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【事件名】スポーツウエアの偽造品事件(2) 【年月日】平成14年12月24日 東京高裁 平成13年(ネ)第5931号 損害賠償請求控訴事件 (原審・東京地裁平成11年(ワ)第6024号) (平成14年9月12日 口頭弁論終結) 判決 控訴人 ヒットユニオン株式会社 訴訟代理人弁護士 小松陽一郎 同 福田あやこ 同 宇田浩康 同 井崎康孝 同 辻村和彦 被控訴人 株式会社ナヴィコ 被控訴人 株式会社サン・アロー 被控訴人 株式会社バイスコーポレーション 3名訴訟代理人弁護士 米川耕一 同 永島賢也 同 鈴木謙吾 同 櫻井滋規 同 保坂光彦 同 大泉健志 主文 1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。 2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人 主文同旨 2 被控訴人ら 控訴人の控訴をいずれも棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 本件は、いわゆるフレッド・ペリー商標が付されたスポーツウエアを並行輸入して国内で販売した被控訴人らが、同商標の商標権者である控訴人に対し、控訴人が、大手販売店に対し、同商品は偽造品であるので販売を中止するようにとの内容の通知書を送付し、さらに、この商品が偽造品である旨の広告を「繊研新聞」に掲載した行為が、不正競争防止法2条1項13号の虚偽の事実を告知し、流布する行為に当たるとして、損害賠償を請求している事案である。 当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に関する当事者の主張」欄記載のとおりであるから、これを引用する。 1 前提となる事実(末尾に証拠を摘示した事実のほかは、争いがない。) (1) 控訴人は、スポーツウェアの製造及び販売を業とする会社である。 (2) 控訴人は、別紙「商標権目録」1及び2記載の商標権(以下、まとめて「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。 (3) フレッド・ペリー・スポーツウェア・リミテッド(以下「FPS社」という。)は、英国法人フレッド・ペリー・スポーツウェア(ユーケイ)・リミテッド(以下「FPSUK社」という。)の関連会社であり、FPSUK社が製造販売する商品に関する商標権等の知的財産権の管理を主たる業務としている。FPS社は、シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)において、別紙「シンガポール商標目録」一ないし三記載の各登録商標(以下、まとめて「本件シンガポール商標」という。)の商標権を有していた。FPS社は、平成7年2月6日ころ、同国法人であるオシア・インターナショナル・ピーティーイー・リミテッド(以下「オシア社」という。)との間で、FPS社がオシア社に対し、本件シンガポール商標の使用を許諾するとの内容の契約を締結した(以下「本件ライセンス契約」という。)。(乙第4、第17号証) (4) 控訴人は、平成7年11月29日ころ、FPS社及びFPSUK社を買収し、FPSUK社の業務を英国法人のフレッド・ペリー・リミテッドに、FPS社の業務を控訴人の100%子会社であるフレッド・ペリー・ホールディングス・リミテッド(以下「FPH社」という。)に、それぞれ引き継がせた。 (5) 被控訴人らは、オシア社が中華人民共和国(以下「中国」という。)において製造し、本件商標に類似する別紙「原告ら標章目録」記載の標章(以下「原告ら標章」という。)を付した品番M1200及びM3000のポロシャツ(以下まとめて「本件商品」という。)を、シンガポールのシカリー・プライベート・リミテッド社(以下「シカリー社」という。)から購入し、我が国に輸入した(甲第5号証)。 (6) 控訴人は、平成8年3月22日、本件商品を販売していた大手販売店である株式会社イトーヨーカ堂に対し、本件商品は、違法に製造された偽造品であり、その販売は商標法等に違反するものであるとして、販売を即時中止するように要求する文書(甲第4号証。以下「本件通知書」という。)を送付した。 (7) 控訴人は、繊維業界における有力な業界紙である「繊研新聞」の平成8年4月22日版(甲第1号証)、同月27日版(甲第2号証)、同年5月2日版(甲第3号証)に、国内輸入業者及び販売店を対象として、「謹告」と題する広告を掲載した。上記各広告には、控訴人が平成7年11月に全世界の「FRED PERRY」ブランドの買収を完了し、控訴人及びその子会社のFPH社が同ブランドの唯一の権利者となったこと、FPH社の許諾に基づかない同ブランドの使用は、同社及び控訴人の権利に対する侵害行為となること、違法に製造された偽造品が並行輸入品と称して日本に輸入され市場に出回っていること、特にFRED PERRY標章を無断で使用した本件商品は全くの偽造品であるので、その仕入れ及び販売に際しては十分に注意するべきであること、権利侵害品の輸入及び販売に対しては厳しい法的措置をもって対処していく所存であることが、記載されていた(以下、これらの広告をまとめて「本件広告」という。)。 (8) 被控訴人らは、同年、本件商品の輸入・販売は真正商品の並行輸入であり違法性を欠くものであるにもかかわらず、控訴人がこれを偽造品であるとしてなした本件通知書の送付及び本件広告の掲載は、不正競争防止法2条1項11号(ただし、平成11年法律第33号による改正前の同法(以下「改正前不正競争防止法」という。)の条項号であり、現行法における同条同項13号に当たる。)に該当すると主張して、控訴人を相手方として、被控訴人らが原告ら標章を使用する権限を有しない旨及び本件商品が偽造商品である旨を被控訴人らの取引先に通知し、新聞等に広告することの差止め並びに損害賠償命令を求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同庁平成8年(ワ)第8625号事件)。これに対して、控訴人は、被控訴人らを相手方として、本件商品は真正品とはいえないから、その輸入・販売は控訴人の本件商標権等を侵害すると主張し、本件商品の輸入・販売の差止め及び損害賠償命令等を求める訴えを提起した(同庁平成8年(ワ)第12105号事件、同第15011号事件)。これら3件の訴訟は、併合して審理された(以下、この併合された3事件を一体として「先行事件」という。以下、先行事件及びその一審判決・控訴審判決に関する記述においては、当該事件における当事者の地位ではなく、本件訴訟における肩書を基準として、「控訴人」、「被控訴人ら」の名称を用いる。)。 (9) 先行事件については、東京地方裁判所が、平成11年1月28日、一審判決(甲第5号証)を言い渡した。同判決においては、本件商品は、オシア社が製造地域として許諾されていた地域外である中国において製造されたものではあるものの、本件ライセンス契約のライセンシー(被許諾者)に、その製造地域制限条項に違反する行為があったとしても、それは商標権者とライセンシーとの間の内部関係というべきであり、本件ライセンス契約が解除されない限り、商標権者からライセンスを受けた者が製造販売した商品であるという点に変わりはないから、商標の出所表示機能が害されることはない、と判示した上、本件商品については、オシア社が製造販売する前に、本件ライセンス契約が解除されていたとは認められないから、本件商品の輸入は、真正商品の並行輸入として、商標権侵害の実質的違法性を欠くものであり、これを偽造商品とした控訴人の本件広告の掲載及び本件通知書の送付行為は、改正前不正競争防止法2条1項11号所定の不正競争行為に該当するとして、被控訴人らの請求につき、差止めに係る部分の全部と損害賠償命令に係る部分の一部を認容し、控訴人の請求については、全部棄却した。 上記一審判決に対して、控訴人が控訴した(東京高等裁判所平成11年(ネ)第1464号事件)。東京高等裁判所は、平成12年4月19日、控訴審判決(甲第805号証)を言い渡した。同判決は、本件ライセンス契約における製造地域制限条項の違反は、商標権者とライセンシーとの内部関係というべきであり、当該条項に違反したというだけで直ちに真正商品であることを否定することはできず、本件商品の品質が英国製の真正品と比べて実質的同一性を欠くということも認められないと述べた上、FPH社はオシア社との間の本件ライセンス契約を平成8年6月17日に解除したものの、同日以前に同社が販売し、被控訴人らが取得した本件商品が遡及的に本件商標権侵害の違法性を有することとなるものではない、と判示し、一審判決のうち、虚偽事実の告知、流布を差止めた部分につき、平成8年6月17日以前の輸入に係る本件商品が本件商標権を侵害する旨を被控訴人らの取引先に通知し、新聞等に広告することを差し止める内容に変更したほかは、一審判決を維持した。控訴人は、控訴審判決に対して、上告受理の申立てをした。最高裁判所は、上告不受理決定をし、上記控訴審判決が確定した。 2 争点 (1) 先行事件の判決の既判力の客観的範囲はどこまでか。 (2) 控訴人が、先行事件において争っていた点、すなわち、本件商品が真正商品であるかどうか、及び、控訴人に故意又は過失があるかどうかを、本件訴訟において再び争うことが、訴訟上の信義則に反するか。 (3) 被控訴人らの本件商品の輸入・販売行為は、真正商品の並行輸入として、違法性がないというべきであるか。 (4) 控訴人には、本件通知書の送付及び本件広告について、故意又は過失があるか。 (5) 被控訴人らが被った損害の額 3 控訴人の当審における主張の要点 (1) 争点(1)(既判力)について 被控訴人らが本件訴訟において請求している逸失利益の損害は、「営業上の信用毀損」に基づく財産的損害(有形損害)であり、先行事件で請求していた損害は、「営業上の信用毀損」に基づく非財産的損害(無形損害)である。このように、被控訴人らが本件訴訟において主張する被侵害利益は、有形と無形という違いがあるだけで、営業上の信用であるという点では、先行事件において主張していたのと同じである。したがって、先行事件の訴訟物と本件訴訟の訴訟物とは、損害を生じさせた原因となる事実及び被侵害利益を共通にするものであるから、同じであると解すべきである(最高裁第1小法廷昭和48年4月5日判決(民集27巻3号419頁))。被控訴人らの本件訴訟における請求は、先行事件の判決の既判力によって遮断され、許されないというべきである。 (2) 争点(2)(訴訟上の信義則)について 原判決は、最高裁判所第2小法廷平成10年6月12日判決(民集52巻4号1147頁)を引用して、控訴人(被告)が、本件商品が真正商品かどうか、あるいは、控訴人に故意又は過失があるかどうか、との先行事件と同一の争点について、本件訴訟において再び争うことは、訴訟上の信義則に反する、と説示した。しかし、上記最高裁判所判決の事例は、一部請求をして敗訴した原告が、再び同種の訴訟を提起し、残部請求をしたという事案である。これに対し、本件訴訟は、被控訴人らが再度の訴訟を蒸し返して提起したのに対し、控訴人が応訴を余儀なくされている事案である。上記判決が、本件訴訟において控訴人が防御方法を行使することについて適用されるべき判例ではないことは、明らかというべきである。 (3) 争点(3)(真正商品)について (ア) 真正商品の並行輸入が、実質的違法性がなく、輸入された国において登録されている商標権を侵害するものではない、と判断されるのは、それが、当該商標権の出所表示機能も品質保証機能も害することがないからである。本件ライセンス契約には、製造地域を特定の国に限定するとの条項がある。同契約には、これに加えて、生産者を原則としてライセンシー自身に限定するとの条項までがあるのである。本件商品は、このような製造地域制限条項及び生産者限定条項の双方に違反して製造されたものである。本件商品は、このようにして製造されたものであって、そもそも商標権者による品質管理が及び得ない商品であるから、本件商標権の品質保証機能が害されているのであり、これを真正商品ということはできない。また、商標権者による品質管理が及び得ない商品を真正商品と認めることは、消費者の利益を害することにもなることも考慮されるべきである。 (イ) 被控訴人らは、FPS社ないしFPH社が本件商品の中国における製造を認めていた、と主張する。しかし、全く根拠のない主張である。特に、本件商品の品番は、M1200及びM3000であり、これは英国製の商品にのみ付すことが許されていた品番であるから、FPS社ないしFPH社が、シンガポールのライセンシーであるオシア社に対し、このような品番の本件商品の製造を許諾することはあり得ない。 (4) 争点(4)(故意又は過失)について 本件商品が輸入された当時の学説及び税関の運用に従えば、本件商品は、真正商品には当たらないものであったから、控訴人が本件通知書を送付し、本件広告を掲載した各行為は、虚偽事実の陳述、流布には該当せず、適法な行為である、と判断される行為であった。したがって、仮に、控訴人の上記行為が、結果的には、あるいは客観的には、虚偽事実の陳述、流布に当たると判断されるとしても、控訴人には、故意も過失も認められないというべきである。 (5) 争点(5)(損害)について 原判決の損害の認定はすべて争う。 4 被控訴人らの当審における反論の要点 (1) 争点(1)(既判力)について 先行事件における被侵害利益は、具体的な取引を離れて考えられる、被控訴人らの一般的・抽象的な営業上の信用の毀損であり、本件訴訟における被侵害利益は、控訴人の本件通知書の発送及び本件広告の掲載を原因として、本件商品の個別具体的な取引において被控訴人らに実際に生じた逸失利益の損害である。このように、それぞれにおいて問題とされる被侵害利益が異なる以上、先行事件の確定判決の既判力は、本件訴訟には及ばないと解するべきである。 (2) 争点(2)(訴訟上の信義則)について 控訴人が、本件訴訟において、先行事件の確定判決の理由中の判断を争い、本件商品が真正商品ではないとか、故意又は過失がないとか主張することは、正しく、先行事件におけるのと同一の争点を蒸し返すものであり、訴訟上の信義則に反し、許されないことは明らかである。 (3) 争点(3)(真正商品)について 本件商品は、真正商品である。 (ア) 本件ライセンス契約のライセンシーであるオシア社は、中国における工場でのみ、商品を生産していた。このことは、ライセンサーであるFPS社及びFPH社は、オシア社による中国における本件商品の製造を認めていたことを物語る。 (イ) 一般的に、商標に係るライセンス契約(使用許諾契約)のライセンシーが、契約の個々の条項に違反したからといって、ライセンシーによって製造された商品が、直ちに偽造品となるということは、あり得ない。@商標を付した主体(ライセンシーかどうか)、A商標を付した客体(契約上認められた品物かどうか)、B商標を付した時期(契約期間内かどうか)という3点に違反がなければ、仮にその他の契約条項についての違反(例えば、ライセンス料の支払遅滞)があったとしても(すなわち、解除事由はあったとしても)、当該商品は、真正商品であることをやめないものというべきである。上記@主観的範囲、A客観的範囲、B時間的範囲の3点について違反がなければ、ライセンス契約に基づいて商標を付したということができるからである。 ライセンス契約のライセンシーが、製造地域制限条項に違反して商品を製造したという場合にも、そのことは、ライセンス契約の解除理由となるとしても、契約が解除されない限り、同条項に違反して製造された商品は、依然として真正商品であると解すべきである。 (ウ) 商標に係るライセンス契約におけるライセンサー(商標権者)は、ライセンシーを監督すべき注意義務を負っており、仮に、ライセンシーが重大な契約の条項に違反して、商品を製造販売し、これを流通させた場合でも、このような監督責任に基づき、当該商品のリコール(回収)を行うべきであり、消費者及び流通業者に損害を与えるべきではない。オシア社が本件ライセンス契約における製造地域制限条項に違反して本件商品を製造販売したとしても、それは、ライセンサーとライセンシーとの内部関係の問題にすぎない。本件においては、本件商標の出所表示機能は害されていないのであるから、被控訴人らによる本件商品の輸入・販売行為は、真正商品の並行輸入に該当し、実質的違法性を欠くのである。 (4) 争点(4)(故意又は過失)について 控訴人は、控訴人主張のとおり、本件のような事例において並行輸入が違法となるかどうかについて、法的見解が定まっていなかったのであれば、仮処分や訴訟などの手続を採るべきであったのである。したがって、控訴人が、本件通知書を発送し、本件広告を掲載した行為については、少なくとも過失があったことが明らかである。 (5) 争点(5)(損害)について 原判決の損害額の認定は、少なくとも過大な認定ではないという意味において、すべて正当である。 第3 当裁判所の判断 当裁判所は、被控訴人らの請求は、いずれも理由がないから、棄却すべきものである、と判断する。その理由は、次のとおりである。 1 争点(1)(既判力)について (1) 前記前提となる事実等及び証拠(甲第5、第797、第805号証、乙第4、第17号証)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 本件商品は、本件ライセンス契約のライセンシーであるオシア社が中国で製造した本件商品をシカリー社に販売し、被控訴人らがシカリー社から購入したものである。オシア社は、FPS社との本件ライセンス契約における契約地域である4か国(シンガポール、マレイシア、インドネシア及びブルネイ)の国内においてのみ、本件シンガポール商標を付した商品を製造販売することを許諾されていたものであり、中国での本件商品の製造行為は本件ライセンス契約の範囲外の行為であるから、オシア社が本件商品を中国で製造したことは、本件ライセンス契約における製造地域制限条項に違反するものである。 本件訴訟に関連する先行事件の控訴審判決は、確定しており、その主文の内容は、次のとおりである(訴訟費用及び仮執行宣言の主文を除く。「控訴人」とは、本件訴訟における控訴人であり、「被控訴人ら」には本件訴訟における被控訴人らが含まれている。)。 「1 控訴人は、平成8年6月17日以前の輸入に係る原判決別紙二「原告ら 標章目録」一ないし四記載の各標章を付した品番M1200及びM3000の中華人民共和国製のポロシャツが偽造品である旨を新聞、雑誌等のマスメディアによって広告してはならない。 2 控訴人は、平成8年6月17日以前の輸入に係る原判決別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を付した品番M1200及びM3000の中華人民共和国製のポロシャツが偽造品である旨を被控訴人らの取引先に対し通知してはならない。 3 控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ120万円を支払え。 4 被控訴人らのその余の請求及び控訴人の請求をいずれも棄却する。」 民事訴訟法114条1項は、「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」と規定している。先行事件の上記確定判決の主文は、上記のとおりであるから、先行事件の判決により既判力が生じるのは、先行事件の控訴審口頭弁論終結時(平成12年2月7日)において、@被控訴人らが控訴人に対して平成8年6月17日以前の輸入に係る本件商品について偽造の旨を告知、流布することについての請求権(告知、流布しないよう求める請求権)を有していること、A被控訴人らが控訴人に対して本件通知書及び本件広告による虚偽事実の告知・流布に基づく被控訴人らの営業上の信用毀損を理由とする各120万円の損害賠償請求権を有していること、B控訴人は、被控訴人らに対して本件商品の販売につき本件商標権等の侵害を理由とする請求権(本件商品の販売をしないよう求める請求権)を有していないこと、C控訴人は、被控訴人らに対して、本件商品の販売につき本件商標権等の侵害を理由とする損害賠償請求権を有していないこと、についてである。 上記のとおり、先行事件の確定判決により既判力が生じるのは、先行事件の控訴審口頭弁論終結時における上記の各請求権の存否に限られるのであり、本件商品の輸入・販売が真正商品の並行輸入として、控訴人の本件商標権を侵害しないこと、控訴人による本件通知書の発送及び本件広告の掲載が虚偽事実の告知・流布として不正競争防止法における不正競争行為に該当すること、及び、当該行為につき控訴人に故意過失が存在することは、いずれも先行事件の確定判決における理由中の判断であるにすぎず、本件訴訟におけるこれらの争点については、先行事件の確定判決の既判力が及ぶものではないことが、明らかである。 (2) 控訴人は、先行事件と本件訴訟の訴訟物は、原因となる事実及び被侵害利益を共通にするものであり、同じ訴訟物であると解すべきであるから、本件訴訟における請求は、先行事件の判決の既判力によって遮断される、と主張する。確かに、先行事件の訴訟物は、本件通知書を送付し、本件広告を掲載したとの控訴人の不正競争行為により、被控訴人らが被った営業上の信用毀損についての損害賠償請求権の存否であり、本件訴訟における訴訟物は、同様に、本件通知書を送付し、本件広告を掲載したとの控訴人の不正競争行為により、被控訴人らが被った得べかりし仲介手数料及び得べかりし販売利益等についての損害賠償請求権の存否である。両者の損害は、同一の行為により生じたものであり、かつ、被侵害利益を共通にするものであるから、その損害賠償の請求権は1個であり、訴訟物は1個であると解すべきである。しかし、被控訴人らは、先行事件において、被控訴人らの抽象的な営業上の信用毀損の損害に明示的に限定して賠償を求めたのに対し、本件訴訟においては、具体的な仲介手数料、販売利益等の逸失利益の損害に明示的に限定して、賠償を求めているのであり、被控訴人らは、1個の訴訟物における異なる種類の損害を、先行事件と本件訴訟において分けて請求したものである。このような被控訴人らの請求は、先行事件において控訴人らの行為によって被った損害のうち、明示的に一部の請求をし、その請求が認められた後、本件訴訟において、明示的に残部の請求をしているものであるから、一部の請求についてなされた先行判決の既判力は、残部について請求している本件訴訟には及ばない、というべきである。 2 争点(2)(訴訟上の信義則)について 前掲最高裁判所第1小法廷平成10年6月12日判決は、一部請求をして敗訴した原告が、再度訴えを提起して、残部の請求をすることが、訴訟上の信義則に反する、と判示したものであり、本件のように、先行事件において、被控訴人から一部の損害について賠償を求められ、これに敗訴した控訴人が、後日、残部の損害の賠償を求める訴えを提起されたときに、これに応訴する場合とは、事例を異にするものである。控訴人は、先行事件に続いて、本件訴訟を提起され、被控訴人らから先行事件において求められたものに比べてはるかに高額の損害賠償を求められているのである。控訴人が、本件訴訟において、改めて本件の並行輸入の実質的違法性の有無及び過失の存否等を争い、これらの争点についての裁判所の判断を求めて、防御活動をなすことを、訴訟上の信義則に反するものということはできないというべきである。 3 争点(3)(真正商品)について (1) 前記前提となる事実によれば、原告ら標章が本件商標に類似し、本件商品が本件商標権の指定商品に含まれることは明らかである。したがって、本件商品を輸入する行為は、条文上は原則的に、本件商標権を侵害するものということになる(商標法2条3項2号、37条1号)。しかし、このように我が国の商標権を条文上侵害する輸入行為であっても、それが実質的違法性がない、との評価を受けるものであるならば、これを、我が国の商標権を侵害するものということはできないことは、当然である。そして、外国から我が国へ商品を輸入する行為が、実質的違法性がなく、我が国の商標権を侵害しないと評価される場合の一つとして、いわゆる真正商品の並行輸入を認めるべきであり、その際、そのように評価し得ることの根拠は、真正商品の並行輸入が、その製造主体と我が国の商標権者との間に親子会社関係ないしライセンス契約(使用許諾契約)関係などが認められ、これにより、我が国の商標権者が親子会社関係ないしライセンス契約関係などを通じ、直接的あるいは間接的にその商品の品質を管理することができることから、当該商標権の出所表示機能を害さないだけでなく品質保証機能も害さない、と考えられることに求められるべきである(我が国の商標権者と商品の製造主体との関係は、親会社と子会社、又は、単なるライセンサーとライセンシーなど、いろいろな場合が考えられるものの、商品の製造主体は、ライセンス契約関係等を通じて、これら商標権者グループの一員であるライセンサーにより管理されることになるのが通常であり、商標権者グループは、これにより当該商品の品質等を管理することができるのである。)。 しかし、商品の製造地域は、商品の原材料又は部品の調達及び商品の製造技術等の商品の品質管理に密接に関連する事項であるため、商品の品質を維持し管理するための基盤となるものである。したがって、ライセンス契約における製造地域制限条項違反は、一般に、商標の品質保証機能を害する結果を導くものであり、ライセンス契約における重大な債務不履行を構成するものというべきである。本件の前記認定の事実関係においては、オシア社は、本件ライセンス契約の製造地域制限条項に違反して、中国において本件商品を製造したものであり、そのライセンサーであるFPS社ないしFPH社としては、そもそも製造されているはずがない地域において製造されている本件商品については、しばらくの間はそのような商品の存在すら知らないことが通常であるから、その品質を管理することは不可能であったというべきである(ライセンサーとしては、そのような重大な契約違反の事実を知った段階で、本件のように速やかにライセンス契約を解除することになるであろう。)。このように、製造地域制限条項に違反し、商標権者グループの一員であるライセンサーの品質管理が及ばない商品については、もはや商標の品質保証機能が働かないというべきであるから、このような商品を真正商品であるとしてその並行輸入を適法とすることは、商標権者が当該商標について築き上げてきた信用を維持し、発展させることを著しく困難にするものであり、また、商標権者グループによる商品の品質管理ができないものである以上、当該商標を信頼して商品を購入する消費者の利益をも害するものというべきである。そうである以上、このような製造地域制限条項違反があった場合は、もはや当該商品を真正商品であるということはできず、このような商品を我が国に輸入し、販売することを、実質的違法性がないものとすることはできないと解すべきである(これに対し、ライセンス料(許諾料)の不払などは、ライセンス契約における重大な債務不履行ではあるものの、商品の品質に直接影響する内容の債務不履行ではないので、当該商品が真正商品かどうかの判断に影響を与える債務不履行とみるべきではないことが明らかである。)。 (2) 以上によれば、本件商品は、オシア社が、本件ライセンス契約における製造地域制限条項に違反し、中国で製造したものであるから、もはやこれを真正商品であるとみることはできない。したがって、被控訴人らが本件商品を日本に輸入した行為は、本件商標権の品質保証機能を害するものであって、実質的違法性がないものということはできないのであるから、控訴人の本件商標権を侵害するものというべきであり、控訴人が本件通知書を大手販売店に送付し、本件広告を掲載した行為が、虚偽事実の陳述、流布行為に該当する、ということはできない。 (3) 被控訴人らは、本件ライセンス契約のライセンサーであるFPS社ないしFPH社は、オシア社による中国における本件商品の製造を認めていた、と主張する。しかし、本件全証拠によっても、被控訴人らの主張する事実を認めるに足りる証拠はない。 被控訴人らは、ライセンシーに契約義務違反があったとしても、それが、@商標を付した主体(ライセンシーかどうか)、A商標を付した客体(契約上認められた品物かどうか)、B商標を付した時期(契約期間内かどうか)の3点に係るものでなければ、付された商標はライセンス契約に基づいて付されたものということができるから、当該商品は真正商品であることをやめるものではない、と主張する。しかし、製造地域制限条項に違反して製造された商品に付された商標は、決して、ライセンス契約に基づいて付されたものではない。たとい、ライセンシーによって、契約上定められた種類の品物に、契約期間内に付された商標であったとしても、当該商品が製造地域制限条項に違反して製造されたものであるときは、そのような商品に商標を付すことはライセンス契約上認められていないとするのが、製造地域制限条項を設けた趣旨に合致する合理的な契約解釈であるものというべきであるからである(これに対し、ライセンス料不払があったとしても、契約解除がなされない限り、商標を付することは許される、とするのが、合理的な契約解釈である。)。 被控訴人らは、ライセンサーがライセンシーを監督すべき注意義務を負っており、オシア社が本件ライセンス契約における製造地域制限条項に違反して本件商品を製造販売したとしても、それは、ライセンサーとライセンシーとの内部関係の問題にすぎず、本件においては、本件商標の出所表示機能は害されていないのであるから、被控訴人らによる本件商品の輸入・販売行為は、真正商品の並行輸入に該当し、実質的違法性を欠くものである、と主張する。しかし、我が国において真正商品を並行輸入する行為が実質的違法性がないと判断されるのは、我が国において登録されている商標権の出所表示機能及び品質保証機能が害されないと判断されるためであり、本件のような場合においては、本件商品は、本件ライセンス契約のライセンシーであるオシア社の製造に係るものであり、出所表示機能は害されてはいないものの、その商品はライセンサーの品質管理が及ばない契約地域外の中国で製造されたものであって、本件商標権の品質保証機能が害されているものであることは前記認定のとおりである。したがって、このような本件商品の輸入・販売行為を、本件商標権の機能を害することのない実質的違法性がない行為であるということはできず、被控訴人らの主張は、採用することができない。 4 結論 以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。そこで、被控訴人らの本訴請求を一部認めた原判決を取り消し、被控訴人らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法67条2項、61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下和明 裁判官 設樂隆一 裁判官 阿部正幸 |
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