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【事件名】ドキュメンタリー番組の制作報酬未払い事件
【年月日】平成15年7月30日
 東京地裁 平成12年(ワ)第25319号 損害賠償請求事件
 (平成15年5月14日 口頭弁論終結)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 長塚安幸
被告 B
被告 株式会社博宣インターナショナル
被告 C
上記被告ら3名訴訟代理人弁護士 坂入雄
同 桃谷一秀
同 岸郁子
同 葭原敬
同 篠島正幸


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して、金2210万5995円及びこれに対する平成15年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告の請求原因は、被告らのいかなる行為が不法行為に該当するのか、及び、どういう法律構成を前提にしているのかが、必ずしも明らかではないが、以下のとおり理解することができる。
 被告らが原告に対して合計5編のテレビ放送番組(以下「本件各作品」という。)の「プロデューサー業務」を依頼したにもかかわらず、原告を業務から排除したり、対価及び経費を支払わなかったりしたことは、原告に対する不法行為に該当する。したがって、被告Bは民法709条により、被告株式会社博宣インターナショナル(以下「被告会社」という。)及び被告会社の代表取締役である被告Cは同法715条、709条により、それぞれ原告に対する損害賠償責任を負う。
 また、原告が著作権を有する作品を、原告に無断で放送局をして放送させた被告らの行為は、原告に対する不法行為に該当する。
1 争いのない事実等(認定事実については証拠を付した。)
(1) 原告は、ディレクターとしてテレビ局に勤めた後、いわゆるフリーの立場でテレビ放送番組の制作に関与するようになった者である(甲43、弁論の全趣旨)。
(2) 被告会社は、テレビ放送番組等の制作等を業とする会社であり、被告Cはその代表取締役、被告Bはその取締役である。
(3) 原告と被告Bとは、平成8年ころ、フリーのディレクターDの紹介で知り合った。原告は、同年9月に婚姻したロシア人のEの助力を得るなどしてロシアの現地情報等を入手することが可能であったため、そのころから、被告会社の依頼を受けて、主としてロシア関係の内容を主題とする複数の番組の制作に関与し、対価を受け取ったことがあった(甲49、乙11、12)。
2 当事者の主張
(1) 請求原因
ア 被告らの不法行為
(ア) 本件各作品の制作過程における被告らの不法行為
a 「プーシキン美術館・トロイアの黄金」(TBS放送用の作品。以下「本件作品1」という。なお、企画についても、同じ名称を使用する。以下同じ。)について
(a) 被告らは、平成9年7月ころ、モスクワ所在のプーシキン美術館所蔵の美術品「トロイアの黄金」に関するテレビ放送番組の製作をすることとした。被告らは、原告に対し、本件作品1について、「製作したい番組の企画の概要を伝えて、そのような番組の製作が可能かどうかの検討をする業務、及び、これを受けて、原告が様々な資料や現場状況等に基づいて素材を検討し、製作が可能であれば総合予算の見積もり、ディレクター、撮影員、その他の援助者の採用、物的施設の準備等を行う制作段階に入り、その構想がまとまれば書面に記載して被告会社に渡すという番組制作に至る業務全般」(以下「プロデューサー業務」という。)を依頼した。
(b) 原告は、プロデューサーとして、本件作品1について、@企画の見直し、Aロシアでのロケ実行に要する費用の算出、B「トロイアの黄金」の所在確認等の基本調査、Cドイツから旧ソ連へ「トロイアの黄金」の搬送が行われた事実の確認及び証明作業、Dプーシキン美術館の撮影許可取得交渉、Eプーシキン美術館館長との面会交渉、F企画書の訂正及び再構成、Gプーシキン美術館及びモスクワでの撮影方法等の指示などの業務を行った。
(c) 被告会社は、本件各作品以外の番組については、原告又は被告会社がテレビ局等との間でテレビ番組の製作契約を締結した場合、原告に対し、プロデューサー業務に対する報酬として、番組製作予算の7%(業界の相場)を、番組の編集が終わったとき又は完成したテープをテレビ局等に納品したときに支払うこと、及び、テレビ番組の製作契約締結の有無にかかわらず、原告が、番組制作のために要した旅費、宿泊費、通信費等をすべて被告会社が負担することを約束し、そのとおり支払った。
 しかし、被告らは、原告に対し、本件作品1の制作に対する慣習上正当な報酬等を支払わない。
b 「プーシキン美術館・トロイアの黄金」(BS朝日用の作品。以下「本件作品2」という。)について
(a) 被告らは、平成11年12月ころ、原告に対し、モスクワ所在のプーシキン美術館所蔵の美術品「トロイアの黄金」に関して、BS朝日放送用の番組のプロデューサー業務を依頼した。
(b) 原告は、プロデューサーとして、本件作品2について、@企画の再構成、Aプーシキン美術館の撮影許可取得交渉、Bプーシキン美術館及びモスクワでの撮影方法指示書作成などの業務を行った。
(c) しかし、被告らは、原告に対し、本件作品2の制作に対する慣習上正当な報酬等を支払わない。
c 「エルミタージュ美術館・ヨーロッパの絵画」(NHKスペシャル用の作品。以下「本件作品3」という。)について
(a) 被告らは、平成10年7月ころ、原告に対し、エルミタージュ美術館所蔵の美術品に関するNHK放送用のドキュメンタリー番組のプロデューサー業務を依頼した。
(b) 原告は、プロデューサーとして、本件作品3について、@企画内容の検討と変更、Aエルミタージュ美術館所蔵の美術品及び現状等の調査、Bエルミタージュ美術館の撮影許可取得交渉、C撮影許可取得手続、D撮影許可最優先権取得交渉、ENHKとの打合せ、F撮影を行う場所の下見及び決定(ロケーション・ハンティング)などの業務を行った。
(c) しかし、被告Bは、その後原告を本件作品3の制作から排除し、本件作品3を同被告が製作したものと偽って、NHKにテープを納品し、原告に対し、本件作品3の制作に対する慣習上正当な報酬等を支払わない。
d 「ロシアの家族U」(NHK−BS用の作品。以下「本件作品4」という。)について
(a) 被告Bは、平成11年6月ころ、原告に対し、原告がNHK放送用に企画、制作した番組「ロシアの家族」の2作目のプロデューサー業務を依頼した。
(b) 原告は、プロデューサーとして、本件作品4について、@企画書の作成、A被告Bに対するモスクワ調査依頼の提案、B被告Bとの打合せ、予算支出許可手続、Cモスクワ側関係者との調査契約、DNHKへの企画書の提出、打合せ、E企画書の再作成、FNHKへ企画書の再提出などの業務を行った(本件作品4の企画は、その後、NHK側の理由により完成されなかった。)。
(c) しかし、被告Bは、原告が本件作品4の企画を終え、制作に入った段階、すなわちプロデューサー業務の重要部分を終えた段階で、原告を正当な理由なく職場から追放し、原告に対し、本件作品4の企画、制作に対する慣習上正当な報酬等を支払わない。
e 「世紀末のロシア・最前線をゆく」(NHK−BSスペシアル用の3本シリーズの作品。以下「本件作品5」という。)について
(a) 原告は、被告らから依頼を受けて、本件作品5の企画、立案をし、企画書を作成した。
(b) しかし、被告らは、原告に対し、本件作品5のプロデューサー業務に対する慣習上正当な報酬等を支払わない。
(イ) 被告らの著作権侵害行為
 本件作品3は、前記の経緯で製作され、原告が著作権を取得した。被告らは、原告に無断で、本件作品3を平成12年4月10日、同年6月19日、同年12月28日の3回にわたりNHK放送において再放送し、もって原告の有する著作権を侵害した。
イ 原告の受けた損害
(ア) 本件各作品の企画、制作に関する損害
 原告が、被告らの前記ア(ア)の不法行為により被った損害の額は、以下のとおり合計1910万5995円である。
a 業務報酬相当額
 原告は、被告らの不法行為により、本件各作品のプロデューサー業務に対する報酬相当額合計1106万円の損害を被った。
 すなわち、本件各作品の製作予算(推定)は、本件作品1については2000万円、本件作品2については3000万円、本件作品3については4800万円、本件作品4及び5については6000万円(各1500万円×4本)であるから、原告の本件各作品のプロデューサー業務に対する報酬相当額(製作予算の7%)は、本件作品1については140万円、本件作品2については210万円、本件作品3については336万円、本件作品4及び5については合計420万円である。
b 経費相当額(未払分)
 原告は、被告らの不法行為により、以下の経費相当額合計155万6323円の損害を被った。
(a) 原告が、本件作品4及び5を制作するに際して支払った調査費 60万円
(b) 原告が、本件各作品の制作に際して要した通信費(甲34) 95万6323円
c 慰謝料
 原告は、被告らの不法行為により、現在までに困窮や不安等の精神的苦痛を被り、また周囲の人間からの信頼を喪失し、今後原告がプロデューサー業界で仕事をしていく上で重大な損害を被った。これらに対する慰謝料としては、648万9672円(被告らが業務報酬及び経費を一切支払わなかったので、原告が生活費を賄うために平成11年7月以降友人や金融機関等から借り入れざるを得なかった金額)が相当である。
(イ) 著作権侵害による損害
 原告が、被告らの前記ア(イ)の著作権侵害行為により被った損害額は、合計300万円(1回目の放送につき150万円、2回目及び3回目の放送につき各75万円)である。
ウ よって、原告は、被告らに対し、連帯して、前記損害金合計2210万5995円及びこれに対する不法行為の後の日である平成15年1月30日(原告の平成15年1月29日付け準備書面送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告らの認否・反論
ア 被告らの不法行為について
(ア) 本件各作品の制作過程における被告らの不法行為について
a 「プーシキン美術館・トロイアの黄金」(本件作品1)について
 いずれも否認ないし争う。
 そもそも、本件作品1については、プーシキン美術館の美術品の撮影(いわゆる「物撮り」)をしたことがあるだけで、その後撮影済みテープを使用したテレビ放送番組は制作されていないから、プロデューサー報酬の支払義務が生じる余地はない。 
 なお、被告会社は、上記撮影の際、原告にスタッフとして参加するよう依頼したことはあるが、この時点では、撮影済みテープを使用した番組が制作されるかどうかは不明であったのであり、この段階の原告の活動に対して報酬が支払われないのは業界の慣行である。
 したがって、原告に対する不法行為は成立しない。
b 「プーシキン美術館・トロイアの黄金」(本件作品2)について
 いずれも否認ないし争う。
 本件作品2は、前記aの撮影とは別の機会に、被告会社のスタッフが、再度プーシキン美術館で撮影し、番組を制作したものであり、被告会社が原告に対して、本件作品2のプロデューサー業務を依頼したことはないし、原告が本件作品2についてスタッフとして関与したこともない。
 したがって、原告に対する不法行為は成立しない。
c 「エルミタージュ美術館・ヨーロッパの絵画」(本件作品3)について
 いずれも否認ないし争う。
 被告会社は、原告が平成10年ないし11年当時、「ロシアの家族たちはいま」という別番組の制作の関係でロシアに行くことが多かったため、原告に対し、エルミタージュ美術館についての下調べ等をEと共に行うよう依頼したことはあるが、プロデューサー業務を依頼したことはない。被告会社は、下調べや撮影許可取得の段階で、必要な活動をすべてEや現地のコーディネーターが行い、原告にはEと独立した立場での活動実績がなかったため、その後本件作品3の番組製作の発注を受け、製作段階に入った際には、原告をスタッフとして採用しなかった。
 したがって、原告に対する不法行為は成立しない。
d 「ロシアの家族U」(本件作品4)について
 いずれも否認ないし争う。
 被告会社は、原告の申入れを受けて、本件作品4の企画のための取材、調査費用を提供したことがあるが、本件作品4はその後採用されず、番組としては制作されなかったものであり、被告会社が原告に対してプロデューサー報酬の支払義務を負うことはあり得ない。
 したがって、原告に対する不法行為は成立しない。
e 「世紀末のロシア・最前線をゆく」(本件作品5)について
 否認する。
(イ) 被告らの著作権侵害行為について
 否認ないし争う。
 原告の主張を前提としても、原告は本件作品3の撮影許可取得のために必要な書類を作成しただけで、現実の番組制作活動には一切関与していない。したがって、原告が本件作品3についての著作権を取得することはあり得ない。
イ 原告の受けた損害について
 いずれも否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 事実認定
 前記争いのない事実等、証拠(甲1ないし5、9の1及び2、10、11の1及び2、12の1及び2、13の2、15、16、18ないし20、25、27、28、32、38の1及び2、41、42の1ないし4、43ないし45、48ないし54、58の1ないし3、68、乙1の1ないし4、2、3の1ないし4、4、5の1及び2、6ないし9、10の1及び2、11ないし14、18、原告本人、被告B本人、証人E)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 本件作品1の企画、撮影の経緯
ア 被告Bは、平成9年から平成10年ころの間に、原告及びDの企画提案を受け、プーシキン美術館及びエルミタージュ美術館所蔵の美術品を主題とした番組の製作を検討した。同被告は、原告及びEに対し、これらの美術館所蔵の美術品を撮影したドキュメンタリー番組の製作が可能かどうかの調査及び取材、特に両美術館から撮影の許可を受けるための活動を依頼した。その際、原告と被告Bとの間において、原告に対する報酬の有無及び金額についての話合いはされなかった。
 原告は、被告Bから上記依頼を受け、ロシア在住の知人であるFに対して、プーシキン美術館及びエルミタージュ美術館所蔵の美術品の調査及びその撮影許可の取得を依頼した。なお、原告は、大学時代にロシア語を学び、ロシア語についての読解能力はあるが、会話能力はほとんどなく、平成8年ころに被告会社から依頼されたロシア関連の番組制作に関与した際には、原告の指示でEがロシアでのコーディネーター役(現地での宿泊、移動、人員等の手配をする役割)を務めた。
イ 原告は、その後、プーシキン美術館やエルミタージュ美術館の所蔵品の内容や、その撮影許可取得のために必要な費用について、EやFからの調査結果を被告Bに報告した(甲18等)ほか、自らロシアに出張してプーシキン美術館を見学したり、被告Bの名義でプーシキン美術館館長に対して所蔵美術品の撮影許可依頼書(甲50、51)を提出したりするなどした。プーシキン美術館は、平成10年9月ころ、被告会社に対し、展示中の美術品等の撮影を許可した。
 被告会社は、当時、プーシキン美術館所蔵の美術品を主題とする番組製作について、TBS放送系列のテレビ局から発注を受けようと考えていたが、番組製作契約の交渉を開始したわけではなかった。しかし、被告Bは、同美術館の美術品は、その時点で撮影しなければ今後二度と撮影の機会はないと考えて、具体的な番組製作契約を締結しないまま、急遽撮影を行うことを決定し、同月16日、原告に対して仮払金800万円を交付し、原告及びEにプーシキン美術館所蔵の美術品について撮影のロケを依頼した。
ウ 原告は、ロシアでの撮影に立ち会わなかったが、Eが、あらかじめ、原告から、カメラマンへの指示の仕方や、一般的な撮影方法について説明を受けたり、撮影の際に電話等で原告の助言を受けたりして、美術品の撮影を担当することとした。そして、Eは、プーシキン美術館における撮影のために、平成10年9月17日から同年10月7日までロシアに出張し、プーシキン美術館側の関係者と打合せを行い、現地カメラマンを指示してプーシキン美術館に展示中の美術品の撮影を行った。
エ 原告は、Eの帰国後、撮影に要した費用等の領収書を受け取り、平成10年11月15日ころ、被告Bに対し、仮払金800万円についての「制作仮払金精算明細書」及び「旅費交通費精算」を提出し、被告Bも仮払金の精算を了承した(乙1の1ないし3、乙2)。
オ 被告会社は、プーシキン美術館から、平成10年10月6日付けで、被告会社に対し、撮影済みテープを使った放送1回の許可を受けたので(甲13の2)、撮影済みテープを用いたテレビ番組の製作について、TBS放送その他のテレビ局から受注しようとしたが、番組製作契約を締結することができなかった。そのため、上記テープの編集作業も行われず、結局、同テープを用いたテレビ番組は製作されないままに終了した。被告会社は、Fに対するコーディネーター料を支払ったが、原告及びEに対しては、撮影等に要した経費以外の報酬を支払わなかった。
(2) 「ロシアの家族はいま」の制作の経緯
ア プーシキン美術館における撮影を終了した後の平成10年11月ころ、原告及びDは、ロシアで暮らす家族の現状を主題とするテレビ番組を企画し(甲28)、被告会社に対して提案した。同企画は、NHK放送用の番組(「ロシアの家族はいま」)として製作することが決まり、被告Bは、原告に対し、「ロシアの家族はいま」について被告Bとともにプロデューサー業務を行うことを依頼し、プロデューサー報酬の支払を約した。被告Bは、同年12月ころ、原告に対し、「ロシアの家族はいま」の現地撮影等のための仮払金924万円を交付した。
イ 「ロシアの家族はいま」の取材及び撮影は、平成10年12月から平成11年6月ころの間行われ、Eはその間ロシアに滞在し、原告も、「ロシアの家族はいま」の撮影のために数回モスクワに出張し、現地で撮影について指示した。
 原告及びEは、撮影終了後、番組内容について、被告会社の制作スタッフらとともにNHK側の担当者らと打合せを行い、平成11年6月19日から同月下旬にわたり、撮影したテープの編集等の番組制作作業に参加し、放送用の作品を完成させた。
ウ 同作品は、平成11年7月11日、「ロシアの家族はいま」という題名で、NHK放送BS1の日曜スペシャルで放送された。同作品の宣伝用葉書(甲11の1)には、NHKエンタープライズ21と被告会社が共同制作、プロデューサーが原告及び被告B、とそれぞれ表示された。
エ 被告会社は、「ロシアの家族はいま」の制作作業終了後、原告に対し、プロデューサー報酬約140万円を支払い、Eに対しても報酬を支払った。また、原告は、そのころ、被告Bに対し、仮払金精算明細書(甲38の1、2)を提出し、被告Bは仮払金についての精算を了承した。
(3) 本件作品3の制作の経緯
ア 被告Bは、前記(1)アのとおり、プーシキン美術館についての企画開始と同じころに、原告やDの発案を受け、エルミタージュ美術館所蔵の美術品を主題とした番組についての製作を検討した。同被告は、原告に対し、エルミタージュ美術館所蔵の美術品を主題としたドキュメンタリー番組の製作が可能かどうかの調査及び取材を依頼した。その際、原告と被告Bとの間では、原告に対する報酬の有無及び金額についての話合いはされなかった。原告は、E及びFに依頼して、「ロシアの家族はいま」の取材活動と平行して、エルミタージュ美術館についての取材、調査等の活動を行った。
 被告会社は、エルミタージュ美術館の美術品を主題とする番組について、NHKと番組製作契約の締結交渉をしていたが、NHKの担当者から、エルミタージュ美術館発行の撮影許可を得ることが、番組製作の発注の前提である旨告げられたため、原告に対して、その趣旨を伝え、エルミタージュ美術館の美術品について、撮影許可を得るのに必要な調査や取材活動の費用として、平成11年2月に約400万円(甲9の1)、同年4月に約130万円(甲9の2)、同年7月に約700万円(乙9)の仮払金を支払った。
イ Eは、平成10年12月19日ころから平成11年3月27日までロシアに出張し、同年1月28日から2月28日ころまでの間に、本件作品3に関し、撮影許可取得のため、Fのほか、エルミタージュ美術館の関係者やロシア文化省の役人らと複数回にわたり面談した。Eは、面談の様子を原告に伝え、原告は、それを逐次被告Bに報告した(なお、原告は同年1月12日から25日までモスクワに出張しているが、同出張の旅費は後記制作仮払金精算明細書に記載されていないことに照らすと、原告はその間は、専ら「ロシアの家族はいま」のための活動をしたものと認められる。)。
 E及びFのロシアにおける活動の結果、平成11年2月24日付けでエルミタージュ美術館館長から被告Bあてに、エルミタージュ美術館の撮影許可に関して被告会社と優先的に交渉すること、その前提として、被告Bにエルミタージュ美術館を来訪するよう求めた文書(甲5)が送られた(なお、同文書には、ロシア国内の連絡先としてEの氏名が記載されているが、原告の氏名は記載されていない。)。
ウ 原告は、平成11年2月28日から同年3月6日までロシアに出張し、本件作品3に関してロシア側の関係者らと面談した。原告の帰国後は、Eが、同年3月7日から同月27日までの間に、各関係者らと打ち合わせをした。
 原告は、帰国したEから領収書の提出を受け、平成11年4月7日ころ、被告Bに対し、原告の出張及びEのロシアでの活動に関する費用を記載した制作仮払金精算明細表(甲10、乙3の1ないし4)を提出し、被告Bは仮払金の精算を了承した(なお、精算明細表の中には、ロシア滞在中の毎日の飲料代、食事代も含まれている。)。
エ Eは、平成11年4月13日から再びモスクワに戻り、原告も、同月18日から同月25日までロシアに出張した。原告は、モスクワ到着後の22日に、Eと共にサンクトペテルブルグに行き、F及びEとともにエルミタージュ美術館の責任者と面接し、撮影契約の締結について話し合った。なお、原告らは、同会合に先立ち、エルミタージュ美術館に対し、全権を持ったプロデューサーの原告、E及びFがテレビ放送番組契約交渉のために4月21日にサンクトペテルブルグを訪問すること、及び被告会社は5月ころに撮影契約をしたいと考えている旨の被告B名義の書面(甲54)を提出した。同文書はEが作成し、原告が被告B名義で代筆したものである(なお、原告は、5月13日から26日まで、6月8日から13日までモスクワに出張しているが、同出張の旅費は後記制作仮払金精算明細書に記載されていないことに照らすと、原告はその間は、専ら「ロシアの家族はいま」のための活動をしたものと認められる。)。
 エルミタージュ美術館は、平成11年6月20日付けで被告会社あてに、同美術館を撮影した映像をNHK放送で2回放送をすることを許可する旨の取材許可契約案(甲1)を送付した。原告はこれを和訳し(甲3)、NHK側の担当者Gは、契約案に基づく撮影条件について詳細な検討をした(甲27)。
オ Eは、平成11年7月25日から8月16日までロシアに戻り、エルミタージュ美術館や文化庁などの関係者らと打合せを重ね、同美術館の正式な撮影許可を得るための交渉を続けた(乙10の1、2)。原告は、Eの帰国後、領収書等を受け取り、平成11年9月10日ころ、被告Bに対して、本件作品3に関して1月28日から8月16日までの間に支出した費用を記載した制作仮払金精算明細表(乙5の1及び2、乙6ないし8、乙10の1及び2)を提出し、被告Bは、これを了承した。
カ 被告Bは、平成11年9月18日、ロシアへ出張し、エルミタージュ美術館博物館館長Hとの間で、同美術館での撮影期間を平成11年11月下旬までの間の14日間とし、撮影した映像をNHK放送局で2回放送できるとの内容の正式な撮影契約(甲2)を締結した。
キ NHKと被告会社との間で、番組製作契約の内容が具体化し、NHKから被告Bに対して、本件作品3の製作についての発注概算金額(製作予算)が示された。これに伴い、被告会社も、制作スタッフを決定し、Eを起用することとしたが、原告を参加させなかった。原告とEは、「ロシアの家族はいま」の制作が終了した平成11年7月ころから、夫婦関係が悪化した。被告Bは、番組製作契約が決まったころから、本件作品3に関するNHK側のGとの打合せにおいても、原告を参加させず、また、撮影スケジュールなど番組製作の進行状況を、原告には連絡しなくなった。
 エルミタージュ美術館の撮影は、平成11年11月20日から29日ころまで行われ、Eは、撮影時の通訳やコーディネーターを務めたが、原告は一切これに参加しなかった。撮影後も、Eは、撮影済みテープの編集作業や、放送用の作品として完成させるまでの打合せに参加したが、原告はこれにも一切関与しなかった。
ク 本件作品3は、「そして名画はよみがえった エルミタージュ・幻の印象派絵画」との題名で、平成12年4月1日、10日及び同年6月19日にNHK総合で、同年4月9日にBS9(ハイビジョン)で、同年12月28日にNHKハイビジョンでそれぞれ放送された(甲12の1、58の1ないし3)。本件作品3の宣伝用葉書(甲12の1)には、共同制作者としてNHKエンタープライズ21と被告会社が、プロデューサーとして被告Bが、取材担当としてEが、それぞれ表示されている。
ケ 被告会社は、本件作品3の制作終了後、Eに対し、報酬として約200万円を支払い、Fに対しても約束どおりの報酬を支払った。原告は、平成11年12月末ころ、被告Bに会って、本件作品3についての報酬を請求したが(甲42の1)、被告会社は支払わなかった。
(4) 本件作品2の制作の経緯
ア 被告会社は、平成11年12月末ころ、BS朝日放送から、プーシキン美術館所蔵の美術品を主題とするハイビジョン用番組の制作を受注することになったが、平成9年に行ったプーシキン美術館における1回目の撮影はベータカム方式によるものであり、同方式のテープはハイビジョンと互換性がないため、BS朝日放送用に新たに撮影をし直すことが必要となった。
イ E及びFは、プーシキン美術館に対し、再度の撮影許可を出すよう働きかけ、それにより、被告会社は、平成12年2月ころ、プーシキン美術館から再度の撮影許可を得た。被告会社は、本件作品2の制作スタッフを決定し、同年3月ころ、プーシキン美術館において再度の撮影を行った。本件作品2は、BS朝日放送において放送された。
 被告会社は、F及びEに対しては、それぞれ報酬を支払った。
ウ 被告Bは、平成11年12月末に、原告が本件作品3についての報酬を請求した以降は、原告に連絡をすることはなくなり、原告は、プーシキン美術館における撮影スケジュールを知らされることも、BS朝日側担当者との打合せや撮影済みテープの編集作業等に参加することもなかった。
2 不法行為の成否について
 上記認定した事実を基礎として、本件各作品の制作過程における被告らの不法行為の成否について判断する。
(1) 本件作品1について
ア 原告は、被告Bが平成9年7月ころ原告に対し、本件作品1の「プロデューサー業務」を依頼したにもかかわらず、原告に対して報酬相当額を支払わなかったことが不法行為に該当する旨主張し、原告は同主張に沿う供述をする。
 しかし、原告の上記主張は理由がない。
(ア) すなわち、@被告Bはこれを明確に否定する供述をしていること、 A前記認定のとおり、本件作品1のための撮影は、平成10年9月ころ、将来撮影の機会を得られなくなるとの懸念から、具体的に放送番組が製作されるかどうか不確定のままに実施されたものであって、結局、その後テレビ局との間で本件作品1についての番組製作契約の締結に至らなかったこと、Bこのように発注元のテレビ局が決まらず、テレビ局から支払を受けられるかどうか、受けられるとしてその金額(製作予算)やテレビ局の希望する番組の具体的内容がどのようなものかが未確定の企画について、被告会社が、被告会社に所属しない原告に対し、放送用の番組の制作(プロデューサー業務)を依頼するとは通常考えられないこと、C原告は、撮影に立ち会わず、また、撮影済みテープについて、編集作業等を全く行っていないことなどの諸事情を総合すると、原告の前記供述から直ちに被告会社が本件作品1に関し、原告の主張に係る内容の「プロデューサー業務」を依頼したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(イ) また、仮に、原告が本件作品1について被告Bから依頼されたと主張する業務の内容が、本件作品1のための調査、撮影許可取得及び美術品の撮影だけだとしても、被告Bがこれらの業務について、報酬の支払を約したとは認められず、被告Bの行為が不法行為に当たるとはいえない。
 すなわち、@原告が被告Bと共同プロデューサーとなった「ロシアの家族はいま」においては、事前にプロデューサー報酬についての具体的な話し合いがされているのに対して、本件作品1については、被告Bから原告に対する取材及び撮影許可取得の依頼、美術品の撮影の依頼について、両者の間では、報酬の支払の有無及び金額についての具体的な話合いが何らされていなかったこと、A被告会社は、本件作品1について、原告に報酬を支払わなかったが、原告は、本件作品1の撮影終了後、その点について一切不満を述べたこともなく、かえって、被告会社の依頼を受けて「ロシアの家族はいま」を共同プロデューサーとして制作し、これに対して相応の報酬の支払を受けていること、B原告は、プーシキン美術館での撮影終了から2年近く経過した平成12年6月ころに至って、はじめて支払を請求していること(甲42の3)、Cしかも、原告の被告会社に対する請求の内容も、本件作品2及び3について被告Bから連絡がないのであれば、本件作品1に関する請求をするという、不合理な内容であること、Dさらに、請求金額も確定額ではなく、業界の正当な報酬額を求めるという不自然なものであること等の事実に照らすならば、原告は、本件作品1の番組製作が決まる前に行う取材、撮影許可取得及び美術品の撮影等の業務については、番組製作契約が締結されない限りは、報酬が支払われないことを了解した上で被告会社の依頼を受け、当該業務を行ったと認めるのが相当である。
 のみならず、原告のようなフリーのディレクターに対して企画の取材や調査を依頼する際には、依頼した被告会社が調査費用等をすべて負担し、その企画がテレビ局に採用されて番組製作が決まった場合には、その者もディレクターや共同プロデューサーなどとして採用される機会が与えられるが、他方、取材や調査自体に対する報酬は支払わないという業界の慣行があること(被告B、乙12)、被告会社は、番組製作契約締結の前に、高額の仮払金(本件作品1については800万円)を交付し、原告は、仮払金を、自らの裁量で取材や調査に自由に使用していることが認められる。本件のような場合に、仮に、テレビ局との間で最終的に番組製作契約の締結に至らない場合には、それらの費用は、被告会社側のみがその危険を負担するのに対し、仮に、番組製作契約が成立した場合には、原告が、多額の報酬を得られる利点があることに鑑みれば、被告会社の原告に対する依頼の内容は、そのような慣行に沿ったものであると認めるのが相当である。
イ したがって、本件作品1についての原告の主張は理由がない。
(2) 本件作品2について
 原告は、被告らが平成11年12月ころ原告に対し、本件作品2の「プロデューサー業務」を依頼をしたにもかかわらず、原告に対して報酬相当額を支払わなかったことが不法行為に該当する旨主張し、原告は同主張に沿う供述をする。
 しかし、原告の上記の主張は理由がない。すなわち、原告の主張を裏付ける客観的証拠は存在しないし、前記認定のとおり、被告Bは、平成11年12月末以降は、原告に連絡をすることはなかったこと、プーシキン美術館における再度の撮影許可を取得したのは、専らE及びFであること、原告は、撮影許可の依頼をFらに伝えたことがあるとしても、プーシキン美術館における撮影に立ち会ったこともなく、テレビ局側との打合せにも、撮影済みテープの編集作業等にも一切関与していないことに照らすならば、被告会社が原告に対して本件作品2の制作を依頼したと認定することは到底できない。
 したがって、本件作品2についての原告の主張は理由がない。
(3) 本件作品3について
ア 原告は、被告らが平成10年7月ころ原告に対し、本件作品3の「プロデューサー業務」を依頼したにもかかわらず、原告に対して報酬相当額を支払わなかったことが不法行為に該当する旨主張し、原告は同主張に沿う供述をする。
 しかし、原告の上記主張は理由がない。
(ア) すなわち、@被告Bは明確にこれを否定する供述をしていること、 A前記認定のとおり、原告が本件作品3の企画に関与していた平成11年9月ころまでは、エルミタージュ美術館との撮影契約が締結されておらず、NHKとの間でも、本件作品3についての番組製作契約を締結するかどうかは確定していなかったのであるから、そのような段階で、被告会社が、被告会社に所属しない原告に対し、放送用の番組の制作(プロデューサー業務)を依頼するのは不自然であること、B原告は、エルミタージュ美術館から撮影許可が下り、番組制作が可能となった平成11年9月ころ以降は、撮影に立ち会ったことも、撮影済みテープの編集作業やNHK担当者との打合せに参加したことも一切ないこと、C原告は、被告Bから「ロシアの家族はいま」の共同プロデューサーを依頼された際には、制作を開始する前に、被告Bとの間でプロデューサー報酬の支払及び金額について協議し、同作品については被告会社から原告に対し、プロデューサーとしての報酬が支払われているのに対して、本件作品3については、両者の間で、そのような協議は一切なかったこと(原告本人尋問調書25頁)、等の事情を総合するならば、原告の上記供述から直ちに被告会社が原告に対し、本件作品3についての「プロデューサー業務」を依頼したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(イ) また、仮に、原告が本件作品3について被告Bから依頼されたと主張する業務の内容が、本件作品3の企画のための調査及び撮影許可取得だけであるとしても、被告Bがこれらの業務について原告に報酬の支払を約したとは認められず、被告Bの行為が不法行為に当たるとはいえない。
 すなわち、前記1(1)アのとおり、被告会社は、原告に対し、平成9年から10年ころの間に、エルミタージュ美術館所蔵の美術品を撮影したドキュメンタリー番組の製作が可能であるかどうかの調査及び所蔵美術品の撮影許可の取得を依頼したことが認められるが、@前記2(1)ア(イ)で判示したのと同様に、「ロシアの家族はいま」においては、事前にプロデューサー報酬についての具体的な話合いがされているのに対して、本件作品3については、報酬の支払の有無及び金額についての具体的な話合いは全くされていないこと、A被告会社は、高額の仮払金(本件作品3については合計約1200万円)を交付し、原告は、仮払金を、自らの裁量で取材や調査に自由に使用していること、B被告会社は、テレビ局との間で最終的に番組製作契約の締結に至らない場合にはそれらの費用を一切回収できないという危険を負担していたのに対し、原告は、自らは何ら費用を負担せず、番組が成立した場合には多額の報酬を得られる可能性があったことからすれば、番組製作が未確定の段階における準備的な取材、調査活動については、そのための費用はすべて被告会社が負担するが、取材、調査に対する報酬は支払わないというのが業界の慣行であり、原告と被告会社との合意もそのような慣行に沿ったものであるといって差し支えないこと、C原告が本件作品3に関して実際に行った業務は、数回ロシアに出張し、撮影許可取得のために関係者らと打合せをしたこと、E及びFらの調査結果を被告会社に伝えたこと、仮払金の精算を行ったことなどであるが、そのような原告の活動のうち、ロシアへの出張及び関係者らとの打合せについては、当時、原告は共同プロデューサーとして「ロシアの家族はいま」の取材、撮影作業等のために、ロシアへ出張したり、ロシアの関係者らと打合せをする必要があったのであり(前記のとおり、原告の出張は、専ら「ロシアの家族はいま」のためのものである。)、「ロシアの家族はいま」に対してはプロデューサー報酬が支払われていることからすれば、新たな報酬を生じさせるような活動とはいえず、原告のその他の活動についても同様であること等の事実に照らすならば、原告は、本件作品3の番組製作が決まる前に行う取材及び撮影許可取得の業務については、報酬が支払われないことを了解した上で被告会社の依頼を受け、当該業務を行ったと認めるのが相当である。
イ 原告は、被告会社が本件作品3の製作契約を締結した後、原告を制作から排除し、プロデューサーとして採用しなかったことが、原告に対する不法行為に該当するとも主張するので、判断する。
 この点についての原告の主張は理由がない。すなわち、@被告会社がテレビ局と番組製作契約を締結した場合に、番組製作の共同プロデューサーやディレクターとして誰を採用するかは、被告会社の広範な裁量で決定できる事項であって、原告が番組の企画段階に関与したとしても、被告会社が常に原告を制作スタッフとして採用する義務を当然に負うものとはいえないこと(もとより、原告を採用する合意があったことを認めるに足りる証拠はない。)、A原告が本件作品3について行った主たる業務は、Eとともに数回ロシアに出張し、関係者らと打合せをしたことであるが、原告にはロシア語の会話能力はほとんどなく、単独でロシア側の関係者と交渉することができなかったのであり、本件作品3に関する撮影許可の取得交渉の大部分はEやFらが行い、原告は、専らEやFの報告を受けて被告会社への経過報告や費用請求を行っていたものにすぎないこと、B他方、Eは、平成11年9月ころには数回にわたるテレビ放送番組制作の経験を積み、関係者との打ち合わせや撮影に関し、原告の助力を受ける必要がなくなり、NHK側としてはEを重視していたこと(被告B)、C被告会社としても、上記のとおり、ロシアでの実質的な業務を担当したのがEであることから、本件作品3の制作のためには、同人を採用する必要があると判断したこと等の事実に鑑みれば、被告会社が、番組製作の受注が決まった際に、テレビ局ないし共同製作者側の要望を受けて、Eのみをスタッフとして採用し、原告をディレクターないし共同プロデューサーとして採用しなかった行為が、原告に対する不法行為に該当するということはできない。
ウ したがって、本件作品3についての原告の主張も理由がない。  
(4) 本件作品4について
 原告は、被告Bが平成11年6月ころ原告に対し、本件作品4のプロデューサー業務を依頼したにもかかわらず、原告に対して報酬相当額を支払わなかったことが不法行為に該当する旨主張する。
 しかし、原告の上記主張は理由がない。すなわち、本件作品4について、被告Bが原告に対して何らかの依頼をしたことを裏付ける客観的証拠(仮払金の交付等)は一切存在しない。また、原告の陳述書(甲32)によれば、平成11年7月ころ、原告が別件でNHK側の担当者と打合せをしていたところ、同担当者から、「ロシアの家族はいま」の評判が良好であったので、第2作目の企画を示唆されて、これを被告Bに伝え、同人の賛同を得たので、企画書(甲29、30。それぞれA4の紙1枚のもの)を作成し、NHKに直接提出したものの、結局、同企画は採用されず、撮影も番組制作もされなかった事実が認められる。このような事実経緯に照らすならば、被告Bが原告に対して本件作品4のプロデューサー業務を依頼したとは解することは到底できない。
 したがって、本件作品4についての原告の主張は理由がない。
(5) 本件作品5について
 原告は、被告らが原告に対して、本件作品5の企画、立案をし、企画書を作成するよう依頼したにもかかわらず、原告に対して報酬相当額を支払わなかったことが不法行為に該当する旨主張する。
 しかし、原告の上記主張は理由がない。すなわち、本件作品5に関しても被告Bが原告に何らかの依頼をしたことを裏付ける客観的証拠はない。また、原告の陳述書(甲68)によれば、原告は、被告Bから別番組の企画の打合せをした際、NHKの担当者から、「ロシアシリーズ」を行うことになったので、企画書を作成するよう指示されて、企画書(甲29。A4の紙1枚のもの)を作成し、これをNHKに直接提出したものの、同企画は採用されず、撮影も行われなかった事実が認められる。このような事実関係に照らすならば、被告Bが原告に対して本件作品5の企画、立案を依頼したと認めることはできない。
 したがって、本件作品5についての原告の主張は理由がない。    
(6) 以上によれば、本件各作品の製作に関して被告らの不法行為責任をいう原告の主張には、いずれも理由がない。
 (なお、原告は、損害の一部として通信費を請求している。前記認定のとおり、被告会社と原告との間では、原告が本件作品1及び3のための調査、取材等を依頼し、これに要する実費は被告会社が負担することを合意していたことが認められる。しかし、原告は、本件作品1については平成10年11月に、本件作品3については平成11年9月にそれぞれ制作仮払金精算明細書を被告Bに対して提出し、それぞれ費用の精算を終了している上、原告が通信費の裏付けとして提出する証拠は、平成11年5月ないし平成12年1月発行のE名義の銀行口座の利用代金明細書(甲36)及び平成12年5月から9月分の通話明細書(甲37)であり、前者についてはEが、本件作品3とは関係がなく、かつ、自分の口座から支払った旨述べていること(乙13)、後者については本件作品3の制作時より、かなり時期が経過した後のものであること等の事実に照らすならば、原告が本件作品1又は3のために通信費を負担し、もって損害を被ったと認めることはできない。)
3 著作権侵害行為について
 原告は、本件作品3の著作権を有することを前提として、本件作品3が原告に無断で放送されたことが、原告の有する著作権を侵害したと主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり、失当である。まず、著作権の取得原因事実を明らかにしないものであり、それ自体失当というべきである。また、仮に著作権法16条を根拠とするものと解したとしても、原告の主張は理由がない。すなわち、前記のとおり、原告は、Dとともにエルミタージュ美術館所蔵の美術品を主題とした番組の製作を提案し、被告会社の依頼を受けて同美術館の撮影許可取得活動を自ら又はEを通じて行ったが、被告会社がエルミタージュ美術館との間で正式な撮影契約を締結し、NHKから本件作品3の番組製作を受注することが決定した後においては、本件作品3の制作スタッフとして採用されたことはなく、原告が本件作品3に関して、番組全体の予算又は制作スタッフ全体の人員を決定したり、現場で撮影又は演出の指示をしたり、撮影済みテープの内容を確認して編集したり、音響効果やナレーションを加えるなどの業務に関与したことは一切ない。そうすると、原告は、本件作品3について、制作、監督、演出、撮影、美術等のいずれも担当しておらず、原告が、本件作品3の全体的形成に創作的に寄与した者(法16条)に当たると評価することはできない。
 その他、原告が本件作品3の著作権を取得したというべき事実は認められない。
4 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 大寄麻代
 裁判官 榎戸道也は海外出張のため署名押印ができない。

裁判長裁判官 飯村敏明
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