判例全文 line
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【事件名】ドメイン名登録事件(広島)
【年月日】平成15年10月21日
 広島地裁 平成14年(ワ)第1057号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告株式会社Aは、原告に対し、55万円及びこれに対する平成12年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告株式会社Aに対するその余の請求及び被告社団法人Bに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告株式会社Aとの間においては、原告に生じた費用の10分の1を被告株式会社Aの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告社団法人Bとの間においては、全部原告の負担とする。
4 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して550万円及びこれに対する平成12年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告からの変更申請がないのに、被告らが、過失により、原告の使用していたドメイン名(インターネットに接続されているコンピュータ・システムに割り当てられる名前)のネームサーバ等の情報について変更処理を行ったため、原告のホームページへのアクセスや電子メールによる通信が不可能な状態になったとして、原告が、被告株式会社A及び被告社団法人Bに対し、不法行為に基づく損害賠償金の連帯支払を求めた事案である。
1 争いのない事実並びに証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によって認定できる前提事実
(1) 原告は、コンピュータによるインターネットへの接続サービス、インターネットを利用した各種情報サービス等を目的とする有限会社であり、広島県内を中心に「C」という名称のプロバイダとして活動している。具体的には、インターネット上に、「C」というホームページを開設、管理するとともに、自らサーバ取扱い不可能な法人のために代理サーバ業務を行ったり、法人・個人会員がインターネットに接続するためのサービスを提供するなどしている。
(2) 被告株式会社Aは、各種情報処理端末機器、情報処理装置等による情報通信を目的とした、電気通信事業法に定める第二種電気通信事業等を目的とする株式会社である。
(3) 被告社団法人Bは、インターネットの円滑な運営を支えることを目的として設立された社団法人であり、インターネットのIPアドレス(インターネットに接続されているコンピュータを識別するため、各コンピュータに割り振られる32ビットの整数〔本件当時の規格であるIPv4によるもの。〕で表現されるインターネット上の住所)の割当て等の管理、インターネットに関わる調査研究等を行っている。なお、被告社団法人Bは、インターネット上の名称である属性型(組織種別型)・地域型JPドメイン名(以下「JPドメイン名」という。)の登録管理等の業務を行ってきたが、平成14年4月1日をもって、当該業務は被告社団法人Bから株式会社Dに移管されており、現在、被告社団法人BはJPドメイン名の登録管理業務を行っていない。
(4) 平成11年9月22日、被告社団法人Bは、被告株式会社Aとの間で、ドメイン名登録申請等の取次に関する業務委託契約を締結した。被告株式会社Aは被告社団法人Bの会員であった。
(5)ア プロバイダとは、インターネット上のホームページや電子メールを使う際に、利用者のパソコンをインターネットに接続することを行う接続業者のことである。
イ ドメインとは、「インターネット上の住所表示・会社名等」といわれ、実際の住所や会社名と同じようなもので、世界中に一つしか存在しない自己の識別手段である。
ウ プロバイダになるためには、被告社団法人Bの会員である指定事業者を通じて、あるいは、登録申請者が直接、被告社団法人Bに対して、ドメイン名登録申請手続を行い、被告社団法人Bの審査を経て、ドメイン名を付与されることが不可欠である。なお、その際の審査においては、先願主義、1組織1ドメインの原則、ドメイン名譲渡禁止の原則などが存在している。
(6)ア 被告株式会社Aは、平成12年7月26日午後2時、同被告が提供するホスティング・サービス(ドメイン名取得サービス)の顧客から、「E」に関するドメイン名設定依頼を受けた。依頼内容としては、「E」のネームサーバを被告株式会社Aにて利用するというものであった。
イ 同月27日午後3時59分ころ、被告株式会社Aから被告社団法人Bに対し、「E」に関するドメイン情報の変更申請がなされた(以下「本件変更申請」という。)
ウ 同日午後4時12分ころ、被告社団法人Bが本件変更申請を処理した。
エ 同月28日午前5時ころ、被告社団法人Bがプライマリーネームサーバの情報を更新した。更新されたドメイン情報は、ネームサーバ、使用IPネットワーク、通知アドレスなどの情報であった(以下「本件情報更新」という。)。
(7) 上記(6)により、
ア 原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に陥った。
イ 原告をプロバイダとして利用していた原告の会員の電子メールによる通信及びホームページのアクセスが不可能となった。また、ネームサーバの情報が更新された結果、原告及び原告の会員が開設していたホームページへのアクセスが技術的に不可能な状態となった。
1 争点
(1) 被告らの過失の存否について(争点1)
(原告の主張)
ア 被告株式会社Aの過失
(ア) 被告株式会社Aは、ドメインの登録、変更等に関する申請手続を行うことを業の一部とする業者であるところ、ドメイン名の申請手続において、先願主義、1組織1ドメインの原則などを十分に熟知し、既に登録済みの同名のドメインが存在しないかどうか調査する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、原告と同名のドメイン名について、ネームサーバの情報等の登録情報の変更申請を行った。よって、本件変更申請に関して被告株式会社Aには過失が存する。
(イ) 被告株式会社Aは、自己の過失は軽過失である旨主張するが、あり得ないようなミスあるいは信じられないような基本的なミスであることは明らかである。また、被告株式会社Aは、最終準備書面において、信頼の原則の適用や免責の主張を新たに展開しているが、従前、過失を認め、損害論を争点としてきた被告株式会社Aが、口頭弁論終結直前に責任を否認する主張を追加することは時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
イ 被告社団法人Bの過失
(ア) ドメイン名は、先願主義、1組織1ドメインの原則などによって、ひとたび登録されれば、排他的、独占的に、かつ自由にそれを用いることができる地位を付与される。それゆえ、ドメイン名は財産的価値の高い法的保護の対象となっている。
 原告は、被告社団法人Bによって当該ドメイン名を付与され、そのドメイン名でプロバイダとして営業を行っていたものであり、当該ドメイン名を独占的かつ排他的に保有し、他からの侵害を受けない権利やそれを利用して営業活動を行う自由は法的保護に値する権利・自由である。
(イ) それゆえ、被告らのみならず、何人も、原告のかかる権利を不当に侵害してはならない義務や営業活動の自由を侵してはならない義務を負うのは当然である。さらに、被告らについては、かかる一般的義務に加えて、ドメイン名の登録申請に携わる専門業者として、あるいは、登録申請に対する審査・決定権を独占していた者として、より高度な注意義務が課されることは当然である。
(ウ) 被告社団法人Bには以下のような注意義務違反が存する。
a 充分な事前審査を行う義務
 被告社団法人Bは、新規の登録申請に対しては自らが慎重に審査し、本件のような事件は未然に防止できたと言うが、ドメイン名変更がもたらす効果に鑑みれば、新規登録申請であれ、変更申請であれ、少なくとも既存のドメイン名保有者が不測の損害を被らない程度の事前審査を行うべき義務を負っていたというべきである。
 具体的には、変更される会社の代表者の印鑑登録証明書等の添付書類の提出を求めるなどの方法による事前審査を充分に行うべきであった。
b 手続の厳格性を不当に緩和しない義務
 被告社団法人Bは、本来なすべき事前審査を自らの定める規則やガイドによって、「ただし、事務局は、変更届出事項によりその一部の添付書類の提出を免除することができる」という形で緩和した。その理由として、被告社団法人Bが挙げているのは、多数のインターネットユーザーの利便性と迅速な対応である。
 しかし、大量かつ迅速に処理する必要があるから、本来厳格な手続が要求される審査をおろそかにしてよい、という法的根拠はない。また、迅速な対応を実現するために、被告社団法人Bが採った代替措置は「組織自体に直接関係する事項については代表者の印鑑登録証明書等を要求し人的な確認手続を経ることとし、他方、その他のネームサーバ等に関する事項については、電子メールでの変更申請を認めて代表者の印鑑証明書等の添付書類を不要とする」というものであるが、ネームサーバの変更がもたらす影響の重大性に照らせば、かかる区別自体合理性がない。
 少なくとも本件変更申請に関しては、手続の厳格性を綾和すべきではなく、本来の厳格な審査を行うべきであったといえる。
c 充分な代替措置を講ずる義務
 被告社団法人Bは、前述のように手続の厳格性を緩和した代替措置として、ネームサーバ登録情報の変更前日に、ネームサーバが変更登録される旨の予告メールを発信していた。しかし、この予告メールは代表者の印鑑登録証明書等の添付資料徴求に代わる審査とは到底いえないようなものである。すなわち、翌朝午前5時に登録変更する旨を前日の夕方午後4時12分に予告しても、変更される側の意見や問い合わせに答える時間的余裕が全くない。現に、本件でも、予告メールに気付いて深夜問い合わせの返信メールを送った原告に対して、被告社団法人Bは、「深夜における業務を強いる結果となり、いわば不可能を強制するものである」と主張している。このことは、被告社団法人Bの講じた代替措置がまさに不可能を強いる不十分なものであったことを自白するものといえる。
 被告社団法人Bに代わり、現在、ドメイン名の登録手続を行っている株式会社Dでは、同様の変更予告メールにおいて、返答期限を1週間と明示し、メールで返答する場合には「承認」か「不承認」かを回答させ、さらに、返答メールがなかった場合には、当該変更を「不承認」とみなすシステムが採用されていると聞知しているが、少なくとも、被告社団法人Bも、代替措置として予告メールを採用するのであれば、この程度の充分かつ慎重な手続によるべきであったといえる。
d 原告からの返信メールに適切に対応する義務
 被告社団法人Bは、前述のような不十分な代替措置を「自ら」採用したのであり、それに伴う対応義務も自らが課したものというべきである。すなわち、前日の夕刻に予告メールを送信して翌朝5時に登録変更するという(日程的に)無謀なシステムを採用した以上、原告が返信したメールに適切に対応すべきであった。被告社団法人Bは、それが深夜であり、かつ、登録変更の直前であったことを理由に、不可能を強いるもの、と主張するが、そのような不可能とも思える状態に自らを追い込み、深夜業務を前提として適切な対応をなすべき高度の義務を作出したのは、他でもない被告社団法人B自身であり、前記主張は失当である。
e 社員に対する管理監督義務
 被告社団法人Bと被告株式会社Aとの関係は、自らの事業遂行のために社員を管理監督下に置き、その事業を拡大してきた点で、あたかも使用者と被用者の関係に類似している。そうであれば、被告社団法人Bは、社員の違法行為によって他者に損害を被らせることのないよう管理監督すべき義務を負っていた(使用者責任の法理)というべきである。
(被告株式会社Aの主張)
ア 被告株式会社Aに過失が存する点は認める。
イ ただし、被告株式会社Aの過失は軽過失であり、許された危険の法理あるいは信頼の原則により違法性阻却され、被告株式会社Aが原告に対して損害賠償支払義務を負うことはない。すなわち、インターネットはその本質としてそもそも不完全なコミュニケーション基盤であり、利用者はその場において最善の努力を講じておれば免責される。原告自身、ダイヤルアップ型接続サービス及び専用線IP接続サービスについて免責規定を設けているのであるから、そのことを認識しているものである。
 また、被告株式会社Aはその顧客あるいはその他の利用者の最善の努力を信頼して行動してよいものである。被告株式会社Aの過失は軽度なものに過ぎず、インターネットの利用において生じた原告の損害については責任を負わないというべきである。
ウ 原告の主張イ(イ)は否認する。
エ 原告の主張イ(ウ)eは否認する。被告株式会社Aは独立の事業体であり、被告社団法人Bから管理監督を受けているものではない。
(被告社団法人Bの主張)
ア 原告の主張イ(ア)は全体として争う。ドメイン名の登録により保証されるのは、ドメイン名の一意性、すなわちJPドメイン名空間においては同一のドメイン名は2つ以上存在しない(登録されない)ということのみである。ドメイン名登録者と被告社団法人Bとの関係は、「ドメイン名登録等に関する規則」その他被告社団法人Bが定める細則等によって規律されるものであるが、被告社団法人Bはドメイン名登録者に対してドメイン名の一意性以外に格別の保証はしていない。
 また、そもそもドメイン名は、インターネット上での識別子に過ぎず、所有権などの物権が有する意味での排他性や独占性を有するものでもない。
イ 原告の主張イ(イ)は全体として争う。被告社団法人Bはドメイン名登録者に対してドメイン名の一意性以外に格別の保証をしておらず、より高度な注意義務が課されるものではない。
 なお、JPドメイン名の登録申請について審査・承認権限を有していたことは認めるが、ドメイン名は被告社団法人Bが管理していたJPドメイン名のほかに、「.COM」、「.ORG」、「.NET」など多数のドメイン名が存在しており、これらについては被告社団法人B以外の組織が登録の審査・承認権限等を有している。そして、原告がJPドメイン名以外のドメイン名を自由に選択して利用することは当然可能である。
ウ 原告の主張イ(ウ)aについて
 本件で問題になっているのは、ドメイン名に関する登録情報の変更申請(つまり、記載事項変更届出)についてであるが、すべての変更手続において印鑑登録証明書等を徴収することは事実上不可能である。
エ 原告の主張イ(ウ)bについて
(ア) インターネットユーザーからのドメイン情報の変更申請がなされた場合、その申請内容が早期に実現されることは、とりもなおさず、インターネットユーザーの利便性にかなうものである。そこで、被告社団法人Bは、インターネットユーザーの利便性を考慮しながら、ドメイン情報の変更内容に応じて適切な手続を採用していたものである。
(イ) すなわち、ドメイン情報その他登録情報の変更申請のすべてについて代表者の印鑑登録証明書等を要求し、被告社団法人Bにおける人的な確認手続を経ることを要するとすれば、公益法人の少人数の職員で当時1か月約3万3000件を超えるドメイン情報の変更申請に迅速に対応することは到底困難であり、多数のインターネットユーザーの利便性が害されることは明らかであった。そこで、ドメイン情報のうち、ドメイン名のほか、組織名、代表者など当該ドメイン名を登録する組織自体に直接関係する事項については、各種変更の基礎となる重要な事項であるので、利便性よりも手続の厳格性を重視し、客観的な資料に基づいて担当者がその内容を確認するという厳格な手続、具体的には、その変更申請にあたり代表者の印鑑登録証明書等を要求し、人的な確認手続を経ることとした。他方、その他の技術連絡担当者、ネームサーバ、使用IPネットワーク、通知アドレスに関する事項については、インターネットユーザーの利便性を考慮し、迅速な対応を実現するために、電子メールでの変更申請を認めて代表者の印鑑登録証明書等の添付書類を不要としたものである。
(ウ) このように、被告社団法人Bの上記手続は、当時のインターネットをめぐる環境下において、手続の厳格性と多数のインターネットユーザーの利便性との調和を図った合理的な手続であり、多くのインターネットユーザーの理解のもと適正に運営されてきたものであって、被告社団法人Bがネームサーバの変更申請について添付書類を免除する扱いとしていたことは法的に何ら非難されるものではない。
(エ) ドメイン名の登録情報の変更は、一般に当該ドメイン名の登録者が直接(またはドメイン登録者が契約する指定事業者を通じて)行うものと考えられ、特に指定事業者が登録者に無断で勝手に登録変更申請をすることは、被告社団法人Bと指定事業者との間の業務委託契約に違反する行為であるとともに、指定事業者によってそのような勝手な変更申請がなされる蓋然性は極めて低いものといえる。実際にも、本件で問題になっている変更申請は、未だ被告社団法人Bが経験していない極めて例外的なケースである。
(オ) したがって、このような極めて例外的なケースを前提として代表者の印鑑登録証明書等添付書類の提出による事前審査手続を定めることは、手続の遅滞(またこれを解消すべく人的体制を整備するとすれば利用料の値上げ)を招くことになり、多数のインターネットユーザーの利便性を無視した極めて不合理な手続である。
(カ) 以上のとおり、被告社団法人Bによるドメイン情報の変更手続はその内容において合理的であるとともに、ネームサーバ情報の変更手続において電子メールによる変更申請を採用し、代表者の印鑑登録証明書を要求しない措置も被告社団法人Bの注意義務違反とならない。
オ 原告の主張イ(ウ)cについて
(ア) 第1段落の事実については全体として争う。上記エのとおり、被告社団法人Bのネームサーバ情報の変更手続は合理的なものであり、この手続に従った被告社団法人Bによる本件変更処理に注意義務違反はない。したがって、代表者の印鑑登録証明書等に代わる措置を講ずる義務もない。
(イ) 第2段落の事実のうち、株式会社Dにおける属性型(組織種別型)JPドメイン名に関するネームサーバ情報の変更手続について、株式会社Dが変更について期間を置いているのは、指定事業者を変更する場合に関するものであり(株式会社Dに移管後は、被告社団法人Bのときとは異なり、指定事業者は1社でなければならないとされたので、指定事業者を特定する特別の手続が新設された。)、ネームサーバの変更については、被告社団法人Bのときと同じく期間を置かずに翌日の午前5時に変更するという運用となっている。
カ 原告の主張イ(ウ)dについて
(ア) 被告社団法人Bは、ネームサーバの登録情報について本件当時1日1回午前5時ころ、機械により自動的に登録内容の変更を行っていたところ、被告社団法人Bは、本件情報更新を行った日の前日である平成12年7月27日午後4時12分(原告の営業時間内である。)に、翌日の早朝にドメイン「E」のネームサーバが変更登録される旨の予告メールを原告あてに発信している。これに対し、原告から被告社団法人Bあてに注意喚起の目的で発信されたとされるメールは同月28日午前3時7分ころというまさに深夜に発信されたものである。このことからすれば、仮に被告社団法人Bに対して、同日午前5時に自動的に行われるネームサーバ情報の変更前に、原告の当該メールの内容を確認して「E」に関するネームサーバ情報の変更を中止しなければならないとすれば、それは被告社団法人Bに深夜における業務を強いる結果となり、いわば不可能を強制するものである。したがって、被告社団法人Bが原告の当該返信メールを確認することなく午前5時にネームサーバの登録情報を変更したからといって、被告社団法人Bに過失(注意義務違反)が存在するものではない。
(イ) また、被告社団法人Bは、原告代表者から同日午前10時30分ころ問い合わせの連絡を受け、直ちに調査後、同日午後0時15分ころには変更前の登録内容に戻しており、可能な範囲で速やかに対応しており、この点でも落ち度はない。
キ 原告の主張イ(ウ)eについて
 被告社団法人Bと被告株式会社Aとは全く別個独立の法人であり、被告株式会社Aが被告社団法人Bの会員であるとしても、その間に実質的な指揮命令関係が成立するはずがない。
ク 本件は、被告株式会社Aの通常では全く起こり得ないミスに基づく申請に起因しており、被告社団法人Bは、指定事業者である被告株式会社Aがそのような通常あり得ないミスを起こすことはないと信頼してその後の手続を進めており、その信頼には合理的な理由があることから、被告社団法人Bには過失はない。
(2) 原告の損害額について(争点2)
(原告の主張)
ア 上記前提事実(7)のとおり、上記前提事実(6)の本件変更申請の処理により、原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に陥った。また、原告をプロバイダとして利用していた原告の会員の電子メールによる通信及びホームページのアクセスが不可能となり、ネームサーバの情報が更新された結果、原告及び原告の会員が開設していたホームページへのアクセスが技術的に不可能な状態となった。
イ このため、本件直後から、原告に対して多くの会員から、問い合わせや苦情が殺到し、原告は数日間にわたって会員への謝罪や復旧のための措置に追われた。
ウ また、本件による信用の低下から、原告の会員4名が退会した。
エ さらに、一度インターネットトラブルを生じたことは、原告の信用を著しく失墜させ、「小規模だが安心」を売り物にしていた原告の営業活動に多大な支障を来した。
オ 被告らの不法行為によって、原告が被った損害額は、復旧に伴い要した人件費、お詫びの粗品代、退会者4名の逸失利益などにとどまらず、原告のプロバイダとしての信用、名声を著しく失墜させ、その回復は原告の不眠不休の懸命の対応によっても不可能であった。
カ 本件は極めて基本的な手続ミスが原因であり、重大な過失に基づくものであるから、この点は、損害額算定にあたって、増額要素として考慮されるべきである。
キ 原告の信用毀損による損害は、少なくとも500万円を下らない。
ク 原告は、本件訴訟を提起するために弁護士に依頼せざるを得なかったのであるから、少なくとも上記キの損害額の1割に相当する50万円が本件損害として加えられるべきである。
ケ 原告は、本件訴訟における損害を信用毀損による無形の損害に限定している。仮に、損害額について具体的な立証が困難であるとしても、本件では損害が発生したこと自体は明らかであるから、裁判所が民事訴訟法248条によって相当な損害額を認定すべきである。
(被告株式会社Aの主張)
ア 口頭弁論終結時点で原告に損害が発生しているとの点は否認する。
イ(ア) 平成12年7月28日午前10時、被告株式会社AはF株式会社から、「E」が誤登録されたとの連絡を受けた。
(イ) 同日午前11時20分、被告株式会社Aは原告代表者に対して、電話連絡し、事実の経緯の説明を行い、早急な復旧を約束した。この際原告代表者から社長印付きで経緯を報告する文書を提出するよう要求された。
(ウ) 同日午後0時ころ、被告株式会社A社内での対応により、従前の「E」を利用可能とする暫定措置の設定を行い、従前の「E」が利用可能となった。
(エ) 同日午後0時3分、被告社団法人Bにおける「E」のデータ設定が回復した。
ウ 原告ドメイン名の誤登録については、被告株式会社Aは自らの落ち度を素直に認めるとともに、7月28日の翌営業日の平成12年7月31日には、役職者2名が東京から広島の原告本社まで社長の謝罪文を持って謝罪に出向いている。また、同年8月1日から同月31日までの間は被告株式会社Aのホームページのトップページにおいて、「C会員関係様へのお詫び」の欄を設け、ここからリンクを貼り、被告株式会社Aの社長名にて「『登録ネームサーバの誤変更』のお詫び」をインターネット上に公表してきた。
エ これまで被告株式会社Aは原告との交渉において、原告の名誉・信用回復のためにできる限りのことは行ってきており、原告の名誉・信用は現時点において、既に100パーセント回復している。
オ 原告は本件訴訟前の平成12年7月28日付け通告書において、全国紙3紙をはじめ5紙において、謝罪文の掲載を求めてきたほか、同年8月21日消印の封筒に同封された書面において、名誉権侵害による損害300万円を含む損害額837万7000円を被告株式会社Aに請求してきたが、いずれも法的根拠を見出し難い請求である。
(被告社団法人Bの主張)
 否認する。原告は信用毀損による損害を主張するが、信用毀損にあたる具体的事実を何ら明らかにしようとしない。
(3) 免責条項について(争点3)
(被告社団法人Bの主張)
ア 原告は、F株式会社との間で、JPドメイン名取得代行・維持管理サービス契約を締結し、本件JPドメイン名を取得した。そもそもJPドメイン名を利用しているユーザーは、インターネット等で公開されている被告社団法人Bが定める「ドメイン名登録等に関する規則」の内容を確認した上で、JPドメイン名の登録を申請しているのが通常であり、逆にいえば、JPドメイン名の登録が認められるためには被告社団法人Bの定める規則等を遵守することが条件とされる。また、ドメイン名登録申請等の取次に関する規則には、指定事業者の登録希望者に対する被告社団法人Bの定める規則等の内容を説明する義務が定められ、ドメイン名登録希望者は、指定事業者を通じても、登録するに際し、被告社団法人Bが定める規則等を遵守しなければならないことを認識させられることになる。原告からJPドメイン名取得代行を頼まれたF株式会社も、ドメイン名登録申請等の取次に関する規則に定められた上記説明義務に従い、規約等によって原告に対し被告社団法人Bの定める規則等を遵守するように説明しているのである。さらに、F株式会社の上記サービスの規約によると、当該サービスの利用契約者は、株式会社D(同団体に業務が移管される前は被告社団法人B)の定める規則等に従うことに同意したものとみなされる旨規定されているので、当然、原告も被告社団法人Bの定める「ドメイン名登録等に関する規則」に従うことに同意したとみなされることになる。
イ そして、上記「ドメイン名登録等に関する規則」には、ドメイン名登録者との間で「ドメイン名登録原簿、またはドメインネームサーバの運用について」いかなる責任も負担しない旨の免責規定が定められており、本件のネームサーバ情報の変更もドメインネームサーバの運用に関する事項であるから、上記免責規定の適用があることは明らかである。
ウ このような免責規定が存在するのは、以下のような合理的な理由によるものである。
 まず、ドメインネームサーバの運用には宿命的な不確実性が伴い、インターネットが100パーセント確実につながることを保障することはできず、何らかの理由でつながらないというトラブルがどうしても発生してしまう。また、ドメインネームサーバの設定についての変更申請等をメールで迅速に行えるようにするなどユーザーの利便性を図る運用をしていることから、そのメールによる変更申請自体にミスがある場合なども、やはり一時的につながらないというトラブルが不可避的に発生してしまう。他方、一度ドメインネームサーバのトラブルによりインターネットがつながらないという事態が発生した場合、それに起困する損害は巨額となる可能性もある(例えば、一瞬の不通によって何十億円の商取引が不意に帰する場合もあり得る。)。このような不可避的に発生してしまう事態から生じる損害をすべて公益法人である被告社団法人Bが負担しなればならないということになると、被告社団法人Bは財政的に破綻することは火を見るよりも明らかであり、被告社団法人BがJPドメイン名の管理運用すること自体が不可能となって、JPドメイン名を利用する何百万というユーザーがインターネットを利用することができなくなるという最悪の事態が発生する。このような最悪の事態を回避するために、ドメインネームサーバにトラブルが発生した場合、被告社団法人Bとして可及的速やかに復旧するための適正な対応はするが、そのトラブルに起因する損害については賠償責任を免責することにし、各ユーザーにはそれに同意してもらうことを条件にJPドメイン名を登録、利用してもらうことにしたものである。
エ したがって、仮に、被告社団法人Bに過失があったとしても、合理的な理由により定められた上記免責規定が適用され、被告社団法人Bが原告に対し損害賠償責任を負担することはない。
オ さらに、原告のインターネットサービス約款においても、原告は免責規定を定めており、原告自身はこの約款で顧客から請求を受けないにもかかわらず、原告が上記「ドメイン名登録等に関する規則」の免責条項を無視して被告社団法人Bに対して損害賠償請求をすることは信義則に反し許されない。
(原告の主張)
 否認し、争う。
第1 争点に対する当裁判所の判断
1 前記前提事実及び証拠(甲4、5、7、乙2、4ないし7、12、13、17、丙10、15ないし17、19、21、22〔枝番を含む。〕、証人G、証人H、原告代表者)を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 平成9年9月9日、原告は、被告社団法人Bからドメイン名「E」の割当てを受けた。インターネットユーザーは、ドメイン名の割当てを受けただけでは、インターネットに接続して実際にそのドメイン名を利用することはできず、被告社団法人Bの会員を通じて、当該ドメイン名を被告社団法人Bの会員の接続ドメイン名リストに加え、そのリストを被告社団法人Bに登録すること(接続承認)によって、被告社団法人Bがネームサーバを設定することにより、当該ドメイン名をインターネット上で利用することが可能となる。本件変更申請が行われた当時は、JPドメイン名では接続承認をできるのは指定事業者(被告社団法人Bの会員の中で、さらに被告社団法人Bとの間でJPドメイン名の登録管理業務を行うための契約を締結した者)だけに限られていた。原告は、指定事業者であるF株式会社を通じて接続承認を受けることにより、インターネット上でドメイン名「E」を利用することが可能となった。
(2)ア 平成12年7月26日午後2時ころ、被告株式会社Aは、同被告が提供するホスティング・サービスの顧客(以下「甲」という。)から、「E」に関するドメイン名設定依頼を受けた。依頼内容としては、「E」のネームサーバを被告株式会社Aにて利用するというものであった。
イ ネームサーバ情報の変更申請の依頼を受けた指定事業者としては、自己の顧客となるドメイン名登録者がどのような組織であって、以前どの指定事業者を通じて接続承認を受けていたのかを確認する必要があるところ、被告社団法人Bが管理し、公開しているデータベースで検索を行うことにより(WHOIS検索)、そのような情報を容易に取得することが可能であったのであり、ドメイン名登録者でない者から当該ドメイン名の接続承認を求められたとしても、指定事業者がその依頼を受け付け、手続を進めるという事態は通常考えられないことであった。
ウ 被告株式会社Aの担当者は、甲からの上記アの依頼を受けた際、WHOIS検索を行ったが、甲が神奈川県に在住している者であることなどを認識したのであるから、原告とは同一性がないこと(当該ドメイン名登録者でない者からの接続承認申請及びネームサーバ情報の変更申請であること)に気付くべきであったのに、これに気付かず、被告社団法人Bに対する接続承認及びネームサーバ情報の変更の手続を進めてしまった。
(3)ア 平成12年7月27日午後3時56分ころ、被告株式会社Aから被告社団法人Bに対し、「E」のドメイン名を自己の接続ドメイン名リストに追加する旨接続承認の申請が行われ、同日午後3時59分ころ、被告株式会社Aから被告社団法人Bに対し、本件変更申請が行われた。
イ 指定事業者からのネームサーバ情報の変更申請を受け付けた被告社団法人Bとしては、申請が当該ドメイン名について接続承認をしている指定事業者からのものであること及び申請書の内容に記述的な表記上のミスがないことを確認した上で手続を進めることとされていた。
ウ 被告社団法人Bは、上記アの接続承認の申請につき、同日午後4時8分ころまでに被告社団法人Bのデータベースにその旨登録し、上記アの本件変更申請については、被告株式会社Aが「E」を接続承認していること及び変更申請の内容に記載漏れ等の不備がないことを確認して、同日午後4時12分、翌日午前5時に自動的に行われるネームサーバ情報変更の機械処理にまわした。機械処理にまわされると、自動的にネームサーバの変更登録が明早朝に行われる旨の予告メールが発信されるシステムとなっているところ、被告社団法人Bから原告に対して、明早朝にネームサーバへの登録作業が行われる旨の予告メールが発信された(甲4)。
(4)ア 平成12年7月28日午前0時ころ、原告代表者は上記(3)ウの予告メールを確認し、同日午前3時7分ころ、被告社団法人Bに対し、原告が本件変更申請を行っていないのでネームサーバ情報の変更が行われては困ること、このような依頼が行われた経緯について調査を求める旨の電子メールを発信した(甲5)。
イ 同日午前5時ころ、本件変更申請の内容に従い、被告社団法人Bの管理するネームサーバにおいて、自動的にドメイン情報(ネームサーバ情報)が更新された。更新されたドメイン情報としては、変更前のネームサーバである「I」及び「J」が「K」及「L」に変更され、変更前の使用IPネットワーク(IPアドレス)である「M」、「N」及び「O」が「P」に変更され、通知アドレスとして「Q」及び「R」が追加された。このネームサーバ及びIPアドレスの更新により、原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に陥り、原告をプロバイダとして利用していた原告の会員の電子メールによる通信及びホームページのアクセスが不可能となり、原告の会員が開設していたホームページへのアクセスも技術的に不可能な状態となった。
ウ 同日午前9時ころ、原告代表者は被告社団法人Bに対し、上記アの原告から被告社団法人Bあての電子メールを見たか否か、本件変更申請に関する問い合わせの電話をした。また、原告代表者はF株式会社に対しても本件変更申請に関して調査してほしい旨の電話をかけた。
エ 被告社団法人Bが原告代表者からの電話を受けた後、調査を行った結果、被告株式会社Aからの接続承認及び本件変更申請は当該ドメイン名登録者である原告の依頼に基づかずに行われたことが判明した。そこで、被告社団法人Bとしては、通常毎日1回午前5時に行われているネームサーバ情報の更新を待つことなく、臨時にネームサーバ情報を元に戻すこととし、同日午前10時28分ころ、被告社団法人Bはネームサーバの情報を元へ戻す作業を開始した(丙15の3の1)。
オ 被告社団法人BあるいはF株式会社からの連絡で被告株式会社Aは本件情報更新が誤って行われたことを知った。被告株式会社Aは本件の事実確認を行った上、同日正午ころ、暫定的に、被告株式会社Aが管理しているネームサーバ(K及びL)において、原告の本来のIPアドレスを示すように情報を書き換えた。この時点で、原告をプロバイダとして利用している者以外の一般のインターネットユーザーが原告のホームページを閲覧したり、原告をプロバイダとして利用している者に対して電子メールを送信することが可能となった。
カ 同日午後0時7分、被告社団法人Bの管理するネームサーバにおいて、変更されたドメイン情報を「I」及び「J」に復旧する手続を行い、同日午後0時15分ころまでには、被告社団法人Bにおいて、ネームサーバ情報を元に戻す作業が完了し、その旨原告代表者に対して連絡した。
(5) 原告は、平成12年7月28日ころから同年8月24日ころまでにかけて、Cのホームページのトップページにおいて、平成12年7月28日午前9時過ぎころからC関係のホームページの閲覧とメール送受ができなくなったこと、そのような事態は被告株式会社Aのユーザーから「S」のドメイン登録依頼があり、同一ドメインのチェックをしないまま受理をし、被告社団法人Bにおいても同様にチェックをしないまま受理し、被告社団法人Bのデータベースを変更したことが原因であることなどのお知らせを表示した。
(6) 平成12年7月29日昼ころには、原告の会員である有限会社Tにおいて、インターネットを通じて取引先の大手旅行社と接続することが可能となった。
(7) 平成12年7月31日、被告株式会社Aの社員である証人Hが上司とともに、被告株式会社A代表取締役社長名義のお詫びの文書(乙4)を持参して、原告方に謝罪に行った。その後、同年8月13日ころ、原告から被告株式会社Aに対してインターネット専用線サービスの問い合わせなどがあったが、その際に本件に関する損害賠償の話はほとんど出されなかった。
(8) 被告株式会社Aは、平成12年8月1日から同月31日までにかけて、ホームページのトップページにおいて、「C会員関係様へのお詫び」の欄を設け、その欄から、平成12年7月28日にC関係のホームページの閲覧とメール送受ができなくなったこと、そのような事態は被告株式会社Aのユーザーから「S」のドメイン登録依頼があり、同一ドメインのチェックが不十分なまま受理をし、被告社団法人Bに対してネームサーバの設定依頼を行ったことにより生じたものであること、原告やCの会員関係者に対して深くお詫びする旨を内容とする被告株式会社A代表取締役社長名義の「『登録ネームサーバの誤変更』のお詫び」と題するウェブページにリンクを貼り、被告株式会社Aのホームページのトップページにアクセスして閲覧した人が、容易に「『登録ネームサーバの誤変更』のお詫び」と題するウェブページを閲覧できるような態勢をとった。
2 以上の事実関係を前提に、争点について検討する。
(1) 争点1について
ア 被告株式会社Aの過失の存否について
(ア) 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件変更申請手続において、当該ドメイン名の登録者からの変更申請であるか否かを調査し、当該ドメイン名登録者以外の者からの申請であった場合には変更申請手続を進めるべきではなかったにもかかわらず、当該ドメイン名登録者以外の者からの変更申請を受け付け、手続を進め、本件情報更新を行うに至らせた点で被告株式会社Aに過失があることは明らかであって、被告株式会社Aが原告に対する損害賠償債務を免れることはできない。
(イ) この点、被告株式会社Aは、インターネットはそもそも不完全なコミュニケーションの基盤を提供することが前提となっており、インターネット利用者はインターネットが不完全な基盤であることを前提に利用するものであるから、原告はリスクを負担する前提でインターネット接続事業を営んでいる、また、前記前提事実(7)のような状態は発生してから3時間経過後には復旧しており、被告らは、その場において十分最善の努力を講じているのであるから、たとえ被告株式会社Aに軽過失が存在したとしても、インターネットの世界においては法的責任をもたらすものではないなどと主張するが、独自の見解であって、当裁判所の採用するところではない。
(ウ) また、被告株式会社Aは、本件には信頼の原則が適用されるので、顧客(甲)の行為を信頼して行動した被告株式会社Aは不法行為責任を負わない旨、あるいは、原告自身がダイヤルアップ型接続サービス及び専用線IP接続サービスについて免責規定を設けていることから、本件においては被告株式会社Aも免責がなされるべきである旨主張するが、これも独自の見解であって、当裁判所の採用するところではない。
(エ) なお、インターネットの利用において、何らかの理由で、特定のホームページへのアクセスや電子メールによる通信が不可能となったり、送信したはずの電子メールが相手方に届かない事態が生じることがあることは当裁判所にも顕著であるが、そのような場合には、損害賠償責任を負わせるに足りるプロバイダ等の関係者の過失行為を特定することが困難な場合が多いのであって、被告株式会社Aに過失があることが明らかな本件をそのような場合と同列に論じることはできない。
イ 被告社団法人Bの過失の存否について
(ア) 上記1(3)イ及びウのとおり、ネームサーバ情報の変更申請手続において、被告社団法人Bは、申請が当該ドメイン名について接続承認をしている指定事業者からのものであることを確認した上、依頼された内容そのものに不備がない限りは依頼内容をそのまま設定することとしていた。これは、当該ドメイン名がその指定事業者の顧客のものであることを宣言することが接続承認であり、接続承認していない指定事業者からの変更申請手続を受け付ける必要がなかったことによるものである。また、JPドメイン空間においては、トップレベルドメインと呼ばれる「.JP」の第1階層及びセカンドレベルドメインと呼ばれる「.NE.JP」や「.CO.JP」などの第2階層の情報が登録されているネームサーバは被告社団法人Bが管理していたが、サードレベルドメインと呼ばれる第3階層(本件においては、「E」)の情報が登録されているネームサーバは、ドメイン名登録者本人や指定事業者が管理するという階層構造がとられており、サードレベルの個別ドメイン名の情報を収集し、自己のネームサーバに登録するのは指定事業者の責任であるとされていたことによるものである。証拠(丙21)によれば、本件当時、ネームサーバ情報の変更申請は、一般に、ドメイン名登録者がサービスの提供を受ける指定事業者を変更する場合に行われており、ドメイン名登録者は、まず新しい指定事業者に当該ドメイン名を接続承認してもらい、その後ネームサーバを変更し、最後に元の指定事業者から接続承認の解除が行われるという手続が取られていたので、本件変更申請において、原告が利用していた指定事業者であるF株式会社からではなく、被告株式会社Aから接続承認がなされていることは通常の手続の場合と同様であり、被告社団法人Bとしては不自然な申請であると疑う余地がなかったことが認められることも考慮すると、本件変更申請手続における被告社団法人Bの対応に不合理な点は認められず、被告社団法人Bの過失を裏付けるに足りる事情は認め難い。
(イ)a この点原告は、被告社団法人Bにおいて、変更される会社の代表者の印鑑登録証明書等の添付書類の提出を求めるなど十分な事前審査を行うべきであった、あるいは、本件変更申請に関しては手続の厳格性を緩和すべきではなく、本来の厳格な手続、すなわち印鑑登録証明書等の添付書類の提出を求めるべきであった旨主張する。しかしながら、証拠(丙21)によれば、本件当時、被告社団法人BはJPドメイン名の登録管理業務を行う日本で唯一の団体であったところ、日本におけるインターネットユーザーが急激に増加している時期であり、JPドメイン名の登録件数も、平成11年7月には約8万件であったものが、平成12年7月の時点では約19万件と倍増していた状況にあったこと、被告社団法人Bが処理すべき各種の申請は一日当たり約3000件から3500件に上っていたこと、被告社団法人Bの職員・スタッフは約100名であったこと、申請の順序に従って各種申請の処理を行う必要があり、複数人が同時並行的に各種申請を処理することが処理業務の性質上不可能であったことが認められ、限られた人員で、迅速に各種申請に対応する必要があったこと及び本件申請は新規登録ではなくネームサーバ情報の変更申請であることに照らせば、ドメイン名、組織名、代表者などドメイン名登録者の組織自体に直接関係する事項については代表者の印鑑登録証明書等を要求して慎重な確認を行う一方で、ネームサーバ、使用IPネットワーク、通知アドレス等に関する事項については、インターネットユーザーの利便性を考慮して迅速な対応を実現するために、電子メールでの変更申請を認めて代表者の印鑑登録証明書等の添付書類を不要とした被告社団法人Bの規則(ドメイン名登録等に関する規則、丙3)に不合理な点は認められず、この点の原告の主張は採用できない。
b また、原告は、平成12年7月27日午後4時12分に被告社団法人Bが原告あてに発信した予告メールにつき(上記1(3)ウ)、変更される側の意見や問い合わせに答える時間的余裕が全くなく、印鑑登録証明書等の添付資料徴求に代わる審査とはいえない旨主張する。しかしながら、そもそも予告メールが手続の厳格性を緩和した代替措置として行われてきたことを認めるに足りる証拠はなく、上記aのとおり、被告社団法人Bの規則に不合理な点は認められないのであるから、原告の主張は前提を欠くものである。なお、原告は、現在被告社団法人Bに代わってドメイン名の登録手続を行っている株式会社Dでは、返答期限を1週間と明示しているなど、慎重な手続を履践している旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、ドメイン名の登録手続が株式会社Dに移管された後は、本件当時と異なり、インターネットユーザーが利用する指定事業者は1社でなければならず、指定事業者を特定する手続が必要となり、変更について期間を置いているのは指定事業者を変更する場合に関するものであること、ネームサーバ情報の変更については、本件当時と同様、変更申請の翌日午前5時に変更する運用となっているなどの事情が認められ、この点の原告の主張は採用できない。
c さらに、原告は、被告社団法人Bが原告からの返信メール(上記1(4)ア)に適切に対応すべきであった旨主張するが、同メールを原告が発信したのは平成12年7月28日午前3時7分であること、被告社団法人Bが予告メールを発信したのが前日の午後4時12分であり、証拠(丙21、証人G)によれば、午後8時ころまでに原告からの連絡があった場合には被告社団法人Bが適切に対応できたと認められること、当該返信メールに対応すべきであるとすると、被告社団法人Bに対して深夜における業務を強制することになることに照らし、この点の原告の主張は採用できない。
d なお、原告は、被告社団法人Bと被告株式会社Aとの関係は使用者と被用者の関係に類似しており、使用者責任の法理が適用されるべきである旨主張するが、被告社団法人Bと被告株式会社Aは全く別個独立の法人であって、両者に使用者と被用者に類似する関係は認められないから、この点の原告の主張も採用の余地はない。
(ウ) その他、本件全証拠によっても、被告社団法人Bの過失を基礎付けるに足りる事情は認められない。
(エ) よって、争点3について判断するまでもなく、原告の被告社団法人Bに対する損害賠償請求は認められない。
(2) 争点2について
 証拠(甲6、7、原告代表者)によれば、被告株式会社Aの過失に基づいて生じた前記前提事実(7)の事態によって、原告の信用が毀損されたことが認められるところ、上記1(4)エないしカ、(5)ないし(8)の認定事実に照らせば、前記前提事実(7)の状態については、早期に回復措置が講じられていると認められること、被告株式会社Aにおいて、原告に対する相当程度の謝罪を行っていると認められること、原告自身においても、ホームページでの掲示により、原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に陥ったことなどの事態が原告の責任で生じたものではないことを原告の会員を含むインターネットユーザーに対して表明していること、証拠(原告代表者)によれば、原告の会員においても、原告代表者の説明によって、本件の責任が原告にないことについて一応の理解を得ていると認められること、本件当時、原告の会員数が800名程度であったこと、原告は、本件により退会者4名を生じた旨主張するが的確な立証がないことなど、本件における諸事情を総合的に考慮すると、被告株式会社Aが、本件によって信用を毀損された原告に対して賠償すべき損害額としては50万円が相当であり、弁護士費用5万円と合わせ、被告株式会社Aは原告に対して55万円を支払う義務があると認めるのが相当である。
3 結論
 以上の次第で、原告の請求は、被告株式会社Aに対し55万円及びこれに対する遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、原告の被告株式会社Aに対するその余の請求及び被告社団法人Bに対する請求は理由がないから棄却する。

広島地方裁判所民事第2部
 裁判官 長P敬昭
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