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【事件名】無洗米製造機中傷事件 【年月日】平成15年2月20日 東京地裁 平成14年(ワ)第3965号 不正競争行為差止請求事件 (平成14年11月26日 口頭弁論終結) 判決 原告 株式会社サタケ 訴訟代理人弁護士 牧野利秋 同 鈴木修 同 伊藤玲子 同 木村耕太郎 補佐人弁理士 増井忠弐 被告 株式会社東洋精米機製作所 訴訟代理人弁護士 藤田邦彦 主文 1 被告は、次の各行為を行ってはならない。 (1) 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに使用する熱付着材にシアンが含まれ人体に有害である旨を文書又は口頭で原告の顧客に告知し、又は一般に流布すること。 (2) 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれ、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客に告知し、又は一般に流布すること。 (3) 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRが人体に有害であり、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客に告知し、又は一般に流布すること。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 被告は、次の各行為を行ってはならない。 (1) タピオカにシアンが含まれ人体に有害である旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること。 (2) 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに使用する熱付着材にシアンが含まれ人体に有害である旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること。 (3) 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれ、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること。 (4) 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRが人体に有害であり、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること。 2 訴訟費用は、被告の負担とする。 第2 事案の概要 原告は、精米機械装置等の製造販売を業とする株式会社であり、被告は、精米装置の製造等を業とする株式会社である。 本件は、被告が、原告が製造販売する無洗米製造装置を使用している顧客である精米業者に対し、同装置に用いられるタピオカに猛毒のシアンが含まれているなどの内容の通知書を送付したことから、原告が、被告の同行為が不正競争防止法2条1項14号の虚偽事実の告知・流布に当たるとして、その告知・流布することの差止めを求めている事案である。 1 争いのない事実 (1) 原告は、精米機械装置、農業機械器具等の製造販売を業とする株式会社である。被告は、精米装置の製造等を業とする株式会社である。 (2) 原告は、平成3年ころから無洗米製造装置を製造販売しており、平成12年6月ころからは「NTWP」(ネオ・テイスティ・ホワイト・プロセスの意)という型式名の無洗米製造装置を、製造販売している。同装置で製造された無洗米は、主として「TWR」(テイスティ・ホワイト・ライスの意)という商品名で販売されている。 NTWP装置による無洗米の製造方法は、概要、通常の精米機で処理した精白米に水を噴霧し、これに約100℃に熱した粒状のタピオカを混ぜて撹拌し、米肌に残った糠あるいは分離されて研ぎ汁に出た糠をタピオカに付着させ、糠の付着したタピオカを米から分離・除去して、無洗米を製造するというものである。 (3) タピオカは、キャッサバという芋から精製した澱粉であり、タピオカ澱粉ともいう。タピオカは、キャッサバの根を洗い、砕き、水中に沈殿させ、何度も水を換えてさらした上、脱水し、乾燥して精製する。タピオカの原料であるキャッサバの根(特に表面付近)には、ある種の酵素と反応して分解された時にシアン(HCN)を生ずる青酸配糖体という物質が含まれており、キャッサバをそのまま生で食べることは好ましくないとされている。 (4) 被告は、平成3年8月ころから、無洗米製造装置を製造し、「洗っているお米」等の名称で、無洗米を委託加工して自ら又は関係会社により製造販売している。 (5) 無洗米は、米の最終需要者において米を洗わずに(研がずに)炊飯することを可能にするものであり、近年、レストラン業、弁当製造業、炊飯センター(給食用、弁当用等に炊いた飯を販売することに特化した業者)をはじめとする外食産業等の大口需要者や、生活協同組合、スーパーマーケットを通じて米を購入する一般消費者を中心として、全国各地で需要が急拡大している。原告と被告との間には、無洗米をめぐって係争があり、多くの訴訟事件が係属中である。 (6) 被告は、いずれも原告の製造販売したNTWP装置を設置して無洗米TWRを製造している精米業者である、株式会社むらせに平成13年5月17日付けで、株式会社新潟ケンベイ及び鳥取パールライス株式会社に同月18日付けで、原告のNTWPに言及した書簡を送付した。また、被告は、上記と同様の精米業者である全農東日本パールライス株式会社に同年5月9日付けで、その親企業である全国農業協同組合連合会(以下「全農」という。)に同月16日付けで、いずれも同様の内容の書簡を送付した。 上記の各書簡には、上記各社が熱付着材として使用しているタピオカにつき被告の依頼により行われたものであるとして、シアン含有量の分析試験の結果が添付されていた。 2 争点 被告が前記1(6)記載の各社に送付した書簡の内容が不正競争防止法2条1項14号にいう虚偽の事実の告知・流布に当たるか、なかでも (1) 被告の告知した事実の内容(争点1) (2) NTWP装置に使用されているタピオカに「猛毒のシアンが含まれている」といえるか、また、「無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている」といえるか(争点2)。 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(被告の告知した事実の内容)について (1) 原告の主張 ア NTWP装置における洗米方法 原告のNTWP装置は、通常の精米機で処理した精白米にごく少量の水を噴霧し、これに約100℃に熱した粒状のタピオカを混ぜて撹拌し、米肌に残った糠をタピオカに付着させ、糠の付着したタピオカを米から分離・除去して、無洗米を製造することを特徴とする製法である。 イ 被告が送付した書簡の内容 被告が、前記争いのない事実(前記第2、1(6)記載)の、精米業者らに送付した書簡の内容は、概要、次のようなものである。 @ タピオカには猛毒のシアンが含まれている。 A 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに使用するタピオカ(熱付着材)にも猛毒のシアンが含まれている。 B 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている。 C 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRを継続的に摂取するとシアンが人体に蓄積し、将来重大な支障を招くおそれがある。 ウ 上記以外に被告が行った行為 (ア) 平成13年5月上旬、生活クラブ連合会の連合消費委員会委員であるB氏及びC氏に対し、上記イの@の内容のほか、(一)NTWP装置で製造された無洗米にはタピオカ澱粉からシアンが移っている、(二)NTWP装置で製造された無洗米をわずかな量でも毎日食べ続けると重い中枢神経障害を起こす、という内容の差出人不明の怪文書が送付された。この差出人が被告代表者であるA氏又はその意を受けた人物であることは容易に推測できるところである。 (イ) 平成13年4月から5月にかけ、被告代表者であるA氏は、北海道のホクレン(北海道全域を対象とする全農傘下の農業協同組合)をはじめとする、NTWP装置の導入を検討している原告の潜在的顧客や、大阪府の泉市民生協をはじめとするNTWP装置による無洗米を取り扱い、又はその導入を検討している小売業者を次々と訪問し、前記各書簡同様イ@ないしCの趣旨を口頭で告知した。 (2) 被告の主張 被告は、株式会社むらせに送付した書簡には、「食品製造業者がTWRの加工に用いている熱付着材(タピオカ)に、猛毒のシアンが含まれている」とは記したが、「原告の製造販売する無洗米装置NTWPに使用するタピオカ(熱付着材)に猛毒のシアンが含まれている」とは記していない。また、「食品製造業者(被通知者)が製造販売しているTWRには、熱付着材のシアンの内、相当な量が移ったと考えられる」及び「TWRにシアンが付着しているおそれがある」と記しているが、「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米には、熱付着材から移転したシアンが含まれている」と断定して記していない。また、「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRを継続的に摂取するとシアンが人体に蓄積し、将来重大な支障を招くおそれがある。」と記したのでなく、「TWRを継続摂取の場合は、将来重大な支障を招くおそれがあり、‥‥TWRの安全性について調査されるよう強く進言申し上げてきた」と記したのである。 生活クラブ連合会のB氏に送られた書簡は、被告や被告代表者とは無関係である。 原告の主張する、ホクレンや泉市民生協への被告代表者の訪問も事実に反する。ホクレンは以前から被告が無洗米装置を納入している顧客であり、同組合との契約上の問題で訪問したのであり、泉市民生協も被告の無洗米を製造販売している業者で、契約上の問題で被告を訪問してきたのである。被告は、原告主張のような業者に対する訪問や告知はしていない。 2 争点2(NTWP装置に使用されているタピオカに「猛毒のシアンが含まれている」といえるか、また、「無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている」といえるか)について (1) 原告の主張 被告の告知・流布した事実の虚偽性について ア タピオカについて タピオカとは、キャッサバという芋から精製した澱粉を意味し、タピオカ澱粉ともいう。タピオカは、キャッサバの根を洗い、砕き、水中に沈殿させ、何度も水を換えてさらした上、脱水し、乾燥して精製する。粉状のタピオカフラワー、粒状のタピオカパールなどがあるが、タピオカパールを作る場合には、いったん乾燥させたものに再び水を加え、粒状に整形し、再び乾燥して整形する。タピオカは、粒子が大きくて精製しやすく、糖化力その他すぐれた点も多く、利用範囲の広い良質なでんぷんとされる。南アメリカ、アフリカ、東南アジアなどの広い地域で生産され、主食として利用している国も多い。料理にはタピオカパールの高級品が用いられ、ゆでてスープの浮実にするほか、鶏卵、牛乳、砂糖などを加えてタピオカプディングを作り、デザートなどにする。料理用のほか、医薬品、調味料、食品加工原料(練り製品のつなぎ材料等)、食パンなど、人間の口に入る幅広い用途に世界中で用いられている。 イ 原告の熱付着材について 原告は、タピオカパールのうち特に小粒のものをタイから輸入し、品質の検査を行った後、NTWP装置を導入した顧客に、「熱付着材」として出荷している。NTWP装置の運転時には、更にこの熱付着材を約100℃に加熱した状態で精白米に混ぜて撹拌し、米肌に残った糠をタピオカに付着させ、糠の付着したタピオカを米から分離・除去することによって無洗米を製造する。原告は、熱付着材の原料タピオカを食品として輸入しているので、輸入の都度、食品衛生法に基づいた輸入届を厚生労働省輸入検疫所に提出している。輸入検疫所は、輸入しようとする食品について有毒有害物質が含まれていないかを審査・検査する義務を有するものであるから、食品として適法に輸入されたものである以上、原告の熱付着材は安全なものである。原告の熱付着材は、特に小粒のものを選別している点を除けば、中華料理のデザートなどに用いられるタピオカパールと全く同じ物である。 ウ シアンについて 炭素と窒素が結合した「−CN」をシアン基といい、シアン基を含む化合物をシアン化合物という。シアン基単独では自然界には存在しないので、シアン化合物の代表であるシアン化水素(HCN)のことを単に「シアン」とも呼ぶ。シアン化水素は「青酸」ともいうので、「シアン」と「青酸」は基本的に同義である。 シアンが毒性を有することは事実であるが、人体に有害か否かは摂取量によるものであり、微量であっても存在すれば有害であるというものではない。むしろ、シアンは人体に蓄積しない非蓄積性の毒物であり、簡単に解毒できる上、10ppm(1ppmは100万分の1の濃度を意味する。)程度までは人体に無害であるとされている(甲8)。以下に述べるように、自然界では始めから微量のシアンを含んでいる植物は多く(甲10)、それにもかかわらず、その多くが食用とされている事実が、微量のシアンは無害であることを示している。食品中に含まれるシアンは10ppm以下の濃度であれば、法律的にも安全とされている。すなわち、厚生省(当時)生活衛生局食品保健課長の通達(甲17)によれば、シアンイオンをピリジンピラゾロン吸光光度法(以下「ピリ法」と略称する。)により135ppm検出した亜麻の実であっても、約4%の割合でパン原料に混合するという使用法を前提とすれば、食品として販売しても問題がない(食品衛生法4条2号ただし書に該当する)とされている。さらに、同通達は、参考として、「食品の国際規格を設定するFAO/WHO合同食品規格委員会においては、キャッサバ粉に関し、HCNとして、10r/sを上限値とする基準が設定されている」(通称CODEX(コーデックス)基準)ことを紹介している。すなわちキャッサバ粉に関しては10r/s(10ppm)までのシアン化水素を含んでいても食品として安全であるということが国際的にも認められている。上記通達は、タピオカに関するシアンの基準として現行法上唯一のものであり、現在、厚生労働省は、上記通達の10r/s(10ppm)という基準に全面的に依拠している。また、安全値を絶対量で表現するならば「一日摂取許容量(ADI)」は0.05r/s体重/日、すなわち体重1sあたり0.05rのシアンを一生涯にわたって毎日摂取しても毒性がないとされている。そうすると、仮に被告の主張するように原告の熱付着材(タピオカ)に0.4ppmとか0.5ppmのシアンが含有されているとしても、10ppmには遠く及ばず、したがって安全性に問題がないことははっきりしている。シアンが含まれる食物であっても、その量が微量であるならば、シアンが非蓄積性であるがゆえに、人体に無害である。したがって前記書簡の趣旨@、A、Cは明らかに虚偽の内容である。 エ キャッサバ中のシアンについて タピオカの原料であるキャッサバの根(特に表面付近)には、たしかに、ある種の酵素と反応して分解された時にシアン(HCN)を生ずる青酸配糖体という物質が微量に含まれている。青酸配糖体自体は無害であるが、キャッサバをそのまま生で食べることは好ましくないとされている。しかし、キャッサバの根を洗い、砕き、水中に沈殿させ、何度も水を換えてさらした上、脱水し、乾燥するという製造過程で、シアンのほとんど全部が水に流され、あるいは熱で分解されて、精製されたタピオカは既に人体に無害になっている。シアンを含む青酸配糖体は梅、あんず、桃などバラ科植物の種子や、各種の食用の豆類にも微量に含まれることが知られている。日本でも一般的に青梅はそのまま食用には供しない。しかしながら、青梅は食べなくとも日本人が梅干しや梅酒を飲食するように、世界の多くの人々は生のキャッサバは食べないがタピオカを安全な食品として主食にしている。タピオカにしろ梅干し・梅酒にしろ、その安全性は人類の長年の歴史が証明している。さらには、米、小麦、とうもろこしなどにも微量のシアンは含まれており、微量のシアンが全く人体に影響を及ぼさないことは明らかである。 オ タピオカ中のシアンについて タピオカの成分検査を行ったときに、検体、検査方法、検査官の技量など、検査条件によってはごく微量のシアンが検出されることがないとはいえない。被告は、各所に送付した書簡中において、被告が日本食品分析センターに依頼した検査結果に基づいて、原告の熱付着材からシアンが0.4ppm検出されたなどと述べている。しかしながら、被告の営業妨害行為に先立ち、原告が食品衛生法に基づく指定検査機関である広島県環境保健協会生活科学センターに熱付着材の食品衛生法上の検査指針に従った成分検査を依頼したところ、シアンは検出されなかった(甲11)。原告は、被告の営業妨害行為後、被告と同じ検査機関の日本食品分析センターに対して同じピリ法による広範な検査を依頼した。その結果、原告の熱付着材からは0.1ppmのシアンが検出された(甲12)。これは、無害とされる上限値10ppm(甲8)のわずか100分の1の量にすぎない。さらに、別の資料では、シアンの一日摂取許容量(ADI。ヒトがある物質を一生涯にわたって摂取しても毒性がないと考えられる一日当たりの許容量)は体重1sあたり0.05r、すなわち体重60sの成人で3rであるとされている(甲9)ところ、仮にタピオカのシアン濃度が0.1ppmであるとすると、体重60sの成人は一生涯にわたって毎日30sのタピオカを摂取しても無害であるということになる。毎日30sのタピオカを摂取するなどということはおよそ非現実的であり、ましてシアンがTWR(無洗米)の安全性に影響を与えるなどということはあり得ない。また、原告は同一の検体について、同一時期に同一検査機関にピクリン酸紙法による検査も依頼しており、当然のことながら、使用前の熱付着材(甲26)、使用後の熱付着材(甲27)、TWR(甲28)のいずれの検体についても、シアンは不検出であった。この点に関し、厚生労働省は、「定性法」(ピクリン酸紙法のこと)で検査して最終製品である米にシアン化合物が検出されないなら問題にならないとの立場を表明している(甲22)。食品衛生法において「穀類、豆類、果実、野菜、種実類、茶及びホップの成分規格の試験法」として「シアン化合物試験法」として法定されている分析法は、定性試験(存在・不存在のみを検査する試験)としてはピクリン酸紙法、定量試験(量を測定する試験)としては硝酸銀滴定法のみが認められており、これを「公定法」という(甲25)。食品衛生法上の指定検査機関においては、基本的には公定法によって検査を行うものである。もっとも、検出すべきシアンが極めて微量である場合は、より精度の高いヘッドスペース・ガスクロマトグラフィーによる定性・定量試験法が採用されることが一般に認められており、これを「一般試験法」という(甲29)。原告が依頼した広島県環境保健協会生活科学センターは一般試験法であるヘッドスペース・ガスクロマトグラフィーによる定性・定量試験を行ったものであり、ここでも原告の熱付着材からシアンは検出されなかった(甲11)。他方、ピリ法によるシアン化合物検査は、公害規制等の分野において用いられるものであり、本来、食品分野で用いられることはないものである。日本食品分析センターがピリ法による検査を行ったのは、単にヘッドスペース・ガスクロマトグラフィーによる定性・定量試験を行うのに必要な設備を有していないからにすぎない(この点は原告において確認済みである。)。以上より、原告の熱付着材が人体に有害であるというのは明らかに虚偽である。 カ タピオカの使用前後でシアンが「半減」したとの被告主張について 被告は、熱付着材として使用後のタピオカの検査を日本食品分析センターに依頼したところ0.2ppmのシアンが検出されたとの根拠から、このような検査には誤差がつきものである事実を無視し、わずか1回の検査結果からシアンが使用前後で半減したと断定し、「半減分のシアンの内、相当な量はTWRに移った」と勝手な解釈を行っている。しかしながら、原告が被告と同じ検査機関の日本食品分析センターに対して同じ検査法(ピリ法)で熱付着材として使用後のタピオカの検査を依頼したところ、0.2ppmのシアンが検出された(甲13)。これは使用前のタピオカのシアン(0.1ppm。甲12)と比べると、「半減」どころか倍増したことになる。また、原告は、日本食品分析センターに対してピリ法による糠の検査も依頼したが、その結果、0.3ppmのシアンが検出された(甲14)。これはタピオカ(甲12によれば0.1ppm)よりも高い数値であり、したがって、「タピオカで糠を取る」製法が安全でないなどということは決してない。熱付着材として使用後のタピオカは、表面に糠が付着している。したがって、タピオカ中のシアンが使用後に倍増したということは、むしろ米糠にもともと含まれるシアンの存在によって倍増したものと考えられる。前記各書簡の趣旨Bは、使用前後で熱付着材(タピオカ)のシアンが半減したから米に移ったはずだという、信頼性の不確かなデータに基づく勝手な想像をあたかも客観的事実のように表現したものであり、この意味で虚偽である。 キ TWRにはタピオカ中のシアンは移転しないことについて 熱付着材として使用されるタピオカ自体も無害であることは明らかだが、そもそもNTWP装置で製造される無洗米(TWR)にはタピオカは全く残存しておらず、したがってタピオカに含有されているごく微量のシアンが米に移転していることも全くない。 すなわち、熱付着材はNTWP装置に投入する直前に約100℃の熱風を吹き付け、もともと乾燥したものをさらに乾燥させて硬くする。これに糠を付着させた後は、米粒は通らないが熱付着材は通る大きさの孔を有する回転円筒から熱付着材のみを排出する。この段階の熱付着材は、糠が表面に付着した状態で、熱により既に乾燥して硬くなっているから、熱付着材の分離・除去は完全に行われ、米にタピオカが残存することはあり得ない。このようにして精製された無洗米は、さらに様々な網の目の大きさのメッシュが何層にも重なったシフターによって念を入れて不純物が取り除かれるから、無洗米(TWR)にタピオカが残存することはあり得ない。そうである以上、タピオカに含有されるごく微量のシアンが無洗米に移転することもあり得ないことは上記のとおりである。したがって、前記書簡の趣旨B、Cはこの点からも虚偽である。実際、原告が日本食品分析センターに依頼してピリ法による無洗米(TWR)の検査を行わせたところ、シアンは検出されなかった(甲15)。被告がこれと同じ検査を行わなかったはずはなく、被告は無洗米(TWR)からシアンが検出されないことを知りながら、このような虚偽事実を告知・流布したものであり、悪質極まりない。 以上より、上記1記載の被告の営業妨害行為は、競争関係にある他人である原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為であって、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当する。原告は、被告に対して、同法3条1項基づき、請求の趣旨第1項(前記第1、1記載)のとおり、差止めを求める。 (2) 被告の主張 ア 被告が不正競争行為を行っていないこと 被告は、無洗米加工にタピオカを用いることを検討したことがあるが、その原料のキャッサバに猛毒のシアンが含まれているため、安全性を特に重視しなければならない常食する米であることを考慮し、採用しなかった。そのため、平成12年秋ころに、原告がNTWPにタピオカを用いることを知ったとき、シアン付着の疑いがマスコミに知られ、大事件となり、米穀業界及びその機器業界全体が社会から信頼を失い、「米離れ」「業者離れ」が起きることを恐れた。 そのため、TWRのシアン問題が世に知られぬよう極秘にしてきた。そして、実状を確かめるため、TWRを生産し始めた株式会社むらせが用いている熱付着材のタピオカを人を介して取り寄せ、日本食品分析センターで測定を受けたところ、予想していたとおり、0.4ppmものシアンが検出された(甲2の2)。そこで、平成13年3月ころ、同じく使用済みのタピオカも取り寄せて測定を受けたところ、0.2ppmのシアンが検出された。 さらに、被告は、他のTWRの製造業者からも、それぞれが使用しているTWRを取り寄せ、測定を受けたところ、いずれもほぼ同様のシアンが検出された(甲3及び甲4の各2、甲5の2資料2)。 被告は、当時出版早々の「食品輸入ガイドブック」に、タイから輸入されたタピオカに0.4ppmのシアンが含まれていたために食品衛生法4条違反とされた事例が掲載されており、TWRで使用されているそれもこれと同じであることを知った。このため、被告は、倫理的に放置できず、和歌山市保健所や大阪府立消費生活センターなどの公的機関に、具体的な当事者や全容を話さずにこの件を相談したうえ、精米業者に対し、安全性について、行政の指導を受けるよう促す趣旨で、甲2ないし甲5の通知書を発したのである。通常、競合他社の製品に欠点を発見した場合、直ちに営業戦線の中で他社製品の攻撃材料として用いるものであるが、被告はそのようにせず、慎重に行動したのである。原告の主張するような不正競争行為などあり得ず、全く次元の異なるものである。 イ 被告の告知事実の虚偽性について 被告は、虚偽の事実など告知していない。 (ア) 食品衛生法4条2号は、「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは附着し、又はこれらの疑いのあるもの」は販売等をしてはならないと定めている。上記のように、原告は、0.4〜0.5ppmもシアンが含まれているタピオカを販売しており、これは、食品衛生法4条違反との認定を受けたものと同様であるので、原告の行為は上記法条に違反する。同号ただし書きは、「人の健康を害う虞がない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限りでない」と定めるが、原告は上記タピオカの販売について、「事前に行政機関に相談したことはないし、その必要性もない。」としている(本件仮処分事件(平成13年(ヨ)第22102号)の債権者準備書面(1)、乙75)から、これに該当することもない。原告の行為の違法性は明らかである。 上記のとおりであるから、原告のタピオカは、食品として合法製品とはいえず、安全性に疑問があるのは自明であり、そのタピオカを精白米に混入させて、加工した無洗米も安全であるとはいえない。このような事情を知らずに無洗米を用いた食品の製造販売をしている食品企業に、事実を告知した被告の行為には、非などあるわけがない。まして、事案が「猛毒のシアン」であり、何も知らずに食べた世の人々に支障を招く恐れがないとはいえないし、後日になって、被告が事情を知っていながら口をつぐんでいたとして被告の非をとがめられることがあってはとの思いから、さらには公的機関の要請に従い、被告は止むを得ず、必要最小限の者に事実の告知を行ったのである。ちなみに原告も、被告の上記行為の結果、直ちに「シアンが検出されない、現在よりも更に高品質の熱付着材(タピオカ)に致します。」との文書を配布しているのである(乙44)。これは原告が自らの非を認めたことを示すだけでなく、原告がその後に上記のような改善策を実行しているのであれば、被告の行為はそのきっかけとなったわけであり、社会(一般消費者)に利益を与えたことにほかならない。このように社会の利益につながる被告の行為が、不正競争行為に該当することなどはあり得ない。 (イ) タピオカ、シアンの毒性について a タピオカの原料であるキャッサバに有毒なシアン〔青酸(シアン化水素)、青酸配糖体〕が含まれていることは、明らかである。したがって、原告提出の文献にも、「食糧とする場合には、水にさらすなどして、青酸を完全に除去しなければならない。」(甲9、2枚目)と記されているように、青酸を「完全除去」していなければ食用にはならないのである。この「完全に除去」に重大な意味がある。 b 原告は、タピオカは食パンなど、人間の口に入る幅広い用途で用いられている(甲7の1ないし8)と主張する。キャッサバより加工されたタピオカの生澱粉は、更に各使用目的に合致した加工を行うのであるが、それには、化学的に加工を施すものと物理的に加工を施すものとがある。原告が示す甲7の1ないし8は、その内容の不明な甲7の8を除き、ほとんどは化学的な加工による加工澱粉に該当し、食品として安全性の心配のないものである。例外として、甲7の6及び7はNTWPのタピオカと同じ物理的加工処理をしているので、シアン含有の問題がないわけではない。しかし、同証のものは、NTWPのタピオカと同じ物理的加工を施しているとしても、NTWPのタピオカとは、その原材料及び加工時の水洗回数等が異なり、その結果、シアン含有率において、NTWPのタピオカとは品質レベルが大きく異なる。したがって、NTWPのタピオカと、甲7の1ないし7のそれとは、全く異なるものである。 c 原告は、原告のタピオカは、タイから輸入し、厚生労働省輸入検疫所が適法とした、安全なものであると主張する。しかし、被告が問い合わせたところ、厚生労働省輸入検疫所は、「輸入食品の安全性については、それぞれ、その食品を取扱う食品企業が責任を持つものであり、当検疫所は安全性の保証をするものではない」旨並びに、「シアンは、基準値はなく、『不検出』が基準であり、したがって『検出』されたら不適格」、及び「通関時にシアンが0.1ppm検出されたこと(甲12)を示されていれば、同タピオカは絶対に通関しない」旨を言明している。現にシアン0.2ppm含有の澱粉が食品衛生法違反として取り扱われている(乙42、453頁)。したがって甲12のタピオカでも本来通関できないものである(乙32、5枚目)。原告のタピオカは、本来、正式な手続(シアン検出)を申告していれば、通関できていないものを、検疫体制が手薄であることを利用して、通関させたものであることは明らかである。通関したからすべて適法、安全といえるわけではない。 d 原告は、原告のタピオカは、特に小粒のものを選別している点を除けば、中華料理のタピオカパールと全く同じものであると主張する。しかし、被告は、市販されているタピオカパール(料理用食材)をランダムに購入し、日本食品分析センターに検査依頼したが、いずれもシアンは検出されていない(乙10ないし乙12)。それに対して、原告の熱付着材に使用しているタイ産のタピオカには、シアンが0.4〜0.5ppmも含まれており、到底「市販のタピオカパールと全く同じものである」などとはいえない。すなわち、ひとくちに「タピオカ」といっても、料理用に供される最高品質の「タピオカパール」もあれば、その逆の工業用まで幅広く品質レベルが存在する。例えば、最上級品のシアン含有率ゼロのインドネシア産から、南アメリカ産の0.008ppm、タイ産の26ppm、114ppmと幅が広い(甲10、54頁。乙15)。長期にかつ大量使用する無洗米加工用とするには、高級タピオカは高コストで使えないとの理由もあり、中華料理のデザートなどの最高級タピオカと、原告の無洗米加工用のタピオカとは、品質、量、価格等において根本的に異なるものである。 e 原告は、シアンは非蓄積性の毒物であり、簡単に解毒できると主張する。たしかに、甲8には、「シアン化合物は非蓄積性の毒物である。すなわち、シアン化物は簡単に解毒できる」と記され、甲18には「体内に摂取されたCNはHCNとして一部は肺から呼出され、他の大部分は‥‥代謝過程によって解毒される」と記されている。しかし、それらは共に、一過的にシアンを摂取した場合の解毒作用についての解説にすぎず、本件で問題となっている微量のシアンを長期間にわたって摂取した場合の蓄積及び解毒について参考になるものではない。 中毒に対する処方に関する専門書として著名な「中毒ハンドブック」(乙16)には、少量の塩化シアンを反復吸入すると、めまい、脱力、肺のうっ血等を引き起こすこと、タピオカの形でシアン化合物を長期摂取すると局所運動失調性神経症を起こすと疑われていること、甲状腺機能不全が起こることなどが記載され、非蓄積性に関しての記載は全くないばかりか、タピオカによる慢性中毒、換言すれば長期摂取によるシアンの蓄積性についての記載や甲状腺機能不全が起こることなどの記載がある。また、「糖尿病の疫学」には、キャッサバが栽培されていないサハラ地域では糖尿病原性膵炎が稀であるのに、キャッサバがしばしば主食となっているアフリカ中央部で、同疾患が頻発していることを挙げ(乙18)、青酸配糖体(青酸化合物)の長期摂取に起因するシアンの生体内蓄積性について極めて重大な問題があるとされている。したがって、微量のシアンの長期摂取については、明らかに「蓄積性」が示されている。 しかも、原告が提出した甲10の文献には、「ナイジェリアではキャッサバは主食であるため、重大な間題となっている。」(乙19、47頁)、「慢性毒性はまだ不明な点が多くあるが、アフリカでシアン化合物の長期摂取と人の神経疾患、弱視との関係が注目されている」(同48頁)との記載があるのに、原告にとって不利な頁であるため、原告は秘匿している。このように、原告は自ら提出した文献のうち不都合な部分は隠しているのである。 f 原告は、シアンは10ppmまでは人体に無害であり、科学的にも法律的にも安全である、と主張する。しかし、そうであるならば、乙42のように、0.4ppmや0.2ppmのシアン含有物が、有害食品等の販売・輸入等の禁止を定めた食品衛生法4条に違反することになるはずがない。原告は、甲8及び甲17の記載に基づき、「10ppmまで無害」との主張をしているが、甲8は、単に「いき値は10ppm」といっているだけにすぎない。「いき値」とは、その後に「生理的に影響が現れない(無害)の上限の値をいう」と記されているように、「ラットやマウスなどの動物実験で、国際的な機関が無害と確かめた量(無毒性量)」(乙20)のことであり、同機関が安全と定める「ADI」のことではないし、ましてや我が国が、人間が毎日摂取しても無害とする「基準」のことではない。すなわち、「ADI」とは、国際機関(FAO/WHO)が通常、無毒性量(いき値)から、安全性をみて、その100分の1としたもの(乙20)であるが、我が国では安全性を更に考慮し、通常そのADI値の更に100分の1以下を食品衛生法7条の規定する「基準」としている。そのことは、「通常、一日許容摂取量(ADI)の100分の1以下となります。(極く微量で動物実験で得られる最大無作用量の1万分の1に当ります。)」(乙21)と記されていることからも明らかである。したがって原告のように、10ppmが「無害」であると主張するのはとんでもない誤りである。 g また、原告は、甲17に「食品の国際規格を設定するFAO/WHO合同食品規格委員会においては、キャッサバ粉に関し、HCNとして、10r/sを上限とする基準が設定されている」とあるのを引用して、10ppmは国際的にも認められていると主張している。しかし、そもそもFAO/WHO合同食品規格委員会(通称コーデックス委員会)とは、「政府と公益団体の多くが、いまだに、コーデックスの基準設定プロセスから完全に除外されているというのが現実である。」(乙28の1、4枚目)、「今のままでは密室の基準作りが進んでいきます。」(同2枚目)と記載されているように、さらには「健康情報研究センター」が、「(同委員会の)報告書には、『この報告書は、専門家グループの見解をまとめたもので、WHOの決定や政策ではない。』とわざわざ断り書きを表紙につけていました」「ですから、‥‥各国政府はその基準を採用する義務はない」「コーデックス委員会が作る基準が甘い‥‥ジャガイモの芽止め農薬の残留基準を‥‥それまで日本政府が決めていた基準の1000倍も緩い基準だった」(乙28の2)と述べているように、FAO/WHOの基準は甘いし、絶対的権威のあるものではない。それゆえ、我が国では、上記のとおり通常その100分の1〜1万分の1を「基準」としている(乙20等)。 要するに、原告が詳細な調査もせずに、安全であると主張するFAO/WHOの「10ppmを上限とする基準」は、権威のあるものではないし、本当の意味の「安全無害」とはほど遠い。現に、乙19の文献の原告が隠蔽していた部分にも、「シアン1r/s(1ppm)、4〜6r/s(4〜6ppm)がナイジェリアでは重大な問題になっている」旨の記載(乙19、47頁)があることからも、10ppm以下の1〜5ppmでも、すでに、人体に支障が生じていることを示している。もしも、原告が主張するシアン10ppmが安全なものならば、我が国の「基準」が、乙1のように、「検出せず」若しくは「0.01ppm以下」とせず、「10ppm以下」としているであろう。それからみても、原告の上記主張は誤りであることが明白である。 h 原告主張の科学的根拠(甲8)には「(シアン化水素の)いき値は10ppmである」と記載されているが、これは本件主題のシアン化合物(青酸配糖体)について言及したものでなく、まして、そのいき値が個人差(人種、民族、性別、年齢など)を考慮したものではない。 i また原告主張が法的根拠としている甲17の「FAO/WHOの10ppm以下」についても、原告による勝手な拡大解釈にすぎない。すなわち、甲17の1801頁には、「食品の国際規格を設定するFAO/WHO合同食品規格委員会においては、キャッサバ粉に関し、HCNとして10r/s(10ppm)を上限値とする基準が設定されている」と記載されているが、これは同頁冒頭に「(参考)」との注釈が記載されているとおり、あくまでも参考にすぎない。したがって、「FAO/WHOにおいては基準が設定されている」と記されているだけで、我が国がその設定に基づいてどうしたかは、全く記されていない。ましてや甲17の1800頁に記されていることは、標題にあるとおり、「シアン化合物を含有する亜麻の実の取扱いについて」のみ通知したものであり、本件主題である「シアン化合物を含有するタピオカの取扱いについて」通知したものではない。しかも、その通知は、シアン化合物を含有する亜麻の実入りのパン製造法まで規定した(それによってパンになったときにはシアンがない)条件付きで、食品衛生法4条2号のただし書きの規定に基づき、厚生労働大臣が特例として認めたものである。したがってその特例とは無関係の、シアンを含有するタピオカについては、それを合法とする法的根拠は皆無である。 j 原告は、タピオカだけでなく、梅干や、米、小麦、とうもろこしや野菜類などにも微量のシアンが含まれており(甲10)、それらに微量のシアンが含まれていても安全であることは、人類の長い歴史が証明していると主張する。しかしまず、原告が提出した上記文献には、我々人間が食べない物(例えば、あく抜きしないままの竹の子など)も多く示され、さらにシアン含有率の単位や表示も種々雑多である。よって、問題のキャッサバとタピオカは別として、被告において、人間が食べる物のみにしぼり、さらにシアン含有単位を統一して、整理した(乙15)。同書面からもわかるとおり、我々が日常食べている食品は、ほとんどシアンを含んでいないし、含んでいたとしても我が国が定める「基準」以下の極めてわずかな量である。すなわち梅の果肉、米、小麦、とうもろこしの場合は、ゼロか0.01ppm程度でしかない。それに対し、タピオカの原料のキャッサバには、1000ppmを越すものがあるほどシアンが含まれている。また、タピオカにもシアンが多く残っているものもある。到底キャッサバやタピオカと、他の食品とを同一視できるものではない。原告の上記主張は、誤りである。 k 原告は、精米機から排出された糠にも0.3ppmのシアンが検出されており(甲14)、この糠のシアンがタピオカに移ったから、使用前0.1ppmのタピオカが、使用後には0.2ppmに増加して検出された(甲13)、したがってタピオカのシアンが米に移ったために、使用前に0.4ppmだったものが使用後には0.2ppmになったとの被告の告知した事実は虚偽であると主張する。 糠の種類は、精米機により除去される「普通糠」と、精米機では除去されず、精白米の表面に残留する「肌糠」とに大別される。一般に、玄米を精米処理してできる精白米とは、すでに普通糠は存在しないが、精白米表面に肌糠を付着させているコメであり、NTWPで加工を行う米は、正にこのような「普通糠が除去された精白米」である。したがって、原告が主張するような、精米機から排出された糠(普通糠)に仮にシアンが含まれていたとしても、NTWPに投入する精白米には普通糠が存在しないのだから、その影響を受けるわけがない。 あるとすれば、「肌糠」の影響を受けるだけである。そこで、被告は、糠(普通糠及び肌糠)にはシアンが含まれていないことは周知の事実であるが、あえて、純粋に「肌糠」だけを除去できる被告の製法によって除去された「肌糠」(被告では、それを「米の精」と呼称している。)をランダムに取り、そのシアン含量を測定依頼したが、当然ながら、いずれも「検出せず」であった(乙26)。してみると、精白米の肌糠にシアンを含有していないのは明らかだから、NTWPによっても、「肌糠のシアンが熱付着材のタピオカに移る」ということはあり得ないわけである。もちろん上記のとおり、「普通糠のシアンが熱付着材のタピオカに移る」ということもあり得ない。一方、NTWPでタピオカが精白米と混合された状態は、精白米重量の5%以上の水と共に撹拌された直後であり、その水や精白米と共に、大量のタピオカも混合撹拌されるため、タピオカのシアンは肌糠や精白米に移転するのは理の当然である。その結果、タピオカのシアンは、使用後の方が少なくなる道理であり、甲2の2(2枚目)の「使用後熱付着材」が甲13のタピオカ(使用後)と共にシアンが0.2ppmになっているのは、単なる偶然ではない。物質移動に関する自然法則では、高濃度側から低濃度側へ物質移動することが真理であり、その逆はあり得ない。シアンを高濃度に含むタピオカから、シアンを含まない米(及び肌糠)へとシアンが移動したと考えても何ら不思議でない。したがって、使用後のシアンが0.2ppm(甲13)のタピオカは、使用前は0.4ppmのシアン含有があった甲2の2のタピオカと同程度のシアンを含有していたものにほかならない。上記によれば、原告の、シアンを0.2ppm含有するとの使用後のタピオカ(甲13)は実際のものであるが、使用前が0.1ppmであったとの甲12のタピオカは、全く別の、シアンが特別に除去されたタピオカであることを露呈しているのである。 原告の主張が誤りであることは、別の事由からも明らかである。すなわち、(社)日本精米工業会では、シアンを含まないタピオカ(乙41の1)を用いてTWRの加工試験をしたところ、使用後のタピオカにもシアンが検出されなかった(乙41の2)とのことである。糠のシアンがタピオカに移ったとの原告の主張どおりであれば、使用後のタピオカにシアンが検出されなければならない。 次に、精米機から排出した普通糠からシアンが検出されたとの原告の主張も首肯できない。なぜならば、原告が提出した甲10の51頁にもLang Kornすなわち籾(籾殻及び糠を含む米)にはシアンはゼロと示され、また、日本精米工業会による玄米(糠に覆われた米)の測定でも、シアンは検出されていないし(乙41の3)、さらにこれまで糠にシアンがあるなどとは、全く誰も耳にしたことがないからである。したがって、甲14には疑問がある。 (ウ) 食品を取り扱う者は、安全性について、細心の注意を払わなければならないことは社会的要請である。食品とは何よりも安全性が求められるものである。しかも、米という日本人の主食であれば、なおさらである。これが稀にしか食べず、また食べても極めて少量のものなら、極めて微量の毒物が含まれていたとしても、大した被害が生じないかも知れないが、米は誰もが、毎日、大量に、しかも継続して食べるものだけに、他の食品とは比較にならないほどの安全性が求められるところである。 TWRは、シアンを含む大量のタピオカと、水に濡れた無洗米(すでに洗滌が行われた精白米)が直接触れ合うものであり、しかもTWRは、「洗わずとも炊ける」との無洗米であり、消費者は洗米をせず、そのまま水を加えて炊くのであるから、食品の安全を希求する社会の要求に反している。要するに、TWRにシアンが「不検出」であるか否か、ではなく、「食品の安全性を希求する社会の要請」に応えているか否かが問われているのである。前記(ア)のように、被告の行為により、原告の熱付着材が「今後はシアンが検出されないタピオカに改善」され、社会の不安が除去されたのであるから、被告の行為が不正競争行為に該当するはずがない。 第4 争点に対する判断 1 争点1(被告の告知した事実の内容)について (1) 争いのない事実(前記第2、1(6)記載)のとおり、被告は、いずれも原告の製造販売したNTWP装置を設置して無洗米TWRを製造販売している精米業者である、株式会社むらせに平成13年5月17日付けで、株式会社新潟ケンベイ及び鳥取パールライス株式会社に同月18日付けで、原告のNTWPに言及した書簡を送付した。また、被告は、上記と同様の精米業者である全農東日本パールライス株式会社に同年5月9日付けで、その親企業である全農に同月16日付けで、いずれも同様の内容の書簡を送付した。 上記の各書簡には、上記各社が熱付着材として使用しているタピオカにつき被告の依頼により行われたものであるとして、シアン含有量の分析試験の結果が添付されていた。なかでも、むらせにあてた書簡(甲2の1)には、同社で使用しているタピオカの、NTWPでの使用前のものと使用後のもののそれぞれの分析結果が添付されており、それによれば、使用前のもののシアンの量が0.4ppmであるのに対して、使用後のもののシアンの量は0.2ppmである(甲2の2、3)。 被告がむらせに送付した書簡(甲2の1)は次のような内容であり、新潟ケンベイ及び鳥取パールライスに送付した書簡(甲3の1、甲4の1)もおおむね同様の内容である。 「(前略)‥‥弊社では、はるか以前、水洗式無洗米の発生とぎ汁を滅らすために‥‥タピオカを熱付着材としての利用を検討したことがあります。しかしタピオカの原料には危険なシアンが含まれていることから、採用しませんでした。ところが、‥‥貴社がその熱付着材(タピオカ)を、TWRの加工に用いられていることを知り、そのタピオカの使用前と使用後のものを人を介して入手し、日本食品分析センターにて測定したところ、やはり、別送資料1の通り猛毒のシアン(青酸)が0.4PPMも含まれておりました。(もしもそれに疑義がある時は、貴社自ら同センターに測定依頼すれば同じ結果が出る筈です)しかるに、貴社は前記の通り「体に安全なタピオカ」と一般消費者に宣伝しておられますが、その根拠は何ですか。シアンが0.4PPMも含まれているタピオカが人体に安全などと、どうして云えるのですか。2.別送の資料2の通り、使用後の熱付着材は、使用前の熱付着材に比べ、シアン含有量が半減して居ります。と云うことは、その半減分のシアンの内、相当な量はTWRに移ったと考えられます。しかるにTWRを購入された消費者は、まさか猛毒のシアンが付着している恐れがあるとは知る由もなく、しかもTWRの説明には『とがずに炊ける』と書かれているから、洗米せず炊飯し、そのまま食べている実状にあります。右のような状況でも、貴社はTWRは安全であると断言できますか。3.右TWRの場合は、食品衛生法第4条2号に該当すると考えられますが、貴社は少なくともTWRを発売するまでに、公的に『無害』との承認を得ていますか。‥‥(中略)‥‥社会が食品企業に対して何よりも求めていることは『安全性』であります。しかるに、貴社は何を好んで猛毒付着の恐れのある米、即ち、もともと原料にシアンを含むタピオカを用いて加工した米の普及を推進しているのですか。それが貴社の企業理念に反しませんか。以上、弊社は社会の一員として、世の人々の安全性を危惧する倫理的立場からご質問申し上げました。‥‥(後略)」 (2) 上記に認定した書簡の内容によれば、上記書簡には、原告の主張するとおり、 @ タピオカには猛毒のシアンが含まれている。 A 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに熱付着材として使用されているタピオカにも猛毒のシアンが含まれている。 B 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている、 の各点が記載されていると、認められる。 また、同様に原告の設置したNTWP装置を用いて無洗米TWRを製造販売する精米業者である全農パールライス東日本にあてた書簡(甲5の2)には、「それ(シアン)は測定できないほどの微量と考えられるため、直ちに支障が出ないとしても、継続摂取の場合は、将来、重大な支障を招く恐れがあり、思っただけでも恐ろしいことです。」と記載されており、C 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRを継続的に摂取するとシアンが人体に蓄積し、将来重大な支障を招くおそれがある、との点が記載されている。 他方、生活クラブ連合会の連合消費委員会委員であるB氏及びC氏に対して送付された書簡が、被告あるいはその関係者により発送されたものであることを認めるに足りる証拠はない。また、被告が、ホクレンや泉市民生協に対し、上記@ないしCの事実を口頭で告知したことを認めるに足りる証拠もない。 2 争点2(NTWP装置に使用されているタピオカに「猛毒のシアンが含まれている」といえるか、また、「無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている」といえるか)について (1) 被告の分析試験の結果について タピオカの原料であるキャッサバの根(特に表面付近)には、ある種の酵素と反応して分解された時にシアン(HCN、シアン化水素。以下、単に「シアン」という。)を生ずる青酸配糖体という物質が含まれていることは当事者間に争いがなく、また、タピオカ自体についても、その分析試験を行ったときに、検体、検査方法、検査官の技量など、検査条件によってごく微量のシアンが検出されることがあり得ることは、原告も認めるところである。 原告のNTWP装置に熱付着材として使用されているタピオカにつき被告の依頼により行われたものであるとして、被告が株式会社むらせ、株式会社新潟ケンベイ及び鳥取パールライス株式会社に送付した日本食品分析センターのピリ法によるタピオカの分析試験結果(甲2の2、3の2、4の2)によれば、シアンが0.4ないし0.5ppm検出されていることが認められる。 他方、原告の依頼した分析結果では、広島県環境保健協会生活科学センターに依頼したものでは、シアンは不検出であり(甲11)、被告が依頼したのと同じ日本食品分析センターに対して同じピリ法による広範な検査を依頼した結果では、0.1ppmのシアンが検出された(甲12)ことが認められる。また、原告が日本食品分析センターに対してピクリン酸紙法による検査を依頼したところ、使用前及び使用後のタピオカ並びにTWRのいずれからもシアンは不検出であったとの結果もある。 原告は、被告の依頼による分析試験は検査方法が不適切であり、検査結果に信頼性がないと主張する。しかしながら、ピリ法は食品に含まれるシアンの定量方法として一般的な手法であり(厚生省生活衛生局監修「食品衛生検査指針(理化学編)1991年版」330頁(甲29)、水質基準に関する省令(平成4年厚生省令第69号)(乙1)、「化学大辞典第1版」1929頁(株式会社東京化学同人)等参照)、被告の依頼により日本食品分析センターの行ったピリ法による検査方法について、検査結果に疑いをいだかせるような具体的な事情は見当たらない。現に、原告の依頼により同センターが行った検査(甲12)においても、0.1ppmのシアンが検出されているものであり、検体、検査方法、検査官の技量など、検査条件によってごく微量のシアンが検出されることがあり得ることは、原告も認めるところである。そうすると、被告の依頼による分析試験の結果として上記のようなデータもあり得るものと理解するのが相当である(原告の依頼による分析試験の結果のうち、広島県環境保健協会生活科学センターにより行われたもの(甲11)はシアンが不検出であるが、これは定量下限すなわち検出できる下限が0.5ppmで、それを下回るため不検出とされたものであり、本件において被告の提出した検査結果の正確性を議論する上での証拠としては適切でない。)。 また、NTWPでの使用の前後のタピオカのシアンの量についても、日本食品分析センターによるピリ法による検査の結果、それぞれ0.4ppmと0.2ppmのシアンが検出されたということ自体は、あり得ることと認められる。 (2) 上記の量のシアンは「猛毒」といえるか、について ア シアンが人体に有害な物質であること自体は、飲料水水質基準値のシアンは0.01ppm以下と定められていること(水質基準に関する省令(平成4年厚生省令第69号。平成11年厚生省令第68号による改正後のもの)。乙1〔平成12年版食品衛生小六法1288頁〕参照)、食品衛生法7条に基づく「食品・添加物等の規格基準」(昭和34年厚生省告示第370号)上、豆類についてはシアンが検出されてはならないものと定められていること(乙1。同小六法304頁〜312頁)などから明らかである。しかしながら、自然界にはシアンを含有する食用植物はキャッサバ以外にも多数存在しており(「食品衛生化学物質マニュアル」50頁以下(甲10)参照)、そのような食品には、許容されるシアンの含有量が定められていることに照らせば、どのような場合にもシアンが全く存在してはならないとまではいえない。後記食品衛生法4条2号ただし書及び同法施行規則1条1号も同様な趣旨を定めているものと解される。 イ このような、有害物質の存在が許容される含有量には、いき値(生理的に影響が現れない(無害の)上限の値(濃度)をいう。カークオスマー化学大辞典557頁(甲8)参照)とか、一日摂取許容量(ADI。ヒトがある物質を一生涯にわたって摂取しても、毒性がないと考えられる一日当たりの摂取量。これは濃度でなく絶対値であり、体重1sあたりのr〔s/r/日〕で表される。丸善食品総合辞典84頁(甲9)参照)などがある。 ウ ところで、本件全証拠によっても、現在、我が国にタピオカやタピオカ澱粉に関し、存在が許容されるシアンの含有量について定めた公的基準の存在は認められない。食品衛生法4条2号本文は、「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは附着し、又はこれらの疑いのあるもの」は販売等をしてはならないと定めているところ(なお、同号ただし書は、「但し、人の健康を害う虞がない場合として厚生大臣が定める場合においては、この限りでない。」と定め、同法施行規則1条1号は、このただし書の場合を、「有毒な又は有害な物質であっても、自然に食品又は添加物に含まれ又は附着しているものであって、その程度又は処理により一般に人の健康を害う虞がないと認められる場合。」と定めている。)、調査嘱託の結果によれば、同法を所管する厚生労働省では、同法4条2号違反となるかについては、当該食品の用途、用法等を勘案し、個別具体的に判断しているものと認められる。この点、シアンを含有する亜麻の実について厚生省(当時)生活衛生局食品保健課長が発した通達(平成12年3月31日衛食第49号)では、参考として、「食品の国際規格を設定するFAO/WHO合同食品規格委員会においては、キャッサバ粉に関し、HCNとして、10r/sを上限値とする基準が設定されている」(通称CODEX(コーデックス)基準)ことを紹介している(甲17)。 エ 他方、証拠(「食品輸入ガイドブック」(乙42)、調査嘱託)によれば、1999(平成11年)年に、@シアン化合物を7.7ppm含むことで食品衛生法法4条違反とされたアメリカ産冷凍食品キャッサバ、A同じく2.0ppm含むことで同様とされたタイ産タピオカ澱粉、B同じく0.4ppm含むことで同様とされたタイ産タピオカ粉、C同じく0.2ppm含むことで同様とされたメキシコ産タピオカ加工澱粉があったことが認められる。上記証拠によれば、このうち@の冷凍食品キャッサバは、キャッサバを洗浄、剥皮、細切りし冷凍したものであり、喫食方法は、単に茄でてそのまま食べるものであって、販売時までにシアン化合物を除去する工程がなく、かつ、消費者における摂取量コントロールが困難であることから、同法4条違反とされたものであること、A及びBのタピオカ澱粉は、キャッサバを洗浄、粉砕、脱水したデンプン粉末であり、喫食方法は、そのまま調理原料として使用されるもので、販売時までにシアン化合物を除去する工程がなく、かつ、消費者における摂取量コントロールが困難であることから、同様とされたものであること、Cのタピオカ加工澱粉は、タピオカ澱粉を乾燥、焙焼、粉末化したものであり、喫食方法は、食品の加工原料としてチョコレート、キャンディ等に2〜3%の割合で混合するものであり、加工原料として使用されるまでにシアン化合物を除去する工程がなく、かつ、消費者において最終製品における摂取量コントロールが困難であることから、同様とされたものであること、がいずれも認められる。したがって、我が国の食品行政においては、キャッサバ粉やタピオカ澱粉が、含有しているシアンの量に関して、食品衛生法上許容されるものか否かについては、上記コーデックス基準を参考としつつ、当該食品の用途、用法等を勘案し、個別具体的に判断しているものということができる。すなわち、単純にどれだけの量が含まれているから食品衛生法4条違反となるというものではなく、コーデックス基準にいう10r/s(10ppm)に達しなければ安全であるとの判断をしているものでもない。この点について、原告が、「現在、厚生労働省は、上記通達の10r/s(10ppm)という基準に全面的に依拠している」と主張するのは、失当である。 オ 上記食品行政実務は、単純にシアンの含有量の多寡だけで人体に有害か否か決定するものでなく、上記コーデックス基準を参考としつつ、当該食品の用途、用法等(上記実例のように、喫食方法、販売時までにシアン化合物を除去する工程があるかどうか、消費者における摂取量コントロールが困難であるかどうかなど)を勘案し、個別の事案ごとに判断しているものであり、それなりの合理性を持ったものということができる。これに対し、上記コーデックス基準のみに依拠し、単純に10r/s(10ppm)に達しなければ安全であるとする判断の方が合理的であるとする根拠は、本件全証拠をみても、見当たらない。 上記厚生労働省の食品行政実務からすれば、原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに熱付着材として使用されているタピオカについては、0.4ppmとか0.5ppmというシアンの含有量をみるときには、直ちに毒性がないとまではいうことができないことになる。したがって、原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに熱付着材として使用されているタピオカに猛毒のシアンが含まれると被告が書簡において述べたことは、少なくともシアンに毒性があるといい得る限度においては、虚偽とはいえない(もっとも、この点に関する書簡の記載が虚偽の事実の告知に該当するかどうかは、後記3において検討する。)。 (3) タピオカに含まれるシアンがTWRに移転した旨を記載した点について 次に、NTWPでの使用の前後を通じてタピオカに含有されるシアンの量が半減したと被告が書簡において述べた点については、前記(1)において検討したとおり、使用前のタピオカを対象とした検査において0.4ppmのシアンが検出され、使用後のタピオカを対象とした検査において0.2ppmのシアンが検出されるということ自体は事実であり得るものと認められる。しかしながら、前記(1)において述べたとおり、タピオカを対象とした検査において微量のシアンが検出されるということ自体はあり得るものではあるが、0.4ppmと0.2ppmという数値の差を有意のものとしてとらえ得るほどの正確性があるとまで直ちに認め得るものではなく、また、これらの検査の対象とされた検体(タピオカ)が正確な意味での使用前使用後の関係に立つものかどうか(すなわち、現実に同一回のNTWPの操作に供された同一のタピオカから使用前と使用後の時点で採取された検体かどうか)も必ずしも明らかではないことに照らせば、このような数値の検出結果から直ちに被告のいうような結論が導き出せるものではない。 他方、被告の依頼により行った分析試験の結果によっても、無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRからシアンが検出されたとするものはなく、かえって原告の依頼により日本食品分析センターがピリ法(甲15)及びピクリン酸紙法(甲28)により行った分析試験の結果によれば、TWRからシアンは検出されなかった。また、国民生活センターの分析によってもシアンは検出されていない(国民生活センター発行「たしかな目2002年7月号」45頁(甲34)参照)。被告は、無洗米TWRの胚芽を除去した後のくぼみに熱付着材タピオカが残存しているというが(乙102)、その点を考慮するとしても、TWR自体からはシアンは検出されていない(もしTWR自体からシアンが検出されていれば、被告は、熱付着材であるタピオカに含まれるシアンを問題にする必要はなく、TWR自体から検出されるシアンを問題にしているはずである。)。 そうであれば、被告が株式会社むらせ、株式会社新潟ケンベイ及び鳥取パールライス株式会社にあてた各書簡(甲2の1、3の1、4の1)において、「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている」との趣旨の記載をしたことは、仮に被告の依頼に日本食品分析センターが行った分析試験の結果の数値が正確なものであったとしても、根拠のないまま被告の推測を述べたものにすぎないというほかはない。 さらに、全農パールライス東日本にあてた書簡(甲5の2)において、「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRを継続的に摂取するとシアンが人体に蓄積し、将来重大な支障を招くおそれがある」との趣旨を記載した点も、TWRにシアンが含まれているとの根拠がない以上、同様である。 3 被告の不正競争行為の成否について 不正競争防止法2条1項14号の適用に当たって、告知又は流布された事実が「虚偽の事実」に該当するかどうかは、告知ないし流布された事実についてその受け手となる者が真実に反する誤解をするかどうかにより判断すべきであり、その際には、当該告知がどのような状況下においてされたか、受け手となる者が、告知者・被侵害者とどのような関係にあり、告知された事実の分野における予備知識や分析能力を有するか等の事情を考慮するのが相当である。 本件においては、前記1において認定したとおり、被告が株式会社むらせ、株式会社新潟ケンベイ及び鳥取パールライス株式会社にあてて送付した各書簡(甲2の1、3の1、4の1)には、「タピオカには猛毒のシアンが含まれている」旨及び「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに熱付着材として使用するタピオカにも猛毒のシアンが含まれている」旨の記載がある。 前記2において述べたとおり、タピオカに含まれるシアンに関しては、コーデックス基準が参考とされ、その上で有害な食品に当たるかどうかは、当該食品の用途、用法等を勘案し、個別の事案ごとに判断されているものである。0.4ppmないし0.5ppmのシアンを含むタピオカは、その数値のみを見るときには、有害とされることもあり得るものであるが、本件において問題とされているタピオカは人の口に入る食品そのものではなく、無洗米の製造の際に熱付着材として用いられるものであり、それを用いて製造される無洗米TWR自体からはシアンは検出されていない。 このような事情の下では、「タピオカに『猛毒の』シアンが含まれている」旨の記載に続けて「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに熱付着材として使用されているタピオカにも猛毒のシアンが含まれている」との趣旨を記載した被告書簡の内容は、それが我が国において主食として日常食されている米に関するものであり、その表現の激烈さとも相まって、これを読む者に必要以上の不安をいだかせるものである。 そして、被告が上記の内容を含む書簡を送付した相手方は、いずれも原告の設置したNTWP装置を用いて無洗米TWRを製造販売する精米業者であって、熱付着材としてのタピオカの安全性について予備知識も分析能力も備えない者である(乙83ないし85によれば、これらの精米業者は、いずれも、被告により送付された書簡に対し、自社としてはメーカーである原告を信用するしかなく、被告は原告と直接交渉されたい旨を被告に回答している。)。 加えて、上記に続いて「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている」との趣旨の記載がされていることに照らせば、被告からの書簡の送付を受けた上記の各精米業者においては、原告のNTWP装置に熱付着材として使用されているタピオカには人体に危険な量のシアンが含まれており、その一部が無洗米TWRに移転するだけでも人の健康に深刻な影響が出るとの誤解を生ずるものであって、被告の書簡のうち上記内容は、「虚偽の事実」に該当するというべきである。 被告が上記各精米業者に対して送付した書簡のうち「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれている」との趣旨の記載については、前記2において述べたとおり、根拠のないまま被告の推測を述べたものにすぎないものであり、「虚偽の事実」に該当する。 また、同様に原告の設置したNTWP装置を用いて無洗米TWRを製造販売する精米業者である全農パールライス東日本にあてた書簡(甲5の2)において、「原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRを継続的に摂取するとシアンが人体に蓄積し、将来重大な支障を招くおそれがある」との趣旨を記載した部分も、前記2において述べたとおり、根拠のないまま被告の推測を述べたものにすぎないものであり、「虚偽の事実」に該当する。 被告は、これらの記載のある書簡を、食品安全を所管する官公庁、食品添加物等の調査を行う公益法人でも、食品安全についての取材報道を行うマスコミでもなく、原告の取引先である精米業者に送付したものであり、このような被告の行動からは、巧妙に競業者である原告の取引先だけにこれらの事実を告知し、原告の信用を失わせることによって、競争上有利な立場に立とうとしたものと評価できる。 上記によれば、被告が上記の各内容を記載した書簡を精米業者に送付した行為は、虚偽の事実を告知したものとして不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。 4 原告が求めることのできる差止めの範囲について 本件において、原告は、請求の趣旨(前記第1、1記載)のとおり、被告に対して、@ タピオカにシアンが含まれ人体に有害である旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること、A 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに使用する熱付着材にシアンが含まれ人体に有害である旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること、B 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれ、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること、C 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRが人体に有害であり、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客若しくは潜在的顧客に告知し、又は一般に流布すること、の差止めを求めている。 しかしながら、このうち@は、原告の無洗米製造装置NTWPに熱付着材として使用されているタピオカに限定せず、タピオカ一般についてのものであり、その内容自体は誤りといえない一般的知見そのものであり、しかも告知の対象を原告の顧客に限定したものでもないから、その差止めを求める点は、理由がない。 また、原告は、上記のAないしCについて、差し止めるべき告知の対象として「原告の潜在的顧客」を挙げているが、「潜在的顧客」の語の意味するものが明らかでなく、告知の対象を特定したものということができず、そのような者を告知の対象者として独立して挙げる必要も認められない。したがって、上記のAないしCのうち、告知の対象者として「原告の潜在的顧客」を挙げる点も、理由がない。 原告の差止請求のうち、上記の点を除く部分については、理由がある。 5 結論 以上によれば、原告の請求は、被告に対して、@ 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPに使用する熱付着材にシアンが含まれ人体に有害である旨を文書又は口頭で原告の顧客に告知し、又は一般に流布すること、A 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRには、熱付着材から移転したシアンが含まれ、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客に告知し、又は一般に流布すること、B 原告の製造販売する無洗米製造装置NTWPで製造された無洗米TWRが人体に有害であり、又はその可能性がある旨を文書又は口頭で原告の顧客に告知し、又は一般に流布すること、の差止めを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。訴訟費用の負担については、民訴法64条ただし書を適用して、全額を被告の負担とする。 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 青木孝之 |
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