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【事件名】アニメ声優の「声の使用料」請求事件
【年月日】平成15年11月6日
 東京地裁 平成12年(ワ)第2729号、平成15年(ワ)第2305号 各ビデオ化使用料請求事件

判決
原告 甲野花子<ほか三五九名>
同訴訟代理人弁護士 中野麻美
同 清水恵一郎
平成一二年事件訴訟復代理人兼平成一五年事件訴訟代理人弁護士 森真子
被告 日本アニメーション株式会社(以下「被告日本アニメ」という。)
同代表者代表取締役 本橋浩一
同訴訟代理人弁護士 青山正喜
被告 音響映像システム株式会社(以下「被告音響映像」という。)
同代表者代表取締役 中島順三
同訴訟代理人弁護士 橋本栄三

主文
一 被告音響映像は、原告らに対し、別紙ビデオ化使用料個人別集計表「個人計」欄記載の各原告に対応する金員及びこれに対する原告番号一番から三八一番までの各原告(欠番を除く。)については平成一一年一〇月四日から、原告番号三八二番及び三八三番の各原告については平成一五年二月一五日からそれぞれ完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告日本アニメに対する請求のうち、債権者代位権に基づく請求を除く請求については、これを棄却し、債権者代位権に基づく請求については、当該請求に係る訴えを却下する。
三 訴訟費用は、原告らと被告音響映像との間では、原告らに生じた費用については、これを二分し、その一を同被告、その余を原告らの、同被告に生じた費用については、同被告の、原告らと被告日本アニメとの間では、いずれも原告らの各負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 原告らの請求
 被告らは、連帯して、原告らに対し、別紙ビデオ化使用料個人別集計表「個人計」欄記載の各原告に対応する金員及びこれに対する原告番号一番から三八一番までの各原告(欠番を除く。)については平成一一年一〇月四日から、原告番号三八二番及び三八三番の各原告については平成一五年二月一五日からそれぞれ完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、被告日本アニメの委託に基づき被告音響映像が音声を製作したテレビ放送用アニメ作品に声優として出演した本人ないしその相続人である原告らが、放送後、同作品がビデオ化されて販売されたことに伴い、被告音響映像に対しては、第一に、出演契約、第二に、団体協約、第三に、商慣習を根拠に、テレビ放送以外の目的に利用された場合には、その使用料(以下「目的外使用料」という。)を原告ら声優(出演者である原告ら本人及び原告らの被相続人である出演者をいう。以下同じ。)に支払うべき義務があると主張して、被告日本アニメに対しては、第一に、前記団体協約、第二に、第三者のためにする契約にそれぞれ基づく被告音響映像の支払に係る担保責任、第三に、同被告を債務者とする債権者代位権の行使を根拠に、被告日本アニメに目的外使用料を支払うべき責任があると主張して、ビデオ化されたアニメ作品に係る目的外使用料(以下「ビデオ化使用料」という。)の支払を求めている事案である。
第三 前提となる事実
一 本訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下のとおりであって、当事者間に争いがないか、あるいは、括弧内に挙示する証拠ないし弁論の全趣旨によってこれを認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。
二 当事者その他の関係者
(1)関係団体
ア 協同組合日本俳優連合(以下「日俳連」という。)は、その組合員(以下「日俳連会員」という。)の経済的権利の確保等を目的として、中小企業等協同組合法(以下「中協法」という。)に基づいて設立された事業協同組合である。
イ 日本動画製作者連盟(以下「動画連」という。)は、映像製作を業とする会社等(以下「動画製作会社」という。)の団体であって、現在、有限責任中間法人日本動画協会に組織・名称が改められている。
ウ 日本音声製作者連盟(以下「音声連」という。)は、外国映画の日本語吹き替え版やアニメの音声製作を業とする会社等(以下「音声製作会社」という。)の団体である。
(2)原・被告ら
ア 原告らは、いずれも日俳連会員である声優であるか、あるいは、日俳連会員であった声優の相続人である。
イ 被告日本アニメは、アニメの製作・供給等を業とする株式会社であって、これまでに「小公子セディ」、「ちびまる子ちゃん」など多数のアニメ作品を製作している。なお、同被告は、昭和五〇年六月に動画連に加入したが、平成二年三月に脱退している。
ウ 被告音響映像は、アニメ作品の音声製作等を業とする株式会社であって、これまでに上記作品など多数のアニメ作品の音声製作に携わっている。なお、同被告は、昭和五八年に音声連に加入して、現在に至っている。
三 協定・覚書の締結など
(1)日俳連、動画連の加盟各社及び音声連の加盟各社は、昭和五六年一〇月一日、動画製作会社が製作するテレビ放送用アニメ作品に日俳連会員が声優として出演する際に音声製作会社との間でその音声を製作する場合の条件に関し、「テレビ放送用アニメーション番組の出演並びに音声製作に関する協定書」と題する書面(以下「本件協定」という。)を取り交わした。
 本件協定には、概略、以下のとおりの規定がある。
一条 動画製作会社が作品製作のために音声製作を行うに当たり、日俳連会員が出演する場合の出演条件及び音声製作会社の音声製作条件は本件協定によるものとする。
二条 動画製作会社の製作に係る作品の日俳連会員の出演及び音声製作会社の音声製作に関する利用期間並びに条件は下記のとおりとする。
(1)単発(スペシャル)作品については、その最初の放送日より起算して七年間。
(2)シリーズ作品については、その最終話の最初の放送日より起算して七年間。但し、シリーズ作品の放送が六か月中断された場合には、中断直前のエピソードが放送された日をもって起算日とする。
(3)省略
(4)省略
三条 前条(1)、(2)項による範囲を超えて作品の放送が行われた場合の利用料は、昭和五三年四月一日付けの日俳連と音声製作会社との協定に基づき発行した「外国映画日本語版リピート放送料金表」を適用する。
四条 本件協定三条に基づく作品の期限外利用料の支払は、昭和六〇年四月一日より開始される。この支払方法は、該当作品ごとに動画製作会社より音声製作会社に利用料を支払い、日俳連に対する支払は音声製作会社が行う。但し、日俳連と音声製作会社とは支払方法その他について別途覚書を交換する。
(2)また、日俳連と音声製作会社とは、前同日、本件協定の前記四条但書に基づき、「テレビ放送用アニメーション番組の出演に関する覚書」と題する書面(以下「本件覚書」という。)を取り交わしている。
 本件覚書には、概略、以下のとおりの規定がある。
二条(1)音声製作会社が作品を製作するために日俳連会員に出演を依頼する場合の出演条件は、本件覚書によるものとする。
(2)音声製作会社は日俳連会員に対して本件覚書に違反する出演条件で作品製作のための出演を依頼してはならない。
(3)目俳連は、日俳連会員を本件覚書に違反する出演条件で作品製作のために出演させてはならない。
(4)音声製作会社と日俳連会員との出演契約は、契約書の有無を問わず、本件覚書の定める条件に従うものとし、音声製作会社は、当該条件を遵守し、日俳連は、同会員にこれを遵守させるものとする。
三条(1)日俳連会員が作品に出演する場合の出演料は、四条に基づき決定される本覚書に添付された「外画・動画出演実務運用表」(以下「実務運用表」という。)によるものとする。現行の実務運用表は、本件覚書に添付されたものである。
(2)省略
四条 二条及び三条に関し、音声製作会社及び日俳連は、それぞれの代表者によって構成される「出演実務調整委員会」を設置し、これに日俳連会員の出演条件及びこれに関連する事項を決定させるものとする。同委員会の決定した出演条件の主要な部分は実務運用表に記載して、音声連及び日俳連は、それぞれの会員に通知する。
(3)以上のとおり、本件覚書では、動画製作会社の製作するテレビ放送用アニメ番組の音声を製作する音声製作会社のために日俳連会員が出演する場合の出演料は実務運用表によると規定されているため(三条)、以後、音声連及び日俳連から選出された代表者によって構成される出演実務調整委員会で決定された出演条件を実務運用表に記載することとされている(四条)。なお、本件覚書に添付された実務運用表は、昭和五五年に作成されたもので、同表は、その後、昭和五七年、同六一年、平成四年、同一一年の改訂を経て現在に至っている。
四 原告ら声優の出演及び出演作品のビデオ化
(1)原告ら声優は、被告音響映像との間で出演契約を締結して、別紙ビデオ化使用料個人別集計表(以下「別表」という。)「作品タイトル名」欄記載のアニメ作品(以下「本件アニメ作品」という。)にそれぞれ声優として出演した。
(2)本件アニメ作品は、いずれも被告日本アニメが製作する動画の音響製作を被告音響映像に発注したものであって、別表「放送局名」欄記載の放送局から同表「放送年」欄記載の年の同表「放送月」欄記載の月に放送された。
(3)本件アニメ作品は、その放送後、それぞれ別表「巻」欄記載の巻数がビデオ化されて販売されている。
五 ビデオ化使用料の取扱い
 本件は、原告ら声優が出演した本件アニメ作品のビデオ化使用料の支払を求めている事案であるが、被告らの支払義務はさておき、現在、被告音響映像では、日俳連会員である声優に対し、実務運用表を基準にしてその出演に係るアニメ作品のビデオ化使用料を算定し、これを含めた出演料を支払っている。
六 原告らの本訴請求額とその根拠
(1)原告らの本訴請求は、別紙「ビデオ化使用料算定方法」記載の算定方法によって本件アニメ作品に係る原告ら声優のビデオ化使用料(以下「本件使用料」という。)を算定しているが、実務運用表に記載された目的外使用料の算定方法に準拠したものである。
(2)これに対し、被告らも、原告ら主張のビデオ化使用料の支払義務が認められると仮定した場合の当該使用料、すなわち、本件使用料が原告らの本訴請求額となることそれ自体は争っていない。
第四 本件訴訟の争点
一 本件訴訟の争点は、もっぱら被告らの原告ら声優に対する本件使用料の支払義務の有無ないしその根拠にあるが、原告らの本訴請求は、被告音響映像に対しても、被告日本アニメに対しても、その出演したアニメ作品のビデオ化に伴う使用料が知的財産権として保護されるということを根拠とするものではなく、被告音響映像との間では、出演契約、団体協約ないし商慣習を根拠に、被告日本アニメとの間では、同被告の担保責任ないし原告らの被告音響映像を債務者とする債権者代位権の行使を根拠に、その支払を求めるものである。
二 被告音響映像との間の争点
(原告ら)
(1)出演契約に基づく支払義務
ア 原告ら声優が本件アニメ作品に出演する際に締結した被告音響映像との間の出演契約(以下「本件出演契約」という。)は、同被告において、原告ら声優に対して実務運用表に基づく出演料の支払をすることを内容とするものであった。
 そして、本件出演契約当時に適用されていた、昭和六一年に改訂された実務運用表には、当初の使用目的以外の用途に使用された場合には、目的外使用料を支払う旨及びその算定方法が定められているから、本件アニメ作品が当初の使用目的であるテレビ放送以外の用途であるビデオ化に使用された本件においては、被告音響映像は、本件出演契約に基づき、原告ら声優に対し、本件使用料を支払うべき義務がある。
イ 被告音響映像は、本件出演契約では、本件アニメ作品がビデオ化された場合の使用料の支払についてまで合意していないと主張するが、本件出演契約を含め、声優の出演契約は、被告音響映像において、原告ら声優を含め、声優に対し、@出演作品のタイトル・役柄、A出演作品の本数・時間、B出演日時・場所、C出演作品の利用目的を告げて契約の締結を申し込み、原告ら声優において、これを承諾して、成立するものであって、出演料については、出演契約ごとに明示した合意があるわけではなく、実務運用表を適用して、声優のランク、出演料単価、作品の利用目的に応じた算定方式に基づいて個々の出演料が算定され、その出演料の請求書の交付を受けた被告音響映像から声優に対して支払がされていたものである。その基準となっている実務運用表は、本件協定が締結される以前から存在し、このような実務運用表の適用を前提とした出演契約の締結及び出演料の支払は、被告音響映像以外の音声製作会社との間でも同様であった。
 このような出演契約の実態からすれば、被告音響映像と原告ら声優との間で締結された本件出演契約は、前記@ないしCの条件以外に、出演料については、実務運用表に基づいて算定されて支払われることを契約内容として含むものであったことが明らかであって、そうでなければ、出演料を算定することがそもそも不可能である。
 本件出演契約の締結に際して、実務運用表に基づいた出演料の支払をしないとする旨の合意はなく、被告音響映像から、実務運用表に基づいて算定される出演料のうち、ビデオ化使用料についてのみ、その支払を除外するとの意思表示もなく、音声連に加盟した以降、理事として実務運用表の策定及び妥結に当事者として関与してきた被告音響映像において、ビデオ化使用料の支払を除外することを内容とする出演契約を締結するなど到底考えられないことであったのである。
ウ それ故に、被告音響映像は、本件使用料の支払の要否をめぐつて争いとなった際、原告ら声優に対する本件使用料の支払を不履行にしなければならない理由につき、被告日本アニメが被告音響映像に本件使用料に相応するビデオ化使用料の支払をしないので、本件使用料を支払う資力がないと説明していたのであって、本件出演契約に基づく本件使用料の支払義務があることを当然の前提とする弁明に終始していた。その支払義務を否定するに至ったのは、本件訴訟を提起されてからにすぎない。
(2)団体協約に基づく支払義務
ア 仮に本件出演契約でビデオ化使用料の支払について合意していないとしても、本件協定、本件覚書及び本件覚書の締結以降に作成・改定されてきた実務運用表(以下「本件協定等」と総称する。)は、中協法九条の二第一項六号の団体協約であるから、本件出演契約には本件協定等の適用があるので、同法九条の二第一一項により、本件出演契約の内容は実務運用表の定める条件に基づくものとみなされる。したがって、実務運用表に目的外使用料の支払が定められ、本件アニメ作品がテレビ放送以外に用いられた本件においては、被告音響映像は、本件出演契約に基づき、原告ら声優に対し、本件使用料を支払うべき義務がある。
イ 被告音響映像は、第一に、本件協定等の団体協約性を争うが、以下のとおり、団体協約として理解されるべきものである。
(ア)団体協約としての実質
 本件協定は、日俳連にとってみれば、中協法に基づく事業協同組合である日俳連がその組合員の出演条件を規定するものであって、同法九条の二第一項六号の団体協約であることは明らかである。本件覚書も、本件協定四条但書に基づいて定められたものであって、本件協定の一部を構成し、実務運用表も、本件覚書三条及び四条に基づいて定められているものであるから、本件協定の一部を構成している。
 他方、音声連ないし動画連にとってみても、日俳連との間で本件協定を締結したのは、音声製作会社及び動画製作会社であったが、中協法に定める事業者には、個々の企業のみならず、企業の集合体も含まれることはいうまでもなく、この集合体が、一定の規約を有して業務執行体制を備える社会的実体を有しているのであれば、法人格を付与されていない場合であっても、団体協約の締結主体として規範的効力の適用を受け、会員各社を拘束すると考えられるべきである。本件協定及び本件覚書には、音声連及び動画連の記載があり、かつ、中協法では、当事者に関する記載は要式上の要請とはなっていないから、本件協定等は、音声連ないし動画連も主体としてその拘束を受けるというべきである。
(イ)団体協約としての取扱い
 また、本件協定等は、実際にも、日俳連においても、音声連においても、団体協約として取り扱ってきたものであって、この点は、@昭和五六年一二月付けの音声連による本件協定に係る説明文、A音声連会長植村伴次郎、同理事長宇高義之及び事務局長田中四郎名で差し出された昭和五八年一〇月一日付け「ご案内」と題する第三回目の協定に関する日俳連との合同説明会への案内状の記載からして明らかである。
 本件協定等は、これを締結した当事者相互において、規範的効力を伴う団体協約であることを承認し、これを業界内に徹底させてきたのであって、そうした経過があるのに、被告音響映像が、今日に及んで、その効力を否定するのは、信義に反し、許されないというべきである。
(ウ)団体協約としての要式
 中協法九条の二第九項によれば、同条一項六号の団体協約は、予め総会の承認を得て、同号の団体協約であることを明記した書面をもってすることが要求されている。しかし、同項が要求する要式性は、同号の団体協約として書面にしたことをそのまま記載しなくとも、記載の内容からこれが明らかであれば足りるのであって、本件協定は、その意味での要式性に欠けるところはなく、団体協約としての規範的効力の発生要件を充足する。また、本件覚書及びこれに付属する実務運用表は、本件協定と不可分・不可欠の部分の関係にあるばかりでなく、当事者として日俳連及び音声連の事務局が記載されているから、それ独自にも団体協約としての要式性を充足する。このように、実務運用表も、中協法に基づく団体協約であるから、実務運用表の規定する目的外使用料の支払についても規範的効力が生ずるというべきものである。
ウ 被告音響映像は、第二に、本件協定等が団体協約として認められるとしても、その効力は同被告に及ばないと主張するが、以下のとおり、同被告に対しても及ぶものである。すなわち、
(ア)音声連が、その加盟する音声製作会社のほか、自ら本件協定の当事者であったことは、前記したとおりである。
(イ)本件協定が締結された当時、被告音響映像は、音声連に加盟していなかったので、加盟各社としては、その当事者となっていなかったが、その後に音声連に加入している以上、音声連も当事者として締結している本件協定につき、その適用を受けるべきものである。
(ウ)音声連は、自ら「団体協約」という言葉を用いて、業界全体に協定で定めた条件を徹底させるために音声連への加入を促進させ、業者が加入の度に協定によって遵守すべき条件を説明してこれを下回ることがあってはならないことを周知してきたが、被告音響映像は、そうした動きの中で音声連に加盟し、今日適用されるに至った実務運用表を策定するに当たっては、理事会社としてこれに関与し、実務運用表に定める条件を承認して、これを業界に周知徹底させる業務の執行に組織的に関与してきたものであって、そのような同被告が本件協定等に定められた目的外使用料の支払条項に拘束されるのは当然である。
(3)商慣習に基づく支払義務
 原告ら声優を含め、日俳連会員と音声製作会社との間の出演契約においては、その出演条件を実務運用表によることは、少なくとも本件出演契約締結当時には、商慣習となっていたから、本件アニメ作品がテレビ放送以外に用いられた本件においては、被告音響映像は、当該商慣習に基づき、原告ら声優に対し、本件使用料を支払うべき義務がある。すなわち
ア 実務運用表に係る沿革
 実務運用表の沿革を遡ると、昭和四六年九月、日俳連が音声連の前身である「紫水会」(以下、その前後を問わず「音声連」という。)に対して出演料のルールとして提示した期限外使用料、目的外使用料の支払などに関する「覚書案」に始まる。日俳連と音声連とは、同覚書案をめぐつて交渉を重ね、昭和四八年一〇月一五日、合意書が取り交わされた。この合意書は、アニメを含む声優の出演条件について、目的外使用料も含め、広く業界のルールとして確立していくことを確認したものであった。
 その後、同合意書に定められた出演料に関する取決めは、ほぼ誠実に履行され、音声連に限らず、外画・動画業界全体に定着した。期限外使用料及び目的外使用料に関する協議も継続され、昭和五〇年には、実務運用表が日俳連と音声連とによって確認され、使用目的別の料率と目的外利用の料率としてテレビ作品を劇場に使用した場合の使用料金とが明記されるに至った。
 その協議に当たっては、アニメ(動画)について、期限外使用料につき、動画製作会社が放送局からの支払保証を取り付けられないことが一つの障害になっていたが、動画連、音声連及び日俳連の三者で正式交渉が開始され、昭和五六年一〇月一日、本件協定書及び本件覚書が一体のものとして締結されるに至った。そして、本件覚書では、出演条件については実務運用表に基づくものであることが協約化され、かつ、業界全体でその履行を確保する仕組みが確立された。
 以上のように、実務運用表に基づいて出演料を算定することは、日俳連と音声連との合意に基づき、既に昭和五〇年以降から実施されるに至っていた。その後、昭和五五年にも改訂されたが、実務運用表の骨子は、使用目的別ランク別の出演料金体系にあり、使用目的(使用メディア)は、メディアの発達に応じて、逐次、実務運用表の中に類型化され、使用料が定められていった。
 本件協定の内容となった実務運用表も、「この運用表に取り決めのない事例が生じた場合は、あらかじめ下記に連絡協議の上、発注以前にその取扱を決める。」と定め、この実務運用表に記載されていない使用目的についても個別に協議のうえ使用料を支払うこととしている。
イ 本件協定の趣旨ないし意義
 本件協定は、業界において定着してきた実務運用表によって目的別に出演料を支払うことを業界全体に及ぼすため、団体協約として確認されたものであって、その内容である相互の履行義務と、団体加盟の促進とを通して、出演条件は実務運用表によって決めることを慣習にまで定着させてきたものである。
 昭和五六年の本件覚書には、昭和五五年実施の実務運用表が添付されたが、実務運用表は、本件覚書四条に基づき、その後の協議を通じて漸次改定され、昭和五七年ころから出演料率五〇パーセント(六一年実務運用表では六〇パーセント)がビデオ化使用料として支払われてきていた経過を踏まえ、昭和六一年にはビデオ化使用料の支払条件も盛り込まれた。
 その後、実務運用表は、平成四年四月一日、平成一一年四月一日と改定されてきたが、その都度、その内容は音声連加盟各社はもちろん、非加盟各社にも周知徹底された。そして、動画連盟各社との調整も行われ、業界各社は、これを遵守し、実務運用表に従って、出演料及びその他二次使用料(目的外使用料を含む。)を支払ってきている。
 実務運用表は、団体間で構成された出演実務調整委員会によって協議のうえ合意し、作成されるのであり、作成前段階から各団体内には予め知り得る状態で協議作成されてきた。その作成後は、各団体を通じて団体内外に周知され、特に動画製作会社に対しては、その内容が必然的に製作条件に取り込まれるものであるところから、音声連及び音響製作会社を通じて周知されてきた。日俳連も、同会員のみならず、音声製作会社、動画製作会社、放送会社その他関係各方面に対し、その内容を周知してきている。
ウ 商慣習の確立
 以上のとおり、出演条件を実務運用表によって算定し、ビデオ化使用料を含む目的外使用料を支払うべきことは、業界においては確立した商慣習となっており、かつ、このような慣習があることは、被告らも承知のことであった。
 被告音響映像は、それ故に、過去においても、ビデオ化使用料以外の目的外使用料については、これを支払ってきており、現在、「グランダー武蔵」、「コレクター・ユイ」などの新規作品については、出演実務運用表に基づいて計算されたビデオ化使用料を支払ってきている。
 以上のとおり、声優の出演契約に係る出演条件は、実務運用表に基づくものであって、目的外使用料を総出演料の一部として転用の際には支払うべき商慣習があるので、特段これによらない旨の意思が被告音響映像から表示され、かつ、出演者のその旨の合意も得ていた場合でない限り、その出演条件には、実務運用表が適用されるので、被告音響映像は、原告らに対し、本件使用料を支払うべき義務がある。
(被告音響映像)
(1)出演契約に基づく支払義務
 本件出演契約に基づき原告ら声優に対して支払うべき出演料に、目的外使用料が含まれるとの主張は否認する。被告音響映像は、近時、出演料を増額してきたが、それは、例えば、平成九年七月ころから日俳連が製作者側にビデオ化使用料の支払義務があると主張し、被告音響映像が音声製作を担当した平成九年一〇月から放送予定であったアニメ作品「コジコジ」について日俳連が出演予定であった声優に出演拒否を指示し、多大な損害を被ったことがあり、日俳連がその後も出演拒否するかのような姿勢を見せたため、やむなく行っているものであって、目的外使用料の支払を合意したと評価されるべきものではない。
 本件出演契約による本件アニメ作品は、テレビ放送用として作成されているが、それに限定されるものではない。出演依頼時にテレビ放送目的であることを告げているが、それは、テレビ用の場合は同じ時間帯に他局で出演があるか確認する必要があるからにすぎず、本件アニメ作品の使用目的を限定する趣旨ではない。
 被告音響映像のような音声製作会社は、動画製作会社の下請けとして動画中の音声部門の製作を請け負っているにすぎず、音声製作会社と契約関係に立つ出演者の出演料を決定するのも、動画製作会社との音声製作費用の合意が前提となっている。仮に目的外使用料の支払義務が生ずるのであれば、それは、出演者と動画製作会社との間の債権債務関係であり、音声製作会社は、目的外使用料の支払の合意をすべき立場にはなく、動画製作会社にその支払の承諾を求めていく立場にすぎない。このことは、テレビ放送後のアニメ作品の利用については、もっぱら動画製作会社の判断によるものであって、音声製作会社がこれに関係するものではないことからも明らかである。
(2)団体協約に基づく支払義務
 本件協定等が団体協約としての効力を認められるためには、それが団体協約であることを明記した書面をもってされること、あらかじめ総会の承認を得ることが必要であるところ、本件協定等が記載された書面には、その文言上団体協約であることを明記した部分はなく、また、総会の承認もないから、団体協約ではない。
 仮に団体協約として認められるとしても、その効果は、日俳連会員に対して認められるにすぎないし、また、音声連ないし音声製作会社について効力が認められるとして、被告音響映像が音声連に加入したのは昭和五八年で、昭和五五年に締結された本件協定及び本件覚書には当事者として関与していないから、いずれにしても、本件協定の効力は被告音響映像に及ばない。
 さらに、被告音響映像に本件協定等の効力が及ぶとしても、本件協定・本件覚書は、その文言や作成経緯からしても明らかなように、いずれもアニメ作品をテレビで再放送した場合の使用料、すなわち、期限外使用料の支払に係る合意にとどまり、ビデオ化使用料を含む目的外使用料の支払に係る合意ではないから、被告音響映像に本件使用料の支払義務は生じない。
(3)商慣習に基づく支払義務
 ビデオ化使用料の支払が商慣習になっているとの主張は争う。出演料支払の実態は、前記したとおりであって、原告ら主張の商慣習の成立を認めさせるようなものではない。
三 被告日本アニメとの間の争点
(原告ら)
(1)被告日本アニメの担保責任
 本件使用料は、前記のとおり、本来、被告音響映像が支払うべきものであるが、その支払がない場合には、被告日本アニメは、被告音響映像の支払義務に係る以下の担保責任に基づき、原告ら声優に対し、本件使用料を自ら支払うべき責任がある。
ア 本件協定等に基づく担保責任
(ア)本件協定等は、それぞれ団体協約として関係当事者を拘束し、さらに、一体のものとして、協定を締結した三者を拘束するので、実務運用表に目的外使用料の支払が定められている以上、被告日本アニメもこれを被告音響映像に対して支払うことによって、原告ら声優に対する目的外使用料の支払を確保する義務を負っている。
(イ)本件協定は、出演条件及び音声製作条件を定めたもので(一条)、出演条件のうち、期限外使用料の支払方法その他については、別途覚書を締結すると定めて(四条但書)、ビデオ化使用料を含む目的外使用料については、同覚書に包括的に委ねられた。
 これに基づき、日俳連と音声連との間で本件覚書が締結され、同覚書二条で、本件覚書に反する条件で作品製作の依頼をしてはならないこと、音声連はその会員にこれを遵守させることを定めたうえ、三条で、日俳連会員が出演する場合の出演料は、四条に基づき決定される実務運用表によるとし、四条では出演条件の主な部分は実務運用表に記載して音声連及び日俳連それぞれの会員に通知すると定めている。
 そして、三条後段では、現行の同表は本件覚書に添付されたものであると定めているが、本件覚書に添付される実務運用表は、時代の変遷とともに逐次改訂されることが予定され、実際にも時代とともに改訂されてきており、音声連に加盟する会社が増え、本件協定に従った秩序に組み込まれた状況や、メディアの多様化等も受けてビデオ化使用料については昭和六一年に協議成立した実務運用表から定められるに至ったのである。これについては当然のこととして動画製作会社にも周知され、本件協定に署名した動画製作会社のうち、被告日本アニメを除く他の各社の作品については、いずれも目的外使用料の支払がされてきている。
 日俳連と音声製作会社との間で締結された本件覚書に添付されたものとして取り扱われる実務運用表は、音声製作会社はもちろんのこと、音声連に加盟していない各社に対しても、音声製作会社及び日俳連の連名で、改訂ごとにその内容を遵守した契約条件とするよう周知し、併せて、動画製作会社に対しても通知してきたものである。こうして通知された支払基準に対しては、動画連ないし動画製作会社から異議が唱えられた事実はなかった。
 したがって、動画連及び動画製作会社は、本件協定に合意している以上、同協定四条後段の定めに拘束されることは勿論、同条但書に基づく本件覚書及び実務運用表の定めにも拘束される。
(ウ)本件協定四条後段の「使用料は動画製作者から音声製作者に対して支払われる。」との定めに加え、「使用料の支払その他を本件覚書によって定める。」との定めは、動画製作会社が本件覚書に従って算定された出演料をまずもって音響製作者に支払うことを約したものである。本件覚書一条に、出演条件に加え、製作条件もその対象とすることが記載されているが、それは、実務運用表で確認された支払基準に即した製作条件を実現することによって、これに基づく出演料(ないし使用料)の支払を確保しようとする意図を示している。
 そして、本件覚書に添付するものとして逐次改訂されてきた実務運用表が出演料の支払に関する基準を定めるものであって、本件協定の内容に動画製作会社が合意したということは、動画製作会社が声優に対して、右実務運用表に従って計算された出演料の支払を担保する責任を負うことを意味している。
 被告日本アニメは、本件協定締結当時、動画連の会員であって、本件協定にも賛同して自らその当事者として加わっている。その後、被告日本アニメは同連盟を脱退しているが、脱退したからといって、自動的に当事者として加わった本件協定の効力から免れることができるものではない。しかも、少なくとも被告日本アニメが動画連から脱退するに至るまでの間には、音声連及び日俳連が昭和六一年に策定された実務運用表の内容を被告日本アニメほかの動画製作会社に対して通知し、動画製作会社からはその内容に何らの異議も申し立てられることもなかったものである。このことは、実務運用表の基準で定められた目的外使用料の支払を了承したというべきものであって、被告日本アニメは、昭和六一年の実務運用表に基づく支払を担保する責任がある。
イ 第三者のためにする契約に基づく担保責任
 仮に被告日本アニメが本件協定等に基づく担保責任を負わないとしても、同被告は、本件協定等に基づいて音声連及び音声製作会社に対して実務運用表に基づく出演料の支払を担保することを約し、少なくとも動画連を脱退するまでの間は、日俳連と音声連との間で逐次改正してきた実務運用表の周知を受け、これに黙示の同意をしていた。これにより、日俳連・動画連・音声連の三者間においては、出演契約を締結する声優らのために、その基準に基づく出演料の支払を担保することを内容とする第三者のための契約関係が成立し、声優らは、その利益を受けることを明らかにして本件出演契約を締結してきたものであるから、被告日本アニメは、原告ら声優に対し、本件協定等の内容となっている支払担保約束の効力を否定することはできないというべきである。
(2)被告音響映像を債務者とする債権者代位権の行使
ア 被告日本アニメが前記支払担保責任を負うということは、本件出演契約に基づいて本件使用料を支払うべき被告音響映像において、被告日本アニメから当該使用料に相応する音声製作費用の支払を受けられないため、原告らに対する支払が不可能となっている場合には、原告らにおいて、民法四二三条所定の債権者代位権に基づき、債務者である被告音響映像に代位して、被告日本アニメに対し、直接にその支払を求め得ることを意味するものである。
イ 被告音響映像は、本件使用料の支払を求めた日俳連に対し、被告日本アニメが支払わないので、その支払ができない旨、その支払については、日俳連と被告日本アニメとの間で処理する旨を通知しているが、このことも、以上のような法的関係が成立していることを前提とするものである。
(被告日本アニメ)
(1)本件協定等は、被告音響映像が既に主張しているとおり、法定の要式を満たしておらず、団体協約とは認められない。
(2)また、本件協定の当事者は、日俳連、動画連の会員五社及び音声連の会社一四社であり、契約の内容は、原告らが主張する目的外使用料についての定めではなく、動画連の会員社五社が制作するテレビ放送用アニメ作品の利用期間及び期限外使用量の支払についての定めにすぎない。
 被告日本アニメは、本件協定に当事者として加わっているが、本件覚書及び実務運用表については、その当事者ではなく、その作成・改訂には全く関与していない。本件覚書及び実務運用表が期限外使用料の支払方法だけに関する定めであればともかく、本件覚書及び実務運用表に目的外使用料の定めがあるのであれば、それらと本件協定が一体ということもできない。
 したがって、被告日本アニメが、本件協定に基づき、音声製作会社の目的外使用料の徴収に応じたり、音声製作会社の原告ら声優に対する目的外使用料の支払を担保する義務を負担したりすることはない。
(3)現に、被告日本アニメは、原告ら声優とも、被告音響映像との間でも、実務運用表に基づく目的外使用料の支払について合意したこともない。
第五 本訴請求の内容
 原告らは、前記したところに従い、被告らに対し、別表「個人計」欄記載の各原告に対応する本件使用料及びこれに対する原告番号一番から三八一番の各原告(欠番を除く。)については、同原告らの被告らに対する催告の日(平成一二年事件に先立って申し立てられた東京簡易裁判所平成一一年(メ)第七八八三号民事調停事件の第一回期日の日)の翌日である平成一一年一〇月四日から、原告番号三八二及び三八三番の各原告については、平成一五年事件の訴状送達の日の翌日である平成一二年一二月五日から完済に至るまでいずれも商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
第六 当裁判所の判断
一 本件訴訟に至る経過
(1)声優の出演料とその態様
 <証拠略>によれば、アニメ作品における日俳連、動画製作会社、音声製作会社との出演条件決定の経過などにつき、以下の事実が認められる。
ア テレビ放送局において外国映画が放送され始めたころには、その声の吹き替えは生放送で行われていた。
イ しかし、昭和三〇年代から、機械技術が発達し、テレビ放送される外国映画において、録音された音声が使用されるようになったことから、外国映画の再放送が始まった。再放送の割合は次第に増加していき、そのため、声優の出演機会が減少していった。
 また、再放送に当たって、放送局から声優に対し、再放送使用料が支払われたこともあったが、そのころから、放送局各社は、外国映画の日本語版の製作を製作会社に下請けとして行わせるようになり、声優にとっては、再放送使用料の不払いを含め、放送局自身の製作時代より出演条件が悪化した。
ウ このような状況の下で、日俳連の前身である日本放送芸能家協会は、昭和四〇年、放送局各社に対し、出演者が再使用を許諾していないことを理由に再放送を中止する旨の要請をしたが、放送局側は取り入れなかった。
 また、昭和四六年ころから、放送局作成のテレビ番組に関しては、声優に再放送使用料が支払われるようになったが、番組製作の下請け化は進んでいった。
 日俳連は、同年、音声連(当時は紫水会)に対し、出演料のルールとして、@期限外使用料の支払と引き換えに製作後二年間の放送利用を認めること、A目的外使用料には声優の許諾を有することなどを内容とする覚書案を提示し、両者は、同覚書案をめぐつて交渉を重ねた。その結果、昭和四八年一○月一五日、日俳連と音声製作会社とは、業界の正常化と公正なルールの確立のために共同で対処すること、日俳連提示の覚書案は、引き続き継続審議し、合意に達した条項から逐次発効させるなどの内容の合意書が締結されるに至った。なお、前記合意書が締結される過程で日俳連が音声連に対して、「出演料は一回分の放送利用のための録音を目的とした実演の対価であり、それ以外の利用に関する使用料は含まれていないとの立場で出演いたしておりますので、左様ご承知おき下さい。」という文言が含まれている書簡を送ったことがある。
エ その後も、出演条件に関する協議は継続され、昭和五〇年には、実務運用表が日俳連と音声連との間で確認された。
 そして、昭和五六年一〇月一日になって、本件協定書及び本件覚書が締結され、本件覚書では、期限外使用料について、実務運用表に基づくものであることが定められた。なお、目的外使用料については、これ以降、日俳連会員と音声製作会社との間のアニメ作品の出演契約において、実務運用表に沿った支払がされている。
オ 他方、期限外使用料とは別に、テレビ用に製作されたアニメ作品を別の媒体に使用する場合についても、日俳連と音声連との間で協議がされ、当初は、劇場用に転用すること、各種施設に貸し出すことなどが主に念頭に置かれていたが、特に、昭和五〇年代後半から、家庭用ビデオの普及等に伴い、テレビ用に製作されたアニメ作品がビデオ化されて販売されるようになったため、日俳連を初めとする関係者において、ビデオ化使用料の支払についても協議されるようになった。
 それらの協議は、実務運用表に反映され、昭和五〇年の実務運用表には、五項において、テレビ作品を劇場に使用した場合の使用料に関する項目が規定され、昭和五四年に改訂された実務運用表には、六項において、その他の目的外利用につき、「当分の間、その都度の協議による。」と規定されているほか、同音の規定は、本件覚書に添付された昭和五五年改訂の実務運用表にもみられる。そして、昭和六一年に改訂された以降の実務運用表には、ビデオ化使用料の支払条件が明示的に盛り込まれている。
(2)声優の出演契約と出演料に係る取決め
ア 以上のとおり、声優の出演料としては、本来の出演料以外にも、期限外使用料の支払、目的外使用料として、劇場公開に係る使用料のほか、本件使用料の支払義務はともかく、本件アニメ作品以外では、ビデオ化使用料も支払われているが、その支払に係る出演契約の内容についてみると、音声製作会社とアニメ作品に出演する声優との間で、個別的、具体的に、当該アニメ作品の本来の出演料、期限外使用料、劇場公開に係る使用料、ビデオ化使用料の支払の要否及びその額が明示的に合意されているわけではない。
イ それらの出演契約では、弁論の全趣旨によって明らかなとおり、一般的にいって、声優は、音声製作会社から@出演作品のタイトル・役柄、A出演作品の本数・時間、B出演日時・場所、C出演作品の利用目的のみを告げられるだけであって、これらの条件に基づき、出演を承諾するか否かを判断しているにすぎない。被告音響映像の場合も同様で、もとより本件出演契約の場合も、その例に漏れない。
ウ それにもかかわらず、前認定のとおり、実際には、本来の出演料はもとより、期限外使用料も、目的外使用料として、劇場公開に係る使用料、ビデオ化使用料も支払われているのであって、それらの出演料ないし使用料は、いずれも実務運用表によって算定されているのである。
二 被告音響映像に対する請求の当否
(1)原告らは、被告音響映像に対する本件使用料の請求の根拠として、第一に出演契約を掲げるところ、前説示したところによれば、声優の出演料ないし使用料の支払は、個別的・具体的な出演契約で明示的に取り決められることはなく、実務運用表に基づいて算定されて支払われているが、それは、実務運用表に基づいた出演料ないし使用料の算定が業界において確立しているため、個別的・具体的な出演契約では、特に出演料・使用料を取り決める必要がなく(その取決めが困難であるという事情も窺われるが)、実務運用表に従った支払を前提として、すなわち、実務運用表に従った支払を出演契約の内容としてそれぞれ個別的・具体的な出演契約を締結しているからと認められるのであって、この認定を妨げる証拠はない。
(2)そうすると、本件使用料についても、本件出演契約に際して、実務運用表に従った支払が予定されているものであるとすれば、その支払が本件出演契約の内容となっているので、被告音響映像は、原告ら声優に対し、本件使用料を支払うべき義務があるといわなければならない。
(3)そこで、本件出演契約当時、ビデオ化使用料の支払が実務運用表で予定されていなか否かについてみると、以下のとおりにいうことができる。
ア 前認定の実務運用表が策定されて利用されてきた事実経緯によれば、元来、外国映画ないしアニメ作品の声優が出演するに当たっては、生放送であったため、期限外使用料とか、目的外使用料といった考え方が生じる余地はなかった。したがって、その場合の出演料も、一回の出演についての対価であることが前提であったが、その後、機械技術の発達により、再放送が可能となったため、その場合の出演料の取扱いをめぐつて日俳連と動画連、音声連とが協議し、その結果、本件協定・本件覚書が取り交わされるに至ったところ、その支払についても、既に策定されて利用されていた実務運用表に取り込まれることになった。
イ そのようにして、まず、期限外使用料の支払が実務運用表に定められたが、声優の出演したテレビ作品の再放送については、動画製作会社において無制限・無条件に使用し得るものではなく、声優に対し、その再放送に係る使用料を支払う必要があることを関係者が共通して認識していたからとみられるのであって、本件協定等が取り交わされたのも、そのような共通の認識を相互に確認し、その算定及び支払が従来と同様に実務運用表に従って行われることを明示するという意義を有するにすぎないと解される。
ウ そして、そのような共通認識が関係者間に生成されていく過程で、次に、テレビ放送されたアニメ作品の劇場公開、家庭用ビデオの普及等に伴う当該作品のビデオ化が顕著になって、期限外使用量とは別に、そのようなテレビ放送といった当初の目的以外の使用料の支払の要否が問題として生じたが、劇場公開に係る使用料については、昭和五〇年の作成当時から、その支払が実務運用表に取り込まれることになった。
エ しかし、目的外使用料については、以上に限定することなく、昭和五四年に改訂された実務運用表には、その他の目的外使用についても、「当分の間、その都度の協議による。」という形でさらに協議することが予定されていた。それは、当初の出演料で賄われるのは期限内の利用に限定されることを前提に、期限外の利用に係る対価である期限外使用料のほか、当初の目的以外の利用に係る対価である目的外使用料としては、劇場公開に係る使用料以外にも、その対価を支払うべき場合があることを予定した取決めであったとみるべきで、その予定された場合の一つとして、本件で問題となっているビデオ化使用料を含めることができる。
オ その後、昭和六一年改訂の実務運用表には、ビデオ化使用料についても、具体的な算定方法が記載されるに至ったのであるが、本件協定が締結された後に作成された実務運用表が、日俳連及び音声製作会社の代表者によって構成される出演実務調整委員会により決定されているところ、そこには、目的外使用料についての日俳連と音声連との協議の結果が反映されているとみることができるのであって、同委員会において、ビデオ化使用料についても、目的外使用料として協議し、その支払の合意に至ったものというほかない。
カ そして、そのような合意は、出演料のいかんが音声製作会社の業務に直結し、その経営の根幹に係る以上、音声製作会社の同意がなければ、成立に至らないことは見やすい道理であるから、少なくとも当時音声連に加盟していた音声製作会社は、その支払を拒絶する旨の特段の意思表示がある場合は格別、そうでない限り、実務運用表の算定方法に従った目的外使用料の支払について了承していたといわざるを得ない。
キ これを被告音響映像についてみると、同被告が、実務運用表の改訂に当たって、そのような特段の意思表示をしていたと認めるに足りる証拠はなく、同被告についても、目的外使用料も含めた出演条件について、実務運用表によることを了承していたものと認めるのが相当である。
ク したがって、被告音響映像は、本件出演契約に基づき、原告ら声優に対し、目的外使用料の一つである本件使用料についても、その支払義務があるといわなければならない。
(4)この点について、被告音響映像は、まず、本件協定及び本件覚書締結当時、音声連には加入していなかったから、これらには拘束されないように主張する。しかし、本件使用料の支払義務は、前説示のとおり、本件協定等に基づくものではなく、本件出演契約の内容となっていた実務運用表に基づくものであって、実務運用表に基づく目的外使用料の算定及びその支払は、期限外利用料の算定及び支払並びにそれ以降の出演契約の実態を確認したものにすぎず、本件協定によって初めて創設されたものとみるべきではないから、同被告が音声連に加入した時期の前後にかかわらず、目的外使用料として、ビデオ化使用料の支払が必要となれば、実務運用表に従って算定された当該使用料を支払うべきものである。被告音響映像のこの点の反論は失当というほかない。
 また、被告音響映像は、実務運用表に従った出演料を支払ったことはないとも主張するが、期限外・目的外使用料以外の本来の出演料についても、多種多様な出演条件がある中で、実務運用表によらなければ、算定が著しく困難であることは容易に推察されるところ、<証拠略>によれば、平成九年には、実務運用表に従った出演料を支払った例があることが認められるほか、昭和五六年からランク表の一・六倍を、平成四年から一・八倍を支払ったことも自認しているところ、その具体的な支払額はともかく、昭和五六年、平成四年は、実務運用表が改訂された年度であるから、その事実も、被告音響映像が実務運用表に従った出演料の支払を承認していたことを裏付けるものであって、前同様、この点に関する被告音響映像の主張は採用し得ない。被告音響映像は、平成九年の出演料増額について、「コジコジ」に配役した声優から出演拒否の姿勢が示されたためにやむなく行ったものであるかのように主張するが、そのきっかけがどうであれ、声優に対し、それまでの出演料を増額した事実自体が実務運用表に従った支払を推認させる一要素であることに変わりはないから、前記判断を左右するものではない。
 さらに、被告音響映像は、そもそも出演料については、実務上の取扱い窓口にすぎず、同被告が法律上の支払義務を負うものではないと主張する。しかし、原告ら声優の本件アニメ作品の出演については、その契約当事者が被告音響映像であることは、当事者間に争いがないところであって、同被告が支払うべき出演料が被告日本アニメから支払を受ける使用料によって賄われるものであるか否か、その資金の調達先及び調達方法は、実務運用表に従った出演料の支払義務の帰属に影響を及ぼさないというべきであるから、この点に関する被告音響映像の主張も採用できない。
 なお、被告音響映像は、声優と出演契約を結ぶ際に、使用日的を告げるのは、テレビ作品の場合、同じ時間帯に複数のテレビ局で放送されるアニメ作品に出演するのを避けるためであって、出演料、特に、目的外使用料の支払には関係がないかのような主張もする。しかし、そのアニメ作品の主役級のキャラクターの声を演じる場合に同被告主張のような配慮をすることがあることは首肯されるが、そのような配慮が無用であるその他の多数の声優についても、その出演するアニメ作品の使用目的は告げられていると認められるから、この点に関する被告音響映像の主張も採用できない。
(5)以上説示したところによれば、原告らの被告音響映像に対する本件使用料の請求は、原告ら主張の本件協定等の団体協約性のいかん及び商慣習の有無について検討するまでもなく、本件出演契約に基づく請求として、その理由があるというべきである。
三 被告日本アニメに対する請求の当否
(1)原告らは、被告日本アニメに対する本件使用料の請求の根拠として、第一に、同被告の本件協定に基づく担保責任を掲げる。
 しかしながら、既に説示したとおり、アニメ作品につき、声優との間で出演契約を締結しているのは、音声製作会社であって、動画製作会社ではないこと、音声製作会社は、動画製作会社の下請けないし子会社であったとしても、そのことから当然に動画製作会社が音声製作会社の債務を担保する義務があるわけではないこと、音声製作会社は、アニメ作品の製作において、音声部門を担当し、動画製作会社と声優との間にあって、それ相応の重要な地位、立場を占めていること、音声製作会社が出演契約に基づいて声優に支払うべき出演料ないし使用料は、動画製作会社から支払われる音声製作費用によって賄われるのが一般的であると解されるが、声優に対する支払の安否及びその額を動画製作会社が取り仕切っているとは認められないことなどからして、声優に対する出演料の支払は、音声製作会社がその責任をもって行うべき問題であって、音声製作会社がその支払を拒絶した場合あるいはこれを遅滞した場合に、動画製作会社が声優に対してその支払をすべき理由は認めることができない。
 原告らは、本件協定がその四条において動画製作会社の担保義務を規定していると主張するが、本件協定は、その規範的効力のいかんはともかく、声優と動画製作会社との間の権利義務を直接に規定したものではなく、仮に本件協定に従って、動画製作会社が音声製作会社に対して目的外使用料も音声製作費用に含めて支払うことが義務づけられる場合であっても、そのことから、動画製作会社が声優に対して音声製作会社による目的外使用料の支払を担保すべき責任を負わされるものとは解されない。
(2)原告らは、その第二の根拠として、第三者のためにする契約に基づく担保責任を掲げるが、被告音響映像の原告ら声優に対する本件使用料の支払を義務づける出演契約の内容となっている実務運用表につき、被告日本アニメがその趣旨ないし内容を認識していたとしても、実務運用表を添付する本件覚書ないし本件覚書の取り交わしを予定している本件協定の締結によって、これをいわゆる第三者のためにする契約とみて、被告日本アニメが、原告ら声優を第三者として、被告音響映像の原告ら声優に対する本件使用料の支払を担保する責任を負ったとまで認めるのは困難であって、この意味における原告ら主張の担保責任も認めることはできない。
(3)原告らは、その第三の根拠として、被告音響映像に対する本件使用料債権を被保全債権とする被告音響映像の被告日本アニメに対する権利の代位行使を掲げる。
 しかしながら、被告音響映像が被告日本アニメに対して本件使用料に相応する音声製作費用を支払うべき場合であると仮定しても、原告らの被告音響映像に対する本件使用料債権は、金銭債権であるから、その保全のために債権者代位権を行使し得るには、債務者である被告音響映像がいわゆる無資力であることが要件となるところ、同被告が無資力であると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告らの債権者代位権の行使を理由とする被告日本アニメに対する請求は、代位の要件を欠き、不適法といわなければならない。
四 よって、原告らの被告音響映像に対する請求を認容し、被告日本アニメに対する請求は、債権者代位権に基づく請求を除き、これを棄却し、当該債権者代位権に基づく請求は、当該請求に係る訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条、仮執行の宣言について同法二九五条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第44民事部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 脇由紀
 裁判官  五十嵐浩介

別紙 ビデオ化使用料個人別集計表<略>
別紙 ビデオ化使用料算定方法<略>
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