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【事件名】適正判断テストの著作物性事件
【年月日】平成14年11月15日
 東京地裁 平成14年(ワ)第4677号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成14年9月3日)

判決
原告 株式会社インタービジョン
同訴訟代理人弁護士 菰田優
被告 株式会社市場価値測定研究所
被告 A 
被告ら訴訟代理人弁護士 飯塚卓也
同 三好豊
同 高橋元弘


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して金2500万円及びこれに対する平成14年3月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等(甲1ないし3及び弁論の全趣旨による認定事実を含む。)
(1) 原告は、経営、労務、人事に関するコンサルタント業、人材の職業適性能力開発のための適性検査及び研修の実施、コンピューターソフトウェアの研究、開発、販売、インターネットを利用した各種情報提供サービス並びにインターネットを利用した職業適性能力診断業務等を業とする会社である。
 被告株式会社市場価値測定研究所(以下「被告会社」という。)も同種事業を営む会社である。被告A(以下「A」という。)は、過去に6か月間ほど原告の代表取締役を務めていたが、その後、被告会社の代表取締役となった。
(2) 原告の代表取締役であるB(以下「B」という。)は、人の個性について、凝縮性、受容性、弁別性、拡散性及び保全性の5個の因子並びにあるストレスを与えることにより発現する潜在能力を計量的に分類し、人と人との心理的距離を測定し、これらに基づき最適の組織編成をし、組織の生産性を向上させるFFS(Five Factors&Stress)理論を提唱した。そして、Bは、FFS理論に使用するための個性分析用質問である「FFS Qシート(FFS80問診票)」(以下「Qシート」という。)を1981年に完成した。
 原告は、Bから、FFS理論を使用したコンサルティング、コンサルティング事業者との業務提携、FFS理論を活用したコンピュータシステムの開発、販売、教育商品の開発、顧客データベース構築、その他FFS理論をベースとした商品開発に関する再販売権を有した排他的な権利行使の許諾を受けている。
 被告Aは、原告在職中に、Qシートの内容を知っていた。
(3) 被告会社は、株式会社日経ビーピーエキスパート(以下「日経BP」という。)が運営するウェブサイトに合計210問の質問から構成される「IT業界向け市場価値測定テスト」(以下「測定テスト」という。)を掲載した。その質問のうち、別紙1記載の50問は、Qシートの質問と同一である(以下「本件50問」という。)。
 被告会社は、測定テストの掲載を平成13年2月1日から開始したが、原告が日経BPに抗議をしたため、同月20日までで掲載は中止された。
2 本件は、被告Aが被告会社の代表取締役としてその職務を行うにつき、本件50問を無断で使用した測定テストを作成・掲載することで、BのQシートに関する著作権及び著作者人格権(複製権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害したところ、原告は、Qシートについて、Bから独占的利用許諾を受けているとして、原告が被告らに対し、民法709条及び44条1項に基づき連帯して損害賠償をすることを求めた事案である。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
(1) Qシートの著作物性
(2) 損害の発生及び額
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
ア Qシートは、表題、回答者の特定に必要な欄及び回答方法についての解説並びに質問と回答からなっている。回答方法についての解説は、1行36文字8行からなる文章で、答え方についての姿勢に付いて極めて明快な主張があり、作成者の個性が表現されている。個々の質問文は、それぞれは短文であるが、高度に専門的な分析から作成されたもので、一般の文章とは比べものにならない精度を要求される文章であり、ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合がある。直感的に答えやすく、理性的な判断が働きにくい表現が使用され、回答者の心理として陥りがちな「どう見られたいか」という観点から回答してしまう弊害を防止し、回答者の真の姿を明らかにする工夫がされている。質問の順序は、判定の対象となる5つの因子に関し、同じ因子についての質問が連続しないようになっており、また地域、民俗、性別、年齢別に加重平均した標準値を得られるように過去の統計を取ったときの質問文の順序を踏襲して配列されている。
 このように、Qシートは、学術的成果を踏まえ、高度に専門的な分析から作成されたもので、Qシートに記載された80問の質問文と配列は、回答方法と相まって、Bの個性の表出であるといえるから、Qシート全体が1つの著作物である。
イ 上記のとおり、Qシートに記載された80問の質問文は、その表現について心理学的な考察を加えた上で完成されたものであるから、1つ1つの質問を見ても、著作物性が認められる。
(被告らの主張)
ア 著作権侵害の成否判断にあたっては、著作物たる作品において認められる創作的表現が非権利者の作品において再生されているか否かが重要なのであるから、両作品において共通する部分を抽出した上で、著作物たる作品において当該部分に表現上の創作性が認められるか否かを検討すべきである。
 本件において、Qシートと測定テストとの間で共通点が認められるのは、Qシートに用いられている80問のうちの50問と測定テストに記載されている210問のうちの50問であり、配列は全く異なる。したがって、著作物性の判断は、双方に共通性の認められる50問についてのみ判断すれば足りるのであり、本件訴訟の審理において、Qシート全体の著作物性を判断することは許されない。
イ 本件50問の個々の質問文は、いずれも短文の平易なものであって、表現がいずれも日常的、平凡かつありふれたものであるから、個々の質問文に言語の著作物としての創作性が認められる余地はない。
ウ Qシートに記載されている80問のうち本件50問は、別紙2記載のとおり、いずれも1977年に東京大学心療内科のD教授らが作成したいわゆるエゴグラム作成用の50の質問からなる質問票(乙1。以下「E・D式質問票」という。)に使用されている50問と実質的に同一のものであるから、本件50問にはBの創作性が認められない。
エ 仮に本件50問の選択に着目したとしても、本件50問は、E・D式質問票記載の50の質問を借用して作成された質問であるから、選択に当たってBの創作性は認められない。
(原告の反論)
ア Qシートが使用されるのは、FFS理論に基づき、人の個性について、凝縮性、受容性、弁別性、拡散性及び保全性の5個の因子並びにあるストレスを与えることにより発現する潜在能力を計量的に分類するためであるから、他の心理テストの質問とは全く別の観点から作成されており、エゴグラムの質問票であるE・D式質問票と比較して似ているかどうかを論じるのは、無意味なことである。
イ E・D式質問票は、質問文になっているのに対し、Qシートは、通常の肯定文又は否定文となっている。また、E・D式質問票の質問では回答者が他人から自分をどう見られたいかという理性的な判断によって答えに変容をきたしやすいところを、Qシートでは、直感的に答えやすく、理性的な判断が働きにくく作成されている。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
 日経BPのウェブサイトには、1か月に少なくとも約80万人がアクセスするが、そのうち少なくとも10%は測定テストにアクセスしたと考えられる。したがって、被告会社が測定テストを掲載した20日間で、80万人×0.1÷30日×20日≒5万3333人が測定テストにアクセスしたことになる。
 原告は、独占的使用権に基づき、第三者が原告のウェブサイトにアクセスしてQシートを利用する場合には、1人500円を対価(登録料)とする契約を締結しているから、被告らの行為により、少なくとも、5万3333人×500円=2666万6500円の使用料相当額の損害を被った。
(被告らの主張)
 原告の主張は、これを争う。
第4 当裁判所の判断
1 Qシートは、表題、回答者の特定に必要な欄及び1行36文字8行からなる回答方法についての解説並びに80問の質問とその回答欄から構成されている。質問文は、いずれも最小5文字、最大34文字の短文であって、疑問文ではなく肯定文又は否定文であり、これに対し、「はい」「?」「いいえ」で回答する欄が作成されている(甲1)。
 測定テストは、1部70問の3部構成で合計210問の質問とその回答欄から構成される。測定テストの質問と同一であるQシートの質問は、別紙1記載の本件50問であるが、その配列はQシートの配列とは全く異なり、測定テストにおける他の160問と混在している(甲3)。
2 Qシートの著作物性の有無
(1) まず、測定テストで利用された本件50問の個々の質問文に著作物性が存在するかを検討すると、1つ1つの質問文は、いずれも前述のとおり短文である上、一般的かつ日常的でありふれた表現が用いられており、特徴的な言い回しがあるとも認められない。
 原告は、個々の質問文は、高度に専門的な分析から作成されたもので、一般の文章とは比べものにならない精度を要求される文章であり、ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合がある、直感的に答えやすく、理性的な判断が働きにくい表現が使用される等の工夫がされていると主張する。しかし、原告が工夫したとする点は、質問ではなく肯定文又は否定文にしたことや性格の傾向ではなく経験を尋ねる内容にしたことや具体的な場面をイメージしやすい言葉を選択したこと等であって、一般的かつ日常的でありふれた表現の域を出るものではない。原告が主張する、ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合があるとの点は、その事実を具体的に認めるに足りる証拠はない。かえって、Bは、自らが著作者となる書籍の中で、Qシートと同内容のチェックリストを「FFS分析」「FFS調査」「FFS簡易個性判定」などと称して使用しているところ、その際に使用されている個々の質問文の文言は、Qシートの文言とは異なる(甲5ないし9)から、この事実は、ちょっとした表記の違いがそれほど意味を持たないことを示しているということができる。
 したがって、本件50問の個々の質問文の表現に、作者の個性が表出されているとは認められないから、創作性は認められない。著作権法は表現を保護するものであって、思想やアイディアを保護するものではないから、いずれの質問文の表現にも創作性が認められない以上、著作物性は認められない。
(2) そして、個々の質問文に著作物性が認められない以上、これらの独立した質問文を80問集めたものであるQシートの質問文全体についても、それが編集著作物として著作物性を認められるかどうかという点を別にすると、著作物性は認められない。
(3) 原告は、Qシートについて、BがFFS理論に基づき、人の個性について、凝縮性、受容性、弁別性、拡散性及び保全性の5個の因子並びにあるストレスを与えることにより発現する潜在能力を計量的に分類するために作成したものであって、質問文は、1946年にミネソタ大学のFとGによって英文で作成された550問を翻訳して、80問を選択し、その質問の順序は、判定の対象となる5つの因子に関し、同じ因子についての質問が連続しないように配列されていると主張しており、この主張によると、Qシートの質問文全体は、素材の選択又は配列によって創作性を有するとして、編集著作物に当たるとする余地がある。
3 被告らによる侵害の有無
(1) Qシートの80問の質問文全部が測定テストに使用されているのではなく、測定テストに使用されているのは、そのうちの本件50問である。
 別紙2のとおり、本件50問の質問内容のうち、第26問「少数派になるより、多数派でいることの方が好き」、第40問「燃えやすく、冷めやすい」を除く48問については、1977年に発表されたE・D式質問票の50問とほぼ同じ内容であると認められる(乙1、なお、原告は、第48問「八方美人的なところが多い」とE・D式質問票の「人から気に入られたいと思いますか」が同じ意味であることを争うが、「八方美人」は、「誰に対しても如才なくふるまう人」という意味がある(広辞苑第5版2161頁)から、これらはほぼ同じ意味であると認められる。)。E・D式質問票は、アメリカの精神分析学者・精神科医であるHの「TA(交流分析)」法に基づきアメリカの心理学者Cが開発した性格分析手法で、全ての観察可能な行動(言語、音声、表情、ジェスチャー、姿勢、いわゆる行動)をCP(Critical Parent、批判的な親)、NP(Nurturing Parent、養育的な親)、A(Adult、大人)、FC(Free Child、自由な子供)、AC(Adapted Child、適応的な子供)という5つの自我状態に分類し、それらの発生頻度を棒グラフにして示したエゴグラムを基礎としており、それぞれの自我状態ごとに10問ずつの質問をまとめて、合計50問としたものである(乙1ないし5)。
 このように、本件50問が、原告がQシートを完成する以前に発表されたE・D式質問票の50問のうち48問とほぼ一致することからすると、本件50問のうち48問は、E・D式質問票又はその基となった質問票に依拠して作成されたものと推認することができる。そうすると、上記のとおりQシートの質問文全体が素材の選択によって創作性を有するとしても、被告会社が、測定テストに本件50問のうち上記48問を選択して使用した行為は、Qシートの選択についての創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。また、Qシートの質問文全体が素材の選択によって創作性を有するとしても、それは、前述のような目的の下に最適の80問を選択したことにあるから、その創作性は、1問や2問の選択に認められるものではなく、したがって、被告会社が、測定テストに本件50問のうちE・D式質問票にない2問を選択して使用した行為が、Qシートの選択についての創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。よって、被告会社が本件50問を測定シートの作成に使用した行為は、Qシートの質問文全体の素材の選択による創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。
(2) 前記1認定のとおり、測定シートでは、本件50問は、他の160問と混在しており、その順序も、Qシートとは全く異なっている。したがって、上記のとおりQシートの質問文全体が素材の配列によって創作性を有するとしても、被告会社が、測定テストの作成に当たって本件50問を使用した行為は、Qシートの配列についての創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。
(3) よって、被告会社の行為がQシートについての複製権を侵害したとは認められないから、Qシートについての複製権侵害を理由とする請求は理由がない。
4 原告は、Qシートの著作者ではないから、著作者人格権を有していない。したがって、Qシートについての同一性保持権及び氏名表示権の侵害を理由とする請求は理由がない。
5 以上のとおり、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 東海林保
 裁判官 瀬戸さやか
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