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【事件名】「広島風お好み焼せんべい」商標事件(2)
【年月日】平成15年9月26日
 広島高裁 平成15年(ネ)第44号 商標権使用差止等請求控訴事件
 (原審・広島地裁平成13年(ワ)第672号)

判決


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、別紙被控訴人標章目録記載の標章を付したお好み焼風味せんべいを製造、販売し、又は販売のために展示し、並びにその容器、包装紙及び広告に前記標章を使用してはならない。
(3) 被控訴人は、その占有に係る前項記載の製品を廃棄せよ。
(4) 被控訴人は、控訴人に対し、金3240万円及びこれに対する平成13年4月25日から支払済みに至るまで、年5分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人が別紙被控訴人標章目録記載の標章(以下「被控訴人標章」という。)を付したお好み焼風味のせんべいを製造、販売等している行為が、控訴人の商標権を侵害するとともに、不正競争防止法の不正競争行為に当たるとして、商標権又は不正競争防止法に基づき、その標章の使用差止め等及び損害賠償を求めている事案である(なお、当審において、後記のとおり、不法行為に基づく請求も付加された。)。
2 原審は、被控訴人標章は、全体として控訴人の有する本件登録商標(後記3(2)参照)と類似しており、被控訴人商品(後記3(3)参照)の商品等表示は、控訴人のそれと類似しているものの、広島地方の名産品である広島風お好み焼風味のせんべいとして、普通名称ないしはせんべいの品質を表示したものであって、商標的に使用されていても商標法26条1項2号及び不正競争防止法12条1項1号に該当するとして、控訴人の本件請求を棄却した。これを不服として、控訴人から申し立てられたのが、本件控訴事件である。
3 前提事実(争いがない事実等)
(1) 控訴人は、土産物の企画、製造及び卸販売業、土産物雑貨、菓子等の販売等を業とする有限会社である。被控訴人は、和洋菓子の製造販売等を業とする有限会社である。
(2) 控訴人は、別紙控訴人商標目録記載のとおり、指定商品を「お好み焼風味のせんべい」とする、「広島風お好み焼せんべい」との記載を含んだ商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)を有している。
(3) 被控訴人は、遅くとも平成9年7月以降、「広島風お好み焼せんべい」との記載の被控訴人標章を付したお好み焼風味のせんべい(以下「被控訴人商品」という。)を製造、販売している。
4 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 主位的請求(本件商標権に基づく請求)
 本件登録商標と被控訴人標章との間に、同一性あるいは類似性が認められるか。
(控訴人の主張)
 被控訴人標章と本件登録商標とは、「広島風お好み焼せんべい」の文字部分について、配置が若干異なるが、称呼・観念において全く同一である。一般に、需要者及び取引者にとって、商標ないし標章の若干の外観の違いは問題にならず、被控訴人標章を付した被控訴人商品は、控訴人商品との間に出所の混同を生じさせるものであって、被控訴人標章は本件登録商標と同一であり、たとえ同一といえなくとも類似の範囲内にある。
 なお、本件登録商標の中の「お好み焼」と「せんべい」は、それぞれ単独では識別力を備えていないとしても、その組合せにより特徴的なものとなり、「お好み焼せんべい」の文字部分こそが、控訴人商品の出所を表示する自他商品の識別力を有し、本件登録商標の要部というべきであって、のれんの有無は問題とならない(控訴人は、当初、本件登録商標の登録を拒絶されているが、それは商標法4条1項16号〔商品の品質を誤認させるおそれがある。〕を理由とするものであって、同法3条1項1号は理由とはなっていないし、仮に、のれんの部分に識別機能があるというのであれば、被控訴人も、別紙被控訴人商標目録記載の商標〔以下、「被控訴人商標」という。〕のとおり、同様にお好み焼の写真を付しているのであるから、やはり商標登録が認められたはずである。)。被控訴人標章はこの文字部分と称呼・観念において同一であるから、本件商標権の効力が及ぶ範囲内にある。
(被控訴人の主張)
 本件登録商標の「広島風お好み焼せんべい」という部分のうち,「広島風」の部分は産地・販売地等を表す表示であるし、「お好み焼せんべい」の部分は、お好み焼風味のせんべいを普通に表す普通名称であるか、若しくは、せんべいにその品質等の表示を付けただけのものにすぎない。したがって、本件登録商標の「広島風お好み焼せんべい」の字句部分は、当該商品を通常用いる方法において表示したものとしてしか認識されず、商品の出所等を示す自他識別機能を有しない。本件登録商標は、「広島風」の文字部分がのれんで囲ってあり、当該のれん部分に自他識別機能が認められることから登録が認められたものである。そうであれば、被控訴人標章は、当該のれん部分と同一性、類似性を有しないから、本件登録商標と同一性、類似性がなく、本件商標権を侵害していない。
 また、「広島風お好み焼せんべい」という文字部分についてみても、本件登録商標と被控訴人標章とは、文字の配列、構成が異なっている上、字体も異なっており、類似性があるとはいえない。
(2) 主位的請求に対する抗弁(予備的抗弁)
 被控訴人標章には、商標法26条1項2号により、本件商標権の効力が及ばないか。
(被控訴人の主張)
 前記(1)の被控訴人の主張のとおり、被控訴人標章の「広島風お好み焼せんべい」のうち、「広島風」の部分は産地・販売地等を表す表示であるし、「お好み焼せんべい」の部分は、お好み焼風味のせんべいを普通に表す普通名称であるか、若しくは、せんべいにその品質等の表示を付けただけのものであるにすぎない。このことは、本件登録商標と被控訴人商標とは、「広島風お好み焼せんべい」との文字配列部分は全く同一であるにもかかわらず、被控訴人の登録申請が、商標法4条1項11号(他人の登録商標と同一あるいは類似であること)ではなく、同法3条1項3号(その商品の産地や販売地等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)を理由に拒絶されたことからも明らかである。したがって、被控訴人標章は、商標法26条1項2号の「当該指定商品・・・の普通名称、産地、販売地、品質・・・を普通に用いられる方法で表示する商標」に当たり、本件商標権の効力は及ばない。
(控訴人の主張)
 お好み焼風味のせんべいは、控訴人が広島地方において初めて商品として開発し、「広島風お好み焼せんべい」の名称を付して販売を開始し、その名称を長年にわたり継続して使用してきたものである。「お好み焼せんべい」は、控訴人が使用を始めた言葉で、「お好み焼」と「せんべい」を組み合わせた造語であって、独特であり、また取引界において普通名称として使用された事実がないから、指定商品である「お好み焼風味のせんべい」の普通名称ではないし(お好み焼風味のせんべいの普通名称は「お好み焼風味のせんべい」である。)、商品の品質を表示するものでもない。被控訴人商標の登録申請が商標法3条1項3号に該当すると判断された場合は、審査官はそれ以上に同法4条1項11号違反の有無につき判断する必要はないから、拒絶理由が同号でないことは、本件登録商標の要部である「広島風お好み焼せんべい」なる文字列が普通名称であることの根拠とはならない。
 また、被控訴人は、被控訴人標章を、販売元ないし製造元としての被控訴人(A)の表示として使用したものではなく、商標として使用していることが明らかである。すなわち、被控訴人は、被控訴人商品の包装用紙に、別紙被控訴人商標目録記載のとおり、広島風お好み焼の写真図柄の中の白抜き中「広島風(この部分は黒)」「お好み焼(この部分は赤)」「せんべい(この部分は黒)」と3行横書きで大書して成る印刷を施しており、この文字表示部分は他のいずれの表示よりも突出していて、まさに商品識別標識としての使用にほかならない。したがって、このような使用は、「普通に用いられる方法で表示」しているのではなく、商標的に使用しているのであるから、商標法26条1項2号に該当しない。
 仮に、商標的に使用する場合が「普通に用いられる方法で表示する」場合に含まれないといえないとしても、被控訴人標章は、「お好み焼せんべい」という部分を強調しており、特異な外観を与えられて表示されている場合であるから、商標法26条1項2号に該当しない。
(3) 予備的請求@(不正競争防止法2条1項1号に基づく請求)
 被控訴人が被控訴人商品を製造、販売する行為が、控訴人に対する不正競争防止法2条1項1号に該当する禁止行為となるか。
(控訴人の主張)
 本件登録商標を付した控訴人商品は、控訴人が企業努力の結果、新規商品として開発したものであって、広島県及び山口県内の土産物品店等で広く販売され、これまでにない商品であったことから各種情報誌やテレビ等でとりあげられて評判となったものであり、本件登録商標は、需要者の間で控訴人の商品等表示としての周知性を得ている。
 そして、前記(1)の控訴人の主張で述べたとおり、被控訴人標章と本件登録商標とは、同一又は類似であって、被控訴人標章を付した被控訴人商品は、本件登録商標を付した控訴人商品との間に出所の混同を生じさせるものである。したがって、被控訴人の行為は、控訴人の企業努力の成果にフリーライド(ただ乗り)するものであって、許されない。 
(被控訴人の主張)
 本件登録商標を付した控訴人の商品が周知性を有していることは争う。
 また、前記(2)の被控訴人の主張で述べたとおり、被控訴人標章と本件登録商標とは、「広島風お好み焼せんべい」の字句が共通しているが、他の部分(包装の色調、デザイン)は全く異なっているところ、前記文字部分は、それ自体識別機能や出所判断機能を有しない普通名称ないしは品質表示、産地・販売地表示にすぎないから、特定の人にのみその使用を独占させることは公益に反して許されず、この部分の同一性、類似性は問題にならない。したがって、控訴人の商品等表示と被控訴人の商品等表示とは、同一性、類似性がないから、両者の間で「商品及び営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる」余地はない。
(4) 予備的請求@に対する抗弁
 被控訴人の商品等表示は、不正競争防止法12条1項1号の適用を受けるか。
(被控訴人の主張)
 前記(2)の被控訴人の主張で述べたとおりの理由により、被控訴人の商品等表示については不正競争防止法12条1項1号の適用がある。
(控訴人の主張)
 争う。
(5) 予備的請求A(不法行為に基づく請求−当審における新主張)
 被控訴人が被控訴人標章を使用した商品を製造、販売等する行為は、不法行為となるか。
(控訴人の主張)
 被控訴人が被控訴人標章を使用した商品を製造、販売等する行為は、明らかに控訴人の本件登録商標の要部のみを商標として使用しているものであり、商品の品質を表記するために付記したものとは解されない態様であるから、正当な企業間競争の範囲を逸脱した違法なものであり、民法上の不法行為を構成するものである。
(被控訴人の主張)
 争う。「広島風お好み焼せんべい」なる文字列は、単に広島風のお好み焼風味のせんべいの普通名称若しくはその質、態様、形状等を示すにすぎないものであって、自他識別機能を有しないから、その文字列の使用が控訴人の商品と被控訴人の商品との混同を生じることはなく、したがって、控訴人の本件商標権及びこれに付随する営業利益を侵害する可能性はない。また、被控訴人が、控訴人に遅れてお好み焼風味のせんべいの製造・販売を開始したことは、控訴人の本件商標権及びこれに付随する営業利益とは無関係であるのみならず、被控訴人標章を付した商品は、控訴人の商品とは、製造、味付け、包装の意匠等も全く異なった独自の商品であるから、このような商品を製造・販売する行為は、何ら「正当な企業間競争の範囲を逸脱した違法な行為」とはいえない。
(6) 控訴人の損害額は幾らか。
(控訴人の主張)
 被控訴人は、少なくとも本訴提起前3年間被控訴人標章を付した被控訴人商品を継続して販売し、この間の被控訴人の売上は毎月300万円を下らず、これに対する利益率は30パーセント以上である。したがって、被控訴人が受けた利益は3240万円となる。商標法38条2項によりこの金額が控訴人に生じた損害と推定される。
 また、同法38条1項によれば、控訴人の損害額は4492万8000円と算出される。
(被控訴人の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 争点(1)(本件登録商標と被控訴人標章との間に、同一性あるいは類似性が認められるか)について
(1) 一般に、取引業者及び需要者は、当該商品に表記された標章(具体的には当該標章の支配的部分を占める図形や文字部分)を観察して、商品の品質や出所を認識するものであるところ、標章を構成する文字部分が商品普通名称あるいは商品の原料、種類等を表すときは、その部分には自他商品の識別機能はないというべきである。
 そこで、本件登録商標の文字部分「広島風お好み焼せんべい」から、自他商品の識別力が生じるかにつき検討する。
(2) 証拠(甲1、2、6、24、25、乙1、2〔枝番を含む。以下、特に記載のない限り同じ。〕)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。
ア 控訴人は、本件登録商標につき、特許庁審査官Bより、商標法4条1項16号(品質誤認のおそれ)を理由として拒絶通知を受けたが、その後、指定商品を「お好み焼風味のせんべい」として、平成9年4月4日、特許庁の商標登録を受けた(商標登録番号第3273577号)。
イ 本件登録商標は、「広島風」とやや細い文字で横書きされた下に、「お好み焼」「せんべい」と太く大きい文字で2行に縦書きされた文字部分と、上部に小さく配置されたのれんの図柄により構成されているものであり、「広島風」の文字部分がのれんで囲まれている(3枚からなるのれんの一枚毎に、それぞれ「広」、「島」、「風」と記載されている。)ところの、いわゆる結合商標である。これに対し、被控訴人標章は、黒字で「広島風」、赤字で「お好み焼」(他の文字よりポイントが大きい。)、黒字で「せんべい」と3行にわたって横書きされたものである(なお、被控訴人商品に表記されている被控訴人商標は、背景に広島風お好み焼の写真が配置され、前記3行の上部に「食べてみんさい」「手作りの味」「そば玉入りじゃけえ」との記載部分、及び前記「せんべい」の左側に緑地に白抜き文字で「お好みソース味」との記載部分がある。)。
ウ 被控訴人は、被控訴人標章につき、平成9年7月16日、特許庁に商標登録を願い出たが、平成11年1月8日頃、特許庁審査官Cより拒絶理由通知を受けた。その内容は、被控訴人標章が、その指定商品との関係において、広島風お好み焼の写真と商品の標語と認められる「食べてみんさい」と商品の品質と認められる「手作りの味」「そば玉入りじゃけえ」「お好みソース味」「せんべい」の文字からなるものであるから、全体として「お好み焼風味のせんべい」としか認識し得ないものであるから、これをその指定商品に使用しても、単に商品の品質を表示するにすぎず、自他商品識別標識としての機能を有しないこと、したがって、被控訴人標章は、商標法3条1項3号に該当し、前記商品(役務)以外の商品(役務)に使用するときは、商品(役務)の品質の誤認を生じさせるおそれがあるから、商標法4条1項16号に該当する、というものであった。
エ そこで、被控訴人は、平成11年1月26日、前記審査官宛に意見書を提出したが、同年3月5日、同審査官より、被控訴人標章は、お好み焼の写真及び文字が一体となり、全体として指定商品である「お好み焼風味のせんべい」であることを認識させるにすぎず、その商品の品質を表示したものと認められるものである、との理由で、商標法15条に基づく拒絶通知を受けた。
 以上のとおり認められる。
(3) 前提事実及び前記認定に基づき、まず、外観について検討すると、本件登録商標と被控訴人標章は、いずれも、「広島風」、「お好み焼」及び「せんべい」の各文字が使用されており、本件登録商標の「広島風」が「のれんの図柄」に囲まれて横書きになっており、他の文字は縦書きである点は異なっているものの、一見すると、両者間には外観上の類似性が認められるともいえる。
 しかしながら、異なる商標を比較対照するに当たっては、当該商標の自他識別機能が認められる部分に留意して、これを判断すべきである。すなわち、商標間の同一性ないし類似性の判断に当たっては、全体的に観察するのみでは足りず、それぞれの商標の部分中、自他識別機能に影響のない部分を除外し、識別機能を有する要部である部分を比較対照し、識別機能の観点から、外観、称呼、観念の各要素につき、同一性ないし類似性の有無を判断すべきである。また、要部は、必ずしも顕著に表された部分であるとは限らず、文字をもって構成された商標において、ある文字が特別な書体(図案化されたものや飾り文字等)で、当該商標の中央に目立つように表示されている場合であっても、それが常に当該商標の要部であるとは断定できない。
 したがって、当該商標のうち、輪郭や付随的・付記的な部分や指定商品又は指定役務の普通名称や図形等は、顕著に表されていても、原則として識別力がないから、要部とはいえない。 
(4) そこで本件登録商標をみるに、「広島風お好み焼せんべい」は、「せんべい」に「広島風お好み焼」という食品名を付けたもの、あるいは「お好み焼せんべい」に「広島風」という産地、販売地ないし品質を示す文言を付けたものである。せんべいは、様々な風味のものを製造することが比較的容易であり、殊にいろいろな食品の風味を持ったものが造られている。その場合に、せんべいの前に当該食品の名を付けて表すのが一般的であり、例えばえび風味のせんべいを「えびせんべい」、ごま風味のせんべいを「ごませんべい」、しそ風味のせんべいを「しそせんべい」などと呼称される。すなわち、せんべいは一般的に、その風味を表す食品名と直接結びついて、当該食品の風味を持ったせんべいを表す語として使用されるのである。したがって、「お好み焼せんべい」という名称も、お好み焼風味のせんべいを表現する一般的な言葉として認識されるものであり、普通名称ないしはせんべいの品質を表示したものといえる。「広島風お好み焼せんべい」も、同様に、広島地方の名産品である広島風お好み焼の風味のせんべいとして認識されるもので、お好み焼せんべいの場合と同じく、普通名称ないしはせんべいの品質を表示したものというべきである。
 さらに、前記認定のとおり、「広島風」「お好み焼」「せんべい」の各文字その他により構成された被控訴人商標が、商標法3条1項3号、4条1項16号に該当することを理由に、特許庁により登録を拒絶されたこと、及び「せんべい」と「地名」あるいは「食品名」からなる結合商標の多くが商標登録を拒絶されていること(乙4)からしても、本件登録商標のうち、単に文字で「広島風」、「お好み焼」及び「せんべい」と表現されている部分は、被控訴人商標と同様に、「広島風のお好み焼風味のせんべい」との商品の品質を表示するにすぎないとみるのが合理的であるから、これらの部分は、自他識別機能を有する要部ではないと判断するのが相当である。
 なお、控訴人は、「お好み焼せんべい」は、控訴人が「お好み焼」と「せんべい」を組み合わせた造語であり、独自性があり、長期間にわたり使用してきたものであるから、普通名称ではない旨主張する。しかしながら、「造語であるかどうか」や「最初に使用したかどうか」は、当該商標が普通名称であるかどうか等の判断に際して決定的要因となるものではなく、また、確かに、たとえ通常は自他識別機能や特別顕著性を有しない商標であっても、長期間の使用により、これらの機能を取得する場合もあり得ることは否定できない(商標法3条2項参照)が、後記のとおり、本件における本件登録商標の使用開始は、平成4年8月ころであると認められるから、商品等表示として広島地方において一定の周知性は得ていたとは判断されるものの、いまだ前記要件を満たす程度には達していなかったというべきであり、その他に、それが自他識別機能を有する程度にまで達していたと認めるに足りる的確な証拠はない。また、控訴人は、前記文字列が普通名称ではないことの根拠の一つとして、控訴人が、平成7年に本件登録商標の登録申請を拒絶された際の理由が商標法3条1項1号ではなく、同法4条1項16号であったことを挙げるが、必ずしも条文の順序に従って登録審査がされると認めるに足りる証拠もなく、また論理上の必然性もないから、控訴人の前記主張は失当である。
(5) そうすると、本登録商標のうち、残る部分は「のれんの図柄」のみであるから、この部分につき同一性ないし類似性を判断せざるを得ないところ、被控訴人商標には、のれんの図柄が使用されていないから、両者間には外観上の同一性ないし類似性は全くないことが明白である。のみならず、両者間には、称呼及び観念の同一性ないし類似性も認められないから、その余の点を論じるまでもなく、控訴人の主張は理由がない。
2 争点(2)(被控訴人標章には、商標法26条1項2号により、本件商標権の効力が及ばないか)について
(1) 前記のとおり、本件登録商標と被控訴人標章との間に同一性や類似性は認められないのであるから、争点(2)についての判断は、本来不要なところではあるが、本件登録商標のうち、「のれんの図柄」に囲まれた「広島風」の文字部分が、結合商標として、自他識別機能を果たしている(すなわち本件登録商標の要部である。)とみる余地がないわけではなく、このように解した場合には、被控訴人商標にも「広島風」の文字が使用されており、横書きの漢字である点も一致すること及び称呼上も同一であることから、両者間には外観上及び称呼上の類似性が認められる余地も生じ得る。
(2) そこで、念のため、この場合につき、商標法26条1項2号により、被控訴人標章に本件商標の効力が及ばないかどうかにつき検討すると、控訴人は、被控訴人は被控訴人標章を、販売元ないし製造元としての被控訴人(A)の表示として使用したものでなく、商標として使用しているから、このような商標的使用は「普通に用いられる方法で表示」しているとはいえず、商標法26条1項2号に該当しないと主張する。しかしながら、同条1項は、「商標権の効力は、次に掲げる商標には、及ばない。」として1号から5号までの各商標を掲げているのであるから、その各号に挙げられた商標というのは、まさに「商標的」に使用されたものを意味すると考えられる。また、同条1項2号は、同法3条1項1号及び3号と完全に符合するものであり、両者は同じ内容のものを想定し、規定していると考えられるが、同法3条1項各号は、商標として使用されるものであることを前提にして、そこに挙げられた商標が商標登録を受けられないことを規定していることは明らかであるから、同法26条1項2号も商標的に使用される場合を当然に予定しているのであって、この点からいっても、同条1項2号は商標的に使用されるものを含まない趣旨でないことは明らかである。
(3) もっとも、確かに、当該類似部分が、専ら自他商品を識別するために使用されているものとしてしか認められないような場合には、産地や販売地等を普通に用いられる方法で表示したものと認めることは困難であるから、登録商標の禁止権の効力が及ぶと解すべきである。しかしながら、前記説示のとおり、本件登録商標のうち、少なくとも、「お好み焼」及び「せんべい」の部分は、当該商標の要部とはいえないから、たとえこの部分が自他商品を識別する商標として顕著に使用されていたとしても、この部分は除外して考察すべきことになる。そうすると、被控訴人商標は、その中央に「広島風」と横書きで大書されてはいるが、その字体や文字の配列、デザイン等の外観に格別特徴的な点があるわけではないから、この表示部分が、専ら被控訴人商品の自他識別のために使用されているとみることはできず、普通名称である「お好み焼せんべい」の「産地、販売地、品質」を「普通に用いられる方法で表示する」ものであると認めるのが相当である。したがって、控訴人の前記主張は採用できない。
(4) 以上によれば、仮に、本件登録商標と被控訴人標章との間において、前記要部につき類似性が認められるとしても、被控訴人標章の使用については、商標法26条1項2号の適用があるというべきであるから、被控訴人の前記抗弁(予備的抗弁)は理由がある。
3 争点(3)(被控訴人が被控訴人商品を製造、販売する行為が、控訴人に対する不正競争防止法2条1項1号に該当する禁止行為となるか)について
(1) 他人の商品表示(商標ないし標章等の商品を表示するもの)として需要者の間に広く認識されているものと同一あるいは類似の商品表示を使用し、又は商品表示を使用した商品を譲渡し、引渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、若しくは輸入して、他人の商品と混同を生じさせる行為は、商品主体の混同を生じさせる行為として禁止される(不正競争防止法2条1項1号)。
(2) そこで、まず、被控訴人が被控訴人標章を使用した商品を製造、販売した平成9年7月当時において、控訴人の本件登録商標を使用した商品表示が、控訴人の商品表示として取引先や需要者の間において広く認識されていたかどうか、すなわち周知性を有していたか否かにつき検討すると、証拠(甲7ないし18)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成4年8月ころから、本件登録商標を付したお好み焼風味のせんべい(以下「控訴人商品」という。)の製造、販売を開始したこと、その後、控訴人商品は、少なくとも山口県及び広島県地方の旅館、ホテル及び土産物品店等で継続的に販売されるに至ったこと、観光ガイドブック等に広島県地方の土産品として紹介記事が掲載されていること、等の事実が認められ、これらの事実からすれば、本件登録商標を表示した控訴人の商品表示が同地方における需要者の間に一定の周知性を得ていたとみるのが相当である。
(3) 次に、被控訴人の商品表示が控訴人のそれと類似するかどうかにつき検討すると、両者間には、これを全体的にみた場合には、少なくとも称呼及び観念の同一ないし類似が認められることは前記のとおりである。しかしながら、争点(1)につき説示したとおり、本件登録商標で使用されている「広島風お好み焼せんべい」との文字列が、広島地方において一定の周知性は有しているものの、いまだ自他識別機能を取得するほどの著名性は得ていないことからすると、この部分を要部とみることはできないから、この部分は、単なる普通名称であり、被控訴人の商品表示に使用されていたとしても、控訴人の商品との混同を生じさせることはなく、商品の出所に関し誤認させるおそれもないから、控訴人の利益を不当に侵害したとはいえないというべきである(このような自他識別機能を得るに至っていない単なる普通名称による商品表示につき、同一あるいは類似の商品表示を排除するまでの効果を認めるときは、先行した製造・販売者に不当な利益を与える結果となる。)。
(4) そして、控訴人の商品表示のうち、残部である「のれんの図形」部分については、被控訴人は商品表示としては使用していないことは明らかであるから、被控訴人には、控訴人の商品表示と同一あるいは類似の商品表示を行った事実は認められない。
(5) また、控訴人及び被控訴人は、いずれも有限会社であって、営業規模に大きな格差はないと思われること、「広島風お好み焼せんべい」が直ちに控訴人の商品を認識させるほどの顕著性は得ていないこと(控訴人の本件商品の販売は約4年ほど被控訴人に先行するにすぎないこと)、被控訴人の商品の品質に問題があり、これが控訴人の商品に対する評価を害するおそれがある等の事情を認めるに足りる証拠はないこと、等からすれば、被控訴人が、いわゆるフリーライド(ただ乗り)を意図するなど、控訴人の利益を不正に侵害する意図をもって本件商品の製造・販売を行ったとも認め難く、その他の不正行為も認められない。
(6) よって、被控訴人には、本件商品の製造、販売に関し、不正競争防止法上の不正行為は認められず、結局、控訴人の前記主張は理由がない。
 なお、争点(2)につき説示したところと同様に、仮に、本件登録商標の「のれんの図柄」に囲まれた「広島風」の部分に自他識別機能が認められるとしても、被控訴人が商品表示において「広島風」の文字部分を使用した行為は、単に普通に用いられる方法で表示したものにすぎないから、不正競争防止法12条1項1号が適用される結果、控訴人の請求は理由がないことに帰する(争点(4)関係)。
4 争点(5)(被控訴人が被控訴人標章を使用した商品を製造、販売等する行為は、不法行為となるか)について
 前記のとおり、被控訴人の本件商品表示に関しては、商標法上及び不正競争防止法上の違法性は認められない。また、商標法上及び不正競争防止法上の違法性が認められない場合においても、例えばいわゆるデッドコピーのように、他人の商品形態の模倣の程度及び方法が著しい場合には、その模倣行為には違法性が認められ、民法上の不法行為が成立することもあり得るが、前記説示したところからすれば、本件はそれにも該当しないことは明らかである。その他、本件各証拠によっても、被控訴人の被控訴人商品の製造、販売が控訴人に対して不法行為を構成することを認めるに足りる的確な証拠はない。
 したがって、被控訴人には、不法行為は成立せず、控訴人の前記主張は理由がない。
5 結論
 以上によれば、その余の点につき検討するまでもなく、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであるところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

広島高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 鈴木敏之
 裁判官 松井千鶴子
 裁判官 工藤涼二
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