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【事件名】カードリーダー事件(3)
【年月日】平成14年9月26日
 最高裁(一小) 平成12年(受)第580号 損害賠償等請求事件
 (原審 東京高裁平成11年(ネ)第3059号)

判決


主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理由
第1 事案の概要
1 原審が適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、アメリカ合衆国において、発明の名称を「FM信号復調装置」とする米国特許権(1983年6月22日出願、1985年9月10日設定登録。特許番号第4540947号。以下、上記特許権を「本件米国特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。なお、上告人は、我が国において、本件発明と同一の発明についての特許権を有していない。
(2) 被上告人は、昭和61年ころから平成3年ころまで、我が国において第1審判決添付物件目録一記載のカードリーダー(以下「被上告人製品一」という。)を製造してアメリカ合衆国に輸出し、被上告人が100%出資した米国法人ニューロン・エレクトロニクス・インコーポレーテッド(以下「米国子会社」という。)は、同国においてこれを輸入し、販売していた。また、被上告人は、平成4年ころから、我が国において同目録二記載のカードリーダー(以下、「被上告人製品二」といい、被上告人製品一と併せて、「被上告人製品」という。)を製造してアメリカ合衆国に輸出し、米国子会社は、同国においてこれを輸入し、販売していた。
(3) 被上告人製品一は、本件発明の技術的範囲に属する。
2 本件は、上告人が、被上告人製品二も本件発明の技術的範囲に属し、米国子会社の行為は本件米国特許権を侵害するものであるところ、被上告人が被上告人製品を我が国からアメリカ合衆国に輸出する等の行為が、アメリカ合衆国の特許法(以下「米国特許法」という。)271条(b)項に規定する特許権侵害を積極的に誘導する行為に当たり、被上告人は本件米国特許権の侵害者として責任を負うなどと主張して、被上告人に対し、@ 被上告人製品をアメリカ合衆国に輸出する目的で我が国で製造すること、我が国で製造した被上告人製品をアメリカ合衆国に輸出すること及び被上告人の子会社その他に対しアメリカ合衆国において被上告人製品の販売又は販売の申出をするよう我が国において誘導することの差止め、A 被上告人が我が国において占有する被上告人製品の廃棄、B 不法行為による損害賠償(時効により消滅した部分については予備的に不当利得の返還)を請求する事案である。
第2 上告代理人大野聖二、同那須健人の上告受理申立て理由第一点及び第二点について
1 原審は、概要次のとおり判示して、前記第1、2@の本件差止請求及び同Aの本件廃棄請求を棄却すべきものとした。
(1) 特許権については、国際的に広く承認されている属地主義の原則が適用され、外国特許権を内国で侵害するとされる行為がある場合でも、特段の法律又は条約に基づく規定がない限り、外国特許権に基づく差止め及び廃棄を内国裁判所に求めることはできないというべきであり、外国特許権に基づく差止め及び廃棄の請求権については、法例で規定する準拠法決定の問題は生ずる余地がない。
 そして、外国特許権に基づく差止め及び廃棄請求を我が国で行使することができるとする法律又は条約は存しないので、本件差止請求及び本件廃棄請求は、いずれも理由がない。
(2) 仮に、本件差止請求及び本件廃棄請求が渉外的要素を含むとしても、法例等に特許権の効力の準拠法に関する定めはないから、正義及び合目的性の理念という国際私法における条理に基づいて決定するほかないが、本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及び日本法人であり、本件差止請求の対象行為地及び本件廃棄請求の対象物件の所在地並びに法廷地がいずれも我が国であること、一般にある国で登録された特許権の効力が当然に他国の領域内に及ぶものとは解されていないことなどに照らすと、準拠法は我が国の特許法又は条約であると解すべきである。
 そして、我が国の特許法には、外国特許権の侵害の積極的誘導に当たるとされる我が国の領域内における行為の差止め等を認める規定はなく、我が国とアメリカ合衆国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約もない。したがって、本件差止請求及び本件廃棄請求は、いずれも理由がない。
2 上告人の被上告人に対する本件差止請求及び本件廃棄請求がいずれも理由がない旨の原審の判断は、結論において是認することができる。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件差止請求及び本件廃棄請求は、私人の財産権に基づく請求であり、本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及び日本法人であり、我が国における行為に関する請求ではあるが、米国特許法により付与された権利に基づく請求であるという点において、渉外的要素を含むものであるから、準拠法を決定する必要がある。 
 特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。すなわち、各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しており、我が国においては、我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない。しかし、このことから、外国特許権に関する私人間の紛争において、法例で規定する準拠法の決定が不要となるものではないから、原審の上記1(1)の判断は、相当でない。
(2) 米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求は、正義や公平の観念から被害者に生じた過去の損害のてん補を図ることを目的とする不法行為に基づく請求とは趣旨も性格も異にするものであり、米国特許権の独占的排他的効力に基づくものというべきである。したがって、米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求については、その法律関係の性質を特許権の効力と決定すべきである。
 特許権の効力の準拠法に関しては、法例等に直接の定めがないから、条理に基づいて、当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国の法律によると解するのが相当である。けだし、(ア) 特許権は、国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであり、(イ) 特許権について属地主義の原則を採用する国が多く、それによれば、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるとされており、(ウ)特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる以上、当該特許権の保護が要求される国は、登録された国であることに照らせば、特許権と最も密接な関係があるのは、当該特許権が登録された国と解するのが相当であるからである。
 したがって、特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法は、当該特許権が登録された国の法律であると解すべきであり、本件差止請求及び本件廃棄請求については、本件米国特許権が登録された国であるアメリカ合衆国の法律が準拠法となる。その準拠法が我が国の特許法又は条約であるとした原審の上記1(2)の判断は、相当でない。
(3) 米国特許法271条(b)項は、特許権侵害を積極的に誘導する者は侵害者として責任を負う旨規定し、直接侵害行為が同国の領域内で行われる限りその領域外で積極的誘導が行われる場合をも含むものと解されている。また、同法283条は、特許権が侵害された場合には、裁判所は差止めを命ずることができる旨規定し、裁判所は侵害品の廃棄を命ずることができるものと解されている。したがって、同法271条(b)項、283条によれば、本件米国特許権の侵害を積極的に誘導する行為については、その行為が我が国においてされ、又は侵害品が我が国内にあるときでも、侵害行為に対する差止め及び侵害品の廃棄請求が認容される余地がある。
 しかし、我が国は、特許権について前記属地主義の原則を採用しており、これによれば、各国の特許権は当該国の領域内においてのみ効力を有するにもかかわらず、本件米国特許権に基づき我が国における行為の差止め等を認めることは、本件米国特許権の効力をその領域外である我が国に及ぼすのと実質的に同一の結果を生ずることになって、我が国の採る属地主義の原則に反するものであり、また、我が国とアメリカ合衆国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存しないから、本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為を我が国で行ったことに米国特許法を適用した結果我が国内での行為の差止め又は我が国内にある物の廃棄を命ずることは、我が国の特許法秩序の基本理念と相いれないというべきである。
 したがって、米国特許法の上記各規定を適用して被上告人に差止め又は廃棄を命ずることは、法例33条にいう我が国の公の秩序に反するものと解するのが相当であるから、米国特許法の上記各規定は適用しない。
(4) よって、上告人の米国特許法に基づく本件差止請求及び本件廃棄請求は、これを認めるべき法令上の根拠を欠き、理由がない。原判決は、結論においてこれと同旨をいうものであるから、これを是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない説示部分を非難するに帰するものであって、採用することができない。
第3 同第三点について
1 原審は、概要次のとおり判示して、前記第1、2Bの本件損害賠償請求を棄却すべきものとした。
(1) 本件損害賠償請求は、被上告人の行為が本件米国特許権を侵害し、損害が生じたことを理由とするものであり、渉外的要素を含む。そして、外国特許権の侵害を理由とする損害賠償請求は、外国特許権の効力と関連性を有するものではあるが、損害賠償請求は特許権特有の問題ではなく、飽くまでも当該社会の法益保護を目的とするものであるから、法律関係の性質を不法行為と決定し、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。
(2) 特許権の侵害行為についての準拠法は、教唆又は幇助行為等を含め、過失主義の原則に支配される不法行為の問題として行為者の行為に重点を置いて判断されるべきである。本件では、上告人が不法行為に当たると主張する被上告人の行為は、すべて我が国内の行為であるから、被上告人の行動地である我が国が法例11条1項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」に当たるというべきであり、我が国の法律を準拠法とすべきである。
(3) 民法709条は、他人の権利を侵害したことを不法行為に基づく損害賠償請求権の要件の一つとしているが、我が国においては、外国特許権について効力を認めるべき法律又は条約は存在しないから、米国特許権は、我が国の不法行為法によって保護される権利に該当しない。したがって、米国特許権の侵害に当たる行為が我が国においてされたとしても、かかる行為は我が国の法律上不法行為たり得ず、上告人の本件損害賠償請求は認められない。
2 上告人の被上告人に対する本件損害賠償請求が理由がない旨の原審の判断は、結論において是認することができる。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件損害賠償請求は、本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及び日本法人であり、我が国における行為に関する請求ではあるが、被侵害利益が米国特許権であるという点において、渉外的要素を含む法律関係である。本件損害賠償請求は、私人の有する財産権の侵害を理由とするもので、私人間において損害賠償請求権の存否が問題となるものであって、準拠法を決定する必要がある。
 そして、特許権侵害を理由とする損害賠償請求については、特許権特有の問題ではなく、財産権の侵害に対する民事上の救済の一環にほかならないから、法律関係の性質は不法行為であり、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。原審の上記1(1)の判断は、正当である。
(2) 本件損害賠償請求について、法例11条1項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は、本件米国特許権の直接侵害行為が行われ、権利侵害という結果が生じたアメリカ合衆国と解すべきであり、同国の法律を準拠法とすべきである。けだし、(ア) 我が国における被上告人の行為が、アメリカ合衆国での本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為であった場合には、権利侵害という結果は同国において発生したものということができ、(イ) 準拠法についてアメリカ合衆国の法律によると解しても、被上告人が、米国子会社によるアメリカ合衆国における輸入及び販売を予定している限り、被上告人の予測可能性を害することにもならないからである。その準拠法が我が国の法律であるとした原審の上記1(2)の判断は、相当でない。
(3) 米国特許法284条は、特許権侵害に対する民事上の救済として損害賠償請求を認める規定である。本件米国特許権をアメリカ合衆国で侵害する行為を我が国において積極的に誘導した者は、米国特許法271条(b)項、284条により、損害賠償責任が肯定される余地がある。
 しかしながら、その場合には、法例11条2項により、我が国の法律が累積的に適用される。本件においては、我が国の特許法及び民法に照らし、特許権侵害を登録された国の領域外において積極的に誘導する行為が、不法行為の成立要件を具備するか否かを検討すべきこととなる。
 属地主義の原則を採り、米国特許法271条(b)項のように特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼすことを可能とする規定を持たない我が国の法律の下においては、これを認める立法又は条約のない限り、特許権の効力が及ばない、登録国の領域外において特許権侵害を積極的に誘導する行為について、違法ということはできず、不法行為の成立要件を具備するものと解することはできない。
 したがって、本件米国特許権の侵害という事実は、法例11条2項にいう「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に当たるから、被上告人の行為につき米国特許法の上記各規定を適用することはできない。
(4) よって、本件損害賠償請求は、法令上の根拠を欠き、理由がない。原判決は、結論においてこれと同旨をいうものであるから、これを是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない説示部分を非難するに帰するものであって、採用することができない。
第4 結論
 以上説示のとおり、原判決は、結論において是認することができる。
 なお、予備的請求に関しては、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。
 よって、判示第3、2につき裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官井嶋一友の補足意見、裁判官町田顯の意見がある。
 判示第3、2についての裁判官井嶋一友の補足意見は、次のとおりである。
 本件米国特許権侵害を理由とする損害賠償請求については、アメリカ合衆国の法律を準拠法とすべきであるが、その場合は、法例11条2項により、我が国の法律が累積的に適用されることになるから、その点について補足的に私の意見を述べることとする。
1 法例11条2項にいう「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」とは、不法行為の成立要件の全てについて、両国法(不法行為一般法のみならず、実質法たる特許法も含む。)の成立要件をともに具備しなければ、不法行為は成立しないとの意味に解すべきである。この点については、多数意見の判示するとおりである。
2 特許権についての属地主義の原則によれば、我が国の領域外において我が国の特許権の侵害に当たる行為(例えば侵害品を製造したり、販売したりする行為など)をしても、そのこと自体は我が国の特許権を侵害することにはならないが、同じく我が国の領域外で我が国の特許権の侵害に当たる行為をしても、その侵害の結果が我が国の国内に及び、それが国内の直接侵害を積極的に誘導する行為に当たる場合、国外における上記の行為について、我が国の民法上の教唆又は幇助に当たるとして、共同不法行為責任を認めるか否かは簡単なことではない。
 属地主義を原則とする各国特許法によって規律されている現在の特許権に関する国際秩序の下では、特許権者は、特許権が登録された甲国の特許法によって甲国内における直接侵害について保護を求める一方、乙国において、同様の保護を求めるのであれば、乙国において同一の発明について特許権を設定して乙国における侵害について保護を求めることとしている。ところで、米国特許法271条(b)項は、上記のように、特許権侵害を積極的に誘導する者は侵害者として責任を負う旨規定し、直接侵害行為がアメリカ合衆国の領域内で行われる限りその領域外で積極的誘導が行われる場合をも含むものと解され、同国の領域外の行為を原因事実として損害賠償責任を肯定しているが、これは、上記の国際秩序の下で他国とは異なる立場を採用しているものと言わざるを得ず、このような規定を持たない我が国の特許法は、我が国の領域外における積極的誘導行為に我が国の特許権の効力を及ぼすことを肯定しない立場を採っているものと解するほかはない。とすれば、我が国の民法の解釈論によって、共同不法行為者とみなして、国外において積極的誘導行為をした者の損害賠償責任を肯定し、また、教唆、幇助行為の犯罪地に関する刑事判例を引用して、国外において行われた積極的誘導行為を国内における直接侵害と一体のものと解して、損害賠償責任を肯定する藤井裁判官の反対意見には同調することはできない。もちろん、例えば、所有権のように万国共通の私権として認められる権利の侵害を、我が国の領域外で教唆、幇助する行為について、我が国の民法の共同不法行為の理論により、我が国の国内の直接侵害者とともに損害賠償責任を肯定することには異論のないところであるが、特許権は、各国の産業政策に従って、各国別に設定登録され、その効力は当該国の領域内にとどまることを原則とする権利であるから、所有権のような普遍的な権利の侵害の場面と同一に論ずることはできないものというべきである。
 このように、我が国の特許法は、特許権を侵害する行為を登録された国の領域外で積極的に誘導する行為について不法行為責任を肯定する立場を採っていないと解する以上、他にこの点に関する立法や条約、協定等の定めがない現在の国際秩序の下では、我が国の法廷において、米国特許法を適用して、アメリカ合衆国内の直接侵害者について損害賠償責任を肯定することはともかく、本件のように、我が国の領域内において行われた製造、輸出等の行為者について、米国特許法の規定する積極的誘導行為に当たる者として不法行為責任を肯定することはできないものというべきである。
3 なお、藤井裁判官の執行判決に関する意見について付言する。米国特許法271条(b)項を適用して、我が国の領域内における積極的誘導行為者について損害賠償責任を認容したアメリカ合衆国の裁判所の判決に対する執行判決が我が国の裁判所に求められた場合は、法例11条2項に関する上記の考え方に反するものとして、例えば、不法行為による損害賠償請求事件において法例11条3項に反する賠償額を認容した判決などと同様に、民事執行法24条3項、民訴法118条3号により執行判決請求を拒絶すべきものと考える。
 判示第3、2についての裁判官町田顯の意見は、次のとおりである。
 私は、上告人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものとする結論は、多数意見と同じくするが、本件損害賠償請求については、その理由付けを異にする。
1 本件損害賠償請求について準拠法を定める必要があり、その準拠法は法例11条1項によるべきことは、多数意見の述べるとおりである。
 問題は、同項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」を多数意見のようにアメリカ合衆国とみるか、それとも原審のように我が国とみるかである。
 上告人が権利侵害と主張する具体的行為は、米国特許権侵害を積極的に誘導するとするものを含め、結局被上告人の行う製造、輸出といった専ら日本国内で行われた行為である。このことに、上告人及び被上告人とも我が国に居住する日本人又は本店所在地を我が国とする日本法人であり、上告人の主張する損害も我が国に居住する上告人に生じたものであることを考慮すると、「原因タル事実ノ発生シタル地」は、我が国と解するのが相当であり、日本法により不法行為の成否を判断すべきである。
2 日本法においては、被上告人の製造、輸出を禁止するものはなく(かえって、記録によれば、被上告人は、自己の有する特許発明の実施として被上告人製品を製造及び譲渡していることがうかがわれる。)、我が国の民法及び特許法に照らせば、被上告人の行為は何ら違法なものではないから、これにより不法行為が成立する余地はない。
 よって、これと同旨の原審の判断は、是認することができる。
 判示第3、2についての裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
 私は、本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求については、多数意見の結論に賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
1 本件損害賠償請求の法律関係の性質は不法行為であり、その準拠法は法例11条1項によるべきであること、同項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は、本件米国特許権の直接侵害行為が行われ、特許権侵害という結果が生じたアメリカ合衆国と解すべきであり、同国の法律が準拠法となることについては、多数意見と見解を同じくする。そして、米国特許法271条(b)項及び284条によれば、米国特許権を同国内で侵害する行為を国外において積極的に誘導した者は、損害賠償責任を負うとされている。
2 不法行為については、法例11条2項により、法廷地である我が国の法律が累積的に適用される。本件において、同項にいう「外国ニ於テ発生シタル事実」に当たるのは、本件米国特許権の侵害を我が国の領域内において積極的に誘導してアメリカ合衆国において侵害の結果を発生させたという事実であり、この事実が原因事実発生地法と我が国の法律の不法行為の成立要件をともに満たして初めて不法行為が成立することになるのである。そして、この場合において、我が国の法律を適用するに当たり、被侵害利益である米国特許権の存在は先決問題であり、その権利がそれ自体の準拠法によって成立したものである限り、これを所与の前提として、その種の権利の侵害が我が国の法律上不法行為と認められるかどうかを判断すべきである(米国特許権が我が国においては効力を有しないことの故に、それが権利として存在しないものとみなして判断すべきではない。)。
 我が国の民法709条、719条2項によれば、特許権の侵害を積極的に誘導する行為は、特許権侵害の教唆又は幇助に当たるというべきであり、その行為を行った者は、共同行為者とみなされ、直接侵害者と連帯して損害賠償責任を負うことは明らかである。したがって、我が国の法律によっても不法行為が成立する場合に当たる。このように解しても、特許登録国の国外における行為自体に直接に米国特許権の効力を及ぼすものではなく、特許登録国において生じた直接侵害に基づく損害の賠償について直接侵害者との連帯責任を負わせるものにすぎないから、属地主義の原則に反するとはいえない。
3 井嶋裁判官の補足意見は、法例11条2項を適用するに当たり、我が国の特許権の侵害の場合を念頭に置いているもののようにうかがわれるが、本件においては、さきに述べたように、本件米国特許権の侵害を我が国の領域内において積極的に誘導してアメリカ合衆国において侵害の結果を発生させたことが「外国ニ於テ発生シタル事実」なのであり、我が国の特許権が侵害された場合のことを前提にして、我が国の不法行為法の適用を論ずるのは、法例11条2項による累積適用の正しい手法とは思われない。
 しかし、今仮に、我が国の特許権の侵害を国外で積極的に誘導した場合について検討したとしても、私の結論は変わらない。すなわち、我が国で登録された特許権の侵害を積極的に誘導する者の行為が我が国の国外で行われた場合であっても、特許権侵害者の直接侵害行為が国内で行われたときは、侵害を積極的に誘導した者は、国内における特許権侵害に加担した教唆者又は幇助者として共同行為者とみなされ、直接侵害者と一体となって国内での損害を生じさせたものとして損害賠償責任を負うべきものと解するのが相当である。そして、これが属地主義の原則に反するとはいえないことは、2で述べたところと同断である(ちなみに、これは、属地主義を建前とする刑罰法令の適用上、特許法196条の特許権侵害の罪について、我が国の国外で教唆又は幇助行為をした者も、正犯が国内で実行行為をした場合には、刑法1条1項の「日本国内において罪を犯した」者として我が国で処罰されると解されることとも整合する。最高裁平成5年(あ)第465号同6年12月9日第一小法廷決定・刑集48巻8号576頁参照)。
4 以上の理解の下に本件についてみると、被上告人製品をアメリカ合衆国に輸出していた被上告人の行為は、同国において被上告人製品を輸入し販売していた米国子会社の行為に加担しその営利活動に協力したものと解することができ、同国における米国子会社の行為が本件米国特許権を侵害するものであれば、その侵害行為を教唆又は幇助したものに当たる。そして、これは、上記2又は3のいずれの理由よりしても、法例11条2項にいう「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」には当たらないから、被上告人は、米国子会社との共同不法行為者として損害賠償責任を免れないというべきである。
 もし、そうでないとするならば、仮にアメリカ合衆国の裁判所で米国特許権侵害についての日本国内における積極的誘導行為に対する損害賠償請求を認容する判決が出されたとして、我が国の裁判所で執行判決が求められた場合には、公序に反するとしてこれを拒絶するのでなければ一貫しないことになるが、この結論は、公序則を不当に拡大するもので承認し難いといわざるを得ない。
5 したがって、本件損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。よって、原判決中同部分を破棄し、本件損害賠償請求の成否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきである。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 井嶋一友
 裁判官 藤井正雄
 裁判官 町田顯
 裁判官 深澤武久
 裁判官 横尾和子
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