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【事件名】「週刊文春」の少年法違反事件(3)
【年月日】平成15年3月14日
 最高裁(二小) 平成12年(受)第1335号 損害賠償請求事件
 (原審 名古屋高裁平成11年(ネ)第648号、平成12年(ネ)第24号)

判決


主文
 原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由
 上告代理人古賀正義の上告受理申立て理由第一点について
1 本件は、上告人が発行した週刊誌に掲載された記事により、名誉を毀損され、プライバシーを侵害されたとする被上告人が、上告人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めている事件である。
 原審が確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 被上告人(昭和50年10月生まれ)は、平成6年9月から10月にかけて、成人又は当時18歳、19歳の少年らと共謀の上、連続して犯した殺人、強盗殺人、死体遺棄等の4つの事件により起訴され、刑事裁判を受けている刑事被告人である。
 上告人は、図書及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、「週刊文春」と題する週刊誌を発行している。
(2) 上告人は、名古屋地方裁判所に上記各事件の刑事裁判の審理が係属していた平成9年7月31日発売の「週刊文春」誌上に、第1審判決添付の別紙二のとおり、「『少年犯』残虐」「法廷メモ独占公開」などという表題の下に、事件の被害者の両親の思いと法廷傍聴記等を中心にした記事(以下「本件記事」という。)を掲載したが、その中に、被上告人について、仮名を用いて、法廷での様子、犯行態様の一部、経歴や交友関係等を記載した部分がある。
2 原審は、次のとおり判示し、被上告人の損害賠償請求を一部認容すべきものとした。
(1) 本件記事で使用された仮名A'は、本件記事が掲載された当時の被上告人の実名Aと類似しており、社会通念上、その仮名の使用により同一性が秘匿されたと認めることは困難である上、本件記事中に、出生年月、出生地、非行歴や職歴、交友関係等被上告人の経歴と合致する事実が詳細に記載されているから、被上告人と面識を有する特定多数の読者及び被上告人が生活基盤としてきた地域社会の不特定多数の読者は、A'と被上告人との類似性に気付き、それが被上告人を指すことを容易に推知できるものと認めるのが相当である。
(2) 少年法61条は、少年事件情報の中の加害少年本人を推知させる事項についての報道(以下「推知報道」という。)を禁止する規定であるが、これは、憲法で保障される少年の成長発達過程において健全に成長するための権利の保護とともに、少年の名誉、プライバシーを保護することを目的とするものであり、同条に違反して実名等の報道をする者は、当該少年に対する人権侵害行為として、民法709条に基づき本人に対し不法行為責任を負うものといわなければならない。
(3) 少年法61条に違反する推知報道は、内容が真実で、それが公共の利益に関する事項に係り、かつ、専ら公益を図る目的に出た場合においても、成人の犯罪事実報道の場合と異なり、違法性を阻却されることにはならず、ただ、保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも、明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却され免責されるものと解するのが相当である。
(4) 本件記事は、少年法61条が禁止する推知報道であり、事件当時18歳であった被上告人が当該事件の本人と推知されない権利ないし法的利益よりも、明らかに社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情を認めるに足りる証拠は存しないから、本件記事を週刊誌に掲載した上告人は、不法行為責任を免れない。
3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 原判決は、本件記事による被上告人の被侵害利益を、(ア) 名誉、プライバシーであるとして、上告人の不法行為責任を認めたのか、これらの権利に加えて、(イ) 原審が少年法61条によって保護されるとする「少年の成長発達過程において健全に成長するための権利」をも被侵害利益であるとして上記結論を導いたのか、その判文からは必ずしも判然としない。
 しかし、被上告人は、原審において、本件記事による被侵害利益を、上記(ア)の権利、すなわち被上告人の名誉、プライバシーである旨を一貫して主張し、(イ)の権利を被侵害利益としては主張していないことは、記録上明らかである。
 このような原審における審理の経過にかんがみると、当審としては、原審が上記(ア)の権利の侵害を理由に前記結論を下したものであることを前提として、審理判断をすべきものと考えられる。
(2) 被上告人は、本件記事によって、A'が被上告人であると推知し得る読者に対し、被上告人が起訴事実に係る罪を犯した事件本人であること(以下「犯人情報」という。)及び経歴や交友関係等の詳細な情報(以下「履歴情報」という。)を公表されたことにより、名誉を毀損され、プライバシーを侵害されたと主張しているところ、本件記事に記載された犯人情報及び履歴情報は、いずれも被上告人の名誉を毀損する情報であり、また、他人にみだりに知られたくない被上告人のプライバシーに属する情報であるというべきである。そして、被上告人と面識があり、又は犯人情報あるいは被上告人の履歴情報を知る者は、その知識を手がかりに本件記事が被上告人に関する記事であると推知することが可能であり、本件記事の読者の中にこれらの者が存在した可能性を否定することはできない。そして、これらの読者の中に、本件記事を読んで初めて、被上告人についてのそれまで知っていた以上の犯人情報や履歴情報を知った者がいた可能性も否定することはできない。
 したがって、上告人の本件記事の掲載行為は、被上告人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するものであるとした原審の判断は、その限りにおいて是認することができる。
 なお、少年法61条に違反する推知報道かどうかは、その記事等により、不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべきところ、本件記事は、被上告人について、当時の実名と類似する仮名が用いられ、その経歴等が記載されているものの、被上告人と特定するに足りる事項の記載はないから、被上告人と面識等のない不特定多数の一般人が、本件記事により、被上告人が当該事件の本人であることを推知することができるとはいえない。したがって、本件記事は、少年法61条の規定に違反するものではない。
(3) ところで、本件記事が被上告人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害する内容を含むものとしても、本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは、被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し、個別具体的に判断すべきものである。すなわち、名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合において、摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があるとき、又は真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは、不法行為は成立しないのであるから(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)、本件においても、これらの点を個別具体的に検討することが必要である。また、プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するのであるから(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁)、本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である。
(4) 原審は、これと異なり、本件記事が少年法61条に違反するものであることを前提とし、同条によって保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも、明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却されると解すべきであるが、本件についてはこの特段の事情を認めることはできないとして、前記(3)に指摘した個別具体的な事情を何ら審理判断することなく、上告人の不法行為責任を肯定した。この原審の判断には、審理不尽の結果、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨第一点の二は理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。
 そこで、更に審理を尽くさせるため、前記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷
 裁判長裁判官 北川弘治
 裁判官 福田博
 裁判官 亀山継夫
 裁判官 梶谷玄
 裁判官 滝井繁男
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