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【事件名】「現代」のNHKやらせ報道事件
【年月日】平成15年2月26日
 東京地裁 平成12年(ワ)第18381号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 被告らは、原告らに対し、別紙1記載の記事を、被告株式会社講談社発行の「現代」誌上に、別紙2記載の条件で1回掲載せよ。
2 被告らは、原告日本放送協会に対し、連帯して、300万円及びこれに対する平成12年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して、100万円及びこれに対する平成12年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告らに対し、別紙3記載の記事を、被告株式会社講談社発行の「現代」誌上に、別紙4記載の条件で1回掲載せよ。
2 被告らは、原告らに対し、別紙5記載の謝罪広告を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び産経新聞各紙(全国版)の各朝刊社会面に、別紙6記載の条件で各1回掲載せよ。
3 被告らは、原告日本放送協会に対し、連帯して、1億円及びこれに対する平成12年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して、2000万円及びこれに対する平成12年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 放送局及びその報道カメラマンである原告らは、雑誌の発行会社及び当該雑誌の編集責任者である被告らに対し、当該雑誌に掲載された原告らに関する「やらせ」取材についての記事が原告らの社会的信用又は名誉を毀損するものであるとして、謝罪広告の掲載及び賠償金の支払を求めている。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠(【 】内の数字は書証番号を示す。以下同じ。)等により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告日本放送協会(以下「原告NHK」という。)は、放送法の規定に基づき設立された法人であり、国内放送及び国際放送等の業務を行っている。
 原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)は、昭和56年、原告NHKに入局したカメラマンであり、平成8年7月から平成11年7月まで、原告NHKのバンコク支局ジャカルタ事務所(以下「NHKジャカルタ」という。)に駐在し、現在、報道局映像センターのチーフ・カメラマンである。
イ 被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)は、出版社であり、月刊誌「現代」(以下「『現代』」という。)を発行している。
 被告乙野次郎(以下「被告乙野」という。)は、被告講談社の従業員であり、平成12年ころから、「現代」の編集長を務めている。
(2) 本件記事
ア 被告講談社は、「現代」2000年10月号(平成12年9月5日発行)の誌上に、「スクープ!『朝日サンゴ事件』より悪質 違法な爆弾漁法の強行 NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道が発覚!」という表題(以下「本件記事表題」という。)の下、全13頁の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
イ 本件記事には、次のような部分がある。
@ 「『NHKジャカルタ支局取材班が、『爆弾漁法』の常習犯である現地の漁師に、現金を渡す約束を事前にした上で、手製の爆弾を二回海に投げさせ、海中で爆発した後、浮いてきた魚を捕るシーンを撮影し、『ニュース11』でオンエアした』」
A 「朝日新聞の写真と記事は沖縄県・西表島沖のサンゴ礁の一部に『K・Y』と落書きした犯人に対して、環境保護を強く訴えるものとなるはずであった。ところが、実際は朝日新聞の写真記者による『やらせ』だったのである。この事件では、やらせを行った記者が退社処分に追い込まれただけでなく、当時の南野三郎社長が引責辞任する大不祥事となった。
 今回発覚したNHKの不祥事は、被害の規模と手口の悪質さにおいて、朝日事件を上回るものと言えそうだ。」
B 「この撮影に当たったNHKジャカルタ支局の取材班は、支局長(役職名は当時、以下同)の甲野氏、助手で通訳を務める現地職員のアリフ氏(仮名)、同じく現地職員のカメラ助手のハシコム氏(仮名)の三人。それにガイド役としてインドネシア国立ハサヌディン大学海洋漁業学部の研究調査員で、サンゴ礁研究会を主宰しているウマル氏(仮名)が同行した。」
C 「『やらせ』の主役であるブディ氏(仮名)を探し当てた。」
 「ブディ氏は、NHKによる『やらせ』取材の経過を次のように話した。『(中略)私はお金をくれたらやってもいいと思い、一発の爆弾につき七万五千ルピア(当時のレート換算で約三千二百円)を要求したら、甲野氏はその通り払うと返事した。(中略)爆薬に問題があったのか、一発目は失敗した。(完全な爆発シーンをどうしても撮りたいから)甲野氏にもう一度投げてくれと言われて、二発目はうまくいった』」
 「ブディ氏は、『爆弾一発につき七万五千ルピア、二発分で十五万ルピアを、ウマル氏を通して甲野支局長から受け取った』と証言した。」
D 「八月二十三日朝、NHK取材班は(中略)再びウマル氏と会い、甲野氏はそこで、漁師が爆弾を作るところから、海へ出て爆弾を投げて漁をするところまでを撮りたいと具体的に要請した。ウマル氏は、『協力してくれる人はいるが、材料費を含め、五十万ルピアは必要だろう』と答えた。これに対し、甲野氏は『材料費もすべてNHKが用意するので、必ず実現してほしい』と伝えたという。」
E 「NHK取材班は二十四日の午前中、(中略)ブディ氏らの船団に出会うのだ。ウマル氏がこう語る。『(中略)『(中略)自然な形で漁をするところを撮影するのにはかなりの時間がかかる』と甲野氏に伝えた。だが甲野氏は『そんな時間的余裕はないので、今ここでやってほしい』と言い、ブディ氏の船がたまたま止まっていたその場所で爆弾を投げさせることにした。撮影が終了し、爆弾一発につき七万五千ルピア、二発分で計十五万ルピアを私が立て替えてブディ氏に支払った』」
 「ウマル氏はお金のやりとりについてもこのように述べた。
 『八月二十四日午後にマカッサルへ戻って、精算をした。ガイド料とブディ氏に払ったお金十五万ルピアを含めて、八十万ルピアを甲野氏から受け取った。』」
F 「アリフ氏が、ようやく重い口を開いた。
 『甲野氏が、バランルンポ島沖合でブディ氏にお金を払う約束をして、爆弾を二回投げてもらって現金十五万ルピアを支払ったのは事実です。(中略)』」
 「『(中略)甲野氏はブディ氏に爆弾を投げるように頼んだ。ブディ氏は『お金をくれればやってもいい』と答え、甲野氏は爆弾を投げた後でお金を払うことを承諾した』」
 「『(中略)マカッサルに戻り、ウマル氏のガイド料と『やらせ』の報酬を含めて精算の通訳をした。甲野氏は、ウマル氏がブディ氏に立て替えて支払った十五万ルピアを含め八十万ルピアを払った』」
G 「甲野氏とウマル氏の二人だけで、話を進めていたのではないか―。そのアリフ氏が抱いていた疑問を尋ねると、ウマル氏は『私は八月二十三日にすでに、ブディ氏に爆弾漁法の撮影を依頼していた。甲野氏もブディ氏にお金を払わなければならないことを知っていた』と打ち明けた―。」
H 「甲野氏による『やらせ』の情報は、NHKの幹部たちも知っていた可能性が高い。」
 「アリフ氏は(中略)クアラルンプール支局長に、『やらせ』の事実を伝えた。またNHKを辞めた後、北川四郎会長ら五人の幹部に宛てて手紙を書き、九七年十一月の手紙では『甲野支局長はスラウェシ島で、爆弾漁法に関してでっち上げの映像を創った』などと告発している。」
 「『しかし、みんな私の告発を黙殺した。東京から何の返答もない。』」
 「『甲野氏が私の忠告を無視して映像を捏造したのは、NHKの犯罪というより、彼個人の不祥事だった。しかし、それを内部告発した私を不当解雇し、雇用問題での交渉を一方的に打ち切った。この『やらせ』問題を調査もせず放置してきたことで、NHK全体の責任が問われている。甲野氏の行為は、良識あるジャーナリズムの倫理を傷つけ、貴重なサンゴ礁を壊した。NHKもそれを糾(ただ)すどころか隠蔽しようとしている。(中略)』」
I 「当時NHKのカメラ助手だったハシコム氏も、われわれの取材に次のように答えた。(中略)『(中略)甲野氏がお金を払わなければ、ブディ氏がNHKのために爆弾を投げることは絶対になかったと断言できる。(中略)』」
J 「NHKの『やらせ』は今回が初めてではない。(中略)この『ムスタンやらせ』後に、NHKは(中略)『やらせ』の再発防止に取り組んだ。しかし、それは徹底していなかった。」
K 「ことはメディアとしての報道姿勢が問われるばかりか、外国の法律に違反してもいる重大事である。NHKのこの『やらせ』によって、少なくとも約十五平方メートルのサンゴ礁が破壊された可能性が高いと、地元の専門家は見ている。」
ウ 本件記事において仮名とされている「アリフ」、「ウマル」、「ハシコム」及び「ブディ」は、それぞれ、A、B、C及びDを指している。
(3) 原告甲野らによる取材の経緯
ア NHKジャカルタ
 平成9年当時、NHKジャカルタの職員は、駐在員である原告甲野、昭和63年からリサーチャーとして勤務していたA、秘書1名、パートタイマーのカメラ助手であるC及び運転手1名であった。原告甲野がインドネシア語に通じてはいなかったこともあって、取材のための事前の情報収集や取材先との交渉は、ほぼすべてAが行っていた。なお、原告甲野とAの間の会話は、英語で行われていた。
イ 取材の契機
 平成9年当時、インドネシア共和国(以下「インドネシア」という。)では、さんご礁の破壊の被害が激しく、社会問題化しつつあった。当時、さんご礁の破壊の原因として、爆弾漁、えびの養殖による海洋汚染、建築材料としてのさんごの採取などが挙げられていた。爆弾漁(ダイナマイト漁)とは、ガラス瓶に薬剤を詰めて導火線を付けるなどの方法で作られた爆弾を海中で爆発させ、爆発の衝撃によって魚を殺して捕獲する漁である。爆弾漁は、インドネシアにおいて、法によって禁じられている。
 原告甲野は、インドネシアにおけるさんご礁の破壊やその保護についての取組みを取材しようと考え、平成9年6月ころから取材を始めた。
ウ 当初の取材活動
 原告甲野は、平成9年6月、インドネシアの環境大臣による現地調査の様子、WWF(世界自然保護基金)の活動、えびの養殖による海洋汚染の実態などを取材した。これらに際し、Aは、事前の情報収集及び交渉を行い、通訳を務めるなどの役割を果たしていた。
エ 平成9年8月の取材活動
(ア) 原告甲野は、Aの調査により、爆弾漁を行っている漁民に潜水技術を教えることによって漁民をダイバーとして更生させるという試みとして、スラウェシ島の東南スラウェシ州クンダリにある海軍基地において潜水技術の講習会が行われていることを知った。原告甲野は、これに興味を持ち、この講習の様子を始めとして、爆弾漁に関する取材を試みることにした。Aは、WWFの事務所を通じ、ハサヌディン大学の研究員であるBが取材に協力してくれる可能性があるとの情報を得た。同大学は、スラウェシ島南スラウェシ州の都市マカッサル(別称ウジュンパンダン)所在の国立大学である。Aが、原告甲野の指示により、Bに対し取材への協力を依頼したところ、同人の協力を得られることになった。
(イ) 原告甲野は、平成9年8月18日、上記の講習会及び爆弾漁を取材するため、ジャカルタを出発してマカッサルへ赴いた。
 同日、取材班が宿泊するマカッサルのホテル(ラディソン・ホテル)に、原告甲野、A、C、B及びその助手の学生2名(E及びF)の計6名が集まり、レストランへ移動して食事をした。原告甲野とBは、この時が初対面であった。Bは、インドネシア語及び地方語しか話さないため、原告甲野とBは、Aの通訳を介して会話をした。
 原告甲野は、レストランにおいて、Bに対し、翌日(同月19日)からクンダリでの取材に出かけ、同月23日にマカッサルに戻って爆弾漁に関する取材を続ける予定であることを伝えた。また、原告甲野は、取材に関し、Bに対して50万ルピアを支払った。
(ウ) 原告甲野は、翌日(同月19日)、クンダリへ赴き、海軍が行っている漁民への潜水講習の様子や、同地の司令官である海軍大佐へのインタビューの様子を撮影した。原告甲野は、同月22日までクンダリに滞在し、海軍基地での漁民更生への取組み及びこの研修に参加している漁民らの生活について取材を行った。
(エ) 原告甲野は、同月23日午後にマカッサルに戻ってラディソン・ホテルでBと会い、同日中に、取材の下調べのため、カメラを持たずに、バランロンポ島(マカッサルから船で約40分程度の沖合にある小さな島)を訪れた。A、C、B及びその助手のEは、これに同行した。一行は、Bの知り合いである地元の長の案内で島内を歩き、爆弾漁で指を失った老人や潜水病にかかっている若者の家を訪ねて話を聞くなどした。
 一行は、島からマカッサルに戻った後、レストランで夕食を取った。
(オ) 翌24日の朝、BとEは、原告甲野、A及びCを、ホテルのロビーまで迎えに来た。
 原告甲野、A、C、B及びEは、同日午前7時半過ぎころ、船着場を出発し、バランロンポ島へ移動した。Fは、原告甲野ら一行よりも早く島に到着しており、島で同原告らと合流した。
 原告甲野らは、前日に面会した若者など潜水病にかかった漁師らを取材したり、爆弾漁で右手の指を一部失った漁師らが語り合う風景などを撮影したりした。Bは、原告甲野に対し、爆弾漁は短時間で多くの魚を捕ることができるので金になる、漁師らは警察に金を払って見逃してもらっており、逮捕された場合でも金を払ってすぐに釈放してもらっている、などと説明した。
(カ) その後、一行は、船でマカッサルに直接戻る予定であったが、誰かの発案で島の周りを回ってみることになった。
 一行は、スラウェシ島とは反対側のバランロンポ島沖合に、爆弾漁を生業とする漁師であるDを中心とする漁民らの船団を見つけた。船は6隻から8隻くらいあり、2人乗りから数人乗り程度の大きさのものであった【証人B、乙2の1】。Bが、Dと叫ぶようにして会話をして、撮影についてDの了承を得た後、原告甲野は、Dらが爆弾漁を行う様子を撮影した。Dは、3発の爆弾を投げた【証人B、甲37、38、乙28】。そのうち1発は、ボンという音を立てて水中で爆発したが、水面は盛り上がる程度であった。また、1発は不発であった【証人B、甲37、38、乙28】。3回目に投げられた爆弾は、大きな音を立てて爆発し、水煙も高く上がった。漁師たちは、これによって浮いてきた魚を、船の上から又は潜水して網ですくって集めた。捕った魚を原告甲野らに向かって見せる漁師もいたので、同原告は近寄って撮影した。また、同原告は、BからAを通じて船に爆弾が積まれていることを聞き、A及びBを通じてDの了承を得た上、爆弾(ガラス瓶に白い薬品が詰められ導火線が付けられているもの)を取り出して見せてもらい、この様子も撮影した(以下、Dらの船団に関する一連の撮影を「本件撮影」という。)。本件撮影の後、Bは、船の上から、Dに対して5万ルピアを支払った【証人B、乙28】。
(キ) 本件撮影の後、原告甲野ら一行はマカッサルのラディソン・ホテルに戻り、原告甲野は、Bに対し、取材に関する支払をした。
(4) 番組の放送
 原告NHKは、平成9年8月29日に総合テレビで放映された「ニュース11」という報道番組の中で、「ダイナマイト漁からサンゴを守れ」という題名の下、また、同年9月6日に衛生第1放送で放映された「アジア情報交差点」という番組の中で、「インドネシア 海の恵みを守る」という題名の下、それぞれ(3)の取材により得られた映像を、爆弾漁の様子を含めて放映した。
(5) Aの雇止め
 Aと原告NHKとの間では、昭和63年に期間を1年間とする雇用契約が締結されて以来、契約更新が繰り返されていた。平成8年に更新された契約は、平成9年8月31日に満了することになっていたところ、期間満了の直前に1か月の期間延長が行われ、同年9月30日に更に1か月の期間延長がされた。
 平成9年10月28日、契約更新についての交渉の席上で、原告甲野は、Aに対し、同人との契約を更新しないとの意向を伝えた。
(6) 本件記事掲載の経緯
ア 本件記事の掲載に当たり、取材・執筆の中心となったのは、社団法人共同通信社の記者として活動した経験を有し、平成6年から私立大学において教授として勤務している山田三郎(以下「山田」という。)である。
 山田は、平成11年8月ころ、東チモールを訪れた際、かねて親交のあったAから、本件撮影はいわゆる「やらせ」の方法で行われたものであって、その証拠として未編集のビデオテープを持っている、との話を聞いた【証人A、同山田、乙3】。
 山田は、帰国後もAからの事情聴取を続けるとともに、「現代」の編集部に親交のある者がいたので、平成12年2月ころ、この者に本件撮影の件の取扱いを相談したところ、同人は、これについて報道対象として関心を示した。その後、平成12年5月ころ、「現代」の編集企画として、本件撮影の「やらせ」問題を採用し、報道に向けて取材を行うことになった。そこで、「現代」編集部は、当時同誌の副編集長であった西田二郎(以下「西田」という。)を担当編集者と定め、同人及び山田を中心とする取材班を編成した【乙3、20】。
イ 山田は、平成12年8月1日、ジャカルタを訪れ、Aと面会し、Aが本件撮影のマスターテープからダビングをしたビデオテープ(以下「本件未編集テープ」という。)及び平成9年9月6日に放送された番組「アジア情報交差点」の内容を見たり、Aから話を聞いたりした【証人A、乙3】。
 山田は、同月2日、助手と共にマカッサルを訪れ、Bに対し取材を行った。また、同日中に、Bも同道してバランロンポ島を訪れ、Dに対し取材を行った。山田は、翌日(同月3日)にも、Bに対し取材を行った。【証人山田、乙12、13の1・2、28、弁論の全趣旨】
 山田は、帰国後の平成12年8月13日ころ、電話でCに対し取材を行った【乙3、15の1・2】。
 西田は、平成12年8月22日、原告甲野に対し取材を行った。これに対し、原告甲野は、「やらせ」による撮影を否定した。
ウ 山田及び西田を中心とする取材班は、本件記事を共同して執筆し、同記事は、平成12年9月5日発行の「現代」2000年10月号に掲載された。
2 原告の主張 
(1) 本件記事による名誉毀損
ア 本件記事が伝える意味
(ア) 本件記事では、本件記事表題にも表れているように、原告の「やらせ」報道が非難されているところ、その内容は、本件記事冒頭の、「NHKジャカルタ支局取材班が、『爆弾漁法』の常習犯である漁師に現金を渡す約束を事前にした上で手製の爆弾を海で爆発させ、海中で爆発した後、浮いてきた魚を捕るシーンを撮影し、『ニュース11』でオンエアした」という記述に要約的に示されている。
(イ) そして、本件記事においては、その後の本文において、「やらせ」を構成する具体的な事実として、平成9年8月24日の原告甲野らの行動が摘示されているところ、その内容は、次のとおりである。
@ 原告甲野は、インドネシアのバランロンポ島沖合で、漁師に対し、爆弾を投げて漁をしてくれたら金銭を支払う旨を約束した。
A この約束に基づき、当該漁師は、爆弾を投てきした。
B 原告甲野は、当該漁師が爆弾を投てきする様子を撮影した。
C 原告甲野は、ガイド役の研究者を通じて漁師に約束した金銭を支払い、後に、研究者に対し、立て替えてもらった金銭を返した。
D Bの撮影により得られた映像は、平成9年8月と9月の2回にわたって原告NHKにより放映された。
(ウ) 上記の平成9年8月24日における原告甲野らの行動以外に、本件記事は、次の事実も摘示している。
E 平成9年8月23日、前記ガイド役の研究者は、原告甲野の依頼に基づき、爆弾を投てきした漁師に対して爆弾の用意と爆弾漁の撮影を依頼していた。
 この摘示事実は、海上での「やらせ」に直接結びつくものではない。しかし、翌日に漁師と会って金銭を渡し爆弾を投げさせたのと同じ漁師に、原告甲野の意向により、前日から接触して爆弾の用意と爆弾漁の撮影についての依頼が行われていたとして、翌日の海上での「やらせ」の存在を推認させる重要な事実であり、かつ、強い非難に値する行為として記述されているのであるから、これも本件記事が伝える主要な事実である。
(エ) したがって、本件記事が読者に伝える主要な事実は、上記の@からEの内容ある。
イ 本件記事の虚偽性
 本件記事の主要な伝達事実である前記アの@からEのうち、B及びD以外の事実は、真実と合致しない虚偽のものである。
ウ 真実であると信じるについての相当な理由の欠如
 本件記事の作成に当たって参照された資料は、本件未編集テープの内容、平成9年9月6日に放送された番組である「アジア情報交差点」の内容、平成12年8月までにA及びBから事情を聴取した内容、同年8月2日のDに対する取材結果、及び同月22日の原告甲野に対する取材結果が主なものである。
 本件未編集テープ及び「アジア情報交差点」の内容からは、前記の@、A、C、Eの事実の有無について判断することはできない。
 山田らが平成12年8月に行ったB及びDに対する取材は、もともと重要な点について質問していないなど不十分なものである上、その時、両名は、@、C、Eの点について記事とはむしろ反対の内容の供述をしていた。
 したがって、山田らが本件記事を執筆した際に、その内容が真実であると信じるについての相当な理由はなかった。
エ 本件記事による名誉毀損
 本件記事は、原告NHKのジャカルタ事務所における責任者であった原告甲野が違法な行為について「やらせ」取材を行ったとするものであるから、報道機関である原告NHK及び報道カメラマンである原告甲野の社会的評価を低下させることは明らかである。
 特に、本件記事は、朝日新聞社の写真記者による「やらせ」として著名であり、これにより本人である記者が退職したのみならず、当時の朝日新聞社の社長が引責辞任することになった「朝日サンゴ事件」より悪質であると論評し、原告甲野の行為の悪質性を強調している。
 さらに、本件記事は、原告NHKが、前記「やらせ」取材について、その状況を直接に知る者から告発されたのに、これを無視して「やらせ」取材を隠蔽することによって黙認しており、この「やらせ」問題が単に原告甲野の個人的不祥事にとどまらず、原告NHK全体の責任であるとしている。すなわち、本件記事は、原告NHKの取材の在り方及び問題発生時の対処の仕方に問題があると論評するものである。加えて、本件記事は、原告NHKが真摯に反省材料としている過去の「やらせ」取材問題を引き合いに出し、その反省は全くいかされていないとも論評するものであって、原告らに対し最大限の非難を浴びせている。
 したがって、本件記事は、原告両名の社会的評価を低下させるものとして、原告らに対する信用毀損又は名誉毀損を構成するものである。
(2) 被告らの責任
ア 被告乙野は、「現代」の編集長として、掲載する記事の内容が真実であることを確認し、特に記事の内容が他人の社会的評価を低下させるものである場合には事実確認を徹底すべき義務を負っている。しかし、同被告は、この義務を怠り、原告らの社会的評価を著しく毀損する内容であることを知りながら、真実と異なる内容の本件記事を「現代」に掲載した。
 したがって、被告乙野は、原告らに対し、本件記事によって生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 被告講談社は、その従業員である被告乙野が「現代」を編集するについて第三者に与えた損害を賠償する責任を負うから、被告乙野の使用者として、また、「現代」の発行者として、同人が本件記事によって原告らに与えた損害を賠償する責任を負う。
(3) 救済方法
ア 訂正・謝罪記事及び謝罪広告
 原告NHKは、放送法7条に規定された目的を達成するため、事実に基づく適正な報道に努めてきたものであり、高い取材力に裏付けられた報道の正確性、信頼性には定評があるところである。このため、原告NHK及びその放送は、今日の日本社会において高い評価を享受している。
 また、原告甲野は、本件記事が問題とする取材時点においては、原告NHKバンコク支局ジャカルタ駐在、現在は報道局映像センターのチーフ・カメラマンであり、常に適切な取材と正確な事実報道を実行してきたものであって、ジャーナリストとして高い評価を享受している。
 ところが、本件記事は、原告甲野がジャーナリストとしての倫理や道理に反する「やらせ」取材を行い、その上、原告NHKが、これを隠蔽し、黙認しているとするものであって、原告甲野のジャーナリストとしての価値を全否定するとともに、原告NHKの放送業務に対する信頼性を根底から覆すものである。
 したがって、本件記事によって毀損された原告両名の社会的信用又は名誉を回復し、これまでと同等の社会的信用・名誉を原告両名に享受させるためには、本件記事が掲載された月刊「現代」誌に、別紙3の訂正・謝罪記事を別紙4の条件で掲載させる必要がある。
 また、原告NHKは全国放送であるところ、「現代」は、全国で販売されているため、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び産経新聞の全国紙5紙に、別紙5の謝罪広告を別紙6の条件で掲載させる必要がある。
イ 損害賠償
 これまで述べたような被害状況に照らすと、本件では、原告両名に生じた信用毀損、名誉毀損の損害を賠償し、無形損害又は精神的苦痛を慰謝するためには、前記の謝罪広告等の掲載だけでは不十分であり、被告らは、損害賠償として、原告NHKに対して1億円、原告甲野に対して2000万円をそれぞれ支払うのが相当である。
(4) 原告らの請求のまとめ
 原告らは、被告らに対し、民法709条、710条、715条及び723条に基づき、第1の1のとおりの謝罪広告等の掲載並びに賠償金(原告NHKにつき1億円、原告甲野につき2000万円)及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成12年9月15日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。
3 被告らの主張
(1) 本件記事の主要な伝達事実
 本件記事が読者に伝えた主要な伝達事実は、「原告甲野は、爆弾漁に関する取材において、爆弾漁の様子を撮影する強い意欲を有していたが、バランロンポ島からの帰路、海上で出会った漁師に爆弾投てきを依頼したところ、その漁師から爆弾を投げるに当たってはその対価として金銭の支払が求められた。原告甲野がこの申出に同意したところ、漁師は爆弾を2度にわたって投げ、取材班はこの模様を撮影し、原告NHKはこれをニュース映像として放映した。コーディネーターは漁師に約束した金銭を支払い、後に原告甲野はこの立て替えられた金銭をコーディネーターに支払った。」というものである。
(2) 本件記事の報道としての正当性
ア 本件記事の上記のような意味内容が、原告らの社会的評価を低下させるものであるとの原告らの主張は認める。しかし、本件記事は、公共の利害に関する事項について、専ら公益を図る目的で作成・公表されたものであり、かつ(1)に示した主要な伝達事実が真実に合致するから、本件記事の公表が原告らに対する不法行為を構成するものではない。
イ 本件記事の主要な伝達事実は、(1)のとおりであるが、仮に本件記事の主要な伝達事実を原告主張のとおりに把握し、前記コーディネーターが、撮影の前日、爆弾を投てきした漁師に対し、原告甲野の依頼に基づいて爆弾の用意と爆弾漁の撮影を依頼していた事実を含むとしても、やはりその内容は真実に合致するものである。
ウ 本件記事は、Aの供述内容を主要な軸として作成されたものである。Aは、本件撮影の過程を問題として原告甲野に批判的な意見を述べたため、同原告により、長年勤めたNHKジャカルタとの雇用契約を不当に打ち切られ、山田らによる取材の当時、この雇止めの処分をめぐって原告NHKと交渉中であった。そのような状況において、Aが原告NHKに対して批判的な供述を行うことは、同人の交渉にとって不利益に働くことが予想された。それにもかかわらず、Aは、やらせ根絶という純粋な動機に基づいて、敢然と内部告発を行ったのであり、同人の供述は信用するに値するものであった。山田らは、Aの供述を基に、B、D及びCに対して裏付け取材を行った。このうち、Cの供述はAの供述内容と一致した。また、D及びBの供述は、いくつかの点でAの供述と相違したが、あいまいであったり不自然であったりして、Aの供述を覆すほどのものではなかった。
 したがって、山田らがAの供述を主要な軸として本件記事を作成したことには、何らの落ち度もない。
第3 当裁判所の判断
1 本件記事の主要な意味内容
(1) 本件記事の内容が原告らの社会的評価を低下させるものであることは明白であり、当事者間にも争いがない。したがって、被告らが本件記事を「現代」に掲載したことは、原告らの社会的信用又は名誉を毀損する行為であるといえる。
 もっとも、名誉毀損については、当該行為が、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたとき、又は、その事実が真実であることが証明されなくても、当該行為者にその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときには、不法行為は成立しない(最高裁昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。
(2) そこで、まず、本件において、前記の真実性又は真実と信じるについての相当な理由の有無が問題となる摘示事実は何か、本件記事の主要な伝達事実ないし意味内容について検討する。
ア 本件記事は、本件記事表題、すなわち「スクープ!『朝日サンゴ事件』より悪質 違法な爆弾漁法の強行 NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道が発覚!」との見出しの下に記載されている。
 そして、本件記事は、「NHKジャカルタ支局長」すなわち原告甲野の「『やらせ』報道」の具体的内容として、原告NHKの報道番組の中で用いられた爆弾漁の映像を原告甲野が撮影するに当たって、次の事実があったこと(ただし、「コーディネーター」とはBのことであり、「漁師」とはDのことである。)が摘示されている(前記第2の1(2)イ@、C、E、F)。
a 原告甲野が、インドネシアのバランロンポ島沖合で、漁師に対し、爆弾漁をしてくれたら金銭を支払う旨を約束し、当該漁師は、この約束に基づいて爆弾漁を行った。
b 原告甲野は、現地のコーディネーターを通じ、約束した金銭を漁師に対して支払い、後にこのコーディネーターが立て替えた金銭を清算した。
 したがって、これらは、本件記事の主要な伝達事実ないし意味内容であるといえる。なお、上記a及びbの事実は、本件記事が伝える意味として原告らが主張する@からDまでの事実(前記第2の2(1)ア(イ))にほぼ等しく、被告が本件記事の主要な伝達事実として主張する内容(前記第2の3(1))ともほぼ一致する。
イ 次に、原告らは、本件記事の主要な伝達事実として、上記のほかに、次の事実を主張する(前記第2の2(1)ア(ウ)のEの事実。前記第2の1(2)イD、Gの記事内容に対応する。)。
c 撮影の前日、上記の現地コーディネーターが、原告甲野の依頼に基づき、爆弾を投てきした漁師に対して爆弾の用意と爆弾漁の撮影を依頼していた。
 上記事実は、原告甲野の「やらせ」による取材そのものではなく、いわばその背景事情というべきものであるから、前記a及びbの摘示事実と比べれば、その伝達事実としての重要性は劣るものと解される。しかし、本件記事では、撮影の前日に、「アリフ氏」すなわちAが「やらせ」について反対したのに、それを押し切って原告甲野が「やらせ」撮影を強行したとされ【甲1】、本件記事表題ともあいまって、同原告の行為の悪質性を強調している。したがって、上記事実は、原告甲野が、Aの反対にもかかわらず、計画的に「やらせ」撮影を用意したことを表すものとして、原告らの社会的評価をより一層低下させるものといえる。
 そうすると、上記事実(上記c)も、本件記事の主要な伝達事実ないし意味内容に含まれるものであると解するのが相当である(以下、上記のaからcまでの事実を、それぞれ、「本件摘示事実a」「本件摘示事実b」「本件摘示事実c」という。)。
2 本件記事の内容の真実性
(1) 本件摘示事実a及び同bについて
ア 本件摘示事実aに関し、証人Aは、次の趣旨の供述をしている。
 Dらの船団を見つけた時、原告甲野があれは何をしているのかと聞いたので、Aは、これをBに通訳した。Bは、「多分、爆弾漁をしているかもしれない。」と答えた。撮影ができるかという原告甲野の質問をAが通訳すると、Bは漁師(D)にブギス語で尋ねた。Bによれば、漁師は、撮影してもよいが、ここには魚がたくさんいないので材料費を支払ってほしいと言っているとのことだった。Aがこれを原告甲野に伝えると、同原告は「ノー・プロブレム」と答えた。
 また、本件摘示事実bに関し、証人Aは、次の趣旨の供述をしている。本件撮影の後にラディソン・ホテルでBに対する支払をした際(前記第2の1(3)エ(キ))、Bは、80万ルピアを要求し、その内訳について、ボートの賃貸料立替分として40万ルピア、本件撮影の日及びその前日にBが取材のため同行しコーディネートを行ったことに対する報酬が20万ルピア、食事代やボートの駐船代その他の雑費が5万ルピア、漁師に支払った金銭が15万ルピアであると説明した。これを聞いて、Aは、原告甲野に対し、Bの請求の内訳について原告甲野に説明した上で、80万ルピアを支払いますと言い、同原告から金銭を受け取ってBに渡した。
イ そこで、これらの供述の信用性について検討する。
 Aは、NHKジャカルタの取材班の一員として、この取材班が行った本件撮影に直接立ち会った者である上、本件撮影の対象が爆弾漁という特異な内容のものであることからすると、本件撮影の状況に関して知覚や記憶の誤りを犯している可能性は低いと考えられる。また、同人の当審における供述の内容は、全体として了解可能であり合理的なものであったといえる。
 もっとも、証人Aの証言について慎重に判断することを要請する要因もある。すなわち、
(ア) Aは、昭和63年からNHKジャカルタに勤務していたところ、平成9年10月、原告甲野がNHKジャカルタの責任者であった時に契約更新を拒否されたものであり(前記第2の1(5))、この雇止めに関して原告らに対し不満を持っていた【甲7、8】。Aは、平成9年11月22日付けの原告NHK会長らあての書簡(甲7)において、雇止めに対する不満や原告NHKに対する要求を記載しているところ、原告甲野の事務所責任者として不適切な行為の数々を挙げる中で、同年8月の爆弾漁の取材についても言及している。また、Aが平成11年9月10日付けで原告NHKの国際部部長にあてたファクシミリによる書簡(甲8)では、Aが平成9年末に賠償金なしに解雇されたことの解決について、1週間以内に返事がない場合には、この問題を報道機関に公表するほか、本件撮影における原告甲野の倫理観の欠如や法律違反の実態を暴露するとの内容が記載されている。
 このように、Aが、本件撮影についての問題を、自己の雇用問題に関する原告NHKとの交渉材料の1つとしていることは、本件撮影の状況に関する証人Aの供述の信用性を慎重に判断すべきことを要請する。
 なお、被告らは、Aが、原告甲野の「やらせ」取材に対して苦言を呈したことを理由に同原告によって不当に解雇されたものであると主張する。しかし、当該主張の真否は、結局のところAの供述の信用性に依存するものであるから、そのような可能性を念頭に置いたとしても、やはり、上記のような係争の存在は、Aの供述の信用性を疑わせる一要素として考慮せざるを得ない。
(イ) Aは、本件撮影によって作成されたマスターテープからコピーを作成し、自己のために所持している(争いがない)。これについて、証人Aは、証拠として必要なので作成したもので、手を加えずに必要な部分をそのままダビングしたものであると供述する。ところが、このビデオテープには、同じ場面が2回記録されている部分があり【乙2の1】、何らかの意図を持って編集が行われた可能性がないとは言い切れない。
ウ そこで、証人Aの本件摘示事実a及び同bに関する供述が他の証拠によって裏付けられるかどうか検討する。
(ア) 本件撮影によって得られた映像の一部の写し(甲2の1)によれば、撮影の対象となっている漁民らは、爆弾を投げる前にカメラに目線を送ったり、カメラに向かって魚を見せたり、船に積んである爆弾を掲げて見せるなど、撮影者に配慮して行動しているから、漁民らは、撮影されていることを意識し、かつ積極的に協力していたものと認められる。しかし、このことは、証人Aの供述と矛盾しないというにとどまり、これを積極的に裏付けるものではない。
(イ) C作成の陳述書(乙25)には、Dに対して爆弾を投げるように言ったのは原告甲野であるとの趣旨の記載があり、本件摘示事実aに関する証人Aの供述と符合する。もっとも、陳述書という証拠の性質上、これが直ちにAの供述を裏付けるものであるとはいえない。
(ウ) 証人Bは、海上でDに撮影への協力を求めたところ、同人が、爆弾の材料費を負担してくれれば投げてもよいと答えたので、自分がそれを承諾した、このやり取りは、地方語で行ない、Dと自分以外は関与していない、本件撮影の後、Dに対して金銭を支払ったが、この支払について原告甲野に対し清算を要求していない旨述べて、本件摘示事実a及び同bを否定する供述をしている。
 証人Bの供述には、全体としてあいまい又は不自然な部分、質問に対して直接に答えることを避ける態度が散見されることからすると、同証人の供述を細部にわたって信用することはできない。例えば、Bが平成9年8月18日に受け取った50万ルピア(前記第2の1(3)エ(イ))の趣旨について、その全額が爆弾の製作から爆弾漁を行うところまでを撮影させてもらうために漁師に対して支払うべき爆弾の材料費であり、すべて漁師に渡したとの供述や、同月24日に受けた支払(前記第2の1(3)エ(キ))の金額を覚えていない旨の供述は、不自然なものである。
 また、原告甲野ら取材班が爆弾漁を撮影することができるよう、自分で金銭を支払ってまで漁師のDに撮影への協力を依頼した理由について、証人Bは、自分の研究のために爆弾漁の映像を欲していたが、自分ではそのための機材を持っていないので、原告甲野ら取材班に爆弾漁の様子を撮影させ、その映像のコピーをもらいたかったからであると供述する。しかし、Bの収入は、平成6年にハサヌディン大学に採用された際の基本給が月額12万ルピア余り、平成12年末の基本給は月額29万ルピア余りであった【乙26の1・2】ことからすると、Dに支払った5万ルピアは、Bにとってかなり高額であったはずである。また、Bは、本件撮影の後、結局映像のコピーを受け取っていないし【証人B、同A、原告甲野】、映像のコピーを具体的にどのように役立てようと思ったのかについての証人Bの供述は、あいまいである。そうすると、Bが自分で5万ルピアを負担して漁師のDに爆弾漁の撮影への協力を依頼するという動機に乏しいのではないかとの疑念が生じる。
 しかし、証人Bの供述のあいまい又は不自然な部分は、多くはBが原告甲野ら取材班からの支払によってどの程度の利益を得たのかに関連する事項である。そうすると、あいまい又は不自然な供述が散見されるからといって、直ちに、同証人の供述を全体として信用することができないものとして排斥すべきではない。
 また、証人Bの、映像のコピーを入手できることへの期待が自分で費用を負担してまでも漁師のDに爆弾漁の撮影への協力を依頼した主要な動機であるとの供述は、信用性に欠けるけれども、さんご礁の破壊について関心を持っていたBの立場からすれば、上記のような期待は、動機の1つとして理解することができないものとはいえない。
 なお、被告らは、Bが大学の研究員ではなく、海洋漁業学部海洋学科の研究所職員である【乙26の1・2】ことを理由に、同人がさんご礁及び爆弾漁に関する専門家であると称していること自体が虚偽であると主張する。しかし、Aの問い合わせに対し、WWFが爆弾漁に関する取材に協力してくれる可能性のある人物としてBを紹介していること(前記第2の1(3)エ(ア))、平成13年4月に山田らがAを同行してBに対するインタビューを行った際、バランロンポ島における爆弾漁についてのNGOの取材活動に関し、BとAが共通の認識を持って話し合っていること【甲28、29の各1】、平成12年8月に山田らがDに対してインタビューを行った際及び平成13年7月に原告代理人がDに対してインタビューを行った際、Dが、本件撮影の日、船が近づいて来たので、警察かもしれないと思って逃げようとしたが、顔見知りのBがいるのが分かったので逃げるのを止めたという趣旨の供述をしていること【甲37、38、乙28】などを併せ考慮すると、Bが、大学における職業的な研究であるかどうかはともかくとして、バランロンポ島において爆弾漁について継続的に調査していたことは事実であるものと認められる。
 そして、次の事情を考慮すれば、Bの行動は、原告甲野の、いわゆる「やらせ」には加担したくないものの爆弾漁の場面の映像を強く欲しているという意向にできるだけ沿い、取材の成果を上げさせることによって、報酬という形での自己への見返りを期待したものであると考えれば、理解可能なものである。
 すなわち、本件撮影以前に、原告甲野ら取材班は、Bに爆弾漁の撮影が可能かどうか尋ねたところ、Bは、爆弾漁がその時々にどこで行われているのかについて事前には分からないし、爆弾漁は違法な漁なので近づいていくと漁師が逃げてしまうから撮影は難しい、確実に撮影するためには事前に漁師に協力を依頼しておく必要がある、自分は爆弾を作る場面と爆弾漁を行う場面の撮影をコーディネートすることができるかもしれないと説明した。原告甲野は、そのためのコーディネートをBに依頼するか少なくとも積極的な態度を示していた。しかし、Bの、協力してくれる漁師には金銭を支払うことになるとの話などから、取材倫理の点で問題があると考えられたこと、及び爆弾が爆発するなど不慮の事故が発生する危険性が危惧されたことから、平成9年8月23日又は24日の朝、取材班からBに対して上記の撮影の中止を申し入れた。【証人A、証人B、原告甲野、甲28及び29の各1・3・4、30及び31の各2・3、乙28】
 上記の経緯から、Bは、原告甲野の、違法な漁を行う漁師に金銭の支払をしたくはないが爆弾漁の場面の映像を強く欲しているという意向を十分理解し得たはずである。
 このような事情からすると、Bが、Dに支払う金銭の負担については、後に原告甲野からコーディネート料の支払を受けることによって十分補うことができると考え、Dに対して取材への協力を依頼したとしても、不自然であるとまではいえない。
 加えて、Bは、Dに対する支払を自分で負担したと訴訟外で供述したことに関し、本件訴訟係属後、Aから、執拗といっても過言ではないほどに、そのようなことを述べればBが犯罪行為の責任を問われる可能性があるとともに、海洋学の専門家としての立場を傷つけることになりかねない、漁師に対する支払の責任は原告甲野にあるという真実を述べるべきだとの趣旨の働きかけを受けている【甲9から11まで】。証人Bが、それでもなお、Dに対する支払は自分で負担したと供述しているという事情は、当該供述の信用性を高める要素であるといえる。
(エ) 原告甲野は、本人尋問において、本件撮影の前に船上でBとDが話していた内容はあえて確認していない、Aが、「甲野さん」と言って撮影を始めるよう手振りで促したので撮影した、本件撮影後、ラディソン・ホテルでBに支払った費用は、本件撮影の日及びその前日の船代のみであるなど、本件摘示事実a及び同bについていずれも否定する供述をする。原告甲野の供述は、自己の非難されるべき行為について否定しているという事柄の性質上、直ちに信用することはできないけれども、証人Aの供述を積極的に裏付けるものではない。
(オ) 以上を併せ考えると、本件摘示事実a及び同bに関する証人Aの供述を信用するには足りず、他にこれらの摘示事実が真実であることを裏付ける的確な証拠はないから、これらの摘示事実が真実であると認めるに足りない。
エ もっとも、原告甲野は、前記ウ(ウ)のとおり、本件撮影の前に、Bから、確実に爆弾漁の様子を撮影するためには事前に漁師に協力を依頼しておく必要があるとの説明を受けていたし、爆弾の製作及び爆弾漁を撮影することについて漁師に協力を求める場合、その漁師に金銭を支払うことになるとの趣旨の話を聞いていたものである。
 加えて、原告甲野ら取材班がDら漁民の船団を見つけた際、Dらは、まさにその時その場所で漁を行っていたわけではなかった【証人A、同B、原告甲野、甲37、38、乙28】。ところが、取材班が船団に近づき、BがDと会話をした後、その場所で爆弾漁が行われた。
 このような事情を考慮すれば、原告甲野は、本件撮影の際、爆弾漁の場面のみの撮影ではあっても、撮影に対する協力を求める以上、やはり漁師に金銭を支払う必要があることを認識していたか、又は少なくとも認識することが可能な状況にあったのに、あえて本件撮影を行ったものと認めるのが相当である。
 そこで、このことをもって、本件摘示事実aと同視することができないかが問題となる。しかし、本件記事が、単に原告甲野が行った報道のための取材のやり方や取材の責任者としての姿勢に問題があったというにとどまらず、自ら「やらせ」取材を強力に押し進めたことを指摘して、原告甲野の行為の悪質性を強調するものとなっていることからすると【甲1】、上記のことをもって本件摘示事実aと同視することはできない。
オ 次に、本件摘示事実bに関しては、次のような問題がある。
 前記エのとおり、原告甲野は、本件撮影に関して漁師に金銭が支払われることを認識していたか少なくとも認識し得たものと認められる。このことからすると、平成9年8月24日、本件撮影の後、ラディソン・ホテルにおいて原告甲野がBに対して取材に関する支払をした際、同原告は、同原告がBの要求した金銭を支払うことによって、同人が漁師に対して支払い又は支払うことになる費用が埋め合わされる結果となることを容易に知り得たはずである(BがDに対して金銭を支払った場面を原告甲野が目撃していたかどうかについては争いがあるが、仮に目撃していなかったとしても上記のことが当てはまる。)。すなわち、原告甲野がコーディネーター(B)に支払った金銭が結局漁師(D)に流れており、原告甲野は少なくともこれを知り得たはずであるから、このような事情をもって、本件摘示事実bと同視することができないかが問題となる。
 しかし、前に述べたとおり、本件記事が、単に原告甲野が行った報道のための取材のやり方や取材の責任者としての姿勢に問題があったというにとどまらず、自ら「やらせ」取材を強力に押し進めたことを指摘して、原告甲野の行為の悪質性を強調するものとなっていること、加えて、本件記事において、本件摘示事実bは、本件摘示事実a(自ら漁師に対して金銭の支払を事前に約束したこと)を前提に、その支払について一時的にコーディネーターに立て替えさせたとの意味を伝えるものであるところ、前記のとおり本件摘示事実aが真実に合致するものとは認められないことからすると、上記の事情をもって本件摘示事実bと同視することはできない。
(2) 本件摘示事実cについて
ア 本件摘示事実cについては、平成9年8月24日にバランロンポ島での撮影を終えた後、直接マカッサルに戻らずに船で島の周りを回ってみることになった経緯が不明確であること、容易にDらの船団を発見していること(前記第2の1(3)エ(カ))からすると、あらかじめ何らかの方法で待ち合わせをしていたのではないかとの疑いが生じることを否定することはできない。しかし、証人B及び原告甲野本人がこれを否定する供述をしていること、証人Aが、Dは本件撮影の日にBらが現れるのを予期してはいなかったように見えたと供述していること、Dが、山田ら及び原告代理人による各インタビューにおいて、Bらとは撮影の当日に海上で偶然会ったものであると述べていること【甲37、38、乙13の1・2、28】からすると、本件摘示事実cが真実に合致すると認めるに足りない。
イ なお、被告らは、爆弾漁は本来何日も航海して行うものであって、事前に打ち合わせていなければDがバランロンポ島の近海にいたはずがないと主張する。しかし、Dらの船団の船がいずれも小型のもので(前記第2の1(3)エ(カ))、何日も航海するような漁には適していないとみられること、Dが、平成13年7月の原告代理人による取材の際に、本件撮影の日に原告甲野らと出会った場所で普段からよく漁を行っていた旨供述していること【甲37、38】、Bが、平成13年4月の山田らによるインタビューにおいて、爆弾漁には、数日間かけて遠くに出かけて行うものと、比較的近い場所で日帰りで行うものがあると述べており【甲29の2】、証人尋問においてもそのような趣旨の供述をしていること【証人B】、平成12年8月2日に山田らがBにインタビューを行っている最中に、Bが海の方を指して「遠くにたくさん黒く見えるのは、おそらく爆弾漁を行っている船である」旨述べている【乙28】ことからすると、原告甲野らがバランロンポ島の近海でDらに遭遇したことをもって、直ちに、BがあらかじめDに爆弾漁の撮影を依頼していたと認めることはできない。
 また、Cの陳述書(乙25)には、Dらの船団に会った時、漁民らがいたのがバランロンポ島の海岸からそれほど離れていない場所であったこと及びBとDが顔見知りであったことを理由に、Dらの船団と出会ったのは最初から決められていたことであると感じたとの記載がある。しかし、当該記載はCが抱いた印象が述べられているものにすぎず、これをもって、本件摘示事実cが真実に合致するものと認めることはできない。
ウ 加えて、被告らは、原告甲野ら取材班がDらの船団を見つけた正にその時その場所で爆弾漁を行っていたわけではなかったのに、Bが船団に近づく前からそれが爆弾漁の船であろうと言えたのは、あらかじめ待ち合わせていたからにほかならないと主張する。
 しかし、平成12年8月に山田らがBに対して行ったインタビューの記録(乙28)からは、バランロンポ島の漁民のほとんどが爆弾漁又は毒物を使った漁のいずれかに従事していることがうかがわれるところ、これを前提とすれば、Bが、Dらの船団の外見によって、爆弾漁のために海に出ているところであると判断することができたとしてもあながち不自然ではない。
エ もっとも、前記((1)ウ(ウ))のとおり、原告甲野は、本件撮影以前に、爆弾の製作及び爆弾漁の撮影をコーディネートすることができるかもしれないとのBの話について、Bに漁師の協力を取り付けるよう依頼したか又は少なくとも積極的な態度を示していたが、その後、取材班からBに対し、そのような撮影の中止を申し入れたことが認められる。
 そこで、原告甲野が本件撮影以前にBに対して漁師の協力を取り付けるよう依頼していたか又は少なくとも積極的な態度を示していたことをもって、本件摘示事実cと同視することができるのではないかが問題となる。
 しかし、本件摘示事実cは、単に原告甲野が本件撮影以前にBに対して爆弾漁の撮影についての調整を依頼していたというのみならず、@本件撮影の際の爆弾の投てきによって生じたさんご礁の破壊という結果が、原告甲野がAの反対にもかかわらず計画的に「やらせ」撮影を用意したことに基づくことを意味する点、A本件撮影の際に原告甲野がDに対して金銭の支払を約束したことを当然に裏付ける点も、原告らの社会的評価を低下させるものとして重要な意味を有するものである。
 そうすると、原告甲野が本件撮影以前にBに対して漁師の協力を取り付けるよう依頼していたか又は少なくとも積極的な態度を示していたことをもって、本件摘示事実cと同視することはできない。
(3) 小括
 以上によれば、本件記事の主要な伝達事実を構成する摘示事実は、いずれも真実に合致するものとは認められない。
3 真実であると信じるについての相当な理由
(1) 記事作成のための資料
 本件記事の作成に当たって参照された資料は、本件未編集テープの内容(乙2の1)、平成9年9月6日に放送された番組である「アジア情報交差点」の内容(甲5)、平成12年8月までにA及びBに対して取材した内容、同年8月2日のDに対する取材結果、同月13日ころにCに電話で取材した内容、及び西田が同月22日に原告甲野に対して取材した結果が主なものである【証人山田、乙3、20、弁論の全趣旨】。
(2) 各資料の内容
ア 本件未編集テープの内容からは、前に判示したとおり(2(1)ウ(ア))、本件撮影の対象となっている漁民らが、撮影されていることを意識し、かつ積極的に協力していたことを判断することができる。
イ 前記「アジア情報交差点」の内容からは、本件撮影によって得られた映像が、当該番組に用いられていることを判断することができる【甲5】。
ウ 山田らが平成12年8月までにAに対して行った取材において、同人は、本件摘示事実a及び同bについてほぼこれを裏付ける供述をしたものと認められる【証人A、同山田、乙3、6、8の1・2、14の1・2】。
エ 山田がCに対して同年8月13日ころに電話で取材した内容についての直接の証拠はないが、同人の陳述書(甲25)の内容に近い回答を得たものと推認される。すなわち、同人は、Aの供述に矛盾しない供述をするとともに、本件撮影当時のDとの遭遇について、あらかじめ決められていたものであるとの印象を持った旨供述したものと推認される。
オ 平成12年8月までに山田らがBに対して取材を行った際、Bは、海上で偶然Dにあった際、同人が爆弾の材料費を負担してくれれば投げてもいいというので、自分がそれを承諾したものであるところ、このやり取りについては原告甲野は知らないと思う、本件撮影の後、自分でDに対する支払を行い、この支払について原告甲野に対し清算を要求していない旨述べたものと認めるのが相当である【乙13の1・2、28】。証人山田は、当時Bが本件摘示事実bに相当する事実を認めたと供述するが、平成12年8月の取材時の記録(乙13の1・2、28)にも、平成13年4月及び9月の取材時の記録(甲28、29の各1から4まで、30、31の各1から3まで)にも、Bのそのような発言は記録されていないことからすると、証人山田の当該供述は採用することができない。
カ 平成12年8月2日に山田らがDに対して行った取材において、同人は、次のような供述をしたものと認められる。@海上で魚の多い場所を探している時、偶然にBらと出会った。ABから、日本のNHKの人が撮影したがっているので協力して欲しいと言われた。B爆弾は3発投げたが、1つは不発だった。Bから、爆発した爆弾1発につき2万5000ルピアという計算で、爆弾の材料費として5万ルピアの支払を受けた。
キ 平成12年8月22日に西田が原告甲野に対して取材をした際、同原告は、本件摘示事実aから同cまでについて否定した(前記第2の1(6)イ)。
(3) 真実であると信じるについての相当な理由
ア 以上によると、山田らは、B、D及び原告甲野がそれぞれ反対の供述をしている部分が存在するにもかかわらず、基本的にAの供述に沿って本件記事を作成したものと認められる。
イ 山田らは、本件記事作成の時点で、Aが原告NHKと雇用の問題をめぐって係争関係にあったことを知っていたのであるから【乙3、20】、Aの供述の信用性については、慎重に判断すべきことが要請されていたというべきである。
ウ 本件未編集テープの内容からは、本件撮影の対象となっている漁民らが、撮影されていることを意識し、かつ積極的に協力していたことが判断できる。
 この点、爆弾漁は違法な行為であって(前記第2の1(3)イ)、通常、違法な行為については、行為者は撮影されることを嫌うものであると考えられることからすると、漁民らが撮影に積極的に協力していることから、撮影に当たって金銭を支払う約束があったのではないかと推測することは、あながち理由のないことではない。
 しかし、山田らは、Dに対する金銭の支払の約束が、Bの通訳を通じて原告甲野が行ったものであるのか、Bが独自に行ったものであるのかに関し、山田らの取材に対するAとBの供述に食い違いがあることを、本件記事の執筆時に認識していたはずである。
 また、山田らは、平成12年8月2日に自らDに対する取材を行っており、その際に同人の自宅においてある爆弾漁用の爆弾の撮影もしていることからすると、Dが違法行為を撮影されることについて極めて慎重というわけではないことも認識していたはずである。
 そうすると、本件未編集テープによって、平成12年8月までのAに対する取材内容が裏付けられたと判断することには、相当な理由があるとはいえない。
 また、山田は、平成12年8月13日ころにCを電話で取材しているが、Cとの連絡はAが取り付けたものであって【乙15の1・2】、Aの影響を受けて供述している可能性もあるから、慎重に取り扱うべきものであるし、その内容も、Aの供述と矛盾しない供述をしていたものと推認されるにとどまる(前記(2)ウ(ウ))から、Cに対する取材内容をもってAの供述が裏付けられたと判断することにも相当な理由があるとはいえない。
エ 以上によれば、本件記事作成の当時、本件記事の主要な伝達事実が真実であると信じるについて相当な理由があったものと解することはできないというべきである。
4 論評の正当性について
 本件記事においては、本件記事の主要な伝達事実が真実であることを前提に、原告甲野の行動について、「朝日サンゴ事件より悪質」などと論評するなどして、その悪質性を強調している。また、原告NHKの取材の在り方及び問題発生時の対処の仕方についても、過去の「やらせ」取材問題の反省が全くいかされていないなどと論評して、厳しい非難を加えている。
 しかし、前に判示したとおり、本件記事の主要な伝達事実が真実に合致するものとは認められず、本件記事の主要な伝達事実が真実であると信じるについて相当な理由があったものとも認められない。そうすると、本件撮影の際の漁師Dによる爆弾の投てきが爆弾の材料費を支払うとの約束のもとに行われたものであり、かつ、少なくとも原告甲野は漁師に金銭が支払われることを知り又は知ることができたはずであったから(前記2(1)エ)、原告甲野の取材の方法や撮影責任者としての行動に問題があったとは評価し得ることを考慮しても、本件記事における上記のような論評は、論評として正当なものとはいえない。
5 被告らの不法行為責任の存否についての小括
 以上のとおり、本件記事の主要な伝達内容は、真実に合致するものとは認められず、また、本件記事の作成者がその作成に当たり本件記事の主要な伝達内容が真実に合致すると信じるについて相当な理由があったものとも認められない。
 そうすると、被告乙野が、「現代」の編集責任者として、本件記事を「現代」2000年10月号に掲載したことは、原告らに対する不法行為に当たる。したがって、被告乙野は、原告らに対し、不法行為責任を負う。
 また、被告講談社が本件記事が掲載された「現代」誌を発行したことは、原告らに対する不法行為に当たる。したがって、同被告は、原告らに対し、被告乙野の上記行為について使用者責任を負うとともに、被告講談社自身の上記行為について不法行為責任を負う。
6 損害回復の方法
(1) 金銭的賠償について
 本件記事が「現代」に掲載されたことにより、原告らはその社会的信用を傷つけられ、原告甲野については相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。
 「現代」が全国で発売されていること、本件記事が全13頁にわたるものであること、本件記事の内容が原告らを強く非難するものであること、関係者の証言を引用する形式により記事内容が真実であることを読者に強く印象づけるものであること【甲1】、もっとも、前記のとおり本件撮影には報道のための取材として問題があったと評価し得ること等、本件に顕れた諸事情を考慮すれば、被告らに対し、原告NHKの社会的信用の低下に対する損害賠償として300万円、原告甲野の社会的信用の低下及び精神的苦痛に対する損害賠償として100万円の支払を命じるのが相当である。
(2) 訂正・謝罪記事及び謝罪広告について
 本件記事が、日本全国で発売されている「現代」誌上に掲載されたこと、その他これまでに認定説示した本件記事による原告らに対する名誉毀損の態様及び性質を考慮すると、原告らの名誉を回復するため適当な処分として、「現代」誌上に謝罪記事を掲載することを命じることが必要かつ適当である。
 そして、本件記事の主要な伝達事実、及び本件撮影の経緯について本件の審理において証明された事実その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被告らに対し、別紙1記載のとおりの謝罪記事を別紙2の条件で掲載することを命じるのが相当である。
 なお、本判決の言渡し及び上記の「現代」誌上への謝罪記事の掲載により、原告らの名誉は相当程度回復すると考えられること、原告NHKは、本件記事が掲載された「現代」誌が発行されるより前に、全国放送の報道番組において、Bが本件撮影は「やらせ」ではなかったと語る場面を放映しており【乙30の1・2】、これによって、本件記事の内容の真実性について原告らが否定していることが相当程度周知されたと考えられることなどを考慮すると、原告らの名誉の回復のために、本件記事が掲載された媒体である「現代」誌上への謝罪記事の掲載に加えて、原告らが求める日刊紙5紙の誌上への謝罪広告の掲載が必要であると認めることはできない。
7 結論
 原告らの請求は、被告らに対し主文のとおりの謝罪記事の掲載及び賠償金の支払を命じる限度で理由がある。

東京地方裁判所民事第45部
 裁判長裁判官 春日通良
 裁判官 岸日出夫
 裁判官 塚田奈保


(別紙1)
訂正とお詫び
 当社は、本誌二〇〇〇年一〇月号(平成一二年九月五日発行)に、「スクープ!『朝日サンゴ事件』より悪質 違法な爆弾漁法の強行 NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道が発覚!」という表題の下、日本放送協会のジャカルタ事務所の責任者であった甲野太郎氏が、インドネシア共和国沿海において爆弾を用いた漁の様子を撮影したことに関する記事を掲載いたしました。
 しかし、右の記事には、甲野様が、「爆弾漁法」の撮影の前に、自ら漁師に対して金銭の支払を約束したことなど、真実であることが確認できない内容が含まれておりました。
 また、本件記事においては、日本放送協会の取材の姿勢及び体質が非難されておりますが、坂本氏による爆弾漁の撮影に関する記載が不正確であったことからすると、右の非難も、行き過ぎとの批判を免れないものでありました。
 ここに、貴殿らに対しお詫びいたします。
 年  月  日
  株式会社 講談社
  「現代」編集長 乙野次郎

日本放送協会 殿
甲野太郎 殿

(別紙2)
1 掲載する誌面は活版最終頁とする。
2 年月日は記事掲載の日を記載する。
3 「訂正とお詫び」という見出しの文字は8ポイントゴシック体、本文の文字は8ポイント明朝体とする。

訂正とお詫び
 当社は、その発行する月刊「現代」誌二〇〇〇年一〇月号に、「スクープ!『朝日サンゴ事件』より悪質 違法な爆弾漁法の強行 NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道が発覚!」と題する記事を掲載いたしましたが、右記事で述べられた、甲野様が違法な爆弾漁法を強行し、「やらせ」報道を行ったとの事実はありませんでした。謹んで訂正いたします。また、当社は、右の誤った事実に基づき、日本放送協会の取材姿勢、並びにその体質を批判しましたが、これも根拠のない誤ったものでありました。
 「現代」編集部では、事実確認を怠り、右のような記事を掲載してしまったものであり、これにより著しく貴殿らの名誉を毀損いたしました。
 ここに貴殿らに対し衷心よりお詫び申し上げるとともに、今後は、このような誤った記事を掲載しないよう事実確認を徹底することを誓います。
 年  月  日
  株式会社 講談社
  「現代」編集長 乙野次郎

日本放送協会 殿
甲野太郎 殿

(別紙4)
1 記事の大きさは横4分の1とする。
2 掲載する誌面は活版最終頁とする。
3 年月日は記事掲載の日を記載する。
4 「訂正とお詫び」「株式会社講談社」「『現代』編集長乙野次郎」「日本放送協会殿」「甲野太郎殿」の各文字は8ポイントゴシック体、その他の文字は8ポイント明朝体とする。

(別紙5)
お詫び
 当社は、その発行する月刊「現代」誌二〇〇〇年一〇月号に、「スクープ!『朝日サンゴ事件』より悪質 違法な爆弾漁法の強行 NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道が発覚!」と題する記事を掲載いたしましたが、右記事で述べられた、甲野様が違法な爆弾漁法を強行し、「やらせ」報道を行ったとの事実はありませんでした。また、当社は、右の誤った事実に基づき、日本放送協会の取材姿勢・並びにその体質を批判しましたが、これも根拠のない誤ったものでありました。
 「現代」編集部では、事実確認を怠り、右のような記事を掲載してしまったものであり、これにより著しく貴殿らの名誉を毀損いたしました。
 ここに貴殿らに対し衷心よりお詫び申し上げるとともに、今後は、このような誤った記事を掲載しないよう事実確認を徹底することを誓います。
 年  月  日
  株式会社 講談社
 「現代」編集長 乙野次郎

日本放送協会 殿
甲野太郎 殿

(別紙6)
1 謝罪広告の大きさは2段・横10センチメートルとする。
2 年月日は謝罪広告掲載の日を記載する。
3 「お詫び」「株式会社講談社」「『現代』編集長乙野次郎」「日本放送協会殿」「甲野太郎殿」の各文字は8ポイントゴシック体、その他の文字は8ポイント明朝体とする。
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