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【事件名】工業薬剤の商標権侵害事件(2)
【年月日】平成14年12月19日
 東京高裁 平成14年(ネ)第2493号 商標使用差止請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成13年(ワ)第4294号)
 (平成14年10月24日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(原告) レイデント工業株式会社
訴訟代理人弁護士 森正博
被控訴人(被告) 株式会社吉崎メッキ化工所
訴訟代理人弁護士 長瀬弘毅
補佐人弁理士 近藤豊


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴人の求めた裁判
 原判決を取り消す。
 被控訴人は、提供するメッキ業務につき原判決別紙被告標章目録記載の標章を使用してはならない。
第2 事案の概要
1 本判決においても、原判決の用語と同様に又はこれに準じ、「被告標章」、「本件商標」、「本件商標権」、「レイデント標章」、「改正法」という。
2 本件は、本件商標権(登録番号第3369910号、平成6年5月19日出願、平成10年7月31日設定登録、指定役務第40類、「RAYDENT」を上段に、「レイデント」を下段に、それぞれ横書きしてなる商標に関するもの。)を有する控訴人(原告)が、原判決別紙被告標章目録記載の標章(被告標章)を使用している被控訴人(被告)の行為が本件商標権を侵害するものであるとして、被控訴人に対し、被告標章の使用の差止めを求めた事案である。
 原判決は、原判決記載の争点(3)(被告は、被告標章について、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)[改正法]附則3条1項所定の継続的使用権を有しているか)について検討し、被告(被控訴人)は、改正法施行の日(平成4年4月1日)から6月を経過する前(平成4年10月1日より前)に、被告標章と同一の標章を使用していたこと、被告(被控訴人)には、被告標章の使用について、不正競争の目的があったと解することはできないことを認定し、被告(被控訴人)は、被告標章を使用してその役務に係る業務を行っている範囲内において、被告標章を使用する権利を有すると判示して、原告(控訴人)の本訴請求を棄却した。そこで、控訴人(原告)から本件控訴の提起がされた。
3 当事者の主張は、次の4及び5のとおり、当事者の当審における主張の要点を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」(原判決1頁末尾2行から5頁20行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
4 当審における控訴人の主張の要点(控訴理由の要点)
(1) 被控訴人による被告標章の使用は、平成4年10月1日以前において不正競争の目的をもってするものであることが明らかであるのに、この目的があったと解することはできないとした原判決は、事実を誤認したものある。
(2) 不正競争の目的とは、「他人の信用を利用し、又は他人の信用に便乗して不当な利益を得ようとする目的」であると解すべきである。
(3) 被控訴人自身の行動につき、次の点を指摘し得る。
 昭和59年5月に、控訴人と被控訴人間で「レイデント基本契約書」締結に向けた協議がされたが、結局、締結に至らなかった。しかし、レイデント標章が競争力があることを知る被控訴人は、レイデント標章をその営業に付し、顧客を獲得してきた。これは、不正競争以外の何ものでもない。
 また、被控訴人と密接な関係を有する者(被控訴人代表者の弟であるAであり、被控訴人のダミーないし実質的に被控訴人そのものといえる。)が昭和60年12月18日、レイデント処理と不可分のレイデント液を指定商品として「レイデント」の商標を登録出願し、昭和63年4月26日に設定登録を得たが、控訴人が申し立てた審判により、商標法4条1項7号違反を理由に無効の審決(平成13年4月24日付け)がされ、Aの提起した審決取消訴訟(東京高裁平成13年(行ケ)第260号事件)でも上記結論は維持された(平成14年2月14日判決)。その審決及び判決において、「不正競争目的があった」と断じられている。
 被控訴人自身も、平成6年6月7日、「レイデント」につき、指定役務を「電気めっき」等として商標の登録出願をしたものの、平成10年9月4日に拒絶処分を受けている。被控訴人がそれ以後もその営業に「レイデント」を付しているのは、不正競争の意図を有するものといえる。
(4) 加えて、控訴人の「レイデント」又は「レイデント処理」という標章は、平成4年10月ころ及びそれ以前から関東地方はもちろん全国的に取引を展開することで、金属表面処理を必要とする業界においては著名、周知の標章であった。被控訴人が、表面処理業者として、控訴人の「レイデント処理」という標章の信用力、著名性、周知性を知らないはずはなく、被控訴人は、これに便乗して自らの利益を得ようとして、これらの標章を不正使用してきたものである。
5 当審における被控訴人の主張の要点
(1) 原判決の認定判断するところは正当であり、不正競争目的がなかったとする原判決は相当である。
(2) Aと控訴人との商標をめぐる審判及び審決取消訴訟は、本件訴訟とは、当事者の異なる別個の事件である。原判決の判示するように、不正競争目的がなかったとする認定に影響を及ぼすものではない。なお、Aが被控訴人のダミーとなった事実は全くない。
 また、平成6年の被控訴人による商標登録の出願は、平成4年より後のことであり、本件不正競争の目的の認定に影響を及ぼすものではない。
 平成13年4月24日付け審決では、商標法4条1項7号違反とされたが、商標の登録を認めておくことが妥当であるか否かの問題と、被控訴人が継続的使用権を根拠に被告標章を継続使用し得るか否かの問題は、別の観点から判断されるべき事項である。
(3) 控訴人の「レイデント」又は「レイデント処理」という標章が、平成4年10月ころ及びそれ以前から関東地方はもちろん全国的に取引を展開することで、金属表面処理の業界においては著名、周知の標章であったとの事実は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も原判決と同様に、被告標章の使用について、被控訴人(被告)に、改正法附則3条1項所定の不正競争の目的があったとまでは認めるに足りず、控訴人の本訴請求は棄却されるべきものと判断する。その理由は、以下に付加するほか、原判決の「第3 争点に対する判断」(原判決5頁21行目から12頁16行目。なお、12頁16行目末尾に句点「。」を付加する。)のとおりであるから、これを引用する。
2 控訴人は、昭和59年5月の「レイデント基本契約書」の締結が成立に至らなかったことを挙げ、その後の被控訴人のレイデント標章の使用を不正競争目的でしたものである旨主張し、さらに、昭和60年のAによる商標登録出願、これに対する控訴人申立てによる無効審判(平成7年審判第3632号、平成13年4月24日審決)及びAの提起に係る審決取消訴訟(東京高裁平成13年(行ケ)第260号事件、平成14年2月14日判決)を取り上げ、審決及び判決で「不正競争目的があった」旨が認定されていることなどを主張する。
 そこで、前記の原判決引用部分と一部重複するが、改めて、控訴人主張の点に関する当裁判所の判断を以下に補足して説示しておくこととする。
(1) 本件証拠(前記引用の原判決摘示の証拠のほか、甲1〜3、13、15、24、87、乙73)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
 控訴人は、遅くとも昭和46年ころまでには、金属表面処理加工に関する技術である黒色防錆薄膜処理法を開発し、その商品である黒色金属表面処理剤及びその役務である黒色金属表面処理の商標として「レイデント」の標章を創作し、使用を開始し、今日まで継続して使用している。控訴人は、昭和50年6月20日に「レイデント」の商標登録出願をした(昭和54年6月12日出願公告)が、昭和55年5月9日に登録料不納により出願無効処分となり、その後、平成6年5月19日に本件商標「RAYDENT/レイデント」の登録出願をするまで、「レイデント」、「RAYDENT」標章に関する商標登録出願をしたことはなかった。
 被控訴人は、昭和48年ころ、控訴人からその製造するレイデント処理液を購入し、黒色防錆薄膜処理法による営業を行うようになり、昭和48年発行のパンフレットには、「驚異の表面処理新技術 LAYDENT レイデント 超級防錆黒色薄皮膜」と題して「京都のレイデント工業(株)の支援を得まして此の度東京での第一号工場が誕生致しました。」と記載し、遅くとも昭和49年には、その役務につき、「レイデント」、「LAYDENT」(「RAYDENT」ではない。)の標章を使用していた。被控訴人は、昭和52年、同55年にも控訴人からレイデント処理液を購入し、例えば昭和56年ころのパンフレットには、「本技術は、昭和47年より京都のレイデント工業(株)の支援を得まして研究を続けて参りました。逐次技術の改善を計り現在に至りました、最近ではその成果が表はれ、各企業に於いて、レイデントの御指定を賜って居ります。」と記載し、「レイデント」と称される金属表面処理加工の技術等が控訴人の開発に係るものであることを明示し、自己の役務につき、公然と「レイデント」「LAYDENT」の標章を使用してきた。これに対し、控訴人は、上記「レイデント」等の標章の被控訴人による使用につき異議を述べたことはなかった。
 昭和59年5月ころから、控訴人と被控訴人との間で、レイデント処理液を使用した金属表面処理加工に関する基本契約(「レイデント」の標章の使用に関するものも含む。)の締結について交渉がされ、控訴人の提案を受け入れられなかった被控訴人は対案を出したが、これに対し控訴人からの応答がないまま、基本契約は締結されず、両者の取引関係は、自然解消の状態となった。被控訴人は、その後も、その役務につき「レイデント」「LAYDENT」等の標章を継続して使用してきた。
 そして、被控訴人の代表者の親族であり、当時総務部長であったAは、昭和60年12月18日に「レイデント」を商標登録出願し、昭和63年4月26日に設定登録された(第2043365号)。これに対し、控訴人からは格別の異議申立てもないまま約10年経過していたが、平成7年2月27日に至って控訴人から登録無効審判請求がされ(平成7年審判第3632号事件)、さらに約6年後の平成13年4月24日に登録を無効とする審決があり(その間の平成10年2月3日更新登録)、Aからの審決取消訴訟は、平成14年2月14日請求棄却の判決がされた。なお、控訴人が平成6年5月19日に登録出願した本件商標は、平成10年7月31日登録され、控訴人は、同年10月2日、被控訴人に対し被告標章の使用につき異議を述べ、警告を発した。
(2) 以上の事実経過をみると、被控訴人は、遅くとも昭和49年ころから約10年間にわたり、自己の役務につき、控訴人が開発した技術に由来することを明示して被告標章を公然と使用してきたもので、その間控訴人からその使用につき格別異議を申し述べられたことはなく、さらに、昭和59年の基本契約を巡る交渉が成立しないまま両者の取引が自然解消になった後も、少なくとも上記のAの出願に係る登録商標「レイデント」に対する無効審判請求が控訴人によってされた平成7年2月27日までの10年以上もの間、被控訴人の被告標章の継続使用について、控訴人から異議を申し立てられたことはなかったということができる。
 したがって、本件で、問題になっている改正法の施行日から6月を経過する際(平成4年10月1日)、被控訴人は、現に被告標章を使用して業務を行っていたものであり、上記認定のとおり、控訴人から明確な異議を申し述べられることなく、被告標章を約20年にわたり公然と継続使用してきたことに照らすと、被控訴人が昭和59年に控訴人から提案された基本契約の内容を受け入れられないで対案を示し、あるいはAが昭和60年に「レイデント」の登録出願をしたからといって、平成4年当時における被控訴人の被告標章の使用が、直ちに改正法附則3条1項所定の「不正競争の目的」でされたものと解することはできない。
 なお、上記審判及び審決取消訴訟においては、Aが登録を受けた商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれ」があるか否かを判断するに際し、不正競争の目的が問題とされたものであるところ、「レイデント」という標章の生みの親ともいうべき控訴人ではなく、Aに「レイデント」の商標を独占させ、控訴人などの使用を排斥する権利を認めるのは相当ではないという観点から判断されたものということができる。他方、本件では、改正法附則3条1項に明記された「不正競争の目的」に該当するか否かが争われているもので、法改正に伴い、既存の取引秩序を維持、保護することを目的として、従前から使用されてきた商標の使用を禁止することなく、引き続き使用を認めるという形で保護すべきか否かという観点から、被控訴人による被告標章の使用に関してされる判断である。同様の用語が使用されているとはいえ、両者の間には、自ずと要求される内容には違いがあるのであって、必ず同じ結論となるべきものではないことは明らかである。そして、前判示(原判決引用部分も含む)の事情及び本件証拠に照らして検討するに、改正法施行の日から6月を経過する(平成4年10月1日)前において、被告標章の使用について、被控訴人に改正法附則3条1項の保護を否定すべきような不正競争の目的があったとまでは認めるに足りない。これと同旨の原判決の認定判断は相当である。
 よって、控訴人の上記主張は、いずれも採用することができない。
3 控訴人は、また、被控訴人自身がした平成6年6月7日の「レイデント」の商標登録出願を取り上げて、不正競争の目的を有することの根拠として主張する。
 しかし、上記は、改正法附則3条1項の基準日(平成4年10月1日)より後の事情であるから、直ちには採用することができず、これを間接事実として、前記基準日以前における不正競争の目的の存在を推認するにも十分ではない。よって、控訴人の主張は採用し得ない。
4 控訴人は、平成4年ころ及びそれ以前において、控訴人の「レイデント」又は「レイデント処理」という標章が関東地方はもちろん全国的に著名、周知であったと主張し、当審において多くの証拠を提出した。
 しかし、これらによっても、被控訴人が改正法附則3条1項所定の不正競争の目的を有していたことを認定するに足りるだけの情況が証明されているとは認められない。
 その他、控訴人の主張及び全証拠を精査しても、控訴人の本訴請求は理由がないものといわざるを得ない。
5 結論
 以上によれば、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第18民事部
 裁判長裁判官 永井紀昭
 裁判官 古城春実
 裁判官 田中昌利
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