判例全文 line
line
【事件名】自主製作映画の公開差止め事件
【年月日】平成15年4月30日
 宇都宮地裁栃木支部 平成14年(ワ)第16号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、34万2000円及びこれに対する平成14年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1)被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成14年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は、被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)原告の請求を棄却する。
(2)訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求の原因
(1)当事者
 原告は、自主映画の制作及び監督を業とし、これまでに「ザザンボ」、「罵詈雑言」、「腹腹時計」(以下「本件映画」という。)などの映画を制作した者である。
(2)被告施設の使用許可申請及び許可
 原告は、小山市立文化センター(以下「文化センター」という。)小ホール(以下「本件施設」という。)において、本件映画を上映することを企画し、平成13年12月20日、小山市教育委員会教育長(以下「教育長」という。)に対し、使用目的を自主製作フィルムの鑑賞会とし、使用日時を平成14年2月6日午後6時から午後9時30分までとして、本件施設の使用許可の申請(以下「本件申請」という。)をし、同日、使用料1万2000円を納付した。
 教育長は、本件申請に基づき、翌21日、原告に対し、本件施設の使用を許可した(以下「本件許可」という。)。
(3)本件許可の取消処分
 教育長は、小山市立文化センター設置及び管理に関する条例(以下「本条例」という。)第9条1項(1)により、本件許可を取消し、平成14年2月5日、原告に対し、電話でこれを通知するとともに、翌6日、「小山市立文化センター使用許可取消通知書」を交付した(以下、これを「本件取消処分」という。)。
(4)本件取消処分の違法性
 本件映画は、天皇制をモチーフにした真面目な映画であり、内容も表現も公序良俗に反するものではなく、これまで110ヶ所以上の公共施設で上映されている。また、本件映画の宣伝のためのポスターの掲示が違法であったとしても、本件映画の上映が直ちに公共の利益に反するものではない。
 したがって、本件取消処分は、何らの根拠がないにもかかわらず、原告の映画上映の機会を奪って、原告の思想・信条の自由、表現の自由、集会の自由を侵害するものであり、原告の映画を観たいと願う多数の市民の楽しみや期待を裏切るものであるから、違法である。
(5)被告の責任
 本件取消処分は、教育長が職務上の故意または過失によって行ったものであるから、被告は、国家賠償法1条1項に基づき、原告が被った損害を賠償する責任を負う。
(6)原告の損害 100万円
@ 財産的損害
 原告は、本件取消処分により、本件映画の上映を中止せざるをえなくなった。このため、原告は、前売り券の払い戻しや映画を上映するための準備に要した費用、逸失利益など50万円を下らない損害を被った。
 なお、証拠上明確な損害の明細は、別紙記載のとおりである。
A 精神的損害
 原告は、心血を注いだ本件映画の上映を違法な本件取消処分により中止に追い込まれたものであり、その精神的苦痛に対する慰謝料は、50万円が相当である。
(7)結論
 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償金100万円及び違法な本件取消処分の日である平成14年2月6日から完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1)請求原因(1)の事実は不知。
(2)同(2)の事実のうち、本件申請の主体が原告個人であること、本件許可が原告個人に対してなされたことは否認し、その余の事実は認める。
 本件申請は、原告個人の申請ではなく、団体名「D大学オールドボーイの会」代表者原告の申請であり、これに対して、本件許可がなされたもである。
(3)同(3)の事実のうち、本件取消処分が原告個人に対してなされたことは否認し、その余の事実は認める。
 本件取消処分は、原告個人に対してなされたものでなく、「D大学オールドボーイの会」代表者原告に対してなされたものである。
(4)同(4)、(5)は争う。
(5)同(6)の事実は否認する。
(6)同(7)は争う。
3 被告の主張(本件取消処分の適法性)
(1)被告は、小山市民の教養の向上と芸術文化の振興を図るため、本条例を制定し、本条例に基づき、文化センターを設置し、この目的を達成するために文化センターの施設及び附属備品等を市民に提供しているが、その施設の使用は、教育長の許可にかからしめている。
(2)教育長は、文化センター施設の使用者の使用が本条例第6条所定の不許可事由に該当する場合には、同条により当該申請を不許可とすることができ、当該申請が許可された場合でも、本条例第6条所定の不許可事由に該当することが判明した場合には、同第9条1項(1)により、その許可を取り消すことができ、また、使用者が不正な手段でその許可を受けた場合にも、その許可を取り消すことができる。
(3)本件取消処分は、以下の理由により適法である。
@ 本条例第6条(1)(公の秩序又は善良の風紀を乱すおそれがあると認めるとき)及び同(5)(暴力排除の趣旨に反すると認めたとき)の該当性(以下、「取消事由1」という。)
ア 被告は、本件映画の上映日の数日前に申請者から送付されたチラシや小山市内各所に掲示されたポスター等によって本件映画の内容ないし上映の目的を推測せざるをえなかった。申請者は、被告を含む情報の受け手に対し、チラシやポスター等によって、上映会の周知のみならず、映画の内容ないし上映の目的を判断すべきことを求めているので、教育長が上記チラシやポスター等によって本件許可の取消事由の有無を判断することを容認していたと解すべきである。
イ 申請者が小山市内に掲示したポスター中、雑誌の記事を掲載したポスター(乙3)には、「「この映画は〈予告〉だ」と監督が犯行を示唆!?」と大見出しが書かれており、本文中には、以下のとおりの記載がある。
 「「違います。あれは皇太子を狙ったでしょう。それに失敗してますし。僕は失敗しませんよ」と言う。あれっ映画が現実になってるよ。
 「だからEさんはダメなんだ。言論で何が変わったか。口舌の徒め!」と喧嘩を売る。
 「この映画は〈予告〉だ。私は命を賭けている!」。ゾーっとした。何という男だ。人間凶器だ。」
 上記ポスターの掲示によって表明した申請者ないし原告の表現は、思想表現の手段として上映する映画の宣伝を超え、一般不特定多数の者に原告がまさに犯行の決意を表明しているものと読みとらせるものである。
ウ 上記イのポスターを含む小山市内に掲示されたポスターや文化センターに送付されたチラシの内容から推測される本件映画の内容は、暴力排除の趣旨ないし公序良俗に反するものであるが、それ以前に、上記イのポスターの掲示による宣伝の内容自体が、暴力排除の趣旨ないし公序良俗に反するものである。
エ よって、本件申請にかかる本件施設の使用は、本条例第6条(1)、(5)の不許可事由に該当するので,教育長の本条例第9条1項(1)に基づく、本件取消処分は適法である。
A 本条例第6条(6)(管理上支障があると認めるとき)の該当性(以下、「取消事由2」という。)
ア 小山市では、平成元年9月2日及び3日に、文化センターにおいて、栃木県内の市民団体の共催による「九千人の証言 写真で見る戦争責任」と題する写真展が開催されたが、開催初日である同月2日深夜に、同センター施設に実弾7発が撃ち込まれるという発砲事件が発生した。
 上記事件を経験している被告は、本件申請者側が上記@イのとおり「犯行の決意を表明しているものと読みとれる」記事ないしポスターにより、上映前日に宣伝行動をなしたことによって生じる可能性のある何人からの危険に対して、万全の防止体制を整えることは不可能ないし著しく困難であった。
 したがって、本件申請者側が暴力排除の趣旨に反する上記宣伝行為をしたことにより、本件映画の上映につき、本件施設の管理上大きな支障がもたらされた。
イ よって、本件申請にかかる本件施設の使用は、本条例第6条(6)の不許可事由に該当するので、教育長の本条例第9条1項(1)に基づく本件取消処分は適法である。
B 本件許可の不正取得等(以下「取消事由3」という。)
ア 本件申請者は、「D大学オールドボーイの会」であると解されるが、原告は、実体のない団体の代表者として、本件申請をし、本件許可を得ているところ、本件許可の名宛人が実体のない団体であることからすると、本件許可は、そもそも無効の処分である。
 したがって、本件取消処分は、形式上存在する本件許可の取消しを意味するにすぎず、違法性はなかったと解される。
イ 仮に、本件申請者が原告個人であったとすれば、原告は、自己を表示する方法として、「D大学オールドボーイの会代表者原告」の名称を使用して、教育長に対し、本件申請者の判断を誤らせた。
 本件施設を誰が使用するかということは重要な事項であるところ、原告は、不正な手段で本件許可を受けたと解さざるを得ないから、教育長の本条例第9条1項(1)に基づく本件取消処分は適法である。
 もっとも、この場合も、教育長の本件許可の名宛人は、実体のない団体であることからすると、アと同様の理由で、本件取消処分は、形式上存在する本件許可の取消しを意味するにすぎず、違法性はなかったと解される。
4 被告の主張に対する認否
(1)被告主張(1)の事実は認める。
(2)同(2)の事実は不知。
(3)@ 同(3)@アの事実は否認する。
 原告は、平成14年1月29日から、小山市内に、本件映画の宣伝のためのポスターを合計700枚掲示したが、被告の職員らは、これに気付いていたにもかかわらず、原告に対し、一度も問い合わせをしなかった。
A 同(3)@イの事実のうち、被告指摘のポスターの記載内容については認め、その余の事実は否認する。
 被告指摘のポスター(乙3)は、扶桑社が出版している「週刊スパ」2000年11月号(甲8)に掲載されているEの長期掲載エッセ ーの一遍である。これは、事実を記した取材記事ではなく、原告への短取材を通した上記筆者の創作文であり、原告の「犯行決意表明」ではない。 
B 同(3)@ウの事実は否認する。
C 同(3)@エは争う。
(4)@ 同(3)Aアの事実のうち、被告主張の発砲事件については不知、その余の事実は否認する。
A 同(3)Aイは争う。
(5)@ 同(3)Bアの事実は否認する。
 本件申請者は、原告である。原告は、本件申請時に被告の担当職員から「とにかく何か団体名を書いておいてください。」と言われたため、1993年以降、全国の公共施設で「D大学オールドボーイの会」の名称を使って上映活動を行ってきたので、これを付記したものである。
 本件取消処分にあたって、原告の本件申請が問題とされたことはない。
A 同(3)Bイの事実は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 当事者
 甲22、25及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因(1)の事実が認められる。
2 本件申請及び本件許可
(1)請求原因(2)の事実は、本件申請主体が原告であること及び本件許可の名宛人が原告であることを除き、当事者間に 争いはない。
(2)本件申請主体及び本件許可の名宛人について
 当事者間に争いのない事実に加えて、甲2、3、9の1ないし12、乙1、2の3及び証人Fの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、平成10年に本件映画を制作し、同11年1月から、全国各地の公共施設等を使用して、本件映画の上映活動を行ってきたこと、原告は、本件施設において、本件映画を上映することを企画し、同13年12月20日、所定の文化センター使用申請書(以下「本件申請書」という。)に必要事項を記載して、文化センターの窓口に提出したこと、本件申請書は、申請者欄に、不動文字で「住所」、「団体名」、「代表者」の欄が記載されていたが、格別、個人用と団体用と区別して、使用されていなかったこと、原告は、上記申請に当たり、本件申請書に原告個人名のみを記載して提出したところ、受付の担当者から、「とにかく団体名を書いておいてください。」と言われたこと、原告は、これまで、全国の公共施設で「D大学オールドボーイの会」の名称を使って上映活動を行ってきたこともあったので、上記担当者の指導に従い、本件申請書に上記名称を付記したが、あくまで原告個人の申請と理解していたこと、原告は、本件申請書を提出するとともに、文化センターに使用料1万2000円を支払ったが、被告は、原告個人宛に納入通知書兼領収書を発行したこと、「D大学オールドボーイの会」は、小山市で本件映画を上映するために結成された組織で、メンバーは原告を含め5名からなるが、規則や会費等はなく、団体としての実体はなかったこと、教育長は、原告に対し、同月21日、文化センター使用許可書を交付したが、その名宛人は、「D大学オールドボーイの会、「原告A」と記載され、代表者Aとは記載されていなかったこと、その後、教育長は、本件許可を取り消し、平成14年2月6日、原告に対し、小山市立文化センター使用許可取消通知書を交付したが、本件許可と同様、その名宛人は、「D大学オールドボーイの会、A(原告)」と記載され、代表者Aとは記載されていなかったこと、教育長その他担当者らは、本件取消処分にあたり、本件申請主体について、問題があったとは何ら指摘していなかったことが認められ、これを覆すに足りる的確な証拠はない。
 以上のとおり、本件申請書の申請者欄に原告個人名のほか「D大学オールドボーイの会」の名称が記入された経緯、本件一連の手続における原、被告の本件申請者に関する認識、「D大学オールドボーイの会」の実体等にかんがみると、本件申請は、原告個人がなしたものであり、教育長は、本件申請に基づき、原告個人に対して本件許可をしたと解するのが相当である。なお、本件申請書(乙1)、文化センター使用許可書(甲2)、小山市立文化センター使用許可取消通知書(甲3)に原告名とともに記載されている「D大学オールドボーイの会」の表示は、原告が本件映画を上映する際の肩書にすぎないものと解される。
3 本件取消処分
(1)請求原因(3)の事実は、本件取消処分の名宛人が原告であることを除き、当事者間に争いはない。
(2)本件取消処分の名宛人について
 前記認定事実によれば、2で判示したと同様、教育長は、原告個人に対して、本件取消処分をしたと解するのが相当である。
4 本件取消処分の違法性
(1)本件施設の使用許可、使用許可の制限及び使用許可の取消に関する本条例の規定について
@ 被告主張(1)の事実は、当事者間に争いがない。
A 乙5によれば、本条例は、本件施設の使用の許可、使用許可の制限及び使用許可の取消等について、下記のとおり 規定している。
 「(使用の許可)
 第5条 (小山市立文化)センターを使用する者は、教育長の許可を受けなければならない。
 (使用許可の制限)
 第6条 教育長は、次の各号の一に該当する場合は、使用の許可をしない。
 (1)公の秩序又は善良の風紀を乱すおそれがあると認めるとき。
 (5)暴力排除の趣旨に反すると認めたとき。
 (6)管理上支障があると認めるとき。
 (使用許可の取消等)
 第9条 教育長は、使用者が次の各号の一に該当すると認めたときは、その使用を制限し、若しくは停止し、又はその許可を取消すことができる。
 (1)この条例又はこの条例に基づく規則に違反したとき。」
 (2)本件取消処分の経緯
 当事者間に争いのない事実に加えて、甲1ないし4、8、22、25、乙1、2の1ないし3、3、4、証人Fの証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件許可を受けた後、平成14年1月28日、文化センターに本件映画のチラシ(乙2の2)と催物実施計画書(乙2の3)を送付したこと、原告は、本件映画の上映の宣伝のために、同年2月1日ころから、小山市内に約500枚以上のポスターを掲示したこと、上記ポスターの中に、扶桑社が出版している「週刊スパ」2000年11月号に掲載されたEのエッセーの一遍(甲8)を転載したポスター(乙3)があったが、これには、「「この映画は〈予告〉だ」と監督が犯行を示唆!?」と大見出しが書かれており、その内容は、被告の主張(3)@イに記載された内容を含むものであったこと、また、その他のポスターには、「天皇暗殺映画」、「絶対失神だ」、「失神者続出」、「ホラまた倒れた」、「たまには吐いてネ」、「小学生見ないでネ」、「会場で絶叫」などの見出しがつけられていたこと、もっとも、文化センターの担当者は、原告に対し、本件映画の上映について、何らの問い合わせをしなかったこと、文化センターの館長は、平成14年2月5日朝、同センターの職員から市内の街路樹や電柱に違法ポスターが多数張られているとの報告を受け、同日午後1時ころ、本件映画の宣伝カーの放送を聞きつけた市内の中学校の校長から本件映画の内容について疑問視する問い合わせを受けた上、同日午後3時ころ、右翼関係者とおぼしき人物から面談を求められ、天皇暗殺を内容とする映画の上映を即時中止するように申し入れを受けたこと、そこで、館長は、本件映画のチラシを見た上、職員に市内に張られているポスターの状況を調査させるとともに、原告に対して、本件映画を中止するよう打診したところ、原告は、これに強く抗議し、本件映画の上映に関する裁判記事等を館長宛にファクスで送付したこと、館長は、事態を重く受け止め、教育委員会に一連の経過を報告して、判断を委ねたこと、教育委員会では、教育長ほか関係者及び館長等が出席した会議を開き、館長から報告を受けるとともに、市内に掲示されたポスターの表現や本件映画のチラシを検討した結果、本件条例の第6条の(1)、(5)、(6)に該当するとして、本件許可を取り消すことにしたこと、上記会議では、他の公共団体の取扱い例を検討したり、原告に本件映画の内容を問い質したりしなかったこと、館長は、本件取消処分を受けて、同日午後7時45分に、原告の携帯電話に、「2月1日に送って頂いた「ハラハラトケー」のチラシのストーリーを見せて頂いたところ公共の施設で上映する内容のものではないと思います。又市内に「ハラハラトケー」のポスターを沢山貼ってある様ですがチラシについて多数の市民から苦情が来ています。よってこの映画を上映することは非常に不適切であると思いますので許可を取り消します」とのメッセージを送付したこと、教育長は、翌6日、原告に対し、本条例第9条1項(1)により本件許可を取消す旨の小山市立文化センター使用許可取消通知書(甲3)を交付したことが認められ、これを覆すに足りる的確な証拠はない。
(3)本件取消処分の適否について
@ 本件施設は、地方自治法244条にいう公の施設に該当するから、被告は、正当な理由がない限り、その利用を拒んではならず(同条2項)、また、その利用について、不当な差別的取扱いをしてはならない(同条3項)。本条例は、同法244条の2第1項に基づいて定めるものであり、本条例第5条1項は、文化センターの使用を教育長の許可にかからせ、同第6条各号は、教育長がその使用を拒否するために必要とされる正当な理由を規定し、同第9条1項各号は、教育長がその使用の許可を取り消すために必要とされる正当な理由を規定している。したがって、教育長は、文化センターの使用を許可した場合でも、本条例第6条各号に該当すると認めた場合には、同第9条1項(1)により、その使用を取り消すことができるものと解される。もっとも、正当な理由なく、文化センターの使用を拒否したり、その使用を取り消したりすることは、憲法の保障する集会の自由、表現の自由の不当な制限につながるおそれがあるので、教育長は、文化センターの施設等の目的、種類、規模、構造、設備等を勘案し、公の施設としての使命を十分に達成できるよう適正に管理権を行使すべきである。以上の観点からすると、教育長は、本条例第6条(1)、(5)、(6)に各規定する、「公の秩序又は善良の風俗を乱すおそれがあると認めるとき」、「暴力排除の趣旨に反すると認めたとき」、「管理上支障があると認めるとき」につき、客観的な事実に照らし具体的に各事由が認められるか、明らかに予測される場合に初めて、同第6条に基づき、本件施設等の使用を拒否し、又は同第9条1項(1)に基づき、その使用を取り消すことができると解すべきである。
A 被告主張の取消事由1について
 被告は、原告が小山市内に掲示したポスター中、雑誌の記事を掲載したポスター(乙3)は、一般不特定多数に対し、犯行の決意を表明していると読みとらせるものであり、その内容から推測される本件映画の内容は、暴力排除の趣旨ないし公序良俗に反し、上記ポスターの掲示による宣伝自体が暴力排除ないし公序良俗に反する旨主張し、乙3には被告主張(3)@イに摘示された見出しないし記事が認められる。
 しかしながら、前記認定のとおり、上記ポスター(乙3)は、扶桑社が出版している一般市民向けの週刊誌である「週刊スパ」2000年11月号に掲載されたEの「夕刻のコペルニクス」と題するエッセーであり、既に広く社会へ流布された記事であることに加えて、弁論の全趣旨によれば、上記エッセーは、上記筆者が原告への短取材を通した創作文であることなどに照らすと、原告が上記ポスターで一般不特定多数に対し、犯行の決意を表明しているとは到底認められず、加えて、これまで上記エッセーにより何らかの具体的な社会的問題が引き起こされたことを窺わせる証拠もないことを併せみると、原告の上記ポスターの掲示による宣伝自体ないしその内容から推測される本件映画の内容が暴力排除の趣旨ないし公序良俗の趣旨に反するとはいえない。
 また、原告が市内に掲示したポスターには、前記認定のとおり「天皇暗殺映画」、「絶対失神だ」などのやや誇張した見出しが用いられているが、これらのポスターは、本件映画のチラシ(甲1)に記載された内容と必ずしも合致するものではなく、映画等宣伝においては、集客のために比較的誇張した表現が用いられることも多いことや原告本人尋問の結果によれば、本件映画は、これまで、全国約140カ所で上映されているが、その上映によって、具体的に社会的問題が引き起こされたことを窺わせる証拠もないことを併せみると、上記ポスターの掲示による宣伝ないしその内容から推測される本件映画の内容が暴力排除の趣旨ないし公序良俗に反するとはいえない。
 したがって、被告主張の取消事由1は理由がない。
B 被告主張の取消事由2について
 被告は、原告の暴力排除の趣旨に反する宣伝行為によってもたらされる危険性に対し万全の防止体制を整えることは不可能であるから、本件施設の管理上支障が認められる旨主張する。
 乙7、証人Fの証言及び弁論の全趣旨によれば、平成元年9月2日及び3日に、文化センターで開催された「九千人の証言写真で見る戦争責任」と題する写真展において、同センター施設に実弾7発が撃ち込まれる発砲事件が発生したことが認められるが、その発砲事件は、約15年前の事件であって、社会背景が異なっている上、本件施設で開催される行事内容もその主催者も異なっているので、上記発砲事件をもって、直ちに本件映画の上映に対しても同様の危険性があるとは到底いえず、加えて、他の公共施設における本件映画の上映において、具体的に危険な事態が発生したことを窺わせる的確な証拠はなく、前記認定事実によれば、本件映画の上映日以前において、小山市内で特別その上映を妨害するような状況もみられなかったことを併せかんがみると、本件映画の上映につき、本件施設の管理上体具体的な支障があったとは到底認められない。
 したがって、被告主張の取消事由2は理由がない。
C 被告主張の取消事由3について
 被告は、本件許可の名宛人は実体のない団体である「D大学オールドボーイの会」であるから、本件許可は無効な処分であり、本件取消処分は形式上存在する本件許可の取消しを意味するにすぎず、違法性はない旨主張する。 
 しかしながら、前記2で判示したとおり、本件許可の名宛人は原告個人であるから、本件許可の名宛人が「D大学オールドボーイの会」であることを前提とする被告の上記主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
 また、被告は、原告が本件申請につき、自己を表示する方法として、 「D大学オールドボーイの会代表者原告」の名称を使用して、本件申請者の判断を誤らせた旨主張し、乙1にはこれに沿う部分もみられるが、前記認定の本件申請書の申請者欄に原告個人名のほかに「D大学オールドボーイの会」の名称が記入された経緯及び教育長や文化センター担当者が本件取消処分をする際、本件申請主体について特別問題としていなかったことに照らすと、乙1から上記被告の主張を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告主張の取消事由3は理由がない。
D 結語
 以上によれば、教育長の本件取消処分は違法である。
5 被告の責任
 前記認定事実によれば、教育長は、本件取消処分をするにあたり、市内に掲示されたポスターの表現や本件映画のチラシを検討したものの、原告に本件映画の内容を問い質したり、本件映画の上映に関する他の公共団体の取扱い例を十分に検討することなく、違法な本件取消処分をしたことが認められる。
 したがって、教育長は、少なくとも過失により違法な職務を行ったものであるから、被告は、国家賠償法1条1項に基づき、原告が被った損害を賠償する責任がある。
6 原告の損害
(1)財産的損害について
@ 平成14年1月31日から同年2月6日までの宿泊費及び諸経費
 原告は、別紙記載のとおり、平成14年1月31日から同年2月6日までの宿泊代及びその間の食事代、食品代等の諸経費を原告の損害として主張し、甲10、11の1ないし8、12の1ないし3、13の1ないし4、14の1、2、15の1ないし3、16の1ないし3、17の1ないし6にはこれに沿う部分もみられる。しかしながら、これらの請求書(甲10)ないし各領収証の名宛人は、燃料代(甲11の6、7、13の1、14の1、15の2、17の1)及び平成14年2月4日の食事代(甲15の3)に関する領収書を除き、いずれも原告が代表取締役を務める株式会社Gプロダクションであり、甲25及び弁論の全趣旨によれば、本件映画の上映による収支決算は、同会社で一括して税務申告していること、原告は名宛人の明確でない上記燃料代及び食事代も本件映画の上映の準備のための経費として主張していることからすると、上記各証拠から原告主張の上記諸経費を直ちに原告の損害と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
A チケット代、当日券
 原告は、別紙記載のとおり、前売券の払戻しが原告の損害である旨主張するが、甲23、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、上記前売券は、株式会社Gプロダクションが株式会社Hとの契約に基づいて、一般に販売したものであることや前述のとおり本件映画の上映による収支決算は株式会社Gプロダクションが一括して税務申告していることに照らすと、上記前売券の払戻しが直ちに原告の損害とはいえず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
 また、原告は、別紙記載のとおり、主催者側製作前売券販売実数及び当日券分が原告の損害である旨主張するが、原告主張の各販売実数を裏付ける客観的な証拠がない上、これらの各販売が直ちに原告の損害になる旨の的確な証拠もない。
B プリント代 3万円
 原告は、別紙記載のとおり、プリント代が原告の損害である旨主張する。甲20、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件映画を上映するために、本件映画の著作権を有する株式会社Gプロダクションに対し、プリント代として3万円を支払ったことが認められる。したがって、原告は、同会社に対し、上記プリント代を支払ったが、本件許可が取り消されたため、本件施設で本件映画を上映することができなかったのであるから、上記プリント代は原告の損害と認められる。
C 会場使用料 1万2000円
 原告は、別紙記載のとおり、本件施設使用料が原告の損害である旨主張する。甲21、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成13年12月20日に、文化センターに対し、本件施設使用料として1万2000円を支払ったことが認められる。したがって、原告は、本件施設の使用料を支払ったが、本件許可が取り消されたため、本件施設で本件映画を上映することができなかったのであるから、上記会場使用料は原告の損害と認められる。
(2)精神的損害について 30万円
 前記認定事実によれば、原告は、本件取消処分によって、本件映画の上映を中止せざるを得なくなり、その結果精神的苦痛を被ったことが認められるところ、原告が自らの信条のもとに製作、監督した本件映画の上映につき、一旦本件施設の使用を許可されながら、その上映日になって、何ら正当な理由なく、本件許可を取り消され、上映中止に追い込まれたことや原告が本件映画の上映に向けて約1週間かけて行った準備が全て徒労に終わったことなどの諸事情を勘案すると、原告の上記精神的苦痛に対する慰謝料額として30万円を認めるのが相当である。
7 結論
 以上によれば、原告の請求は、34万2000円及びこれに対する不法行為の日である平成14年2月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとする。                 
 よって、主文のとおり判決する。

宇都宮地方裁判所栃木支部
 裁判官 滝澤雄次
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/