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【事件名】訓告処分のマスコミ公表事件
【年月日】平成15年8月22日
 京都地裁 平成14年(ワ)第1190号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、金10万円及びこれに対する平成12年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求はいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
 ただし、被告が金7万円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成12年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、読売新聞、毎日新聞、朝日新聞、産経新聞、京都新聞及び洛南タイムスの各地方版に、別紙1謝罪広告目録記載の謝罪広告を、同目録記載の条件で各1回掲載せよ。
第2 事案の概要
1 本件は、被告の代表者市長が、被告の職員である原告に対し、原告の直属の部下であったAが大麻取締法違反で逮捕されたことにつき、上司でありながら、管理指導・監督責任者としての職務を怠ったとして訓告をし、しかも、その訓告の言い渡しの前に、マスコミに公表したことにつき、当該訓告は何ら根拠のないものであるとして、原告が、被告に対し、国家賠償法に基づき、損害賠償及び謝罪広告を求めた事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠により明白な事実)
A当事者等
ア 原告は、平成12年7月1日より同月31日までの間、被告の経済環境部清掃衛生事業室長の職にあった者であり、被告が設置し、同事業室が管理運営する環境衛生センター甘南備園事務所(以下「本件センター」という。)の所長職を兼務していた。
イ 被告は、本件センターを設置・運営している。
ウ A(以下「A」という。)は、平成12年7月1日、被告の職員として、被告に採用され、本件センターに配属された者である。
BAの大麻取締法違反事件
 Aは、平成12年7月1日から同月25日まで、本件センターで勤務していたが、同月25日、自宅における大麻所持の被疑事実で現行犯逮捕されるとともに、同年6月3日の大麻譲渡の被疑事実で通常逮捕された(以上の逮捕を併せて、以下「本件逮捕」という。)。
C原告に対する訓告処分
ア 被告代表者市長(以下「被告市長」という。)は、Aの本件逮捕を受け、平成12年7月28日、京田辺市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(乙31)2条1項に基づき京田辺市職員懲戒審議会規定(乙33)により設置された京田辺市職員懲戒審議会(以下「本件審議会」という。)に対し、諮問した。
イ 本件審議会は、被告市長に対し、原告に対する処分としては、「訓告」とすることが適当であると答申(以下「本件答申」という。)した。
ウ 被告市長は、本件答申を受け、原告に対し、訓告(以下「本件訓告」という。)を行うこととし、原告に対し、同年8月1日午前9時頃、同年7月31日付訓告文書(甲1、以下「本件訓告文書」という。)を交付した。
D被告市長のマスコミへの本件訓告の公表
ア 被告市長は、平成12年7月31日午後6時45分頃、本件訓告を含む本件逮捕に関する事実経過につき、被告市長公室広報広聴課職員を通じて、記者発表(以下「本件記者発表」という。)をした。
イ 読売新聞、毎日新聞、朝日新聞、産経新聞、京都新聞及び洛南タイムスは、同年8月1日付朝刊において、本件訓告を含む本件逮捕に関する事実経過を報道した。毎日新聞、産経新聞及び洛南タイムスは、原告の氏名も報道した。
3 争点
A本件訓告の違法性
B本件記者発表の違法性
C損害
4 争点に対する当事者の主張
A争点Aについて
ア 原告
(ア) 下記の事実によれば、Aの本件逮捕における被疑事実に関する行動は、あくまで私生活上の出来事であり、原告がAの直属の上司であっても、善悪を判断する能力を有する者の私生活における秘密裡の行為についてまで指導監督することは不可能である。
 また、訓告は、部下が起こした事件を契機に、公私に亘る問題の行動、非行事実等信用失墜行為に対する将来の再発防止に向けた注意喚起のためのものであるにもかかわらず、被告市長は、被告の体面を保つため、原告に対し、原告が平素における部下に対する法令等の遵守を徹底できなかったとして、本件訓告を行った。
 以上によれば、本件訓告は、何ら根拠のない違法なものである。
 この点は、たとえ、本件訓告が、本件審議会の本件答申にしたがったものであったとしても、被告市長は本件答申に拘束されるものではないから、被告市長は本件訓告につき裁量権を逸脱しており、その違法性を免れるものではない。

a 本件逮捕における被疑事実のうち、大麻譲渡は、Aが被告に採用される以前のことであった。
b 本件逮捕における被疑事実のうち、大麻所持は、職場内における所持ではなく、また、被告職員としての地位を利用したものでもなかった。
c Aが、大麻草及び大麻樹脂を購入したのは、平成12年5月20日頃であり、被告に採用されてからは、これらを購入していないし、大麻の使用も自制していた。
d Aは、職場や職務において問題行動を起こしたことはなく、勤務態度には問題がなかった。
(イ) 被告が主張するとおり、本件訓告が法的効果を伴わないことは争わないが、本件訓告により、将来の考課、査定等によって何らかの不利益を被る可能性は否定できず、原告に対し、精神的苦痛を与えた。
イ 被告
(ア) 本件訓告は、部下の採用前後の逮捕事由、勤務態度、勤務期間、私生活上の出来事か否か、監督の可能性の有無等の判断により、原告の責任を問うているものではなく、部下が起こした事件を契機に、公私に亘る問題の行動、非行事実等信用失墜行為に対する将来の再発防止に向けた注意喚起のためのものであって、かつ、市職員懲戒審議会の所定の手続を履践しており、公平適正に判断したものである。
 確かに、本件訓告文書には、原告がAに対し法令を遵守せしめる監督責任の履行を怠っていたと認めたかのごとき記載があるが、これは監督責任者としての職務の内容及び重大性を説示したものにすぎない。
(イ) 訓告は、当該職員の職務履行の改善向上に資するため、制裁的措置を伴わない訓諭その他矯正の措置を講ずるためのものであり、懲戒処分のような一定の職務上の不利益を科すという法的効果を伴う処分ではない。
 そして、本件訓告のこのような性質からすれば、原告に対し精神的苦痛を与えるものではない。
(ウ) 仮に、本件訓告において、原告の部下職員に対する監督責任が問われていたとしても、地方公務員としての部下職員に対する監督責任は民法715条の使用者責任と同様に当該公務員が無過失であることを主張立証できなければ過失が推定されるべきものであると解されるので、原告がAに対する指導監督を完全に行っていて、無過失であるとの立証が尽くされていない本件では、原告が監督責任を問われても致し方ない。
(エ) この点、原告は、大麻所持につき、あくまで私生活上の出来事であり、原告がAの直属の上司であっても、善悪を判断する能力を有する者の私生活における秘密裡の行為についてまで指導監督することは不可能であると主張するが、地方公務員法上、部下職員を管理監督すべき上司としては、全身全霊を懸けて私生活上の行為についても非違がないよう万全を期すべき立場にあり、たとえ上司である期間が短かったとしても、原告がAの私生活上の行動等に万全の注意をしておれば、上記犯罪行為を中止せしめることは不可能ではない。
B争点Bについて
ア 原告
(ア) 被告市長は、本件訓告を原告に言い渡す前に、前提事実Dアのとおり、本件記者発表を行い、同Dイのとおり、新聞報道された。
(イ) 原告は、被告市長から、平成12年7月31日午後6時30分頃に本件訓告の明確な言い渡しは受けていないし、本件訓告文書が完成する様子がなく、翌日の午前9時に職員課に出向くよういわれ、同日午後8時30分頃に帰宅した。
(ウ) この点、被告は、本件訓告の法的性質により、原告の名誉を毀損することはないと主張するが、本件訓告は、Aに対する懲戒免職処分とともに、原告に対する訓告「処分」として、各新聞に掲載されており、一般市民は、本件訓告を懲戒処分と同列にとらえており、原告の名誉を毀損したことは明らかである。
(エ) この点、被告は、本件訓告の公表は、刑法230条の2により刑事上の名誉毀損罪が成立しないのと同様に、不法行為たり得ないと主張するが、そもそも、本件訓告は、将来の注意喚起たる訓告の趣旨を逸脱し、何ら根拠ないもので、かつ、適正手続が履践されていない違法なものであるから、上記被告の主張は理由がない。
イ 被告
(ア) 被告市長が、本件訓告につき、記者発表したのは、原告に本件訓告を言い渡した後である。すなわち、被告市長は、原告に対し、平成12年7月31日午後6時30分、市長室において、本件訓告を言い渡した。 その後、被告市長は、同日午後6時45分頃、本件記者発表を行った。 しかし、甲1号証の本件訓告文書を作成する時間を要したため、その文書の交付のため、原告は秘書室横で待機していた。そして、原告は、同日午後8時頃、私用があるため、本件訓告文書を明日受け取るといって、帰宅した。
(イ) 被告市長の本件記者発表では、一連の事件結果の処分の経過を説明しただけであり、故意に原告の名誉を毀損すべく、敢えて原告の氏名まで掲載するよう仕向けたものではなく、公務並びに公務員に関する情報は最大限公開されるべきであるとの観点からすれば、必要にして相当かつ合法なものである。
(ウ) また、上記性質である本件訓告の公表により、何ら原告の名誉を毀損することはない。
(エ) 仮に本件訓告が原告の社会的評価を低下させるべき性質を有する措置であるとしても、公然に摘示された事実が公務員に関する事実である場合には、その事実が真実であれば、刑法230条の2により、刑事上の名誉毀損が成立しないだけでなく、民事上も不法行為は成立しないところ、本件訓告は、地方公務員たる原告に対する公務に関するものであり、不法行為たり得ない。
C争点Cについて
ア 原告
(ア) 原告が本件訓告及び本件記者発表により被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円をくだらない。
(イ) 本件訓告を全国紙及び地方紙に掲載されたことによって害された原告の名誉及び信用を回復するには、前記請求2記載の謝罪広告が不可欠である。
イ 被告
 原告の主張はいずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点Aについて
A訓告の性質
ア 被告は、本件訓告が、当該職員の職務履行の改善向上に資するため、制裁的措置を伴わない訓諭その他矯正の措置を講ずるためのものであり、懲戒処分のような一定の職務上の不利益を科すという法的効果を伴う処分ではなく、原告に対し精神的苦痛を与えるものではないと主張する。
イ 乙2号証及び弁論の全趣旨によれば、被告が主張するとおり、訓告は法的効果を伴う処分ではないが、懲戒処分に至らない軽易な措置とはいえ、事実上、これを受けた者の職場における信用・評価を低下させ、名誉感情を害するものとして、その者の法的利益を侵害する性質の行為と解されるから、上記被告の主張は採用できない。
B本件訓告の内容
ア 被告は、本件訓告文書には、原告がAに対し法令を遵守せしめる監督責任の履行を怠っていたと読める記載があるが、これは監督責任者としての職務の内容及び重大性を説示したものにすぎない、すなわち、部下の逮捕事由が採用の前後か、私生活上の出来事か否か、監督の可能性の有無等の判断よって、原告に対し責任を問うているものではなく、部下が起こした事件を契機に、公私に亘る問題の行動等の信用失墜行為に対する将来の再発防止に向けた注意喚起のためのものであると主張する。
イ 被告市長は、任免権者として、当該職員の職務履行の改善向上に資するため、制裁的措置を伴わない訓諭その他矯正の措置を講ずるために行う措置として、訓告を行う裁量権を有している。しかし、訓告は前記のように職員の法的利益を侵害する性質の行為であるから、訓告を行うには、職員が職務上の義務に違反していることが必要であると解すべきである。
 そして、乙50号証及び当時の市長公室次長B(以下「B」という。)の証言によれば、被告市長は、本件訓告に際して、原告がAに対する管理、指導及び監督義務を怠ったかどうかにつき具体的な調査をしていなかったことが認められる。にもかかわらず、甲1号証の本件訓告文書によると、原告の監督責任者としての職務の内容及び重大性を説示しただけのものとはいえず、被告市長は、原告がAに対する管理、指導及び監督の各義務を怠ったと認めた上で、公私に亘る問題の行動、非行事実等信用失墜行為に対する将来の再発防止に向けた注意喚起として本件訓告を行ったと認められる。
C本件訓告の違法性
ア 被告市長は、職員が職務上の義務に違反しているときに、同職員に対して訓告をすることができるのであるから、訓告が、国家賠償法上、違法でないといえるためには、当該職員が職務上の義務に違反していることが必要である。そして、仮に職務上の義務違反がなかったとしても、被告市長が義務違反があると判断したことにつき調査等の相当な手続きを経ている場合には、被告は、国家賠償法上の責任を負わないというべきである。
 この点、被告は、原告の部下に対する監督責任は、民法715条の使用者責任と同様に、原告が無過失であることを主張立証できなければ過失が推定されるべきものであると主張するが、訓告は、前記のとおり、法的利益を侵害するものであることから、原告の職務上の義務違反につき、原告の過失が推定されるものとはいえない。
イ 違法性の検討
(ア) 前提事実Aのとおり、原告は、平成12年7月1日より同月31日までの間、被告の経済環境部清掃衛生事業室長の職にあり、同事業室が管理運営する本件センターの所長職を兼務しており、Aは、同月1日、本件センターに配属され、同月25日まで本件センターで勤務していた。
 よって、原告は、京田辺市組織規則10条2項(乙29)により、Aを指導監督する職務上の義務があるといえる。そして、公務員が、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するという地位の特殊性に基づき、職員は公務の信用及び名誉を傷つけてはならない(地方公務員法33条)ことを考慮すれば、その指導監督の内容としては、単に職務自体について指導監督するだけではなく、公務に対する信用及び信頼を損なわさせないように指導監督することも含まれるといえる。
(イ) 甲3号証、乙47号証及び弁論の全趣旨によれば、Aが犯した大麻譲渡、大麻所持にかかる大麻の入手時期は、被告に採用される以前であったことが認められ、Aが原告の指導監督下に入る以前のことであり、原告がたとえAに対する指導監督をしたとしても、大麻の入手を防ぐことはできなかったと認められる。
 また、同証拠によれば、Aは、被告に採用されてから平成12年7月25日まで自宅で大麻を所持していたことが認められる。そして、原告本人尋問の結果によれば、この間、原告は、自己の部下とともに、Aに対し、仕事上の指導監督をしていたことが認められる。しかし、原告が、Aとの意思疎通を図り、その執務態度の弛緩や私生活の乱れに注意していなかったと認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告が、Aに対し、公務に対する信用及び信頼を損なわないような指導監督をしていなかったとはいえない。
 よって、原告にはAに対する指導監督について義務違反があったとはいえない。
(ウ) Bの証言によれば、被告市長は、本件訓告を行うに際し、本件審議会の答申を受けてはいるものの、原告のAに対する指導監督についての職務上の義務違反の有無につき何ら調査を行っていないことが認められ、他に被告市長において原告の職務上の義務違反があると判断するに当たって調査等の相当な手続きを経ていたと認めるに足りる証拠はない。
 よって、被告市長において、上記判断をするに当たって、調査等の相当な手続きを経ていたとはいえない。
(エ) 以上によれば、原告は職務上の義務に反したといえず、本件訓告は、国家賠償法上、違法であるといえる。
 そして、被告市長において、義務違反があると判断するに当たって相当な調査等の手続きを経ていたとはいえないので、被告に国家賠償法上の責任がないとはいえない。
2 争点Bについて
A甲5号証、乙1及び45号証、乙48号証の1ないし3、乙49号証の1及び2、乙50号証、Bの証言及び原告の供述によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件審議会会長である被告助役のCは、本件審議会閉会後の平成12年7月31日午後5時前に、被告市長に対し、Aについては懲戒免職処分、原告及び被告市長公室職員課長D(以下「D」という。)については訓告にする旨の本件答申の内容を伝えた。
イ 被告市長は、前記答申どおりの処分・措置を執ることとし、その他の調査を命ずることなく、B及び被告職員課の職員に対し、それに必要な事務を行うよう指示した。
ウ 被告市長は、同日午後5時過ぎ、Bに対し、訓告に先立って、被告市長の意向を伝えるため、原告及びDに市長室に来るよう連絡するように指示した。
 Bは、その指示に従い、原告に対し、市長室に来るよう連絡した。
エ 原告は、同日午後6時30分頃、市長室に入り、被告市長より、口頭で本件訓告をする旨伝えられた。
 この点、原告は、被告市長から口頭で本件訓告をすることは伝えられていないと主張し、原告も同趣旨の供述する。しかし、原告が市長室に行ったのは、被告市長に呼ばれたからであり、被告市長が原告を呼び出したのは本件訓告を伝えるためと認められる。したがって、原告の前記主張は採用できない。
オ 被告市長は、同日午後6時45分頃、市長公室広報広聴課に指示して、本件逮捕が発覚してからのマスコミからの要望に応えるべく、本件記者発表を行った。
カ 被告市長は、その後、本件訓告文書の起案を被告職員課に指示したが、その作成に時間を要したため、原告及びDに対し、翌日の同年8月1日午前9時に本件訓告文書を交付する旨伝え、両名は帰宅した。被告市長は、同時刻、原告及びDに対し、訓告文書を交付した。
 この点、被告は、原告が私用があるため、本件訓告文書は翌日受け取ると言って、帰宅したと主張し、Bも同様の証言をする。しかし、本件訓告が、原告に対する措置である以上、文書の交付が深夜にわたる場合もしくは特別な私用がある場合等の特段の事情がない限り、原告は本件訓告文書を受け取るまで待機するのが通常であると考えられる。しかし、原告には、特段の事情が認められないので、被告の主張は採用できない。
B本件記者発表の違法性
ア 本件記者発表でマスコミ各社に公表されたのは、乙48号証の1ないし3、乙49号証の1及び2記載のとおりであり、原告の氏名、年齢、生年月日及び所属、原告に対する訓告内容である。そして、以上の公表事実及び先に判示した訓告の性質を考慮すれば、本件記者発表は、原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉感情を毀損するものであるといえる。
イ しかし、本件記者発表が、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、その内容が真実であることが証明されるか、その証明ができなかったとしても、真実であると信じることにつき相当の理由があれば、国家賠償法上、違法とはいえないと解すべきである。
ウ 本件記者発表は、Aの大麻取締法違反について、原告が、直属の上司として本件訓告を受けたことを発表したものであり、Aの上司である原告に対する被告の措置を市民に示し、その批判を仰ぐように発表したものといえ、その内容は公共の利害に関する事実ということができ、専ら公益を図る目的に出たものと認めることができる。
エ そして、上記のとおり、原告が本件訓告を受けたことは事実である。
 しかし、既に判示したとおり、本件訓告は、原告の職務上の義務違反がないにもかかわらず、行われたものである上に、被告市長は、本件訓告を行うに際し、本件審議会の答申を受けてはいるものの、原告に職務上の義務違反があると判断するに当たって調査等の相当な手続きを経ていないから、被告市長において、原告に職務上の義務違反があると信じるについて相当の理由があるとはいえない。
オ 以上によれば、本件記者発表は、国家賠償法上、違法である。
Cなお、被告は、本件記者発表が、マスコミからの要望に応えたものにすぎず、被告市長自らが積極的に行ったものではないことが、本件記者発表の違法性を治癒するかのような主張をする。確かに、被告主張の事実は認められるが、その事実が本件記者発表の違法性に直接に影響するものではなく、被告の主張は採用できない。
3 争点Cについて
A慰謝料
 甲1号証記載の本件訓告の内容、乙48号証の1ないし3及び49号証の1及び2の本件記者発表の内容及びそれに基づくマスコミ各社の報道によれば、本件訓告及び本件記者発表により、原告は精神的苦痛を被ったことが認められ、本件訓告、本件記者発表及びマスコミ報道の各内容並びにその他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、その精神的苦痛に対する慰謝料としては金10万円が相当である。
B謝罪広告
 本件において、本件訓告及び本件記者発表の違法性の主たる要因は、被告市長が原告の職務上の義務違反について調査等の相当な手続きを経ないまま、本件訓告を行い、これを記者発表したことにあるといえること(上記認定においては、原告に職務上の義務違反があったとはいえないが、同義務違反がなかったとまではいえない。)、本件訓告が懲戒処分と比較して、一定の職務上の不利益を課すという法的効果を伴う処分ではなく、また、人事記録にも記載されないこと並びにマスコミ各社の報道ではAに対する懲戒処分と並んで原告に対する本件訓告も報道されており、本件訓告が懲戒処分に比べて軽易な措置であることが看取されること等を斟酌すれば、謝罪広告の掲載が必要であるとまでは認められない。
4 結論
 以上によれば、原告の請求は、慰謝料10万円及びこれに対する平成12年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容することとし、その余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第7民事部
 裁判長裁判官 葛井久雄
 裁判官 田中義則
 裁判官 蛭川明彦


別紙1省略
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