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【事件名】「超時空要塞マクロス」の標章事件 【年月日】平成15年11月11日 東京地裁 平成14年(ヨ)第22155号 仮処分命令申立事件 決定 債権者 株式会社竜の子プロダクション 代理人弁護士 松尾翼 同 内田公志 同 鮫島正洋 同 大川原紀之 債務者 バンダイビジュアル株式会社 代理人弁護士 柳瀬康治 同 山本昌平 債務者補助参加人 株式会社ビックウエスト 代理人弁護士 新保克芳 同 國廣正 同 五味祐子 主文 1 債権者の申立てをいずれも却下する。 2 申立費用は債権者の負担とする。 事実及び理由 第1 申立ての趣旨 1 債務者は、「マクロスゼロ」の標章、その他「マクロス」、「MACROSS」ないしは「Macross」を含む標章を付したアニメーションDVD、アニメーション・ビデオカセット等の映像パッケージソフトを販売してはならない。 2 債務者は、「マクロスゼロ」の標章、その他「マクロス」、「MACROSS」ないしは「Macross」を含む標章を、アニメーションDVD、アニメーション・ビデオカセット等の映像パッケージソフト並びにそのケース、包装、宣伝用カタログ、宣伝用チラシ及び宣伝用ポスターに使用してはならない。 3 債務者は、第1項記載のアニメーションDVD、アニメーション・ビデオカセット等の映像パッケージソフト並びにそのケース、包装、宣伝用カタログ、宣伝用チラシ及び宣伝用ポスターに対する占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。 執行官は、上記物件を保管しなければならない。 執行官は、執行官が上記物件を保管していることを公示しなければならない。 第2 事案の概要 債務者は、「マクロスゼロ」及び「マクロスゼロ2」と題するアニメーションDVDを販売している。これにつき、債権者は、債務者の行為は、債権者の周知ないし著名な商品等表示である「超時空要塞マクロス」、「超時空要塞MACROSS」、「マクロス」及び「MACROSS」と同一若しくは類似の表示を使用するもので、不正競争防止法2条1項1号又は2号所定の不正競争行為に該当すると主張して、債務者に対し、上記表示の使用の差止め等を内容とする仮処分を求めている。 1 争いのない事実等(当事者間に争いのない事実並びに後掲疎明資料及び審尋の結果により疎明されていることが容易に認められる事実) (1) 当事者等 債権者は、昭和37年に設立された、映画の企画制作及びその著作権管理等を主たる業とする株式会社であり、昭和39年ころから「宇宙エース」、「マッハGoGoGo」、「おらぁグズラだと」、「ハクション大魔王」、「昆虫物語みなしごハッチ」及び「科学忍者隊ガッチャマン」などのアニメーション映画を製作し、公表してきた。 債務者は、テレビ放映、劇場公開用、オリジナルビデオ用などの各映像コンテンツの企画、製作及びビデオカセット、DVD等の映像パッケージソフトの販売等を業とする株式会社である。 債務者補助参加人は、テレビ、ラジオの宣伝映画等の企画及び製作等を業とする株式会社である(甲19、丙2、3)。 (2) テレビ用アニメーション映画の放映 債権者と株式会社毎日放送(以下「毎日放送」という。)は、昭和57年9月30日(第1話ないし第21話に関する)及び昭和58年3月10日(第22話ないし第36話に関する)、連続テレビジョン放送用動画フィルム「超時空要塞マクロス」(以下「本件テレビアニメ」という。)に関する契約を締結し、本件テレビアニメは、昭和57年10月3日から昭和58年6月2日までの間、毎日放送をキー局としてテレビ放映された(甲5、19) (3) 劇場用アニメーション映画の製作、公表 債権者、債務者補助参加人、毎日放送及び株式会社小学館(以下「小学館」という。)は、昭和58年11月24日、劇場用映画「超時空要塞/マクロス」(以下「本件劇場版アニメ」という。)の共同制作に関する契約を締結し、本件劇場版アニメは、昭和59年に全国の劇場で公開された(甲9、24、丙15)。 (4) 債務者による「マクロスゼロ」の販売 債務者は、債務者補助参加人から許諾を得て、平成14年12月21日から「マクロスゼロ」というタイトル(以下「債務者表示」という。)を付したアニメーションDVDソフトの販売を行い、その後平成15年5月23日から「マクロスゼロ2」というタイトルを付したアニメーションDVDソフトを販売している(甲4、13ないし15、30、33、34)。 2 争点並びに争点に関する当事者の主張 (1) 「超時空要塞マクロス」等の表示が商品等表示に該当するかどうか。 (債権者の主張) ア 本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメの「商品」表示 本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメは、全長1200メートルに及ぶ巨大な宇宙艦「マクロス」を旗艦とする統合軍と、文化を持たない身長10メートルの巨大宇宙人ゼントラーディ軍との激しい宇宙戦闘を背景に、民間人から志願して軍に入った「一条輝」、マクロス艦内でアイドル歌手となる「リン・ミンメイ」及びマクロスの主任管制官「早瀬未沙」らの活躍を描いている。また、本件テレビアニメには、宇宙艦の内部に5万人を超える民間人が居住することや、使用される戦闘メカが、合体等によらず、飛行機からロボットの形態に変形するといった際立った特徴を有するものである。 このような一定の識別力を有するアニメーション映画の著作物は、それ自体は有体物ではないが、著作物それ自体に商品価値があり、その利用を許諾することにより対価を得ることができるなど、極めて高い経済的価値を有する。このような経済的価値を有する著作物が、フィルムという有体物に固定されている場合には、それは独立の取引の対象となるのであって、不正競争防止法上の「商品」に当たるというべきである。そして、そのアニメーション映画のタイトルは当該商品の「表示」として不正競争防止法上の保護を受けるものと解される。 本件テレビアニメについてこれをみると、債権者は、本件テレビアニメをフィルムに固定し、これを番組販売(あるいは放送の許諾)という形で放送局に貸与し、一定の条件の下で放送することを許諾することにより対価を得ている。また、本件劇場版アニメについても、債権者は著作権者として本件劇場版アニメを制作し、全国252の東宝系の映画館において劇場公開して延べ85万7582人もの観客を動員した(興行収入は9億8690万4776円である。)。従って、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメは、それ自体が「商品」に当たるというべきであり、「超時空要塞マクロス」、「超時空要塞MACROSS」、「マクロス」及び「MACROSS」(以下この4表示を総称して「本件各表示」という。)という表示は、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメという「商品」の「表示」に当たるというべきである。 債務者は、著作物の題号は、著作権法上も商標法上も保護されているものではなく、商品表示として保護されるものでもないと主張するが、不正競争防止法にいう「商品等表示」は比較的広く解されており、著作物の題号が除外されているとは解されないし、経済社会において一定の識別力のある映画のタイトルは当然のこととして保護されていることからも明らかなように、商標法や著作権法で保護されているかどうかにかかわらず、不正競争防止法においては、一定の識別力のある映画のタイトルは保護されるべきものである。 イ 本件テレビアニメに関する事業の「営業」表示 アニメーション映画製作者は、当該映画を地上波テレビ番組で放映するなどの第一次的な目的で利用するだけでなく、当該映画を中核とした各種のライセンス・ビジネス(キャラクター商品化、DVD化、出版化、CD化等)を展開するが、こういった商品化事業を含むアニメーション映画関連事業全体(以下「アニメ映画事業」という。)が、不正競争防止法上、秩序ある公正な競業活動を保護されるべき事業である。一般的に、複数の企業が映画事業に関与する場合には、当該映画のタイトルを関した「○○映画製作委員会」という組合を結成し、各組合員に当該映画著作物の著作権等を帰属させ、各種商品化事業を展開することからも分かるように、当該アニメーション映画のタイトルは、まさに、当該アニメ映画事業の「営業」を表示しているものである。本件テレビアニメに関するアニメ映画事業についていえば、まさに本件各表示がアニメ映画事業という「営業」を表示するものである。 債務者は、債権者の営業の表示としては「竜の子プロ」「竜の子」「タツノコ」しかあり得ないと主張するが、そもそも、一の企業体が多様な事業を展開しているような場合には、「部分の営業」が不正競争防止法で保護される「営業」に該当すると解すべきところ、本件で問題となっているアニメ映画事業における債権者の営業表示は本件各表示であって「竜の子プロ」等ではない。 ウ アニメ映画事業において商品化された各「商品」の表示 債権者は、本件テレビアニメの著作権者として、また、本件劇場版アニメの著作権者として、自らが窓口となって、国内における小学6年生以下を対象にした出版物の出版化事業や、海外における番組販売事業及び一般商品化事業を展開してきた。さらに、債権者は、債務者補助参加人ら他の関係人を窓口として、自らが利益の配分を受けることによる、日本国内における、一般商品化事業、中学生以上を対象とした出版物の出版化事業、当該番組のリピート販売事業等を展開し、その利益の一部を享受している。 当然のことながら、これら各商品化事業において本件各表示を付して商品化された各商品は、先行した本件劇場版アニメが好評を博した結果、単なる一アニメ漫画やキャラクター商品として見過ごされることなく、当初から一定の出所識別機能若しくは自他識別機能及び品質保証機能を有する商品、すなわち、本件各表示の全部又は一部を付した商品であれば、少なくとも「本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメのストーリーと密接に関係した、クオリティの高い商品」であるという認識が消費者の間で確立していた。 このような本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメ並びに本件アニメ映画事業において商品化された各商品との関係から明らかなとおり、本件各表示は、本件アニメ映画事業において商品化された各「商品」の表示でもある。 (債務者及び債務者補助参加人の主張) 債権者の主張は、否認ないし争う。以下に述べるとおり、本件各表示は商品等表示になり得ない。 ア 本件各表示は、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメの「商品」表示にはなり得ない。 不正競争防止法上、商品等の表示が保護されているのは、それぞれ商品を販売したり、営業を遂行するに際して、その商品又は営業を他の事業者のものと区別する機能、並びに商品又は営業が自己のものであることを明示する機能を有するためである。しかるに、本件各表示は、アニメーション映画のタイトルに過ぎず、このようなタイトルが、その商品又は営業を他の事業者のものと区別するための機能や、商品又は営業が自己のものであることを明示するための機能を有するものではない。このことは、商標権に関する裁判実務上、書籍やレコード等に付された題号やタイトルについて、題号・タイトルという性質上からいって自他識別機能や出所識別機能を有するとはいえないという理由で、題号・タイトルを付して書籍等を販売する行為が商標権侵害に当たらないとされていることからも明らかである。 イ 本件各表示は、本件テレビアニメに関する事業の「営業」表示又はアニメ映画事業において商品化された各「商品」の表示になり得ない。 債権者のアニメ映画事業の営業表示は、「竜の子プロ」、「竜の子」及び「タツノコ」などであり、そもそも債権者の個々のアニメーション映画の作品名が債権者の営業表示になることはない。債権者の主張からするならば、およそすべてのアニメーション映画のタイトルが「商品表示等」に該当することになりかねないが、そのような過度な保護は、まさに、商標法や著作権法が単なる題号・タイトルをあえて保護していない趣旨を没却するものである。 (2) 本件各表示が債権者(他人)の商品等表示であるかどうか。 (債権者の主張) 債権者は、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメを製作したものであり、両アニメーション映画の著作者及び著作権者たる地位を有しており、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメにおいては、「製作タツノコプロダクション」あるいは「企画・制作竜の子プロダクション」などと債権者が製作者であることが明示されていた。さらに、債権者は、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメに関する日本国内における出版化事業、並びに日本国外における商品化事業、ライセンス事業及び番組放映権販売事業等を債権者の名の下に展開してきた。従って、本件各表示は、債権者の商品である本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメの表示として自他識別力を有するものであると同時に、債権者の商品化事業によって製作された各種のキャラクター商品を表示する標章、あるいは、債権者の商品化事業等の各事業の営業を表示する標章としても自他識別力を有しているものである。 このように、本件各表示が債権者の商品等表示として認識されていたことは、本件テレビアニメに登場するメカ等の図柄についての著作権を有すると主張する株式会社スタジオぬえ(以下「スタジオぬえ」という。)においても、キャラクターを商品化するに際し、債権者らに対して許諾を求めている事実に照らし、明らかというべきである。 そうすると、債務者は債権者から本件各表示の使用につき許諾を受けた事実はないから、本件各表示は「他人」の商品等表示ということになる。 債務者及び債務者補助参加人は、「マクロスシリーズ」(具体的には、「マクロスU」、「マクロスセブン」、「マクロスプラス」、「マクロスダイナマイトセブン」と題するアニメーション映画)について債権者の関与が一切ないことをもって、本件各表示が債権者の商品表示ではなく、債務者補助参加人らの商品等表示であると主張するが失当である。なぜならば、債権者は、莫大な経済的負担及び労力を払って、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメを製作、公表し、アニメ映画事業を手がけたものであるところ、債務者補助参加人及びスタジオぬえ(以下「補助参加人ら」という。)が「マクロスシリーズ」なるものを製作したとしても、それは、上記のような債権者の努力によって周知性ないし著名性を獲得した本件各表示の有する顧客吸引力に債務者補助参加人らが「ただ乗り」して違法行為を繰り返しているだけに過ぎないからである。 また、債務者及び債務者補助参加人は、本件劇場用映画の製作に当たり債務者補助参加人が出資をしたことや権利行使や商品管理の権限が債務者補助参加人にあることをもって、本件各表示が債務者補助参加人の商品等表示であると主張するが、既に債権者の努力によって周知性を獲得した後にリスクの伴わない出資を行ったからといって、商品等表示の主体が債務者補助参加人に移るということはないし、権利行使や商品管理の権限を債務者補助参加人としたのは、債権者が自己の商品等表示の一部につき管理権限を債務者補助参加人に委ねたというにすぎないのであって、いずれも債務者補助参加人が本件各表示の商品等表示の主体となったことを示すものではない。 (債務者及び債務者補助参加人の主張) 債権者の主張は、否認ないし争う。債務者は本件各表示の商品等表示主体である債務者補助参加人から許諾を受けているから、「他人」の商品等表示とはいえない。 まず、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメについては、補助参加人らが実質的に創作したものであり、仮に債権者が本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメの著作権者であるとしても、これらの作品が債権者の商品ということはできない。また、その他の債権者が行ったと主張する出版化事業や商品化事業等についても、そのいずれも債権者が商品等表示主体であることの根拠になり得ない。 さらに、需要者の間においても本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメが債権者の商品であるとの認識はなかった。債権者は、各作品のテロップにおける製作者等の表示を取り上げて、商品等表示の主体が債権者であることの根拠とするが、これとて、債務者補助参加人も含む他の製作者と並んで債権者の表示があるに過ぎず、需要者において各作品が債権者の作品であると認識できるようなものではない。逆に債権者監修に係る書籍の中においては、本件テレビアニメの著作権表示は債務者補助参加人として記載されている。 補助参加人らは、マクロスの名称の決定から放送枠の獲得、放映料の支払、さらには製作費の負担なども行っており、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメを実質的に創作したのは補助参加人らである。ことに本件劇場版アニメの製作にあたっては、債務者補助参加人は50パーセントにのぼる出資を行い(債権者は16.6パーセント)、同映画の権利行使や商品管理の権限も債務者補助参加人にあるものである。さらに、一連の「マクロスシリーズ」については、補助参加人らが企画、製作したものであり、債権者の関与は一切ない。そして、債務者補助参加人は本件各表示と同一の商標を多くの類で商標登録しているだけでなく、本件テレビアニメ、本件劇場版アニメ、さらには「マクロスシリーズ」に関するプラモデルなどの商品化事業も行い、各商品には債務者補助参加人の表示もされているところである。さらに、「マクロスシリーズ」のビデオやDVDも、債務者補助参加人の許諾を得た上で、債務者その他によって販売されてきたものである。加えて、債務者補助参加人は本件テレビアニメの原画の著作権及び同作品の著作者人格権を有する。このような事情に照らせば、本件各表示は、債務者補助参加人の商品等表示として需要者の間で認識されていたものというべきであるから、そもそも債権者の商品等表示ではない。また、仮に、本件各表示が債権者の商品等表示であるとしても、後述のように周知性を獲得するためには債務者補助参加人らの多大な努力が不可欠であったから、債権者において債務者補助参加人を「他人」と主張することはできない。 (3) 本件各表示が周知ないし著名と認められるかどうか。 (債権者の主張) 本件テレビアニメは、昭和57年10月から全国ネットでテレビ放映され、多数の視聴者を獲得した。これにより、本件テレビアニメは全国的に周知となり、著名となったものである。このような、周知性・著名性を有する本件テレビアニメの第1話のオープニングテロップ及び第1話から第3話のエンディングテロップにおいては、それぞれ「製作タツノコプロダクション」との表記があった。したがって、視聴者は、本件テレビアニメの放映が債権者の映画事業そのものであり、作品としての本件テレビアニメが債権者の映像ビジネスにおける商品であることを認識していた。これらに照らせば、昭和57年10月の時点において、既に、本件各表示は、債権者の商品等表示として全国的に周知・著名となっていたものである。 また、本件テレビアニメの放映終了の翌年には、債権者が企画・製作した本件劇場版アニメが全国の劇場で公開されて大ヒットを記録し、全国的に周知・著名となった。本件劇場版アニメのエンディングテロップにおいても「企画・制作竜の子プロダクション」の表記があった。 したがって、遅くとも、本件劇場版アニメが全国の各映画館において公開を終えた昭和59年10月の時点において、本件各表示は、債権者の商品等表示として全国的に周知・著名となった。 債務者及び債務者補助参加人は、現時点においては、本件各表示は補助参加人らが製作、公表した「マクロスシリーズ」の各作品の表示として周知であると主張するが、そもそも、周知性の獲得には善意であることを要するところ、「マクロスシリーズ」の各作品の製作、公表は、債権者が周知ならしめた商品等表示である本件各表示への「ただ乗り」にすぎないのであり、このような違法行為の集積によって、本件各表示の周知性を獲得することはあり得ない。 (債務者及び債務者補助参加人の主張) 本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメがそれぞれの放送・公開当時において有名であったことは認めるが、債権者の商品等表示として現在においても周知性を有している点は否認する。 本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメが公表された後、「マクロスシリーズ」の各作品が展開されており、本件各表示が本件テレビアニメ又は本件劇場版アニメの表示として、現時点で周知・著名であるとはいえない。そもそも、前述のとおり、著作物たる映像作品の題名の一部である本件各表示が、直ちに誰かの商品等表示になるわけではないし、需要者において本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメの商品等表示主体を債権者と認識することもなかったのであるから、本件各表示が債権者の商品等表示として周知性・著名性を獲得することもない。 (4) 債務者表示は本件各表示と類似し(不正競争防止法2条1項1号、2号)、混同のおそれがあるか(同項1号)どうか。 (債権者の主張) 債務者表示である「マクロスゼロ」は、その一部に、債権者の著名ないし周知の表示である「超時空要塞マクロス」、「超時空要塞MACROSS」、「マクロス」及び「MACROSS」の、要部ないし表示そのものである「マクロス」という名称を使用しているため、取引者及び需要者において、容易に本件各表示を連想することが明らかであり、債務者表示は本件各表示と類似している。債務者表示と「超時空要塞マクロス」とは、「マクロス」という要部において一致していること、債権者と債務者との間に競業関係があること等から、需要者が混同するおそれがあることも明白である。 (債務者及び債務者補助参加人の主張) 債権者の主張は、否認ないし争う。 (5) 差止めの必要性の有無 (債権者の主張) 仮に、債務者によるこのような違法な手段を用いた「マクロスゼロ」の販売が成功すれば、需要者はもちろん、取引者においても、容易に「マクロスゼロ」を本件テレビアニメ又は本件劇場版アニメと同一の内容、品質、出所のアニメーション映画であると誤認する。そうなれば、アニメ市場において無用の混乱を引き起こすばかりか、本件各表示の有する顧客吸引力等の財産的価値は、希釈化され、汚染される可能性が極めて高い。 また、仮に、債務者による「マクロスゼロ」の販売が成功すれば、債務者が第2、第3の「マクロスゼロ」の販売を目論み、さらなる違法行為を行うことは容易に予測できる。そうなった場合、債権者の「マクロス」ブランドが崩壊することは避けられない。 そして、「マクロスゼロ」が実際に発売され、債権者がこれまでに培ってきた事業の回復が不可能になった場合、債権者が関連業界において被る信用上の損害も含めると、その損害がはかり知れない金額にのぼることも明白である。 以上の点からすると債権者の営業上の利益の侵害ないしはそのおそれがあることは明らかである。 (債務者及び債務者補助参加人の主張) 債権者の主張は、否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 本件の事実関係 前記の「争いのない事実等」(前記第2、1)に証拠(甲2、5ないし13、18、19、21、22、23、24、26、27、29、31、丙1ないし16。枝番は省略)及び審尋の結果を総合すれば、次の各事実を認めることができる。 (1) 当事者等 債権者は、昭和37年に設立された、映画の企画制作及びその著作権管理等を主たる業とする株式会社であり、昭和39年ころから「宇宙エース」、「マッハGoGoGo」、「おらぁグズラだと」、「ハクション大魔王」、「昆虫物語みなしごハッチ」、「科学忍者隊ガッチャマン」などのアニメーション映画を製作し、公表してきた。 債務者は、テレビ放映、劇場公開用、オリジナルビデオ用などの各映像コンテンツの企画、製作及びビデオカセット、DVD等の映像パッケージソフトの販売等を業とする株式会社である。 債務者補助参加人は、テレビ、ラジオの宣伝映画等の企画及び製作等を業とする株式会社である。 (2) 本件テレビアニメの作成経緯 ア 昭和55年ころ、株式会社スタジオぬえ(以下「スタジオぬえ」という。)は、巨大宇宙艦の中に民間人を住まわせ、宇宙艦の内外で巨大宇宙人との宇宙戦争を行うことなどを内容とし、戦闘の主役となる戦闘機に、従来のものとはことなる変形メカを使用することなどを特徴とする新しいテレビアニメ作品の構想を着想し、昭和56年11月ころまでに39話分の大まかなストーリーメモを作成した。また、スタジオぬえは、同年12月ころまでに戦闘メカ(バルキリー)の原図柄を作成し、昭和57年3月ころまでには、ほとんどの登場人物の原図柄及びバルキリー、宇宙艦その他のメカの原図柄を作成した。 イ スタジオぬえは、昭和56年2月ころ、債務者補助参加人に前記企画を持ち込んだところ、その斬新性に着目した債務者補助参加人は、前記企画をテレビアニメ作品として放映することを考えた。そして、昭和57年1月ころ、毎日放送の放送枠を同年10月以降確保できる見通しが立ち、そのころまでに玩具、プラモデル、文具及び菓子メーカー等から前記企画のスポンサーとなる承諾が得られるなどして放送費用を調達できる目途がついたことから、債務者補助参加人においては、前記企画を毎日放送でテレビ放送することを考え、アニメの題名を「マクロス」と名付けた。 債務者補助参加人は、「マクロス」という標章について、昭和57年5月27日に、指定商品を自転車、本類の第12類、日用品等の第19類、袋物等の第21類、おもちゃ等の第24類として商標登録し、登録された。 ウ 債務者補助参加人は、当初、前記企画のアニメーション化作業を協力会社であるアートランドに委託することを予定していたが、アートランドだけではアニメーターの数が足りないことから、昭和56年12月末ころ、多数のアニメーターを有する債権者に対して協力方を打診した。そして、昭和57年4月ころ、債権者はアニメーション製作作業への参加を正式に決定した。 エ 毎日放送は、製作スケジュールの把握等の観点からアニメーション製作の実績のある債権者との製作契約を希望した、そこで、本件テレビアニメに関する製作及び放送の契約は、債権者と毎日放送を当事者として締結されることになった。 (3) 本件テレビアニメの放映及び権利関係についての合意 ア 債権者と毎日放送は、昭和57年9月30日(第1話ないし第21話に関する)及び昭和58年3月10日(第22話ないし第36話に関する)、本件テレビアニメに関する契約を締結し、本件テレビアニメは、昭和57年10月3日から昭和58年6月2日までの間、毎日放送をキー局としてテレビ放映された。各回の放送の最後には「製作 毎日放送、タツノコプロ、アニメフレンド」との表示がされた。 イ 債権者、債務者補助参加人及びスタジオぬえは、昭和57年10月1日、覚書を締結し、本件テレビアニメに関する諸権利の帰属について、次の内容で合意した。 (ア) 商品化権について 商品化権の窓口を債務者補助参加人とする。その権利から発生する利益については、まず債務者補助参加人が窓口手数料として10パーセント取得し、残額(90パーセント)については、これを100として、債務者補助参加人が30、債権者が33、スタジオぬえが12、毎日放送が25の割合で配分する。 (イ) 出版物について 幼児から小学校6年生までを対象とするものについては、出版物に関する窓口は債権者が担当し、これから発生する利益については、債務者補助参加人30パーセント、債権者40パーセント、スタジオぬえ30パーセントの割合で配分する。中学生以上を対象とするものについては、出版物に関する窓口はスタジオぬえが担当し、これから発生する利益については、債務者補助参加人30パーセント、債権者30パーセント、スタジオぬえ40パーセントの割合で配分する。 (ウ) 音楽に関する諸権利について 音楽に関する諸権利(例えばレコードの原盤権、音楽著作権等)の窓口は債権者が担当し、これらの権利を得るための諸経費は債務者補助参加人40パーセント、債権者60パーセントの割合で負担する。これらの権利から発生する利益については、債務者補助参加人40パーセント、債権者60パーセントの配分とする。 (エ) 国内におけるリピートの番組販売について 国内におけるリピートの番組販売に関する窓口は、債務者補助参加人が担当し、これから発生する利益については、債務者補助参加人50パーセント、債権者50パーセントの割合で配分する。 (オ) 海外番組販売及び海外での一般商品化権については、債権者が権利を有し、これから発生する利益については、すべて債権者のものとする。 (カ) 覚書以外の諸権利が発生した場合には、債務者補助参加人、債権者及びスタジオぬえがそれぞれ協議してこれを解決するものとする。 (4) 本件劇場版アニメの製作、公表 債権者、債務者補助参加人、毎日放送及び小学館は、昭和58年11月24日、本件劇場版アニメの共同製作に関し、次の内容の契約を締結した。そして、本件劇場版アニメは、昭和59年に全国252の劇場で公開され、延べ85万7582人の観客を動員した。 ア 本件劇場版アニメの製作費は、総額2億2万円とし、出資会社及び出資額は、債務者補助参加人1億円、債権者3334万円、毎日放送3334万円及び小学館3334万円とする。 イ 本件劇場版アニメの製作は債権者が行う。 ウ 本件劇場版アニメの劇場上映、テレビ放映、ビデオ出版にかかわる著作権の処理(ストーリー、キャラクター、声優など)は、債務者補助参加人及び債権者が責任をもって行う。ただし、劇場用以外の音楽著作物の使用料は除外する。 エ 本件劇場版アニメ完成後のオリジナル・フィルム(画と音)は、債権者が責任をもって管理する。 オ 本件劇場版アニメ完成後の権利は、債務者補助参加人、債権者、毎日放送及び小学館の共有とする。 カ 本件劇場版アニメに係る権利行使のための契約代表者は債務者補助参加人とし、債務者補助参加人は、債権者、毎日放送、小学館と協議の上、本件劇場版アニメの利用につき、次の各契約を締結する。 (ア) 本件劇場版アニメの日本国内における興行配給に関する契約は、東宝株式会社と締結する(以下この契約を「東宝契約」という。)。 (イ) 本件劇場版アニメの国内のテレビ放映権(全国2回)は、毎日放送が優先して取得する。ビデオ出版権は小学館が優先して取得する。毎日放送及び小学館の権利取得の対価は、債務者補助参加人、債権者、毎日放送及び小学館が協議して決定する。 (ウ) 本件劇場版アニメから発生する(ア)(イ)の収入及び商品化権の管理は債務者補助参加人が行う。 キ 債務者補助参加人は、上記カに記載した各契約による収入については、次に記載した額を上記アの出資比率に従って各出資者に配分する。 (ア) 東宝契約、テレビ放映権による収入についてはその全額。 (イ) ビデオ出版権による収入については、他の権利者への使用料を差し引いた残額。 (ウ) 本件劇場版アニメの商品化権による収入は、債務者補助参加人が窓口手数料として10パーセントを控除した残額。 (5) 「超時空要塞マクロスU」等のアニメーション映画の製作・発表 その後、「超時空要塞マクロスU」(ビデオ)、「マクロスプラス」(ビデオ、劇場版)、「マクロス7」(テレビ放映版、劇場版、ビデオ)、「マクロスダイナマイト7」(ビデオ)等のアニメーション映画が製作、発表されたが、これらの作品にはいずれも債務者補助参加人が著作権者として表示され、債権者の表示はなかった。 (6) 債務者による「マクロスゼロ」の販売 債務者は、債務者補助参加人から許諾を得て、平成14年12月21日から「マクロスゼロ」というタイトル(債務者表示)を付したアニメーションDVDソフトの販売を行い、その後平成15年5月23日から「マクロスゼロ2」というタイトルを付したアニメーションDVDソフトを販売を行っている。 2 争点(1)(2)(「超時空要塞マクロス」等の表示が商品等表示に該当するかどうか、本件各表示が債権者(他人)の商品等表示であるかどうか)について (1) 債権者は、本件各表示が本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメという「商品」を表示するもの、あるいはアニメ映画の放映及び商品化事業を含む各種ライセンス事業等(アニメ映画事業)の営業主体を表示するものとして、不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」に該当するものと主張する。 (2) テレビ放映用映画ないし劇場用映画については、映画の題名(タイトル)は、不正競争防止法2条1項1号、2号所定の「商品等表示」に該当しないものと解するのが相当である。けだし、映画の題名は、あくまでも著作物たる映画を特定するものであって、商品やその出所ないし放映・配給事業を行う営業主体を識別する表示として認識されるものではないから、特定の映画が人気を博し、その題名が視聴者等の間で広く知られるようになったとしても、当該題名により特定される著作物たる映画の存在が広く認識されるに至ったと評価することはできても、それにより特定の商品や営業主体が周知ないし著名となったと評価することはできないからである。 本件において、債権者は、本件テレビアニメの題名「超時空要塞マクロス」及び本件劇場版アニメの題名「超時空要塞/マクロス」が周知ないし著名となり、その結果、本件各表示が債権者の商品等表示として周知ないし著名となったと主張するが、これらの題名は、著作物であるアニメーション映画自体を特定するものであって、商品やその出所ないし放映・配給事業を行う営業主体としての映画製作者等を識別する機能を有するものではないから、不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」に該当しない。 (3) 債権者は、キャラクター商品をはじめとする商品化事業を含めたアニメーション映画関連事業における商品ないしその営業主体を示すものとして、本件各表示が周知ないし著名であるとも主張する。なるほど、商品化事業の展開により映画の題名と同一の名称を付した多数の商品が市場において販売されているような場合には、それによって、当該名称が特定の営業主体による商品化事業の対象とされている一連の商品ないしその出所としての営業主体を示す表示として需要者の間に周知ないし著名となり、その結果、当該名称が不正競争防止法上の「商品等表示」に該当することもあり得るものと解される。 しかし、本件における前記事実関係に照らせば、本件テレビアニメ及び本件劇場版アニメに関連する商品化事業等においては、債権者は、債務者補助参加人、スタジオぬえ等と共同して事業を展開していたものであるから、仮に本件各表示が当該商品化事業に係る商品ないしその出所としての営業主体を示す「商品等表示」に該当し得るとしても、債権者のみならず、債務者補助参加人、スタジオぬえ等をも含めた共同事業体を主体とする「商品等表示」というべきである。 したがって、仮に本件各表示が商品化事業等における商品等表示に該当するとしても、債務者補助参加人から許諾を受けてアニメーションDVDソフトを販売している債務者との関係において、債権者がこれを自己の「商品等表示」と主張することはできないというべきである。 (4) また、債務者が販売しているアニメーションDVDソフトに付された「マクロスゼロ」(債務者表示)ないし「マクロスゼロ2」というタイトルについても、上記(2)において述べたのと同様の理由により、記録媒体に収録された著作物である映画を特定して表示するものにすぎず、商品等表示として使用されているものということはできない。 (5) 上記のとおり、本件においては、本件各表示が債権者の「商品等表示」に該当するということができないものであり、また、債務者表示が「商品等表示」として使用してされているということもできない。 3 結論 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、本件において、債権者の被保全権利の存在が疎明されているということはできないから、債権者の申立ては、いずれも却下すべきものである。 よって、主文のとおり、決定する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 大須賀寛之 裁判官 松岡千帆 |
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