判例全文 line
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【事件名】ダリ展覧会事件B(2)
【年月日】平成15年5月28日
 東京高裁 平成12年(ネ)第4720号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成11年(ワ)第14658号)
 (平成14年9月25日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 山梨県
訴訟代理人弁護士 田邊護
指定代理人 長谷川正文
同 向山富士雄
同 藤原一治
同 鷹野勝巳
同 矢ノ下健司
同 清水彰彦
同 大木始広
控訴人 財団法人ミモカ美術振興財団
控訴人 株式会社松坂屋
控訴人 株式会社近鉄百貨店
控訴人 株式会社伊勢丹
控訴人 ガラ−サルバドール・ダリ財団
控訴人 広島県
訴訟代理人弁護士 樋口文男
指定代理人 内田健二
同 岡崎健一
同 杉谷信郎
同 谷本康禎
同 森谷章宏
同 荒谷明範
同 三浦靖彦
7名訴訟代理人弁護士 高階雅芳
同 西脇威夫
同 西田泉
被控訴人 デマート・プロ・アルト・ベー・ヴイ
訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳
同 古木睦美


主文
1 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 主文と同旨
第2 事案の概要
 被控訴人は、スペインの画家サルバドール・ダリ(以下「ダリ」という。)の創作した絵画の著作物に係る著作権を同人との契約により譲り受けたとして、上記著作権に基づき、(1) 控訴人ガラ−サルバドール・ダリ財団(以下「控訴人ダリ財団」という。)に対し、@ 上記絵画の複製及び同絵画の掲載された書籍の頒布の各差止め並びに同書籍の廃棄、A 複製頒布行為による損害の賠償、B 虚偽の著作権者表示による損害の賠償を請求し、(2) その余の控訴人らに対し、@ 複製頒布行為の差止め及び書籍の廃棄、A 複製頒布行為による損害の賠償を請求した。
 原判決は、上記契約は著作権の信託譲渡ではなく、著作権を時間的に一部譲渡する契約であり、被控訴人が著作権者であるとした上、(1)の@に係る請求を認容し、(1)のA及び(2)のAに係る請求を一部認容し、その余の請求をいずれも棄却した。これに対し、控訴人らのみが敗訴部分の取消しを求めて控訴しているので、(1)のB及び(2)の@に係る請求は当審における審判の対象外である。
1 争いのない事実等
(1) ダリは、別紙絵画目録(一)記載の絵画(以下「対象絵画」という。)及び同目録(二)記載の絵画(以下「本件絵画(二)」という。)を創作した。
(2) 設立準備中であった被控訴人の当初の代表者A(以下「A」という。)は、1986年(昭和61年)6月13日、ダリとの間で、ダリの作品の著作権に係る契約(甲1、乙2。以下、この契約を「本件契約」という。)を締結した。
(3) 被控訴人は、同年9月3日に設立され、1989年(平成元年)1月23日、ダリが死亡した。
(4) 「シュルレアリスムの巨匠展」の開催
ア 北九州市は、平成10年10月23日から同年11月29日までの間、同市所在の北九州市立美術館において、「シュルレアリスムの巨匠展」と題する展覧会の北九州展(以下「本件巨匠展」という。)を開催した。
イ 北九州市は、本件巨匠展において、別紙書籍目録(一)記載の書籍(以下「本件書籍(一)」という。)を販売した。
ウ 本件書籍(一)には、対象絵画中の1及び4の絵画(以下「本件絵画(一)」という。)が掲載されている。
エ 株式会社印象社(以下「印象社」という。)は、本件書籍(一)を印刷製本した。
(5) 「ダリ展」の開催
ア 控訴人山梨県、控訴人ミモカ美術振興財団(以下「控訴人ミモカ財団」という。)、控訴人株式会社松坂屋(以下「控訴人松坂屋」という。)、控訴人株式会社近鉄百貨店(以下「控訴人近鉄百貨店」という。)及び控訴人広島県は、「ダリの世界」と題する展覧会を、控訴人株式会社伊勢丹(以下「控訴人伊勢丹」という。)は、「ダリ美術館展」と題する展覧会(以下、これらの展覧会を総称して「本件ダリ展」という。)を、別紙展覧会開催一覧表のとおり開催した。
イ 本件ダリ展の会場では、別紙書籍目録(二)記載の書籍(以下「本件書籍(二)」という。)が販売された。
ウ 本件書籍(二)には、本件絵画(二)が掲載されている。
2 本件の争点
(1) 対象絵画及び本件絵画(二)(以下「本件著作物」という。)の著作権者
(2) 被控訴人が、控訴人らに対し、本件著作物に係る著作権(以下「本件著作権」という。)を対抗することの可否
(3) 被控訴人の控訴人らに対する本件著作権の行使が権利の濫用に当たるか。
(4) 控訴人らの上記行為が本件著作権を侵害するか。
(5) 被控訴人が被った損害の額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(著作権者)について
(被控訴人の主張)
(1) 本件契約の法的性質
ア 設立準備中であった被控訴人の当初の代表者Aは、1986年(昭和61年)6月13日、ダリとの間において、ダリの創作した作品(以下「ダリ作品」という。)の著作権をすべて譲り受ける旨の本件契約を締結し、被控訴人は、同年9月3日の設立後、本件契約により、本件著作権を取得した。
イ 本件契約は、以下に述べるとおり、著作権の期間を定めた譲渡契約である。
(ア) 本件契約第3条は、「上に定義、記載された権利は2004年(平成16年)5月11日に終了する期間まで取り消されることなく(解除されることなく)『デマート・プロ・アルト・ベーヴィ』社に譲渡される。書面による別段の合意がない限り、本契約期間満了時に、かかる権利はサルバドール・ダリ又は同人の相続人若しくは他の承継人に帰するものとする。」と規定されており、その文言自体から、権利の譲渡契約であることは明らかである。
(イ) 国家であるスペイン(以下「スペイン国」という。)の経済財務大臣は、1987年(昭和62年)2月27日、本件契約を承認したが、この承認が必要であったのは、本件契約が権利の譲渡契約であったためである。スペイン国は、その後、ダリの死亡前後に、本件契約がダリ作品に係る著作権の譲渡契約であることを認めている。
(ウ) スペイン国家高等裁判所行政訴訟審は、1996年(平成8年)2月22日、本件契約が著作権譲渡契約である旨の判決をした。同判決は、その後、取り消されたが、本件契約が譲渡契約である旨の認定判断が否定されたものではない。
(エ) 控訴人ダリ財団自体、ダリの死後、本件契約が著作権の譲渡契約であり被控訴人がダリ作品に係る著作権の著作権者であることを認めた。
ウ スペイン法の趣旨
 スペイン著作権法上、「広義の著作権」(derechos de autor)は、「著作者人格権」(derecho moral)、「利用権」(derecho de explotacion)及び「その他の権利」(otros derechos)から成る。そして、「利用権」とは、「排他的行使」(ejercisio exclusivo)をその内容とし、「行使」(ejercisio)と「許諾」(autorizacion)とは、明りょうに区別される。すなわち、上記「利用権」は、排他的権利であって、許諾とは異なる。本件契約第1条の表題は、「著作者の権利(広義の著作権)の期間を定めた譲渡」(cesion temporal de derochos de autor)であり、「cesion」は「譲渡」を意味する。また、「完全かつ円満な行使」(el pleno y completo ejercisio)は「排他的行使」と同義である。したがって、本件契約第1条が、委任又は信託譲渡ではなく、ダリ作品に係る著作権を期間を定めて譲渡する趣旨のものであることは、契約文言上明らかである。
(2) 本件契約の終了
 上記のとおり、本件契約は、著作権の期間を定めた譲渡契約であって、委任契約又は信託譲渡契約ではないから、ダリの死亡によって終了することはない。
(控訴人らの主張)
(1) 本件契約の法的性質
ア 委任契約
 本件契約の準拠法は、スペイン法であるから、その法的性質及び終了の有無は、スペイン法を準拠法として判断されるべきであるところ、本件契約は、スペイン法上、著作権の利用許諾を内容とする委任契約であり、その譲渡に係るものではないから、被控訴人が本件著作権について控訴人らに対し排他的権利を主張する根拠となるものではない。
 すなわち、本件契約第1条は、ダリ作品について、著作権等すべての知的財産権の完全な利用を契約の目的とするが、同第2条は、第1条に規定された権利を被控訴人がダリの名前でダリのために行使することを規定している。また、同第4条は、上記著作権の行使がダリの利益のためにされなければならないことを、同第5条は、被控訴人がダリに対し活動報告及び会計報告の義務を負う旨を規定している。さらに、本件契約の追加契約(以下「追加契約」という。)第1条にも、スペイン語で委任の受益者を意味する「beneficiarios」の用語が用いられ、受任者である被控訴人の受益者であるダリらに対する義務を規定している。
 このような本件契約及び追加契約の規定に加え、本件契約の目的が著作権の利用許諾でありその譲渡でないこと、被控訴人が上記著作権の保護管理義務、契約締結の日に有効であった契約をダリのために履行する義務、著作物の利用から生ずる利益を特定の目的のため及び受益者のために使用する義務を負っていること、売買代金が規定されていないことなどに照らすと、本件契約の性質は、スペイン法上の委任であると認められるから、被控訴人は、本件契約によって、本件著作権を取得する余地はない。
 本件契約において用いられているスペイン語の「cesion」の用語は、日本法における「譲渡」のみならず、「許諾」の場合にも用いられるから、本件契約が「cesion」の用語を用いていることは、本件契約が著作権の譲渡契約であるということを意味しない。かえって、本件契約第4条の表題は、譲渡代金に関するものではなく、スペイン語で「反対債務」ないし「譲渡に伴う義務」を意味する「contraprestaciones de la cesion」となっており、本件契約は、譲渡代金に関する規定を欠く。
 委任契約を取り消し得ないものとする合意は、委任契約の性質に反するものではないから、本件契約を取り消し得ないことは、これが委任契約であることを否定するものではない。
 本件契約締結当時、ダリの著作権を管理していた著作権管理会社が解散するため、ダリは、同社との契約に替わるものとして、著作権管理を委託する契約を締結する必要があった。
イ 信託譲渡契約
 本件契約がダリ作品に係る権利の譲渡契約であるとしても、追加契約第1条には、上記ア(委任契約)記載のとおり、被控訴人の受益者であるダリらに対する義務が規定されており、被控訴人がダリらに対し上記アの各種の義務を負担すること、本件契約が譲渡代金を規定していないことなど、上記アの事情に照らすと、本件契約は、上記権利の信託譲渡契約である。信託譲渡の法的性質は、外部的には譲渡であっても、内部的には委任であるから、受任者である被控訴人は、委任者の包括承継人であるスペイン国及び同国文化省(以下、単に「文化省」という。)から本件著作権の譲渡を受けた控訴人ダリ財団及び同控訴人から許諾を受けたその余の控訴人らに対し、本件著作権に基づく請求をすることができない。
(2) 譲渡の無効
 スペイン国の1879年(明治12年)1月10日公布に係る知的財産法施行規則9条は、知的財産権の譲渡について、公正証書に記録され、登録原簿に記録されなければならないと規定する。したがって、本件契約が本件著作権の譲渡を目的としても、同条所定の方式に反するものとして無効である。
(3) 本件契約の終了
 本件契約が委任契約であればもちろんのこと、仮に、譲渡契約であるとしても、信託譲渡契約として、ダリと被控訴人の内部関係は委任により規律されるから、本件契約は、1989年(平成元年)1月23日のダリの死亡により終了した。
 本件契約において、委任者の解除が認められないことは、ダリの死亡により本件契約が終了したことを否定するものではない。また、本件契約は、その性質上、死後継続を意図していない上、スペイン法は、委任の死後継続の合意を無効としている。
 被控訴人は、ダリの死後、本件著作権を含むダリ作品の著作権について管理を継続していたが、これは、スペイン国と被控訴人の間で黙示の委任契約が継続していたためである。この委任契約は、1994年(平成6年)9月13日、文化省の通知により終了した。
2 争点(2)(著作権譲渡の対抗要件)について
(控訴人らの主張)
(1) 法律上の利益
 ダリは、1982年(昭和57年)9月20日付けの遺言(以下「本件遺言」という。)により、全財産の包括承継人をスペイン国と指定したから、1989年(平成元年)1月23日のダリの死亡及び同年2月10日に公布された勅令(1989年勅令第185号、以下「89年勅令」という。)による上記包括承継の承認により、スペイン国はダリの全財産を包括承継した。
 1995年(平成7年)6月1日に公布された勅令(1995年勅令第799号、以下「95年勅令」という。)により、スペイン国は文化省に対し、ダリ作品に係る著作権について、スペイン法上の管理権及び利用権(以下、単に「管理権」及び「利用権」ともいう。)を付与した。文化省は、同年8月2日に公布された同年7月25日付け文化省令(以下、単に「文化省令」という。)により、控訴人ダリ財団に対し、ダリ作品に係る著作権の管理権及び利用権を譲渡することとし、これを実施するものとして、同年8月4日、控訴人ダリ財団との間で、ダリ作品に係る著作権の管理権及び利用権を控訴人ダリ財団に譲渡する契約を締結した。控訴人ダリ財団は、本件ダリ展に先立って、その余の控訴人らに対し、我が国における本件著作権の利用を許諾した。
(2) 対抗要件の欠如
 したがって、控訴人らは、被控訴人にとって、いずれも、本件著作権の譲渡について対抗関係に立つ第三者であるから、被控訴人が本件著作権を取得したとしても、その取得について対抗要件である登録を了していない以上、控訴人らに対し、本件著作権を対抗することができない。
(被控訴人の主張)
(1) 法律上の利益
 文化省と控訴人ダリ財団との譲渡契約は無効である。すなわち、ダリは、本件契約により、被控訴人に対し、ダリ作品に係る著作権を2004年(平成16年)5月11日まで譲渡したから、ダリの地位を包括承継したスペイン国は、上記譲渡契約当時、著作権者ではなかった。上記譲渡契約は、無権利者によってされた無効なものである。したがって、被控訴人と控訴人らの間に対抗関係は生じない。
(2) 背信的悪意者
 控訴人ダリ財団は、本件契約が著作権の有効な譲渡契約であり、被控訴人が本件著作権の著作権者であることを知っていたにもかかわらず、スペイン国と結託して、本件契約が委任契約でありダリの死亡により終了したという見解を採ることとして、上記契約を締結した。したがって、控訴人ダリ財団は、本件契約による本件著作権の譲渡の登録がされていないことを主張する正当な利益を有しない。また、その余の控訴人らは、同ダリ財団から許諾を受けた者にすぎず、同ダリ財団が無権利者であるとの被控訴人の警告を無視して本件著作物の無断複製頒布行為に及んだものであり、これらの者も、上記登録がないことを主張する正当な利益を有しない。
3 争点(3)(権利濫用)について
(控訴人らの主張)
 被控訴人は、本件契約の受益者である控訴人ダリ財団に対し、収益分配義務、費用負担義務、営業報告義務、会計報告義務、監査報告書送付義務、経済金融省に対する定期的報告書の写しの送付義務及び協力義務を負ったところ、これらの義務をいずれも履行していないから、本件契約に基づく自己の権利を主張することは、権利の濫用に当たり許されない。
(被控訴人の主張)
 この点に関する控訴人らの主張は、すべて争う。
4 争点(4)(著作権侵害の成否)について
(被控訴人の主張)
(1) 控訴人ダリ財団らについて
ア 本件巨匠展に関する主張
(ア) 控訴人ダリ財団は、被控訴人が本件絵画(一)の著作権者であることを知りながら、控訴人ダリ財団が本件絵画(一)の著作権者である旨述べて、被控訴人の許諾を得ないように教唆し、北九州市をして、被控訴人の許諾を得ずに、本件書籍(一)に本件絵画(一)を掲載させ、本件書籍(一)を本件巨匠展の会場で販売させた。
(イ) 控訴人ダリ財団は、被控訴人が対象絵画の著作権者であることを知りながら、控訴人ダリ財団が被控訴人と並んで対象絵画に著作権を有する旨の虚偽の表示をするように教唆し、北九州市をして、本件書籍(一)に、控訴人ダリ財団が被控訴人と並んで対象絵画の著作権者である旨の虚偽の表示をさせた。
イ 本件ダリ展に関する主張
(ア) 控訴人ダリ財団は、被控訴人が本件絵画(二)の著作権者であることを知りながら、被控訴人の許諾を得ないで、本件書籍(二)に本件絵画(二)を掲載して本件書籍(二)を作成し、本件絵画(二)に対する被控訴人の著作権を侵害した。
 したがって、被控訴人は、控訴人ダリ財団に対し、本件書籍(二) に係る本件絵画(二) の複製及び本件絵画(二) の掲載された本件書籍(二) の頒布の各差止請求権並びに本件書籍(二) の廃棄請求権を取得した。
(イ) 控訴人ミモカ財団、同松坂屋、同近鉄百貨店及び同伊勢丹は、それぞれ、本件書籍(二)が被控訴人の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、控訴人ダリ財団に対して本件書籍(二)を本件ダリ展の各会場で販売することを約し、本件書籍(二)を控訴人ダリ財団より仕入れ、販売したから、これら控訴人らの上記各行為は、被控訴人の著作権を侵害する。
 仮に、上記各行為が被控訴人の著作権を侵害する行為に当たらないとしても、これら控訴人らの上記各行為は、控訴人ダリ財団による著作権侵害行為の幇助となる。
(2) 控訴人山梨県について
ア 控訴人山梨県は、本件書籍(二)が被控訴人の本件絵画(二)に係る著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、控訴人ダリ財団に対して本件書籍(二)を山梨県立美術館における本件ダリ展の会場で販売することを約し、本件書籍(二)を控訴人ダリ財団から仕入れ、販売した。
イ 控訴人山梨県の上記行為は、上記著作権の侵害行為に当たり、仮に、著作権侵害行為に当たらないとしても、控訴人ダリ財団による著作権侵害行為の幇助となる。
ウ なお、山梨県立美術館協力会は、控訴人山梨県と一体であり、これと同視すべきものである。
(3) 控訴人広島県について
 控訴人広島県は、本件書籍(二)が被控訴人の本件絵画(二)に係る著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、控訴人ダリ財団をして、広島県立美術館における本件ダリ展において本件書籍(二)を販売させて、控訴人ダリ財団の著作権侵害行為を幇助した。
(控訴人らの主張)
 被控訴人の主張はすべて争う。 
(控訴人山梨県の主張)
 控訴人山梨県は、山梨県立美術館における本件ダリ展において本件書籍(二)の販売を行っていない。本件書籍(二)の販売は、控訴人ダリ財団が山梨県立美術館協力会に委託して行ったものである。
(控訴人広島県の主張)
 広島県立美術館における本件ダリ展において本件書籍(二)を販売したのは、控訴人ダリ財団であって、控訴人広島県は、本件書籍(二)の販売には無関係である。
5 争点(5)(損害額)について
(被控訴人の主張)
(1) 本件巨匠展に関する控訴人ダリ財団に対する請求
ア 印象社の本件書籍(一)の製作原価は、1冊500円であり、北九州市は、本件書籍(一)を印象社から仕入れ、1冊2000円で1万部販売したから、北九州市が得た利益の額は1500万円である。この金額を本件書籍(一)の絵画掲載頁数92で除し、本件絵画(一)の頁数3を乗じた金額である48万9130円が、被控訴人の被った損害である。
イ 控訴人ダリ財団は、本件書籍(一)に、同控訴人が被控訴人と並んで対象絵画の著作権者である旨の虚偽の表示をしたことにより、被控訴人が対象絵画を含むダリ作品の唯一の著作権者及び許諾権者であることに対する疑念を生じさせ、被控訴人の信用を毀損した。この損害を金銭に評価すれば、50万円を下らない。
(2) 本件ダリ展に関する控訴人ダリ財団、同山梨県、同ミモカ財団、同松坂屋、同近鉄百貨店及び同伊勢丹に対する請求
ア 控訴人ダリ財団は、同山梨県、同ミモカ財団、同松坂屋、同近鉄百貨店及び同伊勢丹に対し、本件書籍(二)を、1冊1800円で、少なくとも、それぞれ、2000冊、983冊、1904冊、2656冊及び7047冊販売した。
イ 控訴人山梨県、同ミモカ財団、同松坂屋、同近鉄百貨店及び同伊勢丹は、それぞれ、本件書籍(二)を控訴人ダリ財団から仕入れ、1冊2200円で、少なくとも、それぞれ、2000冊、983冊、1904冊、2656冊及び7047冊販売した。
ウ これにより、被控訴人は、少なくとも、以下のとおり、利用料相当額の損害を被った。
(ア) 控訴人ダリ財団及び同山梨県
 2,200円×2,000(冊)×10%=440,000円
(イ) 控訴人ダリ財団及び同ミモカ財団
 2,200円×983(冊)×10%=216,260円
(ウ) 控訴人ダリ財団及び同松坂屋
 2,200円×1,904(冊)×10%=418,880円
(エ) 控訴人ダリ財団及び同近鉄百貨店
 2,200円×2,656(冊)×10%=584,320円
(オ) 控訴人ダリ財団及び同伊勢丹
 2,200円×7,047(冊)×10%=1,550,340円
(3) 本件ダリ展に関する控訴人ダリ財団及び同広島県に対する請求
 控訴人ダリ財団が、広島県立美術館における本件ダリ展において、本件書籍(二)を、1冊2200円で、少なくとも2000冊販売し、控訴人広島県が、同ダリ財団の上記行為を幇助したことにより、被控訴人は、以下のとおり、利用料相当額の損害を被った。
 2,000円×2,000(冊)×10%=440,000円
(4) まとめ
 以上によれば、被控訴人の受けるべき損害賠償の額は、控訴人ダリ財団463万8930円、同山梨県44万円、同ミモカ財団21万6260円、同松坂屋41万8880円、同近鉄百貨店58万4320円、同伊勢丹155万0340円、同広島県44万円となる。
(控訴人らの主張)
(1) 追加契約第1条は、本件契約第4条について、いかなる場合においても、当該権利の管理及び営業から生ずる経費控除後の収入及び利益のすべては、受益者であるダリ又は控訴人ダリ財団にのみ帰属するという意味に解さなければならないと規定している。したがって、被控訴人が主張する事実に基づいても、被控訴人に損害が生ずることはない。
(2) 本件巨匠展における本件書籍(一)の販売価格が1冊2000円であること並びに本件ダリ展における本件書籍(二)の仕入価格、販売価格及び販売数量に関する被控訴人の主張については、いずれも認める。
(3) 山梨県立美術館協力会が、本件書籍(二)を控訴人ダリ財団から1冊1800円で800冊購入し、1冊2200円で全冊販売したことは認める。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(著作権者)について
(1) 本件契約の締結に至る経緯
ア A作成の陳述書(甲46)
 上記陳述書には、被控訴人が、ダリの意向により設立され、2004年(平成16年)5月11日までの期間、ダリのため、その著作権その他の知的財産権を管理する目的でこれらの譲渡を受けた旨の記載がある。
イ イアン・ギブソン(Ian Gibson) 著「The Shameful Life of Salvador Dali」(乙21)
 上記書籍には、以下の内容の記載がある。
 ダリの著作権は、1981年(昭和56年)1月以来、Societe de la Propriete Artistique et des Dessins et Modeles in Paris(以下「SPADEM」という。)が管理していたが、1985年(昭和60年)に施行されたフランス法の改正及び SPADEM の明らかな管理の悪さから、ダリの助言者、特に、デシャルネは、SPADEM との関係を終了し、新たに著作権管理のための会社を作り、同社に著作権管理を委託するよう、ダリを説得した。こうして、アムステルダムに基盤を持つ被控訴人が、デシャルネを社長として設立され、ダリは、1986年(昭和61年)6月13日、自己の著作権を、被控訴人に対し、2004年(平成16年)5月11日までの間、譲渡した。
(2) 本件契約及び追加契約の契約条項
ア 本件契約(甲1、乙2)
 本件契約の契約書には、以下の内容の記載がある。
(ア) 第2条(著作者の権利の譲渡の性質)第2項
 被控訴人は、ダリの地位に全面的に代位し、同人の名において同人を代表して活動し、同人の作品の使用に関連するすべての行為を遂行する。
(イ) 第3条(譲渡期間)
 ダリ作品に係る権利は、2004年(平成16年)5月11日に本件契約期間が満了するまで、取り消されること又は解除されることなく、被控訴人に譲渡される。かかる権利は、本件契約期間満了時に、ダリ、同人の相続人又は他の承継人に復帰する。
(ウ) 第4条(譲渡の対価)第2項
 被控訴人は、同社に譲渡された権利を行使することにより得た純利益を、全世界にわたり、ダリ作品の研究及び紹介に関連した、同社単独で又はダリ若しくは控訴人ダリ財団と共同で遂行される活動の資金として使用することに同意する。
(エ) 第5条(譲受人の情報及び活動の継続)
 被控訴人は、ダリ又はその承継人に対し、毎年、その運営について報告をし、また、四半期毎に、本件契約により譲渡された権利に係る活動、契約、交渉及び事柄について、報告書を送付しなければならない。
 被控訴人は、毎事業年度終了後6箇月以内に作成された、当該事業年度の会計報告書を、著名かつ国際的に知られている会計事務所によって監査を受けるために提出し、その監査報告書の写しは、直ちに、ダリ又はその承継人に送付されるものとする。
(オ) 第8条(協力)
 被控訴人は、最善の努力をして、ダリ作品及び本件契約に規定する著作者の権利に関して、ダリが理事長を務める控訴人ダリ財団及び芸術の分野で国際的に著名な組織と協力することに同意する。
(カ) 第10条(準拠法及び仲裁)第1項
 本件契約の解釈若しくは履行又は本件契約に基づく行為に関する当事者間の紛争又は訴訟は、スペインの法律(法律及び裁判所)に服する。
(キ) 第11条(特別条項)第1項
 本件契約は、当事者の事前の合意なく、第三者に譲渡することができない。さらに、本件契約の有効期間中、被控訴人の株式は譲渡不可とし、被控訴人の資本金が消失若しくは減資され、又は被控訴人が破産した場合には、本件契約は自動的に解除される。
イ 追加契約(乙3)
 追加契約第1条には、以下の内容の記載がある。
 本件契約第4条は、いかなる場合においても、当該権利の管理及び営業から生ずる経費控除後の収入及び利益のすべては、受益者であるダリ又は控訴人ダリ財団にのみ帰属するという意味に解されなければならない。
(3) 本件契約の法的性質に係る鑑定意見書
 本件契約の準拠法は、同契約第10条(準拠法及び仲裁)第1項の合意によりスペイン法であるところ、スペイン法の下における本件契約の法的性質については、以下の鑑定書、意見書及び法律意見書が提出されている。
ア バルセロナ大学民事法教授ラモン・カサス・バジェス作成の鑑定書(甲6の2、以下「バジェス鑑定書」という。)には、以下の見解が記載されている。
 本件契約の表題は、「著作権の期間を限定した譲渡」であり、本件契約及び追加契約において、「譲渡」の用語が一貫して用いられている。また、本件契約において、期間の満了により、権利が「復帰」すると規定されているが、「復帰」は「譲渡」を前提とするものであって、委任の場合には、書類の返還等があるのみで、権利の復帰はない。
 権利の管理、運用の目的を実現する法的手段を委任のみと解して、その目的から当該契約を委任契約と混同することは誤りである。権利の管理、運用の目的のためには、権利の期間を定めた譲渡の方がよりよく目的に資する。委任の場合は、権利の管理、運用の柔軟性が相当程度制約されるので、適切な方法ではないからである。本件契約においては、契約条項の全体から、ダリ作品に係る権利の管理、運用のために設立され、ダリの助言者として長年にわたり信頼を得ていたAが管理する被控訴人に対し、上記権利の効果的な管理、運用をさせるため、その権利が譲渡されたことが明らかである。本件契約は、委任の方式によらず、明確に信託的な意味合いを有する、期間を定めた譲渡という方式を選択したものである。
 被控訴人は、本件契約の目的のためだけに特に設立された。単なる委任のために新たに会社を設立することは、さしたる意味を持たないが、権利の期間を定めた譲渡の場合には、意味を持つ。
 本件契約は、譲渡された権利が期間満了時にダリの相続人に復帰することを想定しているので、ダリの死亡を契約終了事由としていないことが明らかである。また、委任契約であっても、期間を定めて締結され、取消不能、解除不能とされたときは、当事者の死亡により終了しない。
イ スペイン弁護士エンリク・ピカニョール作成の意見書(甲8、以下「ピカニョール意見書」という。)には、以下の見解が記載されている。
 スペイン法の原則として、委任と譲渡の間には、決定的相違がある。委任の受任者は、本人の名義又は自らの名義で権利を行使する(スペイン民法1717条)が、それは常に本人の利益においてである(同法1709条)。譲受人は、自らの利益のために権利を行使する点で、委任の受任者とは異なる。スペイン法の下では、委任を内部関係としつつ、第三者に対しては権利の譲渡の形式を採用することが許され、その場合、譲受人は、自らの名義で、委任者のために行為する。したがって、本件において、被控訴人は、第三者に対しては、権利の譲受人として行為することができた。
 追加契約第1条において、ダリ作品に係る権利の行使から発生するすべての利益の受益者がダリ又は控訴人ダリ財団のみであることが規定され、本件契約がダリの利益のためであり、被控訴人の利益のためでないことが確認されている。したがって、本件契約は、ダリの知的財産権の行使を目的とする委任契約であり、被控訴人に対してされたすべての譲渡は、委任を行うための手段である。すなわち、信託譲渡によって、委任の受任者が自己の名義で行動する権利を有するが、その権利は常に本人のために行使されるという形式の委任が、本件契約の内容である。
 スペイン法の下では、委任は、本人の死亡により終了する(同法1732.3条)。本件は、スペイン法の撤回不能委任の適用はない。
ウ アルカラ大学民法教授フアン・カダルソ・パラウの法律意見書(乙1、以下「パラウ意見書」という。)には、以下の見解が記載されている。
 本件契約は、ダリと Societe de Gestion de la Propriete Artistique et des Dessins et Modeles(注、「SPADEM」と同一の団体と認められる。)との間で締結されていた契約に替えて締結されたものであり、ダリの著作権の管理を委託するためのものである。
 本件契約では、「譲渡」の語が使用されているが、真の契約関係は、当事者が使用した用語ではなく、契約条項の内容により決定されるべきである。
 追加契約第1条は、本件契約第4条について、いかなる場合も、ダリ又は控訴人ダリ財団のみが譲渡された権利の管理及び利用により発生する全収入又は純利益の受益者であるという意味に解釈されなければならないと規定している。そこで、譲受人は、譲渡された権利を譲渡人の利益のために管理する管理者にすぎない。本件契約においては、使用された手段が譲渡であり、目的が管理であるという不一致があるが、スペイン法の下における、他の目的のための法的合意の形式として、本件契約は、スペイン法の「信託譲渡」に当たる。信託譲渡においては、内部関係は委任である。受託者は、対外関係においては譲受人として行動し得るが、管理目的を達成するために内部的に与えられた権限により行動する。
 契約の基本的関係が委任である場合、その終了は、委任契約の終了事由に従うから、本人の死亡により終了する。
(4) マドリッド第1審裁判所少額事件206/2000・2002年(平成14年)3月26日判決(乙25、以下「スペイン判決」という。)について
 スペイン判決に係る事件は、原告(反訴被告)を本件の被控訴人、被告(反訴原告)をスペイン国、被告を本件の控訴人ダリ財団とする訴訟であって、被控訴人の本訴請求は、本件契約及び追加契約が委任契約ではなく譲渡契約であることなどの宣言を求めるもの、スペイン国の反訴請求は、本件契約がスペイン国文化省の1994年(平成6年)9月13日付け書面による通知(乙11)をもって正式に終了したことの宣言を求めるものであるが、スペイン判決は、本件契約の法的性質に関して、要旨、以下のとおりの判断を示し、本訴請求を棄却し、反訴請求を認容した。
 本件契約は、被控訴人に対する権利の譲渡を規定しているが、時間的に2004年(平成16年)4月までに制限されており、被控訴人の活動の情報及び監督に関する第5条において明確に規定しているとおり、管理会社に権利を管理させることだけを意図したものである。同条第1項は、その権利の管理に関する情報は毎年報告されなければならないと規定し、同条第2項は、各会計年度の決算書は毎年提出されなければならないと規定している。また、被控訴人は、本件契約の日に、ダリ作品を保護すること並びに利益をダリ作品の研究及び出版に投資することを約束した。これらのことは、ダリが被控訴人に対し、ダリ作品に係る権利を管理するために譲渡したことを意味する。さらに、本件契約と一体となる追加契約は、主として、著作権の管理及び利用から獲得する利益、ダリの死亡によりスペイン国がダリ作品に係る権利の権利者となるときのスペイン国への配慮並びに美術館のイメージに関連するカタログ又は書類の編集及び出版の権利について規定する。以上のことから、本件契約の目的は、ダリ作品等の財産的権利の管理権を被控訴人に譲渡することであると推測し得る。
 ダリ作品の著作権は、いかなる時も被控訴人へ移転しておらず、単に、被控訴人に対する著作権の管理に関する義務が課せられたということができ、これは、民法1709条が規定する委任の定義のとおりである。売買契約の成立に必要な民法1425条所定の価格が本件契約には規定されておらず、贈与の成立に必要な無償の意思も推測し得ないから、売買も贈与も成立していない。
 デシャルネは、1981年(昭和56年)からダリ作品に係る著作権を管理してきたフランス法人 SPADEM がフランス法に従い解散するため、ダリに対し、ダリの権利の世界的保護の重要性を強調して、著作権の管理業務を申し入れ、被控訴人が設立された。被控訴人により、世界中におけるダリの権利を代理し保護するという好意的な業務の申込みがされたが、この申込みに、正に委任の特徴が見られる。被控訴人の申込みは、SPADEM と管理会社を交替することにあり、ダリは、本件契約の契約書を作成することにより、その申込みを承諾した。本件契約の第2条において、譲渡が純粋かつ単純に行われていることが示されているが、同条は、譲渡の方法により、被控訴人がダリの地位を代行し、ダリの名前でダリのためにダリ作品の管理に関連して要求される行為のすべてを行うことを説明的に規定している。このことは、行為の性質上、本件契約が委任契約であると推測させる重要な点である。
 本人の死亡は、民法1732.3条に基づく委任の終了事由である。ダリの死亡した1989年(平成元年)1月23日に、本件契約は終了したと考えるべきであるが、被控訴人がダリの死亡後もスペイン国の同意により委任に基づく権利の行使を継続したため、スペイン国文化省の1994年(平成6年)9月13日付け書面による通知をもって、黙示の委任が取り消され、本件契約は正式に終了した。
(5) 本件契約の内容
ア 本件契約の締結に至る経緯
 上記(1)(本件契約の締結に至る経緯)の証拠(甲46、乙21)によれば、ダリの著作権は、1981年(昭和56年)1月以来、SPADEMが管理していたが、フランス法の改正等の事情があり、また、ダリの助言者、特に、デシャルネが、ダリに対し、SPADEM との関係を終了し、新たに著作権管理のための会社を作り、同社に著作権管理を委託するよう、ダリを説得し、ダリもこれに同意したため、Aは、ダリの意向を受けて、アムステルダムに基盤を持つ被控訴人を設立して社長に就任したこと、上記のダリ及びAが SPADEM の替わりに被控訴人に対しダリ作品の著作権を管理させる目的で本件契約を締結した事実を認めることができる。
イ 本件契約及び追加契約の各契約書の記載
(ア) 上記(2)ア(本件契約)の証拠(甲1、乙2)によれば、本件契約書には、被控訴人が、ダリの地位に全面的に代位し、同人の名において同人を代表して活動し、同人の作品の利用に関連するすべての行為を遂行すること(第2条第2項)、ダリ作品に係る権利が、本件契約期間満了時に、ダリ又はその承継人に復帰すること(第3条)、被控訴人が、同社に譲渡された権利を行使することにより得た純利益を、全世界的なダリ作品の研究及び紹介に関連した活動の資金として使用すること(第4条第2項)、被控訴人が、ダリ又はその承継人に対し、定期的に、運営について報告し、本件契約により譲渡された権利に係る活動、契約、交渉及び事柄について報告書を送付し、会計報告書を監査のために会計事務所に提出した上で監査報告書の写しを送付する義務を負うこと(第5条)、被控訴人が、ダリ作品の著作権等に関して控訴人ダリ財団等の組織と協力すること(第8条)、本件契約は、当事者の事前の合意がない限り譲渡不可とされるほか、本件契約の有効期間中における被控訴人の株式を譲渡不可とし、被控訴人の資本金が消失若しくは減資され又は被控訴人が破産した場合に本件契約が自動的に解除されること(第11条第1項)が記載され、これらの記載の合意を内容とする本件契約が締結されたことが認められる。
(イ) 上記(2)イ(追加契約)の証拠(乙3)によれば、追加契約は、本件契約と一体のものとして締結され、本件契約第4条について、いかなる場合においても、当該権利の管理及び営業から生ずる経費控除後の収入及び利益のすべてがダリ又は控訴人ダリ財団に帰属するという意味に解されなければならないとして、本件契約第4条の解釈について合意がされたものと認められる。
ウ 本件契約の法的性質
(ア) 本件契約の準拠法は、前記のとおり、第10条(準拠法及び仲裁)第1項の合意によりスペイン法とされているので、スペイン法の下における本件契約の法的性質について判断する。
(イ) 本件契約及び追加契約においては、契約によりダリ作品に係る権利が譲渡されるとして、スペイン語で「譲渡」を意味する「cesion」(甲71、白水社発行「西和辞典」)の用語が一貫して用いられている。また、契約期間満了により権利が「復帰」すると規定されているところ、権利の「復帰」がその「譲渡」を前提とすることは当然である。そして、権利の管理、運用の目的のために、権利の期間を定めた譲渡という法形式を採用することができる。そうすると、本件契約は、単なる委任ではなく、信託的な意味合いを有する、期間を定めた譲渡という法形式が選択され合意されたものであって、本件契約の締結により、ダリ作品に係る著作権は、ダリから被控訴人に移転したというべきである。(以上について、甲6の2のバジェス鑑定書参照)。
(ウ) 他方、上記ア(本件契約の締結に至る経緯)のとおり、ダリは、従前ダリ作品に係る著作権を管理していた SPADEM との関係を終了し、その替わりに被控訴人に対し著作権を管理させる目的で本件契約を締結した事実が認められ、また、上記イ(本件契約及び追加契約の各契約書の記載)のとおり、本件契約は、被控訴人が、ダリの地位に全面的に代位し同人の名において同人を代表して活動すること、ダリ作品に係る権利が本件契約期間満了時にダリ又はその承継人に復帰すること、被控訴人が権利を行使することにより得た純利益等を全世界的なダリ作品の研究及び紹介に関連した活動の資金として使用すること、被控訴人が定期的に運営について報告し、本件契約により譲渡された権利に係る活動、契約、交渉及び事柄についての報告書を送付し、監査報告書の写しを送付する義務を負うこと、被控訴人が控訴人ダリ財団等の組織と協力すること、本件契約は当事者の事前の合意がない限り譲渡不可とされるほか、その有効期間中における被控訴人の株式も譲渡不可とし被控訴人の減資等により本件契約が自動的に解除されることが合意されている。さらに、追加契約においても、権利の管理及び営業から生ずる利益のすべてがダリ又は控訴人ダリ財団に帰属するという合意がされたと認められる。
(エ) ところで、スペイン法の下では、財産の管理のため、管理者との内部関係を委任としつつ、外部の第三者に対しては権利を管理者に譲渡する法形式を採用し、管理者が対外関係において権利の譲受人として行動することが許され、このような法形式が、スペイン法における「信託譲渡」であると解される。ピカニョール意見書(甲8)及びパラウ意見書(乙1)は、これと同旨の見解を述べており、本件契約が権利の期間を定めた譲渡であるとするバジェス鑑定書(甲6の2)も、本件契約がスペイン法上「明確に信託的意味合いを有する」ことを認めている。
 上記(ウ)のとおり、本件契約は、ダリのダリ作品に係る権利の管理、行使を目的とするものであり、また、被控訴人が報告義務を始めとする受任者としての各種義務を負い、他方、被控訴人が得た利益は受益者であるダリ及び控訴人ダリ財団に帰属するから、本件契約は、スペイン法上の信託譲渡契約であって、ダリと被控訴人間の内部関係がスペイン法における委任により規律されると解される。他方、被控訴人は、ダリから委任を受けたダリ作品に係る権利の管理を行うための手段として、ダリ作品に係る権利を譲り受けているから、第三者に対しては、権利者として自己の名義で権利を行使することができるが、その場合でも、権利の行使は、常に委任者であるダリのためにされなければならない。
(オ) バジェス鑑定書(甲6の2)は、権利の管理、運用の目的を実現する法的手段を委任のみと解して、その目的から当該契約を委任契約と混同することは誤りであると述べるが、本件契約は、ダリの権利を管理、運用するために、信託譲渡という法形式を採用したものであるから、本件契約について、委任か譲渡かという二者択一を前提とすることはできず、同鑑定書の上記見解は採用することができない。同鑑定書は、単なる委任のために新たに被控訴人という会社を設立することはさしたる意味を持たないとも述べるが、信託譲渡のためには、第三者に対して被控訴人が自己の名義で権利を行使することが必要であり、被控訴人という会社を設立することには意味があったというべきである。
(カ) スペイン判決(乙25)の判断は、上記(4)のとおりであり、本件契約における被控訴人に対する権利の譲渡は、ダリ作品に係る権利を管理会社に管理させることだけを意図したものであり、被控訴人に報告等の義務があり、利益がダリ作品の研究等に充てられることなどから、本件契約の目的がダリ作品等の財産的権利の管理権を被控訴人に譲渡することであると推認しており、当裁判所の上記判断に沿うものである。
 もっとも、スペイン判決は、ダリ作品の著作権がいかなる時も被控訴人へ移転しておらず、単に、被控訴人に対する著作権の管理に関する義務が課せられたことをもって、本件契約が民法1709条所定の委任に当たる旨判断しており、本件契約が被控訴人に対する権利の譲渡を内容とするという上記判示との整合性について、理解困難な部分もなしとしないが、スペイン判決は、要するに、本件契約が、ダリと被控訴人間の内部関係においては委任であって権利は移転せず、第三者との外部関係において権利の譲渡であることをいうものと理解することができるから、この点においても、当裁判所の判断と食い違うものではない。
(6) 本件契約の終了
 本人の死亡は、スペイン民法1732.3条に基づく委任の終了事由である。ダリ作品に係る権利を信託譲渡する本件契約は、その基本的法律関係であるダリと被控訴人間の内部関係が委任によって規律されるから、ダリの死亡した1989年(平成元年)1月23日に、本件契約は終了したというべきである(甲8のピカニョール意見書及び乙1のパラウ意見書参照)。
 また、スペイン判決は、ダリの死亡した1989年(平成元年)1月23日に本件契約は終了したと考えるべきであると判示しながら、被控訴人が、ダリの死後、本件著作権を含むダリ作品の著作権について管理を継続し、スペイン国がこれを黙認していたところから、被控訴人がダリの死亡後もスペイン国の同意により委任に基づく権利の行使を継続したとも判示する。本件訴訟においては、上記認定事実を総合すると、ダリの死後における被控訴人による管理の継続について、スペイン国がこれを放置していたことは認められるものの、スペイン判決の判示するように、スペイン国がこれを黙認していたとか、黙示の委任契約が成立したことを認めるに足りる確たる証拠はない上、仮に、上記黙示の委任契約が成立したとしても、文化省が被控訴人に対する1994年(平成6年)9月13日付け書面による通知(乙11)をもって黙示の委任を取り消し(スペイン民法1732条1号)、被控訴人のダリ作品に係る権利は確定的に失われるに至ったものと解される。
 バジェス鑑定書(甲6の2)は、本件契約により譲渡された権利がダリの相続人に復帰することを想定しているから、ダリの死亡を本件契約の終了事由としていないというが、ダリの死亡により本件契約が終了した場合においても、権利が復帰する主体はダリの相続人等であって、既に死亡したダリでないことは当然であるから、バジェス鑑定書の上記見解は、採用することができない。
 また、バジェス鑑定書は、期間を定め取消不能及び解除不能とされた委任契約は当事者の死亡により終了しないとも述べるが、スペイン民法1732.3条は、委任者の死亡について、何ら限定を付さずに委任の終了事由として規定しており、また、委任者と受任者の個人的信頼関係を契約の根幹とする委任契約において、委任者の死亡を委任契約の終了事由から除外することは、スペイン法の下においても委任契約の上記性質に反するという点で、例外的な場合に限られると解すべきである。本件契約がこのような例外的なものである事情はうかがわれないから、この点においても、バジェス鑑定書の見解は、採用することができない。
(7) 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は、本件契約の法的性質について、本件契約が著作権の期間を定めた譲渡契約であることは、その文言自体から明らかであると主張する。しかしながら、上記のとおり、本件契約が信託譲渡であると解しても、第三者との外部関係において著作権は被控訴人に移転するから、権利を譲渡する旨の本件契約の文言は、これが信託譲渡であることと矛盾するものではない。また、本件契約の第9条(停止条件)第1項は、本契約は管轄スペイン行政庁よりの明示的な認可を得ることを条件に効力を発すると規定し(甲1、乙2)、これを受けて、スペイン国経済財務大臣は、1987年(昭和62年)2月27日、ダリに対し、被控訴人に対する著作者の権利の一時的な譲渡について許可することを確認する旨通知した(甲4)ところ、被控訴人は、上記のとおりスペイン国経済財務大臣が本件契約を承認することが必要であったのは、本件契約が譲渡契約であったためであると主張する。しかしながら、本件契約が信託譲渡契約であっても、外部関係において著作権が移転する以上、一般の譲渡と同様、公益的又は政策的理由によりスペイン国経済財務大臣の承認を必要とすることに何ら不合理な点はない。
イ 被控訴人は、スペイン国及び控訴人ダリ財団がダリの死亡後に本件契約が譲渡契約であることを認めていると主張する。しかしながら、本件契約に至る経緯、本件契約及び追加契約の内容等に照らし、本件契約がダリ作品に係る権利の信託譲渡契約であると認められることは上記のとおりである。また、この問題に関するスペイン国の見解について見るに、証拠によれば、文化省は、朝日新聞社宛の1991年(平成3年)6月6日付け書簡において、本件契約は著作権一時譲渡契約であり、被控訴人がダリの全作品の知的財産権を運用する権利者である旨の見解を表明したが(甲7)、1994年(平成6年)7月5日、控訴人ダリ財団及び被控訴人との話合いにより、本件契約は同年中に終了し、スペイン国において著作権のすべての管理を承継することの合意が成立したとし(乙8)、同年9月13日付け通知により、本件契約はダリの知的所有権の管理及び利用の権限を被控訴人に委託したものであって、ダリの死亡により終了した旨被控訴人に通知したこと(乙11)、スペイン国は、1995年(平成7年)5月19日、95年勅令により、文化省に対し、全世界のダリ作品に係る著作権について管理権及び利用権を付与し、これを受けて、文化省は、同年7月25日付けで、ダリ作品に係る権利の管理権及び利用権を控訴人ダリ財団に譲渡する旨の文化省令を制定し、同年8月2日に公布したこと(乙13)、以上の経緯のあることが認められる。このように、スペイン国は、少なくとも1944年(平成6年)ころ以降、本件契約の法的性質について、当裁判所の上記判断と同旨の立場を公式見解として採用していると解されるのであり、この間に、被控訴人をダリ作品に係る権利の権利者として扱ったことがあったとしても、このことにより、本件訴訟において、控訴人らが本件契約を信託譲渡契約であると主張し得なくなるものではない。
ウ 被控訴人は、スペイン国家高等裁判所行政訴訟審の1996年(平成8年)2月22日判決についても主張するが、同判決は、被控訴人が、上記文化省令の無効を求める行政訴訟を提起した際、最終判決が宣告されるまで当該省令の一時執行停止を申し立てたのに対し、これを認容したものであり(甲3)、その本案については、1997年(平成9年)3月12日、同裁判所が被控訴人の訴えを却下し、1999年(平成11年)7月13日、スペイン最高裁判所が被控訴人の上告を棄却して上記訴え却下判決が確定した(乙15)。したがって、被控訴人主張の上記判決の判断を参酌すべき理由はない。
エ 被控訴人は、スペイン著作権法上、「広義の著作権」(derechos de autor)は、「著作者人格権」(derecho moral)、「利用権」(derecho de explotacion)及び「その他の権利」(otros derechos)から成り、「利用権」とは「排他的行使」(ejercisio exclusivo)をその内容とし、「行使」(ejercisio)と「許諾」(autorizacion)とは明りょうに区別され、排他的行使は利用権そのものであって許諾とは異なると主張するところ、著作権情報センター発行「外国著作権法令集(22)−スペイン編」(甲70)によれば、被控訴人の上記主張は、同法の一般的な解釈としては正当ということができる。そして、本件契約第1条の表題は、「著作者の権利(広義の著作権)の期間を定めた譲渡」(cesion temporal de derochos de autor)であり(甲1)、スペイン語の「cesion」が「譲渡」を意味することは、上記のとおりである。
 しかしながら、被控訴人の主張するように、「完全かつ円満な行使」(el pleno y completo ejercisio)が「排他的行使」と同義であっても、このことは、本件契約が信託譲渡契約であることを否定する根拠とはならない。すなわち、本件契約が信託譲渡契約であるとしても、第三者との外部関係において、ダリ作品に係る権利は被控訴人に移転するのであって(甲8のピカニョール意見書及び乙1のパラウ意見書参照)、上記権利について、被控訴人が自ら第三者に対し排他的権利を行使し得ることは、信託譲渡の趣旨に合致するものというべきである。
2 争点(2)(著作権譲渡の対抗要件)について
 以上のとおり、本件契約は、スペイン法上の信託譲渡契約であって、ダリ作品に係る被控訴人の権利は、1989年(平成元年)1月23日のダリの死亡により、又は遅くとも1994年(平成6年)9月13日付け書面による文化省の通知をもって、確定的に失われたものというべきであるが、被控訴人の主張にかんがみ、念のため、本件契約の法的性質をその主張のとおりの趣旨に解した場合の、本件著作権の帰すうについて判断する。
(1) 準拠法
ア 著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては、譲渡の原因関係である契約等の債権行為と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきである。著作権の譲渡の原因である債権行為に適用されるべき準拠法については、法例7条1項により、当事者の意思に従って定められるべきものであり、本件契約は、準拠法をスペイン法とする合意がされたから(本件契約第10条第1項)、これに従うべきことは当然である。また、ダリの死亡による財産の相続は、法例26条により、被相続人の本国法であるスペイン法による。
イ これに対し、本件著作権の物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法は、スペイン法ではなく、我が国の法令であると解される。すなわち、一般に、物権の内容、効力、得喪の要件等は、目的物の所在地の法令を準拠法とすべきであること、法例10条は、その趣旨に基づくものであるが、その理由は、物権が物の直接的利用に関する権利であり、第三者に対する排他的効力を有することから、そのような権利関係については、目的物の所在地の法令を適用することが最も自然であり、権利の目的の達成及び第三者の利益保護という要請に最も適合することにあると解される。著作権は、その権利の内容及び効力がこれを保護する国(以下「保護国」という。)の法令によって定められ、また、著作物の利用について第三者に対する排他的効力を有するから、物権の得喪について所在地法が適用されるのと同様の理由により、著作権という物権類似の支配関係の変動については、保護国の法令が準拠法となるものと解するのが相当である(東京高裁平成13年5月30日判決・判例時報1797号111頁参照)。
ウ スペイン国及び我が国は、いずれも文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約の同盟国であるから、同条約3条(1)(a)及び我が国著作権法6条3号により、スペイン国民であったダリの本件著作物に係る本件著作権は、我が国においても保護される。我が国において保護される本件著作権の物権類似の支配関係の変動については、保護国である我が国の法令が準拠法となることは上記のとおりであるところ、我が国の法令は、著作権の移転の効力が原因となる譲渡契約の締結により直ちに生ずるとしているから、ダリと被控訴人が本件契約を締結したことにより、第三者に対する対外的関係において、ダリ作品に係る本件著作権は、ダリから被控訴人に移転したものというべきである。
(2) 法律上の利益
 ダリは、1982年(昭和57年)9月20日付けの本件遺言(乙5)により、全財産の包括承継人をスペイン国と指定したから、1989年(平成元年)1月23日のダリの死亡及び89年勅令(乙12中の記載)による上記包括承継の承認により、スペイン国はダリの全財産を包括承継した。そして、上記のとおり、スペイン国は、95年勅令(乙12)により、文化省に対し、全世界のダリ作品に係る著作権について管理権及び利用権を付与し、文化省は、1995年(平成7年)7月25日付け文化省令(乙13)により、ダリ作品に係る権利の管理権及び利用権を控訴人ダリ財団に譲渡することとし、同年8月4日、文化省令を実施するために締結された控訴人ダリ財団との間の契約(乙14)により、全世界のダリ作品に係る著作権の管理権及び利用権を控訴人ダリ財団に譲渡した。
 ところで、スペイン知的所有権法(甲70)17条は、「著作者は、自己の著作物を利用する権利を排他的に行使することができ(その方法のいかんを問わない)、特に複製権、頒布権、公の伝達権及び変形権を排他的に行使することができる。これらの利用は、この法律に定める場合を除き、著作者の許諾を取得することなく行うことができない。」と規定し、利用権(derecho de explotacion)を排他的な権利として定めており、我が国著作権法上これに相当する権利は著作権であるから、文化省が上記譲渡契約を締結して控訴人ダリ財団に対し全世界の上記利用権を譲渡したことにより、我が国におけるダリ作品に係る著作権は、スペイン国ないし文化省から控訴人ダリ財団に移転したというべきである。控訴人ダリ財団が、本件ダリ展に先立って、その余の控訴人らに対し本件著作権の利用を許諾した事実は、被控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。そうすると、控訴人らは、いずれも、ダリから被控訴人に対する本件著作権の移転について法律上の利害関係を有する第三者である。
(3) 対抗要件の欠如
 本件著作権の移転の対抗要件についても、保護国である我が国の法令が準拠法となるから、著作権法77条1号、78条1項により、被控訴人は、本件著作権の取得について対抗要件である著作権の移転登録を了しない限り、控訴人らに対し、本件著作権に基づく請求をすることはできないところ、被控訴人は、この登録を了していないので(乙24)、控訴人らに対し、本件著作権を対抗し、これに基づく請求をすることができない。
(4) 被控訴人は、ダリが被控訴人に対し、本件契約によりダリ作品に係る著作権を2004年(平成16年)5月11日まで譲渡したことから、文化省がダリ作品に係る著作権の利用権を控訴人ダリ財団に譲渡した当時、スペイン国は無権利者であったと主張する。しかしながら、スペイン国は、本件遺言によりその法律上の地位を包括承継し、文化省が勅令によりその利用権を付与されたのであるから、ダリが本件契約により被控訴人に対してした本件著作権の譲渡と、ダリの包括承継人であるスペイン国から控訴人ダリ財団への本件著作権の譲渡とは、対抗関係に立つのであって、いずれかの譲渡について登録がされるなど、一方が確定的に有効となるまでの間は、いずれの譲渡も権利者による譲渡というべきであるから、スペイン国からの譲渡を無権利者によるものということはできない。
(5) 被控訴人は、控訴人ダリ財団について、本件契約が著作権の有効な譲渡契約であり被控訴人がその著作権者であることを知っており、スペイン国と結託して上記契約を締結したと主張する。しかしながら、スペイン国から控訴人ダリ財団に本件著作権が譲渡された1995年(平成7年)当時、スペイン法人であり全世界のダリ作品に係る権利を扱うことが予定されていた控訴人ダリ財団が、我が国において本件契約に係る著作権の譲渡が登録されていないことを知っていたなどということは、およそ考えられず、他に、控訴人ダリ財団が本件著作権の移転登録が未了であることを奇貨として、あえて上記契約を締結したなど、対抗要件の欠如を主張し得ない第三者に当たることをうかがわせる証拠はない。
 また、被控訴人は、控訴人ダリ財団に対し警告したと主張するところ、我が国の法令の下で、第三者が上記背信的悪意者に該当するかどうかは、当該第三者が法律上の利害関係を有するに至った時点における認識を問題とするから、この点においても、被控訴人の主張は採用することができない。
 さらに、被控訴人は、控訴人ダリ財団を除くその余の控訴人らについて、被控訴人の警告を無視して本件著作物の無断複製頒布に及んだと主張するが、控訴人ダリ財団が背信的悪意者でない以上、同控訴人から本件著作権の利用許諾を受けたその余の控訴人らも、また、背信的悪意者であるとは認め難く、他に、その余の控訴人らが背信的悪意者に当たると認めるに足りる証拠はない。
3 以上のとおり、被控訴人の控訴人らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、原判決中、これと異なる控訴人ら敗訴の部分を取り消し、被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 岡本岳
 裁判官 長沢幸男
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