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【事件名】サイボウズ和解報道事件
【年月日】平成15年9月30日
 東京地裁 平成15年(ワ)第15890号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成15年9月16日)

判決
原告 株式会社ネオジャパン
同訴訟代理人弁護士 松本直樹
被告 サイボウズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 小川義龍
同 遠藤幸子


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、東京高等裁判所平成14年(ネ)第5248号事件の平成15年5月30日付け和解において、原告が違法コピーを事実上認めた旨及び非を認めた旨の陳述を流布してはならない。
2 被告は、別紙謝罪広告目録記載の文章を、被告のウェブページのトップページに、本判決確定の日から2か月間掲載せよ。
3 被告は、原告に対し、金1200万円及びこれに対する平成15年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。   
第2 事案の概要
1 争いのない事実等(証拠を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。) 
(1) 原告及び被告は、いずれもコンピュータソフトウェアの開発・販売等を業とする株式会社である。
(2) 被告は、原告に対し、平成13年8月3日、原告が製作販売するコンピュータソフトウェア「iOffice 2000V2.43」及び「iOffice V3 」(以下、併せて「原告ソフト」という。)が、被告が製作販売するコンピュータソフトウェア「サイボウズOffice2」(以下「被告ソフト」という。)の画面表示等に関して被告が有する著作権を侵害したと主張して、著作権等に基づき、原告ソフトの製造販売等の差止め及び損害賠償を求めて、訴訟を提起した(当庁平成13年(ワ)第16440号 著作権侵害差止等請求事件。以下「前訴」という。)。
(3) 平成14年9月5日、前訴につき、被告の請求をすべて棄却する旨の第1審判決が言い渡された。
 そこで、被告が控訴したが(東京高等裁判所平成14年(ネ)第5248号 著作権侵害差止控訴事件)、控訴審では、平成15年4月21日に口頭弁論が終結されるとともに、和解期日が定められた。
 その結果、同年5月30日の和解期日において、原被告間に別紙和解条項目録記載のとおりの内容で、裁判上の和解が成立した(以下「本件和解」という。)。
(4) 株式会社毎日新聞社(以下「毎日新聞社」という。)は、本件和解が成立した平成15年5月30日、本件和解に関する別紙記事目録記載の記事(甲3。以下「本件記事」という。)を、毎日新聞社のウェブページに掲載するとともに、同新聞社の提供する電子メールによるニュースサービス(メールマガジン)に配信した。
 毎日新聞社は、同月31日、原告からの本件記事に対する訂正要請に基づき、本件記事を書き換え、記事から「ネ社は一審でサ社に勝訴したが、違法コピーを事実上認めた」との記載及び「後発のネ社製品がサ社製品にそっくりなことから、業界内部では、勝訴したネ社に対する風当たりが強まっていた」等の記載を削除するとともに、「ネ社によると、和解条項では違法性を認めなかった」等の記載を付け加えた。
 毎日新聞社は、平成15年6月2日、「5月30日のサイボウズとネオジャパンの和解記事の中で、ネオジャパン社が『違法コピーを事実上認めた』という部分は誤りで、和解条項には違法性の判断はありませんでした。ネ社をはじめ、関係方面にごめいわくをおかけしました。おわびして訂正します。」との誤報訂正のメールを配信した(甲15)。
2 本件は、被告が、本件和解において原告が違法コピーを事実上認めた旨及び非を認めた旨の虚偽の事実を流布したことが、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当し、その結果、本件記事が掲載されて原告の営業上の利益を侵害したとして、原告が、被告に対し、同法3条に基づき虚偽陳述の流布の差止め、同法4条に基づき損害賠償及び同法7条に基づき謝罪広告を請求する事案である。
3 争点
(1) 虚偽の事実の告知の有無
ア 被告が、毎日新聞社に対し、本件和解において原告が違法コピーを事実上認めた旨の虚偽の事実を告知したか否か。
イ 被告が、毎日新聞社に対し、本件和解において原告が非を認めた旨の虚偽の事実を告知したか否か。
(2) 差止めの必要性の有無
(3) 損害の発生及びその額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(原告が違法コピーを事実上認めた旨の 事実の告知)について
〔原告の主張〕
 被告は、本件記事の掲載に先立ち、毎日新聞社に対し、原告が本件和解において「違法コピーを事実上認めた」との虚偽の事実を告知した。そして、被告による上記行為は、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当する。
 このことは次の各事実により明らかである。
(1) 本件記事は、原告が「違法コピーを事実上認めた」としたものであって、全くの誤報であるが、そのような誤報の原因は、被告によってそのような虚偽の説明がされたからにほかならない。すなわち、本件和解の内容は、原告の金銭負担は一切なく、原告ソフトのうち旧バージョンである「iOffice 2000V2.43」について新規顧客への販売停止を続けるという内容になってはいるが、それについても、著作権侵害が理由でないことが明記されている。また、本件和解条項第1項では、原告が被告ソフトを「参考」にしたことを認めてはいるものの、その仕方に行き過ぎた点があったとの被告の「主張」を「真摯に受け止め」るとしているにすぎず、著作権侵害を認める条項ではない。さらに、本件和解には、著作権侵害を肯定する端緒となる文言がどこにもなく、その上でその余の請求を放棄しているのであるから、このような和解条項は、全体として、実質的に著作権侵害を積極的に否定するものであると理解されるものである。このように、原告は、本件和解の内容が、著作権侵害を認めないものであって、そのような方向での調整ができたと考えたから、和解に応じたものである。それにもかかわらず、本件記事に「違法コピーを事実上認めた」と記載されたのは、被告が毎日新聞社に対し、電話で事実に反する虚偽の説明をしたからである。合理的に考えて、毎日新聞社の記者が被告の全く言っていないことをねつ造するとは到底考えられない。
(2) 被告の前訴における訴訟代理人であるA弁護士(以下「A弁護士」という。)は、平成15年6月3日ころ、電話において、個人的な話として、本件記事は被告の従業員がミスリードしたのであろうことを認めていた。そして、毎日新聞社の記者も当初からそのように説明しており、同新聞社の説明によると、同月17日ころには、被告自身もその旨を毎日新聞社に対して認めていた。
(3) 原告訴訟代理人が、同年6月25日、原告訴訟代理人作成に係る「和解と誤報を巡る問題……ネオジャパンadv サイボウズ事件の経過報告」と題する経過報告書(甲7。以下「原告代理人経過報告書」という。)の草案を毎日新聞社及びA弁護士に送付したところ、そのとおりである旨の確認を受けた。
(4) 上記経過報告書(甲7)の草案に対する同月26日付けの毎日新聞社の返事によると、被告が誤報の原因であることをもっと早く明確にするべきだったと記載されている。
〔被告の主張〕
 被告が、毎日新聞社に対し、原告が本件和解において「違法コピーを事実上認めた」との説明をした事実はない。
(1) 本件記事はそもそも誤報ではない。被告としては、原告自身が非を自覚したと判断したからこそ和解に応じたと評価しているのであり、そのように評価できなければ被告は本件和解には応じていない。そもそも、本件和解に先立って、担当裁判官から、原告から被告に対しどのくらいの解決金の支払を要するかとの打診があり、これに対して、被告の側から積極的に解決金の検討を断った経緯がある。しかも、差止めについては、当初、原告は、原告ソフトである「iOffice 2000V2.43」及び「iOffice V3 」の両方を販売中止にする意向を見せていたのであるが、和解期日の途中から、「iOffice V3」は現に販売中であるため応じられないとのことであったので、結果的に「iOffice 2000V2.43」のみを中止することになったものである。しかしながら、被告としては、結果的に仮処分決定と同様に「iOffice 2000V2.43」の販売停止の結果が得られ、この販売停止の結果は被告の主張を真摯に受け止めた趣旨に基づくものである等の文言が和解条項に入る以上、法的判断は格別として、原告が非を認めたものと評価して和解に踏み切ったものである。ただし、ここで、被告が理解している原告の非とは、違法性という意味ではなく、広い意味で「やってはならないこと」という意味の非である。そうであるからこそ、被告の担当者であるBから毎日新聞社のCに対する平成15年5月30日付け電子メール(乙1。以下「被告メール」という。)のコメント中に、「今回の事件で、ソフトウエアの権利侵害は、著作権法等現行の法の枠組みでは判断し難い事案であることがわかった。」として、本件和解が少なくとも著作権侵害等の違法性を前提としてされたものではないことを自ら表白しているものである。さらにいえば、毎日新聞社の報道は、「違法コピーを認めた」というものではなく、「違法コピーを<事実上>認めた」という書き方である。この<事実上>との言葉が入っている以上、本件記事が誤報とまでは評価できないものというべきである。
 仮に、本件記事が誤報であったとしても、そもそも、本件記事は、毎日新聞社が原告に対する反面取材さえ行っていれば、被告の言動にかかわらず、絶対に掲載されなかったものであって、本件記事が誤報であったとすれば、その責任は専ら毎日新聞社にある。
(2) 被告は、本件和解に関して、ホームページ上のプレスリリース(甲6)に記載した内容及び被告メール(乙1)に沿った説明しかしておらず、「原告が違法コピーを事実上認めた」との事実は告知していない。むしろ、「著作権法等現行の法の枠組みでは判断し難い事案である」と記載するなど、本件和解が法律判断によって原告の非を認めさせたものではない趣旨を注記しているのである。しかも、被告メール(乙1)は、あくまで、担当者が毎日新聞社の求めに応じて、「ドラフト段階でおかしな言い回しがたくさんある」との留保つきで送信したメールにすぎない。したがって、被告メール(乙1)は、普通に読めば、何ら毎日新聞社を誤信させるものとはいえない。
(3) なお、被告は、原告代理人経過報告書(甲7)の草案の内容が正しいと確認したことはないし、毎日新聞社に対して被告自身が誤報の原因であると認めた事実もない。
2 争点(1)イ(原告が非を認めた旨の事実の告知)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は、毎日新聞社に対し、原告が本件和解において「非を認めた」との虚偽の事実を告知した。被告メール(乙1)中の原告が「非を認めた」との記載は、それ自体が虚偽の陳述である。
 すなわち、本件和解において認められているのは、原告が原告ソフトの基になる「iOffice 2000V1.0」の開発に当たり被告ソフトを「参考」にしたということだけである。参考にすることは何ら非難されるべきことではなく、違法でも著作権侵害でもないから、参考にしたことを認めることは、「非を認めた」ことにはならない。
 また、本件和解条項には「参考の仕方に行き過ぎた点があった」との被告の「主張を真摯に受け止め」とも記載されているが、そのような被告の「主張」を「真摯に受け止めた」というに過ぎず、「行き過ぎた点があった」ことが認められているものではないし、もともと参考の仕方に行き過ぎなど存在しない。したがって、この点においても、原告が「非を認めた」とはいえない。
(2) さらに、被告は、被告メール(乙1)において「非を認めた」と記載されているのは、被告の主観的な見解に過ぎないと主張するが、主観的見解だからといって免責されるものではなく、それを外部へ陳述するのは不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為である。
〔被告の主張〕
(1) 被告は、毎日新聞社に対し、「非を認めた」と告知したのではなく、「非を認めたと判断した」と告知しただけである。
 そして、原告が「非を認めたと判断した」という言葉は、「判断した」という被告の内心に対する表白である。すなわち、あくまでも被告がその内心において主観的に原告が非を認めたと感じ取ったのであれば、これが「非を認めたと判断した」との言葉として表白されるわけである。したがって、この場合、発信者の主観的評価の表白であるから、虚偽かどうかという問題は発生しない。
(2) また、被告メール(乙1)の文脈としては、「和解に至った理由」の説明として、原告が「非を認めたと判断した」と記載したものである。すなわち、この文章は、「被告が和解に至った理由」を述べたものであって、和解内容について述べたものではないから、虚偽の事実ではない。
 さらに、前記のとおり、被告は、原告が非を認めたものと評価して本件和解に踏み切ったものであって、原告が「非を認めた」との判断自体はそもそも虚偽ではない。  
3 争点(2)(差止めの必要性)について
〔原告の主張〕
 原告は、被告の不正競争行為に関し、不正競争防止法3条の差止請求権を有するところ、自らの責任を認めない被告の態度は、被告が今後も同様の行為を隠れて繰り返す可能性があることを示唆しているというべきであるから、差止めの必要性がある。
〔被告の主張〕
 原告は、単なる憶測から将来被告が虚偽陳述をするかもしれないという観点に立って差止めの必要性を主張するにすぎず、このような観点で差止めの必要性があるとは到底いえない。 
4 争点(3)(損害)について
〔原告の主張〕
(1) 信用毀損による損害賠償
 誤報である本件記事が毎日新聞社のウェブページに掲載され、また、同新聞社が提供する電子メールによるニュースサービスにおいて配信されたことによって、誤報が相当な程度に普及し、原告の信用は大きく傷つけられた。このような信用毀損を金銭に評価するのは難しいが、平成15年1月期における原告の年間売上は9億円であるから、仮に売上が1割減少したとしても1年で9000万円の損害ということになる。そして、流通業者やシステム構築業者に取り扱ってもらうことが原告の営業にとって極めて重要であることを考慮するならば、被告の信用毀損行為による原告の損害は、少なくとも1000万円を下ることはない。
(2) 弁護士費用
 弁護士費用としては、少なくとも、上記損害賠償額の2割に当たる200万円が相当である。
〔被告の主張〕
(1) 原告主張の損害の発生及び額については否認ないし争う。本件記事により報道された範囲は狭く、その期間が極めて短いことなどからして、実損は発生していないか、既に回復されている。すなわち、本件報道が掲載されたメディアは、紙媒体で全国的に配信される新聞紙上におけるものではなく、いまだ限られた者が積極的にアクセスしなければ閲覧できない「毎日インタラクティブ」というウェブページ上において掲載されるものである。しかも、新聞と異なってウェブページは、まずトップページでヘッドラインのみが掲載され、そのハイパーリンクをクリックすることによって本文記事にアクセスできる階層構造になっている。したがって、「毎日インタラクティブ」のウェブページにアクセスしても、まずトップページで読者が目にするのは、明らかに誤報とはいえない「サイボウズとネオジャパン、違法コピー裁判で和解」というヘッドラインのみである。したがって、「毎日インタラクティブ」に積極的にアクセスし、ヘッドラインをクリックして本文にまで積極的に至ってアクセスした読者は自ずと限定されてゆくのであり、経験則上、本件記事を目にした者は比較的少数であると思われる。しかも、本件記事が掲載されたのは本件和解成立当日の深夜であるが、毎日新聞社は、原告側からの指摘によって、翌日早々、直ちに本件記事を差し替えているのでから、本件記事が掲載されたのは時間的にも僅かな時間帯である。以上のとおり、報道メディアが限られており、期間も短く、直ちに訂正記事を出している以上、原告に実損は発生していないというべきである。
(2) 本件記事に対して、原告は、自社のウェブページ及び原告訴訟代理人のウェブページにおいて、報道当初から誤報であるという前提で被告に対する過激な攻撃表現を用いて詳細な反論を行っているのであるから、「対抗言論」の法理によって、原告は既に信用毀損状態を自ら解消しているというべきである。
第4 争点に対する判断
1 争点(1)(虚偽の事実の告知の有無)について
(1) 争いのない事実に証拠(甲1ないし10、15、乙1ないし4)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、前訴において、原告ソフトが被告ソフトを複製ないし翻案したものであり、原告が原告ソフトを記憶媒体に収録して頒布し、利用者にダウンロードさせた上で使用許諾するなどの行為が、被告の有する著作権を侵害し、不正競争行為及び不法行為にも当たるなどと主張して、原告に対し、原告ソフトの製造、頒布及び上映等の差止め、謝罪広告並びに損害賠償等を請求した。
 第1審は、平成14年9月5日、前訴につき、被告の請求をすべて棄却する旨の判決を言い渡した。
 被告が控訴したが、控訴審において、平成15年5月30日、別紙和解条項目録記載の内容で、本件和解が成立した。
イ 被告は、毎日新聞社から本件和解の内容について取材を受けたため、被告の担当者であるBが、同新聞社のCに対し、同日午後7時04分ころ、被告メール(乙1)を送信した。
 被告メールには、「下記リリースは、まだ途中のため、おかしな言い回しがいっぱいありますが、」とあらかじめ断った上で、「和解に至った理由は、ネオジャパン社が非を認めたと判断したためです。これにより、このような悪徳行為が業界で当然のように繰り返されることが少しでも防げればと思います。」と記載されている。そして、被告メールのうち、破線において区切られた下段部分には、被告の報道各位に対する「株式会社ネオジャパン社に対する差止請求控訴事件の和解成立のご報告」と題するリリースの草案が添付されており、そこには、「本件訴訟について、本日5月30日(金)に、高等裁判所にて当事者双方は、本件訴訟を終了することを合意しました。」旨の頭書に続けて、本件和解の条項を要約した「和解の概要」が記載され、さらに、「コメント」という欄に、「和解内容では、ネオジャパン社が、当社製品の『サイボウズOffice2』を参考に製品を開発し、参考の仕方に行き過ぎがあったという当社の主張を真摯に受け止め、問題の製品の販売を中止した。この事実は、ソフトウエア業界としても前向きな結果であると評価できる。今回の事件で、ソフトウエアの権利の侵害は、著作権法等現行の法の枠組みでは判断し難い事案であることが分かった。今後も、ソフトウエア開発のインセンティブを損なわれることなく、開発ソフトの価値が十分に尊重されるよう法環境整備に取り組み業界全体の発展に貢献してまいりたい。」と記載されている。他方、被告メールには、本件記事中に記載されている「違法コピーを事実上認めた」及び「サ社は既存ユーザーの保護を理由に、ネ社の現行商品の販売を認めた」との記載は存在しない。
ウ また、被告は、同日付けで正式のプレスリリース文書(甲6)を各報道機関に公表した。
 同文書は、被告メール中に添付された前記リリースの草案と同様の体裁であり、「当社のコメント」という欄には、「当社は今回の裁判を通して、ハードウエアとは違ったソフトウエアに代表される目に見えない価値の権利が著作権法等現行法の枠組みで必ずしも全て保護されるものではないと感じています。今後も、ソフトウエア開発のインセンティブを損なわれることなく、開発ソフトの価値が十分に尊重されるような環境整備に働きかけ、業界全体の発展に貢献していくつもりです。また当社は、この様な問題を抱える環境の中で、ネオジャパン社が本和解の合意に至ったことを評価し、これが『今後は、業界発展と共創の意識を持ち、切磋琢磨して社会に貢献して参ります』との相互の意識確認に至ったものです。」と記載されている。他方、上記プレスリリース文書には、本件記事中に記載されている「違法コピーを事実上認めた」との記載は存在しない。
エ このように、本件和解が成立した直後、毎日新聞社は、本件和解の事実を報道すべく、被告に対して取材をし、被告から被告メール(乙1)及びプレスリリース文書(甲6)を受領したものの、原告及び原告訴訟代理人には一切取材をすることなく、平成15年5月30日、本件記事を報道した。
オ 毎日新聞社は、翌31日、原告からの本件記事に対する訂正要請に基づき、本件記事から「ネ社は一審でサ社に勝訴したが、違法コピーを事実上認めた」との記載及び「後発のネ社製品がサ社製品にそっくりなことから、業界内部では、勝訴したネ社に対する風当たりが強まっていた」等の記載を削除するとともに、「ネ社によると、和解条項では違法性を認めなかった。」等の記載を付け加えた(甲4)。
 さらに、毎日新聞社は、同年6月2日、「5月30日のサイボウズとネオジャパンの和解記事の中で、ネオジャパン社が『違法コピーを事実上認めた』という部分は誤りで、和解条項には違法性の判断はありませんでした。ネ社をはじめ、関係方面にごめいわくをおかけしました。おわびして訂正します。」との誤報訂正のメールを配信した(甲15)。
カ 平成15年5月31日、原告の前訴及び本件における訴訟代理人である松本弁護士は、前訴の控訴審裁判所及びA弁護士等に宛てて、本件記事に関し、@被告の虚偽説明はひどいと言わざるを得ないこと、A「ネ社が一審でサ社に勝訴したが、違法コピーを事実上認めた」という本件和解の内容に関する虚偽の事実については、おそらく被告の方でそうした旨の説明をしたものとしか思われないこと、B被告がこうした記事になるように説明するというのは許される範囲を超えた虚偽と言うべきもので行儀が悪すぎる等の内容のファクシミリ文書(甲9)を送付した。
 また、原告訴訟代理人は、同年6月1日、A弁護士に宛てて、本件記事に関し、@毎日新聞社の担当者の説明によれば誤りの点はいずれも被告の説明に基づくものであり、同代理人は同新聞社が被告に対し抗議するとの連絡を受けていること、A同新聞社の説明によれば、和解内容について、被告から「違法コピーを事実上認めた」などの虚偽陳述がされたものであること等の内容のファクシミリ文書(甲10)を送付した。
キ A弁護士は、同年6月3日付けで、原告訴訟代理人に宛てて、上記2通のファクシミリ文書に対し、@本件和解の内容について、被告が外部に対して行ったリリースは、被告のウェブページに記載されている事実のみであり、また、毎日新聞社からの取材に対しても、「違法コピーを事実上認めた」との説明はもちろん、原告訴訟代理人が指摘する虚偽陳述は一切行っていないこと、A被告は、毎日新聞社に対し、被告が同新聞社に伝えた事実と同新聞社が当初掲載した本件記事の報道内容とが食い違っている部分及び本件記事の内容と客観的事実とが異なっている部分を指摘し、同新聞社に対し報道に関して慎重な姿勢を求めたこと、BA弁護士が原告訴訟代理人に話したのは、毎日新聞社が掲載した記事は、被告が同新聞社に伝えた本件和解に関する事実関係を、同新聞社が誤認して掲載したというものであること等が記載された抗議文(甲5)を送付した。
ク 原告訴訟代理人は、同年6月25日、原告代理人経過報告書(甲7)の草案を、A弁護士及び毎日新聞社に対し送付した。そこには、原告が「違法コピーを事実上認めた」という文章に代表される本件記事の一連の内容は被告の虚偽の説明に基づくものであるなど、被告を非難する記述が掲載されている。
ケ 翌26日、毎日新聞社のCが、原告訴訟代理人に対し、原告代理人経過報告書(甲7)草案の内容はほぼ間違いない旨の内容の電子メールを送信した(甲8)。
 翌27日、原告訴訟代理人は、上記経過報告書(甲7)をインターネットにおける同人のウェブページ上に掲載した。
(2) 争点(1)ア(原告が違法コピーを事実上認めた旨の事実の告知)について
ア 本件全証拠によっても、被告が毎日新聞社に対し、本件和解において原告が違法コピーを事実上認めた旨の事実を告知したことを認めるに足りない。かえって、前記認定の本件和解後の経過、とりわけ、被告は、毎日新聞社の取材に対し、被告メール(乙1)及びプレスリリース文書(甲6)を送付したにとどまること、上記被告メール及びプレスリリース文書には、原告が本件和解において違法コピーを事実上認めたとの事実は記載されていないこと、A弁護士が、被告の虚偽説明を非難する原告訴訟代理人の2通のファクシミリ文書(甲9、10)に対して、直ちに抗議文(甲5)を発し、被告が毎日新聞社に対し、原告が違法コピーを事実上認めたとの事実を含む虚偽の説明をしたことを明確に否定していること、以上の認定事実に照らせば、被告は毎日新聞社に対し、原告が本件和解において違法コピーを事実上認めたとの事実を告知していないというべきである。
 なお、被告メール(乙1)には「和解に至った理由は、ネオジャパン社が非を認めたと判断したためです。」との記載はあるものの、後記のとおり、そもそも同文言によって、被告が毎日新聞社に対し、「原告が非を認めた」と告知したものとはいえないばかりか、「非を認めた」との文言が直ちに「違法コピーを事実上認めた」ことを意味するとはいえず、むしろ、破線以下のリリースの草案部分の記載からすれば、被告は、この時点で、本件和解において原告の著作権侵害(違法コピー)が前提とされているとの認識を有していなかったことが窺われる。
イ 原告は、毎日新聞社の説明によると、平成15年6月17日ころには被告自身もその旨を毎日新聞社に対して認めていた上、A弁護士が、原告代理人経過報告書(甲7)の草案につき、そのとおりである旨の確認をしたなどと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。また、毎日新聞社のCから原告訴訟代理人に宛てた電子メール(甲8)は、事実の指摘が曖昧であるばかりか、そもそも、上記電子メールは、本件記事が報道されたことの責任問題に関し、被告と利害の対立する立場にある毎日新聞社により作成されたものであるから、その内容をにわかに信用することはできないといわざるを得ない。なお、毎日新聞社が、本件和解の内容を報道するに際し、被告側に対してのみ取材をし、原告及び原告訴訟代理人に対しては一切取材しなかったことからすれば、本件記事は、同新聞社の記者が被告メールやプレスリリース文書の内容を誤解し、根拠のない憶測に基づいて作成した可能性も否定することはできないものというべきである。
ウ したがって、本件記事が誤報であったか否かにかかわらず、争点(1)アに関する原告の主張は理由がない。
(3) 争点(1)イ(原告が非を認めた旨の事実の告知)について
ア 被告メール(乙1)に「和解に至った理由は、ネオジャパン社が非を認めたと判断したためです。」という記載があることは、前記認定のとおりである。
 しかしながら、被告メールの記載は、原告が本件和解において「非を認めた」という事実を述べたものではなく、あくまで、被告の和解に至った理由ないし動機について言及したものである。すなわち、その理由として、被告としては原告が非を認めたと判断したからこそ和解に応じた旨の被告の主観的な見解ないし判断を述べているにすぎないものと解される。そして、被告の主観的な見解ないし判断を述べている限りにおいて、被告メールの上記記載をもって、虚偽の事実の告知ということはできない。
イ 原告は、本件和解条項の解釈上、原告が「非を認めた」と解釈する余地は全くないことを前提として、主観的見解だからといって免責されるものではなく、それを外部へ陳述するのは不正競争行為である旨主張する。
 しかしながら、本件和解条項上、原告が原告ソフトの基になる「iOffice 2000V1.0」の開発に当たり被告ソフトを「参考」にした点があることを認め、えん曲な言い回しではあるが「参考の仕方に行き過ぎた点があった」との被告の「主張を真摯に受け止め」とも記載されており、さらに、著作権侵害を理由とするものではないとの限定は付されているものの、原告は「iOffice 2000V2.43」の新規顧客への販売を今後も行わないと定められている。本件和解条項において、上記のような文言が入っていることを考慮すると、原告に対して著作権侵害を理由として原告ソフトの製造等の差止め等を求めた被告の立場からすれば、本件和解において、原告が非を認めたものと主観的に判断するに至ったとしても、そのこと自体は不合理とはいえないというべきである。したがって、被告が、報道機関の取材に対し、訴訟の一方当事者としてこのような主観的判断を述べたことをもって、虚偽の事実の告知ということはできないというべきである。
ウ そして、他に被告が毎日新聞社に対し、本件和解において原告が非を認めたとの事実を告知したことを認めるに足りる証拠はない。
エ したがって、争点(1)イに関する原告の主張も理由がない。
2 結論
 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 部眞規子
 裁判官 東海林保
 裁判官 瀬戸さやか


謝罪広告目録
お詫び
 弊社は、東京高等裁判所平成14年(ネ)第5248号事件の平成15年5月30日付けの訴訟上の和解について、株式会社ネオジャパンが“違法コピーを事実上認めた”等の、事実に反する説明をいたしました。実際には、その様なことはなく、上記の和解は著作権侵害としない内容のものであります。ここに株式会社ネオジャパンに対してお詫びいたします。
 サイボウズ株式会社 代表取締役 D
  以上

和解条項目録
 控訴人が、被控訴人の製品である「iOffice 2000V2.43」及び「iOffice V3 」が控訴人製品である「サイボウズOffice2」の著作権を侵害したとして、著作権等に基づき損害賠償及び上記製品の製造販売等の差止めを求めて提起した本件訴訟について、当事者双方は、下記の各点を確認して同訴訟を終了させることを合意した。
 記
1 被控訴人は、被控訴人の製品である「iOffice 2000V2.43」及び「iOffice V3 」の基となる「iOffice 2000V1.0」の開発に当たり、「サイボウズOffice2」を参考にした点があることを認めるとともに、上記の参考の仕方に行き過ぎた点があったとの控訴人の主張を真摯に受け止め、今後のビジネスソフトの開発に当たって、その点に留意するものとする。
2 前項記載の趣旨に鑑み、被控訴人は、上記「iOffice 2000V2.43」の新規顧客への販売を今後も行わない。
 ただし、上記販売停止は著作権侵害等を理由とするものではない。 
3 当事者双方は、ビジネスソフトの開発に関して、互いに、開発のインセンティブを損なうことのないよう相手方の開発ソフトの価値を十分に尊重し、業界発展と共創の意識を持つように心がけて営業活動を行うものとする。また、当事者双方は、正当な競争原理から逸脱することなく、切磋琢磨して社会に貢献することとする。
4 控訴人は、東京地方裁判所平成13年(ヨ)第22014号著作権差止仮処分申請事件を取り下げる。
5 被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が上記仮処分申請事件について立てた担保(東京法務局平成13年度(金)第16336号)の取消しに同意し、控訴人と被控訴人は、その取消決定に対し抗告しない。
6 控訴人はその余の請求を放棄し、被控訴人は、本件にかかる控訴人に対する損害賠償請求を放棄する。
7 訴訟費用及び和解費用は、第1・2審を通じて各自の負担とする。

記事目録
■ サイボウズとネオジャパン、違法コピー裁判で和解
 ソフトを違法コピーして販売したのは著作権法違反などに当たるとして、グループウエアのサイボウズがライバル会社のネオジャパン(横浜市○○区)を相手に訴えていた裁判で、両者は30日、東京高裁で和解した。ネ社は一審でサ社に勝訴したが、違法コピーを事実上認めた。一方、サ社は、既存ユーザーの保護を理由に、ネ社の現行商品の販売継続を認めた。
 和解内容によると、ネ社は(1)自社製品の「iOffice 2000V1」の開発にあたって、サ社の製品「サイボウズOffice2」を参考にした(2)参考の仕方に行き過ぎた点があった(3)今後、ビジネスソフトを開発する際は、行き過ぎがないよう留意する――とした。
 さらに、ソフトの著作権保護のため、両社共同で「切磋琢磨して社会に貢献する」ことを和解内容に盛り込んだ。ネ社は、「iOffice 2000 V1 」や次期バージョンがベースとなった現行製品「iOffice V3 」の販売を継続する。
 昨年9月の東京地裁判決では、違法コピーを認めず、サ社が控訴した。しかし、サ社がその後、コンピューター関連の業界団体や学識経験者にソフト著作権保護の必要性を訴える活動を開始。後発のネ社製品がサ社製品にそっくりなことから、業界内部では、勝訴したネ社に対する風当たりが強まっていた。
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日本ユニ著作権センター
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