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【事件名】「花粉のど飴」商標権事件
【年月日】平成15年6月27日
 東京地裁 平成14年(ワ)第10522号 商標専用使用権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成15年4月22日)

判決
原告 カバヤ食品株式会社
訴訟代理人弁護士 小南明也
補佐人弁理士 秋元輝雄
被告 サクマ製菓株式会社
訴訟代理人弁護士 長谷川健
同 岩佐孝仁
補佐人弁理士 水野勝文


主文
1 被告は、その製造販売するのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付してはならない。
2 被告は、のど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを販売し、販売のために展示してはならない。
3 被告は、のど飴その他のキャンデーの商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付して展示し、頒布してはならない。
4 被告は、その占有するのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装若しくはその商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを廃棄せよ。
5 被告は、原告に対し、50万6291円及びうち50万5636円に対する平成14年5月25日から、655円に対する同月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求を棄却する。
7 訴訟費用は、これを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
8 この判決の第1項ないし第5項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、その製造販売するキャンディー、のど飴又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付してはならない。
2 被告は、キャンディー、のど飴又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを販売し、販売のために展示してはならない。
3 被告は、キャンディー、のど飴等の商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付して展示し、頒布してはならない。
4 被告は、その占有するキャンディー、のど飴又はそれらの包装若しくはその商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを廃棄せよ。
5 被告は、原告に対し、600万円及びこれに対する平成14年5月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、商標権者から登録商標につき当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けた原告が、被告に対し、被告が別紙被告標章目録1ないし3記載の標章(以下、「被告標章1」などといい、これらを併せて「被告標章」と総称する。)をのど飴に付して、これを販売展示等する行為は原告の独占的通常使用権ないし専用使用権を侵害すると主張して、専用使用権に基づき販売展示等の行為の差止め及び商品の廃棄を求めるとともに損害賠償(原告が独占的通常使用権者であった期間の分を含む。)を求めている事案である。
 被告は、これに対して、@ 被告標章は登録商標に類似しない、A 被告標章は商品の効能、用途等を普通に用いられる方法で表示するものであり、商標権の効力は及ばない(商標法26条1項2号)、B 原告が専用使用権の設定を受けるに至った経過等に照らせば、原告の被告に対する権利行使は権利の濫用に当たるなどと主張して、原告の請求を争っている。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 当事者
 原告と被告は、共に菓子の製造販売を主たる目的とする株式会社である。
(2) 原告の権利
ア 登録商標
 訴外株式会社信州蜂蜜本舗(以下「信州蜂蜜本舗」という。)は、下記の商標権を有している(以下これを「本件商標権」といい、この登録商標を「本件登録商標」という。)。
 登録番号 第1650420号
 登録商標 別紙登録商標目録記載のとおり
 出願年月日 昭和55年12月24日
 登録年月日 昭和59年1月26日
 指定商品 第30類 菓子、パン
イ 独占的通常使用権の許諾(甲2)
 原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき、下記の内容で使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)を締結した。
 使用商標 花粉のど飴
 使用商品 キャンディ
 使用地域 日本全国
 使用期間 平成13年12月1日から2年間
 使用権の内容 独占的通常使用権
 対価 年額20万円(ただし、契約締結日から1か月内に2年分40万円を前払いする。)
ウ 専用使用権の設定(甲1の1、3、4)
 原告は、平成14年4月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき、下記の内容の専用使用権設定契約を締結し、同月23日、その登録を受けた。
 地域 日本全国
 期間 平成16年1月26日(本件商標権の存続期間満了日)まで
 内容 指定商品中「のど飴及びその他のキャンデー」
(3) 被告の行為
 被告は、遅くとも平成13年11月ころから、その包装に別紙被告標章目録1、2を付したのど飴(キャンディー。以下「被告商品」という。)の宣伝を開始し、同年12月ころから、被告商品を販売している。
 被告商品のパンフレットには、被告標章1を大書した被告商品の外袋表側の写真と被告標章3が掲載されている。
2 本件の争点
(1) 本件登録商標と被告標章が類似するかどうか。(争点1)
(2) 被告標章は、「商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標」(商標法26条1項2号)に該当するかどうか。(争点2)
(3) 原告が本件登録商標につき専用使用権の設定を受けた経緯などに照らすと、原告の本訴請求は、権利の濫用に当たり許されず、又は、原告が専用使用権の設定を受けたことは信託法11条に違反し無効かどうか。(争点3)
(4) 原告の損害の内容及び額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件登録商標と被告標章の類否)について
【原告の主張】
(1) 本件登録商標
 本件登録商標は、「花粉」という文字(ゴシック体)を縦書きにし、ふりがなの「かふん」を右側に連書してなるものである。
(2) 被告標章の要部
ア 被告標章1は「花粉のど飴」の文字を縦書きにしたもの、被告標章2は「花粉のど飴」の文字を横書きにしたもの、被告標章3は「花粉のど飴2」の文字を横書きにしたものである。
イ 商標法における商標の本質的な機能は、自他商品を識別する機能にあるところ、上記各被告標章のうち、「のど飴」、「のど飴2」の部分は、単に当該商品が「のど飴」であるという商品の属性を示す表示(すなわち普通名称)、あるいは、単なる数字にすぎないため、当該部分に自他商品識別力は全くない。そうすると、上記各被告標章の中で自他商品識別機能を発揮できる部分は、「花粉」の部分にしかないから、被告標章の要部が「花粉」という文字部分にあることは一目瞭然である。
 したがって、被告標章の要部は「花粉」という文字部分である。
ウ この点、被告は、外観上、「花粉」という文字と「のど飴」という文字が同じ大きさ、書体で、等間隔に配列され、「花粉」の部分と「のど飴」の部分が同等の比重を持つと主張するが、要部の認定に際して、文字部分、字体の同一性を根拠にすることはできない。
 また、被告は、「花粉」も「のど飴」も極めて普通に用いられる文字・単語である旨も主張しているが、本件登録商標は、「商品区分:第30類」、「指定商品:菓子、パン」であり、これらにおいて使用される「花粉」の文字は、普通に用いられる文字・単語とはいえない。
(3) 商標の同一又は類似性
ア 本件登録商標の「花粉」も被告標章の要部である「花粉」も字体はゴシック体であり(ただし、被告標章1、2は白抜き)、本件登録商標が縦書きであるのに対して被告標章2、3は横書きであるという違いはあるものの、文字の配列等はほとんど同じである。したがって、外観についてはほぼ同じといえる。
イ 本件登録商標と被告標章の要部とを比較すると、その称呼は同一である。
ウ 「花粉」の観念が生ずる点においても、両者は共通する。
 この点、被告は、被告標章から「花粉症に効くのど飴」、「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずる旨主張するが、失当である。そもそも、花粉症は、鼻炎(くしゃみ、鼻水、鼻づまり)、目の充血などの主たる症状のほか、喉荒れ(喉がいがらっぽい、ひりひりする)などの症状を呈するものであるが、「花粉」という単語を「のど飴」に付し、「花粉のど飴」と表示することで喉荒れ症状緩和の効果を観念できるわけではない。「花粉のど飴」からは、文字どおり、「花粉」の観念しか生じないというべきである。
 仮に、被告が、被告商品を販売する段階で、「花粉症対策用の」などといった意図を有し、それによって本件商標権を侵害しないと判断していたとするならば、それは明らかに製造承認申請を受けていないにもかかわらず、「医薬品としての効能、効果をうたったのど飴」の広告をしたことになるから、薬事法68条に違反したことを自認することになる。
エ 以上アないしウによれば、外観、称呼、観念において、被告標章は本件登録商標と同一、あるいは少なくとも類似している。
【被告の主張】
(1) 被告標章の要部
 被告標章は、「花粉」という文字とこれと同じ大きさ・書体(ゴシック体)の「のど飴」(被告標章3においては「のど飴2」)という文字を一列に配したものであり、「花」、「粉」、「の」、「ど」、「飴」(被告標章3においては、これに加えて「2」)の各文字は等間隔に配列されているものである。
 このように、被告標章は、外観において、「花粉」の部分と「のど飴」の部分が、同等の比重を持つ構成部分であることは明らかであるし、「花粉」も「のど飴」も極めて普通に用いられる文字・単語であって、一方が標章の構成部分として注目されるものとはいえないから、両者の間に主従・軽重の関係があるとは認められない。
 したがって、被告標章は、「花粉」の部分と「のど飴」の部分とに分離してとらえるべきではなく、「花粉のど飴」という一体のものとして把握すべきであり、「花粉」のみでは、自他商品識別力を有しないことは明らかである。
(2) 商標の非同一性又は非類似性
ア 本件登録商標は「花粉」という文字(ゴシック体)を縦書きにし、「かふん」を右側に連書してなるのに対し、被告標章は、同じ大きさ、書体による「花」、「粉」、「の」、「ど」、「飴」(「2」)の各文字を一列に配したものであるから、両者の外観は類似するとはいえない。
イ 本件登録商標の称呼は「かふん」であるのに対し、被告標章の称呼は、被告標章に接する需要者が被告標章を全体として観察し、「かふんのどあめ」、「かふんのどあめに」と一連で発音することは明らかである。したがって、両者は称呼においても類似しない。
ウ 本件登録商標から生ずる観念は、「花粉」すなわち「種子植物の雄しべの葯の中にある粒状の細胞」であるのに対し、被告標章から生ずる観念は、「花粉症に効くのど飴」あるいは「花粉症対策用のど飴」であり、「種子植物の雄しべの葯の中にある粒状の細胞」という観念が生ずる余地はない。したがって、両者は観念においても類似しない。
エ また、「花粉○○」の構成からなる標章が、本件登録商標とは非類似であると判断され、下記のとおり、現に商標登録されていることからみても、本件登録商標と被告標章は類似していないというべきである。
 記
@ 商標「花粉STOP」(登録第4267292号)
A 商標「花粉ブロック」(登録第4276689号)
B 商標「花粉あめのち晴れ」(登録第4497309号)
C 商標「花粉注意報」(登録第4022314号)
D 商標「花粉警報」(登録第4063475号)
E 商標「花粉前線」(登録第4105544号)
F 商標「花粉にミント/花粉にMINT」(登録第4224101号)
G 商標「花粉の季▲節▼」(登録第4083857号)
オ さらに、平成13年12月ころから平成14年4月ころの飴・キャンディーの市場(以下、「平成14年春期市場」ということがある。)においては、被告商品の「花粉のど飴」のほか、同年1月ころ出た原告の「花粉のど飴」、春日井製菓株式会社(以下「春日井製菓」という。)の「花粉のど飴」、「ノンシュガー花粉のど飴」の発売が開始され、株式会社オレンジゼリー本舗の「花粉のど飴」、株式会社扇雀飴本舗の「花粉/クールアップタイム/CUT」、ライオン菓子株式会社の「シュガーレス花粉対策キャンデー」、「花粉本舗」、株式会社リボンの「花粉大作戦」等が販売されており、「花粉○○」なる表示ののど飴やキャンディーが、被告商品と同一のものを含めて、多数存在していた。
 このような状況の下では、「花粉」の表示のみを分離抽出して、これを商品の出所表示部分と需要者等が認識することはあり得ず、本件登録商標と出所の混同を起こすおそれは皆無であった。
カ 以上のとおり、本件登録商標と被告標章は類似していない。
2 争点2(被告標章は26条1項2号の商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標に当たるか)について
【被告の主張】
(1) 被告標章の「花粉」の部分は、「のど飴」の部分と一体となることにより、被告商品が、春のスギ花粉の時期に使用する「花粉症対策用のど飴」、「花粉症に効き目がある」ということを示す商品の効能あるいは用途等を表示するものにすぎない。
 今日、我が国において、花粉症は国民病とも呼ばれる疾患であり、ある医師の報告によれば、あらゆる世代を通じてのスギ花粉症の有病率は15〜16%とされ、実に1200万人以上の患者が苦しんでいる。被告商品の需要者は、花粉症の患者であるが、その大多数の需要者が、「花粉のど飴」という表示をみて、花粉症対策用の「のど飴」であると認識することは、ごく当然のことである。少なくとも、需要者である花粉症患者が「花粉のど飴」という表示をみて「花粉ブランドの飴」と理解することはない。
 しかも、被告標章を付した商品パッケージの字体はゴシック体であって、特に一般の注意を引くようなものではなく、文字の大きさ及び文字の間隔等についてみても、「花粉」部分と「のど飴」部分が分離して表示されているわけではない。
 上記のとおり、被告標章は、「花粉症に効き目のあるのど飴」又は「花粉症対策用のど飴」という商品の「普通名称」、「効能」、「用途」あるいは「使用時期」を、普通に用いられる方法で表示したものであるから、商標権の効力はこれに及ばないというべきである(商標法26条1項2号)。
(2) また、商標の本質は、自己の営業に係る商品を他人の営業に係る商品と識別するための標識として機能することにあるというべきであり、商標法1条、3条などの趣旨にかんがみると、同法36条の差止請求権は、商標が自他商品の識別標識としての機能を果たすのを妨げる行為を排除し、商標本来の機能を発揮できるようにすることを目的とする権利であるから、侵害者たる第三者の使用する商標は、単に形式的に商品等に表示されているだけでは足らず、それが自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要するものというべきである。
 被告標章についてみると、「花粉」の部分及び「のど飴」の部分は、いずれも日常的に極めて普通に用いられている単語であり、上記のとおり、被告標章のうち「花粉」の部分は「のど飴」の部分と一体となることによって、「花粉症に効き目がある」又は「花粉症対策用の」という観念を生ずるにすぎず、被告商品の効能、用途等を表示しているにすぎない。
 したがって、被告標章は、何人かの業務に係る商品であることを示す表示と認識できるものではなく、そもそも自他商品識別力を有しないものであるから、その意味で、被告標章は、「花粉」という本件登録商標の使用に当たらない。
【原告の主張】
(1) 争点1について主張したとおり、被告標章からは、「花粉症に効き目のあるのど飴」又は「花粉症対策用のど飴」という観念は生じない。
 被告の主張によると、例えば「花粉甘栗」、「花粉甘納豆」、「花粉あられ」などについても、「花粉症に効き目がある甘栗」、「花粉症に効き目がある甘納豆」…といった観念が生ずることになるが、そのような解釈が不当であることは明らかである。このことは、「指定商品:菓子、パン」に含まれる商品において、「花粉…」の用語、用法が、当該指定商品の効能、用途を普通に用いられる方法で表示するものでないことを端的に示すものである。
(2) また、被告は、被告標章はそもそも自他商品識別力を有しないと主張するが、「花粉のど飴」という標章に自他商品識別機能がないとするならば、被告商品を購入しようとする顧客は、一体何を基準として被告の複数の商品あるいは原告その他の同業他社の商品と区別するのか分からない。被告商品の包装上の表示からも、被告標章は、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることは明らかである。
3 争点3(原告の本訴請求は権利濫用に当たり、又は原告が専用使用権の設定を受けたことは信託法11条違反に当たるか)について
【被告の主張】
(1) 以下の事実経過に照らせば、原告の被告に対する本訴請求は、権利の濫用に当たり許されず、また、原告が信州蜂蜜本舗から本件登録商標につき専用使用権の設定を受けたことは信託法11条に違反し、無効である。
ア 「花粉のど飴」という標章を付した商品の販売時期
 被告は、平成12年11月6日、「花粉のど飴」の発売予告を開始し、平成13年1月ころから、平成13年の春期商品として「花粉のど飴」という商品の販売を開始した。一方、当時、原告は、平成13年の春期商品として「花粉のど飴」という商品は販売しておらず、「花粉注意報キャンディ」という商品を花粉症対策用のど飴として販売していた。
イ 原告の商標登録出願
 原告は、平成13年の春期商品であった「花粉注意報キャンディ」の後継商品として、平成14年の春期商品「花粉のど飴」の販売開始を予定し、信州蜂蜜本舗の商標登録出願事務を担当する弁理士と同一の弁理士を代理人として、平成13年7月12日、指定商品を菓子及びパンとして「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき、商標登録出願をした。
 そして、原告は、同年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき、商標の使用態様を「花粉のど飴」に限定した通常使用権許諾契約を締結した。
ウ 被告は、平成13年11月22日、信州蜂蜜本舗から、被告による被告商品の販売が信州蜂蜜本舗の有する本件商標権を侵害する旨の警告書を受けた。
エ 原告は、被告が「花粉のど飴」という商品を既に販売していたことを知りながら、平成13年12月ころより、平成14年の春期商品として被告商品と全く同じ名称の「花粉のど飴」という商品の販売を開始した。
オ 原告は、平成14年4月1日、信州蜂蜜本舗から本件登録商標の専用使用権の設定を受け、同月23日、専用使用権の登録手続を了し、同月30日、被告に対し、警告書を送付した後、同年5月20日、本件訴訟を提起した。
(2) 権利濫用について
 上記(1)のとおり、原告は、信州蜂蜜本舗の商標登録出願事務を担当する弁理士と同一の弁理士を代理人として、「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願をしたものであるから、遅くとも平成13年7月ころには、被告と信州蜂蜜本舗の間、あるいは原告と被告の間で本件登録商標をめぐって紛争になることを十分認識していた。また、原告が、「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願をしたことは、原告自身、「花粉のど飴」から「花粉症に効くのど飴」又は「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずるという認識を有していたことを表すものである。
 このように、原告は、被告と信州蜂蜜本舗との紛争を十分認識しながら、他方において、信州蜂蜜本舗から本件登録商標の独占的通常使用権の許諾ないし専用使用権の設定を40万円の対価で受けた後、被告に後れて、被告商品と全く同一名称の「花粉のど飴」という商品の販売を開始した。そして、「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願をした際の主張を翻し、全く逆の主張をして本訴を提起し、信州蜂蜜本舗が本件登録商標につき商標登録を受けていたことを利用して被告商品を排除しようしているものであるから、原告の本訴請求は著しく信義に反し、権利の濫用に当たる。
(3) 信託法11条違反について
 上記(1)の経緯に照らせば、信州蜂蜜本舗は自ら本件登録商標を付した商品を販売した実績も、販売する計画もなかったことから、仮に被告の行為が本件商標権の侵害と認められたとしても、被告に対し、本件登録商標の使用料相当額以上の損害を請求することができない立場にあった。このような事情に照らせば、原告が、自己の名でその出捐金額の50倍以上にのぼる請求をすることにより、被告と信州蜂蜜本舗の紛争について同社に代わり訴訟追行する目的で、同社との間で本件登録商標の専用使用権設定契約をしたことは明らかである。したがって、原告が信州蜂蜜本舗から本件登録商標につき専用使用権の設定を受けたことは信託法11条に違反し、無効である。
【原告の主張】
(1) 被告の主張は主張自体失当である。
 権利濫用は「抗弁」として主張されるものであるから、被告の使用する被告標章が本件登録商標と同一又は類似であって、被告の行為が形式的には本件商標権を侵害するものであるにもかかわらず、実質的な理由から違法性がないという主張でなければならないはずである。
 ところが、本件においては、被告は、当初から商標権者である信州蜂蜜本舗からの差止請求を無視し、商標権侵害行為を継続していたものであるから、被告の行為を正当化することは困難であり、権利濫用の主張はそれ自体失当である。
(2) 権利濫用及び信託法11条違反の主張について
ア 原告は、平成13年度冬以降に販売する商品の名称として「花粉のど飴」を用いたいと考え、平成13年6月ころから商標登録出願の準備を始めた。そして、同年7月12日付けで「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願を行った。その後、特許庁から拒絶理由通知を受けたため、原告は、同出願を取り下げた。
 原告は、この出願の過程で本件登録商標の存在を知り、本件商標権との抵触を懸念して、信州蜂蜜本舗との間でライセンス取得の交渉を行い、その結果、平成13年8月1日付けで独占的通常使用権の許諾を得た。この段階では、原告は、被告が平成13年1月から「花粉のど飴」の名称の商品を販売していた事実を全く知らなかったし、ましてや、被告がその翌年度(平成13年冬から同14年春にかけて)の商品にどのような商品名を用いるかを知るよしもなかった。
 そして、原告が平成13年秋以降「花粉のど飴」の販売活動を開始したところ、被告や春日井製菓も同一の商品名の商品を販売するとの情報を得たため、信州蜂蜜本舗に対してこの事実を通知し協議を行った結果、信州蜂蜜本舗において、被告らに対して警告書を送付したものである。
 なお、この後、原告は、平成14年4月1日付けで、信州蜂蜜本舗から本件登録商標につき専用使用権の設定を受けたため、被告への対応は原告が行うことになった。
イ 上記アのとおり、原告は商標権者から正当な使用権を取得するためライセンス交渉を行い、使用の対価を支払って使用権の許諾を得た上で「花粉のど飴」の標章を使用したのであるから、権利濫用との批判を受けるいわれはない。
ウ 信託法11条違反の主張について
(ア) 時機に後れた主張であること
 被告は、平成15年4月16日付け準備書面において、信託法違反の主張をしたものであるが、口頭弁論を終結する段階に至ってこのような主張することは、明らかに時機に後れたものとして却下すべきである。
(イ) また、そもそも信託法11条においては、「信託は訴訟行為を為さしむることを主たる目的としてこれをなす事を得ず。」と規定しているところ、原告は、自ら使用することを目的として、信州蜂蜜本舗と専用使用権設定契約を締結したものであるから、「訴訟行為をすることを主たる目的」としていない(従たる目的でもない。)。
 しかも、原告が被告に求めている損害賠償請求のほとんどは、独占的通常使用権の侵害を理由とするものであるから、被告と信州蜂蜜本舗の紛争について訴訟追行する目的で原告が専用使用権設定契約をしたとの被告の主張は、その前提を欠くものであり、失当である。
4 争点4(原告の損害の内容及び額)について
【原告の主張】
 原告は、被告が、平成13年12月1日から平成14年5月末日までの間に被告商品を販売したことにより、下記の損害を被った。
(1) 独占的通常使用権の侵害(平成13年12月1日から平成14年4月22日まで)
ア 商標法38条2項の類推適用
 下記のとおり、原告が受けた損害額については、商標法38条2項の類推適用により、被告が得た利益額をもって独占的通常使用権者が受けた損害額と推定すべきである。
 原告は、その包装に「花粉のど飴」の標章を付したキャンディー(以下「原告商品」という。)を平成13年12月から平成14年4月の約5か月の間に約90万袋販売した。
 原告の上記販売実績に照らせば、被告も、商品売上規模、会社知名度等からして、平成13年12月から平成14年4月22日までに約70万袋の被告商品を販売したものと思われる。
 被告は、被告商品を小売り段階で1袋150円で販売しており、被告の販売単価(建値。すなわち、製造業者が卸売業者に対して供給する値段。卸売業者にとっては仕入値。)は105円程度、被告商品の利益率はその15パーセントとそれぞれ推測される(原告も被告も、菓子の製造、販売を主たる目的とする株式会社で、創業から50年以上経過した老舗企業であるという点で共通する。全体としての売上規模は原告の方が高いものの、キャンディーの製造、販売に限定すれば被告はその専業メーカーで売上規模が大きく、原告と被告は同程度と考えられるため、原告商品の利益率を参考とすれば、被告商品の利益率は少なくとも15%である。)。
 したがって、上記期間における被告の利益額は、1102万5000円である(計算式=70万袋×105円×0.15)。
イ 相当因果関係の範囲における損害額(民法709条)
 上記アにおいて、仮に商標法38条2項の類推適用が認められない場合、原告は、被告に対し、予備的に、民法709条の相当因果関係に基づく損害額の範囲として、下記のとおり、735万円の損害賠償を求める。
 原告は原告商品を約5か月で約90万袋販売したものであり、販売単価は小売段階では1袋200円である。
 他方、被告は被告商品を約5か月で推定70万袋販売し、原告商品とほぼ同等の商品(内容量が70gである点も同じ)を1袋150円(小売価格)で販売している。
 このように、被告商品は、その標章、製品種別、内容量がそれぞれ原告商品と同じで、同等品として市場で競合するにもかかわらず、価格面では原告商品よりも25%も安い。
 そうすると、価格面を重視する需要者の中には、原告商品の「花粉のど飴」よりも価格の安い、被告商品の「花粉のど飴」を誤認混同の上で購入した消費者が相当数存在し、被告が販売したと推定される70万袋のおよそ半数はそれに該当するものと推測される。
 原告商品の販売単価(建値)は約140円、その利益率は約15%であるから、被告商品の販売がなければ、原告は735万円の利益を得られたはずである(計算式=35万袋×140円×0.15)。
(2) 専用使用権の侵害(平成14年4月23日から同年5月末日まで)
 専用使用権の侵害については、商標法38条2項による損害を主張する(原告第5準備書面・5頁)。
 上記(1)アのとおり、被告は被告商品を約5か月で70万袋販売し、被告商品の販売単価(建値)は、約105円、その利益率は約15%である。「のど飴」は季節商品であるから、平成14年4月23日以降同年5月末日までの販売数量は、1か月分に当たる5000袋程度と思われる。
 上記の数値を基に商標法38条2項を適用して計算すると、上記期間において、専用使用権者である原告が受けた損害の額は、7万8750円となる(計算式=5000袋×105円×0.15)。
(3) なお、被告は、上記(1)及び(2)の期間(平成13年12月1日から平成14年5月末日まで)に、被告商品を合計27万6515袋(出荷金額2903万4090円)出荷した旨を主張している。これを前提とすると、少なくとも同期間における被告の利益額は、435万5113円となる(計算式=2903万4090円×0.15)。
(4) 弁護士費用相当額
 原告は、本訴の追行のため弁護士費用の負担を余儀なくされたものであり、上記の独占的通常使用権及び専用使用権の侵害行為と相当因果関係にある弁護士費用相当額は、100万円を下らない。
(5) まとめ
 以上によれば、原告が被った損害額合計は次のとおりとなる。
ア 独占的通常使用権者であった期間の損害賠償につき商標法38条2項の類推適用を認めた場合の損害額
 1210万3750円
 計算式=1102万5000円(上記(1)ア)+7万8750円(上記(2))+100万円(上記(4))
イ 独占的通常使用権者であった期間の損害賠償につき商標法38条2項の類推適用が認められず、民法709条に基づき計算した場合の損害額
 842万8750円
 計算式=735万円(上記(1)イ)+7万8750円(上記(2))+100万円(上記(4))
ウ 被告主張の販売実績を前提とした場合の損害額(商標38条2項)
 535万5113円
 計算式=435万5113円(上記(3))+100万円(上記(4))
エ したがって、原告は、被告に対し、上記ア又はイの内金として600万円及びこれに対する平成14年5月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。なお、上記ウに記載のとおり、本件においては、被告の主張に係る販売数・販売額を前提としても、原告の損害額は、少なくとも535万5113円及びこれに対する遅延損害金となる。
【被告の主張】
 被告は、損害の内容及び額に関する原告主張の事実は否認し、法律上の主張は争う。特に反論を要する点について、次のとおり主張する。
(1) 被告商品の販売数量
 被告は、平成13年12月1日から平成14年5月30日まで被告商品を販売したものであるところ、その販売数量は、合計27万6515袋であり、同期間の出荷金額の合計は、2903万4090円である。
(2) 被告商品の販売による利益率
 被告商品の販売による利益率が15%であるとの原告の主張は否認する。
 むしろ、被告商品については、利益どころか損失が生じている。
(3) 原告に損害は発生していないこと
 平成12年3月ころ、我が国のキャンディー市場において、飴が一定の機能性ある食品として認知されていたことは明らかであり、実際の取引の場面において、被告商品である「花粉のど飴」の表示のうち「花粉」の文字から、需要者が「花粉症対策用の」という意味を感じ取ることは明らかである。「花粉のど飴」という標章に接した需要者が、その「花粉」の文字部分から原告又は原告が製造販売している特定の商品を想起し、被告商品を原告商品であると誤認して購入することは考えられない。
 したがって、実際の取引において、被告商品が売れたからといって原告商品が売れなくなるという関係は生ずるはずがないというべきで、原告に損害が発生していないことは明らかである。
(4) 独占的通常使用権者による損害賠償請求について
ア 被告が被告商品を販売する行為は、原告の本件登録商標に関する独占的通常使用権を侵害するものとは考えられないが、仮に、被告商品の販売行為等が原告の独占的通常使用権に係る本件登録商標の使用に該当するとしても、損害額の算定につき、商標法38条2項を類推適用することはできない。
 そもそも、同規定は、商標権等に対する侵害行為によって商標権者等が被った営業上の損害の額についてその立証が困難であることにかんがみ、これを救済することを目的とするものであって、権利者が被った損害の額を推定し、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨のものである。
 したがって、本件のように損害が発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的な枠組みを超えるものといわざるを得ない。
イ 通常使用権は、債権的権利にすぎず、第三者に対して使用差止請求をしたり、直接損害賠償請求をすることはできない。すなわち、通常使用権は、商標自体を直接的、排他的に支配する権利ではなく、商標権者又は専用使用権者に当該商品を「使わせてもらう」権利であって、人を介して実現される権利にすぎないから、通常使用権に基づき、第三者に損害賠償の請求をなし得ないことは明らかである。
 さらに、原告が有している独占的通常使用権の「独占」の内容を検討すると、使用商品をキャンディーに限定し、「花粉のど飴」という限定された商標使用を認め、かつ、同使用商品について「花粉のど飴」という商標を第三者に許諾しないとするものであり、「花粉のど飴」以外の商標であればキャンディーについても、商標権者が「花粉」の商標を自ら使用し、第三者に使用させることも自由なのである。この程度の「独占」をもって、一般的な通常使用権を超えて、第三者に直接損害賠償請求できる権利ということはできない。
ウ 原告は、被告商品に「花粉」の文字を付されていることが原因で、原告に損害が発生していると主張するが、原告商品の「花粉」の文字部分が全く出所表示機能を発揮しえない(需要者において「花粉」と「カバヤ食品」ないし同社の製品とが結びつき得ない)のであるから、このような場合まで、被告が被告商品により得た利益額を原告の損害額と推定するという商標法38条2項を類推適用することは妥当でない。
エ 原告は、商標法38条2項が(類推)適用されないとしても、なお原告に損害は発生する旨も主張するようであるが、上記のとおり、「花粉」の文字部分が原告を表す出所表示機能を有しない以上、原告に損害が発生するはずもない。
(5) 仮に、原告が被告商品の販売により損害を被っているとしても、商標法38条3項に基づき、原告が本件登録商標の商標権者に支払った実施料である年額金20万円を最大額とするのが相当である。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件登録商標と被告標章の類否)について
(1) 本件登録商標の構成
 本件登録商標は、漢字2文字の「花粉」をゴシック体活字で縦書1列に記載し、その右側にひらがな「かふん」をゴシック体小活字でふりがな様に添え字として縦書1列に記載してなるものである。
 本件登録商標においては、外観上、大書された漢字「花粉」の部分が見る者の注意をひくものであり、「かふん」の称呼と、「花粉」すなわち「種子植物の雄性の配偶体」の観念を生ずる。
(2) 被告標章の構成等
ア 被告標章の構成
 被告標章1は黒色の縦帯状の背景に漢字及びひらがなの混在した「花粉のど飴」の文字を太字ゴシック体活字で縦書1列に記載にしたもの、被告標章2は黒色の横帯状の背景に「花粉のど飴」の文字を太字ゴシック体活字で横書1列に記載したもの、被告標章3は「花粉のど飴2」の文字をゴシック体活字で横書1列に記載したものである。
イ 被告標章の使用態様
 被告は、遅くとも平成13年12月ころから、平成14年春夏商品として、のど飴(キャンディー)である被告商品を販売しているところ、被告商品における被告標章の使用態様は、次のとおりである。
 被告商品は、のど飴(キャンディー)を1個ずつ個別に小袋に個包装した上で、これを所定の数量大袋に入れた袋詰めとして販売されているところ、個包装の小袋の表側中央部に黒色ないし濃茶色の縦帯が描かれ、この帯部分に白のゴシック体活字で被告標章1が表示されている(甲6の3、4)。また、小袋を収納する大袋には、表側中央に黒色ないし濃茶色の縦帯が描かれ、この帯部分に白のゴシック体活字で被告標章1が表示され、裏側上部に黒色ないし濃茶色の横長の長方形が描かれ、この長方形部分に白のゴシック体活字で被告標章2が表示されている(甲6の1、2、4)。また、被告が作成して取引者に対して配布している平成14年春夏用商品のカタログ(甲6の5)には、被告商品を示す名称として被告標章3が記載されている。
ウ 被告標章の要部
 被告商品がのど飴であることに照らせば、被告標章のうち「のど飴」の部分は、標章の付された当該商品の内容、属性を示す普通名称であるから、自他商品識別機能を有しない部分である。また、被告標章3のうち末尾の「2」は、数字であって、商品名の末尾に付された場合には、通常、続編ないし改良製品等であることを示すものであり、それ自体としては自他商品識別機能を有するものではない。
 他方、被告標章のうち「花粉」の部分については、被告商品の属する、のど飴ないしキャンディーの分野において、通常、商品の原材料や効能・用途を意味する語ということはできない。
 そうすると、被告標章においては、「のど飴」ないし「のど飴2」の部分を除いた「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する部分として、見る者の注意をひく部分というべきである。
 上記のとおり、被告標章においては、「花粉」の部分をもって要部ということができる。
(3) 本件登録商標と被告標章の類否
ア 本件登録商標においては、漢字で「花粉」と縦1列に大書した部分が商標中の大きな部分を占め、右側に小文字でふりがな様にひらがな「かふん」を記載した部分と比べて、見る者の注意を引く部分と認められる。
 他方、前記のとおり、被告標章は、縦書き1列又は横書き1列に「花粉のど飴」ないし「花粉のど飴2」と記載したものであり、これらのうち要部である「花粉」の部分は、被告標章1、2においては活字の形状やそれが白抜文字である点で異なり、また、被告標章2、3においては、横書1列に記載されている点で異なるが、いずれも「花粉」の文字の記載がある点において本件登録商標と共通である。 
 そして、被告標章においては前記のとおり「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する要部というべきところ、当該部分は、本件登録商標と称呼及び観念が同一である。
 上記によれば、被告標章は、本件登録商標と外観において類似し、その要部の称呼、観念が同一であるから、いずれも本件登録商標に類似するものというべきである。
イ この点に関して、被告は、@ 被告標章においては「花粉」の部分と「のど飴」の部分が同一の大きさ及び書体であり、等間隔で配列されているから、「花粉」の部分と「のど飴」の部分とに分離してとらえるべきではなく、「花粉のど飴」という一体のものとして把握すべきである、A このような理解によれば、被告標章からは「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずるなどと主張する。
 しかし、商標の要部の認定に当たっては外観のみを基準とすることはできないところ、本件においては、前記のとおり被告標章のうち「のど飴」の部分は自他商品識別機能を全く備えない部分であるから、「花粉」の部分に自他商品の識別機能を認めざるを得ないものであり、また、被告標章が外観において「花粉」以外の部分が特に見る者の目をひくような構成となっているわけでもないから、「花粉」の部分を被告標章の要部と認める上で妨げとなるものでもない。
 また、証拠(乙17、55、64ないし67、69ないし75、81)によれば「SPA!」、「ぴあ」といった情報誌において、平成10年ころから花粉症対策の商品としてマスクや点眼薬等のほか、キャンディー(のど飴)やガムなどの菓子類を、手軽に花粉症対策を行うことのできる機能性食品として紹介する記事が掲載され、その後現在まで、毎年、花粉症の季節である2月や3月ころに発売される情報誌に、「花粉シャット」、「花粉本舗」といった標章を付した花粉症対策用の飴など種々の商品が掲載されていることが認められるが、「花粉のど飴」の語が、「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する1個の独立した語として一般的に使用されていたことまでは認めることができない。
 さらに、証拠(乙4、34、49、50、51)によれば、平成14年8月ころから、花粉症罹患者を対象としたウェブサイト上において、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」の意味で用いられた例があり、花粉症罹患者がウェブサイト上の掲示板に「花粉のど飴」の語を同趣旨で用いた文章の書き込みをしている例が存在することが認められる。しかしながら、他方、証拠(乙46ないし48)によれば、全世代を通じてのスギ花粉症の罹患率は15〜16%にとどまるものであることが認められるものであり、これらの事情に照らせば、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」を意味するものであると一般的に認識されているとまでは認められない。
 したがって、「花粉のど飴」を一体としてとらえて本件登録商標との外観、称呼、観念の類否を判断するべきであるとの被告の主張は、採用できない。
 さらに、被告は、「花粉○○」の構成からなる標章で、商標登録がなされているものが存することをもって、本件登録商標と被告標章との非類似を主張しているが、被告の掲げる「花粉○○」という登録商標は、いずれも「○○」に当たる部分に、「にミント」、「の季節」、「STOP」、「ブロック」、「あめのち晴れ」、「注意報」、「警報」、「前線」という、それだけでは意味をなさず、「花粉」という語と結びついて一定の意味を生ずる語か、あるいは対象商品の内容等とは無関係な語が置かれているものである。したがって、これらの登録商標が存するとしても、「花粉」の語に続いて対象商品それ自体である「のど飴」の語が付されている被告標章について、本件登録商標と類似するとの判断が妨げられるものではない。
ウ 以上のとおり、被告の主張はいずれも採用できない。
2 争点2(被告標章は商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標に当たるか)について
 前記1(3)イにおいて認定のとおり、「SPA!」、「ぴあ」等の情報誌において、平成10年ころから花粉症対策の商品としてキャンディー(のど飴)やガムなどの菓子類が、手軽に花粉症対策を行うことのできる機能性食品として紹介する記事が掲載され、その後現在まで、毎年、花粉症の季節である2月や3月ころに発売される情報誌に、「花粉シャット」、「花粉本舗」といった標章を付した花粉症対策用の飴など種々の商品が掲載されていることが認められ、また、平成14年8月ころから、花粉症罹患者を対象としたウェブサイト上において、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」の意味で用いられた例が存在することが認められるが、「花粉のど飴」の語が、「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する語として、一般的に認識され、使用されているとまでは認めることができない。
 また、前記1(2)アにおいて認定した被告標章の使用態様に照らせば、被告標章1、2は、被告商品の大袋の表側中央部及び裏側上側のそれぞれ目につく部分に大書されているものであって、「普通に用いられられる方法で表示する」ものということもできない。
 上記によれば、被告標章(「花粉のど飴」)ないしそのうちの「花粉」部分が、「指定商品の普通名称、効能、用途等を表示する商標」(商標法26条1項2号)に当たるとする被告の主張(抗弁)は、採用できない。
3 争点3(原告の本訴請求は権利の濫用、又は信託法11条違反に当たるか)について
(1) 前記の当事者間に争いのない事実(第2、1)に証拠(甲3、5の1及び2、7の1、7の4ないし7の9、8、9の1及び2、乙1、2、13ないし16、20)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成12年、平成13年の春期商品として、「花粉注意報キャンディ」を販売していた(乙1、2、20)。
 他方、被告は、平成13年春夏商品として「花粉のど飴」の名称の商品を販売していたが(ただし、商品に付されている標章は被告標章と字体が異なる。乙15、16)、平成13年12月ころから、平成14年春夏商品として被告商品を販売している。
イ 原告は、平成13年7月12日、「Kabaya/花粉のど飴」につき商標登録出願をした。その出願手続の代理人はB弁理士であった(乙14)。
ウ 原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき商標権者である同社から独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結した(甲2)。
エ 信州蜂蜜本舗は、被告に対し、平成13年11月22日、被告が販売を準備している商品(被告商品)が本件商標権を侵害する旨の代理人(前記B弁理士)作成の警告書(以下「信州蜂蜜本舗からの警告書」という。)を送付した。
オ 原告は、平成13年12月ころ、「花粉注意報」の後継商品として「花粉のど飴」(原告商品)の販売を開始した。
カ 被告は、信州蜂蜜本舗に対し、平成14年1月11日、同社からの警告書に対する回答として、被告商品における「花粉のど飴」の表示は本件商標権を侵害しない旨の回答書を送付した(甲7の4)。その後も、被告と信州蜂蜜本舗との間で、被告商品が本件商標権を侵害するかどうかについて書面による意見の応酬があったが、最終的に同年3月19日ころに交渉が決裂した(甲7の5ないし7の9)。
キ 信州蜂蜜本舗は、原告による「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願(上記イ)に対して、平成14年2月27日、特許庁長官あてに刊行物等提出書と共に本件登録商標の商標登録原簿及び商標公報を提出し、原告の出願に係る上記商標と本件登録商標は類似するので、商標法4条1項11号により、その出願は拒絶されるべきであると主張した(乙14)。
 これに対し、特許庁審査官は、平成14年3月6日、「Kabaya/花粉のど飴」の商標については、この出願に係る商標が、商標構成中に「のど飴」の文字を有しており、これを本願指定商品中「のど飴」以外の商品に使用するときは、商品の品質の誤認を生じさせるおそれがある(商標法4条1項16号)との理由で、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願を拒絶する旨の拒絶理由通知書を発した(本件登録商標と同一又は類似することは拒絶理由として掲げられていない。)。
ク 原告は信州蜂蜜本舗との間で、平成14年4月1日、本件登録商標につき原告が専用使用権の設定を受ける旨の契約を締結し(甲3)、原告の専用使用権は同月23日設定登録された。
 原告代理人B弁理士は、同月24日、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願を取り下げた。
ケ 原告代理人弁護士は、平成14年4月30日、被告に対し、被告商品を販売する行為は原告の独占的通常使用権を侵害する旨の警告書を発送し、この警告書は同年5月1日被告に到達した(甲9の1及び2)。
 その後、原告は同年5月20日、本訴を提起した。
(2)ア 権利濫用の主張について
 前記(1)で認定した事実によれば、原告は、商品名として「花粉のど飴」を用いることを前提として、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願をしたが、その過程で本件登録商標の存在を知り、本件登録商標の商標権者である信州蜂蜜本舗との間でライセンス取得の交渉を行い、当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けて、被告に対して警告書を送付し、その後、本件訴訟を提起したものである。このような経緯に照らせば、原告の本訴提起は、本件登録商標の商標権者から正当な権利を取得しての権利行使であって、権利の濫用と認めることはできない。
 上記によれば、原告の本訴提起が権利濫用に当たるとの被告の主張(抗弁)は、採用できない。
イ 信託法11条違反の主張について
(ア) 原告は、被告の信託法11条違反の主張は、口頭弁論を終結する段階に至ってこのような主張をするものであり、時機に後れたものとして却下すべきであると主張する。
 確かに、被告の上記主張は、弁論準備手続終結後、弁論終結が予定されていた第5回口頭弁論期日において初めて主張されたものであり、時機に後れて提出されたものというべきであるが、被告の上記主張は、以下のとおりこれまでの審理の結果により容易に判断できるから、訴訟の完結を遅延させるものではない。そこで、上記主張については、これを却下することなく、判断を示す。
(イ) 信託法11条は、主たる目的として訴訟行為をさせるために財産の管理処分権を移転することを禁止しているが、上記(1)で認定した経緯に照らせば、原告は、自ら「花粉のど飴」の標章を使用するために相当の対価を支払って信州蜂蜜本舗から独占的通常使用権の許諾を得、次いで専用使用権の設定を受けて、実際に上記標章を付した原告商品を販売しているものであり、また、本件訴訟については弁護士である訴訟代理人に委任し、同代理人が口頭弁論期日に出頭して訴訟を追行しているものである。これらの点に照らせば、信州蜂蜜本舗に代わって被告に対する訴訟行為を行うことを主たる目的として、原告が信州蜂蜜本舗から専用使用権の許諾を得たものであるとは到底認められない。
 上記によれば、原告が信州蜂蜜本舗から専用使用権の設定を受けたことが信託法11条に違反し、無効であるとの被告の主張(抗弁)も採用できない。
4 争点4(原告の損害の内容及び額)について
(1) 被告商品の販売数量
 被告商品の販売数量については、平成13年12月1日から平成14年5月末日までの間に被告商品27万6515袋(販売金額2903万4090円)を販売したことを、被告が自認しているところ、証拠(乙79、80)によれば、被告は、平成13年12月1日から平成14年5月30日までの間に、上記の数量及び金額の被告商品を販売していたことが認められる(同年5月31日については証拠がない。)。
 原告は、原告商品の販売数量等から推測すれば、被告は合計約70万袋の被告商品を販売したものと推測されると主張するが、乙79(商品別出荷額一覧表)は、被告会社の業務課において、顧客からの注文を受けるつど、顧客名、商品名、注文量、建値、出荷日等をパソコンに入力し、商品管理を行っていたデータをプリントアウトしたものであり、外観上信用できるものであるところ、これによれば、被告商品の販売数量等は上記のとおりと認められるもので、本件においては、被告が上記数量を上回る被告商品を販売したことを認めるに足りる証拠は存在しない。
(2) 独占的通常使用権者による損害賠償請求の許否
ア 通常使用権者は、同人の登録商標の使用に対しては商標権に基づく権利行使をしない旨の合意を商標権者又は専用使用権者(以下「商標権者等」という。)との間で得て、商標権者等に対して当該合意に基づく債権的請求権を有するものであり、独占的通常実施権者は、これに加えて他者に当該登録商標の使用を許諾しない旨の合意を商標権者等との間で得ているものである。
 独占的通常使用権者は、商標権者等に対して契約に基づく債権的請求権を有するにすぎないが、商標法は商標権者等に対して登録商標の専用権を保障しており(商標法25条、36条)、商標権者等は、契約上独占的通常使用権者に対して当該登録商標を唯一使用し得る地位を第三者との関係でも確保すべき義務を負っているものであるから、独占的通常使用権者は、このことを通じて、当該登録商標を独占的に使用し、これを使用した商品を市場で販売することによる利益を独占的に享受し得る地位にあるものと評価することができる。
 このように独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とすれば、独占的通常実施権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても、一定の法的保護を与えるのが相当である。すなわち、独占的通常使用権者が現に商標権者等から唯一許諾を受けた者として当該登録商標を付した商品を自ら市場において販売している場合において、無権原の第三者が当該登録商品を使用した競合商品を市場において販売しているときには、独占的通常使用権者は、固有の権利として、自ら当該第三者に対して損害賠償を請求し得るものと解するのが相当である。そして、この場合、当該第三者が、独占的通常使用権者による当該商品の市場における販売を認識し得る状況にあったものであれば、独占的通常使用権者に対する関係においても、商標法39条により過失が推定されるものと解するのが相当である。
 もっとも、同法38条1項ないし3項の規定は、商標権者等が登録商標の使用権を物権的権利として専有し、何人に対してもこれに基づく権利を自ら行使することができることを前提として、商標権者等の権利行使を容易ならしめるために設けられた規定であるから、独占的通常使用権者の損害についてこれらの規定を類推適用することはできない。したがって、独占的通常使用権者は、第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害につき、その賠償を請求することができるにとどまるものと解するのが相当である。
イ 本件においては、前記当事者間に争いのない事実(第2、1(2)イ)のとおり、原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき使用許諾契約を締結したものであるところ、同契約書(甲2)においては、商標権者である信州蜂蜜本舗は、原告に対して、原告が使用する商標の態様を「花粉のど飴」と指定し、使用商品を「キャンディ」として通常使用権を許諾しているが(同契約書第1条)、商標権者は、前記使用商品(キャンディー)においては、本件登録商標を第三者に使用許諾しない旨が定められている(同第5条)から、原告は、本件登録商標につき、独占的通常使用権者であったと認めることができる。
 そして、証拠(甲5の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成13年12月から、本件使用許諾契約に従い、「花粉のど飴」の商標を付したのど飴(キャンディー。原告商品)を自ら販売していたものであり、原告商品と被告商品とは同内容の商品として市場において競合していたものと認められる。
 しかしながら、証拠(甲8、乙44、45)及び弁論の全趣旨によれば、春日井製菓は、平成14年初めころから「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を販売していたところ、信州蜂蜜本舗は、原告との間の上記使用許諾契約(第5条)に違反して、遅くとも平成14年4月までに、春日井製菓に対して、50万円の使用料で、同年8月末日まで本件登録商標の使用を許諾し(このことは、原告自身が訴状15頁において自認している。)、これに基づいて春日井製菓は「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を市場において販売していたことが認められる。そうすると、原告は商標権者との間で本件登録商標につき独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結したものの、同契約による許諾期間において、実際には本件登録商標は競業他社に対しても使用許諾され、同社により本件登録商標を付した商品が市場において販売されていたのであるから、本件においては、原告は、商標権者等から唯一許諾を受けた者として本件登録商標を付した商品を市場において販売していたということはできない。
 前述のとおり、独占的通常使用権者に固有の損害賠償請求権を認めるにしても、それは独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて事実上本件登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とするものであるところ、本件においては、原告はこのような前提を欠くものである。したがって、このような原告が独占的通常使用権の侵害を理由として損害賠償を請求することは許されない。
ウ 上記によれば、独占的通常使用権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求は既に理由がないものであるが、加えて、本件においては、被告が被告商品を市場において販売したことにより、相当因果関係の範囲内において原告が被った損害を確定することも不可能であるから、この点からしても、原告の上記請求は理由がない。
 すなわち、証拠(甲8、乙5ないし11、20、23、32、33)及び弁論の全趣旨によれば、@平成14年春期市場より前において、「花粉」と他の文字列との組合せからなる標章を付したのど飴(キャンディー)として、「花粉あめのち晴れ」、「花粉本舗」、「花粉クールアップタイム」、「花粉にミントガム」、「瞬間花粉STOP!」、「花粉退治」、「花粉注意報」といった商品が販売されていたこと、A平成14年春期市場においては、前同様の商品として、株式会社扇雀飴本舗の「花粉クールアップタイム」、ライオン菓子株式会社の「シュガーレス花粉対策キャンディー」、「花粉本舗」、株式会社リボンの「花粉大作戦」などが販売されていたほか、「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)として、原告商品、被告商品に加えて、春日井製菓の「花粉のど飴」、「ノンシュガー花粉のど飴」、株式会社オレンジゼリー本舗の「花粉のど飴」が販売されていたことが認められる。このように、「花粉」の文字を含む標章を付された多数の競合商品が、原告商品及び被告商品に先行して販売され、あるいは同時期に販売されていたものであり、また、これに加えて、前記のとおり本件登録商標を付した原告商品が平成13年12月に初めて発売されたものであることに照らせば、本件登録商標は、それ自体として強い商品出所識別機能を有するものではなく、また、特定の商品につき長期間継続的に使用されたことを通じて市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできない。上記のような競合商品の存在及び本件登録商標の自他識別力の脆弱性に加えて、さらに、証拠(甲5の1、2、6の1、2、乙45)及び弁論の全趣旨によれば、被告商品は原告商品と同等の内容であり、かつ内容量も同じ(70g)であるにもかかわらず、小売価格において原告商品(200円)よりも25%も安い価格(150円)で販売されていたというのであるから、被告商品は小売価格が低廉であることにより消費者に好んで購入されたと推測される。
 上記の各事情を総合すれば、被告が被告商品を市場において販売したことにより、原告商品の売上に何らかの不利益な影響が生じたことが推測されるとしても、被告の行為と相当因果関係のあるものとして原告がどれだけの原告商品の売上を失ったのかを確定することは到底不可能である。
エ 上記によれば、原告が本件登録商標につき独占的通常使用権者であった期間について、独占的通常使用権の侵害を理由として損害の賠償を求める請求は、理由がない。
(3) 専用使用権者としての損害賠償について
 原告は、平成14年4月23日、本件登録商標につき指定商品中「のど飴及びキャンデー」の範囲において専用使用権設定登録を受けたものであり、本件において、同日から同年5月末日までの期間について被告の被告商品の販売により専用使用権を侵害されたとして損害賠償を求めている。
 前記のとおり、被告は、平成13年12月から平成14年5月30日までの間に被告商品27万6515袋(販売金額2903万4090円)を販売したものであるところ、証拠(乙79)によれば、このうち平成14年4月23日から同月5月30日までの期間においては、7988.7袋(販売金額83万8820円)を販売したことが認められる(4月分については日割計算)。
 また、被告商品の販売による利益については、証拠(甲10の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、@原告と被告は共に菓子の製造販売を主たる目的とし、創業から50年以上を経過した老舗企業であり、全国的にその社名が知られている点において共通すること、A原告と被告は共にのど飴(キャンディー)を製造販売していること、B原告商品の販売価格(建値140円)から原価計算書(甲10の1、2)に記載の製造原価(原料費、材料費、製造変動費、製造固定費)及び販売・一般管理費を控除して得られた利益の率は15%を下らないこと、C被告商品の原料費、包材費及び製造工賃を合計した金額は、原告商品の製造原価と比べてそれほど差がないことが、それぞれ認められることからすれば、被告商品の販売による利益の額を原告商品の利益率から推定することには合理的な理由があり、被告が特段の反証を行っていない本件においては、被告商品の販売による利益率は原告の利益率と同じく15%を下らないと認めるのが相当である(この点につき、被告は、被告商品の販売によっては利益どころか損失が生じている旨を主張するが、これをうかがわせる証拠は提出されていない。)。
 上記によれば、被告は、平成14年4月23日から同月5月30日までの期間、被告商品を販売することにより12万5823円の利益を得たことが認められるが(計算式83万8820円×0.15=12万5823円)、前記のとおり、本件登録商標が強い商品出所識別機能を有するものではなく、また、市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできないことに照らせば、上記利益についての被告標章の寄与率は、5%と認めるのが相当である。
 そうすると、被告の行為により専用使用権を侵害されたことによって原告の被った損害は、6291円(計算式:83万8820円×0.15×0.05=6291円)と推定される(商標法38条2項)。
(4) 弁護士費用相当額について
 原告が本訴の提起を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の性質、請求の内容、審理の経過その他諸般の事情を総合勘案すれば、本件においては弁護士費用のうち50万円をもって、被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認める。
(5) 損害額についてのまとめ
 前記(1)ないし(4)によれば、平成13年12月1日から平成14年5月末日までの間に被告が被告商品を販売したことにより原告が被った損害額に関しては、原告が独占的通常実施権者であった期間(平成13年12月1日から平成14年4月22日まで)については損害賠償請求を認めることができないが、専用実施権者であった期間(同月23日から同年5月末日まで)については商標法38条2項により6291円と認められる。また、損害に含まれる弁護士費用相当額は50万円と認められる。
 本件においては、原告は、損害賠償金につき訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金(民法所定の年5分)を請求しているところ、記録によれば、訴状送達の日の翌日は平成14年5月25日であり、前記乙第79号証によれば、同年4月23日から同年5月25日までの商標法38条2項の損害額合計は5636円(日割り計算)となるから、これに弁護士費用相当額50万円を加えた合計額50万5636円については同日以降の遅延損害金請求は理由があり、同月26日から同月30日までの同法38条2項の損害額合計は655円となるから、同額については侵害行為の後である同日以降の遅延損害金請求の限度で理由がある。
5 結論
 以上によれば、原告の本訴請求のうち、差止請求については、原告の専用使用権の範囲である「のど飴その他のキャンデー」に被告標章を付すことの差止め等を求める限度で理由がある。すなわち、被告標章をのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に付すことの差止め(主文第1項)、包装等に被告標章を付したのど飴その他のキャンデーの販売等の差止め(同第2項)、のど飴その他のキャンデーの商品広告に被告標章を付すことの差止め(同第3項)並びに被告標章を付したのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装及び商品広告の廃棄(同第4項)を求める限度で理由がある。また、損害賠償請求については、50万6291円及びうち50万5636円に対する平成14年5月25日から、655円に対する同月30日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある(同第5項)。
 よって、主文のとおり、判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 青木孝之
 裁判官 松岡千帆


登録商標目録
 登録番号 第1650420号
 登録商標 下記のとおり
 出願年月日 昭和55年12月24日
 登録年月日 昭和59年1月26日
 指定商品 第30類 菓子、パン
(※ 被告標章目録1、被告標章目録2、被告標章目録3 省略)◆H15. 6.27 東京地裁 平成14(ワ)10522 商標権 民事訴訟事件
平成14年(ワ)第10522号 商標専用使用権侵害差止等請求事件

 (口頭弁論終結の日 平成15年4月22日)

判決
原告 カバヤ食品株式会社
訴訟代理人弁護士 小南明也
補佐人弁理士 秋元輝雄
被告 サクマ製菓株式会社
訴訟代理人弁護士 長谷川健
同 岩佐孝仁
補佐人弁理士 水野勝文


主文
1 被告は、その製造販売するのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付してはならない。
2 被告は、のど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを販売し、販売のために展示してはならない。
3 被告は、のど飴その他のキャンデーの商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付して展示し、頒布してはならない。
4 被告は、その占有するのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装若しくはその商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを廃棄せよ。
5 被告は、原告に対し、50万6291円及びうち50万5636円に対する平成14年5月25日から、655円に対する同月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求を棄却する。
7 訴訟費用は、これを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
8 この判決の第1項ないし第5項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、その製造販売するキャンディー、のど飴又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付してはならない。
2 被告は、キャンディー、のど飴又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを販売し、販売のために展示してはならない。
3 被告は、キャンディー、のど飴等の商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付して展示し、頒布してはならない。
4 被告は、その占有するキャンディー、のど飴又はそれらの包装若しくはその商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを廃棄せよ。
5 被告は、原告に対し、600万円及びこれに対する平成14年5月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、商標権者から登録商標につき当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けた原告が、被告に対し、被告が別紙被告標章目録1ないし3記載の標章(以下、「被告標章1」などといい、これらを併せて「被告標章」と総称する。)をのど飴に付して、これを販売展示等する行為は原告の独占的通常使用権ないし専用使用権を侵害すると主張して、専用使用権に基づき販売展示等の行為の差止め及び商品の廃棄を求めるとともに損害賠償(原告が独占的通常使用権者であった期間の分を含む。)を求めている事案である。
 被告は、これに対して、@ 被告標章は登録商標に類似しない、A 被告標章は商品の効能、用途等を普通に用いられる方法で表示するものであり、商標権の効力は及ばない(商標法26条1項2号)、B 原告が専用使用権の設定を受けるに至った経過等に照らせば、原告の被告に対する権利行使は権利の濫用に当たるなどと主張して、原告の請求を争っている。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 当事者
 原告と被告は、共に菓子の製造販売を主たる目的とする株式会社である。
(2) 原告の権利
ア 登録商標
 訴外株式会社信州蜂蜜本舗(以下「信州蜂蜜本舗」という。)は、下記の商標権を有している(以下これを「本件商標権」といい、この登録商標を「本件登録商標」という。)。
 登録番号 第1650420号
 登録商標 別紙登録商標目録記載のとおり
 出願年月日 昭和55年12月24日
 登録年月日 昭和59年1月26日
 指定商品 第30類 菓子、パン
イ 独占的通常使用権の許諾(甲2)
 原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき、下記の内容で使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)を締結した。
 使用商標 花粉のど飴
 使用商品 キャンディ
 使用地域 日本全国
 使用期間 平成13年12月1日から2年間
 使用権の内容 独占的通常使用権
 対価 年額20万円(ただし、契約締結日から1か月内に2年分40万円を前払いする。)
ウ 専用使用権の設定(甲1の1、3、4)
 原告は、平成14年4月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき、下記の内容の専用使用権設定契約を締結し、同月23日、その登録を受けた。
 地域 日本全国
 期間 平成16年1月26日(本件商標権の存続期間満了日)まで
 内容 指定商品中「のど飴及びその他のキャンデー」
(3) 被告の行為
 被告は、遅くとも平成13年11月ころから、その包装に別紙被告標章目録1、2を付したのど飴(キャンディー。以下「被告商品」という。)の宣伝を開始し、同年12月ころから、被告商品を販売している。
 被告商品のパンフレットには、被告標章1を大書した被告商品の外袋表側の写真と被告標章3が掲載されている。
2 本件の争点
(1) 本件登録商標と被告標章が類似するかどうか。(争点1)
(2) 被告標章は、「商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標」(商標法26条1項2号)に該当するかどうか。(争点2)
(3) 原告が本件登録商標につき専用使用権の設定を受けた経緯などに照らすと、原告の本訴請求は、権利の濫用に当たり許されず、又は、原告が専用使用権の設定を受けたことは信託法11条に違反し無効かどうか。(争点3)
(4) 原告の損害の内容及び額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件登録商標と被告標章の類否)について
【原告の主張】
(1) 本件登録商標
 本件登録商標は、「花粉」という文字(ゴシック体)を縦書きにし、ふりがなの「かふん」を右側に連書してなるものである。
(2) 被告標章の要部
ア 被告標章1は「花粉のど飴」の文字を縦書きにしたもの、被告標章2は「花粉のど飴」の文字を横書きにしたもの、被告標章3は「花粉のど飴2」の文字を横書きにしたものである。
イ 商標法における商標の本質的な機能は、自他商品を識別する機能にあるところ、上記各被告標章のうち、「のど飴」、「のど飴2」の部分は、単に当該商品が「のど飴」であるという商品の属性を示す表示(すなわち普通名称)、あるいは、単なる数字にすぎないため、当該部分に自他商品識別力は全くない。そうすると、上記各被告標章の中で自他商品識別機能を発揮できる部分は、「花粉」の部分にしかないから、被告標章の要部が「花粉」という文字部分にあることは一目瞭然である。
 したがって、被告標章の要部は「花粉」という文字部分である。
ウ この点、被告は、外観上、「花粉」という文字と「のど飴」という文字が同じ大きさ、書体で、等間隔に配列され、「花粉」の部分と「のど飴」の部分が同等の比重を持つと主張するが、要部の認定に際して、文字部分、字体の同一性を根拠にすることはできない。
 また、被告は、「花粉」も「のど飴」も極めて普通に用いられる文字・単語である旨も主張しているが、本件登録商標は、「商品区分:第30類」、「指定商品:菓子、パン」であり、これらにおいて使用される「花粉」の文字は、普通に用いられる文字・単語とはいえない。
(3) 商標の同一又は類似性
ア 本件登録商標の「花粉」も被告標章の要部である「花粉」も字体はゴシック体であり(ただし、被告標章1、2は白抜き)、本件登録商標が縦書きであるのに対して被告標章2、3は横書きであるという違いはあるものの、文字の配列等はほとんど同じである。したがって、外観についてはほぼ同じといえる。
イ 本件登録商標と被告標章の要部とを比較すると、その称呼は同一である。
ウ 「花粉」の観念が生ずる点においても、両者は共通する。
 この点、被告は、被告標章から「花粉症に効くのど飴」、「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずる旨主張するが、失当である。そもそも、花粉症は、鼻炎(くしゃみ、鼻水、鼻づまり)、目の充血などの主たる症状のほか、喉荒れ(喉がいがらっぽい、ひりひりする)などの症状を呈するものであるが、「花粉」という単語を「のど飴」に付し、「花粉のど飴」と表示することで喉荒れ症状緩和の効果を観念できるわけではない。「花粉のど飴」からは、文字どおり、「花粉」の観念しか生じないというべきである。
 仮に、被告が、被告商品を販売する段階で、「花粉症対策用の」などといった意図を有し、それによって本件商標権を侵害しないと判断していたとするならば、それは明らかに製造承認申請を受けていないにもかかわらず、「医薬品としての効能、効果をうたったのど飴」の広告をしたことになるから、薬事法68条に違反したことを自認することになる。
エ 以上アないしウによれば、外観、称呼、観念において、被告標章は本件登録商標と同一、あるいは少なくとも類似している。
【被告の主張】
(1) 被告標章の要部
 被告標章は、「花粉」という文字とこれと同じ大きさ・書体(ゴシック体)の「のど飴」(被告標章3においては「のど飴2」)という文字を一列に配したものであり、「花」、「粉」、「の」、「ど」、「飴」(被告標章3においては、これに加えて「2」)の各文字は等間隔に配列されているものである。
 このように、被告標章は、外観において、「花粉」の部分と「のど飴」の部分が、同等の比重を持つ構成部分であることは明らかであるし、「花粉」も「のど飴」も極めて普通に用いられる文字・単語であって、一方が標章の構成部分として注目されるものとはいえないから、両者の間に主従・軽重の関係があるとは認められない。
 したがって、被告標章は、「花粉」の部分と「のど飴」の部分とに分離してとらえるべきではなく、「花粉のど飴」という一体のものとして把握すべきであり、「花粉」のみでは、自他商品識別力を有しないことは明らかである。
(2) 商標の非同一性又は非類似性
ア 本件登録商標は「花粉」という文字(ゴシック体)を縦書きにし、「かふん」を右側に連書してなるのに対し、被告標章は、同じ大きさ、書体による「花」、「粉」、「の」、「ど」、「飴」(「2」)の各文字を一列に配したものであるから、両者の外観は類似するとはいえない。
イ 本件登録商標の称呼は「かふん」であるのに対し、被告標章の称呼は、被告標章に接する需要者が被告標章を全体として観察し、「かふんのどあめ」、「かふんのどあめに」と一連で発音することは明らかである。したがって、両者は称呼においても類似しない。
ウ 本件登録商標から生ずる観念は、「花粉」すなわち「種子植物の雄しべの葯の中にある粒状の細胞」であるのに対し、被告標章から生ずる観念は、「花粉症に効くのど飴」あるいは「花粉症対策用のど飴」であり、「種子植物の雄しべの葯の中にある粒状の細胞」という観念が生ずる余地はない。したがって、両者は観念においても類似しない。
エ また、「花粉○○」の構成からなる標章が、本件登録商標とは非類似であると判断され、下記のとおり、現に商標登録されていることからみても、本件登録商標と被告標章は類似していないというべきである。
 記
@ 商標「花粉STOP」(登録第4267292号)
A 商標「花粉ブロック」(登録第4276689号)
B 商標「花粉あめのち晴れ」(登録第4497309号)
C 商標「花粉注意報」(登録第4022314号)
D 商標「花粉警報」(登録第4063475号)
E 商標「花粉前線」(登録第4105544号)
F 商標「花粉にミント/花粉にMINT」(登録第4224101号)
G 商標「花粉の季▲節▼」(登録第4083857号)
オ さらに、平成13年12月ころから平成14年4月ころの飴・キャンディーの市場(以下、「平成14年春期市場」ということがある。)においては、被告商品の「花粉のど飴」のほか、同年1月ころ出た原告の「花粉のど飴」、春日井製菓株式会社(以下「春日井製菓」という。)の「花粉のど飴」、「ノンシュガー花粉のど飴」の発売が開始され、株式会社オレンジゼリー本舗の「花粉のど飴」、株式会社扇雀飴本舗の「花粉/クールアップタイム/CUT」、ライオン菓子株式会社の「シュガーレス花粉対策キャンデー」、「花粉本舗」、株式会社リボンの「花粉大作戦」等が販売されており、「花粉○○」なる表示ののど飴やキャンディーが、被告商品と同一のものを含めて、多数存在していた。
 このような状況の下では、「花粉」の表示のみを分離抽出して、これを商品の出所表示部分と需要者等が認識することはあり得ず、本件登録商標と出所の混同を起こすおそれは皆無であった。
カ 以上のとおり、本件登録商標と被告標章は類似していない。
2 争点2(被告標章は26条1項2号の商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標に当たるか)について
【被告の主張】
(1) 被告標章の「花粉」の部分は、「のど飴」の部分と一体となることにより、被告商品が、春のスギ花粉の時期に使用する「花粉症対策用のど飴」、「花粉症に効き目がある」ということを示す商品の効能あるいは用途等を表示するものにすぎない。
 今日、我が国において、花粉症は国民病とも呼ばれる疾患であり、ある医師の報告によれば、あらゆる世代を通じてのスギ花粉症の有病率は15〜16%とされ、実に1200万人以上の患者が苦しんでいる。被告商品の需要者は、花粉症の患者であるが、その大多数の需要者が、「花粉のど飴」という表示をみて、花粉症対策用の「のど飴」であると認識することは、ごく当然のことである。少なくとも、需要者である花粉症患者が「花粉のど飴」という表示をみて「花粉ブランドの飴」と理解することはない。
 しかも、被告標章を付した商品パッケージの字体はゴシック体であって、特に一般の注意を引くようなものではなく、文字の大きさ及び文字の間隔等についてみても、「花粉」部分と「のど飴」部分が分離して表示されているわけではない。
 上記のとおり、被告標章は、「花粉症に効き目のあるのど飴」又は「花粉症対策用のど飴」という商品の「普通名称」、「効能」、「用途」あるいは「使用時期」を、普通に用いられる方法で表示したものであるから、商標権の効力はこれに及ばないというべきである(商標法26条1項2号)。
(2) また、商標の本質は、自己の営業に係る商品を他人の営業に係る商品と識別するための標識として機能することにあるというべきであり、商標法1条、3条などの趣旨にかんがみると、同法36条の差止請求権は、商標が自他商品の識別標識としての機能を果たすのを妨げる行為を排除し、商標本来の機能を発揮できるようにすることを目的とする権利であるから、侵害者たる第三者の使用する商標は、単に形式的に商品等に表示されているだけでは足らず、それが自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要するものというべきである。
 被告標章についてみると、「花粉」の部分及び「のど飴」の部分は、いずれも日常的に極めて普通に用いられている単語であり、上記のとおり、被告標章のうち「花粉」の部分は「のど飴」の部分と一体となることによって、「花粉症に効き目がある」又は「花粉症対策用の」という観念を生ずるにすぎず、被告商品の効能、用途等を表示しているにすぎない。
 したがって、被告標章は、何人かの業務に係る商品であることを示す表示と認識できるものではなく、そもそも自他商品識別力を有しないものであるから、その意味で、被告標章は、「花粉」という本件登録商標の使用に当たらない。
【原告の主張】
(1) 争点1について主張したとおり、被告標章からは、「花粉症に効き目のあるのど飴」又は「花粉症対策用のど飴」という観念は生じない。
 被告の主張によると、例えば「花粉甘栗」、「花粉甘納豆」、「花粉あられ」などについても、「花粉症に効き目がある甘栗」、「花粉症に効き目がある甘納豆」…といった観念が生ずることになるが、そのような解釈が不当であることは明らかである。このことは、「指定商品:菓子、パン」に含まれる商品において、「花粉…」の用語、用法が、当該指定商品の効能、用途を普通に用いられる方法で表示するものでないことを端的に示すものである。
(2) また、被告は、被告標章はそもそも自他商品識別力を有しないと主張するが、「花粉のど飴」という標章に自他商品識別機能がないとするならば、被告商品を購入しようとする顧客は、一体何を基準として被告の複数の商品あるいは原告その他の同業他社の商品と区別するのか分からない。被告商品の包装上の表示からも、被告標章は、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることは明らかである。
3 争点3(原告の本訴請求は権利濫用に当たり、又は原告が専用使用権の設定を受けたことは信託法11条違反に当たるか)について
【被告の主張】
(1) 以下の事実経過に照らせば、原告の被告に対する本訴請求は、権利の濫用に当たり許されず、また、原告が信州蜂蜜本舗から本件登録商標につき専用使用権の設定を受けたことは信託法11条に違反し、無効である。
ア 「花粉のど飴」という標章を付した商品の販売時期
 被告は、平成12年11月6日、「花粉のど飴」の発売予告を開始し、平成13年1月ころから、平成13年の春期商品として「花粉のど飴」という商品の販売を開始した。一方、当時、原告は、平成13年の春期商品として「花粉のど飴」という商品は販売しておらず、「花粉注意報キャンディ」という商品を花粉症対策用のど飴として販売していた。
イ 原告の商標登録出願
 原告は、平成13年の春期商品であった「花粉注意報キャンディ」の後継商品として、平成14年の春期商品「花粉のど飴」の販売開始を予定し、信州蜂蜜本舗の商標登録出願事務を担当する弁理士と同一の弁理士を代理人として、平成13年7月12日、指定商品を菓子及びパンとして「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき、商標登録出願をした。
 そして、原告は、同年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき、商標の使用態様を「花粉のど飴」に限定した通常使用権許諾契約を締結した。
ウ 被告は、平成13年11月22日、信州蜂蜜本舗から、被告による被告商品の販売が信州蜂蜜本舗の有する本件商標権を侵害する旨の警告書を受けた。
エ 原告は、被告が「花粉のど飴」という商品を既に販売していたことを知りながら、平成13年12月ころより、平成14年の春期商品として被告商品と全く同じ名称の「花粉のど飴」という商品の販売を開始した。
オ 原告は、平成14年4月1日、信州蜂蜜本舗から本件登録商標の専用使用権の設定を受け、同月23日、専用使用権の登録手続を了し、同月30日、被告に対し、警告書を送付した後、同年5月20日、本件訴訟を提起した。
(2) 権利濫用について
 上記(1)のとおり、原告は、信州蜂蜜本舗の商標登録出願事務を担当する弁理士と同一の弁理士を代理人として、「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願をしたものであるから、遅くとも平成13年7月ころには、被告と信州蜂蜜本舗の間、あるいは原告と被告の間で本件登録商標をめぐって紛争になることを十分認識していた。また、原告が、「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願をしたことは、原告自身、「花粉のど飴」から「花粉症に効くのど飴」又は「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずるという認識を有していたことを表すものである。
 このように、原告は、被告と信州蜂蜜本舗との紛争を十分認識しながら、他方において、信州蜂蜜本舗から本件登録商標の独占的通常使用権の許諾ないし専用使用権の設定を40万円の対価で受けた後、被告に後れて、被告商品と全く同一名称の「花粉のど飴」という商品の販売を開始した。そして、「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願をした際の主張を翻し、全く逆の主張をして本訴を提起し、信州蜂蜜本舗が本件登録商標につき商標登録を受けていたことを利用して被告商品を排除しようしているものであるから、原告の本訴請求は著しく信義に反し、権利の濫用に当たる。
(3) 信託法11条違反について
 上記(1)の経緯に照らせば、信州蜂蜜本舗は自ら本件登録商標を付した商品を販売した実績も、販売する計画もなかったことから、仮に被告の行為が本件商標権の侵害と認められたとしても、被告に対し、本件登録商標の使用料相当額以上の損害を請求することができない立場にあった。このような事情に照らせば、原告が、自己の名でその出捐金額の50倍以上にのぼる請求をすることにより、被告と信州蜂蜜本舗の紛争について同社に代わり訴訟追行する目的で、同社との間で本件登録商標の専用使用権設定契約をしたことは明らかである。したがって、原告が信州蜂蜜本舗から本件登録商標につき専用使用権の設定を受けたことは信託法11条に違反し、無効である。
【原告の主張】
(1) 被告の主張は主張自体失当である。
 権利濫用は「抗弁」として主張されるものであるから、被告の使用する被告標章が本件登録商標と同一又は類似であって、被告の行為が形式的には本件商標権を侵害するものであるにもかかわらず、実質的な理由から違法性がないという主張でなければならないはずである。
 ところが、本件においては、被告は、当初から商標権者である信州蜂蜜本舗からの差止請求を無視し、商標権侵害行為を継続していたものであるから、被告の行為を正当化することは困難であり、権利濫用の主張はそれ自体失当である。
(2) 権利濫用及び信託法11条違反の主張について
ア 原告は、平成13年度冬以降に販売する商品の名称として「花粉のど飴」を用いたいと考え、平成13年6月ころから商標登録出願の準備を始めた。そして、同年7月12日付けで「Kabaya/花粉のど飴」の標章につき商標登録出願を行った。その後、特許庁から拒絶理由通知を受けたため、原告は、同出願を取り下げた。
 原告は、この出願の過程で本件登録商標の存在を知り、本件商標権との抵触を懸念して、信州蜂蜜本舗との間でライセンス取得の交渉を行い、その結果、平成13年8月1日付けで独占的通常使用権の許諾を得た。この段階では、原告は、被告が平成13年1月から「花粉のど飴」の名称の商品を販売していた事実を全く知らなかったし、ましてや、被告がその翌年度(平成13年冬から同14年春にかけて)の商品にどのような商品名を用いるかを知るよしもなかった。
 そして、原告が平成13年秋以降「花粉のど飴」の販売活動を開始したところ、被告や春日井製菓も同一の商品名の商品を販売するとの情報を得たため、信州蜂蜜本舗に対してこの事実を通知し協議を行った結果、信州蜂蜜本舗において、被告らに対して警告書を送付したものである。
 なお、この後、原告は、平成14年4月1日付けで、信州蜂蜜本舗から本件登録商標につき専用使用権の設定を受けたため、被告への対応は原告が行うことになった。
イ 上記アのとおり、原告は商標権者から正当な使用権を取得するためライセンス交渉を行い、使用の対価を支払って使用権の許諾を得た上で「花粉のど飴」の標章を使用したのであるから、権利濫用との批判を受けるいわれはない。
ウ 信託法11条違反の主張について
(ア) 時機に後れた主張であること
 被告は、平成15年4月16日付け準備書面において、信託法違反の主張をしたものであるが、口頭弁論を終結する段階に至ってこのような主張することは、明らかに時機に後れたものとして却下すべきである。
(イ) また、そもそも信託法11条においては、「信託は訴訟行為を為さしむることを主たる目的としてこれをなす事を得ず。」と規定しているところ、原告は、自ら使用することを目的として、信州蜂蜜本舗と専用使用権設定契約を締結したものであるから、「訴訟行為をすることを主たる目的」としていない(従たる目的でもない。)。
 しかも、原告が被告に求めている損害賠償請求のほとんどは、独占的通常使用権の侵害を理由とするものであるから、被告と信州蜂蜜本舗の紛争について訴訟追行する目的で原告が専用使用権設定契約をしたとの被告の主張は、その前提を欠くものであり、失当である。
4 争点4(原告の損害の内容及び額)について
【原告の主張】
 原告は、被告が、平成13年12月1日から平成14年5月末日までの間に被告商品を販売したことにより、下記の損害を被った。
(1) 独占的通常使用権の侵害(平成13年12月1日から平成14年4月22日まで)
ア 商標法38条2項の類推適用
 下記のとおり、原告が受けた損害額については、商標法38条2項の類推適用により、被告が得た利益額をもって独占的通常使用権者が受けた損害額と推定すべきである。
 原告は、その包装に「花粉のど飴」の標章を付したキャンディー(以下「原告商品」という。)を平成13年12月から平成14年4月の約5か月の間に約90万袋販売した。
 原告の上記販売実績に照らせば、被告も、商品売上規模、会社知名度等からして、平成13年12月から平成14年4月22日までに約70万袋の被告商品を販売したものと思われる。
 被告は、被告商品を小売り段階で1袋150円で販売しており、被告の販売単価(建値。すなわち、製造業者が卸売業者に対して供給する値段。卸売業者にとっては仕入値。)は105円程度、被告商品の利益率はその15パーセントとそれぞれ推測される(原告も被告も、菓子の製造、販売を主たる目的とする株式会社で、創業から50年以上経過した老舗企業であるという点で共通する。全体としての売上規模は原告の方が高いものの、キャンディーの製造、販売に限定すれば被告はその専業メーカーで売上規模が大きく、原告と被告は同程度と考えられるため、原告商品の利益率を参考とすれば、被告商品の利益率は少なくとも15%である。)。
 したがって、上記期間における被告の利益額は、1102万5000円である(計算式=70万袋×105円×0.15)。
イ 相当因果関係の範囲における損害額(民法709条)
 上記アにおいて、仮に商標法38条2項の類推適用が認められない場合、原告は、被告に対し、予備的に、民法709条の相当因果関係に基づく損害額の範囲として、下記のとおり、735万円の損害賠償を求める。
 原告は原告商品を約5か月で約90万袋販売したものであり、販売単価は小売段階では1袋200円である。
 他方、被告は被告商品を約5か月で推定70万袋販売し、原告商品とほぼ同等の商品(内容量が70gである点も同じ)を1袋150円(小売価格)で販売している。
 このように、被告商品は、その標章、製品種別、内容量がそれぞれ原告商品と同じで、同等品として市場で競合するにもかかわらず、価格面では原告商品よりも25%も安い。
 そうすると、価格面を重視する需要者の中には、原告商品の「花粉のど飴」よりも価格の安い、被告商品の「花粉のど飴」を誤認混同の上で購入した消費者が相当数存在し、被告が販売したと推定される70万袋のおよそ半数はそれに該当するものと推測される。
 原告商品の販売単価(建値)は約140円、その利益率は約15%であるから、被告商品の販売がなければ、原告は735万円の利益を得られたはずである(計算式=35万袋×140円×0.15)。
(2) 専用使用権の侵害(平成14年4月23日から同年5月末日まで)
 専用使用権の侵害については、商標法38条2項による損害を主張する(原告第5準備書面・5頁)。
 上記(1)アのとおり、被告は被告商品を約5か月で70万袋販売し、被告商品の販売単価(建値)は、約105円、その利益率は約15%である。「のど飴」は季節商品であるから、平成14年4月23日以降同年5月末日までの販売数量は、1か月分に当たる5000袋程度と思われる。
 上記の数値を基に商標法38条2項を適用して計算すると、上記期間において、専用使用権者である原告が受けた損害の額は、7万8750円となる(計算式=5000袋×105円×0.15)。
(3) なお、被告は、上記(1)及び(2)の期間(平成13年12月1日から平成14年5月末日まで)に、被告商品を合計27万6515袋(出荷金額2903万4090円)出荷した旨を主張している。これを前提とすると、少なくとも同期間における被告の利益額は、435万5113円となる(計算式=2903万4090円×0.15)。
(4) 弁護士費用相当額
 原告は、本訴の追行のため弁護士費用の負担を余儀なくされたものであり、上記の独占的通常使用権及び専用使用権の侵害行為と相当因果関係にある弁護士費用相当額は、100万円を下らない。
(5) まとめ
 以上によれば、原告が被った損害額合計は次のとおりとなる。
ア 独占的通常使用権者であった期間の損害賠償につき商標法38条2項の類推適用を認めた場合の損害額
 1210万3750円
 計算式=1102万5000円(上記(1)ア)+7万8750円(上記(2))+100万円(上記(4))
イ 独占的通常使用権者であった期間の損害賠償につき商標法38条2項の類推適用が認められず、民法709条に基づき計算した場合の損害額
 842万8750円
 計算式=735万円(上記(1)イ)+7万8750円(上記(2))+100万円(上記(4))
ウ 被告主張の販売実績を前提とした場合の損害額(商標38条2項)
 535万5113円
 計算式=435万5113円(上記(3))+100万円(上記(4))
エ したがって、原告は、被告に対し、上記ア又はイの内金として600万円及びこれに対する平成14年5月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。なお、上記ウに記載のとおり、本件においては、被告の主張に係る販売数・販売額を前提としても、原告の損害額は、少なくとも535万5113円及びこれに対する遅延損害金となる。
【被告の主張】
 被告は、損害の内容及び額に関する原告主張の事実は否認し、法律上の主張は争う。特に反論を要する点について、次のとおり主張する。
(1) 被告商品の販売数量
 被告は、平成13年12月1日から平成14年5月30日まで被告商品を販売したものであるところ、その販売数量は、合計27万6515袋であり、同期間の出荷金額の合計は、2903万4090円である。
(2) 被告商品の販売による利益率
 被告商品の販売による利益率が15%であるとの原告の主張は否認する。
 むしろ、被告商品については、利益どころか損失が生じている。
(3) 原告に損害は発生していないこと
 平成12年3月ころ、我が国のキャンディー市場において、飴が一定の機能性ある食品として認知されていたことは明らかであり、実際の取引の場面において、被告商品である「花粉のど飴」の表示のうち「花粉」の文字から、需要者が「花粉症対策用の」という意味を感じ取ることは明らかである。「花粉のど飴」という標章に接した需要者が、その「花粉」の文字部分から原告又は原告が製造販売している特定の商品を想起し、被告商品を原告商品であると誤認して購入することは考えられない。
 したがって、実際の取引において、被告商品が売れたからといって原告商品が売れなくなるという関係は生ずるはずがないというべきで、原告に損害が発生していないことは明らかである。
(4) 独占的通常使用権者による損害賠償請求について
ア 被告が被告商品を販売する行為は、原告の本件登録商標に関する独占的通常使用権を侵害するものとは考えられないが、仮に、被告商品の販売行為等が原告の独占的通常使用権に係る本件登録商標の使用に該当するとしても、損害額の算定につき、商標法38条2項を類推適用することはできない。
 そもそも、同規定は、商標権等に対する侵害行為によって商標権者等が被った営業上の損害の額についてその立証が困難であることにかんがみ、これを救済することを目的とするものであって、権利者が被った損害の額を推定し、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨のものである。
 したがって、本件のように損害が発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的な枠組みを超えるものといわざるを得ない。
イ 通常使用権は、債権的権利にすぎず、第三者に対して使用差止請求をしたり、直接損害賠償請求をすることはできない。すなわち、通常使用権は、商標自体を直接的、排他的に支配する権利ではなく、商標権者又は専用使用権者に当該商品を「使わせてもらう」権利であって、人を介して実現される権利にすぎないから、通常使用権に基づき、第三者に損害賠償の請求をなし得ないことは明らかである。
 さらに、原告が有している独占的通常使用権の「独占」の内容を検討すると、使用商品をキャンディーに限定し、「花粉のど飴」という限定された商標使用を認め、かつ、同使用商品について「花粉のど飴」という商標を第三者に許諾しないとするものであり、「花粉のど飴」以外の商標であればキャンディーについても、商標権者が「花粉」の商標を自ら使用し、第三者に使用させることも自由なのである。この程度の「独占」をもって、一般的な通常使用権を超えて、第三者に直接損害賠償請求できる権利ということはできない。
ウ 原告は、被告商品に「花粉」の文字を付されていることが原因で、原告に損害が発生していると主張するが、原告商品の「花粉」の文字部分が全く出所表示機能を発揮しえない(需要者において「花粉」と「カバヤ食品」ないし同社の製品とが結びつき得ない)のであるから、このような場合まで、被告が被告商品により得た利益額を原告の損害額と推定するという商標法38条2項を類推適用することは妥当でない。
エ 原告は、商標法38条2項が(類推)適用されないとしても、なお原告に損害は発生する旨も主張するようであるが、上記のとおり、「花粉」の文字部分が原告を表す出所表示機能を有しない以上、原告に損害が発生するはずもない。
(5) 仮に、原告が被告商品の販売により損害を被っているとしても、商標法38条3項に基づき、原告が本件登録商標の商標権者に支払った実施料である年額金20万円を最大額とするのが相当である。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件登録商標と被告標章の類否)について
(1) 本件登録商標の構成
 本件登録商標は、漢字2文字の「花粉」をゴシック体活字で縦書1列に記載し、その右側にひらがな「かふん」をゴシック体小活字でふりがな様に添え字として縦書1列に記載してなるものである。
 本件登録商標においては、外観上、大書された漢字「花粉」の部分が見る者の注意をひくものであり、「かふん」の称呼と、「花粉」すなわち「種子植物の雄性の配偶体」の観念を生ずる。
(2) 被告標章の構成等
ア 被告標章の構成
 被告標章1は黒色の縦帯状の背景に漢字及びひらがなの混在した「花粉のど飴」の文字を太字ゴシック体活字で縦書1列に記載にしたもの、被告標章2は黒色の横帯状の背景に「花粉のど飴」の文字を太字ゴシック体活字で横書1列に記載したもの、被告標章3は「花粉のど飴2」の文字をゴシック体活字で横書1列に記載したものである。
イ 被告標章の使用態様
 被告は、遅くとも平成13年12月ころから、平成14年春夏商品として、のど飴(キャンディー)である被告商品を販売しているところ、被告商品における被告標章の使用態様は、次のとおりである。
 被告商品は、のど飴(キャンディー)を1個ずつ個別に小袋に個包装した上で、これを所定の数量大袋に入れた袋詰めとして販売されているところ、個包装の小袋の表側中央部に黒色ないし濃茶色の縦帯が描かれ、この帯部分に白のゴシック体活字で被告標章1が表示されている(甲6の3、4)。また、小袋を収納する大袋には、表側中央に黒色ないし濃茶色の縦帯が描かれ、この帯部分に白のゴシック体活字で被告標章1が表示され、裏側上部に黒色ないし濃茶色の横長の長方形が描かれ、この長方形部分に白のゴシック体活字で被告標章2が表示されている(甲6の1、2、4)。また、被告が作成して取引者に対して配布している平成14年春夏用商品のカタログ(甲6の5)には、被告商品を示す名称として被告標章3が記載されている。
ウ 被告標章の要部
 被告商品がのど飴であることに照らせば、被告標章のうち「のど飴」の部分は、標章の付された当該商品の内容、属性を示す普通名称であるから、自他商品識別機能を有しない部分である。また、被告標章3のうち末尾の「2」は、数字であって、商品名の末尾に付された場合には、通常、続編ないし改良製品等であることを示すものであり、それ自体としては自他商品識別機能を有するものではない。
 他方、被告標章のうち「花粉」の部分については、被告商品の属する、のど飴ないしキャンディーの分野において、通常、商品の原材料や効能・用途を意味する語ということはできない。
 そうすると、被告標章においては、「のど飴」ないし「のど飴2」の部分を除いた「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する部分として、見る者の注意をひく部分というべきである。
 上記のとおり、被告標章においては、「花粉」の部分をもって要部ということができる。
(3) 本件登録商標と被告標章の類否
ア 本件登録商標においては、漢字で「花粉」と縦1列に大書した部分が商標中の大きな部分を占め、右側に小文字でふりがな様にひらがな「かふん」を記載した部分と比べて、見る者の注意を引く部分と認められる。
 他方、前記のとおり、被告標章は、縦書き1列又は横書き1列に「花粉のど飴」ないし「花粉のど飴2」と記載したものであり、これらのうち要部である「花粉」の部分は、被告標章1、2においては活字の形状やそれが白抜文字である点で異なり、また、被告標章2、3においては、横書1列に記載されている点で異なるが、いずれも「花粉」の文字の記載がある点において本件登録商標と共通である。 
 そして、被告標章においては前記のとおり「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する要部というべきところ、当該部分は、本件登録商標と称呼及び観念が同一である。
 上記によれば、被告標章は、本件登録商標と外観において類似し、その要部の称呼、観念が同一であるから、いずれも本件登録商標に類似するものというべきである。
イ この点に関して、被告は、@ 被告標章においては「花粉」の部分と「のど飴」の部分が同一の大きさ及び書体であり、等間隔で配列されているから、「花粉」の部分と「のど飴」の部分とに分離してとらえるべきではなく、「花粉のど飴」という一体のものとして把握すべきである、A このような理解によれば、被告標章からは「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずるなどと主張する。
 しかし、商標の要部の認定に当たっては外観のみを基準とすることはできないところ、本件においては、前記のとおり被告標章のうち「のど飴」の部分は自他商品識別機能を全く備えない部分であるから、「花粉」の部分に自他商品の識別機能を認めざるを得ないものであり、また、被告標章が外観において「花粉」以外の部分が特に見る者の目をひくような構成となっているわけでもないから、「花粉」の部分を被告標章の要部と認める上で妨げとなるものでもない。
 また、証拠(乙17、55、64ないし67、69ないし75、81)によれば「SPA!」、「ぴあ」といった情報誌において、平成10年ころから花粉症対策の商品としてマスクや点眼薬等のほか、キャンディー(のど飴)やガムなどの菓子類を、手軽に花粉症対策を行うことのできる機能性食品として紹介する記事が掲載され、その後現在まで、毎年、花粉症の季節である2月や3月ころに発売される情報誌に、「花粉シャット」、「花粉本舗」といった標章を付した花粉症対策用の飴など種々の商品が掲載されていることが認められるが、「花粉のど飴」の語が、「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する1個の独立した語として一般的に使用されていたことまでは認めることができない。
 さらに、証拠(乙4、34、49、50、51)によれば、平成14年8月ころから、花粉症罹患者を対象としたウェブサイト上において、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」の意味で用いられた例があり、花粉症罹患者がウェブサイト上の掲示板に「花粉のど飴」の語を同趣旨で用いた文章の書き込みをしている例が存在することが認められる。しかしながら、他方、証拠(乙46ないし48)によれば、全世代を通じてのスギ花粉症の罹患率は15〜16%にとどまるものであることが認められるものであり、これらの事情に照らせば、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」を意味するものであると一般的に認識されているとまでは認められない。
 したがって、「花粉のど飴」を一体としてとらえて本件登録商標との外観、称呼、観念の類否を判断するべきであるとの被告の主張は、採用できない。
 さらに、被告は、「花粉○○」の構成からなる標章で、商標登録がなされているものが存することをもって、本件登録商標と被告標章との非類似を主張しているが、被告の掲げる「花粉○○」という登録商標は、いずれも「○○」に当たる部分に、「にミント」、「の季節」、「STOP」、「ブロック」、「あめのち晴れ」、「注意報」、「警報」、「前線」という、それだけでは意味をなさず、「花粉」という語と結びついて一定の意味を生ずる語か、あるいは対象商品の内容等とは無関係な語が置かれているものである。したがって、これらの登録商標が存するとしても、「花粉」の語に続いて対象商品それ自体である「のど飴」の語が付されている被告標章について、本件登録商標と類似するとの判断が妨げられるものではない。
ウ 以上のとおり、被告の主張はいずれも採用できない。
2 争点2(被告標章は商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標に当たるか)について
 前記1(3)イにおいて認定のとおり、「SPA!」、「ぴあ」等の情報誌において、平成10年ころから花粉症対策の商品としてキャンディー(のど飴)やガムなどの菓子類が、手軽に花粉症対策を行うことのできる機能性食品として紹介する記事が掲載され、その後現在まで、毎年、花粉症の季節である2月や3月ころに発売される情報誌に、「花粉シャット」、「花粉本舗」といった標章を付した花粉症対策用の飴など種々の商品が掲載されていることが認められ、また、平成14年8月ころから、花粉症罹患者を対象としたウェブサイト上において、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」の意味で用いられた例が存在することが認められるが、「花粉のど飴」の語が、「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する語として、一般的に認識され、使用されているとまでは認めることができない。
 また、前記1(2)アにおいて認定した被告標章の使用態様に照らせば、被告標章1、2は、被告商品の大袋の表側中央部及び裏側上側のそれぞれ目につく部分に大書されているものであって、「普通に用いられられる方法で表示する」ものということもできない。
 上記によれば、被告標章(「花粉のど飴」)ないしそのうちの「花粉」部分が、「指定商品の普通名称、効能、用途等を表示する商標」(商標法26条1項2号)に当たるとする被告の主張(抗弁)は、採用できない。
3 争点3(原告の本訴請求は権利の濫用、又は信託法11条違反に当たるか)について
(1) 前記の当事者間に争いのない事実(第2、1)に証拠(甲3、5の1及び2、7の1、7の4ないし7の9、8、9の1及び2、乙1、2、13ないし16、20)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成12年、平成13年の春期商品として、「花粉注意報キャンディ」を販売していた(乙1、2、20)。
 他方、被告は、平成13年春夏商品として「花粉のど飴」の名称の商品を販売していたが(ただし、商品に付されている標章は被告標章と字体が異なる。乙15、16)、平成13年12月ころから、平成14年春夏商品として被告商品を販売している。
イ 原告は、平成13年7月12日、「Kabaya/花粉のど飴」につき商標登録出願をした。その出願手続の代理人はB弁理士であった(乙14)。
ウ 原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき商標権者である同社から独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結した(甲2)。
エ 信州蜂蜜本舗は、被告に対し、平成13年11月22日、被告が販売を準備している商品(被告商品)が本件商標権を侵害する旨の代理人(前記B弁理士)作成の警告書(以下「信州蜂蜜本舗からの警告書」という。)を送付した。
オ 原告は、平成13年12月ころ、「花粉注意報」の後継商品として「花粉のど飴」(原告商品)の販売を開始した。
カ 被告は、信州蜂蜜本舗に対し、平成14年1月11日、同社からの警告書に対する回答として、被告商品における「花粉のど飴」の表示は本件商標権を侵害しない旨の回答書を送付した(甲7の4)。その後も、被告と信州蜂蜜本舗との間で、被告商品が本件商標権を侵害するかどうかについて書面による意見の応酬があったが、最終的に同年3月19日ころに交渉が決裂した(甲7の5ないし7の9)。
キ 信州蜂蜜本舗は、原告による「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願(上記イ)に対して、平成14年2月27日、特許庁長官あてに刊行物等提出書と共に本件登録商標の商標登録原簿及び商標公報を提出し、原告の出願に係る上記商標と本件登録商標は類似するので、商標法4条1項11号により、その出願は拒絶されるべきであると主張した(乙14)。
 これに対し、特許庁審査官は、平成14年3月6日、「Kabaya/花粉のど飴」の商標については、この出願に係る商標が、商標構成中に「のど飴」の文字を有しており、これを本願指定商品中「のど飴」以外の商品に使用するときは、商品の品質の誤認を生じさせるおそれがある(商標法4条1項16号)との理由で、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願を拒絶する旨の拒絶理由通知書を発した(本件登録商標と同一又は類似することは拒絶理由として掲げられていない。)。
ク 原告は信州蜂蜜本舗との間で、平成14年4月1日、本件登録商標につき原告が専用使用権の設定を受ける旨の契約を締結し(甲3)、原告の専用使用権は同月23日設定登録された。
 原告代理人B弁理士は、同月24日、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願を取り下げた。
ケ 原告代理人弁護士は、平成14年4月30日、被告に対し、被告商品を販売する行為は原告の独占的通常使用権を侵害する旨の警告書を発送し、この警告書は同年5月1日被告に到達した(甲9の1及び2)。
 その後、原告は同年5月20日、本訴を提起した。
(2)ア 権利濫用の主張について
 前記(1)で認定した事実によれば、原告は、商品名として「花粉のど飴」を用いることを前提として、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願をしたが、その過程で本件登録商標の存在を知り、本件登録商標の商標権者である信州蜂蜜本舗との間でライセンス取得の交渉を行い、当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けて、被告に対して警告書を送付し、その後、本件訴訟を提起したものである。このような経緯に照らせば、原告の本訴提起は、本件登録商標の商標権者から正当な権利を取得しての権利行使であって、権利の濫用と認めることはできない。
 上記によれば、原告の本訴提起が権利濫用に当たるとの被告の主張(抗弁)は、採用できない。
イ 信託法11条違反の主張について
(ア) 原告は、被告の信託法11条違反の主張は、口頭弁論を終結する段階に至ってこのような主張をするものであり、時機に後れたものとして却下すべきであると主張する。
 確かに、被告の上記主張は、弁論準備手続終結後、弁論終結が予定されていた第5回口頭弁論期日において初めて主張されたものであり、時機に後れて提出されたものというべきであるが、被告の上記主張は、以下のとおりこれまでの審理の結果により容易に判断できるから、訴訟の完結を遅延させるものではない。そこで、上記主張については、これを却下することなく、判断を示す。
(イ) 信託法11条は、主たる目的として訴訟行為をさせるために財産の管理処分権を移転することを禁止しているが、上記(1)で認定した経緯に照らせば、原告は、自ら「花粉のど飴」の標章を使用するために相当の対価を支払って信州蜂蜜本舗から独占的通常使用権の許諾を得、次いで専用使用権の設定を受けて、実際に上記標章を付した原告商品を販売しているものであり、また、本件訴訟については弁護士である訴訟代理人に委任し、同代理人が口頭弁論期日に出頭して訴訟を追行しているものである。これらの点に照らせば、信州蜂蜜本舗に代わって被告に対する訴訟行為を行うことを主たる目的として、原告が信州蜂蜜本舗から専用使用権の許諾を得たものであるとは到底認められない。
 上記によれば、原告が信州蜂蜜本舗から専用使用権の設定を受けたことが信託法11条に違反し、無効であるとの被告の主張(抗弁)も採用できない。
4 争点4(原告の損害の内容及び額)について
(1) 被告商品の販売数量
 被告商品の販売数量については、平成13年12月1日から平成14年5月末日までの間に被告商品27万6515袋(販売金額2903万4090円)を販売したことを、被告が自認しているところ、証拠(乙79、80)によれば、被告は、平成13年12月1日から平成14年5月30日までの間に、上記の数量及び金額の被告商品を販売していたことが認められる(同年5月31日については証拠がない。)。
 原告は、原告商品の販売数量等から推測すれば、被告は合計約70万袋の被告商品を販売したものと推測されると主張するが、乙79(商品別出荷額一覧表)は、被告会社の業務課において、顧客からの注文を受けるつど、顧客名、商品名、注文量、建値、出荷日等をパソコンに入力し、商品管理を行っていたデータをプリントアウトしたものであり、外観上信用できるものであるところ、これによれば、被告商品の販売数量等は上記のとおりと認められるもので、本件においては、被告が上記数量を上回る被告商品を販売したことを認めるに足りる証拠は存在しない。
(2) 独占的通常使用権者による損害賠償請求の許否
ア 通常使用権者は、同人の登録商標の使用に対しては商標権に基づく権利行使をしない旨の合意を商標権者又は専用使用権者(以下「商標権者等」という。)との間で得て、商標権者等に対して当該合意に基づく債権的請求権を有するものであり、独占的通常実施権者は、これに加えて他者に当該登録商標の使用を許諾しない旨の合意を商標権者等との間で得ているものである。
 独占的通常使用権者は、商標権者等に対して契約に基づく債権的請求権を有するにすぎないが、商標法は商標権者等に対して登録商標の専用権を保障しており(商標法25条、36条)、商標権者等は、契約上独占的通常使用権者に対して当該登録商標を唯一使用し得る地位を第三者との関係でも確保すべき義務を負っているものであるから、独占的通常使用権者は、このことを通じて、当該登録商標を独占的に使用し、これを使用した商品を市場で販売することによる利益を独占的に享受し得る地位にあるものと評価することができる。
 このように独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とすれば、独占的通常実施権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても、一定の法的保護を与えるのが相当である。すなわち、独占的通常使用権者が現に商標権者等から唯一許諾を受けた者として当該登録商標を付した商品を自ら市場において販売している場合において、無権原の第三者が当該登録商品を使用した競合商品を市場において販売しているときには、独占的通常使用権者は、固有の権利として、自ら当該第三者に対して損害賠償を請求し得るものと解するのが相当である。そして、この場合、当該第三者が、独占的通常使用権者による当該商品の市場における販売を認識し得る状況にあったものであれば、独占的通常使用権者に対する関係においても、商標法39条により過失が推定されるものと解するのが相当である。
 もっとも、同法38条1項ないし3項の規定は、商標権者等が登録商標の使用権を物権的権利として専有し、何人に対してもこれに基づく権利を自ら行使することができることを前提として、商標権者等の権利行使を容易ならしめるために設けられた規定であるから、独占的通常使用権者の損害についてこれらの規定を類推適用することはできない。したがって、独占的通常使用権者は、第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害につき、その賠償を請求することができるにとどまるものと解するのが相当である。
イ 本件においては、前記当事者間に争いのない事実(第2、1(2)イ)のとおり、原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき使用許諾契約を締結したものであるところ、同契約書(甲2)においては、商標権者である信州蜂蜜本舗は、原告に対して、原告が使用する商標の態様を「花粉のど飴」と指定し、使用商品を「キャンディ」として通常使用権を許諾しているが(同契約書第1条)、商標権者は、前記使用商品(キャンディー)においては、本件登録商標を第三者に使用許諾しない旨が定められている(同第5条)から、原告は、本件登録商標につき、独占的通常使用権者であったと認めることができる。
 そして、証拠(甲5の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成13年12月から、本件使用許諾契約に従い、「花粉のど飴」の商標を付したのど飴(キャンディー。原告商品)を自ら販売していたものであり、原告商品と被告商品とは同内容の商品として市場において競合していたものと認められる。
 しかしながら、証拠(甲8、乙44、45)及び弁論の全趣旨によれば、春日井製菓は、平成14年初めころから「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を販売していたところ、信州蜂蜜本舗は、原告との間の上記使用許諾契約(第5条)に違反して、遅くとも平成14年4月までに、春日井製菓に対して、50万円の使用料で、同年8月末日まで本件登録商標の使用を許諾し(このことは、原告自身が訴状15頁において自認している。)、これに基づいて春日井製菓は「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を市場において販売していたことが認められる。そうすると、原告は商標権者との間で本件登録商標につき独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結したものの、同契約による許諾期間において、実際には本件登録商標は競業他社に対しても使用許諾され、同社により本件登録商標を付した商品が市場において販売されていたのであるから、本件においては、原告は、商標権者等から唯一許諾を受けた者として本件登録商標を付した商品を市場において販売していたということはできない。
 前述のとおり、独占的通常使用権者に固有の損害賠償請求権を認めるにしても、それは独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて事実上本件登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とするものであるところ、本件においては、原告はこのような前提を欠くものである。したがって、このような原告が独占的通常使用権の侵害を理由として損害賠償を請求することは許されない。
ウ 上記によれば、独占的通常使用権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求は既に理由がないものであるが、加えて、本件においては、被告が被告商品を市場において販売したことにより、相当因果関係の範囲内において原告が被った損害を確定することも不可能であるから、この点からしても、原告の上記請求は理由がない。
 すなわち、証拠(甲8、乙5ないし11、20、23、32、33)及び弁論の全趣旨によれば、@平成14年春期市場より前において、「花粉」と他の文字列との組合せからなる標章を付したのど飴(キャンディー)として、「花粉あめのち晴れ」、「花粉本舗」、「花粉クールアップタイム」、「花粉にミントガム」、「瞬間花粉STOP!」、「花粉退治」、「花粉注意報」といった商品が販売されていたこと、A平成14年春期市場においては、前同様の商品として、株式会社扇雀飴本舗の「花粉クールアップタイム」、ライオン菓子株式会社の「シュガーレス花粉対策キャンディー」、「花粉本舗」、株式会社リボンの「花粉大作戦」などが販売されていたほか、「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)として、原告商品、被告商品に加えて、春日井製菓の「花粉のど飴」、「ノンシュガー花粉のど飴」、株式会社オレンジゼリー本舗の「花粉のど飴」が販売されていたことが認められる。このように、「花粉」の文字を含む標章を付された多数の競合商品が、原告商品及び被告商品に先行して販売され、あるいは同時期に販売されていたものであり、また、これに加えて、前記のとおり本件登録商標を付した原告商品が平成13年12月に初めて発売されたものであることに照らせば、本件登録商標は、それ自体として強い商品出所識別機能を有するものではなく、また、特定の商品につき長期間継続的に使用されたことを通じて市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできない。上記のような競合商品の存在及び本件登録商標の自他識別力の脆弱性に加えて、さらに、証拠(甲5の1、2、6の1、2、乙45)及び弁論の全趣旨によれば、被告商品は原告商品と同等の内容であり、かつ内容量も同じ(70g)であるにもかかわらず、小売価格において原告商品(200円)よりも25%も安い価格(150円)で販売されていたというのであるから、被告商品は小売価格が低廉であることにより消費者に好んで購入されたと推測される。
 上記の各事情を総合すれば、被告が被告商品を市場において販売したことにより、原告商品の売上に何らかの不利益な影響が生じたことが推測されるとしても、被告の行為と相当因果関係のあるものとして原告がどれだけの原告商品の売上を失ったのかを確定することは到底不可能である。
エ 上記によれば、原告が本件登録商標につき独占的通常使用権者であった期間について、独占的通常使用権の侵害を理由として損害の賠償を求める請求は、理由がない。
(3) 専用使用権者としての損害賠償について
 原告は、平成14年4月23日、本件登録商標につき指定商品中「のど飴及びキャンデー」の範囲において専用使用権設定登録を受けたものであり、本件において、同日から同年5月末日までの期間について被告の被告商品の販売により専用使用権を侵害されたとして損害賠償を求めている。
 前記のとおり、被告は、平成13年12月から平成14年5月30日までの間に被告商品27万6515袋(販売金額2903万4090円)を販売したものであるところ、証拠(乙79)によれば、このうち平成14年4月23日から同月5月30日までの期間においては、7988.7袋(販売金額83万8820円)を販売したことが認められる(4月分については日割計算)。
 また、被告商品の販売による利益については、証拠(甲10の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、@原告と被告は共に菓子の製造販売を主たる目的とし、創業から50年以上を経過した老舗企業であり、全国的にその社名が知られている点において共通すること、A原告と被告は共にのど飴(キャンディー)を製造販売していること、B原告商品の販売価格(建値140円)から原価計算書(甲10の1、2)に記載の製造原価(原料費、材料費、製造変動費、製造固定費)及び販売・一般管理費を控除して得られた利益の率は15%を下らないこと、C被告商品の原料費、包材費及び製造工賃を合計した金額は、原告商品の製造原価と比べてそれほど差がないことが、それぞれ認められることからすれば、被告商品の販売による利益の額を原告商品の利益率から推定することには合理的な理由があり、被告が特段の反証を行っていない本件においては、被告商品の販売による利益率は原告の利益率と同じく15%を下らないと認めるのが相当である(この点につき、被告は、被告商品の販売によっては利益どころか損失が生じている旨を主張するが、これをうかがわせる証拠は提出されていない。)。
 上記によれば、被告は、平成14年4月23日から同月5月30日までの期間、被告商品を販売することにより12万5823円の利益を得たことが認められるが(計算式83万8820円×0.15=12万5823円)、前記のとおり、本件登録商標が強い商品出所識別機能を有するものではなく、また、市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできないことに照らせば、上記利益についての被告標章の寄与率は、5%と認めるのが相当である。
 そうすると、被告の行為により専用使用権を侵害されたことによって原告の被った損害は、6291円(計算式:83万8820円×0.15×0.05=6291円)と推定される(商標法38条2項)。
(4) 弁護士費用相当額について
 原告が本訴の提起を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の性質、請求の内容、審理の経過その他諸般の事情を総合勘案すれば、本件においては弁護士費用のうち50万円をもって、被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認める。
(5) 損害額についてのまとめ
 前記(1)ないし(4)によれば、平成13年12月1日から平成14年5月末日までの間に被告が被告商品を販売したことにより原告が被った損害額に関しては、原告が独占的通常実施権者であった期間(平成13年12月1日から平成14年4月22日まで)については損害賠償請求を認めることができないが、専用実施権者であった期間(同月23日から同年5月末日まで)については商標法38条2項により6291円と認められる。また、損害に含まれる弁護士費用相当額は50万円と認められる。
 本件においては、原告は、損害賠償金につき訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金(民法所定の年5分)を請求しているところ、記録によれば、訴状送達の日の翌日は平成14年5月25日であり、前記乙第79号証によれば、同年4月23日から同年5月25日までの商標法38条2項の損害額合計は5636円(日割り計算)となるから、これに弁護士費用相当額50万円を加えた合計額50万5636円については同日以降の遅延損害金請求は理由があり、同月26日から同月30日までの同法38条2項の損害額合計は655円となるから、同額については侵害行為の後である同日以降の遅延損害金請求の限度で理由がある。
5 結論
 以上によれば、原告の本訴請求のうち、差止請求については、原告の専用使用権の範囲である「のど飴その他のキャンデー」に被告標章を付すことの差止め等を求める限度で理由がある。すなわち、被告標章をのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に付すことの差止め(主文第1項)、包装等に被告標章を付したのど飴その他のキャンデーの販売等の差止め(同第2項)、のど飴その他のキャンデーの商品広告に被告標章を付すことの差止め(同第3項)並びに被告標章を付したのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装及び商品広告の廃棄(同第4項)を求める限度で理由がある。また、損害賠償請求については、50万6291円及びうち50万5636円に対する平成14年5月25日から、655円に対する同月30日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある(同第5項)。
 よって、主文のとおり、判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 青木孝之
 裁判官 松岡千帆


登録商標目録
 登録番号 第1650420号
 登録商標 下記のとおり
 出願年月日 昭和55年12月24日
 登録年月日 昭和59年1月26日
 指定商品 第30類 菓子、パン

被告標章目録1、被告標章目録2、被告標章目録3 省略
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