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【事件名】マンション建設をめぐる名誉毀損事件
【年月日】平成15年9月24日
 横浜地裁 平成13年()第4520号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成15年7月14日)

判決


主文
第1節 原告の請求をいずれも棄却する。
第2節 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1章 当事者の求めた裁判
第1節 請求の趣旨
(1) 被告は、原告に対し、1100万円及びこれに対する平成13年10月27日から完済まで年5分の割合による金銭を支払え。
(2) 被告は、原告に対し、Y.C.C.横須賀市民連合/矢島まち子とまちづくりの会の発行する「MACHIZUKURI TIMES」に、別紙第1記載の謝罪広告を別紙第2記載の掲載条件で掲載せよ。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
(4) 第1項につき、仮執行宣言
第2節 請求の趣旨に対する答弁
 主文と同旨
第2章 事案の概要
 本件は、マンション等の企画、設計等を業とする原告が横須賀市内においてマンションの建築を計画したところ、これに反対する近隣住民の一人である被告が、インターネットの掲示板やいわゆるミニコミ誌等において、建築予定地は地盤や交通の面で危険があり、原告の近隣住民らに対する説明も不十分であるなどとして、その建築に反対する旨の表現行為をしたことから、原告が、これによって名誉及び信用を毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償金の支払及び謝罪広告の掲載を求めている事案である。
第3章 基礎となる事実(以下の事実は、争いのない事実又は記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
第1節(1) 原告は、マンション等の企画、設計並びに不動産の売買、賃貸、仲介及び管理等を業とする株式会社である。
(2) 原告は、平成13年ころ、別紙物件目録記載1及び2の土地(以下、併せて「本件土地」という。)上に、原告及びその関連会社である株式会社ランド・トリニティー建築計画(以下「ランド・トリニティー社」という。)を建築主として、地上7階、地下3階のマンション(以下「本件マンション」という。)を建築する計画(以下「本件マンション建築計画」という。)を立て、同年7月までに本件土地の所有権を取得した〔甲6ないし9号証〕。
 そして、原告及びランド・トリニティー社は、本件マンション建築計画について、平成13年7月12日付けで、横須賀市長から、開発許可を要しない旨の証明書の交付を受け〔甲37号証〕、さらに同月27日付けで、建築主事から、建築確認を受けた〔甲36号証〕。
第2節 本件土地は、湘南鷹取二丁目の東端の丘陵の外縁に位置し、その東側は、急傾斜地となっており、その下には、京浜急行電鉄株式会社(以下「京浜急行」という。)の線路が敷設されている。この傾斜地のうち、北側約半分については、湘南鷹取二丁目C番aに含まれ、原告が所有権を有しているが、南側約半分の土地については、平成5年5月12日に同番bから同番cとして分筆がされ、この同番cの土地部分は現在京浜急行が所有権を有している。なお、現在の同番cに当たる同番bの土地部分において、平成4年5月2日、がけ崩れが発生し、京浜急行の路線がほぼ終日不通となったことがあった。
 また、本件土地は、その南西側において2軒の住宅の敷地と接し、さらに、西側から北側にかけては、湘南鷹取二丁目の住宅地と国道16号とを結ぶ、片道1車線でS字型の、勾配のある道路に接している。
 〔甲41号証、乙1、4ないし6、41、71、106号証〕
3(1) 被告は、昭和59年ころから、湘南鷹取二丁目内に居住している者である。
(2) 湘南鷹取二丁目においては、住民らが、昭和56年、建築基準法第4章の規定に基づき「湘南鷹取2丁目建築協定」(以下「本件建築協定」という。)を締結し、横須賀市長による認可を得ている〔乙11、12号証〕。
 被告は、平成4年から、本件建築協定の協定運営委員会の委員となり、平成12年からは同委員会の委員長を務めている。また、湘南鷹取2丁目自治会は、本件マンション建築計画を受けて、平成13年7月、ランドマンション対策専門委員会を設置したが、被告はこの委員長の立場にある。〔乙237号証〕
4(1) 平成13年7月26日、「湘南鷹取2丁目自治会 マンション対策専門委員会」の名義で、「2丁目だより マンション問題特別号」と題する書面(以下「2丁目だより」という。)が作成され、湘南鷹取2丁目自治会の会員に配布された。この書面には、本件マンションについて、原告が計画したものであること及び下記@ないしC等の記載がされていた。〔甲4号証、乙237号証〕(以下、これらの各記載を「本件記載(1)−@ないしC」というように表記する。)
@ 危険を招くマンション計画
A そう数年前に線路上に崩落を起こし、あわや大惨事…と心配させた丘です。
B マンションができれば64台の自動車と77台の自転車(いずれも計画駐車台数)が道路を出入りすることになります。危険なことだと思いませんか。
C ここにコンクリートの巨大な壁ができれば、緑の眺望やビル風害、日照、電波障害、プライバシーなどに大きな影響を受けるでしょう。
(2) 被告は、平成13年9月3日、主にマンションの建築に関する問題を扱っているインターネット上の掲示板「地下室マンションに反対する市民ネットワーク」に、「D(匿名)」との名義で、本件マンション建築計画について、建築業者が原告であることや住民らが反対していることとともに、下記@ないしBの記載を含む書き込みをした。また、被告は、同月24日、同掲示板に、自己名義で、下記Cの記載を含む書き込みをした。〔甲3号証、乙155号証〕(以下、これらの各記載を「本件記載(2)−@ないしC」というように表記する。)
ア 9月3日分
@ 湘南鷹取2丁目は建築協定地域であり、・・・建築協定に沿った建物を建てて欲しい。地上7階地下3階の集合住宅などもっての外です。
A こんな所に64世帯が入居し64台の車が出入りしたら交通渋滞・交通事故の続発する名物道路(!?)の誕生。私たちは事故の被害者・加害者になる可能性が!!
B 説明会を行ったところ、強引に計画を進めている割には顔ぶれがお粗末、説明会の体をなさないのです。
イ 9月24日分
C それ以外ろくな回答も無く、我々がもっとも問題にしている交通問題・地盤の危険性についてなんら納得のいく説明をできないのです。
(3) 平成13年10月16日ころ、横須賀市議会議員矢島まち子の所属する「Y.C.C.横須賀市民連合/矢島まち子とまちづくりの会」が定期的に刊行する、「MACHIZUKURI TIMES」と題するいわゆるミニコミ誌が、新聞の折り込みビラとして、横須賀市内の5万2000世帯に配布された〔甲1号証、乙154号証の1ないし3〕。同誌は、両面刷りの1枚紙のものであるが、その裏面に、本件マンションに関する記事が掲載されており、この記事において、下記のとおり、表題として@の、文中にはAないしH等の、文中に挿入された本件土地周辺の写真の下部に説明としてI及びJの各記載がされ、記事の末尾には「湘南鷹取2丁目自治会 マンション対策専門委員会委員長 A」と記載されていた〔甲1号証〕(以下、これらの各記載を「本件記載(3)−@ないしJ」というように表記する。)。
ア 表題
@ このままでは地下室マンション横須賀に集結?
イ 文中
A 横須賀の最北端の町、湘南鷹取2丁目の外縁斜面緑地に降って涌いたようにマンション建設計画が持ち上がったのが7月6日。突如「地下3階、地上7階の10階建て(64戸)。8月15日着工。潟宴塔h(横浜市中区)」という驚くべき内容の表示板が予定地に建てられたのです。即座に住民運動が始まりました。
B 予定地は建築協定地域内にあり、10階建てマンションなどもっての外。
C しかも、9年前に大崩落があり、京急が終日不通となったいわくつきの危険地なのです。
D こんなところに64台もの車及び関係車両が出入りしたら、交通渋滞・交通事故の連続、そして湘南鷹取8自治会の住民は、全員が交通事故の加害者・被害者になる可能性が!!
E 敵はマンション建設を予定しているランドという会社だけではなかったのです。
F しかも、確認そのものもいかにもズサン。
G 大手ゼネコンの方々何人かに聞いたところ、「これが開発でないなら、全国の業者が横須賀全域に集結して斜面緑地に地下室マンションを建てることになる。」と憂慮しています。
H 住民が最も知りたい交通対策、地盤の安全性などには納得できる回答を何ひとつ寄せていません。
ウ 写真下部の説明
I マンション計画地……急カーブ、登り坂の上、歩道がない危険なところ
J 計画地を京急側からみる この急なガケの真上に10階建てのマンションが!!
第4 主要な争点及び争点に関する当事者の主張
1 主要な争点
(1) 本件表現行為が原告の名誉・信用を毀損するものとして不法行為を構成するかどうか。
(2) 本件表現行為と因果関係のある損害の有無及びその回復方法。
2 争点(1)について
<原告の主張>
(1) 被告は、本件マンション建築計画に対する反対運動の中心的な人物である。そして、本件記載(1)−@ないしCを含む「2丁目だより」を作成して、地域住民らに配布し、インターネットの掲示板上に本件記載(2)−@ないしCなどの書き込みをし、さらに、「MACHIZUKURI TIMES」の中で、本件記載(3)−@ないしJなどの記載をした(以下、これらの行為を「本件表現行為」という。)のは、被告である。
(2) 本件表現行為は、原告について、10階建てのマンションを建てることができない危険な土地に、マンションを建築して販売するため、交通に対する配慮もせず、住民に対して何らの説明もしようとしないまま建築を強行しようとする、住民の「敵」であり、横須賀市中に斜面地マンションを建築させる元凶であるとの社会的評価を作り出すものである。このような本件表現行為の内容や、表現の時期、方法を併せ考えると、本件表現行為は、原告の客観的評価を大いに低下させ、原告の名誉・信用を著しく侵害するものである。
(3) 本件表現行為は、原告に対する営業妨害の意図で、原告を誹謗中傷するものである。
 また、本件表現行為の内容は、多くの点で真実に反している上、被告は、原告から、複数回の説明会等において、地盤や交通の安全性等の事実関係について十分な説明を受けていたにもかかわらず、相当な根拠に基づくことなく、本件表現行為に及んだのであって、およそ社会的に相当な表現行為とはいえない。
(4) 以上のとおり、被告は、本件表現行為により、故意又は過失に基づき、違法に原告の名誉・信用を侵害したものである。
<被告の主張>
(1) 「2丁目だより」は、ランドマンション対策専門委員会の、被告とは別の委員が作成したもので、配布したのも被告ではない。
 また、「MACHIZUKURI TIMES」中の表現のうち、本件記載(3)−AないしHは被告が作成した部分であるが、同@、I及びJは、同誌の編集者が作成した部分であり、被告が記載したものではない。
(2) 「地下室マンションに反対する市民ネットワーク」は、地下室マンションに反対する各地のグループが情報交換等を行っている場である。また、「MACHIZUKURI TIMES」は、横須賀市議会議員である矢島まち子の所属する団体の定期刊行物である。
 これらの市民的なメディアに掲載される言論は、公共性、社会性、政治性の高いものであり、そこでの自由な言論行為は、表現の自由によって強く保護されなければならない。
(3) 本件表現行為は、本件土地及び周辺土地の性状を指摘し、あるいは住民の原告の説明に対する受け止め方を述べているものにすぎず、本件マンションそれ自体が危険であるとか、原告が何らの説明をしていないなどと言っているものではないから、原告の名誉・信用を侵害するものではない。
(4) 被告は、本件マンションの建築に関する問題を市民に知らせ、情報交換を行うことにより、住環境を守る運動を広げるために本件表現行為をしたのであり、本件表現行為は、公共の利害に関する事実について、公益を図る目的でされたものにほかならない。
 そして、本件表現行為における摘示事実又は意見の前提となる事実は、真実であり、相当な根拠に基づいたものである。また、本件表現行為のうち、意見の表明に当たる部分については、その表現が意見ないし論評としての域を逸脱したものであるとは到底いえない。
(5) 以上のとおり、本件表現行為は、原告の名誉・信用を毀損するものではなく、仮に名誉・信用を毀損するとしても、違法性ないし故意・過失はないから、不法行為を構成するものではなく、原告の請求は理由がない。
3 争点(2)について
<原告の主張>
(1) 原告は、被告の本件表現行為による名誉・信用の毀損によって、以下のとおりの有形、無形の損害を受けた。
ア 宣伝広告費
 原告は、本件表現行為によって原告に不信感を抱いた顧客に対する宣伝広告費として、平成13年10月から同14年1月まで、合計1173万7683円の支出をした。
イ モデルルーム開設費
 本件表現行為により、本件マンションの完売まで通常よりも長期間を要することとなった。これによって原告が支出を強いられた費用は、本件マンションのモデルルームを平成13年10月16日から同14年1月まで開設しておくのに要した、人件費1067万8660円、賃料245万0000円、電話代87万2258円及び電気代54万2879円である。
ウ 無形の損害
 原告は、被告の名誉・信用毀損行為により、無形の損害も受けた。
エ 損害額の合計
 上記ア及びイの財産的損害のうち、被告の行為と直接的な因果関係を認められるものを少なくとも3割と計算し、これに無形の損害もあわせると、原告の受けた損害の額は1000万円を下らない。
(2) 本件訴訟を追行するための弁護士費用は、請求金額の1割である100万円が相当である。
(3) 原告の毀損された名誉及び信用を回復するためには、請求の趣旨2項記載のとおり、謝罪文を掲載する必要がある。
<被告の主張>
 原告の主張する損害の発生及び被告の行為との因果関係は、否認する。
第5 当裁判所の判断
1 特定の表現行為が、その対象とされた者の名誉・信用を毀損するものか否かは、当該表現行為の内容、方法等とともに、その者の社会における位置、状況等を考慮し、当該表現行為により、その者に対する社会的な評価が低下するものと認められるか否かによって判断すべきである。
2 そこで、本件表現行為ないし原告に関する事情を見ると、証拠〔甲5、13ないし18、20、21、24、25、27、63、67、68号証、乙3、11、12、14、15、18ないし23、25ないし28、32、34、35、38、39、106、119、137、154、236、237号証及び被告本人の供述〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 湘南鷹取二丁目は、主に住宅地として利用されている地域である。そして、前記第3、3(2)のとおり、昭和56年、同地域における建築協定として、本件建築協定が認可を受けた。本件建築協定の協定運営委員会は、協定の成立以来、湘南鷹取二丁目内において新たに建築計画がある場合には、その敷地所有者に対し、協定への加入を働きかけており、本件建築協定の協定区域は拡大傾向にある。現在、本件建築協定の建築協定区域は、学校、公園等の公共用地や駐車場等の非居住用地を除けば、湘南鷹取二丁目の居住可能地域の大部分を占めている。
 本件建築協定は、建築協定区域内の建築物について、用途は一戸建専用住宅(2世帯住宅を含む)、医院併用住宅、又は店舗兼用住宅とすること、建築物の高さは現状地盤面から10メートル、軒の高さは6.5メートルをそれぞれ超えないこと、地階を除く階数は2以下とすること、建築面積及び延面積の敷地面積に対する割合(建ぺい率及び容積率)は、それぞれ10分の4及び10分の8を超えないことなどの基準を定めている。
(2) 本件土地は、第1種住居地域にあり、建築基準法上許容される建ぺい率及び容積率は、それぞれ10分の6及び10分の20である。また、本件土地は、本件マンション建築計画が立てられるまでは、駐車場としての利用がされていたものであり、現在まで、その所有者による本件建築協定への加入はされていない。
(3) 原告は、本件土地上に本件マンションを建築する計画を立て、平成13年7月6日、本件土地付近に計画表示板を設置した。また、原告又はその関連会社の社員は、同日、本件土地の近隣住民宅及び被告宅を訪れ、本件マンション建築計画を説明した。
 これに対し、被告は、本件建築協定に加入してもらいたい旨の依頼をし、本件建築協定の協定書を交付した。
(4) 同月15日、湘南鷹取2・3丁目自治会館において、ランド・トリニティー社ほか原告側の社員ら並びに被告ほか湘南鷹取二丁目及び三丁目の住民らの出席の下、本件マンションの建築に関する話合いの場が設けられたが、原告側が本件建築協定には加入しない旨を言明したことから、話合いは短時間で終了した。
(5) 湘南鷹取2丁目自治会は、同月24日、役員等の会議により、ランドマンション対策専門委員会の設置を決定した。また、この場で、本件マンションの問題を自治会員に知らせるため、「2丁目だより」の作成が合意された。そして、同委員会委員のBがその原稿を作成し、前記第3、4(1)のとおり、同月26日、同委員会名義の「2丁目だより」が発行され、自治会員に配布された。また、同月28日、同委員会の委員20名の互選により、被告が同委員会の委員長に選出された。
(6) このころから、本件土地付近において、近隣住民らによって、本件マンションの建築に反対する旨が記載された看板、横断幕等が設置された。
 また、湘南鷹取2丁目自治会は、原告及び横須賀市に対して本件マンションの建築に着工しないことや住民らと話し合うことを求める内容で、湘南鷹取地区の住民らから署名を集めるとともに、横須賀市長に対して同趣旨の要請を行うなどの活動をした。
(7) 同年8月4日及び9月9日、湘南鷹取2・3丁目自治会館において、原告及びランド・トリニティー社ほか原告側の社員ら並びに湘南鷹取2丁目自治会長及び被告ほか湘南鷹取地区の住民らの出席の下、本件マンション建築計画の説明会が開かれた。説明会においては、当初原告側が住民を無視して計画を進める気はない旨を述べたものの、その後、工事に着工する意向を言明したことから、住民側が反発し、また、住民側から、地盤の危険性や各種の被害の対策、原告側の出席者の妥当性等について質問や不満が出されるなどし、原告側と住民側の主張は折り合わなかった。
(8) 原告は、遅くとも同年8月中に、本件マンションの販売広告を開始した。
(9) 湘南鷹取2丁目自治会及び住民らは、同月31日、横須賀簡易裁判所に、原告及び本件マンションの建築施工業者に対する建築差止等公害調停を申し立てた。また、湘南鷹取2丁目自治会及び住民らは、同年9月21日、横須賀市建築審査会に対し、本件マンション建築計画に係る建築確認の取消しを求める審査請求をした。
(10) 被告は、同月3日及び24日、前記第3、4(2)のとおり、インターネット掲示板上に書き込みをした。
(11) 横須賀簡易裁判所は、同年10月3日、原告及び本件マンションの建築施工業者に対し、上記調停事件の調停前の措置として、本件マンションの建築工事及びこれに付随する工事と、本件土地の現状の変更を禁止する旨の命令を出した。
(12) 同月6日、原告による近隣住民らへの本件マンション建築計画についての説明会が予定されていたが、開催場所等について折り合わず、実質的な話合いは行われなかった。
(13) 同月上旬、被告は、横須賀市議会議員矢島まち子から、市政に関する問題を取り上げているいわゆるミニコミ誌である「MACHIZUKURI TIMES」への寄稿を依頼され、本件マンションに関する記事を作成した。そして、同月16日、前記第3、4(3)のとおり、この記事が掲載された同誌が発行された。なお、掲載された記事のうち、表題部分(本件記載(3)−@)と写真下部の説明部分(同I、J)は、編集段階で編集者側が付加したものである。
(14) 同月22日、上記調停事件の第1回調停期日が開かれたが、原告側が調停の打ち切りを主張したため、同調停は即日不調となった。これを受けて、原告は、翌日から、本件土地において本件マンションの建築工事に着手した。
3 以上のように、湘南鷹取二丁目においては、居住可能地域の大部分が本件建築協定の対象となっており、自治会や協定運営委員会により、本件建築協定に沿った住環境の維持が図られていたところ、マンション等の企画、設計等を業とする株式会社である原告が、本件土地において本件マンションの建築を計画したことから、湘南鷹取2丁目自治会や近隣住民らにより、本件マンションの建築に反対する運動が起こったものであって、本件表現行為も、いずれも、この反対運動の一環としてされたものと認められるところである。
 そして、本件表現行為の内容は、「2丁目だより」、「MACHIZUKURI TIMES」及びインターネット掲示板の書き込みのいずれについても、全体としてみれば、本件マンションの建築予定地の近隣に居住する住民らによる、マンションの建築に反対する意見の記載であることは明らかであり、その表現媒体がいずれも一般の市民が自由な意見を表明する際に用いられる私的な性質の媒体であることからすれば、本件表現行為に接した通常の読み手は、本件表現行為は、マンションの建築の際にしばしば見られるような、マンションの建築によって住環境等を害されると考える近隣住民らが、その建築に反対する立場からの意見表明として、マンション建築反対の趣旨を訴えようとしているものと受け取るものと認められるのである。
 このように、本件表現行為の主体や表現方法に照らせば、近隣住民らの反対運動を受けつつ本件マンション建築計画を進めていた会社としての原告が、近隣住民による近隣住民としての立場からの建築反対を訴える趣旨の表現行為の対象となったからといって、その表現行為の内容がマンション建築に反対する趣旨の意見の表明の範囲内にとどまるものである限り、このような表現行為に接した通常の読み手は、それらは、そのような対立関係にある一方当事者の側から一方的に発信された意見表明にすぎないものと受け取るものと認められるのである。そうである以上、このような意見表明は、それがされることによって直ちに原告の社会的評価を低下させるというような性質の行為であるということはできないというべきである。
4 そこで、上記の観点を踏まえて、原告がその名誉・信用を毀損されたものと主張する本件表現行為についてさらに個別的、具体的に検討することとする。
(1) 本件マンションの建築予定地が危険地である旨の表現(本件記載(1)−@、A、(3)−C、J)及び本件マンションの建築により交通の危険が生じる旨の表現(本件記載(1)−@、B、(2)−A、(3)−D、I)について
 前者の表現行為は、本件マンションの建築予定地が数年前にがけ崩れを起こした傾斜地であるとの事実を指摘し、同土地が「危険地」であると主張して、同土地上のマンションの建築に反対する趣旨を表明しているものであり、それ以上に、原告が(倒壊のおそれがあるような)危険なマンションを建築しようとしているなどと具体的に主張しているものではない。また、後者の表現行為は、本件土地周辺の道路状況を指摘した上で〔甲2号証の2、3号証の1、2、4号証〕、本件マンションが建築されることによって、入居者の車両等により本件土地付近の交通量が増加し、交通事故の危険が高まることを主張し、本件マンションの建築予定地の近隣住民の立場から、その建築に反対するとの趣旨を表明しているものにすぎない。いずれにせよ、これらの表現行為においては、原告の建築計画の不備等を何ら具体的に指摘しているものではないから、上記の観点に照らして、これにより原告の社会的評価が低下するものと認めることはできない。
(2) 建築予定地が建築協定地域内にあり、10階建てマンションはもってのほかとの表現(本件記載(2)−@、(3)−B)について
 この部分は、本件土地の所有者が建築協定に加入しているというような具体的事実を指摘したものではないことや、任意加入という建築協定の性質からすれば、原告に建築協定違反の事実があるということを摘示しようとしたものではなく、現状のマンション建築計画に反対する立場の近隣住民らが、建築協定の内容に沿った建築をするように訴えようとしているものと受け取られるのが通常といえるから、この表現行為により原告の社会的評価が低下するものと認めることはできない。
(3) 原告の住民への説明が不十分であるとの表現(本件記載(2)−B、C、(3)−H)について
 近隣住民がマンションの建築に反対する意見を表明するという各文章全体の趣旨からすれば、この部分は、本件マンション建築計画に関する原告ら建築主側の説明について、その計画に反対する立場の近隣住民の意見として、住民側とすれば十分に納得することができるような内容のものではないとの趣旨を述べたものと受け取られるのが通常といえるから、この表現行為が直ちに原告の社会的評価を低下させるものと認めることはできない。
 もっとも、本件記載(2)−C及び(3)−Hは、原告が住民の意思を無視しては着工しないという住民との約束に違反したという趣旨の表現に引き続くものである〔甲1、3号証の各2〕ところ、これと合わせて読めば、マンション建築に反対する意見の表明の範囲を超える、原告の企業としての経営姿勢等に関する具体的な事実の摘示を伴う意見表明として、原告の社会的評価を低下させるものと認められないでもない。仮にこのように認めるのが相当であるとしても、この部分の表現行為は、いずれも、本件マンションの建築に対する近隣住民らの反対運動の一環として、本件土地周辺の住環境等の公共の利害に関する事実について、近隣住民等の理解を求めるなど専ら公益を図る目的でされたものと認めることができ、さらに、前記2(7)の認定事実に照らせば、意見にわたる部分の前提事実の重要な部分は真実と認められるのであり、また、原告の説明は納得できるようなものではないとの趣旨の意見の表明は、それが意見としての域を逸脱したものとは認められない。
 したがって、いずれにしても、上記表現行為が違法性を有するものということはできない。
(4) 建築確認が杜撰である旨の表現及び地下室マンションが横須賀に集結する旨の表現(本件記載(3)−@、F、G)について
 本件記載(3)−F、Gの前後には、「7月6日から1週間後の13日に建築確認申請が出され、住民の反対を押し切ってその2週間後の27日には確認という異常なスピードで事は進みました。」、「地下3階分を9メートル以上掘削するのに、“開発行為にあたらないので、建築確認だけでいい”というのです。」との記載があり〔甲1号証の2〕、これらの表現を含む前後の文脈からすれば、上記表現部分は、一般の読み手に、開発行為の要否ないし建築確認申請の適否に関する判断を行う行政庁の審査手続ないし審査方法の不当性を主張していると理解されるものであることは明らかであって、原告の社会的評価に影響を与えるものということはできない。
(5) プライバシー等に影響がある旨の表現(本件記載(1)−C)について
 この部分は、湘南鷹取2丁目自治会の会員向けに、マンションの建築によって一般的に予想される問題点を抽象的に指摘したものにすぎず、このような指摘によって、原告の社会的評価が低下するものとは認められない。
(6) このほか、本件表現行為中には、原告の社会的評価を低下させると認められるような表現は見当たらない。
5 以上の検討のとおり、本件表現行為は、いずれも、原告の名誉・信用を違法に毀損するものと認めることはできないというべきである。
第6 結論
 したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第1民事部
 裁判長裁判官 川勝隆之 
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 貝阿彌亮


別紙 第1、第2 省略
別紙 物件目録
1 所在 神奈川県横須賀市湘南鷹取二丁目
  地番 C番a
  地目 宅地
  地積 1355.91平方メートル
2 所在 神奈川県横須賀市湘南鷹取二丁目
  地番 C番b
  地目 宅地
  地積 861.37平方メートル
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