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【事件名】「キューピー」商標事件(引越しセンター)B(2)
【年月日】平成15年10月29日
 東京高裁 平成15年(行ケ)第192号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成15年8月27日)

判決
原告 荒牧運輸株式会社
同訴訟代理人弁理士 名古屋一雄
同 牧哲郎
同 牧レイ子
被告 キユーピー株式会社(以下「被告A」という。)
被告 株式会社キユーソー流通システム(旧商号・株式会社キユーピー流通システム)(以下「被告B」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同 宮嶋学
被告ら訴訟代理人弁理士 小泉勝義


主文
1 特許庁が平成11年審判第35618号事件について平成15年3月28日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文と同旨
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告が商標権者である登録第3248687号商標(以下「本件商標」という。)は、別紙「(1)本件商標」欄記載のとおりの構成からなり、商標法施行令(平成13年政令第265号による改正前のもの、以下同じ)1条別表の第39類「貨物自動車による輸送」を指定役務とするものである。本件商標は、平成4年4月6日に登録出願され、同9年1月31日に設定登録された。
 被告らは、平成11年10月29日、本件商標について無効審判を請求したところ(平成11年審判第35618号事件)、特許庁は、平成15年3月28日、「登録第3248687号の登録を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、平成15年4月9日に原告に送達された。
2 本件審決の理由の要旨
 本件商標は、全体としてキューピー人形の一態様を表したもの、すなわち、キューピー人形を主要な構成要素とする商標であって、「キューピー人形の図形」よりなる引用商標(別紙「(2)引用A商標」欄記載のとおりの構成である。)とは、キューピー人形と認識される点において共通の印象を看取され得るものである。また、引用商標は、被告Aの業務に係るマヨネーズなどの調味料を表す商標として取引者、需要者の間に広く認識されていて、被告Aは、引用商標を含む様々な形態の「キューピー人形の図形」よりなる商標を使用した経緯がある。さらに、被告Aは、食品の分野のみならず他の分野の業務に係る商品及び役務も取り扱っており、被告Aの関連会社である被告Bは本件商標の指定役務と同一の貨物自動車による輸送を行っている。以上の事情を総合すると、本件商標をその指定役務に使用した場合、それに接した取引者、需要者は、これより直ちに引用商標を連想、想起し、その役務が被告A若しくは被告Aと何らかの関連のある者の業務に係るものであるかの如く、その役務の出所について混同するおそれがあるものとみるのが相当である。
 したがって、本件商標は、他人の業務に係る商品と混同を生じるおそれがあるにもかかわらず登録されたものであるから、その登録は商標法4条1項15号に違反してされたものである。
第3 原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
 本件審決は、以下に述べるとおり、「本件商標が被告らの業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標であって商標法4条1項15号に該当する。」と誤って判断したものである。
1 商標法4条1項15号所定の「混同を生ずるおそれ」の有無の判断は、同条3項に定めるとおり、商標の出願時及び登録時についてされるべきところ、本件審決は、全般に、上記判断を本件商標の登録時についてのみ行い、出願時についての判断を遺脱したものである。
 とりわけ、本件商標は、役務商標登録制度の開始直後である平成4年4月6日、商標法附則(平成3年法律第65号)第5条による「使用に基づく特例の適用」を主張して出願されたものである。同条は、従来から善意で使用され、顧客からの信用評価が蓄積されている役務商標につき、その使用実績を尊重して、出願を優先的に取り扱い、競合出願についても優劣をつけられない場合には全ての出願について重複登録を認めるという趣旨で設けられたものである。すなわち、同条は、明らかに著名商標でない限り、周知商標同士であっても重複登録を認めることにより、既に使用されている役務商標を適切に保護しようとした規定である。原告は、昭和53年ころから、不正競争の目的なく、輸送業務に関して本件商標を使用し、出願時には既に14年間の使用実績を有するものである。したがって、本件商標の出所の混同のおそれの有無を判断する際には、上記立法趣旨と矛盾しないように、引用商標が本件商標の指定役務について具体的に出所の混同を生じるおそれがある程度に著名であったかどうかを判断すべきである。
 そのような観点から検討すると、引用商標が、本件商標登録出願時において、本件商標の指定役務である「貨物自動車による輸送」につき、既に14年間の使用実績のある本件商標を圧倒するほど一般の取引者、需要者に著名であったといえないことは明らかである。
2 本件審決は「本件商標は、全体としてキューピー人形の一態様を表したもの、すなわち、キューピー人形を主要な構成要素とする商標であって、「キューピー人形の図形」よりなる引用商標とは、キューピー人形と認識される点において共通の印象を看取され得るものである。」と認定したが、誤りである。
(1) 「頭頂部に突出部を有する、ふくよかな体型からなる幼児」は、米国人ローズ・オニールによって創作された絵画(以下「原著作物」という。)にある「キューピー人形」の特徴であり、被告らの創作に係るものではない。なお、上記特徴部分は、我が国において著作権保護の対象とはならない。米国で1913年に発売された「キューピー人形」は、日本にも輸入されたが、1936年ころには、樟脳の産地である日本で、セルロイド製「キューピー人形」が量産され、欧米にも盛んに逆輸出された経緯がある。このように、「キューピー人形」は、古くから一般に広く知られて親しまれた人形である。
 本件商標登録出願時には、種々の商品や役務の商標として「キューピー人形」が使用されていた。たとえば、日本興業銀行の販売促進用品として、興銀きゅーぴーが昭和62年ころから平成13年まで頒布されていた。また、被告Aの「キューピー人形」の他にも、様々な「キューピー人形」が商標登録されている。そこには、多様な顔かたちの「キューピー人形」があり、原著作物の特徴の他に、それぞれの「キューピー人形」の原著作物以外の特徴が加味されている。したがって、一般の取引者、需要者は、原著作物以外の特徴により、それぞれの「キューピー人形」を区別し、その出所を識別することができる。
 この観点から、本件商標と引用商標について、それぞれ原著作物以外の特徴を検討すると、次の(2)、(3)のとおりである。
(2) 本件商標の全体の構成は、外側が黒く内側が白い円環の上に、斜め右向きで、両手に2個の小さな格子状の提箱を持って、足を交差させて歩く、独特な人形図である。一般の取引者、需要者は、このような独創的な「キューピー人形」の形態を見て、人形と円環と提箱からなる一体不可分の外観と認識するはずである。これは、昭和47年ころ、当時3歳であった原告代表者の娘が、ローマ神話の恋愛神「キューピッド」をモデルにすることを発案し、原告代表者の家族が、弓矢の代わりに引越荷物を手に持たせたらどうか、羽根の代わりにタイヤの上に人形を載せたらどうか、と考えたものであり、極めてユニークな独創的な発案によるものである。
 また、人形の顔は、おでこも頬も出ていて凹凸が大きく、目が窪んでいる。顔の中央に小さな眉毛があり、下の方にある瞳は切れ長の日本的な目で、白目が少なく、黒目が左側に寄っている。睫毛がないから、派手さは少ない。背中には双翼がない。鼻は丸点で描かれており、口は真横に直線で書かれている。耳は目立たず、耳上に髪の毛がある。
 この人形図は、素朴で、不思議な愛嬌があり、地味ではあるが、かわいらしく、腕白で、強そうでもある。これは、原告代表者一家の考えや願いを形にしたもので、堅実に真心を込めて地道に事業を継続してきた証しである。
(3) 他方、引用商標の全体の構成は、貝殻状の掌・腕を大きく横に広げ、下膨れの大きな腹の下にある、短い両脚を揃えて直立する、左右対象でバランスの良い人形図である。顔の後ろに、背中の双翼がよく見える。
 人形の顔は丸く、目も丸く、耳も丸く横に出ている。眉毛がなく、睫毛のあるパッチリした瞳をしている。瞳は、上半分を白目に、下半分を黒目にして、まん丸に大きく描かれている。眉毛がないため、顔の中央の瞳だけが強調され、明るい利口そうな印象を受ける。鼻はややカーブして小さく描かれ、鼻にあわせたカーブの大きな口を有する。大小のカーブの繰り返しが、あどけない、かわいい表情である。耳に髪の毛はない。この人形の顔で最も特徴的なのは、丸いパッチリした、下半分を黒目にした大きな瞳である。この瞳は、被告Aの他の関連商標(甲6の1ないし3)にも使用され、全体的な印象を、明るく、かわいらしく、愛らしくしている。
(4) 両商標を比較すると、確かに、両者は、原著作物の特徴である「頭頂部に突出部を有する、ふくよかな体型からなる幼児」の特徴を持つ。しかしながら、具体的に両商標を見た場合、原著作物以外の特徴の違いは大きなものである。
 すなわち、両商標は、前記のとおり、その全体の構成や人形の顔かたち等の原著作物以外の特徴から受ける全体的な印象が全く異なるから、両商標は、混同のおそれのない非類似のものというべきである。
3 本件審決は「引用商標は、すくなくとも本件商標の登録出願のときには、マヨネーズなどの調味料を表す商標として取引者、需要者の間に広く認識され周知・著名なものとなっていたものと認められる。」と認定する。原告も、引用商標がマヨネーズ等の調味料に関して一般の取引者、需要者に広く認識されていることは否定しない。しかしながら、本件商標の指定役務である「貨物自動車による輸送」は、マヨネーズ等の調味料製造とは業種、目的、用途、内容等が異なるから、引用商標が、本件商標登録出願時に、上記指定役務の取引者、需要者間において、既に14年間の使用実績のある本件商標を圧倒するほど著名であったといえない。
 また、被告Aの関連会社である被告Bは、運送業も営んでいるが、同社は、親会社(被告A)依存率を減らし、親会社からの自立を目指す経営方針を採用しており、傘下の運送会社6社を含めて、他の食品会社の物流を引き受けるのに好都合なこともあり、輸送業に関してキューピー図を使用していない。本件商標の指定役務である「貨物自動車による輸送」の一般の取引者、需要者は、トラックに書かれたマークで出所を識別することが多いところ、前記のように被告Bが輸送業務にキューピー図を使用していないのであるから、キューピー図からなる引用商標は、本件商標の指定役務の取引者、需要者間に著名であったとはいえない。なお、被告らは、被告Bの支店・営業所の看板に引用商標が使用されているように見える写真(甲27)を提出するが、これは撮影日時が明らかではないから、本件商標登録出願時における証拠資料とはならず、むしろ、原告代表者の記憶では、原告との間の無効審判係争中に、新規にキューピー図付きの看板が製作されたようである。
 なお、引用商標について本件商標登録出願時に多くの防護標章登録があっても、これらは全て商品についてのものであり、このことにより、引用商標が非類似役務である「貨物自動車による輸送」について著名であるということはできない。
4 本件審決は「被告Aは、食品の分野のみならず他の分野の業務に係る商品及び役務も取り扱っており、被告Aの関連会社である被告Bは本件商標の指定役務と同一の貨物自動車による輸送を行っている。」と認定したが、本件商標登録出願時についてみると誤りである。
 本件商標登録出願時の被告Aの業務内容は、マヨネーズ等の調味料製造を主としており、多角化が進んだのは本件商標登録出願後である。本件審決が挙げる証拠資料は、ほとんどが本件商標登録出願時以降のものであるから、出願時の業務の裏付けにはならない。
 また、被告Bの主要業務は、本件商標の指定役務である「貨物自動車による輸送」と非類似役務である倉庫業である。被告Bの登記簿謄本(甲29)及び会社案内(甲26)によれば、被告Bの前身は、「キユーピー倉庫株式会社」(昭和41年設立)であり、主たる業務は倉庫業とされている。被告Bは、昭和51年に「キユーピー倉庫運輸株式会社」になったが、この時点でも、その商号から分かるように、マヨネーズ等を収納する倉庫業が主で、その発送業務を従とする会社である。また、被告Bは、平成元年12月1日に「株式会社キユーピー流通システム」に商号変更したが、上記会社案内にあるように、事業内容の第1は倉庫業である。なお、同会社案内には、被告Bが自動車輸送事業などの物流サービス業務を行っているとの記載があるが、これは平成5年11月以降に印刷されたものであるから、本件商標登録出願時における証拠資料とはならない。
5 本件審決は、「引用商標が本件商標の指定役務について著名でなくても出所の混同を生じるおそれがある。」と認定したが、誤りである。
 原告の本件商標は、NTT電話帳に毎年掲載され、地道な営業実績により信用を得て、「宅配会社のポスターにもキューピーさんが登場」あるいは「キューピーのお引越し屋さん」などと出版物に掲載され、近在では広く知られた商標として、引用商標と全く出所の混同を生じることなく、本件商標登録出願まで14年間にわたり平穏に使用されていた。したがって、本件商標登録出願時には、出所の混同の具体的なおそれはなかったものである。しかるに、本件審決は、専ら、本件商標登録時以降における被告Aの業務動向を重視して、抽象的に出所の混同のおそれの有無を判断するという誤りをおかしたものである。
第4 被告の反論の要点
 本件審決の判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 原告は「本件審決は、本件商標登録時のみの混同のおそれの有無を判断し、出願時についての上記判断を遺脱した。」と主張する。これは、審決の挙げる証拠の多くが本件商標登録出願時以降に発行されたことを問題にしていると思われる。しかし、各証拠の記載内容を検討すると、本件商標登録出願時の混同のおそれの有無についても判断がされていることは、後記のとおりである。
 また、原告は、特例商標登録出願に商標法4条1項15号を適用するか否かを判断する場合には、通常の場合とは異なる判断基準を用いるべきである旨主張するようである。しかし、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則には、このような原告の主張を裏付ける規定は、一切存在しない。本件審決は、引用商標の著名性、本件商標と引用商標の対比、被告Aの業務多角化、被告Bという本件商標の指定役務と同一の役務を提供する子会社の存在等の具体的な事実に基づき、出所の混同を生ずるおそれの有無を具体的に判断しており、その判断手法に何ら誤りはない。
2 原告は「本件商標と引用商標は混同のおそれのない非類似のものである。」旨主張するが、理由がない。
 すなわち、原告は、あたかも被告ら以外の多くの者により、「キューピー人形」の商標が登録されているかのように主張するが、その商標権者のほとんどが、株式会社日本興業銀行か牛乳石鹸共進社株式会社である。原告の指摘する文献(甲12)においても、「キューピー印商品といえば、どなたでもまず真っ先に連想されるのは、たぶん「キューピーマヨネーズ」ではなかろうか。」「「キューピー印商品開発の先駆者」であるキューピー株式会社の歴史をちょっとご紹介しておこう。何と言ってもキューピー草創期から今日ただいままで、一貫して「キューピー」の名を日本に定着させ続けてきた、いわば“キューピー保存運動”の恩人であるからだ。」等と記載されており(乙12)、日本において「キューピー人形」が定着し続けているのは、被告Aの継続的な宣伝広告活動等のおかげによるところが極めて大きい。また、本件商標を見たときに、どのような商品、サービス、会社名などを思い浮かべるかを調査した結果(乙18)でも、回答者のうち、実に61.3%の者が被告Aに関する回答をしている。以上のとおり、「キューピー人形」の商標を使用している主体は極めて少数である上、その中でも被告Aの認知度が突出しており、一般の取引者、需要者が「キューピー人形」の商標に接して最初に連想するのは、被告Aなのである。
 このような状況の下で、「キューピー人形」と認識される商標を使用すれば、被告Aを中心とするキユーピーグループと何らかの関係がある者を、出所として想起することは当然であるから、本件審決が、本件商標と引用商標が「キューピー人形」を主要な構成要素とする商標として共通すると認定し、外観上の差異により両者が差別化されているとは認められないとしたことは、極めて正当である。
 なお、本件商標が「キューピー人形」の一態様と認識されることは、原告自身が「キューピー引越センター」「引越はキューピー」といった商標を本件商標と併用していることからも明らかである。
3 原告は「引用商標が「貨物自動車による輸送」について、本件商標を圧倒するほど著名であったとはいえない。」旨主張する。しかし、本件審決は「引用商標が本件商標の指定役務について著名でなくても出所の混同を生じるおそれがある。」と認定しており、被告Aの引用商標が「貨物自動車による輸送」について著名であることを前提にしていないから、原告の上記主張は本件審決の誤りを指摘したものとはいえない。
 また、原告は、「被告Bが輸送業務に引用商標を使用していない。」旨主張するが、事実に反する。昭和56年発行の被告B(当時の商号は「キユーピー倉庫運輸株式会社」である。)の会社案内(乙21)に掲載されたトラックの写真には、「キューピー人形」の図形が表示されている。また、被告Aが特許庁に提出した「商標の使用説明書」(乙22)に示された平成4年1月22日撮影の写真にも、被告Bの系列会社のトラックに「キューピー人形」の図形が使用されている。これらの証拠から、被告Bが本件商標登録出願前から「キューピー人形」の図形からなる商標を使用していたことは明らかである。
4 原告は「被告Aの業務の多角化が進んだのは、本件商標登録出願後である。」旨主張するが、理由がない。すなわち、被告Aの会社案内(甲7の1)の「主要関係会社」欄における各関連会社の概要を見ると、それぞれの会社の設立年月が記載されているが、その大半が本件商標登録出願時以前に設立されていることが分かり、また、「沿革」欄の記載からも、本件商標登録出願時以前に、被告Aがファインケミカル分野、フードエンジニアリング分野等に進出していたことが分かる。平成6年1月4日付け新聞記事(甲7の2)には、「カルホープの発売は5、6年前。」とあるので、平成元年ころから、被告Aがカルシウム食品添加物を販売していたことが分かる。平成3年2月25日付け新聞記事(甲7の3)によれば、本件商標登録出願前から、被告Aがファインケミカル事業を拡大していたことが分かる。平成5年4月3日付け新聞記事(甲7の10)によれば、「74年に研究テーマとして取り上げ、・・・89年にわが国で初めて野菜工場プラントを売り出した。」と記載されており、被告Aが、本件商標登録出願前から、野菜工場プラントを販売していたことが分かる。
 また、原告は、「被告Bの主要業務は倉庫業である。」旨主張するが、理由がない。すなわち、被告Bの会社案内(甲26)には、昭和54年以降の売上高の推移等が記載されており、本件商標登録出願時以前から、同被告が自動車運送事業などの物流サービス業務を行っていたことが分かる。被告Bの第26期営業報告書(本件商標登録出願直前、乙24)、第33期有価証券報告書(本件商標登録直後、乙25)によれば、被告Bの営業収入の過半は運送事業によるものであることが明らかである。
5 被告Bは、昭和41年2月1日に被告Aの倉庫部門が独立して、東京都調布市に「キユーピー倉庫株式会社」として設立された後、昭和51年7月には「キユーピー倉庫運輸株式会社」とし、平成元年12月には「株式会社キユーピー流通システム」とそれぞれ商号変更した上、平成12年4月1日に現商号に変更した。このように、被告Bは、30年以上もの間、被告Aの物流子会社として、商号に「キユーピー」の文字を掲げて、営業を続けてきた。会社の商号が、その会社の提供する商品、役務の出所識別標識として重要な役割を果たしていることは、分野を問わず明らかである。
 請求書や領収書といった顧客に渡す取引書類に、自らの商号を記載することは一般的に行われており、現に被告Bも行っていた。また、被告Bの売上高は、本件商標登録出願時の直前の期で年間約495億円、本件商標登録時の直前の期で年間約713億円である。また、食品物流業者の99年3月期の売上高を比較すると、被告Bは、2位以下を2倍以上引き離して1位であることが分かる。
 これらの事実からすれば、本件商標登録時はもちろん、本件商標登録出願時においても、被告Bが食品物流業界で第1位の、少なくとも上位の企業として、輸送の分野で広く知られていたことは明白である。
 また、被告Bは、食品物流業界に限らず、物流子会社全体でも売上高11位であり、物流業界一般において広く知られていた。このことは、運輸の分野に関係する業界紙の発行元、県のトラック協会、大手運輸会社等も認めるところである(乙27)。さらに、被告Bは、本件商標登録出願の約3年後の平成7年9月に東京証券取引所市場第二部に株式を上場しているが、この株式上場からも、本件商標登録出願時には相当の営業規模になっていたことを推認させるものである。
 このように、被告Aの物流子会社である被告B自体が、本件商標の指定役務の分野で周知ないし著名であり、「キューピー人形」の図からなる商標を使用し、また「キユーピー」を要部とする商号を掲げて、長年にわたり営業を続けていることからすれば、「キューピー」の称呼、観念を生じる本件商標をその指定役務に使用すれば、被告Bとの間の出所の混同を生じるおそれがあるとさえいうことができる。
 ましてや、親会社である被告Aが使用する引用商標が、広く一般国民を需要者とする調味料を中心とする食品分野で、きわめて著名であることからすれば、本件商標をその指定役務について使用することで、需要者は被告A及び被告Bらのキユーピーグループと何らかの関係のある者が提供する役務であると誤解し、出所の混同を生ずるおそれがあることは明白である。
第5 当裁判所の判断
1 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標を含むものと解するのが相当である。そして、上記の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商品の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきものである(最高裁平成12年7月11日第3小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
 また、商標法4条3項は、同条1項15号に該当する商標であっても、商標登録出願の時に同号に該当しないものについては、同号の規定は適用しない旨規定するので、登録出願された商標は、登録出願時及び登録査定時の両時点において同号に該当するのでない限り、同号の適用を受けることはない、ということになる。
 そこで、上記見地から、本件商標が、その登録出願時(平成4年4月6日)及び登録査定時(平成9年1月31日ころ)において、上記15号に該当するか否かについて判断する。
2 当事者間に争いのない事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 「キューピー人形」の由来
 「キューピー人形」は、米国人の女流画家ローズ・オニール・ウイルソンが1912年に家庭雑誌に描いたキューピッドの絵が評判になり、翌1913年にこれを模したセルロイド製の人形として発売され、世界的に広く販売されて日本にも輸入された。その後、セルロイドの主要原料である樟脳が特産品の日本でも製造されるようになり、1936年から1937年にかけて、日本で大量に安価に生産された「キューピー人形」が、当時全盛期を迎えていたセルロイド玩具産業の花形商品となって、欧米に大量に輸出された。このようにして、「キューピー人形」は、日本人に広く親しまれ、角川外来語辞典第2版(株式会社角川書店昭和52年発行)には「キューピッドをこっけい化した、頭の先のとがった裸体人形。」と、また、平凡社大百科事典(株式会社平凡社昭和59年発行)には「ローマ神話の恋愛の神キューピッドをかわいらしい表情のマスコットにつくったもの。頭髪のとがった裸形のベビー人形で背中に羽がある。」と、さらに、広辞苑第4版(株式会社岩波書店平成3年発行)には「頭の先が尖り、目の大きい裸体の人形」とそれぞれ記載されているだけでなく、平成3年9月15日、「キューピー人形」とともに、マヨネーズ、銀行マスコット、石けんなど日本で開発されたキューピー商品の数々を紹介するなどした「キューピー讃歌」と題する書籍(大澤秀行著)が株式会社出版芸術社から発行された。(甲10ないし12、35、乙12)
(2) 「キューピー人形」をモチーフとした商標
 被告Aは、引用商標及び「キユーピー」の文字商標をいずれも大正14年ころから使用し、前者については昭和35年、後者については昭和41年にそれぞれ登録出願し、その後登録を受けた(甲3ないし5、7の1)。引用商標は、被告Aが上記のとおり、その使用を継続してきたことにより、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品の分野においては、その取引者、需要者の間に広く知られるようになった(争いのない事実)。
 「キューピー人形」をモチーフとした商標を採用し、これを商標登録している会社は、被告Aのほかにも存在し、例えば、商標登録第3287716号(商標権者・株式会社日本興業銀行(以下「日本興業銀行」という。)、指定商品ないし役務・第36類、平成4年出願)、商標登録第1086987号(牛乳石鹸共進社株式会社(以下「牛乳石鹸社」という。)、第4類、昭和46年出願)、商標登録第362865号(共進社油脂工業株式会社、第5類、昭和18年出願)、商標登録第3128248号(日本興業銀行、第36類、平成4年出願)、商標登録第2397243号(牛乳石鹸社、第4類、昭和60年出願)、商標登録第4087650号(開東株式会社、第25類、平成8年出願)、商標登録第2182050号(牛乳石鹸社、第4類、昭和57年出願)、商標登録第2182051号(牛乳石鹸社、第4類、昭和57年出願)、商標登録第3128254号(日本興業銀行、第36類、平成4年出願)等の商標が登録されており、上記商標権者らは、実際に、これらの登録商標を使用している。(甲13ないし22、乙12)
 上記被告Aの引用商標等はいずれも「キューピー人形」をモチーフとした商標であるところ、とりわけ被告Aの引用商標と日本興業銀行の登録第3287716号商標とは、指定商品及び指定役務が異なるとはいえ、人形の全体的な特徴として、@頭の中央部分の先がとがっている、A目は丸くて大きい、B両手は腕を伸ばし、掌を広げている、Cほぼ直立した乳幼児の体型のふっくらとした裸体の中性的な人形である点において共通しており、共進社油脂工業株式会社の登録第362865号商標の人形もほぼ上記特徴点を有するということができる。
(3) 本件商標の構成と引用商標との対比
 本件商標は、引用商標と同様に全体を線画として描かれ、頭頂部に突出部を有し、ふくよかな体型からなる幼児であって、「キューピー人形」の特徴を備えた人形が、両腕を広げ、手に直方体の手荷物を持ち、自動車のタイヤ様の物の上を歩いている姿を描いた図形よりなるものである。これを引用商標と比較すると、本件商標のみが、手に直方体の手荷物を持ち、自動車のタイヤ様の物の上を歩いている点において異なっており、両者の構成は、一般の取引者、需要者にとって容易に識別可能なものと認められる。
(4) 原告会社の業務内容
 原告は、昭和48年に本店所在地を東京都調布市として設立された、引越運送業務等を主たる目的とする会社であり、昭和53年ころから現在まで、本件商標及び「キューピー引越センター」の文字を横書きした商標を引越運送業務の宣伝広告や求人案内等に使用しており、そのNTT電話帳における広告にも、上記両商標を記載した上で、「アラマキ運輸(株)」等の原告の名称を表示し、原告が引越運送業務を営むことを記載している。(甲23、24の1ないし8、30の1ないし5、31の1ないし8、乙1、13、17、19、28の1・2、29、30の3)
(5) 被告Bの業務内容
 被告Bは、昭和41年に被告Aの倉庫部門を分離独立させ、本店所在地を東京都調布市とし、「キユーピー倉庫株式会社」との商号で設立された会社である。被告Bは、その商号を、昭和51年に「キユーピー倉庫運輸株式会社」に、また平成元年に「株式会社キユーピー流通システム」にそれぞれ変更した。被告Bは、当時、引用商標とともに「株式会社キユーピー流通システム」との看板を各営業所に掲げ、会社案内に同商号を明記していた。被告Bは、コンピュータにより、被告Aを含む顧客の冷凍・冷蔵食品等の在庫を管理し、顧客からの受注後、必要な商品を迅速に輸送すること等を業として食品分野での総合物流サービスを提供しており、全国に多数の営業所と配送センターを有する食品物流業界のトップ企業である。被告Bは、昭和54年当時、売上高が約120億円で、そのうち被告A及びその関連会社を含む被告Aグループに対する部分が約6割を占めていたが、その後売上高が増加するとともに被告Aグループに対する部分の割合も低下し、平成5年には、その売上高が約517億円になり、そのうち被告Aグループに対する部分は約4割弱となった。また、被告Bは、平成元年11月から、貨物運送(共同配送便)に、「キユーソー便」の名称を使用し、その商号も、平成12年4月には「株式会社キユーソー流通システム」と変更している。被告Bの貨物自動車には、「キユーソー便」との表示が付されているものはあるが、「キューピー」の語あるいは「キューピー人形」の図形が付されているものはほとんど存在しない。(甲26、27の1ないし10、28、29、乙21、22、24、26)それ以外に、被告Bが一般の取引者、需要者に向けて広く宣伝広告をしていることを認めるに足りる的確な証拠はない。
3 上記2認定の事実のとおり、「キューピー人形」及び「キューピー」の愛称が、古くから日本人に親しまれてきたものであって、被告Aのみならず、いくつかの有力企業により「キューピー人形」を模した商標が商標登録され、使用されてきているところ、被告Aの引用商標は、とりわけ日本興業銀行の登録第3287716号商標と「キューピー人形」の全体的な特徴において酷似している反面、手に直方体の手荷物を持ち、自動車のタイヤ様の物の上を歩いている「キューピー人形」よりなる本件商標とは、一般の取引者、需要者にとって容易に識別し得る程度に異なるというべきである。また、引用商標が「キューピー人形」をモチーフとした商標であることから、その独創性が必ずしも高くはないこともあって、引用商標がマヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野又はこれと密接に関連する分野では被告Aを表示するものとして広く知られているといえるけれども、上記分野以外の分野での引用商標の周知性を肯定することはできないというべきである。
 さらに、本件商標の指定役務である「貨物自動車による輸送」の分野において、被告Aの物流子会社である被告Bが、昭和51年以降「キユーピー」の語を含む社名により営業活動を行っており、また、その年間売上高も平成5年には約517億円に達しており、被告Aグループを除く一般の顧客に対する売上高の割合も増加しているものの、他方、被告Bは、今なお、被告Aの物流子会社として被告Aとその関連会社を重要な顧客としていることに変化はなく、平成元年以降は「キューピー」の語を含まない「キユーソー便」の名称を貨物運送に使用した上、平成12年には商号自体を「株式会社キユーソー流通システム」と変更している。そして、被告Bの貨物自動車に「キューピー」の語あるいは「キューピー人形」の図形が付されているものはほとんど存在しないばかりでなく、一般の取引者、需要者に向けて広く宣伝広告をしているわけでもないから、食品物流業界は別として、「貨物自動車による輸送」の分野における一般の取引者、需要者の間において、「株式会社キユーピー流通システム」の語あるいは「キューピー人形」の図形が、本件商標の登録出願時において、被告Bの商標として広く知られていたと認めることはできない(なお、乙27の1ないし44の証明書は、予め記載された定型文書に被告Bの取引先が記名押印等をしたものであって、その3分の1の者はコメント欄が白紙のままであり、また、コメントを記載した者も大半の者はその内容が同一であることなどから、直ちに採用することはできない。)。
 してみると、被告Aの引用商標が、引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」の分野における一般の取引者、需要者の間において、被告A又はその関連会社を示すものとして広く知られているものと認めることはできない。
 加えて、原告が昭和53年ころから本件商標登録出願時点において既に約14年間にわたり本件商標及び「キューピー引越センター」の文字を横書きした商標を引越運送業務の営業に使用しており、また、NTT電話帳等にも継続的に本件商標等を使用した宣伝広告をしてきたこと及び被告Aの引用商標の周知性が認められるマヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の製造販売と原告の主要な営業目的である引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」とは社会通念上著しく異なる業務に属することを総合すれば、被告が本件商標を引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」業務に使用したとしても、被告A又はその関連会社による役務と混同するおそれがあると認めることはできないというべきである。
4 これに対し、被告らは、「本件商標の登録出願時において「キューピー人形」及びその愛称「キューピー」が広く知られていたのは、あくまで被告Aらの継続的な宣伝広告活動や販売活動等によるところであるから、「キューピー人形」及び「キューピー」の語は、あくまで被告Aらと関連づけられて一般に広く知られているものであり、このことは一般需要者を対象とする調査結果(乙18)からも明らかである。」旨主張する。
 なるほど、被告らの宣伝広告活動が、「キューピー人形」の存在を日本人の記憶の中にとどめることに貢献している部分があるということは否定できない。しかしながら、「キューピー人形」は、前記のとおり、1936年から1937年にかけて、日本で大量に安価に生産され、当時全盛期を迎えていたセルロイド玩具産業の花形商品となって、欧米に大量に輸出されたものであり、戦前戦後を通じて、日本人に広く知られ、親しまれてきており、現に被告A以外のいくつかの有力企業により、これを模した商標が商標登録され、使用されてきたものであるから、「キューピー人形」及び「キューピー」の語が被告Aらとのみ関連づけられるものとして一般に広く知られている、ということは到底できない。
 また、上記調査結果は、平成12年7月に実施された調査を基にして作成されたものであるばかりでなく、本件商標の登録出願時及び登録査定時における「貨物自動車による輸送」の分野に属する取引者、需要者を対象とした調査でもない。
 さらに、上記調査結果には、確かに、「本件商標を見て、思い浮かべる商品、サービス、会社名などを自由に知らせてほしい。」との質問(Q1)に対し、「キューピーマヨネーズ」「キューピー梶v「マヨネーズ」と回答した者が61.3%であったとの結果が記載されている。しかしながら、同時に、「本件商標を使用する「キューピー引越センター」はキューピーマヨネーズと関連のある会社だと思うか。」との質問(Q6)に対して、「関連があると思う」との答えが58.4%であった反面、「関連がないと思う」との答えや「わからない」との答えが合計41.6%もあったとの結果が記載されており、このような明らかな誘導質問に対してさえ、関連性があると認識してはいない者が4割以上もいることが記載されている。また、「本件商標を使用する「キューピー引越センター」に、引越を依頼したいと思うか。」との質問(Q4)に対し、「頼みたい」という答えはわずか1.0%にすぎず、「頼んでもよい」という答えも21.7%とあまり多くなく、「あまり頼みたくない」あるいは「頼みたくない」との答えが合計77.3%もあったとの結果が記載されており、これは、「貨物自動車による輸送」の1分野である引越運送業務において、「キューピー人形」の特徴を備えた本件商標や「キューピー」の語を含む商標の持つ顧客吸引力がそれほど高いものではないことを示している。これらの点を考慮すると、上記調査結果は、むしろ、本件商標を使用しても、被告A又はその関連企業の業務との混同を生ずるおそれがあるとは直ちにはいえないことを示しているものというべきである。
 したがって、被告らの上記主張は理由がない。
5 以上のとおり、本件審決は、本件商標が他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあると誤って判断したものであり、この誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は取消を免れない。
 よって、原告の本件請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第3民事部
 裁判長裁判官 北山元章
 裁判官 清水節
 裁判官 沖中康人
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日本ユニ著作権センター
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