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【事件名】住宅設計図の著作物性事件 【年月日】平成14年12月19日 東京地裁 平成14年(ワ)第2978号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結の日 平成14年10月8日) 判決 原告 株式会社カイ設計 訴訟代理人弁護士 藤川明典 被告 A 訴訟代理人弁護士 田口育男 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は、原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の請求 被告は、原告に対し、205万7847円及びこれに対する平成13年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 原告は建築の設計監理等を業とする会社であり、被告の依頼によりその自宅の設計図面を作成して被告に交付したが、その後両者の間の契約が解消されたため、被告は別の業者に自宅の設計監理を依頼した。 原告は、@被告は原告の許諾を得ることなく原告作成の設計図面を利用して別の業者をして設計図面を作成させたものであり、被告の行為は著作権(複製権)及び著作者人格権の侵害に当たる、A被告の上記行為は、知的創造物に対する法的利益を侵害する民法上の一般不法行為に当たる、B被告の上記行為は、契約終了に伴う信義則に違反する、C被告が、上記行為により、設計料相当額の支払を免れたことは不当利得に当たると主張して、被告に対し、損害賠償を求めている(上記@ないしBの請求は選択的併合の関係にあり、同Cは予備的な請求である。)。 これに対し、被告は、原告作成の設計図面が「著作物」(著作権法10条1項6号)に該当することを争うほか、被告の行為は民法上の一般不法行為又は信義則違反等にも該当しないとして、原告の請求を争っている。 1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨に加えて該当部分末尾掲記の証拠により認められる。) (1) 当事者 原告は、建築の設計監理等を業とする会社である(弁論の全趣旨)。原告代表者は、被告のおばであるBを通じて以前から被告と面識があったところ、平成13年3月ころBが原告代表者に対し「被告が建売住宅を買いたいと言っている。」と申し入れたことから、後記のとおり、原告会社と被告の交渉が開始された。 (2) 原告会社に対する設計図面作成の依頼 被告は、平成13年3月31日、別紙物件目録1記載の土地(東京都千代田区(以下略)所在、宅地44.61平方メートル。以下「本件土地」という。)の購入を勧められ、この土地上に自宅用の建物を建築することを思い立ち、同年4月初旬、原告代表者に対し、具体的な要望事項を述べた上で建物の設計図面の作成を依頼した(弁論の全趣旨)。 原告会社は、同年5月31日、千代田区役所に上記建物の建築確認の申請をした。 (3) 委任関係の解消 原告会社は、平成13年6月下旬、Bを介して被告に対し、被告との委任関係を終了させることを伝え、同年7月1日、上記建築確認申請を取り下げた。 (4) 被告による建物の建築 被告は、平成13年7月上旬、本件土地上に建築する建物の設計を株式会社スターホーム二級建築士事務所(以下「スターホーム」という。)に依頼した。被告は、スターホームの設計図面に基づき本件土地上に別紙物件目録2記載の建物(木造スレート葺2階建居宅。床面積1階22.77平方メートル、2階33.89平方メートル)を建築し、同年11月29日付けで同建物につき所有権保存登記をした(乙6)。 2 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) 著作権侵害の成否(争点1) 【原告の主張】 ア 建物設計監理契約の締結 被告は、平成13年4月ころ、原告会社に対し、「本件土地を取得したので、この土地上に自宅を建築したい。ついては、建物の設計監理をお願いしたい。」と申し入れた。原告会社は、この申入れを承諾し、原告と被告の間で、被告の自宅の建物の設計監理を内容とする契約が成立した。 イ 設計図面の作成 原告代表者及び原告会社の従業員は、被告と7、8回打合せをし、その他電話やファクシミリでのやり取りを経て、現地確認、役所での調査等を行った上で、平成13年5月31日ころ、建築確認申請書添付の図面5枚(甲1の2。以下「基本設計図書」という。)、同年6月、工務店による施工用の図面14枚(甲2。以下「実施設計図書」という。)をそれぞれ作成した(以下、両者を併せて「原告設計図書」という。)。そして、原告は、原告設計図書を被告に対し交付した。 ウ 原告設計図書の著作物性 原告の作成した原告設計図書は、下記のとおり「学術的な性質を有する図面、図表」(著作権法10条1項6号)であって、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)に該当するから、著作権法上の著作物に当たる。すなわち、 @ 通常の計画では、日本建築の標準的なグリッドである1尺(303 o)のモジュールを用いるため各部に無駄が生じるが、原告の計画では1階の玄関、便所、洗面所、階段、2階居間・食堂については、細かくモジュールを変更して必要十分かつ最小の面積として計画している。それにより、本件土地は44.61平方メートルという狭小の敷地であるが 合理的にスペースを活用した平面計画が可能である。 A 通常の計画では、1階の駐車場は4550o×2730o等とするのが一般的であるが、原告の計画では駐車場のアプローチ等の方向を斜めに振ることによって、一部左リア部分が建物の外壁面を出て駐車できるように工夫している。 それにより、1階の玄関、便所周りに余裕ができ、かつ廊下に収納を設けることが可能である。 B 通常の計画では、商業防火地区の建築制限により木造住宅は2階建てまでと制限されるが、原告の計画では小屋裏を設け、ロフトとして使用することで居間と空間的に連続するように計画している。 それにより、居間・食堂に吹き抜けのゆとりを作ることができ、かつ収納スペースの大幅な充実が可能である。 C 通常の計画では、910o×1820o程度のスペースをバルコニーとして2階の一部に設けるが、原告の計画ではロフトを有効に活用し、これをロフト部に設けるように計画している。 それにより、バルコニーのプライバシー確保と2階の各部屋及び居間・食堂のスペースの拡大が可能である。 上記記載のどのような間取りとするか、階段をどこにどのように設置するか等の建物の構成に関する事項は、設計者の思想を表現したものである。 原告設計図書に示された建物の具体的構成は、同種の資格、経験等を有する者が同種の方法で表現するようなありふれたものとはいえず、独創性、学術性が認められるから、原告設計図書は著作権法にいう著作物である。 エ 被告の行為 原告会社は、平成13年6月26日、前記設計監理契約の解除を申し入れた際、被告に対し原告設計図書を30万円で使用してもよい旨提案した。しかし、被告がこれを断ったため、原告会社は使用許諾の申込みを撤回し、交付した原告設計図書の返還を求めた。 しかるに、被告は、平成13年6月末、スターホームに対して、自宅の建築を依頼し、同年7月上旬ころ、スターホームの従業員であるC(以下「C」という。)に対し、基本設計図書のコピーを示し、「一部変更してほしい。」旨述べて、建物の設計図面の作成を依頼した。Cは、被告から上記コピーを受領し、これを参考にして図面5枚(乙4添付のもの。以下「被告設計図書」という。)を作成し、被告は、同月13日、この図面を添付して建物の建築確認申請をした。 また、被告は、実施設計図書も利用したものと考えられる。 オ 著作権(複製権)の侵害 原告設計図書と被告設計図書を対比すると、建物の間取りがすべて同一であること、外観が同一であること、面積が同一であること、建物の最高高さが1oしか違わないこと、配置が同一であることから、全体の95%までが同一であると認められ、被告設計図書は、原著作物である原告設計図書の同一性を変じない限度でこれを有形的に再製したものということができる。 以上のとおり、被告は何ら権限がないのに、スターホームに対し、原告設計図書を参考にして被告設計図書を作成するように依頼し、スターホームと共同して原告設計図書を再製した被告設計図書を作成し、もって、原告が原告設計図書に対して有する複製権(著作権法21条)を侵害した。 カ 著作者人格権の侵害 被告は、前記オのとおり原告設計図書を原告の意に反して一部改変し、もって、原告が原告設計図書につき有する同一性保持権(著作権法20条)を侵害した。さらに、被告は、被告設計図書に原告会社の名称を表示せず、スターホームの名称を表示させて、原告の氏名表示権(同法19条)を侵害した。 キ 原告の損害額 被告は、上記の著作権侵害により、被告設計図書の作成料相当額の支払を免れたが、その額は、原告設計図書のために原告会社が要した費用の126万1000円に消費税6万3050円を付加した合計額132万4050円に侵害の程度の95%を乗じた125万7847円である。この被告の利益の額は、原告の損害の額と推定される(著作権法114条1項)。 また、著作者人格権の侵害による損害の額は、原告会社が平成元年以来営業を続けており、その間一度も著作権の侵害を受けることがなかったことなどを考慮すると、50万円を下らない。 さらに、原告は本件訴訟の提起追行を原告代理人弁護士に依頼し、弁護士報酬30万円を支払うことを約した。この金額は、被告の不法行為と相当因果関係を有する損害である。 よって、原告は、被告に対し、著作権侵害に基づき上記金額を合計した205万7847円及びこれに対する不法行為の後である平成13年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。 【被告の主張】 ア 「建物設計監理契約」について 被告は、原告との間で明確に建物の設計契約を締結したわけではない。被告が新居を探していたときにたまたま本件土地が物件としてあったので、原告代表者にその話をしたところ、原告代表者はほとんど住宅の建築申請がない千代田区という商業地に建物を建てることに興味を持ち、「図面設計は自分がやると設計料が高くなるので、うちの者(社員)にやってもらう。そうすれば、10万円くらいでできる。」「建物建築の工事業者も紹介する、坪50万円くらいでできる。」ということであったので、それを条件に依頼したという経緯である。したがって、設計契約について、原告会社と契約したのか、原告会社の従業員個人と契約したのかは明確ではない。また、建物の監理契約については、被告は原告会社との間で当該契約を締結したことはない。 なお、建物の建築請負については、原告代表者が自分の知っている業者がいると勧めたため、被告としては条件が合えばその業者と請負契約を締結することを考えていた。被告は、原告会社に対し、予算は総額で1050万円(消費税を含む)以内と明確に伝えていたところ、原告会社が紹介した請負業者である木原造林株式会社(以下「木原造林」という。)の見積りは被告の予算額を大幅に上回るものであったため、契約締結に至らなかったものである。 イ 原告設計図書の作成経過 被告は、平成13年3月31日、本件土地を見に行った際、不動産仲介業者の東都建物株式会社(以下「東都建物」という。)の担当者から、その購入を勧められた。 被告は、本件土地上にどんな建物が建つのかイメージが沸かない旨述べたところ、東都建物の担当者は要望事項を言ってくれれば、すぐに建物の図面を作成するからこれを参考にしてほしいということであった。そこで、被告は、部屋数は3つ、ロフトを設けてほしい、駐車場を設けてほしいなどの要望を伝えたところ、東都建物の関連会社で設計を担当していたスターホームのCは、東都建物の担当者から連絡を受けてその日のうちに被告の希望を容れた図面(乙2。以下「乙2図面」という。)を作成し、担当者はこれを被告にファクシミリで送信した。そこで、被告は、乙2図面と連絡事項等を記載した書面を原告代表者にファクシミリで送信した。その後、被告は、原告代表者に以下の要望事項を述べて、設計図面の作成を依頼した。 @ 建物の1階部分に駐車場を設けること A 部屋の数を3つにすること B ロフトを有効に使いたいこと C 収納を十分にすること(クローゼットを各部屋に設けること) D 窓を多く設置すること(特に正面の窓を大きくすること) E トップライトを設置すること そして、原告会社は、被告がファクシミリで送信した乙2図面を参考にし、かつ、被告の要望を考慮して基本設計図書を作成した。 ウ 原告設計図書の著作物性 著作物として保護されるためには、思想又は感情の創作的表現であることが必要であるところ、基本設計図書(甲1の2)のうち2枚目の1階平面図及び2階平面図を例にとると、これらの図面は乙2図面を基にして作成されたものであり、原告の著作物といえるだけの創作性は認められない。 基本設計図書の中ににある立面図については、建物が2階建てで上部にロフトがつくこと、道路車線の規制等を考慮すれば、建物の形状は同3枚目の立面図のとおりになるのであり、当該図面に著作物といえるだけの思想性、学術性及び創作性は認められない。 原告は、「どのような間取りとするか、階段をどこにどのように設置するか等の建物の構成に関する事項は、設計者の思想を表現している」旨主張するが、上記各事項に関し、原告作成の基本設計図書はほとんど乙2図面に基づいているのであり、基本設計図書に著作物性が認められないことは明らかである。 原告は、著作物性の認められる根拠として、前記「原告の主張」欄ウの@ないしCの点を挙げるが、これらはいずれも単なるアイデア又は工夫であって(実際は工夫ともいえない程度の通常に行われていることであるが、仮に原告主張のとおり工夫であったとしても)表現ではないから、そもそも著作権法による保護の対象にならない。 実施設計図書についても、その著作物性を争う。 エ 「被告の行為」について 前記アのとおり、木原造林の見積り額は被告の予算額を大幅に上回るものであったため、被告は原告会社及び木原造林に対し見積りの見直しを要請したところ、応じられない旨の回答であった。被告は、その後も見直しを要請したが、原告代表者は突然Bを介して「ぼくは降ります」と連絡してきた。被告としては、一方的な打切りの連絡に驚いたが、これ以上原告会社に建物の設計施工を依頼するのは困難と判断し、やむを得ず原告会社の解約の申入れに応じることにした。その際に、被告は原告会社から原告設計図書を30万円で利用してよい旨の申入れを受けたことはない。逆に、被告は、原告会社に、調査及び役所への申請、取下げ等の手数をかけたので、当初の約束のとおり10万円を支払う旨申し出たが、原告は10万円はいらない旨を返答した。 被告は、原告代表者から契約打切りの連絡を受けたことから、平成13年7月上旬、急きょスターホームに建物の設計を依頼した。スターホームでは乙2図面を作成したCが設計を担当することになり、被告は、原告会社が作成した基本設計図書のうち平面図と立面図のみのコピーを渡した。その際に、被告は、これを一部変更してほしい旨申し入れて、被告設計図書の作成を依頼したことはない。被告は、Cに対し、自らの希望を伝えて新たに設計を依頼した。Cは、被告が原告会社に対して希望して設計に取り入れてもらった事項及び被告が原告会社に対して希望を伝えたが原告会社が設計に取り入れなかった事項をすべて汲んで被告設計図書を作成したものであり、原告設計図書を参考にしてこれを作成したものではない。 なお、被告が原告会社から交付を受けたのは、基本設計図書のみであり、実施設計図書については受領していない。また、被告は、原告会社から受け取った基本設計図書、見積書、資料等のすべてを平成13年7月8日ころ、原告に返送している。 オ 著作権(複製権)及び著作者人格権の侵害の主張について 原告の主張は、争う。 原告会社が作成した基本設計図書は、前記ウで主張したとおり、著作物性が認められないから、仮にこれを基にCが被告設計図書を作成したとしても、原告の著作権を侵害したことにはならない。 実施設計図書については、そもそも被告はこれを受領していないのであるから、利用できるはずもなく、著作権侵害の行為が存在しない。 カ 原告の損害額 原告の主張は、争う。 (2) 民法上の一般不法行為の成否(争点2) 【原告の主張】 ア 被告は、原告会社の作成した設計図書をすべて返却したと主張しているが、その返却したはずの原告設計図書の写しを原告に無断で作成し、その写しを利用して多く見積もっても15万円の費用で被告設計図書を作成した。 仮に、原告設計図書に著作物性が認められないとしても、これを利用して被告設計図書を作成することは、社会的相当性の範囲を逸脱する行為である。被告設計図書が短期間に、しかも約15万円という低廉な費用で作成されたことを考えると、被告が原告設計図書を盗用したことは明らかである。このような行為を自由に認めることは、知的創造物に対する法的利益を不当に侵害することになり、被告の行為が民法上の一般不法行為に該当することは明らかである。 被告の上記行為の結果、原告は設計図面作成料に相当する125万7847円、慰謝料50万円及び弁護士費用相当額30万円の損害を被った。 イ よって、原告は、被告に対し、民法上の一般不法行為を理由として205万7847円及びこれに対する不法行為の後である平成13年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。 【被告の主張】 原告の主張は否認し、争う。 (3) 契約終了後の信義則に基づく損害賠償請求の可否(争点3) 【原告の主張】 ア 原告会社と被告は建物の設計監理契約を締結した。被告はこれを否認するが、原告会社が無報酬で原告設計図書を作成し、建築確認の手続をとることは特別の事情のない限りあり得ない。ましてや原告は株式会社であり、設計を業務にしていることからすれば、原告会社と被告との間に上記内容の契約が成立したことは疑いがない。 イ 原告会社と被告との間の建物設計監理契約は、原告会社と被告との合意により終了した。そうであるからこそ、被告は原告会社に原告設計図書を返却した。 ウ 契約が終了した以上、その終了に伴う書面の返還等も信義誠実の原則に従って行うことが、公平の原則にかなうものである。原告設計図書の返却についても、その写しを作成しないこと、写しを利用して図面を作成しないことは、信義則上、被告に要求される当然の義務である。 しかるに、被告はこれらの義務に違反して被告設計図書を作成した。 エ よって、原告は、被告に対し、契約終了に伴う信義則違反による損害賠償として、205万7847円及びこれに対する契約終了の後である平成13年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。 【被告の主張】 原告の主張は否認し、争う。 被告は、信義則に違反する行為をしていない。 (4) 原告の被告に対する不当利得返還請求の可否(争点4) 【原告の主張】 ア 原告会社は、原告設計図書を作成した。 被告は、原告会社の作成した原告設計図書の写しを利用して、被告設計図書を作成した。 イ 被告設計図書は、本来125万7847円相当で作成されるべきところ、被告は約15万円という低廉な費用でこれを作成させ、設計料110万7847円相当の利得を得た。その結果、原告は設計料相当額の損失を被った。 ウ よって、原告は、被告に対して、不当利得返還請求権に基づき110万7847円の支払を求める。 【被告の主張】 原告会社が原告設計図書を作成したことは認めるが、その余は否認し、法律上の主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(著作権ないし著作者人格権の侵害の成否)について (1) 建築設計図面の著作物性 著作権法は、著作物の意義につき、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定め(同法2条1項1号)、著作物の例示の一つとして、「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」(同法10条1項6号)を挙げている。 したがって、建築設計図面については、表現方法又は表現された学術的な思想に創作性が認められるものであれば著作物に該当するものというべきであるが、作図上の工夫や図面により表現されたがありふれたものであって、創作性が認められない場合には、当該図面をもって著作物ということはできない。 (2) 原告設計図書の著作物性 そこで、上記(1)の観点から、原告作成の原告設計図書(基本設計図書、実施設計図書)の著作物性について検討する ア 証拠(甲1、2、4〜6。枝番号は省略する。)及び弁論の全趣旨によれば、原告設計図書の内容等に関して、次の事実が認められる。 (ア) 原告会社が作成した実施設計図書(甲2)は、全部で14枚の表及び図からなる青焼きの書面であり、各図表には「A−1」から「A−14」までの番号が付されている。その詳細は以下のとおりである。 A−1 設計概要書・外部仕上表 A−2 内部仕上表 A−3 案内図 配置図 A−4 各階平面図 屋根伏図 A−5 立面図 断面図 A−6 矩計図 A−7 軸組計算表 採光・換気・排煙面積計算表 A−8 各階床伏図 A−9 1階平面図 2階平面図 A−10 小屋裏平面図 屋根平面図 A−11 展開図1 A−12 展開図2 A−13 建具表 A−14 各階電灯・コンセント配置図 (イ) 原告会社が作成した基本設計図書(甲1の2)は、平成13年5月31日付けの建築確認申請書に添付されたものであり、5枚の図面からなっている。その5枚の内容は、前記A−3、A−4、A−5、A−6及びA−7と同一である(ただし、5枚目のA−7 軸組計算表 採光・換気・排煙面積計算表には、「A−8」の番号が付されている。)。 (ウ) 前記A−3ないしA−12及びA−14の各図面にはそれぞれの示す内容に応じて建物内部・外部の構造や寸法、各部屋の面積等が表示されている。 イ 原告設計図書は、個人住宅の建築のための建築設計図面であるところ、このような建築設計図面は、建物の建築を施工する工務店等が設計者の意図したとおりに施工できるように建物の具体的な構造を通常の製図法によって表現したものであって、建築に関する基本的な知識を有する施工担当者であればだれでも理解できる共通のルールに従って表現されているのが通常であり、その表現方法そのものに独創性を見いだす余地はない。本件における原告設計図書も、そのような通常の設計図の域を出るものではなく、その表現方法において特段の独創性、創作性は認められない。 また、原告設計図書に表現されている建物は、通常の個人住宅であるところ、このような個人住宅は、敷地の面積・形状や、道路・近隣建物等との位置関係、建ぺい率、容積率、高さ、日影等に関する法令上の各種の制約が存在するほか、間取りについても家族構成等に基づく施主の要望を採り入れる必要があることから、建物面積や建物構造等、間取り、各部屋の寸法等について、設計者による独自の工夫の入る余地はほとんどない。本件における原告設計図書も、そのような通常の設計図の域を出るものではなく、表現された建物の間取り、構造等において特段の独創性、創作性は認められない。 上記によれば、原告設計図書、すなわち基本設計図書及び実施設計図書は、いずれも、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)ということができず、著作権法10条1項6号にいう図形の著作物に該当するということはできない。 ウ この点に関し、原告は、原告設計図書における工夫として、@ 1尺(303o)の標準寸法を利用しなかったこと、A 駐車場を建物の斜め方向に設けたこと、B 小屋裏を居間・食堂と一体的に計画したこと、C バルコニーをロフト部分に設けたことを挙げて、これらの具体的な工夫については創作性が認められる旨主張する。 しかし、原告の挙げる上記の工夫のうち、@は建物の設計において他に例がないわけではなく、独創性のある表現方法とまではいえないし、ABCについても、建物の間取りや構造上独創性のあるものとまではいえない。 原告の上記主張は、採用できない。 エ 以上によれば、原告設計図書は著作物に該当するものとはいえないから、著作権(複製権)の侵害及び著作者人格権の侵害を理由として損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。 2 争点2(民法上の一般不法行為の成否)について (1) 被告設計図書の作成経過等について そこで、一般不法行為等を理由とする原告の請求につき判断するために、本件における原告設計図書及び被告設計図書の作成の経緯等について検討するに、前記の「前提となる事実」(前記第2、1)欄記載の事実に証拠(甲1、2、4〜16、乙1〜9。枝番号は省略する。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。 ア 被告は、平成13年3月31日、東都建物の担当者から本件土地の購入を勧められた際に、本件土地上に建築する建物について、駐車場を設けること、部屋数を3とし、ロフトを設けることなどの要望を同担当者に伝えたところ、東都建物から連絡を受けたスターホームのCは、被告の要望を採り入れた乙2図面を作成し、同日、被告は、東都建物を介して同図面を受領した。そこで、被告は、同日、乙2図面と連絡事項等を記載した書面を原告代表者にファクシミリで送信した。 イ 被告は、平成13年4月ころ、原告会社との間で、本件土地上に建築する建物の設計を依頼する旨の契約を締結した。被告は、原告代表者に、建物の1階部分に駐車場を設けること、部屋数を3にし、ロフトを有効に用いること、収納部分を十分に設けること、窓を多く設置することなどの要望を伝え、原告会社は、乙2図面を参考にし、かつ、被告の要望を考慮して基本設計図書を作成し、同年5月31日付けで被告のために建物建築申請を行った。 ウ その後、被告は、原告会社から紹介を受けた請負業者である木原造林との間で、建物の建築請負契約を締結すべく交渉をしたが、木原造林の工事見積額が被告が予算として考えていた1050万円を大幅に上回っていたこと、原告会社が被告の希望する事項の一部を設計に採り入れてくれなかったことなどから、原告会社及び木原造林の対応に不満を抱くようになった。被告はその後も原告会社とファクシミリのやり取り等を続けたが、被告が平成13年6月26日付けで原告会社従業員のDあてに送信したファクシミリの文面に、原告会社及び木原造林の対応に対する批判めいた表現が存在したことから、原告代表者は、被告との間ではこれ以上信頼関係を維持できないと判断し、Bを介して被告に対し、上記契約を解除する旨連絡した。 エ 被告は、原告代表者の解除の連絡を一方的なものと感じたが、相互の信頼関係が失われた上は原告会社に対し建物の設計施工を委任するのは困難と判断し、原告の契約解除の申入れに応じることにした。ただ、建物の建築を中止することはできなかったので、平成13年7月上旬、スターホームに本件土地上の建物の設計を依頼することにした。 オ スターホームではCが上記建物の設計を担当することになった。そこで、被告は、Cに対して、自らの希望を伝えて新たに設計を依頼したが、その際原告会社が作成した基本設計図書のうち平面図と立面図のコピーを渡した。Cは、これらのコピーを参照した上で、被告が原告会社に希望を伝えて設計に採り入れてもらった事項及び被告が原告会社に対して希望を伝えたが原告会社が設計に採り入れなかった事項を考慮して、建築確認申請書添付の図面(被告設計図書)を作成した。 カ 前記のとおり、原告会社と被告との間の建物設計契約は原告会社により解除されたが、契約解除の後、原告会社従業員のDは被告に対し原告設計図書は不要なので処分しても構わない旨連絡した。被告は、原告会社から後で何か文句を言われるのが嫌だったので、受け取った基本設計図書、見積書、資料等を平成13年7月8日ころ宅配便で原告会社に返送した。 キ 原告設計図書と被告設計図書とを比較すると、建物の配置、間取りは同一であり、1階平面図、2階平面図、小屋裏平面図については寸法もほぼ同一である。他方、被告設計図書には、原告設計図書においては独立した図面として含まれていない「小屋裏断面詳細図」が含まれているほか、Cが被告の希望を採り入れた結果として、バルコニーの軒の出を長くしたこと、LDKの形状を変更したこと、2階洋室の引戸を引き違いに変更したことといったような全部で9箇所の変更箇所があった。さらに、原告設計図書では詳細な寸法が記載されていなかった箇所についても、Cは、例えば収納部については一般的な収まり寸法によるなどして、細かい寸法を自ら記載した。 (2) 上記認定の事実関係によれば、たしかに被告は、原告会社との間の契約が解除された後、スターホームに本件土地上の建物の設計を依頼するに当たって、原告設計図書のうち基本設計図書の平面図と立面図のコピーをCに交付したものであり、Cがこれを参考にした上で、被告の希望を採り入れて被告設計図書を作成したことが認められる。 しかしながら、上記の原告設計図書の図面は、そもそも被告の要望をCにおいて図面化した乙2図面を基にして作成されたものである上、上記のとおり、Cは、原告設計図書を参考にしたとはいっても、更に被告の希望を付け加えて被告設計図書を作成したものであり、前記(1)キ記載のとおり、両者の間には少なからぬ相違部分が存在するものであるから、被告設計図書をもって原告設計図書を複製したものということはできない。 上記のとおり、原告設計図書は著作権上の保護を受ける著作物に該当すると認めることができるものではない上、被告設計図書は原告設計図書と相違部分がありその複製ということができないものであることに加えて、被告と原告会社との間の契約は、木原造林を含めた三者の間の行き違いはあったにしても、原告会社の側から解除を申し入れたものであり、原告設計図書は本件土地上の建物の建設に用いる以外の用途がなく、被告との間の契約を自ら解除した以上原告会社にとっては価値のないものであったことなどの点を総合考慮すれば、原告設計図書のうちの一部の図面のコピーをCに交付した被告の行為については、これをもって一般不法行為(民法709条)に該当するとまでは認められない。 (3) 原告は、建物の間取りが同一であること、部屋等の面積が同一であることなどを挙げて、被告設計図書は原告設計図書を複製したものであると主張するが、前記のとおり、原告設計図書自体が被告に希望を図面化した乙2図面を基にして作成されたものであり、施主である被告の希望自体に変化がない以上、間取りが同一になるのは当然である上、本件土地は都心における狭小な宅地であり(東京都千代田区(以下略)所在、面積44.61平方メートル)、部屋数を3とし、1階に駐車場を設けるなどの被告の希望の内容や、建ぺい率、容積率、高さ、日影等に関する法令上の制約の存在を考えると、間取りや部屋等の面積、建物の高さ、構造などに設計者の独自の工夫が入る余地は、ほとんどないものであり、そのようななかで、前記(1)キ記載のような相違点が存在するのであるから、被告設計図書をもって原告設計図書を複製したものということはできない。 原告の主張は、採用できない。 (4) 上記によれば、民法上の一般不法行為を理由とする原告の請求も、理由がない。 3 争点3(契約終了後の信義則に基づく損害賠償請求の可否)について 契約終了後の信義則違反が損害賠償請求を基礎付ける事由であるという原告の主張については、その法律上の根拠が必ずしも明らかでなく、主張自体失当というべきであるが、仮に、いわゆる契約締結上の過失ないしそれに準ずるものとしてこれを構成する意図であるとしても、本件の事実関係においては、被告に信義則違反の行為があったと認めることはできない。また、仮に被告が原告設計図書のうちの一部の図面のコピーをCに交付した行為が信義則に反するものと評価し得るとしても、上記認定のとおり、そもそも契約の解除は原告会社の側から申し入れたものであり、被告の行為により契約解除後に原告会社において何らかの積極損害を被ったものではなく、また、被告との間の契約を自ら解除した以上逸失利益を考慮することもできないから、被告の行為を理由に損害賠償を求めることはできないというべきである。 上記によれば、契約終了後の信義則違反を理由をいう原告の請求も、理由がない。 4 争点4(不当利得返還請求の可否)について 原告は、さらに、被告が原告設計図書の写しを利用して被告作成図書を作成したことにより支払を免れた設計料相当額は、被告の不当利得に当たると主張する。 しかしながら、前記2(1)において説示したとおり、被告設計図書の作成経緯や、被告設計図書には原告設計図書と少なからぬ相違があること等に照らせば、被告設計図書の作成に当たって原告設計図書を参考にしたことがあるとしても、原告設計図書をそのまま利用したものではない。また、前述のとおり、原告会社は自ら被告との間の契約を解除したものであり、原告設計図書が本件土地上の建物建設以外の用途に利用することができないものであることに照らせば、契約解除後においては原告会社に逸失利益による損害が生ずる余地はなく、また、証拠上被告がスターホームに支払った設計料が通常の場合に比べて低額であったと認めることもできないから、被告において利得を得たということもできない。 したがって、不当利得の返還を理由とする原告の請求も、理由がない。 第4 結論 以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がない。 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 和久田道雄 裁判官 田中孝一 物件目録 1 土地 所在 千代田区(以下略) 地番 ××番×× 地目 宅地 地積 44.61u 2 建物 所在 千代田区(以下略) 家屋番号 ××番××の× 種類 居宅 構造 木造スレート葺2階建 床面積 1階 22.77u 2階 33.89u |
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