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【事件名】石油精製技術書をめぐる著作者人格権侵害事件(2) 【年月日】平成15年6月26日 東京高裁 平成14年(ネ)第573号 著作権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成13年(ワ)第788号) (平成15年1月30日 口頭弁論終結) 判決 控訴人 A 訴訟代理人弁護士 菊池武 被控訴人 B(以下「被控訴人B」という。) 被控訴人 株式会社コスモ総合研究所(以下「被控訴人コスモ総研」という。) 被控訴人B、同コスモ総研訴訟代理人弁護士 佐野隆雄 同 村上久 同 高橋成明 同 佐久間学 被控訴人 エルゼビア・ジャパン株式会社(旧商号・エルゼビア・サイエンス株式会社以下「被控訴人エルゼビア」という。) 被控訴人エルゼビア訴訟代理人弁護士 福島栄一 同 宮崎裕子 同 岡田誠 主文 1 本件各控訴をいずれも棄却する。 2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人エルゼビアは、別紙書籍目録記載の被控訴人書籍を販売、頒布してはならない。 (3) 被控訴人B及び被控訴人コスモ総研は、控訴人に対し、各自金1000万円及びこれに対する平成13年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) 被控訴人B及び被控訴人コスモ総研は、控訴人に対し、別紙広告目録(日本語)記載の謝罪広告を日本経済新聞の全国版に、別紙広告目録(英語)記載の謝罪広告を二ユーヨークタイムス及びテレグラフの各全国版に、標題部を写植13級活字で、その余の部分を写植11級活字で、各1回掲載せよ。 (5) 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。 2 被控訴人ら 主文と同旨。 第2 事案の概要 控訴人は、昭和36年4月から平成10年5月まで、コスモ石油株式会社 (以下「コスモ石油」という。控訴人の入社当時は丸善石油株式会社(以下「丸善石油」という。)。昭和61年4月に大協石油株式会社等と合併してコスモ石油となった。)の従業員であった者である。 被控訴人コスモ総研は、昭和63年にコスモ石油の研究部門を独立させることにより設立された株式会社である。 被控訴人Bは、昭和58年4月から丸善石油中央研究所(第1研究室長。昭和61年4月以降は中央研究所プロセス研究室長)に、昭和61年10月からコスモ石油中央研究所(副所長。昭和62年4月から所長)に勤務し、被控訴人コスモ総研の常務取締役を経て、平成6年9月に退職した者である。 控訴人は、別紙書籍目録記載の書籍(昭和63年3月に開催された米国石油精製業協会の年次総会に際して発表された。以下「本件書籍」という。)の標題の直下に、C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)とともに氏名を表示されている。 被控訴人Bは、別紙被告書籍目録(1)記載の書籍(昭和63年5月28日から同年6月1日の間にオランダで開催された「1988年ケッツェン触媒シンポジューム」において発表された。以下「被控訴人書籍(1)」という。)の標題の直下に、C及びDとともに、別紙被告書籍目録(2)記載の書籍(平成元年に発行された「Studies in Surface Science and Catalysis」(表面科学と触媒の研究)第44巻291−298頁に掲載された。以下「被控訴人書籍(2)」という。)の標題の直下に、C及びEとともに氏名を表示されている。 控訴人は、同人が本件書籍の共同著作者の一人であることを主張した上、被控訴人書籍(1)、(2)(以下、まとめて「被控訴人書籍」ということがある。)は本件書籍に依拠して作成、発表されたものであり、これによって控訴人の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)が侵害されたと主張し、被控訴人B及び同コスモ総研が共謀して被控訴人書籍を作成発表したものであるとして、同被控訴人らに対し、損害賠償金の支払(一審で請求した元本額7000万円。当審では、元本額1000万円及びこれに対する遅延損害金請求の限度で不服を申し立てている。)及び謝罪広告を求めるとともに、被控訴人エルゼビアが被控訴人書籍を販売、頒布したとして、同被控訴人に対し、被控訴人書籍の販売、頒布の中止を求めた。 原判決は、控訴人が本件書籍の著作者であるとは認められず、名前が表示されている者を著作者として推定している著作権法14条の推定を覆すに足りる事実が立証されている、として、控訴人の請求をすべて棄却した。 争点及び当事者の主張は、次のとおり当事者の主張を付加するほか、原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」中の「3 本件の争点」及び「第3 争点に関する当事者の主張」欄記載のとおりであるから、これを引用する。 1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 控訴人が触媒の実用化開発の研究にかかわっていなかった、とした原判決の認定判断の誤りについて ア 原判決は、控訴人が本件書籍の作成に関与しておらず、本件書籍の表現を創作したということができないとの判断の前提として、控訴人が、そもそも、本件書籍の内容を構成する触媒の実用化開発の研究にかかわっていなかった、との事実を認定した(原判決10頁下から5行〜11頁20行)。 しかし、上記認定は誤りである。 イ 原判決は、「上記研究を丸善石油(コスモ石油)中央研究所において担当していたのは、燃料プロセス部門(昭和57年3月以降は「第1研究室」、昭和61年4月以降は「プロセス研究室」と改称した。)であった。同部門(同研究室)には、「第1グループ」、「第2グループ」等があった。「第1グループ」は、主に「触媒の性能評価」(パイロットプラントによる触媒性能の評価)、「触媒の実用化開発」(工業触媒としての性能を高める実用化技術の開発研究)及び「プロセス研究」(効率的石油精製プロセスの開発研究)を担当しており、「第2グループ」は、主に「触媒研究」(触媒の基礎的学理的研究)及び「触媒開発」(新規触媒の開発)を担当していた。・・・原告は、・・・昭和62年3月まで、第2グループ長(触媒研究グループ長)を務めた。」(原判決11頁4行〜17行)との事実を認定した。 しかしながら、昭和57年ないし昭和61年当時の触媒開発研究体制についての上記認定は誤りである。 丸善石油(コスモ石油)中央研究所においては、昭和58年に、組織替えが行われ、その結果、触媒開発研究業務と試作された触媒の反応評価業務を別々に行うことになり、「第3グループ」が触媒の反応評価業務を担当することになったものである。昭和57年ないし昭和59年当時、「第1グループ」は存在していたものの、同グループは、ガソリン、灯油、軽油、重油の通常石油燃焼油の製造に関連する事項を研究テーマとしており、触媒の反応評価業務は担当していなかった。「第1グループ」がこれらの業務を担当するようになったのは、本件で問題となる一連の触媒の開発を終了した後である昭和62年以降のことである。 原判決が、「第1グループ」が触媒の反応評価業務をしていた、と認定したのは、誤りである。被控訴人コスモ総研及び同Bは、上記認定の基礎となった同人らの主張が誤りであることを認めながら、これは、単に、グループ名を「第3グループ」とすべきところを「第1グループ」とした表記の誤りにすぎない、と主張する。しかし、このことは、控訴人が本件書籍の内容をなす業務にかかわっていたか否か、という結論に影響を及ぼす重大な事柄である。被控訴人B及び同コスモ総研がこのような重大な事柄を間違えるわけがない。同人らは、控訴人が本件書籍の内容をなす業務にかかわっていなかったとの主張を真実らしく見せるために、故意に誤った主張、立証をしたものである。表記の誤りにすぎないなどどいう、被控訴人コスモ総研及び同Bの主張を信用することはできない、というべきである。 ウ 控訴人が昭和56年から昭和62年3月までグループ長をしていた「第2グループ」は、MZC−2A、MZC−3、MZC−500、MZC−600の一連の全触媒の実用化開発を担当した。「第2グループ」は、これらの触媒開発に関し、アイデアの捻出から実証化試験プロジェクトの製油所装置に充填使用する実証化用触媒の製造販売までのすべてを、中心となって行っていた。 控訴人は、高温MZC−2、MZC−3の高温分解型触媒の実証化開発を軌道に乗せた後、脱金属触媒(MZC−500)の自作モデル触媒の新規アイデアの着想を得て、その小規模工業試作を業者に依頼した(甲第27号証の1、2)。小規模工業試作に成功した後、5トンのMZC−500の工業試作を「第2グループ」が担当した(甲第27号証の3)。控訴人は、製油所での実証化試験用のMZC−500の大規模製造過程にも関与していた(甲第20号証)。 上記「第3グループ」は、昭和58年から、主に、アメリカから導入して千葉製油所の直接水素化脱硫装置で一年間運転使用して、それまでは使い捨てにしていた触媒であるRF−11等を焼成再生したものが、再度使えるか否かの反応寿命評価をしていた。 このため、「第2グループ」は、MZC−600触媒の開発に当たっては、既存の反応評価装置が全部第3グループによってRF−11等の反応寿命評価に使用されていたため、スーパーマイクロ反応寿命試験装置を自作し、運転管理をして、MZC−600触媒の寿命試験をし、これを完成させた。 「第2グループ」は、昭和58年当時から触媒の基礎的理学的研究のみに従事しており工業触媒開発に関与していなかった、との原判決の認定は誤りである。 (2) 控訴人が本件書籍の作成に関与しておらず、本件書籍の表現を創作したということはできない、とした原判決の認定判断の誤りについて ア 著作権法14条の推定は、創作行為の有無に関するものであって、「書籍の作成」などという物理的行為の有無を問題とすること自体、誤りである。 イ 本件書籍の図や表の記載には、「試験研究成果報告書」(乙第2号証の1ないし6。以下「本件報告書」という。)と内容が同一ないし共通のものがあることから、本件書籍は、本件報告書等に基づいて作成されたものであると認められる。原判決もそのように認定しており(原判決17頁7行〜19頁10行参照)、このことは当事者間に争いがない。 原判決は、図や表など本件書籍の一部についても、控訴人が作成に関与したことをうかがわせる証拠はなく、控訴人は、作成に関与していないものと認められる(原判決19頁11行〜13行)、と認定判断した。 しかし、原判決の上記認定判断は誤りである。控訴人は、本件報告書の共著者として、その図や表の作成に深く関与している。本件報告書の「あとがき」には、研究担当者として、控訴人の名前が記載されており、上位に書かれていることからみても、控訴人が触媒開発研究にかなり重要な役割を果たしていることが十分にうかがわれる。 本件書籍は、控訴人が作成に関与した図や表を転用しているものであるから、そのことのみによっても、むしろ、控訴人も本件書籍の著作者の一人であると認めるべきである。 ウ 控訴人は、本件書籍そのものの作成、創作的表現にも関与している。すなわち、書物の構成、全体の表現など、終始、共著者間で討議してその創作的表現に関与した。 控訴人は、昭和62年4月からは、他に出向したため、コスモ石油の中央研究所には勤務していなかった。しかし、控訴人の出向先での職務は同研究所の支援だったので、研究所各研究グループの検討打合せ会議には欠かさず出張していた。本件書籍についても、プロセス研究室の検討会が終了した後に、研究所の会議室で著者たちが集まってどのように説明するべきか実際のスライドでの検討を行ったものであり、著者の一人である控訴人も参加して意見を述べた。 控訴人は、本件書籍は、外国で理解を得るために著作されるものであることから、いかに訴えかけていくべきかについて心を砕いた。本件書籍による発表は、紙体の論文で発表する形態というよりも、むしろ、NPRA年次会議の場でスライド上映により口頭で発表する形態であったため、控訴人らは、丸善石油幸手研究所の会議室に集まって、どのように説明すべきかについて、実際のスライドを用いて検討し、Dが慣れない英語で説明をし、控訴人も意見を述べ、共に検討した。 控訴人は、本件書籍における全触媒研究の特性説明図の原資料の作成にかかわっており、発表文の構成が本件報告書のとおりであったので、本件書籍に著作者の一人として自己の氏名が挙げられているのは当然であると考えていた。 前記(1)のとおり、触媒開発に深くかかわった控訴人が、本件書籍の表現の創作に全くかかわらなかった、などと簡単に断定することができないことは、明らかである。 2 当審における被控訴人コスモ総研及び同Bの主張の要点 (1) 控訴人が触媒の実用化開発の研究にかかわっていなかった、とした原判決の認定判断の誤り、の主張について ア 被控訴人コスモ総研及び同Bは、原審において、丸善石油(昭和61年4月以降はコスモ石油)中央研究所の第1研究室には、「第1グループ」(旧「プロセスグループ」)と「第2グループ」(旧「触媒グループ」)等があったと主張した。しかし、「第1グループ」(旧「プロセスグループ」)というのは、正しくは「第3グループ」(旧「プロセスグループ」、昭和61年4月以降は「プロセス第1研究グループ」)であったので、当審において上記主張をこのように訂正する。 以上のとおり、被控訴人コスモ総研及び同Bの原審における主張には、グループ名の表示に一部誤りがあったものの、C及びDが所属していた部署の担当業務そのものは、被控訴人コスモ総研及び同Bが原審において「第1グループ」の担当業務として主張したとおりであり、この点については訂正の必要はない。 丸善石油が昭和61年4月に合併によりコスモ石油となった際、丸善石油では「第3グループ」(旧「プロセスグループ」)であった部署(昭和57年4月以降はCがグループ長)が、合併により大所帯となったことから、コスモ石油では、これが「プロセス第1研究グループ」、「プロセス第2研究グループ」及び「プロセス第3研究グループ」に分けられた。「プロセス第1研究グループ」は、水素化プロセス及び触媒実用化開発研究等を、「プロセス第2研究グループ」は、流動接触分解プロセスの開発研究等を、「プロセス第3研究グループ」は、ガス液化触媒プロセスの開発研究等を担当することとされた。C及びDらは「プロセス研究第1グループ」(グループ長はC)に所属することとなった。 控訴人がグループ長を務めていた「第2グループ」は「触媒研究グループ」となった。 以上のような経緯があったため、被控訴人コスモ総研及び同Bは、本来、「第3グループ」(旧「プロセスグループ」、昭和61年4月以降は「プロセス第1研究グループ」)と表記すべきところを、当時の組織表がコスモ石油ないし被控訴人コスモ総研の社内に残っていなかったこともあって、記憶違いで「第1グループ」(旧「プロセスグループ」)と表記したものである。 イ 控訴人がグループ長を務めていた「第2グループ」は、「触媒開発」(新規触媒の開発)業務を担当していた。ここにいう「触媒開発」とは、「触媒の実用化開発」(工業触媒としての性能を高める実用化技術の開発研究)や「触媒の性能評価」(パイロットプラントによる触媒性能の評価)等を含まない、いわば「基礎段階」ないし「実験室段階」での「開発」という意味である。「第2グループ」は、「触媒の実用化研究」等にはかかわっていなかった。 この担当業務の分担は、重質油対策技術研究組合(以下「本件組合」という。)に係る開発研究についても同様であった。昭和58年度からの本件組合の「残油水素化分解技術の第2テーマ実用化開発グループ」幸手研究室・五井研究室の残油水素化分解技術実用化開発研究について、これを担当・主導したのは、「第2グループ」ではなく、「第3グループ」であった。 実用化技術の開発研究、パイロットプラントや実装置による触媒の評価、最適化、プロセスの検討等を担当したのは、「第3グループ」であった。 控訴人が「第2グループ」で触媒の評価に用いたとする「スーパーマイクロ反応寿命試験装置」は、触媒充てん量が約1ミリリットルと少ないため、原料油供給の流量が小さく、安定的に連続運転をすることが困難であり、特に残油の通油には困難を極め、初期活性の評価のためのものですら運転が不可能であり、同装置による触媒の寿命評価は全くできていなかった。そのため、同装置での評価をもって、実用触媒約500トン(当時の触媒価格約5億円)の製造と商業用直接脱硫装置(能力3万バレル/日、触媒充てん量約850立方メートル)の試験運転の実施(規模が約8億5000万倍となる。)に踏み切ることはできなかった。 (2) 控訴人は、本件書籍の作成に関与しておらず、本件書籍の表現を創作したということはできない、とした原判決の認定判断の誤り、の主張について ア 本件書籍は、@新規触媒の研究・開発(基礎段階・実験室段階)、A工業用触媒としての性能を高める実用化技術の開発研究及び効率的な灯軽油増産プロセスの開発研究、並びに、B丸善石油(昭和61年4月以降はコスモ石油)中央研究所第1研究室(旧「燃料プロセス部門」(昭和57年3月以前)、昭和61年4月以降は「プロセス研究室」)の「第3グループ」(旧「プロセスグループ」、昭和61年4月以降は「プロセス第1研究グループ」)にあるパイロットプラント(ミゼットプラント〔ミゼット反応評価装置〕)及び同社千葉製油所(五井)の実装置(直接脱硫装置、間接脱硫装置)における試験運転の実績等の報告書である。本件書籍は、単に上記の新規触媒の研究・開発に関する研究成果のみならず、実用化のためのパイロット試験及び現場での実証化試験等にも基づいて、D、C及び被控訴人Bら(控訴人は含まない。)により、昭和62年秋から昭和63年初めにかけて作成され、昭和63年3月下旬に米国石油精製業者協会の年次大会において公表されたものであり、上記実用化・実証化開発研究に関する報告が、その大部分を占めている。 本件書籍は、上記開発研究成果等に基づいて全く新規に作成されたというものではなく、本件組合の「残油水素化分解第2グループ」幸手研究室(昭和58年4月以降は同組合「残油水素化分解技術の第2テーマ実用化開発グループ」幸手研究室・五井研究室)の昭和54年度ないし昭和62年度の「試験研究成果報告書」(本件報告書。乙第2号証の1ないし6)に基づいて作成されたもので、特に本件組合「残油水素化分解技術の第2テーマ実用化開発グループ」幸手研究室・五井研究室における実用化技術と実証化試験に係る本件報告書(乙第2号証の3ないし6)に基づいて作成されたものが主要部分を占めている。 本件書籍が本件報告書等に基づいて作成されたものであることは原判決の認定するところであり、このことは、当事者間に争いがない。 イ 控訴人は、本件報告書の共同著作者である、と主張する。しかし、本件報告書は、個人の著作物ではなく、丸善石油(昭和61年4月以降はコスモ石油)の発意に基づき、同社の業務に従事する者が同社の各年度の試験研究の実績に基づいて職務上作成した職務著作物である。 本件報告書は、公表を予定していないものであり、仮に公表されるとすれば、丸善石油(コスモ石油)の著作名義の下に公表されるべきものであった。本件報告書の体裁上も、その表紙に「残油水素化分解技術の第2テーマ実用化開発グループ 幸手研究室・五井研究室」と記載されており、丸善石油(コスモ石油)の研究室の名称が表示されており、本件報告書を作成した個人の名前は何ら記載されていない。 本件報告書が多数の開発研究従事者の共同作業(討論等)により作成されたことものであることは、事実である。しかし、控訴人は、本件報告書のうち、昭和54年度ないし昭和57年度のものについては、その作成の共同作業に多少関与しているかもしれないが、昭和58年度ないし昭和62年度のもの(実用化開発研究段階)のものについては、その作成の共同作業にほとんど関与していない。 本件報告書の末尾の「あとがき」には研究担当者らの名前が記載されている。昭和56年度ないし昭和61年度の本件報告書の「あとがき」には、控訴人の名前が「研究担当者」(昭和56、58ないし61年度)、「統括責任者(研究開発グループ主任研究員)」(昭和56年度)、「統括責任者(残油水素化第2グループ主任研究者)」(昭和57年度)として記載されている。しかし、上記「あとがき」における研究担当者の記載は、本件組合「残油水素化分解第2グループ」幸手研究室(昭和58年4月以降は、本件組合「残油水素化分解技術の第2テーマ実用化開発グループ」幸手研究室・五井研究室)の各年度の「研究開発規模」を示すものとして行われたものであり、著作者名の表示ということはできない。 控訴人は、その名前が本件報告書の「あとがき」の「研究担当者」の欄の上位に記載されていることから、控訴人が触媒開発研究にかなり重要な役割を果たしていることをうかがわせるに十分である、と主張する。しかし、研究員が研究補助員よりも前に記載され、丸善石油(コスモ石油)社内のグループ長が前の方に記載されているという以外には、記載順序には特に意味はないのである。 本件書籍は、本件報告書との関係で創作的表現が加えられていない場合には本件報告書の複製物であり、創作的表現が加えられている場合には本件報告書の二次的著作物である。本件報告書は、職務著作物であるから、本件書籍が本件報告書の複製物である場合には、本件書籍について控訴人の著作者人格権侵害の問題は起こる余地がない。本件書籍が本件報告書の二次的著作物であるとしても、本件書籍そのものが、個人の著作物ではなく、コスモ石油の職務著作物であるから、この場合にも控訴人の著作者人格権侵害の問題は起こらない。 仮に、本件書籍が個人の著作物であるとしても、控訴人は、本件書籍の表現のうち創作性のある部分の作成(創作)について、何ら関与していないので、本件書籍の著作者ではない。 ウ 控訴人は、上記触媒開発に深くかかわった控訴人が本件書籍の表現の創作に全くかかわらなかったなどと簡単に断定することができないことは、明らかである、と主張する。 しかし、開発研究に関する著作物の作成(創作)行為と当該開発研究行為とは、もとより別個の行為であるから、開発研究に関する著作物の著作者を認定するについては、特段の事情のない限り、著作物の作成(創作)行為を検討すれば足り、開発研究行為についてまで検討する必要はない。 本件においては、本件書籍の作成(創作)行為を直接裏付ける証拠である本件書籍の原稿(乙第1号証の1ないし12)が残っている。しかも、本件書籍は、開発研究に基づいて全く新規に作成されたというものではなく、本件報告書に基づいて作成されたものである。 エ 控訴人は、Dらが昭和62年秋ころから本件報告書に基づいて本件書籍を作成(創作)した際に、DやCらに対し意見を述べたことも、DやCらと討議したことも、共に検討したことも、いずれもなかった。 米国石油精製業者協会の年次大会での講演発表(昭和63年3月22日)の直前にコスモ石油中央研究所でスライドでの検討が行われたことはある。しかし、控訴人がこの検討に参加して意見を述べたことはなかった。 このように、控訴人が、本件書籍の創作的表現に寄与したという事実はない。 控訴人は、昭和62年4月にコスモ石油中央研究所(埼玉県幸手市)を離れて(同時に本件組合「残油水素化分解技術の第2テーマ実用化開発グループ」幸手研究室・五井研究室の「研究担当者」からも外れた。)、コスモ開発株式会社本社(東京都内)に出向しており、昭和62年秋ないし昭和63年3月当時は同研究所に在籍していなかった。このことからも、控訴人が本件報告書に基づく本件書籍の作成(創作)に関与していないことは、明らかである。 3 当審における被控訴人エルゼビアの主張の要点 被控訴人エルゼビアは、被控訴人書籍(2)が掲載された学術雑誌を販売、頒布したことはなく、将来もその予定はない。平成元年当時、上記学術雑誌を販売、頒布したのは、被控訴人エルゼビアの関連会社であるオランダ法人のエルゼビア・サイエンス・パブリッシャーズ・ビー・ヴィーの日本における販売代理店(丸善株式会社ほか数十社)であって、被控訴人エルゼビアは、販売、頒布に全く関与していない。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、原判決と同じく、控訴人の請求は、いずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実及び理由「第4 争点に対する当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。 1(1) 原判決10頁22行に「昭和54年6月に設立された本件組合」とあるのを、「本件組合は、通商産業省の呼びかけにより、重質油の処理技術を研究開発することを目的として、昭和54年6月に、鉱工業技術研究組合法に基づき、丸善石油その他の石油13社、鉄鋼6社、電力1団体及びエンジニアリング会社4社が参加して設立された研究組合である(研究開発費は、その4分の3が国庫から補助され、4分の1が同組合に参加した各社(組合員)の負担であった。同組合は、平成8年3月に解散し、同組合に属する特許権等は当該特許権等に係る開発研究を行った参加会社(組合員)に譲渡された。)。丸善石油は、同組合において、他の石油2社とともに、「残油水素化分解第2グループ」として、重質油水素化分解触媒の開発研究を開始した。本件組合の」と訂正する。 (2) 原判決11頁7行ないし8行に「「第1グループ」、「第2グループ」等があった。「第1グループ」は」とあるのを、「「第1グループ」、「第2グループ」、「第3グループ」(昭和61年4月以降は「プロセス第1研究グループ」)があった。「第3グループ」は」と訂正する。 (3) 原判決11頁23行〜24行に「第1グループ長」とあるのを「第3グループ長」と、12頁2行に、「第1グループ」とあるのを「第3グループ」と、それぞれ訂正する。 2 本件書籍には、標題の直下に控訴人、C及びDの氏名が記載されている(甲第1号証)。これらの氏名の記載は、本件書籍の著作者としての表示であると認められる。 著作権法14条は、「著作物の原作品に、・・・その氏名が・・・著作者名として通常の方法により表示されている者は、その著作物の著作者と推定する。」と規定している。本件書籍に著作者として表示されている控訴人は、上記規定により、本件書籍の著作者であるとの推定を受けることが明らかである。 しかしながら、本件においては、上記推定を覆すに足りる事実を認めることができるというべきである。 (1) 著作者とは、「著作物を創作する者」(著作権法2条1項2号)であり、書籍の著作者とは、当該書籍の表現の創作に関与した者をいう(なお、控訴人は、原判決が創作行為の有無を問題とせず、「書籍の作成」という物理的行為の有無を問題としている、と主張する。しかしながら、原判決が「書籍の作成」の語を、創作行為を意味するものとして用いていることは、その説示自体から明らかである。原告の主張は、原判決の誤った理解に基づくものであり、採用することができない。)。 ア 本件書籍の表現の創作に関しては、次の事実が認められる(甲第1ないし第3号証、乙第1号証の1ないし12、第2号証の1ないし6、乙第4ないし第7号証。弁論の全趣旨。)。 @ 本件書籍については、本件書籍の作成途中の原稿(乙第1号証の1ないし12)が証拠として提出されている。同原稿中には、控訴人が記載した部分は一切ない。 本件書籍中の図・表は、その多くが本件書籍の作成の際に全く新たに作成されたものではなく、本件組合が発行した本件報告書(乙第2号証の1ないし6)中の図・表を利用して作成されたものである。 A 丸善石油(昭和61年4月以降はコスモ石油)においては、昭和60年ころ、研究開発した新しい触媒を販売することを計画した。同社の中央研究所は、この販売計画を側面から支援するため、触媒についての新技術の紹介及び工業化の成功実績を広く世界に発表、宣伝することを決定し、(a)米国石油精製業協会(NPRA)の年次総会(昭和63年3月、米国テキサス州において開催)、(b)ケッツエン触媒シンポジューム(昭和63年5月、オランダ国スヘーヴェニンゲンにおいて開催)、(c)世界触媒セミナー(昭和63年7月、ドイツ国フランクフルト等において開催)において、講演発表することとした。 本件書籍は上記(a)における講演発表のため、被控訴人書籍(1)は(b)における講演発表のため、被控訴人書籍(2)は(c)における講演のため作成されたものであり、いずれも、昭和62年秋以降の、ほぼ同時期に、作成された、ほぼ同一内容のものである(乙第5号証)。 控訴人は、昭和62年4月に、コスモ開発株式会社本社調査研究部(東京都内在)に転出したため、本件書籍が作成された昭和62年秋以降の時期には、コスモ石油(旧丸善石油)中央研究所(埼玉県幸手市在)に在籍していなかった。 B 本件書籍に著作者として記載されているD及びCは、いずれも、控訴人が本件書籍の創作行為に関与していないと供述している(乙第6、第7号証)。 上記@ないしBを総合するならば、反対に解すべき事情の認められない限り、控訴人は、本件書籍の原稿の作成に関与しておらず、その表現の創作に関与していないと推認するのが相当である。 イ そこで、本件において、控訴人が本件書籍の表現の創作に関与していない、との上記認定を覆すに足りる反対の事情が認められるか否かについてみる。 @ 控訴人は、原審において、著作権法14条の推定規定がある以上、同人の創作行為への具体的関与の態様を示す必要はない、と主張して、これを明らかにしなかった(本件記録上明らかである。) A 控訴人は、当審において、同人の本件書籍の表現の創作への関与として、(a)書物の構成、全体の表現など、終始、共著者間で討議してその創作的表現に関与した、(b)控訴人は、中央研究所から転出した後も、研究所の各研究グループの検討会には、欠かさず研究所に出張し、検討会終了後、本件書籍について、共著者らとともに、実際のスライドを用いて発表方法について検討し、意見を述べた、(c)検討の際には、外国で理解を得るため、いかに訴えていくかについて心を砕いた、と主張する。 しかしながら、控訴人の上記主張は、それ自体、具体性に乏しいものであり、これをもって、同人が本件書籍の表現の創作に関与したのではないかと思わせるに足りるものとすることはできない。 B 本件書籍及び被控訴人書籍(1)、(2)は、いずれも、新規触媒の販売促進という同じ目的のため、ほぼ同じ時期に作成された、ほぼ同一内容のものであることは、上記のとおりである。そうである以上、本件書籍の表現の創作に関与した者であれば、被控訴人書籍(1)、(2)の作成についても関与しているか、少なくともその存在を知っていたと考えるのが自然である。ところが、控訴人は、本件訴訟において、被控訴人書籍(1)、(2)の存在を知ったのは、平成10年3月になってからである、と主張する。同主張が正しいものと仮定すると、控訴人が本件書籍の表現の創作に関与した、との主張は不自然であるといわざるを得ず、これを簡単に信用することはできない。 C 控訴人は、同人が、本件書籍に記載された触媒の開発研究に関与しており、本件書籍に用いられた図、表の基となった本件報告書の作成にも関与したから、同人を本件書籍の著作者と認めるべきである、と主張する。 しかしながら、本件において請求の根拠とされているのは、控訴人が本件書籍の共同著作者の一人であるということであるから、問題とすべきは、控訴人が本件書籍の表現の創作に関与したか否かである。控訴人が触媒の開発研究や本件報告書の作成に何らかに形で関与していたとしても、そのことは、直ちに控訴人が本件書籍の表現の創作に関与したことに結び付くわけではなく、控訴人が本件書籍の表現の創作に関与していない、との上記認定を覆すに足りるものではない、というべきである。控訴人の主張は採用することができない。 以上のとおりであるから、控訴人が本件書籍の表現の創作に関与していない、との前記認定を覆すに足りる反対の事情があると認めることはできないというべきである。 第4 結論 以上によれば、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかであり、これらを棄却した原判決は正当である。そこで、本件各控訴をいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下和明 裁判官 阿部正幸 裁判官 高瀬順久 |
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