判例全文 | ||
【事件名】北海道議会議員選挙をめぐる名誉毀損事件 【年月日】平成15年10月27日 札幌地裁 平成15年(ワ)第38号 損害賠償等請求事件 判決 主文 1 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成15年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告に対し、被告の発行する「月刊G」の1頁全面に、別紙1記載の謝罪広告を、「謝罪広告」の文字を18ポイントとし、その他の文字を14ポイントとして、1回掲載せよ。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 5 この判決は、第1、2項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成15年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告に対し、被告の発行する「月刊G」の1頁全面に、別紙2記載の謝罪広告を、「謝罪広告」の文字を18ポイントとし、その他の文字を14ポイントとして、1回掲載せよ。 第2 事案の概要 本件は、衆議院議員である原告が、被告の発行する雑誌「月刊G」において、事実に基づかない原告を誹謗中傷する記事が掲載されて原告の名誉及び信用が著しく毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償として1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年1月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払並びに民法723条に基づき名誉回復のための措置として上記雑誌への別紙2記載の謝罪広告の掲載を求めた事案である。 1 前提となる事実(争いのない事実以外は証拠を併記) (1) 当事者 ア 原告 原告は、昭和50年4月に北海道議会議員に初当選後、同議員を3期務め、昭和61年7月に衆議院議員に初当選し、現在も衆議院議員(4期目)の地位を有する者である。(甲2) イ 被告 被告は、「月刊G」という雑誌を発行している者である。なお、同雑誌には、「発行所 (株)H」と記載されているが、実際の発行者は、法人ではなく、被告個人である。 (2) 雑誌への記事の掲載 被告は、平成15年1月1日発行の「月刊G」(以下「本件雑誌」という。)において、原告についての以下のような記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。(甲1) ア 見出し 本件記事の冒頭には、「権力支配にトチ狂う?Iセンセイの戦略・戦術」「後志管内道議、a町長選挙に私欲丸だし―独断専行のゴリ押し劇」との見出しの記載があり、本件雑誌の表紙にも、同旨の記載がある。 イ 本文 (ア)本件記事の本文には、北海道議会議員選挙における後志支庁の自民党公認候補選定に関して、Jが自民党公認候補となった事実に触れた後に、「なにせIは自民党の衆院4区支部長で公認決定の『ハン』を握っている。後志管内のように保守地盤の固い票田では『自民党公認』はいわば“葵の紋章”みたいなもの。Jが『金で公認を買った…』という、黒いウワサが一気に管内の保守陣営に流れたのも、またうなずける話である。」(以下「本文A」という。)との記載がある。 (イ)さらに、その後に、「問題はそのダークな政治資質である。」(以下「本文B」という。)、「いまや政治屋に成り下がっているIのあさましい姿に救われない痛恨の思いを抱いているからだ。」(以下「本文C」という。なお、この記載において、「痛恨の思いを抱いている」とされているのは、原告の地元後援組織の総まとめ役であるKである。)、「Iの道議時代の評価は金銭的にも人間的にも決してほめられたものではない。」(以下「本文D」という。)、「やり方は『後志のLだ』と云う建設業界関係者が多いのには驚かされる。」(以下「本文E」という。)との記載がある。 (3) 本件雑誌の配布 被告は、本件雑誌を約4000部印刷し、そのほとんどを北海道内で配布した(弁論の全趣旨)。 2 争点 (1) 本件記事の掲載、配布(以下「掲載等」という。)が名誉毀損に該当するか否か (原告の主張) 本件は、本文Aにより具体的事実を摘示し、本文BないしEにより論評ないし意見を表明してなされた名誉毀損である。すなわち、本文Aを読めば、一般読者は、北海道議会議員選挙における自民党公認を決定する権限を原告が握っており、この決定に際してJから金銭を受領したとの印象を受ける。この事実を前提に、その後の論評ないし意見の表明である本文BないしEを読めば、前記見出しともあいまって、明らかに、原告が私利私欲のために政治家としての権限を行使し、不正な金銭を受領しているとの印象を読者に与えるもので、本文BないしEにより、政治家としての原告の社会的評価が低下させられることは明らかであり、名誉毀損に該当する。 (被告の主張) 原告の主張は否認する。 (2) 本件記事の掲載等の違法性が阻却されるか否か (被告の主張) 名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときには、その行為に違法性はなく、不法行為は成立しない。 本文AないしEは、国会議員である原告が、多数の党員を抱える支部を私物化し、かつ、その地位を利用して強引な金集めをしていることを内容とするものであるから、これを掲載することは公共の利害に係る。また、被告は、この事実を北海道民に広く伝え、住民の批評を仰いだ上で、原告に猛省を促すことを目的として本件記事を掲載したので、公益を図る目的があった。さらに、被告は、これまで長年にわたって観察してきた原告の言動や地元民の意見等を十分に聴取した上で、真実のみを掲載した。具体的には、本文Aは、全く不可思議で、誰もが不審に思うJの選出経過と、それに伴って広く管内に流布された選挙民の素朴な疑問の噂話をそのまま掲載したものである。すなわち、4区の北海道議会議員の公認申請が複数あったので、このような場合には、同区のM支部役員(役員は北海道議会議員で、支部長は原告である。)が集まって、役員会で公認を選定するのであるが、実際には、役員は誰も呼ばれず、いつの間にかJが公認候補に選ばれたので、これは、原告が役員会に諮らずに勝手に決めてしまったものであり、この不明朗な経過から、Jが公認を金で買ったとの噂が流れたのである。このように、本文BないしEの前提事実たる本文Aは真実である。なお、被告は、掲載予定の原稿を事前に原告に渡して反論する機会を与えたが、原告から反論はなかった。したがって、被告による本件記事の掲載等は、違法性が阻却される。 (原告の主張) 本件Aの事実は、真実ではないし、本文BないしEも、そのような本文Aの事実を前提とする論評ないし意見の表明であるから、本件記事の掲載等については、違法性が阻却されない。 (3) 原告の損害等 (原告の主張) 政治家にとっては、選挙区において、その社会的評価を低下させる事実無根の風評を流布されることは、政治活動を行っていく上で、致命的なことである。このような事情に鑑み、原告の名誉及び信用毀損による損害をあえて金銭に評価すれば、1000万円を下らない。 また、原告の名誉及び信用の性質からして、金銭賠償のみでは到底損害を回復し得ない。本件記事の悪質性や記事が6頁にわたるものであることを考慮すれば(「月刊G」はB5判の大きさである。)、これにより毀損された原告の名誉と信用を回復する措置としては、被告の発行する「月刊G」に、少なくともその1頁全面を使って別紙2記載の謝罪広告を掲載する必要がある。 (被告の主張) 原告の主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件記事掲載等の名誉毀損該当性)について 当事者間に争いのない本文Aの文言に照らすと、本文Aは、北海道議会議員選挙における後志管内の自民党公認を決定する権限を有している原告が、Jから金銭を受領して同人を自民党公認候補にしたという内容の事実を、そのような噂が流れたという形で摘示したものであるが、政治家が不当な金銭を受領すべきでないと一般に考えられていることは当然であるから、このように、不当な金銭を原告が受領している旨の本文Aが、衆議院議員としての原告の社会的評価を低下させることは明らかである。また、被告は、本文Aを前提に、本文BないしE及び見出しにより論評ないし意見表明をしているところ、これらの部分で用いられている「ダーク」、「政治屋」などの表現が原告の社会的評価を低下させることも、その文言に照らし、明白である。 したがって、本件記事の掲載等は、名誉毀損に該当する。 2 争点(2)(本件記事掲載等の違法性阻却事由の存否)について (1) 本件記事のうち、本文Aは事実を摘示するもので、本文BないしEは、本文Aの事実を基礎として意見ないし論評を表明するものである。事実を摘示してなされる名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為には違法性がない。また、特定の事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損については、その行為が上記同様の公共性、公益目的性を有するほか、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶ等意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性を欠く。そこで、本件記事の掲載等について違法性が阻却されるか否かを判断するに当たっては、その公共性、公益目的性のほか、本文Aに係る事実の真実性について検討すべきことになる。 (2) まず、本件記事の内容は、その内容に照らし、北海道議会議員選挙という公共の利害に関する事実に係るものであるといえる。 (3) 次に、本文Aが真実であるか否かについて検討する。なお、被告は、前記のとおり、本文Aにおいて、Jが、自民党公認候補になるに際して、原告に金銭を渡したという事実を、そのような噂があるという形で摘示しているが、このように、噂が流れたという表現を用いた場合でも、証明の対象となるのは、噂の存在ではなく、その内容たる事実、すなわち、本件では、Jが、自民党公認候補になるに際して、原告に金銭を渡したという事実の真実性である。 証拠(本件記事を書いたとされる証人Nの証言)中には、北海道議会議員選挙出馬時からの原告の有力後援会のメンバーであり、現在も原告の弟のOの後援会長をしているP製材のQ社長やR協同組合のS組合長などにNが取材して、Jが、自民党公認候補になるに際して、原告に金銭を渡したという噂が流れているということを聞いたとする証言部分があるものの、仮に前記Q社長やS組合長などが前記のとおり噂が流れていると発言したとしても、そのことのみから、噂の内容である本文Aが真実であるとは到底認められず、他に、本文Aの真実性を裏付ける証拠はない。したがって、本文Aが真実であることの証明はない。 (4) なお、仮に、摘示に係る事実が真実であると証明されなくても、その行為者において、その事実を真実と信じるについて相当の理由があることが証明されたときは、この行為には、故意又は過失がなく、不法行為は成立しないが、被告が、本文Aを真実と信じるについて相当の理由があったことについての具体的な主張、立証はない。また、本文CないしEは、意見ないし論評の表明ではなく、事実の摘示による名誉毀損であると解する余地もあるが、そうだとしても、その摘示事実の真実性の証拠は全くない。 (5) そして、前記(3)のとおり、本件記事については、根拠が全くないか、あったとしても、単なる噂を丸呑みにしたずさんな取材に基づく極めて薄弱なものであることに照らすと、その掲載等には原告に対する不当な加害目的すら窺われ、専ら公益を図る目的に出たことの証明もないというべきである。 (6) したがって、本件記事の掲載等については、違法性が阻却されない。 3 争点(3)(原告の損害等)について 以上のとおり、本件記事の掲載等により、原告の名誉が毀損されたものであるから、被告は、不法行為による損害を賠償する責任を負うが、本件記事の内容、本件雑誌の配布の態様、原告の地位等の諸般の事情を考慮すると、これにより受けた原告の損害としては、200万円と評価することが相当である。また、原告の名誉回復措置としては、被告名をもって、被告が発行する「月刊G」誌上に、別紙1記載の謝罪広告を掲載するのが相当である。 第4 結論 よって、原告の請求は、被告に対し、200万円及びこれに対する平成15年1月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払並びに被告発行の「月刊G」への別紙1記載の謝罪広告の掲載を請求する限度において理由があるから、この限度で認容することとし、主文のとおり判決する。 札幌地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 古谷健二郎 裁判官 佐々木清一 |
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