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【事件名】「バドワイザー」商標権事件(2) 【年月日】平成15年7月30日 東京高裁 平成14年(ネ)第5791号 商標権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成12年(ワ)第7930号) (平成15年6月9日 口頭弁論終結) 判決 控訴人(原告) アンホイザー・ブッシュ・インコーポレイテッド 同訴訟代理人弁護士 北澤正明 同 古田啓昌 同 城山康文 同 浅井孝夫 同補佐人弁理士 神林恵美子 被控訴人(被告) ブジェヨビキ・ブドバール・ナロドニ・ポドニック 被控訴人(被告) 株式会社アイコン 両名訴訟代理人弁護士 鼎博之 同 北沢義博 同 二関辰郎 同 横山和俊 主文 1 本件控訴をいずれも棄却する。 2 控訴人の当審で拡張した請求をいずれも棄却する。 3 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人 (1) 原判決中、「原告の請求」第6項に係る控訴人敗訴部分を除いた控訴人敗訴部分を取り消す。 (2) 被控訴人らは、別紙被控訴人標章目録1,2,3,4,7又は8記載の標章を付した瓶ビールを輸入し、譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示若しくは所持し、又はビールに関する広告に上記の標章を付して展示し若しくは頒布してはならない。 (3) 被控訴人らは、別紙被控訴人標章目録1,2,3,4,7又は8記載の標章を付した瓶ビールを廃棄せよ。 (4) 被控訴人ブジェヨビキ・ブドバール・ナロドニ・ポドニックは、別紙被控訴人標章目録5又は6記載の標章を付した瓶ビールを輸入し、譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示若しくは所持し、又はビールに関する広告に上記の標章を付して展示し若しくは頒布してはならない。 (5) 被控訴人ブジェヨビキ・ブドバール・ナロドニ・ポドニックは、別紙被控訴人標章目録5又は6記載の標章を付した瓶ビールを廃棄せよ。 (6) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して1300万円及びこれに対する平成12年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (7)訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの連帯負担とする。 (8)仮執行宣言の申立て 2 被控訴人ら 主文同旨 第2 事案の概要 1 本件は、原判決別紙原告登録商標目録1,2記載の各商標(以下それぞれ「控訴人登録商標1」及び「控訴人登録商標2」といい、これらを併せて「控訴人各登録商標」という。)の商標権者である控訴人が、被控訴人らに対し、被控訴人らが別紙被控訴人標章目録1ないし8記載の各標章(以下「被控訴人標章1」ないし「被控訴人標章8」という。)を付した瓶ビールを輸入、販売等をする行為が、控訴人各登録商標権を侵害するとともに、不正競争行為にも該当していると主張し、商標法37条1号若しくは2号、同法36条又は不正競争防止法2条1項1号若しくは2号、同法3条に基づき(選択的)、被控訴人らが当該瓶ビールを輸入、販売等をする行為の差止め及び当該瓶ビールの廃棄を求めるとともに、商標権侵害(商標法38条2項)又は不正競争行為(不正競争防止法5条1項)に基づき(選択的)、損害賠償として1300万円及びこれに対する平成12年4月20日(本訴提起の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。 原判決は、被控訴人ブジェヨビキ・ブドバール・ナロドニ・ポドニック(以下「被控訴人ブドバール」という。)が、被控訴人標章5及び6を付した瓶ビール(以下「ドイツ語標章ビール」という。)の輸入、販売等に関与せず(被控訴人株式会社アイコン(以下「被控訴人アイコン」という。)は、同ビールに関する請求の対象外である。)、被控訴人標章1ないし4(同各標章を付した瓶ビールを、以下「チェコ語標章ビール」という。)及び6が、控訴人各登録商標のいずれにも類似しないので、被控訴人らに対する商標法に基づく請求は理由がなく、また、被控訴人らに対する不正競争防止法に基づく請求も理由がなく、特に、被控訴人ブドバールによる被控訴人標章4の使用に対して商標法又は不正競争防止法に基づく請求権を行使するのは、権利の濫用に該当するとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。 これに対し、控訴人は、本件控訴を提起するとともに(ただし、原判決が、ドイツ語標章ビールに関して、被控訴人ブドバールに対する損害賠償請求及び不当利得返還請求(原判決の「原告の請求」第6項に係る請求)を棄却した点については、控訴を提起しない。)、当審において、被控訴人標章7及び8を付した瓶ビールに関する請求を追加した。 2 前提となる事実関係、本件における争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり、当審における控訴人の控訴の理由の要点及び被控訴人らの反論の要点を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりである(ただし、原審相被告日本ビール株式会社及び同シャンパンハウス株式会社(以下、両者を併せて「原審相被告日本ビールら」という。)に関する部分を除く。また、原判決5頁5行目の「使用態様は、」の次に「ほぼ」を加える。)。 3 控訴人の控訴の理由の要点 (1) 被控訴人標章1について 原判決は、控訴人登録商標1「Budweiser」及び控訴人登録商標2「BUD」の周知著名性を全く考慮しておらず、誤りである。すなわち、上記両商標は、周知著名であり、それゆえ、一般の取引者・需要者がそれらを目にしたときには、控訴人のビールという特定の観念を想起するとともに、控訴人登録商標1が「Bud」ないし「バド」と表記又は称呼されることは周知である。 他方、被控訴人標章1は、外観上、上下両段の語頭の「Bud」の部分が強調され、称呼上も、「バド」が生じるのであり、さらに、上記のような「Bud」の周知著名性を考慮すれば、被控訴人標章1における自他商品識別機能を有する要部は、上下両段の語頭の「Bud」の部分であるから、控訴人登録商標1は、控訴人各登録商標と類似し、同商標の商標権を侵害する。 また、被控訴人標章1は、控訴人名称「Budweiser」及び「BUD」とも、上記の理由により類似するから、被控訴人標章1を付したビールと控訴人のビールとの間に誤認混同が生じることは明らかであり、被控訴人らによる被控訴人標章1の使用は、不正競争行為に該当する。 (2) 被控訴人標章2について 被控訴人標章2についても、上記と同様の理由により、その要部は2か所の「Bud」の部分であるから、控訴人各登録商標と類似し、同商標の商標権を侵害するとともに、控訴人名称とも類似し、被控訴人標章2を付したビールと控訴人のビールとの間に誤認混同が生じるから、被控訴人らによる被控訴人標章2の使用は、不正競争行為に該当する。 (3) 被控訴人標章3について 一般の取引者・需要者は、被控訴人標章3を目にしたとき、同標章が付された商品がビールであることも相俟って、控訴人の周知著名な名称である「バド」若しくは「Bud」又は控訴人登録商標2「BUD」を想起し、「バド」の部分に注意を惹きつけられる。また、大量かつ迅速な取引が要請される現代社会において、被控訴人標章3は、簡略に「バド」と称呼・観念されて取引が行われるのが通常である。 したがって、被控訴人標章3のうち、識別力を有する要部は「バド」であり、控訴人登録商標2「BUD」と称呼を同じくするから、被控訴人標章3は、控訴人登録商標2に類似し、同商標権を侵害する。 また、被控訴人標章3は、控訴人登録商標2に類似しているのであるから、被控訴人標章3を付したビールと控訴人のビールとの間に誤認混同が生じることは明らかであり、被控訴人らによる被控訴人標章3の使用は、不正競争行為に該当する。 (4) 被控訴人標章4について ア 被控訴人標章4は、控訴人登録商標1及び控訴人名称「Budweiser」と類似する。 すなわち、原判決は、被控訴人標章4の「BUDWEISER」の部分が、控訴人登録商標1の文字列と同一の綴り及び称呼を有していることを完全に看過し、控訴人登録商標1の著名性を全く織り込むことなく要部の抽出を行うという過ちを犯している。一般の取引者・需要者が被控訴人標章4を目にしたとき、同標章の最初に控訴人登録商標1と同一の綴り及び称呼を有する「BUDWEISER」なる文字列が存在するため、控訴人登録商標1の周知著名性と相俟って、特に「BUDWEISER」の部分に注意を惹かれるというべきである。したがって、原判決が、「BUDWEISER BUDVAR」の部分が特定の企業の名称を表すものとして一体の語として理解されるから、その全体が要部となると判示したことは、誤りである。 仮に、被控訴人標章4の「BUDVAR」の部分も要部であるとしても、同じく要部である「BUDWEISER」の部分と比較した場合、同部分が周知著名である控訴人登録商標1と同一の綴りであることからして、「BUDVAR」の部分は、自他商品識別機能が弱いといえる。また、同様に、被控訴人標章4の「BUDWEISER BUDVAR」の部分全体が要部であるとしても、控訴人登録商標1の周知著名性を考慮すれば、上記標章からは、控訴人のビールという観念が生じ、外観上、「BUDWEISER」の部分がひときわ目立ち、「バドワイザー」又は「ブドワイザー」と称呼されるのが普通であるから、「BUDWEISER BUDVAR」の部分全体と控訴人登録商標1は類似しているというべきである。 したがって、被控訴人標章4は、控訴人登録商標1を侵害する。 また、被控訴人標章4は、上記の理由に加えて、後記イ記載の具体的な使用態様を参酌しても、著名な控訴人名称「Budweiser」と類似することが明らかであるから、被控訴人標章4の付されたビールが控訴人又は控訴人の関連会社のビールであるとの誤認混同が生じ、控訴人らによる被控訴人標章4の使用は、不正競争行為に該当する。 控訴人は、全世界において控訴人登録商標1を付したビールを販売し、周知著名な控訴人登録商標1を冠した子会社を全世界に設立しており、控訴人登録商標1を付したビールについてライセンス生産をしていることに鑑みれば、被控訴人標章4が、控訴人と被控訴人らとの間にいわゆる親会社・子会社の関係、系列関係、使用許諾関係等の緊密な営業上の関係が存するという誤認混同のおそれを惹起していることは明白である。 なお、控訴人は、一般の需要者が被控訴人ブドバールのチェコ語標章ビールと控訴人の「Budweiser」ビールとを誤認混同していることを実証するため、被控訴人標章4を付したビール瓶を使用して、第三者であるマーケティングリサーチ会社に委託し、アンケート調査を行った(以下「本件アンケート調査」という。)が、その結果によっても、被控訴人標章4(及びこれと類似する被控訴人標章7も含む。)が、控訴人登録商標1及び控訴人名称「Budweiser」と類似し、一般の需要者にとって控訴人の「Budweiser」ビールであるとの誤認混同を生じさせるおそれが大きいことは明らかである。 イ 被控訴人標章4は、自己の名称を普通に用いられる方法で表示するものではない。 すなわち、原判決は、被控訴人標章4が被控訴人ブドバールの名称を英語で表記したものであると述べているが、論理の飛躍がある。また、被控訴人ブドバールが、自己の名称である「Budejovicky Budvar」の部分まで、「BUDWEISER BUDVAR」の表記に改めなければならない理由は存在しない。しかも、英語を母国語としない国の企業がその名称を英語に表記するものも、商標法26条1項1号にいう「自己の名称」に該当する旨の原判決の判断は、必要以上に商標権の効力を狭く解するものであって不当である。 被控訴人ブドバールは、従前、被控訴人標章4の使用態様として、原判決添付の別紙被告標章使用態様目録(以下「被告標章使用態様目録」という。)1記載の左側のビールの瓶に付されたラベルを使用していたが、このラベルの下部では、「national enterprise」の表記に対して、一段と大きなフォントで太字という際立った態様で「BUDWEISER BUDVAR」の部分が表示されており、また、被控訴人標章4自体も、同目録2(1)のとおり、赤字のラベルに白抜きの太字で表記されており、被控訴人標章4は、自己の名称を普通に用いられる方法で表示しているとはいえない。 また、原判決は、不正競争防止法12条1項2号の「自己の氏名」に法人の名称も含むと判断するが、商標法26条1項1号の規定からも明らかなように、法人の場合は、「自己の氏名」とは異なり、「自己の名称」と区別して規定されており、語義的にも氏名に法人の名称も含むことは不自然である上、過去の裁判例にも反するから、誤った法律解釈である。 したがって、被控訴人標章4は、商標法26条1項1号にいう「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」に該当するものでなく、また、不正競争防止法12条1項2号の「自己の氏名」に該当するものでもない。 ウ 控訴人が、被控訴人ブドバールによる被控訴人標章4の使用に対し、控訴人登録商標1及び不正競争防止法上の権利を行使することは、権利の濫用に当たらない。 すなわち、被控訴人ブドバールの前身であるチェコ醸造合資会社は、1895年に新規に設立された会社であるから、それ以前のチェスケ・ブジェヨビチェの町のビール醸造所が使用していた「Budejovicky」及び「Budweiser」という名称に関して、その使用する権利等を承継した事実はない。また、原判決が、チェコ醸造合資会社とアンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションないし控訴人との間の1911年及び1939年の合意を通じて、チェコ醸造合資会社が、北米大陸及び当時のアメリカの保護領以外の地域において「Budweiser」の名称を使用する権利を放棄しているものではないと認定した点も誤認である。 したがって、原判決には、前提事実の誤認があり、控訴人が控訴人登録商標1及び不正競争防止法上の権利を行使することは、権利の濫用に当たらない。 (5) 被控訴人標章7について 被控訴人ブドバールは、自社が製造する瓶ビール商品の正面ラベル上に被控訴人標章7を使用しており(本判決別紙被控訴人標章使用態様目録(以下「被控訴人標章使用態様目録」という。)3(1)参照)、また、被控訴人アイコンは、被控訴人ブドバールから被控訴人標章7の付されたビールを我が国に輸入し、被控訴人ブドバールと共同して我が国の取引者・需要者向けに同ビールを販売している。 この被控訴人標章7は、「BUDWEISER BUDVAR,N.C.」と大文字ブロック体の英文字で1行に横書きした構成であるが、一般の取引者・需要者が同標章を目にしたとき、同標章の最初の文字列に控訴人登録商標1ないし控訴人名称「Budweiser」と同一の綴り及び称呼を有する文字列が存在するため、控訴人登録商標1ないし控訴人名称の周知著名性と相俟って、特に「BUDWEISER」の部分に注意を惹かれるというべきである。 したがって、被控訴人標章7は、控訴人登録商標1ないし控訴人名称と類似しており、また、被控訴人標章7の付された商品の出所を控訴人又は控訴人の関連会社であると誤認混同するおそれが大きいといえる。しかも、被控訴人ブドバールは、被控訴人標章4の後継の標章として被控訴人標章7を使用しているが、同標章は、被控訴人標章4より大きく、かつ、太い文字フォントを用いており、「BUDWEISER」の部分が一層強調されている(被告標章使用態様目録2(1)及び被控訴人標章使用態様目録3(1)参照)から、控訴人登録商標1及び控訴人名称の周知著名性にフリーライドしようという不正の意図を有していることは明白である。なお、被控訴人標章4に関する主張を被控訴人標章7に関する主張としても援用する。 よって、控訴人は、被控訴人らに対し、商標法37条1号若しくは2号、同法36条又は不正競争防止法2条1項1号若しくは2号、同法3条に基づき(選択的)、被控訴人標章7の付された瓶ビールについて、「第1 当事者の求めた裁判」の「1 控訴人」(2)及び(3)記載の各請求権を有する。 (6) 被控訴人標章8について 被控訴人ブドバールは、自社が製造する瓶ビール商品のラベルに被控訴人標章8を付して使用しており(被控訴人標章使用態様目録3(2)参照)、また、被控訴人アイコンは、被控訴人ブドバールから被控訴人標章8の付されたビールを我が国に輸入し、被控訴人ブドバールと共同して我が国の取引者・需要者向けに同ビールを販売している。 この被控訴人標章8は、「BUDEJOVICKY BUDVAR」を円の周囲に沿って1回転するように配置した構成であるが、被控訴人標章2と同様に、「BUDEJOVICKY」の部分と「BUDVAR」の部分には、他の文字間隔に比べて広い文字間隔があり、一般の取引者・需要者が同標章を目にした場合、両部分を分離して認識するのが通常であり、さらに、控訴人登録商標2ないし控訴人名称「BUD」の周知著名性に鑑みれば、被控訴人標章8の要部は2か所の「BUD」の部分である。 したがって、被控訴人標章2に関する主張と同様の理由により、被控訴人標章8は、控訴人各登録商標と類似し、同商標の商標権を侵害するとともに、控訴人名称「Budweiser」及び「BUD」と類似し、被控訴人標章8を付されたビールが控訴人又は控訴人の関連会社のビールであるとの誤認混同が生じ、控訴人の営業上の利益が侵害されていることも明らかである。 よって、控訴人は、被控訴人らに対し、商標法37条1号若しくは2号、同法36条又は不正競争防止法2条1項1号若しくは2号、同法3条に基づき(選択的)、被控訴人標章8の付された瓶ビールについて、「第1 当事者の求めた裁判」の「1 控訴人」(2)及び(3)記載の各請求権を有する。 4 被控訴人らの反論の要点 (1) 被控訴人標章1ないし4について 原判決は、控訴人各登録商標及び控訴人名称と被控訴人標章1ないし4が非類似であることから、商標法及び不正競争防止法に違反しないと判示したもので、適正な判断といえる。 (2) 特に、被控訴人標章4について ア 被控訴人標章4は、被告標章使用態様目録1から明らかなように、被控訴人標章1が付されたラベルの一番下の部分に、同標章とは一段と小さい文字で記載され、被控訴人ブドバールの会社名である被控訴人標章4の上段には、醸造所により醸造及び瓶詰めと、下段には、国名と都市名が記載されているのであり、これらの表示内容から見て、控訴人登録商標1及び控訴人名称と混同を生じるものとはいえない。 また、被控訴人標章4において自他商品識別機能を有する要部は、「BUDWEISER BUDVAR」の部分であるから、控訴人登録商標1と外観・称呼上類似せず、観念において相紛れるものではない。控訴人は、控訴人登録商標1の著名性を強調するが、特許庁が公表している特許電子図書館の「日本国周知・著名商標検索」においても、控訴人各登録商標は掲載されていない。 さらに、日本の一般消費者は、控訴人が控訴人登録商標1を冠した子会社を全世界に設立していることや、控訴人登録商標1を付したビールについてライセンス生産をしていることなどを知っているとはいえないから、被控訴人標章4が、控訴人と被控訴人らとの間にいわゆる親会社・子会社の関係、系列関係、使用許諾関係等の緊密な営業上の関係が存するという誤認混同のおそれを惹起しているとはいえない。 本件アンケート調査は、その実施方法に種々の問題がある上、調査結果が実施者側である控訴人に有利に歪んだものになっている可能性が多分にある。それにもかかわらず、被控訴人標章4を付したビールを見て控訴人のブランドと誤認した者は、調査対象者の約3割にとどまるのであるから、過半数をはるかに超える約7割の者は誤認しなかったのであり、このことからも原判決の判断の正当性が基礎付けられる。 イ 自己の名称を様々な言語で表示することは、商標法26条1項1号の「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」というべきであり、被控訴人ブドバールのチェコ語の名称は、「Budejovicky Budvar,narodni podnic」であるが、この商号の英語の表現が被控訴人標章4となり、フランス語の同等の表現が「BUDWEISER BUDVAR ENTREPRISE NATIONALE」となる。これらは、いずれも被控訴人ブドバールがその商品を外国に輸出する場合の通常の名称の表示である。チェコ語の名称をもった会社は、あくまで、その母国語の言語でのみ使用すべきであり、英語ないしドイツ語で表示することは自己の名称の使用に当たらないという控訴人の主張は、不当に英語圏の企業を優遇するものである。 被告標章使用態様目録2(1)に記載された被控訴人標章4の表示をもって、極めて目立つ方法であるという控訴人の指摘は、全く独自の見解である。 したがって、被控訴人標章4は、商標法26条1項1号にいう「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」に該当するとともに、不正競争防止法12条1項2号の「自己の氏名」にも該当する。 ウ 「Budejovicky」及び「Budweiser」という名称を使用する権利等は、チェスケ・ブジェヨビチェの町のビール醸造所である市民醸造所が有していたところ、同醸造所は、1946年11月に国に没収され、他方、被控訴人ブドバールの前身であるチェコ醸造合資会社も、同年1月に国有化されており、両社は合併された後、1967年1月に、被控訴人ブドバールが分割・独立し、市民醸造所の有していた権利も承継したものである。 また、原判決が認定した、チェコ醸造合資会社とアンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションないし控訴人との間の1911年及び1939年の合意の内容に誤りはない。 したがって、被控訴人ブドバールによる被控訴人標章4の使用に対し、控訴人が控訴人登録商標1及び不正競争防止法上の権利を行使することは、権利の濫用に該当する。 (3) 被控訴人標章7及び8について 被控訴人ブドバールが、自社が製造する瓶ビール商品に被控訴人標章7及び8をラベルとして使用しており、また、被控訴人アイコンが、被控訴人ブドバールから被控訴人標章7及び8の付されたビールを我が国に輸入し、被控訴人ブドバールと共同して我が国の取引者・需要者向けに同ビールを販売していることは認めるが、被控訴人標章7及び8が控訴人各登録商標及び控訴人名称に類似するとの点、被控訴人標章7及び8の付された商品が控訴人又は控訴人の関連会社の商品であるとの誤認混同が生じるとの点は、いずれも否認する。 被控訴人標章7は、被控訴人標章4と同様の製造者の表示であり、同標章を現代的に新しい雰囲気のデザインに刷新したものにすぎず、商標法26条1項1号所定の「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」や不正競争防止法12条1項2号所定の「自己の氏名」に該当する。被控訴人標章8に対する使用差止請求に対する反論は、被控訴人標章1及び2に関する反論と同様であるから、これを援用する。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、当審における拡張部分も含めて、いずれも理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の記載のとおりであるからこれを引用する(ただし、3の(5)、(6)、(7)の後段部分、4の(2)のオ、(3)の61頁2行目冒頭から8行目末尾まで、5の(2)、6、7、8の原審相被告日本ビールらに関する部分を除く。)。 1 原判決35頁8行目の「5〜12,34〜37,69〜75,167〜169」を「5〜14,16,17,34〜37,39〜51,69〜75,82〜160,164,166」と、同9行目の「0〜15,15,23〜26,28,34〜38」を「0〜15,23〜28,32〜38,41〜52」とそれぞれ改める。 2 同判決37頁3行目から4行目にかけての「そして」から5行目の「設立された。」までを、「他方、チェスケ・ブジェヨビチェの町で、チェコ醸造合資会社より古く1795年に設立され、ドイツ系の醸造所として「Budejovicky」及び「Budweiser」の名称を使用していた「Die Budweiser Brauberechtigen Burgeliches Brauhaus Budweis gegrundet 1795」(市民醸造所)も、1946年に国家に没収され、その資産は、国有化されたチェコ醸造合資会社を承継した会社に併合された。そして、同社の承継会社として、1967年に被控訴人ブドバールが設立された。」と、同22行目の「飲みごごち」を「飲みごこち」とそれぞれ改める。 3 同38頁17行目の「(甲34)」の次に「,控訴人の1995年版の社史(甲37)」を加え、同39頁4行目の「(甲34ないし36)」を「(甲34ないし37)」と改める。 4 同41頁24行目の「使用態様は、」の次に「ほぼ」を加え、同45頁4行目及び8行目の各「輸入」を「輸出」と改め、同50頁8行目の「,27」の次に「41」を加える。 5 同56頁12行目の「広告等で」の次に「平成元年以降」を、同16行目の「広告で」の次に「平成3年当時」をそれぞれ加え、同22行目の「甲15,22」を「甲13,15,19,22ないし24」と、同23行目の「166」を「161ないし164,166」とそれぞれ改める。 6 同58頁22行目冒頭から同60頁8行目末尾までを削除し、同9行目の「(ウ)」を「(イ)」と、同15行目の「(エ)」を「(ウ)」とそれぞれ改める。 7 被控訴人標章1ないし3について 控訴人は、被控訴人標章1ないし3が控訴人各登録商標と類似するとともに、控訴人名称「Budweiser」及び「BUD」と類似する旨主張する。 しかしながら、被控訴人標章1ないし3は、その構成から見て、それぞれが控訴人各登録商標と外観及び称呼において明確に区別されるものである。観念について、原判決が認定した(原判決56頁22行目冒頭から57頁12行目末尾まで)控訴人名称「Budweiser」の商品表示としての著名性及び控訴人又はその関連会社の営業表示としての著名性を考慮すると、控訴人登録商標1からは、「バドワイザーという名称の米国製ビール」という観念が生じるものと解されるが、被控訴人標章1ないし3及び控訴人登録商標2からは、特定の観念が生じるものではなく、被控訴人標章1ないし3と控訴人各登録商標とは、観念において相紛れるものではない。また、被控訴人標章1ないし3において、自他商品識別機能を有する要部が「Bud」又は「バド」であるとは認められないから、上記の控訴人名称の著名性を考慮しても、被控訴人標章1ないし3が、控訴人各登録商標及び控訴人名称と類似するものということはできず、これと同旨の原判決の判断(原判決46頁4行目冒頭から48頁18行目末尾まで、58頁6行目冒頭から17行目末尾まで)は、いずれも正当であり、控訴人の上記主張は、採用することができない。 したがって、被控訴人標章1ないし3は、控訴人各登録商標権を侵害するものでなく、同標章を付したビールと控訴人のビールとの間に誤認混同が生じるものでもないから、被控訴人らによるこれらの標章の使用は、不正競争行為にも該当しない。 8 被控訴人標章4について 被控訴人標章4が、控訴人各登録商標と外観及び称呼において明確に区別されるものであることは、原判決が認定した(原判決48頁20行目冒頭から49頁16行目末尾まで)とおりであり、また、控訴人登録商標1からは、前示のとおり、「バドワイザーという名称の米国製ビール」という観念が生じるものと解されるが、被控訴人標章4及び控訴人登録商標2からは、特定の観念が生じるものではなく、被控訴人標章4と控訴人各登録商標とは、観念においても相紛れるものではないから、被控訴人標章4は、控訴人各登録商標と類似しない。 この点に関して控訴人は、本件アンケート調査の結果によっても、被控訴人標章4等が、控訴人登録商標1及び控訴人名称「Budweiser」と類似し、一般の需要者にとって控訴人のビールであるとの誤認混同を生じさせるおそれが大きいことが明らかであると主張する。 しかし、本件アンケート調査の報告書(甲175)によれば、調査対象者は全員で204名であり、このうち海外ブランドのビールを月に1回以上飲用する者が106人であって、その調査結果を重視するには必ずしも十分な人数とはいえない上、具体的な質問事項についても、例えば、チェコ語標章ビールを見た後に「今ご覧頂いたビールは、何のブランド(メーカー)のビールだと思いますか。」として、回答のための空欄を設けていることなどからみて、回答者に対して、何らかのブランド(メーカー)のビール名を具体的に回答しなければならないとの一定の心理的圧力を及ぼしていることは否定し難く、そのため回答者が記憶している有名なブランド名から比較的似ているようなブランド名をあえて回答するような事態も想定されることを考慮すると、この調査対象者の約3割が被控訴人ブドバールのチェコ語標章ビールを見て控訴人の「Budweiser」ビールと誤認したという調査結果は、被控訴人標章4が控訴人各登録商標と類似しないという上記の認定判断を左右するに足りるものとはいえず、控訴人の上記主張は採用できない。 したがって、被控訴人標章4は、控訴人各登録商標権を侵害するものでなく、また、控訴人名称とも類似しないから、同標章を付したビールと控訴人のビールとの間に誤認混同が生じるものでもなく、被控訴人らによる控訴人標章4の使用は、不正競争行為にも該当しない。 9 被控訴人標章7について 被控訴人標章7は、「BUDWEISER BUDVAR,N.C.」と大文字ブロック体の英文字で1行に横書きした構成であるが、「N.C.」は、何らかの略語であると理解されるのが一般であるから、被控訴人標章4と同様に、前半の「BUDWEISER BUDVAR」の部分が、自他商品の識別機能を有する要部であると認められ、この部分は一体の語として認識されるものであって、これを「BUDWEISER」と「BUDVAR」との2つの部分に分離して称呼、観念しなければならない特段の事情は認められない。 この被控訴人標章7の「BUDWEISER BUDVAR」の部分と控訴人登録商標1とを対比すると、前者が15の英文字(全て大文字)からなるのに対して後者は9の英文字(冒頭の1字のみ大文字でその他は小文字)からなり、両者は外観において相違する。また、当該部分からは、「ブドワイザーブドバー」又は「バドワイザーバドバー」の称呼を生じ、控訴人登録商標1からは、「バドワイザー」の称呼を生じるから、全体の音構成及び構成音数を異にして両者は類似しない。観念において、控訴人登録商標1からは、前記のとおり、「バドワイザーという名称の米国製ビール」という観念が生じるものと解されるが、被控訴人標章7からは、特定の観念が生じるものではなく、両者は相紛れるものではない。 したがって、被控訴人標章7は、控訴人登録商標1と類似せず、同商標権を侵害しないものと認められる。 また、被控訴人標章7の使用態様を見ると、被控訴人標章使用態様目録3(1)のとおり、ビール瓶に貼られるラベルの下部に小さな活字で横書き1行で記載されるものであるから、被控訴人標章4に関する原判決の認定(原判決50頁2行目冒頭から51頁3行目末尾まで)と同様に、商標法26条1項1号に規定される「自己の名称」に該当するものと認められ、控訴人登録商標1の商標権が及ぶものではないから、控訴人登録商標7の使用に対しては、控訴人登録商標1の商標権を行使することができない。 さらに、被控訴人標章7は、同様の理由により、控訴人名称「Budweiser」とも類似していない。また、前記認定の、被控訴人標章7の使用態様からして、一般の取引者・需要者は、被控訴人標章7を付したビールと控訴人のビールとを誤認混同を生じるものではないと認められるから、被控訴人らによる被控訴人標章7の使用に対する不正競争防止法上の請求も、理由がないといえる。 10 被控訴人標章8について 被控訴人標章8は、「BUDEJOVICKY BUDVAR」の大文字ブロック体の英文字を円の周囲に沿って1回転するように配置した構成であり、全体を一連の語として認識されるものであって、これを「BUDEJOVICKY」と「BUDVAR」との2つの部分に分離して称呼、観念しなければならない特段の事情は認められない。 この被控訴人標章8と控訴人登録商標2「BUD」とを対比すると、両者が外観において相違することは明らかである。また、被控訴人標章8からは、ローマ字読みした場合の表音「ブデジョヴィキーブドバール」、英語の表音に従った場合の「バデジョヴィッキーバドバー」又はチェコ語の表音に従った場合の「ブジェヨビキーブドバー」の称呼を生じ、控訴人登録商標2からは、「バド」又は「バッド」の称呼を生じるから、両者は類似しない。観念において、双方とも特定の観念が生じるものではなく、両者は相紛れるものではない。 したがって、被控訴人標章8は、控訴人登録商標2と類似せず、また、前記1ないし3と同様の理由により、控訴人登録商標1とも類似しない。 控訴人は、控訴人登録商標2ないし控訴人名称「BUD」の周知著名性に鑑みれば、被控訴人標章8の要部は2か所の「BUD」の部分であると主張するが、被控訴人標章8は、その配置及び構成から見て、前示のとおり、一連一体のものと把握され、「BUD」の名称が一定の周知性を得ていたとしても未だ著名とはいえないことは、原判決の認定(原判決57頁13行目冒頭から23行目末尾まで)のとおりであるから、被控訴人標章8の要部が「BUD」の部分であるとは認められず、控訴人の主張は採用できない。 そうすると、被控訴人標章8は、控訴人各登録商標権を侵害しないものと認められる。 また、被控訴人標章8は、同様の理由により、控訴人名称とも類似せず、一般の取引者・需要者は、被控訴人標章8を付したビールと控訴人のビールとを誤認混同を生じるものではないと認められ、被控訴人らによる被控訴人標章8の使用に対する不正競争防止法上の請求も、理由がないといえる。 第4 結論 以上のとおり、原判決は相当であり、本件控訴及び当審において拡張された請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第3民事部 裁判長裁判官 北山元章 裁判官 清水節 裁判官 沖中康人 |
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