタッフのトラブルを調整する役割を担っているから、派遣会社の営業マンが誰であるかということは、派遣契約を締結する際の重要なファクターとなる。その意味で、長年中心的役割を果たしてきた営業マン2人が立て続けに辞めた原告と比較して、従前懇意にしていた営業マンがいる被告会社を派遣会社として選択することは派遣先企業にとって合理的な選択であるところ、派遣先企業が被告会社と派遣契約を締結したとしてもそれは派遣先企業の自由意思に基づくものであり、被告らの行為との間に因果関係はない。
ウ 損害額の算定
(ア) 販売費及び一般管理費
 原告は、不正競争防止法5条1項の侵害者の得た「利益の額」については、製造販売業の場合でいうと侵害者の商品の売上額からその仕入価格等販売のための変動経費のみを控除した額と解すべきであると主張し、本件においては、派遣料金総額から派遣スタッフに支払われる給与総額、派遣スタッフの年休手当総額、労働保険料の総額及び社会保険料の総額等の合計額のみを控除すべきとする。
 しかし、当然のことながら、派遣スタッフの派遣等の役務の提供には販売費及び一般管理費(以下「販管費」という。)を要しているのであるから、これらの経費を無視して被告会社の利益を認定することはできない。したがって、同項の「利益の額」とは、売上高から売上原価だけでなく、販管費も控除した額と解すべきである。本件においては、別表B−1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの販管費が生じたので、それを同表の「売上高に対する販管費の比」記載のとおりの割合に従って、粗利益から控除すべきであり、具体的には、別表B−2「ハンドハンズ株式会社(被告会社)売上・利益集計表」記載のとおりの利益と認めるべきである。そうすると、結局のところ原告の損害と推定すべき被告会社の利益はなかったということになる。
(イ) 人的範囲
 原告は、派遣先企業に派遣された派遣スタッフが原告と関わりを有する者かどうかに関係なく被告の利益を算定している。しかしながら、原告が損害算定の対象とする派遣先企業に派遣された派遣スタッフのうち「C」、「D」、「E」、「F」、「G」「H」及び「I」については、原告での稼働実績がないものであるし、「J」「K」「L」、「M」、「N」、「O」、「P」、「Q」及び「R」については、原告での稼働時と被告会社での稼働時で派遣先企業が異なっていたり、派遣期間の連続がないものであるから、これらの者が派遣された分を損害算定の基礎に含めるのは相当ではない。また、前述のとおり、仮に原告に登録していた派遣スタッフであっても被告会社に登録するかどうかは、派遣スタッフの自由意思であるから、被告会社の全派遣スタッフを対象とするのは不当である。
(ウ) 期間的範囲@終期
 原告は、自社が派遣していたスタッフ、登録していたスタッフ、派遣先が重複しているスタッフについて、すべて原告の損害として列挙し、その上現在に至るまで損害が継続的に発生していると主張する。そもそも、派遣スタッフは永続的に働くことが予定されているものではなく、1回の契約期間で終了する者も多いところ、本件の派遣スタッフはすべて原告との契約更新時に派遣スタッフらの自由意思で移籍しているのであるから、原告の権利は何ら侵害されていないし、被告会社に移籍した派遣スタッフによって被告会社が利益を上げたとしてもその利益が原告会社の損害と推定されるものではない。
 さらに、通常の雇用と区別するために(通常雇用者を派遣スタッフによる代替から保護するため)、労働者派遣法(労働者派遣の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律)ないし同法施行令は、派遣期間の制限を設けており、これを更新によって超えることはできない。よって仮に、契約更新時の移籍も被告らの行為と因果関係があるとする場合であっても、原告の損害と推定される被告会社の利益は契約期間1回分(被告会社での最初の契約更新時)ないし移籍後契約終了時までの分と解すべきである。
(エ) 期間的範囲A始期
 原告は、契約開始時期が平成13年12月14日である派遣スタッフに関しても損害算定の対象としている。しかしながら、原告が損害算定の対象として主張する派遣スタッフの契約開始時期の最も早いものが平成11年5月1日であるから、原告が損害額算定の対象として主張している派遣スタッフの契約開始時期には2年6か月以上の開きがある。契約開始時期の遅い派遣スタッフは、それまでの間原告との間で複数回更新を繰り返しているものと思われるが、そのような派遣スタッフが被告会社に転籍したとしても、それは専ら派遣スタッフの自由意思で被告会社を選択し、登録したものであるから、原告の権利は何ら侵害されていないし、被告会社に移籍した派遣スタッフによって被告会社が利益を上げたとしてもその利益が原告会社の損害と推定されるものではない。
 よって、仮に更新時に原告から被告会社へ転籍したスタッフをも損害額算定の対象に含めるとしても、被告会社設立後被告会社に転籍するまでの間原告において更新したスタッフをも損害の対象に含めることは妥当ではない。
(オ) 期間的範囲B派遣期間
 仮に、派遣スタッフが派遣先企業に一定期間従事するという社会的事実が存在するとしても、それは派遣会社の営業努力によるものである。原告が、損害額算定の対象としているスタッフのうち、既に原告から派遣先企業に派遣されていた者もいるから、派遣先企業に一定期間従事することを前提にするとしても、原告での派遣期間を差し引くべきである。
(3) 被告らの主張に対する原告の反論
ア 派遣スタッフの自由意思について
 被告らの主張は、実質的には、中間判決で認定された被告らの行為の違法性の点について更に蒸し返しているに過ぎないのであり、反論になっていないというべきである。被告らは、派遣スタッフの時給を被告らが知らなくとも被告らは相場より高い時給を提示することもできたし、被告会社としては時給を知りたければ派遣先企業や派遣スタッフから知ることもできたのであるから、被告会社が派遣スタッフの時給等の情報を入手し、使用したことと派遣スタッフの移籍との間に因果関係はないとも主張するが、派遣スタッフの時給は競合会社の情報のないまま相場だけで決められるものではないし、派遣先企業等が派遣スタッフに関する情報を他の派遣会社に開示するはずもないのであって、被告らの主張は実態を無視した主張である。
イ 派遣先の自由意思について
 被告らは、被告らの営業によって、派遣先企業が被告会社と派遣契約を締結したとしてもそれは派遣先の自由意思なのであるとし、被告らの行為と原告の損害との間に因果関係がないと主張するが不当である。派遣先となる企業が派遣会社から労働者の提供を受けているか、どこの派遣会社を使っているのか等の情報を入手するだけでも競合派遣会社は派遣先企業にアプローチして顧客の開拓が可能になるのであるから、派遣先の意思を云々するまでもなく、被告らの不正競争行為と原告の損害との間の因果関係は明白である。
ウ 損害額の算定について
(ア) 販管費について
 被告らが主張する販管費には、役員報酬、給与手当、賞与、福利厚生費、地代家賃、広告宣伝費、接待交際費、業務委託費等様々な雑多な費用が含まれており、被告会社が不正競争行為に基づき原告の派遣契約を奪わなくても支出すべき費用が多く含まれており、失当である。逸失利益の算定に当たって、派遣契約数に関わりなく生じる費用も利益額から控除してしまうと、原告が被告の違法行為がなければ得られたはずの利益額よりも控除分だけ過小な額を算定してしまうことになる。特に、本件においては、新規参入者の被告には、営業所の設置等、派遣業としての環境整備のための諸々の費用が生じるのであるが、こういった費用についてまで控除の対象とすることは、原告には全く必要ではない費用項目も控除するということであり、不当であるといわざるをえない。
 被告が主張する別表B−1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載の経費のうち、原告において変動費用として控除を認めるのは、以下のとおりであり(以下@からD掲記の費用を総称して「販管費中変動費」ということがある。)、これらの合計額の販管費中に占める割合は1.9パーセントであるところ、すでに原告の請求においてこの費用分は控除している。
@ 「2 給与手当」の費目のうち、「事務人件費」として1契約当たり月額1250円、「渉外人件費」として1契約当たり月額3800円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
A 「7 消耗品費」の費目のうち、「請求書用紙代」として1契約当たり月額5円、「タイムカード代」として1契約当たり月額5円、トナー代他として1契約当たり月額10円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
B 「17 旅費交通費」の費目のうち、「渉外交通費」として1契約当たり月額600円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
C 「18 通信費」の費目のうち、「電話FAX代」として1契約当たり月額250円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
D 「19 支払手数料」の費目のうち、「給与振込手数料」として1契約当たり月額800円、「代金回収手数料」として1契約当たり月額600円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
(イ) 派遣労働者の受入れ期間の規制について
 被告らは、原告の損害額の算定が、労働者派遣法ないし同法施行令に違反する派遣労働者の受入れ期間の扱いを前提とするものであって不当であるとの主張をするが失当である。本件で問題となっている派遣契約には法令による派遣契約の継続の制限はない。ただし、派遣契約の契約書面上の期間の上限が1年と定められ、自動更新が認められないため、いったん1年内の派遣契約期間を定め、それ以降は合意に基づいて契約更新をしなければならないだけである。また、法令以外で派遣期間について触れたものに「3年を超えて引き続き同一の業務に継続して派遣労働者を従事させる場合は、正社員雇用の機会が狭められるため、直接雇用することが望ましい」とした昭和64年1月の労働大臣通達が存するが、昨今の不況の下では、むしろ「3年を超えることを理由に派遣労働者の雇用機会を奪うことのないように」との指導が職業安定所からなされているのであり、この通達も原告と派遣スタッフとの契約期間を制限すべき理由にはなり得ない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に、原告会社において、当時、派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、営業秘密として管理されていたか)及び争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し、被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用したか)について
 争点1、2に関し証拠により認定される事実関係は、中間判決の「事実及び理由」欄第4、1記載のとおりである。
 争点1についての当裁判所の判断は、中間判決の「事実及び理由」欄第4、2記載のとおりである。すなわち、平成11年2月ないし5月当時、原告会社において、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報は、秘密として管理されていたものと認められるものであり、原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等に関する情報及び「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等に関する情報は、いずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するものというべきである。
 争点2についての当裁判所の判断は、中間判決の「事実及び理由」欄第4、3記載のとおりである。すなわち、被告B及び被告Aの行為は、いずれも、不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当するものであり、被告会社の行為は、営業秘密について被告B及び被告Aによる不正開示行為があったことを知って営業秘密を取得し、これを使用して原告会社の登録派遣スタッフに対して勧誘等を行っているものであるから、同法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。被告らの行為が民法上の一般不法行為等に該当する旨の原告の主張は、上記の不正競争防止法上の主張との関係では予備的併合の関係にあるから、これについては判断しない(なお、訴状には被告らに不正競争防止法2条1項14号の行為があることを主張するかのような記載もあるが、原告は「虚偽の事実」に該当すべき具体的内容を全く主張していない。したがって、仮に原告が訴状において同号所定の不正競争行為をも主張しているとしても、理由がない。)。
2 争点3(原告の損害)について
(1) 前記争いのない事実(第2、1)、前記1掲記の事実(中間判決の「事実及び理由」欄第4、1記載の事実)、争点1、2に関する判断で認定説示した事実(中間判決の「事実及び理由」欄第4、2、3記載の事実)に証拠(甲2、4、14、54、65、66、乙3の1ないし43、乙4の1ないし4、乙5の2ないし355、乙16ないし20)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
ア 被告会社は、原告の取締役であった被告Bらによって設立され、平成11年3月19日に設立登記を了し、被告Bが代表取締役に就任した。また、被告Aは、同年6月ころ、被告会社に入社し、営業部長に就任した。その後、平成12年8月28日付で被告Bが退任し、後任の代表取締役には被告Aが就任した。
イ 被告B及び被告Aは、原告に在職中、他の営業課員と同様に、派遣スタッフや派遣先企業に関する詳しい情報を、手控えとして自分の手帳にメモしておき、これを日常の業務において利用していたが、この手控えによって被告B及び被告Aは派遣スタッフ及び派遣先企業に関する情報を入手した。
ウ 被告B及び被告Aは、原告を辞めて被告に移る前後の時期に、上記の手控えをもとに原告に登録している派遣スタッフに対し、被告会社への移籍を働き掛ける内容の手紙を送付するなどの勧誘をした。また、同じく上記手控えをもとに原告の派遣先企業に対しても、派遣元を被告会社に変更するように働きかけを行うなどの勧誘をした。その結果、被告会社に移籍した派遣スタッフや派遣元を被告会社に変更した派遣先企業もあった。
エ 労働者派遣業を行うためには、労働者派遣の受注を得ること、派遣先企業からの要請に見合った人材を派遣できるように人材を確保しておくことが必要であり、派遣先企業や派遣スタッフの登録獲得のために事業者は広告宣伝や営業活動を行う。しかしながら、被告会社は会社設立後、平成12年8月に初めて雑誌に求人広告を出すまでの間は、ビルの1室で看板等も出さずに営業を行っており、雑誌等に求人広告や営業広告を載せるなどの広告宣伝を行うこともなく、専ら上記手控えに基づいて入手した情報に基づいて派遣スタッフや派遣先企業の獲得を行っていた。
オ 派遣会社は派遣スタッフとして稼働する希望を有する者を登録させ、その中から派遣先企業に派遣するスタッフを選定することになる。もっとも労働者派遣の市場は流動性があるので、派遣スタッフは常に決まった派遣会社に登録しているわけではなく、複数の派遣会社に登録していることも少なくない。そして、派遣会社が、実際に派遣先企業に派遣スタッフを派遣する場合には、派遣先企業との間で個別労働者ごとの有期派遣契約を締結するとともに派遣スタッフとの間で有期の雇用契約を締結することになるが、これらの契約は、1か月から数か月程度の期間を定めた契約であることが多く、労働者派遣法上の規制があるため一定の職種を除き1年を超える契約期間が定められることはない。契約期間満了時に当事者間に異議がなければ契約が更新されることも多いが、派遣先企業において、派遣スタッフの能力や派遣会社の人材管理に不満がある場合や他の派遣会社からよりよい条件を提示された場合などには、契約を更新せず、他の派遣会社に変更することもしばしば行われている。
カ 平成11年5月から平成13年12月までの間、被告会社は、別表A−1「乙5号証集計表(短期抹消改訂版)」(以下「本件派遣契約集計表」という。)の「派遣先」欄記載の派遣先企業に、「スタッフ名」欄記載の派遣スタッフを、それぞれ「開始日」及び「終了日」欄各記載の期間にわたり派遣し、派遣料金として各月欄記載のとおりの金額の支払いを派遣先企業から受けた。もっとも、本件派遣契約集計表記載の派遣先企業26社のうち、「帝人デュポンフィルム株式会社」と「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」の2社については、原告との間で派遣契約を締結していなかった。また、同表記載の派遣スタッフのうち、「C」、「F」、「D」、「G」、「E」、「H」及び「I」については、原告における稼働実績がなかった。
キ 本件派遣契約集計表記載の派遣契約により、被告会社は、別紙被告利益集計表記載のとおりの月別の売上を得たが、同時に概ね同表記載の割合に従って、スタッフ給与(売上高の72.88%)、法定福利費(同じく5.15%)、通勤手当(同じく3.69%)の支出をした。
(2)ア 被告会社の派遣先のうち、原告と契約関係を有していた企業と同一の派遣先については、本件において、被告会社の派遣先企業は派遣されるスタッフに特段の能力等を要求していたものではなく、一般的な労働者派遣の契約であったと認められることに照らせば、被告会社から派遣された派遣スタッフが実際に原告で稼働実績のある派遣スタッフであったかにかかわらず、そのような派遣先との契約から得られる利益については、不正競争防止法5条1項により原告の損害と推定されるべき被告会社の利益の対象となるものと解するのが相当である(ただし、対象となる期間については、後記のとおり限定される。)。
 これに対して、被告会社の派遣先のうち原告と契約関係がもともとなかった派遣先は、「帝人デュポンフィルム株式会社」と「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」の2社であるが、これらについては、前判示のとおり労働者派遣業界においては派遣スタッフが複数の派遣会社に登録することが少なくないものであり、派遣会社との関係で派遣スタッフの流動性が高いこと、また、本件において、被告会社の派遣先企業は派遣されるスタッフに特段の能力等を要求していたものではなく、一般的な労働者派遣の契約であったと認められること、原告との契約関係がなかった派遣先は上記2社のみであるから、被告会社としては、これら2社に対して不正競争行為と関係なく新たに登録を受けた新規の派遣スタッフを派遣することも可能であったこと等の事情が認められる。これらの事情に照らせば、これら2社との契約から得られる利益は、仮に被告会社から派遣されている派遣スタッフが原告の登録スタッフと一致しているとしても、不正競争行為との関連性を欠くものであって、不正競争防止法5条1項による推定を覆すに足りる事情が存するものというべきである。したがって、これら2社との契約から得られる利益は、原告の損害と推定されるべき被告会社の利益から除外するのが相当である。
 上記によれば、原告の損害と推定されるべき被告の利益の対象となる派遣契約は、被告会社の派遣契約のうちで「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の派遣先と同一の派遣先と締結したものに限られる。
イ 次に、被告会社の利益を算定するに当たり控除すべき費用の範囲について検討する。
 労働者派遣業者は、一定数の派遣スタッフを有し、派遣先企業との間で派遣契約を締結して登録派遣スタッフを派遣し、派遣先企業から対価(派遣料収入)を得るものである。派遣料収入に関しては、派遣スタッフ自身に関して直接生ずる経費として、スタッフ給与、法定福利費、通勤手当等を要するものであるが、派遣業者の業務は、派遣先企業の開拓、派遣先との間での交渉、契約締結や、派遣スタッフの獲得、技能研修等の管理業務であり、人件費のほか事務管理費用等を要するものであるから、これらの費用についても、相当な金額の範囲で費用として控除するのが相当である。本件においては、別表B−1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの費用が被告会社に生じたと認められるところ(弁論の全趣旨)、被告らは、派遣料収入から控除すべき費用として、派遣スタッフに関して直接生ずる費用であるスタッフ給与、法定福利費、通勤手当のほか、別表B−1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの販管費を挙げる。しかし、被告らの挙げる販管費のうち「1 役員報酬」、「3 賞与」、「23 接待交際費」等は、原告の損害と推定される被告の利益を算定する際に控除すべき経費に本来当たらないものであり、他の費目についても相当な額の範囲においてのみ経費として認められるものというべきところ、本件における被告会社の派遣業務の内容、被告会社の規模、派遣スタッフの人数、派遣スタッフの従事する職種等の諸般の事情を考慮すれば、本件において派遣料収入から控除すべき販管費は、売上の7%の範囲の額と認めるのが相当である。
 したがって、本件においては、原告の損害と推定される被告の利益を算定する際には、派遣料収入から、派遣スタッフに関して直接生ずる費用であるスタッフ給与(売上高の72.88%)、法定福利費(同じく5.15%)、通勤手当(同じく3.69%)のほか、販管費(同じく7%)を控除すべきものである。
ウ そして、原告の損害と推定される被告の利益を算定するに当たって対象とすべき被告の営業期間について検討するに、前判示のとおり労働者派遣の分野においては、法令上の規制もあり、派遣契約の期間は1か月ないし数か月程度の期間が定められることが多く、加えて、派遣先企業において、派遣スタッフの能力や派遣会社の人材管理に不満がある場合や他の派遣会社からよりよい条件を提示された場合などには、契約期間満了後に契約を更新せず、他の派遣会社に変更することもしばしば行われており、競業者間で互いに優良な派遣先を奪い合う状況にあることも相まって、派遣会社は、派遣先企業との関係において、契約上の地位を長期にわたって安定して保障されるような立場にあるとはいえず、その立場は派遣先企業の意思に左右される脆弱なものである。このような事情を考慮すれば、原告の損害と推定される被告の利益を算定するに当たって対象とすべき被告の営業期間については、一定の期間に限定されるべきものと解するのが相当である。
 本件においては、前記認定のとおり、被告会社が平成12年8月に自ら積極的に広告宣伝やスタッフ募集などの営業活動を始めるまでの間は、専ら被告B及び被告Aの手控えに基づいて原告から入手した情報に基づいて派遣スタッフや派遣先企業の獲得を行っていたものであることに照らせば、同月までの期間についてはこの期間の利益全額(ただし、控除すべき費用については前記のとおり)を上記の被告の利益とすることが相当であるが、同年9月以降の期間については、上記のような事情に照らし、最初の6か月(同年9月から平成13年2月まで)については50%(前同)の限度で、更にその後の6か月(同年3月から8月まで)については30%(前同)の限度で算定の対象とするのが相当と認められる。
エ 被告らの主張について
 被告らは、被告会社との間で派遣先企業が派遣契約を締結したのは派遣先企業の自由意思に基づくものであるし、派遣スタッフが原告から被告に転籍したのも派遣スタッフの自由意思に基づくものであるから、被告らの不正競争行為と原告の損害との間には相当因果関係がないと主張する。しかしながら、上記において認定したとおり、本件においては、被告Bおよび被告Aが原告から不正に取得した情報を基に、被告会社が原告に登録している派遣スタッフや原告の派遣先企業に対して働きかけを行い、その結果、被告会社に移籍した派遣スタッフや派遣元を被告会社に変更した派遣先企業が出てきたのであり、前判示のように派遣会社と派遣先企業との関係は安定的なものとはいい難く、また、派遣スタッフも必ずしも特定の派遣会社と強固な結びつきを有するものではないにしても、少なくとも、前記のような一定の範囲の限度においては、被告らの不正競争行為と原告の損害との因果関係は明らかというべきである。この点に関する被告らの主張を採用することはできない。
オ 小括
 以上を総合すると、本件において不正競争防止法5条1項により原告の損害と推定される被告会社の利益は、別表A−1本件派遣契約集計表記載の契約のうち「帝人デュポンフィルム株式会社」及び「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」を派遣先とする分を除いた契約を対象として、被告会社が受け取った派遣料収入からスタッフ給与(売上高の72.88%)、法定福利費(同じく5.15%)、通勤手当(同じく3.69%)のほか、販管費(同じく7%)を控除した額につき、平成12年8月まで(100%)、同年9月から平成13年2月まで(50%)及び同年3月から8月まで(30%)の期間について算定するのが相当であるところ、このようにして算定した額は、5669万円(不正競争防止法5条1項による推定に基づく損害額という性質上、1万円未満は切り捨てる。)となる(別表C−1「契約集計表」及び別表C−2「被告会社の利益集計表」参照)。
 本件訴訟を提起するに当たり、原告がその訴訟追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件の事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を勘案すると、被告らの不正競争行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の額としては600万円をもって相当と認める。
3 差止め請求等について
 原告は、被告らに対し「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対する面会、勧誘行為等の差止め及び保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿等の廃棄を求めている。
 しかしながら、前判示のとおり労働者派遣の分野においては、派遣契約の期間は1か月ないし数か月程度の期間が定められることが多く、加えて、派遣先企業において、契約期間満了後に契約を更新せず、他の派遣会社に変更することもしばしば行われるなど、派遣会社と派遣先企業との関係は安定的なものとはいい難く、また、派遣スタッフにしても、複数の派遣会社に重複して登録する例が少なくないなど、必ずしも特定の派遣会社と強固な結びつきを有するものではないのであって、労働者派遣業界におけるこのような事情に照らせば、平成11年2月ないし5月の時点における原告の派遣スタッフや派遣先企業に関する情報は、現時点においては、既に営業上の有用性を大幅に喪失しているものというべきであり、これらの情報は、原告の現在における派遣スタッフや派遣先企業の内容とは相当程度異なり、被告会社の現在における派遣スタッフや派遣先企業の内容とも相当程度異なるものと容易に推認される。
 上記によれば、現時点においては、被告らに対し「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対する面会、勧誘行為等の差止め及び保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿等の廃棄を求める原告の請求については、差止めの利益を認めることが困難というほかはない。したがって、原告の上記各請求は、理由がない(なお、原告は「被告らを来訪し、又は被告ら宛てに連絡をしてくる者に対して被告らが契約締結行為等を行うことの差止め」を求めているが(第1「原告の請求」2)、自ら積極的に被告らとの取引を求めて自発的に来訪等してくる第三者に対して、被告らが対応することの差止めを求める請求は、そもそもそれ自体過大な請求として差止めの必要性を欠くものであり、理由がないというべきである。)。
4 結論
 以上によれば、原告の本訴請求については、被告らに対して6269万円及び訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告会社については平成12年11月3日から、被告Bについては同月8日から、被告Aについては同月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 大須賀寛之
 裁判官 松岡千帆




平成14年12月26日判決言渡 
平成12年(ワ)第22457号 営業秘密の使用差止等請求事件
平成14年9月19日口頭弁論終結

中間判決
原告 日本人材サービス株式会社
訴訟代理人弁護士 中村治嵩
同 石橋克郎
同 中島泰淮
被告 ハンドハンズ株式会社
被告 B
被告 A
被告ら訴訟代理人弁護士 若山保宣
同 西村浩一


主文
1 原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等に関する情報及び別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等に関する情報は、いずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当する。
2 被告B及び被告Aが前項記載の各情報を使用し、被告ハンドハンズ株式会社に開示した行為は、いずれも同法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。
3 被告ハンドハンズ株式会社が、被告B及び被告Aから第1項記載の各情報の開示を受けて、これを取得し、使用した行為は、同法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。
4 被告らの行為の社会的相当性をいう被告らの抗弁は、理由がない。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対し、面会を求め、電話(FAX・Eメール等を含む。)をし、若しくは郵便物を送付するなどして派遣社員契約を締結し、又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
2 被告らは、被告らを来訪し、又は被告ら宛てに電話(FAX・Eメール等を含む。)若しくは郵便物により連絡をしてくる別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対し、派遣社員契約を締結し、又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
3 被告らは、その保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿及びこれに基づいて被告らが作成した被告会社の登録派遣スタッフ管理名簿を廃棄せよ。
4 被告らは、原告に対し、連帯して1億6069万8595円及びこれに対する平成13年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、被告らの負担とする。
6 第4項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
 原告会社及び被告ハンドハンズ株式会社(以下「被告会社」という。)は、いずれも、会社、法人、団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。原告は、原告会社の元従業員(取締役)であった被告B及び被告A(以下、この両名を「被告Bら両名」ということがある。)が、被告Bの設立した被告会社に対し、原告会社の営業秘密である派遣労働者(以下「派遣スタッフ」という。)の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為)、被告会社が、被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用した(同項8号所定の不正競争行為)と主張して、被告らに対し、同法3条に基づきこれらの情報により知り得た派遣スタッフに対し勧誘行為を行うことの差止め及び派遣労働者名簿等の廃棄を求めるとともに、主位的に同法4条、予備的に商法266条の3、民法44条、709条、719条に基づき損害賠償を求めている。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 原告会社は、昭和60年6月15日、会社、法人、団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告会社は、平成11年3月19日、上記の原告会社の目的と同じ目的で設立された会社であり、原告会社と労働者派遣事業の分野において競業関係にある。原告会社の取締役営業副部長であった被告Bは、被告会社を設立し、設立と同時に代表取締役に就任した。また、原告会社の取締役営業部長であった被告Aは、被告会社営業部長に就任した。その後、平成12年8月28日、被告Bは被告会社の代表取締役を退任し、同日、被告Aが被告会社の代表取締役に就任した。
(3) 原告会社は、平成11年2月ないし5月当時、同社に氏名等の情報を登録していた別紙「派遣登録派遣スタッフ名簿」記載の各人について氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また、原告会社は、そのころ、別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業について名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等の事項を内容とするリストを作成して管理していた。
 他方、被告会社は、平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフとして登録した別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載の各人について原告会社と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また、上記期間に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は別紙「ハンドハンズ株式会社顧客(派遣先)名簿」のとおりであり、これらの派遣先事業所について、被告会社は、原告会社と同様の事項を内容とするリストを管理していた。
(4) 被告会社に登録している派遣スタッフ及びその派遣先事業所のうち、原告会社のそれと重複するものは、被告B及び被告Aが原告会社在職中に知り得た情報を「手控え」と称する手帳に書き留めていたものを、被告会社が入手することにより、知り得たものである。
2 争点
(1) 原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に、原告会社において、当時、派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、営業秘密として管理されていたか(争点1)。
(2) 被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し、被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用したか(争点2)。
(3) 原告会社の損害(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に、原告会社において、当時、派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、営業秘密として管理されていたか)について
(1) 原告の主張
ア 派遣スタッフの雇用契約に関する情報について
 原告会社は、質の高い即戦力となる有為な人材を求め、毎年、多額の支出をして、多数の求人雑誌(Bing、とらばーゆ、フロムエー、デューダ、サリダ、アイテムなど)、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞等の新聞広告等の求人媒体に求人広告を掲載し、これらの求人広告を見て応募してきた求職者と面接し、人材派遣業務概要記載の手続に従って人材派遣に必要な各種検査、測定、評価を実施し、これらの結果を部外秘の「スタッフカード」という書面に記入し、派遣スタッフデータとしてパソコンに入力・保存し、さらに人材開発課により資格取得研修やOA技能研修等を積み重ねてその都度パソコンに新規データとして入力し、即戦力を求める企業側のニーズに対応できるよう最新の登録派遣スタッフの人材情報として管理してきた。原告会社のスタッフカードは、人材開発課のキャビネットに保管され、同課において管理されており、部外者が勝手に持ち出すことはできない仕組みになっていた。
 このような派遣スタッフの情報は、派遣スタッフ管理システム中の基本情報管理サブシステムに氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、登録時のスキルチェックの結果等の事項が記録され、派遣スタッフの過去の派遣実績(就業実績)については、同じく実績情報管理サブシステムに、就業先名、就業先部署、住所、電話番号、就業期間、時給、営業担当者、就業先責任者、就業内容、受領金等の事項が記録され、営業課所属の課員が、営業活動により入手した派遣先企業のニーズに対応するために適切な求人条件を「引合表」という形で作成し、その都度人材開発課の事務職(原告会社では「コーディネータ」と称している。)に「引合表」を提出すると、人材開発課は、「引合表」に適合する人材をパソコン上で選択し、求人条件に合致した「スキルシート」(人材評価書。履歴書の代用)を作成し、営業課員に提出する。営業課員は、このような方法によってのみ、人材開発課の管理する稼働中の派遣スタッフ及び非稼働中の派遣スタッフに関する人材情報に接することが可能であった。このように、原告会社においては、代表取締役であっても、人材開発課の管理するパソコン入力データにアクセスすることはできない仕組みとなっていた。
 しかるに、被告Bは平成9年12月から平成11年3月31日の退職時まで、取締役兼営業部副部長(それ以前は取締役兼人事・総務部長)の要職にあり、また被告Aは平成11年6月30日の辞職まで取締役兼営業部長の要職にあったものであるが、両名は、業務の必要性から営業部の一部門であった人材開発課の管理する人材情報に容易にアクセスし、業務上の必要があるとして、「手控え」と称する各自の手帳にこれら情報を転記していた。
イ 派遣先の事業所に関する情報について
 原告会社を含めて労働者派遣事業者は、多大な費用と時間を投じて営業活動を行い、顧客先の企業から求人情報(企業の求めている派遣スタッフの資格・能力、適性、労務内容、人数、派遣料金、労働時間、就業場所等の就労条件や取引条件及び企業の所在地、電話番号、求人担当部署、担当者等)を集積している。営業活動の結果集積された企業からの求人情報は、原告会社の顧客管理システムの中で基本情報管理サブシステム(社名、所在地、取引条件など顧客に関する情報の登録及び維持管理)と稼働実績情報サブシステム(派遣先毎の就業実績情報の管理及び検索)とに分けて記録され、いずれも厳重にパソコンで管理されていた。
(2) 被告らの主張
 原告の主張する各情報は、秘密として管理されておらず、秘密管理性を欠き、営業秘密に該当しない。
ア 本件において、以下のような事情から、原告の主張する各情報につき、秘密保有者が秘密保持の意思を持って、客観的に秘密として管理していたとはいえない。少なくとも当該情報が秘密に当たることを客観的に認識し得る形で管理していたとはいえない。
@ スタッフカード等に「部外秘」等の記載はなかった。
A 原告会社代表者等から被告B及び被告Aに対し、スタッフカード等が営業秘密であり、管理に注意を払うようにとの指示はなかった。
B スタッフカードは鍵のかかっていない書棚に収納され、営業時間外においても施錠されていなかった。この書棚に、収納されているスタッフカードが秘密であることを示す記載はなかった。
C 原告会社には営業秘密管理規定のようなものは存せず、スタッフカードの管理責任者も特に定められていなかった。
D 原告会社は、従業員に対し、スタッフカード等から得た情報を権限なしに使用・開示することを禁止していなかった。
E スタッフカードを持ち出す際に、誰の許可も取る必要がなく、持出し・返却について記録することもなかった。持出しのできる従業員を制限しておらず、従業員は必要に応じて持出し・返却しており、持出期間の制限もなかった。
F 誰がどのカードを所持しているか一元的に把握している者はおらず、カードの枚数等をチェックする仕組みもなかった。
G 退職した従業員に対し、スタッフカードのコピーなどの入手した情報を返還させる規定はなく、返還手続が取られたこともなかった。したがって、被告B及び被告Aがそれぞれ退社する際に、既に両名が取得した情報について、その使用・開示を禁止することもなく、両名のメモ等の返還も求められなかった。
H 原告会社では、従業員が退社する際に、秘密保持契約を締結し、誓約書を書かせるなどしていなかった。
イ 被告B及び被告Aの「手控え」について
 被告B及び被告Aは、原告会社在籍中、派遣先の事業所に対する営業を行っていたが、派遣会社の営業課員は、複数の派遣スタッフの中から派遣先の事業所の要望に見合う者を選択して派遣するのであるから、営業に当たっては、複数の派遣スタッフの情報を常時持ち歩く必要があった。そのため、派遣会社の営業課員は、派遣スタッフの個人情報を「手控え」という形で持ち歩かざるを得ない実情にあった(スタッフカードは、派遣スタッフを管理するコーディネータや、雇用保険を扱う管理部にも必要な書類であるから、営業課員がスタッフカードの原本を持ち歩くことはできない。)。派遣会社が営業課員に対しこのような手控えを作成することを禁止することは不可能であり、原告会社でも禁止していなかった。派遣スタッフに関する情報は、手控えの形で、営業課員毎に所持しており、スタッフカードとは別の形で存在しており、これらの情報媒体について原告会社は何ら管理していなかった。
ウ パソコンによる管理について
 原告会社は、パソコンによる管理について、(1)ア及びイのように主張するが、少なくとも被告B及び被告Aの原告会社在籍中は、パソコンによる管理はされておらず、両名はパソコンから情報を入手したことはなかった。仮にパソコンに入力されていたとしても、その情報にアクセスするためのパスワードを設定し、そのパスワードを一部の従業員にのみ知らせるなど不正アクセスを防止する措置を講じることなく、誰でもパソコンにアクセスできる状態であったのなら、秘密として管理していたとはいえない。さらに、仮に不正アクセスを防止する措置を講じていたとしても、パソコンのみに当該情報が存在していたわけでなく、スタッフカードや手控え等の形で存在していたのであるから、パソコンのみを管理していたとしても無意味である。
エ 誓約書について
 原告会社は、従業員全員から誓約書を徴していたことをもって、秘密として管理していたことの根拠の一つとしているようであるが、甲61の誓約書の束に被告B及び被告Aのものがないことから、少なくとも被告Bら両名が誓約書を提出していなかったことは明らかである。このように、従業員全員が誓約書を提出していたわけでないから、一部の従業員から誓約書を徴していたとしても、被告Bら両名が当該情報を秘密と認識できた根拠とはならない。
2 争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し、被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用したか)について
(1) 原告の主張
ア 被告らの行為
 原告会社は、平成9年当時、不動産投資に失敗し、倒産寸前の状態にあった。原告会社の現代表者Wの親族らが原告会社を買収し、新経営陣による増資等により再建を図ったが、同年6月ころ社会保険庁から派遣スタッフの社会保険未加入問題を指摘され、過去2年間に遡及して3億円の追徴勧告を受けたことから、その資金の捻出に苦慮していた。
 原告会社において、被告Bは取締役兼営業副部長、被告Aは取締役兼営業部長という要職にあったもので、両名は、原告会社の窮状を熟知していたにもかかわらず、これにつけ込み、原告会社の派遣スタッフを引き抜き、優良な顧客である派遣先を侵奪しようと画策し、平成11年3月19日、被告会社を設立した。
 被告B及び被告Aは、原告会社から開示された営業秘密を使用して、自己又は被告会社の利益を図り、若しくは原告会社に害を加える目的で、優良派遣先の事業所に派遣されている原告会社の派遣スタッフに対し電話や手紙で、「ハンドハンズは電通系でしっかりした会社であるのに対し、日本人材サービスは資金繰りが苦しく危ない会社で、自分も日本人材サービスには見切りをつけた。」などと誹謗・中傷をしたうえ、派遣元雇用契約を被告会社へ変更するように勧誘し、さらには派遣元雇用契約の条件として「被告会社と契約すれば、原告会社の時給よりも増額する。原告会社勤務分の有給休暇を持ち越すことができる。交通費を別途支給し、非課税扱いにする。」など社会通念を逸脱した違法な引き抜き行為により、優良派遣先及び優良派遣スタッフを次々と被告会社に転籍させて営業規模を拡大し、原告会社の派遣スタッフを100名以上も引き抜き、原告会社に甚大な売上減少の被害を与えている。
 原告会社が、平成11年6月30日、弁護士立会いの下に被告Aに対し派遣スタッフの引き抜き行為の有無を問い質したところ、同被告はこの事実を認めた。そこで原告会社が同被告に対し、直ちに派遣先の事業所及び派遣スタッフの侵奪行為即時中止及び被害の回復措置を講ずるよう要求するとともに、派遣先の事業所及び派遣スタッフの情報の持出しを禁じた。しかし被告Aは、反省の情を示さず、「この程度で止めてやった」などの暴言を吐いて出て行った。そこで原告会社は、弁護士を通じ被告Bに派遣先の事業所及び派遣スタッフの侵奪行為即時中止を要求した。しかし被告会社はこれを無視し、現在も原告会社登録派遣スタッフに対し宛名をタックシールで印刷し大量に移籍勧誘の手紙を送付したり、電話等での勧誘行為を繰り返している。
 具体的には、次のような事実が存する。
(ア) 平成11年5月10日、帝人株式会社への派遣が終了した原告会社の登録派遣スタッフであるXが被告会社に転籍し、同一派遣先でそのまま就労していた事実が発覚したが、当時原告会社の取締役であった被告Aが、被害軽微であるとしてもみ消した。原告会社は、同被告の関与に気づかず、同被告の報告を鵜呑みにした。
(イ) 同年6月25日、被告A担当の富士写真フィルム株式会社朝霞技術開発センター(以下「富士フィルム朝霞」という。)に派遣中の原告会社登録派遣スタッフ19名が、同月30日付けの更新手続が未了のままであることが判明した。原告会社が調査したところ、被告Aと被告Bが共謀して、上記のような社会通念を逸脱した違法な引き抜き行為を行い、被告Aが原告会社派遣スタッフに対し、富士フィルム朝霞の就労はそのままにして、原告会社との雇用契約を被告会社に変更するよう勧誘するという違法行為を行っていたことが判明した。
(ウ) 同年6月10日ころ、被告Aが、原告会社派遣先の日本NCR販売株式会社に、被告会社派遣の派遣スタッフとして、原告会社の登録派遣スタッフ野口美智子を紹介し、被告Aが保管中の原告会社の同女のスキルシートを持参し、原告会社からの派遣スタッフの交代要員として採用を求めていた事実が、同年7月5日ころ判明した。
(エ) 同年8月から9月にかけて、ミサワホーム、帝人等の原告会社の派遣先の事業所で、結婚や遠方転居等を理由に原告会社との雇用契約を終了する派遣スタッフが続出した。これは被告の上記のような勧誘行為によるものと見られる。
(オ) 平成12年5月30日、待機中であった原告会社登録派遣スタッフの小林文恵に対して、被告会社から勧誘の手紙が郵送されてきた。同女は、被告B及び被告Aと面識がないので、原告会社に対して、手紙が送付されてきた事実を告げて、個人情報の流用についての不安がある旨を訴えた。このように、被告Bら両名の勧誘行為は、両名と面識のない派遣スタッフにも及んでおり、両名はこれまでの手控え以外の手段で原告会社の派遣先の事業所や派遣スタッフに関する情報を不正に入手して、大量に移籍勧誘の手紙を送付したり、電話等での勧誘行為を繰り返している。
 また、原告会社の優良派遣先の事業所に対して、契約先を原告会社から被告会社へ変更するように申し入れていた事実も、判明している。
イ 被告らの責任について
(ア) 被告Bは、平成9年12月1日から平成11年3月31日まで原告会社の取締役兼営業副部長の地位にあった。同被告は平成11年2月22日付け「辞任願」を提出して同年3月31日をもって原告会社を任意退職した。同被告は、営業副部長という要職にあって、帝人、ミサワホームなどの大口顧客を任され、営業部長を輔佐する役職として具体的決定権も広く認められ、社内での発言権も強かった。
(イ) 被告Aは、平成2年11月30日から平成11年6月30日まで原告会社の取締役兼営業部長の地位にあった。同被告は平成11年5月28日付け「辞表」を提出して同年6月30日をもって原告会社を任意退職した。同被告は、営業部長という要職にあって、最重要顧客である富士写真フイルムを自ら担当するとともに、営業部の統括業務を行い、営業取引、派遣スタッフ募集及び部内人事についての具体的決定権も広く認められ、社内での発言権も強かった。
(ウ) 被告会社の設立は平成11年3月19日であり、被告Bら両名が被告会社を設立したことは明らかであり、被告Bら両名は、原告会社在任中から、原告会社とその事業が競合する被告会社を設立し、原告会社を害する上記ア記載の行為を行っていたものである。
(エ) 被告Bら両名が、上記原告会社在任期間に商法264条の競業避止義務、同法254条の3の忠実義務ないし同法254条3項の善管注意義務を負うことは明らかである。
 また、原告会社は、その従業員から誓約書を徴しており、在職中はもとより、退職後も会社重要情報を他へ漏洩しないことを誓約させている。さらに、同誓約書では、原告会社退職後2年間は、原告会社と競合関係に立つ企業に就職すること、競合関係に立つ企業の業務に関与すること、競合関係に立つ事業を自ら開業することを禁じている。
 人材派遣会社は、同業の会社であるテンプスタッフの登録派遣スタッフ名簿漏洩問題が新聞・雑誌などに取り上げられ、社会問題化したために、社団法人日本人材派遣協会から労務・人事の管理を厳重にするよう指示を受けており、役員のみならず従業員も、顧客や派遣スタッフに関する情報が外部に漏洩しないように注意していた。毎年多額の募集広告・宣伝費用を使って登録派遣スタッフを募集している人材派遣会社にとって、上記情報は財産的価値を有する重要な秘密情報であるから、この種情報の漏洩は当該企業の生死を決する重大なものであり、経営責任を担う被告B及び被告Aらはこれを十分熟知していた。したがって、原告会社の業務担当の取締役が守秘義務を負うのは当然である。
(オ) なお、被告らの不正競争防止法上の責任と、商法266条の3及び一般不法行為に基づく責任とは、前者が主位的請求、後者が予備的請求の併合関係にある。
(2) 被告らの主張
ア 被告らの行為の社会的相当性
 被告らの行為は、以下に述べるように、自由競争の範囲内の、社会的相当性を有する行為であり、何ら違法性がない。
(ア) 被告Bは、原告会社代表者となったWとの対立から、平成11年2月22日の役員会において退職せざるを得なくなったものであり、実質的に同日をもって解雇された。被告Bが被告会社を設立したのは、自己の生活を考えてのことであった。
 被告Aは、原告会社の再建を企図していたが、現代表者Wの下での実現が不可能と知り、原告会社を退職することにした。しかし、後任決定の遅れから、同年6月30日まで原告会社に勤務せざるを得なかったのであり、実質的な退社日は同年5月28日である。被告Aが勧誘行為をしたとされる同年6月10日ころは、同被告が実質的に退社した日より後のことである。
(イ) 原告会社派遣スタッフが被告会社に移籍している例があるが、それらの派遣スタッフは、全員が原告会社との契約終了後に移籍しているのであり、契約途中の派遣スタッフを被告会社が引き抜いたものではない。派遣スタッフがどこの派遣会社に登録するかは、派遣スタッフ自身が勤務条件や営業課員のケア等から判断するものであり、派遣スタッフの自由意思の問題である。したがって、契約終了後の派遣スタッフがどこの派遣会社を選択しようとも、問題にならないし、契約終了後の派遣スタッフに対して、原告会社が何らかの権利を有するものでもない。
(ウ) 顧客企業の事業所に派遣された派遣スタッフにとって、職場環境や苦情処理等のサービスを行うのは営業課員であるから、派遣スタッフの営業課員に対する信頼は厚い。顧客企業に派遣された派遣スタッフにとっての派遣会社の評価は、営業課員の対応がすべてであるといっても過言でない。被告Aと被告Bは、原告会社に長年勤務し、原告会社の中心人物であったのであり、その2人が立て続けに退社したことは、派遣スタッフの原告会社に対する信頼を損ねるのに十分であった。そのような中、派遣スタッフが、被告Bら両名のいる被告会社を知れば、移籍を希望するのは無理からぬことである。
 被告Bら両名は、派遣スタッフに対する退職の挨拶の中で、なぜ両名が原告会社を辞めたのか、今後両名がどうするかというごく自然な話の流れとして新会社の話をした程度であり、特に原告会社を誹謗中傷したわけではないので、手段において相当である。
(エ) 人材派遣業界も熾烈な競争が行われており、派遣先の事業所もよりよい人材を求めて複数の派遣会社にオーダーを出し、その中からよい人材を採用する。派遣スタッフも複数の派遣会社に重複登録し、よりよい派遣先を求める。派遣元が原告会社から被告会社へ変更されたとしても、被告会社がよい条件を出さなければ、再び原告会社へ変更されてしまう。原告の主張は、このような競争原理を抜きにして、派遣先の事業所や派遣スタッフを既得権として固定的に捉えているもので、派遣先の事業所や派遣スタッフに対するよりよいサービスの提供という人材派遣会社の存在意義を見失った失当なものというほかない。
イ 被告らの責任について
 被告会社は、登記簿上平成11年3月19日に設立されているが、人材派遣業の認可を受けたのは、同年6月1日であり、営業活動も同日から行われた。被告Bは前記のように同年2月22日に原告会社を退社したものであるから、被告会社での活動は、原告会社との競業関係にない。被告Aは、前記のように同年5月28日に退社したものであり、被告会社の営業開始は同年6月1日であるから、また、被告会社の代表取締役に就任したのは平成12年8月28日であるから、原告会社との競業関係にない。
3 争点3(原告会社の損害)について
(1) 原告の主張
 被告B及び被告Aによる違法な引き抜き行為のために、原告会社は甚大な損害を被った。被告らにより違法に引き抜かれ、原告会社を退社した派遣スタッフは別紙損害計算書記載の43名である。この43名につき、平成11年5月1日から平成13年9月末日の間の契約侵害日数に営業日数(5/7)、労働時間数(8時間)、別紙追加損害計算書記載の粗利益を乗じた金額から、間接経費(副次原価率)28.1%を控除した残額が、原告会社の逸失利益となる。その総額は9181万4410円である。また、訴え提起後に別の原告会社派遣スタッフ26名に対する違法な引き抜き行為があったことが判明した。この分も同様に計算すると、別紙追加損害計算書1のとおり4927万6562円となる。さらに被告らが派遣スタッフ名簿を開示したことにより、派遣スタッフ22名に対する違法な引き抜き行為があったことが判明した。この分も同様に計算すると、別紙追加損害計算書2のとおり、1960万7623円となる。上記の総合計は、1億6069万8595円となる。
(2) 被告らの主張
 原告主張の損害額は、これを争う。
第4 争点に対する判断
1 本件における事実関係等
 前記当事者間に争いのない事実に証拠(甲3、10ないし12、15ないし19、21ないし24、26ないし53、55ないし60、67、72ないし74、76ないし79、乙1、2、6ないし11、13ないし16、証人S、同T、同U、同V、被告A及び同B各本人。書証の枝番号は省略する。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
(1) 原告会社は、昭和60年6月15日、会社、法人、団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告Bは、平成元年に原告会社に就職し、平成9年12月から平成11年2月若しくは3月の退職時まで、取締役兼営業部副部長(それ以前は取締役兼人事・総務部長)の職にあった。同被告は、原告会社社内でも被告Aに次いで古参の従業員であり、営業副部長という要職にあって、帝人、ミサワホームなどの大口顧客を任されていた。
 また被告Aは昭和63年に原告会社に就職し、平成11年5月若しくは6月の辞職まで取締役兼営業部長の職にあった。同被告は、原告会社社内でも最も古参の従業員であり、営業部長という要職にあって、原告会社の重要顧客である富士写真フィルムを自ら担当するとともに、営業部の統括業務を行い、営業取引、派遣スタッフ募集及び部内人事について広範な決定権を与えられていた。
 上記被告両名とも、派遣先の事業所を開拓し、派遣されている登録派遣スタッフと派遣先との連絡の役割を果たす営業部における最重要人物というべき立場にあった。
(3) 原告会社は、平成9年9月当時、不動産投資に失敗し、多額の債務を抱え、経営危機の状態にあった。原告会社では、この危機を営業譲渡によって乗り切ろうとし、この件にも、取締役である被告B及び被告Aが中心的な存在として関与した。このころ、原告会社の現代表者Wの関係者が原告会社を買収することが決まり、新たな経営者となったW及びその関係者は、増資することなどにより原告会社の再建を図った。同年10月、それまでの代表者が退任し、Wが原告会社の新たな代表者に就任した。
 また、同年6月ころ、原告会社は、社会保険庁から登録派遣スタッフの社会保険未加入問題を指摘され、未払の社会保険料を追徴される可能性が高くなったが、上記買収の時点では、具体的な追徴額はいまだ定まっていなかった。高額の追徴額を予想しないまま原告会社を買収したW及びその関係者は、買収後の同年11月ころになって、過去2年間に遡及した3億円の追徴勧告を受け、その資金の捻出に苦慮することになった。
 被告Bら両名は、上記新体制に移行した後も、前記の職に留まり、引き続き原告会社の重要な役職にあった。しかし、Wは、予想外の高額の社会保険料の追徴を受けて資金繰りに苦しむことになったのは、被告Bら両名が、社会保険料の未納の件について必要な報告をしなかったためであると考え、この件につき被告Bら両名の責任は大きいと考えた。他方、被告Bら両名も、新体制に移行した後、平成9年から11年にかけて両名を含めた取締役の報酬が再三減額されたこと、両名以外の従業員の人事に関する問題、原告会社では登録派遣スタッフの有給休暇の買上げを行っており、これを両名が中心となって有給休暇の付与式に改めることを提案したのになかなか容れられなかったこと、さらにはWの経営手腕から買収交渉時におけるWの態度、果てはWの性格や行いに至るまで、同人に対して不信が募り、Wと被告Bら両名との仲は険悪なものとなっていった。
(4) 平成11年2月ころ、被告Bは、報酬の減額が続き、代表者にも強い不信感を抱いており、このまま原告会社に在籍する意味もないと考えて、転職も視野に入れて自己の履歴書を作成した。ところが、これが同被告の手違いで、原告会社の派遣スタッフの派遣先企業の松下電器にファクシミリ送信されてしまった。このことを知ったWは、被告Bを退任させる考えを固めた。この結果、同月22日ころに開催された原告会社の取締役会で被告Bの責任が追及され、同日、同被告は辞任届に署名せざるを得なくなった。同被告は、同年3月中旬ころまで原告会社に出社し、引継業務を行い、同月分の報酬の支払を受け、辞任届の上では3月31日をもって辞任することになった。
 被告Bは、原告会社退職後、就職活動をしたが、はかばかしい結果を得られない状態であったところ、原告会社にまだ在職していた被告Aに会い、同被告の紹介で、同年2月中に、原告会社の派遣スタッフの派遣先企業として同被告が知っていたアジアパシフィックシステム総研鰍フ取締役と会った。その結果、同社が社外事業として人材派遣業に乗り出すということになり、3月1日には早くも被告会社を設立するという話や出資をどうするかという話がまとまった。3月19日には被告会社を設立し、被告Bが代表者に就任した。
(5) 被告Aは、前記(3)記載のとおりWに対する不信感を募らせていたが、前記(4)記載のとおり、原告会社にとって古参の従業員で営業部の重要人物であり、かつ同被告と親しい被告BをWが実質的に退任させたことで、ますます不信感を増した。もっとも、原告会社がいまだ再建途上にあったことから、直ちに辞職はせず、もうしばらくの間現職に留まることとした。しかし、その後もWに対する不信感が募る一方で、同人との間の信頼関係を保てないと考えたことから、翌平成11年5月ころ、退職を決意し、原告会社にこれを告げた。原告会社ではW、被告Bの退任後原告会社の総務・人事等担当の取締役となったUらが被告Aを慰留したが、同被告は応ぜず、5月26日に辞表を原告会社に提出した。その後、同被告は、少なくとも6月30日ころまでは原告会社において引継ぎや残務処理をし、6月25日に最終の報酬の支払を受けた。このころ、同被告は、被告会社に入社した。
 その間、6月20日ころ、被告Aは、既に被告会社代表者の職に就いていた被告Bと共に原告会社の派遣スタッフの派遣先企業である富士フィルム朝霞を訪れ、派遣されている原告会社の登録派遣スタッフたちに対し、自分が原告会社を退職することになった経緯等を説明し、被告会社では有給休暇を付与制にする、原告会社において残っている有給休暇を持ち越しできる、交通費を非課税扱いの支給方法にする、時給も原告会社より上乗せする、原告会社は、取締役が立て続けに2人も辞めるような会社であり、信用状態に不安があるなどといって、被告会社に移籍するよう勧誘した。また、派遣先企業にも、同様のことを述べた。
 その後、6月28日ころになって、原告会社においては、被告Aが富士フィルム朝霞に派遣されている原告会社の登録派遣スタッフの契約更新手続を済ませていなかったこと、同被告が通常6か月の派遣契約の契約期間を3か月に設定していること、上記事業所に派遣されたままで派遣元の登録を原告会社から被告会社に移している派遣スタッフがいることなどが判明したことから、調査を開始した。調査の結果、被告Bや被告Aの上記のような働きかけがあったことが明らかとなったことで、原告会社は、6月30日、被告Aを原告会社事務所に呼び出した。そして、同被告の辞表に、辞職の時期を「平成11年6月30日付をもって」と加入させたうえ、Uらが弁護士と共に被告Aに事実を問い質し、同被告の許にある原告会社の資料等を返還するよう求めた。これに対して、同被告は、事実を認めたが、Wに対する不満を並べ、自分の非を認めない態度を示した。また、同被告は、手許に保有していた資料をその後も返還しなかった。原告会社では、平成11年10月1日付けで同被告を解任した。
(6) 被告らは、富士フィルム朝霞以外の派遣先企業に派遣されている派遣スタッフや、富士フイルム以外の派遣先企業に対しても、上記同様に被告会社への移籍を働きかける内容の手紙を送付するなどの勧誘をした。その結果、被告会社へ移籍した派遣スタッフや派遣元を変更した派遣先企業もあった。他方、原告会社がこれに対抗して契約条件を改善したことや被告Bら両名に不信感を抱いたことなどにより、移籍せず原告会社に残った派遣スタッフや、引き続き原告会社からの派遣スタッフを受け入れた派遣先企業もあった。
2 争点1(原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に、原告会社において、当時、派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、営業秘密として管理されていたか)について
(1) 原告会社の派遣スタッフ及び派遣先に関する情報と被告会社の派遣スタッフ及び派遣先について
 原告会社は、本件において、原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が、不正競争防止法2条4項にいう営業秘密に該当する旨を主張している。
 原告会社は、平成11年2月ないし5月当時、同社に氏名等の情報を登録していた別紙「登録派遣スタッフ名簿」記載の各人について氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また、原告会社は、そのころ、別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業について名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等の事項を内容とするリストを作成して管理していた(当事者間に争いがない。前記第2、1参照)。
 他方、被告会社は、平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフとして登録した別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載の各人について原告会社と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また、上記期間に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は別紙「ハンドハンズ株式会社顧客(派遣先)名簿」のとおりであり、これらの派遣先事業所について、被告会社は、原告会社と同様の事項を内容とするリストを作成して管理していた(当事者間に争いがない。前記第2、1参照)。
 これらを比較すると、まず、被告会社の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」は、4頁からなり、被告会社への登録順に第1頁〜第3頁に各頁62名、第4頁に34名の合計220名の派遣スタッフの氏名等が記載されているところ、このうち原告会社の名簿にも登録されていた者は、第1頁に47名、第2頁に22名、第3頁に5名(第4頁は0名)の合計74名である。このように、始めに近い頁ほど重複者が多い、すなわち被告会社に初期に登録した者ほど重複が多いのは、被告会社が設立当初は、原告会社に登録していた派遣スタッフを移籍ないし重複登録させることで自己の派遣スタッフを集め、その後事業の進展とともに、徐々に原告会社と関わりのない新たな派遣スタッフを募集したためと認められる。
 また、上記によれば、被告会社の派遣先の事業所は全部で26社であるところ、うち原告会社の派遣先と重複しているものは23社に及んでいる。
(2) 派遣スタッフ及び派遣先に関する情報の営業秘密性について
 不正競争防止法2条4項は、営業秘密として保護されるための要件として、@営業秘密として管理されていること(秘密管理性)、A事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、B公然と知られていないこと(非公知性)を掲げている。
 人材派遣業において、派遣スタッフの管理名簿は、自己の下にある派遣労働者の氏名、住所のほか、年齢、性別、経歴、取得資格、派遣実績等の事項を把握するためのものであり、また、派遣先の事業所のリストは、一般企業における顧客名簿としての性質を有することはもちろん、派遣先の事業所の派遣スタッフに対するニーズの内容や当該事業所における労務内容、執務環境等の事項を把握するものであるが、両者は、派遣先企業のニーズに合致した人員を派遣するために必要不可欠なものである。
 人材派遣業者は、これらの名簿やリストを通じて必要な情報を管理することにより派遣先企業の求める資質を有する労働者を派遣することが可能となるものであり、それを通じて、派遣先企業からの社会的な信用を得るとともに、利益を得ることができる。また、これらの名簿やリストを通じての情報の管理が、人材派遣業者間での競争において有利な地位を占める上で大きな役割を果たすものである。このような点から、人材派遣業においては、一般に、このような名簿やリストは、各事業者ごとに独自のものとして作成、保有され、他に公開されないものである。一般に派遣スタッフの名簿及び派遣先のリストがこれらの要件を備えるものであり、原告会社のこれらの名簿及びリストも同様のものであることは、本件において、被告らも争わないところである。したがって、以下では、原告会社の派遣スタッフの管理名簿及び派遣先のリストについての秘密管理性の有無、すなわち、これらが秘密として管理されていたかどうかについて、検討する。
ア 前記当事者間に争いのない事実に証拠(甲5、7、13、25、61、63、64、67ないし70、77、乙1、2、13ないし15。書証の枝番号は省略する。証人S、同T、同U、同V、被告A及び同B各本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
(ア) コンピュータシステムによる管理
 原告会社においては、平成2年からコンピュータを利用した情報管理システムを設置していたが、平成10年6月からは、企業内ネットを利用した同システムを導入している。原告会社には、本件に関わりのある部署として、大別して営業課、登録派遣スタッフの管理等をする人材開発課、管理部門の3つの部署があり、被告B及び被告Aは、このうち営業課に属していた。原告会社が導入した派遣スタッフ管理システムである「スタッフV」というソフトウェアは、ソフトウェア会社からコンピュータ16台分ライセンスされていたところ、営業課には1台のみ、営業事務職という事務職員のところに配置されているコンピュータのみにインストールされていた。このソフトウェアの派遣スタッフ管理システム、顧客管理システム、受注管理システムには、派遣スタッフの情報及び顧客の情報が入力されており、営業課では上記営業事務職が上記コンピュータを操作することによってのみアクセスすることができた。このソフトウェアは、専用CD−ROMが必要であり、かつパスワード、ユーザーIDにより保護されていた。したがって、個々の営業課員は、業務上得た派遣スタッフや派遣先に関する新たな情報を、自らコンピュータに入力するのでなく、営業事務職に入力させており、また各自が自由にアクセスすることもできなかった。
 被告B及び被告Aは、コンピュータをあまり使いこなせず、かつ上記のとおり、営業課には情報にアクセスできるコンピュータは1台しか存しなかったため、コンピュータにアクセスして派遣スタッフの個人情報等を得ようとしたことはなかった。
(イ) スタッフカードによる派遣スタッフ名簿等の保管
 他方、原告会社では、上記コンピュータに入力されている情報は、コンピュータ内にのみ存在するのでなく、スタッフカードという紙片に記入された帳簿の形式でも存在し、その原本は紙を綴るファイルに綴られて保管されていた。スタッフカードには、登録派遣スタッフの個人情報のほか、派遣先事業所名や職種が記載されている。このスタッフカードは3種類に分類され、派遣先事業所に派遣中の派遣スタッフのものは営業課の営業事務職が保管し、直ちに就労可能あるいは2〜3か月以内に就労可能な派遣スタッフのものは人材開発課で派遣スタッフの管理等に当たるコーディネータという職員が紙を綴るファイルに綴って自分の机に入れて保管していた。コーディネータは、日中はこのファイルを机の上に出しているが、帰宅時は、机の引き出しにしまっていた。残りの、当面就労できる見込みのない派遣スタッフのものは紙を綴るファイルに綴られて、キャビネットに保管されていた。このキャビネットは、コーディネータの事務机に近い場所の壁際に立てておいてあった。このキャビネットは施錠されていないが、コーディネータの机のそばにあることから、コーディネータに断りなくこのキャビネットを開けてスタッフカードを見ることは困難な状況であった。
 原告会社においては、派遣先の事業所の求める条件に合致する派遣スタッフを選び出すのに、コーディネータが、まずコンピュータのデータで大体の絞りをかけ、その後、この中から、営業課員が候補者何人かのスタッフカードをめくって人選し、最終的には営業課員が、派遣スタッフ本人に連絡を取るなどしたうえで決定するというやり方をしていた。
 スタッフカードの原本は上記のように保管され、他の部署でも使用することがあって、持ち歩くことができないことから、営業課員は、スタッフカードをコピーしたものを使用していた。このコピーは、コーディネータが作成して営業課員に交付したり、営業課員が自ら複写機を用いて作成したりしていた。人選過程で最終候補に残らなかったことなどにより不要になった派遣スタッフのスタッフカードのコピーについては、コーディネータのところにある篭に戻されて、用紙の裏面を再利用されたり、シュレッダーや焼却により廃棄されたりしていたが、営業課員の中には、これを自分でファイルしている者もいた。原告会社では、コピーの枚数を記録したり、コピーしたものを返還させるなどはしていなかった。
 なお、スタッフカードにも、キャビネットやファイルにも、「部外秘」「持出禁止」などの記載や貼紙はされていなかった。
(ウ) 営業課員の手控え
 原告会社では、派遣スタッフが派遣されている間、派遣先の事業所と派遣スタッフを取り持つ役割は営業課員が担っている。派遣先の事業所からは派遣スタッフの能力等に関する苦情が述べられ、他方、派遣スタッフからは労働条件や職場環境に関する苦情が述べられることがしばしばあるが、双方から事情を聞いて問題に対処するのは営業課員であったことから、営業課員は双方から頼りにされる職であった。このような問題に即応するためには、派遣スタッフや派遣先の事業所の情報について原告会社の事務所に保管されているものを利用するだけでは足りず、営業課員は、自分の手帳等に、手控えと称して自己の担当する派遣スタッフや派遣先事業所に関する情報を転記して、常に携帯するなどしていた。原告会社の営業課の中心人物であった被告B及び被告Aもこのようにしていたし、他の営業課員も同様にこのように手控えを作成して利用していた。
(エ) 原告会社における秘密保持契約等
 原告会社では、平成4年ころ、あるコーディネータが退職するに当たり、派遣スタッフの個人情報を持ち出そうとしたという事件があった。それ以来、原告会社では、該当部署にある従業員に誓約書を書かせて、顧客情報、派遣スタッフ情報、営業政策上の情報の在職中及び退職後の秘密保持並びに退職後2年間の競業避止を誓約させていた。しかし、被告B及び被告Aは、この時期には既に取締役であったため、誓約書を提出していない。また、平成10年1月ころには、同業他社で派遣スタッフの個人情報の漏洩事件があったことから、社団法人日本人材派遣協会からも、派遣スタッフの情報等の管理に十分注意をするように呼びかける文書が同協会の会員各社に対して発せられたことがあった。原告会社では、このような文書を回覧したりして、情報の漏洩に注意するよう、社内に呼びかけていた。
 さらに、原告会社では、従業員に派遣元責任者研修会を受講させており、これは被告B及び被告Aも受講している。この研修の中には、個人情報の保護という項目もあった。
イ 秘密管理性の要件
 秘密管理性の要件を満たすため、すなわち営業秘密として管理されているというためには、当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること、当該情報にアクセスできる者が制限されていることが必要である。本件においては、上記ア(ア)〜(ウ)に認定のとおり、派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報が様々な形態で存在するが、このうち、上記情報のコンピュータにおける管理状況は、ア(ア)に認定したように、秘密であることの認識及びアクセス制限のいずれの点でも、秘密管理性の要件を満たすものと認められる。
 しかしながら、原告会社においては、派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報は、コンピュータのみで管理されていたものではなく、スタッフカードという形式でも管理されていたものであるから、スタッフカードの管理が秘密管理性の要件を満たすものであったかどうかを検討する必要がある。
 上記アにおいて認定したところによれば、スタッフカード原本は紙を綴るファイルに綴られて3つに分類されて保管されていたものであり、このうち派遣先事業所に派遣中の派遣スタッフのものは営業課の営業事務職が保管し、即時ないし近日中に就労可能な派遣スタッフのものは人材開発課のコーディネータが机の中に入れて保管し、当面就労の可能性のない派遣スタッフのものはキャビネットに収納されていたとのであり、これらは秘密として管理されていたものと認めることができる。
 これらのスタッフカードについては、利用の必要のある都度、コーディネータあるいは営業課員により複写機でコピーが作成されて、営業課員がこれを持ち歩くこともあったというのであるが、これらのコピーの作成とその利用は、スタッフカードのうちの数名分について一時的に行うものであって、多人数分のコピーが同時に作成されるものではなく、また営業課員がこれらのコピーを保有し続けることは予定されていなかったものであって、業務の必要上やむを得ない利用形態と認めることができる。また、営業課員が自分の手帳等に自己の担当する派遣スタッフや派遣先事業所に関する情報を転記して携帯していたことも認められるが、これらも派遣スタッフや派遣先事業所の一部についての情報を一時的に転記するものにすぎず、営業課員の業務の内容に照らせば、その必要上やむを得ない利用形態と認められる。他方、前記ア(エ)において認定したとおり、原告会社では、派遣スタッフや派遣先事業所の情報の重要性やこれらを漏洩してはならないことを研修等を通じて従業員に周知させていたうえ、該当部署の従業員一般との間に秘密保持契約を締結して秘密の保持に留意していたものである。なお、被告B及び被告Aは、誓約書を差し入れていないが、他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時、被告Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというにすぎず、上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべきであるから、このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
 上記の事情を総合すれば、原告会社においては、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報は、秘密として管理されていたものと認めることができる。
ウ 上記のとおり、平成11年2月ないし5月当時、原告会社において、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報は、秘密として管理されていたものと認められる。
 したがって、原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等に関する情報及び別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等に関する情報は、いずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するものというべきである。
3 争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し、被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し、これを使用したか)について
(1) 被告らの行為
 被告B及び被告Aの行為については、前記2(2)ア(ア)において認定したとおり、両名がコンピュータに不正にアクセスして原告会社の派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報を得たとは認められない。
 しかし、前記2(2)アにおいて認定したとおり、他の営業課員と同様に、被告B及び被告Aは、原告会社に在職中、派遣スタッフや派遣先事業所に関する詳しい情報を、手控えとして自分の手帳にメモしておき、これを日常の業務において利用していたものである。そして、被告会社が原告会社の派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報を得たのは、被告B及び被告Aの手控えによるものである(このことは、被告らも争っていない。)。
 そして、前記2(1)において認定したとおり、被告B及び被告Aは、原告会社を辞めて被告会社に移る前後の時期に、主として上記の手控えに基づいて原告会社の登録派遣スタッフに連絡を取ったり移籍を勧誘したものと認められる(この点は同被告らも、本人尋問において認めるところである。)。
 被告B及び被告Aは上記情報をその職務上知ったものであるから、営業秘密を保有する事業者である原告会社から示されたものであるところ、上記認定のように原告会社の派遣スタッフ及び派遣先企業を被告会社において獲得するため、すなわち不正の競業をし、保有者たる原告会社に損害を与える目的で、これらの情報を使用して派遣スタッフに連絡するなどし、また、これらの情報を被告会社に開示したものである。したがって、被告B及び被告Aの行為は、いずれも、不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。なお、被告らは、被告B及び被告Aの退任時期を問題とするが(被告Bら両名とも、辞表上の辞任日付けよりも以前の時点において、被告会社のために活動している。)、同号所定の不正競争行為の該当性は、営業秘密の使用ないし開示をした時点で、行為者が営業秘密を保有する事業者の従業員の地位にあるかどうかは無関係であり、上記被告ら両名の退任時期との前後関係は上記の判断に影響するものではない。
 また、被告会社は、設立以降、まず被告Bが代表者を務め、その後、被告Aが代表者を務めているものであり、被告会社の行為は、営業秘密について被告B及び被告Aによる不正開示行為があったことを知って営業秘密を取得し、これを使用して原告会社の登録派遣スタッフ対して勧誘等を行っているものであるから、同法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 被告らの社会的相当性の主張について
ア 被告らは、概ね次のように述べて、本件において被告らの取った行動は社会的相当性を有するものであると主張する。
@ 被告会社に移籍した原告会社の登録派遣スタッフは、原告会社との契約終了後に移籍しており、契約途中の派遣スタッフを被告会社が引き抜いたものではない。派遣スタッフがどこの派遣会社に登録するかは、派遣スタッフ自身が、勤務条件や営業課員のケア等から判断するものであり、派遣スタッフの自由意思の問題である。
A 派遣スタッフの営業課員に対する信頼は厚く、原告会社の中心人物であった被告B及び被告Aが立て続けに退社したことは、派遣スタッフの原告会社に対する信用を損ねた。そのようななかで、派遣スタッフが、被告Bら両名が被告会社に在職していることを知れば、被告会社に移籍を希望するのは無理からぬことである。被告Bら両名は、派遣スタッフに対する退職の挨拶の中で、なぜ同被告らが原告会社を辞めたのか、今後両名がどうするかというごく自然な話の流れとして新会社の話をした程度であり、原告会社を誹謗中傷していない。
B 人材派遣業界にも熾烈な競争があり、派遣先の企業はより良質の人材を求めて複数の派遣会社にオーダーを出した上でその中から適切な人材を選別して採用するし、派遣スタッフも複数の派遣会社に重複登録し、より条件のよい派遣先を求める。原告会社の派遣スタッフや派遣先企業を被告会社が獲得したとしても、被告会社が好条件を出さなければ、これらの派遣スタッフや派遣先企業は他の競業会社に奪われてしまう。原告の主張は、このような競争原理を抜きにして、派遣先や派遣スタッフを自己の既得権の対象として固定的にとらえるもので、誤っている。
イ しかし、被告らの主張する上記(2)@〜Bの各事情は、人材派遣業の業界において、各競業会社が、派遣スタッフの確保及び派遣先企業(顧客)の獲得をめぐって競争関係に立ち、競争行為が行われることの正当性をいうものであるが、そのことは、不正競争防止法上の営業秘密に属する他社の情報を不正開示行為を介して取得して、これを使用することまでも正当化するものではない。したがって、被告ら主張の事実は、不正競争行為の成立を妨げる事情ということはできない。
(3) 被告らの行為が商法266条の3及び民法上の一般不法行為に該当する旨の原告の主張は、上記の不正競争防止法上の主張との関係では予備的併合の関係にあるから、これについては判断しない(なお、訴状には被告らに不正競争防止法2条1項14号の行為があることを主張するかのような記載もあるが、口頭弁論終結に至るまで原告は「虚偽の事実」に該当すべき具体的内容を全く主張していない。したがって、仮に原告が訴状において同号所定の不正競争行為をも主張しているとしても、理由がない。)。
4 結論
 以上によれば、(1)原告会社が平成11年2月ないし5月当時有していた別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名、性別、年齢、住所、電話番号、最寄り駅、PC技能、取得資格、就業実績等に関する情報及び別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称、所在地、電話番号、求人担当部署、求人担当者、求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力、労務内容、人数、労働時間、就労条件など)等に関する情報は、いずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当し、(2)被告らの行為の社会的相当性をいう被告らの抗弁は理由がないものであって、(3)被告B及び被告Aが前記(1)の各情報を自ら使用し、また被告ハンドハンズ株式会社に開示した行為は、いずれも同法2条1項7号所定の不正競争行為に該当し、(4)被告会社が、被告B及び被告Aから上記(1)の情報の開示を受けて、これを取得し、使用した行為は、同法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。
 そして、本件においては、@原告の被告らに対する差止請求につき、差止請求の可否ないしそれが許される範囲を判断し、A原告の被告らに対する損害賠償請求につき、認められる損害の内容及び額を判断するために、更に審理をする必要がある。
 よって、主文のとおり中間判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 村越啓悦
 裁判官 青木孝之
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