判例全文 line
line
【事件名】整体マニュアル本の無断使用事件(2)
【年月日】平成15年7月18日
 東京高裁 平成14年(ネ)第3136号、平成14年(ネ)第5042号 出版差止等請求控訴、同附帯控訴事件
 (原審・東京地裁平成12年(ワ)第15123号)
 (平成15年1月27日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(附帯被控訴人) A
控訴人(附帯被控訴人) 有限会社村上整体専門医学院
控訴人(附帯被控訴人) 全国カイロプラクティック師会
3名訴訟代理人弁護士 藤澤知之
被控訴人(附帯控訴人) B
訴訟代理人弁護士 藤原宏高
同 堀籠佳典
同 九石拓也


主文
1 控訴及び附帯控訴に基づき、原判決主文第2ないし第4項中、控訴人(附帯被控訴人)らの関係部分を次のとおり変更する。
2 控訴人(附帯被控訴人)A及び控訴人(附帯被控訴人)有限会社村上整体専門医学院は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、連帯して、73万9987円及びこれに対する平成14年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人(附帯被控訴人)A、控訴人(附帯被控訴人)有限会社村上整体専門医学院及び控訴人(附帯被控訴人)全国カイロプラクティック師会は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、連帯して、27万2400円及びこれに対する平成12年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴人(附帯被控訴人)A、控訴人(附帯被控訴人)有限会社村上整体専門医学院及び控訴人(附帯被控訴人)全国カイロプラクティック師会は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、連帯して、26万9250円及びこれに対する平成12年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用中、被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)らとの間において生じた分は、第1、2審を通じこれを3分し、その2を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
6 原判決主文第1項並びに本判決主文第4項中、控訴人(附帯被控訴人)有限会社村上整体専門医学院の関係部分は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中、控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)らの敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求をいずれも棄却する。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決主文第2ないし第4項を次のとおり変更する。
(2) 控訴人A(以下「控訴人A」という。)及び控訴人村上整体専門医学院(以下「控訴人学院」という。)は、被控訴人に対し、連帯して、110万円及びこれに対する平成12年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人A、控訴人学院及び控訴人全国カイロプラクティック師会(以下「控訴人師会」という。)は、被控訴人に対し、連帯して、66万円及びこれに対する平成12年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して、101万7500円及びこれに対する平成12年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1) 被控訴人は、控訴人学院が経営する村上整体専門医学院(以下「学院」という。)に在籍していた者である。
(2) 学院は、「村上式」又は「ほぐし」と呼ばれるカイロプラクティックの技法(以下「ほぐし」ともいう。)等を教授する学校、控訴人師会は、学院の卒業生を主な構成員とする、定款の定めに従って活動する権利能力のない社団、控訴人Aは、控訴人学院及び控訴人師会の代表者であり、分離前相控訴人有限会社創作舎(以下「創作舎」という。)は、出版物の企画、制作、販売等を業とする有限会社である。
(3) 被控訴人は、平成11年5月ころ、ほぐしのマニュアル「MHGS TEXT」(甲1、以下「本件著作物」といい、その著作権を「本件著作権」、その著作者人格権を「本件著作者人格権」という。)を作成した(弁論の全趣旨)。
(4) 控訴人らの本件行為
ア 控訴人Aを著者、創作舎を編集・制作者とする別紙物件目録記載1の書籍(甲2、以下「本件書籍1」という。)が発行され、控訴人学院において、学院の生徒に教科書として販売された。
イ 控訴人師会を編者とする別紙物件目録記載2の書籍(甲4、以下「本件書籍2」という。)が発行され、一般書店等で販売された。
ウ 控訴人師会を著者とする別紙物件目録記載3の書籍(甲12、以下「本件書籍3」といい、「本件書籍1」ないし「本件書籍3」を総称して「本件書籍」という。)が発行され、一般書店等で販売された。
2 本件は、被控訴人が、本件書籍は本件著作物の一部を改変、複製したものであって、これらを印刷、出版する行為は、その複製権(以下「本件複製権」という。)を侵害し、本件書籍を販売、頒布する行為は、本件著作権を侵害する行為によって作成された物を情を知って頒布する行為(以下「知情頒布行為」という。)として本件著作権を侵害する行為とみなされ、また、これらを出版する行為は、本件著作物の一部を改変してその同一性保持権(以下「本件同一性保持権」という。)を侵害し、かつ、被控訴人の氏名を表示せずに本件著作物を公衆に提供する行為としてその氏名表示権(以下「本件氏名表示権」という。)を侵害すると主張して、控訴人学院に対し、本件書籍1の印刷等の差止めを、控訴人ら及び創作舎に対し、本件書籍の販売等により被控訴人が被った損害の賠償を請求する事案である。なお、被控訴人の創作舎に対する上記請求に係る訴えについては、平成14年12月11日の当審和解期日において、双方当事者間の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
 被控訴人の控訴人Aに対する謝罪広告掲載請求は、原判決がこれを棄却し、被控訴人が附帯控訴による不服を申し立てなかったため、当審における審理の対象とならない。また、被控訴人は、原審において、本件著作物に係る譲渡権の主張をしたが、当審において撤回した。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
(1) 本件著作物の創作性
(2) 本件書籍を作成、出版、販売した控訴人らの行為が、本件著作権及び本件著作者人格権を侵害したか。
(3) 控訴人らが本件書籍の販売等について責任を負うか。
(4) 被控訴人が控訴人らに対して本件著作権及び本件著作者人格権を行使することが権利の濫用に当たるか。
(5) 本件書籍の販売等により被控訴人が被った損害の額
(6) 本件書籍1の販売等を差し止める必要性
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件著作物の創作性)について
(被控訴人)
 本件著作物は、単に学院における授業内容を記録したものではなく、専ら実演や口頭の説明により行われていた学院の実技指導の内容を、被控訴人が取捨選択、再構築し、文章、図面及び写真により表現したものであって、文章による表現のためには一定の創作的活動を要するから、思想又は感情を創作的に表現したものとして著作物に当たる。
 本件著作物中で解説した各種技法は、他の多くの出版物でも紹介されているが、その具体的表現内容は本件著作物と異なる。
(控訴人ら)
 本件著作物は、学院の授業内容を被控訴人が記録したもので、単なる事実の伝達にすぎず、思想又は感情を表現したものではない。
 本件著作物は、学院の授業内容をそのまま記述表現したものであって、授業においてもほぐしの内容の整理分類が行われていたのであるから、これに常識的な整理分類や名称が付加されたとしても、著作物としての創作性は認められない。また、体の動作等を文章化したことについても、実技指導等を文章で表現する際に当然されるべき工夫であるし、図面や写真を活用することも、常識的なものにすぎない。
 既存の名称、ごく短い文章、表現形式に制約があっておよそ他の表現形式が想定できない文章、平凡かつありふれた表現から成る文章は、著作物としての創作性が否定される。本件書籍中、被控訴人が本件著作権及び本件著作者人格権の侵害を基礎付けるものとして主張する部分(以下「侵害部分」という。)は、以上の理由により著作物性を有しない部分であって、その詳細は別表1の@、Aのとおりである。
(2) 争点(2)(侵害の有無)について
(被控訴人)
ア 著作権
 本件書籍は、本件著作物の一部を改変、複製したものであるが、その具体的態様は、別紙対比表記載@〜Cのとおり(ただし、「本件マニュアル」を「本件著作物」と読み替える。)である。
 控訴人学院は、学院の生徒らに販売する目的で、本件書籍1の印刷、出版を創作舎に委託して行い、現在もなお販売の目的で所持している。これら一連の行為は、本件複製権を侵害する行為である。
 また、控訴人学院は、遅くとも原判決正本が送達された平成14年4月中旬ころまでには、本件書籍1が著作権を侵害する行為によって作成されたものであることを知ったから、これを販売、頒布する行為は、本件著作物の複製物の知情頒布行為として、著作権法113条1項2号により本件著作権を侵害する行為とみなされる。
イ 著作者人格権
 本件書籍を出版する行為は、本件著作物の一部を改変しているから、本件同一性保持権を侵害し、被控訴人の氏名を表示せずに本件著作物を公衆へ提供するものとして本件氏名表示権を侵害する。
(控訴人ら)
ア 著作権
 本件著作物は、学院の授業を翻案して作成されたものであるし、その内容も、「ほぐし」という技法の解法という技術的性格が強く、表現方法が限定されることから、本件書籍に本件著作物と類似する箇所があるのは当然であり、このことから直ちに、本件書籍の販売等が本件著作権及び本件著作者人格権を侵害するものではない。
 本件書籍中、被控訴人の主張する侵害部分は、別表2の@〜Bのとおり、本件著作物と類似しない。
 著作物の「複製」とは、印刷等の方法により著作物を有形的に再製することをいい、複製権に基づいて本件書籍1の販売及び頒布の差止めを請求することはできない。
 本件訴訟において、本件著作権の侵害が争われている以上、控訴人学院に対して原判決正本の送達がされたからといって、これが確定する前に、著作権法113条1項2号所定の「情を知って」の要件が充足されると解することはできない。
イ 著作者人格権
 本件著作物の内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは控訴人学院であって、被控訴人は、私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るものである。したがって、本件著作物の公表を前提とする本件著作者人格権は成立しない。
(3) 争点(3)(控訴人らの責任の有無)について
(被控訴人)
ア 本件書籍1
 本件書籍1は、控訴人学院が業務として本件著作物の一部を改変し、複製して作成したものである。
 控訴人Aは、本件書籍1の著者ないし制作委託者として、本件著作権及び本件著作者人格権の侵害を回避すべき義務があり、また、控訴人学院の代表者であること、自己の名前を著者として表示していること、自ら本件書籍1の監修をし、写真撮影のモデルとして関与していることに照らすと、本件著作物の一部を改変、複製したものであることを知っていたか又は知り得たにもかかわらず、本件書籍1を作成したものである。
 控訴人学院は、控訴人Aが代表者を務めており、控訴人Aはその職務を行うにつき本件書籍1を作成したから、法人の不法行為として責任を免れない。
イ 本件書籍2
 控訴人学院は、控訴人師会と一体であり、その名称を自己の別名として使用している。本件書籍2は、控訴人学院が、控訴人師会を本件書籍の編者として、本件著作物の一部を改変、複製して作成したものである。
 控訴人Aは、本件書籍1と同様、本件書籍2による本件著作権及び本件著作者人格権の侵害を回避すべき義務があり、また、控訴人学院及び控訴人師会の代表者であること、本件書籍2の出版と前後して出版された本件書籍1に上記アのとおり関与したことに照らすと、本件著作物の一部を改変、複製したものであることを知っていたか、又は知り得たにもかかわらず、本件書籍2を作成したものである。
ウ 本件書籍3
 控訴人Aは、本件書籍1及び本件書籍2について本件著作権及び本件著作者人格権の侵害を理由とする本件訴訟が提起されたにもかかわらず、控訴人学院と一体である控訴人師会の代表者として、本件著作物の一部を改変、複製したものであることを知っていたか、又は知り得たにもかかわらず、その職務を行うにつき本件書籍3の出版を指示した。本件訴訟提起の後にされた本件書籍3の出版という行為は、本件著作権及び本件著作者人格権の意図的な侵害である。
 本件書籍3の出版が控訴人学院の従業員らによって組織的に行われようとしていることを認識していたにもかかわらず、控訴人Aは、その出版を回避しなかったのであるから、職務を行うについてされた代表者の不法行為に基づき、控訴人学院の法人としての不法行為責任が生ずる。
 控訴人学院の従業員であるC(以下「C」という。)は、控訴人学院の従業員である執筆担当者に対して、本件書籍3を出版するに際し本件書籍2を自由に使ってよい旨の説明をし、また、D(以下「D」という。)が加筆した本件書籍3の原稿を確認した際、本件書籍2に本件著作物を改変、複製した部分があり、本件書籍3がその部分を複製していることを知りながら、又はこれを知り得たにもかかわらず、その部分を修正しなかった。控訴人学院の従業員である執筆担当者も、Dが加筆した本件書籍3の原稿を確認した際、上記事実を知りながら、又は知り得たにもかかわらず、その部分を修正しなかった。控訴人学院は、C及び控訴人学院の従業員の上記行為につき使用者責任を負う。
(控訴人ら)
ア 時機に後れた請求及び主張
 被控訴人が、原審において、控訴人学院に対する本件書籍1に係る損害賠償請求並びに控訴人A及び控訴人学院に対する本件書籍2及び本件書籍3に係る損害賠償請求を追加することは、時機に後れたものとして許されない。また、本件書籍3に係る上記(被控訴人)ウ第3段落の控訴人学院の使用者責任の主張も、時機に後れたものとして許されない。
イ 本件書籍1
 本件書籍1は、控訴人学院の授業のテキストとするために、控訴人学院により発意され、その委託により創作舎が印刷及び出版した。本件書籍1中、侵害部分であると被控訴人が主張する部分は、控訴人学院の従業員であるE(以下「E」という。)が本件著作物を創作舎に提供し、創作舎が本件著作物を基に執筆した。控訴人Aは、本件書籍1の制作当時、本件著作物の存在を知らず、本件書籍1がこれに依拠したことも知らなかったし、本件書籍1の著者でもないから、本件書籍1の制作等について過失はない。
ウ 本件書籍2
 本件書籍2は、控訴人学院により発意され、その委託により創作舎が印刷及び出版をした。控訴人師会は、控訴人学院の事業を普及し宣伝する活動において控訴人学院と一体をなすものであり、控訴人学院の別名としてその名称がよく用いられることから、本件書籍2の編者とされている。本件書籍2中、侵害部分であると被控訴人が主張する部分は、控訴人学院の従業員であるEが本件著作物を創作舎に提供し、創作舎が本件著作物をもとに執筆した。
 控訴人Aが本件書籍2の出版等について責任を負わないことは、本件書籍1と同様である。
エ 本件書籍3
 本件書籍3は、F(以下「F」という。)が著作したものであり、控訴人師会は名称の使用を許したにすぎない。
 控訴人学院が組織的に本件書籍3を出版したり、控訴人学院の従業員が事業の執行として本件書籍3を出版した事実はない。
 控訴人Aは、本件書籍3の具体的な内容を知らず、本件書籍2が参考とされることも知らなかったから、本件書籍1及び本件書籍2と同様、その出版等について責任を負わない。
(4) 争点(4)(権利の濫用)について
(控訴人ら)
 本件著作物は、学院の授業内容の記録の域を出るものではなく、被控訴人が学院の授業を受けたことにその成立のほとんどを依存するものである。上記のとおり、本件著作物の内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは控訴人学院であって、被控訴人は、私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るものである。また、控訴人学院の関係者は、写真撮影に協力するなど、本件著作物の作成に協力している。以上に照らすと、控訴人学院及びその関係者である他の控訴人らに本件著作権及び本件著作者人格権を主張することは、権利の濫用に当たり許されない。
 本件著作物が学院の授業を文章化した点で創作性を有するとしても、このことは、被控訴人による本件著作権及び本件著作者人格権の行使が権利の濫用に当たることの妨げとはならない。
(被控訴人の主張) 
 控訴人らの主張は争う。
 本件著作物が学院の授業に依拠しているからといって、本件著作権及び本件著作者人格権の侵害を甘受すべきいわれはない。
(5) 争点(5)(損害額)について
(被控訴人)
ア 財産的損害
(ア) 本件書籍1
(著作権法114条1項による損害)
 本件書籍1は、703部販売され、販売価格は1冊1万円である。また、その製造原価は、販売価格の20%を上回ることはない。したがって、控訴人らは、本件書籍1の販売により、販売部数703に販売価格1万円及び利益率80%を乗じた562万4000円の利益を得た。
 なお、特許法などの工業所有権法と著作権法との立法目的や保護法益の相違からすると、著作権侵害の場合は、特許権侵害などと異なり、権利者が自ら当該著作物の発行、販売を行っていなくても、侵害者の得た利益を、著作権者の損害と推定することができると解すべきである。
(著作権法114条2項による損害)
 本件書籍1は、カイロプラクティックのテキストであるところ、同書籍中、侵害部分は、カイロプラクティックの具体的な技術内容に関するものとして極めて重要な位置を占めていること、本件書籍1が作成された目的は、学院における実技指導を補い自習の参考にするというものであって、被控訴人が本件著作物を作成したのと同一の目的であること、本件書籍1中、本件著作物に依拠していない部分では文章による説明がほぼ皆無であって、それのみにより技術内容が理解できない写真等に限られる。これらの事情に照らすと、本件書籍1の販売により控訴人らが得た利益中、侵害部分の寄与率は、単純に全体の頁数と侵害部分の頁数の割合で按分するのではなく、全体に対する侵害部分の不可欠性、重要性等を総合的に評価判断して、実質的に認定すべきであり、上記利益に対する侵害部分の寄与率は100%である。
 本件著作物は、ほぐしの技術内容の理解を目的に作成されたものであって、その内容が被控訴人独自のアイディアであるかどうかは、利用料率に影響を及ぼすものではないから、その利用料率は、10%を下回ることはない。 本件書籍1は、1000部発行され、販売価格は1冊1万円であるから、被控訴人の被った損害とみなされる利用料相当額は、発行部数1000に販売価格1万円及び利用料率10%を乗じた100万円となる。
(イ) 本件書籍2
 本件書籍2は、5000部発行され、販売価格は1冊1200円であるから、被控訴人の被った損害とみなされる利用料相当額は、発行部数5000に小売単価1200円及び利用料率10%を乗じた60万円となる。
(ウ) 本件書籍3
 本件書籍3は、5000部発行され、販売価格は1冊1300円である。また、本件書籍3が、カイロプラクティックを社会に紹介し宣伝する出版物であって、その具体的な技術内容を分かりやすく解説した侵害部分の不可欠性、重要性を考慮すると、侵害部分の寄与率は50%を下らない。
 したがって、本件書籍3により被控訴人が被った損害とみなされる利用料相当額は、発行部数5000に販売価格1300円、利用料率10%及び寄与率50%を乗じた32万5000円となる。
イ 慰謝料
(ア) 著作権
 被控訴人は、控訴人らによる本件著作権の侵害行為により、精神的苦痛を被った。本件においては、無断複製が繰り返し行われており、特に、本件訴訟提起後に本件書籍3が発行されるなど、その侵害態様が悪質であることに照らすと、被控訴人の精神的苦痛を慰謝するために相当な金額は、本件書籍1ないし本件書籍3につき、それぞれ30万円を下回ることはない。
 控訴人らによる本件著作物の複製は、被控訴人に全く無断で行われ、本件書籍3に係る侵害行為は、本件訴訟提起の後にされたものであって、悪質な侵害であるから、著作権侵害に基づく慰謝料請求が認められるべきである。
(イ) 著作者人格権
 被控訴人は、控訴人らによる本件著作者人格権の侵害行為により、精神的苦痛を被ったが、本件書籍において改変箇所が多数に及んでいること、あたかも別人の著作であるかのように表示されていること、本件訴訟提起後に本件書籍3が発行されるなど、その侵害態様が悪質であることに照らすと、被控訴人の精神的苦痛を慰謝するに相当な金額は、本件書籍1ないし本件書籍3につき、それぞれ30万円を下回ることはない。
ウ 弁護士費用
 被控訴人は、本件の解決を被控訴人代理人に依頼し、弁護士費用相当額の損害を被ったところ、その額は、本件書籍1について62万2400円、本件書籍2について12万円、本件書籍3について9万2500円を下回らない。
エ 被控訴人は、本件書籍1については、上記損害の一部として110万円、本件書籍2については、同じく一部として66万円、本件書籍3については、上記損害の全額である101万7500円を請求する。
 被控訴人は、平成14年12月11日、本件和解の席上、創作舎から25万円の弁済を受け、これを本件書籍1に係る損害賠償債務に充当した。
(控訴人ら)
ア 財産的損害
(ア) 本件書籍1
 本件書籍1が1000部発行され、販売価格が1冊1万円であることは認める。
 被控訴人は、自ら本件著作物の発行、販売をしていないし、これを販売して控訴人らが得たのと同様の利益を得ることもできないから、控訴人らの得た利益と対比し得るような損害は、現実に被っていない。また、控訴人Aは、本件書籍1の発行、販売につき利益を得ていない。
 本件書籍1は、授業のテキストであり、1万円の販売価格には授業料が包含されている。本件書籍1の相当販売価格は、制作原価である1冊1800円の2倍に当たる3600円が上限である。また、本件著作物は、その内容が被控訴人独自のものではなく、既存の「ほぐし」のテクニックをマニュアルの体裁に整えたにすぎないから、その創作性の幅は狭く、利用料率は1%が上限である。
 被控訴人が主張する本件書籍1の侵害部分は、122頁中20頁にも満たないから、損害の算定に当たっては、122分の20を乗ずる必要がある。更に詳細に見ると、本件書籍1の本文は106頁であるが、侵害部分を行数で計算すると8.04頁分にすぎないから、106分の8.04を乗ずる必要があるということもできる。
(イ) 本件書籍2
 本件書籍2が3000部発行され、販売価格が1冊1200円であることは認める。
 上記(ア)のとおり、本件著作物の創作性の幅は狭いから、その利用料率は低い。
 被控訴人が主張する本件書籍2の侵害部分は、219頁中12頁にも満たないから、損害の算定に当たっては、219分の12を乗ずる必要がある。更に詳細に見ると、本件書籍2の本文は189頁であるが、侵害部分を行数で計算すると5.78頁分にすぎないから、189分の5.78を乗ずる必要があるということもできる。
(ウ) 本件書籍3
 本件書籍3が5000部印刷され、販売価格が1冊1300円であることは認める。
 損害の算定に当たっては、被控訴人が主張する本件書籍3の侵害部分の全体のページ数に対する割合及び寄与率を乗ずる必要がある。
 本件書籍3についても、本件著作物の創作性が狭いことを利用料率の認定において参酌すべきであり、また、本文が184頁であるのに対して侵害部分を行数で計算すると2.42頁分にすぎないから、184分の2.42を乗ずる必要があるということもできる。
イ 慰謝料
(ア) 著作権
 特段の事情がない限り、財産権である著作権の侵害によって、精神的苦痛による無形の損害が発生することはない。
(イ) 著作者人格権
 本件著作物は、学院の授業内容に依拠しており、私的利用の範囲でのみ利用が許されるから、被控訴人は、公表を前提とした著作者人格権を有しないか、仮に、これを有するとしても、権利性が希薄なものとして慰謝料は低額に認定されるべきである。
ウ 被控訴人が創作舎から25万円の弁済を受けた事実は、控訴人らの有利に援用する。
(6) 争点(6)(差止めの必要性)について
(被控訴人)
 控訴人学院は現在でも本件書籍1を販売しているから、これを差し止める必要がある。
(控訴人学院)
 控訴人学院は、現在、本件書籍1を販売していないので、本件差止請求は、必要性を欠く。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件著作物の創作性)について
(1) 証拠(甲1、3、10、11、15、乙6、被控訴人本人)によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件著作物は、学院の生徒であった被控訴人が、学院の授業内容及び自ら学んだカイロプラクティックの知識等を基に作成したものであり、文章、図及び写真の各部分から成る。
イ 本件著作物は、「目次」、「ほぐしとは」で始まるほぐしの一般的な注意事項を記載した部分(以下「一般的注意事項」という。)、20種類のほぐしを類型ごとに説明する部分(以下「説明部分」という。)及び「参考」から成り、説明部分は、各類型ごと、「見出し」、「患者の姿勢」、「方法」、「ポイント」、「効果・ねらい」及び写真から成るか、又はこれらに図が加わったものが、不可分一体のものとして、ほぐしの各類型を初学者にも分かりやすく説明するものである。
(2) 以上の事実に照らすと、本件著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として創作性を有するというべきである。
(3) 控訴人らは、本件著作物が学院の授業内容を記録したもので単なる事実の伝達にすぎないと主張するが、上記(1)の認定事実によれば、本件著作物が学院の事業内容の単なる記録にすぎないということはできず、その説明部分は、文章、写真及び図を一体不可分のものとして、ほぐしの各類型を初学者にも分かりやすく説明するものであり、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として創作性を認めることができることは上記のとおりであって、本件著作物の一般的注意事項も、文章によってほぐしの一般的注意事項を分かりやすく説明したものとして創作性を認めることができる。
 また、控訴人らは、本件著作物が学院の授業内容をそのまま記述表現したものであるとか、その内容に常識的な整理分類や名称が付加されたとしても著作物としての創作性は認められないとか、体の動作等を文章化したこと、図面や写真を活用することも常識的なものにすぎないと主張する。しかしながら、控訴人らは、本件著作物が学院の授業をそのまま記述表現したものであると抽象的な主張をするにとどまり、学院の具体的授業内容及びこれと本件著作物との異同について主張立証していない上、証拠(甲10、原審における被控訴人本人)によれば、学院の授業における実技指導は、テキストや資料を用いずに行われ、口頭での説明も「このように」などの指示語が多く用いられ、講師によってその内容も異なるものであったこと、本件著作物は、被控訴人が、自ら学んだカイロプラクティック、解剖学、運動学等の知識を織り込んだ上、学院の授業内容を、ある程度取捨選択し体系的整理をした上、文章、写真及び図を不可分一体的に用いることで、その内容を初学者にも分かりやすく説明したものであって、学院の授業内容をそのまま記録したものということはできない。そして、ほぐしの類型の整理分類、名称、体の動作等を文章化すること、図面や写真を活用することが、それぞれ常識的であるとしても、本件著作物は、これらが一体不可分のものとして表現されているのであるから、個々の要素が常識的であることは、本件著作物の創作性を否定する根拠とはならない。
 さらに、控訴人らは、本件著作物が、既存の名称、ごく短い文章、表現形式に制約があっておよそ他の表現形式が想定できない文章、平凡かつありふれた表現から成る文章として創作性が否定されるとも主張するが、本件著作物の一部分に既存の名称、ごく短い文章、他の表現形式が想定できない文章、平凡かつありふれた表現から成る文章があるとしても、このことは、多数の語句及び文章が不可分一体のものとして一個の著作物を構成している場合において、当該著作物の創作性を否定する根拠となるものではない。
2 争点(2)(侵害の有無)について
(1) 著作権
ア 本件書籍1及び本件書籍2の作成に当たり本件著作物が参照されたことは当事者間に争いがなく、証拠(乙7、原審証人F、同D)によれば、本件書籍3の作成に当たり、本件書籍2が参考にされたことが認められる。
イ 本件書籍1(甲2)について
(ア) 本件書籍1の19頁ないし20頁に記載されているほぐしの一般的注意事項に係る記載は、注意事項として挙げられている8項目のすべてが本件著作物の一般的注意事項に含まれ、その記載順序も本件著作物のものと同一であり、各事項の表現も、本件著作物の一般的注意事項の記載とほとんど同一であることに照らすと、本件著作物の一般的注意事項の複製物であると認められる。
(イ) 本件書籍1の「第3章〈ほぐし〉基本操作」は、ほぐしの類型ごとに、「見出し」、「適応/効果/ねらい」、「患者の姿勢」、「操作手順」、「操作のポイント/注意」及び「注意する疾患」から成り、「見出し」ないし「操作のポイント/注意」に記載された事項は、それぞれ、本件著作物の説明部分の「見出し」、「効果・ねらい」、「患者の姿勢」、「方法」及び「ポイント」に対応している。そして、本件書籍1におけるその表現も、別紙対比表@のとおり、それぞれ、対応する本件著作物の説明部分とほとんど同一である。
(ウ) なお、本件著作物と本件書籍1は、いずれも、学院の授業において教えられているカイロプラクティックについて記載したものであるが、上記のとおり、控訴人らは、本件著作物が学院の授業をそのまま記述表現したものであるとの抽象的な主張をするにとどまり、学院の具体的授業内容及びこれと本件著作物との異同について主張立証しない上、学院の授業における実技指導がテキストや資料を用いずに行われ、口頭での説明も「このように」などの指示語が多く用いられ、講師によってその内容も異なるものであったこと、本件著作物は、被控訴人が、自ら学んだカイロプラクティック、解剖学、運動学等の知識を織り込んで、学院の授業内容について、文章、写真及び図を不可分一体的に用いることで、その内容を初学者にも分かりやすく説明したものであって、学院の授業内容をそのまま記録したものということはできず、控訴人らの上記主張は、本件書籍1が本件著作物の説明部分を複製したものであるということの妨げになるものではない。
(エ) また、本件書籍1の写真及び図のうち、被控訴人が本件著作物の図を複製したと主張するもの(別紙対比表C)については、いずれも、文章と一体のものとして本件著作物の一部を構成するものであるから、写真及び図が同一のものにならざるを得ないからといって、本件書籍1が本件著作物の説明部分を複製したものであることを否定する根拠とはならないし、本件著作物の説明部分及び本件書籍1において、写真及び図が同一のものにならざるを得ないことを認めるに足りる証拠もない。
(オ) 控訴人らは、本件著作物が学院の授業を翻案して作成されたものであること、その内容が「ほぐし」という技法の解法という技術的性格が強く表現方法が限定されることから、本件書籍1に本件著作物と類似する箇所があるのは当然であり、このことから直ちに、本件書籍1が本件著作物の複製物であるということはできないと主張する。しかしながら、上記のとおり、学院の授業の具体的内容及びこれと本件著作物との異同を証明するに足りる証拠はなく、また、「ほぐし」という技法の解法という技術的性格が強いことから直ちに、その表現方法が本件著作物の説明部分のものに限定されると認めるに足りる証拠もない。
ウ 本件書籍2(甲4)について
(ア) 本件書籍2の73頁の「〈ほぐし〉を行う上での一般的な注意事項」という囲み部分の記載は、注意事項として挙げられている8項目がすべて本件著作物の一般的注意事項に含まれているもので、その順序も同一であること、各事項の表現も本件著作物の一般的注意事項の記載とほとんど同一であることに照らすと、本件著作物の一般的注意事項の部分を複製したものと認められる。
(イ) 本件書籍2の75頁ないし85頁の記載は、ほぐしの類型ごとに、「見出し」、「患者の姿勢」、「効果・ねらい」及び「方法」から成るか、又はこれらに加え図若しくは写真及びその説明から成り、「見出し」ないし「方法」に記載された事項は、それぞれ、本件著作物の説明部分の「見出し」、「患者の姿勢」、「効果・ねらい」及び「方法」に対応している。そして、本件書籍2におけるその表現も、別紙対比表Aのとおり、それぞれ、対応する本件著作物の説明部分とほとんど同一である。写真又は図の説明についても、本件著作物の説明部分の記載とほとんど同一であり、本件書籍2の上記記載は、本件著作物を複製したものと認められる。
 本件書籍2の67頁の「〈ほぐし〉とは」で始まる冒頭の3行の記載は、本件著作物の「ほぐし」の冒頭の記載とほとんど同一の記載であり、その複製物と認められる。
 本件書籍2の図のうち、被控訴人が本件著作物の図の複製物であると主張するもの(別紙対比表C)については、いずれもほぼ同じ図であり、本件著作物の図の複製物と認められる。
(ウ) 控訴人らは、本件書籍1に係る上記イ(ウ)(エ)(オ)と同旨の主張を本件書籍2についても主張するが、上記と同様に、採用することができない。
エ 本件書籍3(甲12)について
(ア) 本件書籍3の116頁「「ほぐし」を行う上での一般的な注意事項」という囲み部分の記載は、注意事項として挙げられている8項目がすべて本件著作物の一般的注意事項に含まれているもので、その順序も同一であること、各事項の表現についても本件著作物の一般的注意事項の記載とほとんど同一であることに照らすと、本件著作物の一般的注意事項の部分の複製物と認められる。
(イ) 本件書籍3の第4章2「日本人に合ったカイロテクニック」の「ほぐし療法@」ないし「ほぐし療法F」(100頁ないし112頁)は、ほぐしの類型ごとに、「見出し」、「効果」、「方法」及び「図の説明」から成り、「見出し」ないし「図の説明」に記載された事項は、それぞれ、本件著作物の説明部分の「見出し」、「効果・ねらい」、「方法」及び「ポイント」に対応している。そして、本件書籍3におけるその表現も、別紙対比表Bのとおり、それぞれ、対応する本件著作物の説明部分とほとんど同一であって、本件著作物の説明部分の複製物と認められる。
(ウ) 控訴人らは、本件書籍1に係る上記イ(ウ)(エ)(オ)と同旨の主張を本件書籍3についても主張するが、上記と同様に、採用することができない。
オ 以上によれば、本件書籍を印刷、出版する行為は、本件書籍の上記部分について、被控訴人が有する本件複製権を侵害するものと認められる。
 また、控訴人学院は、遅くとも、一審判決正本が送達された平成14年4月中旬ころまでには、本件書籍1が本件複製権を侵害する行為によって作成された物であることを知ったから、これを販売、頒布する行為は、本件著作物の複製物の知情頒布行為として本件著作権を侵害する行為とみなされる。控訴人らは、本件訴訟において本件著作権の侵害が争われている以上、判決確定前に一審判決正本の送達により著作権法113条1項2号所定の「情を知って」の要件が充足されるものではないと主張するが、本件書籍1の印刷、出版が本件複製権の侵害に当たるとする一審判決が送達されれば、遅くともそのころまでには、控訴人学院について「情を知って」の要件が充足されたと認められる。
(2) 著作者人格権
ア 上記(1)の事実によれば、本件書籍は本件著作物の一部を改変しているから、本件書籍の出版は、被控訴人の本件同一性保持権を侵害する行為であり、また、証拠(甲2、4、12)によれば、本件書籍において被控訴人の氏名が表示されていないから、本件書籍の出版は、被控訴人の本件氏名表示権を侵害する行為である。
イ 控訴人らは、本件著作物の内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは控訴人学院であり、被控訴人は私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るとした上、本件著作物の公表を前提とする本件著作者人格権は成立しないと主張する。
 しかしながら、仮に、「ほぐし」のノウハウに係る何らかの権利が控訴人学院に帰属しているとしても、著作物の表現についての人格的な利益を保護する著作者人格権とは次元を異にし、本件書籍を出版する行為が本件著作者人格権を侵害しないと解すべき根拠とはならない。また、被控訴人が私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るとの主張が、本件著作権の原著作権の主張であると解しても、そのような原著作権の内容が具体的に主張されていないし、原著作権が控訴人学院に帰属するとしても、本件書籍の発行が本件著作者人格権を侵害しないということはできない。
3 争点(3)(控訴人らの責任の有無)について
(1) 原審における、控訴人学院に対する本件書籍1に係る損害賠償請求並びに控訴人A及び控訴人学院に対する本件書籍2及び本件書籍3に係る損害賠償請求の追加は、従前の請求と請求の基礎を同一とし、著しく訴訟手続を遅滞させるものとは認められないから、その訴えの変更を許した原審の判断に誤りはない。
(2) 本件書籍1について
ア 証拠(甲2、乙6)によれば、本件書籍1は、控訴人学院により発意され、同控訴人の委託により、創作舎が、控訴人学院の従業員から渡された本件著作物に依拠して制作し、控訴人Aを著者として出版されたことが認められる。
 控訴人Aは、控訴人学院の代表者であり、かつ、本件書籍1の著者であるから、本件書籍1の出版により他人の著作権及び著作者人格権を侵害することがないようにすべき注意義務があったというべきである。上記のとおり、本件著作物は、控訴人学院の従業員Eから創作舎に渡され、これに依拠して本件書籍1が制作され、本件書籍1は、上記2(侵害の有無)(1)イ及び(2)のとおり、被控訴人の本件著作権及び本件著作者人格権を侵害するものであったから、控訴人Aは、上記義務に違反した過失があり、上記侵害行為についての責任を負う。また、本件書籍1の出版は、控訴人学院の教本として制作されたものであって、代表者である控訴人Aの上記侵害行為は、控訴人学院の職務を行うにつきされたものであり、控訴人学院の法人としての侵害行為でもある。
 したがって、控訴人学院及び控訴人Aは、いずれも本件書籍1による本件著作権及び本件著作者人格権の侵害について責任を負う。
イ 控訴人Aは、本件書籍1の出版当時、本件著作物の存在を知らず、本件書籍1がこれに依拠したことも知らなかったし、本件書籍1の著者でもないから、本件書籍1の制作等について過失はないと主張するが、上記のとおり、控訴人Aが控訴人学院の代表者であり、かつ、本件書籍1の著者であるから、本件書籍1の出版により他人の著作権及び著作者人格権を侵害することがないようにすべき注意義務があり、仮に、本件著作物の存在を知らなかったとしても、過失による責任を免れることはできない。また、本件書籍1は、控訴人Aが代表者を務める控訴人学院の教本として制作され、控訴人Aが著者として記載され、書籍中には、控訴人Aが技法を示す写真が多数掲載されているのであって(甲2)、これらの事情に照らすと、控訴人Aが本件書籍1の著者であると認めることができる。
(3) 本件書籍2について
ア 証拠(甲4、乙6)によれば、本件書籍2は、控訴人学院により発意され、同控訴人の委託により、創作舎が、控訴人学院の従業員から渡された本件著作物に依拠して制作し、控訴人師会を編者として出版されたことが認められる。
 控訴人Aは、控訴人学院の代表者であると同時に控訴人師会の代表者でもあるから、本件書籍2の出版について他人の著作権や著作者人格権の侵害行為がないようにすべき注意義務があったというべきである。上記のとおり、本件著作物が、控訴人学院の従業員から創作舎に渡されて、これに依拠して本件書籍2が制作され、本件書籍2は、上記2(1)ウ及び(2)のとおり、被控訴人の本件複製権及び本件著作者人格権を侵害するものであって、控訴人Aは、上記義務を果たさなかった過失があり、上記侵害行為の責任を負う。また、控訴人師会は本件書籍2の編者であるから、代表者である控訴人Aの上記侵害行為は、控訴人師会の職務を行うにつきされたものとして、控訴人師会の法人としての侵害行為であるとともに、本件書籍2が、村上式〈ほぐし〉が高い治癒効果をもち、控訴人学院においてその技能を習得することが独立開業に有利であることを強調し、控訴人学院の教育カリキュラム、学生募集要項の紹介をする内容であることなどに照らすと、本件書籍2の発行は、控訴人学院の業務の一環であると認められ、控訴人Aの上記侵害行為は、控訴人学院の職務を行うについてされたものとして、控訴人学院の法人としての侵害行為であるというべきである。
 したがって、控訴人A、控訴人学院及び控訴人師会は、いずれも本件書籍2による著作権及び著作者人格権の侵害について責任を負う。
イ 控訴人師会は、控訴人学院の事業を普及し宣伝する活動において控訴人学院と一体を成すものであり、控訴人学院の別名としてその名称がよく用いられることから、本件書籍2の編者とされているとして、その責任を争うが、本件書籍2には、控訴人師会が編者であることが明確に記載されており、編者であることに合理的な疑いを差し挟むに足りる証拠はない。また、控訴人師会の主張によっても、控訴人師会は、控訴人学院の事業を普及し宣伝する活動において控訴人学院と一体を成すものであるというのであるから、控訴人師会が控訴人学院とともに本件書籍2を出版したということになり、いずれにせよ、控訴人師会の職務を行うにつきされたものとして、控訴人Aの上記侵害行為が控訴人師会の法人としての侵害行為であることを否定することはできない。
 控訴人Aは、本件書籍1と同様、本件書籍2の制作についても責任を負わないと主張するが、本件書籍1と同様、採用することができない。
(4) 本件書籍3について
ア 証拠(甲12、19、20、乙4、7、原審証人F、同D)によれば、本件書籍3は、控訴人Aが経営する学校法人村上学園日本健康ビジネス専門学校の院長であるFが、週刊住宅新聞社の「なる本」シリーズにおいてカイロプラクティックを紹介する企画を同社にもちかけ、控訴人学院の学院長であったCが控訴人師会の会員4名に執筆させ、控訴人師会を著者として出版したが、上記執筆者4名中2名は控訴人学院の講師であったこと、上記2(侵害の有無)(1)エ認定の本件著作物を複製した部分(第4章2)は、週刊住宅新聞社の社員であったDが、Fから渡された本件書籍2に依拠して記載したこと、Dは、上記複製部分が記載された原稿をFに渡し、同人は、その原稿を上記4名の執筆者に渡して検討させたことが認められる。
 控訴人Aは、上記事実関係の下で本件書籍3の著者となった控訴人師会の代表者であったから、本件書籍3について著作権や著作者人格権の侵害行為がないようにすべき注意義務があったものということができる。特に、甲12によれば、本件書籍3が発行された平成12年11月9日当時、既に本件訴訟が提起されており、被控訴人から、本件書籍2は本件著作物の複製物であるとの主張がされていたから、控訴人Aが、本件書籍3の出版に当たり、本件著作権及び本件著作者人格権を侵害することのないよう、慎重に調査検討すべきであったことは当然である。本件書籍3は、上記2(侵害の有無)(1)エ及び(2)のとおり、被控訴人の本件複製権及び本件著作者人格権を侵害するものであって、控訴人Aは、上記義務を果たさなかった過失があり、上記侵害行為の責任を負い、また、控訴人師会は本件書籍3の著者であるから、代表者である控訴人Aの上記侵害行為は、控訴人師会の職務を行うにつきされたものとして、控訴人師会の権利能力のない社団としての侵害行為でもある。
 上記認定のとおり、本件書籍3の企画は、控訴人Aが経営する学校法人村上学園日本健康ビジネス専門学校の院長であるFが出版社にもちかけ、控訴人学院の学院長であったCが控訴人師会の会員4名に執筆させ、執筆者4名中2名は控訴人学院の講師であったこと、本件書籍3は、全体を通じ、カイロプラクティックが高い治癒効果をもち、その技能を習得することが独立開業に有利であることを強調し、第3章では、控訴人学院がカイロプラクティックを学ぶ学校として優秀であることを始め、控訴人学院の教育カリキュラム、入学手続等、控訴人学院の内容を詳細に紹介していることなどに照らすと、本件書籍3の発行は、控訴人学院の宣伝という業務の一環であると認められ、控訴人Aの上記侵害行為は、控訴人学院の職務を行うにつきされたものとして、控訴人学院の法人としての侵害行為であるというべきである。
イ 控訴人師会は、本件書籍3がFの著作に係るものであり、控訴人師会は名称の使用を許したにすぎないと主張するが、本件書籍2と同様、その責任を否定することはできない。
 控訴人Aは、本件書籍3の具体的な内容を知らず、本件書籍2が参考とされることも知らなかったから、本件書籍1及び本件書籍2と同様、その出版等について責任を負わないと主張するが、本件書籍1及び本件書籍2と同様、その責任を否定することはできない。特に、上記のとおり、本件書籍3は、本件書籍1及び本件書籍2が本件著作権及び本件著作者人格権を侵害するとして本件訴訟が提起された後に発行されたものであるから、控訴人Aが本件書籍3の内容を知らなかったとか、本件書籍2が参考とされることを知らなかったというのは不自然である。
 控訴人学院は、組織的に本件書籍3を作成したり、控訴人学院の従業員が事業の執行として本件書籍3を作成した事実はないと主張するが、本件書籍3の発行は、本件書籍2と同様、その内容等に照らし、控訴人学院の宣伝という業務の一環であると認められ、控訴人Aの上記侵害行為は、控訴人学院の職務を行うにつきされたものとして、控訴人学院の法人としての侵害行為というべきである。したがって、被控訴人がした、控訴人学院の使用者責任の請求を追加することの許否について判断するまでもなく、控訴人学院は、本件書籍3に係る上記侵害行為について責任を免れない。
4 争点(4)(権利の濫用)について
(1) 控訴人らは、本件著作物が学院の授業内容の記録の域を出るものではないとか、被控訴人が学院の授業を受けたことにその成立のほとんどを依存するものであると主張するが、本件著作物が創作性を有することは、上記1(創作性)のとおりであるし、本件著作物が学院の授業に依拠するとの主張については、学院の具体的授業内容及びそれと本件著作物との異同について主張立証を欠く本件において、採用することはできない。本件著作物の内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは控訴人学院であるという控訴人らの主張については、上記2(侵害の有無)(2)イのとおり、著作物の表現を保護する著作権及び著作者人格権とは次元を異にし、被控訴人が私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るとの主張も、同様に、その法的根拠を欠く。
(2) したがって、控訴人らが、被控訴人の本件請求について主張する事情は、いずれも、本件著作権及び本件著作者人格権に基づく請求が権利の濫用に当たることを基礎付けるものではなく、その主張は失当である。
5 争点(5)(損害額)について
(1) 財産的損害
ア 本件書籍1
(ア) 著作権法114条1項による損害
 被控訴人は、本件において、著作権法114条1項により、控訴人学院が本件書籍1の販売により得た利益を被控訴人の被った損害と推定すべきであると主張する。しかしながら、損害の認定に係る同項の規定は、推定規定であって、著作権者がそのような推定により認定された損害額と同額の利益を得ることができない事情が主張立証されたときは、上記推定は破られると解するほかはない。
 本件において、証拠(原審における被控訴人本人)によれば、被控訴人は、本件著作物の利用行為としては、知人にコピーを配布しその実費を受け取っただけであることが認められ、控訴人らによる本件書籍1の出版等がされなかったとしても、その間に、本件著作物を利用して利益を得ることはなかったと推認されるから、上記規定による推定は破られるといわざるを得ない。したがって、本件書籍1の販売によって控訴人らが得た利益をもって、被控訴人の損害と推定することはできない。
 被控訴人は、特許法などの工業所有権法と著作権法との立法目的や保護法益の相違からすると、著作権侵害の場合は、特許権侵害などと異なり、権利者が自ら当該著作物の出版、販売等を行っていなくても、侵害者の得た利益を著作権者の損害と推定することができると解すべきであると主張する。しかしながら、工業所有権法と著作権法が立法目的及び保護法益を異にするとしても、特許法102条2項など、工業所有権の侵害行為により侵害者の得た利益の額を権利者が被った損害の額と推定する規定は、権利者が侵害行為と損害との因果関係を立証することが一般に困難であることにかんがみ、その立証責任を転換して権利者の保護を厚くする趣旨のものであるという点で、著作権法114条1項と異なるところはない。したがって、工業所有権と著作権の相違をいう被控訴人の主張は、採用することができない。
(イ) 著作権法114条2項による損害
 著作権法114条2項は、著作権者が著作権侵害行為によりその利用料相当額の損害を被ったとみなす規定であるから、被控訴人は、その額を自己の被った損害の額であると主張することができる。
 本件書籍1が1000部発行され、販売価格が1冊1万円であることは、当事者間に争いがない。 控訴人らは、本件書籍1が学院の授業のテキストであり、1万円の販売価格には授業料が包含されているとして、本件書籍1の相当販売価格が制作原価である1冊1800円の2倍に当たる3600円が上限であると主張する。しかしながら、甲14の1、2によれば、控訴人学院は、学生から、入学金、授業料等の支払を受け、これらとは別に教材として本件書籍1を購入しており、また、制作原価の2倍が販売相当価格であるという根拠も明らかではないから、本件書籍1が現実に販売された価格である1万円をもって、本件書籍1の販売価格というべきである。
 甲2によれば、本件書籍1の本文部分は106頁であり、19頁ないし20頁にかけて記載されている約1頁にわたる「ほぐし」の一般的な注意事項についての記載、43頁ないし103頁の「第3章〈ほぐし〉基本操作」のうち、「第3章〈ほぐし〉基本操作」とのみ記載された43頁を除き、44頁以降の60頁中、22頁が文章、38頁が写真及び図であり、上記2のとおり、これら文章のほとんどが本件著作物の複製物であることが認められる。本件著作物の複製部分が本件書籍1中に占める寄与度は、本文頁数に対する上記複製部分頁数の割合である21%と推認され、この認定を左右するに足りる証拠はない。被控訴人は、本件書籍1はカイロプラクティックのテキストであり、侵害部分がカイロプラクティックの具体的な技術内容に関するものとして極めて重要な位置を占めていることなどから、侵害部分の寄与度を全体の頁数と侵害部分の頁数の割合で按分すべきではないと主張する。しかしながら、侵害部分以外の文章部分もカイロプラクティックの技術内容に関するものであり、写真及び図の部分も、その理解を容易にするものとして相応の重要性を有するから、上記認定に係る割合を上回る寄与度を認定するに足りる証拠はない。他方、控訴人らは、本件書籍1中の侵害部分を行数で計算すると8.04頁分にすぎないと主張するが、上記1のとおり、本件著作物は、ほぐしの類型の整理分類、名称、体の動作等の文章化、図面及び写真が一体不可分のものとして創作性を有し、したがって、ほぐしの類型については、類型ごとにまとまった思想が表現されているのであるから、侵害部分を行数で計算すべきであるということはできない。
 被控訴人は、本件複製権侵害に係る損害賠償請求の予備的請求の原因として、本件著作物の利用料相当額の損害を主張するが、この趣旨は、現行著作権法114条2項所定の「著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を「自己が受けた損害の額」として主張するものと解される。ところで、著作権法114条2項は、平成13年1月1日に施行された平成12年法律第56号(以下「改正法」という。)により、従前の「通常受けるべき金銭」の「通常」の文言が削られており、また、改正法施行前に行われた侵害行為についても改正法による規定が適用されるべきことは、改正法附則の文言上明らかである。改正法が上記「通常」の文言を削除した趣旨については、改正前の著作権法114条2項所定の「通常受けるべき金銭」を算定するに当たって既存の利用許諾契約における利用料率が参酌されたことに起因する問題点、すなわち、侵害者が適法に利用許諾を受けた者と同額を賠償すれば足りるという、いわゆる「侵害し得」の結果を生ずることを回避するため、「通常」の文言を削ることにより、当該事案の具体的事情を考慮した適正な利用料が認定されることを図ったものと解される(本段落につき、東京高裁平成14年9月6日判決・判例時報1794号3頁参照)。著作権利用許諾契約における一般的な利用料率がおおむね10%程度であることは、当裁判所に顕著な事実であり、また、著作権侵害訴訟における損害額の算定においては、上記契約により合意される利用料率より高率の利用料率に基づく金銭の額を認定しなければ、適法に著作権利用許諾を受けた者と違法に著作権を侵害した者との間に上記「侵害し得」の結果を生ずるから、これを回避することを目的とする改正法の趣旨に本件事案の諸般の事情を総合考慮すると、本件における被控訴人の「受けるべき金銭の額に相当する額」は、本件書籍1の販売価格に上記寄与度及び利用料率15%を乗じた額と認めるのが相当である。控訴人らは、本件著作物の内容が被控訴人独自のものではなく、既存の「ほぐし」のテクニックをマニュアルの体裁に整えたにすぎないとして、その創作性の幅は狭く利用料率は1%が上限であると主張するが、控訴人らは、学院における授業内容を始めとする、本件著作物に先行する同種著作物の内容について何ら具体的に主張立証をしていないのであって、本件著作物の創作性の幅が狭いと認めることはできない。
(ウ) 損害額
 そうすると、本件書籍1については、販売価格である1冊1万円に発行部数1000部を乗じた金額に、寄与度21%及び利用料率15%を乗じた額である31万5000円が、被控訴人の被った損害の額と認められる。
イ 本件書籍2
(ア) 証拠(乙2−1、2、乙3、8)によれば、本件書籍2は3000部発行されたことが認められ、本件書籍2の販売価格が1冊1200円であることは当事者間に争いがない。上記2(侵害の有無)認定の事実に甲4を総合すると、本件書籍2は本文部分が189頁であるところ、本件著作物の複製部分は合計13頁であると認められるから、複製部分の寄与度は6%と推認され、これに上記認定の本件著作物の利用料率15%を乗じた額である3万2400円が本件書籍2に係る損害額と認められる。
(イ) 控訴人らは、本件書籍1について上記ア(イ)のとおり主張するのと同様、本件書籍2についても、寄与度を侵害部分の行数の割合によって認定すべきであるとか、本件著作物の創作性の幅が狭いことから利用料率は低率であると主張するが、上記ア(イ)と同様、採用することができない。
ウ 本件書籍3
(ア) 本件書籍3が5000部発行され、販売価格が1冊1300円であることは当事者間に争いがない。また、上記2(侵害の有無)認定の事実に甲12を総合すると、本件書籍3の本文部分は184頁であるところ、本件著作物の複製物が記載されている部分は11頁であり、その11頁中の1頁は、ほぼ全体が本件著作物の複製であるが、他の10頁は、その囲みの部分又は図の説明のみが本件著作物の複製であると認められるから、上記10頁の寄与度を半分の5頁分と評価し、合計6頁分が本件著作物の複製であるとして、複製部分の寄与度を3%と推認し、これに上記認定の本件著作物の利用料率15%を乗じた額である2万9250円をもって本件書籍3に係る損害額と認めるのが相当である。
(イ) 控訴人らは、本件書籍3についても、本件書籍1の上記ア(イ)と同旨の主張をするが、同様に、採用することができない。
(2) 慰謝料
ア 著作権
 被控訴人は、控訴人らによる本件著作権の侵害行為により、精神的苦痛を被ったと認められるが、財産権の侵害により被った精神的苦痛については、一般に、損害の回復により慰謝されるのであって、損害の回復によってもなお慰謝されない精神的苦痛が生じた場合において、慰謝料を請求することができるというべきである。本件において、被控訴人が、著作権侵害に基づく慰謝料の請求を認めるべき精神的苦痛を被ったことまでを認めるに足りる証拠はない。
 被控訴人は、控訴人らによる本件著作物の複製が被控訴人に全く無断で行われたこと、本件書籍3に係る侵害行為が本件訴訟提起の後にされたことを主張するが、著作権侵害行為は、利用許諾契約の成否に争いがあるような例外的場合を除き、無断で行われるのが通例であるし、本件書籍3に係る侵害行為が本件訴訟提起の後にされたことは、本件書籍3に係る著作者人格権侵害に基づく慰謝料の算定において考慮すれば足りるから、被控訴人の主張は、採用することができない。
イ 著作者人格権
 被控訴人は、控訴人らによる本件著作者人格権の侵害行為により、精神的苦痛を被ったが、上記2認定の侵害態様に照らすと、その慰謝料の額は、本件書籍1について30万円、本件書籍2について20万円が相当である。本件書籍3については、本件訴訟提起後に侵害行為が行われている点で悪質であるが、他方、本件著作物を利用した割合が小さいので、これらを総合考慮すると、その慰謝料の額は、20万円が相当である。
 控訴人らは、本件著作物が学院の授業内容に依拠しており私的利用の範囲でのみ利用が許されるなどと主張するが、この主張が採用し得ないことは、上記2(侵害の有無)(2)イのとおりであり、これらの事情を慰謝料額の認定に当たり参酌すべき理由もない。
(3) 弁護士費用
 被控訴人は、本件の解決を被控訴人代理人に依頼し、弁護士費用相当額の損害を被ったところ、その額は、本件書籍2及び本件書籍3について各4万円が相当である。本件書籍1については、その損害額が本件書籍2及び本件書籍3に係るものより高額であることに加え、その差止請求が認容されることを考慮すると、27万円が相当である。
(4) 一部弁済
ア 被控訴人が、平成14年12月11日、本件和解の席上、創作舎から25万円の弁済を受け、これを本件書籍1に係る損害賠償債務に充当したことは、当事者間に争いがない。
イ 本件書籍1に係る被控訴人の損害額は、本件著作権侵害によるものが31万5000円、本件著作者人格権侵害によるものが30万円、弁護士費用が27万円、合計88万5000円であり、その遅延損害金は、被控訴人主張の平成12年7月29日から発生する。創作舎による一部弁済がされたのは平成14年12月11日であり、その間に866日が経過し10万4987円の遅延損害金が発生したから、創作舎によって弁済された25万円中、上記遅延損害金に充当される金額を控除した14万5013円が元金に充当され、残元金は73万9987円となる。
6 争点(6)(差止めの必要性)について
 控訴人学院は、現在、本件書籍1を販売していないとして、その印刷等の差止請求が必要性を欠くと主張するが、仮に、販売が中止されたとしても、上記のとおり、控訴人学院が本件著作権及び本件著作者人格権を侵害する本件書籍1を印刷、出版、販売及び頒布した事実があり、本件判決確定後、本件書籍1の印刷等の侵害行為を再開することが困難になっていると認めるべき事情もうかがわれないから、差止めの必要性が失われたということはできない。
7 以上のとおり、被控訴人の請求は、控訴人学院に対する本件書籍1の印刷等の差止請求について理由があり、控訴人らに対する本件著作権及び本件著作者人格権の侵害に基づく損害賠償請求については、主文第2ないし第4項掲記の限度で理由があり、これらを認容すべきであるが、その余の請求は理由がないから、棄却を免れない。
 よって、控訴及び附帯控訴に基づき、以上と異なる原判決主文第2ないし第4項を上記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 岡本岳
 裁判官 長沢幸男
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/