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【事件名】「電人ザボーガー」「快傑ライオン丸」等の放送権事件
【年月日】平成14年10月24日
 東京地裁 平成12年(ワ)第22624号 損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。)
 平成13年(ワ)第22512号 損害賠償請求事件(以下「乙事件」という。)
 (口頭弁論終結日 平成14年7月23日)

判決
甲・乙事件原告 株式会社東北新社
訴訟代理人弁護士 森伊津子
甲・乙事件被告 株式会社ピー・プロダクション
甲・乙事件被告 A
上記ら訴訟代理人弁護士 山田善一
同 金子憲康
甲事件被告 株式会社キッズステーション
訴訟代理人弁護士 高芝利仁


主文
1 甲・乙事件原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、甲・乙事件を通じ甲・乙事件原告の負担とする。

事実及び理由
第1 甲・乙事件原告(以下、単に「原告」という。)の請求
1〔甲事件〕
(1) 甲事件被告らは、原告に対し、連帯して1500万円及びこれに対する平成9年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 甲事件被告株式会社ピー・プロダクションは、原告に対し、別紙「著作物複製物目録」記載の各動産を引き渡せ。
2〔乙事件〕
 乙事件被告らは、原告に対し、連帯して400万円及びこれに対する平成13年10月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 甲事件における原告の主張は、@ 甲・乙事件被告株式会社ピー・プロダクション(以下、単に「被告ピープロ」という。)は、その著作に係る「『電人ザボーガー』第1話〜第52話」、「『風雲ライオン丸』第1話〜第54話」及び「『快傑ライオン丸』第1話〜第25話」(以下、これらを併せて「本件作品」と総称する。)につき、有線放送権を含めたすべての放送権を原告に譲渡する旨の契約を締結して、原告に対して、本件作品のこれらの権利を譲渡するとともに、別紙「著作物複製物目録」記載の本件作品の複製物であるプリント等の素材(以下「本件複製物等」という。)の所有権を併せて譲渡した、A しかるに、被告ピープロは、甲事件被告株式会社キッズステーション(以下、単に「被告キッズ」という。)に対して、原告所有に係る本件作品のプリント等の素材を原告に無断で交付し、被告キッズが本件作品を衛星放送及び有線放送し、もって原告の放送権を侵害したものであって、被告キッズ、被告ピープロ及びその代表者の甲・乙事件被告A(以下、単に「被告A」という。)の共同不法行為である、というものである。上記の主張に基づき、原告は、被告らに対し連帯して損害賠償金1500万円を支払うことを求めるとともに、被告ピープロに対して所有権に基づき本件複製物等の引渡しを求めている。
 これに対し被告らは、本件契約で譲渡した放送権は、地上波による放送のみを対象としたものであって、衛星放送についての放送権及び有線放送権は含まれていないなどと主張し、被告キッズは、同被告は被告ピープロから本件作品を衛星放送及び有線放送する許諾を得ているから、仮に原告がその主張する内容の放送権を取得していたとしても、対抗要件なくしては、被告キッズに対してその権利を主張できないところ、原告は本件作品につき放送権取得の著作権登録を経ていないから本件作品につき放送権を有することを同被告に対して主張できない、などと主張して、原告の請求を争っている。
2 乙事件における原告の主張は、@ 被告ピープロは、前記契約中の条項において、本件作品の著作権のうち被告ピープロが原告に譲渡した放送権を除いた部分についての利用管理を委託し、原告がこれを受託した(以下「本件管理契約」という。)、A 被告Aは、本件管理契約に基づく被告ピープロの債務につき連帯保証した、B しかるに、被告ピープロは、平成13年7月ころ、本件作品のうち「電人ザボーガー」及び「快傑ライオン丸」の登場人物等のキャラクターの商品化権を原告の仲介を経ないでコナミ株式会社に許諾し、これにより一般的な率による仲介料(コミッション)を得る権利を侵害した、というものである。上記の主張に基づき、原告は、被告ピープロに対して本件管理契約の債務不履行として400万円の損害賠償の支払を求めるとともに、被告Aに対して連帯保証債務として同額の支払を求めている。
 これに対して、被告ピープロ及び同Aは、本件管理契約は受託条件、費用及び利用方法等の内容が定まっていないから、いまだ契約として成立していないなどと主張して、原告の請求を争っている。
3 前提となる事実等(当事者間に争いがない事実及び証拠により認定した事実。後者については、末尾に認定に用いた証拠を掲げた。)
(1)原告と被告ピープロとの間の本件契約の内容
 原告は、昭和53年、被告ピープロ、同Aとの間で以下の条項を含む内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲1。契約書の契約締結日欄には「昭和53年」とのみ記載されており、詳しい締結日は不明である。)。
ア 被告ピープロは原告に対し、本件作品の著作権のうち日本国内全域における放送権を譲渡する。ただし、原告は同権利を「電人ザボーガー 第1話〜第52話」については昭和57年10月29日まで、「風雲ライオン丸 第1話〜第54話」、「快傑ライオン丸 第1話〜第25話」については昭和55年4月30日までは行使せず、上記各期日まで被告ピープロが第三者をして本件作品を放送させることを許諾する(本件契約2条)。
イ 原告は被告ピープロに対し、第2条による本件作品の著作権の一部譲渡の対価として1000万円を支払う(本件契約4条)。
ウ 被告ピープロは原告の放送権を容易ならしめ、かつ第三者による侵害を阻止するため、第2条記載の各期日の3日前までに、可及的速やかに本件作品の各話131話分の日本国内に存在するあらゆるプリントを原告に対し引き渡さねばならない(本件契約5条)。
エ@ 被告ピープロは本件契約に基づく被告ピープロの債務を担保するため、本件作品のネガフイルム、インターネガ等作品に関連するフイルム類一切の所有権及び占有を原告に移転する。但し、原告は被告ピープロが当該フイルム類を原告の第2条による権利の行使及び保全を妨げない範囲で自己の費用で利用することを許可せねばならない(本件契約7条1項)。
A 前項に基づくフイルム類の所有権は本件契約の日付をもって移転するものとし、フイルム類の占有の移転のため、被告ピープロはフイルム類を東京都港区(以下略)原告フイルムライブラリー又は原告の指定する場所に納入せねばならない(本件契約7条2項)。
オ 被告ピープロは、本件作品の放送権の原告への譲渡に関連し、被告ピープロが保有する本件作品の著作権(原告に譲渡した部分を除く)の利用管理を原告に委託し、原告はこれを受諾した。受託条件、費用、利用方法は原告・被告ピープロ間で別途協議して定める(本件契約9条)。
カ@ 被告Aは被告ピープロの本件契約に基づく債務につき、原告に対して被告ピープロと連帯してその支払の責に任ずる(本件契約11条1項)。
A 被告ピープロ及び被告Aは、本件契約上の債務につき、執行認諾約款付公正証書を作成することに同意し、原告より要請ある場合はそのため必要な委任状及び印鑑証明書を原告に速やかに交付せねばならない(本件契約11条2項)。
(2)被告ピープロの大倉商事株式会社に対する本件作品の有線放送の許諾
ア 被告ピープロは、大倉商事株式会社(以下「大倉商事」という。)に対し、平成元年9月1日、本件作品のうち「快傑ライオン丸」26本につき、放映期間を平成元年9月5日から平成4年9月5日までとして、ケーブルテレビ放映権を許諾した(丙1)。
イ 被告ピープロは大倉商事に対し、平成2年6月1日、本件作品のうち「電人ザボーガー」26本につき、放映期間を平成2年6月1日から平成7年5月31日までとして、ケーブルテレビ放映権を許諾した(丙2)。
ウ 被告ピープロは大倉商事に対し、平成3年3月31日、本件作品のうち「風雲ライオン丸」25本につき、放映期間を平成3年4月1日から平成8年3月31日までとして、ケーブルテレビ放映権を許諾した(丙3)。
エ 被告ピープロは大倉商事に対し、平成4年3月2日、本件作品のうち「電人ザボーガー」13本につき、放映期間を平成4年7月1日から平成9年6月30日までとして、ケーブルテレビ放映権を許諾した(丙4)。
オ 被告ピープロは大倉商事に対し、上記ア〜エの許諾とともにそれぞれ対応する本件作品の放送用素材等を交付した(原告と被告キッズとの間で争いがなく、原告と被告ピープロとの間では弁論の全趣旨により認められる。)。
(3)被告キッズの設立と同被告による大倉商事の契約上の地位の承継
ア 平成5年4月、被告キッズ(当時の商号は「株式会社ネオサテライトビジョン」)が設立された(原告と被告キッズとの間で争いがなく、原告と被告ピープロとの間では弁論の全趣旨により認められる。)。
イ 被告キッズ(当時の商号は「株式会社ネオサテライトビジョン」)は、平成5年4月12日、大倉商事が被告ピープロとの間の上記(2)ア〜エ記載の許諾契約について有していた契約上の地位を、承継した(丙5)。
(4)被告キッズによる本件作品の有線放送及び衛星放送
 被告キッズは、本件作品について、次のとおり有線放送及び衛星放送を行った。
ア 「電人ザボーガー」につき、平成6年12月から平成7年11月までの間ケーブルテレビ放送を行い、平成8年9月から平成9年6月までの間ケーブルテレビ放送及び衛星放送(パーフェクTVによる放送。以下も同様である。)を行った。
イ 「風雲ライオン丸」につき、平成7年10月から平成8年4月までの間ケーブルテレビ放送を行った。
ウ 「快傑ライオン丸」につき、平成6年4月から平成6年10月までの間ケーブルテレビ放送を行った。
(5)原告の権利主張と被告キッズの放送終了
 原告は、平成9年5月末ころ、被告キッズに対し、本件作品の放送について異議を述べた。被告キッズは、この原告の異議を受けて、平成9年6月20日をもって本件作品のケーブルテレビ放送及び衛星放送を中止した。
4 本件における争点
〔甲事件について〕
(争点1)本件契約により被告ピープロから原告に対し譲渡された本件作品の「放送権」には、有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれるか。
(争点2)被告ピープロは、被告キッズに対して、本件作品の衛星放送を許諾したか(有線放送を許諾したことは、上記認定のとおりである。)。
(争点3)原告は、被告キッズが背信的悪意者であることを理由として、本件作品の放送権の取得を、第三者対抗要件である著作権登録なしに、同被告に主張できるか。
(争点4)原告の被告らに対する損害賠償請求権は、消滅時効により消滅したか。
(争点5)原告の被った損害額。過失相殺の成否及びその割合。
(争点6)原告は、被告ピープロに対して、所有権に基づき本件複製物等の引渡しを求めることができるか。
〔乙事件について〕
(争点7)本件管理契約は、成立したといえるか。
(争点8)原告が乙事件被告らの行為によって被った損害の内容及び額。
5 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件契約により被告ピープロから原告に対し譲渡された本件作品の「放送権」には、有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれるか。)
【原告の主張】
 本件契約により被告ピープロから原告に対し譲渡された本件作品の「放送権」には、有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれている。
 本件契約における「放送権」の意味を決するために必要なのは、当事者の意思の解釈である。そして、当事者の意思を解釈するに当たっては、契約締結に至る事情や締結後の事情、対価との相当性、当時の法律の状況や業界の実情等の諸事情を考慮すべきである。
ア 契約締結に至る事情や締結後の事情、対価との相当性
 本件契約の締結時、被告ピープロは資金的に切迫した状況にあり、従業員の給料等の支払のためどうしても1000万円が必要であった。このため、被告ピープロは、譲渡の対象となる権利を拡大してでも本件契約締結にこぎ着けたいと考え、また原告としても本件作品について譲り受ける権利を最大限にしたいと考えていた。しかるに、本件作品の著作権については既に2社が権利を有しており、それらの会社の権利が消滅して初めて原告が権利行使することができる状況にあった。したがって、被告ピープロの代表者である被告Aは、これらの状況の下で原告に対し本件契約の締結を必死に懇願し、本件作品について「ネガごと」譲渡することや著作権のうち譲渡しない部分についても利用管理権を与えることを提案し、これを原告が受諾して本件契約締結に至った。
 また原告は、本件契約締結後に、本件作品のケーブルテレビ放送を第三者に許諾したが、被告Aは異議を述べなかった。
 なお、契約書中に用いられる用語は、著作権法上定義されている厳密な意味というよりも、むしろ日常用語としての意味で用いられていることが多いのが実情である。そして、日常用いられる日本語としては、通常、放送というときには、その本質を同じくする有線放送、衛星放送を排除するものとして使用したりはしない。
イ 当時の法律の状況や業界の実情
@ 当時の法律の状況
 著作権法は、本件契約が締結された昭和53年当時において、昭和53年法律49号により改正されているが、この改正の前後を通じて、以下のとおりの内容となっていた(甲6、7)。
(ア) 有線放送事業者についての規定は、なかった。すなわち、本件契約締結当時においては、著作権法上有線放送を行う有線放送事業者は存在していなかった。
(イ) 放送事業者の有線放送権は、著作隣接権として保護されていた。すなわち、法99条1項は、「放送事業者は、その放送を受信してこれを再放送し、又は有線放送する権利を専有する。」と規定していた。その結果、著作権者が被許諾者に対し無線放送をする権利のみを許諾したとしても、被許諾者は、著作権法上当然に、放送したものを有線放送する権利を有することになっていた。
(ウ) 法29条2項は、映画製作者としての放送事業者に帰属する権利の一つとして、「その著作物を放送する権利及び放送されるその著作物を有線放送し、又は受信装置を用いて公に伝達する権利」を認めており、放送事業者の権利は無線放送のみならず有線放送にも及ぶことが明確にされていたが、上記(ア)のとおり著作権法上有線放送事業者は存在していなかったため、有線放送事業者のための同様の規定は存在していなかった。
(エ) 上記(ア)〜(ウ)の法律の状況の下では、本件契約締結時の当事者の念頭にあり得たのは、放送事業者の行う無線放送とその著作隣接権としての有線放送を行う権利のみであり、有線放送事業者に独自に許諾する有線放送権は考えられない状況であった。したがって、このような法律の状況の下で放送事業者に権利を与えるときは、当事者は有線放送権を除外するという意識をもつことはできない。
(オ) なお、法68条2項が、同条1項により文化庁長官の裁定を受けてその著作物を放送することができる場合は、これにより放送される著作物は、有線放送することができる旨規定していること、法92条2項1号が、同条1項により実演家はその実演を放送し、又は有線放送する権利を有するところ、放送される実演を有線放送する場合は実演家の有線放送権が及ばない旨規定していることも、上記を裏付けるものである。
(カ) なお、著作権法上においては放送と有線放送とが別途に定義されているが、これは著作権法を解釈する場合における定義にすぎないものであり、「放送」の語の日常用語としての意味や業界用語としての意味とは異なるものである。また、著作権法上においては放送権の定義が存在せず、「放送」という用語は内容的には無線放送を意味するものであるが、著作権法上に定義のない「放送権」という語を用いたときは、無線放送権及び有線放送権の双方を包含する用語として用いられているものである。
(キ) 被告ピープロ及び同Aは、法99条1項が「放送事業者は、その放送を受信してこれを再放送し、又は有線放送する権利を専有する。」と規定していることが、本件契約の「放送権」に有線放送を行う権利が含まれていないことの根拠になると主張するが、失当である。なぜなら、被告ピープロは、著作権者として無線放送権を譲渡するに当たり、そのころの慣行で無線放送権に事実上付帯していた有線放送の権利を、除外することをしなかったからである。つまり、被告ピープロは、その当時の実情では積極的除外をしないと放送事業者に有線放送の権利が渡り、そうした実情の下で有線放送が行われていると知りながら、あるいは過失により知らなかったとしてもその結果を容認しながら、有線放送の権利を除外しなかったのである。
A 当時の業界の実情
(ア) 本件契約締結当時においても有線放送は行われておりその端緒にあったが、難視聴対策のみでない有線放送も始まっていた。当時の有線放送のほとんどは、放送事業者の有する著作隣接権としての有線放送権の行使により、有線放送業者に無線放送事業者が許諾するという形で、無線放送の転送として行われていた。
(イ) 本件契約締結当時、無線放送を許諾する著作権者は、無線放送事業者が有線放送を行うことを特に制限することはなかった。
(ウ) 本件契約締結当時、業界においては、無線放送事業者は著作権者から放送権の譲渡を受けた後、同放送権に基づいて有線放送を許諾していた。
 以上のア、イに記載した諸要素を総合考慮すれば、本件契約の「放送権」には、有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれているというべきである。 
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 本件契約の「放送権」には、有線放送、衛星放送を行う権利は含まれていない。
 本件契約2条によると、被告ピープロは原告に対し「作品の日本国内全域における放送権」を譲渡したとある。この点、本件契約締結当時の著作権法によれば、「放送」と「有線放送」とは分けて定義されており、「著作者は、その著作物を放送し、又は有線放送する権利を専有する。」と規定されていた(23条1項)から、「放送権」と「有線放送権」とは完全に異なるものと理解されていたことが明らかである(同法29条2項1号、39条1項も参照。)
 また、実質的にも、本件契約締結当時、原告が専らテレビの地上波放送に供するために本件作品の利用を欲していたことから被告ピープロが本件作品の「放送権」を譲渡したという経緯があること、本件契約の際、原告が本件作品をテレビの地上波放送にのみ供するという前提で「放送権」の対価たる代金額が決定されたことから、原告と被告ピープロとの間では著作権のうち「有線放送権」は除外する意思であったと解するのが、当事者の合理的意思に合致する。
 また、本件契約は著作権処理のための契約であるから、契約書(甲1)上の文言の意味内容が著作権法の定義に従うことは当然である。
 原告は、本件契約において被告ピープロは譲渡する権利を拡大してでも本件契約締結にこぎ着けたいと考え、また原告としても本件作品について譲り受ける権利を最大限にしたいと考えていたと主張するが、もしそうであれば、本件作品の著作権の全部を譲渡対象とし、原告においても、被告ピープロに本件作品のいかなる利用も認めなかったはずである。しかし、実際の本件契約においてはそうなっていない。また、原告は、本件契約締結後において本件作品のケーブルテレビ放送を第三者に許諾したが被告Aは異議を述べなかったと主張する。しかし、被告Aは原告がケーブルテレビ放送を許諾した事実など知る由もないのであるから、異議を述べることができるはずがない。
 また、原告は、自らの主張の根拠として著作権法68条及び92条の規定も挙げているが、これらの規定は本件契約の「放送権」を解釈するに当たっては無関係である。著作権法68条は現在まで現実に利用されたことがない規定であるといわれており、当事者の合理的意思の基礎となる規定とはいえないし、同法92条も、実演家の放送権・有線放送権の規定であり、著作者の放送権・有線放送権について問題となっている本件とは何ら関係がない。
 さらに、原告は、本件契約締結当時の慣行で放送権に有線放送の権利が事実上付帯していたと述べるが、そのような慣行はなかった。また、原告は、被告ピープロは、その当時の実情では積極的除外をしないと放送事業者に有線放送の権利が渡り、そうした実情の下で有線放送が行われていると知りながら、あるいは過失により知らなかったとしてもその結果を容認しながら、有線放送の権利を除外しなかったと主張するが、そのような実情はないし、積極的除外をしないと放送事業者に有線放送の権利が渡るという「実情」は、著作権者が有線放送権を専有するという著作権法の前提とも異なっており、あり得ないものである。
 また、たしかに衛星放送は無線通信の送信をするものである。しかし、本件契約締結当時、衛星放送はようやく衛星放送技術試験が開始されたという時期であって(乙2)、そのころ衛星放送を利用したテレビ放送の商業化・事業化が一般に行われておらず、予想もされていなかったこと、原告も被告ピープロも、本件契約締結当時、本件作品をテレビの地上波放送に供することのみを想定していたこと、本件契約締結の際、原告が本件作品をテレビの地上波放送に供するという前提で「放送権」の対価たる代金額が決定されたこと等の事情からすれば、被告ピープロはテレビの地上波放送に供する意図で本件作品の「放送権」を譲渡し、原告もテレビの地上波放送に供する意図で本件作品の「放送権」を譲り受けたものであることは明らかである。
【被告キッズの主張】
 本件契約の「放送権」に有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれている旨の、 原告の主張については、これを争う。
(2)争点2(被告ピープロは、被告キッズに対して、本件作品の衛星放送を許諾したか。)
【原告の主張】
 被告キッズは被告ピープロとの合意に基づき、本件作品をキッズステーション(子ども向けアニメ番組専門チャンネル)を経由して平成元年ころからスカイパーフェクTVなどによって一般視聴者宛放送した。
【被告キッズの主張】
 被告キッズの担当者であるBは、パーフェクTV(衛星放送)の試験放送が開始される約1か月前である平成8年6月ころ、「電人ザボーガー」を同年9月からパーフェクTVで放送するための了解を被告ピープロから得るために、被告ピープロの代表者である被告Aの自宅に説明とお願いに行った(丙15)。そしてBは、パーフェクTVは当初契約者ゼロからスタートするため、その放送権料については、試験放送・無料放送期間及び平成9年1月の有料放送開始後であってもケーブルテレビ放送の契約全話数(52話)の放送がひと通り終了するまではケーブルテレビでの放送権料に追加支払することなく無料で放送させてもらい、その後、第1話から再度放送するするときには、改めてパーフェクTVの契約者数の伸びに応じて料金を相談させてもらいたいと被告Aに頼み、被告ピープロによる了解を得た(丙15)。
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 被告ピープロは、被告キッズに対し、本件作品の衛星放送を行う権利を許諾していない。
(3)争点3(原告は、被告キッズが背信的悪意者であることを理由として、本件作品の放送権の取得を、第三者対抗要件である著作権登録なしに、同被告に主張できるか。)
【原告の主張】
 被告キッズは背信的悪意者であるから、原告は、本件作品の放送権の取得を、第三者対抗要件である著作権登録なしに、同被告に主張できる。
【被告キッズの主張】
 原告は、本件作品について著作権法77条の著作権の登録を経由していないところ、被告キッズは、被告ピープロからの許諾を受けて有線放送及び衛星放送を行っており、背信的悪意者に該当しない。
(4)争点4(原告の被告らに対する損害賠償請求権は、消滅時効により消滅したか。)
【原告の主張】
 原告が上記3の「前提となる事実等」欄(4)記載の被告キッズの本件作品の放送の一部を知ったのは、被告らに対して放送中止を要求した平成9年9月29日(甲9)の約4か月前である。すなわち、原告は平成9年5月末に被告キッズの本件作品の放送を知って調査を開始したが、被告ピープロの行為を知ったのは、同年9月になったころである。そして、原告は被告らに対し、平成12年4月28日付け及び同年5月1日付けの支払要求書で催告(甲10、11)し、同支払要求書はそれぞれ平成12年4月30日及び同年5月2日に到達した。そして、これらの日から6か月以内の同年10月27日に甲事件を提起した。したがって、原告の被告らに対する消滅時効は中断しているから、損害賠償請求権は、消滅時効により消滅していない。
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 原告は、被告ピープロ及び同Aに対し、平成12年4月30日到達の「支払要求書」により不法行為に基づく損害賠償請求をし、同年10月27日に甲事件を提起しているところ、遅くとも平成9年4月28日までには、被告キッズが行った上記3の「前提となる事実等」(4)記載の被告キッズの放送のうち既に放送済みであったほとんどの放送行為について知っていた。したがって、原告の被告らに対する損害賠償請求権は、3年の消滅時効により消滅している(民法724条前段)。
(5)争点5(原告の被った損害額。過失相殺の成否及びその割合。)
【原告の主張】
 被告ピープロは、被告キッズに本件作品のプリント等の素材を交付し、被告キッズが本件作品を衛星放送及び有線放送し、もって原告の放送権を侵害したものであり、これは、被告キッズ、被告ピープロ及び同被告の代表者である被告Aの共同不法行為に当たるものであるところ、原告が被告らの上記共同不法行為により受けた損害の額は、被告キッズが本件作品を衛星放送及び有線放送することにより受けた利益に等しいというべきである。そして、被告キッズが配信しているケーブルテレビ局は160を超えているから、少なく見積もっても、被告キッズの利益は3000万円を下らない。したがって、原告は被告らの上記共同不法行為により3000万円の損害を被ったというべきである。原告は、甲事件において、このうち1500万円を請求する。
 なお、被告ピープロ及び同Aは、原告に過失があるので損害額を定めるについてこれを斟酌すべき旨の主張をする。しかし、原告は、当時の法律の状況の下及び一般的な「放送」の用語の意味合いにおいて放送権が「放送する権利」であり有線放送権も包含しているとの認識の下で本件契約を締結したものであり、被告ピープロも同様の認識を有して行動していたはずであるから、本件において過失相殺を論ずる余地はない。
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 原告主張の損害額については、被告キッズが本件作品を衛星放送及び有線放送することにより受けた利益が3000万円を下らないとの点は不知であり、その余は否認ないし争う。
 また、仮に被告ピープロ及び同Aが原告に対して損害賠償義務を負うとしても、被告ピープロが大倉商事に対して本件作品の有線放送を行うことを許諾したのは、本件契約において譲渡の対象とされた権利が単に「放送権」としか記載されていなかったため、有線放送権は譲渡していないと考えたことによるものである。そして、このような契約書の案を作成したのは原告であり、被告ピープロ及び同Aはこれに異を唱えることすらできなかったものである。したがって、本件契約書に単に「放送権」と記載した原告は、過失相殺として応分の責任を負うべきである。
【被告キッズの主張】
 原告主張の損害額については、否認ないし争う。
(6)争点6(原告は、被告ピープロに対して、所有権に基づき本件複製物等の引渡しを求めることができるか。)
【原告の主張】
 本件契約(甲1)の7条1項には、「被告ピープロは本件契約に基づく被告ピープロの債務を担保するため、本件作品のネガフイルム、インターネガ等作品に関連するフイルム類一切の所有権及び占有を原告に移転する。但し、原告は被告ピープロが当該フイルム類を原告の第2条による権利の行使及び保全を妨げない範囲で自己の費用で利用することを許可せねばならない。」と定められており、さらに、同契約の5条には、「被告ピープロは原告の放送権を容易ならしめ、かつ第三者による侵害を阻止するため、第2条記載の各期日の3日前までに、可及的速やかに本件作品の各話131話分の日本国内に存在するあらゆるプリントを原告に対し引き渡さねばならない。」と定められているから、これらによって、原告は被告ピープロから本件作品に関する一切の素材の所有権及び占有の移転を受けた。したがって、被告ピープロによる本件作品の一切の利用は、放送以外の利用によるとしても、すべて原告からの素材借り出し及びその利用についての承認を要するという構成になっている。
 被告ピープロは、本件作品に関する素材について所有権移転の実体はないと主張するが、誤りである。なぜなら、所有権移転は放送権のみのためでなく、被告ピープロの全債務の担保のためであり、同債務のうちには本件契約の契約書(甲1)の9条に規定された本件管理契約により発生する債務も含まれているからである。
 したがって、原告は、被告ピープロに対し、所有権に基づく物上請求として本件複製物等の引渡しを求める。
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 本件契約の7条1項には、「被告ピープロは本件契約に基づく被告ピープロの債務を担保するため、本件作品のネガフイルム、インターネガ等作品に関連するフイルム類一切の所有権及び占有を原告に移転する。」とあるが、「所有権移転」は「本件契約に基づく被告ピープロの債務を担保するため」になされるものである。そして、本件においては被告ピープロに本件作品の著作権のうち「放送権」以外が残存している。したがって、原告が被告ピープロから本件複製物等の引渡しを受けても、自由にその使用・収益はできないものであり、原告による本件複製物等の保管はあくまで第三者に放送させないための担保としての行為である。すなわち、本件複製物等の所有権は、被告ピープロから原告に移転していないのであり、契約書(甲1)において「所有権を移転」とあったとしても、これは単に被告ピープロに第三者に放送(地上波放送)をさせない担保として規定されたにすぎず、所有権移転の実体はないというべきである。
 また、本件複製物等が本件契約7条1項に定める対象に含まれている旨の、原告の主張については、これを争う。
(7)争点7(本件管理契約は、成立したといえるか。)
【原告の主張】
 本件管理契約は、成立したといえる。
 すなわち、本件管理契約において契約の成立に必要な確定性は存在している。本件において原告は、直接的に仲介料(コミッション)の支払を請求しているわけではなく、被告ピープロが、原告が被告ピープロから得るべき手数料額を相場の範囲内で原告と協議して決定する義務を怠ったことについての債務不履行に基づく損害賠償の支払を請求しているものである。そして、原告は、本件管理契約における受託条件、費用、利用方法等は相場に基づいて定める旨が当事者間で合意された、と主張するものである。
 被告ピープロ及び同Aは、契約の成立のためにはその内容が確定していることが必要であり、履行が強制できる程度に内容が確定していることが契約の成立要件であると主張する。しかし、合理的範囲で爾後に意思決定が期待できる要素について当事者が意思形成を後に延ばした場合であっても、契約成立を望んだ当事者の意思が明瞭なときは、一部不確定要素については爾後に決定することとし、大枠は決定したものとみなして契約は成立する。この場合、当事者は具体的決定が適切にできる事態になった場合に、その状況の中で、具体的決定を相互の交渉で行う義務がある。万一、具体的内容決定につき当事者間で合意に達しなくても、裁判所が双方当事者の申立てを基礎として決定することができる。
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 本件管理契約は、成立したとはいえない。
 すなわち、本件契約(甲1)の第9条には、「被告ピープロは、作品の放送権の原告への譲渡に関連し、被告ピープロが保有する作品の著作権(原告に譲渡した部分を除く)の利用管理を原告に委託し、原告はこれを受託した。受託条件、費用、利用方法は原告・被告ピープロ間で別途協議して定める。」と定められているのであり、原告と被告ピープロは、受託条件等を将来別途協議して定めることを合意していたのであるから、将来の協議によって当事者の意思が合致して初めて契約が成立することとなるものであることは、明らかである。
また、実質的に検討しても、本件管理契約について原告と被告ピープロとの間で合意が成立していない部分である受託条件、費用及び利用方法は、本件管理契約の本質的な要素であるか重要な事項である。すなわち、「受託条件」とは、いかなる方法で管理業務を行い当事者双方でどのような範囲でどのような権利義務が発生するかを定めるものであり、これは本件管理契約のような業務委託契約においては本質的な要素であるし、「費用」とは、受託業務処理に当たって生ずる諸費用の負担の帰属及び委託業務を行ったときの委託料等について定めるものであるから、同様に有償契約において本質的な要素である。また「利用方法」とはいかなる媒体に対してどのように本件作品を提供していくかといった事項であると考えられ、これも著作権管理業務を遂行する上で重要な事項である。こうした事項について当事者間において全く合意されていないのであるから、本件管理契約が成立したということはできない。また、本件管理契約の利用管理権が独占的なものであるかどうかも、明らかでない。
 原告は、当事者は上記各事項を一般の相場に基づいて定めるとの黙示の合意をしていた旨主張する。しかし、キャラクターの商品化権に関する契約において、ロイヤリティや代理店の手数料額、手数料率は契約に応じまちまちであって、一般的な相場が形成されているとは必ずしも言い難いし、当事者の合理的意思解釈をいうにしても、それはあくまで契約の成立を前提として契約書に記載された文言等を解釈によって補充する手法であって、本件のようにそもそも重要な部分についての合意が全く存在せず契約が成立していない場面で用いられるものではない。
 また、原告は、契約の一部に不確定な部分があったとしてもその部分は爾後に決定されるものとして契約が成立する場合があり、その後当事者が当該部分について交渉を行っていくが、その際仮に当事者間で合意に達しなくても裁判所がそれを決定できる旨主張するが、上記のように一般の相場は極めて不明確なものであるし、当事者の爾後の交渉が予定されているならば、そもそも契約内容は当事者が自由に決定できるはずであって、これについて裁判所が容喙することはできないはずである。
(8)争点8(原告が乙事件被告らの行為によって被った損害の内容及び額)
【原告の主張】
 被告ピープロは、原告が被告ピープロから得るべき手数料額を相場の範囲内で原告と協議して決定する義務を怠り、平成13年7月ころ、原告に通知することなく本件作品の「電人ザボーガー」、「快傑ライオン丸」に登場するキャラクター利用の商品化権をコナミ株式会社に許諾し、同社から2000万円の許諾料の支払又は支払約束を受けた。
 被告ピープロの上記の債務不履行により、原告は、400万円の損害を被った。すなわち、本件管理契約により原告の取得すべき手数料額は、相場によれば被告ピープロの受領すべきロイヤリティ額の約20%である。そして、被告ピープロがコナミ株式会社から受領する商品化権のロイヤリティ額は、通常、商品小売価格の4%である。コナミ株式会社の対応する売上額は5億円であるから、これに4%を乗じた2000万円が被告ピープロの受領すべきロイヤリティ額であり、さらにこれに20%を乗じた400万円が、原告が被告ピープロから得べかりし手数料相当額ということになる。
 そうすると、原告は、被告ピープロの上記債務不履行により、少なくとも手数料相当額である400万円の損害を被ったというべきである。また、被告Aは、本件管理契約に基づく被告ピープロの債務につき連帯保証した。したがって、原告は、被告ピープロ及び同Aに対し、400万円を請求する。
【被告ピープロ及び同Aの主張】
 被告ピープロは、コナミ株式会社との間で原告が主張するような契約を締結した事実はない。したがって、そもそも本件管理契約が成立していないので、原告の損害額の主張については、認否に及ばない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、甲事件については、@ 本件契約により被告ピープロから原告に対し譲渡された本件作品の「放送権」には、有線放送及び衛星放送を行う権利は含まれないから、原告は、被告らに対して、放送権の侵害を理由とする損害賠償を求めることはできない、A 原告は、被告ピープロに対して、所有権に基づいて本件複製物等の引渡しを求めることもできない、と判断する。
 また、乙事件については、原告は、被告ピープロ及び同Aに対して、本件管理契約の債務不履行を理由として、原告主張の損害賠償を求めることはできない、と判断する。
 その理由は、以下に述べるとおりである。
2 争点1(本件契約により被告ピープロから原告に対し譲渡された本件作品の「放送権」には、有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれるか)について
(1)本件契約2条に定められた「放送権」に有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれるかどうかは、当該契約の当事者である原告と被告ピープロ及び同Aの契約の際の意思内容により決するものであるが、その意思内容を判断するに当たっては、本件契約2条の契約書(甲1)の条項全体との関係、対価との相当性、契約締結当時における著作権法の規定、有線放送・衛星放送の状況や業界慣行等の諸事情に加えて、本件契約締結に至った経緯や本件契約締結後における契約当事者の行動内容等をも総合的に考慮して判断するのが相当である。
(2)前記「前提となる事実等」欄(前記第2の3)記載の事実に証拠(甲1)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和53年、被告ピープロ、同Aとの間で本件契約を締結したこと、本件契約の契約書(甲1)においては、前記「前提となる事実等」欄(1)記載の各条項、特に、「被告ピープロは原告に対し、本件作品の著作権のうち日本国内全域における放送権を譲渡する。」(本件契約2条)、「原告は被告ピープロに対し、第2条による本件作品の著作権の一部譲渡の対価として1000万円を支払う。」(本件契約4条)という条項が存在することが認められるから、本件契約においては、被告ピープロが原告に対し、1000万円を対価として「本件作品の著作権のうち日本国内全域における放送権」が譲渡されたものと認められる。しかし、本件契約の契約書(甲1)には、「放送権」の意義を定めた条項は存在しない。
(3)本件契約においては、上記のとおり1000万円を対価として「本件作品の著作権のうち日本国内全域における放送権」が譲渡されたものであるので、1000万円という対価の額について、本件にあらわれた他の契約と比較して検討するに、証拠(甲1、丙1〜4)及び弁論の全趣旨によれば、次のア〜カの契約において、次のとおり対価が定められていることが、認められる。
ア 昭和52年10月1日、プランデルビジョン株式会社は被告ピープロに対し、映画のテレビ放映に関し「電人ザボーガー」全52話につき5年間「譲渡」を受けることの対価として、1300万円を支払うことを約した(甲1)。
イ 昭和50年12月9日、総合テレフイルム株式会社は被告ピープロに対し、「快傑ライオン丸」全54話及び「風雲ライオン丸」全25話のテレビ放映権の「譲渡」を受け、4年間の間に各局3回放映することの対価として、2607万円を支払うことを約した(甲1)。
ウ 平成元年9月1日、大倉商事は被告ピープロに対し、「快傑ライオン丸」26話のケーブルテレビ放映権の許諾を受け、3年間に6日以内放映することの対価として、187万5026円を支払うことを約した(丙1)。
エ 平成2年6月1日、大倉商事は被告ピープロに対し、「電人ザボーガー」26話のケーブルテレビ放映権の許諾を受け、5年間に6日以内放映することの対価として、260万円を支払うことを約した(丙2)。
オ 平成3年3月31日、大倉商事は被告ピープロに対し、「風雲ライオン丸」25話のケーブルテレビ放映権の許諾を受け、5年間に10日以内放映することの対価として、250万円を支払うことを約した(丙3)。
カ 平成4年3月2日、大倉商事は被告ピープロに対し、「電人ザボーガー」13話のケーブルテレビ放映権につき5年間許諾を受けることの対価として、130万円を支払うことを約した(丙4)。
 上記のア〜カによれば、アの契約においては52話のテレビ放映について本件契約(131話分)を上回る対価が定められており、イの契約においては79話のテレビ放映について4年間各局3回という放映条件にもかかわらず本件契約の2倍を上回る対価が定められていることが認められる。また、ウ〜カの契約は、本件契約の約10〜15年後に締結されたものであるが、その点をおいても、ケーブルテレビ放映権のみをそれぞれの放映条件の限定付きで許諾するという内容であるにもかかわらず、話数で単純に比較したとき本件契約について定められた対価を大きく上回っていることが認められる。これらによれば、本件作品131話分すべての「放送権」を、特に放映条件、放映期間の定めなく譲渡した対価として、「放送権」に地上波のみならず有線放送及び衛星放送を行う権利も含まれると解することは、これらの契約における対価の額、殊に本件契約の直近に締結された上記ア、イの契約における対価の額と比べて、あまりに均衡を欠くこととなる。
(4)契約締結当時の著作権法の規定や有線放送、衛星放送の状況、業界慣行
ア 著作権法は昭和53年法律49号により改正されているが、本件契約が締結された昭和53年当時において、上記改正の前後を通じて次の@〜Dの規定が存在していた(甲6、7参照)。
@ この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる(2条1項柱書)。
(ア) 放送 公衆によって直接受信されることを目的として無線通信の送信を行なうことをいう(2条1項8号)。
(イ) 有線放送 公衆によって直接受信されることを目的として有線電気通信の送信を行なうことをいう(2条1項17号)。
A 著作者は、その著作物を放送し、又は有線放送する権利を専有する(23条1項)。
B もっぱら放送事業者が放送のための技術的手段として製作する映画の著作物の著作権のうち次に掲げる権利は、映画製作者としての当該放送事業者に帰属する。
1 その著作物を放送する権利及び放送されるその著作物を有線放送し、又は受信装置を用いて公に伝達する権利(29条2項1号)
C 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、公に上演し、演奏し、口述し、若しくは上映し、又は有線放送することができる(38条1項本文)。
D 新聞紙又は雑誌に掲載して発行された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説は、他の新聞紙若しくは雑誌に転載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる(39条1項本文)。
 上記@〜Dによれば、本件契約締結当時の著作権法は「放送」と「有線放送」とを明確に区別して規定していたことが明らかである。
イ 証拠(甲20、乙2、3、証人得丸)及び弁論の全趣旨によれば、本件契約締結当時の有線放送、衛星放送の状況や業界慣行について、次の@、Aの事情が認められる。
@ 有線放送については、本件契約締結当時、既に難視聴解消のための放送のほか空きチャンネルを利用した自主放送が行われ、地域メディアとしての機能を果たすようになっていた。すなわち、昭和43年ころには、大規模、双方向、多チャンネルを特徴とする第3世代のケーブルテレビ局の開局の第1次ブームが起こっていた。第3世代のケーブルテレビは、第2世代と比べて対象世帯数が大きく、複数の市町村にまたがる場合もあるなど計画規模が大きい、双方向の機能がある、チャンネル数が多い、などの特徴を有していた。ただ、大勢としては、難視聴地域の解消のための無線放送の同時再送信を行うものと比べて、純粋に商業的な意味での有線放送はまだ少ないという状況にあった。
A 衛星放送については、本件契約締結当時は放送が行われていなかった。最も早いものであっても、本件契約締結時から約10年後の平成元年6月に放送が開始されたBS−4先発機(アナログ)によるNHK、WOWOWなどの放送を待たなければならない。
 上記@、Aによれば、本件契約締結当時、有線放送については既に地域メディアとしての機能を果たす規模で行われていたが、衛星放送については放送自体がまだ行われていなかったと認められる。
(5)上記の(2)〜(4)によれば、本件契約の「放送権」の文言については、契約書(甲1)中に定義されていないので、契約の際の当事者の合理的意思を認定すべきところ、本件契約において対価として定められた1000万円という金額で、本件作品131話分すべてにつき、特に放映条件、放映期間の定めなく地上波放送のみならず衛星放送及び有線放送を行う権利も譲渡したと解することは、その前後における契約での対価の額とあまりにかけ離れたことになり、また、本件契約締結当時の著作権法が「放送」と「有線放送」とを明確に区別して規定していること、有線放送については本件契約締結当時既に地域メディアとしての機能を果たす規模で行われていたものの、大勢としては難視聴地域の解消のための無線放送の同時再送信を行うものが多かったこと、衛星放送については放送自体がまだ行われていなかったことが、それぞれ認められる。また、被告Aは、本人尋問において、本件契約の締結の際には、有線放送、衛星放送については認識になかった旨を明確に供述しているものであって、これらの事情を総合すれば、本件契約の「放送権」は地上波放送のみを指すものであって、有線放送や衛星放送を行う権利は含まれていないと解するのが、契約当事者の意思に合致するというべきである。
 そもそも原告は、本件契約において、有線放送を行う権利をも譲渡の対象にしたいと考えていたのであれば、契約書に「放送権」とのみ記載するだけでなく、有線放送を行う権利も譲渡対象となっている旨を明記することが容易にできたはずであるのに、それをしていないのであって、この点に照らしても、本件契約の対象については、上記のように認定するのが相当である。
(6)この点について、原告は、本件契約締結時、被告ピープロは資金的に切迫した状況にあったから、譲渡の対象の権利を拡大してでも本件契約を締結して1000万円の対価を得たいと考えており、原告としても本件作品について譲り受ける権利を最大限にしたいと考えていたものであるから、本件契約の対象には、有線放送及び衛星放送を行う権利が含まれていると主張し、それを根拠づける事情として、本件作品の著作権については既に2社が権利を有しており、それらの会社の権利が消滅して初めて原告が権利行使することができるものであったこと、被告ピープロの代表者である被告Aは本件契約の締結を必死に懇願し、本件作品について「ネガごと」譲渡することや著作権のうち譲渡しない部分についても利用管理権を与えることを提案して本件契約締結に至ったこと、原告は本件契約締結後第三者に本件作品の有線放送を許諾したが、被告ピープロの代表者である被告Aは異議を述べなかったこと、日常用語の「放送」は有線放送、衛星放送を含むものとして使用されていることを主張する。
 しかしながら、たしかに証拠(被告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件契約締結当時、被告ピープロが資金的に逼迫していたことは認められるものの、上記(3)に認定したように1000万円という対価は有線放送を行う権利及び衛星放送を行う権利をも対象として譲渡したというには低廉にすぎる金額であるし、本件作品について既に2社の権利が設定されているといっても、それは原告の権利行使の始期が繰り下がるということにすぎない。原告による第三者への本件作品の有線放送の許諾についても、被告Aがこれを知っていたと認めるに足りる証拠はない。また、日常用語の「放送」の意味するところのみをもって、本件契約における「放送権」の語の意義を決することができないことも明らかである。
 また、原告は、当時の著作権法において有線放送事業者についての規定がなかったこと、放送事業者がその放送を受信して再放送し、又は有線放送する権利を有していたことを指摘して、こうした法律の状況下では本件契約の当事者の念頭にあり得たのは、放送事業者の行う放送とその著作隣接権としての有線放送のみであったから、放送事業者に権利を与えるときは、有線放送権を除外するという意識を持つことはできなかったと主張する。しかし、放送事業者が無線放送を行う権利と共に有線放送権も有していたことはたしかであるにしても、ただそれだけを根拠に著作権法上「放送権」といえば有線放送権をも当然含むということができないのは、言をまたない。しかも、上記(4)のとおり、本件契約締結当時の著作権法においては、有線放送権が無線放送権と区別して明確に規定されていたものであるから、原告主張のように、本件契約の当事者の念頭にあり得たのが放送事業者の行う放送とその著作隣接権としての有線放送権のみであったと断ずることはできない。原告が挙げる著作権法68条、92条の各規定も、その規定の内容をみても、「放送」といえば当然に有線放送をも含むということの根拠となるものではない。原告は、被告ピープロは著作権者として無線放送権を譲渡するに当たりその権利にそのころの慣行で事実上付帯している有線放送の権利を除外することをしなかったと主張するが、これに沿う甲2(原告第二配給部部長C作成の報告書)は、乙9(広告代理店代表者D作成の陳述書)及び弁論の全趣旨に照らし信用することができず、その他に、そのような慣行が存在したことを認めるに足りる証拠もない。
 さらに原告は、当時の有線放送のほとんどは、放送事業者の有する著作隣接権としての有線放送権の行使により、有線放送業者に無線放送事業者が許諾するという形で、無線放送の転送として行われていたと述べるが、上記(4)に認定したところによれば、有線放送については本件契約締結当時においても既にケーブルテレビ局が地域メディアとしての機能を果たすような規模で行われていたと認められるものである。
 以上によれば、原告の主張はいずれも採用することはできず、原告提出の各証拠(甲2、12、13、24、証人Eその他の各証拠)についても、上記(5)の認定に沿わない部分については、採用することができない。
3 以上によれば、争点2〜5について判断するまでもなく、甲事件のうち原告の被告らに対する1500万円の損害賠償請求については、理由がない。
4 争点6(原告は、被告ピープロに対して、所有権に基づき本件複製物等の引渡しを求めることができるか)について
(1)前記「前提となる事実等」欄(前記第2の3)記載の事実によれば、本件契約(甲1)の7条1項には、「被告ピープロは本件契約に基づく被告ピープロの債務を担保するため、本件作品のネガフイルム、インターネガ等作品に関連するフイルム類一切の所有権及び占有を原告に移転する。但し、原告は被告ピープロが当該フイルム類を原告の第2条による権利の行使及び保全を妨げない範囲で自己の費用で利用することを許可せねばならない。」と規定されている。また、証拠(甲5、被告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告ピープロは、実際に約10回にわたって本件作品のネガフイルム等を原告から借り出し、海外売りやレーザーディスク、ビデオの製作、第三者に対する本件作品のキャラクターの利用許諾などを行ったことが認められるところ、そうした被告ピープロの行為に対して原告が異議を述べた形跡は何ら窺われない。
(2)上記によれば、本件契約7条1項本文には「本件契約に基づく被告ピープロの債務を担保するため」と明確に記載されており、また、同項但書によれば、原告は、同項に基づいて被告ピープロから占有の移転を受けたネガフイルム等については、同被告の利用が可能なようにこれを保持する義務を負い、これを毀滅したり、第三者に譲渡することなどはできないものであるから、本件契約7条1項の趣旨は、原告による地上波放送の便宜と本件作品が第三者により放送されることを防止するための担保として、ネガフイルム等を原告において保管することを約したものにすぎず、これらのネガフイルム等の所有権を原告に移転することを定めたものではないと解するのが相当である。
(3)以上によれば、甲事件において、本件契約7条1項に基づいて本件複製物等の所有権を取得したとして、被告ピープロに対して、所有権に基づく物上請求として本件複製物等の引渡しを求める原告の請求は、本件複製物等が本件契約7条1項に定める対象に含まれるかどうかを判断するまでもなく、その前提を欠くものであって、理由がない。
5 争点7、8(本件管理契約の成否。原告の損害の内容・額)について
(1)前記「前提となる事実等」欄(前記第2の3)記載の事実によれば、本件契約(甲1)の9条には、「被告ピープロは、作品の放送権の原告への譲渡に関連し、被告ピープロが保有する作品の著作権(原告に譲渡した部分を除く)の利用管理を原告に委託し、原告はこれを受託した。受託条件、費用、利用方法は原告・被告ピープロ間で別途協議して定める。」と定められている。同条項は、原告と被告ピープロが、受託条件、費用、利用方法を将来別途協議して定めることとしているものであって、これによれば、同条項は、本件作品の著作権に関して、第三者に対して利用を許諾する場合には、その都度、個別に、その対象となる権利の種類・範囲、原告の代理権等の権限の範囲、原告の報酬額、当該著作権の第三者による利用態様等を具体的に合意することを予定しているものと、解するほかはない。また、本件契約締結後における原告の行動を見ても、原告においては、本件作品に関して、ビデオやレーザーディスク、DVDに収録してレンタルショップにおいて賃貸し、一般消費者に販売することや、登場人物のキャラクターの商品化などの利用を、第三者に対して売り込むなどの行動を一切していないが(被告A本人、証人E)、このように原告において本件作品の著作権の管理権限を前提とする行動を一切行っていないことからは、原告においても、本件契約の締結のみでは、原告が本件作品の利用につき管理者としての義務を負担するものではないと認識していたことが認められるものである。
(2)上記の事情によれば、本件契約は、管理委託契約の本質的要素というべき受託条件、費用、利用方法については何ら定めておらず、これらの点については、別途、個別に合意することを予定しているものであるから、本件契約の締結によって、原告と被告ピープロとの間に、本件作品の著作権全般を対象とする管理委託契約が直ちに成立したと評価することは、到底できない。すなわち、本件作品の著作権に関して、管理委託契約が成立するのは、個別の案件について、原告と被告ピープロとの間で、その対象となる権利の種類・範囲、原告の代理権等の権限の範囲、原告の報酬額、当該著作権の第三者による利用態様等につき具体的に合意が成立した時点というべきである。
 本件契約9条は、将来、本件作品の著作権に関して第三者との間で利用許諾が問題となった場合に、原告以外の者に仲介・代理等を委任せずに、原告に対してこれを委任することを、双方で合意したというにとどまるものであって、契約当事者の任意の履行に期待する、いわゆる紳士条項であり、これにより契約当事者に具体的な権利義務を発生させるものではない。
 したがって、被告ピープロが本件作品に関して直接第三者との間で利用許諾契約を締結したからといって、原告において、直ちに、債務不履行を理由として、その主張のような相場による仲介料と同額の損害賠償を、被告ピープロに対して請求できるものではない。
(3)原告は、本件管理契約において契約の成立に必要な確定性は存在していると主張するが、上記(2)において認定したとおり、本件管理契約においては、受託条件、費用、利用方法について定められておらず、これらについて当事者の意思を推知するための手がかりも一切認められないのであるから、原告の主張は採用できない。
 原告は、これらの要素は相場に基づいて定める旨が当事者間で合意されたということを主張するが、上記認定のとおり、本件においては、契約書上、契約の本質的要素について全く定めを欠き、当事者の意思を推知するための手がかりも一切認められないものであるから、原告主張のような合意が成立していたと認定することもできない。また、原告は、合理的範囲で爾後に意思決定が期待できる要素について当事者が意思形成を後に延ばした場合であっても、契約成立を望んだ当事者の意思が明瞭なときは、一部不確定要素については爾後に決定することとし、大枠は決定したものとみなして契約は成立すると主張するが、このような法律上の主張は、独自の見解であって採用する余地がないし、加えて、本件においては、本件契約締結後に当事者間で受託条件、費用、利用方法についての協議すら行われていないものであるから、原告の主張はその前提をも欠くものである。原告は、具体的内容決定につき当事者間で合意に達しなくても裁判所が双方当事者の申立てを基礎として決定することができるとも主張するが、そのような見解は、独自のものであって、到底採用することができない。
 また、原告は、本件において原告は直接的に仲介料(コミッション)の支払を請求しているわけではなく、被告ピープロが、原告が被告ピープロから得るべき手数料額を相場の範囲内で原告と協議して決定する義務を怠ったことについての債務不履行に基づく損害賠償の支払を請求しているものであると述べる。しかしながら、原告が個別の案件において本件作品の利用に関して第三者との間で交渉を行うなどの具体的行為を行っていたにもかかわらず、被告ピープロが原告を介さずに、他の者を介し、あるいは直接当該第三者との間で利用許諾契約を締結したような場合に、原告が実際に出費した費用等を信頼利益として賠償を求めることができるのは格別、本件のような事実関係の下において、被告ピープロが本件作品に関して直接第三者との間で利用許諾契約を締結したからといって、それだけで直ちに、原告において債務不履行を理由として、その主張のような相場による仲介料と同額の損害賠償を、被告ピープロに対して請求できるものではない。
(4)以上によれば、乙事件における原告の被告ピープロ及び同Aに対する請求は、理由がない。
6 結論
 以上によれば、甲・乙事件における原告の各請求は、いずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 和久田道雄
 裁判官 田中孝一
line
 
日本ユニ著作権センター
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