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【事件名】キタムラの商標権侵害事件(2) 【年月日】平成14年9月26日 東京高裁 平成13年(ネ)第6410号 商標使用差止等請求控訴事件 (原審・横浜地裁平成11年(ワ)第3396号) (平成14年7月16日 口頭弁論終結) 判決 控訴人 株式会社キタムラ 訴訟代理人弁護士 伊藤正一 同 橘川真二 被控訴人 株式会社キタムラ・ケイツウ 訴訟代理人弁護士 佐藤直 同 飯田直久 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人は、別紙3(標章目録)記載1(1)ないし(3)の標章(以下「本件標章」という。)を付した商品(ハンドバッグ等の皮革製品その他一切の製品)を製造、販売又は輸入し、若しくはその商品に関する広告・定価表・取引書類等に本件標章を付して展示又は頒布してはならない。 (3) 被控訴人は、本件標章を付した商品の完成品、半製品及び原材料、広告物、包装及び取引書類等を廃棄し、看板、店内ディスプレイ等に付した本件標章を抹消せよ。 (4) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 (5) 仮執行宣言 2 被控訴人 主文と同旨 第2 事案の概要 控訴人は、横浜市(以下略)などにおいて、ハンドバッグ等の皮革製品の製造販売及び各種雑貨の販売を行っている会社である。被控訴人は、平成元年に控訴人の支店が分離独立して会社となったものであり、同市(以下略)などにおいて、ハンドバッグ等の皮革製品の製造販売、服飾雑貨、装身具などの販売を行っている。 控訴人の代表取締役は、当初、Aであったが、その後、同人の次男であるBが就任し、現在に至っている。被控訴人の代表取締役は、当初、Aの長男であるCであったが、同人が平成4年に死亡した後は、その妻であるDが就任し、現在に至っている。 控訴人は、別紙1(原告商標目録)1ないし3記載の各商標権(その構成及び態様は、別紙3(標章目録)1(1)ないし(3)のとおり。)の商標権者である。控訴人は、被控訴人に対し、営業譲渡契約に基づき、別紙3の1(2)記載の商標(Kマーク)と同一又は類似する標章(Kマーク等)の使用権を設定していた。上記営業譲渡契約においては、控訴人と被控訴人との間でKマーク等に関し協議が必要な事態が生じた場合において、当事者間に協議が整わなかったときには、同契約に基づき設置された紛争処理委員会で審議の上、これを決することとされていた。 控訴人は、被控訴人には、控訴人から使用許諾を得たKマーク等について、控訴人に無断で自ら商標登録出願をして商標権を取得するなど、上記営業譲渡契約に違反する行為があり、このことを理由として、上記紛争処理委員会によって、被控訴人にKマーク等の使用を禁ずる決議がなされた、として、上記各商標権に基づき、被控訴人に対し、Kマーク等の使用の中止など求めて提訴した。(以上の事実は、当事者間に争いがない。) 原判決は、上記紛争処理委員会の決議は、実体的にも手続的にも瑕疵のある無効の決議であるとして、控訴人の請求を棄却した。控訴人は、これを不服として控訴を提起した。これが、本件である。 当事者間に争いのない事実等、本件の前提となる事実並びに争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。なお、当裁判所も、「本件標章」、「本件標章(1)」、「Kマーク」、「Kマーク等」、「本件契約」、「被告標章」、「本件係争行為」、「本件決議」、「契約指定商品」等の用語を、原判決の用法に準じて用いる。 1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 本件決議の実体上の瑕疵について ア 原判決は、被控訴人の本件係争行為(@被控訴人が、Cが設定登録を受けた別紙2記載1ないし3のKマークに類似する商標(被告商標A)の商標権について、これを相続したDら3名から無償で通常使用権の設定を受けたこと、A被控訴人が、別紙2記載4ないし20のKマーク又はこれに類似する商標(被告商標B)について、商標登録の出願をし、その一部について設定登録を受けたこと)は、控訴人がKマーク及びこれに類似する商標(Kマーク等)の専有権を有することを定めた本件契約7条1項に違反することを認定しながら、それまで全く争点になっていなかった、被控訴人の本件係争行為により控訴人の営業に実害が発生しているか否かという点を採り上げ、本件係争行為は、本件決議時において、控訴人の営業に何らの実害も与えていないから、本件契約に顕著に違反する看過し難い瑕疵の性質を帯びたものとまではいえない、として、被控訴人のKマーク等の使用権を剥奪することとした本件決議は、決議の実体的効力要件に適合しない重大な瑕疵を有する、とした(原判決26頁ウ)。 しかし、商標権を侵害する行為があった場合には、その行為によって実害が生じているか否かを問題とすることなく、当然のこととして、差止請求等の民事的救済を認めるべきである。原判決の解釈に従う限り、商標権に関し違法行為をしても、実害がなければ許される、ということになってしまうのであり、このような解釈は、商標権に基礎を置く本件契約を軽視するも甚だしいものというべきである。 イ 仮に、実害の発生が必要であるとしても、控訴人には、次の実害が発生している。 @ 被控訴人の違法行為により、控訴人の有するKマーク等の専有権が侵害された。 A 被控訴人が違法に取得した商標権を無効とし、また、これを取り消すために、控訴人は、特許庁及び東京高等裁判所に法的手続をとることを余儀なくされ、その手続を弁理士に委任して多大の費用と時間を費やした。 B 上記法的手続をとることを余儀なくされたため、控訴人は、経済的損害のみならず、名誉・信用にかかわる精神的損害をも被った。 C 被控訴人が、株式会社サンリオに対し、Kマークの使用を許諾したため、控訴人の商売上の信用が損なわれた。 被控訴人が使用しているHello Kittyは、控訴人の著名商標であるKマークと、Hello Kittyが融合したものである。これに接した取引者・需要者が、控訴人と株式会社サンリオとが業務提携しているものと誤認し、商品の出所の混同をきたすのは必至であるから、この点において控訴人に実害があることは明らかである。 仮に、被控訴人が、不法に取得したKマークの商標権に基づき、その使用を株式会社サンリオに許諾したものだとすれば、控訴人は、株式会社サンリオに対し何ら異議を申し立てることができない。これは明らかに「実害」である。 被控訴人が、そこから、「Hello Kitty」の使用許諾を受けている、と主張する株式会社サンリオは、Kマークの書体を用いた「Hello Kitty」については、登録商標など保有していないから、被控訴人にこのような商標について使用許諾ができるわけがない。株式会社サンリオと被控訴人との間でKマークを用いることについて特別の取決めがなされている、と考える以外にない。 仮に、そうではなく、被控訴人が、株式会社サンリオから、その商標である「Hello Kitty」の使用許諾を受けて、勝手にその「Kitty」にKマークを用いているとしても、その使用が、Kマークの不正使用に当たることは明らかである。 ウ 原判決は、控訴人が、「K2」、「Kitamura2」を使わないから、被控訴人の出願行為の違反の程度は極めて軽微である、とした(原判決26頁イ)。 しかし、「K」と「K2」、「Kitamura」と「Kitamura2」とは、一般の取引者・需要者により同一の主体が使用する商標として認識され得るものであり、同一性の範ちゅうに属する。控訴人が「K2」、「Kitamura2」を直接使用することはなくとも、これらの商標は、控訴人が専有するKマーク等の商標自体が有する出所表示機能・品質保証機能を存分に発揮するものである。 したがって、被控訴人による「K2」、「Kitamura2」についての商標登録出願行為が本件契約に違反する程度は、極めて高いというべきである。 本件係争行為が本件契約に違反する度合いの重大性の判断に当たっては、被控訴人は、「K2」、「Kitamura2」だけではなく、「K」、「Kitamura」についても、自ら商標登録出願をして商標権を取得したことをも考慮に入れるべきである。 エ 原判決は、本件決議時において、被控訴人の出願にかかる商標で存続していたのは、別紙4記載の被告標章1、8、9、13、18にとどまる、とした(原判決26頁イ)。 原判決の上記認定判断は、5件しかないから数が少ない、との意味であろうと考えられる。しかし、違反行為の重大性は、件数の多少によって決まる問題ではなく、各個の行為そのものによって決まる問題である。 (2) 本件決議の手続上の瑕疵について 原判決は、本件決議には、本件契約書に定める、「事前協議」(7条5項)及び紛争処理委員会の助言等の提示(7条7項)がなされないまま、かつ、D及びEが途中退席したままで、なされたものであるから、手続上の瑕疵がある、と認定判断した(原判決32頁〜34頁)。 そもそも、被控訴人は、控訴人から使用許諾を得たKマーク等について、控訴人に無断で自ら商標登録出願をして商標権を取得し、かつ、この事実を控訴人に秘匿するという、使用許諾契約の根底を揺るがす重大な契約違反行為をしたのであるから、紛争処理委員会の手続に瑕疵があったことを理由として同委員会のした決議の効力を認めないのは不当である。 また、次の各事実に照らすと、本件決議に手続上の瑕疵があるということ自体、認められないことというべきである。 ア 控訴人は、特許庁において、被控訴人側の商標につき無効審判請求や商標登録異議申立てなどの一連の手続を継続するという形で、被控訴人に対し、その本件契約違反の行為に対し、実質的に警告を与えてきた。ところが、被控訴人は、控訴人の請求や申立てに対し、全面的に争い、紛争の処理や問題の解決のための誠意ある対応を示さなかった。 イ 被控訴人は、控訴人から本件係争行為につき異議の申立てを受けた際、この異議事項につき、書面で、「協議に応ずる必要がない」と明言していたから、控訴人において、被控訴人との間で、紛争処理委員会開催前に事前協議をすることは不可能であった。 原判決は、被控訴人が、紛争処理委員会の開催を受諾した文書(平成10年10月20日付け、甲第23号証)により、控訴人と話し合う態度を示していた、と認定判断した(原判決33頁)。 しかし、現実には、上記文書の発送から平成10年11月12日の委員会当日までの間に、被控訴人から、控訴人に対し、何らの事前協議の提案もなされなかった。 原判決が、この間に、控訴人側から被控訴人側に対し、何らかの提案をせよというのであれば、失当である。控訴人は、既に、異議申立書及び紛争処理委員会開催通知書により、被控訴人に対し、その契約違反行為を指摘しているのであるから、何らかの提案をすべき立場にあるのは被控訴人側であること、すなわち、被控訴人側において、自己の行為につき弁明し、かつ善処を提案する義務があることは、明らかである。 ウ 平成10年11月12日の紛争処理委員会においては、被控訴人側は、議長の選出について争うなどするばかりで、本件契約違反行為について善処する趣旨の発言や提案等は、全く行われなかった。 平成10年11月12日の紛争処理委員会の経過を詳細に検討すれば、中立の立場の白佐委員から、Eに対し、落ち着いてよく話し合うように再々助言注意を与えているのに対し、被控訴人側は、紛争処理委員会に対して本件係争行為について適切な助言を求めるといった意思を全然表明していないことが、明らかである。 このように、被控訴人側には、控訴人から通知を受けた後も、当初から最後に至るまで、本件係争行為に関し紛争処理委員会に対して適切な助言、和解案を求めて円満に紛争を解決する旨の意思は、全く示されなかった。 被控訴人側のDやEは、他の委員からの制止を振り切って、紛争処理委員会を途中退席した。この行為に対しては、審議を放棄したものという評価が与えられるべきである。 本件契約書は、当事者が誠意を尽くして事態の解決を図ることを当然の前提としていたものである。被控訴人側は、この誠実に協議するという義務を履行しなかった。 2 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 本件決議の実体上の瑕疵について ア 控訴人は、原判決が、被控訴人の本件係争行為が、本件契約書7条1項の趣旨に違反することを認めながら、同行為は、控訴人の営業に何らかの実害を与えたとまで認めることはできないから、本件契約書に顕著に違反する看過し難い瑕疵の性質を帯びたものとまではいえない、と認定判断したことに対し、商標権に基礎を置く本件契約を軽視するものであり、原判決の考えに従えば、実害がなければ商標権に関し違法行為をしても許されることになる、と主張する。 しかし、本件訴訟において問題となるのは、本件決議、すなわち、被控訴人が本件契約に基づいて有していたKマーク等の使用権について、紛争処理委員会でなされた、その使用を禁止する旨の決議、が有効かどうか、その前提として、そもそも、被控訴人の本件係争行為が、本件契約に違反するものであるかどうか、違反するとして、それが、被控訴人から上記商標使用権を奪うに値するほど、顕著で看過し難いものといい得るかどうか、という点である。 確かに、商標権自体の効力に関していえば、控訴人の主張するように、同一あるいは類似の商標を使用する者に対しては、商標権者に実害が生じているいないのいかんにかかわらず、その排除が認められるのは当然である。しかし、そもそも、被控訴人にKマーク等の使用権があれば、いわゆるフリーライドの問題も、商標の希釈化(ダイリューション)や汚染(ボリューション)の問題も全く生じ得ない。控訴人の主張は、本件契約により被控訴人にKマーク等について使用権が認められたことを離れて、商標権の一般的効力を主張しているものにすぎず、原判決に対する批判としては、的を射ていない。 イ 原判決は、本件決議の有効性について、事実関係を精査した上、 @ 被告商標11ないし20の「K2」、「Kitamura2」の標章については、控訴人が使用する可能性がない商標であり、その出願行為の違反の程度は極めて軽微であること A 本件決議時において登録の存続していた商標が、被告商標1、8、9、13、18にとどまり、被控訴人が、これらの商標に係る指定商品であっても、契約指定商品以外の商品については、Kマーク等を使用した事実がないこと B 被控訴人が第三者に対しKマーク等の使用を許諾した事実は認められないこと の3点を理由に、本件係争行為は、控訴人の営業に何らかの実害を与えたとまで認めることはできず、本件契約に顕著に違反する看過しがたい瑕疵の性質を帯びたものとまではいえない、と判示したものである。 このような判断をしたからといって、商標権それ自体を軽視していることにはならない。まして、実害がなければ商標権に関して違法行為をしても許される、と判断したことになるものではない。 控訴人は、Aの点につき、5件しかないから、数が少ないという意味であろうと解した上で、違反行為の重大性は、件数の多少によって決まる問題ではなく、各個の行為そのものによって決まる問題である、と主張する。しかし、原判決は、単に数の多少を問題としたのではなく、本件決議時において存在した被控訴人側の登録商標が、上記商標のみで、実際にも、これらの商標に係る指定商品であっても、契約指定商品でないものについては、被控訴人がKマーク等を使用した事実が存しないこと、すなわち、本件契約に違反する事実が現実に存しないことを指摘したものにすぎない。 ウ 控訴人は、被控訴人が株式会社サンリオに対してKマークの使用許諾を行ったことにより実害を受けている、と主張する。 しかし、被控訴人は、株式会社サンリオから、その有する商標、キャラクターについて、ロイヤリティーを支払って使用許諾を受け、自己の商品に使用して販売させてもらっているだけである。被控訴人が同社にKマークの使用を許諾した事実はない。 「Hello Kitty」とKマークとの間にはその著名性、周知性の規模、程度に格段の相違があるため、「Hello Kitty」の表示に接した取引者・需要者は、その文字列全体に注目して出所等の判断をすることになるのであり、「K」の文字単独で判断することは考えられない。したがって、取引者・需要者が、出所の誤認混同をしたり、業務提携をしているものと誤解したりすることはあり得ない。 被控訴人は、控訴人から「Hello Kitty」の「K」にKマークを使用しているとの指摘を受けたことから、無用の紛争を避けるため、平成11年2月発売の商品からは、「K」の書体を変更し、控訴人から指摘された書体の文字を使用した商品を一切販売していない。 (2) 本件決議の手続上の瑕疵について ア 控訴人は、手続的要件としての事前協議の必要性について、@控訴人が、被控訴人側の商標につき、無効の審判を求め、商標登録に異議を申し立てている一連の手続の過程で、被控訴人が、全面的に争い、誠意ある対応を示さなかったこと、A被控訴人が「協議に応ずる必要がない」との回答をしたことから、事前協議は不可能であったとし、原判決はこのことを無視している、と主張する。 しかし、@の点については、本件契約は、正に、Kマーク等の使用に関して例えばこのような紛争が生じた場合に備えて、紛争処理委員会の開催及びそれに先立つ事前協議を必要なものとしているのである。商標登録について被控訴人が争っているからといって、それが事前協議を不要とする理由となり得ないことは明らかである。この点に関し、原判決は、「仮に前訴判決確定前に原告が主張するような被告の不誠実な対応があったとしても」と断った上、「それは、原告側の本件決議における手続違反の程度には影響しないというべきである。」と判示しており(原判決34頁)、原判決がこの点を無視しているとの控訴人の主張は、失当である。 原判決は、Aの点について、「このように協議の必要がないとの被告の回答があったとはいえ、その後の手続はKマークの使用を剥奪するという重大な内容の決議をすることとの対比からすると、必要な手続を大幅に欠いているといわざるを得ない」(原判決32、33頁)と判示しているから、原判決がこの点を無視しているとの控訴人の主張は、失当である。 控訴人は、被控訴人が、平成10年9月17日に異議申立書に対する回答書を送付したのに対し、それからわずか5日後の同月22日に、同月28日及び29日に第1回及び第2回の紛争処理委員会を開催する旨の通知をし、被控訴人らに事前協議をする時間的余裕を与えずに、第1回及び第2回紛争処理委員会と称して、被控訴人代表者であるD、及びEが出席しないまま、Kマーク等の使用禁止の決議をしている点を看過すべきではない。しかも、いったん決議をした後の第3回紛争処理委員会開催の通知については、十分な時間的余裕を与えている。これらの事実は、むしろ控訴人側に、十分な協議をする気持など全くないことを如実に表すものというべきである。 イ 控訴人は、原判決が、被控訴人は、第3回の委員会の開催を受諾した文書で、話し合う態度を示しており、協議に応ずる姿勢があった、と認定したのに対し、被控訴人には、自己の行為につき弁明し、かつ、善処を提案する義務があるにもかかわらず、委員会開催の当日まで何らの事前協議の提案もしなかった、と主張する。 しかし、控訴人は、被控訴人に対し、第1回及び第2回の委員会で被控訴人の使用権が剥奪されたとの議事録を一方的に送りつけた上、これを前提として、「本件に関する釈明等を受け話し合う場を設けるべく」第3回の委員会を開催するので出席するように、といってきているのである。 そもそも、本件係争行為に対する異議は、前訴判決の確定後間もない時期に、いわば紛争の蒸し返しとして申し立てられたものであり、このような状況の下で、被控訴人に、自己の行為につき弁明し、かつ善処を提案するように求めるのは、余りに無理な要求である。これをもって、被控訴人に協議に応じる姿勢がないと断定することはできない、というべきである。 確かに、第3回の委員会において、被控訴人側から、本件違反行為につき善処する等の発言や提案がなされなかったのは事実である。しかし、被控訴人が、事前協議がなされずに紛争処理委員会が開催されることに異議を述べた上、話合いを行いたいと申し入れたのに対し、控訴人は、これを拒否している。しかも、控訴人(具体的には、代表者であるB)は、この委員会において、被控訴人の行為が本件契約に違反しているとの指摘をし、被控訴人に弁明、陳謝するよう求めることに終始し、机をたたいて大声を出すなどしており、およそ被控訴人から善処する趣旨の発言や提案をすることなどできる状況ではなかった。 控訴人は、本件行為に関し紛争処理委員会からの適切な助言、和解案を求めて円満に紛争を解決する旨の被控訴人側からの意思表示は皆無であった、と主張する。しかし、控訴人(具体的には、代表者であるB)は、あらかじめ準備してあった文章を読み上げ、一方的に動議を提出し、Eが休憩を申し入れて立ち上がったのを議決権を放棄したものと決めつけ、決議を強行したものである。適切な助言、和解案を求めて円満に紛争を解決する意思が全く見受けられなかったのは、むしろ、控訴人側であることは、これらの経緯からみても明らかである。 以上の事実経過からすれば、控訴人が、当初から、被控訴人からKマーク等の使用権を剥奪しようとして、紛争処理委員会の開催に至ったことは、明白であり、かような観点からいっても、本件決議に重大な瑕疵があることは明らかである。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、原判決と同じく、控訴人の請求は、理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第3 争点に対する判断」記載のとおり(ただし、原判決26頁下から3行ないし27頁2行、34頁15行、16行を除く。)であるから、これを引用する。 1 本件決議の手続上の瑕疵について 控訴人は、被控訴人が、Kマーク等について、自ら商標登録出願をして商標権を取得したことは、重大な契約違反行為であるから、手続上の瑕疵があったことは決議の効力に影響を及ぼさないと解するべきである、と主張する。 しかしながら、被控訴人が、広く知られたKマークあるいはこれに類似する商標(Kマーク等)の使用をその営業の不可欠の前提として設立された会社であることは、被控訴人の設立及び本件契約の締結に至る経緯や、本件契約及び同契約の成立に際して取り交わされた本件文書の内容自体から明らかであるから、被控訴人がKマーク等の使用権を剥奪されることになれば、その存続を不可能にするほどの計り知れない打撃を受けるであろうことは、容易に予想し得るところである。このような事情を考慮するならば、仮に、被控訴人に重大な契約違反行為があったとしても、被控訴人からKマーク等の使用権を剥奪する決議をするためには、原則的には、本件契約5条ないし8条に基づく、事前協議や紛争処理委員会による助言、勧告、和解案その他諸条件の提示という手続を尽くす必要があるというべきであり、この手続を尽くさないままなされた決議は、契約違反行為の重大さが、そのような違反行為があったにもかかわらず、被控訴人に使用権を認め続けるよう控訴人に求めることは、余りに酷であるといい得る程度に至っているとか、被控訴人が事前協議に応じず、紛争処理委員会の助言に従わないことが明白であるとかの特段の事情がない限り、無効であると解するのが相当である。 本件においては、事前協議が行われず、紛争処理委員会による助言の提示もなされないまま本件決議がなされたものであると認めることができるから、本件決議には手続上の瑕疵があり、同決議は、上記特段の事情がない限り、無効であるというべきである。 (1) 本件係争行為は、@被控訴人がDら3名から別紙2記載1ないし3の商標(被告商標A)につき無償使用権の設定を受けた、A被控訴人が別紙2記載4ないし20の商標(被告商標B)につき登録出願をした、というものである。被告商標A及びBは、いずれもKマークをその全部又は一部として用いた商標であるから、被控訴人の上記各行為(本件係争行為)は、いずれも、控訴人がKマーク等の専用権を有することと矛盾する行為である点において、本件契約7条1項に違反するということができる。この限度では、控訴人の主張は正当であり、Kマーク等の使用権を確保するための手段として許されるべきであるとする、被控訴人の主張は採用することができない。 控訴人は、本件係争行為により、@Kマーク等の専有権が侵害された、A被控訴人が取得した商標登録について、その無効、取消し等を求める手続をとることを余儀なくされたため、経済的、精神的に損害を被った、B被控訴人が株式会社サンリオにKマークの使用を許諾したため、控訴人の商売上の信用が損なわれた、と主張する。 確かに、控訴人がKマーク等の専有権を有し、被控訴人はその使用権を有するにすぎないということは、Kマークに関する権利関係について交渉が重ねられた結果成立した本件契約において、根幹をなす部分であるというべきであるから、同契約により使用権を有するにすぎないものとされた被控訴人が、自らKマークをその全部又は一部として用いた商標について、使用権の設定を受け、あるいは自ら商標登録出願をし、一部については設定登録を受けたことは、その根幹を揺るがす、重大な契約違反行為であるということができる。控訴人は、この重大な契約違反行為を排除するため、上記登録商標の無効、取消し等を求める手続をとることを余儀なくされ、そのために手続費用を要したことにより、実害も受けていることは、明らかである。 しかしながら、被控訴人は、Kマークをその全部又は一部として用いた商標につき、使用権の設定を受け、自ら商標登録出願をし、一部について設定登録を受けたものの、被告標章11ないし20は、「K2」、「Kitamura2」の外観を有する商標であって控訴人が使用する可能性のない商標であること、本件係争行為の対象となった商標のうち、設定登録を受けたのは、被告商標1、2、3、8、9、13、18だけであり、被告標章2、3は、その後、登録取消し又は無効とされたこと、それ以外の商標は未登録であるか、拒絶査定が確定していることから、本件決議の時点で存続していたのは被告商標1、8、9、13、18にとどまること、被控訴人ないしDらが、上記各商標を、契約指定商品以外の商品(ただし、前訴判決で問題とされたゴルフボールを除く。)に使用したことや、第三者に対しKマーク等の使用を許諾したことを認めるに足りる証拠はないこと、被告商標の登録が許されると考えるか否かについて当事者間に解釈上の争いがあり(甲第38、第39号証参照)、この点についての被控訴人ら(被告標章1ないし3の商標権者はDら3名である。)の解釈が誤りであることが、それについて法的に争うことを違法とするほどに明白であったと認めるに足る主張、立証はないこと、を総合するならば、本件係争行為について、本件契約に基づく手続を尽くさないまま決議をなすことを許すに足りる特段の事情があるとまではいえない、というべきである。 控訴人は、被控訴人の本件係争行為が、控訴人のKマーク等の専有権を定めた本件契約7条1項に違反することが認められる以上、そのことだけで、被控訴人に対し、Kマーク等の使用の中止等を請求することが認められるべきであり、そうでなければ、商標権に基礎を置く本件契約を軽視することになる、と主張する。 しかしながら、本件で問題となるのは、上記のとおり、本件契約で定められた手続を踏むことなく、被控訴人から、本件契約によって認められたKマーク等の使用権を剥奪するだけの事由があるか否かである。契約違反の事実があっても、それが前述の程度に至っているといえない場合には、上記事由があるとすることはできない、と解釈したからといって、商標権や本件契約を軽視したことになるものではないことは、明らかである。 被控訴人が株式会社サンリオにKマークの使用を許諾した点についてみる。 甲第44号証の1ないし22、乙第49号証の1ないし16及び弁論の全趣旨によれば、本件決議当時、被控訴人が製造、販売する商品に、「Hello Kitty」の文字が付されており、このうちの「K」の文字に、Kマークが用いられていたことが認められる。しかしながら、証拠(乙第48号証)によれば、被控訴人は、株式会社サンリオから、「Hello Kitty」のキャラクターの使用許諾を受けていることは認められるものの、被控訴人から株式会社サンリオに対し、Kマークの使用を許諾したことについては、これを認めるに足りる証拠はない。被控訴人は、著名なキャラクターを用いた自己の商品にKマークを付しているにすぎないということができ、このような行為を本件契約に違反するものとすることはできないというべきである。 控訴人は、被控訴人が「Hello Kitty」の「K」の文字にKマークを用いた商品を製造、販売することにより、取引者・需要者は、控訴人と株式会社サンリオとが業務提携しているものと誤認し、商品の出所の混同を来すのは必至であり、この点において控訴人に実害がある、と主張する。しかしながら、もともと、本件契約において被控訴人に対しKマーク等の使用が許諾されている以上、その限度では、被控訴人の商品が控訴人の商品との間で出所の混同を来すおそれがあることは、本件契約が当然に予定していることであるというべきであるから、Kマークを用いたことにより、出所の混同をきたしたとしても、被控訴人が、本件契約で定められた混同防止義務を果たしている限り、そのこと自体をもって、被控訴人を非難することはできない。控訴人は、控訴人と株式会社サンリオとが提携したと誤認されること自体を問題としているようである。しかし、そのことがどのようにして控訴人の信用を毀損し、どのような損害を与えたことになるのかについては、何ら具体的な主張、立証がない。 仮に、被控訴人が「Hello Kitty」の「K」にKマークを使用したことが、本件契約に違反し、かつ、何らかの形で控訴人に損害を与えるものであったとしても、この使用を前記特段の事情を構成する要素として重視することはできない、というべきである。 控訴人の主張は、採用することができない。 (2) 控訴人は、被控訴人の商標について、無効審判請求等を提起するなどして、実質的に警告を与えてきたにもかかわらず、被控訴人が上記の手続において全面的に争い、紛争処理や問題解決のために誠意ある対応を示さなかったことを指摘する。しかしながら、このことは、被控訴人との協議が難航することを予想させる事情であるとはいえるものの、このような事情があるからといって、本件決議をなすについて、事前協議等の所定の手続を省略することが許されると解すべき根拠はない、というべきである(現に、本件決議のなされた平成10年11月12日の後であるとはいえ、それから間もない同月30日に、存続していた登録商標及び登録出願のすべてについて、登録抹消申請及び出願の取下げがなされている。この事実は、踏むべき手続が踏まれていれば、被控訴人が、事前協議に応じたり、紛争処理委員会の助言に従ったりしたかもしれないことを物語るものということができる。)。 控訴人は、被控訴人が、本件係争行為について本件契約5条に基づく異議の申立て(甲第12号証)に対する回答書(甲第13号証)において、異議事項につき協議に応ずる必要がない、と回答したのであるから、事前協議をすることは不可能であった、と主張する。しかしながら、被控訴人代表者であるDは、控訴人からの紛争処理委員会開催通知(甲第14号証)に対する回答書(甲第15号証)において、控訴人が違法事実として指摘した点については控訴人と十分に協議をした上で今後の処理を図りたい、との意向を示していたこと、控訴人からの第3回紛争処理委員会開催通知(甲第20号証)に対する回答書(甲第23号証)においても、本件係争行為について話し合いたいとの意向を示していたことが認められるから、被控訴人が、異議申立に対する回答書の段階で協議に応ずる必要がないと回答したからといって、事前協議をすることが不可能であったとはいえないというべきである。 控訴人は、被控訴人が、第3回紛争処理委員会開催通知に対する回答書(甲第23号証)を提出してから、紛争処理委員会の開催当日までの間、何らの事前協議の提案もせず、誠実に協議する義務を尽くさなかった、と主張する。 本件係争行為に対する異議申立て及び第1、2回の紛争処理委員会の開催通知から先行決議に至るまでの経緯をみると、控訴人は、第1回紛争処理委員会の開催日時を通知書の発送から6日後に指定したことについて、Dから、通知を受けてから6日後では予定がつかないので出席できないとの回答(甲第15号証)を受け、Eからも、指定された開催日は、関与先の法人2社の重要な会議に出席することになっているため出席できないとの通知(甲第16号証)を受けている。上記欠席通知の理由は、それなりに首肯し得るものであり、かつ、同通知の時点において、紛争処理委員会の開催につき、一刻を争うような事情があったとも認められない(このような事情があったことは、本件全証拠によっても認めることができない。)。それにもかかわらず、控訴人は、開催日時の延期を検討することもなく、予定の日時に紛争処理委員会を開催し、同委員会は、D及びEの欠席のまま、助言、勧告等の提示をすることなく、控訴人代表者のBの提案に基づき被控訴人に対しKマーク等の使用を禁ずる先行決議をしたものである(甲第17号証)。このことに、上記異議申立て及び紛争処理委員会開催通知は、控訴人が被控訴人に対しKマーク等の使用の禁止を求めて提起した別件訴訟において、控訴人の請求を棄却する前訴判決(甲第37号証)がなされて間もない時期になされたものであること、控訴人は、上記開催通知において、被控訴人代表者が紛争処理委員会に欠席した場合には、いかなる理由があろうとも紛争処理委員会に対し被控訴人のKマーク等の使用権を剥奪するとの決議を提案する所存であると記載していたこと(甲第14号証)をも加えて総合的に考察するならば、控訴人は、本件係争行為に対する異議申立ての当初から、被控訴人のKマーク等の使用権を剥奪する意図を有しており、その意図を性急に実現しようとする余り、必要な手続を省略したまま先行決議をなさせるに至ったものという以外にない。 このように、手続に不備のあるまま、被控訴人に対しKマーク等の使用を禁止する旨の先行決議が既になされた状態の下で、先行決議がなされた旨の通知とともになされた第3回紛争処理委員会を開催する旨の通知(甲第19、第20号証の各1、2)に対し、被控訴人側が紛争処理委員会の開催までの間に、本件係争行為について善処する旨の具体的な提案をしなかった(甲第21、第23号証)ことには無理からぬ面があったというべきであり、このことをもって、被控訴人が誠実に協議をする義務を尽くさなかったということはできない。 控訴人は、第3回紛争処理委員会において、被控訴人側のDやEらが紛争処理委員会を途中退席することによって審議を放棄し、誠実に協議する義務を尽くさなかった、と主張する。 しかしながら、控訴人側は、第3回紛争処理委員会において、被控訴人側からの、紛争処理委員会とは別に事前協議を行いたいとの申し入れを拒否し、控訴人代表者において、あらかじめ用意していた書面に基づき、控訴人の被控訴人に対するKマーク等の使用許諾を取り消してKマーク等の使用禁止を決議するよう提案し、被控訴人側の発言を制して、決議をしようとしたものである(甲第25号証、乙第1号証)。これらのことからすれば、控訴人側は、本件契約に定められた手続である事前の協議も、紛争処理委員会としての助言、勧告等をすることもしないままに、被控訴人からKマーク等の使用権を剥奪する決議をしようとしていたことが明らかである。このような状況の下では、被控訴人側が控訴人の意図を察知して、決議に反対して退席したのもやむを得ないことであったというべきであり、このことをもって、審議を放棄して、誠実に協議する義務を尽くさなかった、とすることはできない。 (3) 他にも、前記特段の事情に該当する事実があったことを認めるに足りる証拠はない。 2 以上のとおり、本件決議には手続的な瑕疵があり、本件決議は無効であるというべきであるから、本件決議を前提とする控訴人の請求は理由がない。 第4 結論 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下和明 裁判官 設樂隆一 裁判官 阿部正幸 |
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