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【事件名】小泉首相の“靖国参拝”名誉毀損発言事件 【年月日】平成15年9月26日 大阪地裁 平成13年(ワ)第13703号 損害賠償等請求 判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、原告ら各自に対して、連帯して5万円及びこれに対する平成13年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは、別紙新聞目録記載の各新聞に、別紙謝罪広告目録記載のとおりの謝罪広告を各1回掲載せよ。 第2 事案の概要 本件は、内閣総理大臣である被告小泉純一郎が、靖国参拝違憲訴訟が提起されたことについての記者からの質問に答えて、「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだ。もう話にならんよ。」と発言したことについて、同訴訟の原告らの一員である本件の原告らが、被告らに対して、名誉毀損等による損害賠償及び謝罪広告の掲載(被告小泉純一郎に対しては、民法709条及び同法723条、被告国に対しては、国家賠償法1条1項及び同法4条が準用する民法723条による。)を請求した事案である。 1 争いのない事実等 (1) 被告小泉純一郎(以下「被告小泉」という。)は、平成13年8月13日、宗教法人靖国神社の経営する神道の宗教施設靖国神社(以下「靖国神社」という。)を参拝した(以下「本件参拝」という。)。被告小泉は、当時、内閣総理大臣の地位にあった。 (2) 本件参拝について、平成13年11月1日、639名が大阪地方裁判所に、65名が松山地方裁判所に、それぞれ被告小泉、内閣総理大臣小泉純一郎、国及び靖国神社を被告として、違憲確認、今後の公式参拝の差し止め、国家賠償等を求めて訴訟を提起し、211名が福岡地方裁判所に国家賠償等を求めて訴訟を提起した(以下、これらの訴訟をまとめて「靖国参拝違憲訴訟」という。)。本件の原告らは、靖国参拝違憲訴訟の原告らの一員である(被告小泉の関係では弁論の全趣旨により認める。)。 (3) 被告小泉は、同日、首相官邸において、記者団から靖国参拝違憲訴訟が提起されたことについてコメントを求められたところ、「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだ。もう話にならんよ。」と発言した(以下「本件発言」という。)。 (4) 本件発言は、国家賠償法1条1項に規定する「その職務を行うについて」なされたものである。 2 争点 (1) 本件発言により、原告らの名誉は毀損されたか。 (原告らの主張) ア 本件発言は、記者たちの求めに応じてしたコメントであるから報道を前提としたものであるところ、本件発言の内容は、事実を摘示してもっぱら人格的非難、揶揄、中傷を行ったものであり、靖国参拝違憲訴訟の原告らに対する人身攻撃にほかならないから、許される正当な論評の範囲を逸脱している。原告らは、本件発言によってその名誉感情を傷つけられ、かつ社会から受ける人格的評価を低下させられ、名誉を毀損された。 被告らは、本件発言が事実を摘示したものではない旨主張するが、本件発言は、靖国参拝違憲訴訟が提起された事実についてのコメントとしてなされたものであり、本件発言がなされるに至った経過を考慮すると、本件発言が、靖国参拝違憲訴訟を提起した原告らについて、「おかしな人」、すなわち「笑うべき人物」、「普通でない変な人物」であると具体的事実を摘示したものであることは明らかである。 イ 仮に、本件発言が、事実の摘示による名誉毀損に該当しないとしても、少なくとも、原告らが靖国参拝違憲訴訟を提起したことを基礎として、そのような訴訟を提起する者は「おかしな人たち」であるとする、原告らの人格についての論評に該当するところ、被告小泉が靖国参拝違憲訴訟を提起した原告らを「おかしな人」、すなわち「笑うべき人」、「普通でない変な人物」とまで批判することは、原告らの品性、徳行、名声、信用、社会的適応性、協調性について明らかに劣っており、当然排斥されるべき者たちであるとの強い印象を与えるものというべきであり、原告らを侮辱、中傷、揶揄する人身攻撃にほかならず、この点において意見ないし論評の域を逸脱している。 なお、本件発言が事実の摘示がない意見ないし論評であるとしても、被告小泉は、前述したような意味で原告らを「おかしい人」と批判すると同時に、「話にならない人」、すなわち「話のできない見下げた者ども」と言ったもので、まさに人身攻撃にほかならず、もはや公正な意見ないし論評などといえるものではないことは明らかである。 ウ 被告らは、本件発言は、被告小泉の主観的な評価ないし感想を表明したものであって、原告ら個々人に向けられたものではなく、その内容も漠然としたものであって、個人の人格的価値を低下させるものではない旨主張するが、発言内容が主観的か客観的かは名誉毀損の成否とは関係がなく、また、本件発言によって「おかしな人」と評されたのは靖国参拝違憲訴訟の原告らであり、不特定多数の者ではなく、本件参拝を違憲であるとして提訴した特定された原告らであるから、本件の原告らに向けられたものであることは明らかである。しかも、表現そのものが客観的にみて名誉毀損となるか否かが問題なのであるから、発言者の主観において、原告らに向けられたものではないとしても、名誉毀損の違法性を阻却するものではない。そして、「おかしな人」、すなわち「笑うべき人」、「普通でない変な人物」とする評価は十分具体的であり、高い支持率を誇る一国の首相から、提訴したことをもって「世の中おかしな人がいるもんだ。」と公言されれば、その人格的価値に対して世間一般から受ける評価は低下せざるを得ない。 (被告らの主張) ア 問題となる表現が、その対象となった者の社会的評価を低下させるような具体的事実を摘示したものであるかどうかは、当該表現についての一般人の普通の注意と捉え方とを基準として判断すべきであるところ、本件発言は、特定の具体的事実を明示的にも暗示的にも叙述するものではないから、事実を摘示したものではないことは明らかである。 また、本件発言は、被告小泉が記者団から本件参拝を憲法違反とする訴訟が提起されたことあるいは本件参拝を憲法違反と考えないかという点について感想を求められ、靖国参拝違憲訴訟に対する同人の主観的な評価ないし感想を表明したものであって、原告ら個々人に向けられたものではなく、その内容も漠然としたものであるから、個人の人格的価値に対する社会的評価を低下させるようなものではないし、実際にも、本件発言がされたからといって原告らの人格的価値について社会から受ける客観的評価が低下したとは考え難い。 したがって、本件発言は、事実を摘示して原告らの社会的評価を低下させるものではなく、原告らの名誉を毀損するものではないことは明らかである。 イ 原告らは、仮に事実の摘示がなくても、本件発言は、人格についての論評に該当し、名誉毀損が成立する旨主張するが、上記のとおり、本件発言は、原告ら個々人に向けられたものではないから、原告らの人格についての論評とはいえないし、原告らの人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものではないから、事実の摘示の有無にかかわらず名誉毀損となる余地はない。 ウ また、本件発言は、侮辱にも当たらない。すなわち、本件発言は、@被告小泉が、記者団から本件参拝を憲法違反とする訴訟が提起されたこと等に対して感想を求められ、靖国参拝違憲訴訟に対する同人の主観的な評価ないし感想を表明したものであって、原告ら個々人に向けられたものではない上、原告らの人格を非難する趣旨を含むものではないこと、A被告小泉が自身に関係する靖国参拝違憲訴訟を提起されたことについてのものであること、B原告らは、被告小泉の靖国神社参拝に反対し、これを禁止すべく靖国参拝違憲訴訟を提起し、裁判所に違憲判断等を求めている者であること、C本件発言自体、漠然とした表現であって著しく下品ないし侮辱的、誹謗中傷的と評価されるべき表現ではないことなどからすれば、本件発言が原告らの名誉感情を不当に害し、社会通念上是認し得ないものと評価される余地はない。 (被告小泉の主張) 本件発言は、平成13年11月1日午後0時1分に首相官邸においてなされたものであるところ、これは、旧知の官邸担当記者よりの質問に対してなされた回答としてのコメントに過ぎないことが明らかであって、公然と不特定多数人に対して、原告らを誹謗中傷するために行われたものでないことを容易に理解することができるのであり、また、原告らに向かってなされたものでないことも明らかである。 また、その内容も、記者よりの「首相の靖国神社の参拝は憲法違反との訴訟が起こされましたが。」、「憲法違反とは考えませんか。」という問いに対して、「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだね。」、「話にならんよ。」と述べただけのことであり、原告らのいずれについても、特定の具体的事実を明示的にも黙示的にも述べるものではなく、また、原告らのいずれをも誹謗中傷するものではなく、裁判所に提起されたとする訴訟についての「感想」以外の意味を認めることはできない。 そして、被告小泉は、その日の午前中に横浜市内で執り行われた母の葬儀に出席して、午前11時37分に官邸に到着したその約20分後に記者にコメントしたのであるが、訴状を受領していなかったのであるから、その間に知得し得た情報は、単に訴訟提起されたということのみであり、原告らの氏名をはじめ、請求の原因等も知る由もなかった。したがって、本件発言が原告らを念頭に置いたものではなく、単に提起された訴訟に対してなされた感想に過ぎないことを容易に理解することができる。 (2) 本件発言により、原告らは裁判を受ける権利を侵害されたか。 (原告らの主張) ア 裁判を受ける権利(憲法32条)は、すべての人が平等に、政治部門から独立した公平な裁判を受けるという市民の権利自由を確保するために重要・不可欠な権利であり、三権分立制度を根底から支えるものとして、とりわけ政治部門のなす非違行為から市民の権利自由を守る砦として機能することが制度的に要請されているものである。したがって、政治部門が具体的な裁判に関して干渉にわたる行為・言動をなすことの禁止が強く要請され、国家機関自身が裁判の当事者になっている場合には、この要請はより一層強く働く。 イ 原告らが被告小泉と被告国らを相手として靖国参拝違憲訴訟を提起したのは、自らが被った被害の回復等を求めて、憲法によって保障された裁判を受ける権利を真摯に行使したのである。そのような原告らについて、本件発言をすることは、裁判一般ではなく具体的な裁判となっている靖国参拝違憲訴訟の原告らについて、政治部門の中枢にあり国の機関であり、国を代表する内閣総理大臣である被告小泉が、これを揶揄、中傷し、原告らが訴訟を提起したこと自体を批判し、圧力が加えたものであって、政治部門が具体的裁判に干渉することを禁止する前記要請に反して明らかに違法であり、その違法の程度はきわめて強い。 ウ したがって、本件発言が原告らの裁判を受ける権利を侵害したものであることは明らかである。 (被告らの主張) ア 憲法32条所定の裁判を受ける権利とは、民事・行政事件の場合、何人も、憲法により司法権を行使すべきものとされる裁判所に訴訟を提起し裁判を求める権利を有することをいうところ、本件発言は、原告らの靖国参拝違憲訴訟について裁判所の裁判を受ける権利を妨げるようなものではなく、被告小泉が自身に関係する靖国参拝違憲訴訟が提起されたことについて、主観的な評価ないし感想を表明したものにすぎず、内閣総理大臣である被告小泉が本件発言をしたからといって、靖国参拝違憲訴訟の審理や判決に影響を及ぼすものではない。 イ したがって、本件発言は、原告らの裁判を受ける権利を侵害するものではない。 (被告小泉の主張) 原告らは、現に、靖国参拝違憲訴訟を提起して訴訟を遂行しているものであり、原告らの裁判を受ける権利は全く侵害されていない。 (3) 被告小泉の責任 (被告小泉の主張) 原告らは、原告らの訴訟提起に対する本件発言が内閣総理大臣としての職務として行われたものであるとし、これにより損害を被ったことを理由として内閣総理大臣である被告小泉に対して損害賠償を求め、これを前提として謝罪広告の請求をしているものと解されるが、公権力の行使に当たる公務員の職務行為について、公務員個人は賠償責任を負わないから、原告らが被告小泉に対して、賠償請求をなし、また、賠償責任の存在を前提として謝罪広告を求める各請求は、主張自体失当である。 (原告らの主張) 当該公務員の行為が公務として特段の保護を必要としないほどに違法性が明白で、行為者たる公務員が当該行為の違法性を当初から認識している場合には、公務員個人の責任が生じ得ると解すべきであるところ、本件発言は、被告小泉により故意になされたものであることはいうまでもなく、その内容が靖国参拝違憲訴訟提訴を真摯に行った原告らに対する人格攻撃であり、「話にならん、おかしな人たち」というレッテル貼りをし、原告らを異端視するものであって、原告らの名誉を毀損し、侮辱し、裁判を受ける権利を侵害するものである。したがって、本件発言は、違法性が極めて強く、このような本件発言が法的保護に値しないことは論をまたないところであり、被告小泉も、本件発言が原告の名誉感情を傷つけ、異端者扱いするもので違法であることを認識していたことは十分推認できるから、被告小泉は、本件発言につき、個人としても不法行為責任を負う。 (4) 原告らの損害 (原告らの主張) ア 本件発言により、原告らはその心に深刻な傷を残したのであり、その精神的苦痛を金銭に換算すると、原告ら各自について5万円を下らない。 イ また、これと共に、損害賠償のみでは十分に回復されない原告らの名誉を回復する適当な手段として、本件発言が報道された日韓の主要各紙に謝罪広告を掲載する必要がある。 (被告小泉の主張) 本件発言は、靖国参拝違憲訴訟が提起されたらしいということしか知らされていない状況下において、原告名についても、また、請求の趣旨及び請求の原因の具体的内容も判らないときに記者団の質問に対して会話形式で述べられたものであり、あらゆる点において原告らに損害が発生していない。 (被告国の主張) 争う。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(本件発言により、原告らの名誉は毀損されたか)について (1) 証拠(乙1)によれば、本件発言は、靖国参拝違憲訴訟が提起された日(平成13年11月1日)の午後0時ころ、首相官邸において、報道記者からの質問に答えるという形でされたものであり、その具体的なやりとりは、次のとおりであると認められる。 報道記者 首相の靖国神社参拝は憲法違反との訴訟が起こされましたが。 被告小泉 話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだね。 報道記者 憲法違反とは考えませんか。 被告小泉 話にならんよ。 (2) 本件発言が靖国参拝違憲訴訟が提起された日の午後0時ころにされたものであることからすると、本件発言の時点では、被告小泉は、誰から、どのような内容の訴訟が提起されたかという訴訟の具体的な内容を知っていたわけではなく(特に、靖国参拝違憲訴訟のうち福岡地方裁判所に提起された訴訟は、本件発言の時点ではまだ提起されていなかった(原告A本人)。)、単に靖国参拝違憲訴訟が提起されたらしいという事実を知っていたに過ぎないといえる。本件発言は、このような靖国参拝違憲訴訟が提起された直後の限られた情報しか得られていない段階で、記者から靖国参拝違憲訴訟が提起されたことについてのコメントを求められたことに対して答えたものであり、靖国参拝違憲訴訟が提起されたという事実に対しての被告小泉の主観的な意見、感想を表明したものと解するのが相当である。 (3) ところで、原告らは、本件発言は、「おかしな人」、すなわち「笑うべき人物」、「普通でない変な人物」であるという具体的な事実を摘示したものであると主張するが、「おかしな人」という表現は、一般的・抽象的な表現であり、しかも、前記のとおり、被告小泉が主観的な意見、感想を述べた際の評価を表す言葉であるから、一般人の普通の注意と捉え方とを基準にして、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項(最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)に当たるとはいえない。したがって、原告らの主張は採用することはできず、本件発言は、具体的な事実を摘示したものであるとはいえない。 (4) しかし、具体的な事実を摘示したものでない意見等の表明であっても、その表現が、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであり、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、名誉毀損による不法行為が成立し得る場合があるので(前掲判決参照)、以下検討する。 原告らは、「おかしな人」とは、すなわち「笑うべき人」、「普通でない変な人物」との意味であり、また、「話にならない人」とは、すなわち「話のできない見下げた者ども」との意味であるから、本件発言は、原告らの品性、徳行、名声、信用、社会的適応性、協調性について明らかに劣っており、当然排斥されるべき者たちであるとの強い印象を与えるものであり原告らを侮辱、中傷、揶揄する人身攻撃にほかならないと主張する。 確かに、「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだね。」という表現は、後述するとおり、必ずしも適切とはいい難いが、本件発言は、前述したとおり、靖国参拝違憲訴訟の提起という公共性の強い、しかも、それ自体何らの人の人格的価値に対する社会的評価を低下させるものではない事柄に関し、被告小泉の主観的な意見、感想を表明したに過ぎないものである。さらに、前記のとおり、被告小泉は、本件発言をした時点においては、誰から、どのような内容の訴訟が提起されたかという訴訟の具体的内容を知っていたわけではないことからすると、特定の個々人を念頭に置いて発言したものとは解されない上、その発言内容も、具体的な内容を含むものではなく、その意味するところは、要するに、人に対する直接の評価というよりも、靖国参拝違憲訴訟を提起したという行為にもっぱら着目して、「普通でない」とか「変である」と評価したものであると解するのが相当であり、本件発言は、原告らを誹謗中傷するような人格攻撃を含むものであったということはできない。 以上によれば、本件発言は、一国の内閣総理大臣の発言であることを考慮に入れても、一般人の普通の注意と捉え方とを基準にして、原告らの品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものとはいえず、意見ないし論評としての域を逸脱したものとはいえないから、原告らの名誉を毀損するものではないというべきである。 (5) また、原告らは、本件発言により名誉感情を傷つけられたと主張し、原告ら本人尋問の結果にも、「侮辱的な言葉で、許すことができない言葉です。」(原告B本人尋問調書6頁)、「人格そのものを否定する言葉だと思うんですが、これはすごく侮辱された感じがしました。」(原告C本人尋問調書7頁)、「私にとっては自分の今までの人生が否定されたような感じですね。」(原告D本人尋問調書11頁)、「これはひどい言い方、言われ方だというふうに思いました。まるでくずかごみかみたいに言われたな、という感じがしました。」(原告E本人尋問調書11頁)との供述部分がある。 確かに、本件発言は、靖国参拝違憲訴訟が提起された事実を踏まえての批判的な評価がされているものであるところ、その表現において、必ずしも適切であるとはいい難いものがあることなどに鑑みると、本件発言が、靖国参拝違憲訴訟を提起した原告らの感情を害するものであることは理解でき、しかも、本件発言が記者の質問に対するもので、当然、日本全国に報道されることを前提としたものであることからすると、内閣総理大臣という公的な立場にある者の発言としては、配慮に欠ける点があったことは否定できないところである。 しかし、名誉感情が害されたことにより不法行為が成立するのは、その表現行為が著しく侮辱的、誹謗中傷的であるなどその対象者の名誉感情を不当に害し、社会通念上是認し得ない場合であると解されるところ、前記のとおり、本件発言が記者から靖国参拝違憲訴訟が提起されたことについて質問されたことに対してなされたものであり、靖国参拝違憲訴訟を提起した特定の原告ら個々人に向けられたものとはいえないこと、同訴訟が提起された事実に対する被告小泉の主観的な意見や感想を表明したものであること、その発言内容も、前記のとおり必ずしも適切とはいい難い表現ではあるけれども、著しく侮辱的であるとか誹謗中傷的な表現とはいえないことからすると、本件発言は、原告らを著しく侮辱、誹謗中傷するものとはいえず、原告らの名誉感情を不当に害し、社会通念上是認し得ないものとまでは認められない。したがって、本件発言が、原告らの名誉感情を害することによる不法行為に当たるものとは認められない。 2 争点(2)(本件発言により、原告らは裁判を受ける権利を侵害されたか)について 原告らは、政治部門の中枢にあり国の機関であり、国を代表する内閣総理大臣である被告小泉が、本件発言により、靖国参拝違憲訴訟を提起した原告らを揶揄、中傷することは、政治部門が、原告らが提起する具体的な訴訟に関して干渉にわたる行為・言動をなすものであり、原告らの裁判を受ける権利を侵害したものであると主張する。 しかし、前記のとおり、本件発言は、靖国参拝違憲訴訟が提起されたという事実を踏まえて、その事実に対する被告小泉の主観的な意見や感想を表明したものであり、その内容も、具体的な内容を含むものではないから、原告らが裁判所において靖国参拝違憲訴訟についての裁判を受けることができる権利を妨げるようなものではなく、また、実際に、原告らは、靖国参拝違憲訴訟を提起して、同訴訟を追行しており、内閣総理大臣である被告小泉が本件発言をしたからといって、靖国参拝違憲訴訟の審理や判決に影響を及ぼしているものともいえない。 したがって、本件発言が、原告らの裁判を受ける権利を侵害するものとは認められない。 3 争点(3)(被告小泉の責任)について 本件発言が、国家賠償法1条1項に規定する「職務を行うについて」なされたものであることは当事者間に争いのないところ、原告らは、当該公務員の行為が公務として特段の保護を必要としないほどに違法性が明白で、行為者たる公務員が当該行為の違法性を当初から認識している場合には、公務員個人の責任が生じ得ると解すべきであると主張する。 しかし、公権力の行使に当たる国の公務員がその職務を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、その公務員が属する国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであり(最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁参照)、原告らの主張は採用できない。 4 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第19民事部 裁判長裁判官 角隆博 裁判官 井上直哉 裁判官 三島琢 (別紙は省略) |
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