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【事件名】地質学書の著作権侵害事件(2)
【年月日】平成14年11月14日
 東京高裁 平成12年(ネ)第5964号 文書発行差止等 著作権侵害排除等請求控訴事件
 平成13年(ネ)第686号 同附帯控訴事件
 (原審・横浜地裁平成5年(ワ)第4509号 文書発行差止等請求事件(甲事件)
 平成9年(ワ)第3371号 著作権侵害排除等請求事件(乙事件))
 (平成14年6月25日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(甲事件原告) 関東第四紀研究会代表者会長 A
控訴人・附帯被控訴人(甲・乙事件原告) B
控訴人・附帯被控訴人(甲事件原告) C
控訴人・附帯被控訴人(甲事件原告) D
控訴人・附帯被控訴人(甲事件原告) E
控訴人(甲事件原告) F
控訴人(甲事件原告) G
控訴人(甲事件原告) H
控訴人(甲事件原告) A
控訴人(甲事件原告) I
控訴人・附帯被控訴人(甲事件原告) J
控訴人(甲事件原告) K
控訴人(乙事件原告) L
上記13名控訴人訴訟代理人弁護士 梓澤和幸
同 千葉肇
被控訴人・附帯控訴人(甲・乙事件被告) M
被控訴人・附帯控訴人(甲・乙事件被告) 平塚市代表者市長 吉野稜威雄
指定代理人 土井浩
同 浜口哲一
同 落合晋一
同 尾崎晃
被控訴人(甲事件被告) 相模川をきれいにする協議会代表者会長 N
上記3名被控訴人訴訟代理人弁護士 石井幹夫
被控訴人(甲事件被告) 神奈川県代表者知事 岡崎洋
指定代理人 小泉洋
同 開元敏郎
同 畑野知明
同 金沢晴男
同 鳥井重雄
同 水上訓明
同 原英明
同 高桑正敏
同 上川哲哉
(以下では、附帯控訴されているか否かを問わず、控訴人である者は、「控訴人」とし、附帯控訴しているか否かを問わず、被控訴人である者は、「被控訴人」という。)


主文
 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
 当審における訴訟費用は、控訴費用及び附帯控訴費用を通じて、
(1) 控訴人らと被控訴人相模川をきれいにする協議会及び同神奈川県との間においては、全部控訴人らの負担とし、
(2) 控訴人らと被控訴人平塚市及び同Mとの間では、
@ 控訴人関東第四紀研究会、同F、同G、同H、同A、同I、同K及び同Lに生じた費用は、控訴人関東第四紀研究会、同F、同G、同H、同A、同I、同K及び同Lらの負担とし、
A 控訴人B、同C、同D、同E及び同Jに生じた費用の4分の3は、控訴人B、同C、同D、同E及び同Jの負担とし、
B 被控訴人平塚市及び同Mに生じた費用の4分の3は控訴人らの負担とし、
C 控訴人B、同C、同D、同E及び同Jに生じた費用の4分の1と被控訴人平塚市及び同Mに生じた費用の4分の1は、被控訴人平塚市及び同Mの負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人M(以下「被控訴人M」という。)及び同平塚市(以下「被控訴人市」という。)は、
ア 別紙1(一)記載の文書について、控訴人B(以下「控訴人B」という。)、同C(以下「控訴人C」という。)、同D(以下「控訴人D」という。)及び同E(以下「控訴人E」という。)に対する関係で、
イ 同(二)記載の文書について、控訴人B、同C、同D、同E、同F(以下「控訴人F」という。)、同G(以下「控訴人G」という。)、同H(以下「控訴人H」という。)、同A(以下「控訴人A」という。)、同I(以下「控訴人I」という。)、同J(以下「控訴人J」という。)(ただし、原判決で、控訴人Jの関係では、別紙2表2bS及びbWの各「侵害部分」を記載したままの印刷、製本、販売、頒布、複写又は謄写の禁止が認容されているので、これらの部分を除いた上記文書について)、同K(以下「控訴人K」という。)及び同関東第四紀研究会(以下「控訴人第四紀研」という。)に対する関係で
ウ 同(五)記載の文書について、控訴人B及び同L(以下「控訴人米澤」という。)に対する関係で
 それぞれ印刷、製本、販売、頒布、複写及び謄写をしてはならない。
(3) 被控訴人M及び同市は、
ア 別紙1(一)記載の文書を、控訴人B、同C、同D及び同Eに対する関係で
イ 同(二)記載の文書を、控訴人B、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同A、同I、同J(ただし、原判決で、控訴人Jの関係では、同文書の回収及び別紙2表2bS及び同bWの各「侵害」部分の削除が認容されているので、これらの部分を除いた上記文書に関して)、同K及び同第四紀研に対する関係で、
ウ 同(五)記載の文書を、控訴人B及び同米澤に対する関係で、それぞれ回収して廃棄せよ。
(4) 被控訴人M及び同相模川をきれいにする協議会(以下「被控訴人協議会」という。)は、別紙1(三)記載の文書について、控訴人B、同C、同D及び同Eに対する関係で、印刷、製本、販売、頒布、複写及び謄写をしてはならない。
(5) 被控訴人M及び同協議会は、別紙1(三)記載の文書を、控訴人B、同C、同D及び同Eの関係で、回収して廃棄せよ。
(6) 被控訴人M及び同神奈川県(以下「被控訴人県」という。)は、別紙1(四)記載の文書について、別紙2表4bPの「侵害」部分を除き、控訴人B、同C、同D及び同Eに対する関係で、印刷、製本、販売、頒布、複写及び謄写をしてはならない。
(7) 被控訴人M及び同県は、別紙2表4bPの「侵害」部分を除き、別紙1(四)記載の文書を、控訴人B、同C、同D及び同Eに対する関係で、回収して廃棄せよ。
(8) 被控訴人M及び同市は、連帯して、控訴人Bに対し29万円、同C、同D、同Eに対しそれぞれ14万円、同F、同G、同H、同A、同I、同J、同K及び同第四紀研に対しそれぞれ7万円、同米澤に対し15万円を支払え。
(9) 被控訴人M及び同協議会は、連帯して、控訴人B、同C、同D及び同Eに対し、それぞれ7万円を支払え。
(10) 被控訴人M及び同県は、連帯して、控訴人C、同B、同D及び同Eに対し、それぞれ7万円を支払え。
2 控訴人B、同C、同D、同E及び同J
 本件附帯控訴を棄却する。
3 被控訴人ら
 本件控訴をいずれも棄却する。
4 被控訴人市及び同M
(1) 原判決中、被控訴人M及び同市敗訴部分を取り消す。
(2) 控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要等
1 本件は、被控訴人Mが執筆し、同市、同協議会ないし同県が発行した別紙1記載の各文書に、控訴人らの作成した資料(地質図、柱状図等)が、無断で、かつ、引用であることを示す表示(以下「引用表示」という。)なしに掲載されたとして、著作物の公表権(著作権法18条)、氏名表示権(同法19条)及び複製権(同法21条)を侵害されたとして、控訴人らが、被控訴人らに対し、著作権法112条1項及び2項に基づき、同文書の印刷等の中止並びに文書の回収及び廃棄を、民法709条に基づき、損害賠償の支払を、それぞれ請求したものである。控訴人らが主張する、著作権を侵害された部分、侵害した部分は、別紙2記載のとおりである。
2 被控訴人Mは、もと控訴人第四紀研の会員であった(当事者間に争いがない。)。
 控訴人Bらを始めとする控訴人第四紀研の会員らは、被控訴人Mとともに、平塚市近辺の大磯丘陵及び周辺地域の地質層序及び地質構造について、一つの団体として共同の研究を行った(当事者間に争いがない。)。控訴人らは、上記団体・共同研究により採集された試料、作成された資料、調査データを分析・整理した結果得られた情報及び知見等を、被控訴人Mが、無断で、かつ適切な引用表示をせずに使用し、書籍として刊行するなどして公表したとして、本件訴えを提起した。
 原判決は、控訴人らの請求の一部を認容し、その余を棄却した。これに対し、控訴人らは、敗訴部分について控訴するとともに、調査データに基づく発表に関する合意の違反を新たな請求原因として追加した。被控訴人市及び同Mも、敗訴部分について附帯控訴をした。
 被控訴人らは、合意違反の主張につき、これを主張として追加すること自体許されない、と主張するとともに、控訴人ら主張の合意の存在自体も否定している。また、附帯控訴の理由として、@控訴人らが被侵害部分として主張するものには創作性がない、これと侵害部分として主張するものとの間に同一性がない、A控訴人らが被侵害部分として主張するものの一部は、被控訴人Mが、控訴人第四紀研とは無関係に、調査・研究活動をした結果作成されたもの、あるいは、控訴人第四紀研の調査活動の過程で作成された資料であっても、被控訴人Mが単独で作成したものであって、これらは、控訴人らとの共同著作物ではない(控訴人らは著作者人格権や著作権を有しない。)、Bしかるべき引用表示がしてある、C単名で出版することについて、共同著作者の同意を得ている、D控訴人らも引用表示をせずに論文を発表するなどしているのに、被控訴人Mの行為を非難することは、信義則に反し権利濫用である、E本件訴えは、被控訴人Mを、平塚市博物館の学芸員の職から排除するよう被控訴人市の人事に不当に介入し、ひいては被控訴人Mの地質調査活動を妨害することを目的としたもので、権利濫用である、などの主張をする。
3 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の内容」及び「第三 争点についての当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 控訴人らの主張の要点
1 控訴理由
(1) 著作物性について
ア 原判決は、著作物性について、以下のとおり、判示している。
 「法は、著作物につき、思想又は感情を「表現」したものであることを要求し、自然的事象や社会的事情に関する単なる事実はもとより、アイディアや理論等の思想及び感情自体を保護の対象から除外するとともに、当該表現に創作性を要求している。また、右のアイディアや理論等の思想及び感情自体は、それが独創性・新規性のあるものでも、著作物性はないと解される。このようなものに著作物性を認めると、その他の者の表現活動に対する過度の制限となり、相当とはいえないからである。
 そして、学術論文のような著作者の論理的思考や発見を表現した文書は、表現の創作性が当該学術論文等の文書の全体に占める割合は少ない反面、内容に独創性があることも多いものと思われるが、その内容面は右のとおり著作権上は保護対象外(すなわち考慮対象外)である。表現方法に創作性がある場合には、学術論文ももちろん著作権の保護対象となる。したがって、ある文書は、別の文書と内容面はいくら同一でもその文書の著作権侵害とはならない反面、その表現方法がある程度同一であれば、その文書の著作権侵害となり得ると解するのが相当である。これに対する例外は、思想・感情を表現する方法が特定のものしかないという場合であり、この場合には、ある文書の表現方法が別の文書の表現方法と同一であっても、著作権侵害はないとすべきである。これを著作権侵害に該当するといっては、思想・感情自体を保護することになって制度の目的に反するからである。」(130頁7行目〜132頁3行目)
 原判決は、創作性を判断するに当たり、内容と形式とを機械的に分離しており、正しくない。科学研究上の著作は、文学作品等と異なり、表現手段には創作的個性がないのが通常である。しかし、その反面、論証の筋道の過程自体が、著作者の創作性を示すものとして重要となる。したがって、科学研究上の著作について著作者人格権や著作権の侵害の有無を検討するに当たっては、単にその表現の異同のみをみるにとどまらず、その内容の実質的異同をも検討しなくてはならない。
 創造的仮説に基づく調査の経緯を記載したものは、創造的表現である。それは、記号、数値化されたものであっても、同様である。
 単語も、著者の創造的個性が表現され、創造的表現となっていれば、著作物として保護されるべきである。自然科学の分野では、仮説を凝縮して、短いキャッチフレーズ的な単語で表現することもある。このような単語も、著作物として保護されるべきである。
イ 原判決は、本件において、著作物性を否定するに当たり、表現に創作性がないとしている場合が多い。
 そもそも、「創作性」については、「著作者の個性が著作物の中に何らかの形で表れていればそれで十分だと考えられる(半田正夫「著作権法概説」第8版77頁)、「厳密な意味での独創性があるとか他に類例がないとかが要求されるわけではなく、思想又は感情の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で表れていれば足りる。」(東京高判昭和62年2月19日無体集19巻1号30頁)のである。
 このような立場に立った上で、なお、学術論文については、実際上、創作性の認められる範囲は狭い、と指摘されることがある。これは、なるべく一般的、普遍的な表現で論文内容を伝えるべきであり、独創的な表現はかえって分かりづらいという、学術論文の持つ性質から事実上帰結されるものであるにすぎない。学術論文、科学論文であるとの一事をもって、一律に著作物性の認められる範囲が狭くなるというわけのものではない。学術論文においても、被侵害部分が著しい創作性を備えることまでは、著作権法による保護の要件として、求められていない。
ウ 原判決は、
 「自然的事象を表現したものは、その大部分が著作権保護の対象外となり、保護の対象となる部分は少なく、そのため、完全にコピーしたようなものや表現方法に著しい創作性があるものに限って著作権侵害とされる可能性があるというべきである。」(141頁1行目〜4行目)
 として、自然的事実を表現内容としていることを、創作性を否定する根拠の一つとしている。
 しかし、著作者の個性が何らかの形で表れているという意味での「創作性」があれば足りるのであって、自然的事実を表現内容としていることの一事をもって、創作性が否定されることになるわけではない。また、原判決が、「自然的事実」であるとしている事項の多くは、実際は、控訴人Bらの提唱している仮説であって、自然的事実ではない。
(2) 資料の種類ごとの著作物性の主張
ア スケッチ図面(別紙2表2bS、bW)
 原判決は、スケッチ図面について、
 「地層の重なり具合及び組成をスケッチ風に描くという作業は、描き手の感性に頼る要素が増えるので、同様の情報を与えられても、誰しも同様のスケッチを描くことにはならない。また、「被侵害」部分の図面においては各地層毎に記号だけが付され、さらに右端には専門的な立場からと思われるメモも記載され、いかにも、現場で短時間にできるだけ多くの情報を記載したことのうかがえる専門家のスケッチという性格の図面である。ある程度の地層の観察眼を持つ者がこの場所をスケッチした場合であっても、必ずしも当然に同じものになるとは思われない。それだけ、創作性を感じさせる要素を有している。」(159頁7行目〜160頁3行目)
 と判示し、また、
 「地層とそこに見られる生痕化石の詳細な状況の記載においては、いかなる生痕まで記載するか、地層と化石の区別をどう記載するか、その形状をどのように表記するかという点において、記載者の思想・感情についての表現に創作性が入り得る。」(173頁6行目〜10行目)、
 と判示して、創作性を認めている。これは、すなわち、自己の思想感情に基づき、素材を取捨選択して表現する点に創作性が認められる、ということである。
 上記判示に従えば、地質断面図(別紙2表2bTA、表3bP@、bQA、表4bQ、bSA)についても、同様の根拠で、創作性が認められるべきである。例えば、別紙2表2bT「被侵害」部分Aにおいては、自然の露頭・地層を対象とした上で、コロッケ、白オビといった鍵(ポイント)になるテフラを選択して、表示している。むしろ、素材の取捨選択という点では、スケッチ図面以上に意図的に選択している。
イ 柱状図(別紙2表1bQ、表2bT@、bU、bV)
 原判決は、柱状図の著作物性につき、
 「情報を取捨選択の上相当量とし、専門的な知見及び情報が狭いスペースに詳細に記載され、一覧的かつ総覧的にテフラに関する事実、知識及び見解を知ることのできるものとなっている点で、工夫が見られる。しかしながら、このような手法の基本部分は一般に知られているもので、自然的事象に関する情報の整理の仕方の一手法であるにとどまり、感情や思想を創作的に表現したものとは、やはりいい難い。」(140頁6行目〜12行目)
 としている。
 このような見地を敷衍すると、およそ地図一般に創作性を認めることはできなくなる。しかし、判決例、学説上、地図には創作性が認められている。
 被侵害部分の、柱状図においても、柱状の狭い部分に、どのようなテフラ等を記載するかを専門的見地から取捨選択して、表現している。
ウ 地質図(別紙2表1bR〜bT、表2bP0〜bP2、表3bQ@、表4bP)
(ア) 原判決は、地質図については、別紙2表4bPを除いて、同一性を否定しているだけで、地質図そのものの創作性については触れていない。この表4bPについて、原判決は、
 「形、位置、層の区別についての情報自体は、自然科学的事実であり、それ自体としては著作権の保護の対象外であるが、それらをどのように描くかということになると、細部の描き方、全体の印象等、創作的要素が含まれてくるのである。」(190頁2行目〜5行目)
 として、描き方にのみ着目している。しかし、前記のとおり、創作性の有無の検討においては、素材の取捨選択性にも着目すべきである。
 同一性の判断においても、取捨選択された素材及びその表現に類似性があるか否かを検討すべきである。
(イ) 原判決は、別紙2表1bR〜bTについて、
 「「侵害」部分の地質図においては、層が実線で区分され、区分された範囲毎に斜線や点が記載され、層の位置が模式的に区別しやすく表現され、また、層の名称が漢字カナ混じりで記載されている。
 これに対し、「被侵害」部分の地質図においては、層と層との境に実線による区分がなく、異なる層との境は点や斜線による固まりで形成される範囲で区分する方法で表現されている。また、立面図も併記され、全体が模式性が少なく、現実の地層位置をイメージさせるような方法で表現されている。さらに、「被侵害」部分の地質図の対象地域は、「侵害」部分の地質図の紫色で囲まれた地域であり、「被侵害」部分の地質図は対象地域を大きく記載している。また、「被侵害」部分の地質図においては、地層の名称はアルファベットで記載され、地層の形状は「侵害」部分のそれと少なからず異なる。」(142頁3行目〜143頁3行目)
 として、同一性を否定している。
 描き方のみに着目した場合には、原判決が摘示した要素が同一性判断の要素となるかも知れない。しかし、素材の取捨選択にも着目すべきであり、そうすると、どのような地層が選択され、どのような形状で記載されているかも重要な要素となる。この観点からみれば、「被侵害」部分と「侵害」部分とは、極めてよく類似しているということができるのである。
エ 層序図(別紙2表1bP、表2bP)
 層序図の創作性につき、原判決は、
 「テフラ層序を棒グラフ状に表現し、その横に火山活動の区分や水成層との対応が分かるように併記するというものであるが、地層に関する右のような記載方法は、年代と共に地層が積み重なるという事実を表現する方法として比較的知られている一般的なもので、表現の創作性の程度は高くないといわざるを得ない。」(132頁12行目〜133頁5行目)
 として、描き方のみに着目している。
 しかし、層序図も図面であるから、素材の取捨選択性に着目すべきである。被侵害部分は、七国峠ローム層、早田ローム層といった地層を選択表示し、火山活動の区分や水成層との対応がわかるように併記しており、これは、控訴人らの斜交層準仮説、三位一体説による基準によって行われたことである。
 原判決は、テフラ層序の小区分・大区分・火山活動の区分点とテフラ層序の大区分との対応・同一名のローム層と水成層との対応関係に同一性が認められるとしており、これらのことも考慮すると、図表全体についても同一性が認められるべきである。
(3) 各論的主張
ア 別紙2表1(別紙1(一)「ローム層をさぐる 大磯丘陵東部編」)
(ア) bP
(a) 同一性
 原判決は、
 「新期ローム層から雑色ローム層までのテフラ層序の小区分、テフラ層序の大区分の切り方、火山活動の区分点とテフラ層序の大区分の対応関係、同一名のローム層と水成層との対応関係(この点は、「被侵害」文書においては、水成層の名称ではなく、水成層の岩層)において共通しており、これらの内容の点で同一性を認めることができる。
 他方、「侵害」部分の図表には左端に年代、第四紀等の時代区分、沖積層から始まる層の区分があるのに対し、「被侵害」部分の図表には、それらがなく、反対に「被侵害」部分の図表には、「侵害」部分の図表にはない海進海退・地殻変動が層の区分の右側にこれに対比させて記載されている。層についても、「侵害」部分の図表では、縦縞を入れ、幅を短く取るのに対し、「被侵害」部分の図表では、活字は小さいが、空白部分が多い。これらの相違を総合すると、図表全体としては、同一性は認められないというべきである。」(128頁12行目〜130頁1行目)
 と判示している。
 しかし、「新期ローム層から雑色ローム層までのテフラ層序の小区分、テフラ層序の大区分の切り方、火山活動の区分点とテフラ層序の大区分の対応関係、同一名のローム層と水成層との対応関係」が、内容的に重要なのであり、これらの点において同一性が認められる以上、全体としても同一と認められるべきである。その余の点は、基本的に枝葉末節にすぎない。
 「左端に年代、第四紀等の時代区分、沖積層から始まる層の区分がある」との点は、教科書的な付け足しであり、このような付け足しをしたからといって、同一性が否定されるものではない。「縦縞を入れ、幅を短く取るのに対し、「被侵害」部分の図表では、活字は小さいが、空白部分が多い」との点については、侵害部分の記載は、水成層に関するものであるのに対し、被侵害部分には水成層の記載欄自体ないのであるから、比較すること自体おかしい。また、縞、幅、活字、空白の有無や大小の違いをもって、同一性を否定することは、正しくない。「「被侵害」部分の図表には、「侵害」部分の図表にはない海進海退・地殻変動が層の区分の右側にこれに対比させて記載されている。」との点については、「被侵害」部分にあって「侵害部分」にない記載部分が枝葉末節ではなく重要な部分であることは事実である。しかし、重要な部分を抜いたからといって、同一性が否定されることになるものではない。
(b) 創作性
 原判決は、
 「同一性の認められるのは、新期ローム層から雑色ローム層までのテフラ層序の小区分、テフラ層序の大区分の切り方、火山活動の区分点とテフラ層序の大区分の対応関係、同一名のローム層と水成層との対応関係という点であるが、これらは、いずれも地質学上の一定の見解に基づき、自然的事象を秩序付け、整理したもので、いずれも自然的事実に属するものであり、その内容自体は著作物性を備えているとはいえない。
 他方、「被侵害」部分における表現方法に着目しても、それは、テフラ層序を棒グラフ状に表現し、その横に火山活動の区分や水成層との対応が分かるように併記するというものであるが、地層に関する右のような記載方法は、年代と共に地層が積み重なるという事実を表現する方法として比較的知られている一般的なもので、表現の創作性の程度は高くないといわざるを得ない。」(132頁5行目〜133頁5行目)
 としている。すなわち、原判決は、上記「被侵害」部分につき、「自然的な事実に属する」として、著作物性がないとしている。しかし、そもそも、地質学上の一定の見解や仮説は真理であるとは限らない。これを「自然的な事実に属する。」とするのは誤りである。
 本件において「被侵害」部分とされているものに記載された「七国峠ローム層」等の名称や、その体系としての層序表は、控訴人Bらの仮説を創作的に表現したものであり、自然的事実ではない。また、層序表につき、一般的な表現方法を用いていたとしても、創作性は失われない。層序表などの図面の作成においては、素材の取捨選択に意味があるのである。
(イ) bQ
 原判決は、別紙2表1bQについて、
 「テフラの種類、層の厚さ、層の構成物質、その粒径、テフラと時代区分との対応関係は自然的事象である。」(139頁9行目〜10行目)
 として、上記各事項には著作物性がないとしている。しかし、これらは、思想的な産物であり、自然的な事実でない。
 また、原判決は、「テフラ層につき、図柄と層毎の長方形の大きさで層の種類とその厚さとを一見して理解できる」(140頁1行目〜2行目)として、柱状に記号等を記載することが、一般に知られている手法である、ともいう。しかし、柱状図でどのような記号を使うかは、地図のように一般的に決められていることではない。例えば、当該「被侵害」部分で軽石の表示とされている「v」マークは、控訴人第四紀研全体においてはおろか、控訴人らの間でも、一致して軽石の表示として使用されているわけではなく、異なるものを指すものとしても使用されているのである。
(ウ) bR〜5
 原判決は、別紙2表1bRについて、
 「「侵害」部分の地質図においては、層が実線で区分され、区分された範囲毎に斜線や点が記載され、層の位置が模式的に区別しやすく表現され、また、層の名称が漢字カナ混じりで記載されている。
 これに対し、「被侵害」部分の地質図においては、層と層との境に実線による区分がなく、異なる層との境は点や斜線による固まりで形成される範囲で区分する方法で表現されている。また、立面図も併記され、全体が模式性が少なく、現実の地層位置をイメージさせるような方法で表現されている。さらに、「被侵害」部分の地質図の対象地域は、「侵害」部分の地質図の紫色で囲まれた地域であり、「被侵害」部分の地質図は対象地域を大きく記載している。また、「被侵害」部分の地質図においては、地層の名称はアルファベットで記載され、地層の形状は「侵害」部分のそれと少なからず異なる。
 以上のような点からすると、地質図にある程度親しみ、いくらか専門領域の知識があって、地質図の異同を判別する能力が高い読者を前提としても、両地質図における地層の表現の仕方は少なからず異なるので、同一性を認めるのは相当ではないと解する。」
 と判示する(142頁3行目〜143頁7行目)。
 しかし、地質図の同一性の判断基準は、どのような地層区分で表現しているのか(斜交層準仮説による区分か)、その区分境界に類似性があるか、断層など重要部分に類似性があるかであり、この基準に照らせば、両地質図には同一性があるということができる。
 「「侵害」部分の地質図においては、層が実線で区分され、区分された範囲毎に斜線や点が記載され、層の位置が模式的に区別しやすく表現され」ているという点は、枝葉末節にすぎない。
 「(被侵害部分は)立面図も併記され、全体が模式性が少なく、現実の地層位置をイメージさせるような方法で表現されている。」という点は、そもそも、控訴人らは、地質図だけを問題にしているにすぎないのであるから、判断には無関係なことである。また、そのことはおくとしても、一部を省略することにより、省略されなかった部分についての同一性が否定されるということになるものではない。
 「「被侵害」部分の地質図においては、地層の名称はアルファベットで記載され、」という点については、原判決の論理に従えば、外国語の文献の地層名や地名を日本語に変えただけで、同一性がないことになる。「「被侵害」部分の地質図の対象地域は、「侵害」部分の地質図の紫色で囲まれた地域であり、「被侵害」部分の地質図は対象地域を大きく記載している。」という点については、被控訴人Mは、単に控訴人らが作成した地質図を縮小して合体させたに過ぎず、これで同一性がないということになると、単にコピーの切り貼りをして合体させれば、著作権侵害でなくなることになる。
 「地層の形状は「侵害」部分のそれと少なからず異なる。」との点については、一部地層の形状が異なったとしても、縮尺の関係などのためであり、同一性を否定する程度ではない。
(エ) bS、5
 原判決はbRと同様の理由を掲げている。上記のとおり、誤りである。
イ 別紙2表2(別紙1(二)「地層と化石 大磯丘陵編」)
(ア) bQ
 原判決は、別紙2表2bQにつき、
 「同一性の判定に当たっても、表現の同一性の有無を問題とすべきであり、記述の実質的趣旨の同一性の有無を問題とすべきではない。そうすると、隆起と地形の逆転とは、必ずしも同一の表現ではなく、「侵害」部分と「被侵害」部分との間には、同一性を認めることはできない。」(151頁12行目〜152頁4行目)
 と判示した。しかし、同一性の判断においては、外形上の表現の異同だけではなく、内容の異同も考慮すべきである。
(イ) bR
 原判決は、別紙2表2bRにつき、「浸食小起伏面」という用語が、侵害部分と被侵害部分で使われている点(ただし、「被侵害」部分Aでは「浸食平坦面」という用語)で、同一性を認めたが、著作物性については、
 「「浸食小起伏面」という用語は、一定の平原の成因を地形学の観点から記載したもので、少なくとも地形学者の間では一定の共通の理解が持たれているものであり、それ自体は学術用語というべきである。そうすると、このような用語に、独創的な表現としての著作物性を認めることはできないといわざるを得ない。」(154頁11行目〜155頁3行目)
 と判示して、創作性を否定した。
 しかし、上記bRの被侵害部分における「浸食小起伏面」あるいは「浸食平坦面」という表現は、「大磯丘陵に分布する二宮層群の基底の不整合面が、長期にわたって、陸上で風化削剥された広大低平な陸生浸食平坦面起源ではないか、そこに、海面が上昇してきて、二宮層が堆積したのではないか。」との仮説を表したものであって、独創的な表現である。
(ウ) bT
(a) 同一性
 原判決は、別紙2表2bTにつき、
 「(1) 「侵害」部分の柱状図と「被侵害」部分の柱状図(別紙5の該当欄の@)とを対比すると、両者とも、地層を模式的な棒グラフ状に記載しており、類似する。ただし、「被侵害」部分の柱状図は地層の区分が「侵害」部分の柱状図と比べ大まかなものとされ、地層の説明が大部分英文でされ、メモ的な未完成な表現となっている。反対に、「侵害」部分の柱状図は、地層の区分が詳しく、また地層の説明が日本語で詳しくされている。
 (2) 次に、「侵害」部分の柱状図とこれに対応する「被侵害」部分の地質図(別紙5の該当欄のA)とを比較すると、「被侵害」部分の地質図は、露頭部分を横から見たスケッチ風の地層図であり、表現形式においては、「侵害」部分の柱状図と相当程度相違している。また、その記載内容においては、「侵害」部分の柱状図には、化石及び地層の内容等の原告らの地質図には記載されてない事項も詳細に記載され、反対に地質図の下部には記載されている情報が「侵害」部分の柱状図には記載されていない。
 ただし、「被侵害」部分の地質図と「侵害」部分の柱状図とは、地層名・鍵層名(コロッケ、白オビ、含黒曜石軽石といった地層の時代を定めるための基本となる地層)及び地層の層序の状況においては、同一性を認めることができる。」(166頁3行目〜167頁9行目)
 と判示する。
 上記(2)以下の判示は、基本的に同一性を否定した上で、一部についてのみ同一性を肯定するもののようである。しかし、柱状部で最も重要な点はテフラの同定・層序であり、これらが同一であれば、基本的に同一性があるというべきである。
(b) 創作性
 原判決は、bTの柱状図、地質図について、
 「(1)「侵害」部分の柱状図と「被侵害」部分の柱状図は、地層を模式的な棒グラフ状に記載しているという点で、その表現形式において同一性を認めることができる。しかし、地層は自然科学的事象であり、それ自体としては著作権の保護の対象ではない。また、この地層を模式的な棒グラフ状に記載するという表現方法は、記載方法としてはありふれたものであるから、その表現方法は創作性を欠き、著作物性はないといわざるを得ない。
 (2) 次に、「侵害」部分の柱状図と「被侵害」部分の地質図とは、地層名・鍵層名(コロッケ、白オビ、含黒曜石軽石といった地層の時代を定めるための基本となる地層)及び地層の層序の状況においては、同一性を認めることができる。しかし、これらは、いずれも、自然科学的事象であり、著作権保護の対象とはならない。」
 と判示する(167頁11行目〜168頁10行目)。
 しかし、地層や鍵層等を自然科学的事象ととらえること自体誤りである。また、柱状図(被侵害部分@)、地質断面図(被侵害部分A)では、素材の取捨選択が重要なのであるから、どのようなテフラを記載するか取捨選択している点について、創作性が認められるべきである。
(エ) bU
 原判決は、別紙2表bUにつき、
 「「侵害」部分の柱状図と「被侵害」部分の柱状図とを比較すると、両者とも模式的な棒グラフ状の地層の記載図であり、また、その内容において、地層の層序名及びその順序(白石軽石・黒(暗紫)色火山灰・ゴマシオ・黒色ラピリ・黒色スコリア・黒色火山灰)、各層序の石の直径の記載等の部分に同一である点が認められる。
 しかし、「侵害」部分の図面の上半分に相当する部分は「被侵害」部分の柱状図には記載がなく、原告らの柱状図は「侵害」部分の図面の下半分に相当する内容を記載したものである。また、「被侵害」部分の柱状図は地層名がアルファベット混じりの記号を利用した手書きで記載されているが、「侵害」部分の図面は簡明で見易い日本文字が印刷されている。区分された層について、「被侵害」部分の柱状図は模様を記載せずに、アルファベット混じりの記号による説明が付されているものが多いのに対し、「侵害」部分の柱状図は区分した地層について模様を記載し、言葉による説明が付されていないものが多い。
 したがって、両図面の全体としての同一性は一見して判断できるわけではない。」
 と判示している(169頁7行目〜170頁10行目)。
 しかし、「「侵害」部分の図面の上半分に相当する部分は「被侵害」部分の柱状図には記載がなく」との点については、図面の対象部分が異なることは、同一性の判断とは関係がなく、共通している部分だけで、同一性があるか否か判断すべきである。また、「アルファベット混じりの記号による説明が付されているものが多い」との点は、アルファベット混じりの説明が、侵害部分では日本語に訳されているにすぎない。
 創作性については、柱状図に関して述べたとおりである。
(オ) bV
 原判決は、別紙2表2bVにつき、創作性を否定している。これは、柱状図に関して述べたとおり、誤りである。
(カ) bX
 原判決は、
 「被疑文書(二)の「侵害」部分(九三頁の文章の一部)とこれに対応する「被侵害」部分(甲一八の一〇頁)とを比較すると、そこで記載されている内容は斜交関係の説明という点で同一であり、「侵害」部分は、専門論文である「被侵害」文書の「被侵害」部分の内容を、一般人にも分かり易く要約したものであるように思われる。そして、そのような両記述の目的と性質の違いを反映して、そこで用いられている用語や論旨の展開は相当程度の差異があり、法の見地から見る限り、両者には同一性はないといわざるを得ない。」
 と判示する(179頁12行目〜180頁7行目)。
 しかし、内容の同一性を重視する限り、同一性が認められるべきである。なお、分かりやすさに配慮しているのは、むしろ、「被侵害」部分の方である。
ウ  別紙2表3(別紙1(三)「相模川下流域の地盤物質」)
(ア) 同一性
 原判決は、別紙2表3bPに関し、
 「「侵害」部分(被疑文書(三)の六九頁表三及び七〇頁図六の各「西小磯北方断層」についての記述)及び「被侵害」文書(甲A一九)の「被侵害」部分(別紙5の該当する欄のとおり、@からBの三箇所に区分している。)を比較すると、活断層の走向の記載等、その記載内容の詳細やその表現方法は一見して相当程度異なっており、これらの点については、同一性を認めることはできない。」(182頁3行目〜8行目)
 と判示し、bQについても同旨の判示をしている(185頁5行目〜12行目)。
 これについても、内容の同一性を重視して、同一性を認めるべきである。なお、bQについて、「断層を線状で記載」(185頁10行目)している点で共通しているということはない。被侵害部分は、地表面の撓み(撓曲崖)として表現している。
(イ) 創作性
 原判決は、同一性が認められる点について、「自然科学的な事実にほかならず、思想・感情の表現とは認められない。」(183頁4行目)して、創作性を否定している。しかし、断層の存在・位置は必ずしも自然科学的な事実ではなく、ある時点では研究者の仮説・主張にすぎない。
 また、断層を線状で記載する方法は、ありふれたものではない(甲A第188号証、第189号証、乙A第73号証)。
エ 別紙2表4(別紙1(四)「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」)
(ア) bQ
(a) 同一性
 原判決は、別紙2表4bQについて、
 「「侵害」部分の図面とこれに対応する「被侵害」部分@(甲A二二のもの)の図面を比較すると、断層を中心に左側に下田上部層が、右側に下田下部層が記載され、下田上部層側の地層の形状が同一である。また、「被侵害」部分A(甲A二三のもの)と比較すると、「被侵害」部分Aの右方に別の地層が多く記載され、左方の当該部分も模式化の度合が高いため、全体の印象からは同一性があるとまでは認め難く、類似性があるにとどまるというのが適当である。」(198頁6行目〜12行目)
 と判示する。
 これは、被侵害部分@とAを分離して、それぞれを侵害部分と比較することにより、同一性を判断しているものである。しかし、被侵害部分@及びAは、別々の意義を持っているのであり、侵害部分がこれらを同時に侵害しているのであるから、被侵害部分を一緒にして、内容面を含め判断すべきである。仮に、被侵害部分@及びAを分離して判断するとしても、被侵害部分Aにつき、原判決が「「被侵害」部分Aの右方に別の地層が多く記載され」ということを同一性を否定する根拠としていることは、相当でない。それでは、一部だけを掲載すれば、同一性が否定されることになる。
 「左方の当該部分も模式化の度合が高い」とする点は、何をもって模式化が高い、とするか、基準が不明である。
(b) 創作性
 原判決は、同一性の認められる部分について、
 「同一性の認められる部分は、いずれもそれほど複雑なものではなく、模式性の度合がある程度高いので、それだけ創作性の要素が低いということになる。また、(一)後半の類似性が認められるにとどまる「被侵害」部分Aについては、一層右のことが当てはまる。したがって、右の「被侵害」部分の図面@Aは、いずれも事実をそれほどの創作性なしに記載したものであり、著作権の対象とはならないというべきである。」
 と判示する(199頁3行目〜9行目)。しかし、模式性が高いということは、創作性がないとする理由となるものではない。
(イ) bR
 原判決は、別紙2表4bRについて、侵害部分と被侵害部分の同一性を認めつつ、
 「同一性の認められる正断層の変位量について著作物性を認めることができるかについて見ると、これは自然科学上の事実の記載であり、これがいかに価値のある発見であったとしても、それ自体は思想・感情の表現であるとはいえず、また、このような事実の記載については表現の幅も限られているから、右の同一性の認められる部分について、著作物性を認めることはできない。」
 と判示する(200頁9行目〜201頁2行目)。
 しかし、断層の変位量が50メートルであるという点は、自然科学的な事実ではない。また、外形上の表現の同一性だけなく、内容の実質的異同をも検討すべきである。
(ウ) bS
 原判決は、別紙2表4bSについて、侵害部分と被侵害部分との同一性を認めつつ、断層の記載は、自然科学上の事実の記載であるから、著作物性はないとした。しかし、再三述べたとおり、断層があるということは、自然科学上の事実ではない。
オ 別紙2表5(別紙1(五)「動く大地を読む−流域の一億年と平塚の基盤」)
 原判決は、別紙2表5について、侵害部分と被侵害部分の同一性を認めつつ、
 「右同一性の認められた点の著作物性の有無について検討すると、「畑沢火山」という用語は、ある特定の火山に付けられた名称にすぎず、その所在場所も山北町の畑沢地区(甲B一の二五頁)というのであるから、畑沢の火山というものにすぎないのであり、思想・感情の表現ということはできず、そこに創作性を認めることもできない。その他の前記(一)のAないしCの点は、いずれも客観的な事実の記載にすぎず、著作物性は認められない。
 この点について、原告らは、畑沢火山というのは単なる事実ではなく、仮説であり、塩沢礫岩層の堆積時期等についても同様である旨を主張する。しかし、仮に畑沢火山というのが仮説の産物であるとしても、右のような仮説が創作性のある形で表現され、それが被疑文書(五)において再製されているのであればともかく、「侵害」部分及び「被侵害」部分は、前記(一)の@ないしCという点で同一性を有しているにすぎず、これらの点は、やはり客観的事実の記載にとどまり、創作性のある表現ということはできないと評価するのが適当である。」
 と判示する(204頁2行目〜205頁4行目)。
 しかし、多数の専門家が合同で調査し、協議するなどした上で、学問的に、特定の時期に、山北町畑沢地区に火山が活動していた必然性に到達して、これを定義復元したものであり、「畑沢火山」は、思想的で創作的な仮説の主張である。客観的、自然的な事実の記載ではない。
(4) 合意に基づく差止請求及び損害賠償(控訴審での新主張)
ア 合意の概要
(ア) 合意の主体  控訴人らの一部(B、C、D及びE)と被控訴人M(以下、この5名を「大磯東部サブ団研参加者5人」という。)
(イ) 合意成立の時期  1976年(昭和51年)2月ないし3月
(ウ) 合意の内容
 大磯東部サブ団研参加者5人が、大磯丘陵東部地域の火山灰層序学的な露頭調査を行った後、又は、その進行に合わせて随時、順次、筆頭者となって、研究論文を発表し、最後に、控訴人Bを筆頭者として、地質学会誌にまとめの論文を投稿する(以下、この合意を「本件合意」という。)。
イ 大磯東部サブ団研結成に至る経緯
 控訴人Bは、昭和38年以降、控訴人Fと共同して、大磯丘陵の火山灰層序学的調査を開始した。
 昭和43年6月、控訴人第四紀研の第1回総会が開催され、同第四紀研の組織が確立された。
 昭和48年8月、控訴人第四紀研が、大磯丘陵で団体として共同して行う研究を開始した。
 そのころ、大磯丘陵北部、特に平塚市が含まれる東北部の地質の大筋は、既に把握されており、各研究を集めれば、地質図を描くことが可能な段階に至っていた。
 昭和49年2月には、テフラの特定はほとんど済み、テフラ名が記入された火山灰層序学的データが得られていた。
 同年6月、控訴人第四紀研の総会で、控訴人Bが三位一体説(地殻変動、火山活動、気候変動、海面変動が相互に連動しているとする仮説)を提唱した。この仮説は、昭和50年に提唱された斜交層準仮説を具体的な手段として、控訴人Bが実証中である。
 昭和49年8月、控訴人第四紀研の機関誌「関東の四紀」が創刊された。
 昭和50年6月、「関東の四紀」2号に、控訴人Bが、「テフラの累層区分」(甲第5号証)と題して、ローム層区分に関する「斜交層準仮説」を紹介した。
 以上の過程において、控訴人第四紀研には、被控訴人Mの加入前に、若手の研究者が次々と入会し、第四紀を総合的に調査し得るスタッフがそろった。
ウ 「大磯東部サブ団研」結成時の状況と、発表についての合意
 昭和50年8月、被控訴人Mが、控訴人第四紀研による大磯丘陵での団体研究に初めて参加し、同年10月、控訴人第四紀研に入会した。
 同年11月、控訴人Bが呼び掛けて、大磯丘陵東部の共同研究、団体研究が開始された。当初の参加者は、控訴人B、同E、訴外星野良久子の3名であり、これにより、控訴人第四紀研の中に、大磯東部を調査研究するグループ(以下「大磯東部サブ団研」という。)が形成された。これは、控訴人第四紀研の、大磯団体研究グループが大磯丘陵の西半部を主たる調査範囲としており、東部まで調査がたどり着くのが相当先となることが予想されたので、同時並行で東半部の調査研究を行い、こちらも含めて、火山灰層序学的な地質図を完成させるためであった。
 このようにして、両者の研究を完成させ、その時点で、大磯丘陵全体の火山灰層序学的な地質図と説明書を、控訴人第四紀研名で公表することになっていた。
 昭和51年2月、大磯東部サブ団研の参加者の1名が大阪に異動することになったので、控訴人Bは、控訴人Dと被控訴人Mを加えて、大磯東部サブ団研の再編成を行った。これにより、本件合意は、その参加者である控訴人らと、被控訴人Mとの間で、昭和51年2月7日から3月28日までの間に成立したものである。
 被控訴人M自身、大磯東部サブ団研は、調査地域が東部全域であったこと、その地層の分布、構造をつきとめることが目的であったことを、仮処分事件(横浜地方裁判所昭和60年(ヨ)第898号、以下「前仮処分事件」という。)では認めている。
 昭和51年6月、控訴人第四紀研の第9回総会で、地域サブ団研構想が正式に承認された。このとき、大磯東部サブ団研の構成員は、控訴人B、同E、同C、同D及び被控訴人Mの5人であった。
エ 合意に基づく公表
 昭和51年6月、「関東の四紀」第3号に、大磯東部サブ団研の最初の論文「大磯丘陵東部の第四系−1975年度の成果について」が、控訴人C(筆頭者)、同D、同E、同B、被控訴人Mの連名で掲載された(甲A第7号証)。
 昭和52年2月、大磯東部サブ団研は、日本第四紀学会において、被控訴人Mを第1発表者とし、控訴人E、同B、同D、同Cの連名で、「いわゆる二宮層の細分について−大磯町を中心に」と題する発表を行った(乙A第31号証)。
 昭和52年3月、大磯東部サブ団研は、被控訴人Mを筆頭者として、「大磯丘陵東南部の第四系」と題する論文を、神奈川地学会機関誌「神奈川地学」第6巻4号に掲載した(甲A第21号証)。
 昭和52年4月、大磯東部サブ団研は、日本地質学会において、控訴人Eを筆頭者として、「いわゆる二宮層の区分と対比について」と題する発表を行った(甲A第8号証)。
 昭和52年7月、大磯東部サブ団研は、「関東の四紀」第4号に、控訴人Dを筆頭者として、「いわゆる二宮層の区分と対比について」と題する論文を掲載した(甲A第9号証)。
 昭和53年4月、日本第85年学術大会地質学会で、下末吉埋没土層班(大磯東部サブ団研の中の一つの班で、控訴人B、同E、被控訴人Mで構成)の研究成果を、控訴人B、同E、被控訴人Mが、「多摩ローム層と「下末吉層」との層序関係」という表題で発表した。
 昭和53年11月、「関東の四紀」5号に、控訴人B(筆頭者)、同E及び被控訴人Mが、「下末吉埋没土層の時代について」と題して、研究成果を発表した(甲A第18号証)。
 昭和54年9月、「関東の四紀」6号に、大磯東部サブ団研は、控訴人B(筆頭者)、同C、同E、同D及び被控訴人Mの連名で、「テフラを中心にみた二宮層群」と題して、二宮層群の火山灰層序学的標準柱状図を公表した(乙A第24号証の1〜2)。
オ 合意違反の事実
(ア) 昭和55年3月、被控訴人Mは、「相模川下流域の地盤地質」(甲A第3号証・別表1(三))を、被控訴人協議会発行の「相模川」28号に掲載した。
 ここで、被控訴人Mは、大磯東部サブ団研の研究結果で、未公表の断層関係データ(変位量、変位方向、長さ、平均変位速度、活動度等」を無断で使用し、あるいは既発表のデータについて、引用表示をしないまま使用した。
 本件合意においては、断層の諸要素に関する定量的なデータは、控訴人Bを筆頭者として、最後に発表することになる論文で、まとめて系統的体系的に述べることになっていた。被控訴人Mの上記行為は、本件合意に反するものである。
(イ) 昭和55年3月、被控訴人Mは、「大磯町虫窪の二宮層群断層と貝化石」(甲A第4号証・別紙1(四))を公表した。これも、大磯東部サブ団研の他の参加者の了解を得ないで行ったことである。
(ウ) 昭和55年3月、被控訴人Mは、「大磯丘陵の地質1」を、平塚市博物館資料bQ4として、無断で発行した。
 被控訴人Mは、昭和63年1月20日付けの、控訴人Bに対する謝罪文の中で、「東部班でコンパイルしたものに補足調査を加えて、Bさんが学会誌に投稿することにもなっていたので、それが発表されてから、引用の形でまとめるのが筋だったと後悔しております。あまりにも焦りすぎてしまいました。」として、本件合意の存在と、それに違反したことを認めている(甲A第53号証)。
(エ) 昭和56年2月、被控訴人Mは、「ローム層をさぐる−大磯丘陵東部編」(甲A第1号証・別紙1(一))を発行した。これも、控訴人第四紀研等の未公表データを使用しているものであった。
(オ) 昭和58年2月、被控訴人Mは、「地層と化石−大磯丘陵編−(平塚市博物館)」を刊行した(甲A第1号証・別紙1(二))。これも、大磯東部サブ団研の未公表データ等、特に控訴人Jの未公表スケッチをそのまま載せるなど、無断で使用している。
(5) 請求の基礎の同一性について
ア 控訴人らは、原審で主張していなかった新たな箇所を、被控訴人Mによる無断引用の例として主張している。しかし、これは、共同研究データを無断で使用されていることを、本件合意違反の事情として述べているにすぎない。これらの箇所につき、訴えを追加的に変更して、新たな差止めを求めているものではない。訴訟の進行に伴い、詳細な状況を追加して述べることは、当然のことである。
イ 合意違反を予備的追加的に主張することは、何ら請求の基礎の同一性を害するものではない。
 控訴人らの学問的創造に基づく調査の結果を、被控訴人Mが勝手に利用公表したことの責任を問う点において、著作権侵害に基づく請求と合意違反の請求は、法的に構成される以前の社会的事実において全く異なるところはない。
 しかも、事情としてではあっても、原審において合意を巡る主張の応酬をしており、控訴人らは証拠も提出している(甲A第65号証)。
2 被控訴人らの主張に対する反論   
(1) 被控訴人Mの単独著作物であるとの主張に対して
ア 被控訴人らは、自ら清書したものは自分単独の著作物であるなどと、共同研究の実態からかけ離れた主張を繰り返している。
 一人ではできない広範な野外調査は共同研究が前提である。また、環境問題など今日的課題の研究のためには、様々な研究分野の研究者による学際的な共同研究が必要である。他方、研究者個人が職を得、業績を挙げるために、論文を書くという競争があることから、共同データが無断で使用される恐れがあり、これを防ぐために、共同研究の成果は共有財産と考えるというモラルが必要なのである(甲A第184号証)。
イ 別紙1(四)の「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」の図1(別紙2表4bP「大磯丘陵東南部の地質図と虫窪A地点」)について、被控訴人らは、上記地質図は、被控訴人Mの作成した地質図(乙A第94号証、第148号証)を基に、同人が作成したものであって、同人の単独著作物であると主張する。
 控訴人第四紀研の本団研(控訴人第四紀研全体で、年2回程度、合宿で行われる団体研究)と、サブ団研(控訴人第四紀研の一部の構成員で組織され、一定の地域を定めて行われる団体研究)とで、根本的に調査方法が異なり、後者では、各人が、地域を決めて、個別に調査を行う方法を採っていた、ということはない。規模や、個々の参加者の力量によって、適切な方法が適宜採られていたのである。被控訴人らがいうように、調査者がそれぞれ野外で観察結果の記録を取り、後日各人が自分の記録を清書する、という方法に限られていたわけではない。例えば、大磯東部サブ団研でも、当初は、参加者の力量が違っていたので役割分担をしていたのである。もっとも、後になってからは、場所を分けて各人が調査をするようなこともあった。
 このように役割分担をして調査をする以上、調査結果の交換をしており、互いに調査の現場で野帳を見せ合ったり、調査後、野帳や清書のコピーを渡し合ったりしていた。
 個々の図面等は、その図自体の作成段階だけ取り出してみれば、各人が自分で書き入れて作成するものであるから、各人の著作物であるかのようにみえる。しかし、各人は、他の共同調査者のデータをも用いて仕上げるものであるから、出来上がった地質図は、共同著作物に当たるというべきである。露頭地点番号の付与の仕方が統一されていなかったとしても、意味が分かれば問題はないのであるから、共有データによるものであることが否定されるものではない。
 乙A第148号証の作成においても、被控訴人Mが調査に行かなかった地点について、他の調査者のデータが盛り込まれている。このほかにも、お互いに手持ちの地質図等を見せ合って、食い違いを修正することもあった。大磯東部サブ団研において、各人が、ばらばらに調査し、他の者の関与もなく図面を作成していたということはない。
 乙A第148号証の地質図の作成において、被控訴人Mが、かなりの部分を担っていたことは事実である。しかし、これは、その地質図の作成が、同人の担当であったからにすぎない。
(2) 別紙1(二)「地層と化石」における別紙2表2bS「化石床とシルト岩層との関係」の同一性について
 被控訴人らの主張のうち、図面の同一性の判断基準について、地質学的な同一性を判断すべきであるとの点は認める。
 侵害図面(甲A第2号証図23)と、被侵害図面(甲A第12号証)との同一性を判断するに当たって重要なのは、両者とも、化石床が認められること、すなわち、貝化石を含む地層があって、これが下部の地層と同時異相と判断されることが示されていることである。下部の地層のテフラ枚数などには、あまり意味がない。
 被控訴人らは、被控訴人Mと控訴人Jが共同して当該調査を行ったことを認めている。そうだとすれば、当然のこととして、上記侵害図面を作成するためには、乙A第88号証の1〜3の柱状図だけ足りず、控訴人Jのスケッチ(甲A第108号証)が必要となる。
 控訴人Jが作成した図面についての引用表示が必要なのは、当然である。
第4 被控訴人らの主張の要点
1 附帯控訴の理由
(1) 別紙1(二)「地層と化石」における別紙2表2bS「化石床とシルト岩層との関係」について
ア 原判決は、甲A第12号証は偽造されたものであり、証拠能力はないとの被控訴人らの主張に対し、以下のように判断した。
 「被告M及び被告市は、原告らが、表2bSの「侵害」部分との同一性を装うため、「被侵害」部分の図面である甲一二を書証として提出後に、右図面中の地層を黒く塗りつぶし、V印を加筆するなど、明白な偽造をした旨を主張する。しかし、裁判所に提出されている甲一二の写しによれば、図面上、地層に付された記号が見難いところ、原告らが準備書面に添付し被告M及び被告市から偽造と主張された図面(別紙5の対応する図面のうちB5版のものの左下部分)の記載は、地層に鉛筆で引用線が記載されて▲印及びVが記載されている。引用線があること自体により、それのない「侵害」部分の図面との間に違いが感じられるものとなっている。仮に「侵害」部分の図面と類似していることを意図的に作出するなら引用線がないようにする等のことを考えると思われる。そして、原告らがそのようなことをする動機はそもそもうかがわれないし、そのほかに原告らの加筆行為を推認させる事実もないから、原告らが説明するとおり、原告らの千葉代理人が原告Bの説明を受ける際にファクスで送られた原告Jの図面の写しに▲印及びV印をメモ書きしたものが、そのまま準備書面で説明する際に添付されて被告M及び被告市の誤解を招いたものと認めるのが相当である。被告らの主張する偽造の事実は認められない。」(156頁12行目〜158頁5行目)
 原判決が取り上げているのは、控訴人らが準備書面に付した図面(甲A第12号証B)である。被控訴人らが問題にしているのは、平成11年9月3日の弁論で、控訴人らから提出された原本のカラーコピーと称されるもの(甲A第12号証C)である。甲A第12号証として当初提出されたもの(甲A第12号証A)と、同Cの同一性が問題とされるべきである。
 甲第12号証Bは、同Cにある「V」印がなく、そのコピーではない。したがって、同Bは、同Cに、控訴人ら代理人が加筆したものではなく、同Aに加筆したものであって、同Cはオリジナルではない。すなわち、甲第12号証の原本は、最初同Aであったが、平成11年9月ころまでに、加筆修正された結果、同Cに変化したものである。
 なお、控訴人らは、コピー(複写)やファックス送信の過程で、「V印」が消えたと主張するが、そのようなことはない。
イ 被控訴人Mのスケッチ(甲A第2号証43頁図23)は、「地層と化石」の執筆に当たり、被控訴人市が、平塚市博物館の調査活動として控訴人Jに調査を依頼し、昭和57年10月10日に、被控訴人Mと控訴人Jで西小磯海岸を共同調査したときの調査結果に基づくものである。被控訴人Mの上記スケッチは、控訴人Jのスケッチ(乙A第108号証、すなわち甲A第12号証A)を参考にしているが、被控訴人Mの調査結果である柱状図(乙第88号証の1〜3)を基にしているので、軽石層(V印)、スコリア層(▲印)、火山砂層(細点印)を区別しており、その枚数も上記控訴人Jのスケッチとは異なる。また、露頭下部に描かれた火山灰層を含むどのような地層が、貝化石を含む礫岩層に移り変わっているかを明確に描いている。
 以上のとおりであるから、被控訴人Mのスケッチ(甲A第2号証43頁図23)は、控訴人Jのスケッチ(乙A第108号証、甲A第12号証A)を複製したものではない。
ウ 原判決は、別紙2表2bSについて、被控訴人らの主張する甲A第12号証Cを採用して、以下のとおり、
 「(1) 表2bSの「侵害」部分の図面とこれに対応する「被侵害」部分の原告Jの図面とを比較すると、両図では、斜めに多数の帯状に堆積した地層が記載され、その形状及び数には基本的な点で同一性がある。また、これらの地層の上に堆積したように見える平坦状の地層の形及び上部の地層と下部の地層の境界部の形状は、いずれも同一性があると認めるのが相当である。
 被告M及び被告市は、両図はその上部でも異なり、下部はより一層同一性を欠く旨を主張する。
 確かに、貝化石が上部右側に四つしかない(「被侵害」部分の図面)のか、全体にわたってレキと貝化石とが混在している(「侵害」部分の図面)のかについては、多少の違いはある。下部においては、地層の内容が分かりにくい(「被侵害」部分の図面)か、分かりやすいか(「侵害」部分の図面)の違いもある。しかし、(1)で述べたように形状がよく似ているので、全体としての印象としては極めて同一性を感じさせるものとなっている。」
 と判示して、同一性を認める判断をしている(155頁9行目〜156頁11行目)。
エ 甲A第2号証4頁図23のスケッチは、被控訴人Mが、提出してもらった共同調査の成果である控訴人Jのスケッチ(乙A第108号証、甲A第12号証A)を参考にして作成されている。しかし、両者の間に存するのは、形状の類似にとどまる。スケッチ本来の地質学的な意味が、化石床と火山灰層との関係(どのような火山灰層の層準(位置)が、化石床へと移り変わるか)にあることからすれば、同一性の判断は、外観や形状ではなく、どのように積み重なった火山灰層とシルト岩層が、化石床に移り変わっているか、という、地質学的な観点からみた同一性によって行われるべきである。
 原判決も指摘するとおり、被控訴人Mの甲A第2号証23図の方が、地質学的にはるかに詳細な記述になっている。
(2) 別紙1(四)「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」(神奈川自然誌資料1号所収)における別紙2表4bP「大磯丘陵東南部の地質図と虫窪A地点」に関する被侵害部分の著作権者
 被控訴人らは、被侵害部分の地質図は、被控訴人Mがほとんど単独でまとめたもので、同人の単独著作物であると主張した。しかし、この点について、原判決は、
 「原告第四紀研は、富士山東方から南関東地域にまたがる地域のテフラ層の調査を行うため、手分けをして現地調査を行い、テフラ番号付け、資料の採集、写真の撮影、フィールドノートへの記録等を行い、このように協力して得られたデータを内部の刊行物に掲載して研究員の共同の財産とすることを目的とするものであること、このような研究手法によるため、全員の調査結果を相互に利用し合うことを予定し、またそうすることで初めて研究に用いることのできるデータが得られるという関係にあると認められる。したがって、このような共同作業の成果として得られた著作物の著作権は、原告第四紀研ないし共同作業者全員に帰属する「共同著作物」(法二条一項一二号)というべきである。
(3) 次に、表4bPの「侵害」部分の作成の経緯について検討すると、証拠(甲A六五[六頁以下]、原告本人E[調書一〇頁以下])及び弁論の全趣旨によれば、右の「侵害」部分の地質図は、大磯サブ団研グループで作成した地質図を基に、チーフとして原告Bが関わりながら、原告E、被告M、原告D及び同Cが作成したものと認められる。
(4) このように、「侵害」部分の地質図は共同で作成したものであり、被告Mが、たまたまその地質図のまとめに大きく関わっていたとしても、被告Mに単独で著作権が帰属するとはいえない。」
 と判示して、被控訴人らの主張を排斥した(191頁5行目〜192頁11行目)。
 しかし、大磯東部サブ団研、下末吉埋没土層班の調査活動は、控訴人第四紀研の本団研におけるそれと異なり、調査者それぞれが、独自に観察し、記録を取り、それを清書しており、清書データの提出も義務づけられていなかった。控訴人第四紀研が、データの提出を受け、これらを一括管理することもなかった(甲A第69号証、乙A第46号証)。
 創作行為の共同性がない以上、共同著作物には該当しない。仮に、調査データの著作物性が肯定されるとしても、調査に同行していない者には、共同著作者としての資格はない。
 もともと、控訴人第四紀研においては、サブ団研等の共同研究を踏まえた、個人研究は公認されていた(乙A第115号証)。平塚市博物館が独自に企画し、あるいは主導して実施した調査(被控訴人Mの単独調査、控訴人第四紀研の会員に協力依頼し、謝礼を支払った調査、控訴人第四紀研会員との共同調査)に基づくデータも存在する。これらのデータを、控訴人第四紀研の調査により得られたデータと同一視することはできない。
 甲A第4号証の地質図は、被控訴人Mの作成した地質図(乙A第94号証、第148号証)に基づいて作成されたものであり、控訴人Bらとの共同作業の成果ではない。
(3) 「地層と化石」(別紙1(二)・甲A第2号証)刊行における控訴人Jの同意
ア 原判決は、控訴人Jのスケッチ(甲A第12号証)の、「地層と化石」への掲載について、控訴人Jが同意していた、との被控訴人らの主張を、次のように述べて、排斥している。
 「被告M及び被告市は、原告Jが右被告らによる表2bSの「侵害」部分の図面の著作出版を了解した旨を主張するが、その旨の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
 原告Jは、「侵害」部分の図面の原稿を見て「原図は原告J」というように記載されていなかったにもかかわらずこれに抗議していないが、それは、甲A二の被疑文書(二)が被告Mの単独の執筆者名で出版されるとは思っておらず、原告Jとの共著で発行されると思っていたからであり、また、被告M単独で被疑文書(二)が出版された際に、原告Jは抗議をしていないが、それは、被告Mが原告第四紀研ともめていたから、いずれ改善して貰えると思って我慢していたのである(原告J本人尋問)。よって、原告Jの同意があった旨を主張する被告M及び被告市の主張は前提を欠くといわなければならない。」(160頁6行目〜161頁5行目)
 しかし、控訴人Jは、印刷原稿の校正をしていながら、後書き部分の「品川区荏原第二中学校のJ氏には、貝化石標本の同定及び、P.17〜21の本文を執筆いただき」との部分や、「本文執筆・原図作成・写真撮影:M」との記載には修正を加えていない(乙A第137号証)。このことから、「地層と化石」が、被控訴人Mの単名で刊行されることに同意していたことは明らかである。
 また、原判決は、
 「「被侵害」部分のスケッチは、原告Jと被告Mとが共同で調査した際に作成されたものであるが、作成者は専ら原告Jである。そして、これを被告Mの単独著作物とすることを合意したような事実も認められない。したがって、右スケッチを原告Jと被告Mとの共同著作物とすることまでは考えられるが、これにつき原告Jに著作権がないとされるいわれはない。
 被告M及び被告市は、共同著作物であるから、「侵害」部分に原告Jの氏名を引用しないことが許されるかのように主張するが、共同著作物なら引用する際にも両者の氏名を記載する必要がある。」(175頁2行目〜10行目)
 と判示する。しかし、前記のとおり、M単名で刊行することに控訴人Jは同意していたものである。
 もともと、「地層と化石」は、被控訴人Mが独自に企画・立案・執筆し、控訴人Jには、その一部を執筆してもらったにすぎない。この部分については、「あとがき」で、控訴人Jの著作である旨を明記してある。
イ 「地層と化石」(別紙1(二)・甲A第2号証)における別紙2表2bW「土屋61〜63地点の生痕化石スケッチ」に関し、原判決は、次のとおり判示して、甲A第17号証のスケッチの公表について、被控訴人Mが控訴人Jから了解を得ていた、との被控訴人らの主張を排斥した。
 「被告Mは、被疑文書(二)(地層と化石。昭和五八年二月発行)と「大磯町西小磯海岸にみられる大磯層の層序と化石」(乙A三。昭和五八年発行)をほぼ同時期に執筆し、乙A三は原告Jとの共著として発行された。原告Jは、化石の講習会について被告市に協力し、数回にわたって謝礼を受け取ったこともあった。
 原告Jは、被告Mの被疑文書(二)に利用させる目的で、生痕化石のスケッチ(甲A一七)を被告Mに交付したが、それは共著者となるつもりであったからであった。しかし、被告Mの著作である被疑文書(二)の「あとがき」の中には、「J氏には、貝化石標本の同定及び、一七〜二一頁の本文を執筆いただき」と記載されていたものの、同書八八頁に掲載された図四六(表2bWの「侵害」部分)については、何ら言及がなかった。このような被告M単独による被疑文書(二)が出版された際に、原告Jは抗議をしなかったところ、それは、被告Mが原告第四紀研ともめていたから、いずれ改善して貰えると思って我慢していたからであった。そして、被告M及び被告市は、原告らの抗議を受け、正誤表(甲A二九)を作成し、その三頁BCにおいていったんは「被侵害」部分(甲A一七の生痕スケッチ)についての侵害を認めた。
(3) 右の認定事実によれば、原告Jと被告Mは、化石の研究等については共同で行い、これを発表する場合には共著とする旨が合意されていたものと推認することができ、同原告が被告Mに生痕化石のスケッチ(甲A一七)を交付したのも、このような共著として発表することが前提であり、そのことは、被告Mも十分承知していたものと認めることができる。よって、生痕化石のスケッチを被告Mの単独名で発表することについて、原告Jの同意があったものと認めることはできない。
 したがって、被告M及び被告市の同意による免責の主張は理由がない。」(177頁4行目〜179頁4行目)
 しかし、前記のとおり、控訴人Jは、「地層と化石」が、被控訴人Mの単名で刊行されることに同意していた。これが「共著であると考えていた。」とする控訴人Jの本人尋問の結果は、事実に反する。
 また、一般的な普及書では、引用した文献名を掲載することは、必ずしも要求されていなかったものである。さらに、控訴人らも、引用した文献名を掲載しないで、本を刊行するなどしており、被控訴人Mの引用表示の不掲載を、著作者人格権や著作権の侵害とすることは、信義則違反・権利濫用である。
(4) 「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」(別紙1(四)・甲A第4号証)刊行における控訴人Bらの同意の有無について
 原判決は、次のように判示している。
 「(1) 被告M及び被告県は、被告Mが被疑文書(四)を作成するに当たり、原告Bらに電話で了解を取り、すべての原稿及び図表を送付し、コメントを求めていると主張する。
 (2) この点に関し、証拠(甲A六五の四九頁以下、被告本人M)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 被告Mは、昭和五五年五月の被疑文書(四)の発表直前に原告Bに電話をし、神奈川県関係の博物館関係者のその年度の業績内容を集めた業績報告書・台帳みたいなものを作ることになって自分も書かなければならず、下田ぼったりの貝化石と横すべり成分を持つ断層条線のことを書きたい、県公務員報告書なので部外者を含めた連名にはできないとの趣旨のことを告げたところ、原告Bは、自分は了承する、他の共同研究者が認めるならば仕方がないと述べた。そして、被告Mは、被疑文書(四)の原稿・図表を原告Bに送付し、原告Bはこれにコメントを入れた。本論文の発表後、被告Mは、原告Bに、被疑文書(四)の別刷りを送った。ところが、その後、原告Bが、東大理学部地質学教室の図書室で被疑文書(四)の掲載されている「神奈川自然誌資料」をたまたま見かけて内容を見たところ、内部文書であるはずの被疑文書(四)が掲載されていた。原告Bは、「神奈川自然誌資料」は体裁・内容ともに正規の論文集であり、しかもその巻頭言では、公務員以外を排除しなければならない内容も掲載されていなかったために驚いた。
 (3) 右のとおり、原告Bの承諾は、内部文書であるとの錯誤に基づいたものであり、真意によるものであるとはいえない。また、前記(三)(2)のとおり、「被侵害」部分の著作権は、原告Bのほか、共同して作業に当たった原告E、同D及び同Cにも帰属しているというべきであるが、本件全証拠によっても、被告Mが、原告B以外の右原告らの承諾を得た事実は認められない。
 よって、被告M及び被告県の(1)の主張は採用することができない。」(195頁10行目〜197頁12行目)。
 そもそも、神奈川自然誌資料への投稿依頼があったのは、昭和54年11月である。このとき、被控訴人Mは、控訴人Bに連絡を取り、神奈川県下の博物館関係者が自然史に関する情報を提供する報告書であり、「露頭紹介」として、「大磯町虫窪の活断層と貝化石」について、オリジナル論文を書きたいと相談している。そして、控訴人Bから、博物館活動で見いだした成果であるから、単名で構わないという了解を得ている。被控訴人Mが、「県公務員報告書なので部外者を含めた連名にできない。」、「内部文書である。」などと述べたことはない。なお、この了解を得た後、大磯東部サブ団研の他の構成員からも、了解を得ている。
 大磯東部サブ団研の活動は昭和54年9月をもって終了し、被控訴人Mが、「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」(甲A第4号証)を執筆する時点では、既に活動は終了していた。甲A第4号証を執筆する際に基になったデータは、平塚市博物館の自然観察会の下見のための独自の調査結果のデータであって、目的も明確に異なる。大磯東部サブ団研の共同研究によって得られたものとは別のものである。現に、控訴人Bは、昭和55年1月初旬に、被控訴人Mに頼まれて原稿の直しをした際にも、大磯東部サブ団研の共同研究との関わりや、謝辞に対する指摘は全くしていないのである。
(5) 適切な引用
ア 原判決は、
 「被告M及び被告県は、被疑文書(四)の「はじめに」の欄に「M他一九七七」(甲A二一)と、「参考文献」欄にその明細を記載しているから、著作権侵害には当たらない旨を主張する。これに対し、原告らは、引用の仕方として不十分であり、また、甲A八も引用すべきであると主張する。
 (2) ところで、引用があるとして著作権侵害がないというためには、特段の事情がある場合を除き、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識できることを要すると解すべきである(なお、最高裁第三小法廷昭和第五五年三月二八日判決・民集三四巻三号二四四頁参照)。
 そこで、この点を表4bPについて見ると、証拠(甲A四・八・二一・六五(三一から三五頁)・七四・七五)及び弁論の全趣旨によれば、甲A二一の地質図は、甲A八の講演要旨として掲載予定のものを、被告Mが、原告Bや原告Eらの了解を得て掲載したものである。ただ、その際、原告Bらとしては、原告Eが第一発表者となる甲A八の方が、甲A二一よりも後に公刊されるにもかかわらずプライオリティーがあることを明示するため、甲A二一の地質図に甲A八を引用しており、そのような事情は被告Mも了知していた。ところで、被疑文書(四)において、「侵害」部分の地質図の下には何ら引用文献が示されていないが、それ以外の箇所の図の下には引用文献があり、また、本文中(甲A四の四五頁)には、地質図の説明以外の部分で、甲A八を引用しているところがある。
 これらの事実によれば、被告Mは、「侵害」部分の地質図においてあえて引用を避け、当該論文を全体として見れば、右地質図が被告Mの単独の著作に係るかのような印象を与える記述を行っており、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができず、また、本件においては、このような明瞭な区別の要件を課すことが表現の自由の観点から不相当と認められるような特段の事情があるとも認められない。
 (3) よって、被告M及び被告県は、表4bPの「侵害」部分について、引用を理由に免責されるものではない。」
 と判示する(193頁2行目〜195頁8行目)。
イ しかし、甲A第21号証(「Mほか・;1977」として引用したもの)の引用については、本文45頁「はじめに」欄9行目に「Mほか・;1977」と、47頁「参考文献」欄7行目に「M・E・B・D・C 1977 大磯丘陵東南部の第四系.神奈川地学6(4):38−50」として、引用であることを明示している。このように、図1の地質図中には引用であることを示していないとはいえ、文章中では引用であることを明示しているのである。そして、このような引用の仕方には、控訴人Jらも同意していた。
 甲A第8号証(「E 他4名(1977)地質学会予稿集より 一部加筆」として、甲A第21号証中に引用したもの)は、もともと、被控訴人Mが作成した地質図(乙A第148号証)が基になっており、甲A第95号証、第96号証を経て、甲A第8号証の地質図となったものであるから、これは、被控訴人Mが作成したものとなる。そうである以上、これについては、もともと、引用であることを示す必要はなかったというべきである。
ウ @甲A第21号証と、甲A第8号証は、ほぼ同時期に投稿された同内容のものであり、発行年月日は、甲A第21号証の方が早いこと、A甲A第21号証は論文であり、甲A第8号証は講演要旨であること、B論文が公表されていれば、同一内容の講演要旨については、一般に、引用であることは示されないこと、B甲A第21号証は、地質図及び層序等の記述が詳細になされているのに対し、甲A第8号証には、掲載されている地質図の説明は全くないことからも、甲A第8号証を引用したことを示さなくても、著作権侵害とはならないものというべきである。
(6) 「神奈川の自然をたずねて」(乙A第39号証)に関連しての控訴人Jの信義則違反、権利濫用
ア この点について、原判決は、
 「(1) 原告Jと被告Mとの共著「大磯町西小磯海岸にみられる大磯層の層序と化石」六七頁の図面(乙A三)について、原告Jは、「神奈川の自然をたずねて」所収の「五 大磯海岸で化石採集」という自身の単独名著作中の一七〇頁図二ー五ー三において、引用なしに利用している(乙A三九の七の一七〇頁)。そのため、被告M及び被告市は、原告Jの「侵害」部分の請求は信義則に反する旨を主張する。
 (2) しかし、乙A三九の書物は被疑文書(二)や乙A三の著作より約九年遅い一九九二年に出版されたものであり、諸事情から執筆依頼に応じざるを得ない原告らの一部の者は、引用文献を明示した原稿を交付して盗用と非難されないように注意していたにもかかわらず、出版社において、その判断で引用文献の記載を掲載しなかったため、右原告らが出版後に出版社に抗議をしたという経緯がある(甲A一三三)。
 また、原告Jと被告Mとの合同調査結果を最初に原告Jが図面にしたのが「被侵害」部分の図面(甲A一二の原告Jの図面)であり、これを原告Jが被告Mに渡したという事実がある(原告J本人尋問)。したがって、原告Jの図面(甲A一二)を基礎に「侵害」部分の図面(甲A二)や原告Jと被告Mの共同著作物中の図面(乙A三)が作成されたと推認される。
 そうすると、結果的に原告Jの単独名の著作物(乙A三九の七)中に原告Jと被告Mとの共同著作物(乙A三)に記載されている図面と同一と評価することのできる図面が引用なしに記載されたものの、原告Jによる右の引用省略は、被告Mが原告Jの図面を引用しないことと比べると、責任の度合いは遙かに低いというのが相当である。したがって、原告Jが右の引用をしていないの一事で被告M及び被告市の表2bSに係る「被侵害」部分の侵害が免責されるものではない。」
 と判示する(163頁7行目〜165頁7行目)。
 まず、「地層と化石」(別紙1(二))の執筆に当たり、現地の露頭調査は、被控訴人Mと控訴人Jが共同で行っている。また、前記のとおり、被控訴人Mのスケッチ(甲A第2号証43頁図23)は、控訴人Jのスケッチ(甲A第12号証A)を参考にはしているものの、これに、被控訴人Mの記述した柱状図(乙A第88号証の1〜3)をも加味して、下部の火山灰層の種類や特徴、上部の礫岩層の特徴を明確に描いている。
 したがって、被控訴人Mの図面は控訴人Jの図面を基礎としたものである、とする判示は誤りである。
イ 原判決は、「神奈川の自然をたずねて」(乙A第39号証)において、控訴人Jが引用表示をしないで他の文献を利用したことについて、前掲のとおり、
 「引用文献を明示した原稿を交付して盗用と非難されないように注意していたにもかかわらず、出版社において、その判断で引用文献の記載を掲載しなかったため、右原告らが出版後に出版社に抗議をしたという経緯がある(甲A一三三)。」
 と判示している(164頁3行目〜6行目)。しかし、横浜サブ団研が執筆した第1章3項を除いて、当初の原稿に引用文献が明示されていたとは考えられない(甲A第133号証、第145号証)。
 また、控訴人Jは、「神奈川の自然をたずねて」において、その「第2章 5 大磯海岸で化石採集」(乙A第39号証の7)の執筆をしており、そこでは、170頁図2−5−3だけでなく、被控訴人Mが作成した多数の図版を、引用表示しないままに使用している(乙A第3号証)。
 控訴人Jによる引用表示の省略を、被控訴人Mによる引用表示の省略に比較して、責任の度合がはるかに低いなどということはできない。さらに、控訴人らは、「東京の地質をめぐって」(乙A第111号証)、「東京の自然をたずねて」(乙A第121号証・「東京の地質をめぐって」の改訂版)等においても、引用表示をしていない。
(7) 一般的な普及書での引用表示の不要と、信義則違反・権利濫用
 「神奈川の自然をたずねて」を始め、築地書館から出版されている「日曜の地学」シリーズ(乙A第87号証、第111号証ないし第114号証)、あるいは静岡地学会編「えんそくの地学−静岡県の地学案内」(乙A第117号証)でも、地質図等で引用表示のないままで引用されているものがある。
 したがって、一般向けの普及書では、図表を転載したような場合を除いて、引用表示をしないで引用しても、著作権法上問題があるとはいえない。
 また、控訴人Bらも、引用表示しないで引用し、本(特に普及書)を刊行したり、論文を発表したりしている。
 このような控訴人らが、被控訴人Mが、引用に当たり、引用表示をしないことを根拠に、著作権侵害を主張するのは、信義則に反し、権利濫用である。
(8) 信義則違反・権利濫用(控訴人ら全般にかかわるもの)
ア 昭和54年3月に刊行された「二宮層群産軟体動物化石目録」(乙A第13号証)は、出典の明示のない地質図が存在する。控訴人Jは、この論文の校正に関与していたにもかかわらず、上記地質図に係る引用表示の不備について何ら指摘していない。
 控訴人ら自身、被控訴人Mと同様の態様で、共同研究の成果を利用している。
イ 控訴人らは、「大磯丘陵の地質1」(乙A第1号証)に関する前仮処分事件での和解以降、その趣旨に反して、被控訴人Mを誹謗・中傷する内容のビラを多数配布し、被控訴人Mの名前を掲載した文書が発行されないよう圧力をかけるなど、被控訴人M、ひいては同市の研究活動を掣肘する挙に出、被控訴人市等に対して、同Mの辞職を再三にわたって求めるなどしている。本件訴訟の最終的な目的も、被控訴人Mの配置転換と、同人の地質学会からの追放であることは明らかである。このような控訴人らの行為は、はなはだ不当で悪質である。
ウ このような状況の下で、著作権侵害を理由になされている控訴人らによる本訴請求は、すべて、信義則に反し、権利濫用に当たるものというべきである。
2 控訴理由に対する反論
(1) 被侵害部分の著作物性、被侵害部分と侵害部分との同一性に関する控訴人らの主張、合意違反の主張はすべて争う。
 ただし、昭和50年6月に、「関東の四紀」が発行され、控訴人Bの「テフラの累層区分」(甲A5号証)と題した書面が掲載されていることは認める。また、昭和50年8月、被控訴人Mがはじめて大磯団研に参加したことは認める。
(2) 控訴人Bらによる合意違反の主張に基づく請求は、訴えの変更である。すなわち、この合意違反の根拠として、控訴人らが挙げている事実は、当審になって主張されるに至ったものであり、訴状の請求原因事実に含まれていない。しかも、請求によって特定される請求の基礎の範囲にも属しない。訴えの変更は認められず、却下されるべきである。
(3) 消滅時効の抗弁
ア 本件訴訟中の甲事件で問題になっている書籍の発行年月日は、下記のとおりである。
 「ローム層をさぐる」(甲A第1号証) 昭和56年2月20日
 「地層と化石」(甲A第2号証) 昭和58年2月28日
 「相模川」28号(甲A第3号証) 昭和55年3月
 「神奈川自然誌資料」1号(甲A第4号証) 昭和55年3月31日
 これらの書籍は、発行後1か月以内に控訴人らに頒布している。損害賠償請求権は、被害者が侵害の事実を知ったときから3年の経過をもって時効により消滅する。したがって、それぞれ、
 「ローム層をさぐる」(甲A第1号証)については昭和59年3月20日
 「地層と化石」(甲A第2号証)については昭和61年3月28日
 「相模川」28号(甲A第3号証)については昭和58年4月1日
 「神奈川自然誌資料」1号(甲A第4号証)については昭和58年4月30日
 の時点で、控訴人らの損害賠償請求権は時効により消滅した。
イ 控訴人らは、遅くとも、前仮処分事件の申請時である昭和60年7月8日には、上記各書籍が、本件合意に反するものであることを知っていた。このことは、次の(ア)、(イ)により明らかというべきである。
(ア) 控訴人らは、原審原告ら第2準備書面18頁で、「本件訴訟で問題となっている四文書は、前記仮処分申請の時には、すでに発行されていたものであるが、一般向けガイドブックであったり(甲A第1号証、第2号証)、学術論文ではあるが、発行部数などからして対外的影響が少ない(甲A第3号証、第4号証)と考えて、あえて著作権侵害の主張を控えていたにすぎない。」と述べている。
(イ) 控訴人Bらが、被控訴人らに対し、「大磯丘陵の地質1」について仮処分申請を行い、審理が行われ和解したことは、新聞報道され、また控訴人第四紀研の連絡紙等で、会員にも知らされている(甲A第41号証、第42号証、第46号証、第47号証等)
 したがって、控訴人ら中、前仮処分事件の当事者であった者らはもちろん、そうでない控訴人らについても、前仮処分事件の申請日から3年後の昭和63年7月8日の経過をもって、損害賠償請求権は時効により消滅している。
ウ 被控訴人らは、本訴において、上記各消滅時効を援用する。
(4) 本件合意の意味と問題点
ア 控訴人らは、大磯東部サブ団研参加者5人の間で、大磯丘陵東部地域の火山灰層序学的な露頭調査を行った後、又はその進行に合わせて随時、本件合意に参加した5名が順次、筆頭者となって、研究論文を発表し、最後に控訴人Bを筆頭者として、地質学会誌にまとめの論文を投稿する、との合意が成立し、これは、データの利用を制限し、出版物の刊行を制限するものである、と主張する。
 大磯東部サブ団研が、大磯丘陵東部の大磯町から二宮町にかけて分布する、いわゆる二宮層の層序と構造を火山灰層序学的な立場から明らかにしようとして発足したもので、調査の進行に合わせ、5名が順次筆頭者となって研究論文を発表し、最後に控訴人Bがまとめの投稿をするという話が、控訴人Bからなされたことは認める。
 しかし、これは、控訴人Bの提案ないし目標であり、これに向かって努力するという同控訴人の意思表明にすぎず、このような意見表明がなされたからといって、それによって、大磯東部サブ団研所属の5名の間の法的な権利義務が確定することになるものではない。
イ 控訴人らは、本件合意の@目的、A対象となる地層、B対象となる地域、C合意の期間、Dデータの利用のあり方について、具体的な主張をしていないのみならず、控訴人らの主張には、以下のような問題点がある。
(ア) 対象地域
 下末吉埋没土層班(控訴人B、同E及び被控訴人Mで構成)は、大磯東部サブ団研とは調査目的、調査地域が全く異なる。前記のとおり、大磯東部サブ団研の調査地域は、大磯丘陵東南部の大磯町から二宮町にかけて分布する、いわゆる二宮層である(甲A第7号証ないし第9号証、第21号証、乙A第24号証、第31号証)。現に下末吉埋没土層に関する研究発表は、大磯東部サブ団研の5名ではなく、控訴人B、同E、被控訴人Mの3名の連名でなされている(大磯東部サブ団研の発表に関して甲A第7ないし9号証、第21号証、第24号証、乙A第24号証、第31号証。下末吉埋没土層班の発表に関して、甲A第18号証、乙A第53号証)。
 したがって、下末吉埋没土層に関する論文は、本件合意の対象とはならない。
(イ) 合意期間
 本件合意があったとしても、その有効期間は、大磯東部サブ団研の活動期間中に限られるべきである。大磯東部サブ団研の活動は、昭和54年8月、大磯西部団研が、大磯東部サブ団研の調査区域に入った(乙A第33号証、第122号証)ことから、その時点で終了した(甲A第34号証、乙A第15号証、第130号証の1、7)。なお、下末吉埋没土層班の調査研究期間は、昭和53年2月から11月である。
(ウ) データの利用
 そもそも、データの利用や、出版物の刊行まで制限するとの合意は、いかなる意味でも、成立したことはない。
 大磯東部サブ団研において、その後期(昭和52年8月から昭和54年6月)は、控訴人E、同C、同Dは、他の仕事に追われ、ほとんど参加できない状態であった。この間の調査を支えたのは、控訴人Bと被控訴人Mである。
 控訴人ら自身、この間の研究成果につき、出典を明示せずに使用して、論文を発表するなどしている。
(エ) その他
 平塚市博物館の刊行物は、控訴人第四紀研の中で、被控訴人Mの個人テーマとして認められていた。控訴人らの主張は、大磯西部団研のデータ、平塚市博物館主導の調査、同博物館の単独調査などすべてを、大磯東部サブ団研の共同研究として、目的・地域とも意図的に極めて広範囲にとらえ、平塚市博物館の調査活動が全くないかのように主張するものである。
 現に、平塚市博物館独自の、あるいは主導の調査及びこれに基づく調査データは存在する。控訴人らは、これらまで含めて、本件合意の対象であると主張しているのである。
3 類似必要的共同訴訟
 本件で、原判決のうち、控訴人らの請求を一部認めた主文における不作為、作為は、双方に異なる判旨が出れば、一方に対して不利となるものであり、例え一方が勝訴しても、敗訴した者の判決内容いかんにより、勝訴した当事者の権利が侵害されることになる。したがって、矛盾した判決は許されず、合一に確定すべきものであるから、本件は類似必要的共同訴訟となる。
 本件では、被控訴人県は附帯控訴をしていないが、仮に、被控訴人市及び同Mの附帯控訴が認められても、被控訴人県が原判決に従い、書籍の回収と侵害部分の削除を実施すると、被控訴人市及び同Mは結局不利益を負うことになる。被控訴人県にも、被控訴人市及び同Mの附帯控訴の判決の効力を及ぼし、判決を合一に確定させるべきである。
第5 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人らの請求は、原判決の認容した限度で理由があり、その余は理由がなく、したがって、本件控訴も本件附帯控訴も理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「第四 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。
1 被侵害文書と侵害文書の同一性(著作権法18条、19条あるいは21条に該当するための要件としての、比較される両文書の間の同一性をいう。)、被侵害文書の創作性について
(1) 別紙2表1bP
ア 控訴人らは、ローム層間のテフラ層序の小区分、テフラ層序の大区分の切り方、火山活動の区分点とテフラ層序の大区分の対応関係、同一名のローム層と水成層の対応関係が、内容的に重要であり、これらの点について同一性が認められる以上、全体としても同一性が認められるべきであると主張する。
 しかし、控訴人らが指摘する点が、この層序図において最も重要な内容であるとしても、被侵害部分と侵害部分との間には、原判決で摘示されたような相違があり、それぞれ、同一性がある部分と相違する部分が一体となって、見る者に異なった情報と印象を与えるものであるから、内容面を重視しても、同一性があるとはいえない。控訴人らの主張は、結局、個々の相違点が、子細な差異であることを強調するものである。しかし、仮にそうであるとしても、それらが累積して、全体として同一性を否定し得る差異となることもあり得るものである。
 同一性が認められない部分があるとした原判決に、誤りはない。
イ 層序の記載については同一性が認められるものの、この部分に係る被侵害部分の記載に、著作権の保護に値する創作性があるということはできない。それは、この部分が、個々の地層名とそれらが形成された年代を横軸に対比させた上で、その先後関係を縦軸に配置したものであり、その表現方法は、一般的なものであって、同程度の学識経験がある者であれば、同じ体裁の図を作るものと認められるからである。また、「七国峠ローム層」等の名称も、地名と学術用語を組み合わせただけものであり、著作権法により使用を制限するに値するような個性が現れているとは認められない。
ウ 被侵害部分に記載されているような地層を発見し、その構成を特定し、その層序を決めることは、豊富な経験知識を前提に、膨大な現地調査とそれに基づく根気強い分析をすることを要するものであろうことは、想像に難くない。また、その結果得られた発見や仮説が大きな価値を有することもいうまでもないところである。しかし、著作権法は、発見や仮説そのものを保護し、これらを発見者や仮説の提唱者に独占させようとするものではない。控訴人ら主張のように、素材の取捨選択等の内容の重視を押し進めて、それが独創的であるとの一事をもって、表現に創作性がある、としたり、あるいは内容が同一であることから、表現にも同一性がある、としたりすると、その背後にある発見(発見された事実)や仮説の他者による表明が、事実上極めて困難となり、結局、発見や仮説そのものを保護し、発見者や提唱者によるその独占を認めることにならざるを得ない。このような結果は、著作権法の立場と両立し得ないことが明らかであり、このような結果をもたらす控訴人らの解釈を採用することはできない。
(2) 別紙2表1bQ
 控訴人らは、原判決が、同一性が認められる部分について、その記載内容が自然的事実であることを理由に創作性を認めなかったことに対し、被侵害部分の記載内容は、仮説であり自然的事実ではないから、同部分に創作性が認められるべきである、と主張する。
 柱状図は、基本的に個々の地層の種類、厚さ、相互の上下関係(これら自体が、自然的事実であることは、事柄の性質上、明らかである。)を柱状に記載するものであり、その書式にも定型性があると認められるから、同程度の観察力と知識を有する者が上記事項についての同じ認識に基づいて作成すれば、同じあるいはほとんど同じ図面となるものと認められる。本件でも、被侵害部分は、柱状図としては一般的な書式で記載されており、そこに作成者の個性が表されているものとは認められない(「v」ないし「レ」印で軽石を表象することも、創作性があることとは認められない。)。このような柱状図を作成するためには、調査と分析に相当の手間と時間がかかるものであり、そこに作成者の思考の結果が現れていることは疑いようがない。しかし、この思考結果そのものは、著作権法による保護の対象となるものではない。
 控訴人らは、当該部分の記載内容は仮説であり自然的事実ではないという。そのいわんとするところは、そこに事実であるかのように記載されているところは、事実であることがまだ一般的に確定されているわけではない、ということであろう。そして、柱状図の形で記載されているその内容が、真の地層の姿に合致していることが、まだ、他者により検証されるなどして、一般的に確立されるに至っていないということであれば、それは、正確には、「仮説」にとどまるものというべきであって、「事実」という言葉を当てるにはふさわしくない、ということもできるであろう。しかし、ここで重要なのは、そこに表現されている内容が上記の意味で事実なのか、仮説なのかということではない。重要なのは、それが事実であるとして、それが事実であるならばそれを述べる際に普通に採られる方法で表現されているということである。このような表現に、表現されている内容が仮説の域を出ないことを理由に創作性を認めることはできない。そういうことになれば、同様の表現であるにもかかわらず、事実そのものを表現したものには著作権法上の保護は与えられないのに、事実であることが確定されないものにつき事実であるとして表現したものは保護が与えられるということになり、結局、表現ではなく、事実についての仮説そのものの保護と独占を認めることにならざるを得ないからである。控訴人らの主張は、要するに、仮説自体(著作権法によっては保護されない。)の創作性とその表現(著作権法により保護される。)の創作性を混同して同一視するものであり、採用し得ないものという以外にない。
(3) 別紙2表1bR
 控訴人らは、どのような地層区分で表現しているか(斜交層準仮説による区分か)、その区分境界に類似性があるか、断層など重要部分に類似性があるかにより、同一性を判断すべきであると主張する。しかし、内容である、地層区分、区分境界、断層が共通しているとしても、その表現形態が異なれば、同一性を認めることができないことは、前述のとおりである。
 原判決は、被侵害部分と侵害部分それぞれについて、これと一体となって読者に情報を与える立面図の有無、模式性(実際の地形情報を読者に伝える程度)、地層の名称の表記の差異、対象地域の差異、地層の形状の差異を総合して、同一性がないとしているものであって、その判断に誤りはない。
(4) 別紙2表1bS、5
 bRで述べたのと同様の理由から、同一性は否定される。
(5) 別紙2表2bP
 被侵害部分及び侵害部分は、いずれも層序図である。上記(1)で述べたとおり、テフラ層序の区分等については、同一性が認められるが、この部分には著作物性は認められないというべきである。
(6) 別紙2表2bQ
 控訴人らは、内容の同一性を重視すべきこと、自然科学上の事実ではないことを理由に、同一性を認めるべきであると主張する。しかし、表現内容が同一であり、表現対象が自然科学上の事実以外のものであるとしても、表現態様が異なっていれば、同一性があると認めることができないことになるのは、既に述べたとおりである。
(7) 別紙2表2bR
 著作権法が、事実の発見そのもの、あるいは、思想や感情そのものではなく、それらを表した表現を保護することを目的としていることは、既に述べたとおりである。
 「浸食小起伏面」という用語は、これが、「大磯丘陵に分布する二宮層群の基底の不整合面が、長期にわたって、陸上で風化削剥された広大低平な陸生浸食平坦面起源ではないか、そこに、海面が上昇してきて、二宮層が堆積したのではないか。」という発見ないし仮説を示し、この発見ないし仮説が大きな学問的価値を有するとしても、「浸食小起伏面」という用語自体は、地形学の用語を基にした語であって(乙A第103号証、第104号証)、一定程度以上の個性ある表現であるとは認められない。
 これらの仮説の提唱者、あるいは事実の発見者の業績を明らかにするため、それが分かるように適宜文献を引用したり、注釈を加えたりすべきであるとしても、それを、著作権法による保護の問題として取り上げることはできない。
(8) 別紙2表2bS
ア 被控訴人らは、被控訴人らのいう甲A第12号証Aに、何者かが加筆修正して、甲A第12号証Cになったものであるから、同号証(甲A第12号証C)は原本ではなく、原本でない以上、甲A第12号証には証拠の価値がない、と主張する。
 原判決は、その判示内容及び添付図面からも明らかなとおり、侵害部分(甲A第2号証43頁図23)を、被控訴人らが甲A第12号証Aと称するもの(すなわち、当初裁判所に提出されたもの)と比較しているものであって、甲A第12号証Cを原本として、これと比較しているものではない。したがって、仮に、甲A第12号証Cが原本でないとしても、別表2bSに関する同一性の判断が覆されるものではない。また、裁判所に提出されている甲A第12号証自体が改変されたものであることをうかがわせる証拠もない(被控訴人らも、その旨の主張はしていない。)から、同号証に証拠価値がないということもできない。
イ 被侵害部分と侵害部分に同一性が認められることは、原判決説示のとおりである。
ウ 被控訴人らは、甲A第2号証43頁図23のスケッチは、被控訴人Mが、別途調査した結果を基に、軽石層、スコリア層、火山砂層を区別し、その枚数も明らかにし、露頭下部に描かれた火山灰層を含むどのような地層が、貝化石を含むレキ岩層へと移り変わっているのかを明確に描くなど、甲A第12号証の控訴人Jのスケッチをさらに詳細にしたものであって、その複製ではない、と主張する。しかし、甲A第12号証は、控訴人Jと被控訴人Mの共同調査に基づくデータにより控訴人Jが作成したものであり、甲A第2号証43頁図23の作成に当たり、甲A第12号証を参考にしたことは、被控訴人M自身認めている。このことを前提にして甲A第12号証と甲A第2号証43頁図23を対比するときは、後者を前者の複製でないとすることはできないというべきである。
(9) 別紙2表2bT
 控訴人らは、そもそも地層や鍵層自体を自然的事実ととらえること自体誤りであり、また、素材の取捨選択が重要であり、その観点からは、被侵害部分に創作性が認められるべきである、と主張する。
 bTにおける、被侵害部分の柱状図と侵害部分の柱状図と対比すると、例えば、被侵害部分では、白オビの部分が更に横線で分割されているのに対し、侵害部分には横線がないこと、柱状の図形と一体となって、その内容を詳しく説明する縮尺(厚みを示す)や、地層の内容(構成粒子)の説明に差異があり、書式が共通するとしても、提供される情報に違いがあるから、果たして同一性が認められるか自体にも、疑問がある。また、地層の存在自体が、正確には、まだ自然的事実として確定されているものではなく、仮説にすぎないものであり、鍵層の記載が作成者の独創的な仮説を反映するものであったとしても、被侵害部分において、そのような仮説を表現するための表現方法自体は一般的な柱状図の書き方で記載されているものであるから、そこに、著作権法上の保護の対象としての創作性を認めることはできない。
 被侵害部分の地質断面図については、地層名、鍵層名及び層序が、侵害部分の柱状図と共通するとしても、それだけで同一性を認めるには足りない。むしろ、両者を比較すれば、被侵害部分は、部分的にではあるが、実際の地形をも同時に表しており、表現方法が異なることは明らかである。
(10) 別紙2表2bU
 控訴人は、同一性について、共通する部分だけを抜き出して比較すべきであり、また、説明が漢字仮名交じり文かアルファベット混じりかは、子細な差異である旨主張する。
 しかし、控訴人らの主張するとおり、侵害部分の下半分のみを、被侵害部分と比較するとしても、侵害部分は、被侵害部分に比較して、地層の厚さ、地層の数等について、より詳しい情報が盛り込まれている。両者を比較した場合、むしろ異なった情報を提供するものとなっており、採用されている表現方法自体に格別の個性が認められないこともあって、これが表現自体に反映されていると認められるから、同一性があると解することはできない。
(11)別紙2表2bV
 被侵害部分に創作性が認められないとした原判決に誤りはない。控訴人らの主張が、表現された内容の創作性と表現自体の創作性を混同して同一視する誤りを犯すものであることは、ここでも当てはまることである。
(12)別紙2表2bW
 同一性、創作性の判断は、原判決記載のとおりである。
(13)別紙2表2bX
 表現された内容が同一であることのみをもって、著作権法上同一である、とすることができないことは、既に述べたとおりである。被侵害部分と侵害部分とは、原判決が認定したとおり、用語や論旨の展開に相当程度の差異があり、これらを同一とすることはできない。
(14)別紙2表2bP0〜12
 上記(3)及び(4)で述べたとおり、同一性は認められない。
(15)別紙2表3bP〜4
 同一性、創作性の判断は、原判決記載のとおりである。
 上記(11)と同様、内容が同一であるからといって、同一性ありと認めることはできない。また、断層を記載する方法が複数あるとしても、線状に記載する方法はありふれたもので、創作性があるとすることはできない。
(16)別紙2表4bP
 同一性については争いがない。創作性が認められることは、原判決のとおりである。
(17)別紙2表4bQ、bS
 控訴人は、被侵害部分@及びAを併せて、同一性を判断すべき旨主張する。
 しかし、これらの被侵害部分が、常に一組で参照され、一体となって情報を提供するなど、これらを併せて同一性判断の対象とすべき事情を認めることはできない。
 また、被控訴人は、侵害部分が、被侵害部分の一部を省略したものにすぎないと主張するが、その観点からすればそのようにみえるというだけであって、そのように理解されるのが一般的であると認めることはできない。また、原判決のいう模式性の差異とは、地層の存在とその上下関係を専ら表現したにとどまるか、地形情報も表示しているかの差異であると理解でき、その意味では、両者に差異があると認めることができる。
(18)別紙2表4bR
 原判決が認定したとおりである。
(19)別紙2表5
 原告は、「畑沢火山」という用語は、思想的で創作的な仮説に基づく用語であり、創作性を有する、と主張する。
 ある特定の場所に、火山があり、それが活動していたという事実ないし仮説に到達するためには、豊富な経験知識を前提に、膨大な現地調査とそれに基づく分析をすることを要するものであり、その結果得られた事実や仮説が尊重に値することはいうまでもないところである。しかしながら、著作権法は、事実の発見そのものを保護するものでもなければ、事実に関する仮説(より一般的にいえば思想・感情)そのものを保護するものでもない。したがって、「畑沢火山」が示す仮説が仮説自体としては独創的なものであるとしても、それだけで、その仮説を具体的に表現したものに著作権法上の創作性が認められることになるわけのものではない。そして、「畑沢火山」という用語は、地名と「火山」という用語を組み合せたものにすぎず、その表現方法自体はごく普通のものという以外になく、そこに著作者の個性が表れているとは、到底認めることができない。
2 控訴人らとの共同著作物ではないとの主張について(別紙2 表4bP)
(1) 被控訴人らは、被控訴人Mが清書した地質図等については、同控訴人の単独著作物であり、被控訴人Mと、控訴人Bらとの共同著作物ではないと主張する。
 大磯東部サブ団研では、共同調査として、同じ場所について、役割(観察、試料の収集、テフラ番号の割り振り等)を分担して調査をすることもあり、地域を分けて、それぞれが単独で調査をすることもあった。被控訴人Mは、少なくとも当初は、テフラのことがよく分からなかったので、現場等で、控訴人Bらから相当程度教えを受けながら、調査をしていた。 調査後、各人が、それぞれの調査結果を基に、柱状図等を作成しそれを持ち寄って、ある露頭全体、さらには、より広い地域の柱状図と、これとセットになる地質図を作成していく、という作業工程が採られていた。
 この、それぞれが作った柱状図等を持ち寄って、より正確な、あるいは広範囲の図面を作成する過程では、大磯東部サブ団研の構成員が議論して、ある図面で欠けているものを記載することとしたり、あるいは各人が作成した図面から、最も優れた記載を選択したり、 特徴ある地層を決め、それに愛称を付けたり、テフラ番号を決めたりしていた。このような、各人の調査結果、学識経験を相互に利用・補充し合う関係は、地質学の調査が、広範囲にわたる多数の調査結果を集積し、有機的に関連づけることにより、マクロ的(巨視的、大局的)な分析をしていく、というものであることを考えると、これにとって、極めて重要な、むしろ、不可欠なものということができる。大磯東部サブ団研でも、各人が、それぞれ取ったスケッチを、それぞれが勝手に清書して作業が終わる、というものではなかったのである。
 以上のとおり、実際の作業としては、被控訴人Mが一人で清書して完成させた図面等があったとしても、そこに盛り込まれた内容、表現方法は、大磯東部サブ団研の他の構成員の関与があって決まったものであり、かつ、この関与の程度は、単に、被控訴人Mが、他の構成員の成果を資料として利用し、あるいは他の構成員の意見を参考にしつつも、自らの意思のみで内容や表現方法を決める、というような範囲にとどまるものではなかったのであるから、大磯東部サブ団研の構成員らの共同著作物であると認めることができる。
 (甲A第65号証、控訴人B、同E及び同Jの各本人尋問の結果、被控訴人Mの本人尋問の結果)
(2) 調査地域について
 被控訴人らは、大磯東部サブ団研の調査地域は、大磯丘陵東南部の大磯町から二宮町にかけて分布する、いわゆる二宮層であり、下末吉埋没土層班(控訴人B、同E、被控訴人Mで構成)は、大磯東部サブ団研とは調査目的、調査地域が全く異なると主張する。
 しかし、大磯東部サブ団研の調査地域が、被控訴人らの主張するような地域に限定されていたと認めるに足りる証拠はない。むしろ、控訴人Bの本人尋問の結果から、大磯丘陵東部全域であったと認められるものである。また、下末吉埋没土層班は、その構成員からも、大磯東部サブ団研の内部グループであると認められるから、その調査・研究成果は、大磯東部サブ団研に帰属すると認められる。したがって、下末吉埋没土層班の調査地域も、大磯東部サブ団研の調査地域であると認められる。
 被控訴人M自身、前仮処分事件で、大磯東部サブ団研の調査区域が、大磯丘陵東部地域であることを認めている。
 (甲A第67号証、第73号証、第175号証、乙A第25号証、控訴人Bの本人尋問の結果)
(3) 被控訴人らは、被控訴人Mは、大磯東部サブ団研としての調査ではなく、平塚市博物館主導、あるいは博物館独自の調査をも行っており、これは控訴人らとの共同研究ではない、その成果である図面等は、控訴人らとの共同著作物ではない、と主張する。
 しかし、被控訴人Mが、独自調査をしたと主張する年月日は、そのほとんどが、控訴人第四紀研入会後で、大磯東部サブ団研の調査も行われていた時期のものであること、この間、被控訴人Mは、現地調査を行った日数でも、野帳の清書の提出数においても、大磯東部サブ団研において抜きんでており、積極的に団研活動をしていたこと、控訴人第四紀研加入時は、貝化石の見方には熟練していたものの、テフラの見方には慣れておらず、論文の書き方等と併せて、控訴人Bから教授を受けていたこと、調査地域も、大磯東部サブ団研のそれと重なることなどを併せ考慮すると、控訴人Mが、大磯東部サブ団研の調査活動とは別に、個人ないし博物館の活動として、調査をしていたと認めることはできない(主観的にそのような意図で調査をしたとしても、その調査結果を大磯東部サブ団研に持ち込み、突き合わせ等をすることによりで、その成果である図面等が控訴人らとの共同著作物となることは、前述のとおりである。)。
 (甲A第147号証、控訴人B及び、被控訴人M各本人尋問の結果)
3 被控訴人らの同意について
(1) 控訴人Jの同意について(別紙2別表bW)
ア 被控訴人らの主張は、要するに、控訴人Jが、「品川区荏原第二中学校のJ氏には、貝化石標本の同定及び、P.17〜21の本文を執筆いただき」、「本文執筆・原図作成・写真撮影:M」という後書き部分等を、印刷原稿の段階で読みながら、これらの部分の修正を要求せず、また、共著にしてほしいとの申し出もしなかったことを根拠に、被控訴人Mの単名で、「地層と化石−大磯丘陵編」(別紙1(二)の書籍、甲A第2号証)が発行されることについて、控訴人Jは同意していた、とするものである。
 この後書き部分(乙A第137号証)について、控訴人らは、控訴人Jの添削の事実そのものを否認している。そして、控訴人Jの手書き文字が記載されている乙A第25号証を参照しても、控訴人Jが、真実、上記後書き部分の添削を行ったと認めることはできない。他に、被控訴人らの主張する事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 仮に、控訴人Jが、「地層と化石−大磯丘陵編」が被控訴人Mの単名で発行されることについて、事実上承諾したとみなし得るとしても、自己が作成した原図が、適切な引用表示なしに使用されることまで承諾していたとは認められない。被控訴人Mが単名で本を出版する以上、「本文執筆・原図作成・写真撮影:M」というのは当然の記載である。控訴人Jが、この記載があることを知ったにもかかわらず、訂正を申し入れなかったことをもって、同控訴人が、現実に被控訴人Mが作成しなかった図面等についてまで、同人が作成した(そうではないことは、既に述べたとおりである。)と読者に理解されるような記載がなされることを、了承していたと解することはできないのである。そして、別表2bS、同8の侵害部分については、その出典が分かるような記載は、上記書籍中にはないのであるから、これが控訴人Jの著作権を侵害することは明らかである。
ウ 以上のとおりであるから、控訴人Jの同意があったとする被控訴人らの主張は、採用することができない。
(2) 控訴人Bの同意について(別紙1(四)の文書)
 被控訴人らは、被控訴人Mが、控訴人Bの同意を得たと主張している。しかし、これに反する控訴人Bの本人尋問の結果がある上、被控訴人M自身、本人尋問において、「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」(神奈川自然誌資料1号所収)(別紙1(四)の文書)は、「県内の博物館関係の者が執筆する本である」との説明を、控訴人Bにした、との供述をしている。これを聞いた控訴人Bが、公務員でなければ寄稿できない文書と理解し、その結果、被控訴人Mの単名で寄稿することに敢えて異を唱えなかったものと認めることができるから、結局、控訴人Bは錯誤に陥っていたと認められ、その同意を得ていたとの主張は認められない。また、大磯東部サブ団研の他の構成員から同意を得ていたと認めるに足りる証拠もない。
4 引用表示の要否について
(1) 被控訴人らは、甲A第21号証からの引用の方法について、このように引用することについて、控訴人らも同意していた、と主張する。しかし、反対趣旨の控訴人Eの本人尋問の結果に照らし、これを認めることはできない。他に、同様の引用の仕方がなされた例(乙A第39号証の7、第111号証、第121号証)があったとしても、これによっては、引用の方法について明確な問題意識が持たれていなかったことが示唆されるにとどまり、控訴人第四紀研全体で、引用の方法に関する何らかの共通の理解があったと認められるものではない。
(2) 被控訴人らは、甲A第8号証は、もともと、被控訴人Mが作成した地質図(乙A第148号証)が基になっており、これは、被控訴人Mが作成したものであるから、引用表示をする必要はない、と主張する。
 乙A第148号証の作成において、被控訴人Mがかなり多くの部分を担当していたことは、控訴人らも争っていない。しかし、乙A第148号証は、その作成年月日(昭和52年1月)や、書き込まれたデータ自体は、大磯東部サブ団研の他の構成員のものも含まれ、その確認も得ているという作成経緯から、大磯東部サブ団研の調査活動の一環として作成されたものと認められるから、前述の理由により、その構成員の共同著作物というべきである。したがって、甲A第21号証が、乙A第148号証に依拠している部分があるとしても、甲A第21号証が、控訴人Mの単独著作物になると認めることはできない。
 以上のとおりであるから、甲A第21号証と、甲A第8号証は、ほぼ同時期に投稿され、発行年月日は、甲A第21号証の方が早く、甲A第21号証の方が地質図及び層序図の記述が詳細であったとしても、これらの事情は、引用表示が不要となることを根拠付けるものではない。論文(甲A第12号証)が公表されていれば、講演要旨(甲A第8号証)の引用表示は一般になされない、といった慣習を認めるに足りる証拠もない。
(3) 一般向け普及書であるからといって、引用表示が一般的に不要であると認めることはできない(甲A第180号証)。
5 権利濫用、信義則違反について
(1) 本訴提起の経緯、動機に関する主張
 控訴人らは、前仮処分事件での和解後、被控訴人Mがかかわり、被控訴人市や同県が発行した資料(「小田原図幅」、「相模川流域の自然と文化」等)に対し苦情を申し立てたこと、被控訴人Mの異動を求めたこと、被控訴人Mがいったん平塚市博物館の学芸員の職から離れた後、約2年して復帰した際、これを問題視して、同博物館や被控訴人市に善処方を求めたことなどの事実を認めることができる(甲A第47号証、第122号証、乙A第98号証、第178号証、第179号証、第204号証ないし第209号証、第212号証、第220号証、)。
 上記認定事実と弁論の全趣旨とにより、控訴人らは、被控訴人Mが平塚市博物館の学芸員となると、再び研究データの流用がなされるのではないかと危惧し、そのような事態を防止したいと考えていたこと、また、同人が学芸員となり、大磯丘陵での地質調査をすることを快く思っていなかったことから、同人が平塚市博物館で勤務することをやめさせるよう、被控訴人市に働きかけていたことまでは認めることができる。しかし、そのことから、直ちに、本件訴訟が、被控訴人市の人事権に不当に介入し、被控訴人Mの地質調査活動を妨害する目的で提起されたものと認めることはできない。
 本件訴訟は、別紙1記載の各文書の回収等を求める交渉の過程で、前仮処分事件で成立した和解の条項に絡み、被控訴人M及び同市が、「相模川下流域の地盤物質」(別紙1の(三))の68頁図4の「吉沢面の高度分布とそれにより推定される活断層」の吉沢面高度曲線図について、前仮処分事件の債権者らが、すなわち本件控訴人らの中の一部が、上記和解により各データの著作権を放棄した(そのような解釈が妥当でないことは、和解条項の文言から明らかである。甲第A第27号証)、と回答したことから、控訴人らが、この回答は和解の趣旨に反するものと考え、著作権を守るという動機もあって提起されたとものと認められる(平成5年2月17日付回答書・甲A第29号証)。このような状況の下で、本件請求を、信義則に反し、権利の濫用に当たるものとするに足りる事実は、本件全証拠によっても認めることができない。
(2) 控訴人らも引用表示をきちんと行っていない、との主張について
 控訴人らが、出典が分かるような引用をしていないことがあるからといって、そのことは、原則として、引用された著作物の著作権者との間で別に解決されるべき問題であって、当然に、被控訴人らによる引用表示の不使用が正当化されることになるものではない。被控訴人らによる引用表示の不使用を例外的に正当化されるべきものと考えさせる事情は、本件全資料によっても認めることができない。
6 合意違反の主張について
 本件合意は、原審では請求原因として主張されていないものであるから、この主張は、訴えの変更に該当する。著作権法違反の事実に基づく請求と、合意違反の事実に基づく請求とは、反対の結論に導く特別の事情が認められない限り、請求の基礎を異にするものと解するのが相当である。そして、本件全資料を検討しても、上記特別の事情を認めることはできない。
 本件合意に基づく判断をするためには、本件合意の成立、抗弁としての本件合意の消滅(本件合意の存続期間とその経過)等について、新たに審理・判断する必要があり、このような審理・判断を行えば、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなることが明らかである。
 いずれにせよ、上記主張による訴えの変更は許されないものであるから、これを却下する。
7 消滅時効について
 本件訴訟中の甲事件で問題になっている書籍の発行年月日は、@「ローム層をさぐる−大磯丘陵東部編」(別紙1(一)・甲A第1号証)は昭和56年2月、A「地層と化石−大磯丘陵編」(別紙1(二)・甲A第2号証)は昭和58年2月、B「相模川下流域の地盤地質」(相模川28号所収)(別紙1(三)・甲A第3号証)は昭和55年3月、C「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」(神奈川自然誌資料1号)(別紙1(四)・甲A第4号証)は昭和55年3月である。
 控訴人らは、原審原告ら第2準備書面で、「本件訴訟で問題となっている四文書(判決注 別紙1の(一)ないし(四)の文書を指す。)は、前記仮処分申請の時には、すでに発行されていたものであるが、一般向けガイドブックであったり(甲A第1、2号証)、学術論文ではあるが、発行部数などからして対外的影響が少ない(甲A第3、4号証)と考えて、あえて著作権侵害の主張を控えていたにすぎない。」と述べている。前仮処分事件は、控訴人第四紀研内で経過報告がされていたものであり、控訴人らは、遅くとも、前仮処分の申請時には、上記4文書が発行され、これらの発行及び頒布により自らの権利が侵害された事実を知ったものと認めることができる。したがって、消滅時効の起算日は、遅くとも昭和60年7月8日となる。なお、その後、被控訴人らが、別紙1記載の各文書を、新たに再版して発行・頒布したと認めるに足りる証拠はない(甲A第42号証)。
 したがって、控訴人ら中、前仮処分事件の当事者であった者らはもちろん、そうでない控訴人らについても、前仮処分事件の申請日の3年後である昭和63年7月8日の経過をもって、損害賠償請求権は時効により消滅している。
8 類似必要的共同訴訟であるとの主張について
 被控訴人らの主張は、要するに、附帯控訴が認められた場合、附帯控訴をしていない被控訴人県についても、民事訴訟法40条を適用して、判決が合一に確定されるべきである、とするものである。
 しかし、本件を、類似必要的共同訴訟と解することはできない。附帯控訴人らの主張は、独自の見解であって、採用することはできない。なお、既に述べたとおり、原判決を変更すべきであるとは認められないから、そもそも、本件訴訟が、被控訴人らにとって類似必要的共同訴訟であるか否かを判断する必要はない。
9 結論
 以上検討したところによれば、原判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がない。そこで、これらをいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担について民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一
 裁判官 高瀬順久


別紙1 著作権被疑文書目録
(甲事件)
(一) 「ローム層をさぐる−大磯丘陵東部編」
  発行者 平塚市
  発行年月日 昭和56年2月20日
(二) 「地層と化石−大磯丘陵編」
  発行者 平塚市
  発行年月日 昭和58年2月28日
(三) 「相模川下流域の地盤地質」(相模川28号所収)
  発行者 相模川をきれいにする協議会
  発行年月日 昭和55年3月
(四) 「大磯町虫窪の二宮層群活断層と貝化石」(神奈川自然誌資料1号所収)
  発行者 神奈川県
  発行年月日 昭和55年3月

(乙事件)
(五) 「動く大地を読む−流域の一億年と平塚の地盤−」
  発行者 平塚市博物館
  発行年月日 平成8年7月19日
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