判例全文 | ||
【事件名】ネット上の弁護士名誉毀損事件(刑) 【年月日】平成14年11月12日 福岡地裁 平成14年(わ)第651号 名誉毀損被告事件 判決 主文 被告人を懲役1年に処する。 理由 (犯罪事実) 被告人は、平成13年8月19日、福岡市a区bc丁目d番e号Af号室の被告人方で、インターネットを利用し、「Bは、数年前、自分の息子にテレクラをやらせ、男性関係で悩んでいる女性を探し出させて、弁護士としての自分のクライアントを獲得していたという。」などと記載した文章のデータを、同文章に記載された事実の確証がないのに、岡山市gh丁目i番j号のCk階サーバールームに設置された「株式会社D」が管理するサーバーコンピューターに送信して、同文章を被告人が開設した「E」に掲載し、福岡市l区mn丁目o番p号Fビルq階の「G」に現在するHら不特定多数のインターネット利用者に同文書を閲覧可能な状態にして、公然事実を摘示し、Bの名誉を毀損した。 (証拠) 〈略〉 (補足説明) 第1 被告人及び弁護人は、判示の文書(以下「本件文書」という。)のデータをインターネット上の被告人開設のホームページに掲載したこと、及び同文書を不特定多数のインターネット利用者に閲読させたことは認めるものの、これは、被告人が以前交際していた女性に傷害を負わせたことで、傷害罪で起訴されるとともに、同女から損害賠償請求訴訟を提起された(以下「本件民事裁判」という。)ため、その両裁判の過程と内容を広く知ってもらい、両裁判への傍聴や支援を呼びかけるためであり、刑法上の名誉毀損罪は成立せず、仮に成立するとしても違法性がなく(刑法230条の2第1項に該当する場合を含む)、被告人が無罪であると主張するので検討する。 第2 裁判所の判断 1 名誉毀損罪の構成要件該当性 関係証拠によれば、本件文書は、「陳述書(Gの『歪んだ正義』について)」という表題であり、その内容は、「原告の法定代理人を担当するHは、Gに所属する弁護士である。公判中、何度も指摘しているとおり、同法律事務所所長のB弁護士と私とは、子供の人権活動をめぐる活動の過程において過去、激しく対立し、互いに、政治的な敵として認識し合っており、そのことは、10年以上の長きにわたってBと活動を共にしているHもよく知っているはずのことである。私は、今回、Hが原告の利益を守るためではなく、もともと政治的な敵として認識していた私に社会的制裁を加えることを主目的として、原告をそそのかして提起した訴訟であると断定している。本件訴訟と同時進行で進められている刑事裁判においても何度も主張してきたことであるが、B・Hの一派は、歪んだ正義の持ち主であり、その歪んだ正義感に基づいて、『悪者』と決めつけた主に男性に対して、社会的制裁を与えることを主な活動としてきた。そのことを裏付ける新たな情報が得られたので、それについて陳述する。情報源は事情により明らかにできないが、Bは、数年前、自分の息子にテレクラをやらせ、男性関係で悩んでいる女性を探し出させて、弁護士としての自分のクライアントを獲得していたという。私は、売春も立派な労働の一つで、一日も早く合法化されるべきだと考えているが、Bらは、売春は女性に対する人権侵害であり、社会悪として根絶すべきだと考えているはずである。そのBが、いわゆる援助交際つまり売春の温床となっているとして批判の強いテレクラを、こっそりと弁護士稼業の依頼者探しに利用していたというのは、一体どういう神経だろうか。女性の人権、子供の人権と、表向きは耳ざわりのいいゴタクを並べて、裏ではその御立派な御高説と相矛盾する社会への裏切り行為を続けていた。Gは、かくも歪んだ正義の弁護士グループなのである。」というものと認められる。 このように、本件文書は、被害者が弁護士としての顧客を獲得するために息子をテレクラに通わせていたという内容であり、弁護士である被害者の社会的評価を著しく害するものと評価できるから、名誉毀損文書にあたる。 また、被告人は、判示のホームページ(以下「本件ホームページ」という。)に本件文書を掲載して、不特定多数のインターネット利用者が閲読可能な状態にしているが、このような行為は、公然事実を摘示するものであり、名誉毀損罪の実行行為にあたる。 さらに、被告人は、本件文書を自ら作成した上、ホームページへの掲載作業も自ら行っているから、本件文書が名誉毀損文書であることや公然性があることについての認識に欠けるところはなく、名誉毀損の故意も十分認定できる。 以上によれば、本件における被告人の行為は、名誉毀損罪の構成要件に該当する。 2 事実証明等による名誉毀損の不成立(刑法230条の2第1項)の主張 (1) まず、上記1のとおり、本件文書は、被害者の弁護士としての顧客の獲得方法に関することがらが記載されたものであり、摘示事実は公共の利害に関するものと認められる。 そこで、次に、本件文書の掲載目的が、専ら公益を図る目的があったかの点を検討する。 (2) 本件ホームページの構造をみると、本件文書が掲載された「“フェミニスト”をやっつけろ!」というページは、被告人のその他の活動年譜等の文書とは別項目となっており、独立したページとしての体裁になっている(なお、被告人及び弁護人は、「“フェミニスト”をやっつけろ!」が裁判専門のホームページであり、本件ホームページとは独立したものである旨主張するが、データファイルのリンク状況に関する精査結果報告書〔甲18〕によれば、「“フェミニスト”をやっつけろ!」のページ〔index3.html〕は、本件ホームページのトップページのファイル〔index.html〕の階層構造の下に位置しており、独立したホームページとまでいうことはできない。)。また、その更新状況をみても、被告人は、相手方の証拠文書も含めて本件民事裁判の訴訟資料を掲載し、その進行に合わせて本件ホームページを更新していると認められる。 したがって、被告人が本件ホームページを設立した目的に、本件民事裁判の内容を紹介、報道し、裁判費用のカンパや傍聴を呼びかけることが含まれていたことは否定できない。 (3) しかしながら、 ア 本件文書の掲載状況をみると、本件文書は、「“フェミニスト”をやっつけろ!」のページ上の、「●敵の本丸・Gのスキャンダルをついに暴露!!ココを見よ!!」という記載の下線部を選択することで、直接画面に表示できる構造になっており、本件ホームページに掲載されていた他の裁判関係の資料とは異なり、センセーショナルな紹介が付された上で、独立した取り扱いを受けていたということができる。 イ また、本件文書の記載内容に関する事実調査の方法をみても、被告人は、捜査段階において、本件文書の内容については、偶然に再会した友人から立ち話で聞いただけで、獲得した顧客数や時期など具体的な内容は聞いておらず、聞き取った内容をメモに残すことや、被害者本人や被害者の息子などに確認するなどの裏付け調査をすることもないままに掲載したことを自認しており(なお、公判廷では、この点に関する供述を拒否している。)、その他関係証拠を子細に検討しても、被告人が真摯な事実調査を行った形跡はうかがわれない。 ウ さらに、被告人は、プロバイダーからの要求で本件文書を削除したときに、本件文書を少なくとも7〜8か所のインターネット上のホームページに転記し(なお、そのうち1か所は、平成13年9月26日の本件文書の削除と同日になされている。)、平成13年10月9日には、本件ホームページ上に、検索サイトを使って一旦削除した本件文書のファイルデータを見ることができる方法を記載したメールを転載して、本件文書をインターネット上から削除したことに対抗する措置を執っている。 エ 加えて、前記のとおり、本件文書は、被害者が息子をテレホンクラブに通わせて弁護士としての顧客を獲得させているなどという、被害者らの社会的評価を著しく害する内容が記載されたものであるが、被害者は、被告人が交際中の女性に傷害を負わせたことにより提起された本件民事裁判の代理人が所属する法律事務所の同僚に過ぎないから、そもそも本件文書の内容は、本件民事裁判の審理と実質的な関連性はない。 (4) 以上によれば、被告人が本件文書を掲載した主な目的は、被害者を誹謗中傷することにあると認められ、専ら公共の利益を図る目的があったとは到底認められない。 そして、このような認定は、被告人が、捜査段階において、「私は、裁判が始まって以降、左翼運動団体になんとか一泡ふかすことが出来ないだろうかと考えていました。その時に、私が、以前、Iくんから、聞いたB弁護士が、その次男を使って、テレクラで客を獲得しているという話をホームページに載せて、B弁護士のスキャンダルを暴露し、Bの弁護士として、左翼活動家として致命的なダメージを与えて、その社会的な信用を失わせてやろうと思ったのです。つまり、私のB弁護士を含む左翼運動団体に対する私個人の恨みが、私が、B弁護士の次男がテレクラをして顧客を得ているという内容をホームページに載せた理由です。」(被告人の検察官調書〔乙11〕)などと自白するところとも符合している。 (5) したがって、事実証明等による名誉毀損の不成立(刑法230条の2第1項)の主張は認められない。 3 その他の違法性阻却事由の有無 なお、第1に記載したとおり、被告人及び弁護人は、本件文書の掲載目的は、本件民事裁判の内容を紹介、報道するためであるとして、正当行為等により違法性がないとの主張もしていると解される。 しかしながら、前記2記載のとおり、本件文書の掲載目的は、被害者を誹謗中傷することにあり、かつ、その内容は、本件民事裁判と実質的関連性のないものであるから、これを本件民事裁判で陳述書として提出すること自体、当事者の正当な攻撃防御として許される範囲を大きく逸脱していると解される。そうだとすれば、本件文書を、単に裁判で証拠として提出するに止まらず、インターネットのホームページへ掲載して不特定多数人に閲覧可能な状態にしたという被告人の行為が、正当行為等によりその違法性が阻却される余地はないというべきである。 4 以上のとおり、本件の被告人の行為は、名誉毀損罪の構成要件に該当し、違法性も十分認められるので、被告人及び弁護人の主張は採用できない。 (確定裁判) 1 事実 平成13年8月27日福岡地方裁判所宣告 傷害の罪により懲役10月 平成14年7月16日確定 2 証拠 判決書謄本(乙14)及び被告人の公判供述 (法令の適用) 罰条 刑法230条1項 刑種の選択 懲役刑を選択 併合罪加重 刑法45条後段、50条 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書 (量刑の理由) 被告人は、以前交際していた女性に傷害を負わせたことで、傷害罪で起訴されるとともに、同女から損害賠償等を求める民事訴訟を提起されたが、被害者は、本件民事裁判の代理人の法律事務所の同僚に過ぎず、被告人ともそれほど面識がなかった。したがって、被告人も、もともと被害者に対する個人的な恨みなどはなかったにもかかわらず、一方的に、被害者及びその所属する法律事務所が政治的思想的な対立から被告人を弾圧してきたなどと考えて恨みを抱き、被害者を誹謗中傷し、弁護士としての社会的な信用を失わせる目的で犯行を行ったものである。このように、本件は、被告人の独りよがりな逆恨みによる犯行であり、独善的かつ自己中心的な犯行動機に酌量の余地はない。 また、被告人は、インターネット上のホームページに、被害者が息子を使ってテレクラで弁護士としての顧客となる女性を探させていたなどという、被害者の実名入りの文書を掲載して、不特定多数のインターネット利用者に自由に閲覧することが可能な状態にしたものであり、その犯行態様は伝播性が非常に高いものである上、本件文書の内容も、何よりも名誉と信用を重んじる弁護士の社会的評価を著しく低下させ、被害者のみならずその家族や所属法律事務所をも誹謗中傷するものであり、犯情はまことに悪質である。 しかも、被告人は、プロバイダーの要求により、本件文書を削除したときにも、他のホームページの、少なくとも7、8か所に本件文書を転記するなどして名誉毀損行為を継続しようとしており、強固な犯意がうかがわれる。 被害者は、被告人に対する本件民事裁判の代理人となった弁護士の同僚というだけで、何ら落ち度は認められない。それにもかかわらず、本件犯行により、名誉を傷付ける文書が不特定多数の人に閲読できる状態とされて、被害者の弁護士としての社会的信用が著しい危険にさらされただけでなく、被害者の息子ら家族も多大な精神的苦痛を受けており、犯行結果も重大である。 さらに、被告人は、捜査公判を通じて、自己の行為は正当な言論活動であり、刑法上の名誉毀損罪は成立しないなどと、独自の論理に基づく不自然不合理な弁解を行っており、本件に対する反省や、被害者らへの謝罪を行おうという態度は全くうかがわれない。被害者やその家族が、被告人に対する厳しい処罰を望んでいるのも当然のことであり、また、被告人の自己中心的な性格を矯正することも容易ではなく、再犯のおそれも否定できない。 したがって、本件犯行当時、被告人には、前記確定裁判を除いて、前科がなかったことなどの被告人にとって有利な事情を十分考慮しても、被告人に対しては、主文のとおりの懲役刑に処するのが相当である。 (求刑 懲役1年) 福岡地方裁判所第3刑事部 裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 國井恒志 裁判官 岡崎忠之 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |