判例全文 line
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【事件名】ネット掲示板の中傷事件(化粧品メーカー)
【年月日】平成15年7月17日
 東京地裁 平成14年(ワ)第8603号 損害賠償等請求事件

判決


主文
1 被告は、原告株式会社ディーエイチシーに対し、金300万円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Aに対し、金100万円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを150分し、その149を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告株式会社ディーエイチシー(以下「原告会社」という。)に対し、金5億円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Aに対し、金1億円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告会社に対し、「2ちゃんねる」と題するインターネット上のホームページ(アドレス http://www.2ch.net/ 以下「本件ホームページ」という。)における別紙4発言目録4記載の発言と同一の発言を削除せよ。
4 被告は、原告Aに対し、本件ホームページにおける別紙3発言目録3記載の発言と同一の発言を削除せよ。
第2 事案の概要
 本件は、化粧品製造販売会社及びその代表取締役である原告らが、被告の管理運営するインターネット上の電子掲示板である本件ホームページにおいて、その社会的評価を低下させる内容の発言が書き込まれたにもかかわらず、被告においてそれらの発言を削除することなく、これらを放置したことにより名誉や信用を毀損されたと主張して、被告に対し、民法709条及び710条に基づき、それぞれ損害賠償金(原告会社につき金5億円、原告Aにつき金1億円)及びこれに対する不法行為の日の後である平成14年5月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、民法723条又は人格権としての名誉権に基づき、本件ホームページ上の発言の削除を求める事案である。
1 前提となる事実
(証拠等を掲記した事実以外は争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告会社は、化粧品の輸出入及び製造販売等を目的とする株式会社であり、原告Aは、原告会社の創業者であって、現在も代表取締役を務めている。(弁論の全趣旨)
イ 被告は、インターネット上で閲覧及び書込みが可能な電子掲示板である本件ホームページを開設し、これを管理運営する者である。
(2) 本件ホームページの概要
ア 本件ホームページは、多数の項目に分類された電子掲示板を包含し、各掲示板が多数の「スレッド」から構成される構造になっており、これにアクセスしようとする者(以下「利用者」という。)は各スレッドの中に発言を書き込むことができ、これらの発言は「レス」と呼ばれている。(甲第61号証、乙第2号証、弁論の全趣旨)
イ 本件ホームページの利用者は、何人でも使用料を支払うことなくこれにアクセスすることができ、各掲示板を閲覧し、また、任意にその表明したい事柄(以下「発言」という。)を書き込むことができるが、メールアドレス等の利用者個人を識別するに足りる情報を本件ホームページ上に書き込んだり、登録したりすることは要求されていない。
 なお、本件ホームページには、平成13年8月現在で、1日当たり約80万件の書込みがあった。(甲第63号証、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、平成13年当時、本件ホームページの利用者に対し、新規スレッドを立てる場合に一時的にIPアドレスを記録する等の場合を除きIPアドレスを保存しない旨を表明し、かつ、本件で問題とされる別紙発言目録1ないし4記載の発言についても、一切IPアドレスを保存していない。
エ 本件ホームページには、名誉を毀損する発言等を削除する手続が設けられており、「削除依頼板」と称する掲示板に削除の対象としたい発言をURL、スレッド名及びレス番号により特定して削除を依頼する旨の書込みをすると、被告から選任された「削除人」又は「削除屋」(以下「削除人」という。)と呼ばれるボランティアが被告の制定した「削除ガイドライン」と称する削除基準に抵触するか否かを判断し、これに抵触するものに限って削除することとされていた(以下、この仕組みを「本件削除システム」という。)。(甲第46号証、第61、第62号証、第69ないし第71号証、乙第1、第2号証、被告本人)
(3) 事実経過
ア 平成13年3月12日から同年7月7日までの間、本件ホームページにおける「化粧」との表題の掲示板(以下「本件掲示板」という。)内の「私がDHCを辞めた訳」、「DHCの苦情!」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドにおいて、別紙1発言目録1記載の発言(以下、これらを総称するときは「本件発言1」といい、そのうち各スレッドに係る発言を個別に掲記するときは前記の順に「本件発言1−1」、「本件発言1−2」、「本件発言1−3」という。)が、また、同年3月15日から同年9月28日までの間、本件掲示板内の「私がDHCを辞めた訳」、「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドにおいて、別紙2発言目録2記載の発言(以下、これらを総称するときは「本件発言2」といい、そのうち各スレッドに係る発言を個別に掲記するときは前記の順に「本件発言2−1」、「本件発言2−2」、「本件発言2−3」、「本件発言2−4」という。)がそれぞれ不特定多数の利用者によって書き込まれた。(書込みの時期につき甲第1ないし第4号証、第9ないし第12号証)
イ 原告会社は、同年9月13日付けの通知書をもって、被告に対し、「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」の各スレッド全体を書面到達後1週間以内に削除するように求め、同通知書は、同月14日、被告に到達した。(甲第68号証の1、2)
ウ 原告Aは、被告に対し、本件発言1について、その削除を命ずる仮処分を東京地方裁判所に申し立てたところ(同裁判所平成14年(ヨ)第41号事件)、遅くとも平成14年1月29日までに申立書の副本が被告に送達され、同裁判所は、同年3月14日、その削除を命ずる仮処分決定(以下「本件仮処分決定1」という。)を発し、そのころ、同決定正本が被告に送達された。(申立書副本の送達の時期につき甲第48号証、決定発令の日につき甲第8号証)
 そこで、原告Aが本件仮処分決定1に基づき間接強制の申立てをしたところ(同裁判所同年(ヲ)第80038号事件)、同裁判所は、同年4月12日、支払予告決定を発し、同決定正本は、同月13日、被告に送達された。(決定発令の日につき甲第40号証、決定正本の送達につき甲第42号証)
エ 原告会社は、被告に対し、本件発言2について、その削除を命ずる仮処分を東京地方裁判所に申し立てたところ(同裁判所同年(ヨ)第40号事件)、遅くとも同年1月29日までに申立書の副本が被告に送達され、同裁判所は、同年5月2日、その一部の削除を命ずる旨の仮処分決定(以下「本件仮処分決定2」という。)を発し、そのころ、同決定正本が被告に送達された。(申立書副本の送達の時期につき甲第48号証、決定発令の日につき甲第41号証)
 そこで、原告会社が本件仮処分決定2に基づき同裁判所に対して間接強制の申立てをしたところ(同裁判所同年(ヲ)第80064号事件)、同月29日、同裁判所は支払予告決定を発し、同決定正本は、そのころ、被告に送達された。(決定発令の日につき甲第43号証)
オ 別紙3発言目録3記載の発言(以下「本件発言3」という。)は、本件発言1の一部であるが、平成14年4月19日の時点で、そのうち「私がDHCを辞めた訳」と題するスレッドに係る発言(以下「本件発言3−1」という。)が、同月22日の時点でそのうち「DHCの秘密」と題するスレッドに係る発言(以下「本件発言3−3」という。)がそれぞれ本件ホームページ上に存在していた。(甲第1号証、第3号証)
 また、別紙4発言目録4記載の発言(以下「本件発言4」という。)は、本件発言2の一部であるが、同月19日の時点でそのうち「私がDHCを辞めた訳」と題するスレッドに係る発言(以下「本件発言4−1」という。)が、同月22日の時点で「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドに係る発言(以下、前記の順に「本件発言4−2」、「本件発言4−3」、「本件発言4−4」という。)が、それぞれ本件ホームページ上に存在していた。(甲第1ないし第4号証)
 その後、これらの発言は、同年7月2日までに本件発言4−3を除き存在しなくなったが、本件発言4−3のみは、同月1日の時点においても存在していたところ、平成15年1月21日の時点までには存在しなくなっていた。(甲第9ないし第12号証、弁論の全趣旨)
カ 本件訴訟において、原告らは、当初、前記第1の各請求のほか、本件発言3(原告A関係)及び本件発言4(原告会社関係)の削除を求めていたところ、平成15年1月28日の第6回準備的口頭弁論期日において、それまでの間にこれらの発言が本件掲示板上に存在しなくなったことから、後者の削除請求につき訴えを取り下げた。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 不法行為に基づく損害賠償請求の可否
ア 原告ら
(ア) 名誉又は信用毀損の成否
 本件発言1は、原告Aの人格等を誹謗中傷し、その名誉を毀損する違法な発言であり、本件発言2は、化粧品メーカーとしての原告会社の品位を貶め、取扱商品を誹謗中傷し、その名誉及び信用を毀損する違法な発言である。
(イ) 削除義務の存否
 被告は、本件ホームページの管理運営者として、本件ホームページ上の発言を削除する権限を有する一方、本件ホームページの利用者は、自己の行った書込みを任意に削除することができず、これを削除するか否かは被告の一存に係っている。
 ところで、被告は、本件ホームページ上において、IPアドレスを原則として保存しないことを約束し、本件ホームページが完全に匿名の掲示板であり、本件ホームページに書き込みをした利用者が誰であるかを特定することが困難又は不可能であることを保証したばかりでなく、本件ホームページに係る被告の管理運営についてのメールマガジン(以下「本件メールマガジン」という。)において、違法な発言を煽るような発言をするなどし、本件ホームページのシステム及びその運用において違法な発言を助長していた。
 そして、被告は、実際に本件ホームページ上で違法な発言が行われ、警察が介入し、あるいは裁判所に対して発言の削除を求める仮処分の申立てがされるなどした後も、本件ホームページの運営方法を改善しなかったばかりでなく、その後も、違法な発言を抑制していないのであるから、本件ホームページ上において違法な発言が行われる高度の蓋然性を認識しながら、本件ホームページの運営を継続していたということができる。
 したがって、被告は、これらの先行行為に基づいて、本件ホームページ上において違法な発言が行われないように最大限の注意を払うとともに、これが行われた場合には直ちに発見し、削除その他の適切な方法により被害の発生及び拡大を防止するべき条理上の義務を負っていた。
(ウ) 削除義務違反の有無
 被告は、本件発言1及び2が本件ホームページに書き込まれた時点でこれらを発見し、削除その他の適切な方法により原告らの被害の拡大を防止すべき義務を負っていたところ、何らの防止措置を執ることなく、漫然とこれらの発言を放置していたばかりでなく、これらの発言の存在を認識した後においても、誹謗中傷発言を煽るような行為を行っているのであるから、条理上の被害拡大防止義務に違反し、原告らに対する名誉及び信用毀損について故意又は過失が認められる。
(エ) 損害の発生の有無及びその数額
 原告Aは、本件発言1が本件ホームページ上に放置されたことにより多大な精神的苦痛を受けたが、同原告が社会的によく知られている原告会社の創業者であり、現在もその代表取締役の地位にあること、本件発言1の内容は、原告Aの身体的特徴を中傷したり、原告会社の女性従業員を愛人として扱っているなどとするものであり、極端に揶揄、愚弄、嘲笑、蔑視的な表現を用いていることと相まって、原告Aの人格を深く傷つけるものであること、インターネット上の電子掲示板による名誉毀損は、出版物等によるそれと比較して被害の程度が甚大であること、被告は、これまでにも本件ホームページ上に違法な書込みが行われてきたことを知りながら、本件ホームページを管理運営してきた上、本件発言1が書き込まれた後にその被害拡大を防止するために何ら有効な措置を講じなかっただけでなく、かえって原告Aに対する誹謗中傷発言を煽るような行為をするなどしていること、以上の諸事情を考慮すれば、原告Aの受けた精神的苦痛に対する慰謝料は1億円を下るものではない。
 また、原告会社は、本件発言2が本件ホームページ上に放置されたことにより企業イメージ及び信用を著しく傷つけられ、取扱商品に対する消費者の不安を醸成させるなどの多大な被害を受けたこと、本件発言2による原告会社の信用失墜と売上減を食い止めるため、平成14年3月までに投下した追加販売促進費用17億円の出費を余儀なくされたこと、原告会社の平成13年度(平成13年8月1日から平成14年7月31日まで)の課税所得額が前年比で28億円近く減少したこと、以上の諸事情を考慮すれば、原告会社の名誉及び信用毀損による損害額は5億円を下るものではない。
イ 被告
(ア) 名誉又は信用毀損の成否
 本件ホームページの性質上、利用者は真実を書き込むことを要求されておらず、このことは他の利用者においても了解済みの事項であるから、本件発言1及び2が原告らの名誉又は信用を毀損することはない。
(イ) 削除義務の存否
 本件ホームページ上の発言の真偽が不明の段階で、被告に削除義務があるとすれば、名誉を毀損する発言である内容であるというだけで、本来保護されるべき発言まで含めて削除の対象とせざるを得ず、発言者の表現の自由を実質的に大きく制約することになる。
 次に、裁判所による判断が示されていない段階においては、当該発言が名誉に当たるかどうかの判断を被告が行うことは不可能である。
 また、本件ホームページ上の名誉を毀損する発言等については、本件削除システムにより管理され、その必要のある発言は削除される仕組みになっており、同システムによらない削除の依頼は、作業を混乱させ、公平を害することになるから、これに応じる必要はない。
 そして、被告とホームページの利用者との間においては、本件削除システムによらない削除はしてはならないとの合意が成立しているから、この意味でも、同システムによらない削除の依頼に応じる必要はない。
 さらに、本件ホームページ上で名誉を毀損されたと主張する者は、本件ホームページにその発言を書き込むことにより反論することも可能である。
 加えて、被告に違法な発言を発見する義務がないことは、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダー責任制限法」という。)により明らかである。
 なお、被告は、本件ホームページ上で電話番号など直接的な被害を生じる書込みをした者の記録を取り、警察に通報するなどしているほか、違法な発言をしないように呼びかけを繰り返しており、違法な発言を煽ったことはない。
 したがって、被告は、削除システムによる削除依頼があったものを除き、裁判所による命令がない限り、本件ホームページ上の発言を削除すべき義務を負うものではない。
(ウ) 削除義務違反の有無
 原告会社は、平成14年9月14日付けの書面をもって、本件発言2のうち一部の削除を求めたが、本件削除システムに基づく削除依頼でないから、被告がこれに応じる義務はない。その後、被告は、原告らに対する誹謗中傷発言を煽るなどしたことはなく、本件仮処分決定1及び2の発令後、本件発言1−2、3及び2−2ないし4を削除した。なお、本件発言1−1及び2−1は、サーバーがクラックされたため消失した。
 したがって、被告は、本件発言1及び2について条理上の削除義務に違反していない。
(エ) 損害の発生の有無及びその数額
 原告会社は、平成13年4月ころ、製品の回収騒ぎを起こしており、その信用失墜と売上げ減は、原告会社自身のずさんな管理体制に起因し、本件発言2とは関係がない。
 また、原告らの請求金額は、高額に過ぎ、それ自体が常軌を逸しているものといわざるを得ない。
(2) 削除請求の可否
ア 原告ら
 原告らは、被告の削除義務違反により、その名誉を毀損されているので、民法723条又は人格権としての名誉権に基づき、現に本件ホームページ上に存在する本件発言3及び4と同一の発言の削除を求めることができるというべきである。
イ 被告
 被告には、本件ホームページ上に書き込まれた発言を削除すべき義務はないので、原告らは、被告に対し、その削除を求めることはできない。
第3 当裁判所の判断
1 不法行為に基づく損害賠償請求の可否
(1) 名誉又は信用毀損の成否
 本件発言1は、「私がDHCを辞めた訳」、「DHCの苦情!」又は「DHCの秘密」と各題するスレッドにおいて、おおむねDHC社長の女性に関する性癖や性的な言動を指摘するものであり、1か所を除きその氏名を具体的に記載しているわけではないが、摘示対象が原告会社の代表取締役である原告Aであることは、その表現内容と各スレッド内における配列順により明らかである。そして、この見地から各発言の意味内容を利用者が普通の注意と読み方を基準として解釈すれば、原告Aが家政婦として愛人を募集したこと、原告Aが原告会社の女性従業員と親密な関係になったこと、原告Aが親密な関係にある女性従業員を原告会社の要職等に就けたこと、原告Aが女性タレントと親密な関係にあること、原告Aが原告会社においてセクシャル・ハラスメントに当たる行動をしていること、原告Aが博士号を金銭により取得したこと、原告Aが脅迫的言辞を用いて週刊誌「週刊文春」の取材を止めさせようとしたこと、原告Aが複数の女子高校生と淫行に及んだことなどをそれぞれ摘示したものであると判断される。その上、これらの発言は、「スケベアホオヤジ」(本件発言1−1の番号361)、「エロジジイ」(同378及び379)、「セクハラじじい」(同398)、「キチガイ」(同409)、「害基地」(同409)、「アーパー社長」(同431)、「アホ社長」(同444)及び「エロ社長」(同528)、「ハゲ」(本件発言1−2の番号229、231及び232)、「デブ」(本件発言1−3の番号38及び41)などの侮蔑的な表現が随所に用いられており、前判示の意味内容と相まって、原告Aの社会的評価を低下させるものであったということができる。
 また、本件発言2は、「私がDHCを辞めた訳」、「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」又は「DHCの秘密」と各題するスレッドにおいて、「DHC」との記載により摘示対象が原告会社であることを明示した上(明記していないものについても前後に配列された発言から原告会社についての指摘であることが明らかである。)、おおむね原告会社の取扱商品の欠陥やその社長の女性に関する性癖等について指摘したものである。そして、これらの意味内容を前同様に読み取れば、原告Aが原告会社の女性従業員と親密な関係になったこと、原告Aが原告会社の人事を恣意的に行ったこと、原告会社の取扱商品に欠陥があったこと、原告Aが政治家等を買収して原告会社の不正を隠蔽したこと、原告会社の苦情の対応に問題があったこと、原告会社が従業員の採用を容姿で差別していること、原告会社の注文への対応が不正確であること、原告Aと原告会社の広告に出演している女性タレントが親密な関係にあることなどをそれぞれ摘示したものと判断される。その上、原告会社の取扱商品を使用したことにより身体に障害が生じた事例を具体的に挙げながら当該商品を非難しており、化粧品の製造販売業者である原告会社の信頼を根底から失墜させかねない発言も多く含まれており、原告会社の社会的評価を著しく低下させるものであったということができる。なお、原告Aは原告会社の代表取締役であるから、原告Aの品性に関する摘示が原告会社の社会的評価に影響を及ぼすことはいうまでもなく、しかも原告Aに関する指摘は、主として女性問題や会社経営に関するものであるから、化粧品製造販売を営む原告会社の社会的評価を低下させるものであったとみることができる。
 この点に関し、被告は、本件ホームページの性質上、利用者が発言のすべてを真実であると理解するとは限らないから、原告らの名誉又は信用が毀損されることはないと主張するけれども、本件発言1及び2を閲覧した者がすべてこれを真実でないと認識するとは限らないのであって、その真偽を問わず、原告らの社会的評価(原告会社に対する経済的な側面における評価である信用を含む。)に直接的な影響を及ぼす事柄であることに照らすと、これを採用することはできない。
(2) 削除義務の存否
ア 前判示第2の1の(1)イの事実に加え、証拠(甲第61、第62号証、第69、第70号証、乙第1、第2号証、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件ホームページの管理運営者としてそのシステムを全般にわたり統御していて、本件ホームページ上における削除の最終責任は自己が負う旨を明言しており、発言の削除を実際に担当する削除人を選任するほか、一定の類型の発言については削除人の判断ではなく、自己の裁定に基づいて削除するものとしており、本件ホームページに書き込まれた発言を削除することが可能な立場にあるものと認められ、本件ホームページ上に他人の名誉や信用を毀損するような発言が書き込まれた場合には、これを削除することによって、他の利用者の目に触れないようにして、完全ではないものの、被害の拡大を防ぐことができる立場にあったということができる。
イ 次に、証拠(乙第1号証、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件削除システムによらない削除の申入れを一切受けつけておらず、本件ホームページ上で名誉や信用を毀損する発言の対象となった者は、その発言を自ら削除することはできず、本件削除システムに基づいて削除依頼をした上で、削除人の行動を待つほかないことが認められる。
 そして、前判示第2の1の(2)エのとおり、本件削除システムにおいては、削除ガイドラインに抵触するか否かの判断をまず削除人が行うものとされているところ、これらの者の資質や判断能力については何ら定められていないのであり、削除の要否を的確に判断し得ることが制度的に担保されていない上、削除の要否の判断が独自の基準によるものであるから、他人の社会的評価を低下させるなどの有害な内容を含む発言であっても、削除の対象にならないこともあるという根本的な問題点が存し、かつ、削除依頼板への書込みが要求される結果、インターネットの取扱いに習熟していない者の救済に支障を来すおそれがあったということができる。
ウ ところで、証拠(甲第62号証)及び弁論の全趣旨によれば、削除ガイドラインは、個人に関する発言については、対象となる個人を「一群 政治家・芸能人・プロ活動をしている人物・有罪判決の出た犯罪者」、「二類 板の趣旨に関係する職業で責任問題の発生する人物 著作物or創作物or活動を販売または提供して対価を得ている人物 外部になんらかの被害を与えた事象の当事者」、「三種 上記2つに当てはまらない全ての人物」の3類型に分類した上、「個人名・住所・所属」という人の特定に関する書込みは、一群については、公開されているものや情報価値があるもの等は削除せず、かつ、削除の可否は管理人が判断するものとし、二群については、外部から確認できず、責任や事象に無関係な情報は削除対象とするが、公開された情報等は削除せず、三種については、公益性がなく、誹謗中傷されている個人の特定が目的であるなどの場合は削除対象になるとし、そのうち誹謗中傷に関する書込みは、一群については、管理人の裁定がない限り削除せず、二類については、公益性があり、板の趣旨に則した事象とか、直接の関係者や被害者による事実関係の記述等が含まれたものは削除せず、三種については、個人を特定する情報を伴っているものはすべて削除対象とする旨定めており、また、法人に関する発言は、社会や出来事に係る掲示板においては、批判・誹謗中傷やインターネット内で公開されている情報、インターネット外の情報ソースが不明確なものはすべて放置するものとして、その他の掲示板内においては、掲示板の趣旨に関係があり、客観的な問題提起があるとか、公益性のある情報を含み、その法人や企業が外部に何らかの影響を与える事件に関係しているなどの場合は放置するものと定めていることが認められる。
 これによれば、個人に関する発言については、取扱区分となる人の類型や削除の対象となる事項の分類が不明確である上、一部の発言の削除の可否の判断は被告の裁定に委ねられるなど削除の範囲があいまいであるため、削除の範囲が一定しないおそれがあり、また、法人に関する発言については、削除の対象となる範囲が狭きに失するため、実効的な救済ができないこともあり得るのであって、削除ガイドラインの基準としての有用性自体に甚だ問題があるといわなければならない。
エ そこで、以上に検討した諸点にかんがみ、被告が本件ホームページ上の発言により名誉や信用を毀損された者に対する関係において、当該発言を削除すべき作為義務を負うか否かを検討する。
 前判示第2の1の(2)ウ及びエの事実によれば、本件ホームページ上に書き込まれた発言により名誉や信用を毀損された者は、本件ホームページを閲覧しても、発言者に関する情報を得ることができず、被告に問い合わせても、IPアドレス等の接続情報が保存されていないため、これを入手できないことから、当該発言を書き込んだ者を特定することができず、事実上、その者に対する責任追及の途が閉ざされることにならざるを得ない。そして、その反面、本件ホームページの利用者は、当該発言を書き込んだ者が誰であるかを他人に探知されるおそれを抱くことなく、自由に発言をすることができる利点があり、これが行き過ぎると、他人の名誉や信用を毀損するなどの違法な発言に対する心理的抵抗感が鈍磨し、これを誘発ないし助長することになることは容易に推測できるところである。
 そして、本件ホームページ上に前判示の違法な発言が書き込まれた場合、インターネットが持つ情報伝達の容易性、即時性及び大量性という特徴を反映し、このような発言が一瞬にして極めて広範囲の人々が知り得る状態に置かれることになり、その対象になった者の被害は甚大なものとならざるを得ず、また、時間が経つほど被害が拡大し、被害の回復も困難になる傾向があるところ、前判示アないしウのとおり、本件ホームページには有効適切な救済手段が設けられていないのであるから、本件ホームページ上の発言により被害を受けた者の被害拡大の抑止は、被告による削除権限の行使の有無に係っているといってもよい。
 そうすると、本件ホームページを管理運営することにより名誉や信用を毀損するなどの違法な発言が行われやすい情報環境を提供している被告は、本件ホームページに書き込まれた発言により社会的評価が低下するという被害を受けた者に対し、条理に基づき被害の拡大を阻止するための有効適切な救済手段として、当該発言を削除すべき義務を負う場合があるというべきである。
 もっとも、前判示第2の1(2)イのとおり、本件ホームページ上の発言の数は膨大であるから、被告がこれらの発言を逐一監視して違法な発言を直ちに削除することは事実上不可能である。
 したがって、被告は、本件ホームページにおいて他人の名誉や信用を毀損する発言が書き込まれたことを知り、又は、知り得た場合には、直ちに当該発言を削除すべき条理上の義務を負っているものというべきである。
オ なお、被告が指摘するように、書き込まれた内容が真偽不明の段階で名誉等を毀損する発言について被告に削除義務を課すことは発言者の表現の自由を実質的に大きく制約することになりかねないと考えられないではないが、これらの発言によって被害を受けた者といえども、当該発言をした者に対して直接的に責任の追及を行うことが事実上できないことから、本件ホームページの管理人である被告に対してその削除を求めることしか実効的な救済手段がなく、削除義務を認める必要性が高いと考えられる一方、当該発言をした者は、削除の対象になることを予見することができる立場にありながら、あえて本件ホームページ上に当該発言を書き込んだものであるといえるから、これが削除されることになったとしても、予測可能なの範囲内にあり、当該発言者の表現の自由を不当に制約することにはならないとと解することができる。
 被告は、裁判所の命令が発せられていない段階においては、当該発言が名誉又は信用の毀損に当たるかどうかを判断することは困難であると指摘するけれども、人の社会的評価を低下させるかどうかは一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従って判断すべきものであり、人の名誉や信用に関する情報を社会的に伝播させる媒体に関与する者は常にその判断をすべきことが求められるのであって、被告についても、本件ホームページに書き込まれた発言の意味内容を認識し又は認識し得る状態にあれば、その普通の注意と読み方を基準として判断することができると考えられる。
 また、被告が指摘するように本件ホームページに書き込まれた発言によって名誉や信用を毀損されたと主張する者は本件ホームページ上で反論することも不可能ではないけれども、他方、証拠(甲第1ないし第4号証、第9ないし第12号証)によれば、「私がDHCを辞めた訳」、「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドにおける発言は、そのほとんどが原告らを社会的に陥れるような内容であって、不特定多数の利用者が原告らを一方的に攻撃する状況にあったと認められるから、そもそも原告らと対等に議論を交わす前提自体が欠けており、原告らによる反論がその社会的評価の低下を防止するような作用を働かせる状況にあったとは認め難く、原告らに法的救済を拒絶してまで本件ホームページ上における反論を求めることに妥当性はないというべきである。
(3) 削除義務違反の有無
ア 前判示第2の1の(3)の各事実に加え、証拠(甲第48号証、被告本人及び弁論の全趣旨)によれば、被告は、平成13年9月14日ころ、「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドが本件ホームページ上に存在することを確認したものの、直ちにこれらのスレッドの中の個々の発言を具体的に確認してはいなかったこと、ところが、遅くとも平成14年1月29日までに本件発言1及び2の内容を具体的に特定し、これらの削除を求めた原告らの仮処分申立書の副本の送達を受け、かつ、これらを本件メールマガジン上に掲載したこと、以上の事実が認められるのであって、遅くともこのときまでに本件発言1及び2がされたことを知り得たということができ、これらの発言の削除義務を負うに至ったということができる。
イ ところが、前判示第2の1の(3)オのとおり、被告は、平成14年4月19日の時点で本件発言3−1及び4−1を削除していなかったこと、同年4月22日の時点で本件発言3−3及び4−2ないし4を削除していなかったこと、さらに、同年7月1日の時点で本件発言4−3を削除していなかったこと、以上の事実関係が認められ、これらによれば、被告は、削除義務を負うに至ってから2か月半(一部の発言については5か月)もの長きにわたり、これらの発言を削除せず、放置していたことになる。
 そうすると、被告が、削除義務を履行したということはできず、原告らに対する不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。
ウ なお、プロバイダー責任制限法との関係で、削除義務違反の有無について検討してみるに、同法3条1項は、インターネット上の電子掲示板の情報の流通により他人の権利が侵害された場合、プロバイダー等が当該情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき、又は、そのような情報の流通を知っている場合であって、これによる他人の権利侵害を知ることができたと認めるに足りる相当な理由があるときでなければ、賠償の責めに任じない旨規定しているのであるが、本件のようにあるスレッドに他人の名誉や信用を毀損する多数の発言が書き込まれているような場合においては、その中の個々の発言を具体的に認識するまでの必要はなく、当該スレッド内に前判示のような危険性を有する発言が存在しているとの認識があれば、他人の権利を侵害するような性質の情報が流通しているとの認識があったといって差し支えない。そして、本件においては、被告にこのような意味での認識があったことは前に判示したとおりである。
(4) 損害の発生の有無及びその数額
ア 原告A
 前判示第2の1の(1)アの事実に加え、証拠(甲第83号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、著名な化粧品製造販売業者である原告会社の創業者で代表取締役を務めており、かつ、その事業経営者としての姿を広く認識され、社会的にも著名な人物であったと認めることができるところ、本件発言3の内容は、前判示(1)のとおり、原告Aの社会的評価を低下させるものであったということができる。そして、本件ホームページは、インターネット上の電子掲示板それ自体が有する情報伝達の容易性、即時性及び大量性を反映し、名誉を毀損する発言が一瞬にして極めて広範囲の人々が知り得る状況に置かれたものであるところ、前判示のとおり、本件においては、書き込まれた発言の数が多く、閲覧者も相当な数に上ると推測されること、本件発言3が長期間にわたって放置され、不特定多数の者が閲覧することができる状態が継続していたことを考慮すると、本件発言3が放置されたことによる原告Aの社会的評価の低下の程度は小さいものではないというべきである。
 以上の諸事情を総合して考慮すると、本件発言3によって原告Aが受けた名誉毀損による被害は100万円の慰謝料をもって填補されるべきである。
イ 原告会社
(ア) 前判示第2の1(1)アの事実に加え、証拠(甲第74号証、第79号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、平成13年7月決算期の売上げが約817億円、平成14年7月決算期の売上げが約976億円に及ぶなど全国的な規模の化粧品製造販売業者であることが認められるところ、本件発言4の内容は、前判示(1)のとおり、原告会社の社会的評価(その経済的な側面である信用を含む。)を著しく低下させるものであり、さらに、これらの発言は長期間にわたり放置されていたこと、インターネット上の電子掲示板及び本件ホームページの前判示のような性質を併せ考慮すると、本件発言4が放置されたことによる原告会社の社会的評価の低下の程度は大きいと考えられる。
(イ) なお、証人aは、原告会社は平成14年3月まで追加販売促進費用として17億円を支出したが、少なくとも5億円が本件発言4の放置による損害である旨供述するが、追加販売促進費用は必ずしも企業イメージの回復のみを目的として支出されるものではない上、そのような支出をしたことの客観的な裏付けもないから、これを採用することはできない。
 また、証拠(甲第81及び82号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社の平成12年8月1日から平成13年7月31日までの事業年度の課税所得額は180億5328万0894円であり、平成13年8月1日から平成14年7月31日までの事業年度の課税所得額が152億8152万1958円であることが認められ、平成13年度の課税所得額が前年比で27億7175万8936円減少しているが、これが本件発言4の放置によるものであることを認めるに足りる証拠はない。
 さらに、証拠(甲第5ないし第7号証)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成14年3月ころ、本件仮処分決定2の裁判資料に用いるため、本件ホームページ及び本件メールマガジンを通じ、原告会社の取扱商品に不具合があった事例を募集したことが認められるところ、この募集自体は原告会社に対する名誉又は信用を毀損する発言を誘発する目的でなされたものでない上、これによって原告会社の取扱商品に対する消費者の不安感が醸成されたと認めるに足りる証拠も存しない。
(ウ) 以上の諸事情を総合して考慮すると、本件発言4の放置によって原告会社が受けた名誉及び信用毀損による損害額は300万円をもって相当と認める。
2 削除請求の可否
(1) 人格権としての名誉権に基づく削除請求の可否
 名誉又は信用を違法に侵害された者は、人格権としての名誉権(経済的な評価に係る信用も含む。)に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるが、このことは本件ホームページ上の発言により名誉や信用を毀損された場合にも妥当し、このような発言により名誉や信用を毀損された者は、被告に対し、現に存在する名誉又は信用を毀損する発言の削除を請求できるものというべきである。
 しかしながら、本件においては、そもそもホームページ内に本件発言3及び4と同一の発言が現に存在することを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、現に原告らの名誉や信用が毀損されているということはできないから、原告らは名誉権侵害に基づく削除請求をすることはできない。
(2) 不法行為に基づく名誉回復処分としての削除請求
 前判示(1)のとおり、現に原告らの名誉や信用が毀損されているということはできないから、原告らに不法行為に基づく名誉回復処分として削除請求を認める必要性は存しないというべきである。
3 結論
 以上の次第で、原告会社の被告に対する本訴請求は、損害賠償金300万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告Aの被告に対する本訴請求は、損害賠償金100万円及びこれに対する不法行為の後の日である同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから、これらの部分を認容し、その余は理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文、65条1項本文を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第49部
 裁判長裁判官 齋藤隆
 裁判官 小川直人
 裁判官 鈴木敦士

別紙略
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