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【事件名】「ルドルフ・バレンチノ」商標権事件C(2)
【年月日】平成15年9月29日
 東京高裁 平成14年(行ケ)第370号 審決取消請求事件
 (平成15年6月30日 口頭弁論終結)

判決
原告 有限会社松下スペースプロデュース
訴訟代理人弁護士 遠藤隆
同 野竹夏江
同弁理士 中村盛夫
同 小川順三
被告 バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートシャップ
訴訟代理人弁護士 服部成太
同 稲益みつこ
同弁理士 杉村興作
同 末野徳郎
同 廣田米男


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が平成8年審判第20103号事件について平成14年6月14日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、「RUDOLPH VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」とする商標登録第2357409号商標(昭和53年7月31日登録出願、平成3年5月9日登録審決、同年11月29日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成8年11月28日、本件商標の商標登録につき無効審判の請求(以下「本件審判請求」という。)をし、特許庁は、本件審判請求を平成8年審判第20103号事件(以下「本件審判請求事件」という。)として審理した結果、平成14年6月14日、「登録第2357409号の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年6月26日、原告に送達された。
2 被告及びその商標権
 被告は、オランダ国の法律の下で設立及び法人化された私的有限責任会社であり、以下の各商標についての商標権者である。
(1) ややデザイン化した「VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」とする商標登録第852071号商標(昭和43年6月5日登録出願、昭和45年4月8日設定登録、以下「引用A商標」という。)
(2) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」とする商標登録第1415314号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和55年4月30日設定登録、以下「引用B商標」という。)
(3) 「VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第21類「宝玉、その他本類に属する商品」として設定登録された商標登録第972813号商標(昭和45年4月16日登録出願、昭和47年7月20日設定登録、以下「引用C商標」という。)。なお、当該指定商品中、「かばん類、袋物」については、平成2年6月25日、一部放棄を原因とする一部抹消登録がされている。
(4) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」とする商標登録第1793465号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和60年7月29日設定登録、以下「引用D商標」という。)
(5) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第22類「はき物(運動用特殊ぐつを除く)かさ、つえ、これらの部品及び附属品」とする商標登録第1786820号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和60年6月25日設定登録、以下「引用E商標」という。)
(6) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第27類「たばこ、喫煙用具、マッチ」とする商標登録第1402916号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和54年12月27日設定登録、以下「引用F商標」という。)
3 審決の理由
 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件商標は、その構成文字及び称呼のいずれからみても、一つの名称のものとしては冗長というべきである上、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情も認めるに足りないところ、本件商標の登録出願時には、既に、イタリアの著名デザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニ(Valentino Garavani、以下、単に「ヴァレンティノ・ガラバーニ」という。)に係る「VALENTINO(ヴァレンティノ)」標章が、紳士服、婦人服等のファッション関連の商品について使用され、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に付される商標ないし同人の略称として著名であったこと及び「VALENTINO(ヴァレンティノ)」標章が付される商品と本件商標の指定商品は同一又は高い関連性がある商品であること等を併せ考慮すれば、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあったものと判断するのが相当であり、かつ、この混同を生ずるおそれは、本件商標の登録出願時から登録査定時(注、登録審決時の趣旨と解される。)においても継続していたものと認められるとし、本件商標は、商標法4条1項15号に違反して登録されたものであるから、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は、本件審判請求につき商標法47条の定める除斥期間が経過していることを看過し(取消事由1)、本件審判請求事件において審判事件弁駁書を送達しない等の手続上の違法を犯した(取消事由2)上、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する事実認定を誤り(取消事由3)、その結果、本件商標が、ヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、商品の出所について混同を生ずるおそれがある商標である旨の誤った認定判断をした(取消事由4)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(除斥期間の経過)
(1) 本件審判請求は、商標法47条の定める5年の除斥期間が経過する直前である平成8年11月28日に行われたものであるが、その審判請求書には、請求の理由として、「本件登録第2357409号商標(以下「本件商標」という)は甲第一号証及び第二号証に示すとおりのもので商標法第4条第1項第8号、同法第4条第1項第11号及び同法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものであるから、同法第46条の規定により、その登録は無効とされるべきものである。」と記載されているのみで、「なお、詳細な理由及び証拠は追って補充する。」とされていた。その後、請求人である被告は、除斥期間経過後である平成9年2月18日に、手続補正書として、具体的な請求の理由を記載し、証拠方法を添付した審判請求書を提出しているが、補正という方法によって除斥期間の経過を免れることはできないというべきである。
(2) 審決は、「除斥期間内に提出された無効審判の請求書に、無効事由として該当する条文が明記されており、かつ、手続補正指令期間内に詳細な理由及び証拠が補正されている場合は、たとえこれらの補正の提出された日が除斥期間の経過後であったとしても、無効審判請求の補正は認められるというべきである」(審決謄本14頁第3段落)とするが、この判断は、商標法47条の解釈を誤った違法なものである。すなわち、商標法47条は、既存の商標登録に無効理由があったとしても、その無効理由が私益的なものである場合には、商標登録後5年を経過した後は、商標登録の瑕疵よりも、商標使用の安定化、権利関係の安定化を優先することとした規定であるところ、同条は、瑕疵ある商標登録を無効とする必要性と、商標使用の安定化、権利関係の安定化の必要性とを比較衡量した結果、5年という期間を定めたのであるから、その期間を根拠なく延長することは許されない。これを審決のように、補正指令期間内に補正がされれば、補正の行われた日が除斥期間の経過後であったとしても、無効審判請求は適法であると解釈することは、結果として、除斥期間を商標登録後5年に補正指令期間を加えた期間に延長するに等しく、上記のような商標法47条の趣旨に反することは明らかである。
(3) 以上によれば、除斥期間経過前に、具体的な無効理由の主張及び証拠の提出がされなかった本件審判請求は却下されるべきであるから、審決は、商標法47条の解釈を誤った違法なものとして取り消されるべきである。
2 取消事由2(審判手続の違法)
(1) 弁駁書の不送達
 商標法56条1項において準用する特許法134条1項は、請求書の副本を被請求人に送達しなければならない旨を規定しているところ、この規定の趣旨は、被請求人に対し請求書の内容を告知し、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防御の機会を与えるとともに、審判に誤りのないことを期することにあると解される。したがって、請求書の副本が被請求人に送達され、又は被請求人から答弁書が提出されていても、その後、請求人から新たな証拠又はこれに関する意見を記載した書面が提出され、この証拠又は意見が審決の判断に影響を及ぼすものである場合は、上記書面は、たとえ「弁駁書」などと表示されたものであっても、審判請求の理由を補充するもの、すなわち請求書の一部を構成するものとして、その副本を被請求人に送達し、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防御の機会を与えなければならないものと解すべきである(東京高裁昭和61年9月29日判決・無体例集18巻3号328頁)。
 本件審判請求事件において、請求人である被告は、平成9年2月18日付け「手続補正書」(乙3)により補正した審判請求書において、「請求人(注、被告)は、イタリアの著名な服飾デザイナー『VALENTINO GARAVANI』(ヴァレンティノ ガラバーニ)氏の同意を得て、同氏のデザインに係る各種の服飾商品を制作、販売しており、これらの商品について『VALENTINO』或は『VALENTINO GARAVANI』の欧文字からなる商標を使用している者である」と主張しているが、そのことを明らかにする証拠は見当たらない。そこで、被請求人である原告がその点を指摘したところ、被告は、平成9年10月31日付け「審判事件弁駁書」(乙5)及び商標登録原簿の写し(甲49、審判甲15)を提出して、引用B商標につき、その商標登録出願人は「ヴァレンティノ ガラヴァニ」であったが、当該商標権が「グロベレガンセ ビー べー」に譲渡され、「グロベレガンセ ビー べー」の名称が「バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートンシャップ」に変更された旨主張した。
 上記の審判事件弁駁書及び証拠は、新たな証拠又はこれに関する意見を記載した書面であり、かつ、審決の判断に影響を及ぼすものであるから、特許庁としては、その副本を被請求人である原告に送達し、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防御の機会を与えなければならないところ、特許庁は、これらを原告に送達しないまま、平成14年6月14日、審決をした。
 以上によれば、審決は、商標法56条1項において準用する特許法134条1項の規定に違反する違法なものとして取消しを免れない。
(2) 職権証拠調べの結果の通知の欠如
 審決において引用されている証拠のうち、「世界の一流品大図鑑」の81年版、83年版、85年版、88年版及び90年版並びに「男の一流品大図鑑」の85年版、88年版及び91年版(審決謄本16頁〜17頁、第5の3(4))は、本件審判請求事件において証拠として提出されていない。職権証拠調べをしたものと思われるが、原告はその結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていない。以上のような本件審判請求事件の手続は、商標法56条1項において準用する特許法150条5項に違反する違法なものであり、審決は取り消されるべきものである。
 なお、被告は、別件の審判手続において、本件で職権証拠調べの対象とされた証拠の一部が提出されていることを根拠に、本件無効審判請求事件において職権証拠調べの結果の通知がされなかった瑕疵は治癒された旨主張するが、本件と別件とは全く別個の手続であるから、別件において証拠の一部が提出されているか否かは、本件において考慮されるべき事情ではない。
3 取消事由3(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する認定の誤り)
(1) 審決は、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性について、@ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されていること(審決謄本17頁、第5の3(5)第1段落)、A「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品群を表示するブランドとして、本件商標の商標登録出願前から、我が国のファッション関連商品の分野において広く認識されていたこと(同)、B「ヴァレンティノ」(又は「バレンチノ」)の表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」)の略称を表すものとして、本件商標の商標登録出願前から、我が国のファッション関連商品の分野の取引者及び需要者の間で広く認識されていたこと(同第2段落)を認定した。
 しかしながら、審決の上記@〜Bの認定は誤っており、本件において、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」なるものは存在しないし、それが周知ないし著名であったこともない。
(2) @の認定の誤り
ア 審決が上記(1)の@の認定の根拠として挙げる記事のうち、大多数のもの(甲4の1〜5、甲5の1〜10)は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品を紹介するに際し、「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラバーニ)」等の正式表記(正式表記の後、省略表記されているものを含む。)がされており、「ヴァレンティノ」の表示のみによる紹介はしていないから、これらの記事を根拠に、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されているとの認定をすることは明らかに誤りである。
 確かに、一部には、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介を行う記事もある(甲6の1〜5)が、そうした記事は少数であり、少数の誤った、又は不適切な表記があるからといって、多数の正しい表記があるにもかかわらず、上記のような認定をすることは許されない。このことは、被告が本件審判請求事件において提出した大多数の証拠(甲7の1〜40)において、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群を紹介するに際し、「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラバーニ)」等の正式表記(正式表記の後、省略表記されているものを含む。)がされていることに照らせば、一層明らかである。
 また、そもそも、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、「ヴァレンティノ(又はバレンティノ)」と省略表記がされた記事があるとしても、省略表記はあくまで省略表記であって、その存在をもって、上記(1)におけるA及びBの認定のように、ヴァレンティノ・ガラバーニが「VALENTINO(ヴァレンティノ)」の文字列のみからなる商標又は標章を用いていた、あるいは、「VALENTINO(ヴァレンティノ)」がヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群の略称として認識されていたと認定することには、明らかな論理の飛躍がある。
 さらに、仮に、審決が、正式表記の後、省略表記がされている記事を基に、略称の関係があると認定したのであれば、ヴァレンティノ・ガラバーニと同じく世界的に著名なデザイナーであるマリオ・ヴァレンティノ(Mario Valentino、以下、単に「マリオ・ヴァレンティノ」という。)の氏名又はそのデザインに係る商品群についても、正式表記の後、省略表記がされている記事が多数存在する(甲15、21〜25、29、31)ことから、マリオ・ヴァレンティノについても、同様に、「VALENTINO(ヴァレンティノ)」が同人の氏名又はそのデザインに係る商品群の略称であると認定することになるが、そのような認定が正当でないことは明らかである。
イ 被告は、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連商品分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られており、上記記事中の「ヴァレンティノ」又は「バレンチノ」との記載は、その反映であると主張する。
 しかし、例えば、イタリアにおいて、国際分類25類(被服、履き物等)を指定商品とする商標であって、その構成中に「VALENTINO」の欧文字を含む商標は、現在までに181件登録ないし登録出願されている。米国においても、国際分類25類を指定商品とする商標であって、ヴァレンティノ・ガラバーニ又は被告以外の者を権利者とし、かつ、その構成中に「VALENTINO」の欧文字を含む商標は、現在までに8件、登録ないし登録出願されている。このように、イタリア及び米国において、「VALENTINO」の文字列を含む多数の商標が登録ないし登録出願されていることからすれば、両国においても、「VALENTINO」、「Valentino」をもって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称を示すといえないことは明らかであり、被告の上記主張は事実に反するものである。
ウ 以上によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されているとの審決の上記(1)の@の認定が誤りであることは明らかである。
(3) Aの認定の誤り
ア 引用A商標は、プレイロード株式会社(以下「プレイロード社」という。)が昭和43年6月5日に商標登録出願し、昭和45年4月8日に設定登録を受けた商標であり、プレイロード社は、平成6年9月8日、帝人商事株式会社に同商標に係る商標権を譲渡するまで、ヴァレンティノ・ガラバーニに商品のデザインを依頼することなく、引用A商標を自社の製品に使用していた。被告は、平成8年5月8日、帝人商事株式会社から引用A商標に係る商標権を譲り受け、その後、上記商標を使用し始めたものである。すなわち、本件商標の登録出願時及び設定登録時、引用A商標の商標権者は被告ではなく、プレイロード社であったのであり、当時、被告は、引用A商標を使用していないし、もちろん、ヴァレンティノ・ガラバーニも同商標を使用してない。
 また、プレイロード社は、昭和43年6月5日、「バレンチノ」の片仮名文字からなる商標につき商標登録出願し、昭和45年8月3日、その設定登録を受けて(商標登録第867691号商標、以下、単に「『バレンチノ』商標」という。)、同商標が存続期間満了により消滅する平成2年8月3日まで、引用A商標と同様、これを自社の製品に使用していた。したがって、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告は、本件商標の登録出願時、片仮名文字からなる「バレンチノ」の商標又は標章も使用していなかった。
 なお、被告は、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連商品分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られていると主張するが、その主張が誤りであることは、上記(2)イのとおりである。
イ ヴァレンティノ・ガラバーニは、本件商標の商標登録出願時、そのデザインに係る商品群を我が国において展開するにつき、三井物産株式会社を通じて輸入し、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンにより販売するという方法を用いていた。そして、その際、同社は、プレイロード社の有する「VALENTINO(バレンチノ)」の文字列のみからなる商標(引用A商標及び「バレンチノ」商標)又は標章と区別する形で、「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ ガラバーニ)」の商標又は標章を使用していた。
 したがって、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンは、引用A商標は使用していなかったし、「VALENTINO GARAVANI」の商標を「VALENTINO」と略称したこともない。昭和51年10月1日の新聞記事(甲9)によれば、同社が、その商品展開について、「ブランドは、紳士服メーカープレイロードが“ヴァレンティノ”で打ち出していることから“ヴァレンティノ・ガラバーニ”とする」と明らかにしたとされているが、この記事は、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンを含む取引者(業界内)においては、「ヴァレンティノ」と「ヴァレンティノ・ガラバーニ」とは全く別個の商標であると認識されていたことを示すものである。そして、同社は、両商標の違いを前提として、「VALENTINO GALAVANI」の商標で、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品の販売を展開したから、需要者が「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」をヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を表示するブランドと認識したこともなかった。
ウ 以上によれば、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品群を表示するブランドとして認識されていたとする審決の上記(1)Aの認定については、前提となる審決の上記(1)@の認定が上記(2)のとおり誤っているのみならず、本件商標の商標登録出願時及び設定登録時、引用A商標及び「バレンチノ」商標がプレイロード社によって使用されていたとの事実、並びに、当時、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を我が国において展開していた株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン自身が、プレイロード社の有する上記各商標と区別する形で、「VALENTINO GARAVANI」の商標を使用していたとの事実に照らし、その認定が誤りであることは明らかである。
(4) Bの認定の誤り
ア ヴァレンティノ・ガラバーニとほぼ同時代に、世界的に著名なデザイナーであるマリオ・ヴァレンティノが存在していた。同人も、日本国内において「MARIO VALENTINO」の欧文字からなる商標を登録し(甲33)、かつ、それを自己のデザインに係る商品に使用して日本国内で販売していた(甲21〜32)。ヴァレンティノ・ガラバーニとマリオ・バレンティノは、いずれもファッション関連商品の分野において著名なデザイナーであったことから、「Valentino」との省略表記のみではどちらのデザイナーを示すのか区別できず、この両者に関しては、その氏名又はそのデザインに係る商品群を表す際、「Mario Valentino」あるいは「Valentino Garavani」と略さずに表示されるのが通常であった。したがって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名及びそのデザインに係る商品群について、「ヴァレンティノ」又は「バレンチノ」と略称されることはなかった。
 また、本件商標の登録出願時から設定登録時にかけて、マリオ・バレンティノに係る上記「MARIO VALENTINO」商標を始め、30件の「VALENTINO」を含む商標が登録出願ないし設定登録されており、本件商標もその一つであって、それぞれの商標を使用した商品が日本国内で販売されている(甲34)。取引者、需要者は、「VALENTINO」の文字列を含む複数の商標の存在を知り、その顧客ターゲット、嗜好、価格などにより商品を選択して取引し、又は購入していた。
イ ヴァレンティノは、イタリア人の姓又は名として極めて一般的かつありふれたものであって、日本に引き直していえば、鈴木、中村、伊藤、一郎、太郎などに相当する。したがって、「ヴァレンティノ」が特定の個人であるヴァレンティノ・ガラバーニのみを表すということは、その語義上およそあり得ないことである。
ウ 以上によれば、「ヴァレンティノ」(又は「バレンチノ」)の表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」)の略称を表すものとして認識されていたとする審決の上記(1)Bの認定については、前提となる審決の上記(1)@及びAの認定が上記(2)及び(3)のとおり誤っているのみならず、上記ア及びイの各事実に照らし、その認定が誤りであることは明らかである。
4 取消事由4(出所混同のおそれに関する認定判断の誤り)
(1) 審決は、出所の混同を生ずるおそれについて、C本件商標を構成する「RUDOLPH VALENTINO」の欧文字が16文字、これより生ずる「ルドルフ ヴァレンティノ」の称呼も9音であって、その構成文字又は称呼のいずれより見ても、一つの名称のものとしては冗長である(審決謄本17頁、第5の4第1段落)とする一方、D本件商標について、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情も、被請求人(注、原告)の提出した証拠によっては認めるに足りない(同)とした上、E本件商標の商標登録出願時における上記3(1)のA及びBの認定事実及び「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」と本件商標の指定商品の同一性又は高い関連性を理由として、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、その構成中後半の「VALENTINO」の文字のみをとらえ、著名な「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を連想、想起し、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあった(同17〜18頁、同第2段落)と認定判断している。
 しかしながら、上記の各認定判断は誤っており、本件商標については、出所の混同を生ずるおそれなど存在しない。
(2) Cの認定判断の誤り
 本件商標は、欧文字が16文字、称呼が9音であることは審決指摘のとおりであるが、欧米人の氏名に由来する商標の場合、この程度の文字数、称呼音数となるのはそれほど珍しいことではなく、これを冗長であるとする審決の上記(1)Cの認定判断は誤りである。
(3) Dの認定判断の誤り
 本件商標は、ハリウッドの無声映画時代のイタリア生まれの米国人映画俳優(1926年没)であるルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino、以下、単に「ルドルフ・ヴァレンティノ」という。)の氏名に由来するもので、明らかに特定の人名に由来するものである。
 そして、本件商標を構成する「Rudolph Valentino」の文字列が、上記俳優の氏名を表すものとして、取引者、需要者に広く認識されていることは、ルドルフ・ヴァレンティノの主演した数々の映画の存在、英和辞典の「Valentino」の項の記載(甲38)、国語辞典の「ヴァレンチノ」ないし「バレンティノ」の項の記載(甲53〜55)等からも明らかである。
 したがって、本件商標について、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情を認めるに足りないとした審決の上記(1)Dの認定判断は誤りである。
(4) Eの認定判断の誤り
ア 審決は、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、その構成中後半の「VALENTINO」の文字のみをとらえ、著名な「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を連想、想起し、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあった(上記(1)のE)とするものであるが、そもそも、その判断の根拠となった事実認定(上記3(1)のA及びB)が誤りであることは、上記3の(3)及び(4)のとおりである。
 また、本件商標の「RUDOLPH VALENTINO」は、一見して欧米人の氏名であることが明らかであるから、取引者、需要者は、氏と名をもって一連、一体のものとしてとらえるのであり、殊更「VALENTINO」の文字のみをとらえることはない。取引者、需要者は、上記3(4)アのとおり、「VALENTINO」の文字列を含む複数の商標の存在を知った上で、その顧客ターゲット、嗜好、価格などによって商品を選択して取引し、又は購入していたのであるから、「VALENTINO」の方に目を引きつけられるということはないし、ましてや、本件商標を構成する「RUDOLPH VALENTINO」の後半部分が、「VALENTINO GARAVANI」の略称である「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を表すものであると連想することなどあり得ない。
イ 被告は、「VALENTINO GARAVANI」商標に係る商品が、「VALENTINO」の略称をもって周知著名性を獲得したとし、ヴァレンティノ・ガラバーニに係るもの以外の「VALENTINO」を含む商標群は、すべて「VALENTINO GARAVANI」ブランドの周知著名性に乗じたフリーライドの商標であり、本件商標も同様であると主張する。しかし、被告の上記主張は、上記3(4)のとおり、「VALENTINO」が「VALENTINO GARAVANI」の略称であるという関係が存在しない点において誤っている上、本件商標は、上記(3)のとおり、ハリウッドの無声映画時代のイタリア生まれの米国人映画俳優であるルドルフ・ヴァレンティノの氏名に由来するものであり、原告は、本件商標を付した商品の宣伝、広告に当たり、上記俳優のイメージを前面に打ち出しているのであって、原告には、「VALENTINO GARAVANI」ブランドへのフリーライドの意図は全くない。
ウ 以上によれば、審決の上記(1)Eの認定判断は誤りである。
第4 被告の反論
 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(除斥期間の経過)について
 商標法47条が一定の事由による無効審判請求について除斥期間を定めたのは、公益的事由による場合を除き、瑕疵ある登録商標の権利行使によって生ずる弊害と、その登録を無効とすることによってもたらされる弊害とを比較し、後者の弊害が大であるとの政策的判断に立って、既存の法律関係を尊重し、権利の安定を図ろうとしたものである。すなわち、設定登録後5年の間、登録の瑕疵について争いがなかったという事実状態を尊重して、瑕疵を争えなくしようというものである。しかし、除斥期間内に無効審判請求がされた以上、紛争がなかったという事実状態は破られたのであり、法が除斥期間を定めて権利関係を速やかに確定し、法的安定性を尊重しようとした利益は既に失われたものというべきである。
 これを本件についてみると、被告は、本件商標の設定登録日である平成3年11月29日から5年以内である平成8年11月28日に本件審判請求をし、その審判請求書において「請求の趣旨」を記載し、「請求の理由」において、本件商標を登録番号及び商標公報、商標登録原簿の各写しをもって特定するとともに、本件商標について、「商標法第4条第1項第8号、同法第4条第1項第11号及び同法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものであるから、同法第46条の規定により、その登録は無効とされるべきものである。」旨明確に記載している。そして、請求人である被告は、特許庁審判長の手続補正指令に応じて、除斥期間の経過後ではあるが、上記手続補正指令において指定された期間内である平成9年2月18日に詳細な理由及び証拠を提出して補正したものである。
 なお、平成8年11月28日付けの審判請求書には、確かに、商標法56条において準用する特許法131条1項に定める事項のうち、同項3号の「請求の理由」が記載されていないという不備があるが、この不備は補正できるものであって、商標法56条において準用する特許法135条に定める「不適法な審判の請求であって、その補正をすることができないもの」には該当しない(東京高裁昭和53年9月21日判決・無体例集10巻2号447頁)。
 そうすると、本件審判請求は、方式に違反したものではあっても、その瑕疵は補正により審判請求時に遡及して治癒されたものであって、除斥期間内に本件審判請求がされ、両当事者間に紛争状態が生じている以上、法的安定性を尊重する利益はもはや失われており、本案に入って審理するのが法の趣旨に沿うものである。したがって、本件審判請求は除斥期間内に適法に請求されたものであって却下すべきものでないとした審決の判断は正当である。
2 取消事由2(審判手続の違法)について
(1) 弁駁書の不送達について
 商標法56条において準用する特許法134条は、1項において、審判請求書の副本を被請求人に送達しなければならない旨を、3項において、答弁書の副本を請求人に送達しなければならない旨をそれぞれ規定するが、弁駁書の送達については格別の規定を置いていないことから、弁駁書の送達がなかったことが直ちに審判手続の違法となるものではない。
 本件において、請求人である被告は、平成9年10月31日付け「審判事件弁駁書」及び商標登録原簿の写しを提出して、引用B商標につき、その商標登録出願人は「ヴァレンティノ ガラヴァニ」であったが、当該商標権が「グロベレガンセ ビー べー」に譲渡され、「グロベレガンセ ビー べー」の名称が「バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートンシャップ」に変更された旨主張しているところ、引用B商標の商標権者が請求人である被告であることは商標登録原簿によって明らかであることから、本件審判請求事件の審判体は、実質的に見て、弁駁書を被請求人である原告に送達し、反論の機会を与えるまでの必要はないと判断して、弁駁書の送達をしなかったものであると考えられる。
 したがって、弁駁書の送達がなかったことは、原告の防御権を奪ったことにはならず、審決の結論に影響を及ぼすような審判手続の違法とはならないというべきである。
(2) 職権証拠調べの結果の通知の欠如について
 原告主張に係る各書証につき、本件審判請求事件において、請求人である被告が証拠として提出していないことは認める。
 ところで、職権審理の結果の通知については、審判において特許法153条2項の手続を欠くという瑕疵がある場合であっても、当事者の申し立てない理由について審理することが当事者にとって不意打ちにならないと認められる事情のあるときは、上記瑕疵は審決を取り消すべき違法に当たらないと解すべきであり(最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決・判例時報1801号108頁)、本件のような職権証拠調べの問題についても、これと同様に解されるべきである。
 本件審判請求事件において職権証拠調べが行われ、その結果の通知がされなかったとしても、職権証拠調べの対象となった証拠は、「男の一流品大図鑑」の91年版を除き、そのほとんどすべてが、同時に同じ審判体において審理された、争点等の内容面でも共通する審判事件(平成9年審判第2833号事件、その審決に対する取消請求事件は東京高裁平成14年(行ケ)第402号事件)において、請求人である被告が提出した証拠であり、別件でも提出されなかった「男の一流品大図鑑」の91年版についても、当該証拠の内容はその他の列記された証拠と実質的に同一内容の証拠であって、かつ、補充的な証拠であり、原告としても予期し対応できるものである。そうすると、本件においても、職権証拠調べの対象となった証拠について、原告には反論の機会が実質的に与えられていたと評価し得るというべきであり、仮に、本件審判請求事件の手続に職権証拠調べの通知を欠く瑕疵があったとしても、当事者にとって不意打ちにならない事情があるから、その瑕疵は、審決を取り消すべき違法に当たらないというべきである(東京高裁昭和56年12月21日判決・無体例集13巻2号933頁)。
3 取消事由3(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する認定の誤り)について
(1) @の認定の誤りについて
ア 審決が該当部分の事実認定の根拠として挙げる書証のうち、甲5の1〜8、甲6の1〜5(審判甲4の3〜6、11、22及び25並びに甲5の3、5、20、24、35及び36)には、「バレンティノ」又は「ヴァレンティノ」との記載があり、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名の略称又はそのデザインした商品群を表示するブランドを意味するものとして紹介されている。
 原告はこうした表記を省略表記にすぎないとするが、「バレンティノ」又は「ヴァレンティノ」との記載は、単なる省略表記にとどまらず、ヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られていることを反映しているものであり、ひいては、我が国における取引者、需要者も同様の認識を有していることを示すものである。
イ 原告は、イタリア及び米国において、「VALENTINO」の文字列を含む商標が多数登録ないし登録出願されていることからすれば、両国においても、「VALENTINO」、「Valentino」をもって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称を示すとはいえない旨主張する。しかしながら、原告提出の証拠(甲57、58)からは、それらの商標がイタリア及び米国においていかなる商品に使用されているのか、その周知度はいかなるものか、その使用実態は全く不明であって、欧米における服飾等のファッション関連分野における「VALENTINO」、「Valentino」のブランドの略称の周知性を否定する理由とはなり得ない。いわんや、イタリア及び米国において単に登録出願があったことのみでは、何らの意味も持たないというべきであり、原告の上記主張は失当である。
ウ 以上によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されているとする審決の認定(上記第3の3(1)@)に誤りはない。
(2) Aの認定の誤りについて
 ヴァレンティノ・ガラバーニは、1967年にデザイナーとして最も名誉ある賞「ファッション・オスカー」を受賞し、ライフ誌、ニューヨークタイムズ紙、ニューズウィーク誌などの新聞、雑誌に同人の作品が掲載された。これ以来、同人は、イタリア・ファッション界の第一人者となり、サンローランなどと並んで世界三大デザイナーとも呼ばれるようになった。そして、諸外国、とりわけ、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られているところである。
 我が国においては、三井物産株式会社が、昭和45年(1970年)、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に「VALENTINO」商標を付して輸入を開始し、昭和49年(1974年)7月17日には、国内販売のために、三井物産株式会社ほか2社の共同出資により、東京都千代田区紀尾井町(設立当初。現在は平河町)に、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが設立された。同社は、直営販売店であるヴァレンティノ・ガラバーニ・ブティックをサンローゼ赤坂、大阪心斎橋、大阪マルビル、神戸大丸、福岡岩田屋に設けるとともに、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、名鉄メルサ(銀座)、サンモトヤマ(銀座)、資生堂ザ・ギンザ(銀座)、伊勢丹(新宿)、名鉄百貨店(名古屋)、高島屋(京都)、高島屋ブティック(大阪、ロイヤルホテル)、モデルン洋装店(大阪心斎橋)、サンモトヤマ(大阪、17番街)、カンダ(姫路)、高島屋(岡山)、ひさや(高松)、タナカ(松山)といった全国一流百貨店等に出店して、遅くとも1977年(昭和52年)ころには、これらの一流百貨店等において、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品について、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」を用いて販売してきたものである(乙7、8)。このような状況は、現在でも継続しており、例えば、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、伊勢丹(新宿)の各一流百貨店に、他の有名ブランド店とともに出店している(乙9〜11)。
 以上の事実に照らすと、遅くとも昭和52年ころ以降、現在に至るまで、我が国における服飾等のファッション関連商品分野の取引者、需要者においては、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又そのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られていたと認定できるというべきである。
 これに対して、本件商標の登録出願時及び設定登録時、「VALENTINO」がプレイロード社の商品につき、その出所を表示する商標として服飾等のファッション関連商品分野の取引者、需要者に広く知られていたとの事実はないから、当時、プレイロード社が引用A商標の商標権者であったとの事実は上記認定を何ら妨げるものではない。
 以上によれば、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品群を表示するブランドとして認識されていたとする審決の認定(上記第3の3(1)A)に誤りはない。
(3) Bの認定の誤りについて
ア 原告は、「VALENTINO」の文字を使用した商標が多数存在すること、特に「MARIO VALENTINO」商標の著名性を根拠に、審決の認定が誤っている旨主張する。
 しかしながら、「VALENTINO」の文字を含む商標が他に登録され、使用されていても、それらが、取引者、需要者によりヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に使用される「VALENTINO」と明確に区別され、ヴァレンティノ・ガラバーニとは関係のないものとして取引されているという事実はない。逆に、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に使用される「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」との標章が、「ヴァレンティノ」と呼ばれて周知著名である事実に照らせば、取引者、需要者は、上記のような「VALENTINO」の文字を含む他の商標についても、それがヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を示すものであって、周知著名な「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドと同一ないしその兄弟ブランドであるなどと誤解している可能性も十分にあるというべきである。
 また、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」等の標章の周知著名性に照らせば、仮に、「MARIO VALENTINO」など、「VALENTINO」の文字を含む他の商標であって、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」等の標章と区別して認識されているものがあったとしても、そのことは、本件商標がヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品との間で出所の混同のおそれを有するものである事実を何ら左右するものではない。なぜなら、仮に、「VALENTINO」の文字を含む他の商標の中に、周知著名なヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」等の標章ないしブランドと区別され、出所を異にするものとして理解されているものがあるとすれば、それは、当該商標が、「VALENTINO」とそれ以外の他の特定の文字とが結合したものとしてよく知られ、かつ、ヴァレンチノ・ガラバーニとは関係のないものとしてよく知られるに至っている等の特段の事情がある場合であると解されるが、本件商標については、そのような特段の事情が全く認められないからである。
 したがって、原告の上記主張は失当である。
イ 原告は、「ヴァレンティノ」はイタリア人の姓又は名として極めて一般的かつありふれたものであるから、「ヴァレンティノ」が特定の個人であるヴァレンティノ・ガラバーニのみを表すなどということは、その語義上およそあり得ない旨主張する。
 しかしながら、「VALENTINO」がイタリア人の姓又は名として一般的なありふれたものであるとしても、我が国において、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」等の標章が周知著名であるとの認定を何ら妨げるものではない。そして、現実に、我が国においては、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」等の標章が周知著名であり、「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」と表示されている場合には、ファッション関連商品分野の取引者、需要者は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を表示するものと認識し、その商標ないし標章が付された商品を、周知著名な「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドと同一ないしその兄弟ブランドであるなどと誤解するおそれがあるというべきである。
ウ 以上によれば、「ヴァレンティノ」(又は「バレンチノ」)の表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」)を表すものとして認識されていたとする審決の認定(上記第3の3(1)B)に誤りはない。
4 取消事由4(出所混同のおそれに関する認定判断の誤り)について
(1) Cの認定判断の誤りについて
 本件商標は、「RUDOLPH」と「VALENTINO」の2語、欧文字で16文字からなるものであり、外観及び称呼が比較的長い商標である。そして、我が国のファッション関連商品を取り扱う業界においては、例えば、「ココ・シャネル」を「シャネル」、「アンドレ・クレージュ」を「クレージュ」、「ジョルジオ・アルマーニ」を「アルマーニ」、「サルヴァトーレ・フェラガモ」を「フェラガモ」、「クリスチャン・ディオール」を「ディオール」と呼ぶように、特に外国人のデザイナーによるデザイナーブランドについて、そのデザイナーの氏名の略称により、そのデザイナーのデザインに係る商品を指すことがよく見られるという取引の実情がある。
 そうすると、本件商標についても同様の理由により、簡易迅速性を重んじる取引の実際においては、その一部だけによって簡略に表記ないし呼称され得るものである。
 したがって、本件商標につき、その構成文字又は称呼のいずれより見ても、一つの名称のものとしては冗長であるとした審決の認定判断(上記第3の4(1)C)に誤りはない。
(2) Dの認定判断の誤りについて
 ルドルフ・ヴァレンティノが一部の無声映画愛好家の間に知られていることはともかく、同人は、今から80年近くも前の大正15年(1926年)に死亡した俳優であり、本件商標の登録出願時及び設定登録時に、服飾等のファッション関連商品分野の取引者、需要者間に広く知られていたとの事実はない。
 仮に、原告が本件商標をルドルフ・ヴァレンティノに由来するものとして採用したものであるとしても、本件商標をどのように認識するかは、取引者、需要者によって決せられる事柄である。そして、本件商標が、原告主張の由来によるものとして、取引者、需要者に認識されている事実はない。
 したがって、本件商標について、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情を認めるに足りないとした審決の認定判断(上記第3の4(1)D)に誤りはない。
(3) Eの認定判断の誤りについて
ア 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれると解される(最高裁平成13年7月6日第二小法廷判決・判例時報1762号130頁)。また、同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り(いわゆるフリーライド)及び当該表示の希釈化(いわゆるダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであり、そして、「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として総合的に判断されるべきである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
イ これを本件についてみると、本件商標は、「RUDOLPH VALENTINO」の文字からなるものであって、欧文字で16文字であり、比較的長い商標である。また、上記(1)のとおり、我が国のファッション関連商品を取り扱う業界においては、デザイナーズブランドは、そのデザイナーの氏名の略称により、そのデザイナーのデザインに係る商品を指すことがよく見られるという取引の実情があることから、簡易迅速性を重んじる取引の実際においては、その一部だけによって簡略に表記ないし呼称され得るものであるということができる。
 被告の商標は、周知著名な「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドであり、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る婦人・紳士物の衣料品、毛皮、革製バッグ、革小物、ベルト、ネクタイ、靴、ライター、傘、ハンカチ等、ファッション関連商品について周知著名な商標である。
 本件商標の指定商品は被服等であり、被告の商標が現に使用されている商品と同一か又はこれとの関連性の程度が極めて強いものである。また、このことから、両者の商品の取引者及び需要者が共通することも明らかである。しかも、両者の商品が日常的に消費される性質の商品であることや、その需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であり、これを購入するに際して払われる注意力はさほど高いものではないことに照らすと、本件商標の構成中の「VALENTINO」の文字部分が、これに接する取引者、需要者に特別な文字として、その注意を特に引くであろうことは容易に予測し得るところである。
ウ 以上のとおり、本件商標は、被告の商標と同一の文字部分をその構成の一部に含む商標であって、その外観、称呼及び観念上、当該同一部分である「VALENTINO」がその余の部分から分離して認識され得るものであることに加え、被告の有する「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドの周知著名性の程度が高く、しかも、本件商標の指定商品と被告の商標の使用されている商品が重複し、両者の取引者及び需要者も共通している。これらの事情を総合すれば、本件商標は、これに接した取引者及び需要者に対し、ヴァレンティノ・ガラバーニ若しくはその経営する会社又はこれらと緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であることを連想させて、その商品の出所につき誤認混同を生じさせるものというべきである。
 したがって、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、その構成中後半の「VALENTINO」の文字のみをとらえ、著名な「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を連想、想起し、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあったとする審決の認定判断(上記第3の4(1)E)に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(除斥期間の経過)について
(1) 本件審判請求及びその後の審判手続の経緯は、次のとおりである(証拠を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。)。
ア 被告は、商標法47条所定の5年の除斥期間が経過する直前である平成8年11月28日(本件商標権の設定登録日は平成3年11月29日)、本件審判請求をした。
イ その審判請求書には、「請求人」として被告の名称及び住所が、「被請求人」として原告の名称及び住所がそれぞれ特定して記載されているほか、「請求の趣旨」として「商標登録第2357409号の登録は無効とする。」と記載されるとともに、証拠として、本件商標に係る商標公報及び商標登録原簿の写し(甲2の1、2、審判甲1、2)が添付されていたが、「請求の理由」については、「本件登録第2357409号商標(以下「本件商標」という)は甲第一号証及び第二号証に示すとおりのもので商標法第4条第1項第8号、同法第4条第1項第11号及び同法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものであるから、同法第46条の規定により、その登録は無効とされるべきものである。なお、詳細な理由及び証拠は追って補充する。」とのみ記載されていた(乙1)。
ウ 本件審判請求事件を担当する特許庁審判長(以下、単に「審判長」という。)は、平成9年1月10日付け「手続補正指令書(方式)」により、被告に対し、同指令書発送の日(同月24日)から30日以内に、請求の理由を記載した適正な審判請求書を提出すること等を命じた(乙2)。
エ 被告は、同年2月18日、手続補正書(方式)により、請求の理由を更に具体的に記載して補正し、証拠として審判甲3〜14を添付した審判請求書を提出した(乙3)。
オ 原告は、同年5月19日、審判事件答弁書及び証拠として審判乙1〜48を提出し、「請求人(注、被告)は、理由中で自らを『イタリアの著名な服飾デザイナー「VALENTINO GARAVANI」(バレンティノ ガラバーニ)氏の同意を得て、同氏のデザインに係る各種の服飾商品を制作、販売しており、これらの商品について「VALENTINO」あるいは「VALENTINO GARAVANI」の欧文字からなる商標を使用している者である』とするが、そのことを直接ないし間接的に明らかにする証拠方法は全く見いだすことができない」と主張した。
カ 審判長は、同年7月10日付け「弁駁指令書」により、被告に対し、上記オの審判事件答弁書に対し意見があれば、同指令書発送の日(同年8月1日)から3か月以内に審判事件弁駁書を提出するよう命じた(乙4)。
キ 被告は、同年10月31日、審判事件弁駁書及び審判甲15及び16(乙5のうち、商標登録原簿の写し、登録異議決定謄本写し)を提出し、引用B商標につき、その商標登録出願人は「ヴァレンティノ ガラヴァニ」であったが、当該商標権が「グロベレガンセ ビー べー」に譲渡され、「グロベレガンセ ビー べー」の名称が「バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートシャップ」に変更された旨主張した(乙5)。
ク 特許庁は、上記キの審判事件弁駁書及び書証を原告に送達しないまま、平成14年6月14日、審決をした(甲1、56)。
ケ 審決において引用されている証拠のうち、「世界の一流品大図鑑」の81年版(甲5−9)、83年版(甲4−2)、85年版、88年版(甲4−3)及び90年版(甲4−4)並びに「男の一流品大図鑑」の85年版(甲5−10)、88年版及び91年版(甲4−5)(審決16頁〜17頁、第5の3(4))については、本件審判請求事件において証拠として提出されていない。
コ 上記ケ記載の各書証については、原告は、職権証拠調べの結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていない(弁論の全趣旨)。
(2) 商標法56条1項において準用する特許法131条1項3号は、審判を請求する者は、請求の趣旨及びその理由を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならないと規定し、商標法46条1項は、柱書前段において、商標登録が次の各号の一に該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができると規定し、1号ないし5号において、無効理由を列挙している。他方、商標法47条は、商標登録が同法4条1項8号若しくは11号に違反してされたとき、又は同項15号に違反してされたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)は、その商標登録に係る無効審判は、商標権の設定登録の日から5年を経過した後は請求することができない旨規定する。この除斥期間の定めは、上記のような私益的規定に違反して商標登録がされたときであっても、一定の期間無効審判の請求がなく経過したときは、その既存の法律状態を尊重し、当該商標登録の瑕疵を争い得ないものとして、権利関係の安定を図るとの趣旨に出たものであるから、上記の私益的規定の違反を無効理由とする無効審判の請求人が商標法47条の規定の適用を排除するためには、除斥期間の経過前に、各無効理由ごとに1個の請求として特定された請求の趣旨及びその理由を記載した請求書を特許庁長官に提出することを要するものというべきである(なお、最高裁昭和58年2月17日第一小法廷判決・判例時報1082号125頁参照)。
(3) 本件において、無効審判の請求人である被告が除斥期間経過前である平成8年11月28日に提出した本件審判請求の審判請求書(以下「当初請求書」という。)には、本件商標の商標登録を無効にするとの請求の趣旨が記載され、無効審判の対象となる登録商標が特定されるとともに、請求の理由において、本件商標は商標法4条1項8号、同項11号、同項15号の各規定に違反して登録された旨の記載はあったものの、具体的な無効理由を構成する事実の主張は記載されておらず、もとより、それを裏付ける証拠も一切提出されていなかったものであるから、少なくとも、同項8号及び11号の規定に基づく無効理由に関する限り、当初請求書が提出された時点で、各無効理由ごとに1個の請求として特定された無効審判請求の定立があったものと認めることはできない。したがって、被告が、手続補正書(方式)により、具体的な無効理由を記載した審判請求書を提出した平成9年2月18日の時点で、新たに同項8号及び11号に基づく新たな無効審判の請求を定立したものとみるほかはないが、その時点では、本件商標の商標登録について無効審判請求の除斥期間は既に経過していたことが明らかであるから、結局、補正による新たな無効審判請求の定立は許されないというべきである。
(4) しかしながら、商標法4条1項15号の規定に基づく無効理由については、後記3及び4で判示するとおり、被告がその業務に係る商品に使用する表示が我が国のファッション関連分野における取引者、需要者の間で周知であったとの事情等をも参酌すべきである。すなわち、当初請求書においては、上記(1)イのとおり、請求人である被告の「バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートシャップ」との名称が記載され、請求の理由として、本件商標は商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものである旨、換言すれば、本件商標が他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標である旨が記載されていたのであって、後記3(2)のとおり、被告がその業務に係る商品に使用していた「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」又は「バレンチノ」との表示が、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野における取引者、需要者にとって周知であること、本件商品の指定商品と被告の業務に係る商品とが極めて密接な関連性を有しており、当初請求書が提出された当時においても、取引者の一人である被請求人の原告においては上記表示を当然に知っていたと認められること(弁論の全趣旨)、被告の社名に上記「バレンチノ」の語が含まれていること等の事情に照らせば、上記のような当初請求書の記載は、本件商標につき、請求人である被告が、その業務に係る商品に使用する上記の表示との関係で混同を生ずるおそれがある商標である旨の無効理由を記載して主張しているのと同視し得るものというべきであって、このように解しても、原告の防御や法的安定性に欠けるところはない。そうすると、商標法4条1項15号の規定に基づく無効理由については、当初請求書により、実質的に1個の請求として特定された無効審判の請求が定立されていたとみることができるから、当該無効理由に関する限り、本件審判請求は、同法47条の規定による除斥期間を徒過したものとはいえないと解するのが相当である。
(5) 以上によれば、本件無効審判請求は、除斥期間内に請求されたものであって、その請求を却下すべきものではないとした審決の判断は、商標法4条1項15号の規定に基づく無効理由に関する限り、結論において相当であり、かつ、審決は、上記第2の3のとおり、同号違反を理由として本件商標の登録を無効としたものであるから、結局、原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(審判手続の違法)について
(1) 原告は、本件審判請求事件において、審判事件弁駁書等が送達されなかったことをとらえ、商標法56条1項において準用する特許法134条の規定に違反する違法な手続であるから審決は取り消されるべきである旨主張するので、以下、上記1(1)の認定事実に基づき検討する。
 上記1(1)キ及びクのとおり、本件審判請求事件において被告が提出した審判事件弁駁書及びそれに添付の書証については、原告に対し送達されないまま、審決がされたものと認めることができるが、原告もその主張の中で認めるとおり、それらの書類を原告に送達しなかったとの点が審決の取消事由となるためには、少なくとも、審判事件弁駁書に記載された意見や添付された書証が審決の判断に影響を及ぼすものであることを要するものと解される。
 本件において、審決は、請求人である被告の利害関係について、「ある商標の登録の存在によって直接不利益を被る関係にある者は、それだけで利害関係人として当該商標の登録を無効にする審判を請求することにつき、利害関係を有する者に該当すると解するのが相当である。本件においては、請求人(注、被告)は、本件商標の登録が存在することにより、自己の取り扱いに係る商品と本件商標を使用した商品との間に、出所の誤認混同を生じさせるおそれがある、ないし請求人の人格権が害されると主張しているのであるから、本件商標の登録を無効にし、排除せんとすることは、商標権の本質に照らして当然の権利というべきものである」(審決謄本13頁、第5の1の段落)と説示して、審判事件弁駁書における被告の主張事実や添付の書証には触れずに、被請求人である原告の主張を排斥している。上記説示は、要するに、旧商標法と異なり、商標登録の無効審判を請求できる者の範囲を明示的には利害関係人に限定していない現行の商標法においても、商標登録の無効審判の請求をするには利害関係を有することを必要とするとの解釈に立った上で、その存在を肯定する趣旨であると解される。そして、審決は、審判事件弁駁書に記載された被告の意見や添付の書証を用いずに(審決は、被告が引用B商標を含む引用商標の現商標権者であるということを一切認定していない。)、他の証拠から、当該判断に至ったものと認められるから、審判事件弁駁書等の不送達は、審決の判断に影響を及ぼさないものというべきである。
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(2) また、原告は、本件審判請求事件において実施された職権証拠調べについて、その結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていないとして、本件審判請求事件の手続は、商標法56条1項において準用する特許法150条5項の規定に違反する違法なものである旨主張する。
 そこで検討すると、審決が、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性について認定した事実のうち、その一部(審決謄本16頁〜17頁、第5の3(4)の段落)については、認定のために用いられた証拠(「世界の一流品大図鑑」の81年版、83年版、85年版、88年版及び90年版並びに「男の一流品大図鑑」の85年版、88年版及び91年版)が、本件審判請求事件において当事者が提出した証拠ではないことは、上記1(1)ケのとおりであり、それらの証拠については、審判体が職権で証拠調べをしたものであると推認できるところ、原告がその結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていないことは上記1(1)コのとおりであって、こうした手続が商標法56条1項において準用する特許法150条5項の規定に違反していることは、原告の主張するとおりである。
 しかしながら、審決に証拠調べの手続上の瑕疵がある場合に、そのすべてが直ちに審決の取消事由になると解することは相当でなく、審決に対する不服申立てについては東京高等裁判所に直ちに出訴すべきものとして裁判所の第一審を省略し紛争の早期解決を図ろうとしていること及び同高等裁判所が事実審裁判所であることを考えると、審判における証拠調べの手続上の瑕疵が審決取消事由となるのは、その瑕疵が、審判の適正及び当事者その他の利害関係人の権利保障の観点から見て、重大な瑕疵である場合に限られると解すべきである(東京高裁昭和56年12月21日判決・無体例集13巻2号933頁参照)。本件で職権証拠調べの対象となったものと推認される上記の各証拠は、いずれも、被告の使用する標章の著名性ないし周知性に関する証拠、しかも、当該証拠の標目自体から一般に刊行されている書籍からの抜粋であることは明らかなものである。加えて、「男の一流品大図鑑」の91年版を除き、取り調べられた証拠のほとんどすべてが、本件審判請求事件と同時に同じ審判体において審理された、当事者、代理人及び争点を同じくする同種の審判事件(平成9年審判第2833号事件)において、請求人である被告が提出した証拠であったこと(乙6)、「男の一流品大図鑑」の91年版も実質的に上記証拠と同一内容の補充的な証拠であって、これから予期し対応し得るものであることなどを併せ考慮すれば、原告としては、たとえ職権証拠調べの結果の通知がなくとも、これに対する反論、反証の機会が実質的に与えられていたと評価し得るか、又は不意打ちにならないと認められる事情があり、実質的な不利益は生じないというべきである(なお、最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決・判例時報1801号108頁参照)。原告は、別件において証拠が提出されていたか否かを本件において考慮すべきではない旨主張するが、問題となる証拠のほとんどが当事者、代理人及び争点を同じくする別件審判事件において提出されていたものであるとの事情は、被請求人である原告にとっての不意打ちの有無を実質的に判断するに当たり、当然に重要な考慮事情となるというべきであるから、原告のこの主張は採用の限りではない。
 そうすると、本件審判請求事件において職権証拠調べの結果の通知を欠いたことは、手続上の重大な瑕疵であるとまでいうことはできず、審決を取り消すべき事由には当たらないと解するのが相当であるから、これに反する原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば、原告の取消事由2の主張は、いずれも理由がない。
3 取消事由3(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する認定の誤り)について
(1) 当事者間に争いのない事実及び証拠によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニ及びそのデザインに係る商品に付される標章又はブランドの周知性ないし著名性について、以下の事実を認めることができる。
ア ヴァレンティノ・ガラバーニ(1932年生)は、イタリア生まれのファッションデザイナーである。17歳のときにパリでデザイナーとしての修業を始め、1959年にはローマに自分のスタジオを開設し、1962年、フィレンツェにおける最初のコレクションで成功を収めると、1967年には、世界のファッション界におけるオスカー賞に相当し、デザイナーとして最も栄誉ある賞といわれる「ニーマン・マーカス賞」を受賞し、ライフ誌、ニューヨークタイムズ紙、ニューズウィーク誌などの新聞、雑誌に同人の作品が掲載された。これ以来、同人は、イタリア・ファッション界の第一人者となるとともに、サンローランなどと並んで世界三大デザイナーとも呼ばれるようになり、その作品は、モナコ王国のグレース王妃、エリザベス・テイラー、オードリー・ヘプバーン、ソフィア・ローレン、ジャクリーヌ・ケネディなどの著名女性にも愛用された(甲4の1、甲7の2及び14、乙7、乙20の1〜8、乙21、弁論の全趣旨)。
イ 米国を始めとする欧米諸国においては、そのころから現在に至るまで、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品のブランドの略称として、「VALENTINO」、「valentino」の表示が一般的に用いられており、被告も、そのパンフレットの表紙において「VALENTINO」との表示を用いている(乙15、乙20の1〜8、乙22、弁論の全趣旨)。
ウ ヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人の関連企業である被告の直営店は、世界各地にあるが、その名称は「BOUTIQUES VALENTINO」である(乙22)。
エ 我が国においては、三井物産株式会社が、昭和45年、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品の輸入を開始し、昭和49年7月17日には、国内販売のために、他社との共同出資により、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが設立された(甲5の2、弁論の全趣旨)。同社は、遅くとも昭和52年ころには、直営販売店であるヴァレンティノ・ガラバーニ・ブティックをサンローゼ赤坂、大阪心斎橋、大阪マルビル、神戸大丸、福岡岩田屋に設けるとともに、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、名鉄メルサ(銀座)、サンモトヤマ(銀座)、資生堂ザ・ギンザ(銀座)、伊勢丹(新宿)、名鉄百貨店(名古屋)、高島屋(京都)、高島屋ブティック(大阪、ロイヤルホテル)、モデルン洋装店(大阪心斎橋)、サンモトヤマ(大阪、17番街)、カンダ(姫路)、高島屋(岡山)、ひさや(高松)、タナカ(松山)といった全国一流百貨店等に出店して、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を販売してきた(乙7、8)。このような状況は、現在でも継続しており、例えば、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、伊勢丹(新宿)の各一流百貨店に、他の有名ブランド店とともに出店している(乙9〜11)。
オ 昭和51年9月ないし10月には、我が国で初めて、東京及び大阪において、ヴァレンティノ・ガラバーニのファッションショーが開催され、好評を博した。同ファッションショーが開催された旨の記事は、同年9月30日付けの読売新聞及び朝日新聞、同年10月2日付けの朝日新聞、同月5日付けの朝日新聞及びサンケイ新聞などの全国紙を始め、全国各地の地方新聞紙上でも取り上げられたが、その見出しは、「バレンティノ・ショー」、「ヴァレンティノ・コレクション」、「ヴァレンティノのショーから」、「ヴァレンティノ秋冬ショー」、「バレンチノの作品群」、「見事なバレンチノ作品」など、「ヴァレンティノ」、「バレンティノ」又は「バレンチノ」の語を用いるものがほとんどである(甲5の1〜7、甲7の3、14〜28、30〜36、39、40)。
カ 上記オに掲げた新聞記事を含め、昭和51年以降、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名ないしそのデザインに係る商品のブランドを「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンティノ」、「ヴァレンチノ」又は「バレンチノ」の表示で紹介する新聞、雑誌の記事が多数存在する(甲5の1〜7、甲6の1〜5、甲7の3、4、6、14、16〜36及び38〜40)。
キ 昭和52年当時に株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが使用していた宣伝用パンフレットは、表紙に「valentino garavani」と表示するものの、本文部分では、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群のブランドを表すものとして、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」の表示が多用されている(乙7、8)。
ク 現在でも、百貨店において、バレンティノ・ガラバーニに係る商品を取り扱う売り場は、単に「ヴァレンティノ」として表示されている(乙9〜11)。
ケ 株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンは、昭和59年以後、平成14年までの19年間、最低でも年間6600万円程度の広告宣伝費、販売促進費及び展示会費を費やしており、平成3年には、その額は年間3億2600万円に達した。同社の純売上高は、同じ期間中、年間30億円を下回ることはなく、平成3年には、その額は年間76億円に達した(乙12、13)。
(2) 上記(1)の認定事実を総合すれば、ヴァレンティノ・ガラバーニは、遅くとも、同人のファッションショーが我が国で初めて開催され、その模様が新聞紙上で広く取り上げられた昭和51年(1976年)ころには、世界的に著名なファッションデザイナーとして、我が国のファッション関連商品の取引者、需要者の間に広く知られるようになり、本件商標の商標登録出願日(昭和53年7月31日)及び登録審決日(平成3年5月9日)において、「VALENTINO」、「Valentino」又は「valentino」との欧文字表記、「ヴァレンティノ」、「バレンティノ」又は「バレンチノ」との片仮名表記(以上を総称して、以下、「被告ブランドの表示」という。)は、いずれも、同人の氏名又はそのデザインに係る商品のブランドを表すものとして、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野において、取引者、需要者に周知であったと認めることができる。
 また、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告が、パンフレットの表紙や直営店の名称に「VALENTINO」との表示を用いてきたこと(上記(1)イ及びウ)、我が国において、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を販売してきた会社の社名が「ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン」であり、同社のパンフレットの本文でも、単に「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」とする表示が多用されていること(上記(1)エ及びキ)に照らせば、上記被告ブランドの表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告によって、その業務に係る商品のブランドの表示として、選択して使用されてきたものと認められる。
(3) 原告は、@大多数の新聞記事等は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品を紹介するに際し、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」等の正式表記をしており、単に「ヴァレンティノ」等の表示のみでは紹介していない、A「ヴァレンティノ」等の省略表記がされたからといって、省略表記はあくまで省略表記にすぎず、ヴァレンティノ・ガラバーニが「VALENTINO」ないし「ヴァレンティノ」の文字列のみからなる標章を用いていたことにはならない、Bイタリア及び米国においても、「VALENTINO」の欧文字を含む商標は、多数登録ないし登録出願されていることからすれば、諸外国においても、「VALENTINO」又は「Valentino」をもって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品のブランドの略称を示すとはいえないとして、被告ブランドの表示の存在及びその周知性を争っている。
 しかしながら、被告ブランドの表示が単独で用いられる例があること(甲6の1〜5)は原告も自認するとおりであるし、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品のブランドにつき、現に、その略称としての被告ブランドの表示が頻繁に用いられている以上、それ自体として、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品のブランドを示すものとして周知となることは当然にあり得ることであって、それと併せて、あるいは単独で、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」等と同人の氏名を省略せずに表記する例があるからといって、そうした認定を必ずしも妨げるものではない。また、省略表記であっても周知性を備えることがあるのは上記のとおりであるし、上記(2)のとおり、被告ブランドの表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニあるいは被告によって選択して使用されてきたものであると認められるから、原告の上記Aの主張も失当である。さらに、イタリアや米国において「VALENTINO」を含む商標の登録ないし登録出願が多数されているとの点についても、原告提出の証拠(甲57の1、甲58の1ないし8)からは、そうした商標の使用の実態、被告ブランドの表示との対比における当該商標の周知度等の事情が一切不明であるから、被告ブランドの表示の諸外国での使用状況に関する上記(1)イの認定、ひいては、被告ブランドの我が国における周知性に関する上記(2)の認定を覆すに足りないというほかはない。
(4) また、原告は、本件商標の商標登録出願時等において、引用A商標及び「バレンチノ」商標がプレイロード社によって使用されていたことから、当時、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を我が国において展開していた株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン自身が、プレイロード社の有する上記各商標と区別する形で、「VALENTINO GARAVANI」の商標を使用していた旨主張して、被告ブランドの表示の存在及び周知性を争っている。
 そこで検討すると、@プレイロード社は、引用A商標について、昭和43年6月5日に商標登録出願を、昭和45年4月8日に設定登録をし、「バレンチノ」商標についても、昭和43年6月5日に商標登録出願を、昭和45年8月3日に設定登録をしており、本件商標の商標登録出願日の当時、同社が引用A商標及び「バレンチノ」商標の商標権者であり、本件商標の登録審決日の当時においても、引用A商標については同様であったこと(なお、「バレンチノ」商標は平成2年8月に存続期間が満了している。)(甲3の1、甲8、11の1、2)、Aヴァレンティノ・ガラバーニないし被告(旧名称「グロベレガンゼ ビー べー」)は、我が国において、引用B商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和55年4月30日に設定登録をし、引用C商標につき、昭和45年4月16日に商標登録出願を、昭和47年7月20日に設定登録をし、引用D商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和60年7月29日に設定登録をし、引用E商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和60年6月25日に設定登録をし、引用F商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和54年12月27日に設定登録をしたこと(甲3の2、甲49、69、70、78の1及び2、甲47の1及び2、甲79の1及び2、弁論の全趣旨)、B昭和51年ころ、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側とプレイロード社との間で話し合いが持たれ、日本における被服類の表示については、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側は「VALENTINO GARAVANI」の商標を使用し、プレイロード社が「VALENTINO」の商標を使用することで合意したこと(甲9、乙17、18)の各事実を認めることができる。
 しかしながら、当時、引用A商標ないし「バレンチノ」商標が、プレイロード社に係る商品の出所を示すものとして、我が国のファッション関連分野の取引者、需要者に周知であったとは認められない上、かえって、上記Bのような話合が持たれたこと自体、当時、欧米諸国においては、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品のブランドの略称として、「VALENTINO」の表示が周知であり、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側としては、我が国においても被告ブランドの表示を使用したいとの意向を有していたにもかかわらず、プレイロード社が引用A商標の登録を先に受けていたことから、特別の取り決めがされたとの事情を強く推認させるところである。加えて、被告(旧名称「グロベレガンセ ビー べー」)が、旧別表21類「宝玉、その他本類に属する商品」を指定商品として、「VALENTINO」の欧文字からなる引用C商標を実際に取得していること(甲69、70)や、我が国においてヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を販売してきた会社の社名が「ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン」であり、同社のパンフレットの本文でも、単に「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」とする表示が多用されていること(上記(1)エ及びキ)、最終的に引用A商標はプレイロード社から帝人商事株式会社を経て被告に譲渡されていること(甲8、乙17、18)等の事情に照らせば、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側は、上記Bの合意にもかかわらず、その業務に係る商品のブランドの表示として、被告ブランドの表示を選択使用していたと認めるのが相当であり、結局、上記@ないしBの事実は、上記(2)の認定を何ら妨げるものではないというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(5) さらに、原告は、「ヴァレンティノ」は、イタリア人の姓又は名として極めて一般的かつありふれたものであり、それが特定の個人であるヴァレンティノ・ガラバーニのみを表すということは、その語義上およそあり得ないとも主張する。しかし、「ヴァレンティノ」が、イタリア人の姓又は名としてありふれたものであるとしても、そのことが、我が国において、商標としての識別力を備えることの妨げとなるとは解されないし、まして、我が国においては、「ヴァレンティノ」はありふれた姓又は名であるとはいえず、これが使用その他の一定の事実の蓄積によって、取引者、需要者の間で周知となり、識別力を備えるようになったとしても何ら不自然ではないから、原告の上記主張は採用の限りではない。
(6) 以上によれば、上記(2)と同旨の審決の認定に誤りはないというべきであるから、原告の取消事由3の主張はいずれも理由がない。
4 取消事由4(出所混同のおそれに関する認定判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれ(以下「広義の混同のおそれ」という。)がある商標が含まれると解するのが相当であるところ、「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として総合的に判断されるべきである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
(2) これを本件についてみると、本件商標は、「RUDOLPH VALENTINO」の欧文字を横書きしてなるものであって、その外観及び称呼のいずれの点においても、「RUDOLPH」ないし「ルドルフ」と「VALENTINO」ないし「ヴァレンティノ」と二分して認識され得るものであるところ、上記の後半部分は、被告ブランドの表示と全く同一の構成である。
 また、被告ブランドの表示は、上記3(2)のとおり、本件商標の商標登録出願日及び登録審決日において、著名なファッションデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品に付されるブランドの表示として、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野の取引者、需要者にとって周知であり、かつ、少なくとも我が国においては一定程度の独創性を備えたものであると認めることができる。
 さらに、本件商標の指定商品は、旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」であるのに対し、被告ブランドの表示は、婦人服、紳士服等の被服に使用されてきたものであると認められることからすれば、両者が使用される商品は極めて密接な関連性を有しており、両商品の取引者、需要者の相当部分が共通する。
 原告は、本件商標は一見して欧米人の氏名であることが明らかであるから、取引者、需要者はそれを一連、一体のものとしてとらえるのであって、殊更「VALENTINO」の文字だけをとらえることはないと主張するが、被告ブランドの表示として、「VALENTINO」、「ヴァレンティノ」の語がそれぞれ単独で用いられ、我が国において取引者、需要者の間に周知となっていたことは、上記認定のとおりである。また、本件商標は、その構成上、明らかに、「RUDOLPH」と「VALENTINO」とに二分されており、これに接する者が、「VALENTINO」の部分を可分なものとして認識することはごく自然なことである上、その指定商品と被告ブランドの表示に係る商品とに共通するファッション関連商品の取引者、需要者は、外観及び称呼の比較的長い商標については、そのデザイナーの氏名の略称等により簡易迅速に表記ないし呼称することがよく見られるという当裁判所に顕著な取引の実態があるから、このような取引者、需要者において、上記「VALENTINO」の部分に着目することは、十分にあり得ることといわなければならない。
 以上の事情に照らせば、本件商標をその指定商品に使用するときは、その取引者、需要者において、その商品がヴァレンティノ・ガラバーニないし被告と上記(1)のとおりの緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれがあるということができる。
(3) 原告は、マリオ・ヴァレンティノに係る「MARIO VALENTINO」商標を始めとして、「VALENTINO」の文字列を含む多数の商標が我が国で商標登録されており、本件商標もその一つであることを根拠に、取引者、需要者は、「VALENTINO」の文字列を含む複数の商標の存在を知り、その顧客ターゲット、嗜好、価格などにより商品を選択して取引し、又は購入していた旨主張して、本件商標と被告ブランドの表示との出所の誤認混同のおそれを争っている。
 確かに、@マリオ・ヴァレンティノが、「MARIO VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)とする商標登録第2215112号商標(昭和58年2月3日登録出願、平成2年2月23日設定登録)を有していること(甲33、34)、Aマリオ・ヴァレンティノないし同人に係る上記@の商標が、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告ブランドの表示と同じく周知であると認める余地があること(甲13〜32)、B「MARIO VALENTINO」商標のほかにも、我が国において、「VALENTINO」の文字列を含む多数の商標が商標登録されていること(甲34)は、原告主張のとおりである。
 しかしながら、マリオ・ヴァレンティノないし同人に係る上記@の商標が我が国において周知であると仮に認められるとしても、そのこと自体は、被告ブランドの表示が周知性を獲得していたことと矛盾するものではなく、また、両者の間で出所の誤認混同のおそれがないといえるとしても、それは、上記@の商標が、被告ブランドの表示と同じく周知性を有していたことによるものであって、そのことのゆえに、上記@の商標のような周知性を有するものとは到底認めるに足りない本件商標と被告ブランドの表示との間における出所の誤認混同のおそれが否定されるものではない。さらに、「VALENTINO」の文字列を含む多数の商標が登録されている状況下において、取引者、需要者が、「VALENTINO」の文字列を含む複数の商標の存在を知り、その顧客ターゲット、嗜好、価格などにより商品を選択して取引し、又は購入するという取引の実情が一部にあるとしても、被告ブランドの表示が、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品のブランドを表すものとして、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野において、取引者、需要者に周知であったとの上記認定事実の下では、それら「VALENTINO」の文字列を含む商標の一つである本件商標が付された商品に接する取引者、需要者の中に、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告と上記(1)のとおりの緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信する者が出現し、広義の混同を生ずるおそれのあることは、否定することができないから、原告の上記主張も採用することができない。
(4) 原告は、@本件商標は、著名な俳優であるルドルフ・ヴァレンティノに由来するものとして、取引者、需要者に広く認識されていた、A原告はルドルフ・ヴァレンティノのイメージを前面に打ち出した商品展開をしており、被告ブランドの表示へのフリーライドの意図は全くない旨主張して、本件商標と被告ブランドの表示との間における出所混同のおそれを否定する。
 まず、@について見ると、ルドルフ・ヴァレンティノは、本件商標の商標登録出願時から見ても50年以上前に死去した無声映画時代の米国人俳優であり、仮に映画愛好家の間において周知ないし著名であったとしても、本件商標の商標登録出願時及び登録審決時に、我が国のファッション関連分野の取引者、需要者の間において周知であったことを認めるに足りる証拠はないから、本件において上記(2)の判断を左右すべき特段の事情は認められないというほかはなく、原告の上記@の主張は採用することができない。
 次に、Aについては、上記(1)で説示したとおり、広義の混同のおそれが認められるかどうかは、専ら指定商品に係る取引者、需要者の認識によって決せられるものであり、原告がどのような主観的意図をもって商品展開をするかは混同のおそれの有無と直接には関係しないと解されるところ、実際にも、原告の意図にかかわらず、本件商標が映画俳優のルドルフ・ヴァレンティノに由来するものであることが周知であったとは認められないことも既に判示したとおりであるから、原告の上記Aの主張も採用の限りではない。
(5) 以上によれば、上記(2)と同旨をいう審決の認定判断に誤りはないというべきであるから、原告の取消事由4の主張は、いずれも理由がない。
5 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 長沢幸男
 裁判官 早田尚貴
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【事件名】「ルドルフ・バレンチノ」商標権事件C(2)
【年月日】平成15年9月29日
 東京高裁 平成14年(行ケ)第402号 審決取消請求事件
 (平成15年6月30日 口頭弁論終結)

判決
原告 有限会社松下スペースプロデュース
訴訟代理人弁護士 遠藤隆
同 野竹夏江
同弁理士 中村盛夫
同 小川順三
被告 バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートシャップ
訴訟代理人弁護士 服部成太
同 稲益みつこ
同弁理士 杉村興作
同 末野徳郎
同 廣田米男


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が平成9年審判第2833号事件について平成14年7月3日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、別添審決謄本写し末尾記載のとおりの構成よりなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」とする商標登録第2715313号商標(平成2年8月3日登録出願、平成7年12月26日登録査定、平成8年7月31日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成9年2月24日、本件商標の商標登録につき無効審判の請求(以下「本件審判請求」という。)をし、特許庁は、本件審判請求を平成9年審判第2833号事件(以下「本件審判請求事件」という。)として審理した結果、平成14年7月3日、「登録第2715313号の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同月13日、原告に送達された。
2 被告及びその商標権
 被告は、オランダ国の法律の下で設立及び法人化された私的有限責任会社であり、以下の各商標についての商標権者である。
(1) ややデザイン化した「VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」とする商標登録第852071号商標(昭和43年6月5日登録出願、昭和45年4月8日設定登録、以下「引用A商標」という。)
(2) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」とする商標登録第1415314号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和55年4月30日設定登録、以下「引用B商標」という。)
(3) 「VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第21類「宝玉、その他本類に属する商品」として設定登録された商標登録第972813号商標(昭和45年4月16日登録出願、昭和47年7月20日設定登録、以下「引用C商標」という。)。なお、当該指定商品中、「かばん類、袋物」については、平成2年6月25日、一部放棄を原因とする一部抹消登録がされている。
(4) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」とする商標登録第1793465号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和60年7月29日設定登録、以下「引用D商標」という。)
(5) 「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第22類「はき物(運動用特殊ぐつを除く)かさ、つえ、これらの部品及び附属品」とする商標登録第1786820号商標(昭和49年10月1日登録出願、昭和60年6月25日設定登録、以下「引用E商標」という。)
3 審決の理由
 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件商標は、その構成文字及び称呼のいずれからみても、一つの名称のものとしては冗長というべきである上、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情も認めるに足りないところ、本件商標の登録出願時には、既に、イタリアの著名デザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニ(Valentino Garavani、以下、単に「ヴァレンティノ・ガラバーニ」という。)に係る「VALENTINO(ヴァレンティノ)」標章が、紳士服、婦人服等のファッション関連の商品について使用され、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に付される商標ないし同人の略称として著名であったこと及び「VALENTINO(ヴァレンティノ)」標章が付される商品と本件商標の指定商品は同一又は高い関連性がある商品であること等を併せ考慮すれば、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあったものと判断するのが相当であり、かつ、この混同を生ずるおそれは、本件商標の登録出願時から登録査定時においても継続していたものと認められるとし、本件商標は、商標法4条1項15号に違反して登録されたものであるから、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は、本件審判請求事件において原告に対し職権証拠調べの結果の通知をしないという手続上の違法を犯した(取消事由1)上、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する事実認定を誤り(取消事由2)、その結果、本件商標が、ヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、商品の出所について混同を生ずるおそれがある商標である旨の誤った認定判断をした(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(審判手続の違法)
 審決において引用されている証拠のうち、「世界の一流品大図鑑91年版」及び「エル・ジャポン1997年8月号」(審決謄本18頁、第5の2(5))は、本件審判請求事件において証拠として提出されていない。職権証拠調べをしたものと思われるが、原告はその結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていない。以上のような本件審判請求事件の手続は、商標法56条1項において準用する特許法150条5項に違反する違法なものであり、審決は取り消されるべきものである。
2 取消事由2(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する認定の誤り)
(1) 審決は、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性について、@ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されていること(審決謄本18頁、第5の2(6)第1段落)、A「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品群を表示するブランドとして、本件商標の商標登録出願前から、我が国のファッション関連商品の分野において広く認識されていたこと(同)、B「ヴァレンティノ」(又は「バレンチノ」)の表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」)の略称を表すものとして、本件商標の商標登録出願前から、我が国のファッション関連商品の分野の取引者及び需要者の間で広く認識されていたこと(同第2段落)を認定した。
 しかしながら、審決の上記@〜Bの認定は誤っており、本件において、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」なるものは存在しないし、それが周知ないし著名であったこともない。
(2) @の認定の誤り
ア 審決が上記(1)の@の認定の根拠として挙げる記事のうち、大多数のもの(甲4の1〜4、甲5の1〜10)は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品を紹介するに際し、「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラバーニ)」等の正式表記(正式表記の後、省略表記されているものを含む。)がされており、「ヴァレンティノ」の表示のみによる紹介はしていないから、これらの記事を根拠に、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されているとの認定をすることは明らかに誤りである。
 確かに、一部には、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介を行う記事もある(甲6の1〜5)が、そうした記事は少数であり、被告が本件審判請求事件において提出した大多数の証拠(甲7の1〜40)において、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群を紹介するに際し、「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラバーニ)」等の正式表記(正式表記の後、省略表記されているものを含む。)がされているのであるから、少数の誤った、又は不適切な表記があるからといって、多数の正しい表記があるにもかかわらず、上記のような認定をすることは許されない。
 また、そもそも、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、「ヴァレンティノ(又はバレンティノ)」と省略表記がされた記事があるとしても、省略表記はあくまで省略表記であって、その存在をもって、上記(1)におけるA及びBの認定のように、ヴァレンティノ・ガラバーニが「VALENTINO(ヴァレンティノ)」の文字列のみからなる商標又は標章を用いていた、あるいは、「VALENTINO(ヴァレンティノ)」がヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群の略称として認識されていたと認定することには、明らかな論理の飛躍がある。
 さらに、仮に、審決が、正式表記の後、省略表記がされている記事を基に、略称の関係があると認定したのであれば、ヴァレンティノ・ガラバーニと同じく世界的に著名なデザイナーであるマリオ・ヴァレンティノ(Mario Valentino、以下、単に「マリオ・ヴァレンティノ」という。)の氏名又はそのデザインに係る商品群についても、正式表記の後、省略表記がされている記事が多数存在する(甲15、21〜25、29、31)ことから、マリオ・ヴァレンティノについても、同様に、「VALENTINO(ヴァレンティノ)」が同人の氏名又はそのデザインに係る商品群の略称であると認定することになるが、そのような認定が正当でないことは明らかである。
イ 被告は、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連商品分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られており、上記記事中の「ヴァレンティノ」又は「バレンチノ」との記載は、その反映であると主張する。
 しかし、例えば、イタリアにおいて、国際分類25類(被服、履き物等)を指定商品とする商標であって、その構成中に「VALENTINO」の欧文字を含む商標は、現在までに181件登録ないし登録出願されている。米国においても、国際分類25類を指定商品とする商標であって、ヴァレンティノ・ガラバーニ又は被告以外の者を権利者とし、かつ、その構成中に「VALENTINO」の欧文字を含む商標は、現在までに8件、登録ないし登録出願されている。このように、イタリア及び米国において、「VALENTINO」の文字列を含む多数の商標が登録ないし登録出願されていることからすれば、両国においても、「VALENTINO」、「Valentino」をもって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称を示すといえないことは明らかであり、被告の上記主張は事実に反するものである。
ウ 以上によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されているとの審決の上記(1)の@の認定が誤りであることは明らかである。
(3) Aの認定の誤り
ア 引用A商標は、プレイロード株式会社(以下「プレイロード社」という。)が昭和43年6月5日に商標登録出願し、昭和45年4月8日に設定登録を受けた商標であり、プレイロード社は、平成6年9月8日、帝人商事株式会社に同商標に係る商標権を譲渡するまで、ヴァレンティノ・ガラバーニに商品のデザインを依頼することなく、引用A商標を自社の製品に使用していた。被告は、平成8年5月8日、帝人商事株式会社から引用A商標に係る商標権を譲り受け、その後、上記商標を使用し始めたものである。すなわち、本件商標の登録出願時及び設定登録時、引用A商標の商標権者は被告ではなく、プレイロード社であったのであり、当時、被告は、引用A商標を使用していないし、もちろん、ヴァレンティノ・ガラバーニも同商標を使用してない。
 また、プレイロード社は、昭和43年6月5日、「バレンチノ」の片仮名文字からなる商標につき商標登録出願し、昭和45年8月3日、その設定登録を受けて(商標登録第867691号商標、以下、単に「『バレンチノ』商標」という。)、同商標が存続期間満了により消滅する平成2年8月3日まで、引用A商標と同様、これを自社の製品に使用していた。したがって、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告は、本件商標の登録出願時、片仮名文字からなる「バレンチノ」の商標又は標章も使用していなかった。
 なお、被告は、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連商品分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られていると主張するが、その主張が誤りであることは、上記(2)イのとおりである。
イ ヴァレンティノ・ガラバーニは、本件商標の商標登録出願時、そのデザインに係る商品群を我が国において展開するにつき、三井物産株式会社を通じて輸入し、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンにより販売するという方法を用いていた。そして、その際、同社は、プレイロード社の有する「VALENTINO(バレンチノ)」の文字列のみからなる商標(引用A商標及び「バレンチノ」商標)又は標章と区別する形で、「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ ガラバーニ)」の商標又は標章を使用していた。
 したがって、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンは、引用A商標は使用していなかったし、「VALENTINO GARAVANI」の商標を「VALENTINO」と略称したこともない。昭和51年10月1日の新聞記事(甲9)によれば、同社が、その商品展開について、「ブランドは、紳士服メーカープレイロードが“ヴァレンティノ”で打ち出していることから“ヴァレンティノ・ガラバーニ”とする」と明らかにしたとされているが、この記事は、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンを含む取引者(業界内)においては、「ヴァレンティノ」と「ヴァレンティノ・ガラバーニ」とは全く別個の商標であると認識されていたことを示すものである。そして、同社は、両商標の違いを前提として、「VALENTINO GALAVANI」の商標で、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品の販売を展開したから、需要者が「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」をヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を表示するブランドと認識したこともなかった。
ウ 以上によれば、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品群を表示するブランドとして認識されていたとする審決の上記(1)Aの認定については、前提となる審決の上記(1)@の認定が上記(2)のとおり誤っているのみならず、本件商標の商標登録出願時及び設定登録時、引用A商標及び「バレンチノ」商標がプレイロード社によって使用されていたとの事実、並びに、当時、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を我が国において展開していた株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン自身が、プレイロード社の有する上記各商標と区別する形で、「VALENTINO GARAVANI」の商標を使用していたとの事実に照らし、その認定が誤りであることは明らかである。
(4) Bの認定の誤り
ア ヴァレンティノ・ガラバーニとほぼ同時代に、世界的に著名なデザイナーであるマリオ・ヴァレンティノが存在していた。同人も、日本国内において「MARIO VALENTINO」の欧文字からなる商標を登録し(甲33)、かつ、それを自己のデザインに係る商品に使用して日本国内で販売していた(甲21〜32、52)。ヴァレンティノ・ガラバーニとマリオ・バレンティノは、いずれもファッション関連商品の分野において著名なデザイナーであったことから、「Valentino」との省略表記のみではどちらのデザイナーを示すのか区別できず、この両者に関しては、その氏名又はそのデザインに係る商品群を表す際、「Mario Valentino」あるいは「Valentino Garavani」と略さずに表示されるのが通常であった。したがって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名及びそのデザインに係る商品群について、「ヴァレンティノ」又は「バレンチノ」と略称されることはなかった。
 また、本件商標の登録出願時から設定登録時にかけて、マリオ・ヴァレンティノに係る上記「MARIO VALENTINO」商標を始め、30件の「VALENTINO」、「Valentino」を含む商標が登録出願ないし設定登録されており、本件商標もその一つであって、それぞれの商標を使用した商品が日本国内で販売されている(甲34)。取引者、需要者は、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む複数の商標の存在を知り、その顧客ターゲット、嗜好、価格などにより商品を選択して取引し、又は購入していた。
イ ヴァレンティノは、イタリア人の姓又は名として極めて一般的かつありふれたものであって、日本に引き直していえば、鈴木、中村、伊藤、一郎、太郎などに相当する。したがって、「ヴァレンティノ」が特定の個人であるヴァレンティノ・ガラバーニのみを表すということは、その語義上およそあり得ないことである。
ウ 以上によれば、「ヴァレンティノ」(又は「バレンチノ」)の表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」)の略称を表すものとして認識されていたとする審決の上記(1)Bの認定については、前提となる審決の上記(1)@及びAの認定が上記(2)及び(3)のとおり誤っているのみならず、上記ア及びイの各事実に照らし、その認定が誤りであることは明らかである。
3 取消事由3(出所混同のおそれに関する認定判断の誤り)
(1) 審決は、出所の混同を生ずるおそれについて、C本件商標を構成する「Rudolph Valentino」の欧文字が16文字、これより生ずる「ルドルフ ヴァレンティノ」の称呼も9音であって、その構成文字又は称呼のいずれより見ても、一つの名称のものとしては冗長である(審決謄本18〜19頁、第5の3第1段落)とする一方、D本件商標について、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情も、被請求人(注、原告)の提出した証拠によっては認めるに足りない(同19頁、同段落)とした上、E本件商標の商標登録出願時における上記2(1)のA及びBの認定事実及び「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」と本件商標の指定商品の同一性又は高い関連性を理由として、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、その構成中後半の「Valentino」(同頁14行目に「VALENTINO」とあるのは「Valentino」の誤記と認める。)の文字のみをとらえ、著名な「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を連想、想起し、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあった(同第2段落)、Fヴァレンティノ・ガラバーニ以外の「VALENTINO」の文字を含むデザイナーに係る商品のブランドが、単に「ヴァレンティノ」又は「VALENTINO」と略称されている事実は存在しない(同20頁、第5の4第3段落)と認定判断している。
 しかしながら、上記の各認定判断は誤っており、本件商標については、出所の混同を生ずるおそれなど存在しない。
(2) Cの認定判断の誤り
 本件商標は、欧文字が16文字、称呼が9音であることは審決指摘のとおりであるが、欧米人の氏名に由来する商標の場合、この程度の文字数、称呼音数となるのはそれほど珍しいことではなく、これを冗長であるとする審決の上記(1)Cの認定判断は誤りである。
(3) Dの認定判断の誤り
 本件商標は、ハリウッドの無声映画時代のイタリア生まれの米国人映画俳優(1926年没)であるルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino、以下、単に「ルドルフ・ヴァレンティノ」という。)の氏名に由来するもので、明らかに特定の人名に由来するものである。
 そして、本件商標を構成する「Rudolph Valentino」の文字列が、上記俳優の氏名を表すものとして、取引者、需要者に広く認識されていること(甲37〜46、52、58〜60)から、本件商標は、全体として特定の欧米人の氏名を表すものとして、一般の取引者、需要者によく知られていることは明らかであり、審決の上記(1)Dの認定判断は誤りである。
(4) Eの認定判断の誤り
ア 審決は、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、その構成中後半の「Valentino」の文字のみをとらえ、著名な「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を連想、想起し、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあった(上記(1)のE)とするものであるが、そもそも、その判断の根拠となった事実認定(上記2(1)のA及びB)が誤りであることは、上記2(3)及び(4)のとおりである。
 また、本件商標の「Rudolph Valentino」は、一見して欧米人の氏名であることが明らかであるから、取引者、需要者は、氏と名をもって一連、一体のものとしてとらえるのであり、殊更「Valentino」の文字のみをとらえることはない。取引者、需要者は、上記2(4)アのとおり、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む複数の商標の存在を知った上で、その顧客ターゲット、嗜好、価格などによって商品を選択して取引し、又は購入していたのであるから、「Valentino」の方に目を引きつけられるということはないし、ましてや、本件商標を構成する「Rudolph Valentino」の後半部分が、「VALENTINO GARAVANI」の略称である「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を表すものであると連想することなどあり得ない。
イ 被告は、「VALENTINO GARAVANI」商標に係る商品が、「VALENTINO」の略称をもって周知著名性を獲得したとし、ヴァレンティノ・ガラバーニに係るもの以外の「VALENTINO」、「Valentino」を含む商標群は、すべて「VALENTINO GARAVANI」ブランドの周知著名性に乗じたフリーライドの商標であり、本件商標も同様であると主張する。しかし、被告の上記主張は、上記2(4)のとおり、「VALENTINO」が「VALENTINO GARAVANI」の略称であるという関係が存在しない点において誤っている上、本件商標は、上記(3)のとおり、ハリウッドの無声映画時代のイタリア生まれの米国人映画俳優であるルドルフ・ヴァレンティノの氏名に由来するものであり、原告は、本件商標を付した商品の宣伝、広告に当たり、上記俳優のイメージを前面に打ち出しているのであって、原告には、「VALENTINO GARAVANI」ブランドへのフリーライドの意図は全くない。
ウ 以上によれば、審決の上記(1)Eの認定判断は誤りである。
(5) Fの認定の誤り
 マリオ・ヴァレンティノの紹介記事においても、同人の氏名又はそのデザインに係る商品のブランドにつき「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」、「ヴァレンチノ」、「バレンチノ」との省略表記がされており(甲15、21〜25、29、31)、審決の上記(1)Fの認定は明らかに誤りである。
第4 被告の反論
 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(審判手続の違法)について
(1) 原告主張に係る各書証につき、本件審判請求事件において、請求人である被告が証拠として提出していないことは認める。
(2) ところで、審判手続において職権で証拠調べをしたときは、その結果を当事者に通知しなければならず、これをしないでした審決は、商標法56条において準用する特許法150条5項に違反する瑕疵を有するものではあるが、審決取消事由となるのは、その瑕疵が重大な瑕疵である場合に限られると解するのが相当であるところ、職権証拠調べが補充的にされたにすぎない場合には、職権証拠調べの結果の通知がなくとも、当事者の判断でその結果ないしその程度のことは予期し対応することは当然可能であり、不意打ちには当たらないから、審決における重大な瑕疵とはならないと解すべきである(東京高裁昭和56年12月21日判決・無体例集13巻2号933頁参照)。
 これを本件についてみると、職権証拠調べの対象となった証拠は、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の著名性を認定する証拠であるところ、その著名性は、請求人である被告が提出した証拠によっても認定し得るところであり、かつ、職権証拠調べの対象となったのは被告が提出した証拠と実質的に同質の証拠であって補充的な証拠であるから、被告提出に係る証拠から予期し対応することができるものである。そうすると、本件審判請求事件の手続に職権証拠調べの結果の通知を欠く瑕疵があるとしても、原告に対する不意打ちにはならないから、その瑕疵は、審決を取り消すべき重大な瑕疵には当たらないというべきである。
2 取消事由2(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する認定の誤り)について
(1) @の認定の誤りについて
ア 審決が該当部分の事実認定の根拠として挙げる書証のうち、甲5の1〜8、甲6の1〜5には、「バレンティノ」又は「ヴァレンティノ」との記載があり、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名の略称又はそのデザインした商品群を表示するブランドを意味するものとして紹介されている。
 原告はこうした表記を省略表記にすぎないとするが、「バレンティノ」又は「ヴァレンティノ」との記載は、単なる省略表記にとどまらず、ヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られていることを反映しているものであり、ひいては、我が国における取引者、需要者も同様の認識を有していることを示すものである。
イ 原告は、イタリア及び米国において、「VALENTINO」の文字列を含む商標が多数登録ないし登録出願されていることからすれば、両国においても、「VALENTINO」、「Valentino」をもって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称を示すとはいえない旨主張する。しかしながら、原告提出の証拠(甲61、62)からは、それらの商標がイタリア及び米国においていかなる商品に使用されているのか、その周知度はいかなるものか、その使用実態は全く不明であって、欧米における服飾等のファッション関連分野における「VALENTINO」、「Valentino」のブランドの略称の周知性を否定する理由とはなり得ない。いわんや、イタリア及び米国において単に登録出願があったことのみでは、何らの意味も持たないというべきであり、原告の上記主張は失当である。
ウ 以上によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品について、単に「ヴァレンティノ」の表示のみで紹介されている記事が多数掲載されているとする審決の認定(上記第3の2(1)@)に誤りはない。
(2) Aの認定の誤りについて
 ヴァレンティノ・ガラバーニは、1967年にデザイナーとして最も名誉ある賞「ファッション・オスカー」を受賞し、ライフ誌、ニューヨークタイムズ紙、ニューズウィーク誌などの新聞、雑誌に同人の作品が掲載された。これ以来、同人は、イタリア・ファッション界の第一人者となり、サンローランなどと並んで世界三大デザイナーとも呼ばれるようになった。そして、諸外国、とりわけ、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連分野においては、「VALENTINO」、「Valentino」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られているところである。
 我が国においては、三井物産株式会社が、昭和45年(1970年)、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に「VALENTINO」商標を付して輸入を開始し、昭和49年(1974年)7月17日には、国内販売のために、三井物産株式会社ほか2社の共同出資により、東京都千代田区紀尾井町(設立当初。現在は平河町)に、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが設立された。同社は、直営販売店であるヴァレンティノ・ガラバーニ・ブティックをサンローゼ赤坂、大阪心斎橋、大阪マルビル、神戸大丸、福岡岩田屋に設けるとともに、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、名鉄メルサ(銀座)、サンモトヤマ(銀座)、資生堂ザ・ギンザ(銀座)、伊勢丹(新宿)、名鉄百貨店(名古屋)、高島屋(京都)、高島屋ブティック(大阪、ロイヤルホテル)、モデルン洋装店(大阪心斎橋)、サンモトヤマ(大阪、17番街)、カンダ(姫路)、高島屋(岡山)、ひさや(高松)、タナカ(松山)といった全国一流百貨店等に出店して、遅くとも1977年(昭和52年)ころには、これらの一流百貨店等において、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品について、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」を用いて販売してきたものである(乙1、2)。このような状況は、現在でも継続しており、例えば、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、伊勢丹(新宿)の各一流百貨店に、他の有名ブランド店とともに出店している(乙3〜5)。
 以上の事実に照らすと、遅くとも昭和52年ころ以降、現在に至るまで、我が国における服飾等のファッション関連商品分野の取引者、需要者においては、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」といえば、周知著名なデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又そのデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られていたと認定できるというべきである。
 これに対して、本件商標の登録出願時及び設定登録時、「VALENTINO」がプレイロード社の商品につき、その出所を表示する商標として服飾等のファッション関連商品分野の取引者、需要者に広く知られていたとの事実はないから、当時、プレイロード社が引用A商標の商標権者であったとの事実は上記認定を何ら妨げるものではない。
 以上によれば、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品群を表示するブランドとして認識されていたとする審決の認定(上記第3の2(1)A)に誤りはない。
(3) Bの認定の誤りについて
ア 原告は、「VALENTINO」、「Valentino」の文字を使用した商標が多数存在すること、特に「MARIO VALENTINO」商標の著名性を根拠に、審決の認定が誤っている旨主張する。
 しかしながら、「VALENTINO」、「Valentino」の文字を含む商標が他に登録され、使用されていても、それらが、取引者、需要者によりヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に使用される「VALENTINO」、「Valentino」と明確に区別され、ヴァレンティノ・ガラバーニとは関係のないものとして取引されているという事実はない。逆に、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品に使用される「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」との標章が、「ヴァレンティノ」と呼ばれて周知著名である事実に照らせば、取引者、需要者は、上記のような「VALENTINO」、「Valentino」の文字を含む他の商標についても、それがヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を示すものであって、周知著名な「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドと同一ないしその兄弟ブランドであるなどと誤解している可能性も十分にあるというべきである。
 また、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」、「Valentino」等の標章の周知著名性に照らせば、仮に、「MARIO VALENTINO」など、「VALENTINO」、「Valentino」の文字を含む他の商標であって、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」、「Valentino」等の標章と区別して認識されているものがあったとしても、そのことは、本件商標がヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品との間で出所の混同のおそれを有するものである事実を何ら左右するものではない。なぜなら、仮に、「VALENTINO」、「Valentino」の文字を含む他の商標の中に、周知著名なヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」、「Valentino」等の標章ないしブランドと区別され、出所を異にするものとして理解されているものがあるとすれば、それは、当該商標が、「VALENTINO」、「Valentino」とそれ以外の他の特定の文字とが結合したものとしてよく知られ、かつ、ヴァレンチノ・ガラバーニとは関係のないものとしてよく知られるに至っている等の特段の事情がある場合であると解されるが、本件商標については、そのような特段の事情が全く認められないからである。
 したがって、原告の上記主張は失当である。
イ 原告は、「ヴァレンティノ」はイタリア人の姓又は名として極めて一般的かつありふれたものであるから、「ヴァレンティノ」が特定の個人であるヴァレンティノ・ガラバーニのみを表すなどということは、その語義上およそあり得ない旨主張する。
 しかしながら、「VALENTINO」がイタリア人の姓又は名として一般的なありふれたものであるとしても、我が国において、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」、「Valentino」等の標章が周知著名であるとの認定を何ら妨げるものではない。そして、現実に、我が国においては、ヴァレンティノ・ガラバーニに係る「VALENTINO」、「Valentino」等の標章が周知著名であり、「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」と表示されている場合には、ファッション関連商品分野の取引者、需要者は、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を表示するものと認識し、その商標ないし標章が付された商品を、周知著名な「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドと同一ないしその兄弟ブランドであるなどと誤解するおそれがあるというべきである。
ウ 以上によれば、「ヴァレンティノ」(又は「バレンチノ」)の表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」)を表すものとして認識されていたとする審決の認定(上記第3の2(1)B)に誤りはない。
3 取消事由3(出所混同のおそれに関する認定判断の誤り)について
(1) Cの認定判断の誤りについて
 本件商標は、「Rudolph」と「Valentino」の2語、欧文字で16文字からなるものであり、外観及び称呼が比較的長い商標である。そして、我が国のファッション関連商品を取り扱う業界においては、例えば、「ココ・シャネル」を「シャネル」、「アンドレ・クレージュ」を「クレージュ」、「ジョルジオ・アルマーニ」を「アルマーニ」、「サルヴァトーレ・フェラガモ」を「フェラガモ」、「クリスチャン・ディオール」を「ディオール」と呼ぶように、特に外国人のデザイナーによるデザイナーブランドについて、そのデザイナーの氏名の略称により、そのデザイナーのデザインに係る商品を指すことがよく見られるという取引の実情がある。
 そうすると、本件商標についても同様の理由により、簡易迅速性を重んじる取引の実際においては、その一部だけによって簡略に表記ないし呼称され得るものである。
 したがって、本件商標につき、その構成文字又は称呼のいずれより見ても、一つの名称のものとしては冗長であるとした審決の認定判断(上記第3の3(1)C)に誤りはない。
(2) Dの認定判断の誤りについて
 ルドルフ・ヴァレンティノが一部の無声映画愛好家の間に知られていることはともかく、同人は、今から80年近くも前の大正15年(1926年)に死亡した俳優であり、本件商標の登録出願時及び設定登録時に、服飾等のファッション関連商品分野の取引者、需要者間に広く知られていたとの事実はない。
 仮に、原告が本件商標をルドルフ・ヴァレンティノに由来するものとして採用したものであるとしても、本件商標をどのように認識するかは、取引者、需要者によって決せられる事柄である。そして、本件商標が、原告主張の由来によるものとして、取引者、需要者に認識されている事実はない。
 したがって、本件商標について、全体として特定の熟語や氏名を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているというような事情を認めるに足りないとした審決の認定判断(上記第3の3(1)D)に誤りはない。
(3) Eの認定判断の誤りについて
ア 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれると解される(最高裁平成13年7月6日第二小法廷判決・判例時報1762号130頁)。また、同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り(いわゆるフリーライド)及び当該表示の希釈化(いわゆるダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであり、そして、「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として総合的に判断されるべきである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
イ これを本件についてみると、本件商標は、上段に「Rudolph Valentino」の欧文字、下段に「V」を配置してなるものであって、上段部分は欧文字で16文字であり、比較的長い商標である。また、上記(1)のとおり、我が国のファッション関連商品を取り扱う業界においては、デザイナーズブランドは、そのデザイナーの氏名の略称により、そのデザイナーのデザインに係る商品を指すことがよく見られるという取引の実情があることから、簡易迅速性を重んじる取引の実際においては、その一部だけによって簡略に表記ないし呼称され得るものであるということができる。
 被告の商標は、周知著名な「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドであり、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る婦人・紳士物の衣料品、毛皮、革製バッグ、革小物、ベルト、ネクタイ、靴、ライター、傘、ハンカチ等、ファッション関連商品について周知著名な商標である。
 本件商標の指定商品は被服等であり、被告の商標が現に使用されている商品と同一か又はこれとの関連性の程度が極めて強いものである。また、このことから、両者の商品の取引者及び需要者が共通することも明らかである。しかも、両者の商品が日常的に消費される性質の商品であることや、その需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であり、これを購入するに際して払われる注意力はさほど高いものではないことに照らすと、本件商標の構成中の「Valentino」の文字部分が、これに接する取引者、需要者に特別な文字として、その注意を特に引くであろうことは容易に予測し得るところである。
ウ 以上のとおり、本件商標は、被告の商標と同一の文字部分をその構成の一部に含む商標であって、その外観、称呼及び観念上、当該同一部分である「Valentino」がその余の部分から分離して認識され得るものであることに加え、被告の有する「VALENTINO」、「Valentino」、「valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンチノ」のブランドの周知著名性の程度が高く、しかも、本件商標の指定商品と被告の商標の使用されている商品が重複し、両者の取引者及び需要者も共通している。これらの事情を総合すれば、本件商標は、これに接した取引者及び需要者に対し、ヴァレンティノ・ガラバーニ若しくはその経営する会社又はこれらと緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であることを連想させて、その商品の出所につき誤認混同を生じさせるものというべきである。
 したがって、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、その構成中後半の「Valentino」の文字のみをとらえ、著名な「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」を連想、想起し、それがヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあったとする審決の認定判断(上記第3の3(1)E)に誤りはない。
(4) Fの認定の誤りについて
 原告の主張は争う。マリオ・ヴァレンティノについて省略表記がされることはほとんどない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(審判手続の違法)について
 原告は、本件審判請求事件において実施された職権証拠調べについて、その結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていないとして、本件審判請求事件の手続は、商標法56条1項において準用する特許法150条5項の規定に違反する違法なものである旨主張する。
 そこで検討すると、審決が、「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の著名性について認定した事実のうち、その一部(審決謄本18頁、第5の2(5)の段落)については、認定のために用いられた証拠(「世界の一流品大図鑑91年版」及び「エル・ジャポン1997年8月号」)が、本件審判請求事件において当事者が提出した証拠ではないことにつき当事者間に争いがなく、それらの証拠については、審判体が職権で証拠調べをしたものであると推認できるところ、弁論の全趣旨によれば、原告がその結果の通知を受けておらず、意見を申し立てる機会も与えられていないとの事実を認めることができ、こうした手続が商標法56条1項において準用する特許法150条5項の規定に違反していることは、原告の主張するとおりである。
 しかしながら、審決に証拠調べの手続上の瑕疵がある場合に、そのすべてが直ちに審決の取消事由になると解することは相当でなく、審決に対する不服申立てについては東京高等裁判所に直ちに出訴すべきものとして裁判所の第一審を省略し紛争の早期解決を図ろうとしていること及び同高等裁判所が事実審裁判所であることを考えると、審判における証拠調べの手続上の瑕疵が審決取消事由となるのは、その瑕疵が、審判の適正及び当事者その他の利害関係人の権利保障の観点から見て、重大な瑕疵である場合に限られると解すべきである(東京高裁昭和56年12月21日判決・無体例集13巻2号933頁参照)。本件で職権証拠調べの対象となったものと推認される上記の各証拠は、いずれも、被告の使用する標章の著名性ないし周知性に関する証拠、しかも、当該証拠の標目自体から一般に刊行されている書籍からの抜粋であることは明らかなものである。加えて、同種の書籍が本件審判請求事件において被告から現に証拠として多数提出されており、上記各証拠も実質的にそれと同一内容の補充的な証拠であって、これから予期し対応し得るものであることなどを併せ考慮すれば、原告としては、たとえ職権証拠調べの結果の通知がなくとも、これに対する反論、反証の機会が実質的に与えられていたものと評価し得るか、又は不意打ちにならないと認められる事情があり、実質的な不利益は生じないというべきである(なお、最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決・判例時報1801号108頁参照)。
 そうすると、本件審判請求事件において職権証拠調べの結果の通知を欠いたことは、手続上の重大な瑕疵であるとまでいうことはできず、審決を取り消すべき事由には当たらないと解するのが相当である。
 以上によれば、原告の取消事由1の主張は、理由がない。
2 取消事由2(「VALENTINO(ヴァレンティノ)標章」の周知著名性に関する認定の誤り)について
(1) 当事者間に争いのない事実及び証拠によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニ及びそのデザインに係る商品に付される標章又はブランドの周知性ないし著名性について、以下の事実を認めることができる。
ア ヴァレンティノ・ガラバーニ(1932年生)は、イタリア生まれのファッションデザイナーである。17歳のときにパリでデザイナーとしての修業を始め、1959年にはローマに自分のスタジオを開設し、1962年、フィレンツェにおける最初のコレクションで成功を収めると、1967年には、世界のファッション界におけるオスカー賞に相当し、デザイナーとして最も栄誉ある賞といわれる「ニーマン・マーカス賞」を受賞し、ライフ誌、ニューヨークタイムズ紙、ニューズウィーク誌などの新聞、雑誌に同人の作品が掲載された。これ以来、同人は、イタリア・ファッション界の第一人者となるとともに、サンローランなどと並んで世界三大デザイナーとも呼ばれるようになり、その作品は、モナコ王国のグレース王妃、エリザベス・テイラー、オードリー・ヘプバーン、ソフィア・ローレン、ジャクリーヌ・ケネディなどの著名女性にも愛用された(甲4の1、甲7の2及び14、乙1、乙14の1〜8、乙15、弁論の全趣旨)。
イ 米国を始めとする欧米諸国においては、そのころから現在に至るまで、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品のブランドの略称として、「VALENTINO」、「valentino」の表示が一般的に用いられており、被告も、そのパンフレットの表紙において「VALENTINO」との表示を用いている(乙9、乙14の1〜8、乙16、弁論の全趣旨)。
ウ ヴァレンティノ・ガラバーニ又は同人の関連企業である被告の直営店は、世界各地にあるが、その名称は「BOUTIQUES VALENTINO」である(乙16)。
エ 我が国においては、三井物産株式会社が、昭和45年、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品の輸入を開始し、昭和49年7月17日には、国内販売のために、他社との共同出資により、株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが設立された(甲5の2、弁論の全趣旨)。同社は、遅くとも昭和52年ころには、直営販売店であるヴァレンティノ・ガラバーニ・ブティックをサンローゼ赤坂、大阪心斎橋、大阪マルビル、神戸大丸、福岡岩田屋に設けるとともに、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、名鉄メルサ(銀座)、サンモトヤマ(銀座)、資生堂ザ・ギンザ(銀座)、伊勢丹(新宿)、名鉄百貨店(名古屋)、高島屋(京都)、高島屋ブティック(大阪、ロイヤルホテル)、モデルン洋装店(大阪心斎橋)、サンモトヤマ(大阪、17番街)、カンダ(姫路)、高島屋(岡山)、ひさや(高松)、タナカ(松山)といった全国一流百貨店等に出店して、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を販売してきた(乙1、2)。このような状況は、現在でも継続しており、例えば、三越本店(日本橋)、高島屋(日本橋)、伊勢丹(新宿)の各一流百貨店に、他の有名ブランド店とともに出店している(乙3〜5)。
オ 昭和51年9月ないし10月には、我が国で初めて、東京及び大阪において、ヴァレンティノ・ガラバーニのファッションショーが開催され、好評を博した。同ファッションショーが開催された旨の記事は、同年9月30日付けの読売新聞及び朝日新聞、同年10月2日付けの朝日新聞、同月5日付けの朝日新聞及びサンケイ新聞などの全国紙を始め、全国各地の地方新聞紙上でも取り上げられたが、その見出しは、「バレンティノ・ショー」、「ヴァレンティノ・コレクション」、「ヴァレンティノのショーから」、「ヴァレンティノ秋冬ショー」、「バレンチノの作品群」、「見事なバレンチノ作品」など、「ヴァレンティノ」、「バレンティノ」又は「バレンチノ」の語を用いるものがほとんどである(甲5の1〜7、甲7の3、14〜28、30〜36、39、40)。
カ 上記オに掲げた新聞記事を含め、昭和51年以降、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名ないしそのデザインに係る商品のブランドを「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」、「バレンティノ」、「ヴァレンチノ」又は「バレンチノ」の表示で紹介する新聞、雑誌の記事が多数存在する(甲5の1〜7、甲6の1〜5、甲7の3、4、6、14、16〜36、38〜40)。
キ 昭和52年当時に株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが使用していた宣伝用パンフレットは、表紙に「valentino garavani」と表示するものの、本文部分では、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品群のブランドを表すものとして、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」の表示が多用されている(乙1、2)。
ク 現在でも、百貨店において、バレンティノ・ガラバーニに係る商品を取り扱う売り場は、単に「ヴァレンティノ」として表示されている(乙3〜5)。
ケ 株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンは、昭和59年以後、最低でも年間6600万円程度の広告宣伝費、販売促進費及び展示会費を費やしており、その額は、平成2年から平成7年の間は、年間7000万円から3億2600万円の間を推移し、その間、同社の純売上高は、年間39億円余りから76億円余りの間を推移した(乙6、7)。
(2) 上記(1)の認定事実を総合すれば、ヴァレンティノ・ガラバーニは、遅くとも、同人のファッションショーが我が国で初めて開催され、その模様が新聞紙上で広く取り上げられた昭和51年(1976年)ころには、世界的に著名なファッションデザイナーとして、我が国のファッション関連商品の取引者、需要者の間に広く知られるようになり、本件商標の商標登録出願日(平成2年8月3日)及び登録査定日(平成7年12月26日)において、「VALENTINO」、「Valentino」又は「valentino」との欧文字表記、「ヴァレンティノ」、「バレンティノ」又は「バレンチノ」との片仮名表記(以上を総称して、以下、「被告ブランドの表示」という。)は、いずれも、同人の氏名又はそのデザインに係る商品のブランドを表すものとして、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野において、取引者、需要者に周知であったと認めることができる。
 また、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告が、パンフレットの表紙や直営店の名称に「VALENTINO」との表示を用いてきたこと(上記(1)イ及びウ)、我が国において、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を販売してきた会社の社名が「ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン」であり、同社のパンフレットの本文でも、単に「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」とする表示が多用されていること(上記(1)エ及びキ)に照らせば、上記被告ブランドの表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告によって、その業務に係る商標のブランドの表示として、選択して使用されてきたものと認められる。
(3) 原告は、@大多数の新聞記事等は、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品を紹介するに際し、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」等の正式表記をしており、単に「ヴァレンティノ」等の表示のみでは紹介していない、A「ヴァレンティノ」等の省略表記がされたからといって、省略表記はあくまで省略表記にすぎず、ヴァレンティノ・ガラバーニが「VALENTINO」ないし「ヴァレンティノ」の文字列のみからなる標章を用いていたことにはならない、Bイタリア及び米国においても、「VALENTINO」の欧文字を含む商標は、多数登録ないし登録出願されていることからすれば、諸外国においても、「VALENTINO」、「Valentino」をもって、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品のブランドの略称を示すとはいえないとして、被告ブランドの表示の存在及びその周知性を争っている。
 しかしながら、被告ブランドの表示が単独で用いられる例があること(甲6の1〜5)は原告も自認するとおりであるし、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品のブランドにつき、現に、その略称としての被告ブランドの表示が頻繁に用いられている以上、それ自体として、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品のブランドを示すものとして周知となることは当然にあり得ることであって、それと併せて、あるいは単独で、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」等と同人の氏名を省略せずに表記する例があるからといって、そうした認定を必ずしも妨げるものではない。また、省略表記であっても周知性を備えることがあるのは上記のとおりであるし、上記(2)のとおり、被告ブランドの表示は、ヴァレンティノ・ガラバーニあるいは被告によって選択して使用されてきたものであると認められるから、原告の上記Aの主張も失当である。さらに、イタリアや米国において「VALENTINO」を含む商標の登録ないし登録出願が多数されているとの点についても、原告提出の証拠(甲61の1、甲62の1ないし8)からは、そうした商標の使用の実態、被告ブランドの表示との対比における当該商標の周知度等の事情が一切不明であるから、被告ブランドの表示の諸外国での使用状況に関する上記(1)イの認定、ひいては、被告ブランドの我が国における周知性に関する上記(2)の認定を覆すに足りないというほかはない。
(4) また、原告は、本件商標の商標登録出願時等において、引用A商標及び「バレンチノ」商標がプレイロード社によって使用されていたことから、当時、ヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を我が国において展開していた株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン自身が、プレイロード社の有する上記各商標と区別する形で、「VALENTINO GARAVANI」の商標を使用していた旨主張して、被告ブランドの表示の存在及び周知性を争っている。
 そこで検討すると、@プレイロード社は、引用A商標について、昭和43年6月5日に商標登録出願を、昭和45年4月8日に設定登録をし、「バレンチノ」商標についても、昭和43年6月5日に商標登録出願を、昭和45年8月3日に設定登録をしており、本件商標の商標登録出願日の当時はプレイロード社が引用A商標及び「バレンチノ」商標の、登録査定日の当時は同社から商標権を譲り受けた帝人商事株式会社が引用A商標の(なお、「バレンチノ」商標は平成2年8月3日に存続期間が満了している。)商標権者であったこと(甲3の1、甲8、11の1、2)、Aヴァレンティノ・ガラバーニないし被告(旧名称「グロベレガンゼ ビー べー」)は、我が国において、引用B商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和55年4月30日に設定登録をし、引用C商標につき、昭和45年4月16日に商標登録出願を、昭和47年7月20日に設定登録をし、引用D商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和60年7月29日に設定登録をし、引用E商標につき、昭和49年10月1日に商標登録出願を、昭和60年6月25日に設定登録をしたこと(甲3の2、甲54、73、74、82の1及び2、甲47の1及び2、弁論の全趣旨)、B昭和51年ころ、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側とプレイロード社との間で話し合いが持たれ、日本における被服類の表示については、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側は「VALENTINO GARAVANI」の商標を使用し、プレイロード社が「VALENTINO」の商標を使用することで合意したこと(甲9、乙11、12)の各事実を認めることができる。
 しかしながら、当時、引用A商標ないし「バレンチノ」商標が、プレイロード社に係る商品の出所を示すものとして、我が国のファッション関連分野の取引者、需要者に周知であったとは認められない上、かえって、上記Bのような話合が持たれたこと自体、当時、欧米諸国においては、ヴァレンティノ・ガラバーニの氏名又はそのデザインに係る商品のブランドの略称として、「VALENTINO」の表示が周知であり、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側としては、我が国においても被告ブランドの表示を使用したいとの意向を有していたにもかかわらず、プレイロード社が引用A商標の登録を先に受けていたことから、特別の取り決めがされたとの事情を強く推認させるところである。加えて、被告(旧名称「グロベレガンセ ビー べー」)が、旧別表21類「宝玉、その他本類に属する商品」を指定商品として、「VALENTINO」の欧文字からなる引用C商標を実際に取得していること(甲73、74)や、我が国においてヴァレンティノ・ガラバーニのデザインに係る商品を販売してきた会社の社名が「ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン」であり、同社のパンフレットの本文でも、単に「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」とする表示が多用されていること(上記(1)エ及びキ)、最終的に引用A商標はプレイロード社から帝人商事株式会社を経て被告に譲渡されていること(甲8、乙11、12)等の事情に照らせば、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告側は、上記Bの合意にもかかわらず、その業務に係る商品のブランドの表示として、被告ブランドの表示を選択使用していたと認めるのが相当であり、結局、上記@ないしBの事実は、上記(2)の認定を何ら妨げるものではないというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(5) さらに、原告は、「ヴァレンティノ」は、イタリア人の姓又は名として極めて一般的かつありふれたものであり、それが特定の個人であるヴァレンティノ・ガラバーニのみを表すということは、その語義上およそあり得ないとも主張する。しかし、「ヴァレンティノ」が、イタリア人の姓又は名としてありふれたものであるとしても、そのことが、我が国において商標としての識別力を備えることの妨げとなるとは解されないし、まして、我が国においては、「ヴァレンティノ」はありふれた姓又は名であるとはいえず、これが使用その他の一定の事実の蓄積によって、取引者、需要者の間で周知となり、識別力を備えるようになったとしても何ら不自然ではないから、原告の上記主張は採用の限りではない。
(6) 以上によれば、上記(2)と同旨の審決の認定に誤りはないというべきであるから、原告の取消事由2の主張はいずれも理由がない。
3 取消事由3(出所混同のおそれに関する認定判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれ(以下「広義の混同のおそれ」という。)がある商標が含まれると解するのが相当であるところ、「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として総合的に判断されるべきである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
(2) これを本件についてみると、本件商標は、上段に「Rudolph Valentino」の欧文字を横書きし、下段に左側部分のみ二重線の「V」を配してなるものであって、上段については、その外観及び称呼のいずれの点においても、「Rudolph」ないし「ルドルフ」と「Valentino」ないし「ヴァレンティノ」と二分して認識され得るものであるところ、上記の後半部分は、被告ブランドの表示と全く同一の構成である。
 また、被告ブランドの表示は、上記2(2)のとおり、本件商標の商標登録出願日及び登録査定日において、著名なファッションデザイナーであるヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品に付されるブランドの表示として、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野の取引者、需要者にとって周知であり、かつ、少なくとも我が国においては一定程度の独創性を備えたものであると認めることができる。
 さらに、本件商標の指定商品は、旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)」であるのに対し、被告ブランドの表示は、婦人服、紳士服等の被服に使用されてきたものであると認められることからすれば、両者が使用される商品は極めて密接な関連性を有しており、両商品の取引者、需要者の相当部分が共通する。
 原告は、本件商標は一見して欧米人の氏名であることが明らかであるから、取引者、需要者はそれを一連、一体のものとしてとらえるのであって、殊更「Valentino」の文字だけをとらえることはないと主張するが、被告ブランドの表示として、「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」の語がそれぞれ単独で用いられ、我が国において取引者、需要者の間に周知となっていることは、上記認定のとおりである。また、本件商標は、その上段部分の構成上、明らかに、「Rudolph」と「Valentino」とに二分されており、これに接する者が、「Valentino」の部分を可分なものとして認識することはごく自然なことであって、下方に付加されている「V」の構成も上記認定を左右するものではない(なお、弁論の全趣旨によれば、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品についても、「V」の文字を図案化したいわゆる「オーバルV」と呼ばれる標章が付加される例が多いものと認められる。)と認められる上、その指定商品と被告ブランドの表示に係る商品とに共通するファッション関連商品の取引者、需要者は、外観及び称呼の比較的長い商標については、そのデザイナーの氏名の略称等により簡易迅速に表記ないし呼称することがよく見られるという当裁判所に顕著な取引の実態があるから、このような取引者、需要者において、上記「Valentino」の部分に着目することは、十分にあり得ることといわなければならない。
 以上の事情に照らせば、本件商標をその指定商品に使用するときは、その取引者、需要者において、その商品がヴァレンティノ・ガラバーニないし被告と上記(1)のとおりの緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれがあるということができる。
(3) 原告は、マリオ・ヴァレンティノに係る「MARIO VALENTINO」商標を始めとして、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む多数の商標が我が国で商標登録されており、本件商標もその一つであることを根拠に、取引者、需要者は、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む複数の商標の存在を知り、その顧客ターゲット、嗜好、価格などにより商品を選択して取引し、又は購入していた旨主張して、本件商標と被告ブランドの表示との出所の誤認混同のおそれを争っている。
 確かに、@マリオ・ヴァレンティノが、「MARIO VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を旧別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く)布製身回品(他の類に属するものを除く)寝具類(寝台を除く)とする商標登録第2215112号商標(昭和58年2月3日登録出願、平成2年2月23日設定登録)を有していること(甲33、34)、Aマリオ・ヴァレンティノないし同人に係る上記@の商標が、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告ブランドの表示と同じく周知であると認める余地があること(甲13〜32、49〜52)、B「MARIO VALENTINO」商標のほかにも、我が国において、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む多数の商標が商標登録されていること(甲34)は、原告主張のとおりである。
 しかしながら、マリオ・ヴァレンティノないし同人に係る上記@の商標が我が国において周知であると仮に認められるとしても、そのこと自体は、被告ブランドの表示が周知性を獲得していたことと矛盾するものではなく、また、両者の間で出所の誤認混同のおそれがないといえるとしても、それは、上記@の商標が、被告ブランドの表示と同じく周知性を有していたことによるものであって、そのことのゆえに、上記@の商標のような周知性を有するものとは到底認めるに足りない本件商標と被告ブランドの表示との間における出所の誤認混同のおそれが否定されるものではない。さらに、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む多数の商標が登録されている状況下において、取引者、需要者が、「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む複数の商標の存在を知り、その顧客ターゲット、嗜好、価格などにより商品を選択して取引し、又は購入するという取引の実情が一部にあるとしても、被告ブランドの表示が、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告の業務に係る商品のブランドを表すものとして、我が国の婦人服、紳士服等のファッション関連分野において、取引者、需要者に周知であったとの上記認定事実の下では、それら「VALENTINO」、「Valentino」の文字列を含む商標の一つである本件商標が付された指定商品に接する取引者、需要者の中に、ヴァレンティノ・ガラバーニないし被告と上記(1)のとおりの緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信する者が出現し、広義の混同を生ずるおそれのあることは、否定することができないから、原告の上記主張も採用することができない。
(4) 原告は、@本件商標は、著名な俳優であるルドルフ・ヴァレンティノに由来するものとして、取引者、需要者に広く認識されていた、A原告はルドルフ・ヴァレンティノのイメージを前面に打ち出した商品展開をしており、被告ブランドの表示へのフリーライドの意図は全くない旨主張して、本件商標と被告ブランドの表示との間における出所混同のおそれを否定する。
 まず、@について見ると、ルドルフ・ヴァレンティノは、本件商標の商標登録出願時から見ても50年以上前に死去した無声映画時代の米国人俳優であり、仮に映画愛好家の間において周知ないし著名であったとしても、本件商標の商標登録出願時及び登録審決時に、我が国のファッション関連分野の取引者、需要者の間において周知であったことを認めるに足りる証拠はないから、本件において上記(2)の判断を左右すべき特段の事情は認められないというほかはなく、原告の上記@の主張は採用することができない。
 次に、Aについては、上記(1)で説示したとおり、広義の混同のおそれが認められるかどうかは、専ら指定商品に係る取引者、需要者の認識によって決せられるものであり、原告がどのような主観的意図をもって商品展開をするかは混同のおそれの有無と直接には関係しないと解されるところ、実際にも、原告の意図にかかわらず、本件商標が映画俳優のルドルフ・ヴァレンティノに由来するものであることが周知であったとは認められないことも既に判示したとおりであるから、原告の上記Aの主張も採用の限りではない。
(5) なお、原告は、マリオ・ヴァレンティノの紹介記事においても、同人の氏名又はそのデザインに係る商品のブランドにつき「VALENTINO」、「Valentino」、「ヴァレンティノ」、「ヴァレンチノ」、「バレンチノ」との省略表記がされているとして、ヴァレンティノ・ガラバーニ以外の「VALENTINO」の文字を含むデザイナーにつき「ヴァレンティノ」又は「VALENTINO」と略称されている事実はない旨の審決の認定(審決謄本20頁、第5の4第3段落)は誤りであると主張する。しかしながら、マリオ・バレンティノについても「Valentino」、「ヴァレンティノ」等と略称されることがあること(甲15、21〜25、29、31)は原告主張のとおりであるにしても、そのことを理由に、本件商標と被告ブランドの表示との出所の誤認混同のおそれを否定することができないことは、上記(3)で判示したとおりであるから、この点に係る認定の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(6) 以上によれば、上記(2)と同旨をいう審決の認定判断に誤りはないというべきであるから、原告の取消事由3の主張は、いずれも理由がない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 長沢幸男
 裁判官 早田尚貴
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