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【事件名】スカイダイビング写真事件(2)
【年月日】平成15年2月26日
 東京高裁 平成14年(ネ)第3296号、同年(ネ)第4561号 損害賠償等請求控訴、同附帯控訴事件
 (原審・さいたま地裁平成12年(ワ)第1177号)
 (平成14年12月11日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(附帯被控訴人) A
控訴人(附帯被控訴人) 株式会社フリーフライトジャパン
被控訴人(附帯控訴人) B
訴訟代理人弁護士 富田均
同 岩谷彰


主文
 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)らの、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
(控訴の趣旨)
1 原判決中、控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(附帯控訴の趣旨)
1 原判決主文第1項を次のとおり変更する。
2 控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して277万6000円及びこれに対する平成12年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1、2審とも控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
 被控訴人は、控訴人A(以下「控訴人A」という。)が代表者を務める控訴人株式会社フリーフライトジャパン(以下「控訴人会社」という。)が主催する本件スカイダイビングに指導員等として継続的に参加し、スカイダイビング中の参加者等の写真撮影等を行い、収入を得ていたところ、控訴人会社の売上金在中のバッグの紛失事件の犯人であるとして控訴人Aから追及されるなどしたため、その後の本件スカイダイビングへの参加を断念した。本件は、被控訴人が、控訴人らに対し、控訴人らの上記行為について名誉毀損等の不法行為による損害賠償を求めるとともに、被控訴人撮影の写真を控訴人会社が本件カレンダーの印刷に無断で複製利用したとして、控訴人らに対し、著作権(複製権)侵害による損害賠償を、控訴人会社に対し、写真複製の差止め並びに写真プリント及びそのネガフィルムの各引渡しを求め、原判決が、各損害賠償請求及び写真プリント引渡請求をいずれも一部認容し、差止め請求を認容し、ネガフィルム引渡請求を棄却したため、控訴人らにおいて、原判決中、上記各認容部分の取消しを求めて控訴し、被控訴人において、損害賠償の認容額の増額を求めて附帯控訴(ただし、損害賠償請求中、附帯控訴の趣旨第2項記載の額を超える部分は当審において請求減縮)した事案である。
 なお、被控訴人の控訴人会社に対する請求中、附帯控訴の趣旨から除外された、原判決別紙写真目録7記載の写真プリントの引渡請求及び同目録1ないし7記載の各写真のネガフィルムの引渡請求は、いずれも当審における審判の対象外である。
 当事者の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決「事実」欄の「第2 当事者の主張」のとおりである(ただし、原判決3頁21行目〜22行目の「呼出し応じて」を「呼出しに応じて」に、6頁3行目の「使用料」を「利用料」に、9頁1行目、8行目、21行目及び10頁7行目の「使用」をいずれも「利用」に、10頁7行目の「許諾をした」を「許諾した」にそれぞれ改める。)から、これを引用する。
1 控訴人らの当審における主張
(1) 控訴人Aが、平成10年8月5日、控訴人会社事務所に来た被控訴人に対し、本件紛失事件の犯人であると断定して執ように追及したり、金を返せなどと詰問した事実はなく、同月8日及び9日に本件スカイダイビンの指導員等の仕事の割当てを被控訴人にしてはならない旨を控訴人会社の割当担当者に指示したり、同月16日に数名のインストラクターの面前で被控訴人の名誉を毀損する行為に及んだような事実もない。被控訴人は、自己の意思で、藤岡公園における本件スカイダイビングに参加することをやめたものである。スカイダイビングは、一歩間違えば死亡事故につながりかねない危険なスポーツであり、参加者らを指導するインストラクター、指導員等は、技術の習熟はもとより、人間として信頼できること、仲間と良好な人間関係を形成できることなど様々な適格要件が要求されるから、控訴人会社の代表者として責任ある立場にある控訴人Aとしては、その指導、教育、監督に当たり、非常に厳しい要求をし、時には声を荒げることもあるのは当然であって、このようなスカイダイビングの特殊性を理解せずに、安易に控訴人らの不法行為責任を肯定した原判決の認定判断は不当である。
(2) 被控訴人は、控訴人会社が本件各写真を本件カレンダーの印刷に複製して利用することを許諾していた。
2 被控訴人の当審における主張
(1) 控訴人らの上記主張は争う。
(2) 原判決の認定した損害額は低額にすぎ不当である。
ア 慰謝料について
 被控訴人は、理由なく本件紛失事件の犯人と断定されて名誉を毀損され、このことが広くスカイダイビング関係者に流布されたにもかかわらず、その名誉回復手段としては本訴の提起しかなかったこと、控訴人Aは、被控訴人の名誉侵害行為を継続しており、原判決の言渡し後も不合理な弁解に終始し、全く反省が見られず、被控訴人の人格攻撃にまで及んでいること、被控訴人は、不当に職を奪われ、その職が特殊かつ限定された関係者の範囲内のものであるところから、別の場所で同種のアルバイトに就くことが著しく困難であることなどの諸事情を総合すれば、控訴人らの名誉毀損による不法行為による慰謝料としては、100万円を下らないというべきである。
イ 逸失利益について
 原判決の認定した被控訴人の平均収入額1か月24万円は、週末を利用した高々8日〜10日分の仕事に対する対価であり、しかも長期間参加していない期間も含めた上での平均額であるから、1日当たりの収入額としては通常のアルバイトに比べて著しく高額であるが、これはスカイダイビングの指導員及び空中撮影という特殊技術を利用した仕事の特殊性によるものである。加えて、被控訴人が、上記のとおり、別の場所で同種のアルバイトに就くことが著しく困難な立場にあることなどを考慮すれば、控訴人らの不法行為と相当因果関係にある被控訴人の逸失利益による損害は、1か月24万円につき半年分の合計144万円を下らないものと認めるべきである。
ウ 著作権(複製権)侵害による損害について
 控訴人会社が本件各写真を本件カレンダーの印刷に複製利用するに当たり、被控訴人との間で利用権を設定することは考えられないから、被控訴人が本件各写真の著作権(複製権)の行使につき受けるべき利用料は、北関東カラーの貸出価格1枚4万8000円を基礎とすべきであり、また、本件写真1〜6をどのように掲載するかは掲載者自身の決めることであって、貸出しの際においてその間に差異はないはずであるから、本件写真1〜6についても本件写真7と同様の利用料を定めるべきである。そうすると、本件各写真の著作権(複製権)侵害による損害額は、結局、原審主張額に係る33万6000円というべきである。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する請求は、原判決の認容した限度において理由があり、これを正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決17頁7行目の「使用」を「利用」に、8行目の「複製使用」を「複製利用」に、18頁4行目の「版権使用料」を「著作権利用料」に、同頁5行目の「使用料」を「利用料」にそれぞれ改める。
(2) 同18頁7行目の「原告は」から15行目までを次のとおり改める。
 「本件各写真は、被控訴人が、本件スカイダイビングに参加していた当時、自らもスカイダイビングの体勢をとり、頭部ヘルメット上に固定したカメラを手元で遠隔操作して、同じくスカイダイビング中の他の参加者等を空中で撮影した写真であって、その際、被控訴人は、事前に、地上の光量と上空の光量との違い、撮影すべき写真の構図及びシャッターチャンス、順光・逆光の選択等その撮影効果を検討、想定し、カメラの露出をセットするなどの準備をした上、スカイダイビング中において、自己及び撮影依頼者の安全に注意し、あらかじめ検討、想定した被写体との距離及び位置関係を保てるよう自己の位置を調整し、最も効果的な構図でシャッターを切る工夫をして撮影したものである。そうすると、本件各写真は、被控訴人において、上記諸要素を考慮して撮影効果を工夫し、自ら構図を決定し、シャッターチャンスをとらえて撮影した写真であるから、被控訴人の思想又は感情を一定の映像によって創作的に表現したものとして著作物性を有するというべきである。
 控訴人らは、本件各写真が写真の著作物と認められるだけの創作性に欠けると主張し、その根拠として、スカイダイビング中の参加者の姿を単に撮影した記念写真にすぎないこと、撮影の過程には何ら独創的な工夫がされておらず、カメラという機械のメカニズムを利用して被写体を忠実に再製しただけのものであることを指摘するが、前者の点は、それ自体として著作物性を否定する根拠となるものではないし、また、本件各写真が、単なる機械的なメカニズムによる被写体の忠実な再製にとどまらず、独自の創作性を有し、その著作物性を優に肯定し得ることは上記のとおりであるから、控訴人らの主張は採用の限りではない。」
(3) 同18頁19行目から19頁1行目までを次のとおり改める。
 「被控訴人は、控訴人らの著作権(複製権)侵害による損害賠償として、平成12年法律第56号による改正前の著作権法114条2項所定の『著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額』の支払を求めているが、同規定の『通常』の文言は上記改正により削除され、本件においても、改正後の規定が適用されることは明らかであり、弁論の全趣旨に照らし、被控訴人の主張の趣旨とするところも、これと殊更別異の前提に立つものではないと解されるから、改正後の規定に基づく、本件各写真の著作権(複製権)の行使につき被控訴人が『受けるべき金銭の額』について判断する。この点について、被控訴人は、本件各写真1枚当たりの利用料は4万8000円であると主張するが、被控訴人は、写真専門雑誌等においてスカイダイビング写真に関するカメラマンとして紹介されたことがあり、日本写真エージェンシー協会会員である北関東カラーに会員登録し、同社に対し、貸出用のスカイダイビング写真を提供していること、北関東カラーにおいては、枚数もののカレンダーに係る貸出写真1枚当たりの一社一用途一回の著作権利用料を4万8000円と設定しており、この場合に被控訴人に対して支払われる利用料は1枚当たり3万円であること、本件カレンダーは、控訴人会社が、本件スカイダイビング参加者らからの要望に応じて、相当部数作成したもので、表紙1枚、各月毎1枚の合計13枚の用紙によって構成され、表紙には19枚の小判の写真が、各月分には各1枚の大判の写真が印刷されていること、本件写真1〜6は、その表紙部分に印刷された写真のうちの6枚として、本件写真7は、2月分の写真としてそれぞれ複製利用されていることは、上記認定のとおりである。以上の各事実に照らせば、被控訴人が本件各写真の著作権(複製権)の行使につき『受けるべき金銭の額』は、本件写真1〜6については各1万円、本件写真7については3万円と認めるのが相当である。」
2 控訴人らの当審における主張に対する判断
(1) スカイダイビングのスポーツとしての特殊性、控訴人会社における控訴人Aの地位ないし立場など控訴人らの主張する点を参酌しても、本件紛失事件を原因とする控訴人らの被控訴人に対する名誉毀損等の不法行為責任を肯定した原判決の認定判断を左右するに足りない。
(2) 控訴人らは、被控訴人が、控訴人会社において本件各写真を本件カレンダーの印刷に複製利用することを許諾していた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
3 被控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 被控訴人は、控訴人らの被控訴人に対する名誉毀損等の不法行為による慰謝料の額として原判決の認定した50万円が低額にすぎ不当である旨主張するが、その根拠としてるる主張するところを勘案しても、原判決認定の事実関係の下においては、原判決の認容額が、控訴人らの上記不法行為により被った被控訴人の精神的苦痛を慰謝するに足りないものということはできず、被控訴人の主張は採用することができない。
(2) 被控訴人は、控訴人らの上記不法行為による被控訴人の逸失利益損害として相当因果関係にある額は、平均収入額1か月24万円につき半年分の合計144万円を下らない旨主張する。しかし、本件スカイダイビングにおける控訴人会社との関係における被控訴人の地位は、不法行為法上なお保護に値する法的地位ではあるが、継続的な雇用契約に基づくものではなく、その日単位の単発的な地位に過ぎないこと、被控訴人が本件スカイダイビングに指導員等として参加した期間は平成9年3月から平成10年8月までの短い期間であること、この間、被控訴人が本件スカイダイビングに参加して得た収入は、天候、季節、参加希望者数の多寡等による影響を受ける不安定なものであり、1か月24万円という額も、平成9年6月から1年間の平均値にすぎないことに加え、控訴人らの加害態様等を総合すると、被控訴人の主張する、スカイダイビングの指導員及び空中撮影という特殊技術を利用した仕事の特殊性等を考慮しても、上記の平均収入額の1か月分相当額を基礎として算定した原判決の認容額が低額に過ぎるということはできず、被控訴人の主張は採用の限りではない。
(3) 被控訴人は、さらに、本件各写真の著作権(複製権)の行使につき受けるべき利用料は、本件各写真全部につき、北関東カラーの貸出価格である1枚4万8000円を基礎とすべきであると主張するが、被控訴人が本件各写真の著作権(複製権)の行使につき「受けるべき金銭の額」の算定基礎となる単価相当額を、本件写真1〜6については各1万円、本件写真7については3万円と認定するのが相当であることは、上記のとおり補正して引用した原判決の認定判断のとおりである。被控訴人の主張する、被控訴人と控訴人会社間における本件各写真の複製利用に係る利用権の設定可能性の有無及び本件各写真の掲載態様についての掲載者の裁量いかんは上記認定判断を左右するものではない。
4 以上のとおり、原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴及び被控訴人の本件附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 岡本岳
 裁判官 長沢幸男
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