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【事件名】「Tokyo Walker」商標事件(2) 【年月日】平成15年10月21日 東京高裁 平成15年(行ケ)第171号 審決取消請求事件 (平成15年8月28日 口頭弁論終結) 判決 原告 福岡繊維工業株式会社 訴訟代理人弁護士 河合英男 同弁理士 野原利雄 被告 株式会社角川ホールディングス 訴訟代理人弁理士 西浦嗣晴 同 深川英里 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた裁判 「特許庁が無効2002−35176号事件について平成15年3月18日にした審決を取り消す。」との判決。 第2 事案の概要 本件は、被告の後記本件商標の登録が無効であると主張する原告が、無効審判の請求をしたところ、審判の請求は成り立たないとの審決がされたため、同審決の取消しを求めた事案である。 1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件登録商標 商標権者:被告 本件商標:「TokyoWalker」の欧文字を横書きしてなるもの。 指定商品:第25類「被服、ガター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴」 登録出願日:平成6年9月1日 登録査定日:平成9年2月13日 設定登録日:平成9年5月9日 登録番号:第3302571号 (1-2) 本件手続 無効審判請求日:平成14年5月8日(無効2002−35176号) 審決日:平成15年3月18日 審決の結論:「本件審判の請求は、成り立たない。」 審決謄本送達日:平成15年3月27日(原告に対し) 更正決定:平成15年4月7日 (2) 審決の理由の要旨 別紙の審決書の写し及び更正決定書の写しに記載のとおりである。要するに、本件商標と引用A商標ないし引用G商標とは、称呼、外観及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれのない非類似の商標と認められるので、商標法4条1項11号、同10号の規定に該当するものではなく、本件商標登録を無効とすることはできない、というものである。 2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 取消事由1(類否判断の誤り) (1-1) 称呼上の類否 本件商標の構成中、前半部の「Tokyo」の文字が首都「東京」を意味する英語表記であり、本件商標の指定商品である「被服」との関連では、東京を販売地、提供地、デザイン発信地とする商品であることを示したものであると、取引者、需要者に理解されることが少なからずあるというべきである。この事情を勘案すれば、本件商標の識別標識としての要部は、後半部の「Walker」の文字部分にあるということができ、少なくとも前半部の「Tokyo」と後半部の「Walker」とでは、識別力に格段の差異がある。そうすると、本件商標からは、構成文字全体に相応して「トーキョーウォーカー」の称呼が生ずるとともに、主要部である「Walker」の欧文字部分から「ウォーカー」の称呼が生ずるというべきである。 審決は、本件商標を「Tokyo」と「Walker」の文字部分に分離して、称呼、観念しなければならないとする特段の事情が存するとは認められないとするが、被服について、「Tokyo(東京)」の文字は、販売地等を表示するものとして広く使用されていることは顕著な事実である。本件商標中「Tokyo」の欧文字は、原則的には、販売地又は提供地等を示したものと認めなければならない。 「雑誌」については、又は、地域性の強い「役務」については、従来から、「Tokyo(東京)」の文字が他の文字と結合することによって、識別力のある構成要素と認められている例もあるが、「Tokyo(東京)」の文字に識別力を認めるに足りる合理的、かつ、特別な業界事情があるのであって、これらの商品や役務についての取扱や認定が他の商品の商標についての一般原則としてそのまま通用するものではない。特に、被服業界にあっては、「Tokyo(東京)」の文字は、単に商品の販売地、提供地を示すにとどまらず、パリ、ミラノとともに、世界の三大ファッション情報発信基地の一つとして世界的に著名な首都名であり、現に、被服等の東京発のファッション関連商品には、商標の前後又は上下に、上記の意味合いで「Tokyo」又は「東京」の文字が多用されていることも顕著な事実である。 以上の被服業界の諸事情からすれば、審決が上記のような理由で、本件商標の称呼を「トーキョーウォーカー」のみに限定したのは誤りである。 限定するのであれば、必ず一連にのみ称呼されるとする特段の事情を示さなければならないというべきである。審決がその理由として挙げるところは、上記の被服業界における諸事情を凌駕して、一連一体にのみ把握すべき特段の事情に当たるとは認め難い。むしろ、本件商標中「T」と「W」の文字のみが大文字で大きく書され、前後に分離可能な態様となっており、「Walker」には、「Tokyo」と一体なものとして把握すべきほどの語意的な関係がないことなども勘案すると、本件商標からは「ウォーカー」の称呼も生ずるというべきである。 (1-2) 観念上の類否 本件商標からは、引用商標と同じ「散歩する人」又は「歩行者」との観念が生ずるものであり、審決の認定は誤っている。 「Tokyo」と「Walker」の欧文字は、語意的に必ずしも一体なものとして把握すべきほどの関係になく、仮に、本件商標から「東京を散歩する人」又は「東京歩行者」の意味合いが生ずるとしても、極めて不自然な結合語であって、東京タワー、東京物語のように自然に使用される合成語ではない。本件商標に上記意味合いが認められるからといって、本件商標と引用商標との類似性を否定するほどの要因とはなり得ない。 また、仮に、本件商標から「東京を散歩する人」又は「東京歩行者」の観念を取引者、需要者が認識することがあっても、前記被服業界の諸事情にかんがみれば、「Walker」の文字部分から、引用商標と同一の「散歩する人」又は「歩行者」との観念を生ずるというべきである。 (2) 取消事由2(要旨変更との判断の誤り) 審決は、原告の平成14年9月9日付けの弁駁書につき、請求の要旨を変更するものであると誤って判断し、その結果、本件商標の商標法4条1項10号の該当性を否定した。 (3) 取消事由3(周知性の判断の誤り) 審決は、上記(2)の誤りを犯した結果、周知性に関する原告の主張、証拠を参酌する程度にとどめたため、本件商標の商標法4条1項10号の該当性を否定した違法がある。 周知商標として主張する引用C商標ないし引用G商標は、原告が昭和43年から現在に至るまで紳士用衣料品に永年使用継続している主力商標であり、本社ビル等で表示していることとも相まって、昭和50年代には、神田岩本町、横山町、馬喰町界隈では極めて著名となっており、各地の直営店の店舗名として使用し、多くの量販店や専門店に対する納品実績から、業界取引者間では全国的にも広く認識されるに至っていた。平成8年からはグンゼ株式会社が原告とのライセンス契約に基づき、婦人用ストッキングについて使用を開始した結果、より一層の周知性を獲得するに至った。 「TokyoWalker」が被告の「タウン情報誌」の商標としてある程度の著名性を獲得していることを否定するものではないが、被服業界において何らの実績のない被告と、大正6年以来、一貫して繊維被服業界において事業展開してきた原告との当業界での関わり合いの圧倒的な差を考えれば、少なくとも、当業界での取引者間においては、商標「Walker/ウォーカー」は、原告商品の被服を表示するものとして周知であることは明らかであり、まして、本件商標の出願日又は査定日当時にあっては疑問の余地がない。 被告が指定商品に本件商標を使用することがあれば、原告の商品イメージや原告商標の財産的価値を著しく損ない、需要者に誤解を与えかねない。 3 被告の主張の要点 (1) 取消事由1(類否判断の誤り)に対して (1-1) 被告は、商標「TokyoWalker」を雑誌について継続的に使用している。被告は、雑誌「TokyoWalker」を「東京ウォーカー」、「TokyoWalker」又は「東京ウォーカー/TokyoWalker」の態様により、平成2年から発行し、現在に至るまで継続して発行している。この雑誌は、ファッションからエンターテインメントまでの各種情報を紹介する総合情報誌として全国規模で発売されている。その結果、商標「TokyoWalker」は、被告が発行する雑誌の商標として全国的に周知著名に至っている。 上記総合情報誌により提供する情報の対象は、ファッション、エンターテインメント、飲食店、映画、音楽、旅行等の幅広い分野にわたり、その著名性は雑誌にとどまらず、商標「TokyoWalker」が被服、趣向品等の幅広い商品、役務に使用されたときに、それらの使用が雑誌の「TokyoWalker」と関係があるものと一般需要者が誤認するほどのものになっている。「TokyoWalker」ブランドには、著名性に基づく高い業務上の信用が化体し、高い顧客吸引力が発生している。 被告は、この著名商標を自ら使用する意思のほか、各種の商品、役務に使用したいという社会の要求に応えてブランド・ライセンス事業を展開するために、雑誌のみならず、被服を含むその他の商品についても「TokyoWalker」などの商標権を取得している。 (1-2) 本件商標と引用A商標ないし引用G商標との審決の類否判断に誤りはない。 本件商標の要部が後半部の「Walker」であり、本件商標中の「Walker」の欧文字部分から「ウォーカー」の称呼も生じるとの原告の主張は誤りである。 既登録商標をみても、結合商標の一部を構成する商標として「Walker(WALKER、ウォーカー)」の語が多用されており、被服に関しては、「Walker(WALKER、ウォーカー)」の語は識別性の強い語とはいい難く、他の語と組み合わされることにより、一連一体の商標として認識されるものである。また、「地名+Walker(ウォーカー)」との商標が登録商標「WALKER」等と非類似の商標として多数併存しており、商標「地名+Walker(ウォーカー)」は「地名」と「Walker(ウォーカー)」とに分離されて商標の類否が判断されることなく、最終的には一連一体の商標として「Walker(ウォーカー)」とは非類似の商標と判断されていることを示している。 原告は、本件商標の「Walker」の文字部分から、引用商標と同一の「散歩する人」又は「歩行者」との観念を生ずると主張するが、前記のように、本件商標の要部を後半部の「Walker」の文字部分にあるとの原告の判断には誤りがあるから、上記原告の主張も誤りである。 (2) 取消事由2(要旨変更との判断の誤り)に対して 原告の審判請求書には商標法4条1項10号に関する証拠は何ら添付されておらず、弁駁書で新たに追加した証拠は、明らかに主要証拠である。したがって、要旨変更に当たるとした審決の判断に誤りはない。 (3) 取消事由3(周知性の判断の誤り)に対して 前記のように、本件商標と引用A商標ないし引用G商標とは、客観的に非類似である。よって、仮に、引用C商標ないし引用G商標が周知商標であっても、商標法4条1項10号に該当しない。 また、そもそも前記弁駁書における証拠の追加は、主要証拠の追加であって認められないので、引用C商標ないし引用G商標の周知性は、何ら立証されていない。 新たに提出された証拠をみても、引用商標の周知性を立証するに足るものとは認め難い。 審決の判断に誤りはない。 第3 当裁判所の判断 1 取消事由1(類否判断の誤り)について (1) 審決は、本件商標「TokyoWalker」の書された文字が、同じ書体、同じ間隔で、まとまりよく一体的に表されているものであるから、外観上一体として把握し得るものであること、「TokyoWalker」から生ずる「トーキョーウォーカー」の称呼も、よどみなく一連に称呼し得るものであること、殊更、これを「Tokyo」と「Walker」の文字部分に分離して、称呼、観念しなければならないとする特段の事情が存するとも認められないこと、本件商標構成中の「Tokyo」の文字部分が我が国の首都名及び産地・販売地名を表す語として使用される場合があるとしても、かかる構成においては、商品の生産地、販売地等を表示したというよりは、需要者間に、全体をもって一体不可分の構成の商標と認識し、把握されるものとみるのが自然であることを述べた上、本件商標は、その構成文字全体に相応して「トーキョーウォーカー」の一連の称呼と「東京を散歩する人」のごとき観念を生ずる商標であると判断するのが相当である、と説示した。そして、審決は、以上の説示に立って、本件商標と引用A商標ないし引用G商標とにつき、称呼、外観及び観念を対比し、相紛れるおそれのない非類似の商標であるとした。 (2) これに対して、原告は、前記取消事由1のとおり主張するが、その主張を考慮してもなお、当裁判所は、審決が挙げる上記の各理由はいずれも首肯し得るものであって、審決の上記認定判断は、是認し得るものと判断する。 (3) この点については、審決が簡潔に挙げた上記理由のほか、次のような事情にも照らせば、一層明らかである。 (3-1) 証拠(甲2、3、乙1−5に添付された書証のうち乙1、2、3、6、9と表示されたもの〔枝番号付きのものも含む。〕、乙1−9に添付された書証のうち乙24−1・2と表示されたもの、乙2−1〜25)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 本件商標は、前記のとおり、「TokyoWalker」の欧文字を横書きしてなるもので、その態様は、「T」と「W」が大文字、その余が小文字の欧文字であり、「Tokyo」と「Walker」との間にはスペースがないという特徴がみられる。本件商標の登録出願は平成6年9月1日、登録査定日は平成9年2月13日、設定登録日は平成9年5月9日である。 被告は、これに先立ち、平成2年3月、「TokyoWalker」と題する週刊の総合情報誌の発行を始めた。雑誌の表紙上部には、「TokyoWalker」との雑誌名が大きく目を引く形で記載され、上記のような本件商標の特徴と酷似した態様となっている。同雑誌は、エンターテインメント、飲食店、映画、音楽、旅行等の幅広い分野にわたる情報を掲載するもので、ファッション関係の情報も掲載されている。 社団法人日本ABC協会発行の「雑誌(公査レポート)」によれば、雑誌「TokyoWalker」の各号ごとの販売部数は、平成4年の平均が約28万部、平成5年の平均が約38万部、上記登録出願日を含む平成6年の平均が約42万部、平成7年の平均が約42万部、平成8年の平均が約40万部、上記登録査定日を含む平成9年の平均が約37万部、平成10年の平均が約29万部、平成11年の平均が約24万部、平成12年の平均が約17万部、平成13年の平均が約14万部、平成14年の平均が約11万部となっている。ちなみに、上記販売部数を週刊朝日のそれと比較しても、登録出願当時にはやや上回り、登録査定当時にはほぼ等しいものであり、週刊情報誌としては販売部数が非常に多いといえる。被告は、雑誌「TokyoWalker」をさきがけとして、「KansaiWalker」、「TokaiWalker」、「KyusyuWalker」などのタイトルを付した各地域ごとの総合情報誌を続々と創刊していった。 雑誌「TokyoWalker」は、東京を中心とする情報を総合的に扱うものであり、上記日本ABC協会発行の「雑誌(発行社レポート)」によれば、配本の比率は、東京、神奈川、埼玉、千葉が多いが、これに限定されているわけではなく、広く全国各地に配本され、販売されている。 (3-2) 以上の認定事実によれば、本件商標の登録査定日(平成9年2月13日)においてはもとより、登録出願日(平成6年9月1日)においても、雑誌名としてではあるが、「TokyoWalker」との標章は、全国で周知著名となっていたことが認められる。すなわち、雑誌名として一体不可分に認識される形で「TokyoWalker」が周知著名となっていたものと認められる。 ところで、本件商標の指定商品は、雑誌ではなく、前記被服等である。しかし、本件指定商品は、その性質からして、需要者は一般消費者であると認められるところ、周知著名な「TokyoWalker」との標章が雑誌の表紙上部に大きく目を引く形で記載されており、その表示と本件商標との表示態様の特徴が酷似していること、同雑誌は、総合情報誌でファッション関係の情報が掲載されていることは前認定のとおりである。そうすると、本件商標の登録出願日及び登録査定日の当時において、一般消費者が被服等の本件商標の指定商品を購入ないし取引する際に、本件商標「TokyoWalker」に接した場合にも、容易に「TokyoWalker」を一体不可分のものとして認識し、被告ないしは上記雑誌に関係する商品であると想起するものと推認される。この点は、被服等の取引業者についても同様であって、業者ゆえに一般消費者以上に本件各引用商標を知っているとは推察されるが、そのことが上記認定を妨げるものではない。 (4) 原告は、被服業界の事情から、本件商標中「Tokyo」の欧文字は、原則的には、販売地又は提供地等を示したものと認めなければならず、本件商標の識別標識としての要部は、後半部の「Walker」の文字部分であることを主張するが、前判示のとおり、被服等の一般消費者が本件商標に接した場合に、原告主張のように認識するものとは認められない。 その他、原告主張の取消事由1は、採用することができない。 2 取消事由2(要旨変更との判断の誤り)及び取消事由3(周知性の判断の誤り)について 上記主張は、いずれも、商標法4条1項10号に関して引用された引用C商標ないし引用G商標の周知事実に関するものである。しかし、既に判示したとおり、これらと本件商標とはそもそも非類似であると認められるので、周知性に関する取消事由2、3の点について判断するまでもなく、本件商標が商標法4条1項10号に該当しないことは明らかである。これと同旨の審決の判断に誤りはない(ちなみに、付言すると、証拠(甲10、11)によれば、原告は、本件審判請求書において、商標法4条1項11号のほか、同項10号についても主張しながら、同号の要件である引用商標の周知事実に関する証拠は何ら添付せず、したがって、同号による請求の理由について、証拠に基づく主張が何らされていないことが認められ、その約4か月後の弁駁書において、初めて証拠を引用しつつ主張したことが認められる。原告の上記行為は、商標法56条が準用する特許法131条1項、2項の趣旨に反することは明らかである。)。 3 結論 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。 東京高等裁判所第18民事部 裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 塩月秀平 裁判官 田中昌利 |
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