判例全文 line
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【事件名】事務所設計図の著作権侵害事件
【年月日】平成15年2月26日
 東京地裁 平成13年(ワ)第20223号 著作権損害賠償請求事件
 (平成14年12月25日 口頭弁論終結)

判決
原告 株式会社ベルチェアソシエイツ
同訴訟代理人弁護士 大原慶子
同 滝野俊一
被告 フランステレコム株式会社
被告 明豊ファシリティワークス株式会社
被告 Y
上記被告3名訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 石原修
同 千葉尚路
同 山田健男


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、各自金2496万7646円及び平成13年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は、被告フランステレコム株式会社(以下「被告フランステレコム」という。)の事務所の設計及び施工の受注を競うコンペティション(以下「本件コンペ」という。)において、別紙原告設計図1及び2記載の各図面(以下、総称して「原告設計図」という。)を作成した。原告は、被告フランステレコム及び同社の社員である被告Yが、本件コンペに参加した被告明豊ファシリティワークス株式会社(以下「被告明豊」という。)に対して原告設計図を原告に無断で開示して同被告に原告設計図を複製させ、また、被告明豊が、原告設計図を無断で複製したと主張して、被告らに対し、以下の各請求をしている。
@ 被告らに対する著作権及び著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求
A 被告らに対する不正競争防止法2条1項7号及び8号、4条に基づく損害賠償請求
B 被告フランステレコムに対する債務不履行に基づく損害賠償請求 
C 被告らに対する民法709条の不法行為(債権侵害)に基づく損害賠償請求
D 被告フランステレコムに対する商法512条に基づく報酬支払請求 
1 前提事実(認定事実は、証拠等を付した。)
(1) 当事者
ア 原告は、オフィスの企画・設計・施工等を主たる業務とする株式会社である。
イ 被告フランステレコムは、通信事業等を業とする株式会社である。
 被告明豊は、オフィスの企画・設計・施工を業とする株式会社である。
 被告Yは、被告フランステレコムの社員(管理課長)である。
(2) 本件コンペの経緯
ア 本件事務所への移転
 被告フランステレコムは、平成13年4月ころ、東京都新宿区〈以下略〉所在の京王新宿追分ビル9階全体を賃借し、同所に事務所を移転することを決定した(以下、上記ビルの9階部分全体を「本件事務所」という。)。
 被告フランステレコムは、その際、本件事務所内には、同社の従前の部署(以下、「FTJ」という。)とは別に、親会社であるフランス法人フランステレコムの開発拠点として、新たに「日本研究所」と称する部署(以下、「日本研究所」という。)を自社内に設けることとした。また、フランス法人フランステレコムの子会社であるエトラリ株式会社(以下「エトラリ」という。)も、共に本件事務所に移転することとなった(乙2、弁論の全趣旨)。
イ 本件コンペへの参加の勧誘
 被告フランステレコムは、平成13年4月27日、原告、被告明豊及び有限会社インターアーム(以下「インターアーム」という。)に対し、それぞれが本件事務所内部についての設計図を作成し、そのうち被告フランステレコム及びエトラリが採用した1社に、本件事務所の設計及び施工を発注するという、本件コンペへの参加を求めた。そして、被告フランステレコムは、原告らに対し、設計条件、評価項目、評価者、タイムスケジュール等を記載した書面(甲5の1、5の2。以下「本件書面」という。)を配布した。
ウ 原告設計図
 原告は、被告フランステレコムに対し、本件事務所の設計図として、平成13年5月28日に別紙原告設計図1記載の図面(甲1の1。以下「原告設計図1」という。)を、同月31日に原告設計図1を修正した別紙原告設計図2記載の図面(甲1の2。以下「原告設計図2」という。)を、それぞれ提出した。
エ 被告設計図
 被告明豊は、被告フランステレコムに対し、本件事務所の設計図として、平成13年5月28日に設計図(甲7。以下、「被告設計図1」という。)を、同月30日に被告設計図1を修正した設計図(以下「被告設計図2」という。)を、同年6月1日にさらに被告設計図2を修正した設計図(以下「被告設計図3」という。)を、同月4日、被告設計図3をわずかに手直しした別紙被告設計図記載の図面(乙1。以下「被告設計図」という。)を、それぞれ提出した(弁論の全趣旨)。
オ 本件コンペの結果
 被告フランステレコムは、平成13年6月1日、本件事務所の設計及び施工を被告明豊に依頼することを決定し、その旨原告にも伝えた。
2 争点
(1) 被告らに対する著作権及び著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求
 被告設計図は、原告設計図を複製ないし翻案したものに当たるか。
(2) 被告らに対する不正競争防止法2条1項7号及び8号、4条に基づく損害賠償請求
 被告らが、原告の営業秘密を不当に開示し又は不正に使用したか。
(3) 被告フランステレコムに対する債務不履行に基づく損害賠償請求
 被告フランステレコムが、契約上の秘密保持義務又は公正選考義務に違反したか。
(4) 被告らに対する民法709条の不法行為(債権侵害)に基づく損害賠償請求
 被告らが、原告に対する債権侵害に基づく損害賠償義務を負うか。
(5) 被告フランステレコムに対する商法512条に基づく報酬支払請求
 被告フランステレコムが、商法512条に基づく報酬支払義務を負うか。
(6) 損害額  
3 当事者の主張    
(1) 争点1(被告設計図は、原告設計図を複製ないし翻案したものに当たるか。)について
(原告の主張)
ア 原告設計図の著作物性
 原告設計図は、以下のとおり、創作性があり、著作権法(以下「法」という。)10条1項6号所定の「学術的な性質を有する図面」に当たる。
 すなわち、原告は、原告設計図を作成するに当たり、「本件事務所のスペースの最大限の有効利用」という「コンセプト」に立った上で、効率的なオフィス(最も仕事に効率的なスペース及び空間、動線を含めた間取り)、工事予算、セキュリティ、ショールームの位置、オフィス内部の見え方、騒音等の要素に加え、被告フランステレコムからの要望をも考慮に入れ、これらの条件を最大限活かした詳細なプランを立てた上で、「ゾーニング」を行い、原告設計図を作成した。このように、原告設計図は、原告の知識、経験、技術を駆使して作成されたものであり、その「ゾーニング」の点で創作性は極めて高い。したがって、原告設計図は、原告代表者及びそのスタッフらの思想や感情が表現された学術的図面に当たる。   
イ 原告設計図と被告設計図との実質的同一性
 被告設計図と原告設計図とは、「ゾーニング」の点で共通しているので、実質的に同一であるといえる。
(ア) エトラリ、FTJ、日本研究所の各オフィス・スペース(専用部分)が、本件事務所の甲州街道側の側面に、東側から順に並列するように配置されている。
(イ) ショールームが、ビルの角で、かつ、甲州街道側ではないビルの側面(明治通り側)に沿うように配置されている。
(ウ) 会議室が、ショールームと隣接するように設計されており、かつ、大会議室(ラージ・ミーティングルーム)を中心として左右に小会議室(スモール・ミーティングルーム)が配置されている。
(エ) 本件事務所の入口から、FTJ、日本研究所、エトラリの各専用部分へ向かう動線(人の動き)が同じである。
ウ 被告設計図の原告設計図への依拠性
 被告設計図2(被告明豊が平成13年5月30日に提出した設計図)においては、エトラリの専用部分は甲州街道側に配置されておらず、また、ショールームの隣はFTJの専用部分となっていた。しかるに、被告明豊が、同年6月1日に改めて提出した被告設計図3においては、上記イ(ア)記載のとおり、エトラリの専用部分が甲州街道側の側面に沿って配置され、ショールームの隣は日本研究所の専用部分となっている。かかる配置の変更は、設計図における「プランニング」及び「ゾーニング」を初めからやり直す必要があり、そのような作業を1日で行うことは経験則上不可能である。それにもかかわらず被告明豊が、わずか1日で被告設計図3を作成できたのは、原告設計図に依拠したからに他ならない。被告設計図は、被告設計図3とほぼ同一であり、被告設計図も、原告設計図に依拠して作成されたものといえる。
エ 被告らの行為
 被告フランステレコム及び被告Yは、原告が原告設計図について著作権及び著作者人格権を有していることを知りつつ、被告明豊に対して原告設計図を開示し、もって、被告設計図を作成させた。また、被告明豊は、社会通念上必要な注意を怠らなければ、原告が原告設計図について著作権及び著作者人格権を有していることを知ることができたにもかかわらず、原告に無断で、原告設計図を複製又は翻案した被告設計図を作成した。
 被告らの上記各行為は、原告が、原告設計図について有する著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)の侵害に当たる。
(被告らの反論)
ア 著作物性について
 原告設計図は、被告フランステレコムが付した様々な条件を前提として、これを満たすように設計されたものであり、原告設計図上の各オフィス・スペース(専用部分)やショールームの配置は、ほぼ必然的に決まるものであり、また、ありふれたものであるから、原告設計図には、創作性がない。
イ 原告設計図と被告設計図との実質的同一性について
 原告設計図と被告設計図とは、(ア)入口からショールームに至る通路の形状、(イ)マシンルーム(コンピュータールーム)の配置位置、(ウ)インベントリウムの配置位置、(エ)大会議室の仕切り(パーティション)の有無の点において異なる。したがって、原告設計図が被告設計図と実質的に同一であるとはいえない。
 仮に、原告設計図に創作性があり、著作物として保護されるとしても、「各専用部分等の配置」は、原告設計図上のアイディアの部分であり、著作権法上保護される表現部分とはいえないので、この点は同一性の判断の内容にすべきでない。
ウ 被告設計図の原告設計図への依拠について
 被告フランステレコム又は被告Yが、被告明豊に対して、原告設計図を開示したり、その写しを交付したことはない。また、被告明豊が、被告設計図を作成するに当たり、原告設計図を参考にしたこともない。
(2) 争点2(被告らが、原告の営業秘密を不当に開示し又は不正に使用したか。)について
(原告の主張)
ア 営業秘密の内容
 原告設計図上に表現された一切の情報は、以下のとおり、不正競争防止法2条4項の「営業秘密」に該当する。原告は、エトラリの専用部分を甲州街道側の壁面に配置させる内容の原告設計図を作成し、これを本件コンペにおいて提示したが、この「エトラリを甲州街道側の壁面に配置すること」という情報は、営業秘密に該当する。
(ア) 秘密管理性
 原告設計図を含め原告が作成した設計図面は、すべて原告代表者が管理する専用のキャビネットに保管されており、同キャビネットにアクセスできる者は、一定のスタッフに制限されている。また、原告設計図には、同図面が原告の機密財産であり原告の要求があれば返還しなければならないこと、第三者に開示してはならないこと、書面による承諾がない限り複製又は利用してはならないことが明記されている。
(イ) 非公知性
 原告は、被告フランステレコムに対して、原告設計図を提出しているが、原告と同被告の間では守秘義務を負う旨の合意が成立しているし、原告設計図にも、「第三者への開示禁止」の旨明記されている。また、一般に、設計コンペにおいて主催者が守秘義務を負うことは、事実たる慣習として成立している。
(ウ) 有用性
 原告設計図上の一切の情報は、原告代表者の建築士としての高度の能力及び長年にわたるノウハウ・経験を元に作出されたものであり、「事業活動に有用なる技術上の情報」に当たる。
イ 被告らの行為
 原告は、原告設計図において、一貫して、エトラリの専用部分を甲州街道側の壁面に配置させ、プレゼンテーションにおいてもかかる配置を提案していた。他方、被告明豊は、被告設計図1及び2において、エトラリの専用部分を甲州街道側の壁面に配置させていなかった。ところが、被告フランステレコム及び被告Yは、被告明豊を本件コンペで最終指名しようと意図して、原告設計図又は原告設計図上の情報を被告明豊に開示し、エトラリの配置を甲州街道側の壁面に変更させた被告設計図3を作成させた。被告フランステレコム及び被告Yの上記各行為は、不正競争防止法2条1項7号の営業秘密の不正開示に当たる。
 また、被告明豊は、被告フランステレコム及び被告Yから、原告の上記営業秘密の開示を受け、これに依拠して被告設計図3を作成し、本件コンペで最終指名を受けた。被告明豊の上記行為は、不正競争防止法2条1項8号の営業秘密の不正使用に当たる。
(被告らの反論)
 被告フランステレコムが、被告明豊に対し、「エトラリの専用部分の配置を甲州街道側にして欲しい」という希望を伝えたことは認める。しかし、被告フランステレコム又は被告Yが、被告明豊に対して、原告設計図を見せたり、その写しを交付したことはない。
 また、「エトラリを甲州街道側の壁面に位置すること」という配置に関するアイディアは、営業秘密に該当しない。原告設計図上の各専用部分等の配置に関するアイディアは、選択肢の限られた、ありふれたものにすぎず、有用性を欠くし、これらの配置関係は、そもそも、被告フランステレコムの希望内容そのものであるから、原告が保有する営業秘密ではない。
(3) 争点3(被告フランステレコムが、契約上の秘密保持義務又は公正選考義務に違反したか。)
(原告の主張)
ア 原告と被告フランステレコムとの間の合意
 被告フランステレコムは、本件コンペへの参加を勧誘をする際、原告に対し、本件コンペの選考の条件、タイムスケジュール等を定めた本件書面を示し、原告はこれを承諾して本件コンペに参加した。
 したがって、原告が本件コンペに参加するに際し、被告フランステレコムと原告との間では、@被告フランステレコムが、あらかじめ書面で示したとおりの条件・評価基準に基づいて公正に選考を行うこと(以下、「公正選考義務」という。)、A上記基準に従った選考が行われた結果、他のコンペ参加者が選考された場合には、原告は設計料を含む費用の請求ができないこと、B原告が選考された場合は、被告フランステレコムが本件事務所の設計・施工を原告に発注すること、及びC被告フランステレコムが、原告が提出した設計図及び情報について守秘義務を負うこと(以下「守秘義務」という。)を内容とする合意が成立した(以下「本件合意」という。)。
イ 被告フランステレコムの行為
(ア) 被告フランステレコムは、本件コンペにおいて原告から開示された情報(原告設計図又は同図面上に表現された「エトラリを甲州街道側の壁面に配置する」という情報)を、本件コンペの最終段階である平成13年5月31日に被告明豊に開示し、同被告に原告設計図を複製した被告設計図を作成させた。被告フランステレコムの上記行為は、本件合意に基づく守秘義務に違反する。
(イ) また、被告フランステレコムが当初説明した本件コンペの条件によれば、プレゼンテーションは一度だけ行うというものであったにもかかわらず、同被告は、プレゼンテーションを二度にわたって要請し、しかも、被告明豊に対しては、原告設計図又は原告設計図上の情報を開示した上で、さらに被告設計図3を提出させた。このような、設計を行うに当たって必要となる根本的な条件を、コンペの特定の参加者に対して変更する行為は、もはや公平な競争を行い勝者を決定するというコンペティションからかけ離れたものであることは明らかである。
ウ したがって、被告フランステレコムは、原告に対し、本件合意の債務不履行による損害賠償義務(民法415条)を負う。
(被告フランステレコムの反論)
ア 被告フランステレコムが、原告に対し、本件コンぺに参加するよう勧誘した行為は、「引合い」すなわち申込みの誘引にすぎず、原告と被告フランステレコムとの間で本件合意は成立していない。
イ 仮に、被告フランステレコムが、原告に対し、「公正選考義務」を負うとしても、被告フランステレコムが原告を選考しなかったのは、@原告の入札金額が被告明豊より高額だったこと、A原告が自社の設計に拘泥し、被告フランステレコムの要請に応じた設計変更をしようとしなかったことが原因であり、原告が被告明豊を選択したことには明白な合理性があるから、被告は、「公正選考義務」に違反していない。
 また、仮に、被告フランステレコムが、原告に対し、「守秘義務」を負うとしても、被告フランステレコムが、被告明豊に対し、原告設計図を開示したという事実は一切ないし、原告設計図上に現れた各専用部分等の配置は、ありふれた情報にすぎず、法的に保護される秘密には該当しない。
(4) 争点4(被告らが、債権侵害に基づく損害賠償義務を負うか。)について
(原告の主張)
ア 本件合意の成立
 被告フランステレコムと原告との間では、「原告が本件コンペにおいて最終的に選考されること」を停止条件として、本件事務所の設計・施工を委任する契約を締結することを約していた(本件合意)。
イ 被告らの行為
 被告フランステレコム及び被告Yは、被告明豊を最終指名するため、原告設計図又は原告設計図上の情報を被告明豊に開示し、本件合意に付された上記停止条件の成就を故意に妨害した。また、被告明豊は、原告設計図を複製した被告設計図を作成することにより、本件合意に付された上記停止条件の成就を故意に妨害した。
 したがって、被告らは、原告に対し、債権侵害に基づく損害賠償義務を負う。
(被告らの反論)
 被告フランステレコムは、原告に対して「引合い」を申し出たものにすぎず、本件コンペを開催するに際し、原告に対して法的拘束力を有する義務を負う合意をしたことはない。
 また、被告フランステレコム及び被告Yが、被告明豊に原告設計図を開示したことはないし、被告明豊が原告設計図を複製したこともない。
(5) 争点5(被告フランステレコムが、商法512条に基づく報酬支払義務を負うか。)について 
(原告の主張)
 原告は、被告フランステレコムのために、原告設計図を作成した。原告の上記設計図の作成は、商人である原告の営業行為に属するものであり、商法516条の行為に該当する。
 したがって、原告は、被告フランステレコムに対し、商法516条に基づき、後記(6)の額の報酬請求権を有する。
(被告らの認否)
 否認ないし争う。
(6) 争点6(損害)について
(原告の主張)
 原告が被った損害は、以下のとおり合計2496万7646円である。
ア 逸失利益
 本件コンペにおいて、原告が最終的に指名され、本件事務所の設計及び施工を請け負った場合、請負金額は9983万8230円であり、経費を差し引いた原告の利益は、その2割に当たる1996万7646円である。
イ 慰謝料
 原告は、被告らの行為により、その業績を著しく傷つけられ精神的苦痛を受けた。これを金銭で慰謝するには、少なくとも金400万円が相当である。
ウ 弁護士費用
 原告は、本件訴訟の提起に当たり弁護士を依頼し、着手金及び報酬として各50万円、合計100万円を支払うことを約した。
(被告らの認否)
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告設計図は、原告設計図を複製ないし翻案したものに当たるか。)について
(1) 原告設計図の内容及び創作性の有無
ア 原告設計図の内容等
 証拠(甲2、5の1及び2、11)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 本件事務所の形状
 本件事務所の面積は、919.90平方メートル(268.26坪)であり、その形状は、北側の壁面が南側(建物内側)に「く」の字型に曲がり、南側の壁面(甲州街道に面している。)がゆるやかな弧状に南側(建物外側)へとふくらみ、全体として東西方向に長い変形5角形という特殊なものである。本件事務所内部には、北側壁面の曲線に沿うように、ゆるやかな「こ」の字形に曲がった耐火壁が既設されており、これにより本件事務所は、東西に細長い形状の北側部分(共用部分)と、事務所として自由にレイアウトできる南側部分とに区分されている。北側部分の中央には、本件事務所への出入口となるエレベーター及びエレベーターホール(エントランスホール)が設けられている。
(イ) 被告フランステレコムの指定した設計条件
 被告フランステレコムが、本件コンペの参加者に対して配布した、「FTJ/FTJ-Labs/Etrali move to Shinjuku July 2001 - version 2(FTJ・日本研究所・エトラリ 新宿への移転 2001年7月 バージョン2)」と題する書面(本件書面)には、本件事務所の設計に関し、以下の条件が示されている。
a FTJ、日本研究所及びエトラリそれぞれについて、独立したオフィス・スペース(専用部分)を設け、その面積を、FTJが215平方メートル、エトラリが145平方メートル、日本研究所が235平方メートルとする。
b 日本研究所の一部として、専用部分のほか、ラボ(120平方メートル)及びショールーム(80平方メートル)を設け、ショールームはFTJ、日本研究所及びエトラリが共同で使用する。
c 各専用部分及びショールームを除いた124.9平方メートルは、FTJ、日本研究所及びエトラリの共用部分とし、「マシンルーム(30平方メートル)」、「会議室(大、中、小)」、「レセプション」及び「インベントリウム」を設ける。なお、「インベントリウム」とは、社員が、リラックス、読書、話合い、意見交換などをしたり、昼食をとることができるスペースである。
d マシンルーム(コンピュータールーム)は、エトラリの専用部分と隣接するものとし、そのうち10平方メートルをFTJ用とする。
e FTJと日本研究所は、OA機器やインベントリウム等の共同使用をするため、その各専用部分は隣接するものとする。
(ウ) 原告設計図の内容
a 原告設計図1の内容
 原告設計図1は、「本件事務所のフロア面積の最大限の有効利用」という基本コンセプトの下、各専用部分から出入りできる北側部分を主たる通路として利用し、レイアウトが自由な南側部分内には極力通路は設けず、オフィス・スペース等として利用している。
 本件事務所の南側部分のうち甲州街道に面する側には、東側から順にエトラリの専用部分、マシンルーム(コンピュータールーム)、FTJの専用部分、日本研究所のラボ及び専用部分が配置され、最も西側の明治通りに面する部分全体がショールームとなっており、東端のエトラリからショールームまでは、北側部分(共用部分)を含むほぼ一直線の通路でつながっている。インベントリウムとして、専用のスペースは設けられておらず、上記ショールームの一部と、北側部分(共用部分)の通路の一部に設けられている。各専用部分同士は、それぞれ上記通路とほぼ垂直に交わる直線で区切られた長方形となっている(ただし、日本研究所の形状は、台形となっている。)。エントランス・ホールの西側(ショールームの北側)には、大会議室(カンファレンス・ルーム)が一つと、その南と東の壁面に接する形で小会議室(ミーティングルーム)がそれぞれ一つずつ設けられている。
b 原告設計図2の内容 
 原告設計図2は、@エントランス・ホール前の耐火壁の位置を変更したこと、A北側部分(共用部分)の通路の一部をインベントリウムとすることを中止したこと、B大会議室を南北2つの会議室に分割し、南の壁面に接していた小会議室の面積を縮小したこと、CFTJの専用部分内の机の配置を変更したこと、Dショールーム北側に新たに倉庫を設けたこと等、原告設計図1に修正を施した図面である。
イ 原告設計図の創作性について
(ア) 設計図は、そのすべてが当然に著作権法上の保護の対象となるものではない。設計図が著作物に該当するというためには、その表現方法や内容に、作成者の個性が発揮されていることが必要であって、その作図上の表現方法や内容が、ありふれたものであったり、そもそも選択の余地がないような場合には、作成者の個性が全く発揮されていないものとして、著作物には当たらないというべきである。
(イ) そこで、前記認定した事実を基礎として、原告設計図が著作物性を有するか、及び原告設計図の創作的な特徴部分はどこかについて検討する。
 上記認定のとおり、@原告設計図においては、特殊な形状の建物の内部設計について、顧客である被告フランステレコムから各専用部分や共用部分の種類、個数、面積、位置関係等に関して詳細な設計条件を付され、これらの設計条件に適合することが必要であるため、設計者が自由に選択できる事項としては、「各部屋及び通路の具体的形状」及び「全体の配置」などに限られていたこと、A原告設計図における表現方法は、極く一般の設計図において用いられる平面的な表現方法であって、表現方法における格別の個性の発揮はないこと、B本件事務所を、南側壁面に沿った3つのエリアと、西側壁面に沿った細長いエリアに分けるという発想は、正にアイディアそのものであって、この点が著作権法上の保護の対象となり得る表現とはいえないこと等の点を総合考慮すると、原告設計図において、創作性のある部分は、FTJ、日本研究所及びエトラリの各専用部分や各部屋及び通路等の具体的な形状及び具体的な配置の組合せにあるということができる。
(ウ) 以上のとおり、原告設計図は、著作権法上の保護の対象となる著作物といえるが、その創作性のある部分は上記の点に限られるというべきでるある。
 そこで、以下、被告設計図が原告設計図の創作性のある部分について、共通するか否かを検討する。
(2) 被告設計図の内容及び原告設計図との対比
ア 被告設計図の内容
 証拠(甲8、乙1)によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告設計図は、「FTJ、日本研究所及びエトラリの共通のロゴである被告フランステレコムのロゴ」を基本コンセプトに据えており、レイアウトが自由な南側部分内に、同ロゴに沿った曲線を描く、レセプションからショールーム、インベントリウム及びFTJの専用部分へと通じる通路を設けている。また、インベントリウムの壁面もロゴに沿って曲線を描いており、ショールームも、ロゴの形に合わせて、楕円形状である。
(イ) 本件事務所のうち甲州街道に面する側には、東側から順にエトラリ、FTJの各専用部分、インベントリウム、日本研究所の専用部分及びラボが配置され、最も西側の明治通りに面する部分がショールームへと通じる通路となっている。マシンルーム(コンピュータールーム)は、エトラリの専用部分と北側部分(共用部分)との間に設けられている。インベントリウムは、隣接する日本研究所の専用部分と一体となって半円形状の空間を構成している。同半円形状の空間の西側の壁面は、前記のとおり、入口前のレセプションから、南西角に設けられたショールームへと緩やかに曲がる通路となっており、その東側壁面は、レセプションやショールームから本件事務所北側の共用部分へと出ることなく、FTJの専用部分へと出入りできる通路となっている。エントランス・ホールの西側(ショールームの北側)には、西側壁面(明治通りに面する壁面)に対して斜めに大会議室が一つ(パーティションで2分されている。)配置され、その北東の辺に面して小会議室及び倉庫が設けられている。
イ 原告設計図と被告設計図との対比
 原告設計図と被告設計図とを対比すると、以下の点において相違する。
(ア) 被告設計図では、インベントリウムがFTJと日本研究所の間に配されているのに対し、原告設計図では、独立したインベントリウムは設けられていない。
(イ) 被告設計図では、インベントリウム、日本研究所の専用部分、ラボが一体となって半円形状の区画を形成し、その外壁がレセプションからショールーム、レセプションからFTJの専用部分へとつなぐ曲線状の通路となっている。これに対し、原告設計図では、日本研究所の専用部分及びラボは、隣接するショールーム及びFTJとは直線で区切られ、レセプションからFTJの専用部分への通路は、北側部分(共用部分)にしか存在しない。
(ウ) 被告設計図では、ショールームへの通路に接する壁面(日本研究所のラボの外壁)は、5枚のパネルが少しずつずれて弧を描くような形状である。
(エ) 被告設計図では、マシンルーム(コンピュータールーム)がエトラリの専用部分とその北側部分(共用部分)との間に配置されているのに対し、原告設計図では、エトラリとFTJの各専用部分の間に配置されている。また、マシンルームの配置が異なる結果、被告設計図におけるエトラリの専用部分の方が、原告設計図におけるよりも、東西方向の幅が広くなっている。
(オ) 被告設計図では、メイン・ショールームは楕円形であるのに対し、原告設計図では、円形である。
(カ) 被告設計図では、西側壁面(明治通りに面する壁面)に対して斜めに大会議室が配置され、事務所北側の共用部分との間に倉庫及び小会議室が配置されているのに対し、原告設計図では、西側壁面と北側部分(共用部分)に並行に大、中及び小会議室が、小会議室南側に倉庫が、それぞれ配置されている。
ウ 複製ないし翻案の有無についての判断
 上記のとおり、被告設計図と原告設計図を対比すると、各専用部分や通路の具体的な形状及び具体的配置の組合せにおいて大きく異なるから、被告設計図は、原告設計図と実質的に同一であるということはできず、また、原告設計図上に表現された創作性を有する特徴的部分である具体的形状及び配置の組合せを感得することもできない。
 確かに、被告設計図と原告設計図とは、全体の基本的配置、すなわち、本件事務所の南側部分を、南側壁面に沿った3つのエリア及び西側壁面に沿った南北に細長いエリアとに分け、そのうち西側壁面に沿った部分にショールーム及び会議室を配し、南側壁面に沿った3つのエリアを一番東側から順にエトラリの専用部分、FTJの専用部分、日本研究所の専用部分としたという点において、共通する。しかし、上記共通点は、原告設計図上のアイディア又は創作性を有しない部分であるというべきであるから、前記の認定を左右するものとはいえない。
 したがって、被告設計図が原告設計図の複製ないし翻案したものに該当するとの原告の主張は理由がない。
2 争点2(被告らが、原告の営業秘密を不当に開示し又は不正に使用したか。)について
(1) 事実認定
 証拠(甲1の1及び2、7、11、乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、本件コンペの経緯について、以下の事実が認められる。
ア 原告が、平成13年5月28日の第1回プレゼンテーション及び同月31日の第2回プレゼンテーションにおいて提出した原告設計図1及び2は、いずれも、甲州街道に面する側面に、東側から順にエトラリ、FTJ、日本研究所の各専用部分を配置し、最も西側の明治通りに面する部分全体にショールームを配置する設計となっていた。原告が2度目のプレゼンテーションを実施したのは、被告フランステレコムから、@原告設計図1が、本件事務所内の耐火壁を取り払った設計となっているが、本件事務所の賃貸人からは撤去が禁止されているため、この点を変更して既存の壁面を前提とした設計とすること、A原告設計図1は、本件書面で設計の条件となっていたインベントリウムを、ショールーム内及び北側部分(共用部分)の通路の一部に設けているだけであったため、独立した「インベントリウム」を設け、既存の通路部分を利用しないこと、B大会議室を2つに分割して利用できるようにすること、CFTJの専用部分において、各机にパーティションが入るようにすること、Dショールームに倉庫を設けること、E見積書の詳細を明示すること、Fスケジュール表を作成すること、について要請を受けたからである。しかし、上記要請にもかかわらず、原告設計図2においてもなお、インベントリムはショールームの一部に設けられたままであり、独立した空間は設けられなかった。
イ 一方、被告明豊が、平成13年5月28日の第1回プレゼンテーション及び同月30日の第2回プレゼンテーションにおいて提出した被告設計図1及び2は、いずれも、本件事務所のうち甲州街道に面する側面に、東側から順に日本研究所の専用部分、インベントリウム、FTJの専用部分及びショールームが配置され、エトラリの専用部分及びマシンルーム(コンピュータールーム)は、レセプションとショールームとをつなぐ通路の北側(明治通り側)に、通路を挟んでFTJの専用部分と向かい合う形で配置されていた。被告明豊が2度目のプレゼンテーションを実施したのは、被告フランステレコムから、被告設計図1に、@中規模な会議室を設けること、Aエトラリに既存のスライド式倉庫を設置すること、BFTJの倉庫部分を小さくすること、C見積書の詳細を提示することについて要請を受けたからである。 
ウ 本件事務所移転プロジェクトのアドバイザーであるF、T及び被告Yは、平成13年5月31日ころ、第2回プレゼンテーションの結果を踏まえ、本件書面に記載された評価項目である、@予算(見積金額)、Aコミュニケーションの容易さ、B資格(信頼性)、C被告フランステレコムのニーズの理解度合い、Dアイデア・革新性、Eプロジェクトに対する熱意、Fアフターケア、G下請業者の管理プロセス、Hスケジュールへのコミットメントの9項目ごとに、原告と被告明豊を、評価(各項目につき5点満点)し、比較したところ、37点対24点で、被告明豊が原告よりも高く評価された。
 ところが、そのころ、エトラリの代表者であるDが、被告設計図2について、エトラリの専用部分が明治通り側に配置されているという点に強い不満を示したため、被告Yは、被告明豊に対し、エトラリの専用部分の配置を甲州街道側に変更した設計図を新たに作成するよう求めた。
エ 被告明豊は、被告らの要求に応じて、平成13年6月1日、エトラリの専用部分の配置を変更し、甲州街道に面する南側部分に、東側から順にエトラリ、FTJ、インベントリウム、日本研究所の各専用部分を配置し、西側の明治通りに面する部分をショールームへと通じる通路へと変更した被告設計図3を作成し、これを提出した。
 なお、エトラリの専用部分が、甲州街道に面する南側部分のうち最も東側に配置されたのは、以下の理由による。すなわち、エトラリの専用部分は、マシンルーム(コンピュータールーム)と隣接することが本件書面上の設計条件となっていたところ、マシンルームについては、火災の際にスプリンクラーを利用した消火方法を用いるとデータに損害を与えるおそれがあるため、ガスを利用した消火方法を採用することが予定されており、その際のガスの換気のためには、マシンルームを建物の端に位置することが望ましかったためである。また、マシンルームの一部がFTJの利用部分であったため、FTJの専用部分はエトラリに隣接して配置された。
オ 被告設計図3は、被告設計図1及び2とは、上記のとおり各専用部分の配置が異なるが、いずれの設計図も、被告フランステレコムのロゴを基本コンセプトとした点、すなわち、FTJと日本研究所の各専用部分の間にインベントリウムが設けられ、インベントリウムと隣接する専用部分とが一体となって半円形状の区画を形成し、その壁面の外側にグラデーションがつけられ、レセプションからショールーム、FTJの専用部分、日本研究所の専用部分及びインベントリウムへと出入りできる曲線状の通路となっているという点は同じであった。
カ 本件事務所の移転プロジェクトにおける評価委員会を構成する被告フランステレコムの代表者J、エトラリの代表者D、日本研究所の責任者であるCは、平成13年6月1日、それぞれ被告設計図3を検討したところ、同図面は、Dの前記要求を満たすものであったため、本件事務所の設計及び施工を被告明豊に依頼することを決定した。
(2) 営業秘密の不当開示又は不正開示に関する判断
ア 上記認定したとおり、被告フランステレコムは、被告明豊に対して、「エトラリの専用部分を甲州街道側に配置する」という事項を示している。
 この点について、原告は、「エトラリの専用部分を甲州街道側の壁面に配置すること」という事項は、不正競争防止法2条4項所定の「営業秘密」に該当し、被告フランステレコムが、原告設計図から得た情報を被告明豊に開示することは、不正競争行為に当たると主張する。
 しかし、「エトラリの専用部分を甲州街道側の壁面に配置する」という事項は、以下のとおり、同法2条4項所定の「営業秘密」に当たるということはできない。
 すなわち、不正競争防止法は、「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と規定する(2条4項)。本件コンペにおいては、施主である被告フランステレコム側が、建物全体の形状及びその内部に設ける部屋の種類、面積等の設計条件をあらかじめ示した上で、設計図を作成させているため、選択し得る配置は限られたものとなっていたのであって、このような制約を前提として、設計者である原告が、そのうち一つの配置を選択したとしても、その配置は、施主側が示した設計条件と相まって決められたものである。本件のこのような経緯に照らすならば、「エトラリの専用部分を甲州街道の壁面にする」というような事項は、これをもって原告が本件コンペにおいて選考される上で重要な価値を有するものとはいえないから(通常の施主は、これらの条件を満たす全体を総合評価して選考するものと解される。)、設計者の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報に当たるということはできない。
イ 以上に対し、原告は、被告フランステレコム及び被告Yが、被告明豊に対し、原告設計図を直接開示して、エトラリの配置だけではなく、原告設計図上に表現された一切の情報を開示したものとも主張する。
 しかし、かかる事実を認めるに足りる証拠はないし、仮に、被告らが原告設計図を開示した事実があるとしても、前記1(2)判示のとおり、被告設計図と原告設計図上の設計内容が、その具体的な形状及び具体的配置の組合せにおいて類似しておらず、全体の基本的配置の点しか一致していないことからすれば(抽象的な配置に関する情報を伝える行為が不正競争行為に当たらないことは上記判示のとおりである。)、かかる開示行為により、原告が、何らかの損害を被ったことを認めることはできない。
ウ 以上のとおりであって、被告らが、原告の営業秘密を不当に開示し又は不正に使用して、被告設計図を作成したということはできず、被告らに対する不正競争防止法2条1項7号及び8号、4条に基づく損害賠償請求の主張は理由がない。
3 争点3(秘密保持義務違反及び公正に選考する義務違反の有無) 
(1) 発注義務違反について
ア 原告は、原告が本件コンペに参加するに際し、被告フランステレコムと原告との間では、「原告が選考されることを条件として、被告フランステレコムが本件事務所の設計・施工を原告に発注する」旨の停止条件付請負契約がされたことを前提に、同被告に契約不履行があった旨主張する。
イ しかし、以下のとおり、被告フランステレコムと原告との間において、原告の主張に係る上記の合意が成立したとはいえない。
 すなわち、証拠(甲5の1及び2)によれば、被告フランステレコムが、本件コンペに際し、原告、被告明豊及びインターアームに配布した本件書面には、本件事務所の設計条件、評価者、評価項目、スケジュール等が記載されていたものの、請負金額についての条件は定められていなかったこと、本件コンペの最終指名者の決定は、被告フランステレコム及びエトラリの代表者らから構成される評価委員会にゆだねられていたこと、被告フランステレコムが、原告に対して本件書面を示して本件コンペへ参加を勧誘した時点においては、設計図の具体的内容はもちろんのこと、見積金額も決まっていなかったことが認められる。
 上記の認定事実によれば、本件コンペは、施主である被告フランステレコムが、本件事務所の設計及び施工の受注を希望する複数の業者に設計書及び見積金額を明示した申込みを行わせた上で、施主側の評価が高い者がいた場合は、その者と契約交渉を行うという趣旨で実施されたものであり、被告フランステレコムの原告に対する勧誘行為は、いわゆる申込みの誘引にすぎないと解するのが相当である。したがって、設計・施工の具体的内容が不確定な段階での勧誘行為が、「原告が選考されることを条件として、被告フランステレコムが本件事務所の設計・施工を原告に発注する」旨の条件付請負契約の申込みに当たるということはできず、同被告と原告との間で本件事務所の設計・施工の発注に関し何らかの法的拘束力のある合意が成立していたとは認められない。
 以上のとおり、原告のこの点の主張は、その前提において失当である。
(2) 公正な選考義務違反又は守秘義務密務違反について
ア 原告は、原告が本件コンペに参加するに際し、被告フランステレコムと原告との間で、@被告フランステレコムが、あらかじめ書面で示したとおりの条件・評価基準に基づいて公正に選考を行うこと、及びA被告フランステレコムが、原告が提出した設計図及び情報について守秘義務を負うことを内容とする合意が成立したことを前提に、同被告に契約不履行があった旨主張する。
 しかし、以下のとおり、被告フランステレコムと原告との間において、上記の合意が成立したか否かはさておき、同被告には、原告主張に係る公正選考義務違反ないし守秘義務違反はなかったものということができる。
イ 前記認定のとおり、本件コンペにおいては、本件書面に定められた本件事務所移転プロジェクトのアドバイザーらが、第2回プレゼンテーションの結果を踏まえて本件書面記載の評価項目ごとに原告と被告明豊を評価、比較したところ、被告明豊が原告よりも高い評価を得て、最終的には、本件書面に定められた評価委員会が被告明豊を指名することを決定したものであり、同決定が、本件書面の条件に違背したものであったことを認めるに足りる証拠はない。
 また、被告フランステレコムが、プレゼンテーションを2回にわたって要求したことも、上記認定の経緯のとおり合理的な理由に基づくものであり、一般のコンペにおいて通常許される予定変更の範囲を超える不当なものとはいえない。
 さらに、被告フランステレコムが、第2回プレゼンテーション後に、被告明豊に対し、エトラリの専用部分を甲州街道側に変更するよう指示したことは、前記認定のとおりであるが、施主が、自己の建物内の配置についての希望を述べることは、設計の依頼時に限らず自由に許されるべきであるから、かかる要望を被告明豊に伝えたことが公正に選考する義務に違反したものであるということはできない。
ウ また、本件書面(甲5の1、5の2)には、「コーディネーション」との表題の下、「FTJは下記のルールに従って情報のコミュニケーションを行う:」、「→特定のアイデア及びコンセプトは開示せず、秘密を維持する。(specific ideas and concepts will be kept confidential)」(30頁)との記載があることが認められる。仮に、Dが「エトラリの専用部分を甲州街道側の壁面に配置する」という要望を持つようになったのが、原告設計図上の配置を見た後であるとしても、上記のとおり、原告設計図上の各専用部分等の配置、すなわち、本件事務所に、どのような位置関係で各専用部分等を配置するかという程度の抽象的で、かつ、施主側から与えられた要望と相まって決められた事項は、本件書面で秘密保持の対象となるような「特定のアイデア」に当たると解することもできない。
 以上のほか、被告フランステレコムが、被告明豊に対し、エトラリの配置に関する事項以外の原告設計図上の特定の情報を開示したことを認めるに足りる証拠はないし、仮に、被告らが原告設計図自体を開示したとしても、前記1(2)判示のとおり、被告設計図と原告設計図上の設計内容が、その具体的な形状及び具体的配置の組み合わせにおいて類似しておらず、全体の基本的配置の点しか一致していないことからすれば、かかる開示行為により原告に何らかの損害が生じているとは認められない。
4 争点4(被告らが、債権侵害に基づく損害賠償義務を負うか。)について 被告フランステレコムと原告との間で、「原告が本件コンペにおいて最終的に選考されること」を停止条件として、本件事務所の設計・施工を委任する契約を締結する旨の合意(本件合意)が成立していたと認められないことは、前記3(1)判示のとおりである。
 したがって、被告らの不法行為(債権侵害)に基づく原告の主張は、その前提を欠き、理由がない。
5 争点5(被告フランステレコムが、商法512条に基づく報酬支払義務を負うか。)について
 前記認定のとおり、本件コンペは、施主である被告フランステレコムが、本件事務所の設計及び施工の受注を希望する複数の業者に設計書及び見積金額を明示した申込みを行わせた上で、施主側の評価が高い者がいた場合は、その者と契約交渉を行うという意図で行われたものであることは明らかであり、原告も、自分が最終指名されなかった場合には、設計図作成に対する報酬は請求できないことを承知の上で、本件コンペに参加したものである(原告の主張においても、本件合意の内容として、「他のコンペ参加者が選考された場合には、原告は設計料を含む費用の請求ができない」旨合意したことを自ら主張している。)。
 したがって、原告の商法512条に基づく報酬支払請求は理由がない。
6 以上によれば、原告の請求は、その余の点を検討するまでもなく、いずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 大寄麻代
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