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【事件名】情報公開委員会の公募作文公開請求事件 【年月日】平成14年9月27日 東京地裁 平成14年(行ウ)第119号 文書非開示決定取消請求事件 判決 主文 1 被告が平成13年8月8日付けで原告に対してした、「情報公開委員会公募委員応募者の小論文」(ただし、氏名、住所、生年月日及び電話番号を除いた部分)を非開示とする旨の決定は、別紙2(1)及び(4)の各記述部分を非開示とした部分を除いて、これを取り消す。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告が平成13年8月8日付けで原告に対してした、「情報公開委員会公募委員応募者の小論文」(ただし、氏名、住所、生年月日及び電話番号を除いた部分)を非開示とする旨の決定を取り消す。 第2 事案の概要 本件は、武蔵野市の住民である原告が、武蔵野市情報公開条例に基づき、武蔵野市情報公開委員会の公募委員に係る選考委員会の委員名簿、選考基準に関する文書及び応募者全員の小論文の公開を求めたところ、被告が、上記小論文について、同条例9条2号に定める非開示情報に該当することを理由として、非開示とする旨の決定をしたことから、原告がこれを不服として、上記決定の取消しを求めている事案である。 1 本件条例の定め等 (1) 武蔵野市情報公開条例(平成13年武蔵野市条例第5号。以下「本件条例」という。)7条は、何人も、本件条例の定めるところにより、実施機関に対し、行政文書の開示を請求することができる旨規定し、本件条例9条は、実施機関は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に同条各号のいずれかに該当する情報(以下「非開示情報」という。)が記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない旨規定する。 (2) そして、本件条例9条2号は、次のとおり非開示情報を定めている。 「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。 ア 法令等の規定により、又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報 イ 人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報 ウ 当該個人が公務員(国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員及び地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員をいう。)である場合において、当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは、当該情報のうち、当該公務員の職及び当該職務遂行の内容に係る部分」 (3) また、本件条例9条6号は、次のとおり非開示情報を定めている。 「市の機関又は国若しくは他の地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの ア 監査、検査、取締り又は試験に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ イ 契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国又は地方公共団体の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ ウ 調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ エ 人事管理に係る事務に関し、その公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ」 (4)ア なお、本件条例28条1項は、武蔵野市の情報公開制度その他情報公開の推進に関する事項について、審議し、又は実施機関に意見を述べるため、武蔵野市情報公開委員会(以下「情報公開委員会」という。)を設置する旨規定し、同条2項は、情報公開委員会について、市長が委嘱する委員7人以内をもって組織する旨規定する。 そして、武蔵野市情報公開委員会規則(以下「本件規則」という。)2条2項は、情報公開委員会の委員のうち、2人以内を一般公募により選任するものと定めている。 イ さらに、武蔵野市情報公開委員会公募委員選考委員会設置要綱(以下「本件要綱」という。)は、1条において、情報公開委員会の公募委員を厳正かつ公平に選考するため、武蔵野市情報公開委員会公募委員選考委員会(以下「選考委員会」という。)を設置することを規定する。そして、本件要綱は、選考委員会が、公募に応じた者が提出した小論文の評価を行い、その結果を市長に報告すること(2条1項)、選考委員会は、「趣旨の的確性、明確性」、「文章構成の論理性」、「見識の妥当性」及び「真し性」を基準に小論文を評価すること(同条2項)、選考委員会は、総務を担当する助役、総務部長及び文書課長の職にあるものをもって組織すること(3条1項)等を規定している(甲6)。 2 前提となる事実(いずれも当事者間に争いがない。) (1) 武蔵野市は、平成13年6月15日付け市報において、本件規則に基づき、情報公開委員会の委員を募集した。上記市報によれば、上記委員の応募資格は、同市内に在住し、夜間の会議に出席することができる20歳以上の者であり、「市の情報公開に望むこと」と題した800字以内の作文(小論文)を同市に送付した者の中から、同市助役を委員長とする選考委員会が委員を選考することとされている。 (2)ア 原告は、平成13年6月30日付けで、被告に対し、武蔵野市情報公開委員会の公募委員の選考委員会の委員名簿、選考基準に関する文書及び応募者全員の小論文(ただし、氏名、住所、生年月日及び電話番号を除いた部分。以下「本件小論文」という。)の開示を請求した。 イ これに対し、被告は、平成13年8月8日付けで、原告に対し、原告が開示を請求した上記各文書のうち、本件要綱の全部を開示し、情報公開委員会公募委員の小論文評価順位表(以下「本件順位表」という。)については、応募者の氏名及び年齢を除いて開示したが、本件小論文については、個人に関する情報で、特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるため、本件条例9条2号に該当するとして、これを非開示とする旨の決定をした(以下、被告がした本件小論文を非開示とする旨の上記決定を「本件決定」という。)。 (3) 原告は、本件決定を不服として、平成13年10月4日付けで、被告に対し、異議申立てをした。これに対し、被告は、同月10日、上記異議申立てについて、武蔵野市情報公開・個人情報保護審査会に諮問した。 被告は、同審査会に対し、同月29日付けで、「行政文書非開示の理由及び不服申立てに対する意見書」を提出したが、その中で、本件小論文を非開示とする理由として、既に一部開示された本件順位表と照合することにより、各選考委員の具体的な評価が明らかになり、今後の同種の選考に当たって、その公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすこと、また、本件小論文が公表を前提としていないため、これが開示されれば、応募者と市との信頼関係が損なわれ、今後同種の事務事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることから、本件小論文が本件条例9条6号に該当することを追加して主張した。 その後、同審査会は、平成14年2月1日付けで、被告に対し、本件決定が相当である旨の答申を行い、被告は、同月6日付けで、上記異議申立てを棄却する旨の決定をした。 3 当事者双方の主張 (被告の主張) (1) 本件小論文の本件条例9条2号該当性について ア 本件小論文には、別紙2のとおり、応募者の地域活動の経歴又は武蔵野市との関わり等が記述されている部分があり、これらの記述部分から特定の個人を識別することができるから、上記部分は、本件条例9条2号に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当する。 そして、本件小論文から上記記述部分を除いた場合、本件小論文の文脈が絶たれ、応募者の意見が正しく伝わらない可能性があるとともに、著作物の同一性に関する著作者の人格的利益を害することになるから、結局、本件小論文は、全部開示できないというべきである。 イ 本件小論文のうち、自書のものについては、その筆跡から特定の個人を識別することができるから、本件条例9条2号に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当する。 ウ 本件小論文は、武蔵野市が、もっぱら情報公開委員会の公募委員の選考資料として提出を受けたものであり、その内容は、情報公開制度その他情報公開の推進に関し、応募者が個人の意見、理念等を自由かつ独自に表明して記述したものである。 このように、本件小論文は、公表を予定しないものであるうえ、応募者の人格に密接に関わる内容を有する未公表の著作物であるから、これを公表すれば、著作者である応募者の人格的利益を害するおそれがある。 したがって、本件小論文は、公にすることにより個人の権利利益を害するおそれがあるから、本件条例9条2号に該当する。 (2) 本件小論文の本件条例9条6号該当性について ア 本件小論文を開示すれば、本件小論文及び既に一部開示された本件順位表に同一の審査番号が付されていることから、本件小論文と本件順位表を照合することにより、各選考委員の具体的評価が明らかになる。そうすると、応募者又はその関係者等から、選考委員の評価に対する批判や非難が出ることが予想され、選考委員に過度の心理的負担が生じるなど、その自由公正な評価事務に影響が生じ、今後同種の選考に当たって、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある。 したがって、本件小論文は、本件条例9条6号エに該当する。 イ また、本件小論文は、元来公表することを前提としていないため、本件小論文をこれに対する評点及び順位とともに開示すれば、応募者の意思に反することとなり、応募者と武蔵野市との信頼関係が損なわれることとなるから、今後同種の事務事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある。 したがって、本件小論文は、本件条例9条6号に該当する。 (原告の主張) (1) 本件小論文が本件条例9条2号に該当しないこと ア 原告は、選考委員がどのような応募論文にどのような評価を与え、情報公開委員会の委員として適格と判断したかに関心があるのであって、本件小論文を誰が書いたかについては、何の関心もない。 したがって、原告は、応募者の氏名、生年月日、住所及び電話番号について、開示を求める意思はない。また、記載の内容から個人が識別できる可能性がある場合には、当該記載部分を除いて開示することが相当である。 イ もっとも、被告は、本件小論文について、応募者の地域活動の経歴又は武蔵野市との関わり等の記述から、特定の個人を識別できるところ、本件小論文からこれらの記述を除いた場合、応募者の意見が正しく伝わらない可能性があり、著作物の同一性に関する著作者の人格的利益を害するとして、本件小論文が全部開示できないと主張する。 しかし、被告は、本件決定に対する異議申立手続の過程で、武蔵野市情報公開・個人情報保護審査会に対し、選考委員が本件小論文を評価する際、応募者の地域活動の経歴の部分は伏せてあり、選考委員は上記部分を読んでいないと主張していたのであって、上記部分を伏せた場合に応募者の意見が正しく伝わらないとすれば、選考委員による選考が公正に行われたとする被告自身の主張と矛盾することになるから、被告の上記主張は失当である。 ウ また、被告は、本件小論文のうち自書のものについて、筆跡により個人を識別できることから、本件条例9条2号に該当すると主張するが、本件小論文に自書のものが存在するとしても、その筆跡から特定の個人を識別することは事実上不可能であるし、原告としては、別途書き写した小論文を開示しても構わないのであるから、被告の上記主張は失当である。 エ さらに、被告は、本件小論文を公にすることにより、個人の権利利益を害するおそれがある旨主張する。 しかし、自ら進んで情報公開委員会の委員に応募し、情報公開についての考え方を武蔵野市に示した内容が、公にされることにより、個人の権利利益を害するとはいえないし、本件小論文を公開しても、その作成者が識別できない以上、原則として、作成者の人格的利益を害するおそれがあるとはいえない。 加えて、本件小論文は、著作権法上の「著作物」に該当せず、仮に、これに該当したとしても、同法18条3項により、著作者は地方公共団体が当該著作物を情報公開条例の規定により公衆に提供し、又は提示することに同意したとみなされるのであるから、著作者人格権としての公表権を理由に、文書を非開示とすることはできない。 (2) 本件小論文が本件条例9条6号に該当しないこと ア 被告は、本件小論文を開示した場合、本件小論文を本件順位表と照合することにより、各選考委員の具体的評価が明らかになることから、選考委員に過度の心理的負担が生じ、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある旨主張する。 しかし、情報公開委員会の委員の選考が厳正公平に行われたとすれば、何のおそれもなく市民の検証にさらせばよいのであるから、各選考委員の具体的評価が明らかになることをもって、過度の心理的負担であるということはできない。 また、そもそも情報公開は、行政の判断及び決定を広く世間に知らしめ、市民の視点による検討及び批判を受けることを想定している制度であり、行政に対する批判や非難が出ること自体を不都合とするのであれば、情報公開の推進などあり得ないのであって、被告の上記主張は失当というべきである。 イ 被告は、本件小論文を公開すれば、応募者との信頼関係を損ねると主張する。 しかし、本件小論文を選考委員会に提出することは、公に述べることに等しいのであって、武蔵野市には述べることができても、広く市民に言えないということはない。 また、本件では、応募者の個人識別ができないことが前提であるから、本件小論文の内容を公開することにより、応募者との信頼関係を損ねることは想定できない。 そして、応募者と被告との信頼関係は、公正で合理的な選考がされてこそ築かれるものであることからすれば、本件小論文を公開して、どのような意見にどのような評価を行ったかを明らかにすることが、応募者の信頼関係に応えるものというべきである。 したがって、被告の上記主張は、理由がない。 4 争点 以上によれば、本件の争点は、次のとおりである。 (1) 本件小論文が、本件条例9条2号に規定する非開示情報に該当するか否か。 (争点1) (2) 本件小論文が、本件条例9条6号に規定する非開示情報に該当するか否か。 (争点2) 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件条例9条2号該当性)について (1)ア 弁論の全趣旨によれば、本件小論文には、別紙2(1)ないし(4)のとおりの記述部分が存することが認められるところ、これらの各記述部分が、本件条例9条2号に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当するか否かについて検討する。 a 別紙2(1)の記述部分によれば、当該小論文を作成した応募者が、ある特定の時点において、公知の団体の会長に就任した者であることが明らかであるところ、この情報は、当該応募者個人に関する情報であって、これにより、特定の個人である当該応募者を識別することが可能であるから、上記記述部分は、本件条例9条2号に該当すると認められる。 b 別紙2(2)の記述部分によれば、当該応募者が某学会の一員であることが明らかであるものの、この情報のみによって、特定の個人を識別することが可能であるということはできず、また、他の情報と照合することにより特定の個人を識別することが可能であることを認めるに足りる証拠はないから、上記記述部分は、本件条例9条2号本文に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当するということはできない。 c 別紙2(3)の記述部分によれば、当該応募者が公文書の開示請求をしたこと及び当該公文書の内容が明らかであるものの、この情報のみによって、特定の個人を識別することが可能であるということはできず、また、他の情報と照合することにより特定の個人を識別することが可能であることを認めるに足りる証拠はないから、上記記述部分は、本件条例9条2号本文に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当するということはできない。 d 別紙2(4)の記述部分は、当該応募者個人に関する情報であり、この記述部分によれば、当該応募者が武蔵野市議会に陳情を行ったこと及び陳情の内容が明らかであるところ、武蔵野市において、数名の者が共同して市議会に陳情を行った場合、市議会議事録に陳情の代表者の氏名が記載されること、及び、当該応募者が陳情の代表者であること(いずれも当事者間に争いがない。)に照らせば、上記記述部分と市議会議事録と照合することにより、当該応募者が誰であるかを識別することが可能であるから、この情報は、本件条例9条2号に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当するというべきである。 イ ところで、被告は、本件小論文から別紙記述目録記載の各記述部分を除くと、本件小論文の文脈が絶たれ、応募者の意見が正しく伝わらない可能性があり、著作物の同一性に関する著作者の人格的利益を害するから、結局、本件小論文は全部開示できない旨主張する。 この点、本件小論文は、各応募者が、「市の情報公開に望むこと」との表題の下に、その意見、理念等を創作的に表現したものであって、著作権法にいう著作物に当たるというべきであり、著作者には、著作物の同一性を保持する権利が認められるものの、本件小論文を開示するに当たり、上記各記述部分を除外することは、著作物の利用の態様に照らしやむを得ないと認められる改変というべきであるから(著作権法20条2項4号)、これによって、著作物の同一性に関する著作者の人格的利益を害するということはできない。 したがって、被告の上記主張は、理由がないといわざるを得ない。 (2) さらに、被告は、本件小論文のうち、自書のものについては、その筆跡から特定の個人を識別することができるとして、本件条例9条2号に規定する「個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの」に該当する旨主張するが、一般に、個々人の筆跡は、格別の事情がない限り、第三者が知り得るものでないことからすれば、情報公開委員会の委員への応募資格を有する者の中から筆跡に基づいて特定の個人を識別することは、実質的に不可能なことが明らかであるから、原告の上記主張は失当である。 (3) 被告は、本件小論文が元来公表されることを予定していないうえ、応募者の人格に密接に関わる内容を有する未公表の著作物であるから、被告がこれを勝手に公表すれば、個々の小論文を作成した著作者の有する公表権としての人格的利益を害するとも主張するが、本件小論文は、著作権法18条3項の規定により、著作者は地方公共団体が当該著作物を情報公開条例の規定により公衆に提供し、又は提示することに同意したとみなされることからすれば、被告の上記主張は、理由がないというべきである。 したがって、本件小論文は、公にすることにより応募者の人格的利益を害するおそれがあるから、本件条例9条2号に該当する旨の被告の主張は、理由がない。 2 争点2(本件条例9条6号該当性)について (1)ア 被告は、本件小論文を開示した場合、本件小論文と本件順位表を照合することにより、各選考委員の具体的評価が明らかになることから、選考委員に過度の心理的負担が生じ、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあるとして、本件小論文が、本件条例9条6号エに該当する旨主張する。 イ そこで検討するに、前記「前提となる事実」、証拠(甲3、6、7)及び弁論の全趣旨によれば、本件小論文及び本件順位表に関し、次の事実を認めることができる。 a 武蔵野市の平成13年6月15日付け市報には、同年7月1日から施行される本件条例に基づいて新たに設置される情報公開委員会の委員7名のうち、2名を公募する旨の記事が掲載されている。この記事には、情報公開委員会の役割に関する説明に加え、委員の応募資格が、同市内に在住し、夜間の会議に出席することができる20歳以上の者であること、委員は、「市の情報公開に望むこと」と題した800字以内の作文(小論文)を同市に送付した者の中から、同市助役を委員長とする選考委員会が選考すること等が記載されている。 b 本件要綱によれば、総務を担当する助役、総務部長及び文書課長の職にある者をもって組織される選考委員会が、応募者が提出した小論文について、「趣旨の的確性、明確性」、「文章構成の論理性」、「見識の妥当性」及び「真し性」を基準に評価することとされているところ、実際の評価においては、上記各評価項目ごとに25点ずつが割り当てられ、合計100点満点とされており、各選考委員は、各小論文について、上記各評価項目ごとに、25点を満点とし、10点ないし20点を標準的な採点として、採点を行い、選考委員会は、各選考委員の採点の合計点の平均値をもって、総合順位を判断している。 また、各選考委員は、各小論文に記載された応募者の住所、氏名、生年月日、電話番号、小論文のテーマに関係ない記述及び収受印を伏せた状態で、本件小論文に対する採点を行った。 c 本件順位表のうち一部開示された部分においては、上記公募に対し、12名の応募者が小論文を提出したことに加え、各応募者の提出した小論文の審査番号、各小論文に対する各選考委員の上記各評価項目ごとの採点、合計点及びその平均値、応募者の総合順位等が明らかにされている。 また、本件順位表の一部開示により明らかにされた各小論文の審査番号は、本件小論文に付された審査番号と共通している。 ウ そこで、以上の事実に基づいて、被告の前記アの主張について判断する。 a 前記イcの事実によれば、本件小論文を開示した場合、これと既に一部開示された本件順位表とを照合することにより、各選考委員がどのような内容の小論文に対し、上記各評価項目ごとにどのような採点をしたかが明らかになり、応募者自身の請求に応じて本件小論文を開示した場合には、自己の提出した小論文に対する採点が判明することが認められる。そうした場合、各選考委員による採点に不満を抱いた応募者及びその関係者、その他採点に関心を有する者等から、各選考委員の評価に対する批判、非難等が出ることが予想され、殊に、「見識の妥当性」及び「真し性」といった、選考委員の識見、思想、価値観といった主観的な要素が反映され易い評価項目における評価に対しては、批判、非難等が生じ易いものと考えられる。 このようなことからすれば、本件小論文を開示した場合、今後選考委員が応募者の小論文を評価するに当たり、精神的な負担を感じる可能性があることは、想像に難くないところであり、このような精神的な負担が選考委員による小論文の評価に影響を与えることも、想定されないわけではない。 b しかしながら、本件小論文を開示すれば、各選考委員による個々の小論文の各評価項目に対する採点が公にされることにより、情報公開委員会の公募委員という、公募による公の職務の選任過程に関する評価の透明性が確保されるとともに、各選考委員が採点に際して熟慮の上で慎重な判断を行い、公正な評価を行うことがより強く担保される側面を有することも、否定できないところである。 また、前記イで認定した各事実を踏まえれば、本件小論文の各評価項目における評価が、あくまで「市の情報公開に望むこと」に関する小論文に顕れた範囲で、情報公開委員会の公募委員を選任するという限定的な目的で行われるものであることや、各選考委員が、応募者個人を識別できる情報を除いた形で各小論文を採点していることからすれば、選考委員の評価に対する批判等があったとしても、これが各選考委員に対する感情的、個人的なものとなる可能性は低いものと考えられ、他方において、各選考委員が、応募者個人を識別できる情報を除いた形で各小論文を採点していることを前提とすれば、本件小論文の開示が認められたとしても、各選考委員は、今後も、応募者からの個別的、具体的な批判を強く意識することなく、小論文の評価を行うことが可能であると考えられる。 加えて、各選考委員の小論文に対する評価は、各評価項目とも25点を満点とし、10点から20点の範囲を標準として、点数という計数的な形で行われることとされていることに照らしても、本件小論文が開示された場合に、今後、選考委員が小論文を評価する際、評価に対する批判等を意識することにより、具体的、現実的な影響を受ける余地が大きいとはいえないと考えられる。 c したがって、以上の諸事情を総合考慮すれば、本件小論文を開示することにより、今後、各選考委員が応募者の小論文を採点するに当たり、前記aのとおり、評価に対する批判等による精神的な負担を受けることが想定されるとしても、前記bの諸事情に照らせば、そのような精神的な負担が、選考委員の立場にある者に対し、一般的に、当該小論文の評価事務の公正を歪めたり、評価事務の遅滞を招くことによりその円滑な遂行を妨げるような強い心理的規制を及ぼす程度に至るものであると認めることはできない。 また、本件小論文が開示されることにより、選考委員による今後の小論文の評価が影響を受ける可能性が想定されないわけではないとしても、本件小論文が開示されることにより、選考委員の慎重な判断による公正な評価が担保される面があることも否定できないことや、本件小論文の評価に対する批判等が予想されることによる精神的な負担が上記の程度であると考えられることに照らせば、本件小論文を開示することにより、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれが存するとまでは認めることができない。 d 以上のとおり、本件の事実関係を前提とすれば、本件小論文を開示することにより、各選考委員の具体的評価が明らかとなり、選考委員に精神的な負担が生ずることにより、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれが存するとまではいうことができないから、被告の前記アの主張は、理由がないというべきである。 (2)ア 被告は、元来、公表することを前提としていない本件小論文を、これに対する評点及び順位とともに開示すれば、応募者の意思に反することとなり、応募者と武蔵野市との信頼関係が損なわれ、今後同種の事務事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとして、本件小論文が本件条例9条6号に該当する旨主張する。 イ しかしながら、被告が、本件小論文を公表することを想定していなかったことは、弁論の全趣旨から窺われるものの、本件の全証拠をもっても、本件小論文を公表しないことを事前に表明したり、応募者に約束したりした事実は認められない。 また、武蔵野市の情報公開委員会が、本件条例の制定により新たに設けられたものであることは、前記(1)イaのとおりであり、公募委員の募集及び応募者による小論文の提出も初めて実施されたのであるから、応募者が過去において小論文が公表されない扱いとされてきたことを前提として本件小論文を提出したという事情も存在しない。 このようなことからすれば、仮に本件小論文を提出した応募者において、本件小論文が開示されることを想定していなかったとしても、本件条例に基づいてこれを開示することにより、応募者と武蔵野市との信頼関係が損なわれるということはできない。 加えて、本件小論文の表題、作成目的等に照らせば、本件小論文の記載内容が公表されることを前提とするか否かによって相違を生じる可能性が高いとはいえないこと、前記のとおり、本件小論文を本件順位表とともに開示したとしても、応募者の著作者人格権の侵害とはいえないことに照らしても、本件小論文を本件順位表とともに開示することにより、応募者と武蔵野市との信頼関係を害し、今後における小論文の評価事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるということはできない。 ウ したがって、前記アの理由により、本件小論文が本件条例9条6号に該当する旨の被告の主張は、理由がないといわざるを得ない。 第4 結論 1 以上によれば、本件小論文のうち、別紙2(1)及び(4)の各記述部分(以下、これらの各記述部分を「本件個人情報」という。)は、いずれも本件条例9条2号の非開示情報に該当するものの、その余の部分については、本件条例の規定する非開示情報に該当するということはできない。 2 なお、開示請求に係る行政文書に本件条例9条2号の情報(特定の個人を識別することができるものに限る。)が記載されている場合において、当該情報のうち、特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは、当該部分を除いた部分は、同号の情報に含まれないものとみなして、本件条例10条1項の規定が適用されるところ(同条2項)、本件小論文の場合、本件個人情報を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるから、本件個人情報を除いた部分を、同号の情報に含まれないものとみなした上で、本件条例10条1項の規定が適用されることとなる。 そして、本件条例10条1項は、実施機関は、開示請求に係る行政文書の一部に非開示情報が記録されている場合において、非開示情報に係る部分を容易に区分して除くことができ、かつ、区分して除くことにより当該開示請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときは、当該非開示情報に係る部分以外の部分を開示しなければならない旨規定するところ、本件小論文の場合、本件個人情報を容易に区分して除くことができ、かつ、その余の部分を開示した場合に、原告が本件小論文の開示を請求した意義が失われるとはいい難く、原告による上記開示請求の趣旨が損なわれることがないというべきであるから、本件小論文は、本件個人情報を除いて、これを開示すべきこととなる。 3 よって、原告の請求は、本件決定のうち、本件個人情報を除く本件小論文を非開示とした部分を取り消す限度において理由があるが、その余は失当であるから、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第2部 裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子 (別紙2) 本件論文中、応募者の地域活動の経歴又は武蔵野市との関わり等が記述されている部分について (1) 平成○○年市内の公知の団体(注:論文には、年及び団体の名称が記載されている。)の会長に就任して仕事をすることになり、多くの方々との接点の中多くの情報を耳にしました。 (1名) (2) 某学会(注:論文には、学会の名称が記載されている。)の一員として研究会や事例発表会等で学んでいる中から市の情報公開についておもうことは・・・。 (他の1名) (3) ある公文書の開示請求をしました。すべての書類に延○日間をかけて目を通しました(注:論文には、開示請求の内容と日数が記載されている。)。 (他の1名) (4) 市議会に陳情を行なった(注:論文には陳情の内容が記載されている。)。 (他の1名) |
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