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【事件名】「ピジョン」商標権事件(2)
【年月日】平成15年1月16日
 東京高裁 平成14年(行ケ)第159号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成14年11月26日)

判決
原告 東京ピジョン株式会社
訴訟代理人弁理士 渡辺秀治
同 長谷川洋
同 青木修
被告 ピジョン株式会社
訴訟代理人弁護士 伊達弘彦
訴訟代理人弁理士 岡崎信太郎
同 新井全
同 野口和孝


主文
 特許庁が無効2000−35413号事件について平成14年2月26日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、別紙審決書の写しの別掲(1)本件商標欄に示すとおり、「TOKYO PIGEON」の文字を横書きして成り、指定商品を旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)電気材料」とする、商標登録第4054820号商標(昭和62年9月24日出願(以下「本件出願」という。)、平成9年9月12日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成12年7月28日、本件商標の商標登録をすべての指定商品に関して無効にすることについて審判を請求した。
 特許庁は、これを無効2000−35413号事件として審理し、その結果、平成14年2月26日に、「登録第4054820号の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決をした。
2 審決の理由
 審決は、別紙審決書写しのとおり、育児用品を取り扱う企業である被告のハウスマークである「ピジョン」の文字から成る商標(以下、これを「被告商標」という。審決の「5 当審の判断」における「引用商標」に当たる。)は、育児用品について著名な商標であり、被告が取り扱う育児用品には電気製品が含まれていることも考慮すると、原告が本件商標をその指定商品に使用した場合には、これに接する取引者及び需要者は、本件商標の「PIGEON」の文字部分に着目し、これから被告商標を連想し、本件商標を付した商品が、被告又は同人と組織的・経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるとして、本件商標は、商標法4条1項15号に該当すると認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は、被告が、本件出願時には、育児用品としての電気製品を取り扱っていなかったにもかかわらず、これを取り扱っていたと認定して、被告商標が、本件出願時に、育児用品としての電気製品について周知著名性を獲得していたと誤って認定し(取消事由1)、本件商標の指定商品に接する取引者及び需要者が、被告の業務に係る哺乳器等の育児用品の取引者及び需要者と共通しておらず、出所の混同のおそれがないにもかかわらず、出所混同のおそれがあると誤って認定判断した(取消事由2)ものであり、これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
 【☆原告は、取消事由を3つに分けて主張しているが、審決を上記のとおり解し、原告のいう取消事由1は省いた。又、取消事由1も、本来は、取消事由2の中の(2)に含めるべきかもしれないが、原告の取消事由1は、主張自体理由がないので、そのまま残すことにした。 】
1 取消事由1(被告商標の育児用品における周知著名性の認定の誤り)
 審決は、「請求人の提出に係る証拠によれば、請求人は、昭和32年8月に設立、授乳用品、離乳関連商品、スキンケア商品、おむつ関連商品などの育児用品を取り扱う企業として、本件商標の登録出願時に、これらの育児用品に使用する請求人のハウスマークである「ピジョン」の文字からなる引用商標は、取引者、需要者間に広く認識され、著名性を獲得していたものと認められる。そして、請求人の業務に係る育児用品の中には、本件商標の指定商品中に包含され、或いは、密接な関連を有する商品「調乳ポット」、「電気おかゆ鍋」、「クッカー(電動タイプ)」、「電気通信機械器具(ママきてコール)」など、育児等に使用される電気製品も含まれている」(審決書5頁第6、第7段落)と認定判断した。
 被告商標が、本件出願時(昭和62年9月24日)において、哺乳器に関して、周知著名性を獲得していたことは、原告も認める。しかし、審決が、被告商標が、本件出願時において、育児用品すべてにおいて、取引者及び需要者間に広く認識されていたと認定判断したのは誤りである。
(1) 被告が、「調乳ポット」、「電気おかゆ鍋」、「クッカー(電動タイプ)」、「電気通信機械器具(ママきてコール)」等の電気製品を販売したのは、そのカタログ(甲第14ないし第23号証)が平成元年以降のものであることからすれば、平成元年以降のことである。審決が、本件出願時において、被告がこれらの電気製品を販売していたとの事実を認定したとすれば、その認定は誤りである(仮に、審決が、本件出願時以降の事実から、被告商標の周知著名性を認定したとすれば、商標法4条3項の規定に反するものである。)。したがって、被告は、本件出願時において、育児関連製品中の少なくとも電気製品については、被告商標について、周知著名性を獲得していない。
(2) 育児用品は、チャイルドシート、ベビーカー、ベビー用室内用具、オムツ関連商品、おもちゃ等多岐にわたるものであり、被告もこの業界における他の企業も、育児用品中の一部の商品を扱っているだけである。被告は、昭和43年に、哺乳器において80%の販売シェアを獲得した、とその社史に記載されているものの、他の商品のシェアは、社史には何も記載されておらず、かなり低いものと推定される。すなわち、被告が育児用品において周知著名性を獲得している商品は、哺乳器のみである。
(3) 被告が本件出願時に販売していたと主張する育児用品(電気製品)である「電動搾乳器」及び「電子体温計」は、その販売数量は不明であり、その販売開始時期は、本件出願時より前であるとしても、これとごく近い時期である。
2 取消事由2(本件出願時における出所の混同のおそれの認定判断の誤り)
 審決は、「前記したとおり、「ピジョン」の文字からなる引用商標は、請求人の業務に係る育児用品について著名な商標であり、請求人の育児商品中には電気製品が含まれているほか、同人は、妊産婦用品、介護用品等も取り扱っており、その企業活動の実績を考慮するとともに、併せて、本件商標の構成中の「TOKYO」の文字が、「東京」の漢字と同様に、企業の・・・名称の一部に冠されて縷々使用されている実情があること・・・等を勘案すると、本件商標が、その指定商品に使用された場合、これに接する取引者、需要者は、構成中にあって極めて強く印象づけられる「PIGEON」の文字部分に着目し、これより引用商標を連想、想起し、該商品が請求人、或いは、その親子会社、系列会社等の緊密な営業上の関係又は商品化事業を営むグループに属する関係にある事業者など、請求人と何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかのように誤認し、その出所について混同することも少なからずあるものと判断するのが相当である。」(審決書6頁第3段落)と認定判断した。しかし、審決のこの認定判断は誤りである。
(1) 本件商標と被告商標との類似性
 本件商標と被告商標とは類似しない。このことは、審決も、「本件商標は、その構成よりすれば引用商標に類似するとまではいい得ない商標である」(審決書6頁第4段落)として認めるところである。
(2) 被告商標の周知著名性及び独創性の程度
 本件出願時に被告商標が周知著名であったのは、哺乳器についてのみであり、その範囲を拡げたとしても、離乳関連商品、スキンケア商品、おむつ関連商品などの育児用品についてのみであって、同じく育児用品であっても、他の電気製品等については、周知著名ではなかった。
 被告商標は、平和の象徴である「鳩」を意味する英語のPIGEONを片仮名表記したにすぎないもので、独創性が極めて低いものであり、多数の企業がハウスマークとして、又は、その一部として取り入れているものである。
(3) 本件商標の指定商品等と被告の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情
 本件商標の指定商品は、旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」である。これらの指定商品に含まれる具体的な指定商品は、特許庁編「工業所有権法令集〔第55版・上巻〕」(甲第33号証)の1511頁ないし1513頁によると、「電話機」、「インターホン」、「模写電送機」、「ラジオ送受信機」、「テレビジョン送受信機」、「固定局単一通信機械器具」、「レーダー機械器具」、「録音機械器具」、「レコードプレーヤー」、「抵抗器」、「アンテナ」、「スピーカー」、「ビデオテープ」、「産業用X線機械器具」、「超音波応用測深器」、「サイクロトロン」、「真空管」、「ブラウン管」、「ダイオード」、「絶縁がい子」、「絶縁テープ」、「電極」等の商品である。本件商標の指定商品の性質は、主に高度な電子部品又は電子製品であり、用途としては工業用、その他多岐にわたるものであり(甲第15号証)、特に技術的な複雑性や高度な工学的知識を必要とするものが多い。本件商標の指定商品の取引者又は需要者は、いわゆる電気及び電子分野の専門家である電子部品又は電子製品の製造メーカー、若しくは部品製造業者(いわゆる商品流通の川上に位置する者)、又は技術的知識を高度に有している者である(甲第15号証の主要取引先参照)。
 これに対し、本件出願時における被告の業務に係る商品には、上記のような製品は、含まれていない。本件商標の商標登録出願当時の被告の業務に係る主たる商品は、審決が「請求人は、昭和32年8月に設立、授乳用品、離乳関連商品、スキンケア商品、おむつ関連商品などの育児用品を取り扱う企業」(審決書5頁第6段落)であると認定しているとおりである(これは、昭和32年の設立時には、被告の社名が、「株式会社ピジョン哺乳器本舗」とする社名であったことからもうかがわれるところである。)。このように、被告の業務に係る商品の性質、用途又は目的は、乳幼児等に供される商品に特化したものである。それら商品の取引者及び需要者は、商品流通のいわゆる川下に位置する主婦又はその家族であること、特に主婦を需要者の中心とするものであることは、明らかである。また、被告が被告商標を使用していたと主張する「電動搾乳器」は、第10類の「医療用機械器具」の「搾乳哺乳器」に該当し、同じく「電子体温計」も、第10類の「医療用機械器具」の「電子体温計」に該当し、いずれの商品も、本件商標の指定商品とは大きく異なり、その流通経路及び用途も異なるため、その取引者及び需要者が共通しないことが明らかである。
 したがって、本件商標を、本件出願時に、その指定商品に使用したとしても、本件商標の取引者又は需要者が、授乳用品、離乳関連商品、スキンケア商品、おむつ関連商品等の育児用品に係る被告商標を連想又は想起することはなく、原告の商品が被告又は被告と何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように誤認することもない。
(4) 本件商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力
 本件商標の指定商品の取引者又は需要者は、電子部品又は電子製品の製造メーカー、若しくは部品製造業者、又は技術的知識を高度に有している者であり、被告の業務に係る商品の需要者である乳幼児を有する主婦等とは一致しない。
 本件商標の指定商品は、品質・規格又は価格等の競争がきわめて激しい分野の商品であり、多数のメーカーや商標が存在している。そのため、当該分野の取引者及び需要者は、商品を購入する際、それらメーカーの表示や商標に対し、わずかな違いにも十分な注意を向けるものである。したがって、本件商標の指定商品の取引者又は需要者が普通に払う注意力をもってすれば、本件商標が付された商品と、被告商標が付された商品との出所を、十分に区別することができる。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定・判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 取消事由1(被告商標の育児用品における周知著名性の認定の誤り)について
(1) 被告は、本件商標の商標登録出願当時、育児用品として、電動搾乳器及び電子体温計等の電気製品を販売していた(乙第1号証の1)。
(2) 原告は、被告商標が、本件出願時において、育児用品すべてにおいて、取引者及び需要者の間に広く認識されていなければならないことを前提に主張している。しかし、被告が育児用品のすべてを販売し、育児用品のすべてについて周知著名性を獲得していなければ、本件商標について、商標法4条1項15号の適用が認められない、ということはない。
2 取消事由2(本件出願時における出所の混同のおそれの認定判断の誤り)について
(1) 本件商標と被告商標との類似性
 審決は、「本件商標は、その構成よりすれば引用商標に類似するとまではいい得ない商標であるとしても」(審決書6頁第4段落)と判断しているだけであり、審決の趣旨は、本件商標と被告商標の類否の判断をするまでもなく、本件商標は、被告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれのある商標である、と判断したものと解すべきである。本件商標の「TOKYO PIGEON」のTOKYOは、地名であるから、PIGEONが出所表示機能を有する部分であり、被告商標の「ピジョン」と類似することは明らかである。
(2) 被告商標の周知著名性及び独創性の程度
 被告は、本件出願時以前から、被告商標を電動搾乳器等の電気製品も含む育児用品について使用し、被告商標を、雑誌、カタログ、新聞、テレビ等で宣伝広告してきている。したがって、本件出願時において、被告商標は、被告のカタログに記載されている育児用品全般について、周知著名な商標となっていた。
 原告は、被告商標は、独創性が極めて低い、と主張する。しかし、被告がその社名に「ピジョン」を採択した昭和21年当時は、「ピジョン」は新しい言葉であり、現在でも、需要者から「ピジョン」の意味についてよく問い合わせがあることからすれば、「ピジョン」から「鳩」を想起することは、決して一般的ではない。
(3) 本件商標の指定商品等と被告の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情
 原告は、本件商標の指定商品は、主に高度な電子部品又は電子製品であり、用途としては工業用、その他多岐にわたるものであり、特に、技術的な複雑性や高度な光学的知識を必要とするものが多い、と主張する。しかし、本件商標の指定商品は、旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」であり、「主に高度な電子部品又は電子製品で、用途が工業用で、技術的に複雑性や高度な工学的知識を必要とする電気通信機械器具」と限定的に表示されているものではない以上、技術的に複雑性がなく、高度な工学的知識を必要としない電気通信機械器具も、当然、含まれるのである。
 技術的な複雑性がない育児用品であっても、旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」に該当する限り、それが本件商標の指定商品に含まれることになるのは、当然である。すなわち、育児用品でも、「電気通信機械器具」に含まれるものが存在する。乙第7号証の1ないし11は、昭和62年9月24日当時、被告以外の会社が育児用品として販売していた旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)」に含まれる商品群を示したものである。また、乙第8号証の1ないし10は、昭和62年9月24日当時、被告を含む他の会社が、「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)」以外の電気製品を育児用品として販売していたことを示す商品群のリストである。これらからも明らかなように、本件出願時(昭和62年9月24日)当時は、デパートや小売店等の育児用品売り場には、数多くの、被告の業務に係る製品を含む電気製品である育児用品や、被告以外の会社の製品である電気通信機械器具、電子応用機械器具に含まれる育児用品が近接して陳列されていたものである。具体的には、例えば乙第7号証の1ないし11の株式会社日本育児の「ベビーシッター」(電気通信機械器具に含まれる)、旭硝子株式会社の「ヌレナール」(電子応用機械器具に含まれる)、オドワヰヱ貿易株式会社の「まもるくん」(電気通信機械器具に含まれる)等である。このような電気通信機械器具及び電子応用機械器具に含まれる育児用品について、本件商標を付して陳列棚に配置した場合、育児用品の需要者たる主婦等は、当然、育児用品のトップメーカーである被告又はそのグループ会社の取り扱いに係る製品であるかのように誤認することは明らかである。したがって、本件商標は、本件商標の指定商品にこれを使用すると、被告の業務と混同を生じるおそれがある商標に該当するという以外にないのである。
(4) 本件商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力
 原告は、本件商標の指定商品の取引者及び需要者は、被告の業務に係る商品の需要者である主婦とは異なる、と主張する。
 しかし、上述のように本件商標の指定商品に育児用品が含まれることを考えた場合、本件商標の指定商品に関係する取引者及び需要者は、主婦とは異なるとはいえない。また、そもそも育児用品の需要者を主婦のみに限定する根拠もない。現在において、育児は、女性も男性も協働して行っており、主婦のみに育児が限定されるものではない。加えて、育児を行う者も専業で育児のみを行っているわけではなく、共働き家庭の場合には、育児及び社会での仕事の双方をしているのである。したがって、そのような社会実態を考えた場合、育児用品の需要者を主婦のみに限定する考えは非現実的である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(本件出願時における出所の混同のおそれの認定判断の誤り)について
(1) 証拠によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告は、昭和24年にピジョン哺乳器株式会社の社名で創業を開始した会社をその前身とし、昭和32年に株式会社ピジョン哺乳器本舗の社名で設立されたものであり、現在では、資本金51億9959万円、2001年1月期の売上高318億6500万円の東京証券取引所一部上場企業である。被告は、設立時から少なくとも本件出願時に至るまで、被告商標をそのハウスマーク(社章)としてその業務に係る商品全般にわたって使用した上で、乳児用哺乳器等の授乳関連用品及びその他の育児用品を製造販売し、その宣伝広告にも努め、育児用品の分野における有力な企業として発展してきた。被告商標は、このように、被告のハウスマークとして、その業務に広く使用されてきたものであり、本件出願時には、既に、哺乳器等の授乳関連用品等を中心とした育児用品の取引者及び需要者の間で周知となっていた。(甲第1号証、乙第1号証の1、第5号証の1ないし9、第6号証、第9号証)。
(イ) 本件出願のころである、昭和62年2月1日から昭和63年1月31日までの期間における、被告の業務に係る商品とその売上げの割合は、哺乳器等の授乳関連用品が26.9%、離乳食用調理セット等の離乳関連用品が9.9%、ベビーパウダー等のスキンケア用品が17.3%、おむつライナー等のおむつ関連用品が13.5%、電子体温計等のその他育児用品が14.0%、大人用紙おむつ等の介護用品が9.6%、育児用品詰め合わせ等の詰め合わせ商品が8.8%であった(甲第25号証)。
 育児用品としての電気製品については、被告は、本件出願時において、電子体温計及び電動搾乳器を新商品として市場に投入していたものの(甲第25号証、乙第1号証の1、第2号証、第5号証の3ないし5及び7、第8号証の6ないし10)、審決が、「請求人の業務に係る育児用品の中には、本件商標の指定商品中に包含され、或いは、密接な関連を有する商品「調乳ポット」、「電気おかゆ鍋」、「クッカー(電動タイプ)」、「電気通信機械器具(ママきてコール)」など、育児等に使用される電気製品も含まれている」(審決書5頁最終段落)と認定したこれらの商品は、本件出願時には、販売を開始しておらず、その後に販売を開始したものである(甲第5ないし第13号証、)。
(ウ) 原告は、昭和26年4月に、オルゴールの生産を目的として、社名を「東京オルゴール株式会社」として設立された会社であり、昭和28年にその社名を「東京ピジョンオルゴール株式会社」に変更し、さらに、昭和42年に、業務の中心をカセット式テープレコーダーの製造販売に移行させるとともに、社名を「東京ピジョン株式会社」に変更した(甲第19号証)。原告は、現在では、海外の工場等で、本件商標の指定商品に含まれるテープデッキメカニズム及びCDチェンジャー等を製造販売しており、その主たる取引先は、ソニー、東芝、三洋電機等の電機製品のメーカーである(甲第15号証)。
(エ) 本件商標の指定商品は、旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」である。これらの指定商品に含まれる具体的な指定商品は、「電話機」、「インターホン」、「模写電送機」、「ラジオ送受信機」、「テレビジョン送受信機」、「固定局単一通信機械器具」、「レーダー機械器具」、「録音機械器具」、「レコードプレーヤー」、「抵抗器」、「アンテナ」、「スピーカー」、「ビデオテープ」、「産業用X線機械器具」、「超音波応用測深器」、「サイクロトロン」、「真空管」、「ブラウン管」、「ダイオード」、「絶縁がい子」、「絶縁テープ」、「電極」等の商品である(甲第33号証(特許庁編「工業所有権法令集〔第55版・上巻〕」の1511頁ないし1513頁)。
(オ) 育児用品には様々なものが包含される。これらを登録商標の指定商品毎に分類すると、例えば、哺乳器は、第10類「医療用機械器具及び医療用品」の「ほ乳用具」に含まれ、被告が販売している電動式搾乳器も、第10類の「ほ乳用具」に包含される。また、同じく電子体温計も、第10類の「体温計」に含まれ、いずれも電気製品ではあるものの、本件商標の指定商品には含まれない。(甲第30ないし第32号証)。ちなみに、紙おむつは、第16類「紙、紙製品及び事務用品」の「紙製幼児用おしめ」に含まれ、乳母車は、第12類「乗物その他移動用の装置」の「乳母車」に含まれる。育児用品という範疇に含まれる商品は、このように、様々な指定商品に分散されているのが特徴的である。
 本件商標の指定商品である電気通信機械器具あるいは電子応用機械器具に含まれる育児用品としては、本件出願時において、訴外株式会社日本育児が、昭和61年には、乳幼児の泣き声に反応して信号音を発信する「ベビー・ビーパー」という商品を、昭和62年には、乳幼児の泣き声を送信する「ベビーシッター」という商品を、訴外旭硝子株式会社が、昭和61年ころ、オムツのぬれを感知する「ヌレナール」という商品を、訴外オドワヰヱ貿易株式会社は、昭和62年ころ、乳幼児が離れた際に警告音を発信する「まもるくん」という商品を、訴外講談社は、昭和61年ころ、乳幼児の言語能力の発達を促す内容の教材が録音されているテープと、これを再生するテープレコーダーである「ピコピコぞうさん」を、それぞれ販売している(乙第7号証の1ないし8)。
(2) 商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきものである(最高裁平成12年7月11日第3小法廷判決民集54巻6号1848頁、最高裁平成13年7月6日第2小法廷判決判例時報1762号130頁)。
(ア) 本件商標と被告商標との類似性の程度
 審決は、「本件商標の構成中の「TOKYO」の文字が、「東京」の漢字と同様に、企業の工場、支店、営業所又は子会社、系列会社等の名称の一部に冠されて縷々使用されている実情があること、或いは、商品の産地、販売地を表示するものとして容易に認識されること等を勘案すると、本件商標が、その指定商品に使用された場合、これに接する取引者、需要者は、構成中にあって極めて強く印象づけられる「PIGEON」の文字部分に着目し」(審決書6頁第3段落)と認定している。取引者及び需要者が、本件商標中、地名である「TOKYO」の文字部分ではなく、「PIGEON」の文字部分に着目するとの審決の結論に誤りはない。本件商標中の「PIGEON」の文字部分と被告商標「ピジョン」とが、その称呼及び観念において同一ないし類似の関係にあることは明らかであるから、上記を前提にすると、本件商標を全体としてみても、被告商標との類似性の程度は高い、ということができる。
(イ) 被告商標の周知著名性及び独創性の程度
 前記(1)認定の事実によれば、次のとおり認定判断することができる。
(a) 被告は、本件出願当時、被告商標を使用して、哺乳器等の授乳関連用品、離乳食用調理セット等の離乳関連用品、ベビーパウダー等のスキンケア用品、おむつライナー等のおむつ関連用品、電子体温計等のその他の育児用品、大人用紙おむつ等の介護用品、育児用品詰め合わせ等の詰め合わせ商品を販売しており、哺乳器等の授乳関連用品等を中心とした育児用品に関して、被告商標はその取引者及び需要者に周知であった。
 しかし、被告は、もともと、哺乳器等の授乳関連用品の製造販売業者として発展してきたものであることから、取引者及び需要者から、哺乳器等の授乳関連用品を中心とする上記育児用品に関してその信用を獲得していたのであり、本件商標の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」等について周知著名性を獲得していたものではないことはいうまでもないところである。
(b) 被告商標は、「ピジョン」の文字を横書きして成るものである。「ピジョン」は、平和の象徴である鳩を意味する英語の「PIGEON」を片仮名書きしたものであり、英語を母国語としない日本人にとってもなじみの深い言葉である。現に、「ピジョン」又は「PIGEON」あるいはこの文字を含む商標は、様々な指定商品において多数の商標登録がなされており、また、この文字を含む社名の会社も、多数存在している(甲第35ないし第61号証)。そうである以上、「ピジョン」の文字を横書きして成る被告商標は、その商標としての独創性は低い、という以外にない。
(ウ) 本件商標の指定商品と被告の業務に係る商品との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情
 前記(1)認定の事実によれば、次のとおり認定判断することができる。
(a) 被告が販売している、哺乳器等の授乳関連用品、離乳食用調理セット等の離乳関連用品、ベビーパウダー等のスキンケア用品、おむつライナー等のおむつ関連用品、大人用紙おむつ等の介護用品と、本件商標の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」に含まれる商品の例示として挙げられている、「電話機」、「インターホン」、「模写電送機」、「ラジオ送受信機」、「テレビジョン送受信機」、「固定局単一通信機械器具」、「レーダー機械器具」、「録音機械器具」、「レコードプレーヤー」、「抵抗器」、「アンテナ」、「スピーカー」、「ビデオテープ」、「産業用X線機械器具」、「超音波応用測深器」、「サイクロトロン」、「真空管」、「ブラウン管」、「ダイオード」、「絶縁がい子」、「絶縁テープ」、「電極」とは、一般的にみれば、商品の性質、用途及び目的における関連性が認められないことが明らかである。
(b) もっとも、育児用品には、様々な商品が含まれており、これらは、商標法施行規則別表に規定されている様々な指定商品に分類され、中には、本件商品の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」に属するもの、あるいは、これと関連の深いものもある。
 被告は、育児用品としての電気製品に関し、本件出願時において、被告商標を使用して、電動搾乳機と電子体温計を販売していた。ただし、この電動搾乳機及び電子体温計は、第10類の「医療用機械器具及び医療用品」に属するものであり、本件商標の指定商品である旧別表第11類「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」には属さない商品である。
 被告は、本件出願時においては、審決が「本件商標の指定商品中に包含され、或いは、密接な関連を有する商品「調乳ポット」、「電気おかゆ鍋」、「クッカー(電動タイプ)」、「電気通信機械器具(ママきてコール)」など、育児等に使用される電気製品」(審決書5頁最終段落)と認定している商品は、まだ販売していなかった。しかし、商標法4条1項15号の適用については、本件出願時において、被告が現実に販売していなかった商品であるからといって、これを考慮する必要はない、ということにはならない。被告がそれまで販売していなかった商品を、本件商標を用いて販売するようになったと誤認されることを防ぐのも、同号の重要な目的の一つであるからである。
 しかも、被告以外の企業である、訴外株式会社日本育児は、昭和61年には、乳幼児の泣き声に反応して信号音を発信する「ベビー・ビーパー」という商品を、昭和62年には、乳幼児の泣き声を送信する「ベビーシッター」という商品を、訴外旭硝子株式会社は、昭和61年ころ、オムツのぬれを感知する「ヌレナール」という商品を、訴外オドワヰヱ貿易株式会社は、昭和62年ころ、乳幼児が離れた際に警告音を発信する「まもるくん」という商品を、訴外講談社は、昭和61年ころ、乳幼児の言語能力の発達を促す内容の教材が録音されているテープと、これを再生するテープレコーダーである「ピコピコぞうさん」を、それぞれ販売していた。これらの商品は、育児用品として一般的なものということはできず、時の流れによって容易に消長を来す、いわゆるアイデア商品であるということができるものの、商標法施行規則別表に基づいて分類すれば、本件商標の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)電気材料」に含まれるものである。
(エ) 本件商標の指定商品の取引者及び需要者において普通に払われる注意力
 被告が販売している育児用品は、家庭の主婦を中心とした、一般の消費者によって購入されるものである。
 本件商標を使用している原告の取引先は、大手電機メーカー等の取引者が多い。しかし、本件商標の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)電気材料」は、これを完成品として市場に販売し、一般消費者がこれを購入することも可能な商品であるから、その需要者には、一般の消費者も含まれ得ることが明らかである。特に、本件商標が育児用品(育児用品の中にも本件商標の指定商品に含まれるものが存在することは前述のとおりである。)に用いられるときには、その限りでは、被告が販売する商品と同じく、家庭の主婦を中心とした、一般消費者によって購入されることになることが明らかである。
(オ) 以上を前提に総合的に判断すれば、次のとおりである。
 上記(イ)のとおり、被告商標の周知性は、授乳関連用品等を中心とした育児用品において認められるのであり、その育児用品と、本件商標の指定商品の例示として挙げられている上記(ウ)(a)の各商品(「電話機」、「インターホン」、「模写電送機」、「ラジオ送受信機」、「テレビジョン送受信機」、「固定局単一通信機械器具」、「レーダー機械器具」、「録音機械器具」、「レコードプレーヤー」、「抵抗器」、「アンテナ」、「スピーカー」、「ビデオテープ」、「産業用X線機械器具」、「超音波応用測深器」、「サイクロトロン」、「真空管」、「ブラウン管」、「ダイオード」、「絶縁がい子」、「絶縁テープ」、「電極」)とは、類似せず、本件商標の指定商品に属するほとんどの商品が、育児用品と混同されるおそれがないものであること、被告商標の「ピジョン」は、商標としての独創性は低く、様々な指定商品において、その商標登録が認められており、多くの企業の社名ないし社名の一部に使用されていることからすれば、原告が、本件出願時において、本件商標の指定商品の例示として挙げられている上記(ウ)(a)の各商品に本件商標を使用したとしても、その取引者又は需要者が、これを育児用品のメーカーである被告あるいは被告と組織的経済的関係のあるグループ企業の商品であると混同するおそれがないことは明らかである。
 ただし、上記のような事情を考慮したとしても、原告が、本件出願時において、本件商標を、前記(ウ)(b)に述べたような、電気通信機械器具あるいは電子応用機械器具としても例外的であり、育児用品としても例外的である商品について使用してこれを販売したと仮定すれば、育児用品の取引者及び需要者は、たとい、このような商品を被告が実際には販売していなかったとしても、これを被告あるいは被告と組織的経済的関係を有するグループ企業の商品であると誤認混同するおそれがあるのではないか、ということが問題となり、これについての判断は微妙なところである。
 しかし、育児用品に関する周知商標については、育児用品として一般的なものについて、これを保護し、その商品と類似の商品分野について、他者による類似商標の登録を防止することは当然であるとしても、育児用品には、様々な商品が含まれており、商標法施行規則別表の指定商品の分類からみると、様々な分野に別れて分類されているものであることからすれば、育児用品に含まれるとはいえ、時の流れによって容易に消長を来すようなアイデア商品その他の例外的な商品を根拠に、これをその一部に例外的なものとして包含するにすぎない指定商品の分野についてまで、育児用品に関する周知商標を保護し、他者による類似商標の登録を認めないことにすれば、いたずらに商標登録の自由な分野を狭め、商標法の本来の目的に反する結果となることを、避けることができない。
 そうだとすれば、本件については、本件出願時において、上記(ウ)(b)に挙げられた「ベビー・ビーパー」、「ベビーシッター」、「ヌレナール」、「まもるくん」、「ピコピコぞうさん」という、育児用品として一般的とまではいえないアイデア商品等の例外的な商品(これらの商品は、本件商標の指定商品である電気通信機械器具及び電子応用機械器具としても、一般的に例示される商品とは異なるものである。)について、本件商標が使用されるという極めて例外的な場合を想定して、商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」を判断するのは相当ではないというべきである。すなわち、被告が、本件商標の指定商品中の育児用品に係るもののみについて、これを単位として無効審判を請求しているのであれば、これにつき別に考える余地があるとしても、本件商標の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)電気材料」のすべてについて、無効審判を請求している本件については、育児用品として一般的な商品と、本件商標の指定商品として一般的な商品をその前提として、商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」についての判断をするのが、合理的な解釈であるというべきである(商標法46条1項後段が、無効審判の請求人に対し、「指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。」と規定しているのは、無効審判の請求人に対し、無効審判の対象となる登録商標について、その指定商品を合理的な範囲で選択して、審判請求すべきことを規定したものと解すべきである。)。
 以上のとおりであるから、原告が本件商標の指定商品である「電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)電気材料」について本件商標を使用したとしても、被告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあると認めることはできないというべきである。
2 よって、「本件商標が、その指定商品に使用された場合、これに接する取引者、需要者は、構成中にあって極めて強く印象づけられる「PIGEON」の文字部分に着目し、これより引用商標を連想、想起し、該商品が請求人、或いは、その親子会社、系列会社等の緊密な営業上の関係又は商品化事業を営むグループに属する関係にある事業者など、請求人と何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかのように誤認し、その出所について混同することも少なからずあるものと判断するのが相当である。」(審決書6頁第3段落)との審決の認定判断は誤りであり、本件商標を、商標法4条1項15号に違反して登録されたものと認めることはできない。
第6 以上に検討したところによれば、原告の主張する取消事由2は理由がある。そこで、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一
 裁判官 阿部正幸
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