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【事件名】広告イラストの類似事件(武富士/電通) 【年月日】平成15年11月12日 東京地裁 平成14年(ワ)第23479号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 平成15年9月17日) 判決 原告 M 同訴訟代理人弁護士 堀口磊藏 同 青木祐史 被告 株式会社武富士(以下「武富士」という。) 被告 株式会社電通(以下「電通」という。) 被告ら訴訟代理人弁護士 内藤篤 同 福井健策 同 森村佳奈 主文 1 被告らは、原告に対し、連帯して金611万円及び内金531万円に対する平成9年10月1日から、内金80万円に対する平成15年7月18日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。 2 被告武富士は、原告に対し、金534万5000円及び内金484万5000円に対する平成9年10月1日から、内金50万円に対する平成15年7月18日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は、これを4分して、その3を原告の、その余を被告らの、各負担とする。 5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、原告に対し、各自金2350万5000円及び内金1770万円に対する平成9年10月1日から支払済みまで、内金580万5000円に対する平成15年7月18日から支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。 2 被告武富士は、原告に対し、金1857万2500円及び内金1615万円に対する平成9年10月1日から支払済みまで、内金242万2500円に対する平成15年7月18日から支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。 3 被告電通は、同社の公式ホームページに、別紙謝罪広告目録(1)Aに記載の謝罪広告を、同目録(1)Bに記載の掲載条件で掲載せよ。 4 被告武富士は、同社の公式ホームページに、別紙謝罪広告目録(2)Aに記載の謝罪広告を、同目録(2)Bに記載の掲載条件で掲載せよ。 第2 事案の概要 本件は、原告が、別紙イラスト目録2記載のイラスト(以下「被告イラスト」という。)を作成し、これを使用し新聞紙上に広告を掲載した被告らの行為は、別紙イラスト目録1記載のイラスト(以下「原告イラスト」という。)について原告が有する著作権(複製権、翻案権、同一性保持権)を侵害する行為であると主張して、被告らに対し、損害賠償、不当利得返還及び謝罪広告の掲載を求めた事案である。 1 前提となる事実(当事者間に争いがない事実。なお、証拠により認定した事実は、末尾に証拠を掲記した。) (1) 当事者 ア 原告は、イラストレーターである(甲12)。 イ 被告武富士は、消費者金融業を営む株式会社であり、被告電通は、広告及び広報に関する企画及び作成等を業とする株式会社である(争いがない。)。 (2) 原告によるイラストの作成 原告は、平成5年ころ、原告イラストを作成した(甲12)。 (3) 被告らによる広告の掲載(請求1について) 被告武富士は、被告電通に対し、自社の広告の作成を委託した。被告電通は、平成9年6月ころ、原告イラストに依拠して、被告イラストを作成した。被告電通は、被告イラストを使用して、これに人物写真や文字等を組み合わせて新聞広告を作成した(以下「被告新聞広告」という。)。被告新聞広告には、「無人契約機¥enむすび」の標示が、人物写真と重なるように中央に配置されたもの(甲1)や、人物写真と重ならないように中央右側に配置されたもの(甲13)があり、キャッチコピー、各部分の配置、大きさの異なるものが存在する(甲1、13、乙2)が、いずれも被告イラストが人物写真の下部に配置されている点で共通である。 そして、被告武富士は、別紙掲載一覧表(1)のとおり、新聞紙上に被告新聞広告を掲載した(争いがない。)。 (4) 被告武富士による広告の掲載(請求2について) 被告武富士は、別紙掲載一覧表(2)のとおり、被告武富士の名の下に、新聞紙上に被告新聞広告を掲載した(争いがない。)。 3 争点 (1) 原告イラストには著作物性があるか。 (2) 被告新聞広告の掲載は、原告イラストについての原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するか。 (3) 請求1について ア 損害額はいくらか。 イ 消滅時効は成立するか。 (4) 請求2について ア 損害額又は不当利得額はいくらか。 イ 消滅時効は成立するか。 (5) 請求1についての謝罪広告の必要性はあるか。 4 当事者の主張 (1) 原告イラストには著作物性があるか。 (原告の主張) 原告イラストは、以下のとおり、原告の個性が表現されたものであり、著作物性がある。 ア 原告イラストは、現存する世界各地の名所旧跡等をイラスト化して配置したものである。世界には多種多様な名所旧跡が存在するから、その単純な組合せによって、原告イラストが当然にできあがるものではない。すなわち、原告イラストは、「アラウンド・ザ・ワールド」を主題とし、通常のイラストとは異なり、横長の紙面に描かれ、横長のイラストのどの部分を切り取っても、独立した作品としてバランスが保たれるように、また、文字の挿入も可能なように、余白部分の取り方や各名所旧跡の配列に工夫が凝らされている。 原告イラストは、現実には異なる大きさの個々の名所旧跡を、大きさを勘案して配置され、順序や重なりの程度、向きなどに工夫を凝らし、個々の名所旧跡のイメージを損なうことなく、かつ、その特徴をよく表し、かつ、全体として連続した一つの世界を表現するよう描かれている。 イ 原告イラストは、全体に淡い色調を基調として、メルヘン的な雰囲気を醸し出すよう表現され、また、個々の名所旧跡についても、グラデーションを用い、色使いを配慮して、それぞれが強い個性を主張しすぎないように描かれ、全体としても個々の部分としても、「アラウンド・ザ・ワールド」という主題を、看る者をして感得できるよう、工夫が凝らされている。なお、淡い色調やメルヘン調を用いる点は、原告の作成するイラスト作品の特徴の一つである。 ウ 原告は、原告イラストを作成するに当たり、コンピューターなどを使用することはせず、1枚1枚手書きで、多大の労力と時間をかけた。 (被告らの反論) 原告イラストは、以下のとおり、原告の何らかの個性が表現されたものとはいえないので、著作物性はない。 ア 原告イラストは、エッフェル塔、ピサの斜塔、ピラミッド、ビッグベン、ロンドンの2階建てバス、ダイヤモンドヘッド、ニューヨークの摩天楼、ローマのコロッセウム等、世界の名所旧跡を描いた図柄を並列的に配置し、一つに組み合わせたものにすぎない。原告イラストは、個々の名所旧跡を、特徴のない手法で描いたものにすぎない。 イ 世界の名所旧跡を描いたものは、一般に広く存在するし、その中には、地理的に離れた場所にある複数の名所旧跡をあたかも一つの場所にあるかのようにまとめた構成を採るものもある。原告イラストは、世界の名所旧跡をイラスト化して、集めたものであり、ありふれた表現ということができ、創作性はない。 (2) 被告新聞広告の作成、掲載行為は、原告の有する著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害する行為か。 (原告の主張) 原告イラストと被告イラストとは、以下のような点において、実質的な同一性ないし類似性があるから、被告イラストは、原告イラストの複製物又は翻案物といえる。また、被告イラストは、原告イラストを一部改変したものであるから、原告の有する同一性保持権を侵害するものである。 ア 原告イラストと被告イラストとは、世界の名所旧跡を取捨選択して横長の紙面に描かれた点、その一部分を切り取っても、一つの作品として機能するように描かれた点、個々のイラストの大きさのバランスが保たれている点において、共通している。原告イラストは、全体を見ても、その一部分に着目して見ても、個性的な表現が用いられているが、その創作性のある部分が共通する。 イ 原告イラストと被告イラストとは、左からエッフェル塔、ピサの斜塔、ピラミッド及びラクダ、ビッグベン及び2階建てバス、風車、椰子の木及びヨット、摩天楼、コロッセオと順に配列されている点において、共通している。原告イラストは、各名所旧跡を、西から東へというようなありふれた順序ではなく、意図的に配置した点で、個性の発揮があるが、その創作性のある部分が共通する。 ウ 原告イラストと被告イラストとは、ピサの斜塔の傾きの方向、ピラミッドの方向とラクダの向き、2階建てバスの進行方向、ビッグベンの時間、ビッグベンとバスの位置、風車の羽の位置、風車の横の椰子の木の本数と枝の本数及び傾き、ヨットの進行方向、船舶の数(原告イラストがヨットであるのに対し、被告イラストはヨットと客船であるが、いずれも2艘である。)、コロッセオの方向(コロッセオの崩壊部分が同一である。)、コロッセオの前の椰子の木の本数及びその枝の数と位置等において、同一又は酷似している。 エ 原告イラストでは、「建物」が描かれているのに対して、被告イラストでは、パゴダ風の建物、中国風の建物、万里の長城等が描かれている点において、両者に相違がある。しかし、それぞれ相違する部分はわずかであること、相違部分の両隣に位置する図柄は全く同一であることに照らすならば、これらの相違をもって、両者における全体のバランスや主題の共通性に影響を与えるものではない。 (被告らの反論) ア 被告イラストは、原告イラストに依拠して作成されたものであるが、原告イラストとは、以下のような点で異なるので、原告イラストの複製物又は翻案物ということはできず、また、同一性保持権を侵害するものとはいえない。 (ア) 被告イラストは、原告イラストと比較して、それぞれの名所旧跡についての写実性が高い。例えば、原告イラストでは、ピサの斜塔、オランダの風車、コロセウムは、他のものとの対比でようやくそれと分かるにすぎないが、被告イラストでは、それだけを単独で見ても、認識できるほどに写実的である。 (イ) 原告イラストでは、2階建てバスの後方にある建物群はロンドン塔とおぼしき建造物と一体となって、イギリスの町並みのように描かれているのに対して、被告イラストでは、イスラム風の建造物が描かれている点において、両者は異なる。 (ウ) 原告イラストは、境界線を曖昧にさせて、にじみだすような筆致で描かれているのに対して、被告イラストは、シャープな境界線で描かれている点において両者は異なる。 (エ) 被告イラストには、パゴダ風の建物や中国風の建物、万里の長城などが描かれているのに対して、原告イラストには描かれていない点において、両者は異なる。 (オ) 原告イラストと被告イラストとは、世界各地の名所旧跡を対象とする点において類似する。しかし、このような類似性は、両者が同一の名所旧跡をイラスト化したものであること、及び個々の名所旧跡の図柄を横並びにしたことという構成の同一性、アイディアないし事実の類似性に由来するものである。 イ 被告イラストは、被告武富士の新聞紙上広告として使用されたが、新聞紙上での網掛け印刷により細かな部分はつぶれた状態で掲載されている。このような使用態様に照らすならば、被告イラストは、一般人をして、原告イラストにおける「アラウンド・ザ・ワールド」との主題、「エンドレス・イラスト」とのシリーズとしての特徴などを、覚知させる程度の実質的同一性をもったものとして再現されたものと評価することはできない。 (3) 請求1について ア 損害額はいくらか。 (原告の主張) 原告は、被告らによる複製権又は翻案権及び同一性保持権の侵害により、次のとおり、2350万5000円の損害を被った。 (ア) 財産的損害 原告イラストを使用する場合の料金は、「1社、1媒体、1号、1版、1回」を基本単位とされており、新聞広告の場合の掲載料は、1回につき5万円とされている。したがって、原告は、被告らの原告イラストの無断掲載(354回)により1770万円の損害を被った。 なお、通常の取引においては、多数回使用する場合には、使用料の割引が行われるが、これは、正規の使用者が、事前に、エージェンシーに、スポンサー名・使用途・使用媒体・使用回数等を明らかにして申し込み、事後に使用の結果を報告するとの条件の下で適用されている。本件のように無断で使用された場合の損害額の算定においては、このような割引を前提とすることは相当でない。 (イ) 精神的損害 原告は、被告らの無断改変使用によって、本件著作物についての同一性保持権を侵害され、さらには発覚後の不誠実な対応により多大な精神的苦痛を被った。 これを慰謝するに足る金額は、300万円を下ることはない。 (ウ) 弁護士費用 原告は、被告らの本件著作権侵害行為により受けた損害を回復するため、訴訟手続を弁護士に委任せざるを得ず、弁護士費用が発生した。この種の事案における弁護士費用としては、請求金額の15%の280万5000円が相当である。 (被告らの反論) (ア) 原告の主張する損害額については、争う。 (イ) 財産的損害 財産的損害の額は、原告イラストが使用された場合、いくら支払われるのが常識的かという観点を基準にすべきであって、原告が決めた料金表によるべきものではない。 原告イラストと同様のイラストについて、本件のように多数回使用する場合、その使用料は、使用回数に比例することはなく、上限が存在するのが一般的であって、その上限は、50万円から75万円くらいである。 (ウ) 精神的損害 原告は、被告イラストの存在を知った後も長く放置しており、本件について精神的損害は認められない。 (エ) 弁護士費用 不当な裁判外の交渉を経た本件にあっては、認められるべきではない。 イ 消滅時効は成立するか。 (被告らの主張) 仮に被告らによる被告イラストの掲載が原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであるとしても、次のとおり、その損害賠償請求権は時効により消滅している。 (ア) 「加害者」及び「損害」を知った時期 a 原告について 株式会社アートバンク(以下「アートバンク」という。)の担当者は、平成9年8月、9月ころ、北海道新聞に掲載された被告イラストを発見し、原告イラストを複製又は翻案したものであると認識したのであるから、アートバンクは、遅くとも平成9年9月ころには、原告に対して、被告イラストを使用した被告新聞広告の存在及び被告らによって作成されたという事実を知らせたものと推認される。 したがって、原告がアートバンクから事情を知った平成9年9月から民法724条の消滅時効は進行する。 なお、仮に、被告らによる被告新聞広告の掲載行為が原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権を侵害するものであるとすれば、被告らは共同不法行為者の関係に立つことになる。原告は、平成14年7月24日に被告電通が加害者であることを知ったものであるとしても、共同不法行為者である被告武富士について時効が完成した場合には、連帯債務の時効完成の効果に関する民法439条の規定が適用して消滅時効による債務の消滅を主張することができる。 b アートバンクについて アートバンクは、原告イラストについて原告が有する著作権の管理者である。したがって、アートバンクが「加害者」及び「損害」を知った場合、原告が知ったものと同視することができる。 ところで、アートバンクは、調査の結果、被告イラストが、原告イラストについての原告の著作権等を侵害するとして、遅くとも4年前から、アートバンクのウェブサイトにおいて公開している。したがって、アートバンクは、被告イラストを使用した被告新聞広告の存在及びそれが被告らによって作成されたものであることを知った平成9年8月から民法724条の消滅時効が進行する。 (イ) 債務の承認について 被告電通が、平成14年7月24日、原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権を侵害したことを認め、損害賠償金を支払う旨を約束した事実はない。 (原告の反論) 原告の損害賠償請求権は、以下のとおり、時効により消滅していない。 (ア) 「加害者」及び「損害」を知った時期 a 原告について 原告は、平成14年6月5日、アートバンクから連絡を受け、被告武富士が被告イラストを使用した被告新聞広告を掲載したことをはじめて知った。また、原告は、平成14年7月24日、被告武富士に問合せをして回答を得るまで、被告電通が被告イラストを作成し、かつこれを使用して被告新聞広告を掲載したことを知らなかった。 b アートバンクについて 原告は、アートバンクに対して、原告イラストについての著作権の管理権を与えたことはない。平成14年6月以降、本件について支援を依頼しているだけである。したがって、アートバンクが「加害者」及び「損害」について知ったことをもって原告が「加害者」及び「損害」を知ったものとすることはできない。 なお、アートバンクは、平成9年8月時点では、被告イラストを使用した広告の掲載を数点しか発見しておらず、本件訴訟の対象となっている全677点の99.5%以上は、平成14年6月以降に調査して発見したものである。 c 債務の承認について 被告電通は、平成14年7月24日、原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害行為を認め、損害賠償を支払う旨約束しているので、消滅時効は中断されている。 (4) 請求2について ア 損害額又は不当利得額はいくらか。 (原告の主張) 原告は、被告武富士により、原告の有する著作者の権利を侵害され、次のとおり、1857万2500円の損害を被った。 (ア) 財産的損害又は不当利得の額 原告イラストを使用する場合の料金(新聞紙上の広告掲載料)は、前記(3)ア(原告の主張)のとおり、1回につき5万円であるから、原告は、被告らの原告イラストの無断掲載(323回)により1615万円の損害を被った。また、被告が得た利得の額も上記と同額であるというべきである。 (イ) 弁護士費用 原告は、被告らの本件著作権侵害行為により受けた損害を回復するため、訴訟手続を弁護士に委任せざるを得ず、弁護士費用が発生した。この種の事案における弁護士費用としては、請求金額の15%の242万2500円が相当である。 (被告武富士の反論) (ア) 原告の主張する損害額については、争う。 (イ) 財産的損害又は利得額 財産的損害の額は、前記(3)ア(被告らの反論)のとおり、原告イラストが使用された場合、いくら支払われるのが常識的かという観点を基準にすべきであって、原告が決めた料金表によるべきものではない。 原告イラストと同様のイラストについて、本件のように多数回使用する場合、その金額は、使用回数に比例することはなく、上限が存在するのが一般的であって、その上限は、50万円から75万円くらいである。 また、被告が得た利得額も上記と同額であるというべきである。 (ウ) 弁護士費用 不当な裁判外の交渉を経た本件にあっては、認められるべきではない。 イ 消滅時効は成立するか。 (被告武富士の主張) 仮に被告武富士による被告イラストの使用行為が原告が有する著作者の権利を侵害するものであるとしても、前記(3)イ(被告らの反論)のとおり、原告は、被告武富士による被告イラストの使用行為を少なくとも、平成9年9月の時点で知っていたのであるから、その損害賠償請求権は、時効により消滅している。 (原告の反論) 前記(3)イ(原告の反論)のとおり、原告は、平成14年6月以降に、被告武富士による被告イラストの使用行為を知ったのであるから、原告の損害賠償請求権は、時効により消滅していない。 (5) 謝罪広告の必要性はあるか。 (原告の主張) 原告が被告らの前記第2の1(3)の行為により毀損された名誉を回復するためには、被告らが、それぞれの公式ホームページに、各謝罪広告を掲載することが必要である。 (被告らの反論) 謝罪広告を掲載する必要性については争う。 第4 争点に対する判断 1 争点(1)(著作物性の有無)について 著作権法の保護の対象となる著作物に当たるというためには、思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。そして、創作的に表現したものとは、当該作品が、厳密な意味において、独創性の発揮されたものであることを要するのではなく、作成者の何らかの個性が発揮されたものであれば足りるものと解すべきである。 証拠(甲8の1)及び弁論の全趣旨によると、原告イラストは、現存する世界各地の名所旧跡等を選択し、左から右へ、エッフェル塔、ピサの斜塔、ピラミッド及びラクダ、ビッグベン及び2階建てバス、風車、椰子の木及びヨット、摩天楼、コロッセオを描いたものであり、@全体的に淡い色調を基調として、メルヘン的な雰囲気を醸し出すような表現がされていること、A個々の名所旧跡について、配色に計算が施されたり、グラデーションが用いられて、それぞれが強い個性を発揮しすぎないように抑制されていること、B実際には大きさの異なる各名所旧跡について、縮尺を変えて高さを揃えるようにされていること、C横に長く描かれ、作品のどの部分を切り取ったとしても、不自然さを与えず、バランスが保たれるように、その配列や重なり具合、向きなどにも工夫が凝らされていること等の点に原告イラストの特徴があることを認めることができる。 以上のとおり、原告イラストは、個々の名所旧跡のイメージを損なうことなく、全体として、見る者に、夢を与えるようなメルヘン的な独特の世界が表現されているということができ、原告の個性が発揮されたものとして、創作性を肯定することができる。 2 争点(2)(著作権侵害、著作者人格権侵害の有無)について (1) 事実認定 証拠(甲1、8の1、12、13、乙2)によれば、以下の事実を認めることができる。 ア 原告イラストと被告イラストとは、以下の点で共通する。すなわち、 両者とも、@横長のイラストであって、左から右へ順に、エッフェル塔、ピサの斜塔、ピラミッド及びラクダ、ビッグベン及び2階建てバス、風車、椰子の木、ヨット、摩天楼、コロッセオ及び椰子の木、と世界に現存する名所旧跡を、取捨選択して描いていること、Aピサの斜塔の傾きの方向、ピラミッドの方向とラクダの向き、2階建て バスの進行方向、ビッグベンの時計の指す時刻、ビッグベンとバスの位置関係、風車の羽の位置、風車の横の椰子の木の本数と枝の本数及び傾き、ヨットの進行方向、船舶の数(原告イラストがヨットであるのに対し、被告イラストはヨットと客船であるが、いずれも2艘である。)、コロッセオの方向(コロッセオの崩壊部分が同一である。)、コロッセオの前の椰子の木の本数及びその枝の数及び位置等において、細部に至るまで同一又は酷似していること、B個々の名所旧跡について、縮尺を変えて高さを揃えるように描かれていること等の点において、共通である。 イ これに対して、原告イラストと被告イラストとは、以下の相違がある。 すなわち、原告イラストは、@「特徴に乏しい建物」、羽が小さく脚部が二本の風車が、それぞれ描かれ、A境界線を曖昧にして、にじみだすような筆致で、各名所旧跡をデフォルメして描かれているのに対して、被告イラストは、@パゴダ風の建物、イスラム風の建物、万里の長城、雲、羽が大きく脚部が台形状の風車が、それぞれ描かれ、Aシャープな描線が用いられ、個々の名所旧跡も写実的に表現されている点において、相違する。 (2) 著作権、著作者人格権侵害の有無についての判断 以上認定した事実を基礎に、著作権、著作者人格権侵害の有無について判断する。 ア 著作権(複製権、翻案権)侵害の有無 被告イラストは、原告イラストとは、その筆致を異にし、その表現対象について若干の違いはあるものの、個々の名所旧跡のイラストの配置やその一部を切り出しても独立のイラストとして使用することができることとする構成やイラスト化された個々の名所旧跡の形状が酷似しており、被告イラストは、原告イラストと実質的に同一であり、また、被告イラストは、原告イラストの創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得し得るものであるということができる。 したがって、被告イラストを作成し、これを使用して被告新聞広告に掲載した行為は、原告イラストについて原告が有する複製権又は翻案権を侵害したものであるということができる。 イ 著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無 原告は、原告イラストの作成に当たり、個々のイラストについて、すべての境界線が曖昧な、にじみだすような筆致で描き、メルヘン的な雰囲気を醸し出すことにより、主題を強調しようとしていることがうかがわれる。これに対し、被告らは、被告イラストを作成するに当たり、原告イラストの筆致を変更したり、個々のイラストの内容を一部変更するなどした。 したがって、被告イラストを作成し、これを使用して被告新聞広告を掲載した行為は、原告イラストの表現に変更、切除その他の改変を加えているので、原告イラストについての原告が有する同一性保持権を侵害したものということができる。 3 争点(3)ア(本件請求1に係る損害額)について (1) 著作権(複製権、翻案権)の侵害による損害額 ア 証拠(甲10、12、20、21、乙11の1ないし3、12、16ないし18)によると、以下の事実が認められる。 原告イラストの使用料については、平成9年当時、原則として、使用企業、媒体、使用エリア、使用期間等を考慮して、1社、1号、1版、1種を単位として、1回当たりの使用料が算定されていたこと、原告イラストの1回当たりの使用料については、4万5000円と規定されているが、その広告の大きさに応じて3万円から10万円くらいで推移していたこと、原告イラストについて、1回当たり使用料を4万円として使用許諾(1次使用)された例があったこと、C原告は、半年以内の期間において、同一広告を多数回使用する場合、2次使用料を1次使用料の70パーセント、3次使用を1次使用料の50パーセントの各割合で使用することを認めていたこと等の事実を認めることができる。 これらの事実及び被告新聞広告における被告イラストの掲載態様(下方部分に背景として、小さく使用されている。)、被告新聞広告の掲載回数等、一切の事情を総合考慮すると、被告らによる被告新聞広告の掲載に伴う原告イラストの使用による損害額としては、原告の定めた使用料のおおむね3分の1である1回当たり1万5000円とするのが相当である。 そうすると、被告らによる著作権(複製権、翻案権)の侵害による損害の額は、531万円(1万5000円×354回)であると認めることができる。 イ この点について、被告らは、本件のように多数回使用する場合、通常、その使用料は、使用回数に比例することはないので、損害額の算定に当たっても、一定の限度にとどめるべきであると主張する。確かに、前記のとおり、短期間に多数回にわたって、原告作成のイラストを使用するような場合、1回当たりの使用料に使用回数を乗じる方式ではなく、より低廉な使用料を算定して合意した例も存在する。 しかし、そもそも、著作者は、イラストの使用料について、1回当たりの使用料に使用回数を乗じる方式によるか、一定期間の使用料を包括的に決める方式によるかは自由に選択することができるはずであること、上記のような料金設定をするのは、著作者が、原告イラストを使用しようと希望する者に対して、インセンティブを高める等の理由によるものであると考えられること、原告は、銀行や信販会社との関係で消費者金融業者に対しては、原則として許諾を与えない方針を有していたこと(甲9、10、12)等の点を考慮すれば、本件のような著作権侵害における損害額の算定に当たっては、そのような合意がされた場合の逓減的な算定方式によることは合理的でないというべきである。この点の原告の主張は採用できない。 (2) 著作者人格権(同一性保持権)の侵害による損害額 前記認定のとおり、被告イラストを作成し、これを使用して被告新聞広告を掲載した行為は、原告イラストの表現に変更、切除その他の改変を加えた行為であり、原告は、右改変行為によって精神的な損害を被ったということができる。そして、右改変の状況及び本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の被った精神的な損害に対する慰謝料としては、30万円が相当であると認められる。 (3) 弁護士費用 本件事案の内容等、諸般の事情を考慮すると、右被告らによる本件利用行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、50万円が相当である。 (4) 小括 したがって、原告は、被告らによる著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害により、611万円の損害を被ったということができる。 なお、被告らによる著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害態様等にかんがみると、被告らに過失を認めることができる。 4 争点(3)イ(本件請求1についての消滅時効の成否)について (1) 事実認定 証拠(甲3ないし6、12、16、乙2、平成15年3月7日付調査嘱託の結果、同年5月6日付調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。 ア アートバンクの代表者であるKは、平成9年8月ころ、本件広告が同年8月28日付北海道新聞その他のいくつかの新聞に掲載されていることを発見した。なお、この時点においては、Kは、本件広告のスポンサーが武富士であるということしか知らず、誰が被告イラストを作成し、掲載したかについては知らなかった。 イ Kは、その後の平成14年6月ころ、被告新聞広告が複数の新聞に多数回にわたって掲載されていることを知った。そこで、アートバンクは、同月5日、原告に対して、これらの事実関係を通知し、通知を受けた原告は、さらに詳細な調査を依頼するとともに、原告代理人にその法的対処を依頼した。原告は、その後の調査により、最終的に、被告らが「別紙掲載一覧表」(1)のとおり新聞紙上に被告新聞広告を掲載したこと、及び被告武富士が「別紙掲載一覧表」(2)のとおり、新聞紙上に被告新聞広告を掲載したことを了知した。 ウ 原告代理人が、被告新聞広告のスポンサーである被告武富士に照会の書面を送付したところ、平成14年7月24日、被告電通の担当者が原告代理人事務所を訪れ、被告新聞広告を作成したのは電通の子会社である電通テックであることを明らかにし、本件については電通が責任をもって交渉する旨を説明した。 エ その後、原告と被告との間で、本件について話合いの機会がもたれたが、被告らが原告に対して支払うべき金銭の額について折り合いがつかず、原告は、本訴を提訴した。 なお、本件全証拠によるも、原告は、アートバンクに対して、原告イラストに係る原告の著作権の行使について、代理権等を付与した事実を認めることはできない。 (2) 判断 民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知ったときを意味し、具体的には、被害者が損害の発生を現実に了した時をいうと解すべきである。 前記(1)認定の事実によると、アートバンクの代表者Kは、平成9年8月ころ、別紙掲載一覧表(1)記載の掲載行為のうちのいくつかについては、その掲載行為を知ったものということができるが、原告が、加害者及び損害の発生を現実に了した事実を認めることはできない。のみならず、アートバンクは、原告イラストの著作権の行使について委任を受けた者ではないから、アートバンクが知ったからといって、原告が、損害及び加害者を知ったとみなすこともできない。 したがって、前記(1)認定の事実によると、原告は、著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害行為について、平成14年6月5日に被告武富士が加害者であること及び損害が発生したことを現実に了し、また、同年7月23日に被告電通が加害者であることを現実に了したものということができるから、民法724条に基づく消滅時効は、被告武富士については同年6月6日から、被告電通については同年7月24日から、それぞれ進行するものと解することができる。 以上によれば、原告の被告武富士に対する著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害を理由とする損害賠償請求権について民法第724条による消滅時効が成立したということはできない。 5 争点(4)ア(本件請求2についての損害額)について (1) 前記3(1)のとおり、被告武富士の著作権(複製権、翻案権)侵害によって原告の受けた損害額については、1回の掲載行為につき1万5000円の額をもって算定するのが相当である。 したがって、被告武富士の著作権(複製権、翻案権)侵害によって原告の受けた損害額は、484万5000円(1万5000円×323回)である(なお、著作者人格権侵害に基づく損害に係る主張はされていない。)。 (2) 本件事案の内容等、諸般の事情を考慮すると、右被告武富士による著作権(複製権、翻案権)の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、50万円が相当である。 (3) したがって、原告は、被告武富士の著作権(複製権、翻案権)侵害により、534万5000円の損害を被ったということができる。 なお、被告武富士による著作権(複製権、翻案権)の侵害態様等にかんがみると、被告武富士に過失を認めることができる。 6 争点(4)イ(請求2についての消滅時効の成否)について 前記4(1)認定の事実によると、被告武富士の著作権(複製権、翻案権)侵害について、原告は、平成14年6月5日以降に被告武富士が加害者であること及び損害が発生したことを現実に了したものということができるから、民法724条に基づく消滅時効は、被告武富士については平成14年6月6日から進行する。 以上によれば、原告の被告武富士に対する著作権(複製権、翻案権)侵害を理由とする損害賠償請求権について、民法724条による消滅時効が成立したということはできない。 7 争点(5)(請求1についての謝罪広告の必要性)について 著作者は、故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し、著作者の名誉若しくは声望を回復するために、謝罪広告の掲載等の適当な措置を請求することができるとされている(著作権法115条)が、この「名誉若しくは声望」とは、著作者がその名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉声望を指すものであって、人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情を含むものではないと解される。 そうすると、被告イラストを使用した被告新聞広告が新聞紙上に掲載されたことによって原告に対する社会的な名誉が毀損されたことをうかがわせる証拠はないから、その名誉声望を回復するために、謝罪広告を掲載することが必要であるとは認められない。 第4 結論 原告の請求1については、金611万円及び内金531万円に対する平成9年10月1日から、内金80万円に対する平成15年7月18日から支払済みまで年5分の割合による各金員の支払を求める限度で、原告の請求2については、金534万5000円及び内金484万5000円に対する平成9年10月1日から、内金50万円に対する平成15年7月18日から支払済みまで年5分の割合による各金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求については、いずれも理由がないからこれを棄却する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 今井弘晃 裁判官 武智克典は退官のため署名押印ができない。 裁判長裁判官 飯村敏明 |
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