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【事件名】在宅介護本の著作権侵害事件
【年月日】平成14年12月27日
 東京地裁 平成14年(ワ)第3275号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成14年11月8日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 淵上貫之
同 中條嘉則
被告 農林水産省共済組合
被告 B 
上記被告ら訴訟代理人弁護士 秋山昭八
同 泉義孝
被告 共立速記印刷株式会社
訴訟代理人弁護士 津川哲郎


主文
1 本件訴えのうち、原告が被告共立速記印刷株式会社に対して金2万8045円及びこれに対する平成14年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、各自金174万円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 原告は、別紙目録記載1の書籍(以下「原告書籍」という。)の著作者であり、著作権者の1人である(原告と被告共立速記印刷株式会社との間では争いなく、その余の被告らとの間では弁論の全趣旨により認める)。
(2) 被告農林水産省共済組合(以下「被告組合」という。)は、平成5年3月ころ、被告共立速記印刷株式会社(以下「被告共立」という。)から、別紙目録記載2の書籍(以下「被告ら書籍」という。)を購入した。
(3) 被告B(以下「被告B」という。)は、平成5年3月当時、農林水産大臣官房厚生課長であり、被告ら書籍のはしがきに「発刊にあたり」と題する文章を掲載した。 
(4) 原告は、被告共立らを被告として、平成5年に、別紙目録記載3の書籍(以下「前訴書籍」という。)の発行、販売、頒布の差止め、前訴書籍の発行、販売、頒布による著作権(複製権)侵害の不法行為を理由とする損害賠償等を求めて訴えを提起し、原告の被告共立に対する上記損害賠償請求については、原告が被告共立に対して金6万7928円及びこれに対する平成5年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるとして認容され、その余は棄却され(第1審判決平成9年3月31日、第2審判決平成10年11月26日)、この判決はすでに確定している(裁判所に顕著な事実、乙1)。
 前訴の第1審判決においては、「被告共立は、・・・・前訴書籍を700冊、印刷、製本代金分として譲り受け、このうち289冊を農林省共済組合に単価2000円、合計57万8000円で売渡し」と認定されているところ、上記損害額は、700冊についての損害額であり、請求のうち一部が認容された(裁判所に顕著な事実)。
2 本件は、被告らが被告ら書籍を印刷、発行、頒布した行為が、原告の原告書籍に対する複製権及び著作者人格権を侵害すると主張して損害賠償を請求する事案である。
3 本件の争点
(1) 原告の被告共立に対する本訴請求は、上記1(4)の訴訟(以下「前訴」という。)の確定判決の既判力に抵触するかどうか
(2) 消滅時効の成否
(3) 被告らが被告ら書籍を印刷、発行、頒布した行為が原告の原告書籍に対する複製権及び著作者人格権を侵害するかどうか
(4) 損害の発生及び額
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
【被告共立の主張】
 被告ら書籍と前訴書籍とは、表紙の名入れ表示、「発刊にあたって」の文章の一部及び奥付のみを異にし、本文を含むその他の部分は同一である。そして、前訴の確定判決の損害賠償には、被告共立が被告組合に売却した289冊の書籍が含まれているが、これは、前訴書籍ではなく、被告ら書籍であった。それ以外に被告共立が被告組合に被告ら書籍を売却した事実はない。したがって、原告の被告共立に対する本訴請求は前訴の確定判決の既判力に抵触する。
【原告の主張】
 前訴書籍は、「表紙」部分、「発刊にあたり」部分、奥付部分が被告ら書籍と異なるから、原告の被告共立に対する本訴請求は前訴の確定判決の既判力に抵触しない。
(2) 争点(2)について
 【被告らの主張】
 被告共立は、平成5年3月ころ、被告ら書籍を被告組合に販売し、原告は当時その事実を知っていたから、本訴請求に係る損害賠償請求権は平成8年3月31日の経過により時効消滅している。よって、消滅時効を援用する。
【原告の主張】
 原告は、平成12年9月6日、被告組合の事務取扱担当である農林水産省大臣官房厚生課に赴いて被告ら書籍を入手してはじめて被告ら書籍の存在を知ったから、消滅時効は完成していない。
(3) 争点(3)について
【原告の主張】
 被告らは、被告ら書籍の印刷、発行、頒布において、原告書籍の目次及び本文中のすべての記述をそのまま収録、複製して、印刷、発行、頒布しているから、原告の原告書籍に対する複製権を侵害した。また、被告らは、被告ら書籍を印刷、発行、頒布するに当たり、原告の同意を得ることなく、原告書籍の表紙部分の「−いざというときに−」を「−いざというとき編−」に改変し、原告書籍の「発刊にあたり」の部分を、被告Bの作成した文章をもってこれに当て、原告の氏名を表示していないから、原告の原告書籍に対する著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を侵害した。
【被告らの主張】
 争う。
(4) 争点(4)について
【原告の主張】 
ア 原告は、被告らの行為により、その著作権の行使について、通常受けるべき使用料に相当する額の損害を被ったところ、その額は、定価の10%に当たる額が相当である。
 被告ら書籍の発行部数は1万部であり、被告ら書籍の定価については被告組合の組合員らに頒布したものであり、定価の設定はないため、原告書籍の定価である1440円をもって被告ら書籍の定価とする。そうすると、著作権使用料相当額は、1440円に10%と1万部をそれぞれ乗じた144万円となる。
イ 原告が被告らの行為により著作者人格権を侵害されたことによる慰謝料の額は、30万円が相当である。 
【被告らの主張】
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1、2、乙1、2、丙1ないし4)と弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(1) 被告共立は、平成4年12月ころ、株式会社大川クラフト館(以下「大川クラフト館」という。)の依頼に基づいて書籍合計1000冊を印刷、製本し、このうち700冊を大川クラフト館から上記代金の代物弁済として取得し、そのうち289冊の目次及び本文以外の部分を被告ら書籍の様式に印刷、製本して、平成5年3月、被告組合に1冊2000円、合計57万8000円で売り渡した。
(2) 被告共立は、上記書籍289冊を被告組合に引き渡すに当たり、被告組合の指示に基づいて、被告組合の全国各地の支部に上記のうち277冊を納品し、被告組合の本省、南青山会館及び本部には残りの12冊を納品した。 
(3) 前訴書籍と被告ら書籍では、目次及び本文は全く同一である。また、題号と発行日中の発行した年月が一致している。
(4) 原告は、平成12年9月6日、前訴の判決書を持って被告組合の事務取扱担当である農林水産省大臣官房厚生課に赴き、応対した同厚生課長に対し、前訴書籍の有無を確認したところ、同課長は、原告に対し、被告ら書籍を提示した。
2 争点(1)について
(1) 前記争いのない事実等によると、前訴の判決においては、被告共立が被告組合に売り渡した書籍は、前訴書籍であるとされているが、前訴の判決で認定された上記売渡しに関する事実関係は、上記1(1)で認定した被告共立から被告組合に対する被告ら書籍の売渡しに関する事実関係と一致すること、上記1(3)で認定したとおり、前訴書籍と被告ら書籍では、目次及び本文は全く同一であり、題号と発行日中の発行した年月が一致していること、被告らが他に被告ら書籍を印刷、発行、頒布した事実をうかがわせる事情は何ら認められないことからすると、前訴の判決において被告共立が被告組合に売り渡したと認定された書籍は、被告ら書籍であると認められ、これ以外に被告らが被告ら書籍を印刷、発行、頒布した事実は認められない。そして、原告が前訴において被告共立によって著作権(複製権)を侵害されたと主張していた書籍の内容は、原告書籍の内容と同一であると認められ(裁判所に顕著な事実、甲1、弁論の全趣旨)、かつ、前訴書籍と被告ら書籍は上記のとおり目次及び本文が同一であるから、原告の被告共立に対する本訴請求のうち上記1認定の289冊分についての著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求は前訴の請求と訴訟物を同じくするというべきである。
 したがって、本訴のうち、原告の被告共立に対する上記1認定の289冊分についての著作権(複製権)侵害に基づく請求に係る部分は、前訴で認容された限度では訴えの利益がないものというべきであるから、本訴のうち、原告が被告共立に対して、前訴の判決で認容された「金6万7928円」の700分の289に当たる「金2万8045円」及びこれに対する平成14年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求に係る部分は、不適法なものである。
(2) 原告の被告共立に対する上記1認定の289冊分についての著作権(複製権)侵害に基づく本訴損害賠償請求のその余の部分は、前訴の確定判決の既判力により請求することができない。また、原告の被告共立に対する上記1認定の289冊分以外についての著作権(複製権)侵害に基づく本訴損害賠償請求は、上記認定のとおりそのような書籍の存在が認められないから、理由がない。
3 争点(2)(3)について
(1) 民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解される(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)。
(2) 前記争いのない事実等によると、前訴の第1審判決においては、「被告共立は、・・・・前訴書籍を700冊、印刷、製本代金分として譲り受け、このうち289冊を農林省共済組合に単価2000円、合計57万8000円で売渡し」と認定されているのであり、農林省共済組合がそれを頒布したことはきわめて容易に推認することができるから、原告の被告組合に対する上記1認定の289冊を頒布したことを理由とする著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求に関しては、原告は、遅くとも前訴の第1審判決がされるまでには、損害及び加害者を知っていたものと認められる。前訴の第1審判決がされたのは、平成9年3月31日であるから、すでに民法724条の消滅時効が完成しており、被告組合がこれを援用したことは、当裁判所に顕著である。
 また、前記争いのない事実等によると、被告ら書籍のはしがきには、被告Bによる「発刊にあたり」と題する文章が掲載されており、表紙下部には、「農林水産省共済組合」の表示があるものの、前記1で認定した事実によると、被告組合は、上記1認定の被告ら書籍289冊を購入したのみで、その目次及び本文を複製したとまでは認められない。
 したがって、原告の被告組合に対する上記1認定の289冊分についての著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求は、理由がない。
 原告の被告組合に対する上記1認定の289冊分以外についての著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求は、前記認定のとおりそのような書籍の存在が認められないから、理由がない。
(3) 前記争いのない事実等によると、前訴書籍の表紙部分は「−いざというときに−」ではなく「−いざというとき編−」と記載されており、また、証拠(乙1)と弁論の全趣旨によると、前訴書籍には、原告書籍に掲載されている「発刊にあたり」という文章が掲載されておらず、原告の氏名が著作者として表示されていなかったことが認められるから、上記1認定の被告ら書籍289冊についての被告共立及び被告組合に対する上記事実を理由とする著作者人格権の侵害を理由とする損害賠償請求に関しては、原告は、遅くとも前訴の第1審判決がされるまでには、損害及び加害者を知っていたものと認められる。前訴の第1審判決がされたのは、平成9年3月31日であるから、すでに民法724条の時効が完成しており、被告共立及び被告組合がこれを援用したことは、当裁判所に顕著である。
 また、原告の被告共立及び被告組合に対する上記1認定の289冊分以外についての上記著作者人格権の侵害に基づく損害賠償請求は、前記認定のとおりそのような書籍の存在が認められないから、理由がない。
 さらに、前記争いのない事実等と証拠(甲2)によると、被告ら書籍には、被告B名の「発刊にあたり」という文章が掲載されていることが認められるが、証拠(甲2)によると、被告B名の文章は、他の部分とは明確に区別されて、被告Bの名を明示して掲載されているものと認められるから、上記事実は、原告が原告書籍に対して有する著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものということはできない。
(4) 被告Bは、公務員であって、上記1認定の289冊の被告ら書籍の頒布に関与したとしても、それは公権力の行使に当たり、また、その職務の遂行として関与したものと認められるから、個人として損害賠償責任を負うことはないものというべきである。
 また、原告の被告Bに対する上記1認定の289冊分以外について損害賠償請求は、前記認定のとおりそのような書籍の存在が認められないから、理由がない。
4 以上の次第であるから、本訴は、原告が被告共立に対して金2万8045円及びこれに対する平成14年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める部分を却下し、その余の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 内藤裕之
 裁判官 上田洋幸


(別紙)
目録
1 題号 さしのべる手・ふれあう心 だれでもできる在宅介護−いざというときに−
  発行者 東京都在宅介護研究会
  編集 A
  初版第1刷発行日 1993年1月15日
2 題号 さしのべる手・ふれあう心 だれでもできる在宅介護−いざというとき編−
  初版発行日 1993年3月25日
  表紙下部に「農林水産省共済組合」の表示がある。
3 題号 さしのべる手・ふれあう心 だれでもできる在宅介護 いざというとき編
  編集 株式会社大川クラフト館・東京都在宅介護研究会
  発行・印刷 共立速記印刷株式会社
  発行日 1993年3月
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日本ユニ著作権センター
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