判例全文 line
line
【事件名】「荘内日報」の加藤紘一氏夫人名誉毀損事件
【年月日】平成15年9月12日
 東京地裁 平成14年(ワ)第21487号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成14年3月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1100万円及びこれに対する平成14年3月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、前衆議院議員の妻である原告が、被告がその発行する新聞に、原告が、夫の事務所の代表であり脱税容疑に問われている人物の経営する会社の監査役に就任し、稼働実態もないのに月額100万円を超える報酬を受け取っていたとの記事を掲載したことにより、名誉を毀損されたとして、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償1100万円及びこれに対する不法行為の日である平成14年3月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は、山形県鶴岡市及び酒田市等の山形4区選出の前衆議院議員Aの妻である。
イ 被告は、新聞の発行及び販売等を目的とする株式会社であり、山形県を中心にして、日刊新聞「荘内日報」を発行している。
(2) A事務所代表の脱税事件
 Aの事務所の代表であったBは、平成14年3月8日、所得税法違反(脱税)の容疑で逮捕された(乙8)。
(3) Bの経営する会社と原告の監査役就任
 Bは、平成14年1月23日まで、輸出入代行業等を目的とする株式会社Cの代表取締役を務めていた(乙1の1)。
 原告は、Bの依頼により、昭和62年ころから平成6年ころまで、C社の監査役に就任していた(甲2)。
(4) 本件記事の掲載
 被告は、平成14年3月12日、荘内日報に、「A氏の妻が監査役」との大見出し、「報酬月100万円」との小見出し及び「B容疑者経営の会社に」との中見出しを付した記事(その内容は別紙記載のとおり。以下「本件記事」という。)を掲載した。
(5) Bに対する有罪判決
 Bは、平成14年12月10日、東京地方裁判所において、約4億1500万円の所得を申告せずに約1億7000万円を脱税した所得税法違反の罪で、懲役2年、執行猶予4年、罰金4300万円の有罪判決の言渡しを受けた(乙3)。
2 争点
(1) 本件記事が原告の名誉を毀損するか。
(2) 本件記事の違法性の有無
(3) 原告の損害
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
 本件記事は、原告が、脱税容疑に問われていたBの経営するC社の監査役に就任し、稼働実態もないのに、月額100万円を超える報酬を受け取っていたことを内容とするものである。
 したがって、本件記事は、一般読者に対し、原告が脱税で不正蓄財をしていたBから仕事もせずに毎月100万円もの金員を受領していた、金銭欲の深い人間であるとの印象を与えるものであるから、原告の社会的評価を著しく低下させてその名誉を毀損するものである。
(被告の主張)
 次期総理候補と言われた政治家であるAの妻である原告が、Aの秘書の経営する会社の役員となって、少額の報酬しか支給されていなかったとすれば、いかにも軽々しく、そのような記事を掲載することにより原告の名誉が毀損されることがあるにしても、その報酬を100万円と報じた本件記事は、原告の名誉を毀損するものではない。
(2) 争点(2)について
(被告の主張)
ア 以下の事情に照らせば、被告が本件記事の内容を真実であると信じたことについて相当の理由があるから、被告が本件記事を掲載した行為には違法性はない。
 被告は、平成14年1月10日、Bの脱税疑惑で、東京国税局及び東京地方検察庁特捜部(以下「東京地検特捜部」という。)が動き始めたとの情報を得た。被告は、この情報について、これまで何回かあった疑惑とは異なり、東京地検特捜部がAの立件を目指していると判断し、Aについての過去の資料の分析、A事務所の周辺及び地元後援会関係者らの取材を開始した。この一連の取材では、本件の脱税疑惑発覚以前から原告とBとの関係について種々の噂があったことから、その裏付けも対象となった。
 被告の取材によると、Aの地元後援会である愛鶴会という婦人部の幹部の一人に対して、原告自身がB経営のC社の監査役として月額50万円の収入を得ていると語ったこと、地元ではその倍額はBからもらっているとの話もあることを聴取した。さらに、Aの選挙区である庄内地方の出身者や、Aの古い知人、時事通信社との情報交換などの中で、Aの後援者が原告のC社の監査役としての月額報酬は100万円を超えると話したとの話もあった。
 以上の取材に基づいて、被告は本件記事を執筆した。
イ 原告は、C社から監査役の報酬は受け取っていないと主張するが、Aが、平成14年4月8日、衆議院予算委員会における参考人質疑で、原告のC社からの監査役報酬について、「4年間ぐらい、5万円程度」と答えていることと矛盾するし、国会議員の妻が秘書が経営する会社の監査役に就任して、無報酬であるということは常識的にも信用することができない。
(原告の主張)
 原告は、C社の監査役に名目上就任したことはあるが、報酬は受け取ったことはないので、本件記事は真実ではない。
(3) 争点(3)について
(原告の主張)
 荘内日報は、山形県鶴岡市及び酒田市の大半の家庭で購読されているので、被告が本件記事を掲載したことにより、原告は、日頃から支援を受けたり親しくしていた者を含め、多数の者から非難を受けた。また、本件記事を信用した複数の者がマスメディアに原告に対する不当な悪質的言辞を流布した。
 そのため、原告は、著しく名誉を毀損され、多大な精神的苦痛を受けた。その損害は、金銭に換算すると1000万円を下らない。
 さらに、原告は、本件訴訟の提起を本件原告代理人らに委任したが、この弁護士費用のうち100万円は、被告の本件不法行為と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
 原告には損害は発生していない。
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等及び証拠(甲2、乙8、証人D及び原告本人)によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 荘内日報について
 荘内日報は、山形県の西北部の庄内地方と呼ばれる鶴岡市、酒田市を含む14市町村を販売の対象地域としており、日本新聞協会に報告している発行部数は2万2500部である。
(2) 原告のC社監査役就任
 原告は、昭和62年より少し前、Bから役員就任を要請され、その場に同席していたAが反対しなかったことからこれを承諾し、同年ころから平成6年ころまでC社の監査役として登記された。しかし、これは、いわゆる名目的監査役にすぎず、原告が監査役としての職務を行ったことはなかった。
(3) 被告の取材経過
 被告は、平成14年1月10日、A事務所の代表であったBの脱税疑惑発覚を契機に、Aについての過去の資料の分析、A事務所の周辺及び地元後援会関係者らの取材を開始した。この一連の取材では、原告がC社の監査役に就任していたことについても対象となった。
 本件記事の取材は、平成14年3月11日までの間、被告所属の記者3名が担当した。担当記者らは、複数のA後援会関係者から、原告が、Aの支援団体である愛鶴会の幹部に対し、C社からの監査役報酬は月額50万円であると話したことがあるそうだ、との話を聴取した。被告は、支援者から政治家に対して本人や家族への企業役員報酬という形で資金が流れる形態があると認識していたこと及びA家とBは前々から深い付き合いがあったとの情報があったことから、原告が監査役に就任した以上報酬が支払われていたはずであると判断した。その後、被告は、その信頼している取材源から、原告の報酬は月額100万円以上との情報を得た。これらの取材に基づき、D編集局長が本件記事を執筆し、荘内日報に掲載された。
 なお、被告は、本件記事の執筆に当たり、原告、B、A事務所、愛鶴会の幹部及びC社のいずれにも確認の取材をしなかった。
(4) 本件記事の反響
 原告は、本件記事により、地元等の人々の中から、裏では汚いことをしていた等との非難を受けた。
2 争点(1)について
 本件記事は、原告がA事務所の代表であり脱税容疑に問われていたBの経営する会社C社の監査役に就任したが、その職務は一切していないのに月額100万円を超える報酬を受け取っていたことを報じたものである。
 したがって、本件記事は、一般読者に対し、原告は、A事務所の代表であり、脱税の容疑がかけられていたBの経営するC社に監査役としていわば名前を貸すことにより、報酬名目で月額100万円を超える不当な金銭的利益を得ていたとの印象を与えるものであるから、被告がこれを荘内日報に掲載したことにより、原告の社会的評価が低下してその名誉が毀損されたと認められる。
3 争点(2)について
(1) 原告がBの依頼を受けて一時期C社の名目的監査役に就任していたことは、上記認定のとおりであるが、原告が月額100万円又はこれを超える金額の報酬を受領していたことが真実であるとの主張立証はない。
(2) 被告は、原告が月額100万円を超える報酬を受領していたことを真実と判断したことに相当の理由があったと主張する。
 しかし、上記認定の取材経過によれば、被告が原告の報酬月額を100万円を超えると判断した根拠は、被告が信頼しているという取材源からの情報だけであり、この情報を得る前には、複数の後援会関係者から月額50万円という情報を得ていた。このように異なる情報があったのに、被告は、いずれが正しい情報なのか、あるいはいずれも単なる噂や推測の域を出ないものであり正確な情報とはいえないのではないかといった観点から、当事者であるC社及び原告や、原告の夫であるAらに対する取材や確認を一切せずに、得られた情報の中で一番高額の「100万円を超える」を採用して本件記事を執筆したものである。
 このような取材経過からみて、被告が原告の報酬を月額100万円を超えると信じたとしても、そのことに相当の根拠や理由があったものと認めることはできない。
 なお、被告主張の政治家と他者の関係等に関する一般論が原告が月額100万円を超える報酬を受領していたと信じたことの相当の理由となるものでないことは、いうまでもない。
(3) したがって、被告が原告の監査役報酬額が月額100万円を超えていたことを真実と信じるについて相当の理由があったとは到底認めることができないから、本件記事の掲載は、原告の名誉を毀損する違法なものである。
4 争点(3)について
 原告は、被告が本件記事を掲載した不法行為により相当の精神的苦痛を受けたものと認められ、被告が原告に対し賠償義務を負う損害額は、本件記事の内容、取材経緯及び荘内日報の発行地域と原告との関係や発行部数等、本件訴訟に現れた諸事情を総合考慮すると、100万円が相当と認める。
 また、原告の本件訴訟についての弁護士費用のうち、被告の不法行為と相当因果関係が認められるのは、10万円と認める。
5 結論
 以上によれば、原告の請求は、110万円及びこれに対する不法行為の日である平成14年3月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第10部
 裁判長裁判官 菊池洋一
 裁判官 棚橋哲夫
 裁判官 佐藤裕子
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/