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【事件名】顧客管理ソフト事件
【年月日】平成15年5月28日
 東京地裁 平成14年(ワ)第15745号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成15年5月7日)

判決
原告 株式会社トーマスキューブリック
訴訟代理人弁護士 吉川彰伍
被告 有限会社アールクラブ
訴訟代理人弁護士 大川康徳


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金3886万7875円及びこれに対する平成14年8月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は、被告に対し、「デムシス」という名称のインターネット上で顧客管理を行うアプリケーションソフトウェアの作成を発注し、被告はこれを作成した。
 本件は、原告が被告に対し、被告の作成したデムシスに法律上の瑕疵があると主張して、瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求(一部請求)した事案である。
1 争いのない事実等
(1) 原告は、インターネットのウェブコンテンツの企画、作成、運営等を目的とする株式会社であり、被告は、パソコン通信による情報提供サービス業等を目的とする有限会社である。
(2) 訴外株式会社シー・ウェイ(以下「シー・ウェイ」という。)は、「ハッピーネット」という名称のインターネット上で顧客管理を行うアプリケーションソフトウェアを開発し、そのユーザーを募集していた(甲3)。原告とシー・ウェイは、平成12年3月5日、原告がハッピーネットを用いたサービス提供に関する代理店となる旨の契約を締結した。そして、原告は、平成12年10月ころ、シー・ウェイとの合意に沿って、「ハッピーネット」に「デムシス」との商品名(OEM版)を付して(以下、これを「旧デムシス」という。)、平成13年1月ころから、サービス提供業務を開始した。
(3) ところが、平成13年6月、原告は、シー・ウェイとの合意に違反して、旧デムシスのサービスを提供していたことが同社に発覚したため、原告とユーザーとの間で締結した旧デムシスに関する契約を、同年8月末日までに順次解除した上、サービスを停止せざるを得なくなった。
(4) そこで、原告は、被告に対して、平成13年7月、「旧デムシス」と同じような機能、すなわち、顧客データベースと連動して、さまざまなバリエーションでメール配信が簡単に行え、来店のお礼、誕生日メール、記念メールなどが自動配信できる、インターネット上で顧客管理を行うアプリケーションソフトウェア(以下「デムシス」ともいう。)の製作を依頼した(甲1、2)。
2 争点及び当事者の主張
(1) 被告が完成し、引き渡したデムシスには、法律上の瑕疵が存在するか(請求原因)。
(原告の主張)
ア 原告は、被告に対し、平成13年7月、デムシスの製作を依頼し、被告はこれを承諾した。被告は、平成14年4月6日、デムシスを完成させ、原告に引き渡した。
イ 被告が製作したデムシスは、シー・ウェイの開発に係るハッピーネットのプログラム及びユーザーインターフェイス画面をシー・ウェイに無断で複製又は改変したアプリケーションソフトウェアであり、ハッピーネットについてシー・ウェイが有する著作権の侵害品である。これは、デムシスの法律上の瑕疵に当たる。
(被告の反論)
 デムシスに法律上の瑕疵があるとの原告の主張を争う。
 デムシスのプログラムは、被告が独自に製作したものであり、ハッピーネットについてシー・ウェイが有する著作権の侵害品ではない。
(2) デムシスは、原告の指図どおりに製作されたものであるか(抗弁)。
(被告の主張)
ア 原告は、被告に対し、デムシスの製作を依頼するに当たり、旧デムシスと全く同一のプログラムを作って欲しいと求めた。また、原告は、デムシスのデザインについても、旧デムシスのデザインをそのまま流用して開発して欲しいと指示し、トップページと表面上のメニューページのみを製作してこれを用いるように指示した。また、デムシスのユーザーインターフェイスは、原告のデザイン仕様に従ってレイアウトするように指示された。
イ 被告は、上記のような原告の指示を受け、平成13年9月下旬ころ、トップページと表面上のメニューページを除いて旧デムシスと同一のデムシスのデモバージョンを製作した。原告は、平成13年10月ころから、上記デモバージョンの販売を開始しており、上記デモバージョンは、原告の依頼からかけ離れたようなものではなく、正に原告の指示に従ったソフトウェアであった。
ウ 原告は、被告に対し、平成14年1月、デムシスのデザインの変更を指示し、被告は、これに従ってデザインの変更を行った。被告は、原告に対し、平成14年3月11日、原告の指示に基づくデザインの変更を終えたデムシスの完成版を納品した。その際、原告と被告は、上記完成版のデムシスに関し、検収期間を納品日より10営業日とし、この間に書面による検査の合否通知がない場合は合格したものとみなす等の覚書を作成した。被告は原告から、上記検収期間内に検収不合格の通知を受け取ったことはない。このことからも、被告の製作したデムシスに法律上の瑕疵が存在しないことは明らかである。
(原告の反論)
ア 原告は、平成13年6月ころ、シー・ウェイから旧デムシスの供給を停止するよう要求され、同社と協議の結果、同年7月に旧デムシスのサービスを停止することとした。そこで、原告は、同年7月ころ、被告に対して旧デムシスに代わる顧客データベース機能、メール機能、予約機能を備えたインターネットサービスソフトの製作を相談した。その際、原告は、被告に対し、今までにない独自のアプリケーションソフトウェアの製作を依頼したのであり、旧デムシスをそのままコピーするようにとの指示をしていない。また、仕様、デザインの詳細な指示もしていない。
イ 原告は、平成13年10月ころ、被告の開発中のソフトウェアを開示され、これが旧デムシスと同じであることに気づき、被告に対し、原告の依頼内容と相違している旨申し入れた。そこで、原・被告間で協議し、ソフトウェアのデザインと仕様につき、原告から被告へ詳細なものを提供するとのことで決着し、平成14年2月ころ、原告は被告にデザインと仕様を提出した。
ウ 被告は、平成14年3月11日、原告の提出したデザインに基づくソフトウェアを納品したが、シー・ウェイのソフトウェアのデッドコピーの部分の改良は不完全であった。
(3) 原告の損害額
(原告の主張)
 原告は、デムシスに法律上の瑕疵があったことにより、次のとおりの損害を被った。
 @ デムシス開発費 252万円
 原告が被告に対し、デムシスを開発するために支払った開発費
 A デムシス代理店加盟金 170万円
 原告がデムシスにつき代理店を募集し、原告に加盟した代理店から支払われた加盟金を各加盟店に返戻した金員
 B エヌ・ティ・ティ中部テレコン株式会社(以下「NTT中部テレコン」という。)弁護士費用 60万8865円
 デムシスにつき、シー・ウェイから原告及びNTT中部テレコンを債務者として著作権に基づく差止仮処分の申立てがされ、原告がNTT中部テレコンの代理人に対し、弁護士費用として支払った金員
 C 弁護士費用 42万円
 上記仮処分申立事件につき、原告委任の弁護士に支払った金員
 D デムシスサーバ代 47万9010円
 E デムシスによる得べかりし利益 9070万円
 被告の製作したデムシスが瑕疵のないものであれば、12か月間で9070万円の得べかりし利益が見込まれ、その一部
 F 裁判関係経費 14万円
 G 代理店募集経費 300万円
(被告の認否)
 争う。原告の主張する損害を裏付ける客観的証拠は全く存在しない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)(指図どおりの製作か否か−−抗弁)について
 先に、被告が、デムシスの製作に当たり、原告から指図を受け、その指図どおりに製作したか否かについて判断する。
(1) 事実認定
 前記争いのない事実等に証拠(甲1ないし3、乙1ないし17、20、24)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。
ア 原、被告間のデムシス製作に関する契約を締結するまでの経緯
(ア) 原告は、平成12年3月5日、顧客管理を行うソフトウェアであるハッピーネットを開発したシー・ウェイとの間で、原告がハッピーネットを用いたサービス提供に関する代理店となる旨の契約を締結した。原告は、ハッピーネットのユーザーを募集していたが、平成13年1月から、シー・ウェイとの合意に沿って、「ハッピーネット」に「デムシス」の商品名(OEM版)を付した旧デムシスのユーザーの募集を開始し、サービス提供業務を行った。
(イ) 原告は、平成13年6月ころ、シー・ウェイとの合意に違反して、旧デムシスのサービスを提供していたことが、同社に発覚し、同社から顧客に対する旧デムシスのサービス提供を停止するよう求められた。当時、旧デムシスについて原告からサービスの提供を受けていた顧客は5社であった。原告は、シー・ウェイに対し、同月11日、上記ユーザーとの契約を同年8月末までに解除することを約した。
(ウ) そこで、原告は、旧デムシスを他のアプリケーションソフトウェアに置き換えて上記ユーザーとの契約関係を維持するとともに、新たなユーザーの募集も続けようと企図し、同年7月、被告に対し、旧デムシスに代わるものとして、顧客データベースと連動して、さまざまなバリエーションでメール配信が簡単に行え、来店のお礼、誕生日メール、記念メールなどが自動配信できるアプリケーションソフトウェア(デムシス)の製作を依頼した。
(エ) 被告は、上記依頼を承諾し、原告に対し、上記アプリケーションソフトウェアを製作するために必要な仕様書、設計資料の提出を求めたが、原告は、これには応じず、その代わりに旧デムシスのID及びパスワードを交付し、旧デムシスのウェブページを素材として旧デムシスと同一の機能でデザインを変えたものを製作するように求め、デザインについては原告の担当者が作成すると伝えた。なお、デムシスの納期は、同年9月下旬とされた。(乙3、4)
イ 被告がデムシスを完成、納品するまでの経緯
(ア) 被告は、平成13年7月下旬ころ、旧デムシスと同一のデザインのデムシスのデモバージョン1を製作した。これに対し、原告は、平成13年8月20日、トップページと表面上のメニューページを製作し、被告に送信してこれを用いるように指示した。そこで、被告は、同日、デモバージョン1のトップページと表面上のメニューページを原告製作のものに変更したデムシスのデモバージョン2を製作し、これを原告の六本木事務所内に設置されたサーバーに設定し、原告担当者が動作確認を行えるようにした(乙8)。デモバージョン2は、デモバージョン1のトップページと表面上のメニューページを差し替えたものであり、それよりも下層の各種機能を果たすためのページは、旧デムシスと同一デザインのアプリケーションソフトウェアであった。
(イ) 被告は、原告の指示により、平成13年9月末日ころ、上記デモバージョン2をNTT中部テレコンに設置されたサーバーで動作するように設定した。また、その後も、被告は、上記デモバージョン2のバグ修正や保守をしていたが、原告は、平成13年10月ころから、デモバージョン2を用いてデムシスの販売を開始した。(乙9)
 被告は、同年12月、原告からデムシスのバグを指摘され、同月20日にバグを修正した。(乙15ないし17)
(ウ) 原告と被告は、平成13年12月29日及び平成14年1月4日、デムシスの納品について、次のとおり合意した。
@ 原告は、平成14年1月20日までにデムシスのデザインを製作し、その後に被告がデザインの変更作業を行う。
A デムシスの機能(手順を含む。)の変更はない。
B 被告は、デムシスの仕様書を製作し、原告に提出する。
C 以上の作業が終わった後、納品とする。(乙10ないし13)
(エ) 原告は、上記合意に基づき、デムシスのデザインを製作し、平成14年1月24日、被告に対し、これを用いてデムシスのデザインを変更するように指示し、被告は、同年2月中に原告の指示どおりにデザインの変更を完了した(以下、このデザイン変更後のものを「デムシス完成版」という。)。(乙1、14、20)
(オ) 被告は、原告に対し、平成14年3月11日、原告の六本木事務所において、CD−ROMに記録したデムシス完成版、仕様書等を納品した。その際、原告は、被告に対し、訴外クラフトワークスのAを今後のデムシスの開発・変更等の担当者であると紹介した。被告代表者のBらは、原告担当者C及びクラフトワークスのAに対し、納品物、仕様書、プログラムの概要等を説明した。また、原告と被告は、同日、デムシスの納品、検収、修正・改修作業等に関する覚書を製作した。同覚書には、納品物の検収に関して、原告が納品日(平成14年3月11日)より10営業日以内に単独で検収を行い、検査の合否を書面で報告すること、不合格の場合は、被告は速やかに修正・改修を行うこと、検収期間の10営業日を過ぎても書面による検査の合否通知がない場合は、合格したものとみなすこと等の条項が定められていた。(乙1、2)
(カ) 原告は、被告に対し、デムシス完成版が不合格であるとの通知をしたことはない。
ウ シー・ウェイの原告に対する著作権侵害を理由とする権利行使
(ア) シー・ウェイは、平成13年11月ころ、インターネット上で上記デモバージョン2を発見し、原告に対し、ハッピーネットの無断複製又は改変である旨警告した。これに対し、原告担当者は、同月9日、シー・ウェイを訪問し、「『デムシス』開発の動機は、シー・ウェイのハッピーネットがユーザーに好評であったことに目を付けたものであり、平成13年6月の段階で既に『旧デムシス』により契約した代理店があったため、開発を継続ざるを得なかった」などの説明を行ったことがある。
(イ) シー・ウェイは、平成14年1月15日ころ、東京地方裁判所に対し、原告及びNTT中部テレコンを相手方として、デムシスがハッピーネットについての著作権を侵害するとの理由でデムシスの公衆送信等の差止めを求める旨の仮処分を申し立てた(東京地方裁判所平成14年(ヨ)第22002号)。(甲3)
(ウ) 平成14年4月9日、仮処分事件において、シー・ウェイと原告及びNTT中部テレコンは、和解を成立させた。
(2) 判断
 上記認定した事実を総合すれば、デムシスは原告の指図どおり製作されたと解される。その理由は以下のとおりである。すなわち、
ア 前記のとおり、@原告は、被告にデムシスの製作を依頼した当初から、その製作に必要な仕様書、設計資料を示すことなく、単に、旧デムシスのID及びパスワードを交付して、旧デムシスのウェブページを素材として旧デムシスと同一の機能でデザインを変えたものを製作するように求めたこと、A被告は、旧デムシスのトップページと表面上のメニューページを差し替えただけで、それよりも下層の各種機能を果たすためのページが旧デムシスと同一のデザインであるデムシスのデモバージョン2を製作し、これを、平成13年8月20日、原告の六本木事務所のサーバーに設定し、原告が動作確認できるようにしたこと、B被告は、原告の指示により、同年9月末日ころ、デモバージョン2をNTT中部テレコンのサーバーで動作するように設置し、原告は、翌10月から、デモバージョン2を用いた販売活動を始めていること等の経過に照らすならば、デモバージョン2は、正に、原告の指示どおりに製作されたものと認めるのが相当である。
イ また、平成13年11月、原告は、シー・ウェイから、デモバージョン2がハッピーネットの無断複製又は改変であるとの申し入れを受けたのであるから、原告は、被告に対して、デムシスをそのような疑いを持たれないようなアプリケーションソフトウェアに変更するように指示をすることも可能であったといえる。しかし、その後のデムシスの製作経緯をみても、被告に、そのような観点からの指示を発した形跡は、何ら窺えない。すなわち、@被告は、平成13年12月、原告から指摘されたデムシスのバグを修正した。A原告と被告は、平成13年12月29日及び平成14年1月4日、デムシスの納品について、原告において、同月20日までにデムシスのデザインを製作し、その後に被告においてデザインの変更作業を行い、デムシスの機能(手順を含む。)の変更はない旨を合意している。B原告は、この合意に基いて、デムシスのデザインを製作し、被告に対してこれを用いてデザインを変更するように指示し、被告は、同年2月中に原告の指示どおりのデザイン変更を完了してデムシス完成版を製作した。C被告は、原告に対し、平成14年3月11日、CD−ROMに記録したデムシス完成版、仕様書等を納品したが、その際、原告担当者らに対し、納品物、仕様書、プログラムの概要等を説明するともに、原告と被告は、デムシスの納品、検収、修正・改修作業等に関する覚書を製作した。D同覚書には、納品物の検収に関して、原告が納品日(平成14年3月11日)より10営業日以内に検収を行い、検査の合否を書面で報告し、検収期間の10営業日を過ぎても書面による検査の合否通知がない場合は、合格したものとみなすこと等の条項が定められていたが、原告は、被告に対してデムシス完成版が不合格であるとの通知をしたことはない。そうすると、原告は、シー・ウェイからハッピーネットの著作権侵害との警告を受けた後においても、デモバージョン2について、被告に対し、バグを指摘してその修正をさせたり、自ら製作したデザインを用いてデムシスのデザインの変更をさせており、また、完成、引き渡しを受けたデムシス完成版について、検収後に、何ら、不合格であるとの意思を示していないのであるから、デムシス完成版は、原告の指示どおりに製作されたものであると認めるのが相当である。
2 その他の判断及び結論
(1) 争点(1)(法律上の瑕疵の有無−−請求原因)について
 原告は、被告が製作したデムシスは、ハッピーネットのプログラム及びユーザーインターフェイス画面を無断で複製又は改変したものであり、ハッピーネットについて、シー・ウェイが有する著作権を侵害したものであるから、デムシスには法律上の瑕疵があると主張する。
 しかし、本件において、原告は、デムシスのいかなる部分がハッピーネットについてシー・ウェイが有する著作権を具体的にどのような態様で侵害するかについて、何ら明らかにしない。したがって、原告の請求原因に係る主張は、主張自体が失当であるか、又は立証がないことに帰する。
(2) 結語
 以上のとおり、被告に製作を依頼したデムシスに法律上の瑕疵があるとの主張は、失当であるのみならず、仮に法律上の瑕疵があるとしても、1において判断したとおり、被告は、デムシスを原告の指図どおりに製作したのであるから、その瑕疵は「注文者の与えた指図により生じた」ということができ、被告は、民法636条本文の規定により、瑕疵担保責任を負うことはない。したがって、原告の本訴請求は理由がないこととなる。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 榎戸道也
 裁判官 佐野信
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