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【事件名】不倫記事の名誉毀損事件
【年月日】平成15年4月24日
 東京地裁 平成14年(ワ)第18096号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、金300万円及びこれに対する平成14年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、「X」誌に別紙4記載の謝罪広告を同記載の条件で1回掲載せよ。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
5 この判決の主文第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、「X」誌の表表紙に別紙1記載の謝罪広告を同記載の条件で1回掲載せよ。
2 被告は、原告に対し、「X」誌の目次掲載頁に別紙2記載の謝罪広告を同記載の条件で1回掲載せよ。
3 被告は、原告に対し、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞の各朝刊全国版社会面広告欄に別紙3記載の謝罪広告を同記載の条件で1回掲載せよ。
4 被告は、原告に対し、金3300万円及びこれに対する平成14年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告の発行した週刊誌に掲載された記事により名誉を毀損され、かつ、肖像権を侵害されたとして、被告に対し、民法709条、710条に基づき、損害賠償金3300万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成14年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、民法723条に基づき、名誉回復処分として謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 原告は、華道家元甲と衆議院議員乙の二女であり、約100万人の門弟を有する華道家元戊総務所において青年部代表を務めており、かつて平成8年から12年まで乙衆議院議員の公設秘書を務めたことがある。
 なお、原告は、平成12年12月に婚姻した。
イ 被告は、出版等を目的とする株式会社であり、週刊誌「X」等を発行している。
 なお、「X」は日本全国で発売されており、その発行部数は約55万部である。
(2) 本件週刊誌の発行
 被告は、平成14年8月6日、週刊誌「X」平成14年8月20・27日合併号(以下「本件週刊誌」という。)を発行したが、同誌には次の記述及び写真が掲載されている。
ア 記事(以下「本件記事」という。)
(ア) タイトル
 目撃ッ!“W不倫”スクープ
 丙41妻子(丁39)の留守中に(7月30日、深夜)“裸合コン”で名家人妻(Aさん32)をお持ち帰り!
(イ) 本文
a なんとその相手とおぼしき女性が深夜0時過ぎ店に現れたのだ。
 女性を迎えに席を離れたあと、その両肩に手を置きながら、得意げにエスコート。
 「Aちゃんの登場どぇ〜っす!!」と派手に紹介して、席に座らせると、「みなさん、聞いてください。彼女は、オレの仲間のAちゃんです!!」
 念押しするように、その存在をアピールする。さらに彼女のためにワイングラスを注文するなど、かいがいしい心配りを見せる。
 たしかにAさんといえば、華道家元・甲氏の次女で、母親の乙氏が衆議院議員となるとその公設秘書も一時、務めていた人。VIP待遇も分からないではないが・・・。
 やがて、丙の“真意”が明るみに出るのである。
b これを耳にするやいなや、
 「Aちゃんはオレが送っていく。オレの仲間やから、オレが送っていく」
 まるで、“オレの女やから”とでもいうように、彼女を自分の車の助手席に座らせ、ふたりで帰っていったのだった。
c Aさんは、一昨年、NHK記者と結婚。つまり“人妻”だ。・・・丙は、妻の留守をいいことに合コンに興じたばかりか“人妻”を“妻の愛車”で“お持ち帰り”したのである。
d Aさんから一部始終を聞いた本誌の頭に浮かんだのは“W不倫”という文字。
e 確かなのは、Aさんの名前を出した瞬間から表情が一転、暗くなったことだけ・・・。
f その後、所属事務所を通じて送られてきたコメントでは、「Aさんは)昔からの知人です。みんなで食事をする機会があったことと、結婚をしたという話を聞いていたので、お祝いを兼ねてお呼びしました。飲み会の後は、議員宿舎までお送りしました」とのこと。しかし、Aさんは現在ご主人とともに都内の別の場所で暮らしており、議員宿舎には住んでいないという。加えて、あんな夜遅くに電話1本で呼び出して駆けつけるなんて、よほど“深〜い関係”とも考えられるのだが・・・。
g ちなみに、Aさんは戊総務所を通じて、「そういうことはまったくないし、いいお友達です」と“W不倫”を完全否定。
h ま、奥さん公認の“遊び”ならとやかくいうこともないわけだけど・・・。
(ウ) 写真
 原告の結婚式での上半身の写真
イ 目次欄(以下「本件目次欄」という。)、華道の名家Aさん“お持ち帰り”W不倫!?
ウ 表表紙(以下「本件表紙」という。)
(ア) 記述
 “裸合コン”の末丙41華道の名家Aさん32“お持ち帰り”W不倫!?
(イ) 写真
 原告の顔写真
(3) 広告の掲載
 被告は、同年8月6日、読売新聞及び朝日新聞の各朝刊紙上並びに毎日新聞の夕刊紙上に本件記事の広告(以下、これらを「本件各広告」と総称する。)を掲載したが、本件各広告には次の記述及び写真が掲載されている。
 なお、読売新聞朝刊、朝日新聞朝刊及び毎日新聞夕刊の発行部数は、それぞれ約1028万部、約832万部、約168万部であった。
(ア) 記述
a 読売新聞
 “合コン”の末丙41華道の名家Aさん32“お持ち帰り”W不倫!?
b 朝日新聞
 “裸合コン”の末丙41華道の名家Aさん32妻の“留守中”W不倫!?
c 毎日新聞
 “裸合コン”の末丙41華道の名家Aさん32“お持ち帰り”W不倫!?
(イ) 写真
 原告の顔写真
2 争点及び当事者の主張
(1) 社会的評価の低下の程度
ア 原告
 本件記事、本件表紙及び本件目次欄並びに本件各広告(以下、これらを総称するときは「本件記事等」という。)における前記の各記述部分(以下「本件記述部分」という。)は、いずれもタレントである丙と原告が不倫な行為に及んだ事実を摘示するものであるから、これにより原告の社会的評価は低下した。
イ 被告
 本件記述部分は、主として丙の振舞いや言動を対象としており、原告を主たる対象として摘示するものではない。
 また、本件記述部分は、@原告が丙の求めに応じて深夜に複数の男女の会合(以下「本件会合」という。)に参加したこと、A本件会合終了後、原告を送って行こうとする他の男性がいたにもかかわらず、丙が原告を送ると申し出たこと、B原告は、丙の申し出に従い、丙の運転する自動車で2人きりで帰ったことをそれぞれ摘示するにとどまり、丙と原告が不倫な行為に及んだことを摘示するものではない。
 したがって、仮に本件記事により原告の社会的評価が低下することがあったとしても、その程度はさほど著しいものではない。
(2) 違法性又は故意若しくは過失の存否
ア 被告
 本件記述部分は、次のとおり、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、その内容は真実であるから、被告が本件記述部分を含む本件記事等を掲載したことに違法性はなく、仮に本件記述部分が真実であることの証明がないとしても、被告においてこれを真実と信ずるに足りる相当の理由があったから、被告の前記行為に故意又は過失はない。
(ア) 公共の利害に関する事実であること
 原告は、華道家元として著名な戊総務所において青年部代表という要職にあるのみならず、かつて衆議院議員秘書を務めた経歴があり、講演や著作活動なども行っている。そして、本件記述部分における摘示事実は、原告に対する人物評価の材料となり、ひいては原告の社会的活動に対する批判をする上で有益な情報になり得るから、公共の利害に関する事実に当たる。
(イ) 専ら公益を図る目的があること
 被告は、本件記述部分における摘示事実を原告に対する人物評価の材料として紹介したのであり、専ら公益を図る目的を有していた。
 なお、本件週刊誌の売上げの増加を図ることは営業上当然のことであって、公益目的を否定することにはならない。
(ウ) 本件記述部分における摘示事実の真実性
 本件記述部分は前記(1)イ@ないしBの事実を摘示したものであり、いずれも真実である。
(エ) 本件記述部分の摘示事実が真実であると信じるについて相当な理由があること
 仮に、本件記述部分における摘示事実が丙と原告が不倫な関係に及んだことであるとしても、前記(1)イ@ないしBの各事実が真実であるのみならず、被告の取材に対する丙の返答に不自然な点があったことからすると、被告において丙と原告が不倫な関係にあると信じたことについて相当な理由がある。
イ 原告
 本件記述部分は、次のとおり、公共の利害に関するものではないばかりか、公益を図る目的もなく、その内容は真実ではないから、被告が本件記述部分を含む本件記事等を掲載したことは違法であり、かつ、被告において本件記述部分が真実であると信じることが相当であるとはいえないから、前記行為についての故意又は過失がないとすることはできない。
(ア) 公共の利害に関する事実ではないこと
 原告は、家庭の主婦であり、何らの公職にも就いていない。また、戊総務所において青年部代表の地位にあるからといって、その私生活上の行状が公共の利害に関する事実に当たるものではない。
(イ) 公益を図る目的がないこと
 被告は、本件週刊誌の売上げの増加を図るために本件記事等を掲載したばかりでなく、本件記述部分は著しく不十分な事実調査に基づくものであり、公益を図る目的があったと評価することはできない。
(ウ) 本件記述部分における摘示事実が真実でないこと
 本件記述部分の摘示事実は丙と原告が不倫な関係に及んだことであり、この点は真実でない。
(エ) 本件記述部分における摘示事実が真実であると信じるについて相当な理由がないこと
 前記(1)イ@ないしBの事実を前提にするとしても、これから直ちに不倫まで推認し得るものではないので、被告において丙と原告が不倫な関係に及んだと信じるについて相当な理由があるとはいえない。
(3) 肖像権侵害の有無
ア 原告
 被告は、原告の承諾がないのに、原告の顔や上半身の写真を本件記事等に掲載しているが、これは原告の肖像権を侵害する。
 なお、原告が丙と不倫な関係に及んだことを含む本件記事等に自己の結婚式における写真を掲載することを承諾するはずがなく、上記のような場で撮影されたとの一事をもって原告の肖像権が否定されるものではない。
イ 被告
 原告は、自己の結婚式に被告を含むマスコミ数社を呼び、自己のウェディングドレス姿を撮影させたものであり、本件記事等に掲載された写真もその際に撮影されたものであるから、原告は前記写真を公表されることを承諾していた。
(4) 損害の発生の有無及びその数額並びに謝罪広告の要否
ア 原告
 原告の名誉を回復するためには、本件記事を掲載した「X」誌に別紙1及び2記載の謝罪広告を掲載させることはもとより、本件広告を掲載した読売新聞、朝日新聞及び毎日新聞についても別紙3記載の謝罪広告を掲載させる必要がある。
 また、本件記事等の掲載により原告の被った精神的苦痛を慰謝するための金額としては3000万円が相当である。
 なお、原告は本訴追行のため弁護士を依頼したが、その弁護士費用のうち300万円は本件記事等による不法行為と相当因果関係のある損害である。
イ 被告
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 本件記述部分における摘示事実及びこれによる原告の社会的評価の低下
(1) 雑誌の記事による名誉毀損の成否を判断するに当たっては、その記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかにつき当該記事についての一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである。
 そして、一般読者は、雑誌の表紙や目次欄における掲載記事の紹介にも目を通し、その記載内容をも参酌して記事の意味内容を理解するのが通常であるから、これらを一体として摘示事実がどのような事柄であるかを確定する必要がある。
(2) ところで、本件記事、本件目次欄及び本件表紙における記述は、前判示第2の1の(2)のとおりであるが、その中には、丙と原告の氏名を明らかにした上で、「お持ち帰り」及び「W不倫」との表現があり、本件記事においては、本件会合の様子を目撃した者からその一部始終を伝え聞いた本件週刊誌の関係者は「W不倫」を連想した旨が記載されている。
 次に、本件記事の本文中には、@原告が丙の求めに応じて本件会合に出席したこと、Aその終了後に原告を送ろうとする他の男性がいたのに丙が原告を送ると申し出たこと、B原告はその申し出に従って丙の運転する自動車に乗って2人きりで帰ったこと、以上の3点が具体的に記載されているところ、その書きぶりを子細に検討すれば、丙の原告に対する積極的な働きかけがその具体的な言動をもって表現されており、特に、丙の「真意」が明るみに出た行動として、原告を自己の交際相手であるかのように振る舞い、自車の助手席に同乗させ、深夜2人きりで帰っていったことを挙げており、前判示の本件週刊誌関係者の「W不倫」の連想の根拠として位置づけられているとみることができる。
 そして、本件記事の本文において、本件週刊誌関係者の取材に際し、原告の名前が出た瞬間に丙の表情が一転して暗くなったこと、同人の所属事務所を通じて送られてきたコメントでは、原告を議員宿舎まで送ったとされているが、実際には原告が東京都内の別の場所に居住していることなど、丙の言動に疑念を抱かせる点があることが強調されている。
 また、証拠(甲第1号証)によれば、本件記事には「オンナに手を出して妻子に捨てられた芸能人」と題する囲み部分が存在し、妻子のある立場にいながら妻以外の女性と不倫な行為をし又はその疑いを持たれたために、妻との離婚を余儀なくされた芸能人の例が複数紹介されていることが認められ、一見して無関係な事例が併記されることにより、かえって丙と原告の場合もこれらと同様であるかのように暗示する効果を生じさせている。
(3) もっとも、本件目次欄及び本件表紙における「W不倫」という言葉には、いずれも疑問符が付されているが、それとともに感嘆符も付されており、ただ単に疑問を呈するような体裁ではなく、幾分かの疑念は留保しつつも、丙と原告との関係を強く読者に訴える効果を伴っているということができる。
(4) 前判示第2の1の(2)の本件記事、本件目次欄及び本件表紙における各記述は、前述の諸点に照らして考察すれば、ただ単に前判示(2)の@ないしBに係る具体的な行動のみならず、原告と丙が互いに配偶者のいる立場でありながら、本件会合の後、丙の運転する自動車で赴いた場所で不倫な行為に及んだことを摘示していると認められる。
 なお、本件記事の本文中には、原告が丙との不倫な行為を否定する旨の回答をしたとの記述があるけれども、通り一遍に紹介しているのみで、その前には具体的な根拠をもって丙の回答の真偽が疑わしい旨を記載していることと対比すれば、本件記事の言わんとする趣旨が不倫な行為の存在を指摘することにあるものと理解されるのであり、これをもって本件記事の摘示する内容が変わるものではない。
(5) 以上を前提として、本件週刊誌について一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、本件記事、本件目次欄及び本件表紙が相まって、読者をして原告が丙と不倫な行為をしたものと認識させたであろうと推認するに難くないというべきである。
 この点に関し、被告が指摘するように本件記事においては、丙を主体とし、原告をその交際の対象としているかのような表現をとっているが、不倫という事柄の性質上、原告が夫以外の男性と親密な交際をしていることが摘示されている以上、それだけで原告の社会的評価に影響を及ぼすことはいうまでもない。
 そして、一般に、不倫な行為は、配偶者のある男女が配偶者以外の男女と性的な関係も含む親密な交際をすることを指し、社会生活上道徳に反する行為とされているばかりでなく、法律上も配偶者の権利を侵害するものとして不法行為を構成することがあるので、このようなことを行ったと公表されることにより原告の社会的評価が著しく低下したことは明らかであるといわなければならない。しかるところ、「X」は、その発行部数が通常でも約55万部に達し(なお、証人aの証言によれば、本件週刊誌は合併号であって、通常よりも発行部数が多いと認められる。)、主として女性購読者の一般的な認識の形成に対する影響力も無視できないから、原告の人格や資質に対する社会的評価も相応に影響を被ったものとみて差し支えない。
(6) さらに、前判示第2の1の(3)のとおり、本件目次欄及び本件表紙と同様の惹句が全国紙の朝刊又は夕刊の広告欄に掲載されており、その文言に照らせば、本件記事と同様に若干の疑念を留保しつつも、丙が原告と不倫な行為に及んだことを摘示し、これを各新聞購読者に認識させるものである。
 そして、本件各広告は、前示の原告に係る情報を本件週刊誌の読者のみならず、さらに広く全国紙の購読者に伝達するものであって、その膨大な発行部数にかんがみると、広告が掲載されたことによる影響は広範囲にわたって生じているとみることができる。
(7) 以上によれば、原告の社会的評価は、本件記述部分が流布されたことにより相当程度低下したと認めることができ、被告が主張するように軽視できるものではない。
2 名誉毀損についての違法性又は故意若しくは過失の存否
(1) 民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合であって、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為に違法性がなく、不法行為は成立しないものと解される。そして、仮に摘示事実が真実であることが証明されなくとも、行為者においてその事実を真実と信じるについて相当な理由があるときは、その行為には故意又は過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
(2) 事実の公共性について
 本件記述部分が摘示する事実(以下「本件摘示事実」という。)は、原告と丙が不倫な行為に及んだこと及びその根拠となるべき具体的行動に係る3点であり、もとより原告の私生活上の行状に関する事実である。
 しかし、そのような事実であっても、摘示の対象とされる者の社会における立場及びその者の活動の性質並びにこれらを通じて社会に及ぼす影響力などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実に当たる場合もあると解されるので、以下に検討する。
 前判示第2の1の(1)アの事実のほか、証拠(甲第7号証、乙第1ないし第6号証、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、約100万人の門弟を有する華道家元戊総務所において青年部代表を務め、傘下の支部に設置されている青年部を統括し、かつ、家元等に代わって行事を執り行ったり、講演をするなどの活動をしていること、かつて衆議院議員の公設秘書を務めていたことがあることから、その経験を活かして著作活動を行っていること、各種商品の広告に出演することがあることが認められる。
 これらの各事実によれば、原告は、単に私的団体における一職員であるに止まらず、多数の門弟を有し、その存在及び活動が一定の社会的影響力を有する伝統文化の継承団体の幹部職員の地位にあり、実際にもその地位に基づく諸活動を行っているほか、政治に関わる著作も有しているのであるから、社会的な活動を伴う公的な側面をも併せ持っているとみることができる。そして、このような原告について不倫な行為があった旨及びそれに関わる具体的行動を摘示することは、社会的な活動に携わる者としての資質に疑問を呈し、ひいては原告の前示活動に対する批判ないし評価の一資料となり得るものと考えられるから、本件摘示事実は、公共の利害に関する事実に当たるものと認められる。
(3) 目的の公益性について
 前判示(2)の本件摘示事実の性質に照らせば、これを掲載した本件週刊誌を発行し、これに伴って本件各広告を全国紙に掲載することの主な目的は、公益を図ることにあったと認めることができる。
 なお、商業出版を業とする被告が売上げの増加を図ることは当然のことというべきであり、このことが直ちに目的の公益性を否定する理由とはならない。また、被告が本件記述部分を掲載した目的が原告に対する単なる人身攻撃にあることを窺わせる証拠もない。
 そうすると、被告において公益を図る目的を有していたことは肯認できる。
(4) 摘示事実の真実性について
 証拠(甲第7号証、乙第7号証、証人a、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告について前判示1の(2)の@ないしBに係る具体的な行動があったと認めることができるものの、原告と丙が不倫な行為に及んだことについては、被告においても、これを真実であるとは主張していない。
 ところで、本件摘示事実のうち、原告の社会的評価に重大な影響を及ぼすのは、いうまでもなく原告が不倫な行為をしたとの点であるから、本件記述部分については、その重要な部分において真実であることの主張・立証がないことに帰する。
 したがって、本件記事等の掲載についての違法性は阻却されないというべきである。
(5) 誤信の相当性について
 証拠(乙第7号証、証人a)及び弁論の全趣旨によれば、被告の契約社員であるaは、平成14年7月30日午後10時から翌31日午前1時ころまでの間、取材のため本件会合の行われた飲食店に居合わせ、前判示1の(2)の@ないしBに係る原告の行動を目撃していたこと、その際の具体的な状況としては、本件会合の途中で丙の携帯電話に連絡が入り、その後、原告が本件会合に参加したが、原告の会話の相手は丙にほぼ限られており、本件会合の終了後、原告は、酒酔い状態であった丙の運転する自動車の助手席に乗り、2人きりで立ち去ったこと、aの取材により丙の妻子はそのころハワイに滞在中であることが判明したこと、他方、被告の記者であるbが同月31日から同年8月2日までの間に丙の自宅に赴き、同人に事実確認を求めたものの、原告との関係について返答を得られなかったことから、同人の所属する芸能事務所に取材をしたところ、本件会合の後、丙は衆議院議員宿舎まで原告を送ったとの回答があったこと、次いで、aが華道家元戊総務所の東京事務所(以下「戊総務所東京事務所」という。)に電話で取材をしたところ、原告は前示議員宿舎には居住していないとの回答があったこと、そこで、aとbは、丙の所属する芸能事務所の説明と戊総務所東京事務所の説明とが相違していると考え、丙と原告とは不倫の関係にあると疑われても仕方がない状況にあるとの判断から、そのほかには丙の妻の所属事務所のコメントを求めただけで、事実関係について前示のほかにはほとんど裏付取材しないまま、本件記事の原稿を執筆し、その後、被告の担当者において、本件目次欄及び本件表紙の構成を決定し、本件週刊誌を発行するとともに、本件各広告をそれぞれ掲載したことが認められる。
 そこで、以上の取材経過を前提に検討すると、aが目撃した事実から原告と丙が気軽に会食をし、車に同乗して帰宅するような親しい関係にあることは推認できるものの、被告の執筆担当者において、原告と丙が本件会合の終了後にどこへ行って何をしたのかを具体的に確認できなかった上に、戊総務所東京事務所からは不倫関係を否定するコメントがあったのであるから、被告の執筆担当者としても、少なくとも原告と丙に対し本件会合の後の行き先について取材を尽くした上で、さらに両者に直接取材するなどして、不倫な行為を具体的に推認させる根拠となる事実を確認していなければ、本件記述部分のうち最も重要な部分である原告と丙との関係について心証を得られなかったはずである。
 ところで、既婚の女性にとって不倫関係を疑われることは、その身辺及び関係者の心情に極めて重大な影響を及ぼし、しかも、これが公刊物に掲載されて社会に流布することとなれば、人生の有様までも左右しかねない結果を招来することが十分予想されるところである。
 したがって、このような重要な事柄について執筆し、記事や目次等として掲載するためには、事実関係を誤認しないように慎重な調査が必要とされるというべきである。
 ところが、被告の行った調査は、前判示の程度であって、事実関係を解明するのに必要な裏付取材としては不十分であるといわざるを得ない。
 そうすると、本件記述部分のうち不倫関係の存在については、これが真実であると信じるにつき相当な理由があるとすることはできない。
3 肖像権侵害の有無
(1) 何人も人格権の1つとして承諾なしにみだりにその容貌や姿態を撮影されたり、撮影された写真を公表されない権利を有しており、このような意味での肖像権は、個人の人格に密接に関連する私生活上の自由権に属するから、これを侵害した場合には原則として不法行為が成立するというべきである。そして、対象とされる人の承諾なく、その私生活の場面において容貌や姿態を撮影したり、これを広く社会に公表することは、原則として肖像権侵害に当たるものと解される。
 ところが、肖像写真の公表が、それ自体において又は文章表現と相まって、言論、出版その他の表現の自由の行使として行われることもあり、このような場合においては、民主主義社会において重要な人権の1つである表現の自由との均衡上、当該表現行為が公共の利害に関する事項に係り、公益を図る目的をもってなされ、これにより公表された内容がその表現目的に照らして相当であるという要件を満たすときは違法性が阻却されると解すべきである。
(2) ところで、前判示第2の1の(2)のとおり、被告は、本件記事に原告の結婚式での上半身の写真を、本件表紙及び本件各広告に原告の顔写真をそれぞれ掲載しているところ(以下、これらの写真を総称して「本件各写真」という。)、原告が被告に対し、本件各写真を本件記事等に掲載することについて、いずれも個別の承諾をしていないことについては、当事者間に争いがない。もっとも、弁論の全趣旨によれば、本件各写真は、原告の結婚式において被告の記者が報道目的で撮影したものであり、その際の撮影及び写真の公表については、原告も承諾しているものと認められる。
(3) そこで、これらの事実を前提に肖像権侵害の有無について検討するに、結婚式における容姿の撮影は、人の私生活の場面において生じた事柄であるから、その公表についても対象者の承諾を要すると解すべきところ、原告は、本件記事等に掲載することを承諾していないことは前判示のとおりである。この点に関し、被告は、原告が肖像権を放棄したかのごとく主張するけれども、人が私生活上の一場面での撮影及び公表を承諾したからといって、これに係る肖像権を放棄し、いかなる公表のされ方をしようともすべて承諾したことにならないことはいうまでもない。そして、人が自らの写真を雑誌等に掲載することを承諾するか否かを判断する上で、その目的、態様、時期等を含む公表の具体的諸条件は、重要な要素であり、これと著しく異なる用い方をされた場合には、承諾の範囲を超え、改めて被撮影者の承諾を得ることを要する場合もあると考えられる。本件各写真は、前判示のとおり結婚式における容姿を撮影したものであるから、これが原告の人となりを報道する際に広く使用されるであろうことは容易に予想し得るところであるが、不倫な行為があったことを摘示する本件記事等に用いられることは原告の予想外のことであると推認され、これについてまで公表の承諾の範囲内にあるとするのは困難である。
 しかしながら、本件各写真が読者に対して本件記事等の対象とされている原告の人物像を視覚的に説明するために用いられていることは、その掲載方法に照らして明らかであり、この点について、被告に特別の意図があると窺うことはできない。
 そうすると、本件記事等に関し公共の利害に関する事実に係ること及び公益を図る目的があることが認められる以上、本件各写真についても同様のことが肯認されるべきである。そして、一定の社会的活動を行っている原告についてその資質等を評価するための資料を提供するという面を有する本件記事等において、原告の人物像を伝えるためにその容姿を掲載する程度のことは、前示報道目的に照らして相当ということができる。
(4) 以上によれば、本件各写真の掲載が原告の肖像権を違法に侵害するものとして不法行為を構成するということはできない。
4 損害発生の有無及びその数額
(1) 前判示1のとおり、本件記事等による原告の社会的評価の低下は決して小さいものではない上、その記述の内容はいわれのない不倫行為に及んだことを摘示するものであり、しかも、全国的に販売されていて多数の読者を有する本件週刊誌にこれらの記述が記載されたばかりでなく、膨大な購読者を有する全国紙に本件各広告が掲載されたことなど諸事情に照らすと、原告の受けた精神的な苦痛は察するに余りあるといわなければならない。
 そうすると、本件記事に摘示されている本件会合への出席及びその際における具体的行動についてはこれを認めることができることを考慮してもなお原告の受けた精神的苦痛の程度は大きかったものと認められ、この精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料としては250万円とするのが相当である。
(2) 証拠(甲第7号証、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告による名誉の毀損に対してその被害回復のために本件訴訟を提起することを余儀なくされ、本件訴訟代理人弁護士に訴訟の提起及び追行を委任したことが認められるところ、本件訴訟の性質、審理の経過及び結果等の諸般の事情に照らすと、弁護士費用のうち50万円が被告による不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。
5 謝罪広告の要否
 前判示4の原告の被った社会的評価の低下という被害を回復するには、損害賠償金の支払では十分ではなく、少なくとも本件週刊誌を読んで本件記事等の内容を直接に認識した読者に対しては、本件記述部分のうち丙と不倫な行為をしたことについては事実でないことを知らしめる必要があり、かつ、原告に対しても、名誉を毀損したことを謝罪させるのが相当である。もっとも、その方法としては被告が本件記事を掲載した「X」誌に別紙4記載の謝罪広告を同記載の条件で1回掲載することが相当であり、同誌の目次欄に掲載すべきことまで指定し、また、表紙に掲載させる必要まではないと考えられる。
 他方、本件における名誉侵害の程度にかんがみると、その回復のためには、前判示の損害賠償金の支払と「X」誌に謝罪広告を掲載させることをもって足り、読売新聞、朝日新聞及び毎日新聞の各朝刊全国版社会面広告欄に別紙3の謝罪広告を同記載の条件で掲載することを命じるまでの必要はないと判断される。
第4 結論
 以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、損害賠償金300万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成14年8月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払並びに主文第2項記載のとおりの謝罪広告を求める限度で理由があるから、これらの部分を認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第49部
 裁判長裁判官 齋藤隆
 裁判官 小川直人
 裁判官 鈴木敦士

別紙1
 本誌2002年8月20・27日合併号に記載したAさんに関する記事は全くの誤りでした。Aさんと読者にお詫びして同記事を取り消します。

【掲載条件】
1 謝罪広告の大きさは、縦2センチメートル、横12センチメートルとし、枠取りをする。
2 文字の大きさは、14P明朝とする。

別紙2
お詫び
 当社は、その発行する「X」2002年8月20日・27日合併号に、貴殿が不倫をしているとの記事を掲載しましたが、このような事実は全くありませんでした。
 「X」編集部では、事実確認を怠り、右のような記事を掲載してしまったものであり、これにより貴殿の名誉を著しく毀損いたしました。
 ここに貴殿に対し衷心よりお詫び申し上げると共に、今後は、このような誤った記事を掲載しないよう事実確認を徹底することを誓います。
 年 月 日
株式会社 B
代表取締役 C
A 様

【掲載条件】
1 謝罪広告の大きさは、横5分の1とする。
2 年月日は謝罪広告掲載の日を記載する。
3 文字の大きさは、「お詫び」「株式会社B」「代表取締役C」「A様」の各文字は8Pゴシック、その他の文字は8P明朝とする。

別紙3
お詫び
 当社は、その発行する「X」2002年8月20日・27日合併号に、貴殿が不倫をしているとの記事を掲載いたしましたが、このような事実は全くありませんでした。
 「X」編集部では、事実確認を怠り、右のような記事を掲載してしまったものであり、これにより貴殿の名誉を著しく毀損いたしました。
 ここに貴殿に対し衷心よりお詫び申し上げると共に、今後は、このような誤った記事を掲載しないよう事実確認を徹底することを誓います。
 年 月 日
株式会社 B
代表取締役 C
A 様

【掲載条件】
1 謝罪広告の大きさは、2段・横7センチメートルとする。
2 年月日は謝罪広告掲載の日を記載する。
3 文字の大きさは、「お詫び」「株式会社B」「代表取締役C」「A様」の各文字は8Pゴシック、その他の文字は8P明朝とする。

別紙4
お詫び
 当社は、その発行する「X」2002年8月20日・27日合併号に、貴殿が不倫をしているとの記事を掲載しましたが、事実に反するので、謹んで取り消すとともに、これにより貴殿の名誉を毀損したことについてお詫びします。
 年 月 日
株式会社B
代表取締役 氏名
A 様

【掲載条件】
1 謝罪広告の大きさは、横5分の1とする。
2 年月日は謝罪広告掲載の日を記載する。
3 文字の大きさは、「お詫び」「株式会社B」「代表取締役 氏名」「A様」の各文字は8Pゴシック、その他の文字は8P明朝とする。
4 掲載箇所は、目次欄に限らないが、記事掲載頁とする。
5 代表者の表示は、掲載時の代表取締役の氏名をもってする。
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