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【事件名】市長選違反事件報道の名誉毀損事件
【年月日】平成15年8月28日
 岐阜地裁 平成13年(ワ)第342号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成13年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、a県内で発行される朝日新聞・毎日新聞・読売新聞・a新聞の朝刊に、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で1回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、被告が発行した新聞記事に原告の名誉を毀損する部分があったとして、不法行為に基づき、慰謝料金100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに別紙記載のとおりの謝罪広告の掲載を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は、平成9年1月から平成13年10月まで民主党a県第1区総支部(以下「第1区総支部」という。)代表の地位にあった者である。なお、原告は、昭和30年4月からa市会議員を2期、昭和38年4月からa県会議員を5期にわたって勤め、昭和58年12月以降衆議院議員に3回当選し、平成8年10月の衆議院議員選挙で落選するまでの間、大蔵委員会筆頭理事、法務委員、商工委員等を歴任し、日本社会党の総務局長、中央執行委員等を勤め、平成8年1月にはF内閣において内閣官房副長官に就任するなどして政治活動に従事してきた。
(2) 被告は、b地方を中心に、D新聞を発行販売することを業とする会社である。
(3) a市では平成13年1月28日に市長選挙が行われたが、この市長選挙にあたり、民主党の第1区総支部は新人のA候補を支援したのに対し、a市議会において民主党所属の4名を含む6名の市会議員で結成しているa市議会民主ネットクラブ(以下「民主ネットクラブ」という。)は現職のB候補を推薦し、両組織はそれぞれ独自の選挙運動を行った。
 上記市長選挙ではB候補が当選したところ、この選挙をめぐって、a市の複数の幹部職員らが公職選挙法136条の2(公務員等の地位利用による選挙運動の禁止)の規定に違反したとして逮捕される事件が発生した(以下「本件刑事事件」という。)。
 第1区総支部は、本件刑事事件の発生をうけて、平成13年4月14日開催の同総支部幹事会及び同月19日開催の同総支部三役会の審議を経て、B市長は本件刑事事件発生の責任をとって市長を辞職し、出直し選挙で信を市民に問うべきであるとの運動方針を決定した。
 他方、民主ネットクラブは、本件刑事事件による市政の異常事態の解消と混乱の回避が先決であるとして、第1区総支部の上記方針に同調せず、当面B市長の辞職を求めない方針を決めた。
(4) 被告は、平成13年4月20日、D新聞朝刊に以下の記事を掲載した(以下「本件記事」という)。
(見出し)
 「a1区」
 「民主が分裂状態」
 「B氏派 市長辞任要求に反発」
(記事の内容)
 「a市長選挙違反事件に絡むB市長の責任問題について、民主党a1区総支部は十九日、三役会議を開き、B市長に辞任を求める方針を打ち出した。二十一日の党県連常任幹事会に報告する。これに対して、選挙戦でB市長を推薦したa市議会の同党四人と社民、無所属各一名で構成する「民主ネットクラブ」は反発。同総支部は“分裂状態”となった。同総支部代表のG・元衆議院議員によると、十四日の同総支部幹事会と、同日、同代表、県議らによる三役会議で、B市長の責任を問う声が相次いだ。この動きを受けて民主ネットは今月十八日、同総支部に「見解」と題した書面を提出。「今は市政の混乱を回避するのが先決」「民主ネットは(民主党総支部の)下部機関ではない」などとして「今後も(同総支部が)市政問題に踏み込むことがあれば、重大な決意を持って対応する」などと総支部の対応を批判した。ある市議は「G代表は、B市長への個人的な恨みから、総支部を動かしている」と話す。こうした事態に、同党県連代表のH・参院議員は「双方の責任者から早急に事情を聴取し、県連として今後の対応を検討する」とし、二十一日の党県連常任幹事会後に、話し合うことになった。一月に行われたa市長選挙では、同総支部は事実上自主投票となったが、民主ネットはB氏を推薦。G総支部代表は「非自民、非共産」を掲げ、無党派の新人候補を支援していた。」(以下、上記記事の内容中の「ある市議は「G代表は、B市長への個人的な恨みから、総支部を動かしている」と話す。」との部分を「市議の発言部分」という。)。
2 争 点
(1) 本件記事中の市議の発言部分は原告の名誉を毀損するものであるか否か。 (原告の主張)
ア 本件記事中の市議の発言部分は、単なる論評や意見の表明に止まるものではなく、その前提となる事実として摘示されたもので、@原告は、B市長に個人的な恨みを抱いていること、A原告は、その個人的な恨みを晴らすために第1区総支部の組織を動かしてB市長の辞任要求運動を行っていること、これらの事実を摘示しているものである。もとより、原告はB市長に個人的な恨みを抱いたことはないし、B市長の辞職を求める行動をとったのも、本件刑事事件の発生という異常事態に対し、第1区総支部の正式な意思決定機関の決議を経ているのであって、原告が個人的恨みから同総支部を動かして行ったものではない。
 上記@は、どのような内容の恨みを抱いているものか、その原因事実を特定していないが、同AでB市長に対する辞任要求という政治行動の動機・目的を理解する上では特定表示されている。この記事を読む者は、原告が個人的な恨みを晴らすためにB市長に対する辞任要求運動をしていると誤認し、恨みの具体的な内容を知らなくても原告に失望し、以降は原告のあらゆる政治活動を同じように個人的な動機・目的から出ているのではないかと疑う傾向が出るから、本件記事は原告の政治家としての社会的評価を低下せしめるものである。
イ 本件記事は、第1区総支部が平成13年4月14日開催の同総支部常任幹事会、同月19日開催の同総支部三役会において、B市長に対する辞任要求行動をするという組織としての意思決定を行う動きをしていたのに対して、a市議会の民主党議員を中心とする議会内会派である民主ネットクラブが反発し、両組織の対立がエスカレートしている事実を時系列的に発生事実を並べて紹介した事実の紹介記事であって、両組織の行動の当不当を述べる等して、D新聞としての意見の表明や論評を行おうとしたものではない。
もし、本件記事が意見の表明や論評を行おうとしたものであるとすれば、問題の「ある市議はG代表はB市長への個人的恨みから、総支部を動かしていると話す」という記述は、同総支部ないしその代表である原告の行動を批判論評するための表現として行われたということになり、原告が、B市長への個人的な恨みから総支部を動かしているという記述は、この批判論評を行うための前提として摘示した事実ということになる。
また、本件記事が、民主ネットクラブの一議員が原告の一連の行動を批判する意見を述べ、あるいは論評した内容を報道する記事だというのであれば、本件記事の市議の発言部分は事実の摘示そのものである。
ウ 一般に政治家は国民や住民の権利利益を擁護し、国家や地方の安全繁栄のために自己の信念に基づいて政治活動を行うものであって、個人的な恨みという次元の低い動機目的から政治活動をするものではない。まして、原告は、保守的色彩の濃いa県の政治的土壌の中で、戦後の日本社会党、民主党と共に歩み、清廉潔癖な政治家として選挙民から評価を受けてきた人物であって、その原告がB市長に対する個人的な恨みから第1区総支部を動かしたという内容虚偽の報道をされ、これがa市民の知りうるところとなれば、多くの支持者が原告に失望し、原告を見限り、離反することは多言を要しないところであり、とりわけb地方では最大の発行部数を持ち、同地方の住民に大きな影響力を持っているD新聞がこのような記事を書けば、一般の読者は、D新聞が書くのだから、もしかしたら記事の内容は真実かもしれないと思い、原告に対する社会的評価が低下する危険が十分にあったというべきである。
 したがって、本件記事の市議の発言部分は、原告の名誉信用を毀損するものであって不法行為を構成するから、原告は被告に対し、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料100万円(及び遅延損害金)の支払と別紙記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める。
(被告の主張)
 記事の内容が他人の名誉を毀損すべきものであるか否かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準とし、かつ、その記事を全体として観察した上で判断すべきであるところ、本件記事は、以下のとおり、B市長の責任問題をめぐって第1区総支部が分裂状態にあることを伝えることを目的とするものであって、市議の発言部分も抽象的な言辞によって原告の第1区総支部の運営のあり方を社会通念上是認される限度内の言辞によって批判したもので、これによって原告に対する国民一般の政治的、人格的評価の低下をもたらすような性質のものではないから、市議の発言部分は民法710条及び723条が予定する名誉毀損行為としての類型的実質的違法性がなく、名誉毀損の不法行為を構成するものではない。
ア 本件記事の市議の発言部分は、原告が「B市長への個人的な恨みから、総支部を動かしている」ことについての具体的な根拠となるべき事実を挙げずに抽象的に記述され、かつ、本件記事の趣旨がB市長の責任問題をめぐって第1区総支部が分裂状態にあることを伝えることを目的としているものであり、原告がB市長に対し個人的な恨みを持っていたか否かを伝えることを目的とするものではないことは明かであり、原告の第1区総支部の運営方法を批判しているとの印象を受けるのみで、さらに進んで、原告が、B市長に対し、具体的にどのような恨みを持ち、その恨みによってどのように総支部を動かしているかということまで記述しているものとして理解することはありえない。
イ 本件記事の市議の発言部分は、具体的な事実を摘示するものではなく、総支部の代表である原告の支部運営についての批判的意見を記述するに止まるものであり、立場を異にする政治家に対する他の政治家の公正な論評ないし意見表明の記述である。本件記事の市議の発言部分をその前後の文脈と併せて読めば、B市長に対する辞任要求に対し、市政の混乱を回避するためとの理由でこれに反対する民主ネットクラブの意見を無視して、第1区総支部が同市長の辞任を求める方針を打ち出したことにつき、同クラブ所属の市議が原告の総支部運営方法を前記抽象的な言辞によって批判しているものと理解することができる。
ウ 本件記事は、主として、B市長に対する辞任要求をめぐって第1区総支部とそれに所属する市議4名を含む民主ネットクラブとの意見が対立している事実を伝えるものであるが、第1区総支部が同市長の辞任を求める方針を打ち出した経過については、第1区総支部の代表である原告の説明を記述し、この総支部の対応に対する民主ネットクラブの批判の内容については、同クラブの提出した「見解」と題した書面の内容と、同クラブ所属市議の談話とを記述しているものであり、同総支部と民主ネットクラブとの双方の立場を公平に扱っている。
(2) 本件記事は公益を図る目的で記載されたものか。
(被告の主張)
 仮に市議の発言部分が事実の摘示を含むものであるとしても、この記述は、以下のとおり公益を図る目的でなされ、その前提とされた事実の主要な部分において真実又は真実と信ずべき相当な理由があり(この点は次項(3)に詳論)、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するものではないから、公正な論評として違法性がない。
 本件記事は、第1区総支部がB市長に対し辞任を求める方針を打ち出したことをめぐる、同総支部と民主ネットクラブとの意見の対立及び分裂状況を伝えるものであり、本件記事中の市議の発言部分も、分裂状態を引き起こした同総支部の支部長であった原告の運営方法に対する批判的な意見ないし論評であるところ、政党やその支部、市議会会派は公的存在であるから、その意見の対立や分裂状況ないし運営方法について記述した本件記事は、公共の利害に関する事実につき、専ら公益を図る目的で公表されたものであって、もとより人身攻撃を目的とするものではないことは明らかである。
(原告の主張)
 公益を図る目的の有無は、名誉毀損事実自体の内容、性質から客観的に判断するだけでなく、その表現方法や事実調査の程度、執筆態度等を総合し、全体的に評価、判定すべきであるところ、本件記事を作成した被告のC記者は、雑談の延長ともいうべき極めて短時間の取材で安易に原告の個人的な恨みと断定し、これを一市会議員であるEの言葉を借りて記事にしており、同市議の発言の真実性についての裏付取材も全くしておらず、a地方では著名な政治家である原告にとってこの上なく不名誉でその人格を侮辱する表現を行い、原告に事前の確認、反論の機会も与えなかった。これらの諸事情に照らせば、本件記事には公益性はないというべきである。
(3) 本件記事の市議の発言部分の内容は真実か、あるいは、被告において、市議の発言部分の内容を真実と信じるに足る相当な理由があったか。
(被告の主張)
 本件記事中の「G代表は、B市長への個人的恨みから、総支部を動かしている」との言辞は、民主ネットクラブの市議Eにおいて、原告がa市長選挙からその後のB市長の責任問題の発生に至るまで、B市長が市長として不適任であるとの自説に固執し、これに基づいて第1区総支部を運営して同総支部の分裂を招いていることに対する批判的な意見を表現するために用いられたものであって、これが市議の発言部分の主要部分と解すべきである。
 原告のB市長が市長として不適任であるとする考え方を「B市長への個人的な恨み」と表現したことは、いささかその表現に正確性を欠いているが、「恨み」の用語の定義には「うらむこと」の他に「にくいと思うこと」、「不満に思うこと」、「残念に思うこと」も含まれるから、全く不適切ということはできない。
 そして、以下の各事実に鑑みれば、原告がa市長選挙当時からB市長の責任問題発生時まで、B市長を市長として不適任と考え、同市長に不満を有しており、このような個人的考えに基づいて第1区総支部を動かしているとの市議の批判内容は真実と認められるし、また被告において、それが真実と信ずべき相当な理由があった。
ア A氏擁立問題
 原告は、a市長選挙において、現職のB市長を市長候補として不適格として対立候補であるA氏を市長候補として擁立した。
イ a市c町のマンション問題及び原告の出陣式問題
 原告は、その著書「I政治日記下」の中で、原告が関与したa市c町の建築物高度制限指定問題に対するB市長の対応や、B市長が原告の選挙運動の出陣式に出席せず、他の候補者の出陣式に出席したことについて、これらを不満とする趣旨の記述をしていた。
ウ 第1区総支部の役員構成の問題
 第1区総支部の幹事の中には、原告の子供や、原告と関係の深い民間団体の構成員で民主党員ではない者が含まれており、同総支部の意思決定に原告の意向が反映しやすい素地があった。
エ 第1区総支部がB市長の辞任要求決議をするに至った経過
 原告は、民主党a県総支部連合会の動きに先駆けて、第1区総支部の幹事会にB市長の辞任を求める運動方針を提案し、その意向に従った意見の集約をし、三役会で前記運動方針の決定前にJ秘書に命じてマスコミ各社に三役会において前記運動方針が決定される旨連絡させ、かつ、民主ネットクラブの反対にもかかわらず、三役会においてその決定を強行した。
(原告の主張)
 原告は、B市長に個人的な恨みを持っているとか、その恨みに基づいて第1区総支部を動かしてB市長の辞任要求運動を行ったという事実はないし、下記のとおり、被告において、そのように信じるについて相当な理由はない。この問題は、何らかの根拠、何らかの資料があれば幅広く相当性が認められるというものではなく、確実な資料、根拠に照らし、相当の理由があることが必要であって、被告はこれを示す必要があるところ、被告がその根拠としてあげる前記の諸事情は、以下のとおり合理的な根拠となり得ないものばかりである。
ア A氏擁立問題
 第1区総支部は新人候補者の擁立の努力をしたが、a市労連(a市職員労働組合及びa市水道労働組合、a市交通労働組合などの連合組織)は、B市長とのつながりが強く、B市長を候補者として推薦することを決め、これを受けて連合aも同候補推薦を決めたため、民主党は、市長選挙については非自民・非共産の候補を支援することにして事実上の自由投票とし、労働組合以外の民主党の主な幹部は、A候補を擁立したものであって、決して原告一人がA候補を支持したものではない。この時の原告の取った行動をもってB市長への個人的恨みの存在をうかがわせる事情の一つとする被告の前記の主張は、見当違いもはなはだしいものである。
イ a市c町のマンション問題及び原告の出陣式問題
 原告がa市c地区を都市計画法8条の高度地区に指定してほしいとB市長に対し要請をしたところ、B市長は、一旦は原告や地元自治会長らに対して住民の合意を得て高度地区指定をすると発言しておきながら、後に高度地区指定は困難であるとの返答をした。
 これらは、原告が地元自治会の要請を受けて政治活動をしたものであって、原告の個人的な動機とは無縁である。
 平成8年10月20日に行われた衆議院議員選挙において、原告は落選したが、原告は選挙運動をしながら落選を予感し、その予想を日記の各所に記述していたもので、被告主張の前記記述は、B市長が出陣式に欠席したこともその徴表となる事実として感情抜きで記載したものに過ぎず、このような記述をもって原告がB市長への個人的恨みを持っていることの根拠とすることは著しく客観性を欠き、被告独自の解釈というべきである。
ウ 第1区総支部の役員構成の問題
 第1区総支部の幹事会は、労働組合グループ7名(連合a地区協議会加入の労働組合の組合員から選出された者)、中小企業グループ7名(a県中小企業商工団体15団体2200事業所から選出された者)、民主党党員及び議員グループから選出された者7名、合計21名で構成され、各グループが選出した者を支部長が自動的に任命する慣例になっているので、幹事会の構成に支部長の恣意が入る余地はない。その中に原告の子のKが選出されているが、同人は、a県中小企業商工団体の傘下のL協同組合(加入組合員771事務所、事務局職員25名)の事務局次長と研修生連合会(202事業所加入で事務局職員7名)の事務局長を兼任し、これを21年間続けており、その実績を背景に中小企業グループから選出されたものであって、原告の恣意によって、選出したものではない。
エ 第1区総支部がB市長の辞任要求決議をするに至った経過
 原告は、民主党a県総支部及び第1区総支部の意思決定の準則に則って、手続きを積み重ねながらB市長の引責辞職と出直し市長選の実施を求める政治活動を行っていたものであり、市長選挙に際して公職選挙法違反でa市の幹部職員が相次いで逮捕される事態に直面すれば、B市長の辞任要求をすることはごく自然な行動であって、政党がこの運動の先頭に立ち、市民・世論をその方向に導く活動を行うことも当然の正常な行動である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(名誉毀損の有無)について 
(1) 前記「争いのない事実」欄記載の事実と証拠(甲1号証ないし20号証、27号証、29号証ないし31号証、乙1号証ないし11号証、13号証、14号証、証人C、同M、同E、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件記事が掲載されるに至った経緯及び事情として以下の事実が認められる。
ア 第1区総支部は、a市の民主党組織を統括する組織であり、同総支部には支部大会に次ぐ意思決定機関兼執行機関として総支部常任幹事会が置かれ、なお日常的な党活動の方針を決定するために、規約外の組織である三役会が置かれている。原告は、前記のとおり、平成9年から平成13年まで第1区総支部の代表を勤めていた。
イ 平成13年1月28日、a市長選挙が行われ、現職候補のBが当選したが、この選挙に際し、a市役所の幹部職員が、B候補のために票の取りまとめをし、公務員がその地位を利用して特定の候補者の選挙運動をしたとの公職選挙法違反の事実により、平成13年2月13日、a市環境部課長が、同年3月10日には同市環境部次長が、同月13日には市長室参与が、同年4月3日には前市長室長が逮捕される本件刑事事件が発生した。
ウ 上記市長選挙においては、原告は新人のA候補を支援したが、民主ネットクラブやa県連の関係団体である連合a及び自治労県本部は、現職で3選を目指していたB候補を推薦し、a県連は同市長選挙についてはどの候補者も推薦せず、党員の自主的判断に委ねて選挙運動が行われていた。
エ 原告は、本件刑事事件について、B市長はその責任をとって市長を辞職すべきであるとの立場をとり、平成13年4月14日民主党a県第1区総支部の常任幹事会を開催し、同幹事会ではB市長は辞任すべきであるとの意見を集約した。
オ 同月18日、原告の秘書Jから被告a支社報道部のC記者に電話があり、C記者は、同秘書から、上記のとおり開催された第1区総支部の常任幹事会で、B市長は辞職するべきであるとの意見に異論はなく、明日19日に開催する三役会で、第1区総支部としての意見がまとまり、その後、21日a県連常任幹事会に諮り、党としてB市長に辞任勧告することになるのではないかとの情報を得た。
カ 同月19日、第1区総支部三役会が開かれ、B市長が出直し選挙を行うこと、民主ネットクラブと一体となって闘うために話し合いの場を持つこと、これらを同月21日の民主党a県連の常任幹事会に報告することが議決された。
キ 同月19日、C記者は、原告から上記三役会の経過とその結論を取材し、同三役会において、B市長に辞任を求める方針を打ち出し、これを同月21日開催予定のa県連常任理事会に報告すること、14日開催の同総支部常任幹事会や上記三役会において、B市長の責任を問う声が相次いだことを聞き、併せて、第1区総支部に対し、民主ネットクラブ市議団から「民主党a県第一区総支部幹事会協議事項に対する民主ネットクラブの見解」(甲3)と題する書面が提出されていること及びその内容について説明を受けた。
 同書面には、民主ネットクラブ所属の市議が一致して、民主党としてB市長に対し辞職勧告を行おうとする第1区総支部の方針や同総支部の意見の集約の仕方に異を唱え、同総支部が市政問題について市議団の意向を無視し、十分な話し合いもせず今後も市政問題に踏み込むならば、民主ネットクラブとして重大な決意をもって対応するとの意向が示されていた。
ク C記者は、同月19日、上記のとおり原告から取材した後、a市議会の民主ネットクラブの会派控室に取材に訪れ、同クラブ所属の6名の市議に面会し、同市議らに上記三役会の結論を伝えるとともに、これに対する同市議らの意見や、上記「民主党a県第一区総支部幹事会協議事項に対する民主ネットクラブの見解」を出した真意について取材したが,その際、同市議らから、第1区総支部の対応を批判する発言がなされ、その中に「G代表は、B市長への個人的な恨みから、総支部を動かしてる」との発言があり、C記者は、これを本件記事中の市議の発言部分として取り入れて記事を作成した。
(2) 原告は、本件記事中の「ある市議は「G代表は、B市長への個人的恨みから、総支部を動かしている」と話す。」との市議の発言部分は、ある市議の発言の形をとって、原告がB市長に個人的な恨みを抱いていること、そして、その個人的恨みを晴らすために第1区総支部を動かしてB市長の辞任要求運動を行っていること、これらの虚偽の事実を摘示するものであって、読者に対し、原告が個人的な動機目的によって政治活動を行う者であるかのような疑念を抱かせ、その社会的評価を低下させるものである旨を主張するところ、上記市議の発言部分は、その部分に限ってこれを読むときは、原告が上記のとおり主張する事実を摘示し、「個人的恨みから」との表現を含む記述からは、原告が懸念するような原告の政治家としての社会的評価を低下させる危険性を孕むものと評価する余地がある。
(3) しかし、記事のうちの一部分の記述が伝える意味内容は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とし、その前後の記述を含めた記事全体の記載内容に照らしてこれを判断することが必要かつ相当であり、また、記事の報道趣旨、目的、記事の背景となる事情、報道対象の社会的分野の性質その他諸般の事情に照らしてこれを検討し、それが他人の社会的評価を低下させるべきものであるか否かも、これらの観点に照らして判断しなければならない。
 そこで、このような観点から前掲各証拠によって検討してみると、以下の諸点を指摘することができる。
ア 本件記事の全体の構成は、「a1区 民主が分裂状態 B氏派 市長辞任要求に反発」との見出しの下に、本件刑事事件に関するB市長の責任問題について、第1区総支部が辞任を求める方針を決定し、これに対して民主ネットクラブが反発して同総支部が分裂状態になったこと、次いで、同総支部の代表の原告からの情報として、その幹事会や三役会議でB市長の責任を問う声が相次いだこと、これに対して民主ネットクラブが反発の姿勢を示していること、そして、問題の市議の発言部分が記述され、その後、民主党県連代表の対応を紹介し、最後にこれらに先立つ市長選挙において総支部代表の原告と民主ネットクラブが別々の候補を支援した経緯があること、このようになっており、本件記事は、B市長の責任問題をめぐって民主党の総支部と民主ネットクラブが分裂状態にあることを報道の趣旨、目的とするものと解され、それぞれの姿勢や方針を、両者のやり取りとともに記述する中で問題の市議の発言部分が記述されているが、上述のとおりの本件記事全体の中でみるときは、この市議の発言部分が主要なテーマとして取り扱われたものとは解されず、その表現も具体性に乏しく、ある市議の批判的見解を報じるほどの位置付けとされるに止まっている。
イ そして、本件記事が掲載されるに至る経緯、事情は既に判示したとおりであって、当時、本件刑事事件が発生し、現職のB市長の選挙運動を市役所職員が行ったとして市役所幹部から複数の逮捕者が出るという異常事態の推移が社会の関心を呼んでいた状況下にあって、こうした事態に対し、B市長に対して政治責任を問い、辞任を求めるとの立場をとった原告の姿勢も上記のとおり本件記事に盛り込まれており、これに対して市議の発言部分は、具体的な根拠も示されていないのであるから、この程度の記述によっては、読者は必ずしも政治家としての原告に対する信頼感を低下させることになるか疑問というべきである。
ウ また、本件記事は、上記のとおり、B市長の責任問題をめぐる政治団体等の対立状況や動向を報じるものであるところ、これらに関わる団体や個人の政策ないし利害の対立やこれに基づく議論の応酬は、相手方に対する批判を戦わすことをもって行われることが一般であり、その過程においては、相手方の政治的な姿勢、判断の当否に限らず、その人格面や社会的な評価の指摘にも及んで議論がなされることもあると解される。そして、そのような政治的な議論の過程において述べられた言辞は、互いに政治的に対立抗争する相手方に対する批判的な姿勢の表現として、その許容限度を理解すべきものというべきであり、上記市議の発言部分をこのような観点からみるときも、これが許容限度を超えるものとは解されない。
(4) 前項に指摘した諸点に照らして勘案してみると、本件記事中の市議の発言部分は、これによって原告の政治家としての社会的評価を低下させるほどのものとは認めがたいというべきである。
2 争点(2)、争点(3)について
(1) 既に述べたとおり、本件記事中の市議の発言部分は、原告の名誉を毀損すべきものとは認められないが、仮にこれを積極に解した場合について、その違法性阻却事由に関し、上記のとおり争点(2)、争点(3)の議論がなされているので、念のため、これらについても検討しておく。
 新聞記事において、他人が述べたことを記事として掲載し、それが事実を摘示するものであったり、事実を前提とした意見ないし論評であって、その内容が名誉毀損に当たる場合においては、その事実が公共の利害に関する事実にかかり、かつ、これを掲載する目的が専ら公益を図ることにあって、当該事実が重要な部分について真実であるか、真実と信ずるについて相当な理由があるときには、記事の内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したものでない限り当該名誉毀損行為は違法性を欠くものと解すべきである。
(2) 本件記事中の市議の発言部分は、事実を摘示し、又はこれを前提とした意見ないし論評と解し得るものであることは前述のとおりであるところ、本件記事は、B市長の責任問題に関し、民主党の辞職勧告をめぐる政党支部と市議会会派の意見の対立というa市の市政問題を報道したものであるから、その記事の性質は公共の利害に関する事実につき、専ら公益を図る目的で掲載されたものと認められる。原告は、C記者が裏付け取材をしていないこと等を理由に公益目的がない旨の主張をするが、C記者が本件記事を掲載するに至った既述の経緯及び本件記事の記載内容に照らし、この主張は採用できない。
(3) 上記市議の発言部分が摘示する事実は、原告がB市長に個人的な恨みを抱いていること及び原告がその恨みによって第1区総支部を動かし、B市長の辞任要求運動を行ったことと解し得るところ、本件記事は、上記のとおり市長の進退問題をめぐる政党支部と市議会会派の対立とその状況を報じるものであり、このような民主政治の重要事項に関する情報については、市民に対する情報提供の重要性に鑑み、表現の自由・報道の自由がより尊重されるべきである。そして、このような観点から、新聞等は、上記の政治的問題に携わる関係者の情報については、その言動等の客観的事実に止まらず、人柄や人格、その言動等についての社会的評価に及ぶ事項についてもこれを報道することができ、その場合の当該記事の真実性又は真実と信じた相当性の判断対象は、こうした主観的、社会的な評価の性質上、それを直接立証することは困難であるから、そのような社会的評価が存在することそれ自体をもって足るものと解すべきである。
 本件において、原告について、市議の発言部分に相当する表現による批判的な見解が複数存在したことは原告本人の供述及び甲30号証の供述記載によってもこれを認めることができ、また、証人C、同Mの証言によっても明らかというべきであるから、市議の発言部分に関する事実について、その真実性は証明がなされたものと認められる。
(4) そして、本件記事中の市議の発言部分が、原告に対する人身攻撃と評すべきものではないことは、上述した諸点に照らして明らかであり、そうすると、市議の発言部分は、仮に原告の名誉を毀損すべきものであったとしても、その違法性が阻却され、不法行為を構成するものではない。
3 結論
 以上のとおり、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

岐阜地方裁判所民事第1部


(別紙添付省略)
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